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はてなキーワード: 敵役とは

2020-05-26

はじめて声つけをやったとあるPの感想

デレステをはじめて2年ちょっと。だからそこまで新規らしくはないかもしれないけれど、SNSなどでまま見かける文章文脈でいえば新規かもしれません。モバマスはやっていません。

今まで総選挙では普段通りイベントをちょこっとやってたら投票券が渡されて、気になるアイドルガチャがきて課金しても投票券が渡されて、そのほとんどを担当に突っ込んでいます。結果が発表されたら担当順位を見て喜んでみたり、トップ10や歌う人くらいは見て楽しみますし、総選挙イベもそれなりにやります

SNSは多少見ますアイマス垢のようなものはありません。

新規にはこういう人が〜」なものをそれなりに見るので、私がそこでいう新規かはよくわからないのですが、一応、そういう点も含めて今回のボイスオーディション関係することを書いてみようと思います

今回も総選挙は大半を担当投票し、ボイスオーディションではあかりあきらに半々で投票しました。票数は総選挙とボイスオーディションそれぞれ約1000票ずつです。フェスを回しましたが全回収ではありません。

どちらも新アイドルとして知っているし、音ゲーではない方に先に実装たからか声なしだった3人組で、去年りあむに声がついていることも知っています。新ニュージェネのような感じで、揃って歌うのが楽しみなので、2人に半々にしました。

2人が揃って合格したので、素直に嬉しいですし、今後の展開が楽しみです。

ただ、来年も同じようにボイスオーディションがあったり、今回あかりあきらがいなかったらどうしていたか、とも思います

あかりあきらを選んだ理由の一端でもあると思いますが、もともといた声なしアイドルについてはほとんどわかりません。その中には今回一緒に合格したつかさなど、名前やなんとなくのキャラづけまで知っている人も若干いますが、顔や名前がパッと思い浮かばなかったり、見たことはあるかもしれないけれど知らないといってよかったりとそのレベルも様々です。

自分の町にある店だけれど「あそこの交差点のあたりにこれこれこういう店ないか?」と聞かれてやっと「ああ、なんか見たことあるわ、◯◯の隣あたりかな。行ったことないし店の名前も知らないけど。」となったり、「そんなのあったっけ?」となったりする感じです。

今までの総選挙でも、中間発表でその声なしアイドルを初めて知ったりします。

そこでなぜ知らないんだと言う人もいるでしょう。

SSRがあるのなら、ガチャ更新ときに見たことがあるのかもしれませんが、人数が人数というのもあり、回さなガチャピックアップは覚えていません。アイマスに限らずガチャ自分が欲しいキャラでなければすり抜けですし、デレステではスコアのために好きな子以外を性能で使うということもあまりないので、特に興味のないキャラはすり抜けてきたとしても基本放置です。

スシローキャラバンもほとんどやりません。これらをやるより他のゲームをする期間です。他のイベでもコミュは好きな子たちが喋っているのを見るくらいで、特にそうでもなければじっくり見ているかといえばそうではありません。

入り口はあるのかもしれませんが、何歯科名前を覚えていないし行ったこともない歯科医院が近所にあるように、入り口があるなら知っているだろうというのは違うと思います

それならもっと興味を持てとも言われるかもしれません。

デレステをはじめたら、まずニュージェネを見て、次にPCSTPポジパ、そしてLiPPSなどの人気どころを見ます。そこから(一部並行で)周年や総選挙の曲や、季節曲などの人気シリーズや、ソロ含め有名曲・人気曲に触ります。メインのユニットを軽くなぞってからは、アイドルへは曲からアプローチになります

もちろんガチャや別のところで一目惚れなんてこともありますが、この最中にいわゆる担当担当までではないけど好きな子知識として知っている子が相当な人数並びます。そしてお腹いっぱいになります。好きな子が十分な厚さで固まるからです。その子たちさえ追えば大体満足するようになります

なので声ありの子でさえ全員をよく知っているわけではありません。コミュをまだ見ていない人も多くいますそもそも、そのあたりまでいくと、もう声の有無はあまり関係なく、特に興味のない集団というくくりです。その中には、曲が好きだったり、それを歌っているユニット全体としては好きだけれども、そのうちの1人1人みんなについて興味があるかというと、知ってはいるけど特に興味があるわけではない、というのもありますリアルアイドルでもそうではないでしょうか?

そこでさら音ゲーの中で、あるいは別のアプリゲーをはじめて、曲のない人という属性ピックアップして調べるというタスクをこなそうとはなかなか思えないのです。

また、ユニットリーチだといったことを言われることもありますモバマスイベント対バン形式?の敵役として出てくるもののようですが、正直なところ、そういうところに広げるより、2曲目などを欲しいと思うので、あまり惹かれません。ユニットとは言いますが、コミュなどでは言及があるにしても、ほとんどがシングルCD1枚出して音楽活動終了のような感じなので、もっと活動してほしいのです。LiPPSの2曲目などは私以外にも待っている人が多いのではないでしょうか。

そういう意味では新信号機な3人にも、声が出揃って1曲出したらもう……、というのではない活躍を期待しています

なので、あかりあきらがいたからボイスオーディションを楽しめたのだろうなというのが一つの感想です。

もし来年もボイスオーディションがあるのなら、投票券を余らせたくはないけれど、わざわざよく調べてまでというほどでもないし、票交換をアイマス垢をつくってまでやろうとも思わないので、結局どうしたものか……。SNSを軽くさらってなんとなくで選ぶことになりそうです。

中間発表があればとも思いますが、中間を見てその上位をそのまま通すというのもそれはそれでという感じもします。難しいですね。

ただ総選挙人気投票らしくなったのは面白いので、来年も分けてほしいと思います

ここまで、あくまで私のデレステの触れ方ですから、はじめた時期も含め、こういう人がボリューム層かはわかりませんが(おそらく私程度でもSNSを多く見ている方でしょう)、そんな人の紹介と、そんな人がボイス実装のために投票するというのをはじめてやってみて思ったことです。

2020-05-20

派遣デスラーで稼いでいました

あのー

銀河の彼方の総統をやってました

いやー私も紹介されるまで全然知らなかったんですが

今の御時世、銀河帝国的な総統でも派遣という待遇があるんですね

やってみて思ったのは

やっぱり派遣でこの責任は割に合わないってことですね

もちろん収入はいいし色んな作戦を練ったり命令を出したりすることには快感はあるんですけど

結局は敵役ですから

負けるわけですよ

派遣デスラーなんてやるもんじゃないですね

これを見ている若者たち

私みたいに派遣総統になったりしないように

この厳しい御時世

大変だと思います

勉強して資格をとったり

しっかり就職活動してキャリアを築いて親御さんを安心させてくださいね

https://anond.hatelabo.jp/20200518230657

2020-05-10

「なんだかんだと聞かれたら」

「答えてあげるが世の情け」

世界破壊を防ぐため」

世界平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く」

ラブリーチャーミー敵役

ムサシ!」「コジロウ!」

銀河を駆ける ロケット団の二人には」

ホワイトホール白い明日が待ってるぜ」

ドキンちゃんもいまーす!」

2020-04-29

ありえたSAC2045

リリース一ヶ月前にファン掲示板で願っていたこと:

今回のシリーズは11年後だから、多分サイボーグの死とはとか、不死性について触れられるのではないか。歳を取らない少佐と歳を取る生身の人間たちの対比は面白いだろう。おそらく荒巻引退していて、トグサが指揮を撮るのではないか

実際のSAC:

11年経ってCGで作り直した結果、メンバーはむしろシワが無くなったりして若々しくなった。メンバー関係性はなにも変わらなかった。特に深いテーマメッセージ性が伺われることはなく、何かよくわからない超人敵役として出てきた。



メッセージ性の無さとか、やたらとハリウッド映画っぽくなった無意味アクションとか、軽薄になったキャラクターとか、不自然予算がかかってないCGとかは、まあ目をつぶれなくもないけど、江崎プリンはまじやめてほしかった。

サポートまで含めてなにも変わっていない九課メンバーに変化を加えるために、続編で全然違うキャラを入れるっていうのはよくある手だ。だから、外見が変でも、性格が浮いていても、以前のキャラの影が薄くなっていてもいいだろう。でも、演出として、最低限、リアリティレベルは揃えるべきだ。あまりに動きがアニメテンプレート通りで現実離れしていて、CGの低いクオリティと相まって、見ていてつらかった。

プリン」という名前の不自然さは作中でも指摘されていたし、バトーへの不自然愛着とか、タチコマの手なづけ方とか、超優秀な情報取得能力とかを考えると、実はAIだったりするんだろうか。それなら不自然リアクション説明がつく。でも、「捜査現場から」って言ってみたり、笑顔から自然さを感じ取ったり、人間臭さもあるんだよな。まったくわからんありがちなのは親との関係が悪くてトラウマ抱えててバトー父親投影しているとかだけど、もうちょっとひねって欲しいなあ。


あーあ。サイボーグとか電脳の老化とか死について考えるSACとか見たかったなぁ。老人が銀行強盗するとかじゃなくてさあ。まあ、続編も見るんだけどね。できるだけ江崎プリンを視界から外すようにしながら。

2020-03-11

Fukushima50を見た人に感想を聞きたい。

私自身は見ていないのだが、タイトルSNSでの感想を見る限り、現場で命を賭けて闘う所長を始めとする東京電力職員たちを礼賛する映画とお見受けする。

中には「この映画を見ている間、ずっと泣いていた」とのたまう有名人もいるようだが、そもそも東京電力大地震津波への対策を取らずに原発を作ったところに問題があるのではないのだろうか。映画でも内閣総理大臣東京電力幹部無能邪魔ものとして描かれているようだが、現場リーダーを務めた吉田所長は福島第一原発建設にも携わっていたようで、ある意味自分判断ミスの結果を自分でひっかぶっただけではないんだろうか。

私はFukushima50を見ていないし、事故発生時の福島第一原発の状況もよく分かっていない。ただ、原発事故のような緊急を要する事態に限らず、普通スポーツ大会レベルイベントでも内閣総理大臣皇族が来ると警備にあたる警察がうるさくて現場リーダー迷惑するということは知っている。

さっきネットで調べたら菅直人の味方らしき人が「あの映画に描かれているのは菅直人ではない。言い逃れのように名前を出さずに内閣総理大臣肩書きだけ描いているが、見た目だけでなく行動や言動が本人と全然違う」とお怒りであったが、仮に映画に描かれている内閣総理大臣よりも菅直人が冷静沈着だったとしても、現場対応でいっぱいいっぱいのところに、いろいろな気遣い必要とするVIPを送り込む政府東電幹部は全く空気の読めない最低な奴らではないのだろうか。

なぜ映画を見ずにここで感想を聞くかというと、私はお涙頂戴系の映画などに弱く、上記のような疑問を持っていてもあの危険まりない原発の中で闘った人々のドラマを見ると泣いてしまいそうだからだ。以前、「永遠ゼロ」を見て泣いたという話をSNSに書いたところ、「ずいぶん素直だこと。あの映画戦争キレイに描きすぎ」とバカにされたので、冷静にあの手のものを見られる人の意見を聞きたい。

でも永遠ゼロもFukushima50も、人気俳優タレントをこれでもかと使って商業ベースで上映する以上、分かりやすくカッコ良い主役とアホで駄目な敵役必要だし、目を背けたくなる悲惨現実を描くのはほどほどにするんじゃないかと思うんだけど。

2020-01-20

anond:20200120185833

イィッデ、ゥオーンンッ♪

あのアイキャッチの音にセンスを感じてシビれたリアルタイム視聴小学生世代

ガンダムアイキャッチは、

デデデン!・・・デデデデン!・・・(←伴奏)ッシャアウッ!!♪

スキャット?部分が何てゆってんのか論議になり、やっぱ敵役の「シャア」のことゆってんのかな~、てなアホなことを学校帰りにともだちと話してた遠い日々。

2019-12-23

主人公の俺TSUEEEEEEE無双も、周囲の主人公に対するさすが主人公!!!!なウルトラ持ち上げ描写も、実は全然読んでも不快ではないことに最近ようやく気が付いた。

何が地雷だったって、挽回の機会一切なく、抱えている事情も全く語られず、ただ主人公障害として断罪されてしま敵役存在なんだろう。

主人公を立てるために倒されるにしても、ただ主人公側に断罪される形で問答無用で殺されるよりかは、まだ今際に流石主人公だぜ…それでこそ俺の好敵手よとかなんとか主人公を直接的に持ち上げて、それを主人公が憎からず看取る方が、個人的には読後感が良いというか。

結局主人公対立する敵役をきちんと認めているかどうかが大事なのかもしれない。結果的に俺TSUEEEEE描写の的であるとしても、主人公の「いやいやあいつも強かったからな」と一言台詞があるだけで、まあ主人公も頑張ってたもんなと個人的には全部許せてしまう。

2019-11-24

キメラって…

新しいポケモン化石ポケモン話題になっていて、ずばりギリシャ神話キマイラのことではなくて、普段からよく話題になる想像上の生き物で「複数動物の特徴を掛け合わせているやつがいたなぁ」って思ったりしてたんですよ。

そいつドラゴン」とか「龍」とかい呼び名でよばれているんですけど。

個人的な分類なのでそれが常識ということは全然ないので構えずに聞いていただければ幸いなんですが、ドラゴンって呼ぶ時は西洋伝承の竜、「龍」って呼ぶ時は東洋伝承リュウ意識しています西洋伝承との比較話題ときにはわざわざ東洋龍をドラゴンとかよんだりして自分からルールを破るので、本当にそこは私事ですよね。

ちょっと前にNHK特集ドラゴン伝説に関する番組があったりしたんです。

テロップに「人類学者」「歴史学者」「宗教学者」って表示される人の他には、古生物学者さんとか比較生物学者さん、気象学者さんなんかもコメントしていたのが印象に残ってます。あと世間話ドラゴンって話題に出すときには、地理学勉強している知人と話していることが個人的に多かったりもしますね。結構、色んな分野からドラゴン伝承というもの話題にすることができるってのは面白いなと思います

生物学的な知見から語るドラゴンとはずばり恐竜化石の話でした。僕たちの世代ともなると人間何人ぶんくらいの恐竜化石が見つかったとして、それは人類が成立する前の時代の、大昔の生き物の痕跡であって「こんな生き物がいまも生きて闊歩している」とは咄嗟にも思わない訳ですが、それは今日に至るまでの研究成果とそれを知識として普及できる教育の賜物であって、それがなかった時代の人たちはそうは思えなかったって話です。

番組ではルーマニアで有名な翼竜化石が見つかっていると言及されていましたが、ルーマニアドラキュラ伝承の元になったヴラド・ドラクル公の故郷ですよね。「ドラクル」という別名は彼の自称で「悪魔の子」って意味だとよく言われますが、本当は「竜の子」とかそういう自称だそうです。言語には明るくないのでもっと正確な意訳ができず恐縮でありますが、無知身上なので「音が似てますもんね」とか言います。どうしてそれが「悪魔の子」だなんて受け取られ方をしたかと言えば後述したいと思いますが「ドラゴンは当時の人々にとっておそろしい敵役で、悪魔に連なるキャラクター」だったからです。竜の子なんて自称するのはその宗教的事情考慮するならば自ら悪魔敵役を名乗る型破りなことだった訳ですね。かなり話が脱線しましたが、竜の子ヴラドの伝説的な話が根付ルーマニアで、空を飛ぶ恐竜化石が見つかっているという話がなんだか面白いなと僕は思う訳です。「無関係とは言えないだろう」とか僕なら思っちゃうし言いたいですし、当時の文献記録に化石の発掘らしき出来事記述とかあるならそれは想像捗るので素敵な話だと思います

比較生物学的な見地からはいまも生きている生き物、特に蛇が槍玉に挙がっていました。ずばりって感じがします。番組では「何故ドラゴンは火を吐く?」という疑問に対して、蛇がちろちろと舌を出す様子に触れつつ、この蛇の習性が「誤った情報伝達の仕方をして」ドラゴンに火を吐かせるようにしたのではないかという話をしていたのでこれが面白かったですね。

まずドラゴンという想像上の生き物が成立する。次に「ドラゴン想像上の生き物で、実物を人前に持ってきて伝えることができないから」人間想像を絵に描いて伝えようとします。この間に、ドラゴンというのは実在しない生物なので、かわりに実在する他の生き物の特徴を取り込んでイラストとして出力されてしまう訳です。無いものを描くことはできないので、かわりに実際に有るものの特徴を代用して想像を膨らませていく。会話で比喩表現を使うようなもんですよね、「奴は蛇のようにずる賢い性格なんだ」とか「鳩が鉄砲で撃たれたような顔してるぜ」とか。

それで番組に出てきた絵なんですけど、たぶん火を吐いてなかったんですよ。イラストの横に難しいラテン語でびっしり説明文書かれていましたが、「これは火を吐いている絵ではなく、蛇のように舌をちろちろさせているドラゴンイラストです」って言われたら僕はそれで納得してしまます。そんな絵でした。

ところで遠い土地に住んでいる人に自分の描いた絵はこういうものだと事細かく説明できますか? 僕はそういうのが得意ではないので、しばしば伝言ゲームみたいになっちゃうんですよ。これが誰もが当たり前にまだラテン語を読めなかった時代で、聖書記述すら読み書きの技術を持つ教会神父様に読み聞かせていただかなればならなかった時代となると、もっと大変だったと思います。もちろん、そういう誤解が広がらない為にバチカンの偉い司祭様たちは色んな対策を立てたと思いますが、果たして悪魔の姿形まで全員の意見を一致させようと手を回す余裕があったのか」はわかりません。イラストというのは文字言葉より強烈です、写真の無かった時代ならそれは写真の代わりすらつとまったほどに。それでもやはり限界はありますよね。実際にあるものを観察して正確に描いたものなら兎も角、空想風景自分が見たことのある風景に喩えながら暗中模索で描きあげたらしいドラゴンイラストですから尚更。もちろんそれを見せる相手が目の前にいたなら言葉にして説明できたでしょうが、その絵が本に載って遠い土地にいる人たちの手に渡った時、そして彼らが字を読み書きできないとかそもそも違う言葉を喋っている人たちだったりしたら、蛇の舌の絵が火を吐いているように受け取られたりしても即座に訂正したりできないのでそのまま広がってしまますよね。

ここでちょっと本旨に触れていますが、空想上の生き物は実際にはいないのでそれが絵や銅像といった形にされる際、実在する動物の特徴をつぎはぎにして成立する時がある、というのが比較生物学的な知見で言いたかたこであるように思います

恐竜化石にしたって、伝説に語られるファブニールヒドラのものしか見えない代物が発掘されている訳じゃありませんからそもそも恐竜化石から想定した想像図が最近すこしずつ変わっているらしくて、僕が映画で見たティラノサウルスコモドドラゴンじみた堅そうなウロコに覆われた姿でしたが、いまは鳥のように羽毛が生えていたのではないかと言われているそうです。ここはもう少し言及すると、恐竜末裔はいまも空を飛んでいる鳥、特に渡り鳥である、なんて話にも波及していきそうですが、僕はそのへん浅学なので触るだけで容赦していただきたく思います

最後歴史学人類学宗教学、あとすごく恐縮なんですが地理学から見たドラゴンの話をしたいな、と思います。ここがすごく自分が興味ある分野になるので話が長くなりそうなんですが、そのほとんどが他の人から受け売り知識・聞きかじりの知識であることを先に明言してから話したいと思います。この話を僕にしてくださった皆様に限りない御礼と尊敬を。

まず、先程までドラゴンが火を吐くのは、蛇の舌の特徴を取り込んで描いた想像図を見た別の人が、その絵の様子を「火を吐いている」と誤解して広がったからではないのか、と話題にしていました。さらにここを掘り下げて「何故火を吐いている姿に見えた(誤解した)んだろう?」という話をしようかと思います

ラクル公の話にも戻りますが、西洋ドラゴン悪魔に連なる存在であり、人々にとっておそろしい敵役だったと言います。これは特に難しい理由がある訳ではなくて、人間より大きく、翼を持っていたり、人間の頭を咥え込める大きな口にずらりと牙が並んでいたり、ずばり「人間に噛みついて攻撃してくる蛇という生き物が人間よりでかかったら食べられそうで怖い」という恐怖心が、当時の宗教的道徳観で形成されている独特の恐怖心とつよく結びついた結果だと思います恐竜人間を食べそうだから怖い、ドラゴン人間を食べるから怖い、悪魔地獄にいて人間に悪いことをするから怖い、というのが全部同じ話になってしまった時、「ドラゴン悪魔の手先である」という話になるんですね。そこにバチカン神父様まで話を合わせはじめるともう誰も待ったをかける人間がいなくなる。恐怖とは使い方があるのです。「食べ物を粗末にすると目が潰れるからしてはいけない」なんて言い回し日本にはありますが、本当にそうなのか?といえば絶対にそんなことないですよね。それが本当の話になってしまうと、目が見えない障がいと向き合って生きている人たちはみんな「食べ物を粗末にした」罰でそうなったという理屈が通じてしまうので大変失礼な話になりますぶっちゃけこの言い回し、嘘か本当かで言えば嘘の話ですよね。でもいま食卓に並んでいる食べ物を、少なくないお金を支払い、少なくない労力を駆使して調理し、なんとか苦労して食卓提供し続けている親からすれば、それを子供台無しにされるのはひどくつらいことであるしその悪癖を矯正しないまま大人になっても子供のためにはならないからなんとかやめさせたいと思うのは当然なわけです。しかし、突然の家不景気に陥れば金銭交換ままならず明日にでもご飯が食べられなくなるという話を、お金単位すら知らない無知の子供に納得してもらうまで言い聞かせるのは大変な交渉スキル言語センス必要とされます。これが「何故人が人を殺してはいけないのか?」「何故人が人から物を強奪してはいけないのか?」というレベルから説明しなければならないとなれば途方もない気分になってきますよね。なのでそれを説明する側は、悪いことをしてはならないという理由として「悪いことをすれば怖い目に遭う」と方便…つまり一種の嘘を用いるという苦肉の策を導入することにしました。これが日本で言えば「目が潰れる」とか「人攫いにあう」とかで、キリスト教国教である場所では「悪いことをすれば悪魔のいる地獄に落ちるぞ」とか言われるようになる訳です。ドラゴンに食べられるのは誰だって嫌ですよね、僕はジュラシックパークティラノサウルスに食べられるレベルから嫌ですしサメだって怖いですから、悪行に対する応報としての悪魔地獄で罪人を責め苛む悪魔ドラゴンを操るなら当時の人たちにとって2倍の怖さになる訳で、時の宗教家たちはおそろしいドラゴン悪魔に与えることでみんなが神の御言葉もっと信じて慎ましく穏やかに生活する世界(=悪人悪魔ドラゴンをおそれて悪行を思いとどまったり、間違えてからでもそれを悪いことだったと反省して償いをする世界)が形成されることを期待したわけです。なので実は違う種類の複数の恐怖が、宗教道徳という枠組みの中で融合するのは全然難しい話ではないってことですね。ドラゴン英雄に退治される話が多いのも似たような理由です。人間勇者が悪いドラゴンを退治して財宝と美しい伴侶を獲得して幸せに暮らす…というのは敵が強いぶん本当にそれを乗り越えられるならば素晴らしい成功であるように思える訳ですね。実際に、ドラゴン退治の伝説宗教に組み込まれた結果、聖ジョージドラゴン退治など、有名な宗教説話としてたくさんの人々に親しまれています。強いドラゴンが悪であったほうが都合がよかった時代場所があったということです。

この長い前提があって、ドラゴンが火を吐く話が続きます。まず多くの宗教において死者の国・地獄とは地下世界に想定されます。そして程度の差はあれど、地獄とは炎の世界で、罪をおかして死んだ者はその炎に焼かれてずっと苦しむと説かれます。これはキリスト教例外ではないというか、悪魔が住む地獄とはその典型であるように思いますね。何故地獄燃えいるかと言えば、人間が火に焼かれる痛みを強烈に忌避する話の他に、古い時代の街並みが火災に弱いというのが挙げられます日本でも江戸時代の平屋づくりなんか想像してくだされば分かりますが、木材を含む家屋が道の両脇にずらりと並んでいるのは火災脆弱なんですよ。火災の真の恐ろしさとは「燃え移る」「燃え広がる」ことです。デマゴーグが人々の間であっという間に拡散して個人名誉毀損の度合いがもう取り返しがつかなくなってしまう様子を「燎原の火」などと喩えますが、あれは草原に火を放つと一瞬で更地になるほどの規模の火災になることのようだと言っています。この草が家に置き換わったようなことが頻発しやす都市計画というのが密集した家屋群にあたります。隣の家同士の距離が近ければ近いほど深刻だという認識で間違いないと言えます対岸の火事なんて言い回しもあるんですが、実は一つの川を挟んだ対岸で火事が起こっているとしても、風向きと風速次第では火の粉が飛び火してきて火事になることも珍しくないらしいです。キリスト教地獄の話をしているのでその圏内にある国の歴史話題にするなら、ロンドンテムズ川を挟んだ両岸の街々が飛び火が原因の大火事被害に見舞われたことがあるそうです(これはNHKドラゴン特集受け売りです)。時代が昔に遡れば遡るほど消火技術というのが未熟なので、燃え盛る地獄イメージが成立したほどの大昔となると一度家に火がつけば街一つ灰になるのも特に珍しくなくて、それが冬越し前ともなれば家の壁と屋根なしで厳しいヨーロッパの冬を耐えなければなりません。みじめなんてものではなくて、死にます火事から助かったとしても家も財産食べ物燃えしまっていて、最悪の場合助けてくれる隣人の家まで飛び火で火事になってて誰も助ける余裕なんかないとなれば、そういうのを「地獄のような風景だ」と言うのでしょう。これを避ける為に毎晩高台に見張りを立てるなどの習慣が根づいたそうです。ファンタジーでやぐらに立つ見張りといえば敵国の侵略者瀬戸際発見するだとか怪物が村や街に侵入しないようにする為だとかいイメージで、もちろんそういう意味での見張りもありますが、一番怖かったのは火事だそうです。というか、敵国の兵士に火付けされることだってあります火攻めとか言われる戦法で、この場合侵略者火事が同時にやってきます侵略者は火で街の財産がすべて灰になる前に大急ぎで火事場泥棒をはたらくので容赦する時間的余裕はありませんし、火をつけられた街の住人だって火に焼かれるか人に殺されるかの極限状態ですから狂乱しています。ただの火事より、もっと大勢死ぬでしょう。侵略者はまさに地獄からやってきた悪魔や化け物に見えたでしょうね。そうやって実際にあった大火災惨事記憶が、架空風景である地獄イメージを補強して、いまの地獄絵図というものがあるそうです。だから悪魔の手先であるドラゴンが火を吐く(操る)のは当然だ。地獄からやってきたのだから」と言われれば、なんだかすごく話の筋が通っているように思いませんかね?

その上で更に別の解釈を交えます地獄は地下世界にあると先述しましたが、地下にあると言えば何を想像するでしょうか。道具や芸術品の材料や貴重品そのものとして今でも生活の身近にある鉱石宝石も地面の下から採掘される資源です。しばしばドラゴンは財宝と関連づけられることを思い出させられますね。化石も地下から現れることが多いです。ドラゴン地獄に住まう悪魔ペットであることと、ドラゴンイメージ形成するのにひと役買ったらしい恐竜化石とがつよく関連づけられるような気がしますね。それで、マグマも地下には流れていますね? マグマによる火災被害、つまり火山噴火というのはそれほど頻繁に起こる訳ではありません。少なくとも、毎日地球のどこでも火山噴火しているともなれば人間生存圏はもっと狭くて、地球人間には住みづらい星だったでしょう。将来的にそうなるかもしれませんけどね。それはそれとして、噴火は頻繁に起こらないので毎日人間マグマに殺されているというほどではないと思いますが、それ故に今でも予測して対策が立てづらく一度起こってしまえばおそろしい被害規模となる天災でもある。邦画にもなった漫画テルマエロマエ舞台くらい昔のローマにおいては、伝説的な火山噴火によって当時の大国が大打撃を受けたらしい…そしてそれはただの伝説という訳ではなく、地質学考古学的な研究からも実際に大災害が起こっているという史実的な話だそうです。ところでテルマエロマエという作品に触れましたが、これはお風呂テーマにした漫画です。日本でも観光地各地が抱える温泉施設というのは間欠泉という自然現象を利用したお風呂であることは周知ですね。この間欠泉温泉というのが、地下の水源がマグマによってあたためられて地表に噴き出す現象で、多くの温泉はそのまま人間が入浴するには適さないほど高熱だったりします、死ぬような大火傷を負うほど熱いこともあります(程度の差はあり、中には最適な Permalink | 記事への反応(1) | 14:56

2019-11-18

anond:20191118112107

女向けの悪男もの(?)ってあんま無いけどな

女向けだと敵役も大抵女になるから

2019-11-11

俺はまだゲームで感動出来る

ゲームで感動なんて薄っぺらい」とか言うヤツは昔からいて、同じ金払ってるのに目いっぱい楽しんだ方がいいに決まってるだろバーカバーカとか、感動に薄いも厚いもあるか他人の感動にケチつけるお前の人間性感受性がクソなだけだバーカバーカとか思ってた。

ただ、それでも、最近は流石に「ゲームで感動」ということが段々段々なくなってきて、昔あった、あのどーーーんと心に来る感覚はどこにいったのかなあ、これって俺の感受性老いてきたってことなのかなあ、って悲しくなっていた。

けど最近、あるゲームで、「ああそうだ、これが感動ってことだった」って思い出した。どーーーーーーーんと心に来る感覚を思い出した。

それ何のゲームかというと、自分でもまさかと思ったんだけど、FF14だ。最新パッケージ漆黒ヴィランズってやつ。これ、前回の大型パッケージから暫く休止してたんだけど、最近出たのが面白いっていうから再開してみたんだ。で、そのシナリオにずどーーーーんと感動した。

知らない人の為に説明すると、漆黒ヴィランズには、主人公と、皆の為に頑張ったのに自分が頑張ったせいで世界が滅びかけちゃって自分自身は死んじゃって幽霊みたいになったヤツと、滅びを避ける為に頑張ったのに世界はほぼ滅んじゃって、今はその世界を元に戻すために頑張ってるヤツの3人がいる。こいつが世界を元に戻すと、当然今の世界はひどいことになる。他にも色々いるが、ここで重要なのはこの3人だ。

専門用語で、主人公のことをヒカセン、幽霊みたいなヤツをアルバート世界元に戻すために頑張ってるヤツをエメセルクという。

で、まず、エメセルクは敵役だ。敵役だけど、途中までのこいつは、飄々とした態度でつかず離れず、ストーリー上滅茶苦茶重要なことをさらっと説明しながら、どこかでヒカセンに、自分たちの目的自分たちが生きてきた世界のことを共有しようとする。決して相いれないことは分かっていて、けれどそれでも、もしかすると伝える価値があるかも知れないと。

一方アルバートは、自分たちがやってきたことが全て無駄だった、それどころか世界を滅ぼす引き金になったということを、ずっと引きずり続けている。けれど、ヒカセンの後について、ヒカセンが希望を取り戻していくうちに、自分たちがやってきたことはもしかすると間違いではなかったのかも知れない、と思い始める。

そして、この三人の物語が、最後最後交錯するんだ。世界を救ってきたヒカセン、世界を救えなかったアルバート世界を救うことが世界を滅ぼすことにもなるエメセルク。

これが本当に、久しぶりに心にずーーーんと来てさあ。勿論もう一人、水晶公もいいキャラなんだけど、やっぱ漆黒ヴィランズってこの三人の為の物語だったと思うんだよ。最後最後で、それが本当に、心の底から納得出来たんだ。

いいゲームだった。で、まだ自分に、いいゲームで素直に感動出来る部分が残っていて、オレはなんていうか、本当に嬉しかったんだ。

2019-07-22

ネタバレ】天気の子みてきた。須賀が昔の新海主人公で味わい深い

点数をつけると100点満点で50点ぐらいなんだけど、主人公兄貴分にあたる須賀はちょっとおもしろい。

須賀はいわゆる新海主人公の末路として措定されている。過去に起きた、いまさらどうしようもないことに拘泥し、時を止めてしまったキャラクターだ。

須賀は愛した女性過去に失っていて、そのことをずっと引きずっている。そしてその忘れ形見の娘がいるものの、義母にその父としては不十分と見られており一緒に暮らすことが出来ていない。大人になれない須賀の象徴として一緒に暮らせていない娘がいて、その原因は最愛女性過去に失って時を止めてしまたことにある。

須賀が帆高に言う「もう大人になれよ、少年」というセリフは、大人になりきれない須賀自身に向けられたものとも言える。

そしてそんな須賀と主人公類似性夏美によって指摘される。「昔の自分を見てるみたいでほっとけなかったんでしょ」。須賀もまたかつて地方から東京へやってきた人間だ。そして東京で愛し合う女性が出来、しかし失ってしまった。須賀は陽菜を助けることができなかった帆高でもある。

ボロビルで帆高を止めようとする須賀はそういうコンテクストの上に立っている。帆高と相対する須賀がやけに物分りのいいことを言うのは彼が大人になろうとしているからだ。警察という社会的ものに取り入ろうとしたり、1人が犠牲になって社会全体が良くなるならそれでいいと嘯いてみたりするのは、娘がいて尚、大人になれない彼が大人になろうともがいているからだ。

帆高はそんな須賀に向かって「俺はただもう一度あのひとに会いたいんだ!」というようなことを言う。それを聞いた須賀は帆高ではなく帆高を止めようとする警察に襲いかかる。

このシーンはけっこうぐっとくる。大人になるってのは社会論理に馴致されることじゃない、後悔や本当の願いに向き合うことだ、という作品なりのアンサーになってると思うから。だからいい。

明確な描写がないからただの想像になるけど須賀はかつて最愛女性を失った時、こうしたいと思うことがあったにも関わらず出来なかったのではないか。そのことをずっと悔いているのではないか。だから時をとめてその場に立ち尽くしたままなのではないか。もしそうであるなら、警察に襲いかかる須賀は、帆高のためではなく、かつての自分のためにそうしていると言える。

事件の数年後、須賀が小さいながらもちゃんとした編集プロダクションを構えているのは彼が心に抱えた傷を乗り越え、大人になることができた証だ。往年の新海ファンとしては、やっと踏切の向こうに明里を見送った貴樹のその先を見れたような気さえする。

惜しむらくは帆高がそれをまったく理解していないことだろう。

面白い物語論理的に分解したときちゃん構造化がなされているものだ。

ラストバトルはただの殴り合いじゃない。主役と敵役それぞれの正義がぶつかり合う、積み上げたコンテクストが激突するから映える。『天気の子』は、主人公主人公の影(須賀)が対決し、その結果、影の呪い浄化され、いっしょに真の敵(警察)と対決するという構図を描くところまでは良かったのだが、「影の呪い」を主人公理解していないため観客にもそれがちゃんと伝わらずシーンの強度がかなり減じてしまっている。それはどう考えてももったいない。

『天気の子』はそういった練り込み不足が目立つ。帆高が家出して東京へ来たのは「帰りたくない」ぐらいの何かがあるからなのか、「あの光の中に入りたい」からなのか。あるいは陽菜が「天気の子」をやるのは、弟を養うため早く大人になりたい気持ち象徴である理解しつつも、母への想いはそこに乗っていかないのか、そこに何かもうワンパンチないのか。そういうブレや要素が浅いのはやはり残念だった。

個人的に100点満点50点となってしまったのはその辺り。もうちょっと作品として練り上げ、そしてまとめ上げてほしかった。

2019-06-22

嫌われているのは、弱い男ではなく強い男

強い少年は好きだが、強いおっさんは嫌いなんだ

「何で弱いおっさん物語で描かれないか」っていう話が「弱いおっさんが嫌いだから」に帰結するのは妙だ

物語とは、主人公が変わる話であって、悪い状態が良い状態に向かう話が多い

 

まり最初は悪い状態

・うじうじ

・弱い

・素直になれない

・粗暴

・不良

 

こういうやつが主人公になる、つまりこれらは悪い状態

弱い男の話が少ないというのは、「別に成長進化して強い男になられても困る」からに他ならないだろう

そのままでいいって思われてる

 

ニート無職とか、社会性が薄いとか、ダサい、禿げ、独身無能

こういうのはネタにはされるが愛されてる

そっちのほうが読者=自分たちに近いか

しろ強くなられると妬みが出るから、憧れはするが同時に心が痛む

 

もちろんこれが女性視点になったり、アメリカになったりするとガラッと変わる

弱い男がそもそも敵役しか出てこないとか、無職の落ちぶれたおっさん主人公になるとか

そこらへんはもうどういう心境なのかわからんけど

2019-06-07

映画空母いぶき と 敵の似姿

映画空母いぶきの敵は 東亜連邦 島嶼国家カレドルフを中心とした海軍である

東亜連邦・カレドルフ国とはいったい何だろうか。

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ネット情報から引用すると

"島嶼国家・カレドルフは

大国干渉を嫌う周辺地域の国々と結束し東亜連邦と名乗る国家共同体設立した。

東亜連邦過激民族主義燃え上がらせ 領土回復を主張して公海上に軍事力を展開。"

"カレドル王朝"時代復興をめざしている。"

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原作(まんが版)空母いぶきの敵は中華人民共和国中国人民解放軍である

素直に考えれば諸事情にて名称が使えないことから創作され、中華人民共和国モデルにしていると考えるのが妥当だ。

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なるほど新疆 カシュガル ラサ ホータン を含む清の歴史上の最大版図を自国領土とみなしチベットに侵攻し

南沙諸島西沙諸島などで軍事的な威嚇を繰り返している中華人民共和国モデルであると見えるのは間違いないだろう。

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だが我々は宇宙戦艦ヤマト(1974-1977)の敵ガミラスを通じて、短絡的な判断が必ずしも正しくないことを知っている。

ガミラスは、軍服姿からナチスドイツ軍モデルであるように見える一方、太平洋戦争米軍モデルでもある。

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結論から言おう。

カレドルフのモデル日本である

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"大国干渉を良しとせず周辺地域の国々と結束し"  = 八紘一宇 五族協和 

                           第二次世界大戦日本のおかげでアジア諸国欧米植民地支配から脱することができた史観  

"カレドルフ朝時代領土回復を求める"=パラオマリアナ諸島トラック諸島 旧委任信託統治領日本領土とみなす

"やつらには国際常識通用しない(外務大臣セリフ)"=欧米社会からみた大日本帝国時代日本イメージ(何考えているかからない)

   ”わが代表堂々退場す” 

  (また”米軍が恐れた「卑怯日本軍”& ”日本軍と日本米軍報告書は語る” ともに 一ノ瀬俊也 著)

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中華人民共和国敵役として映画に出せなくなった時点で、どんな敵を出せばよいかと考え抜いた結果、もっとも身近なものが形になった。

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宇宙戦艦ヤマトに ガミラスドイツをやっつけるということで自らを戦勝国アメリカに擬すと同時に 遊星爆弾(=原爆/本土空襲)による攻撃を仕掛けたガミラスアメリカを倒す

という意識が潜在しているように

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映画空母いぶき日本Aが日本Bと戦う話なのだ

2019-05-31

ハリウッドにおいてのマイノリティ像がまーーーたテンプレ化しつつある件

最近マイノリティキャラ

かつて散々三枚目バカにされるか、敵役で憎むべき対象になった反動

「強くて真面目で主人公格」みたいな像しか与えられなくなってる

 

 

とりわけ顕著なのは女やアジア人キャラ 

マーベル作品見ると、彼女らがジョークを言って観客を笑わせたり

そもそも発言する比率がとても少ない

アジア人に至っては いるのか? レベル

 

とにかく喋らないし、何一つギャグも言わない

主人公でないのに主人公みたいな体裁上の扱いをされるせいで

まるで面白みのないキャラが出来上がってしまっている

  

これを解消しつつ旧来の役割から脱するには

「本当に」作品主人公にするか、もっとキャラ発言権を与えることだが・・・

 

おそらく、数十年は無理だ

2010年以前のハリウッドは多様なアジア人女優を育成してこなかった

その反動で、ポリコレ要請があったとしてもまともな人材供給できていない現状がある

 

例えばポールラッドのような、「三枚目二枚目もこなせる」というアジア人俳優が少ない

アーノルド・シュワルツェネッガーのようにマッチョさを兼ね備えた女優が少ない

なぜならアジア人には「バカっぽい変なアジア人

女優には「美しさ、セクシーさ」以外の役割が求められてこなかったからだ

 

から育成に成功したとしても、彼らが映画に出る頃には世相は更に右傾化して

ポリコレ恩恵に与るのは不可能だろう

2019-05-13

なぜ人間オオカミを毛嫌いするのか

童話世界敵役ナンバーワン

毎回ひどい蛮行とひどい応報としての末路を迎えている

ゲームでもジャンルを問わず定番雑魚モンスターとして採用

狼男は狼になると知性を失い凶暴になるという設定だ

人間オオカミへの恐怖と憎悪はなぜなのか

2019-05-03

[]5月3日

○朝食:なし

○昼食:スープ餃子人参

○夕食:人参白菜豚肉カニカマ大根味噌で煮たもの

調子

むきゅー。

元気いっぱいゲーム日記ちゃんになれたので、元気いっぱいに沢山寝た。

いや、熱出てたとき、なんか寝付けなくて実のところ睡眠時間すごい不足してたんですよお……

さすがに元気一杯ゲーム日記ちゃんなのに寝るだけなのは嫌なので、今日映画を観に言って来た。

名探偵ピカチュウ実写映画

ポケモンを題材にした実写映画原作はいわゆるポケットモンスター、ではなく名探偵ピカチュウという本編とは少し違う外伝ゲーム

見所は何と言っても「ポケモンと暮らす『街』のあり様」が描かれているところだと思う。

交通整理をするカイリキー屋台食べ物を焼く(たこ焼き?)仕事をしているオクタンDJ音響仕事をするドゴームなどなど、主人公たちと特に絡まないもの自分仕事をしているポケモンが所狭しとワチャワチャしていて、とにかく街のシーンは見ていてとても楽しかった。

中でも僕が一番着目した見所はめちゃめちゃエッチ雰囲気タブンネ

(あれは多分きっといわゆる立ちんぼというか、パンパンというか、そういうお金を払ってエッチなことをする職業表現しているにちがいないんですよお…… それ以外考えらないぐらい、エロエロ雰囲気で、主人公ティムくんがタブンネちゃんに筆下ろししてもらう展開が裏であったにちがいないとすら思えてくるよお……)

下品冗談はさておき、

ストーリー原作ゲームベースに、ミステリ要素をアクション要素にすげ替えることで飽きない様にしつつも、そもそもの「行方不明父親」を追うという一本筋と舞台(と登場するポケモン)が次々に変わる構成とのおかげで単調にならないようにして、と流石のハリウッド映画だけあって脚本が見ていていて面白い様にちゃんと練られてて楽しかった。

特に「ピカっと閃いた!」の決め台詞があるぐらいには、原作ゲームは謎解き要素があるのだけど、この映画には全くその要素はなし。

ただまあ、これに関しては元々あの謎解き要素が、レイトン的というか、ミニゲーム的というか、本質的に何かを「推理」するためのものでないといえば無いようにも思えるから好き嫌いはあるだろうけど、僕は無くても好きかな。

(けど、この謎解き要素がレイトン的というかミニゲーム的という問題に関しては、根本的に「ゲームミステリ」をきちんと正しい形で融合することが不可能なのではないか? といういわゆる「本格が許容される器小説しかない問題」に引っかかる話題でもあるんだよねえ…… トリックロジックぐらいの強烈な作家性を持ってこないと結局ただの「総当たり」か「ミニゲーム」にしかならないというか、なんというか……)

なんにしろスクリーンを見ていて常に楽しくてワクワクする、超面白映画だったぜ!!!

僕の好きな悪ポケはゴロンダニューラチョロネコゲッコウガ(未進化だとヤンチャムギャラドス)が登場してて、ゲッコウガ敵役とはいえ出番がかなり多くて満足。

コマスター

そんなわけで、ポケモン熱が上がり、マンスリーポイントを1000ptまで貯めて、アルセウスをもらった。

かなりオールマイティーコマなので、デッキ創作意欲が湧きそうになったが、

圧迫以外のアーキタイプ握るの、年単位でやってないから、何にも思いつかなかった。

で、風船とゴツメもらえるチームイベントが開催されていて、この風船とゴツメがないと圧迫デッキを組む時にかなり困っているので、ぜひ参加したい。

ぜひ参加したいが、昨日言ってたノベルゲーム買っちゃたんだよなあ……

ううむ…… スマホゲーのこういう「期間限定イベント」って本当苦手だ。

とりあえず、そのノベルゲーム明日からプレイするぜ……

2019-03-26

今期アニメの「どろろ」に関して。名作から駄作への転落

放映開始時はとても面白く視聴していたしすっかり嵌ってしまっていた。百鬼丸ミステリアスだしどろろは可愛く、登場人物が魅力的だ。4話に顕著なようにナレーションに頼らずあくまでもアニメーション視聴者に内容を理解させる演出はとても心地よかった。OPEDもとても良い歌だと思う。

原作から色々と設定や細かな描写が変わっていたが、個人的には十分許容できる範囲だった。例えば名シーンである「俺の血を吸え」が無くなったことなどは、百鬼丸の設定の改変により仕方のないものだと受け入れられた。寧ろ女性の泣き声と雨の音で終わらせる演出大仰な悲劇よりも胸に沁みるものがある。素晴らしい作品だと思ったものだ。…9話までは

本日放映された「ばんもんの巻下」は最悪だ。何故「ばんもん」のような名エピソードをこれだけ陳腐ものにできるのか理解に苦しむ。唯一良かった点はこの回を上下に分け、上放映の時点で駄作になると予防線を張らせてくれていたことだけだ。

先に理解に苦しむと書いたが、実は10話の時点で伏線があった。それは「どろろ」を武士物語へと転換したことである10話は領主の息子が民衆に悪さをする怪物を懲らしめる、世界中英雄譚にありそうな話である。この話では武士民衆を救う英雄であり、民衆は救われる存在しかない。民衆は勇敢な領主の息子に感謝し、領主の治世を喜ぶ。

そういう話が有っても良い。領主の息子、多宝丸の魅力を引き出す逸話だ。有っても良い…が、しかし「どろろ」の一連の話においてこれほど浮いた話もないだろう。

9話「無残帳」はどのような話だったか武士に虐げられ武士を憎み悲劇に塗れたどろろ一家の話だ。これから向かう「ばんもん」は原作でどのような話だったか武士のせいで家族を村をばらばらにされ、その断絶を生んだ武士を、断絶の象徴であるばんもんを倒すことで再度統一を果たすという話だ。

武士は一貫して倒すべき敵だったのだ。そこに武士を賛美する話を挟んでどうしようというのか?武士醍醐は憎むべき敵ではなくなり醍醐領は繁栄統一を望む民衆は消えてただ助六ノスタルジーけが残り、ばんもんはただの国境となった。ただ朝倉だけを敵役とし、醍醐は名君にされた。そうなっては原作通りの顛末など到底不可能だ。戦場はただ醍醐家の家族会議の場と化し、けっきょくそれだけの話になった。

「ばんもん」は誰の話だった?民衆の話ではなかったか?いつ武士の話になったのだ!

原作での「ばんもん」の意義は大きい。民衆支配者層への勝利をはじめて描いたためだ。物語最後民衆醍醐への蜂起に繋がる話だからだ。

私はアニメ6話で、みおが「侍に取られた分だけ取り返す」と言い、どろろがそれに感心する場面のあったことに感服した。ああ、この製作陣は「どろろ」のテーマをよく分かっているのだなと唸らされた。

どろろ」がカムイ伝に影響され描かれたことは周知の事実だろう。「どろろ」が虐げられる者たちが虐げる者たちと戦う物語であることは原作を読めばよく分かることだろう。

6話はみお達の悲惨な死よりも、どろろの小さな胸に侍との戦いという小さな芽を植え付けたことが重要なのだ

どろろ」は民衆物語であり、理不尽支配者層との戦いこそがテーマなのだ

だが、私の製作陣への信頼は「ばんもん」とともに崩れた。民衆は力あるものに左右されるだけの主体性のないモブとなり、世界は力あるものを中心に動くようになってしまった。なろう全盛期の今、そんな物語はどこにでもある。どこにでもあるものに、堕してしまった。

私はアニオリだからといって全て否定するつもりはない。十二国記浅野君なんかは良いアニオリだと思う。

だが、原作テーマ無視する改変は一線を越えているのではないか原作テーマ性まで無視するなら「どろろ」の名を冠するのを辞めてほしい。

繰り返し言おう。「どろろ」は民衆物語なのだ醍醐家の居間で繰り広げられる物語ではない。

2019-03-07

「~だが?」「~なんだが?」って語尾がすごく気になる。

「そんなことも分からないのか?」が続く感じで、漫画の中の嫌味な敵役雑魚)っぽい。

2019-02-06

漫画で出てくるあからさまに嫌なキャラが嫌い

漫画で(別に漫画に限らなくても)出てくる敵役キャラ

すげえ嫌な性格の悪いキャラいるじゃん。

ああ言うの出てくるとすごい萎える。

特にそのキャラ使い捨ての一回しか出ないキャラだと作品自体を低く感じる。

2019-01-25

anond:20190125115416

主人公は異星人

これはアレだな。

ゲンジ通信あげだまかもしれない。

俺も詳しい内容は覚えていないから、

他の点が一致するかまではわからないが、

この、ゲンジ通信あげだまという作品は、タツノコ風一話完結コメディヒーローアニメで主に敵役高飛車美少女が両親の愛が受けられないと感じて寂しくてわがままである、というところに人物ドラマの重点が置かれていた記憶がある。セーラームーンと同時期に放映されており途中でスタッフ(脚本家)と声優かぶっていることから作中にセーラームーンパロディーなども取り入れられていた。

しかしたら元増田提示した条件に該当するかもしれないため、一度観てみてみてはどうかな。

2019-01-19

anond:20190118205750

字義通りの悪役に当てはまるかどうかではなく

なろうでしばしば描かれる「悪役」テンプレに当てはまるかどうかなので

悪役の定義を広く取ったところで

実態からかけ離れた言葉遊びしかならない。

というか単純に言って「敵役」と「悪役」は重なることはあっても別物だよ。

モリアーティ主人公ならそれはダークヒーローピカレスクだというだけで

モリアーティが善になるわけでもホームズが悪になるわけでもない。

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