「人間失格」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 人間失格とは

2020-07-13

気付いたら涙が出ていた

これは一種備忘録であり、すでに忘れかけている出来事についてまとめたものである

ほかの人々もこのような生き方をしてきたのかを知りたいが、わたしの周りの人間にはとても恐ろしくて聞くことができない。

そのため、このように匿名で、画面の向こう側のあなたに向けて発信する。





わたしは、幼少期の記憶がない。

具体的に言うと小学校4年生までの思い出が一切ない。

4年生までは海が近くにある田舎に住んでいた。学校は、なぜか山の上にあったので、頂上まで続く階段毎日登り続けていた記憶はある。

わたしが覚えていないことは、わたしにまつわる人間関係であったり、日常わたしがどのように過ごしていたのかだ。どんな友達がいて、わたしはどんな性格で、学校ではどのような役割を担っていたのか。また、自宅では家族とどのような会話をして、なにを考えて生きていたのか全く思い出せない。

これは誰しも皆、思い出せないものなのだろうか。

あなたは昔のあなた自身を覚えているのか?

一切なにも思い出せないことは普通ことなのかを知りたい。

小学校5年生以降はどうなのかと考える。

わたしは5年生になるとき県内比較的都会な街に引っ越してきた。

もちろん小学校も転校したため、また一から人間関係を築きあげなければならなかった。

わたしは転校初日、とても緊張していたことを今でも思い出せる。緊張のしすぎて腹痛になり、登壇した際に倒れたのだ。今のところ、これまでの人生で、あの瞬間ほど緊張したことはないだろう。おそらく、それ以来、よほどのことがない限り緊張もしなければ、度胸もついた気がする。

職場でも「あなたはいつも冷静で度胸がありますね」と上司に評された。

それはわたしが常に俯瞰的に見ていて、全てを他人事だと思っているかなのだが、その話は置いておく。

話は長くなったが、端的に言ってしまえば小学校5年生以降の記憶は保たれている。

そのときに級友だった数名は、今でも交流を続けている。

今になって考えてみれば、わたしは転校先の初日で大恥をかいた。

しかも全校生徒の前で。

当時はここまでの考えには至っていないが、失うものが既に無いわたしは陽気なドジキャラで通していた。クラス内では明るくムードメーカーとして振る舞うが、肝心なときミスをして級友たちの笑いを誘う。

このキャラ設定は楽だった。

今でもこれで通用している。





話は変わってしまうが、あなたは両親に言われたことがあるだろうか。

「お前は人間じゃない。お前は複雑だ」

この記憶が、いつごろの記憶なのか定かではない。

おそらくは10代にまだ入っていない頃だと思われる。

わたしはよく嘘を多用している。

いたことのある話でも初めて聞くようなフリ。覚えているのに忘れたフリ。知っているのに無知なフリ。無垢なフリ。

出来ることでも出来ないフリ。

目の前の人物がAを好きと言えばわたしもAを好きだと言う。Bが嫌いだと言えばそれに控えめに同意する。別の人物がBを好きだと言えば控えめに同意する。

矛盾がないように嘘を重ねていくと、他者から見るわたし形成されていく。

そもそもわたしはAにもBにも興味がない。だから好きでも嫌いでもどちらでもいい。わたし好き嫌いあなたが決めてもらっても構わない。その方が楽だ。

だいたいはこれに通ずる。出来ないフリをすることは友人たちから好感が良い。好きなものや嫌いなものが同じだと共感性が得られやすい。

わたしはどこにいても聞き上手だと言われるが、上手なのではなく、聞かないとわたし形成されないかである

相手より優れないフリが人間関係を長続きさせるのだと小学生の頃に気づけてよかったと思う。

しかしまだ嘘をつくことや出来ないフリをすることに慣れていない時期に、知らないフリをしていたことが母親に気付かれてしまった。

なぜ知らないフリをするのか問われるも、なにひとつ答えられなかったことを覚えている。どのように説明すればいいのか言葉が見つからなかったからだ。

だが、わたしはこれを特殊なことだとは思っていない。人間誰しもが、わたしと同じことをやっているではないか

わたしはただ、みんなと同じことをやっているだけだ。辛うじてそう母親に伝えた。

そのあと、母親はこのことを父親に伝え、両親は揃って先ほどの言葉わたしに述べた。

わたしのなにが母親を悲しませてしまったのだろうか。母親は泣いていたが、わたしはそれをじっと見ているだけだった。気味が悪いと言われ、さらに出て行けと言われたから、雨が降るなか外に出た。

母親は昔からみんなが好きだった。みんなと同じようにしなさい。みんなと一緒になりなさい。わたしはただ母親の言いつけを守っていただけであったが、どうやらわたし母親の期待に応えることが出来なかったようだ。

それ以降、母親わたしを捻くれているとか我が強すぎるとかの内面に対する評価をよくするようになった。わたしは言われている意味理解できず、たびたび母親を悲しませてしまった。

わたしには2つ下の弟がいた。母親は彼を普通に育ってくれてよかったとよく褒めていた。

母親に褒められる、そんな弟がわたしは誇らしかった。弟がいれば、わたしはいなくても大丈夫だと思った。弟よりも出来ないフリをしていてよかったと心の底から思った。

弟の幸せわたし幸せのものだ。

話が結構逸れてしまったが、わたし家族の話などどうでもよくて、本筋はなぜ小学校4年生までの記憶がないのだろうか。

とりあえず昔のわたしは一つの結論を出すことでわたしを納得させていた。

きっとこれは、わたしと言う自我がなかったからだ。

わたしは、わたし自身にも他者にも興味関心がなかった。それは今でも変わらないことであるが、ある程度の着地点は見つけている。

転校してからは陽気なドジキャラを演じることで、なにを言えば友人たちは喜ぶのか、なにが出来なければ友人たちは喜ぶのか。また、どのように反応すれば心を揺さぶることができるのかを理解するために人間をよく観察した。

最初は演じていたこであるが、10年以上も続けていくと、もはや呼吸のように行える。今ではわたし形成する人格ひとつだ。

流石に母親人間でないと言われてからは、わたしのこの生きた方を悩んだこともあった。

しかし、これは所謂気遣いと呼ばれるものから人間誰しもが行なっていることであるため特殊なことではないと納得した。

その頃に太宰治人間失格を読んで、そう思った。

前向きになれた。

ここ最近、新たな考え方が生まれた。

わたし物語が好きだ。

登場人物たちを画面の向こう側であったり、文字の向こう側から俯瞰的に観察することができる物語が好きだ。しか登場人物たちの内面を描いてくれるから勉強にもなる。

わたしはこの世界物語世界のうちのひとつだとたびたび考えている。

こちらの世界にも物語があるならば、逆説的にその物語の向こう側にも物語があるわけで、それはお互いに鑑賞しあっているのだと考えている。

画面の向こう側であったり、文字の向こう側の世界存在する物語はきっと、わたし存在する世界物語が紡がれている。

きっと自我形成されていなかった頃のわたしは、その物語登場人物にすらなれなかった。

からわたし物語存在しない。

紡がれなかった物語描写が無いように、わたし記憶わたしが生きた記録もない。

それは仕方がないことだろう。

からわたしが陽気なドジキャラと言うキャラクター設定を獲得することで物語登場人物のうちのひとつになれたのだと考える。

どうりで記憶もあるはずだと思う。

そんな考え方をするとさらに生きることが楽に思えた。




人間じゃないと母親に言われてから死ぬことも何度か考えた。

演じているわたし、他の人間から言葉を借りるわたし、本当は空っぽわたし

その本質が明るみに出る恐怖に耐えきれなかった。

でも人間は誰であれ嘘をつく。

演じることだってある。

それとわたしは変わらないはずだ。

わたし世間一般の大多数のうちに含まれる側の人間のはずだ。

母親の望むみんなにわたしはなれたはずだ。

だが、そのことを家人や友人、職場人間に聞くことはできない。確認することもできない。

それを質問するには、本当のわたし説明しなくてはならない。

それは絶対不可能だ。

なぜならわたしわたしとして生きることができなくなってしまうからだ。

あの時のように人間じゃないと言われて、気味悪がられてしまったら、誰もわたしを知らない土地人間関係を一から構築しなくてはならない。

それは正直めんどくさい。

時間もかかる上に引っ越し転職の兼ね合いもある。

から匿名を名乗って、ここまで読んでくれたあなたに問いたい。

わたし人間であるか?

みんなになりきれているか

追記

わたしが予想していたよりもはやく反応を示していただいて感謝しています

こういった匿名の場を借りてみたのも、ここ数年、自分の考えを発信する場が以前よりも増えてきており、そこに投稿する人々も多くなってきていると気付いたからです。さまざまな文章をとても興味深く拝見させてもらいました。

そういえば、自己紹介的な部分がなく簡素な文になってしまったのではないかと考えに至り簡単ながらまとめさせてもらいました。

わたし20代半ば)

20代前半までは人間のなり損ないか病気なのだと思って過ごしていたが、これも個性なのでは?と思い始めてきているところ。

10代前半時代に祖母からとある医療職についてほしいと言われ、現在はその職種病院従事している。入れ替わりが激しい部署のため、その部署内では経験豊富立場になってしまっている。現在新人教育比較重要業務を任されるようになってしまった。

現在上司から職場内の人間関係職場システムについて相談されており、人間のなり損ないのような自分が、アドバイスしてよいものか悩んでいる。そのため、匿名立場を借りてこのような文章を発信させてもらった。)

母親

現在わたしふたり暮らし。明るくてとても優しいがとても寂しがり屋のため、単身赴任父親が帰ってくるまではひとりにさせられない。

わたし母親理想とする子供像が掴めてきたので、関係は良好だと思われる。

社会人。他県にて一人暮らし中。

弟とはこれまで喧嘩などは一度も行ったことはない。わたし母親咎められた時は必ずフォローをいれてくれていた。母親曰く、わたし尊敬してくれているようだ。

父親

単身赴任のため、数年前から現在に至るまで他県にいる。簡単に帰ってくることができない。

2020-07-10

「美味しさ」も暴力

「美味しさ」は絶対善では無い。つまり、「美味しさ」も光量や音量と同じで、料理は美味しければ美味しい程良いというものではないのだ。

ということを他人に何回話しても、なかなか理解してもらえない。なので、「数学は体力だ」のようなタイトルで端的に思いを表現してみた。

多くの場合、「美味しくないより、美味しい方がいいでしょ」と返されてしまうのだが、その美味しさが自分が想定する以上に存在するのはラッキーでも何でもなく、単に邪魔だと言いたいのだ。

例えば、天才数学者がアイデアを思い浮かべながら定食屋に入ったとする。提供された料理が彼の思う美味しさをはるかに越えていて、その味に意識を奪われアイデアを忘れてしまった場合を考えてほしい。

調理者はそのはるかなる美味しさに自信を持って、評価笑顔で期待するだろうが、客である数学者に怒りの眼差しを向けられるのは当然だろう。

言いたいのはそういうことであり、必要以上の「美味しさ」を与えられることは私の意識を奪うという点で、暴力さえに値するような事項なのだ

まり食事においてはハプニングを期待していない。食事には何かを思うことで、思考リソースを割きたくないのだ。だから、逆に「美味しさ」に関する評価を求めてくるのも辞めてほしい(その非対称性から、それは「食事パワハラ」だと言える)。

その点では、「人間失格」でだったか太宰治子供の頃、家族食卓を囲むのが最も苦痛時間だったって話も理解できる。食事というのは、「美味しさ」を中心とした多大なコミュニケーションコストを伴うのだ。

というか、口に物を入れるなんて一番命に関わるリスクだ。伊藤計画の「ハーモニー」で、食事の度に、その飲食物摂取することの危険性がディスプレイに示される様子が描かれているが、今後は、酒類タバコに限らず、菓子でも野菜でも実際にそうすべきかと思う。

同書の世界では、「プライベート」という言葉性的意味合いを帯びて表現されていたが、食事という行為も性行為ぐらいの存在感になればいい。そうなれば、食事の嫌いな人が居ることや、「美味しさ」の一方的暴力性を理解してもらえるだろう。

個人的には、イーガンの「順列都市」のように、オプションで、食事不要でも生存できるスタイルが選べれば一番良いのだが、そうでなくとも、藤子不二雄のどっちかの「21エモン」で登場したような、一回の食事タブレットを何粒か飲むだけで済むという世界になればいい。

タブレットではないが、今のところは、菓子パンのカロリーの高さに救われている。カロリー÷口への投入回数、という指標において、菓子パンはコスパが良い。「美味しさ」はどうでもいいのだ。)

2020-07-08

なろう系の最強は大宰、人間失格人間になれてないんだもん。

2020-07-07

なろうの奴隷とか

※また愚痴になります

奴隷契約を解除するというと、大体奴隷たちが嫌がる。

奴隷「ご主人様の奴隷でいさせてください!」

奴隷「ご主人様の元で働かせてください!」

奴隷「ご主人様、私は何かミスをしたのでしょうか!?

奴隷「ご主人様は、私がお嫌いですか?」

奴隷「ご主人様とのつながりが消えるのが嫌なんです!」

  

こんな感じで悲痛な叫びをあげる。

何でそうなるんだ。いやいや、折角奴隷契約を解除して自由の身になれるのに

主人公の元から頑なに離れようとしないとか、そんなのないでしょう。

  

wikipedia奴隷

奴隷(どれい)とは、人間でありながら所有の客体即ち所有物とされる者を言う。

人間としての名誉権利自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人。

所有者の全的支配に服し、労働強制され、譲渡・売買の対象とされた。

奴隷を許容する社会制度特に奴隷制という。

1948年国連で採択された世界人権宣言では、次のような宣言がある。

何人も、奴隷にされ、又は苦役に服することはない。奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する。(第4条)

  

まり「お前ら人間じゃねえ!」って言ってるわけだ。

主人公奴隷に対して優しくしてあげているけれど、「お前は人間じゃねえ!」という凄まじい差別をしている。

なろうの世界から、こんな現実的奴隷制度とは違って、単なる労働であるいであることが多い。

だけど基本的に「絶対服従」を一方的に強いている状況であることは変わりない。

郷に入っては郷に従えという言葉がある。勿論この世界では許容されている。

これはしょうがないだろう。だがここから問題だ。

  

奴隷「夜伽を…」

何言ってんだこいつ奴隷から率先して動くことは社畜の鑑みたいなもんだが、いきなり夜になるとこの展開。

変な病気を持っているかもしれない奴隷自分から率先して言うとかおかしいだろ。

まぁこういうのは大体主人公治療能力を持っていることが多くて、買った直後に傷を治して

実は美少女でしたとかいうのがある。

でもそこでなんでこんなに己惚れたことを言ってんだ。夜伽をじゃねえんだよ!というか難しい言葉を良く知ってるなこいつ!

っていつも思う。

  

そして結局一緒にいると絆されていく主人公がいて

主人公「あぁ、ずっと俺の傍にいてくれ」

みたいな感じになってきていいムードになって結局ヤるんだよな。大体強敵を倒した後ぐらいから。

奴隷「ご主人様を失うのが怖いんです」

主人公「俺は絶対にいなくならないよ」

とかかっこつけちゃってさぁ!なんだよそれ!何でそこで絆を感じているんだよ!

  

人権剥奪しておきながらそんなこといっても、何にもかっこよくないよ!って思うんだよ。

ドラクエ5の光の教団で10奴隷として働かされて苦しんだ主人公とか絶対キれるよ!

絶対いきなりバギクロス撃って、ドラゴンの杖で殴りかかってきて、息子にギガデインさせるよ!

それで主人公が買う奴隷って一人だけで終わらないんだよね!何人か、しかもみんな美少女なの!

ドラクエ5でいえば、ビアンカフローラデボラの3人を嫁にするような感じの勢い!

こんなの爆弾岩のロッキーメガンテさせるか、メガンテの腕輪を装備させたエビアップルのアプール体当たりさせたくなるよ。

  

それでちょっと脱線したけれど、人権剥奪されているくせに

奴隷「ご主人様はもっとしっかりしないとだめですからね!」

みたいな感じで叱ってくる奴隷がいるんだよ。この時点で奴隷の癖に主人に逆らっているんだよ。

人間剥奪された人間失格の癖に、何を言ってるんだ。これは奴隷失格でしょう。

隷属の腕輪とかい奴隷絶対服従装置もこのくらいだと発動しないとかだめじゃないの。

反抗的な態度を一切取れないようにしておくべきでしょう!

  

とにかくね。主人公に陶酔しきった奴隷だけれど、主人公はそれを止めさせようとしないの。

もうこんなのただの操り人形だよ。でもこういうことについて

主人公奴隷「それが俺(私)たちの絆です!」

とか言い出しちゃって。うわーもうだめ。だって奴隷と主人って対等な関係でもなんでもないのに

対等な関係なんですって言いだしちゃってるんだもの身分が違っても、人権剥奪されていても

絆があればいいんだよ!(力説)

だめ。これはもうだめ。ギブアップ

2020-06-27

めんどくさいから 営業の人は プログラマーとの挨拶に 人間失格キモオタっていうのを おはよう って 意味にしてもいいよ

なんでもいい

2020-06-13

anond:20200611111647

ピース又吉から見た太宰治人間失格』のもうひとつテーマ

https://youtu.be/nSNBL_yqKI8

「こんな可哀想な俺がこんな辛い目をしてそれでも生きてきたんです」って言う風に読んでる人が多いんですよ。

僕はそうじゃなくて、人間がそれぞれ持ってる痛みについての話やと思ってて、痛みってみんなあるじゃないですか?

すごい純粋ですごい可愛くて真っ当に生きてる少女の歯の痛み、可哀想って同情もするじゃないですか。

でも悪人の歯の痛み、同じように歯が痛かったとしてもそんなもんは自業自得やんけ、当たり前やって言うじゃないですか。

でそれは感情的にはそうやと思うんですけどでも痛みっていうものはあるんですよね。

僕らはいつもなんか自分の悩みとかあるときに「もっと大変な人世界中にいっぱいおんねんから」っていって悩むことすら許されへん

ってことよくあるじゃないですか。必ず誰かと比較されて。それはホンマにそうやと思うし、自分より大変な人いっぱいいるんですけど

じゃいっぱいおるからといって自分の悩みとか痛みっていうものをなかったことにせなあかんのかって言うことについて

書かれてるんじゃないかなっていう風に何回も読んでるとそういう別のテーマがこう浮かび上がってくるというか。

2020-06-10

anond:20200610100208

Free hack

Free hack

Free hack

Free hack

Blog アイドル ファンレター 逆

Free hack

Free hack

Free hack

Free hack

直接交渉なんて、

お金を払ってでも間に人に入ってほしいという下請けに対して 1円でも安くしたいから、直接交渉をしたい なんていうじこが増えてきた

もう2年以上に成るだろう

一所懸命自分たち価値観に基づく、くそみたいな、人間失格オタクになら 自分たちが教えていいという人たち

懸命に 日銭をもらって 日々を生きている俺達

おしおえてやる という人たち

さぞかしきもちがいいだろう

てひどい怪我も追った 障害として残るかどうかはわからない 1年怪我のまま

AKBもとからだけど、健常者のアイドル

オタクアイドルはもういない

2020-05-26

anond:20200526074425

>いつの日か「なにがつらいのか全然からない。生きててよかったじゃん」ってコメがたくさんつくような社会になるといいな

障害者の前でそれと同じようなことを悪意なしに言ったら「おまえは障害者のつらさを他人事として捉えている! 差別だ! 人間失格だ! 土下座して謝れ!」とソーシャルジャスティスウォーリアーから糾弾された人のことを、私は知っている。

結果として、その人は障害者のことが大嫌いになったらしいが。

2020-05-19

人間失格 → 畜生合格

斜陽 → 隆盛

雪国 → 砂漠

老人と海 → 若者と山

みだれ髪 → 整髪

布団 → ベッド

草枕 → 高級旅館

或る女 → 何処かの男

舞姫 → 歌王子

こころ → から

坊っちゃん → チンピラ

吾輩は猫である → お前は猫ではない

君死にたまふことなかれ → 自分死ね

檸檬 → パプリカ

銀河鉄道の夜 → JRの朝

金閣寺 → 銀閣寺

仮面の告白 → 素顔の秘密

走れメロス → 走るなセリヌンティウス

七年ラノベの賞に一次落ちし続けてたんだけど、やけになって純文学の賞に応募したらなぜか最終選考まで行った

ってだけの話。

正直めちゃくちゃ嬉しい!!

デビューしたわけでもないのにぬか喜びすんなとかビギナーズラックとか言われるかもしれないけど、今まではビギナーズラックすらなかったから本当に嬉しい。

大学時代から公募生活始めて、社畜になっても書き続けて、全部一次落ちだよ。ネットにアップしても閲覧全然回らなかったよ。

頑張って練った世界観愛着湧いてきたキャラが日の目をみることなシュレッダーにかけられていくのは辛かったけどラノベ読むの大好きだし作家の夢を諦められなくて応募続けてた。

純文学の賞に応募したのは一人で晩酌してるときラノベがだめなら芥川賞()狙うしかないんじゃね」みたいな深夜テンションになったからだった。純文学なんて昔表紙買いした集英社の「人間失格しか読んだことなかったからそれをお手本にしつつプロットも作らないで書きたいことや日頃の鬱憤をごちゃ混ぜにして書き殴った。書きたいことを制約なく自由に書くのは気持ち良くて、信じられないくらい筆がのる一方で「こんなゴミ一次に通る以前の問題だろ」と思う冷静な自分もいた。それがなぜか最終選考までいった。

やばい。嬉しい。

なんというか、好きなものと向いてるものは違うっていうのマジなんだね、たぶん。

2020-04-30

[]anond:20200430000428

■恋ができないことがコンプレックス

根っから陰キャで生まれから16年間一度も恋人ができなかった。

田舎デカ中学によくある苛烈カーストで溺れ死ぬことを防ぐべく無理して作った友人はみんな陽キャで当たり前のように恋バナをしていた。

いや陽キャじゃなくたって陰キャ陰キャ同士でよろしくやっている。私に恋人ができないのは私が陰キャからではなくて、私がちょっとおかしいからだ。私は人間として失格に違いない。みんなが当たり前に他人に恋をして、距離を詰めて、付き合って、デートしているのに私にはその当たり前のことすらできないんだから

口には出さなかったけどそういう気持ち中学生活を送っていた。

息苦しい中学卒業して高校に入り、生まれから16年と1か月たったころ。中学同級生だった男友達から毎日LINEが来ていて、私もその子のことは趣味が合う貴重な陰の友達として大好きだったから返事を返すのが楽しかった。ゲームのこと、勉強のこと、Twitterのこと。

でもやりとりを続けているうちに、あれ?と思った。もしかしてこいつ、私のことが好きなのか? BL小説ばかり読んでいて恋愛実践経験ゼロの残念な私にでもわかるくらいあからさまな好意だった。

コンプレックスが溜まって恋に恋する状態だった私は必死相手から告白言葉をひきだした。これで私にも彼氏ができる! 人並みの高校生になれるチャンスを逃してなるものか! 今思うと本当に失礼だな。自分コンプレックスを解消するために友達を完全に利用している。アクセサリーじゃねえんだぞ。

交際関係にある人間たちは密に連絡を取り合ってイチャイチャするっていうのが当時の自分にはイメージとしてあったから、5日間くらいは毎日夜遅くまでLINEをしていた。こっぱずかしいやり取りをしていた気がする。でも1週間たつと、友達時代は楽しめていた毎日の連絡がなぜかちょっと面倒になってきた。結局6か月後の別れる直前には、LINEは週一で会うのは月一くらいの頻度になっていた。とにかく相手から熱量のある感情を向けられるのがつらかった。同じものを返せないし、重荷だし。

ここで恋愛経験値が0から1になった私は学んだ。お付き合いっていうのは相手との関係を維持するために努力する意気がある人どうしでするものなんだ。当たり前のことだけどどんな人間関係でも築くにあたっていろんな制約が生まれるわけで、その中でも恋人関係なんていうトップクラスに密な関係を築くなら心身にそれ相応のコストがかかる。私のような自己中でちゃらんぽらんな女は恋人を作るなんて人並みの生活にふさわしくないんだ。

それからしばらくは恋愛向いてないかしょうがないよねとわかったようなふりをして生きていたけど、身をもってお付き合いの大変さや世のカップルたちが他人に費やすエネルギーの大きさ尊さを知ってしまった分、それができない自分に対するコンプレックスはどんどんどんどんふくらんでいった。

次の転換期は大学に入ってからだった。上京してきた私はさまざまな人の新しい考えに触れて、地元いたころより視野が少し広がった。その恩恵かはわからないけど、どうやら自分男性より女性に性欲を抱くらしいということも分かった。

で、相変わらず本当にバカなんだけど、今まで恋ができなかったのは対象を間違えていただけで女性なら好きになれるかもしれない! とか考えて、2丁目通いだのLGBTサークルだの始めてみた。どれもそれなりに楽しく過ごせるんだけど、一回会ったらもう次はいいや、相手に会う時間より自分時間大事だし……と思って2回目には続かなかった。問題対象性別じゃなくて出会いより自分を優先しちゃうその態度だろうが。

しばらくしたら大学サークル(LGBTではない普通課外活動)ですごく気になる子ができた。趣味価値観も合って、一人暮らしの私の家によく泊まりにくる子。運動してるかられい筋肉がついて引き締まった体をしてるけど、太股はむちむちしててかわいい。いつもその子のことをつい目で追ってしまって、なにしろ今までそんな経験なかったからもうこれが恋なのね!! って信じてしまい、私も恋ができるんだ、他人に熱烈な懸想ができるんだとすごく救われた気持ちになった。我ながらばかばかしいと思うけど本当にこれだけで自分真人間になれたと本気で思っていた。相手ノンケから付き合えたりはしないけど、一番近い友達でいたい。結婚式でこの子の友人代表としてスピーチができたら幸せだなぁなんて完全に自分に酔っぱらっていた。

でもそうじゃなかった。初めて女の人と寝てからわかった、私があの子に抱いているのは恋心なんかじゃなくてただの性欲だ。性欲を視線に乗せてあの子身体を追っていただけだったんだ。それに気づいて、しょっちゅうまりに来てくれるような大事友達に性欲を抱いていた自分を心底気持ち悪いと思った。それと同時にやっぱり私は恋ができないんだなあと実感して、もういいかげん人並みであることを諦めて欠陥品の自覚を持たないといけないと思った。女性に性欲が向く人間であることについては臓腑ストンと降りてきてなんの葛藤もなかったのに、恋愛ができないことについてはめちゃめちゃしんどい

これ読んでる人は恋愛とき人間失格とかバカじゃねーのかって思ってるよね。私もそう思う。アセクシャルの人にも怒られそう。

でもコンプレックスってそういうものじゃない? 他人意見なんかどうでもよくて、私個人劣等感で完結してる。理性では取るに足らない差異だとわかってても心がそれを受け入れられるとは限らない。

寂しいか恋人がほしいとか、生活の中にウキウキができるように好きな人がほしいとかじゃなくて、みんなが当たり前にできていることを全くできずむしろ苦痛にすら感じるのがほんとうに恥ずかしくて悲しくて、悔しいから恋をしたい。片思いでも何でもいいから人を好きになってみたい。友達として大好きな人は何人もいるけどその先のときめきを感じられたことが一度もない。恋バナを聞いていても相手感情想像できなくて退屈にすら感じる。他人なんか面倒なら縁を切ればいい、つらいなら二度と会わなければいいと思うんだけどきっとみんな「そういうことじゃない」って言う。

失恋した友達は私のことを「恋愛に左右されずに生きててかっこいい、うらやましい」って言うけど、私は能力的に劣ったかっこ悪い人間だよ。私からすれば失恋して泣いちゃうくらい他人真摯に愛していたあなたのほうがかっこいい、うらやましいよ。

恋ができないことがコンプレックス

根っから陰キャで生まれから16年間一度も恋人ができなかった。

田舎デカ中学によくある苛烈カーストで溺れ死ぬことを防ぐべく無理して作った友人はみんな陽キャで当たり前のように恋バナをしていた。

いや陽キャじゃなくたって陰キャ陰キャ同士でよろしくやっている。私に恋人ができないのは私が陰キャからではなくて、私がちょっとおかしいからだ。私は人間として失格に違いない。陽キャ陰キャにかかわらずみんなが当たり前に他人に恋をして、距離を詰めて、付き合って、デートしているのに私にはその当たり前のことすらできないんだから

口には出さなかったけどそういう気持ち中学生活を送っていた。

息苦しい中学卒業して高校に入り、生まれから16年と1か月たったころ。中学同級生だった男友達から毎日LINEが来ていて、私もその子のことは趣味が合う貴重な陰の友達として大好きだったから返事を返すのが楽しかった。ゲームのこと、勉強のこと、Twitterのこと。

でもやりとりを続けているうちに、あれ?と思った。もしかしてこいつ、私のことが好きなのか? BL小説ばかり読んでいて恋愛実践経験ゼロの残念な私にでもわかるくらいあからさまな好意だった。

コンプレックスが溜まって恋に恋する状態だった私は必死相手から告白言葉をひきだした。これで私にも彼氏ができる! 人並みの高校生になれるチャンスを逃してなるものか! 今思うと本当に失礼だな。自分コンプレックスを解消するために友達を完全に利用している。アクセサリーじゃねえんだぞ。

交際関係にある人間たちは密に連絡を取り合ってイチャイチャするっていうのが当時の自分にはイメージとしてあったから、5日間くらいは毎日夜遅くまでLINEをしていた。こっぱずかしいやり取りをしていた気がする。でも1週間たつと、友達時代は楽しめていた毎日の連絡がなぜかちょっと面倒になってきた。結局6か月後の別れる直前には、LINEは週一で会うのは月一くらいの頻度になっていた。とにかく相手から熱量のある感情を向けられるのがつらかった。同じものを返せないし、重荷だし。

ここで恋愛経験値が0から1になった私は学んだ。お付き合いっていうのは相手との関係を維持するために努力する意気がある人どうしでするものなんだ。当たり前のことだけどどんな人間関係でも築くにあたっていろんな制約が生まれるわけで、その中でも恋人関係なんていうトップクラスに密な関係を築くなら心身にそれ相応のコストがかかる。私のような自己中でちゃらんぽらんな女は恋人を作るなんて人並みの生活にふさわしくないんだ。

それからしばらくは恋愛向いてないかしょうがないよねとわかったようなふりをして生きていたけど、身をもってお付き合いの大変さや世のカップルたちが他人に費やすエネルギーの大きさ尊さを知ってしまった分、それができない自己中な自分に対するコンプレックスはどんどんどんどんふくらんでいった。

次の転換期は大学に入ってからだった。上京してきた私はさまざまな人の新しい考えに触れて、地元いたころより視野が少し広がった。その恩恵かはわからないけど、どうやら自分男性より女性に性欲を抱くらしいということも分かった。

で、相変わらず本当にバカなんだけど、今まで恋ができなかったのは対象を間違えていただけで女性なら好きになれるかもしれない! とか考えて、2丁目通いだのLGBTサークルだの始めてみた。どれもそれなりに楽しく過ごせるんだけど、一回会ったらもう次はいいや、相手に会う時間より自分時間大事だし……と思って2回目には続かなかった。

問題対象性別じゃなくて出会いより自分を優先しちゃうその態度だろうが。

しばらくしたら大学サークルLGBTではない普通課外活動)ですごく気になる子ができた。趣味価値観も合って、一人暮らしの私の家によく泊まりにくる子。運動してるかられい筋肉がついて引き締まった体をしてるけど、太股はむちむちしててかわいい。いつもその子のことをつい目で追ってしまって、なにしろ今までそんな経験なかったからもうこれが恋なのね!! って信じてしまい、私も恋ができるんだ、他人に熱烈な懸想ができるんだとすごく救われた気持ちになった。我ながらばかばかしいと思うけど本当にこれだけで自分真人間になれたと本気で思っていた。相手ノンケから付き合えたりはしないけど、一番近い友達でいたい。結婚式でこの子の友人代表としてスピーチができたら幸せだなぁなんて完全に自分に酔っぱらっていた。

でもそうじゃなかった。初めて女の人と寝てからわかった、私があの子に抱いているのは恋心なんかじゃなくてただの性欲だ。性欲を視線に乗せてあの子身体を追っていただけだったんだ。それに気づいて、しょっちゅうまりに来てくれるような大事友達に性欲を抱いていた自分を心底気持ち悪いと思った。それと同時にやっぱり私は恋ができないんだなあと実感して、もういいかげん人並みであることを諦めて欠陥品の自覚を持たないといけないと思った。女性に性欲が向く人間であることについては臓腑ストンと降りてきてなんの葛藤もなかったのに、恋愛ができないことについてはめちゃめちゃしんどい

これ読んでる人は恋愛とき人間失格とかバカじゃねーのかって思ってるよね。私もそう思う。アセクシャルの人にも怒られそう。

でもコンプレックスってそういうものじゃない? 他人意見なんかどうでもよくて、私個人劣等感で完結してる。理性では取るに足らない差異だとわかってても心がそれを受け入れられるとは限らない。

寂しいか恋人がほしいとか、生活の中にウキウキができるように好きな人がほしいとかじゃなくて、みんなが当たり前にできていることを全くできずむしろ苦痛にすら感じるのがほんとうに恥ずかしくて悲しくて、悔しいから恋をしたい。片思いでも何でもいいから人を好きになってみたい。友達として大好きな人は何人もいるけどその先のときめきを感じられたことが一度もない。恋バナを聞いていても相手感情想像できなくて退屈にすら感じる。他人なんか面倒なら縁を切ればいい、つらいなら二度と会わなければいいと思うんだけどきっとみんな「そういうことじゃない」って言う。

失恋した友達は私のことを「恋愛に左右されずに生きててかっこいい、うらやましい」って言うけど、私は能力的に劣ったかっこ悪い人間だよ。私からすれば失恋して泣いちゃうくらい他人真摯に愛していたあなたのほうがかっこいい、うらやましいよ。







※これで陰キャ自称とか陰キャなめてんのか? みたいな反応をちょくちょくもらうけど、そりゃここには人生に動きがあったタイミングのことしか書いてないかアクティブに見えるよ。

日常の9割9分は陰を通り越して無だよ。休みの日はTwitterに常駐して一日が終わるし、3年前に終わったアニメキャラの死に様に思いをはせたかと思えばファンタジー10割のエロ同人を漁りだすし。ネトゲ余暇でまで他人とかかわるのがしんどすぎて始めてから1年以上完ソロで遊んでるし、外出の予定がなければ10日くらい風呂に入れないし。みんなと同じだよ。

2020-04-23

喫茶店が空いてたんで

喫茶店が空いてたんで自粛中だがたまにはと思ってケーキ食べてたら、前の席にスーツ姿のいかにも新入社員って感じの人がコーヒー片手にスマホをいじっていた。

3分後くらいにその先輩らしき30代くらいの人が来て出し抜けに「お前スマホで何やってんの。どうせゲームとか漫画みてんだろ」と強い口調で言った。

新入社員は「いや。あの」といってスマホしまった。

「だめだぞ。そんなんじゃ。お前スマートニュースって知ってるか」

「いや。聞いたことはありますがやってないです」

「はあ全く。これだから最近若いもんは。スマートニュース最近話題ほとんどのニュース網羅できるアプリだぞ。あれみなきゃ社会人として失格だぞ」と先輩社員説教口調。

新人君はショックを受けたようでうつ向いてしまった。穏やかな店の雰囲気は最悪。私は、可哀想になあそこまで言わなくてもと思っていた。

すると隣の席に座っていた老人がいきなり立ち上がって「ちょっといいですか?」と先輩社員に声を掛けた。

「さっきから聞いていましたらね。その言い方はなんですか。それにね。君ちょっといかな」と言って新人君スマホを見せるように指示した。

「彼がさっき見ていたのはゲーム漫画じゃないですよ。これです。はてなブックマークです」と言ってスマホの青い画面を先輩社員に向けた。この紋所が目に入らぬかとやる水戸黄門のようだった。

「え。なんですか。揚げた河豚バー????」

はてなブックマークです。これはニュース記事も含むあらゆるサイトブックマークしてコメントネット上で共有できる代物です。ブックマークの数でどういう事柄世間で耳目を集めているか一目瞭然ですし、なによりブックマークに伴って残されるコメントには叡智が溢れまさにインターネット集合知体現しているのです」

「そ、そんなものが。す、すごいですね」と先輩社員狼狽

あなた知らないんですか? 馬鹿みたいに昔からあるんですよこのサービス。さっきの新人君に対する発言、謝ったらどうです」

「ぐ、ぐう。こんな素晴らしいものがあったなんて。社会人失格、いや人間失格なのは俺の方だったのか。ごめんな」

その瞬間店内が、他のお客さん、店員さん全員の拍手喝采に包まれたことは言うまでもない。

2020-03-08

anond:20200307134320

よく頑張ってる。偉いぞ。

少なくとも太宰治より人間だ。

作品はどうだか知らないが、太宰より人間としては上だ。

あの太宰は糞人間。いや人間付けてはいけない糞そのもの

女遊びどころか、自分の子供に知的障害児が生まれから、やれ俺はダメだとか愚痴っては女をくどき落とし、独りで死ねいからと女と多摩川上水で心中すること2回。飲み水として使う人間のこと考えろ。つーか、昔と違って、障害児は牢屋に入れられる事もあったのに、それ知ってて、無責任に逃げ出した。

かにも、ヒロポンかいう薬に中毒になったから、井伏鱒二精神病院入院させたら、井伏に悪口雑言。

隣近所に桃が咲いて、いいないいな連発。金を積むから譲れとしつこく。金よりもしつこく迫られ、嫌々ながら譲った桃の花。太宰ファンは、それを知ってて桜桃忌という名前付けて集まるのか?どんだけ自己中なんだよ。そんな自己中を許すなよ。

麻薬ジャンキー自己中や人間失格どころのじゃない。糞そのもの

あんな糞よりも、大事仕事が出来てる。障害児の親を。胸張っていい。よく頑張ってる。少なくとも、自分は誉めるぞ。愚痴こぼしたい時はいつでも愚痴れ。

2020-02-28

anond:20200228020644

非国民扱いされたんじゃなくて迷惑害獣扱いされてるんだぞ

「お前は日本人失格だ」とは誰も言ってない

「お前は人間失格だ」と言ってるんだよ

2020-02-22

小学校の時に太宰なんか読むんじゃなかった

小学生の時人間失格を読んだ。暗い男がかっこいいと勘違いした。27歳の今でもその性格を引きずってしまった。

まじで太宰は読むな。読むなら浦安鉄筋家族かにしとけ。

2020-01-25

anond:20200125171125

聞いてもないグチを垂れ流しておまえ一人は気持ちいいんだろうが、周りはまったくそう思わない

そういうことを理解できずに生きてくると、こういう順当な境遇になるんだろな

因果応報、これくらいよめるよね

おまえには理解する能力なさそうだから、おまえの意見はなんにも求めない

さっさと医者行けこの統合失調人間失格野郎

2020-01-23

酒が飲めない≒人間失格

まず批判されるべきはサントリー国税庁より先にこの価値観ではなかろうか?

酒飲みは偉い、飲めない奴はクズ

その考えをまず正すべきだろう

2020-01-12

恥の多い人生を送ってきました。

人間失格の始まりの句だけど、

恥ずかしい人生を送ってきたのではなく、恥の多い人生を送ってきた、というところに、主観ではなく客観的自分を見下ろしているようなところがある。

本人が恥ずかしいと言うと、どんな事柄でも大概は自己中心的もの見方をする人になってしまう。恥は他人があってこその恥なので、他人の思いを意識するのではなく、自分がどう思われているかを気にしてしまっているから。

それに対し、恥が多いように思われる人生を送ってきた、と言うと、他人から見て恥ずかしい人間と言ってるようになり、それは他人の思いを無視した自分気持ちではなくなる。

そこに、この人間失格本質があるように思ったのでメモとして残しておく。

2020-01-05

家族を愛せる気がしない

タイトルは半分釣り

正確には、「今の家族のように」「(将来出来るかもしれない)自分家族を」愛せる気がしない、だ。

うちは家族仲が良い。

おそらく異常と言っていいほどよい。

60代の父と、全員成人した息子3人で、可能な限り一緒に行動したがる。

念の為言っておくと、父は公務員定年退職後、再就職しているし、私を含めて息子は全員大学又は大学卒業後、定職についている)

去年は家族旅行を国内外含めて5回した。

揃って食事をするために集まった回数でいうともっと多い。

全員アウトドアスポーツインドアと多方面に多趣味だが、内容はほぼ一致している。

家族の誰かの影響で始めたものが大半だからだ。

専門が、法学文学情報科学材料科学と別れているのも、お互いの知的好奇心相互補完できる感じでとても良い。

特に私と父は、家族相手イベントを紹介して一緒に参加するのが生き甲斐みたいなところがある。

正確には、これは父から私に伝染した。

小さい頃は、この父の「楽しませてやろう」という気遣いが鬱陶しいと思うこともあった。

温泉行くよりゲームしたいよみたいな。

父は期待通りに「楽しめていない」様子を見せると、不機嫌になることもあった。

それのせいで「楽しんでいる」演技をすることもあったように思う。

なんか、人間失格みたいだが。

それがいつの間にか、鬱陶しくなくなっていた。

多少は、断るということを覚えたせいもあるが、自分家族を楽しませたいと思う気持ちが芽生えてきたからだと思う。

弟2人は、自発的イベント提案して企画することはあまりないものの、「次は~したいね」くらいの事は言う。

事情あり、今は実家と呼べる家には私しか住んでいない。

から、この時期は私が家族を迎え入れ、送り出す感じになる。

夏休みの時期とかもそうなのだが、このとき猛烈に寂しくなる。

ここ数年はこう思う。

「流石に、この4人だけが家族、という時期はもうそうは長く続かないだろう。」

「誰かに新しく家族が出来たら、この家族解体か。」

そして、こう思う

「この家族以外の誰かを、この家族のように想うことができるだろうか?」

20年近い付き合いになる、なんでも話せる友人(家族にも話せないことも話せる)もいるし、恋人いたこともある。

しかしながら、最も親しい人は誰かと言われれば、大差をつけて家族3人が入ってくるし、

誰のためなら命がけで行動できる?と問われれば家族以外にそれが出来る気がしない。

嘗ての恋人達は、そのカテゴリに引っかかる気配すらなかった。

その時その時はそれなりに夢中になっていた覚えがあるし恋人を楽しませるのが生き甲斐みたいな時期もあったのだが。

「ぼちぼち婚活も考えたら」

と、家族含め周囲に言われる歳になったが、そんな気持ちがあって、どうもする気が起きない。

こういうきもちを抱く相手家族なのだ自分の中で定義されてしまった以上、

他人とただ「家族」という枠内に入っていき、それが構築できない予感がする行動を取る意味が見えないのだ。

2020-01-02

100分de名著シリーズバックナンバー約100冊を読破したら人生変わった、の補足

はじめに

https://anond.hatelabo.jp/20200101232410

はてな村で好まれそうな話題だなとは思って投稿したものの、想定以上に反応があって驚いてます

酔った勢いで書いたものであるので、文体が一致してなかったり論理破綻してたり誤字脱字がひどいですね。

結果、説明不足だったり変な文章だったりが原因でいくつかこれは補足しておきたいなと思ったコメントがあるので補足させてください。

コメントへの返信

解説本を読んでから原典をあたることの弊害、系のコメント

解説本を読むことで原典にあたった際の新鮮な驚きが減るのは確かと思いますネタバレ効果というか。小説系では顕著と思います

また、解説者の解釈固定化されるという懸念も確かにあるかと思います

しかし、私の記憶では「これは私の解釈だが」「多数の説の中で、私が支持するのは」など、

俺の解釈絶対だという態度で解説してた解説はいなかったし、異説も提示していることが大半でした。

ここまでやってくれたらあとは受け取る側のリテラシーかなぁ、と思います

また、100分で名著の解説実施していることは「あらすじ」+「執筆背景解説(作者の人生の中で著作の占める位置など)」+「解説者の解釈解説」と思っています

この内「執筆背景解説」が一番の目玉であり、知識のつながりを作ってくれるところで、この部分は原典だけ読んでも絶対に得られない補助線です。

私は持久スポーツ趣味にしていますが、例えばフルマラソンなら当たって砕けろでもまぁ、レース中の数時間もがき苦しみ、暫く足がまともに動かなくなる覚悟があればゴールは出来るでしょうが

ウルトラマラソンとか、アイアンマンになると当たって砕けろではまぁ無理で相応の準備がなければ、失敗したという経験経験値に変えることも出来ずに敗退すると思っています

特に古い思想書知的作業としてウルトラマラソン級だと思いますし、かつ何かを求めて読むわけでしょう。

ウルトラマラソンで周りの景色も何も見えないぐらいつらい状態になって、制限時間オーバーで失格になっても兎に角意地になって歩き続ける人がたまにいて、マラソンならそれでもいいかなと思いますけど、

古典を読む場合最後のページにたどり着ければよい、というものではないですよね。

途中の景色を楽しむためには相応の準備というもの必要なのではないかな、よほど読書体力に自身があるのでなければ、背景を知識として持っておくのは良い方にしか働かないのではないか、と私は思います

中央公論社などが出している類似の「名著解説系」の書籍についてのコメント

100分で名著の一番の強みは「TV番組であること」であり一番の弱みもまた「TV番組であること」であると思っています

強みとしては、インタラクティブ解説(動く図形とか、アニメとか、俳優朗読とか)が可能になること

弱みとしては「解説者の準備期間、解説時間制限がかかること」「番組上では注釈実質的に挿入できないこと」「月に1冊のペースでしかラインナップを増やせないこと」ですね。

特に月イチのペースでしか増やせないのは大きな制約で、解説本の中で出てきた関連本に解説が欲しくても、100分で名著で解説される可能性は極めて低いと言わざるを得ません。

そういう意味で、名著巡りの入り口しかならないといえばならないのだと思います

100分で名著をメインに追いつつ、他にも手を出してみようとは思っています

番組だけ見てた、撮りためていたものを見よう~系のコメント

私は実は番組はあまり見ていません(3割くらいかな)。毎週火曜日この時間TVに向かっていることが難しいからです。

理想は両方こなすことだと思いますし、伊集院光さんのリアクションは時々ハッとさせられることもありますが、私はどちらかを取れと言われたら解説本だけ読みます

番組が「あらすじ」+「執筆背景解説」+「解説者の解釈解説」で割合が2:2:6~1:5:4まで変動するとしたら

解説本は執筆背景解説に一律+3、解説者の解釈解説が一律-2って感じです。

(逆に、あらすじだけ知りたい場合100分で名著は重厚長大で、もっと手軽な選択肢があると思います。)

そりゃ、番組の中で解説にちらっと出てきた著者の友人の来歴とか、著書とか、いちいち全部触れられないですよね。

まり、私が元投稿で言った「本の解説で繰り返し取り上げられる要素(人名思想歴史上の出来事など)があることがわかった」現象

番組を見るより解説本を読んだときのほうが顕著に起こると思われます

なので、もし元投稿を見て「知識がつながるって面白そう」という点に興味を持っていただけたなら、解説本の方をメインにされることを私はお勧めします。

読みたくない本を頑張って読む、系のコメント

頑張って読んだ、という感覚はありませんでした。

おそらく、原典には「頑張らないと読めない」ものもたくさんあると思いますが、解説書の段階では頑張らずに済みました。

正直、興味をそそられたかどうかにレベル差があるので、結局読まない原典もあると思います

古典名作だと聞いて読んでつまらなかったら被害甚大ですが、水際で食い止めてくれたことになると思います

そういう意味でも解説から読むのはおすすめです。

読みたくない本、という感覚もなくて、どちらかといえば「知らない本は読めない」ですね。

恥ずかしながら「エチカ」だとか「夜と霧」だとか「全体主義の起源」なんて知らずに生きてきたので

まず読みたくないかどうかも解説書読んで判断しようと思ってました。

食わず嫌いよりは、試食コーナーの匂いで避けた、の方がまだマシかなと言う感覚です。

風呂の中で本

私は蓋を半分開けて、上にタオルを敷いて読んでます

シャワーを使う際には、本はタオルにくるんで蓋に挟んで防水します。

あるいは、もう風呂場の外に出してしまます

このスタイル読書して2年位になりますが、多少湿ることはあっても、問題になるほどビシャビシャになったことはないですね。


大学教育について

以前スウェーデンに出向していた友人から聞いた話ですが彼の国では大学とは必ずしも高卒すぐ入るものではなく、

暫く働いてから勉強したいことを見つけて入る人も相当にいるらしいですね。

その彼が聞いた日本との違いを顕著に表しているセリフが「高卒のガキに大学教育もったいない」「日本人は高校生の時職業決めるんでしょ?すごいね」です。

後者は嫌味なのかな?と言う気がしないでもないですが、前者は今本当に身にしみています

大学教育をきちんと受け止められる18歳って、そんなに多くないですよね、、、

おまけ

解説本の中で特におすすめするもの

以下私の勝手解釈です。見当違いのことを言ってるかもしれないですが、、、

私と趣味が合いそうだなと思ったら、まずは以下をお勧めします。

集中講義 大乗仏教

スペシャル版なのでちょい分厚いですが、これが私の一押しです。

日本大乗仏教諸派の成り立ちと違いについて、今まで何度か教わったし読んだはずなのですが全く頭に入ってこなかったのがすらすら入ってきました。

読了後は、まるで自動車教習所に通ったあと今まで目にも入らなかった交通標識が急に意味を持ち出したような感じで、街中のお寺から情報を取れるようになりました。

ホントおすすめです。

茶の本

私自身が茶道やってる事が大きいかもしれませんが、日本人が外国人に、英語日本文化を説明する起点として最高と思いました。

実際、ボストンで友人とあったとき(作者の天心はボストン美術館の東洋部長です)なんと役に立ったことか、、、

全編、声に出したい日本語だと思いました。言葉がやや古いのですが、原典も薄くて読みやすいです。

維摩経

維摩さんというレジェンド級のアマチュア在家信者)がプロ菩薩軍団)をやり込めまくる話です。

煩悩は湧くに任せよ、とらわれないことが大事だ」というフレーズがとても頭に残っています

一番実践やす仏教な気がしました。アメリカの方で流行っているzenとかsatoriってこれを目指してるのかな?と思っています

↓と思った記事

https://aishinbun.com/clm/20181218/1888/

パンセ

人間自己愛ゆえに苦しまねばならぬ、というのがメインの本と理解しました。それだけでも納得感あるのですが、

本人的にはキリスト教最高!で異教徒折伏するために書いた本らしいのに仏教が目指してるところと同じっぽいのが面白くて読んでました。

原典が思いっきり重そうなのですが、いつか読みたい本の一つです。

ラッセル 幸福論(幸福論というタイトルの本が二冊あるので著者名も)

いろんなことを言ってるわけですが、

私は趣味を持て、幸せになれるぞ?という本だと理解しました。ラッセルさんの趣味定義とは「~を収集すること」らしいです。つまりスタンプラリーですね。

かに対して情熱を持ってスタンプラリーしてるうちは人生に飽きない、ということかと思いました。

個人的には、すごく共感する価値観でした。

解説読破もそのノリでやってやらぁと思ったのを覚えています


資本論

正確には100分で名著シリーズではないのですが、この「一週間で資本論」が成功したので100分で名著が始まったらしいです。

資本家の行動原理が今とぜんぜん変わらず、ギグ・エコノミーとかも19世紀理論説明できることに驚きました。

経済理解するためというよりは自分の身の振り方を考える上で有用だなと思った本です。


買った原典(と、解説本で出てきた関連書籍リスト

リストがほしいというコメントをいただいたのでリスト載せます

趣味が合いそうだなと思ったら、参考にしてください。

(抜け漏れあったので追加。まだ何冊か忘れてる気がする、、)

ぶっちゃけページ数その他が軽そうだから選んだもの

点と線

かもめ

君たちはどう生きるか

赤毛のアン

アルプスの少女ハイジ

【読み直しをメインの目的で選んだもの

星の王子さま

人間失格

斜陽

三四郎

こころ

銀河鉄道の夜

空気研究

永遠平和のために

解説本を読んでいて特に興味を惹かれたもの

人生ノート

茶の本

代表的日本

奥の細道

神話日本人の心

・昔話と日本人の心

死者の書

高慢と偏見

銀の匙

世論

薔薇の名前

ペスト

・獄中から手紙

ゴルディアスの結び目

・失敗の本質(「野火」関連書籍

1984

苦海浄土

夜と霧

野火

・音に色が見える世界(「宮沢賢治詩集」関連書籍

日本霊性(「茶の本」など関連書籍

ソラリス

フランケンシュタイン

【好きになれるか不明だが、まず手を出してみたかった異分野】

オイディプス王

ハムレット

マクベス

中原中也詩集

茨木のり子詩集

宮沢賢治詩集


おわりに

年末年始休み読書もはかどり、新たに買った原典も既に8冊終わりました。

今のところ、全て期待通りの内容でとても充実した休みになっており今年ずっとこの調子で読み勧めていけたら、、、(無理だろうけど)と思ってます

どういうふうに仕事の本を差し込んだら、自分の中の読書熱にうまく歩合出来るかを考えるのが今年の課題かな。

動物本とか、読んでて飽きることがあるんですよね。

なお、私が100分de名著を知ったきっかけは単身赴任中の父がずっと見ており、解説本を纏めて実家に持って帰ってきたのがきっかけでした。

なので、私の読んだ解説本の半分くらいは父から借りました。

私も読み出して以来、お互いの話題共通点も増え、お互いの読書の幅も広がって、

初めて父と同等の視点知識交換をできるようになったような気がしており、その点でもこの番組には深く感謝しています

(私の専門のITのことでは以前から教える立場でしたが、これとはなんとなく異なる現象のような気がしてます。)

良い1年を!

2019-12-23

2019年アニメ映画、爆死!w

君の名は。」の二匹目のどじょう狙いで類似企画が乱発されたわりにはどれも鳴かず飛ばずに終わりなんとも寂しい。

19年は天気の子プロメアドラクエ、すみっコぐらしが興行収入10億円を超えてまだマシだったが下まで見ると本当に悲惨

ブームに便乗し、散々金をかけてプロモーションして、人気俳優芸能人声優に起用し話題作りしおいて結果は「すみっコぐらし以下」「ドラクエ以下」という事実関係者はどう考えているんだろうか。

2019

作品名公開日興行収入[億円]
HELLO WORLD ハローワールド9/205.9
ルパン三世 THE FIRST12/65.9
空の青さを知る人よ10/115.7
海獣の子供6/73.1
二ノ国8/233.0
きみと、波にのれたら6/212.5
バースデーワンダーランド4/261.3
LUPIN THE IIIRD 峰不二子の嘘5/310.1
ぼくらの七日間戦争12/13??
この世界の(さらにいくつもの)片隅に12/20??
幸福路のチー11/29-
HUMAN LOST 人間失格11/29圏外スタート
薄暮6/21-
LAIDBACKERS-レイバッカーズ-4/5-
あした世界が終わるとしても1/25-

https://pixiin.com/ranking-japan-boxoffice2019/

2018

作品名公開日興行収入[億円]
宇宙の法 黎明10/126.7
機動戦士ガンダムNT11/305.2
モンスターストライク THE MOVIE ソラノカナタ10/53.6
ペンギン・ハイウェイ8/173.0
劇場版 マジンガーZ INFINITY1/132.4
若おかみは小学生!9/212.3
君の膵臓をたべたい9/12.3
さよならの朝に約束の花をかざろう2/241.8
ニンジャバットマン6/150.8
さな英雄 カニタマゴと透明人間8/240.6
犬ヶ島5/250.4
詩季織々8/140.2

https://pixiin.com/ranking-japan-boxoffice2018/

https://anime.eiga.com/news/column/eiga_ranking/

TVシリーズの続編や実質OVAな少数館上映の作品は除く

2019-12-15

anond:20191215164634

結婚できない奴は人間失格人間を名乗るべきじゃない!故障してる!廃棄だ廃棄!

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん