「少年愛」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 少年愛とは

2019-05-22

幼女を見殺しにした

自転車スーパーに買い物に行く途中、自転車に乗った小学生女児とすれ違った

通り過ぎた数秒後、背後でどんがらがっしゃーんと大きな音がして

女児自転車コケたようだが、いっさい無視して走り去った

(泣きだす声は聞かなかった、よって大したケガはしてないと判断した)

【以下言い訳

0.女児コケたのは俺とすれ違った後、俺のせいではない

 道幅は充分に広く、すれ違った瞬間は何も問題なかった

 女児が無理に俺をよけようとした結果コケたとは考えられない

1.ここで女児に「大丈夫?」と言って駆け寄れば

 無関係第三者に俺のせいでコケたと思われかねない

2.さら無関係第三者から

 女児いかがわしい意図を持ったロリコン犯罪者だと思われかねない

3.あるいは無関係第三者から

 女児ええかっこしい所を見せるためにわざとやっていると思われかねない

4.仮に「大丈夫?」と言って駆けっても何ができたというのか

 何か女児とその親に感謝されるようなことができる可能性は0.000001%もない

5.もし俺がキモい中年おっさんではなくJKであれば

 間違いなく「大丈夫?」と言って駆け寄っていた

6.べつに俺がJKでなくても生物学的な性別が女ならそうしてた

7.ところがキモい中年おっさん女児に駆け寄ると

 事情に関わらずロリコン犯罪者に誤解されるリスクがある

8.俺は悪くない宮崎勤が全部悪い

 もし宮崎勤という男が逮捕されて有名になっていなければ

 一般人の多数はこの世にロリコン凶悪犯罪者なるもの存在するなどと

 認知することもなく、そのような存在に警戒することもないはずだから

9.宮崎勤が憎い!憎い!憎い!(でもとっくに死刑になってる)

――じつは、丸一年ほど前、ほとんどそっくりシチュエーション

目の前で自転車に乗っていた男子小学生コケて膝をすりむいたので

たまたま持っていた絆創膏を貼ってやったことがある

なんで男女差別するんだよ? と思い切り怒られそうだが

このときは通り過ぎた後ではなく目の前だったし

俺のせいでコケたのではないのは誰の目にも明白

しかも俺とはまた別の親切なおっさん

手持ちのウェットティッシュ男児の傷口を拭いてやった

何より、ショタ少年愛変態犯罪者ならば

ロリコンよりも格段に一般人の間では認知度が低い

中年男が(絆創膏を貼るため)ケガした男児の足に触っても不審がる人は少ない

が、女児相手だとケガを口実に変態ロリコン行為をやってると誤解されかねない

逆に、成人女性治療理由男児の足に触っても不審がる人は少ないだろう

成人女性ショタ好き変態犯罪者もきわめてごくまれ存在するが

成人男性ロリコンより格段に少ないし世間認知度も低いだろう

くり返す、ケガしたかも知れない女児を見殺しにしたのは俺のせいじゃない

宮崎勤が悪い、宮崎勤が全部悪い(でもとっくに死刑になってる)

残念ながら俺はロリコン変態犯罪者に間違われても

女児を助けて治療するなんてかっこよすぎるヒーローキャラではないんだ

あー畜生、なんで俺生物学的な身体が男なんだろ

俺のゴミ野郎、俺のクズ、俺の卑怯者、俺なんかうんこ野郎

2019-05-04

anond:20190504104043

そうだね。

ギリシャ少年愛なんかはいい例で、

共同体の存続に寄与していたから認められていた。

しろ妙齢なのに男に相手にされないというのは恥ずかしいことだったとか。

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

2018-11-06

anond:20181106143914

いや、ほんとに児童買春成立させたいならリアル問題提起したらいいじゃん。

児童買春とは少し違うが実際アメリカではNAMBLAっていう少年愛肯定団体もある。

そこでどういった目を向けられるかは自己責任だが。

議論テーブルで「現実では~」って言うやつはよくいるが、つまり自分説明する頭がありません」と言ってるのに過ぎない。

現実が常に正しいのなら、各種社会運動など世の中に一つもないだろう。

anond:20181106143707

いや、ほんとに児童買春成立させたいならリアル問題提起したらいいじゃん。

児童買春とは少し違うが実際アメリカではNAMBLAっていう少年愛肯定団体もある。

そこでどういった目を向けられるかは自己責任だが。

2018-10-09

おっさんずラブ

答えになっているかどうか微妙ですが・・・誤字脱字で書き散らしですみません


40代後半のゲイです。一意見として読んで頂けたら嬉しいです。

ラーメンズ」が好きです。アメリカドラマの「クローザー」が好きです。


おっさんずラブ面白かったですし、かなり泣きました。

単発の2016年物を当時見て、2018年物をアマゾンでさっき見ました。


日本ドラマはほぼ見たことがありません。テレビ自体も実は30年近くほぼ見ませんでした。

アメリカドラマクオリティが高いのとマイノリティに対する態勢が違うのでやはり

日本ドラマ敬遠してしまます


日本漫画があるようにアメリカドラマ裾野の広さはすごいです。

でもこのドラマはかなりいいところまで行ってると思います

アメリカドラマに迫る勢い。


ジョークセンスマイノリティに対する姿勢作品クリエイティブ度、それらのバランス


2016年版では薄かったマイノリティに対する配慮はすごく感じました。


2016年版の異性愛者側の描き方はリアルだと思います

春田のハセの告白に対するリアクションも、

非常にリアルなのでゲイとしてはかなりショッキングです。


まり、これが現在日本での状況です。

大多数がそーだよな。そーなるよな。と納得できるリアルさ。


おっさんずラブレビューでも男性の絶賛レビュー枕詞のようにつく、

「俺はゲイではないんですが・・・」という言葉


これがリアルな状況なんです。自分同性愛者だと思われては困ると言う事。

(異性愛者ってのは事実なんですからそうなんでしょうけどね)


落合恵子さんが、同性愛者の話をするとき

「私は違うんですが・・・」とつい言ってしまっていた。

それが、同性愛者の人を傷つけていると気が付いたと、コメントされています


余談ですが、

同性愛に対する嫌悪感の一部分は、近親者同士の恋愛嫌悪感に近いと思っています

いけない事と言う感覚


しかしこの感覚は実は曖昧だと思います。国や地域宗教によって、ずいぶん変わります

8親等までダメな国や、同「姓」もダメな国もありました。


実際に血縁者でも事実を知らなければ、恋愛に落ちることもあるでしょう。

近親婚が合法な国もありますし。


社会的な原因での嫌悪感存在すると思います。もちろん、それで全て説明はできません。

例えば、なぜ私個人女性との性的関係嫌悪感を感じてしまうか?など。

ただ映像異性愛者同士の性的なシーンを見ても嫌悪感は感じないんです。


さておき、今回の2018年度版の制作にあたり、

制作陣のコメントにも「配慮をした」とありました。

これは本当にすごいことです。時代ですね。


もちろんまだまだ作品違和感はあります


多くのゲイBLに対して思う「性的指向は変化しない」と言う思い。


しか性的指向も100%変化しないものではないし、かつ恋愛性的指向の関係も完全ではないです。

ずっと一緒にいたい=結婚したい!って話なら性的指向だけで決定するものでもないでしょうし。

ただこの問題ちょっと複雑なんです。性的マイノリティの辛さの原因の一つは、

性的指向の変化はほとんどない」事なので。


当事者は、

沢山の情報の中から選んで自己肯定材料に使っています

研究結果、アンケート結果、事件などなど。


時代とともに変わりますし、結果、失敗(自己否定)に終わる考察もあります

なんの肯定的情報も得ず理論武装出来てない時

自分以外の当事者とあって感情を共有した時

自己肯定成功し始めた時

色々な経験をして性的マイノリティ―と言う特徴が自分の全てではないと思った時期

当事者が今、どのような考え方なのかによって作品に対する評価も相当変わるでしょう。


この番組当事者メリットデメリットで考えると、断然メリットが上回っていると思います

ハッピーエンドで終わったこと。春田と牧がゴールだったことは大きいと思います


あり得ない!っていう評価は、フィクションにたいしてナンセンス

視聴者が、制作者の誘導に納得した作りで、かつ、ゴールが異性愛者同士じゃなかったのは感動しました。


箇条書きに他に気になったところをあげます


マイマイに対して黒沢夫人の「あなたは無いでしょう」

(ジョークとしては品がない、まぁ結果的想像も及ばない破壊神にやられてしまうわけですが)

黒沢部長盗撮パワハラセクハラ(面白さとトレードオフですかねぇこの作品の掴みの肝ですから)

黒沢部長の恋がコメディリリーフ過ぎた・・・可愛そうな終わり方だったです。

でも、もっとコメディとして突き抜けてほしかったし・・・(笑)

武川正宗トイレ視線(ちよっと偏見がきついですね、犯罪ですから・・・)

風呂でのキス!(性暴力との指摘がゲイ友達からありました)

ロリでと言うセリフ(ロリ定義も含めて小児性愛者の問題は難しいです。)


上記問題点もアメリカドラマであれば、もっと突き抜けたジョークになりますし、

ポリティカルコレクトをしっかり守りつつ、フォローちゃんします。時勢に合わせてですけど。


それでも、おっさんずラブは、今までの日本ゲイ関係ドラマと比べて突き抜けたと思います

偶然もあると思ってます。でも、ゲイを一つの設定として使い、純愛を描いた。


約40年前の漫画作品竹宮恵子さん作の「風と木の詩」があります

少女漫画評論家藤本由香里さんが、風と木の詩解説で、


「つながりへの希求他者による自己肯定欲求」が少女漫画の「根底テーマ

拒否される愛としての少年愛は、「それ」を見つめることを可能とした。

究極のつながりとは何か?という純粋関係性のみを問題視しえた。とおっしゃっています


40年前は悲劇で。40後の今、この手法が「おっさん愛」で

おっさんずラブ」とゆうモダンホラー風の喜劇の中で使われました。大成功だと思います(笑)


BLやおい少年愛、長く受け継がれ蓄積した少女漫画資産

それによって受け取り側が大きく変わったこと。

制作者側がどれほど意識たかは確かに微妙です。細かい設定では矛盾無理解もあります


でも視聴者のいろいろな感想を見ていると、

ゲイの話とかじゃなく純愛なんです!(ゲイマイナス要素だけど、いい話という理論)

だけではなく、

ゲイは1つの設定。という受け取り方の人たち。



NHKの「弟の夫」は素晴らしい作品でした。感動して死ぬほど泣きました。

ゲイにとってメリットしかない作品です。


でも、異性愛者にとっては?と考えると、おっさんずラブは、エンターテイメントとして秀逸。

がゆえにゲイ要素のある作品大勢の人に評価される。大事な事だと思います。橋渡しとして。


脚本家の素晴らしいセンス、それを映像化できる俳優を含めた優秀なスタッフ

ちょっとした奇跡だったと思います(笑)



1つだけ。作中の音楽が好みではありませんでした。

日本ドラマだと、音楽製作費とか大変なんですかねぇ?

テーマ曲の2曲は良かったんです。それ以外が一貫性がないと言うか・・・


まだまだ書きたい事がありますが長すぎました!(笑)

文章の中で、ゲイ当事者性的マイノリティ

主語が揺らいでること申し訳ございません。


追記


当初、小児性愛者に関する記述に思慮が足らずいい加減な書き方をしてしまいました。

小児性愛者関連はちょっと・・・」はあまり言葉足らずでした。すみません


読んで頂いてありがとうございます

2018-09-30

anond:20180930114626

昔さかのぼったら衆道伝統とかあったりしないのか?

哲学とかは源流たどれば少年愛ありそうだけど

2018-07-12

anond:20180712205313

勝手妄想繰り広げるくらいなら、少年愛歴史とかちゃんと調べた方がいいと思うんだが

anond:20180712205313

少年愛は今でも表に出てくるよ、わいせつ容疑で逮捕という形で

anond:20180712185921

江戸時代までは上流階級の男は積極的少年愛が好きだったのに、男女逆転してるのが謎だよね。

男色大鑑とか見るに町人文化にも少年愛侵食してた感じもあるし。

少年は女より美しく香りもよく尊い、男同士の愛情は男女のそれより高潔尊いと言う価値観男尊女卑バッチリ噛み合ってた。

昔は大人に声をかけられた少年性交に応じなければ家に大勢で押しかけられて輪姦されても親も文句を言えない文化だったとかで、近代化後もそういった少年強姦を行っていた白袴隊という海兵学校青年達による少年強姦事件が頻発して同性愛イメージが落ちたとか見た。

2018-07-10

anond:20180710212936

日本男性上流階級伝統的に少年愛を嗜むゲイだったし、外人も何で日本人はゲイなのか興味津々で江戸のそういう本を優先的に翻訳したりしてたから、西洋化に伴い性癖を捻じ曲げられた日本男性本能的にまだ男を愛するのは自然な事だね。

2018-06-17

少女漫画歴史少年愛ものが一つのジャンルとしてあったというのが

今思えば何か新鮮だなあ

名前も知らずに読んでた無料マンガアプリマンガ

最初から最後まで、男性のメインキャラが男性を思っているような話で

絵柄は古く展開はシリアスで、BLと呼ぶよりは少女漫画だなあと感じた

2018-06-11

アニメゲイ伝説を見て少年愛はわかるけどおっさん同士の恋愛とは何だろう

少年同氏はわかるんだけど30半ばすぎておっさん同士で本当に恋愛とかあるのか

な~んかLGBTとか壮大な嘘で人類全体が騙されているような気がしてならない

2018-05-25

尊さを「着ていく」という感覚への気付き

最近とあるマンガがキッカケで百合の沼にハマってしまった。

対象とする性別こそ違えど、つづいさんのムーブがよくわかる。

今までの人生百合に興味はほとんどなかった。

一応ゆるゆりリアルタイムで追っかけてたけど、

どちらかというと苺ましまろの延長線上みたいな感じだった。

もちろん、百合BL嫌悪感を抱いているとかではまったくないのだが。

イマイチピンとこないでいた。

(ここで百合BLを同列に並べるのはなぜ?と思った人は鋭い。

この後すぐ述べるカップリングのことを俺は殆ど少年愛だと思っている、その現れということだ。

詳しくはいつか書こうと思う。)

わたモテゆりもこに出会って俺は変わったんだ。

変われたんだよ。

そんで思ったんだが、尊さってのは不思議感覚だな。

波がある。

その日その日にフィットする尊さがある。

もう今日は尊くてしかたがないです、すみません許してください。

そして想像上の他者におのれのゆりもこ妄想を頭の中で語り続ける、

そんな日もあれば、

洗濯や皿洗い、部屋の掃除など何気ない日常動作にこの尊さを折りたたみたい。

折りたたむ感じで日常のあれこれをやっていきたい。

そんな日もある。

あるいは、なぜ俺の年収はこんなに低いのか、あるいは人間関係を今後どうすれば、

そんなはたから見るとお笑いごとだが、

あくま自分にとっては深刻な問題の傍らに尊さを置いて置きたい、

そんな日もある。

なんというか、感覚的だし飛躍しているのは百も承知だが、

その日その日の尊さを着て歩く、服を着るみたいに。

そんな感じなんだよな。

俺はオタク系の文化はほぼ引退した身なんでよくわからないんだが、

こういうのは「あるある」なのか、それとも変な感性なのか。

それが気になった。

2018-05-19

anond:20180519112005

男女問わず成人の少年愛普通に犯罪部活顧問と生徒とか、表面化してないだけで被害はたくさんあると言われてる。

ところが日本ではようやくこないだの刑法改正でやっと「男性強姦被害者」の存在が認められるようになったぐらい、性的犯罪への意識もかなり近代的な価値観から見たら後進的。

から女性子供に対する性的被害への意識が低い人がいるのも、これまでの歴史を考えたら仕方がないことだとは思うけどね。でもも法律も変わったし、男性性犯罪被害者の存在はこれから存在認知が高くなっていく途上なんじゃないかねー。

anond:20180519111741

ノンケに着目されて目立たないけど少年愛も論外にして罪悪ということには誰も異論なしってことか

語義的には広義的にペドフィルに含まれるんだっけ

2018-03-03

https://anond.hatelabo.jp/20180302132026

他の人も指摘しているけど、ガンダム最初期の腐女子が盛り上げた面もあって、シャアガルマとかは明らかに意識的にそのために作られたキャラクターだよね。

1979年と言えば、竹宮恵子が「地球へ…」「風と木の詩」で小学館漫画賞を受賞した年で、ずっとサブカルの中のサブだった少年愛がいよいよメインに出ようとしていた時代で、ボルテスVのプリンスハイネルとか、女性人気が非常に高かったから、ガンダムはそういう層にもアピールするように作られている。

2018-02-04

なぜわたモテはこんなにも尊いのか、それを考える日々(2/7追記しました)

俺はゆりもこ派、

より正確に言えば

ゆりもこを成立させる

黒木智子となかまたち」

ゆり、もこ、吉田さん、まこ)

尊い派なんだ。

推ししんどい

つづいさん?へーって思ってたけどそれが今はよく分かる。

ページを捲る手がしんどい

というか、ページを捲る手を想像することすらしんどい

推し尊いというか、推し尊い様態を成立させている場が尊い

これはなんで尊いのか、

って時々考えるわ。

ゆりもこは打ち上げ会(後日談

ピークだ、

そういう意見をよく見る。

かに「まとまり」的な意味ではあれでいっちょ上がりかもしれない。

しかし俺は、

もここみゆう絶対的絆を、

ネモクロの運命をみてきたからこそ、

声を大にして「黒木智子となかまたち」が尊い

そういいたい。

つかの間の運命が終わると、

そこには「世界」が広がっていた・・・

しかしなおも「黒木智子となかまたち」は続く。

そんな感じが尊いんだな。

わたモテは、人類絶滅して20000年くらい経って、

宇宙人地球が来た時にほんとうの意味で託す作品

そう思うわ。

<h3>o- ****秘技コメント全返し*****</h3>

>>はややーよりはややー

はややーってなんだよ!!

>>うちもこ派だが気持ちは同じだ。だけど(ここからうちもこ語り)、うちもこにはまだまだ先がある。他のヒロイン比較して「好きな人いる」とまでの自覚さがあるのは、大きなリードだと思う。

性癖こそ違えど、志は同じだな。

うちもこがあるからこそゆりもこが光るし、ゆりもこがあるからこそうちもこが輝く。

そういう話だよな。

>>お、同志よ 俺もゆりもこ派だ 早くもこっちはゆりちゃんをあだ名で呼んで、修学旅行以前の表情豊かなゆりちゃんに戻してほしい このままだとゆりドンと握撃が止まらない|12巻発売前なのに知ったかする奴来たな

同志だな。俺的には、ゆりドンから尊さが増したと思う。

ももこっちはゆりちゃんをあだなで呼ばないほうが尊いのではないか?とも思う。

そこは意見の違いだな。

あさま山荘みたいな話だわ。

>>ガチ目の社交不安障害漫画から3学年目でこうなってるっていうのがいろいろすごいよね

あの時期があったからこそ今の尊さが有るよね。

しょっぱなからいまのをみせられても、?だと思うわ。

>>ほんとネット大人

見とけよ

>>ネモクロ派だけどどの関係尊いしんどい。初期のもこっちは良かれと思ってやったことが全部裏目に出てたけど、今は奇行が良い方向に転んでて読んでるだけで多幸感が凄い。凄い。

俺はゆりもこ派だがわかるよ。「多幸感」わかるよわかるよ。

わたモテという場全体が尊いしんどいよな。

もうなんか、キャラがいて、なんか喋って・・・尊いしんどい。みたいな。

増田ばっかりかいている俺みたいなのにも誰しも有る数ヶ月の尊い日々、

そういうのがギュッとつまってると思うわ。

>>レズは全てを浄化するからな。これだけ政治的に正しくなった社会でこの期に及んでまだ男が好きな女って意味わかんない

しかにそうだな。男は男と、女は女と恋愛するのがいいみたいなことを漫画キャラが言っている画像を見たことが有るが、一理あるわ。

まあ俺は黒木智子となかまたちは少年愛だという持論があるが。

>> ネット大人気は大抵なんJ大人気の言い換えだからな。それで売れてるんなら良いけど、わたモテ売れてるって話あんま聞かんのよな。アニメ化で以前の数分の1位しか売れてないって聞いた時可哀想だったな。

スレふたばでも爆発的な人気・・・って

ネットのコアな部分で、って事実は変わらんか。

でも、それでもいい。黒木智子となかまたちの尊い関係が続いていけるならそれでいい。

そう思える。

>>ネモモコトリックネモモコトリック

内さんいらないって

>>キャラが絡むだけでもはや面白い

これは本質的コメント

ゆりちゃんと岡田が絡んだらどうなるんだろう?

そういうゾクゾク感があるよな。

似たような雰囲気生徒会役員共でも感じたが、

こっちの方がほんきでやってる感ある。

>>(わたモテってどっちだ、どっちの話だ)というところからいつも始まる

それが増田を伸ばす原動力成る。そういうことだ。

>>作品としてはアニメ化以降の方が遥かに面白くなっていると聞く。

増田嘘つかず。8巻からまれよ。

2018-01-07

わたモテで書かれているのは百合というのもあるが最高級の少年愛だろ実際問題。もこっち、ゆりちゃん、吉田さん全員少年だわこれ。

少年愛ソムリエの俺が言うんだからかにそうなんだと思うわ

ちなみに最高の少年は「女装少年家出中。」の進藤真

あとUMB2012のmol53のヒリヒリする佇まいも少年的だと思うわ

なんだな

#####

>>わたモテ語る系増田さんは度々うっちー無視するの、うっちー大好きとしては寂しい。

うっちー最上級ドストレート百合なんじゃないか

俺がうっちーだとしたらって今考えたんだけど、やはりもこっちを好きになると思うわ

2017-11-27

ゲイの中には少年愛者というのもいるにはいるし、事実彼らをターゲットにしたビデオもある

あいつらがなぜか賞賛してる衆道というのもだいたいその年頃だ

それを他人事みたいに言われるのはあくまで彼らの都合でしかない

2017-10-24

anond:20171024164807

Wikipediaを読むと「少年愛」とか「男娼」とか出てくるけど…

BANANA FISHアニメ化されると聞いて。

世代が違うので伝説漫画であるらしいという事しか知らなかった。

面白そうなんで原作の冒頭だけネット立ち読みで読んでみたが、絵が結構好みだ。が、絵柄は後にガラッと変わっていかにも少女漫画な感じになってしまうらしいので残念。初期の画風でキャラデザ林明美なんて最高なんだがなぁ。はぁ。

ストーリーは、ノワール系好きな自分には合ってるのかもしれないな?よくわからんけど。

でもメインは刺激的なストーリーより主人公達の濃ゆい関係性の方なのか?それはそれで好物だけれども。

こういう昔の作品リバイバルにはありがちだが古参ファンまじ怖い。なんであんなに腐女子を目の敵にしてるん?

原作の冒頭を立ち読みしただけの僕が言うのもどうかと思うが、ああい漫画BLの要素微塵も無しにわざわざ少女漫画誌に載せる意義って無いと思うので、やっぱり作者や編集部はあれをBL作品と見なしてんじゃないだろうか?BLである事で作品面白さが棄損されるって事もないしなぁ。

あ、でも連載当時はそもそもBLっていう語は存在していないよね。あの頃だとジュネとか言ってたの?少年愛自体はそれよりもっとから少女漫画の題材の一つとして描かれてはいたよね。僕あんまり漫画史の知識いから間違ってたらごめんね。

外野の僕の目には、BANANA FISH界隈における腐女子叩きは古参縄張りを主張して新参を威嚇してる様にしか見えないが。

ともあれ。なんか面白そうだからアニメは観る事にするよ。原作も読みたいが、今ちょっと金無いか単行本揃えるのは無理だなぁ。アニメ観る前にネタバレ踏まない様に気を付けないとだな。

【追記】

上記でBANANA FISH は一応BLなのでは?と書いたけど、このエントリ投稿した後でこんなツイート発見

https://twitter.com/kauju_ru/status/922354045209022465

はいBLではないそうです。

だがこの記事BL定義もなんだかなーって感じだけどな。BLセックス描写必須なのか?そこら辺の解釈腐女子によって様々ではないだろうか。

https://twitter.com/y00black/status/922299986963869696

https://twitter.com/y00black/status/922300787169959936

ほんとそれな。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん