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はてなキーワード: 四苦八苦とは

2021-05-06

仲良しだったフォロワーと私の最後の一カ月(前)

 これからする話は、とあるさなジャンルの小さなカプの字書きである私がいかに身勝手だったかということを伝えるものである

 大多数の人間にとっては、読んでも糧になるものはなく、むしろ不快になるものだろう。

 それでも記事にしようと思ったのは、私の中で未だに蟠った昏い感情ひとつ文章として昇華し、過去出来事として今の自分から切り離し、客観的に見てみたいからだ。

 

 

 P氏と私の出会いは三年前。

 私はそれまである大きなジャンルを抜け、小さなジャンルのABというカプで活動を開始した。前のジャンルを抜けた理由は、そのジャンル民が望むものが書けなくなって、しか自分がそれにショックを受けていたからというありきたりなものだった。二次創作は、当然ながら自分が望むものを作って楽しむのが正しい。けれど、あなたの書く○○が好きだと言われ、しかもそれが結構な人数いたとするなら、自分のためだけに書くのではなく、他人が望むものを書きがちになる。当時の私は、自分の望むものではなく、他人が望む作品を作り出すことに腐心していた。厄介なことに、それが楽しいと思っていたのだ。

 しかしある日、はたと我に返った。

 自分のためにではなく、他人のために二次創作をしているということに気づいた私は、そのジャンルを去ることにした。

 

 そうして辿り着いたABで小説を書き始めた私は驚いた。

 文字が次々紡がれていくのだ。

 私はあっという間に小説を書き上げて、某サイト投稿した。ツイッターも始め、このカプのここが好きだということを、誰のためにでもなく、私のために呟き続けた。

 それからは、毎日が楽しかった。

 千人近くいた前のジャンルアカウントに対し、今のアカウントフォロワーゼロ。私の呟きなんて、誰も見ていないから当然いいねもつかない。それでも楽しくて、私は呟きを量産し、小説を書き続けた。

 三年前の、四月の終わりのことだった。

 

 ABはそもそも活動人数が少ない。

 活動を始めたばかりの私がフォローしたのは四人。その内の一人がP氏だった。

 P氏はすぐにフォロバしてくれた。

 お互いに挨拶をすることもなく、話しかけることもない。いるけどいない、という関係だった。私自身、あまり積極的に絡みに行くタイプではなかったので、何人かの相互さんと話したこともなく、黙々と壁を打つ日々だった。

 相互になって二か月ほどした頃だろうか。P氏が私にリプを送ってくれた。私はABで初めて、同ジャンル人間としゃべった。

 嬉しかったが、それだけ。

 今から思えば、あの呟きに反応したP氏の性癖は相当ヤバイとは思うが、当時は別になにも思わなかった。

 初めてリプを貰ってから、一カ月に一度の頻度でやり取りをするようになった。どちらかが作品を上げると「素敵です」と言い、それに対して「ありがとうございます」と返す。それくらいだった。

 

 彼女と急激に仲良くなったのは、はじめてリプを貰ってから一年と少し経った頃だった。

 その時の彼女と私は、同じような人間関係問題で、同じように悩んでいた。

 その頃の私は人間関係に疲れて、殆ど誰とも繋がっていなかった。

 フォロワーはP氏だけ。正直、ABで活動を続けていくことに限界を感じていた。

 ただ、まだ書き続けていたいという気持ちもあった。

 私は彼女しか見ていないTLに、ABの小説投稿し続けていた。

 

 P氏初めて通話をしたのもその時だ。その時に私は、彼女二次創作で仲良くなったフォロワーとどう付き合いたいのかを教えてもらった。彼女は「同じ熱量の人と狂っていたい」と言った。私も同じだ、と嬉しくなったことを覚えている。

 二次創作をしていると付き物になるのが、熱量問題だ。

 なにが問題なのかというと、熱量主観的ものだということだ。

 ある人の、あるジャンルに対する熱量を、客観的に計る方法はない。本人が冷めたと言えばそうだし、冷めていないと言えば冷めていない。

 ここまでは、誰もが共通認識として持っていることだろう。

 P氏も、私も、そう思っている。

 ただ、私は、その先も考えていた。

 ジャンルに対する熱量主観しか計れない。決して、他人には伝わらない。他人に伝えるには、行動として示さなければならない。こうした時に言葉で伝えるのは逆効果であること私は思っていた。

 たとえば、あるカプについて毎日十以上の呟きをしていた人がいるとしよう。その人はある日別のジャンルにハマって、別ジャンルについて呟くばかりになって、あるカプについては殆どさなくなった。あるカプの絵や小説がTLに流れてきても反応しなくなった。以前なら、必ずその作者に感想を送り、フォロワーにその作品が素晴らしいからとプレゼンしていたのに、そうした反応を一切しなくなった。その人が唐突に「最近○○についてばかり呟いているけど、元のジャンルの熱は冷めてない。今でも大好き」と言ったとして、残念ながら私はそれを信じることができない。

 完全に冷めてはないのだろう。新しくハマったジャンルの刺激が強くて、元のジャンルへの反応ができなくなっただけだろう。ただそれは、見方を変えれば、「冷めた」ことにならないだろうか。少なくとも、以前と同じように反応ができなくなったということは、そこに割く労力を減らしたことに違いはない。

 それ自体は、悪い事ではない。

 何を好きになるのかは、その人の自由だ。

 ただ私は、「冷めていない。今でも大好きだ」という言葉が出た時点で、その人はもう元のジャンルにこれまでと同じだけの熱量を注いでいないと思うようにしている。なぜなら、本当に元のジャンルにも今までと同じだけの熱量を注いでいるなら、わざわざ言葉にしなくていいはずだからだ。

 あくまでも私がそう思うだけだということは、言うまでもない。

 人の考え方は人それぞれだ。だからこれは、私がこう考えたというだけの話であることを改めて記しておく。

 

 P氏は私にこうも言った。

 

「別ジャンルにはまっても、そのジャンルで狂ってる君を見てたら私は楽しい

 

 ジャンル移動しても友達でいようね、と彼女は私に言った。

 別ジャンルに嵌って、別アカウントを作ってしまうと元々のアカウントフォロワーと疎遠になるのはよくある話だ。チェックするTLが二倍になるのだから当たり前だ。そして先述の通り、新しくハマったジャンルの方に熱量を注ぎがちになるのも明白。結果として、元のジャンル作品や元のジャンルで出来た知り合いの呟きへの反応は鈍くなり、その後ろめたさからアカウントを消すという人もいるだろう。

 彼女は私にそうなって欲しくないと言いたいのだろう。別ジャンルにはまっても、同じアカウント活動して欲しい、あるいは、別アカウントを教えて欲しい。たぶん、そういうことだと私は考えた。

 それで合っているかどうかは正直わからない。

 ただ私は、彼女言葉から彼女が望んでいることをできるだけ汲み取り、そうあるようにした。

 その頃は、多分、上手くいっていたと思う。

 彼女と私は毎日十や二十のやり取りをして、時々通話して、ABについてああだこうだと話していた。傍から見れば異常だったのだろうが、私たち毎日は楽しかった。少なくとも、私は楽しかった。

 

 最初通話から一年弱経った頃、私は別ジャンルにはまった。

 彼女しか見ていないTLで「○○にはまった」と呟き。ABと一緒に新しいジャンルについて呟くようになった。そのジャンル用のアカウントを作ったが、稼働させるのはすぐにやめた。新しいアカウント活動を始めると、熱量分散されることを私は知っていた。だから、元のアカウントで新しいジャンルイラストをリツーイトしたりしていた。P氏は私が新しくハマったカプについても「私は絶対まらないけど」と言いつつも好意的だった。私が新しいジャンルに狂っている姿を見て楽しいと、初めて通話した時に言っていた台詞を繰り返していた。

 

 これが、今年の始めの話だ。

 

 彼女の様子が変わったと感じたのは、それから一カ月後。

 彼女はしばしば、創作モチベーションが上がらないと呟いていた。例のウイルスの件もあり、イベントは軒並み中止。ジャンル民の創作活動も下火になっていた。元々小さな規模のABというカプで、コンスタント作品を上げていたのは、P氏と私だけ。その私も、昨年秋から色々とあり創作頻度は下がっていた。小説毎日書かないと感覚を忘れてしまう。私の執筆スピードは目に見えて遅くなり、大量の文章を、人様に見せられるほどの完成度に仕上げられなくなっていた。それがストレススランプに陥り、さら創作頻度が下がっていることを自覚していたから、呟きは多くするようにしていた。私がスランプに陥っている間、彼女はABの作品が増えないことに寂しさを募らせていたようだった。

 なんとか創作に集中できる環境を作りたいと四苦八苦していたが、そうこうしている間に彼女の方に変化があった。毎日二十近くやり取りをしていた彼女は、私の呟きにリプを飛ばさなくなり、それどころか、彼女自身が呟くこともがくりと減った。

 私は彼女の行動に覚えがあった。

 彼女も多分、別のジャンルにはまったのだろうと思った。

 彼女はとにかく呟くタイプ人間だ。呟くことで、日々のストレスを軽減しているのだろう。だから、ここで呟いていないのなら、どこか、別の所で呟いているのだろう。そこで呟いているから、こちらで呟くことがなくなった。多分、そういうことだろうと私は考えた。

 少しだけ、私の心に靄がかかった。

 

「別ジャンルにはまっても、そのジャンルで狂ってる君を見てたら私は楽しい

 

 かつて彼女は私にこう言った。

 別ジャンルにはまって愉しそうにしている姿をみせてくれと言っていた彼女は、しかし、別ジャンルにはまって楽しそうにしている姿を、私に見せてはくれなかったのだ。

 

 春の訪れと共に、P氏と私の最後の一カ月が始まった。

2021-04-30

3Dアニメがまもなく2Dアニメを超える

のは、素人目にも見て明らかだと思う。

たとえばこのダンス人間キャプチャーだけど、これを2Dで書き直すのはまず不可能

3Dしか表現できないものの一つだと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=XX-avoBQ8qs&ab_channel=D4DJGlobalChannel

宮崎パヤオ先生が液タブに四苦八苦しながらトライしてたのを見ても、

デジタル技術アナログを超越しつつあるのは間違いない。

といってもアナログの一発描きでしかまれない気迫のようなものもあるのも事実で、

これは荒木飛呂彦先生のいう通りで、アナログ芸術方面でとくに残り続けると思う。

2021-04-24

anond:20210423191759

日々四苦八苦ストレスの中で生きてる自分のような人間よりも人間的な暮らし謳歌できてて羨ましい

圧倒的な劣等感を抱く組織の中で生きるギリ健はしんどいなぁ

2021-04-12

男に生まれてたらまあまあ強者男性だったかもしれない

けどでもわかんないよな。

実家ちょっと太くて教育に金を惜しまないタイプだったので早慶上智を出た。

自分の他に姉妹いるが、自分と同じ中高なんだが色々あって引きこもりから自殺チャレンジ(幸い未遂で終わった)とかやるような環境ではあった。余談だがその後何とか立ち直って今では既婚で子どももいる。嘘みたいな本当の話。誰かの希望になるかしらん。

まあ皆勤賞で通した自分喪女だが。

現在三十代半ば、本気で子どもが欲しいならとにかく婚活で数打てとか言われるお年頃。子どもは欲しい。かわいい面白い

でも恋人とか伴侶とかができる気がしない。

大学時代に出来なかった恋人がなぜ今からできようか。

言いたかないんだが、自己評価が低いのに変にIQだけ高いタイプ人間なので、大学出てからこっち「こんな私にさえできる/わかることができない/わかんないのかー」という失望と「アレがわからない/できないくせにそうやってイジりにくるのかーノッてやんないと面倒なことになる奴やなー」みたいなうんざり感を周囲の人間に抱くことに慣れすぎていて、恋人とか伴侶とか職場関係で作れる気がしない。言わんや婚活をや。容姿も良くないのに、それ以前の問題

本当大学時代恋人くらい作っとくべきだったのかね。勉強楽しすぎてド受身だったので当たり前に独りだったが。後悔はしてないしやり直せたとしても同じド受身ルート辿るのは目に見えてるんだが。

大学時代バイトは塾とかは普通に全落ちして単発の試験監督とかでちまちま経験積んだあと卒業間際くらいにちっさい飲食に受かった。そこであまりにも仕事ができないというか、マルチタスクできないぶりが発覚。四苦八苦しつつ自分ハックの工夫スキル模索するようになる。

ガールズバー?受けてないけど(当時そんなんなかった気もする)多分受からんし怖すぎるわ。絶対容姿コンプでズタボロにされて人格ひん曲がって終わる。実家が太くて本当に良かった。

卒業2009年リーマンショックの終わり頃くらい?始まりの頃だっけ?少なくともリーマンのせいにするにはちょっと無理のある時期で、普通に百何ヶ所くらい受けて一ヶ所しかからなかった。いや、女性でもバリバリやりたいですみたいなこと言ったら「ウチは女は営業補助」とか言うんでこっちからお断りしたとかそういうのもあったけど。

その一ヶ所に十年勤めて、身体壊すレベルでいろいろ仕事したけど身体壊したせいで勤怠がガタつきはじめ、それを理由に昇進が一切なかったので付き合いきれなくなって転職した。

今の会社は小さめベンチャー、年齢的にあと2、3年で課長代理かなーとか言われたけどまあリップサービスだなみたいな状況。ガツガツやらしてもらってるのはありがたい。ただそろそろ電話番を他の人に代わって欲しい。男の子入ったやんワイより年下のが。そっちにやらせなよ。経験積まなきゃできるようにならないよ。

ときどき考える。男だったら実家継いで医者になっていたりしたんだろうか。少なくともそのプレッシャーは今の比ではなかったはずだ。

女で、諦められていたので、逆に自由にやれた。そういうところはあった。

そういう意味では女で良かった。自由自由が一番だ。人から強制されるのは大嫌いだ。気が向かないとうまくやれないから。うまくやれないとみんな嫌な顔をする。

しかしじゃあ女で文句全然いか?そんなわけあるかい。少なくとも電話番は他の誰かにやらせるか電話番手当をつけろと思っているし、ワシよりデキないITエンジニアのキミは先方の要望表とシステム仕様ガッツリ頭に叩きこんでワシと同レベル聞き取りメモを作れるようになってから人をイジりはじめたまえよ。不愉快だよ。「不愉快だ」というのを態度に出すと「その言い方はやめた方がいい」とか言い出すのも何とかならんのかね上司殿。愛想良くしないでいる自由、ただ真顔でいる自由ってのはワシにはないのかね?

この、沼とか田んぼの泥の中を、ぬっちぬっちゃと力尽くで歩いてるような。毎日積もっていく徒労感。

男で強者男性だったらもっと軽やかに歩けたのか?

そんなわけなかろうな。人には人の地獄があるというやつだ。

どこかの世界線で男として生まれわたしはどうしているんだろう。

きっと私と同じようにモテねーんだろうが、それが彼を追い詰めていないことを切に祈る。幸せにやっていてくれ。

みんな、望まない何かに追い詰められず、幸せにやっていてくれ。

2021-04-01

anond:20210331203406

スマホホルダーは絶対いる

緊急入院になってスマホホルダーがなかったときに紙コップを材料にして四苦八苦してスマホホルダーを作ったことのある増田から遺言

2021-03-20

最近アニメキャラ趣味が変わってつらい

最近私生活でチームリーダを任されて四苦八苦している。

チームリーダと言ってもベテランの人がチームに入っていて、裏でその人にかなり助けてもらいながら進めている状態なので実質的にはサブリーダーみたいな感じなんだけど、よっぽどの問題じゃない限りは自分が矢面に立ったり、メンバの問題解決をしている。

ウチの上司は割と「失敗して成長しろ」と言う感じでそれが出てるのかなんというか癖のあるメンバーが多い。

仕事は出来るがまともに連絡をしない奴、進捗をごまかす奴、ルール微妙に逸脱していることを何度言っても改善しない奴、連絡はきちんとするがなんでもこっちに仕事を投げる奴・・・

こんな感じでなんというか凹凸のあるメンバーばかり集められている。

幸い上司ベテランさんに助けてもらって順調とはいいがたいけど、残業もほぼなく、それなりに進んではいるが結構心労が来ている。

そんな中、趣味アニメを見ているのだけど、アニメキャラの好みが明らかに変わったなと感じた。

前はツンデレキャラとかちょっとポンコツキャラとか、なんというか年下系のキャラが好きだったんだけど、最近はそういうキャラではなく、自立したキャラ包容力のあるキャラと、年上系のキャラが好きになってきた。

具体的には、ゆるキャン△で1期はなでしこが好きだったんだけど、2期ではしまりんの方が好きになっていた。

なでしこの周りにサポートしてもらってる所を見ると「あー、ここで助けが来なかったら問題が大きくなるんだろうな・・・」みたいな視点で見てしまうようになってしまった。

抜けてる所を可愛げと評価するのが自分の中で難しくなってることを感じる事が多い。

逆に、逞しさだとか自立してることを好ましく感じる事が多くなった。今期では蜘蛛子がかなり来てる。あの逞しさ、バイタリティ能力の高さ!

歳をとってキャラが年下になったこともあるんだろうけど、部下を見る目に近づいてる感じがする。蜘蛛子とか「あーこんななんでもできる部下がいたらなー」とか思う時すらあったし。

正直、私生活仕事汚染されてる感じがして、つらい。

つらいが、もう「抜けてる所も可愛げ」とかいうのも難しくなってしまった。

今のプロジェクトがひと段落したら、認識も昔みたいに戻るんだろうか。

雑誌映画秘宝』の記憶(16)

今回も引き続き、雑誌映画秘宝』の中に蔓延っていた「ボンクラと云う『甘え』」について考えてみます

前回の投稿(15)では「お気楽身分のお坊ちゃん」や「負担他人押し付ける」という点に話が及びました。ここら辺をもう少し掘り下げます

岩田和明による恫喝DM事件が発覚して以降の『映画秘宝』関連情報の動向をチェックしていた或る日、私は違和感を覚えました。

町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキ…」と名前が並んだのを見れば「ギンティ小林」と後に続くのを予想した、古株の『映画秘宝』読者も少なくなかったのではないでしょうか?

しかし実際に我々が目にした名前は「てらさわホーク」でした。

なんでしょうか、この「コレジャナイ感」は。

さら言うまでもありませんが、町山智浩が「洋泉社倉庫で働いている男に一人、面白い奴がいる」と耳にして、直々に抜擢した人物こそがギンティ小林でした。ムック形式の初期『映画秘宝時代からの読者には、お馴染みのメンバーです。大型化・雑誌化を果たした『映画秘宝』誌上で数々の「身体を張った企画」に挑み―――と言うか、現代アップデートされた感覚からすれば「パワハラの一環として強制的に『挑ませられた』」と言うのが正確ですが―――、多くの読者たちを楽しませてくれた人物であることはよく知られています。キョッチチョイヤー!

そんなギンティ小林が、殺陣軍隊格闘技の訓練を受けて四苦八苦する姿を『映画秘宝』で見てゲラゲラ笑っていた、当時の私も立派なパワハラ共犯者の一人です。誠に申し訳ございませんでした。謹んでお詫びいたします。ブラジリアン柔術の使い手に絞め落とされたエピソードは、当時の感覚から見ても明らかに異常です。

このように『映画秘宝』の為に長年に渡って文字どおり粉骨砕身で働いていたはずのギンティ小林が、町山智浩ら四人の『映画秘宝幹部の中には含められていない事実を知った時、私は「嗚呼あんなに頑張ったのに、まだパシリ扱いなのかよ。ひでえな町山智浩」と思って、他人事ながらとても悲しくなりました。

しかし今となっては、奈良さんが被害者となったパワハラ事件於いて加害者にならずに済んだのだと思えば、人生万事塞翁が馬なのかもしれません。

ところで、以前の投稿(13)で、高橋ヨシキが「荒縄で緊縛された女性が裸で馬に跨がらせられている残酷エロ画像」をコラージュした『映画秘宝』の表紙デザインを作った際、それを見て「これじゃあ女性読者に売れない」と町山智浩がボヤいていたというエピソードについて書きました。これに関して「町山は本気でボヤいていた訳ではないだろう」とも書きました。

町山智浩基準で「本当に困った」ならば、パトリック・マシアスギンティ小林に対してやった時と同じように、鬼のような形相と声で高橋ヨシキを怒鳴りつけるぐらいはしたでしょう。しかし、そんな形跡は有りません。つまり町山智浩は本気で高橋ヨシキのした事に困っていた訳ではない、ということになります女性読者が買い辛いデザインを作るという「売り上げに響くような仕事」をしていたのにも関わらず、です。これを見れば「明らかに高橋ヨシキ町山智浩に可愛がられ、優遇されていた」と言えるでしょう。「依怙贔屓」とも表現してよいのではないでしょうか。

何でも、高橋ヨシキ町山智浩が初対面を果たした時、他の誰かを怒鳴りつけている真最中だった町山智浩が、高橋ヨシキから挨拶されると一転にこやかな笑顔で爽やかに挨拶を返して対応したと聞き及んでいますまさか、そんなヤクザみたいに「高低差」を見せ付ける安直手法で、高橋ヨシキ町山智浩のことを「大好き」になるように魔法をかけられたのでしょうか。

それは兎も角、そうした「売り上げを度外視する姿勢」や「それを許してしまう依怙贔屓」によるシワ寄せは、結局は町山智浩らに近くない/親しくない人間たち、すなわち高橋ヨシキらの派閥には属しない他の編集者ライター洋泉社の人たちが苦労させられると云う形で背負い込んでいたことでしょう。

自分(たち)の仲間」とは見なしていない人間苦痛・苦労については想像力を働かせようとしない、町山智浩らの態度については既にこれまで述べたとおりです。

このような依怙贔屓が、今日の『映画秘宝』内部における深刻な対立を招く火種となったことは想像に難くありません。身体を張って頑張った人間が報われてこなかったのであれば、火薬庫に引火して造反したくなるのも人情というものではないでしょうか。

ギンティ小林に比べれば、高橋ヨシキは全く身体を張ってきませんでした。何かの為に自分身体を張る覚悟など、高橋には無いからです。「お気楽身分のお坊ちゃん」にとって、苦労とは「自分以外の他人担当するもの」だからです。

そのような考え方は、高橋ヨシキが「町山智浩のことが大好きだから」と言って、自分身体を張ったり身銭を切る代わりに女性パートナーの肉体を献上したことにも顕れています

新体制となった『映画秘宝から離脱することを、切り株ライターの一人・ナマニクが表明したことを御存知の方もいるでしょう。その離脱理由を綴った文章の中で、ナマニクは「泥水を啜ってでも文筆業を続けていく」と書いていましたが、高橋ヨシキ派閥に連なる人間が、本当に「泥水を啜る」でしょうか?他の誰かに負担押し付けて終わるだけのように思います

そもそも、上に述べたように、これまで町山智浩高橋ヨシキの間には依怙贔屓したり、女性パートナー差し出すような歪な関係が有ったればこそ、切り株派閥に属するライターたちも優遇されて安穏としていられた訳です。その事をナマニクは自覚しているのでしょうか?

その自覚が無い限り、いくらナマニクが「泥水を啜る」と言ったところで、それを聞いた人間切り株派閥に属するか否か、切り株作品ファンであるか否か、女性差別主義者であるか否かによって、受け止め方にも大幅な差が生じるのではないでしょうか。ハッキリ言いますが、町山智浩高橋ヨシキ蛮行批判できない、露骨派閥根性や舎弟根性を示す人間たちが、いくら美辞麗句を吐こうと私は信用しません。

切り株派の派閥根性というか、舎弟根性に話が及びそうですが、また長くなりましたので、今回は一先ずここまでにします。アーメン

2021-03-11

anond:20070309225029

17時前、帰宅ラッシュを外して帰宅

17時半頃、保育所に1才の息子を迎えに行く

息子と帰宅、すぐに風呂に入る

18〜19時、妻が子供に夕飯を食べさせている間、

自分夫婦の夕食である餃子をつくる

19〜20時、子供四苦八苦しながら夫婦の夕食

20〜21時、妻は子供の寝かしつけ、自分は夕食の片付け

21〜23時、妻はそのまま寝入る。自分仕事の残りをリモートで片付ける

23〜0時、妻を起こし、交代で寝床に入る。そのまま寝るまでスマホ漫画ゲーム

平日はだいたいこんな感じのルーティーン

夕飯を妻が作る時もあるし、自分が寝かしつけをやる場合もある

子供がすぐ寝てくれれば楽だが、長引くとしんどい

2021-03-03

anond:20210303091402

わたしには後ろ盾になってくれる障害がありませんので

社会的に正しい障害がありませんので

ひとりで四苦八苦して

やってるんですけどね

助けはこないですけどね

2021-02-11

大人はどんなノートを選ぶのか

四十半ばの超オッサンなのだが、学生の頃からB5サイズキャンパスノートを愛用している。

もう20年以上は使い続けており、使い勝手文句は無いし、価格も安いので重宝していた。今日キャンパスノートを小脇に挟んで打ち合わせをハシゴしたが、キャンパスノートはどの会議でもいつもと変わらぬ活躍をしてくれた。

だのに。家に帰り、いつもどおり机に置いたそのキャンパスノートが、今日に限ってみすぼらしい。

よく見ると、綴じた紙が30枚しかないので、薄くてペラペラしていて心もとない。表紙の厚紙は必要最低限の強度しかないので、テーブルの無い場所で筆記しようとすると、ふにゃふにゃして書きにくい。

机の上のキャンパスノートをめくってみると、表紙をめくると最初の1枚が微妙にくっついてくる事に改めて気が付き、何とも言えない腹立たしさを感じる。

この最初に現れる白いページにペンを走らせようとすると、ページの綴じの部分に格好の悪い折り目がついてしまう。だから1ページ目は使わず、2ページ目から使う事になる。なんでだ。

全頁の上にある「No.」と「Date.」欄も微妙だ。このスペースを使った事が無い。ここに何を書いてほしいのか。なぜこんなものにタテ幅で2センチ以上のスペースを使ってしまうのか。

さらに、罫線の引かれた本文欄と、このヘッダースペースの間にある謎の空間ちょっと意味がわからない。このスペースも使った事が無い。1.3センチほどあるがいったい何のためのスペースなのだ。なぜ全部罫線のスペースじゃ駄目なのか。

大人数の会議では、テーブルのスペースが全員に行き渡らないような状況にもかかわらず、偉い人のありがたい言葉メモに取らなければならない場面も多いのだけど、こんな時のキャンパスノート弱者しかない。

ソーシャルディスタンスへったくれもない会議室でふと周りを見渡すと、入社したばかりの若者がかっこいいA5サイズ位のオレンジ色ブロックメモを使っていたり、ハードカバーゴム紐で綴じたノートをつかっていたりして、膝の上でもスイスイメモを取っていてかっこいいのなんの。

その横で顔のくさそうな中年ヒラである私が、ふにゃふにゃした表紙のキャンパスノートを膝の上にのせ、必死メモを取っている。なんだかかっこ悪い。今期目標と書こうとしてペンが膝の稜線にそって滑り「今期| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄」とかになってしまう。

ああ、なんだ、私。なぜだ、はずかしいぞ。

からあてがわれた洋服が恥ずかしくなった瞬間が皆にも有ったと思うが、その瞬間の気持ちを思い出してほしい。私は、まさに部会に出席をしている場でそれと似た羞恥を感じてしまった。

ペラペラキャンパスノートを使う自分が恥ずかしくなってしまった。

そんな日に限って、追い打ちが行われる。私が腿の上でメモを取りながら四苦八苦しているのを見た部署若者が、自分ノートを自慢してきたのだが、それは表紙がハードカバーになっているモレスキンというノートで、実にしっかりしていた。しかも、中を開くと上から下まで全てが罫線スペースになっていて無駄がない。しかも、なんかかっこいいんだよ。

若造モレスキンの話を始めたことで部署内でノート談義が始まったのだけど、私の同期まで話に加わってきて、アマゾンオリジナルハードカバーノートを自慢してくるのには驚いた。モレスキンクローンなんだけどね、使い勝手が良いし何より安いんだよね、なんて言って周りの関心をひいている。

そんな場で、あえてキャンパスを使い続けるいぶし銀みたいなポジションにされてしまい、なんとも歯がゆい

畜生、なんだよ、キャンパスノートじゃ駄目なのかよ。

悔しさもあって、帰宅Amazon Unlimited で文具系の本やムックダウンロードして読みあさりながら、ノートリサーチする。そして、意味もなくツバメノート測量野帳ポチったりしていたのだけど、読んでいたとある本に、キャンパスノート歴史が書いてある記事を見つけた。

それを読んでいると発売が1975年とあった。

私が生まれた年だ。なんだ、おまえ、タメか。

なんだよ、なんか愛着わいてきちゃったよ。

<<追記>>

B4→B5に直しました。ご指摘ありがとう

ブックマークコメントが凄く参考になる。紙にこだわるとか、そういう発想は無かったので新鮮。みんなありがとう

2021-02-07

はてなブックマークの100文字制限四苦八苦してそうなコメントを見かけた。

なにかを言おうとするたびに「これは××の意味発言ではありません」って語尾に付け加えなくちゃいけなくなってるっぽい。

そんな複雑な文脈を持つ注釈を100文字制限の中で入れないといけないなんて、バカバカしくない?

言いたいことも言えなくなっちゃうじゃん。注釈が長すぎて。

言いたいことは短く端的に言ったほうが良いと思うけどね。俺は。

2021-01-21

プログラミング楽しい

慣れてる言語でササッと書くのも楽しい

初めての言語四苦八苦しながら書くのも楽しい

からエンジニアとして働くけど、楽しみすぎて待ちきれない

2021-01-17

MacBook買った

やった!

念願のMacBookデビュー

ずっと新しくパソコンが欲しくて、ついに買ったよ!!

Windowsしか触れたことがなくて、フォルダの作り方もショートカットキーの使い方も、

なにもかも勝手が分からなくて四苦八苦してるけど、

MacBookぽちぽちしてるってだけでウキウキする。楽しい

はじめて携帯買ってもらったとき気持ち思い出したなあ。

特にすることもないのにずっと触っていられる、あの感覚

いまさらパソコン買ったくらいで…て思うかもしれないけど

こんなふうに心がワクワクする買い物ができたことが嬉しい。

2021-01-09

anond:20210109014209

お互いセフレの方になびかないのは誠実なんだか

どっちにしろ恋人作りで四苦八苦するレベル自分にはセフレとか関係無さそう

セフレはお互いある程度恋愛偏差値が高い人間しか出来ない関係だな

2021-01-02

国民が、ある日突然10年経っちゃうっていうのはどうだ?

気がついたら10年経ってて、10年間の記憶は空白。知らないやつと結婚してたり、知らぬ間に子供を産んでたり、知らない間に身内が死んでたり、知らないアイドルTVに出ていて、いつの間にかアイドルになっていたりして

10年の空白を抱えたまま皆が四苦八苦しながら現実を受け入れたら受け入れなかったりする

2020-12-10

公立中に「動物園」という比喩は適切ではなくとも、偏差値20違えば同じ人間であろうが別の動物である

大学の進学率が66%まで上昇することがほぼ決定している日本では、将来的に氷河期世代大卒2割馬鹿という蔑称でくくられることはもう間違いのないところだろう。大体2039年ごろにはそうなっているはずである

どうして、中学高校動物園になってしまうのかというと、第二次性徴を迎えたときに親がどんな顔をしているか問題なのではないだろうか。昭和時代日本人の娯楽は酒、たばこ風俗パチンコ競馬競輪くらいで、そもそも語学を手にする人間が少なかった。親が語学を手にしていないと、親の顔はサルゴリラである死語になってしまった教育ママゴンも難読漢字くらいは読めた、という程度だろう。語学習得率は低かったように感じている。

そんなことを示す証拠を出せ、という人がいるみたいなので出してみよう。今私の手元には、2004年ラジオのためのフランス語講座テキストがある。番組表を見てびっくりだ。語学番組が少ないのである。今の半分ではないだろうか。このころ、NHK-AMラジオ第2はお荷物といわれていた。それから16年たって、講座を増やして小学生にも対象を広げたことで何とか語学番組は生き残った。NHK-AMは片方が一個つぶれるらしいが、トーク番組がつぶれても、語学の枠はつぶさないらしいので大丈夫だ。

逆算すると、大学の進学率が低かった時代語学学習というものは全国には広まっていなかったものと推察される。大昔のフランス語講座文法半年で一周できたが、1990年にこれをやらかし石井晴一は大不評であった。私にはその世代間のギャップ面白く、毎週楽しみにしていた覚えしかないのだが、大衆には受けなかった。この時代が、田舎地方限界東京漏洩することのなかった最後時代だったような気がしている。

ところが、インターネットのおかげで、地方田舎にはサルゴリラしかいないことがどこのWebでもばらされるようになった。一回でもミスすると、すぐインターネット告発される。神戸いじめ事件に至っては遡及法がどうのという会話が出ていたのを覚えているが、遡及法がなければいじめ解決しないだろう。そんなことも東京の人は知らないのである。いや、政府東京人に知らせてくれなかったのである。知ってて教えなかったのではないだろうか?

そんなに人生を左右するほどひどい環境だったかな、という人はおそらく昭和時代のことは知らないだろう。昭和末期、氷河期を産んだ親の四年制大学卒業率はなんと全国平均で14%なのだが、これは承諾しがたい。これは粉飾決算で、もっと低かったのではないか?まだ氷河期の親の世代、単科医科大は天文学的な倍率ではなく、天文学的学費のほうが話題だった。私学は馬鹿でも入れた、というのが田舎地方合言葉だが、半分は当たっている。当時は共通一次すらないので、ダメそうな社長の子が私学に入るといわれていた。

ヨーロッパは今はこうではないのだが、100年前は古典ラテン語古典ギリシャ語が必修で、落とせば大学からんという時代であった。どうしてこんな死語学習させたのかというと、これができないとヴルガータ聖書ネストレ・アーラントが読めないかである聖書を読んで一人前という時代がそこにあった。しかし、日本人に聖書不要である必要不可欠というほどではない。それなら、古典言語必要性など知らないまま国家形成される。古典言語四苦八苦するヨーロッパ人と、それを必要としない日本人では知的密度が違うのは当然ではないか古文漢文は、古典ラテン語古典ギリシャ語の代わりにはなりえないだろう。

その知的密度の差を認識しないまま、田舎地方にはサルゴリラしかいない時代昭和期にやってきたのである

2020年代に入って、その田舎地方サルゴリラは、ニュースさらし者になって本当によかったと思っている。おそらく電子メディア進化で、具体的な言動一挙一動までサーバーに記録される社会になるだろう。そうなると、馬鹿を見るのは氷河期世代とその親である。鬼滅世代は、生まれた時から警戒して過ごすので、愚行が暴かれることも少ないだろう。

いま、アニメ以外の邦画はつまらないといわれる。それはつまらないのではなく、日本人がそれだけ賢くなったのである。賢くなると、馬鹿向けの文化は滅びる。最近ぶれる風俗に加えて、AVスカウトマン逮捕されるのはそういうことである。「公立中学校ごときスラム出身気取ってマウント取るのやめろ」という意見表明は、2020年代には可能でも、2030年代には不可能になると私は確信している。「社会階層固定の犠牲者たる貧乏家庭のガキや勉強苦手なガキや発達おかしいガキを動物扱いし、彼等が通う公立中学動物園呼ばわりして蔑み、そんな動物園に関わらないで済むことは大きなメリットなのだ放言」する人間がいるのであれば、その人間出身校に子供を通わせる親の大半がサルゴリラだったということ。はてなリベラルやばすぎ、とは全く思わない。

かつては高卒でも国際コンクールグランプリだが、今は第3課程(日本では博士後期課程)に行かないと取れないのだ。取れなくなるのはなぜか?サルゴリラ駆除する法律がないかであるサルゴリラは第3課程に行かないと、消えない社会になったのである。あと30年たつと「日本博士課程は動物園だが、ヨーロッパの第3課程は違うからね」などと教授放言されるのではないだろうか。

2020-10-26

anond:20201026171927

そのままじゃないよ

そのままの風を装いつつちゃんと引き伸ばし入れてる

四苦八苦感が伝わる

2020-10-22

anond:20201022112648

かに多いと思うよ。

当事者的にも覚えきれないし、ほとんどの当事者は気にもしていないけどね。

当事者として自己確立してしまえば、どんな言葉自己定義するとかどうでもよくなるから

どっちか言うと運動家研究者(必ずしもLGBTではない)が使っていることが多いと思う。

「わからないもの」をわかろうと四苦八苦してるとき新語って量産される傾向があるし、

LGBT自身というよりその周囲の人が理解するための道具って印象。

あと、自己確立する前の、セクシャリティで悩んでいる人(含むメンヘラ)が使っているかな。

増えすぎの原因には、言葉を作った人間が注目を集められるってのももちろんある。

論文提案した言葉がバズれば、被引用がっぽり稼げてインパクトファクター上がるし。

マナー講師が新しいマナー量産するようなもん。

一時期レインボートイレみたいな当事者迷惑がって反対するような提案自治体施策として取り上げられたりしたり

あんまり質の良くない、LGBTに詳しいと自称するコンサルタント活動がずいぶん目立ったし。

彼らは他人の知らないことしゃべってなんぼだから

ただまあ、それだけ言葉がなかったってのも大きいと思う。

性ってのは主観的な目に見えない部分が多いから、どうしても客観的言葉にしにくい。

奇跡の人』のサリバン先生も「言葉は心にとって光以上のもの」って言ってるけれど、言葉がないとどうしてもうまく悩めないのよ。

自分自身の心を見つめるにしろ、人に相談するにしろ言葉不足は足を思い切り引っ張るから

最悪LGBTってほどじゃないのに、その言葉しかなかったせいで、自分のこと考えるとき言葉に引っ張られてこの道に迷いこんじゃう人も出る。

1020代の「自分がよくわからない」モヤモヤを抱えた子が自己確立する上では

もしくは、LGBTじゃない人たちがLGBT理解する上では有益な面もあるから、一概に新語否定もしたくないかな。

悩みを通り抜けて自己確立してしまえば、もうそんな言葉不要になるけれど。

増田提案自己確立済ましてることが前提だから、実は当事者にはあんまり意味ない)

そのうち、無意味言葉が淘汰されて必要言葉だけ残っていくんじゃないかな。

いつになるかわからないし、LGBTポリコレ論争の具にされてる状況じゃより悪化するかもしれないけど。

2020-10-02

技能実習制度報道にいつも感じる違和感 ー移民搾取されるもの

移民は元から不利である

私も何を隠そうヨーロッパにいまエンジニアとして移住してきて、割とあー搾取されてんなーって思いながら仕事している。

武装してきてもどうしても搾取はされる

どう考えても地ピー優遇されっぷりはエグイ。いつかああなれるかなとか思うが、次の世代ぐらいにならないと無理なぐらい

地縁コネ言語等では不利なところからスタートである。モリモリ追走しているが、やはりスゴイ距離がある。

タオルを作るぐらいの技能日本で稼いでいこうという考え方も問題がある

借金させて、思考回路を寸断してきているという声もある。確かにそうだと思う。

でも、はっきりいってそれを言い出したら、あらゆることは言い訳できてしまう。

今は第二次世界大戦の時のように情報がすべて隠蔽できるわけではない。

お涙頂戴で来られても、なんで日本語がわかるようになったのならネカフェ

でもいって、情報収集しない。コネ作って助けをよばない?why???

どんなに頑張ったって、情報がとることができないということはない

インターネットに一度も触ったことないんですか?

東南アジア人のあなた、寮に帰って結局ゲームばっかしてませんか?

資本家搾取されているのではない。労働者同士が同調圧力で抜け駆けをさせないようにしているのだ、億劫なのだ

アジア人は本当にこれがおおい。ヨーロッパで絡む日本人もたいがいがこれだ。

現地に溶け込んで情報を得ようとする人はすくなくて、みんな億劫なのだ

お互い抜け駆けさせないように自分たち自分たちデッドロックしている。

それが快適で安全で楽なのだ

ベトナム等の東南アジアエンジニアとも絡むが優秀な人も多い

ベトナムでもエンジニアは優秀な人は本当に優秀。すごい勢いで仕事をする(人もいるが

滅茶苦茶やらない人もたくさんいる)。でも優秀な人も普通にいる。

そして、ということはエンジニアに全くなることができない環境ではない。

しろ10年前にエンジニアになるべく4GのディスクPCcygwin入れようとして入らず四苦八苦して、

涙を流していた自分よりもはるかに恵まれている。

さら給与たかいということは全ベトナム人が知らないわけではない。

おそらく、自分には無理だろうと早々に諦めてお涙頂戴のタオル劇場で踊っているというところだろう。

あー涙なしには見れませんなーーーー文楽っすわーーーータオルもってこーーい

世界でもタオル作れるぐらいの技能移住をできる恵まれた国はほとんどない

そもそも技能の人に移住されてしまうことは全世界的に警戒されている。

どこの国も低技能の人の面倒を見るのが嫌なのだ

そもそも人生うかうかすると搾取されるもの

というより、移民に限らず基本的に考えながら行動しまくらないと、構図、ひどさはどうであれ、人は人から搾取

するようにできている。この構図はどの国にいこうが逃れられない。

衰退国家と言われる国の大半の日本人が、移住を敢行したベトナム人に同情するというのも滑稽な構図

人に同情する暇はあるんですか?あなたも大きな構図でみれば同じですよ。

ちゃんと行動してますか?

日本人がベトナムからタオルをたくさん、高い値段で買ってあげるくらい裕福だったらこ問題も起こらないですよね?

タイ企業プレミアリーグスポンサーをしている、したたかタイ人を見よう

ヨーロッパ人の娯楽を後ろから操っているタイ人もいるんだよ。

2020-09-29

ロックグラスの水滴で切手を貼る

真夜中に、役所向けの書類に「今どき……」とイライラしながら記入して判子を押していたら、切手封筒に貼るためのノリがないことに気づいた。書類を書くことも減ったご時世だがボールペンくらいはいくらでもあるし、いい大人からシャチハタから実印まで判子も探せば出てくる。だがノリは出てこないのだ。だって使わないんだもの

このコロナ禍のご時世、切手舐めるのも気が引ける。仕方ないから部屋を出て水道……と思ったが、目の前にはウイスキーを飲んでいたロックグラスがあった。ロックグラスの水滴で切手を貼るなんてなかなかハードボイルド小説みたいじゃないか。なんて思いながら切手ロックグラスにつけると、なんと剥がれない。ぴったり張り付いた。ハードボイルドから一転、アホ面で四苦八苦しながらロックグラスから切手剥がし封筒に貼り付けた。

さぁこれで終わりだと思ったら、封筒を綴るためのノリがなかった。明日の朝はコンビニへ行こう。

2020-09-27

勝手に読んでたブロガー勝手がっかりした話

5〜6年前から時々読んでたブログがある。

当時ハマっていた芸能人名前検索すると出てきたブログで、文章に惹かれるものがあったので定期的に訪問し、過去記事も拝見していた。

その方には他にも好きな芸能人が居たのだが、その芸能人共通しており、勝手に親近感を感じていた。

内容から推定するに、自分よりも約5〜10歳くらい年上の方で、日々の楽しい出来事を綴っておられ、なんとなく憧れるような存在であった。

読み始めた当時はその方は独身だったが、読み始めて3〜4年が経った頃にご結婚され、勝手おめでたく思ったものだった。

その後、ブログ出会きっかけだった芸能人第一線を引かれてしまい、自分自身も環境が変わったこから次第にブログを訪れることも無くなっていった。

先日、ふとその芸能人の方はお元気かなと思い、Twitter名前検索し、ご本人のつぶやきファンつぶやきなどを眺めていた。

すると、そのブログを書いていた方がTwitterをされているのを発見し、勝手に少し懐かしい気分になった。

ツイートを拝見していると、その方は今は首都圏で暮らされているようだった。

今もきっかけの芸能人のことはお好きなようだったが、あまり活動されていないこともあり、その芸能人に関するつぶやきは少なかった。

自分自身も目立った活動の無くなってしまったその芸能人を気にかけることも減ってきていたので当然のことだなと感じた。

今は新しく別の芸能人にハマっていらっしゃるようだったが、その芸能人は一度自分もハマりかけたが、あまりファンの質が合わず、一気に冷めてしまった芸能人だった。

やっぱり好きな芸能人の傾向が合う方だなと勝手に嬉しくなったと同時に、その方のツイート内容を見て合わないと思ったファンの質の片鱗を感じてしまい、一気に冷めてしまったとき感情も蘇ってしまった。

勝手に。

ひたすら勝手に感じた感情を述べているのだが勝手ついでにもう少し続けたい。

その方はブログをよく拝見していた当時から仕事一生懸命頑張る方だった。

仕事関連のブログを読んだときには自分も頑張ろうという気にさせてもらったし、当時、慣れない仕事四苦八苦していた自分は元気をもらっていた。

だが、最近ツイートを読んでいるとあまりプライドの高さに辟易してしまった。

どうやら、ここ1、2年の間にその方の人生でも大きな変化があったようで、その経験プライドの高い発信内容につながっているようだと感じ、勝手がっかりしてしまった。

ただ、よくよく考えてみると、当時からそこまで発信している内容は変わらないのだが、自分自身が少しずつ社会を知ったことで、なんとなく痛々しく感じるようになってしまったのではないかと感じる。

他にも、最近の時勢についても色々と思うことがあるようで、その発信内容へ決定的にがっかりしてしまった。

もちろん勝手である

このブロガーの方だけではないが、制限が色々と多い現状の中で、人の本心や汚い所(時々はきれいな所も)透けて見えることが多いように感じる。

もちろん、今まで好きだった人、モノ、場所などを違う風に感じてしまうこともこの現状以外においても、人生を過ごしていけば多々あることだろう。

変わっていくことをなぜ

僕らは恐れるのかな

変わらないことを笑うくせに

勝手がっかりしたブロガーの方と共通する好きな芸能人の曲にある歌詞の一節である

昔はふーんとなんとなく聞いていた歌詞だが、今は心に突き刺さる。

勝手に読んでたブロガー勝手に期待をして、勝手がっかりした自分勝手さにあきれてしまう。

人もモノも社会世界も変わっていくものだと受け止めなければならない。

いつまでもいい歳したピーターパンはいられない。

…………と勝手にカッコつけて綴ってみました。

多分明日読んだら恥ずかしいな。

2020-09-08

石破茂裏切り歴史

1)1981年 父の死後、真っ先に葬儀に駆けつけてくれた田中角栄氏の助言で政界を目指すも、田中派ではなく中曽根から立候補

田中角栄を裏切る。

2)1993年自民細川連立政権が成立。自民党が野党に転落すると、立て直しに四苦八苦する森喜朗幹事長に「私はね、政権与党にいたいんです。自民党の歴史的使命は終わった」と捨て台詞を吐き離党。

自民党を裏切る。

3)小沢一郎を「真の改革者」と称賛して新進党結成に参加するも、小沢一郎党首に選ばれると、自分の考える政党と違うと総選挙前に離党。

小沢一郎を裏切る。

4)自民党に復党するも誰も相手にされず、伊吹文明が「石破君は仕事のできる人だから」と情けをかけて伊吹派に入れてあげるも、その後に入閣すると「閣僚派閥に属するものはいかがなものか、派閥は旧態然としていると思いますよ」の捨て台詞伊吹派離脱

伊吹派を裏切る。

5)麻生政権閣僚を務めていながら、支持率低迷で総選挙が近づくと総理官邸に乗り込み、「後任は麻生さんが指名すべきだと、私は思うわけです」と謎の論理を展開して麻生おろしに加担。

麻生太郎を裏切る。

6)民主党から政権奪還を目指した自民党総裁選で安倍晋三総理を争い、敗れて幹事長に在任期間中地方選挙連戦連敗。

自民党支持者を裏切る。

7)安保関連法担当大臣を任せたいと言われるも、面倒くさそうなので、屁理屈をこねて固辞。代わりに受けた地方創世担当で実績を残せないどころか既得権益配慮して加計学園問題で「石破4条件」を出し地方見殺し

地方を裏切る。

8)自民党総裁任期延長問題で総務会で吠えまくるが、誰にも相手にされず。否定していた派閥政治に利があると見て、石破派水月会を結成。

自分の信念を裏切る。

9)森友問題加計学園問題自衛隊日報問題新聞テレビに連日出演し、安倍政権自民党を背後から撃つ発言しまくり、マスコミ安倍おろしに加担。

安倍晋三を裏切る。

10靖国神社の参拝に否定的で、大東亜戦争侵略戦争と呼び、中国謝罪せよと言い続ける真の売国奴

日本国民を裏切る。

2020-09-06

今月、仕事をやめる。

今月、4年半続けた仕事をやめる。

どうしても感情の整理がしたかったのでここに場所をお借りして書き連ねる。

退職理由は「職場雰囲気が悪いことと、未来が見えなかったから」。

今、私は一般的事務仕事職場で働いている。

つらつらとこれまでの足跡を紡いでみたい。

1年目、配属された時はとても良い職場だった。

年代若い先輩が多く、職場は明るい雑談で盛り上がり、コミュニケーションを多く取りながら仕事が出来る職場だった。

若手の研修・育成もそれなりにしっかり行える環境で、仕事必要知識半年程度で学ばせてもらった。

先輩達は私を明るく迎え入れてくれ、飲み会や遊びも沢山連れていってくれた。とても楽しく過ごしていた。

1年目の秋から、その年度に新しく移動してきた支店長が、組織改革に乗り出した。その支店長は、別の支社から来た人間で、完全にパワハラ気質だった。

部下の部長課長を怒鳴り上げ、萎縮させて無理な目標仕事をどんどんさせていった。

その頃から少しずつ組織歯車が狂っていった。

支店長が掲げた組織改革は、俯瞰的な目で見れば確かに組織のタメになるものだった。ただし、余りに急なスケジュールで、組織仕事リストラに近いものであったために、現場社員士気はどんどん下がっていった。

私の係から組織改革担当を2人抜かれて残った私はわからないながらも先輩1人と四苦八苦しながらなんとか仕事をこなしていった。

2年目になると私の仕事は徐々に増えて、単純に業務量に押し潰されるようになり、残業も増えていった。

私は元々要領が悪く、コミュニケーション力に乏しいため、「何でそんなに残っているの?」と係長から度々言われる度に更にどんどん自分仕事の報告が出来なくなっていった。また、隣の出来る先輩にどんどん仕事が集まっていき、私はどんどん職場で信頼を失っていった。

それと同時に、職場組織改革に反対する人達毎日文句を言うようになり、少しずつ職場雰囲気が悪くなった。人材育成や新たな投資に対する予算も付かなくなり、前向きな仕事は無くなっていった。

2年目の夏頃から、私は「何でこんなに仕事が出来ないのだろう」と悩み続けて、休日も引きこもることが多くなった。それは思い込み言葉にならない抽象的な不安であることも多く、友達や同僚に相談することは出来なかった。いや、それすらもわかってもらえないだろうと諦めていたのかもしれない。

いつからか、すっかり自分に自信をなくしてしまい、何とか仕事に向かっては、負の感情が延々とループして、思考力をすっかり失った脳を酷使しては、何とも言えない成果を残して春を迎えた。

3年目に、運良く子会社出向の打診を受けて、プラント現場技術員として3年間限定で出向となった。この職場自分にぴったりで、プラント故障対応や、効率的運転を考えたりと、誰かに相談することな自分の考えたことが目に見える成果として出ることに喜びを感じるようになっていた。去年抱えていた悩みが嘘のように、毎日ストレス無く過ごせていたと思う。

出向2年目になった4年目は、プラント設備に熟知したことで、仕事マンネリ感を感じ始めていた。

新しい仕事に取り組みたい気持ちが強かったが、出向先が「3年間で帰る人間に新しい仕事をさせても」といった感じで、私の仕事は、日々同じことを淡々と行うだけになっていった。自社のプロパー社員を多く育成する時期でもあったため、また私から仕事が減っていくことになった。

4年目頃から転職について本気で考え始めた。

マンネリ感を打破しなければならない強い危機感を感じていた。しかし、怠惰な私は日々の淡々とした仕事に流され、何となく仕事をこなし4年目が終わろうとしていた。

そんな時に、出向元から契約を1年残したまま支店に戻るように通達があった。私は強烈に反発した。

合わない仕事を何故させるのか、契約は1年残っていたのではないか、どういう人材育成プラン評価で戻すのか…たくさん疑問はぶつけたが、回答はなかった。

そして今年4月支店に戻ってきた。

かつてのパワハラ支店長は別の支店に異動となっていたが、組織はもはや陰鬱とした状態となっていた。

組織改革は未だに続いており、組織改革チームの人間も当初から入れ替えられ、若手も組み込まれていた。

組織改革は、組織の目指すべき目標としては浸透しておらず、全員がただ、「やることだけが決まったこと」だけに対してゾンビのように働いている。

組織改革チーム以外の係にも、依然として前向きな仕事はなく、毎日全員が異動したいだの無意味仕事だの呟くような有様だ。

僕は4月からこの職場でやっていけるかがそもそも不安で、自信もなかったため、転職について本気で動き始めていた。さらに、陰鬱職場雰囲気が私の心理にも作用し始めて、2年目のようにどんどん自信は失われ思考力は日々低下していき、6月頃になると社内ニートのような状態になった。でも、もう辞めるし良いかなと開き直り始めていた時期でもあった。

ひそかに進めていた転職活動が身を結び、8月終わりに10月から転職が決まった。

職場に報告すると、全員驚いていたが引き止められはしなかった。君がいなくなると困る、と言ってくれる人もいないのが、逆に胸をスッとさせた。

私は、来週を終わりに有給消化に入る。

転職と同時に、実家のある大都市に帰ることになる。

退職日までのモチベーションは無い。

本当はずっと休みたい。

ただ、社内的にまだオープンに出来ないらしく、このタイミングでの有給取得は不自然からやめてくれと言われて、渋々出社する。特に引き継ぐこともない。

この半年は、何も得られなかった。

何も得ようとしなかったのかもしれない。

とても空虚ストレスにまみれていた。

自分感情を押し殺して、ただ何となく存在していた。

仲の良い友達には、ささやか送別会をしてもらった。

友達と離れ離れになることは寂しいけれど、このままだと自分ダメになるから、仕方がない。

何が得られたのだろうか、この4年半、本当にしたい仕事は出来たのだろうか。何かの目標に向かって進めたことはあっただろうか。

私は元々、内向的で夢見がちで傷つきやすい、いわゆる「生きづらい」タイプ性格をしている。

この転職も「青い鳥」探しにならないだろうか。

次の転職をまたすぐに考えやしないだろうか。

私の感情思考はどこに向かうのだろうか。

何を目標に生きていくのだろうか。

とにかく、自分の信念に従って進んでいけば

きっと何かが見えてくるのだろうか。

からいから、今日は寝ることにする。

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