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2018-02-23

安倍総理最初から議論に負けているのである。思いつきで、テキトーなことやるから簡単論破されるのだ。 私でもわかるのに、検事出身の山尾にかなうわけないだろう。

やはり安倍首相憲法の基本も分かっていないんじゃないか

 22日の衆院予算委員会は、立憲民主党山尾志桜里議員質問に立ち、注目を集めた。昨年10月の衆院選以降、初めて予算委に登板し、安倍首相憲法論争を挑んだのだ。

 安倍首相はかねて「自衛隊についての違憲論争に終止符を打つ」と言って、憲法9条の1項、2項を残した上で自衛隊について書き込んだ3項を加える改憲案を主張している。山尾氏は「違憲議論は常に、自衛権行使が9条2項に違反するのではないかという関係で言われてきた。2項をそのまま残すのでは、合憲違憲議論余地はなくならないのではないか」と質問

 すると安倍首相は、直前に山尾氏が質問した待機児童問題について長々と話し出し、ようやく憲法問題に答えるかと思ったら、「私は内閣総理大臣として(答弁席に)立っている。自民党総裁として憲法改正議論に一石を投じたが、(憲法自衛隊を)どのように書きこんでいくかは自民党議論がなされている」とはぐらかしたのだ。重ねて聞かれても、最後まで自分の考えは開陳しなかった。

自民党総裁内閣総理大臣立場を都合よく使い分けるのは安倍首相常套手段だが、自分が言い出しっぺの改憲案について質問されたのに、正面から答えないのは不誠実だ。山尾氏も「一石を投じた責任者としてあまり無責任」と呆れていた。

憲法学大家も知らず、発言矛盾だらけ

 まぁ、憲法学大家である芦部信喜を知らなかったくらいだから、山尾氏とまともに議論するだけの知識も持っていないのだろうが、年内発議に向けて早く党内を取りまとめるようお尻を叩いておきながら、改憲について質問されると「国会でお決めになること」と言って逃げる。憲法改正ライフワークというのなら、堂々と論戦に応じればいいのに、やり口が姑息だ。

安倍首相自衛隊憲法に書き込んでも『何も変わらない』と言いますが、それなら憲法改正する必要もない。言っていることが矛盾だらけです。とにかく在任中に自分の手で憲法改正を成し遂げたいという野望だけで、憲法本質理解する気もないのでしょう。ただ、この政権は、たとえ論理メチャクチャでもやると決めたら強行する。安保法や共謀罪、いま問題になっている裁量労働制の拡大などもそうです。憲法改正議論国会煮詰まらなくても、数の力で年内に発議まで持ち込みそうで心配です」(立正大名教授金子勝氏=憲法

 生煮え改憲発議なんて、もってのほか安倍首相場合、まずは憲法のお勉強からだ。

山尾氏挑んだ論争に答えられず “勉強不足”安倍首相姑息

2018年2月23日 日刊ゲンダイ

写真知識では山尾志桜里議員にかなわず(C)日刊ゲンダイ = https://farm5.static.flickr.com/4749/40436830771_7f74bbe4e2.jpg

少し解説しておこう。

憲法9条

1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力行使は、国際紛争解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

安倍はこれに自衛隊を認める条文を付け足そうとしている。

しかし、そうすると2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」と矛盾

そもそもこの文言があるから自衛隊憲法違反である専門家は見ていたのである

山尾さんは安倍のその矛盾質問したのである

当然のことながら、安倍改憲案どおりになっても自衛隊憲法違反だ。憲法専門家はそう言うだろう。

安倍最初から議論に負けているのである。思いつきで、テキトーなことやるから簡単論破されるのだ。

私でもわかるのに、検事出身の山尾にかなうわけないだろう。

安倍はいい加減早く総理議員もやめろ。潔く負けを認めろ。

2018-02-21

セカオワサザンカ嫌いな人おる?

NHK死ぬ程流れてんだけど

声は良いんだよ

何度も聞く羽目になるのも別に良いんだよ

曲も歌詞もまあ悪くはないんだよ

いや悪いな、悪い、悪いんだけど、まあ許せるんだよ

何様だよって言われるのは百も承知なんだけどさ

「嬉しいのに〜」

のくだりが死ぬ程嫌い!!!

「うれしい」までが同じ音程で、「ぃー」で音程高くしちゃうそのセンス死ぬ程嫌い!!!

日本語的に不自然なんだよ!!!

メロディ先に作って、なんかメロディに合う言葉探して、でもなかなか見つからなくて、まあいいやこれでもうめんどいし」って感じが見え見えで、聞いてて辛いんだよ!!!

やっつけ感半端ない!!!

いや、なんかさー、B面とかだったらいいんだよ、別にキトーこいてもさー

これオリンピックの曲だからね?日本代表する曲だからね?ライブでこの先も、歳食っても何度も何度も歌う羽目になるであろう曲だからね?

仮にも日本代表するバンドなんだから、もうちょいこだわってくれ!!!

ワンオクもそうなんだけどさー、日本語英語単語覚えたての中学生レベルなのやめてくれよ!!!

You are my angelじゃねーよ!!!うっとり歌や良いってもんじゃねーんだよ!!!

はっぴいえんどとか井上陽水とか尾崎豊とか忌野清志郎とか美空ひばりとかがせっかくこつこつ積み上げてきた「メロディと一体になった、歌って良し、聞いて良し、眺めて良しな日本語音楽」のイメージ台無し!!!

頼むからもっと勉強してくれ!!!

2018-02-18

anond:20180218173209

基本的に男は女を下に見ているって思ってれば正解。

フェミニストなんてテキトーに話合わせてるだけだね。

わざわざ女性地位向上を目指す団体存在してる時点でそういう事ですんで。

拗らせていない男がそもそも存在しないんだよ。

anond:20180218164025

🐱に癒しのツボ)))を突いてもらうんですよ!

🐶そんなのねこさん知ってんの?ワン

🐱ぼっちになったことニャいので知らニャい

🐰テキトーいいんじゃない?えいえいえいっ🍓))))

2018-02-17

[] #50-2「猫の生殺与奪権」

猫嫌いかアレルギーかと思ったが、そういうことではなかった。

貴様ら、何を悠長にしている。あれはジパングキャットだ! 捕まえて、業者に引き渡さねば!」

ジパングキャット……

ジパング国の環境が作り出したとされている外来種だ。

そもそも猫は雑食であり、健康面を考慮しないのならば大抵のものは食べてしまう。

このため猫の食生活環境によって大きく異なるといえる。

牛肉の国では牛肉を食べ、野菜の国では野菜を食べ、カレーの国ではカレーを食べるわけだ。

そして、ジパングキャットはウナギ稚魚主食とした。

ジパングにはウナギが大量にいることから、そこに生息する猫たちも自然と食べるようになったのだが、これが他の国ともなると事情が変わってくる。

ウナギは俺たちの国では高級食材とされているほど希少な魚であり、国産ともなると一般庶民の手には届かないほどであった。

そのためジパングキャットはこの国のウナギ絶滅させるとして、害獣認定されていたのだ。

あん外来種をのさばらせて、ウナギ絶滅させたとあっては我が国の一生の恥だぞ」

ウサクは真剣だったが、対して周りの反応は冷ややかだった。

ほとんどの子供はそういった話を理屈の上では分かっても、その危機感までは伝わりきらない。

はあ、そりゃ大変だ、くらいにしか思えないのだ。

「それじゃあ、まあ捕まえる? ウナギ食えなくなったら嫌だし」

大した主義主張を持っていない俺たちは、ウサクに何となく話を合わせる。

「『ウナギ食えなくなったら嫌』? 何と軽薄な。『絶滅する』と言え」

俺たちからすればウナギ絶滅するのも食えなくなるのも同じようなものだと思うんだが、細かな表現の違いで何かが変わるんだろうか。

「『絶滅する』って表現じゃなきゃダメなの?」

「当たり前だ。人間の作った勝手尺度で他種の命を測るんじゃあない!」

「それだとウサクの言った『我が国の一生の恥』って理由も“人間の作った勝手尺度”なんじゃ……」

貴様とは志が違う!」

志の違いで本質が変わるとは思えないが、ウサクにとっては決定的な違いなのだろう。

ウサクはこの当時から我が強いというか、思想が強いというか。

まあ何らかの使命感に燃えているような奴だった。

そして、燃えて熱くなったウサクの相手をするのは面倒くさいのでテキトーに受け流す。

間内自然と出来た通例だ。

はいはい

「違う!もっと真剣になるのだ!」

「分かったから、さっさと捕まえにいこうぜ。目的はそっちだろ」


こうして俺たちは捕獲作戦を開始したのだが、いざ探し始めると目的の猫が中々見つからない。

あの猫、かなり人に慣れているようだから、ひょっこり顔を出してきてもおかしくないと思うんだが。

第六感とやらで危機を察知して、俺たちの思いもよらないようなところに隠れているのだろうか。

「おいマスダ! もっと気合を入れて探せ!」

もとから気乗りのしない俺は探すフリをして誤魔化していたのだが、バレバレだったようでウサクに檄を飛ばされた。

「弟を見習ったらどうだ」

「根っほり~ん、葉っほり~ん」

かに弟は歌いながらではあるものの、文字通り草の根を分けて捜しているほど一生懸命だった。

だが弟があそこまで頑張っているのはウサクみたいな志があるというわけではなく、猫探しをゲーム感覚くらいにしか思っていないからだろう。

学童仲間たちも似たような気持ちだったに違いない。

ちょっと知的に振舞ったところで、当時の俺たちは所詮ガキ。

ウサクの言っていたことが実感に繋がらないように、自分たちのやっていることが“どういうことか”も、あまり分かっていなかったのだ。

(#50-3へ続く)

anond:20180216124430

今なんとなくテキトー言葉検索してみたら

そもそもまり使われてない言葉に至っては一切その結果を返さないようにしてるね

2018-02-16

[] #50-1「猫の生殺与奪権」

俺は猫を飼っている。

猫の名前は“キトゥン”。

我ながら酷いセンスだ。

キラキラネームのほうが、まだマシだったかもしれない。

有名な猫のキャラクターを参考にして名づけたのだが、それが安易だと気づくのはしばらく後になってからである

その頃には完全に定着してしまい、そいつは「キトゥン」と呼ばないと反応しなくなっていた。

俺も面倒くさいので改名はしていない。

ゾンザイだと思われるかもしれないが、実際その通りだと思う。

なにせ俺は猫が好きでも嫌いでもない。

好きでも嫌いでもないものに対して、人はとても薄情だ。

今でこそキトゥンという個に対しては多少の情こそ湧いているものの、それでも猫自体が好きなわけではない。

そんな俺がなぜキトゥンの飼い主なのか。

大してドラマティックでもないが、今回はその出来事について話そう。


…………

から数年前。

自分から見ても一般社会から見てもガキとして認識されている歳だった頃。

その日は弟や学童仲間と連れ立って、近所の空き地で遊んでいた。

そこで皆が思い思いの遊びをする中、弟がするのはもっぱら生き物探し。

その空き地は色んな生物がひしめいていることで有名だった。

名前すら分からない虫や動物がその空き地には多くいて、当時は何とも思わなかったが、いま考えるとかなりヤバい空間だった。

「見てよ、兄貴! この虫、すっげえ見た目!」

俺が当時ガキだったわけだから、弟に至ってはもっとガキだ。

好奇心の塊で、虫や動物を平気で触ろうとする。

俺はそういったものに対して抵抗感を覚え始めており、その様子を遠巻きに眺めるにとどめていた。

兄貴! 珍しい猫がいるよ」

弟は無造作に置かれた土管近くでそう言った。

「ああ、そうかよ」

「本当だって! 見てみなよ!」

俺はテキトーに聞き流すが、弟にせがまれて渋々と猫を見てみる。

首輪がないので野良だと思うが、人慣れしているのか至近距離まで近づいても猫は平然としている。

全身が白い体毛で纏われているが、背中部分だけは妙に赤い。

まりに不自然だったので最初は怪我をしていると思ったが、血の色にしては鮮やか過ぎるので柄なのだろう。

「ニャー」

鳴き声も独特だ。

猫の鳴き声を文字に起こすとき「ニャー」と表現することは珍しくない。

だが実際にここまで、ハッキリとそう鳴く猫は逆に奇妙だった。

かに弟の言うとおり、今まで見たことないタイプの猫である

「え、なになに? 猫いるの?」

鳴き声を聴きつけ、他の学童仲間たちがゾロゾロと集まってくる。

すると猫は警戒したのか、逃げるようにどこかへ走っていってしまった。

「ああ~、いっちゃった……」

みんな残念がっている。

学童仲間はみんな猫好きだったのだろう。

猫の何がそんなにいいんだか。

そう思いながら学童仲間たちを俯瞰して見ていると、一人だけ険しい表情をしている奴がいるのに気づく。

ウサクだ。

(#50-2へ続く)

2018-02-14

anond:20180214225655

そこまでやっても彼女できないならそれ以前の問題があるんじゃないかな?

俺はぽっちゃりだし髪も服もテキトーだけど彼女はいるよ

上辺:内実とは違った見せかけのようすや事情

とにかく上辺での会話やら関係が苦手だ。もうめんどくさい。テキトーに話してテキトーに仲良くなりたい。呼び方とか、適当に呼んでもらって構わないし、タメ口でもいい。確認取らなくても大丈夫だよ。イニシャルだけの名前のやつ、お前呼び方からいからめんどくさいんだよ。ちゃんとした名前しろよ。同じイニシャル何人いると思ってんだよ。

特に共通話題もないと会話が続かないし、テキトー話題振っても所詮上辺だからそんな仲良くならないし。めんどくさ。みんな絡むタグとか上辺の人から来た時苦痛じゃないの?当たり障りないことしか書けないもんね。似たり寄ったりになるよね。

まず返信するのがめんどくさい。絵文字顔文字を無理矢理つけて返信するから返すのに体力がいる。1つ送るだけでかなり疲れる。

いや、まずわたし所謂ふわふわオタクに化けたのが悪かった。最初から普通アカウントを作ればよかったのに、なぜか血迷ってふわふわになってしまった。そこからやり直したい。タイムリープできないか

オタクをやる上で人脈が大切なのは、重々承知している。チケットとかその他諸々協力しないといけない場面が多々ある。だから上辺でもとにかく友達を作るべきなのだ。あと水曜日のダウンタウンを見てても思った。友達は多い方がいい。(結局人脈の方が負けてしまったけど、僅差だったし)

人脈は必要。だけど上辺というか友達を作ることが苦手。無理矢理ふわふわオタクを演じて友達を作ろうとしたけど結局疲れてやめてしまった。さようならふわふわオタクわたし。出来た友達はほぼ0。精神をすり減らしてまで頑張った意味がない。

でも推しは好きなのでオタクをやめる気はない。人脈など知らん。1人で生きていく。

もうよっぽど気が変わらない限り友達を増やす気は無いし、好きを共有したくもないし、今日今日とて壁打ちツイートをし続ける。フォローフォロワーも0。でもあの無理に演じていた頃よりは楽しいからいい。

支離滅裂な文になってしまった。まぁ、読む人などいないだろうし典型的な語彙力がないオタクから仕方ない。あ〜、推し今日かわいいなぁ

2018-02-09

地方駅弁大学なんか行くなって話

マジで行かないほうがいいよ

もしマーチ受かったんだったら絶対にそっち行ったほうがいい

地方駅弁大学のやつらは意識が低い

卒業して地元企業で働ければそれでいいとしか思ってない

そういう学生ばっかりだから研究なんかもだいたいテキトー

情報専攻なのに一行もプログラム書かずに卒業研究したっていう人もいるくらい

どうしても地元で働きたいっていうならいいと思うけど、そうじゃないならやめとけ

学費が安いなんて理由で入ってはいけない

親に頭下げてでも、金借りてでも東京行ってこい

東京で色んな人と関わって、しっかり名のある大学で実りある研究したほうがいいよ

ま、俺は東京大学生じゃないから知らんけどな

2018-02-03

https://anond.hatelabo.jp/20180202134232

元増田。一部コメントへの返答的なもの

anond:20180203012645

かに罪悪感無しに殺人ができる人間とできない人間の差は大きいですね。

姿形は同じでも考え方が違えば別人か。

すごいしょぼい例だけど

宿題はサボっちゃダメだ!」と思って必死にやってた真面目な小学生の時の自分

「どーせ出来ないし全部答え写しちゃおう」と思うようになったテキトー中学生の時の自分は同じ人格でも別人だよなと思いました。

そのせいで小学生の時から両想いだった女の子にフられたし。(恐らく理由はそれだけじゃないと思いますが…)

2018-02-01

自分より評価されている他人馬鹿にせずにはいられない物書きの話

 最初に前提として私の性格を言っておこう。

 まず、プライドが高い。文才も地の頭の良さも無いのに、どうしてか自分は頭が良いと思いがちである

 そして、他人との比較による評価判断の重きを置く。

 極め付けには、「プライドが高く才能も無いのに相対評価にいつもびくびくと怖気付いている私は馬鹿なのだ」と分かりきっているようなことを考えて、まるで自分のことを本当に理解しているからこそ卑下するのだという態度を取る。

 こんな人間の戯言でも良ければ見ていってほしい。

 私は二次創作小説を書いている。ペースは1〜2週間に8千〜1万字程度の短編を一本。生活を圧迫しない程度に小話を書いて満足している、趣味には飢えていない物書きごっこ大好き遅筆人間である

 小説を書くのは楽しい。また理解出来ないようなキャラクタの心情をどうにか知ることは出来ないか考察に走ってみることも楽しい。但しその考察目的が「キャラクタを知りたい」というものである以上、その楽しみが「考察をすること」に留まってはいけないと思うし、考察によって自分が得た「キャラクタの心情」が一次のキャラクタが持つそれと同一である盲目的に信じることもいけないと思う。

 話が逸れてしまったのですぐ上で述べたことを繰り返すと、私は文章を書くことに対して喜びを感じている。元々勉強でも現代文が一番得意で、本も同年代の平均的な読書量と比べれば読んでいる方だろう。文章に対して苦手という意識は無く、文を読むこともこねくり回すことも大好きな部類の人間だ。

 だから好きなキャラクタについて文章を書くことも楽しいし、それ自体目的であり手段であるのなら「○○について話書くのたのしいな!」で思考ストップしても別に構わない。それが当然の帰結であろう。

 けれど、そこで終われないのだ。

 書き終わった後作品コミュニティサイトにアップし、どれくらいの人から良い評価を得られるかが気になってしまう。数時間おきにページを開き、通知を確認してしまう。

 その上、他人が書いた作品に付けられた評価自分作品に与えられた評価とを見比べ、一概に言えるわけもないのに「自分の方が上手い文章であるのにどうしてこの人の方が褒められるのか」と苛立ってしまう。“一概に言えるわけもないのに”という表現からも、私のプライドの高さが伺えるとは思う。

 pixivを例に挙げると(実際私が今小説投稿しているサイトpixivではないが)、pixivには閲覧者があなた作品が好きですという感想マウスをワンクリックするだけで伝えることの出来る「すき!」という評価システムがある。

 勿論閲覧してもらうこと自体嬉しいのだが、好きだと言ってもらえることはもっと嬉しい。嬉しくてたまらない。しかしその嬉しいという純粋感情は、次第に「私はこれだけ評価されている」という目を背けたくなるような慢心へと姿を変える。

 そして評価されているのは私ではなく私が書いた小説であるということにも気が付かずに、「私はこれだけ評価されている」という偉ぶった思いが、いつのまにか「他人があれだけ評価されている」という妬ましい思いにすり替わっているのである

 実際pixivではランキングという一つの評価指標のようなものがあり、そのランキングがその時の利用者の間の流行に左右されて一つのジャンルで埋まることがあるとしても、競争心のようなものが煽られているような気はしなくはない(利用者が気軽に「評価の高い≒高確率でハズレではない」作品を閲覧出来るようにという意図によって作られたのだろうけれど)。

 しかし私の利用しているサイトではランキングシステムはなく(世間様の目に触れてはいけないようなジャンルを扱う人々が作品をアップするサイトであるからかもしれない)、皆恐らくのんびりと創作に勤しんでいるはずだ。競争心を煽るようなものはどこにも見つからない。

 にも拘らず、だ。私は人様に寄せられた好意と私の作品に寄せて下さった好意とを失礼なことに比較して、剰え自分の方が優秀であるだろうなんてことを考えている。好意を寄せる人々とその“人様”とを侮辱しているようなものではないか

 まあ多分、きっと、私の文章面白くないのだ。それに今熱中しているジャンルは、本編の放送が終了してしまっている。だから離れていってしまった人も多いのだ、というのは言い訳として言わせてほしい。実際閲覧数も落ち着いてきている。

 でも、本当に面白くないのだとは心の底では思ってなどいない。そんなの認められない。認めたくないのだ。だって、私にはプライドがある。私の文章面白くないわけないじゃないか、という捨てられない最後の砦がある。

 どうしてそんなクソみたいなプライドを持ち合わせてしまたかというと、それは中高時代経験が多分にある。

 私は中学受験をして、世間からお嬢様学校と呼ばれるような学校に入った。御三家第一志望とする受験生が第二・三志望で出願するような学校で(当時の話だ。今がどうかは知らない)、毎年数人が東大に行き、学年の半数以上が早慶上智、少なくとも皆GMARCHには行くくらいのレベルのそこそこ進学校である。めちゃくちゃバレバレだが。

 小学校では中学受験をする子が周りにおらず、親も褒めて伸ばすタイプだったのが逆に悪かったのか何なのかは知らないが、いつのまにか私の中には「自分は頭が良い」という意識が生まれていった。

 しか中学に入って、私はだんだん勉強に追いついていけなくなる。100点のテストで70点しか取れなくて悔しがっていたのが、いつしか苦手科目や5教科以外の試験なら平均点や満点の半分の点数を取れればまあ良いやというようになってくる。

 初めは真面目に通っていた鉄緑会も辞めてしまい、鉄壁はその厚さにギブアップしてターゲット1900に切り替えるなど楽な方を選択して勉強もまともにしなかった為、高3では地獄を見る羽目となった。

 それは元々の私の性格である怠惰さや勉強があまり好きではないという思いから来るものであり、また自分よりも学にも芸にも秀でている友人を見ていくうちに漸く得た「なんだ、自分って大したこと無いんじゃん」という諦念の感によることだったのかもしれない。

 けれど、私は「自分は出来る子だ」というプライドを捨て切れなかった。

 夏休み課題で提出する小説で賞を貰ったこと、授業で誰一人理解することの出来なかった『こころ』の友人Kの感情自分だけ読み解けたこと、センター志望校過去問絶対現代文だけは間違えなかったこと、そういう取るに足りない誰もがきっと忘れていくような些細な物事の欠片を、歩いてきた道を振り返ってしゃがみこんで目を凝らして拾い集めた。

 誰にも自慢出来ることがなく、性格が良いわけでもなく、美人でもなければ気が利くわけでもない。友人と呼びたくとも向こうがこちらを好いていなかったらどうしようと怖くなって友達もあまり作れなかったし、部活で一緒だった数人の友達と呼べる人たちが皆国立理系コースに進む中私だけ私立文系という道を選んだ(算数嫌いが祟って数学も駄目だった)し、夢もなく何かに向かって努力たかと言えば泣きながら日本史熟語を頭に詰め込んだ時くらいだ(暗記科目が苦手なくせに受験で使った)。

 要するに救いようのないくらい臆病な馬鹿だ。出来ないことが多すぎて、常に劣等感に苛まれている。しかし臆病であるからこそ本当に自分は駄目なんだと諦めたくなくて、「自分馬鹿じゃない」と思い続けている。

 結果として大学受験センター滑り止め他志望校で躓き続け、奇跡的に第一志望だけ合格したのだから始末に負えない。世間様に馬鹿にはされない学校に入ったことで、人生設計の全く捗らない行先に少しは安心出来る要素がプラスされたくらいのくせに、私の「自分は出来るんだプライド」は強化されてしまった。

 「どうしてどうせまともに勉強もしていないようなあなた文章が、W大文学部の私が書いた文章よりも評価されるの?」

「どうしてあなたがテキトーに書いた3千文字も無い文章が私の1万字よりも評価されるの?」

「どうしてまともに『てにをは』を使えないあなた文章が私の文章より評価されるの?」

 というような泣きたいくらいの進化が遂げられてしまった。いやもう泣いてる。見ず知らずの人を絶対自分よりも下流努力していない人間と決めつけて、自分付加価値で殴ろうとしている。文章は長ければ長いほど良いと思い込んでいる。三番目は許してほしいが、信じられない愚行だ。

 まず第一勉強が出来る(=成績が良い)ことと文章面白く書けることとは全くもって関係がない。ウィット文章を書けることと教養があることとは関係があるだろうが、そちらは関係がない。

 第二に学歴文章判断するのは間違っている。学歴が無くても面白い文章は書けるし、一般大衆にウケたり賞も獲れたりする。

 まったく評価基準が間違っているとしか言いようがない。視野が狭い人間なので他にも叩ける部分はあると思うのだが、溜息しか出ない。しかもわかっているのに直せない(と思い込んでいる?)のだからどうしようもない。どうしたら良いのだろう。どうすれば良いのかわからなくて、途方に暮れている。

 嫌な人間になってしまったものだと思う。でもこの世の中は競争社会で、相対評価が当たり前で、何かしら人と比べなければ気が済まない人々に囲まれ環境に置かれればそうなってしまうのも致し方ないのではないか、と自分を庇ってしまいたくもなる。

 誤解の無いように言っておくと、他人様の文章に感動しない人間ではない。寒い部屋で鼻水垂らして泣きながら読んだ大好きな小説もあるし、してやられたと最後最後でのどんでん返しにニヤついてしまうこともある。

 しかし「人に馬鹿にされたくない」という思いと「人に評価されたい」という思いが混ざると、こんな面倒なことになってしまう。でもどちらも当たり前の感情だとも思うから、返って対処の仕方が解らない。

 作品に関しては宣伝もっと上手く出来れば閲覧数が伸びるのではないか、という指摘もあるかもしれないが、表立って書いてますとは言えないジャンル創作なので、そこの辺りは難しいのではないかと思う(一応ツイッターにそのジャンル専用の鍵アカウントを作ってあるが、相互が40人程度の小規模なアカウントだ)。

 人に賞賛される喜びが捻じ曲がって醜い嫉妬に変わり果てるのは、今私や私の小説を好きだと言って下さっている方々の思いの否定にもなりかねず心苦しい。

 今回はそういう気持ちをどこかに吐き出したいと思いチラシの裏感覚文章を書いたのだけれど、割合すっきりしたのと同時に恐らくこれからもそのような自己矛盾と付き合っていかなくてはならないのだろうな、という実感が湧いてきている。

 何があっても筆は止まらないし、折るつもりもない。文章を書く喜び、キャラクタに向き合う喜び、そして人に賞賛されるという喜び。それらの何物にも代え難い快感を知ってしまったら、もう当分心大人になりきれるまでは、ずっと苦しみ続けなければならないのだ。

2018-01-31

最近日本酒って旨いよね

初めてしっかりと日本酒を飲んだのはもう10年以上前

学生の頃だったか


郊外大学で、近くに一人暮らししてる奴のところに皆で酒持ち寄って。

概ねビールや酎ハイなんだけど、たまたま誰かが日本酒のパック持ってきて、

寄った勢いで飲め飲めーとコップに注いで。

えいやーと掻き込んだらうげーってなって、日本酒飲んでるオッサンどもは

よくこんなもん飲めるもんだと思ったもんだった。



こんな生活繰り返して、一丁前に呑み好きになって。

働きだして幾許かの自由になるお金も持って。

たいていビールをひたすら飲んでるだけなんだけど

たまには「全国の銘酒取り揃えてます」的なお店に行って

せっかくだからとお品書きにずらりと並ぶ、カッコイ銘柄日本酒を頼んでみるわけですよ。


あれ、旨いじゃないか


昔飲んだアレは何だったんだ。

いいお酒ってこんなにも違うものなのか。



そんな感じでちょっと気の利いたお店に行ったとき

頼むお酒の中に日本酒も含まれるようになって、

実は日本酒の蔵って全国にたくさんあって自分地元の近くにさえあって、

なんてことも知って。

キトーに選んでも「吟醸」だの「本醸造」だの付いてれば大きなハズレはなくて、

旅行出張とき土産物屋に並ぶその土地日本酒自分みやげに選ぶようになって、

帰ってちびちび味わうことに幸せを感じたりして。



ある日の帰りがけ。ふいにコンビニで目についた、

いわゆる「パック酒」「カップ酒」の類の日本酒


気に留めたこともなかったけど、ふと、どんなもんかと思い立って

お買上げお持ち帰る。

家に帰り、10年前に飲んだアレを思い返しながら口にしてみると、

あら案外悪くない。


というか食事やツマミと一緒にちょっとずつ、全然アリだこれ。

口当たりよく、いい感じで酔える。

そりゃ名のある銘柄と比べるなら分が悪いけど、

この値段とこの幸福度ならば、ストロングゼロコスパ負けてないよ。

さすがに昔飲んだときから10年以上経って、

今なお全国流通してるようなメーカーなら、いろいろ改善革新してるんだろうなー。

最近技術進歩は凄いなーなんて漠然と考えてて、

ときどき普通に安く売ってる日本酒も楽しむようになって、ある日ふと思った。



そうか、俺もオッサンになってしまったんだな。

2018-01-30

増田でてきとーに日記書いて反応してくれる人達すご、ちょーテキトーに書いてもなんか励ましとかくれるよ

貴様はてなが開発したAIか~

人工知能か~

AIぽくはげましください

2018-01-23

疲れた時はスターが欲しい

けど疲れてると記事見てもブコメする元気が出ない悲しみ

暇な時に書いたテキトーブコメトップなっちゃって通知がウザいこのもどかしさ

おっぱい

anond:20180123024256

世の中の人間そこまで頭の中で考えて発言なんてしてないし、

キトーに口癖みたいになってるだけじゃないかなあと思うのだけど

実際つまんなかったとして

友達関係はよかったけど授業やらの学校がつまらんって子もいるだろうし

(世の中皆お金出してるから時間割いてるからで納得できる子ばっかじゃない)

友達関係がクソだった子もいるだろうし

でも どのみちほんとの答えは友達の中にしかないわけだし、

しんどく感じる言葉冗談とか もしくは自分にとって都合のいい意味でテキトーに処理した方が気が楽じゃないかなと思う

何というか、都合よく授業やら先生やらがつまらんかったと解釈する方が

自分の気の持ちようとして楽なんじゃないですかね

多分だけどそこまでつまんねーのひと言に意味は詰まってないよ

働きたくねえなとかって特に意味もなく口から垂れ流してるのと似たような感覚じゃないのかねって気がする

2018-01-18

anond:20180118192845

運でしょ。

キレイにし過ぎて免疫が弱い、みたいなタイプのような気もするけど

ちなみに私は予防接種なし、食事キトー酒好き、運動まったくしない、手洗いうがいしない、部屋は寒い暖房ケチってる)し加湿器つけない、マスク全くしない(自分風邪ときはする)、睡眠だけは1日8時間くらいとってる。

15歳のときに1回しかインフルなったことない。風邪は毎年2回くらいひくから強いというわけでもない。体力ない。

15歳の時は実家暮らしでもう少しマシな生活してたな。

運だよ、運。

2018-01-15

anond:20180115163353

してるよ

やっぱ800点超えてる人は医療の質が違うね

750下回ってくると診察もテキトーなことが多い

とりあえず初診のとこ行った時はまずセンターの点数聞くことにしてるわ

あ、もちろん医学部合格時のね

2018-01-11

自分は何もできない

今までの仕事で集中してやってきたことって無いんだと思った。

現在エンジニアっていうポジションで色々と働いているけど、

PM的な感じでいろんな部署との調整してるだけで

外注とか業務委託メンバー仕事を振ってタスク管理しているだけ。

自分自身ゴリゴリコードかいているわけでもないし、

かと言って週末に勉強するとか正直できないし。

システムが嫌いなんだと思う。

一応インフラは一通り触れるけどAWS使ってゴニョゴニョしてるだけだし。

今の仕事はテキトーにやりつつつ暇な時間ネットサーフィンしたり。

トイレの中でソシャゲーしたり上司の話を聞いているようで聞いていなかったり。

会議にはなんとなく出るけどアジェンダ見てるだけで特に議事録も取らないし。

焦燥感しか無い。

どうしようか。

正直このまま消えてなくなってしまいたい。

2018-01-09

成人式スクールカースト社会階層

先日成人式に出席した増田です。

個人東京大学に通っていますが、成人式は、高校卒業までを過ごしたいわゆる「普通地方都市のものに出席しました。成人式自体は非常に平凡かつ平和ものでした。近くに住んでいたというだけで同じ校舎にぶちこまれていたかつての級友たちとの再会を楽しみ、今は東京に戻っています

さて、出席して改めて思うのは、成人式は「中学最後学校行事」だということです。主催地方自治体と、その対応する教育委員会ですし、会場の治安維持には当時の先生方が駆り出されていました。(平和ではありましたが、「荒れる新成人対策はがっつりされていました。以前大変なことになったことがあるようです。)そして、学校行事である以上、その場にはあの頃と同じ「スクールカースト」の力場が保存されていました。あの頃の教室雰囲気を思い出すのにそれほど時間はかかりませんでした(!)が、あの独特のサルリバイバル感が無理で成人式に出席しない、という選択をする人たちの気持ちは十分に分かりました。私自身は、あの頃にいい思い出はないもののそれなりに神経が太いので気になりませんでした。(「地元」というコミュニティからある程度離れてしまっているのもあると思います。)

ただ、あの頃の学校行事と異なり、成人式にあっては、その当時のスクールカーストに加えて(成人式では一時的に不可視であるように振る舞うことが求められているものの)社会的役割分担(階層)がある程度見えています。これら2つの構造」の比較検討は、フィールドワーク考察としてはかなり面白いと思ったので、とりあえず雑に考えてみます。(レポートじゃないのでテキトーです。許してね)

スクールカースト社会階層

改めてスクールカースト俯瞰的に見てみると、以下のようなマトリクスで整理することができるはずです。どこかのブログ記事かなにかの受け売りで、スクールカースト一般問題を語るのに適切かどうかはわかりませんが、今回は便利なので使ってしまます

\学業成績が優秀(教員従順学業成績が不振教員反抗的
コミュニケーション比較的得意リア充タイプ「不良」タイプ
コミュニケーション比較的苦手優等生タイプオタクタイプ

以下、成人式時点での社会階層(の萌芽)との対応を述べていきます

リア充タイプ

ほとんどが大学に進学。東京圏地方都市であることも要因としては大きいだろうが、東京私立大に通っている割合がきわめて高いことが特筆すべき点。背景として考えられるのは、彼ら/彼女らの家庭が比較的安定していたこと、自分自身の容量の良さから「楽かつ評価される」選択肢を選び取ったことなどか。就職先として地元という選択肢はかなり薄めのよう。

当時から「不良」タイプとの関係性が良好であり、アルコールにも慣れていることから同窓会後の2次会でも中心的な役回り男性の中でも血気盛んな層は「不良」タイプ女性ワンナイトラブをキメたよう。

「不良」タイプ

高卒もしくは専門学校に進学。いわゆる「地元コミュニティの中心をなしているようで、そのコミュニティ関係性を悪化させてしまっていた「元」不良たちはそもそも成人式に出席していなかった。家庭環境がさまざまだが、比較的早い段階で家計を支えることが期待されており、当時のような「ヤンキー」的振る舞いはほとんどなかった。それでも様々な着飾り方、騒ぎ方で成人式の夜を賑わしていたが……。一方で大学学者一定数いて、多くは高校からの推薦で、地方大学に在籍しているよう(就職意識してか、比較理工系が多めであるように感じた。)

「つっぱり方」を基軸とした当時の力関係希薄になるにつれ、地元自営業者の息子/娘もこの層と仲良くしていたのはおもろいかな。

優等生タイプ

大学学者が中心であることは「リア充タイプ共通しているが、比較国立大学学者が多め。(女性を中心に)典型的には地元大学学生だが、理工系を中心に東京圏の中堅私大にも分散していた。地元との関係性は一番希薄であるものの、地元就職視野にいれた就職活動を行うよう。大学入試偏差値就職を考えた場合、在籍中の大学の「レベル」はリア充タイプ拮抗しており、今となっては絶滅寸前の浪人経験者もこの層に集中。(余談だが、イキリオタクの如くこの文章を書いている私もこの層に属していると言える。)

一部は大学での経験をもとに「リア充タイプへの順応を見せているか

オタクタイプ

大学もしくは専門学校学者ほとんど。コミュニティとしての「地元」には所属していないものの、実際は地元に残っている場合が多い。なぜか分からないが、男性ではスーツの着こなしが一番微妙だった。当時と比較して「優等生タイプとのコミュニケーション志向している様子が見て取れ、同窓会ではアルコールも控えめい、かなりおとなしく過ごしていた。高校卒業フリーターをしている層はここに集中しており、このご時世にあってコミュニケーション能力の果たす役割の大きさを感じずにはいられなかった。

考察的な何か

当時のスクールカーストに対して学歴復讐、みたいな素敵なことはなく、社会の荒波と言われるようなものは(少なくとも自分地元では)スクールカーストとなんとなく連続している。ただ、東京大学に進学することは、「提示されている選択肢の多さ」という点で大きなメリットであり、また、終わりつつある「普通地方都市」という機構から脱するためのいちばん有効手段

もちろん家庭環境は当時のカーストから現在の状況までを形作る通奏低音であるものの、社会全体の成長という神話が終わってしまった自分たち世代にあって、ふたたび地方における「構造」として安定的であるかどうかは疑問。「不良」タイプの家庭の再生産は現在就職環境にあっては以前より難しいし、「優等生タイプ提供される地元就職先の選択肢は縮小しつづけている。「オタクタイプは「結婚しない/できない」問題の中心にあるし、今後の私の街はどうしようもなく不安定な何かしらになってしまう気がする。

VRChatで身体感覚をupdateする

去年2017年個人的に一番衝撃を受けたのは"VR Chat”という、VR空間内で3Dモデルアバターになり、他の人と交流ができるソーシャルVRアプリケーションです。これは本当に素晴らしく、じぶんの身体というものに対する考え方が変わるくらいの体験ができます。間違いなく2018年台風の目になるような気がしています

公式サイトこち

https://www.vrchat.net/

VRChatで体験することができる興味深い身体現象の一つとして、「身体同一性キャリブレーション」とでも言うべき行動/感覚があります(ちなみにこの言葉自体は今テキトーに作ったのでググって頂いても1件もヒットしません)。VRChatにログインすると、ユーザは突然何の説明もなく天空の城っぽいところに放り出されますスポーン地点の近くには大きな鏡があって、自然と鏡の前にユーザが惹かれていくようなUX設計になっているのですが、ここでユーザは鏡に映った3Dモデル自分である認識します。この時の感覚が非常に面白いです。「明らかに自分と違うものが鏡に映っているんだけれども、自分身体の動きとあまりにも連動しているので、なるほどこれが自分なんだななるほどなるほど」という、違和感を解消する一連のプロセスがあるのです。腕を色々振ってみたり頭をまわしてみたりしながら、自分の神経感覚3Dアバターと同期させるような感覚です。ケータイを落とした時に「痛!」と感じる & 言ってしまうような感じに近いです。自分ではないものなんだけれどもなんか自分身体のような気がしてくる感じです。

そしてこの作業、VRChatの感覚に慣れてレベルアップしてくると、ただの自己位置推定的な物理キャリブレーションという機能だけではなく、社会的な見え方に関する自分認識の調整機能もあるということがわかってきます。VRChatでは宇宙人から初音ミクまで、古今東西老若男女問わずあらゆるキャラクターになれるのですが、おもしろいことに、自分アバターの設定を変えた後に(=自分のすがたかたちを変えた後に)、鏡の前に猛烈に行きたくなるという生理現象が発生します。これはなぜ発生するのか考えていたのですが、「今、自分相手からどういう風に見えているのだろう」というイメージがないと人間不安になってしまうからなのだと思います社会的動物ということですね。なので、VRChat内は鏡だらけです、色んなところに鏡が置いてあります

また、「3dモデルを人として尊重する」ということも学べます。VRchatにきて初めて「向こう側に実際の人がいる3dモデル」と対峙するという経験をするわけです。ただのオンラインゲームのように、人がリモコンで操っている3Dモデルではありません。VRChat内で出会アバターたちはみんな先ほど言ったようなキャリブレーションを終えて、神経がある種入り込んでいるアバターたちなわけです。3Dモデル右手は実際の人間右手なわけです。生まれて初めて3Dモデルに対して礼儀正しく振る舞いました。また、人として尊重する精神があるからこそ、VRチャット内で目を合わせる、手をふる、握手をする、頭を撫でる等に意味が生まれるわけです。

また、使っているうちに3Dモデルアバター社会にも慣れて、イケているアバターとイケていないアバターという感覚がついてきます面白いのは3dモデル単体がイケているアバターが必ずしもVR Chat内でイケているわけではないところです。Unityちゃんなんかは見た目もよいですし、ダイナミックボーンの設定等も手が込んでいるように見えますが、あまりに数が多いのであんまりイケている感じがしないです。身体はある種のユニークネスがないとやはりダメなんだと思います

自身の見栄えが制約なく自由制御できる世の中になったら、現実世界でのファッションもおそらくこんな感じになるんじゃねえかなという感じがあります。一つ面白いなと思ったのは、身体が発光するキャラクターが割と目につくということです。UnityモデルではEmissionの設定一つで簡単に光らせることができるということなのかもしれないですが、ある種の欲求が現れているように見えます。将来的に現実世界でも、医学や服飾技術が発達したら人は身体や服を光らせ始めるのではないでしょうか。まあ現に最近バイオハッカーたちの流行りは手にLEDを埋め込んで光らせることらしいので、もう始まっているとも言えるかもしれませんが・・・

ご参考: The Latest Trend Among Biohackers Is Implanting LED Lights Beneath Your Skin

https://gizmodo.com/the-latest-trend-among-biohackers-is-implanting-led-lig-1741697381

(余談ですが、既製3Dモデルだと現実世界自分ボーン位置3Dモデルボーン位置は完全に一体化しないので、そこまで含めたオーダーメイド3Dモデル製作をするというのも面白そうだなと思いました。そういう意味でもゾゾスーツはVR社会においても重宝されるかもしれません。)

VRChatの衝撃についてうだうだと色々書いてしまいましたが、やっぱり何より熱気が凄いです。これこそがインターネットだという感じがあります。ぜひ体験してみてください。

2018-01-07

anond:20180105224147

その昔、東大理Iに現役合格した人間だ。

東大理Iに来れるやつの大半は、皆、「医者になろう」と思えば来れたやつだ。

そして、その後の同級生の進路などを見ていると、明らかに、そのへんの町医者より待遇は悪い。給料も安いし労働時間も長い。

俺は最初から、「○○作りたい」みたいなのがあって、その後、ちゃんと工学部に進んで希望通りの進路になったから悔いはないよ。だけど、中には、特に何かが作りたいわけでもなくて、何かを調べたいわけでもなくて、ただ理系の成績が良くて東大ネームバリューが欲しかった奴もいる。

そういう奴には、逆に「東大理Iに受かる頭があるのなら、どっかテキトー医学部行っとけ」って思うわ。

2018-01-06

笑ってはいけない世界

最近黒人差別意識の件は正直何が問題なのか分からない。

差別に対する意識が低いのでしょうね。

無知なのだと思います

大晦日は久し振りに笑ってはいけないを見ました。

紅白と交互に見ていたので黒人の箇所は見れなかったけれど

それよりも気になったのが

ベッキーとかアパ不倫の人とかを禊と称してタイキックや芸人まがいのことをさせていたこと。

勿論強制ではないのだろうけど

何裁く側に立ってんの?とモヤモヤっとした。

あんた達何様なんだ?と思ってしまった。

私も若い頃はダウンタウン熱狂した世代ですが

何だか失望してしまった。

そもそも笑ってはいけないの笑いの部分って

スタッフの皆さんが考えているのであって

ダウンタウンが作った笑いではない。

から笑ってはいけないが余り好きではないので次第に見なくなった。

おまけにガキトークも無くなった辺りから

ダウンタウンを見る機会も減っていった。

要は見たいダウンタウンが居なくなってしまった感じ。

ダウンタウンが笑いを堪えたり、リアクション面白かったりするのは

それはそれで笑えたりはするが

私はダウンタウンの作った笑いがみたい。

ドキュメンタルも笑わせようとしているのは参加している芸人であって松っちゃんではない。

しかも、地上波ではなくネット配信で何でもありの状態にも関わらず

笑わなかった勝者が出たことに松っちゃんは何も感じないのだろうか。

俺が笑わせてやると思わないのだろうか。

笑わなかった人を勝者として賞金を渡す松っちゃんに幻滅してしまった。

笑わした人が勝者ではないんかい

何で笑わなかったやつが勝者やねん!

しか皮肉なことに

件の黒人問題日本国民が笑ったことが世界からアウトと言われている。

これから時代、笑わない人が勝者になっていくのだろうか。

2018-01-05

シャンプーはおいしいか否か

ちょっと前に、声優が使っているシャンプーだかを飲んでレビューした同人誌が、実際はワインレビューコピペしただけだったということも含めて微妙話題になったが、私は気が気ではなかった。

というのも、私は、シャンプーを食べていたかである

十年程前に、私も十歳の頃だが、あややこと松浦亜弥シャンプーCMをしていた。セクシーなのキュートなのどっちが好きなの、のやつである

それが我が家にもやって来た。イチゴ香りである

それまで、メリットだのなんだのテキトーなにおいのシャンプーを使っていた私にとって、このイチゴ香りものすごいものだった。本当にすごくいい香りなのだ

ある日、お風呂に入っていて、シャンプーしている時、ふと、これは、もしかしたら、おいしいんじゃないかと思った。こんなにいいにおいがするし、味も甘いのでは?と。わたパチとかあるし、と。

そこで、シャンプーを泡立てて、食べてみた。

結局、おいしいかと言えば、おいしくはないのだが、逆にまずくもなく、いいにおいの泡(本当に泡である)で口の中がいっぱいになってシュワシュワ消えていくのを飲み込む感覚は、悪くない。

そういうわけで、私はシャンプーを食べるようになった。

終わりを迎えたのは、一ヶ月後くらいだったか。定かではないが、少なくとも二、三回ではなくもっと定期的に食べてはいた。

なんで食べるのをやめたかと言えば、いつものように泡立てて口に入れた時、全くおいしくなく(いつもと同じなのだが)、「私は何をやってるんだろう」と思ったかである。その時、初めてシャンプーを吐き出し、シャワーの水でうがいをした。

こうして私の食シャン生活は終わりを告げたのである

時は過ぎ、ネットで飲シャンレビューを見て、「私はさすがにそのままは飲めなかったのにすごいなあ、原液だと苦味が強いのか」などと思っていたが、少なくとも飲シャン本についてはデマらしいので、がっかりした。

シャンプーを食べていた過去は、さすがに自分でも変かなと思い本当の黒歴史と化しているが、今でも、私以外に本当にシャンプーを食べていた(飲んでいた)人はいいかと、探してしまう。秒速5センチメートルである

しかしたら、ネット上で飲シャンの話をしている人は、皆本当にシャンプーを飲んでいるのだろうか? それはそれでうれしい。

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