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はてなキーワード: 敵役とは

2018-11-11

anond:20181111224145

そういう大きい嘘は許されるけど

人種や設定の細かなミスは許されないって

脚本術の本にもたくさん書いてあるな

 

現代ものドラマでも、アメコミヒーローものでも

黒人がやたら弁護士医師だったりすると不自然に思うだろ?

 

ちなみにゴブリンとかああいう手合は

大抵西洋ファンタジーだと中東当たりか黄色人種(黄禍論的に)

モチーフ場合が多い

 

ロードオブザリング敵役なんて、モロ『東夷』という言葉

日本甲冑からデザインを取り入れてたりするw

2018-09-27

香港映画女性活躍

タイトルほど大した話ではないのだが、

昔の香港中国アクション映画を見ていると、女性アクションが目立つ。

というか、むちゃくちゃ多くね?と思った。今の欧米映画と比べても多い。

特に活躍していたのは80~90年代だと思うが、香港女武打星(女性アクションスター)なる言葉もあったくらいだ。

アンジェラマオに始まり(正確にそうなのかはわからないが)、

ジュディ・リーシンシアカーンムーンリー大島由加里(シンシアラスター)、シンシア・ラスロック、(シンシア多いな)

そして当然、世界アクション女王となったミシェール・ヨーもいる。

ジャッキー・チェン映画では普通女優アクションを演じることも有名だし、

ジャッキー映画以外でも、アニタ・ムイマギー・チャンジョイウォンブリジットリンらが普通アクションを演じる映画がある。

女性が戦うシリーズでも皇家師姐やワンダー・ガール東方三侠、ツインズ・エフェクトなどもあるし、映画敵役女性が登場し主人公と戦うことも珍しくない。

藤純子梶芽衣子志保美悦子らがいた日本と比べても十分多いのではないかと思う。

こんなに女性主体的活躍が描かれるって、映画史的にはかなり特殊なのではないだろうか?

今の映画界の女性キャラクタ主体性云々という基準から見ても、ある面ではかなり先を行っていたように思える。

もちろん、東アジア儒教思想の国なので、現在のようなジェンダー感ではないだろうが・・

それでここまで女性活躍していたことは素直に驚く。

もっともそのせいでムーンリーらの痛ましい火傷事故も起きたのだが(その後アクション映画でまた復帰)

これってジェンダー論?とかで扱われるようなネタではないのかもしれないが、ちょっと驚いたので書いておく。

2018-09-22

よく、ブサヨアニメ漫画ポリコレ無視してると言われてるけど全然違うよな

だってキャラルックスを見てみろよ、

日本じゃ1%にも満たないマイノリティ白人ばかりが主役じゃないか

そして不細工日本人は大抵敵役というね

 

日本漫画アニメクリエイターポリコレ体現者だ

2018-09-16

よく、ブサヨアニメ漫画ポリコレ無視してると言われてるけど全然違うよな


だってキャラルックスを見てみろよ、

日本じゃ1%にも満たないマイノリティ白人ばかりが主役じゃないか

そして不細工日本人は大抵敵役というね

 

日本漫画アニメクリエイターポリコレ体現者だ

よく、ブサヨアニメ漫画ポリコレ無視してると言われてるけど全然違うよな

だってキャラルックスを見てみろよ、

日本じゃ1%にも満たないマイノリティ白人ばかりが主役じゃないか

そして不細工日本人は大抵敵役というね

 

日本漫画アニメクリエイターポリコレ体現者だ

2018-07-31

エンケンってどのドラマにも出てるな

好きだからいいんだけど。

個人的にはカクレンジャー敵役が好きだった

2018-07-30

なぜ詩花イベは失敗したのか

アイドルマスターミリオンライブシアターデイズのBlooming Starイベントもようやく結果発表が終わったので反省会

詩花は神だったか

ステラステージやってるPから聞いていたもの想像を超えて圧巻の一言だ。

詩花は才能があって、帰国子女エリートで、誰からも愛され、敵役黒井社長に反抗することができる。

Pや各アイドルは皆初対面で尊敬と畏怖を覚える。詩花の彼らに対する洞察はまさに神の視点であり迷える彼らを導くことができる。

ついでに詩花はPやアイドル達を褒めるのも忘れない。虜にした盲目的な信徒どもに飴をくれてやるのだ。

まさにメアリー・スーの神だった。

ぶっちゃけ詩花のどこが優れているのか壁の向こうから見ていて皆目見当が付かないが、劇場アイドル達は精神汚染されて詩花マンセーしかしないので口を閉じる他無い。我々は彼女達が冷やかしのように口々に褒めそやすその言葉を信じるしかできない。詩花は不可侵であり本質的に高次存在のようだった。

昴は上位報酬イベントの主役の座を奪われたのにもかかわらずイベコミュから覚醒コミュまで神に尻尾を振り媚び諂う姿には涙を禁じ得ない。諦めよう。昴みたいな不人気より大人アイドル詩花の方が主役の方が皆嬉しいんだ。神のお陰でイベントポイントが伸びるんだ。感想を探している時に誰かが言っていたのを見たが、ミリシタの盛り上がりと発展のためには多少の犠牲を厭わないべきらしい。

詩花イベントなのに昴上位報酬だったか

あるいは昴上位なのに詩花神イベだったから。

今回コミュに出てた連中は詩花神を持ち上げるために適当に集められたような内容だった。まさか報酬なのに添え物にされるとは思わなかった。

つーか誰だこいつ。1周年祝った直後になんで知らない奴が主役なんだ。

ここで考えられる一番悲惨パターンゲーム内のブログを見てあの五人が新曲を歌うのを楽しみにしていたPだろう。が、リアルイベントの発表を知らないPはPにはカウントされないので仕方がない。詩花神を知らないステラやっていない奴もPではないので人権は無い。真面目な話、新規意識して来れなかったコンテンツの力の無さが露呈したかに見えた。

このイベントを走っても称号はBlooming Starなので走った奴は昴のために走ったのか詩花神のために走ったのかわからない。走らなければいいんだが、詩花神教義に反する邪教徒にうっかり転んでしまったPが昴を4凸にしないといけない使命を抱いていたら悲惨だ。

上位報酬になったアイドル称号担当の誇りために走るという需要は周年イベントの加熱っぷりを見て案外馬鹿にできないと思ったが、果たしてこれで走れたのだろうか。

まあ「そんなのやめれば?」という意見散見された。走らない大多数にしてみればそりゃそうだろうが、それを言ったら甲斐が無い。

自分担当だったらどうしていたかわからんが、そういう種別人間実数が少なそうな昴が報酬でまだ良かった結果だった。詩花神趨勢を読んで下僕は選ぶんだろう。

この仕様のせいで詩花がいかに神であったか問題の焦点にならなかったもまた説話的な小賢しさがある。

Blooming Starは詩花しか踊らない

歌い分けとか実装するのでアイドルの組み合わせられることがメインのゲームだと思っていたが、まさか専用曲の概念が出てくるとは思わなかった。遊びの幅を狭めてくるとは。属性13人ライブ曲で縛りが入るのはただのエッセンスくらいに思っていたがこれは無い。

しかも765じゃない部外者の詩花神専用曲だ。この神しかステージに出てこない。誰を編成してもステータススキルけが神に捧げられ、贄の力を持って神は下界の信徒たちのために舞う。

聞いた話では、劇場アイドルソロ曲は共有資産だが詩花神神曲を侵すことは何人たりともあってはならないという判断らしい。そんな虫のいい話も神なら道理が通るという。

おかげでパターンは1通りになった。こんなの一回見れば十分だ。

組み合わせ爆発を誇るゲームは誰しも心のどこかで馬鹿にしていたかもしれないが、いくら神だろうがこいつの顔だけが見たいわけじゃないんだ。

劇場エントランスポスターに詩花がいる

コミュの設定を無視してポスターに割り込んでくるクソ神。現実改変を食らってしまったようだ。

シャカードのコミュに詩花について言及がある

きっと過去改変を食らってしまったんだ。

ふれあいに詩花が出てくる

ふれあいガシャの邪魔すんな。

じゃあ結局どうすればよかったんだ

どれか一つの要素でもマシだったら良かったんじゃないか

詩花が人間だったらまだ愛せたかもしれないし、詩花上位なら「詩花 嫌い」がレコメンドされ続けることは無かったハズ。Blooming Starイベント後でもいいか劇場アイドルも踊ることができれば「普通に遊べる曲が増えた」と喜ばれた。

しか現実はこの問題のどれか一つでも回避することはできなかった。全く非情である。何か神的な力が働いていたに違いない。おのれ神。

色々残念な結果に終わってしまったが、ただ一つ言えるのは詩花弄りは見るのもするのも楽しい

2018-07-06

ハリウッド機動戦士ガンダム勝手想像してみる

注)決してファーストガンダム実写化するとは発表されてないが、ファーストの前提で書いてます。尺は2時間想定。



アムロ・レイ

スクールに通う冴えないナード(オタク)。

金髪でひょろっとして眼鏡かけてる感じ。クラスジャイアンみたいな奴によく絡まれてる。

機械類には詳しい。

ひょんなことからガンダムが保管されている格納庫に迷い込んで乗ってみたら動かせてしまった。

親父は映画キャストの都合で登場しないし決して設計者でもない。ガンダムは軍が作った。


ガンダム乗った勢いでザク2体は倒す。ここは割と原作準拠。でも倒した後から天才扱いされるようになる。

このときザク隊の上役にシャアが居て、初接点はここ。


そのまま戦争に巻き込まれ、軍の一員になる。連邦軍?違うよ、アメリカ軍だよ。ノーマルスーツ着たアメリカ軍だよ。


ランバ・ラル時間の都合でカットされ、黒い三連星との戦闘。なぜかノリが山賊。でも一度踏んでから纏めて倒す。

この辺からメガネがなくなってイケメンヒーロー化する。セイラさんと仲良くなる。フラウ?マチルダさん?居ません。


セイラさんと盛り上がってきたところで寸止めジオン軍決戦の呼び出し。さあみんア・バオア・クーGo

生きて返ってくるとセイラさんと約束していざ戦場へ。ジオングに乗り込んだシャア対峙


いきなりのサイコミュ兵器に苦戦。エルメスは設定だけの存在実在しません。

しかいくら被弾しても左腕以外壊れないガンダムラストシューティングやるんだから当たり前。


終盤ガンダムは頭を破損、ジオングは頭のみ。さあ最後ラストシューティング

でもアムロは乗ったまま。むしろ操縦してる。

原作と違うだって?降りちゃったら盛り下がるだろ?これだから日本人は。


お互い大破した機体から降りて銃撃戦開始。激しい戦闘の末シャア銃殺。ええ銃殺です。

敵を生かしておいたら気持ち悪いでしょ?続編やる場合?作る時に考える。


生還したアムロセイラさんと熱い抱擁。実の兄でもなんでもない敵を倒して平和になったかハッピーエンド


ブライト・ノア

ホワイトベース艦長艦隊戦で色々指揮してたりする。全体的には影薄め。年季入った渋さがあってもきっと気のせい。

親父にもぶたれたことないのに、なんて言われません。ぶたないから。

主人公差し置いてミライさんと絡むこともないので、単なる脇役。


カイ・シデン

アムロが軍入りした時すでに軍人やってる何かノリの軽いムードメーカー。軽口叩けど憎めない奴。

ガンキャノンちゃんと操縦できる。

なんかエディー・マーフィーっぽい。


ハヤト・コバヤシ

アムロが軍入りした時すでに軍人やってる真面目なアジア人ガンタンク乗り。

格闘技経験者だが柔道ではなく、殴ったり蹴ったりが得意。

搭乗機体には手も足もないのでそれが操縦に生かされることはない。


セイラ・マス

本作ヒロイン担当本名セイラ・マス。通信オペレーター担当金髪白人美人アムロ恋愛パート担当

ツンとした女性らしさから、少し男っぽいキャリアウーマン的な性格に変えられる。

だってあんな演技できる女優が居ないから。それにこっちの方がウケるでしょ?

カイにはちょっかい出されるが相手にはしない。

家族構成は明らかではないが、生き別れた兄が居ることはないし、ましてや敵軍に居ることもない。

MS戦闘機に乗れるかもしれないが作中描写されることはない。


リュウ・ホセイ

MS隊長ガンタンク乗り。原作と異なり最終戦まで生き残る。死亡描写してる時間いから。

原作では居ないはずのところで生きているのでブライトに輪をかけて影が薄い。


ミライ・ヤシマ

ちょっと恰幅の良い黒人女性操舵士。操舵経験豊富ベテラン軍人名家の令嬢なのかは明らかでない。

ホワイトベース隊の中でも割と頼れて安心感ある感じになる。彼女の操舵に不安などない。

恋愛描写カット


スレッガー・ロウフラウ・ボゥマチルダ・アジャン

丸ごとカット



シャア・アズナブル

ジオン軍軍人アムロライバル役。衣装は赤いが乗機は赤くないジオングのみ。

だって1回しか戦闘しないんだもの。出力3倍もわかりづらいか無慈悲カット

家族構成不明だが、ダイクン家出身だったり生き別れた妹が居たりという話は特にない。

アズナブル家の御曹司に成りすましているわけでもない。普通に優秀な軍人

映画クライマックスを盛り上げるためにアムロに撃たれて死ぬ敵役の鑑。

続編のクワトロさんは別人物だったり、逆襲の頃には「実は生きていた」扱いをするかもしれないが

今は特に何も考えない。ウケれば良いのだ。


ランバ・ラルガルマ・ザビドズル・ザビミネバ・ザビマ・クベララァ・スン

丸ごとカット


ギレン・ザビ

ジオン軍総帥。見た目以外は割と原作っぽい。崇高な志はあんまりなく世界征服したい悪の帝国皇帝感がある。

シャアを部下に、キリシアを参謀に据えている。

最後旗艦の大破に巻き込まれて死亡。


キシリア・ザビ

ジオン軍参謀。人相は悪いが裏切りは考えてないし、ましてやギレンを謀殺したりしない。

シャアとは割と絡みがあるが、原作のような策謀は特になく、ストレート上司と部下の関係

ただの敵方女性枠。ギレンと一緒に旗艦大破に巻き込まれて死亡。





ニュータイプミノフスキー粒子

なにそれおいしいの?





この物語フィクションです。





2018-06-12

ペルソナキャラみんな白人じゃんねぇ?w

鴨志田とか敵役だけでしょアジアっぽいの

2018-06-08

anond:20180608155744

別に男装してなくても、普通にそういうジェンダーロール越境してるキャラはいるよなと思ったんで例に出したけど、どうも元増田が想定してるクソフェミって、そういうのではなくて、男性女性に向ける性的眼差しが云々とかポリコレ棒振るうやつっぽいな。

それなら、単純にそういうキャラは出しても面白くないだけだからじゃないかな。

たとえば「暴虐な権力者若い女子ハーレムとして集めている」みたいな背景があり、勇敢な女がそれに抵抗する、って構図ならフェミ主人公でも面白作品になるけど、「実はその権力者は良いやつで普通に若い女子を雇ってただけ、クソみたいな女が無理筋で抵抗してきた」ってなると、誰が読んでも面白い話にはならんわな。

クソのほうを敵役にしたって、最近ラノベ読者はそういうストレスになるようなウザい敵キャラ嫌うと思う。

2018-04-22

MeToo告発側がノーリスクダメですわ

metoo案件自爆する馬鹿共が多いワケ

https://anond.hatelabo.jp/20180422073925

タイトルは酷いが一理はある。

そもそもMeToo運動というのは、地位名誉の有る著名人が顔出しで告発する事によって、ウソであれば全てを失うというリスクを背負ってでも名誉自尊心回復したいという運動だった。

そして業界内で広く知れ渡っており、告発者が一人出れば雪崩を打って次々と証言が集まるような、巨悪を倒す運動でもあった。

日本だとはあちゅうが先駆けになるのかな。彼女も顔出ししてライター生命かけて告発したよね。

はあちゅうMeTooは全体的に見て異論反論は有るだろうけれど、勇気があった事は誰もが認めざるを得ないはず。

ところが一部フェミニストにより、被害者過去の過ちは指摘するな、被害者の落ち度を指摘するとセカンドレイプセクハラ案件全てに適用せよ、セクハラ被害匿名告発オッケー等々、真実性や正当性担保する要素を次々と除外してしまった。

更には、本人が否認している件ですら有罪認定して犯罪者扱いする過激派も出てきた。

MeTooはもはや、気に入らない相手正義の名のもとに殴る手段ポリコレ棒」化してしまった。

はてフェミSJWは何度同じ過ちを繰り返したら学ぶのか。

運動はテメーの感情思想をぶつける場所じゃない。気の毒な人を助けやすくする制度設計の前段階なのだ

「世の中を良くしよう、不公平をなくそう。その為に何をやれば良いだろう?」という当たり前の問いを忘れないで欲しい。

悪人を殴ればこの世から悪人が居なくなる理論なんて、今どきマンガ敵役でも言わなくなったぞ。

2018-04-13

アイアムヒーローの考察

読み終わったあと、神様がいない世界に、ワイを放り出した。


この世界神様を信じないで生きる方法がないか模索していた。ワイは、不条理を受け入れられるほど、マッチョでもないし、自殺をするほどの勇気もない。いまのところのワイの解決策は、神様を盲信することしかできない。

不条理 - Wikipedia

自殺:まずシンプルな1つの方法として人生を終わらすということ。キルケゴールカミュはこの方法が非現実的であるとして退けている。

盲信不条理を超えた何か、触れられず実験的に存在証明されていないものを信じること。しかしそれをするには理性を失くす必要がある(すなわち盲信)、とキルケゴールは言っている。カミュはこれを哲学的自殺として考えている。

不条理を受け入れる不条理を受け入れて生きる。カミュはこの方法を推奨しているが、キルケゴールはこれを「悪魔に取り付かれた狂気」として、自殺を引き起こす可能性を論じて批判している[1]。


別に神様なんか盲信しなくても、生きていける。それは例えば順調に心理的に成長した場合だ。発達課題を克服し、欲求を順調に満たせた場合には、別に神様なんか必要なくなる。

自己実現理論 - Wikipedia

発達課題 - Wikipedia


しかし、それがどうしてもできないワイのような人間が出てくる。なぜなら、人はどうしても理屈ではわかってはいても、他人のとの比較の中で、自分幸せ定義してしまうから。もちろんこの実験では 2 の世界だと 1 ドル価値が低いから選んだんだろ。というツッコミもありますが..

次のどちらの世界に住みたいかハーバード大学学生職員質問を行いました(Is mor always better? A Suvey on Positional Concerns,Jounal of Economic Behavior and Organization

1. 自分収入が5万ドルで他のすべての人は収入が2万5000ドル世界

2. 自分収入10ドルで他のすべての人は収入20ドル世界

結果は、56%の学生が1を選びました。

高収入でも「他人の幸福は飯がまずい」人は富裕層になれない | プレジデントオンライン


から幸せになる人たちがいる反面、不幸になる人たちがいる。他者よりも優れていたいという、本来生物的な欲求も満たすことは、まずできない。社会的欲求を満たすには、人の役に立ったりするには、必ずしも優れている必要性はない。でも、他者よりも優れていないと、そういった機会は、どうしても少なくなる。

アイアムヒーローの世界には、発達課題を克服することができず、欲求を満たせない人たちに焦点が当たっている。クルスをはじめ、みんななぜこの世に生を受けたのかということ自体に疑問を抱いている人たちだ。彼らは神なった。でも、英雄は神にはならなかった。

終わり方がひどいって書いてあるけど、奇跡を起すこともできたんだと思う。誰かを生き返らせたり、あるいは敵役を殺したりして。でも、奇跡を描かないで、丁寧に現実世界で生きている英雄を写して、徐々にワイら読み手世界と近づけようとしている感じがした。

物語最後局面で誰もいない、比較されることのない世界で一人になった。なんだか急に現実に引き戻されたような気もするし、そうでないような気もする。生きることを選んだという意味において、現実世界でクルスのように生きているワイのような読者にとって、英雄hero なのかもしれない。

でも、決してなけなしで放り出したわけではない。ヒロイン2人から愛されたという記憶はでかいよな... それが読後感を与えている。ヒロインが登場しないでもそういった話は描けるのだろうか.. 難しいだろうなぁ。

ドストエフスキー罪と罰でも、ソーニャがいて、ラスコーリニコフ普通になった。結局は可愛い女の子との記憶がないと楽しくないなんて、なんだか寂しい気もする...。

そういった成功体験物語、あるいは神様と、そしてその成功体験物語神様を確実なものにするために、社会生活からの隔絶されて初めて、英雄は生きているのかもしれない。また、奇跡が起こって元の人のいる社会になったら、そういう辛い世界に戻ってしまう。

結局、我々は物語という神様から逃れられないのではないだろうか。でも、ある意味生物学的に優れている人も、そういう自分は優れているという物語の中に生きているのかもしれない。その物語も、所詮相対的ものしかない。絶対的基準ではない。

神様なんかいないんだ、という姿勢は、結局、俺はすごいんだぞ、という自分物語世界押し付けているだけで、どこか、酷い気もする。

人間は(信じたいと)望むことを信じる。

Homines id quod volunt credunt.

Homines id quod volunt credunt. | 山下太郎のラテン語入門

逃げられないというより、作るしかないのかもしれない。自分が、いま生きている世界を。ある種の不条理社会的不条理は、物語を作ることによって、乗り越えることができるのだろうか。それは自分ができる範囲でということか。

クルスくらい追い詰められた人間にも希望を与えるというのは、正直かなり厳しい気がする。クルスは神様になるしかない。普通人間ならできるだろうか。もう少し文章をまとめたい。

2018-03-26

anond:20180326114638

貶し愛dis愛とかいう複雑な人もいるな。その友達とやらは単に嫌いなんだろうが。

敵役ゲスで、マイナージャンルなのにアンチもいるキャラ推しだが、むしろアンチじゃなくても名前の後ろにカスとかつけて呼ばれるようなキャラなので、好意的意見自分には輝いて見える。

同好の士大事にしたらいいんじゃないか?

2018-03-13

anond:20180310203047

B:The BeginningA.I.C.O.だった。

両方とも程々の良作だが「B」は主要キャラ数人の作り込みが上手く行っていて引き込まれた感。でも敵役たちがボヤっとしてたのが残念。比較するとA.I.C.O.は全体的にキャラ平板物語りの筋を追うだけの物になってしまってた感じがして惜しい気がした。ってか、子安が安定の子安だった。

2018-02-28

ここにウルトラマンオタクますか?

昔預けられてた家の大人『誰か覚えてない)が

車でよくかけてたウルトラマンシリーズエンディングかオープニングの曲(もしかしたら劇中歌とかかも)で

劇中のセリフも入ってるやつかあったんですけど、

その中で敵役の人が「…消えぬぞ我らはぁっ」って言い捨ててたなっていうのを最近思い出して、

あれはなんの話(というかどのウルトラマン?)って気になってツイッター検索しても誰も呟いてなかったんですけど、

この情報だけで見つけられる人いないかなあ?

2018-02-16

PAN見てた

PAN」という映画。予告だけ、昔チラッと見かけたことは覚えていて、金曜ロードショーで放映されるなら見ようと思い至った。

なんだこのクソつまらない映画は。ピーターパンという材料は良いだけに腹立たしくなってきた。

  

インストリーに入るまでの長さ

孤児院設定や友人との別れの描写を入れたかったのだろう。

だがそれにしても長い。

テンポの良い映画なら5分程度で外の世界を見せて、映像美で観客を引き込むはずだ。

  

CG及び衣装の雑さ

偽物感の強いCGカツラの生え際の違和感

  

説明不足

世界観は広く知られている「ピーターパン」ではなく、大幅に改変されている様子。

だがその為に生じる世界観設定の説明が不足している。

言葉説明する必要はないが、孤児院という現実の設定から突然飛躍しすぎる部分は問題に感じる。

それから主人公達が結局何をしたいのか?主導性に欠けている。

黒ひげという存在によって突如自分存在についてフワッと明かされる主人公

しかしそんな伝承は実際は敵役は黙っておけばいい筈だから、冒頭辺りで「本で読んだけど自分のことではないおとぎ話」に留めておけばよかった。

主人公自身好奇心母親を探したい設定と外的要因で無理矢理話を動かすのは良いが、

なあなあで進んでいる感は否めない。

  

観るのが苦痛になり始めて、観るのを辞めた。

子供向けだから仕方ない程度で書いているレビュー散見したが、子供にこそしっかりしたストーリーを見せてあげてほしいものだ。

2018-02-15

みなしごハッチ母をたずねて三千里放送されていた頃は子供が母を恋しがることが許されていたのだろうか

キルラキルというアニメが5年前か10年前ぐらいに放送されていて数話で挫折してしまったが、たしか主人公父親の敵を討とうとしている女の子で、敵役母親と密接なつながりのある女の子だった

父は味方で母が敵というこの観念は馴染み深いものなのではないか オタクネット民は美化された若くて美しいママ、弱体化された無知で天然のほほえましいカーチャンが好きだ 社会に出てがんばっているメンヘラは口をそろえて「父がわるいと思っていた、でも本当にわるいのは母だった」と言う。なぜなんだろう

ガンダムドラゴンボールワンピースセーラームーンプリキュア・・・ずっとビルドゥングスロマンの強い時代が続いてきたように思う 成長する=社会適応することを賛美する物語だ 女児向けの場合は「女の子はいつか女となりやがて母になるのよ」だ 生で中出し孕ませ教だ

おそ松さんポプテピピックにはビルドゥングスロマンへのアンチテーゼを感じる 松野家の六つ子はニート童貞というモラトリアムにはまり苦悩しつつも家族に溺れている 少しずつ成長しているかと思いきや最終回でそれが無に帰す 父の松造は情けなく何かと母の松代が主導権を握る ピピ美とポプ子は母と娘のような関係性だ 母と娘のずっと続く蜜月が織り成す不条理ともなんともいえないようなギャグ漫画だ 自己責任、クソ、という形容詞が付くにせよ、これは父権から母権への流れの萌芽なのだろうか?

社会というのは男性社会のことだ 男を過酷労働に駆り立てるために女の性を商品化し、しわ寄せはほとんど女・子供に行くというのが基本構造で何かと「オレラ男同士」が得をするようにできている 児童虐待婦女暴行国家が主導しているようなもの

そこで女子供に謀反を起こされないために、男の子は女から搾取しましょう、女の子母親になって子供から搾取しましょうというのが父権政治だと思う あるいは儒教思想

では搾取する対象を持てない、モテない男、モテない女、子供を持てない、持たない女性は、社会適応するために努力すればするほど、持てる人と比べて何か大幅に損をするのではないか しかしみんなから石を投げつけられたくなければ、死にたくなければ、路頭に迷いたくなければ、がんばらざるを得ないのだ それができない人はダメ人間、役立たず死ね社会に不満があるなら自分を変えろそれができないなら目を閉じ耳をふさぎ口をつぐみ孤独に暮らせだ 犯罪者はそのことをよく理解しているのだと思う

もしもこれから母権時代がやって来て、そこで生まれた子は、我々父権世代対立するだろうか そして軽やかに勝利するだろうか もしかしたら、戦いだとか勝利だとか、友情努力、成長、教育、躾け、差別常識人間とは大人とは社会人とは男とは女とは子供とはかくあるべき論、働かざるもの食うべからず、自己責任、クソとかい父権政治のためのクソ観念自体理解しないまま、平和に生きていけるのではないか?そうなったらとても悔しい 私もそんな優しい時代に生まれたかった 死にたくなるようなつらい人生自己責任にされたくなかった 母親に愛されたかった こんな世界でこんな自分に生まれこんな人生を送りたくなかった スピリチュアルティーチャーの言うようなあるがままで幸せ生き方を許されたかった ベーシックインカムが導入されたらどうしよう 今まで死にたくなるほど働いてきたのは一体何だったんだろう

いったいどこで自爆するのが適当なのかがわからない

2018-01-04

関係あるようなあんまり無いような

正月に、ドラえもん大長編のび太の恐竜」を読み返したのね

したら敵役白人富豪おっさんで、金に飽かせて違法ハンティングを楽しむやつって設定

ネットでよく見かける「恐竜ハンターだな!」って言われてるやつの雇い主ね

ちなみに「恐竜ハンター」も覆面はしてるが白人

これもなかなかの偏見というか、歴史的事実を踏まえた上での戯画化されたキャラクターだと思う

今のところ、白人をこういう風に描いて差別だって言われることは、力関係の上で恐らくないだろうけど

遠い未来か別の世界線で、力関係が変化して白人一般が下層で虐げられるようになったら

これも差別として扱われる可能性はあるなと思った

あと、のび太の恐竜は名作だと思った

2017-12-25

anond:20171224132017

木根にしても他のにしてもネットで味方が多くいる当たり障りない範囲しかネタにしないのがレベル低すぎ。つまんなすぎて巷の映画ブログの足元にも及ばない。

敵役テーマがどうとか言うウザい映画好きみたいなやつばかりだけど、そんなのネット知ったかぶりしてるやつの仮想敵としてしかたことないわ。

いまさらアクション映画持ち出して「映画って素晴らしい!」な展開とかも思想系の雑なプロパガンダ漫画見てるみたいな寒気を覚える。漫画下手すぎんだよ。

2017-11-17

anond:20171117124626

歌舞伎隈取

赤い隈は正義、青い隈は敵、たしか

隈取は、役柄【やくがら】によって使われる色が決まっています

・「赤色荒事【あらごと】の基本である勇気正義・強さをもった役に使われます

・「藍色あいいろ】」 「藍色」は、スケールの大きな敵役【かたきやく】に使用されます

・「茶色」 鬼【おに】や妖怪【ようかい】など、人間以外の不気味な役に使われます

出典  http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/kabuki_dic/entry.php?entryid=1107

2017-10-19

anond:20171019120241

ブコメでも言われてるけどソ連型だよ

儒教的な縦社会構造バブル崩壊リーマンショックで成立しなくなったのに

アメリカ型・ドイツ型にシフトできなかったせいで落ちぶれていった

信じられるか?

ひと昔のハリウッド映画敵役中国でもソ連でもなく日本だったんだぜ?

さすがに中国型になるには文化大革命必要なので考えなくてもいいが

2017-10-10

anond:20171009102434

そこまで熱狂的にやってないか記憶に残らないんだよ。

カカロットコマンドとかコナミコマンドとか覚えてるのも必死こいてコマンド入力してたから覚えてるんだろうな。

だけど今の時代インフレ気味魔法とか、強くなりすぎな敵役よりもちょっとしたセリフ面白さとか設定のイカれ具合の方が忙しい人には拾いやすいんだろうなぁ。

2017-10-04

母親育児放棄で娘は実力も無いのに自分を捨てた母に会いに行く

一応探窟家の卵として育てられてるから、それらしく振舞うのかと思ったら注意力が全くなく軽率な行動ばかり

演出にしてもキャラが全部喋ってしまって安い日本テレビドラマ状態

ボンドルドにはあれでも大義、崇高な理想があるんだろうけど

あそこでブッタ切られてもただのステレオタイプマッドサイエンティストだしなあ

やっと明確な敵役が出てきたところで終わられても

序章だけ見せられた感じだ

グロリョナ描写美術背景・撮影音楽は頑張ってた

https://anond.hatelabo.jp/20171001013005

メイドインアビス

2017-09-15

[]ワンダーウーマンを見た

ワンダーウーマン」を見たので感想。と言うか考えたこととかのメモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので、見た人向けだと思いますフェミの話とかも出てくるんでそういうの苦手な人も回避よろしくっす。

総評

まず最初に、「ワンダーウーマン」、個人的にはそんなに評価高くない。少なくとも世間で(特に欧米で)いうほど大絶賛、大感動をすることはできなかった。これは映画を見終わったあとのファーストインプレッション

しかしじゃあ評価低いのかというとそんなこともない。

「1800円という価格&2時間という投資に見合った体験できるのか?」という視点で自問したところ、その答えは「100点」なのだ。十分高評価だろう。いい加減な脳みそだなあ、オレ。とも思った。

なんでこんな評価のすれ違いが発生してしまたかというと、今年見たアメコミ映画の先行2本、すなわち「レゴバットマン ザ・ムービー」と「スパイダーマン:ホームカミング」の評価が高すぎた、というのが原因であるらしい。前出の基準で言うと、「レゴバットマン」も「スパイダーマン ホームカミング」も200点くらいの評価なので、「ワンダーウーマン」はタイミング的に損をしてしまったのかもしれない。これが「ドクター・ストレンジ」のあとだったら感激できてたのに。

無垢子供ダイアナ

PC的なディレクション――批判に対して自覚的で先手を打って内容を適正に作っていこう――は最近ハリウッド映画では多かれ少なかれあるのだと思うけれど、そういう制約(どういってもある種の制約ではあるだろう)を逆手に取って笑いやネタにしたり(デッドプールにおける「女性も男同様にブン殴ったほうが公平じゃない?」)、むしろそこに正面から踏み込んでえぐり出す(スパーダーマン:ホームカミングの敵役ヴァルチャーはいま注目されている「見捨てられた白人労働者」)のにくらべ、ワンダーウーマンのそれは踏み込みが浅くどうしても「そういうルールなので設置しました」感が出てしまっている。

おそらく「ワンダーウーマン」という作品――つまり女性戦場に出て戦うという作品を作るにあたって、制作側は、(フェミニズムを中心に)炎上可能性を覚悟して作ったのだと思う。だから、予め潰せる問題点は潰しておいた。

それは主人公ダイアナ人物設定にも反映されていて、彼女美女で、アマゾン族の王女で、めっちゃ強い。すごい跳躍力や筋力を持ってるし、噛み殺しの特殊能力を持つスーパーゴリラだ。だが多分そのままだと脳筋批判も巻き起こすだろうから、島で英才教育を受けてた設定になっている。作中でも数百の言語を操り、古典に詳しく、第一次世界大戦当時の最先端化学式を読み取るなど知能面でも卓越している。(第一次世界大戦当時の)女性からといって馬鹿ではないのだ!

しかし、だからこそというか、逆説的にというか、なんだかすごく残念な人物描写になってしまっている。

彼女世間から隔絶された島で育ったので無垢だ……という設定なので、物語終盤になるまで「人間は悪神アレス洗脳されているせいで地獄のような戦争をしているのだ。悪神アレスさえ倒せば人間正義と慈悲に立ち返り戦争は即座に終わる」と信じ込んでいる。ここは物語テーマなので、外せない重要な要素だ。

それはそうで、重要に間違いはないのだが、それってどうなのだろう。

言語というのは必ずその文化を含んでいる。外語を学んだことがある人ならわかると思うけれど、外語を学ぶというのはその言語を操る民族地域文化を学ぶということをニアリーイコールだ。文化歴史言語には含まれいるからで、そこに理解無くしては言語意味理解するなんてできない。ましてや古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか? いやまあそこが物語キーなわけだから理解していないということにしないといけないのはわかるのだが、そういう描写にしてしまったせいで作品は別のメッセージを持ってしまった。

すなわち「知識教育倫理人間についての理解の助けには全くならない。世界を良くするという意味では、教育は全く無意味である」というメッセージだ。多分これは随分うがった見方だろうし、制作側はそんなメッセージを発信するつもりはないだろう。けれど、物語上ここでねじれが生じているために、そう取られかねない「隙き」が生じてしまっている。批判される要素をなくそうと頑張っていた制作陣が、塞げなかった穴に見えてしまうのだ。こういうねじれが、どうも彼女をそこの浅い子供に見せてしまっている。

ワンダーウーマン」は「(邦画では珍しくもないが)戦う女性主人公」「女性監督した初めての大手スタジオによるスーパーヒーロー映画」という点で、フェミニズム界隈から賞賛を受けた。

けれど、個人的にはダイアナ女性ではないのだと思う。すくなくとも、フェミニズムが想定するような「解放されるべき女性」ではまだなくて、子供なのだ。まだ思春期すら迎えていないような子供で、世界に対して良く言えば無垢だし、シニカルに言えば無知無責任だ。

ダイアナに強い好感を覚えられなかったのがこの映画評価に加点が少ない理由だと、整理した今なら自覚できる。

善き大人スティーブ

多分、自分にとって不幸だったのはこの部分で、それは「ワンダーウーマン」を観るまえに「ウーマンリブ的な文脈フェミニスト絶賛」みたいな評価を知ってしまった点だ。「そういうつもり」で見てしまったせいで捻じれが目についてしまった。

しかし、見終わったあとに思い返してみると、魅力的な部分がいくつもある映画だ。その最大のものアメリカ外征軍大尉スティーブトレバである

彼はドイツ軍スパイした結果恐るべき毒ガス計画を知り、逃亡の最中に絶海の孤島アマゾン島に漂着し、主人公ダイアナを「外の世界」に連れ出す役目をする。無垢美女ダイアナエスコート役であり物語最終局面まで彼女を支えて導き続ける。

ぶっちゃけ、序盤はただのイケメン俳優だと思っていた。

いやイケメンなのは最終盤まで変わらないけど。

ヌードシーンがあったりもするので、女性向けの眼福要素も担当させられたイケメン俳優だと思っていたのだ。二回もイケメンって言ってしまったよ。

彼は優秀な軍人でありパイロットなのだが当然人間なので、スーパーヒーローで神の子であるダイアナに比べたら喧嘩においてはまったく弱い(軍人として適正に強くはあると思う)。おまけに非文明圏であるアマゾン島では虜囚に近い扱いも受けていたし、さらにいえば彼はアメリカ大尉であり、物語中盤の舞台イギリス(&イギリス議会イギリス軍)では大きな権力を持っているわけでもない。上司に対しては愛想笑いを浮かべたり、自分意見をひっこめたりもする。

物語中盤、未知の世界である外界に出たダイアナは完全にお上りさん状態であり、大都会ロンドンにおいて常識を知らないことから、スティーヴに迷惑をかける。それにたいしてスティーブはなだめたり、すかしたりしてダイアナに行動を抑制しようとする(そして失敗する)。スティーブダイアナに「外の世界常識や考え」を事細かに説明して理解を得ようとはせず、断念する。命の恩人ではあるし天下無双戦闘能力を持ってはいるけれど、「面倒くさい子供」でしかないダイアナに呆れているように見えることもある。

こうやって説明すると際立つけれど、スティーブイケメンが売りなだけのダイアナの介添に見えていた。

しかし、上映後に振り返ってみるとこの映画の中心はスティーブだと思う。

ド派手なCGバトルアクションとか、世間フェミ的な評価を全部取っ払って、個人的に「ワンダーウーマン」の感想を述べるならば、「ワンダーウーマンスティーブ映画なのだ

全般的人物内面描写が浅いきらいのあるこの映画だが、スティーブに関しては脚本俳優も素晴らしい仕事をしている。

彼は心の中にロールを持っている男だ。それは「善き男」であり「善き大人」であり、おそらくだけど「善きアメリカ人」であり「善き隣人」だ。彼はそういうふうに生きたいのだ。正しさや信念というよりも、自分の中に理想像ロールモデルがあると表現したほうがしっくりくるのがスティーブである

彼が軍に身を投じたのは、混迷続く世界情勢の中で、善きアメリカ人として社会奉仕しようとした時、そのモデル軍人だったかである。今の価値観で言えばもちろん異論はたくさんあるだろうけれど、その当時の常識で言えばそれは愛国心であったし、善き市民の善き行動だった。

ドイツ軍密偵した結果、彼は恐るべきマスタードガスの開発と、それが講和間近のイギリス軍へ向けられていることを知ってしまう。彼はこの情報を持ち帰るために命を捨てるような危険を犯す。それもまた、彼の中にある「それが善き男の行動」だからだ。

その過程ダイアナに命を救われ、彼女の「外の世界戦争を止めたい」という希望を叶えるためにも、一緒にイギリスまで情報を持ち帰ることにする。

しかし、イギリスにそれを報告したが、結果ははかばかしくない。講和が間近に迫ったイギリス軍は、ドイツ軍(の一部)に災厄的な行動があったとしても全面攻勢には移りたくない。スティーブ情報事実上握りつぶされる。

彼はここで彼自身の行動規範である「善き人」を曲げられる。軍の階級差という世俗権力構造のせいで、彼がすべきだと信じる行為を行うことができない。

講和のためとは言え、前線舞台マスタードガスの脅威の前に放り出してよいのか? 良いはずはないが、議会政府の決定に従うのも「善き国民」の義務ではあるのだ。

でも隣には精神的に子供ダイアナがいて「ねえなんでなんで? なんで正義しないの? まさかここでやめるわけ? 処す? 処そうか?」という視線で見てくる。彼は、その結果、軍の命令無視して、私費で(というかボランティアのつもりだった?)傭兵を雇い前線に向かう決意をする。彼は心の中にある「善き人」の指し示すところに従ったのだ。ダイアナあんまりにも無垢なので引っ込みがつかなくなったという側面があったにせよ。

前線に向かい、血みどろの後背地を抜けて塹壕にたどり着き、取り残された村をダイアナ神話的な能力にも助けられて開放して、ダイアナスティーブ関係は接近する。男女間の性愛的な意味での愛情もあったような描写だったけれど、個人的にはスティーブ父性も強く感じた。その父性というのは、子供しかないダイアナに「善き大人」を見せるというものだ。戦争なんて醜悪ものなのだけれど、それだけではないということ、世界には「善き隣人」の「善き努力」もあるということを示したかったように見えた。孤島から世界に連れ出した人間として、世界失望してほしくなかったのかもしれない。

終盤。マスタードガスの大量生産はすでに完了しており、その暴挙を止めるために一行は秘密基地に忍び込む。ダイアナはその中で、アレス化身だと思われるドイツ軍ルーデンドルフ総監を倒すことに成功する。ダイアナは「これで悪神アレス洗脳は溶けて戦争は終了する!」と歓喜するが、兵士たちは戦闘をやめない。殺戮の準備を辞めない兵士ダイアナパニック状態になる。ダイアナにとっては今まで信じてきた世界観が崩れ去った瞬間なのだ

そのダイアナに向かって、スティーブは今まで何度も説明しようとしてしきれなかったことを告げることになる。

それは「この戦争人間が開始して人間が拡大させたものなんだ。神はいない。僕たちの責任だ」ということだ。その告白はとても辛い。「善き男」として生きたかったスティーブは、まったく「善き男」ではなかった。戦争をしちゃってるのだから極悪人なのだしかし、スティーブは「この戦争は僕達の罪なのだ」ということを認める。なぜなら、戦争責任を誰かに転嫁するのは、戦争を始めるよりも更に恥ずべきことだからだ。「善き男」として彼は、世界の醜さの責任を取らなければいけないと決意する。

スティーブダイアナの間にあったものは多分とても複雑で、男女でもあったし、父と娘でもあったと思う。でもその一部には神と人間というものもあった。

彼女戦闘能力があまりにも隔絶してたかスティーブもその視点を持たざるを得なかったのだろう。

ダイアナの考えは「神が神の邪悪を振りまいたせいで人間迷惑をしている」から「神の使命を持つ私が人間を救う」というものなわけだけれど、スティーブはこれに「善き人間」としてノーを叩きつける。ダイアナの考えはある種のパターナリズムだが、スティーブの答えはそこからの脱却だった。

神々の戦いは神々であるアレスゼウスの娘ダイアナが決着をつけるだろうし、人間であるスティーブはそこには関与することができない。

しか人間の始めた戦争であり、人間の悪意であるマスタードガスは人間であるスティーブが止めなければならない。筋としてそれが正しい。

ダイアナ戦闘能力スティーブたちの状況を考え合わせると、彼らはここで戦闘放棄すれば逃げて安全に暮らすことは十分に可能だったように見える。その場合はもちろんマスタードガスで前線部隊凄惨なことになるのだけれど、倫理的に考えてスティーブが彼らを救う(その結果命を落とす)絶対的義務があったわけではない。戦争悲惨すべてを、個人であるスティーブが背負う必要はないからだ。

スティーブが命をかけた動機として、父(先行者)として娘(後続)に「この醜悪な外の世界にも善はあるのだ」という事を示したかったのか、人間として神に「あなただけにすべてを背負わせない。人間は弱いけれどそれでも自分たちのしでかした行為責任は取る」ということを示したかったのか、それとも男として女に「俺も戦う」といいたかったのか、それはわからない(そこが返ってスティーブという男のテーマとしてよかったと思う。彼の愛情には名前がつけられない)。

けれど、スティーブは「自分の戦い」として今まさに離陸していこうとする毒ガス満載の爆撃機を止めるために飛び出す。そして乗り込み、爆弾を抱えて、前線を救って、結果としてダイアナを残して死ぬ

こうやって思い直してみると、中盤、ロンドンの街で常識知らずにうろつくダイアナに手を焼いていたのも、「善き大人」として子育てに苦労してたんだなあ、と思える。

スティーブ大尉からおそらくエリートなんだろうけれど、まだ若いし、それ以前にすべての人間がそうであるように、不完全で未熟だ。しかしそうであるからこそ、彼には「こんな存在でありたい」という理想像があった。そして常にそうであろうと、努力していた。都会ではトラブルメーカーダイアナを「善き保護者」として(オロオロしつつも新米父親のように)導こうと思ってたし、最前線では「善き戦友」として肩を並べて戦った。戦火から救い出した村でチャーリーが歌ったときは「善き男」としてダイアナを熱っぽく見つめた。彼は最終的に、「惚れた美人との安全生活」よりも自らの役割を優先した。自分自身の信じる正しさに殉じた。それは「善き人間」として神の前に立った時、他の誰でもなく自分が、人間すべての代表として神に「人間の誠実」を見せるべきだと思ったからだ。

それは上野千鶴子あたりの言葉を借りると「男性の安っぽいヒロイズム」であり「戦争に興ずる幼児性」なのかもしれないけれど、物語としてみるとスティーブ人物描写はこの映画の中で一番複雑で深みがあった。魅力的だった。

そんなことを考えると、「ワンダーウーマン」はウーマンリブ的な価値観映画というよりも、男性的な価値観の、そして「神(あるいは超越的な力を持つスーパーヒーロー)の前に立った『善き人間』の覚悟と誠意」の映画だと思う。そして、そこがこの映画の美点だと思える。

2017-08-23

自分のなかの「カリオストロ」が上書きされた

今週のトレンドワードは「カリオストロ」のようである

配信サービスでは「カリオストロの城」が無料で見られるらしい。

 

あれは、いい…。(-_-)

 

クラリス永遠美少女であり、

自分の中では「カリオストロ」といえば「カリオストロの城

 

…だった。(過去形

 

先週、と言っても数日前になるのだが、

戦姫絶唱シンフォギアAXZ」の8話を見た。

ここに「カリオストロ」というキャラクターCV蒼井翔太)が出てくるのだが、

壮絶なバトルの末、散ってしまわれた。

そのバトルの数分間の声がとても素晴らしかった。

女声→男声へ微妙に変化していく様が圧巻だった。

敵役だし、そこまで思い入れもなかったはずなのに、

仲間思いの熱いヤツだった。

 

正直、泣けた。

 

そして、今日まで、録画を何度何度も見返している。

こういうのが「ロス」というやつだろう。

 

そして「カリオストロ」と聞いて思いつくのは

可憐美少女」ではなく、「中身おっさん巨乳」になってしまった。

まさに、

 

彼女(彼?)はとんでもないものを盗んでいきました」

 

である

 

 

実は死んでなくて復活…とかありませんかね?(^-^;)

 

 

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余談であるが、

中の人である蒼井さんは先週の音楽DVDランキング1位だったらしい。

いろいろすごいな。

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