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はてなキーワード: 医科大学とは

2021-09-22

我が子が乳児期の全身麻酔により高次脳機能障害になった話

我が子は難病指定の症状で誕生した。

生後4ヶ月に、全身麻酔での手術が必要になった。

手術はなんとか終えたが、執刀痕があまりにも汚すぎて、10年近く経った今でも痛々しい跡がくっきり残っている。

あの時、この医科大学附属病院ではなく、もう一つの大学病院選択していたらこんなことにはならなかった。

我が子は、記憶が飛ぶ。

様々な事が覚えられず、字も汚いし、他人とうまく関われない。精神年齢は3歳程度である

執刀回数の経歴欲しさに、この医大附属病院で手術されてしまった。

生後4ヶ月だから、もちろん喋れないし、全身麻酔前との違いが私も医師も分かるわけがない。

ただ、明らかにおかしいし、信用できない行為の多い病院だった。

後悔しても手遅れだ。

乳児の手術には、必ずセカンドオピニオンをした方がいい。一生取り返しのつかないことになる。

2021-08-17

anond:20210817123649

エリザベスブラックウェルがジェネヴァ医科大学から学位を授与されたのは1849年

楠本イネ東京築地産科医として開業したのが1871年

イネちゃんのほうが後じゃね?

そもそもエリザベスちゃんのほうは「学位を授与されて医師資格を得た」というのがポイントのようだし。

民間療法レベル医療従事する女性がいた、ってのとはまた別の話なんじゃね。

それこそ古代女性シャーマンとかが「世界最初女医」かっていうとちょっと違うじゃん。

2021-08-05

anond:20210805112726

医科大学院の学生って医師免許持った上で大学院行ってる学生だろ

それは日本でも普通に診療やってるぞ

ってか日本だと診療やらないと食えないかアメリカよりやってると思うぞ

アメリカ医学生も投入

リカ場合は、感染拡大が厳しい状況になると、あらゆる専門の医師だけでなく、医科大学院の学生外国医師免許保有者まで現場に投入しました。また、余裕のある州から臨時に要員を融通することもしました。

https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2021/08/post-1239.php

アメリカって医者徴兵されるんだな

2021-06-26

国内医師ら450人がワクチン接種中止を求めて嘆願書を提出

https://www.sanspo.com/article/20210624-IOQJULJCVRMBXMZXIDJG6SDUHA/

個人的には、ワクチンを打たない自由はあるべき(疾患や体質、また症例から打つことへの不安もつことは悪いことではない)とは思う。

しかも、記事本文に下記のことがあると、説得力がなんとなくある気がしてしまう…!

嘆願書同意したのは国内医師390人と地方議員60人

気になるので調べたよ。

発起人

高橋

ウィスコンシン医科大学名誉教授統合医療クリニック徳院長。関西病院で消化器外科を専攻した後、渡米。ミシガン大学助手デューク大学教授ウィスコンシン医科大学教授を経て、ウィスコンシン医科大学名誉教授。2016年名古屋市に『統合医療クリニック徳』をオープン

病院サイトを見にいったが、何を治すために伺えばいいのかさっぱりわからなかった。

漢方での対処療法とか…そういうときかな…。

プロフィールから、渡米した結果、何を学んだのかよくわからなかった。

そもそも、消化器外科先生なんだよね…?

求人サイトから職員構成が見れた。

スタッフ構成

院長 1名

医師非常勤)2名

看護師非常勤: 精神科ショートデイケア専任)1名

ヨーガレイントラクター非常勤)2名

ロマセラピスト非常勤)1名

スピリチュアルヒーラー非常勤)3名

気功師鍼灸師非常勤)1名

気功療法師(非常勤)1名

鍼灸師非常勤)2名

カウンセラー非常勤)1名

瞑想指導非常勤)1名

整体師(非常勤)1名

スピ…?めいそうしどう…??

署名に参加したのはどんなメンバーなんだろと調べてみる

気を取り直して、参加者を調べよう…!

参加される方のブログみっけ。

https://www.kaneshiro-honest-clinic.com/2021/06/21/624は『新型コロナワクチン接種中止』の嘆願書提/

クリニック徳 高橋徳院長が中心になって作成された『新型コロナワクチン接種中止』の嘆願書に対し医師約180名、歯科医約150名、議員約50名の同意が集まり同意者の名簿を添えて6/24厚労省に提出する事になり

えっ、お医者さんの約45%は歯医者さんなの…?!

歯医者さんは医師だけど。尊敬してますが、なんとなく、趣旨違わない…??

6/14現在での発表で新型コロナウイルスで亡くなった方は14132人ですが、60歳未満は450人足らずしか居ませんので働き盛りの60歳未満は無症状であればマスク不要自粛せずに仕事をして、どんどん外食もして経済を支えてもらえば良いですし当然、ワクチンなんて不要です。

??感染を広げようみたいなこと言ってて怖くなったのでブログをそっとじ。

(ここで力尽きたサラダ🥗)

2021-04-11

フェミさんは「弱者男性を救わなくていい」という議論が「じゃあ女性別に救わなくていいな」という意見になって返ってくることを想像できないほどの知性しかないの?

あいわかった。

そうやって優先順位をつけるなら、層が広い女性を救うのは後回しだ。当然だよなあ?

まずは入国管理局に捕らわれている人たちを助けなければいけない。

次に障害者リソースをつぎ込もう。

まずしいシングルマザーを助けよう。AV被害者を助けよう。

弱者男性よりはるかに恵まれ立場で何をぜいたくなこと言ってんだ。

なに?医科大学女性差別?そんなん後回しに決まってんだろバカか。

女性管理職の数が知らない?

うるさい。

まずはシングルマザー貧困を全て解決してからだ。

だって、お前らがいったんだぞ。

それほどかわいそうじゃない人間や、自業自得人間を救うのは後回しでいいと。

言葉責任を取れよ。

結婚している女性が家庭で旦那の態度が悪い?DV被害を受けてないだけましだな。却下

今後はそういう贅沢な悩みを述べてる女性

1回ツイートするごとにDV被害避難している女性支援する団体に1000円寄付しろ

2021-03-22

孤独

当時私は二十五歳の青年で、丸まるの内うちのあるビルディングオフィスを持つ貿易商合資会社S・K商会のクラークを勤めていた。実際は、僅わずかばかりの月給なぞ殆ほとんど私自身のお小遣こづかいになってしまうのだが、と云ってW実業学校を出た私を、それ以上の学校へ上げてくれる程、私の家は豊ゆたかではなかったのだ。

 二十一から勤め出して、私はその春で丸四年勤続した訳であった。受持ちの仕事会計の帳簿の一部分で、朝から夕方まで、パチパチ算盤そろばんだまをはじいていればよいのであったが、実業学校なんかやった癖に、小説や絵や芝居や活動写真がひどく好きで、一いっぱし芸術が分る積つもりでいた私は、機械みたいなこの勤務を、外ほかの店員達よりも一層いやに思っていたことは事実であった。同僚達は、夜よな夜なカフェ廻りをやったり、ダンス場へ通かよったり、そうでないのは暇ひまさえあればスポーツの話ばかりしていると云った派手はでで勇敢で現実的な人々が大部分であったから、空想好きで内気者うちきものの私には、四年もいたのだけれど、本当の友達は一人もないと云ってよかった。それが一際ひときわ私のオフィス勤めを味気あじきないものにしたのだった。

 ところが、その半年ばかり前からというものは、私は朝々の出勤を、今迄いままで程はいやに思わぬ様になっていた。と云うのは、その頃十八歳の木崎初代が初めて、見習みならいタイピストとしてS・K商会の人となったかである木崎初代は、私が生れるときから胸に描いていた様な女であった。色は憂鬱ゆううつな白さで、と云って不健康な感じではなく、身体からだは鯨骨くじらぼねの様にしなやかで弾力に富み、と云ってアラビヤ馬みたいに勇壮うそうなのではなく、女にしては高く白い額に左右不揃いな眉まゆが不可思議な魅力をたたえ、切れの長い一ひとかわ目に微妙な謎を宿し、高からぬ鼻と薄過ぎぬ唇が、小さい顎あごを持った、しまった頬ほおの上に浮彫うきぼりされ、鼻と上唇の間が人並ひとなみよりは狭くて、その上唇が上方にややめくれ上った形をしていると、細かに書いてしまうと、一向初代らしい感じがしないのだが、彼女は大体その様に、一般美人の標準にはずれた、その代りには私丈けには此上このうえもない魅力を感じさせる種類の女性であった。

 内気者の私は、ふと機会を失って、半年もの間、彼女言葉も交わさず、朝顔を見合わせても目礼さえしない間柄であった。(社員の多いこのオフィスでは、仕事共通ものや、特別に親しい者の外は、朝の挨拶などもしない様な習わしであった)それが、どういう魔(?)がさしたものか、ある日、私はふと彼女に声をかけたのである。後になって考えて見ると、この事が、いや私の勤めているオフィス彼女入社して来たことすらが、誠に不思議めぐり合せであった。彼女と私との間に醸かもされた恋のことを云うのではない。それよりも、その時彼女に声をかけたばっかりに、後に私を、この物語に記しるす様な、世にも恐ろしい出来事に導いた運命について云うのである

 その時木崎初代は、自分で結ゆったらしい、オールバックまがいの、恰好かっこうのいい頭を、タイプライターの上にうつむけて、藤色セル仕事着の背中を、やや猫背にして、何か熱心にキイを叩たたいていた。

HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI ……

 見ると、レタペーパの上には、樋口ひぐちと読むのであろう、誰かの姓らしいものが、模様みたいにベッタリと並んでいた。

 私は「木崎さん、御熱心ですね」とか何とか云うつもりであったのだ。それが、内気者の常として、私はうろたえてしまって、愚かにも可成かなり頓狂とんきょうな声で、

樋口さん」

 と呼んでしまった。すると、響ひびきに応じる様に、木崎初代は私の方をふり向いて、

「なあに?」

 と至極しごく落ちついて、だが、まるで小学生みたいなあどけない調子で答えたのである彼女樋口と呼ばれて少しも疑う所がないのだ。私は再びうろたえてしまった。木崎というのは私の飛とんでもない思違おもいちがいだったのかしら。彼女彼女自身の姓を叩いていたに過ぎないのかしら。この疑問は少しの間私に羞恥しゅうちを忘れさせ私は思わず長い言葉を喋しゃべった。

あなた樋口さんて云うの? 僕は木崎さんだとばかり思っていた」

 すると、彼女も亦またハッとした様に、目のふちを薄赤くして、云うのである

「マア、あたしうっかりして。……木崎ですのよ」

「じゃあ、樋口っていうのは?」

 あなたのラヴ? と云いかけて、びっくりして口をつぐんだ。

「何なんでもないのよ。……」

 そして木崎初代は慌あわてて、レタペーパを器械からとりはずし、片手で、もみくちゃにするのであった。

 私はなぜこんなつまらない会話を記したかというに、それには理由があるのだ。この会話が私達の間にもっと深い関係を作るきっかけを為なしたという意味ばかりではない。彼女が叩いていた「樋口」という姓には、又彼女樋口と呼ばれて何の躊躇ちゅうちょもなく返事をした事実には、実はこの物語根本こんぽんに関する大きな意味が含まれていたかである

 この書物かきものは、恋物語を書くのが主眼でもなく、そんなことで暇どるには、余りに書くべき事柄が多いので、それからの、私と木崎初代との恋愛の進行については、ごくかいつまんで記すに止とどめるが、この偶然の会話を取交とりかわして以来、どちらが待ち合わせるともなく、私達はちょくちょく帰りが一緒になる様になった。そして、エレベーターの中と、ビルディングから電車停留所までと、電車にのってから彼女巣鴨すがもの方へ、私は早稲田わせだの方へ、その乗換場所までの、僅わずかの間を、私達は一日中の最も楽しい時間とする様になった。間もなく、私達は段々大胆になって行った。帰宅を少しおくらせて、事務所に近い日比谷ひびや公園に立寄り片隅かたすみのベンチに、短い語らいの時間を作ることもあった。又、小川町おがわまちの乗換場で降りて、その辺のみすぼらしいカフェに這入はいり、一杯ずつお茶を命じる様なこともあった。だが、うぶな私達は、非常な勇気を出して、ある場末ばすえのホテルへ這入って行くまでには、殆ど半年もかかった程であった。

 私が淋さびしがっていた様に、木崎初代も淋しがっていたのだ。お互たがいに勇敢なる現代人ではなかったのだ。そして、彼女容姿が私の生れた時から胸に描いていたものであった様に、嬉しいことには、私の容姿も亦また彼女が生れた時から恋する所のものであったのだ。変なことを云う様だけれど、容貌については、私は以前からややたのむ所があった。諸戸道雄もろとみちおというのは矢張やはりこの物語重要な役目を演ずる一人物であって、彼は医科大学卒業して、そこの研究室である奇妙な実験従事している男であったが、その諸戸道雄が、彼は医学生であり、私は実業学校の生徒であった頃から、この私に対して、可成かなり真剣な同性の恋愛を感じているらしいのである

 彼は私の知る限りに於おいて、肉体的にも精神的にも、最も高貴ノーブルな感じの美青年であり、私の方では決して彼に妙な愛着を感じている訳ではないけれど、彼の気難しい撰択に適かなったかと思うと、少くとも私は私の外形について聊いささかの自信を持ち得うる様に感じることもあったのである。だが、私と諸戸との関係については、後に屡々しばしば述べる機会があるであろう。

 それは兎とも角かく、木崎初代との、あの場末ホテルに於おいての最初の夜は、今も猶なお私の忘れ兼かねる所のものであった。それはどこかのカフェで、その時私達はかけおち者の様な、いやに涙っぽく、やけな気持ちになっていたのだが、私は口馴れぬウィスキイをグラスに三つも重ねるし、初代も甘いカクテルを二杯ばかりもやって、二人共真赤まっかになって、やや正気を失った形で、それ故ゆえ、大した羞恥を感じることもなく、そのホテルカウンタアの前に立つことが出来たのであった。私達は巾はばの広いベッドを置いた、壁紙にしみのある様な、いやに陰気な部屋に通された。ボーイが一隅の卓テーブルの上に、ドアの鍵と渋茶しぶちゃとを置いて、黙って出て行った時、私達は突然非常な驚きの目を見交わした。初代は見かけの弱々しい割には、心しんにしっかりした所のある娘であったが、それでも、酔よいのさめた様な青ざめた顔をして、ワナワナと唇の色をなくしていた。

「君、怖いの?」

 私は私自身の恐怖をまぎらす為に、そんなことを囁ささやいた。彼女は黙って、目をつぶる様にして、見えぬ程に首を左右に動かした。だが云うまでもなく、彼女も怖がっているのだった。

 それは誠に変てこな、気拙きまずい場合であった。二人とも、まさかこんな風になろうとは予期していなかった。もっとさりげなく、世の大人達の様に、最初の夜を楽しむことが出来るものと信じていた。それが、その時の私達には、ベッドの上に横になる勇気さえなかったのだ。着物を脱いで、肌を露あらわすことなど思いも及ばなかった。一口に言えば、私達は非常な焦慮しょうりょを感じながら、已すでに度々たびたび交わしていた唇をさえ交わすことなく、無論その外の何事をもしないで、ベッドの上に並んで腰をかけて、気拙さをごまかす為に、ぎこちなく両足をブラブラさせながら、殆ど時間もの間、黙っていたのである

「ね、話しましょうよ。私何だか小さかった時分のことが話して見たくなったのよ」

 彼女が低い透き通った声でこんなことを云った時、私は已すでに肉体的な激しい焦慮を通り越して、却かえって、妙にすがすがしい気持になっていた。

「アア、それがいい」私はよい所へ気がついたと云う意味で答えた。

「話して下さい。君の身の上話を」

 彼女身体を楽な姿勢しせいにして、すみ切った細い声で、彼女の幼少の頃からの、不思議な思出おもいでを物語るのであった。私はじっと耳をすまして、長い間、殆ど身動きもせずそれに聞き入っていた。彼女の声は半なかば子守歌の様に、私の耳を楽しませたのである

 私は、それまでにも又それから以後にも、彼女の身の上話は、切れ切れに、度々たびたび耳にしたのであったが、この時程感銘かんめい深くそれを聞いたことはない。今でも、その折の彼女の一語一語を、まざまざと思い浮うかべることが出来る程である。だが、ここには、この物語の為には、彼女の身の上話を悉ことごとくは記す必要がない。私はその内から、後にこの話に関係を生じるであろう部分丈けを極ごく簡単に書きとめて置けばよい訳である

「いつかもお話した様に、私はどこで生れた誰の子なのかも分らないのよ。今のお母さん――あなたはまだ逢わないけれど、私はそのお母さんと二人暮ぐらしで、お母さんの為にこうして働いている訳なの――その私のお母さんが云うのです。初代や、お前は私達夫婦が若かった時分、大阪川口かわぐちという船着場ふなつきばで、拾って来て、たんせいをして育て上げた子なのだよ。お前は汽船待合所の、薄暗い片隅に、手に小さな風呂敷包ふろしきづつみを持って、めそめそと泣いていたっけ。あとで、風呂敷包みを開けて見ると、中から多分お前の先祖のであろう、一冊の系図書けいずがきと、一枚の書かきつけとが出て来て、その書きつけで初代というお前の名も、その時丁度ちょうどお前が三つであったことも分ったのだよ。でもね、私達には子供がなかったので、神様から授さずかった本当の娘だと思って、警察手続てつづきもすませ、立派にお前を貰もらって来て、私達はたんせいをこらしたのさ。だからね、お前も水臭い考えを起したりなんぞしないで、私を――お父さんも死んでしまって、一人ぼっちなんだから――本当のお母さんだと思っていておくれよ。とね。でも、私それを聞いても、何だかお伽噺とぎばなしでも聞かせて貰っている様で、夢の様で、本当は悲しくもなんともなかったのですけれど、それが、妙なのよ。涙が止めどもなく流れて仕様がなかったの」

 彼女の育ての父親が在世ざいせいの頃、その系図書きを色々調べて、随分本当の親達を尋たずね出そうと骨折ったのだ。けれど系図書きに破けた所があって、ただ先祖名前や号やおくり名が羅列られつしてあるばかりで、そんなものが残っている所を見れば相当の武士さむらいの家柄には相違ないのだが、その人達の属した藩はんなり、住居なりの記載が一つもないので、どうすることも出来なかったのである

「三つにもなっていて、私馬鹿ですわねえ。両親の顔をまるで覚えていないのよ。そして、人混みの中で置き去りにされてしまうなんて。でもね。二つ丈け、私、今でもこう目をつむると、闇の中へ綺麗きれいに浮き出して見える程、ハッキリ覚えていることがありますわ。その一つは、私がどこかの浜辺の芝生の様な所で、暖かい日に照らされて、可愛い赤あかさんと遊んでいる景色なの。それは可愛い赤さんで、私は姉ねえさまぶって、その子のお守もりをしていたのかもしれませんわ。下の方には海の色が真青に見えていて、そのずっと向うに、紫色に煙けむって、丁度牛の臥ねた形で、どこかの陸おかが見えるのです。私、時々思うことがありますわ。この赤さんは、私の実の弟か妹で、その子は私みたいに置去りにされないで、今でもどこかに両親と一緒に仕合せに暮しているのではないかと。そんなことを考えると、私何だか胸をしめつけられる様に、懐しい悲しい気持になって来ますのよ」

 彼女は遠い所を見つめて、独言ひとりごとの様に云うのである。そして、もう一つの彼女の幼い時の記憶と云うのは、

「岩ばかりで出来た様な、小山があって、その中腹から眺めた景色なのよ。少し隔へだたった所に、誰かの大きなお邸やしきがあって、万里ばんりの長城ちょうじょうみたいにいかめしい土塀どべいや、母屋おもやの大鳥おおとりの羽根を拡ひろげた様に見える立派な屋根や、その横手にある白い大きな土蔵なんかが、日に照てらされて、クッキリと見えているの。そして、それっ切りで、外ほかに家らしいものは一軒もなく、そのお邸の向うの方には、やっぱり青々とした海が見えているし、その又向うには、やっぱり牛の臥た様な陸地がもやにかすんで、横よこたわっているのよ。きっと何ですわ。私が赤さんと遊んでいた所と、同じ土地景色なのね。私、幾度その同じ場所を夢に見たでしょう。夢の中で、アア又あすこへ行くんだなと思って、歩いていると、きっとその岩山の所へ出るに極きまっていますわ。私、日本中を隅々まで残らず歩き廻って見たら、きっとこの夢の中の景色と寸分違わぬ土地があるに違いないと思いますわ。そしてその土地こそ私の懐しい生れ故郷なのよ」

ちょっとちょっと」私はその時、初代の話をとめて云った。「僕、まずいけれど、そこの君の夢に出て来る景色は、何だか絵になり相そうだな。書いて見ようか」

「そう、じゃあもっと詳しく話しましょうか」

 そこで、私は机の上の籠かごに入れてあったホテルの用箋ようせんを取出して、備そなえつけのペンで、彼女が岩山から見たという海岸景色を描いた。その絵が丁度手元に残っていたので、版にしてここに掲かかげて置くが、この即席そくせきのいたずら書きが、後に私にとって甚だ重要な役目をつとめてくれ様などとは、無論その時には想像もしていなかったのである

「マア、不思議ねえ。その通りですのよ。その通りですのよ」

 初代は出来上った私の絵を見て、喜ばしげに叫んだ。

「これ、僕貰もらって置いてもいいでしょう」

 私は、恋人の夢を抱いだく気持で、その紙を小さく畳たたみ、上衣うわぎの内ポケットしまいながら云った。

 初代は、それから又、彼女物心ついてからの、様々の悲しみ喜びについて、尽きぬ思出を語ったのである。が、それはここに記す要はない。兎とも角かくも、私達はそうして、私達の最初の夜を、美しい夢の様に過すごしてしまったのである。無論私達はホテルに泊りはしないで、夜更よふけに、銘々めいめいの家に帰った。

2021-01-11

私だけの英雄

いつだったか、「人生は長いよ」と祖父が言いました。

人生ってきっとあっという間だよね」と言った私に返した言葉です。

祖父東京医科大学卒業して医学の道を歩みましたが、その生涯のうちに幾度となく入院生活余儀なくされた身体の弱い、でも辛くても喚かずに黙って耐えているような人でした。

「授業を抜けて、何処そこを通ってレコード屋に行きクラシックを聴いた。そこはお茶も飲めて…」数年前、病室で聞いた祖父大学時代の話は、まるで陽に焼けた冊子の中に旧漢字で綴られた、場所時間も遠い物語のようでした。その頃私は訳あって、大学に行くなんて思ってもいなかったから。

でも私の大学時代もいま思い返せば、ふらっとコーヒーショップに入ったり、たまに授業サボったり、思いついたようにCDを見てみたりしていた。好きなレコード屋を見つけ、授業をサボってレコード聴いてた祖父の話はもはや旧漢字物語には思えない。

なぜあんなに楽しそうに当時の話をしたのかが分かる。たまに新宿に来て医科大学病院を見る度に、今の私と同じぐらいの20代然とした白黒写真祖父を思い出す。

生前、泣いて祖父になだめて貰った記憶は思い出せないのだけれど、夜のわずかに街灯が点いている薄暗い街を眺めながら安っぽく流れる涙に対して、例えそれが世間一般と比べてどんなにくだらなく思える理由だったとしても、大丈夫だよと勇気づけられたような気になる時、ああ、祖父がいたんだなと思うのです。

祖父最期とき、弱り切った肉体で命を燃やす姿を今も思い出します。

苦しみながら、与えられたものを全部使い切る、そんな感じでした。

与えられた長い人生に対する誠意に見えました。

立派な人生を送りたい。

あの世で、もしも会えた時は誇れるように。

私のスーパースターとも言える。

2020-12-11

"差別"とは何なのかとそれへの私見

追記意図しない読み取られ方があるので前に移動しました、誤解を招く表現だったことおわびします)

 私は、書き忘れていたが、日本国憲法第14条に規定される属性による区別は当然のことながら差別だと考えている。私があげた絶対不可能属性による区別の話は憲法規定されていない属性に関してそれが差別かどうかを判断するガイドラインとして扱ってほしい。

日本国憲法14条

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種信条性別社会的身分又は門地により、政治的経済的又は社会的関係において、差別されない。

華族その他の貴族制度は、これを認めない。

栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」

社会的身分には職業が含まれると考えるのが相当であるので、私も職業差別には反対の立場であることは変わりない。

 そもそも先述のガイドラインにたどり着いた理由説明すると、すべての人には自由があり、差別として行為禁止を行う余地はできるだけ小さくしておくべきという私の価値観がある。ただし、生来変更不可能属性に基づく差別第三者による救済が難しいものが多いため、差別禁止によってもたらされるデメリットよりもメリットのほうが圧倒的に大きいのはほぼ間違いないであろう。一方で生まれから少しでも選択余地のある問題に関しては差別禁止するよりも、その人が選択できる余地を増やすことを通した救済が比較的行いやすい。そのためそのような問題に関しては差別の撲滅に注力するよりもより救済を行う方へ注力するほうが望ましいと考えている。

 加えて合理性を求めるひとがいるが、およそ全て人間バイアスを経て観測した世界に対して最も合理的な行動を常にとっている(たとえそれが周囲に人間にとって不合理に見えたとしても)。合理性客観的なようでその人の価値判断目的などに左右されるきわめて主観的ものである。この文章は私にとっては合理的に思えるが、読む人にとってはそうは思えないかもしれない。合理性とはきわめて主観的かつ相対的ものなのである。ただ、社会的意味での合理性は人々の議論を通じたコンセンサス形成によるものであるので、成熟した議論を経た後での差別の描像がはっきりとより多くの人に共有されることを望んでいる。

追記ここまで

中学受験に関しての増田を端に発した議論はてな界隈で盛んになっている。

大方ブクマカダブルスタンダード批判したものであるが、そもそも差別はてなーすべて同じ意味で使っているとは思えない。例えば公立中学に通っていたことを黒人になぞらえて批判しているエントリがあったが、肌が黒いことと公立中学に通っていたことが全く同列に扱われるべきものとは現在社会通念に照らしてもあまり一般的な考えではないと私は考えるが、その増田にとっては同じようなものとして考えていることは明らかである。その是非はともかくとして、現状においては差別は各人それぞれによって定義されるものといって差し支えないため、さまざまな形態区別を明示し、その日本社会およびはてなでの受容のされ方について考えるとともに同時に私見を述べてみたい。なお、どこから差別と考えるかは各人に委ねたいと思うのでここから先ではあえて「区別」という言葉を使う事にする。加えて強調しておくが、これはあらゆる社会通念に照らして問題とされている差別肯定するものではない差別とは何かを考える指標としていただきたい。

1. 日本国憲法第14条に定める属性および性的志向による区別

 これははてなーはもちろん、現在社会通念上認められていないといって差し支えない。特に性別についてはこれを支持する判例存在し(e.g. 最判昭和56年3月24日民集35巻2号300頁 いわゆる日産自動車事件) 、これはおそらく論ずるまでもなく明らかである。ただし憲法私人間効力については間接適用説が主流となっているため、例えば三菱樹脂事件のような判例存在する。ここでは憲法議論意図したものではないのでこれ以上は触れない。

2. 病気による区別

 これは最近聞かれる医療従事者への偏見にも関連している。社会的な建前としてはおそらく差別だと認定されているが、実際としては差別だとする意識が1.ほど完全に浸透しているとは言い難いところがあるだろう。おそらくはてなーに聞いてもこれは差別だと(それが建前であっても)答えると思う。なお、実際にHIVについては陽性者に対し無断で検査を行い陽性だったことを理由解雇した事件についてはその解雇無効であるとした判例存在する(千葉地判平成12年6月12日労働判例785号10頁)。

3. 年齢による区別

 このあたりから判断が難しい。現在社会的定年制は受け入れられている(是正しようとの動きもあるが)ため、年齢”差別”という言葉社会的にまだ受け入れられていない可能性は高く、受け入れられるにしても近い未来ではないだろう。おそらくはてなーでもこのあたりから認識が分かれ始めると思う。以前あった私立医科大学女子生徒と多浪生を意図的に排除していた問題にあってはこれを問題視する風潮がはてなにはあったのは覚えている方は多いと思うが、定年制への問題視はあまりなかったように思える(これは自分の印象)。なお、判例においては定年制公序良俗には反するとは言えないとの判例が出ている(東京地判平成6年9月29日判時1509号3頁)。

4. 学歴学校による区別

 これは今渦中にある問題である。実際として就活においてはいわゆる学歴フィルター存在しないと断定することはできず、存在するものと考えるべきだろう。しか厚生労働省ガイドラインhttps://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo1.htm)にも採用の可否を決める要素となってはならない項目の中に大学名・学校名に該当する項目は存在しない。少なくとも採用の場においては大学名のみによる扱いの差を設けることは認められているといって差し支えないだろう。私の周りを見渡しても実際学校の評判とそこへ通っている生徒への評価が関連づけて語られることも多く、私的な場においてもこれがタブーとされているとは到底言えないであろう。実際はてなーでも公立中学を「動物園」とまで評する向きもあることからそこまでのタブー視もはてなーの中にはないと言える。

5. 嗜好(性的志向はふくまない)による区別

 いわゆる「オタク差別」などを念頭にしたものである。これを例にとると過去には東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件などに端を発したいわゆるオタクへの偏見があった(が、現在社会では薄いものとなってきていると私は感じており、マクロ視点に立つならそもそも区別存在しなくなってきているのではないかと考えている)。これの社会的な受容を考えてみる。個人ミクロ視点にたつならそういった嗜好を理由ハラスメントを受けた例はあるだろう。ただ、それは嗜好を理由にしたハラスメント問題とされるのではなく、そのハラスメント自体問題とされる(ことが多い)ため、おそらく社会的問題視はあまりいであろう。ただ、そもそも属性による区別はその属性もつ者がある一定程度存在しないと成立しないものである(その嗜好を持つ人が単独ないし少人数でしか観測されなければ単なる変人として扱われるだけで、それは区別とはよべない)ため、嗜好による区別に接する機会がすくなく、議論俎上に上がるレベルにすら到達していないかもしれない。これはぜひ読んだ方に該当する例とその社会への受容のされ方を考えていただきたい。

 と思いつくものを上げてみた。どれが差別に当たるかは皆さんに考えて、議論していただきたい。正解は存在しない。なお、私の中での差別定義は「絶対選択不可能属性事実に基づいて行われる区別」と考えている。これに立脚するなら1-3までが差別に該当し、私は公立中学に関して「動物園」と評するなど、悪い評価を与えるものについては差別表現ではないと考えている。なぜなら公立中学に進むかの選択自由意志に基づくものである経済的事情などにより私立への進学は到底不可能な方がいるのは重々承知している。その実態はともかく)からだ。ただ、その表現は褒められたものではないのは確かで、やはりひどい公立中学の現状があるのだとしてもそれへの是正措置に関する言及があるべきだっただろう。つまりこれは差別問題として扱うのではなく、公的機関から財政支援などによる学習の機会均等や学習環境改善問題還元されるべきである。これを差別であるからと現状への批判を封じるのは実態への改善議論を封じることになり、好ましくないと考えている。ただ、度を過ぎた中傷理由の如何を問わず控えられるべきであることは注記しておく。

 また、学歴問題は、生来変更不可能ものではないのでこれもまた差別ではないと考えている。ただ、大学の再入学を経た後の不利な扱いは年齢差別として問題視されるべきだとも考えている。年齢への差別に関してはこれを問題視し、排除へと議論がより進むことを期待したい。

 ここまで様々な属性への区別について述べてきたが、おそらくそれぞれの考える差別があったことだろう。ただ、差別問題を考える際に忘れてはならないのはそこへの是正措置である公立中学問題に関してもそれを差別であるから議論提示を封じるのではなく、ではそこにどのような是正措置が行えるだろうかと考えてもらいたいのである。なぜなら本来理想状態であれば誰でも自由にその中学に行くか選択できるから、そのような偏見など生じないかである偏見差別現在の不完全から生まれる。差別問題センセーショナルになりがちで議論している双方が異なる差別概念を持っており、話がかみ合わないという事はありふれたこである。そうなりそうなときには一度立ち止まって双方が差別概念を共有するよう歩み寄ってもらいたい。以前として世界にはびこる差別への問題提起および是正きっかけとなればうれしく思う。

anond:20201210074954

2020-10-23

anond:20201009212147

東大民主的

笑っちゃうね。

少なくとも、人事に関して東京大学日本でも最低の組織だよ。

現在藤田医科大学教授職にある宮川先生公募選考過程

最終的に人事委員長からあなたに決まった」と言われ、

着任後の授業やら研究室に関して具体的かつ細かいことを打ち合わせていたのに、

突然内定白紙に戻されたらしいよ。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59985

2020-10-07

クソな私立医に行くと直面する問題について

クソな私立医科大学に行くと、教員たちが「一夜漬けはだめだぞ!」っていうのを真に受けて、ちゃんとした参考書や本を購入しちゃうのだ。それは実は間違いなんだ。

教員たちも能力がないので、ちゃんとした能力がないので、この大学にいる可能性が高いのだ。そのせいで、まともな試験問題を作れないのだよ。そんでもって、その教育の失敗を、学生押し付けるという手法学費をゲットするのだ。で、学生は「自分不勉強だったから落ちた」なんて思わせることで、翌年もさっさと高い学費を払わせるゲス集団がこの世にはいるのだ。

必要なことは、過去問をゲットして丸暗記して、国試の前に全部ロストして、国試直前に予備校手法を身につけるということなんだよ。間違っても「うちの大学先生に実力がある」なんて思って、国試対策だけをして卒業対策をしないなんて馬鹿な真似をしちゃいけない。

卒業試験なんてゴミです。ゴミゴミゴミされて、本当のゴミになり果てるなんて馬鹿のすることです。私達のやらされていることは、ただの「数年分の過去問」を再現するという作業です。たかゴミ大学試験です。こんなもの評価されてイキるのは無能証明です。ボーダーを超えたら、ゴミ生成器の呪縛から開放されるのです。

我々は留年するために医学部に入ったのか。違うだろ。医者になるために、医学部に来たはずだ。医者になるには、医師国家試験を受けるまで自分を持っていかなきゃならないはずだ。全ては、ここに至る過程を重視しろ

ps・CBT上位陣が卒業試験留年する大学は、やっぱり何かがおかしいですよ。自分たちの能力を過信しすぎです。卒業試験を難しくして応対しても、国試の成績は上がりません。あまり変なことをすると、誰も研修医として残らなくなるからな。誰も受験してくれなくなるぞ。真面目に実習する学生留年させる医科大学なんて、誰がいこうと思うのか。気をつけろよ。

男性医者が不足しがちなら男子医科大学を作ればいいと思う。

なんで作らないで共学の医大入試ごまかそうとするんだろう?

2020-09-16

今度は転売勢による柿の買い占めが発生するだろう

混乱を招くような発表してんじゃねえよ潰れろ医科大学

2020-08-19

anond:20200819120832

どんなに子育て支援しようが、女性には出産がある。

勤務が途切れることは勿論だが、出産には母体の死亡リスクも常に付き纏う。

ペーパーテストの成績順に女性雇用したり昇進させるのなら、企業はそのリスクを加味して雇用をしたいと思うだろう。

10採用する予定で試験を行ったところ上位9名が女性だった場合能力だけで判断すると男女比1:9とするだろうが、おそらく企業側は3:7ぐらいに調整するのではないだろか。

 

医科大学の例は、雇用よりさらに手前で行われた調整だ。

 

自分の話がズレている気もするが、言いたいことは「下駄当事者にとってはたまったもんじゃないが、それ以外の人にとっては 喜ばしい結果になっているのではないか」ということだ。

2020-07-15

anond:20200715141505

市とかから補助金でるから地域科つくったほうが大学はもうかる(場合がある)。

とにかく地元就職してほしいという願い。ただし就職口はない。

この施策の究極にあるのが自治医科大学無料でいける医科大学だがお礼奉公が発生する。

2020-07-09

 薬害オンブズパース会議は、新型コロナウイルスに対して藤田医科大学実施中の抗インフルエンザ薬「アビガン」の観察研究について、軽症者の死亡率が高いとして、新たな患者登録をいったん中止するよう求める意見書公表した。アビガンを観察研究の枠組みで使用し続けることはかえって患者利益を損ねるとし、厳密なランダム比較試験の結果による有効性の証明なしに承認すべきでないと改めて訴えた。

 意見書では、藤田医大公表したアビガン観察研究中間報告において、致死率が11.6%に達したことを指摘。厚生労働省新型コロナウイルス診療の手引きの全国集計による致死率1.6%中国CDC公表している致死率2.3%と比べて明らかに高いとし、「このことはアビガン有効でない可能性、さら有害可能性を示すもの」との見解を示した。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.yakuji.co.jp/entry80118.html



薬害アビガン訴訟来るか?

2020-05-31

医者 

医科大学から入学できると だいたい卒業できる

試験合格 年間1万人ぐらい

情報処理技術者試験 年間1万5千人ぐらい

医者さんほど毎日患者さんが来ないけど、1チームに何人もいる。

医者さんほどミッションクリテカルではないけれど、たとえば、交通機関プログラムバグったら?Webばっかりじゃない。クリティカルものもある。結構多い。

そのわりには、簡単だろうなと言われる業界。まぁ、悪いところを宣伝する業界はないからな。入る前に教えるけどな。

2020-05-06

anond:20200506041006

旭川は、戦前は旧陸軍第7師団戦後陸上自衛隊第2師団駐屯する日本代表する軍都の一つ。

最北の医科大学があることもあり、並の県庁所在地以上のポテンシャルがあるよ。

2020-03-30

自分新型コロナウイルスの無症状キャリアだったとして

ニュースでよく聞く「あなた自身が症状のごく軽い、または全く顕れていないウイルスキャリアかもしれないのだから感染を広めないように気を付けましょう」という話、それはまったくその通りだと思うんだけど、じゃあ何に、何日間ぐらい気を付けるべきなのか、というと、あまり報じられていないように思う(少なくとも自分が目にした報道では聞かない)

英語が読めないので厚労省日本感染症学会HPで調べてみたところ、以下のような感じ


以上を踏まえると、自分が無症状キャリアだったとして、

  • 少なくとも9日間、できれば15日以上は
  • 毎日検温するなどして体調の変化に気を付けつつ
  • 外出しなくて済むのであれば自宅で過ごし(やむを得ず外出する場合も、近距離他者食事や会話をすることは避ける)、こまめに手洗いやアルコール消毒をする
  • 家族がいればなるべく別室で過ごして、こまめに換気をしたり、パジャマシーツを洗ったり、ドアノブを拭いたりする
  • あとはとにかく睡眠食事をきちんととって、健康暮らしを心がける

ということに気を付ければいいのかな、という結論に達した(もちろん素人から合ってるか分からないし、公式情報そもそも違っていたらどうしようもないけど)

というか、感染していようがしてなかろうが、結局のところ「こまめな手洗い!」「咳エチケット!」「3密を避ける!」というところに落ち着きそう…

何かもっとできることがありそうでもどかしい気持ちになるけど、自分のような一般人は地道にやれることをやるしかないなー


参考にしたサイト


直した

COVID-19→新型コロナウイルスCOVID-19って新型コロナウイルス感染症を指すのね、カッコつけようとして間違えてたのはずかP)

2020-02-19

ダイヤモンドプリンセス号で起こっていること

この動画文字起こし

https://youtu.be/W3X3RSmf7ds

岩田健太郎です。

神戸大学病院感染症内科教授をしていますけれども、今からお話しする内容は神戸大学など所属する機関と一切関係なく私個人見解です。あらかじめ申し上げておきます

今日2月の18日にプリンセスダイヤモンドに入ったんですけど、1日で追い出されてしまいました。なぜそういうことが起きたのかについて簡単お話ししようと思います

もともとプリンセスダイヤモンドはすごくCOVID19の感染症がどんどん増えていくということで、感染対策はすごくうまくいってないんじゃないかという懸念がありました。

環境感染学会が入り、FETPが入り、行ったんですけど、まああっという間に出て行ってしまって、中がどうなっているかよくわからないという状態でしたね。

中の方からいくつかメッセージをいただいてすごく怖いと、感染が広がっていくんじゃないかという事で、私に助けを求めてきたので、いろんな筋を通じて、何とか入れないかというふうに打診してたんですね。

そしたら昨日、2月17日に厚労省で働いている某氏から電話が来て、入ってもいいよと、やり方を考えましょうということでした。

最初環境感染学会の人として入るという話だったんですけれども、環境感染学会はもう中に人を入れないという決まりを作ったので、岩田一人を例外にできないということでお断りをされて、

結局DMATですね、あの災害対策DMATメンバーとして入ってはどうかというご提案厚労省の方からいただいたので、わかりましたということで、18日の朝に新神戸から新横浜に向かったのです。

そしたら途中で電話がかかってきて、誰とは言えないけど非常に反対している人がいるとで入ってもらっては困るということで、DMATメンバーで入るという話は立ち消えになりそうになりました。

すごく困ったんですけど、なんとか方法を考えるということでしばらく新横浜で待っていたらまたもう1回電話がかかってきて、

DMAT職員の下で、感染対策専門家ではなくてDMATの一員として、DMAT仕事をただやるだけだったら入れてあげるという、非常に奇妙な電話いただきました。

なぜそういう結論に出たのかわからないですけど、とにかくいうことを聞いてDMATの中で仕事をしていて、だんだんその顔が割れてきたら感染のこともできるかもしれないからそれでやってもらえないかという依頼を、

奇妙な依頼を受けたんですけど、他に入る方法はないものですから、分かりましたと言って現場に行きました。そしてダイヤモンドプリンセスに入ったわけです。

入ってご挨拶をして、最初はこの人の下につけって言われた方にずっと従っているのかなーと思ったら、DMATチーフドクターお話をして、

そうするとをお前にDMAT仕事は何も期待してないと、どうせ専門じゃないしということで、

お前感染仕事だろうと、だったら感染仕事やるべきだというふうに助言をいただきました。

これ、DMATトップの方ですね、現場トップの方。

あそうなんですかと、でまあ、私はとにかく言うことを聞くというふうに約束していましたので、感染のことをやれと言われた以上はやりましょうということで、

現場の案内をしていただきながら、いろんな問題点っていうもの確認していったわけです。

それはもうひどいものでした。

あの、もうこの仕事20年以上やってですねー、アフリカエボラとか中国SARSかいろんな感染症と立ち向かってきましたので、

もちろん身の危険を感じることは多々あったんですけど、ええ、自分感染症にかかる恐怖っていうのはそんなに感じたことはないです。

どうしてかっていうと、僕はプロなので、自分エボラにかからない、自分SARSにかからない方法っていうのを知っているわけです。

あるいはは他の人をエボラにしない、他の人をSARSにしない方法とか、その施設の中でどういうふうにすれば感染さらに広がらないかということも熟知しているからです。

それがわかっているから、ど真ん中にいても怖くない。アフリカにいても中国にいても怖くなかったわけですが、ダイヤモンドプリンセスの中はものすごい悲惨状態で、心の底から怖いと思いました

これはもう、COVID19感染してもしょうがないんじゃないかと本気で思いました。

レッドゾーングリーンゾーンというんですけど、ウイルスが全くない安全ゾーンウイルスいるかもしれない危ないゾーンというのをきちっと分けて、

そしてレッドゾーンでは完全にPPEという防護服をつけグリーンゾーンでは何もしなくていいと、こういうふうにきちっと区別することによって、ウイルスから身を守るというのは、我々の世界の鉄則なんです。

ところがダイヤモンドプリンセスの中はですね、グリーンレッドもぐちゃぐちゃになってて、どこが危なくてどこが危なくないのか全く区別がつかない。

どこにウイルスが、ウイルスって目に見えないですから感染のそういう区分けをすることで初めて自分の身を守るんですけど、もうどこの手摺、どこの絨毯、どこにウイルスがいるのかさっぱり分からない状態で、

いろんな人がこうアドホックにPPEをつけてみたり、手袋はめてみたり、マスクを付けてみたりつけなかったりするわけです。

で、クルーの方もN95をつけてみたりつけなかったり、あるいは熱のある方がですね、自分の部屋から出て歩いて行って医務室に行ったりするっていうのが、通常で行われているということです。

私が聞いた限りではDMAT職員それから厚労省の方、県日かの方が PCR陽性になったという話は聞いてたんですけど、それはもうむべなるかなと思いました。

中の方に聞いたら、いやー我々もこれ自分たちも感染するなと思ってますよという風に言われてびっくりしたわけです。

どうしてかというと、我々がこういう感染症ミッションにでいるときは必ず自分たち医療従事者の身を守るというのが大前提で、

自分たちの感染リスクをほったらかしにして、患者さんとかですね、一般の方々に立ち向かうってのは御法度、これはもうルール違反なわけです。

環境感染学会やFETPが入って、数日で出て行ったっていう話を聞いたときにどうしてだろうと思ったんですけど、

中の方は自分たちに感染するの強かったんじゃないというふうにおっしゃってた人もいたんですが、それは気持ちはよく分かります

なぜならは感染症プロだったら、あん環境に行ったらものすごく怖くてしょうがいからです。

んでを僕も怖かったです。

もうこれは感染、今これ某、ちょっと言えない部屋にいますけど、自分自身も隔離して診療も休んで家族とも会わずにいないとやばいんじゃないか個人的にはすごく思っています

今私がCOVIDウイルス感染を起こしても全く不思議はない。

どんなにPPEとかですね、手袋とかあってもですね、安全安全じゃないところっていうのをちゃん区別できてないと、そんなものは何の役にも立たないんですね。

レッドゾーンでだけPPEをきちっとつけて、それを安全に脱ぐっていうことを遵守して、初めて自らの安全が守れる。

自らの安全保障できないときに、他の方の安全て守れない。

今日藤田医科大学に人を送ったり搬送したりするっていうんで皆さんすごく忙しくしてたんですけど、研究者の方と一緒に歩いてて、ヒュッと患者さんとすれ違ったりするわけです。

患者さんとすれ違っちゃうって、笑顔研究所職員が言ってるわけです。

我々的には超非常識なことを平気で皆さんやってる。で、みんなそれについて何も思っていないと。

聞いたらそのそもそも常駐しているプロ感染対策専門家が一人もいない。

時々いらっしゃる方がいるんですけど、彼らも結局やばいなと思ってるんだけど、何も進言できないし、進言しても聞いてもらえない。

やってるのは厚労省官僚たちで、私も厚労省トップ相談しまして話ししましたけど、ものすごく嫌な顔されて聞く耳持つ気ないと。

で、なんでお前こんなとこにいるんだ何でお前がそんなこと言うんだみたいな感じで知らん顔するということです。

で非常に冷たい態度取られました。

DMAT方にも、そのようなことで、夕方カンファレンスで何か提言申し上げてもよろしいですかと聞いて、まあいいですよという話をしてたんですけど、

突如として夕方5時ぐらいに電話がかかってきて、お前は出ていきなさいと、検疫の許可は与えない、臨時の検疫官として入ってたんですけどその許可を取り消すということで、資格を取られて研究所の方につれられて、

当初電話をくれた厚労省にいる人に会って、なんでDMATの下でDMAT仕事しなかったんだと、感染管理仕事をするなと言ったじゃないかと言われました。

でも、DMATの方に、そもそも感染管理してくれって言われたんですよって話したんですけど、

とにかく岩田に対してすごいムカついた人がいると、誰とは言えないけどムカついたと、だからもうお前はもう出ていくしかないんだって話をしました。

でも僕がいなかったら、いなくなったら今度は感染対策するプロが一人もいなくなっちゃうって話をしたんですけど、構わないんですかって聞いたんですけど、

それからこのままだともっと何百人という感染者が起きて、DMATの方も、

DMATの方を責める気はさらさらなくて、あの方々は全くそ感染プロではないですから

どうも環境感染学会の方が入った時にいろいろ言われて、DMATの方は感染プロたちにすごく嫌な思いしてたらしいんですね。

それはまあ申し訳ないなと思うんですけれども、別に彼らが悪いって全然思わない。専門領域が違いますから

しかしながら、彼らが実は、恐ろしいリスク状態にいるわけです。自分たちが感染するという。それを防ぐこともできるわけです、方法ちゃんとありますから

ところがその方法が知らされずに自分たちをリスク下においていると。そしてそのチャンスを奪い取ってしまうという状態ですね。

彼ら医療従事者ですから、帰ると自分達の病院仕事するわけで、今度はそこからまた院内感染が広がってしまいかねない。

で、もうこれはあの、大変なことで、アフリカ中国なんかに比べても全然ひどい感染対策をしている。

シエラレオネなんかの方がよっぽどマシでした。

日本CDCがないといえ、まさかここまでひどいとは思ってなくて、もうちょっとちゃん専門家が入って、専門家責任をとって、リーダーシップをとって、

ちゃん感染対策についてのルールを決めてやってるんだろうと思ったんですけど、全くそんなことはないわけです。とんでもないことなわけです。

これ英語でも収録、拙い英語で収録させていただきましたけど、とにかく多くの方にこのダイヤモンドプリンセスで起きている事っていうのをちゃんと知っていただきたいと思います

できるならば学術界とかですね、あるいは国際的団体はですね、日本に変わるように促していただきたいと思う。彼らはまあ残念ながら・・・

編集が下手でちょっと変なつながりになったと思いますけれども、考えてみるとその03年のSARSの時に僕も北京に行ってすごい大変だったんですけど、

特に大変だったのは、やっぱり中国情報公開を十分してくれなかったっていうのがすごく辛くて、まぁ何が起きてるのかよくわからない。北京にいて本当に怖かったです。

でも、その時ですらもうちょっときちっと情報は入ってきたし、少なくとも対策の仕方は明確で自分自身が感染するリスク、まあSARS死亡率10%で怖かったですけれども、

しかしながら今回のCOVID、まあ少なくともダイヤモンドプリンセスの中のそのカオス状態よりは遥かに楽でした。

で、思い出していただきたいのはそのCOVID19が武漢流行り出した時に、警鐘を鳴らしたしたドクターが、ソーシャルネットワークを使って、これはやばいということを勇気を持って言ったわけです。

昔の中国だったらああいメッセージが外に出るのは絶対さなかったはずですけど、中国は今、BBCニュースなんかを聞くと、やっぱりopennessとtransparency を大事にしているというふうにアピールしてます

それがどこまで正しいのかどうか僕は知りませんけど、少なくとも透明性があること、情報公開ががちゃんとしていることが、国際的な信用を勝ち得る上で大事なんだってことは理解しているらしい。

中国世界大国になろうとしてますからそこをしっかりやろうとしている。

ところが日本ダイヤモンドプリンセスの中で起きていることは全然情報を出していない。

それから院内感染が起きているかどうかは発熱オンセットをちゃんと記録して、それからカーブを作っていくという統計手法

エピカーブってのがあるんですけど、そのデータ全然取ってないということを今日教えてもらいました。

検査をした、PCR検査をした日をカウントしても感染状態は分からないです。

このことも実は厚労省の方にすでに申し上げてたんですけど、何日も前に、全然されていないということで、要は院内感染がどんどん聞いてもそれに全く気付かなければ、気づいてもいないわけで対応すらできてない。

で、専門家もいないというぐちゃぐちゃな状態になったままでいるわけです。

で、このことを日本の皆さん、あるいは世界の皆さんが知らぬままになっていて、特に外国の皆さんなんかそうやって、

かえって悪いマネジメントでずっとクルーズ中で感染リスクに耐えなきゃいけなかったということですね。

やはりさこれ日本の失敗な訳ですけどそれを隠すともっと失敗なわけです。

そしてにあのまずい対応であるということがバレるっていうのは、それは恥ずかしいことかもしれないですけど、これを隠蔽するともっと恥ずかしいわけです。

やはり情報公開大事なんですね。

誰も情報公開しない以上はまあここでやるしかないわけです。

ぜひこの悲惨現実を知っていただきたいということと、ダイヤモンドプリンセスの中の方々、それからDMATキーパッドやー厚労省の方々がですね、あるいは検疫所の方が、

もっとちゃんプロフェッショナルなプロテクションを受けて、安全仕事ができるように、彼ら本当にお気の毒でした。

ということで、全く役に立てなくて非常に申し訳ないなという思いと、この大きな問題意識を皆さんと共有したくて、この動画を上げさせていただきました。

岩田健太郎でした。

【書き起こし】岩田健太郎さんのYouTube動画ダイヤモンドプリンセスはCOVID-19製造機。なぜ船に入って一日で追い出されたのか。」の書き起こし

 岩田健太郎さんのYouTube動画ダイヤモンドプリンセスはCOVID-19製造機。なぜ船に入って一日で追い出されたのか。」(https://www.youtube.com/watch?v=W3X3RSmf7ds)の書き起こしです。「ダイヤモンドプリンセス」を「プリンセスダイヤモンド」と言い間違えたりするなど、単純なミス修正しています。間違いなどがあれば、ご指摘ください。

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 岩田健太郎です。神戸大学病院感染内科教授をしておりますが、今からお話しする内容は神戸大学ないし所属する機関と一切関係なく、私個人見解です。あらかじめ申し上げておきます

 今日2月18日ダイヤモンドプリンセスに入ったのですが、1日で追い出されてしまいました。「なぜそういうことが起きたのか」について簡単お話ししようと思います

 もともとダイヤモンドプリンセスはすごくCOVID-19の感染症(新型コロナウイルス感染症)がどんどん増えていくということで、「感染対策がすごくうまくいってないんじゃないか」という懸念がありました。(日本環境感染学会が入り、FETP(国立感染症研究所の実地疫学専門家)が入り、行ったんですけど、あっという間に出て行ってしまって、中がどうなってるかよく分からないという状態でした。

 中の方からいくつかメッセージをいただいて、「すごく怖い」と。「感染が広がっていくんじゃないか」ということで、私に助けを求めてきたので、いろんな筋を通じて「何とか入れないか」という風に打診してたんですね。

 そしたら昨日2月17日厚労省で働いている某氏から電話が来て、「入ってもいいよ」と。「やり方を考えましょう」ということでした。

 最初環境感染学会の人として入るという話だったのですが、環境感染学会は「もう中に人を入れない」という決まりを作ったので、「岩田1人を例外にできない」とお断りをされて、結局、「災害対策DMAT災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム)のメンバーとして入ったらどうか」ということで、厚労省の方からいただいたので、「分かりました」ということで、18日の朝に新神戸から新横浜に向かったんです。

 そしたら途中で電話がかかってきて、「誰とは言えないが非常に反対している人がいる」と。「入ってもらっては困る」ということで、DMATメンバーで入るという話が立ち消えになりそうになりました。

 すごく困ったのですが、「何とか方法を考える」ということで、しばらく、新横浜で待っていたら、またもう一回電話がかかってきて、「DMAT職員の下で感染対策専門家ではなくて、DMATの一員として、DMAT仕事をただやるだけだったら入れてあげる」という非常に奇妙な電話いただきました。

 なぜそういう結論が出たのか分からないですが、「とにかく言うことを聞いて、DMATの中で仕事をしていて、だんだん顔が割れてきたら感染のこともできるかもしれないから、それでやってもらえないか」という非常に奇妙な依頼を受けたのですが、他に入る方法がないものですから「分かりました」と言って、現場に行きました。そして、ダイヤモンドプリンセスに入ったわけです。

 入って、ご挨拶をして、最初は「この人の下につけと言われた方にずっと従っているのかな」と思ったら、DMATチーフドクターお話をして、そうすると、「お前にDMAT仕事は何も期待していない」と。「どうせ専門じゃないし」ということで、「お前、感染仕事だろう」と。「だったら感染仕事をやるべきだ」という風に助言をいただきました。これDMATトップの方ですね。現場トップ

 「そうなんですか」と。私はとにかく言うことを聞くという風に約束してましたので、「感染のことをやれと言われた以上はやりましょう」ということで、現場の案内をしていただきながら、いろんな問題点というもの確認していったわけです。

 それはもうひどいものでした。もうこの仕事20年以上やっていてですね、アフリカエボラ出血熱)とか中国SARSとか、いろんな感染症と立ち向かってきました。もちろん身の危険も感じることも多々あったのですが、自分感染症にかかる恐怖っていうのはそんなに感じたことはないです。

 どうしてかというと、僕はプロなので自分エボラにかからない方法自分SARSにかからない方法というのは知ってるわけです。あるいは他の人をエボラにしない、他の人をSARSにしない方法とか、施設の中でどういう風にすれば感染さらに広がらないかということも熟知しているからです。それが分かっているから、ど真ん中にいても怖くない。アフリカにいても中国にいても怖くなかったわけですが、ダイヤモンドプリンセスの中はものすごい悲惨状態で、心の底から「怖い」と思いました。「これはもうCOVID-19に感染してもしょうがないんじゃないか」と本気で思いました。

 レッドゾーングリーンゾーンと言うのですが、ウイルスが全くない安全ゾーンと、ウイルスいるかもしれない危ないゾーンというのをきちっと分けて、そしてレッドゾーンでは完全にPPEという防護服をつけ、グリーンゾーンでは何もしなくていいと。こういう風にきちっと区別することによって、ウイルスから身を守るっていうのは我々の世界の鉄則なんです。

 ところがダイヤモンドプリンセスの中はですね、グリーンレッドもぐちゃぐちゃになっていて、どこが危なくて、どこが危なくないのか全く区別がつかない。どこにウイルスが……ウイルスって目に見えないですから、完全なそういう区分けをすることで初めて自分の身を守れるのですが、もうどこの手すりとどこのじゅうたん、どこにウイルスがいるのかさっぱり分からない状態で、いろんな人がアドホック限定的)にPPEをつけてみたり、手袋をはめてみたり、マスクをつけてみたり、つけなかったりするわけです。で、クルーの方もN95マスク)をつけてみたり、つけなかったり。あるいは熱のある方がですね。自分の部屋から歩いていって、医務室に行ったりするというのが、通常で行われているということです。

 私が聞いた限りでは、DMAT職員それから厚労省の方、検疫機関の方がPCR陽性になったという話を聞いていたのですが、「それはもうむべなるかな」と思いました。

※参照記事:「クルーズ船 検疫官1人も感染 4人が重症日テレNEWS24)」(http://www.news24.jp/articles/2020/02/12/07593980.html

 中の方に聞いたら、「いやー、我々もう自分たちが感染するものと思ってますよ」という風に言われて、びっくりしたわけです。

 どうしてかというと、我々がこういう感染症のミッションに出るときは必ず自分たち、医療従事者の身を守るというのが大前提で、自分たちの感染リスクをほったらかしにして、患者さんとか一般の方々に立ち向かうのはご法度ルール違反なわけです。

 環境感染学会やFETPが入って数日で出ていったという話を聞いた時に、「どうしてだろう」と思ったのですが、中の方は「自分たちが感染するのが怖かったんじゃない」という風におっしゃっていた人もいたのですが、それは気持ちはよく分かります

 なぜなら感染症のプロだったら、あん環境にいたら、ものすごく怖くてしょうがいからです。で、僕も怖かったです。もうこれは感染……今、某ちょっと言えない部屋にいますけど、自分自身隔離して、診療も休んで、家族とも会わずに、やばいんじゃないか個人的にもすごく思っています

 今、私がCOVID-19、ウイルス感染を起こしていても全く不思議はない。どんなにPPEとかですね、手袋とかあってもですね、安全安全じゃないところというのをちゃん区別できていないと、そんなもの何の役にも立たないんですね。レッドゾーンでだけPPEをきちっとつけて、それを安全に脱ぐということを順守して初めて、自らの安全を守れる。自らの安全保障できない時、他の人の安全なんか守れない。

 もう今日藤田医科大学の人を送ったり、搬送したりというのを、みなさんすごく忙しくしていたのですが、そうすると研究所の方と一緒に歩いていて、ふっと患者さんとすれ違ったりするんです。「今、患者さんとすれ違っちゃう」と、笑顔で検疫所の職員の方が言ってるんですね。この我々的には超非常識なことを平気でみなさんやっていて、みんなそれについて何も思っていないと。

 聞いたら、そもそも常駐しているプロ感染対策専門家が一人もいない。時々いらっしゃる方がいるのですが、彼らも結局「ヤバいな」と思っているのですが、誰も進言できない。進言しても聞いてもらえない。やっているのは厚労省官僚たちで、私も厚労省トップの方に相談しました、話をしましたけど、ものすごく嫌な顔をされました。聞く耳持つ気ないと。「何でお前こんなとこにいるんだ」「何でお前がそんなこと言うんだ」みたいな感じで、知らん顔するということです。非常に冷たい態度をとられました。

 DMATの方にも「そのようなことで夕方カンファレンスで何か提言申し上げてもよろしいですか」と聞いて、「いいですよ」という話をしていたのですが、突如として夕方5時ぐらいに電話がかかってきて、「お前は出ていきなさい」と。「検疫の許可は与えない」と。

 臨時の検疫官として入っていたのですが、その許可を取り消すということで、資格をとられて、研究所の方に連れられて、当初電話をくれた厚労省にいる人に会って、「何でDMATの下でDMAT仕事をしなかったんだ」と。「感染管理仕事をするなと言ったじゃないか」と言われました。「DMATの方にそもそも感染管理してくれと言われたんですよ」と話をしたのですが、「とにかく岩田に対してすごくムカついた人がいる」と。「誰とは言えないけどムカついた」と。「だから、もうお前は出ていくしかないんだ」という話をしました。

 「でも、僕がいなくなったら、今度感染対策をするプロが一人もいなくなっちゃますよ」という話をしたのですが、「それは構わないんですか」と聞いたんです。それからこのままだともっと何百人という感染者が起きて、DMATの方を責める気はさらさらなくて、あの方々はまったく感染プロではないですから、どうも環境感染学会の方が入った時にいろいろ言われて、DMATの方が感染プロたちにすごく嫌な思いをしていたらしいんですね。それは「申しわけないな」と思うのですが、別に「彼らが悪い」と全然思わない。専門領域が違いますから

 しかしながら、彼ら(DMAT)が実はリスク状態にいるわけです。自分たちが感染するという。それを防ぐこともできるわけです。方法ちゃんとありますから。ところがその方法すら知らされずに、自分たちをリスク下に置いている、と。そして、そのチャンスを奪い取ってしまうという状態です。

 彼らは医療従事者ですから、帰ると自分たちの病院仕事するわけで、今度はそこからまた院内感染が広がってしまいかねない。で、もうこれは大変なことで、アフリカ中国なんかに比べると全然ひどい感染対策をしている。シエラレオネなんかの方がよっぽどましでした。

 日本CDC(疾病予防管理センター)がないとはいえまさかここまでひどいとは思ってなくて、もうちょっと専門家が入って、専門家責任を取って、リーダーシップをとって、ちゃん感染対策についてのルールを決めて、やってるんだろうと思ったのですが、まったくそんなことはないわけです。とんでもないことなわけです。

 これつたない英語でも収録させていただきましたが(https://www.youtube.com/watch?v=vtHYZkLuKcI)、とにかく多くの方にダイヤモンドプリンセスで起きていることというのを、ちゃんと知っていただきたいと思います。で、できるならば学術界とかあるいは国際的団体たちに日本に変わるようにうながしていただきたいと思います。彼らは残念ながら……

携帯の呼び出し音でいったん中断)

 編集が下手で、ちょっと変なつながりになったと思いますが、考えてみると、2003年のSARSの時に僕も北京にいて、すごく大変だったのですが、特に大変だったのは中国情報公開を十分してくれなかったというのがすごくつらくて、何が起きてるのかよく分からないというので、北京にいて本当に怖かったんです。

 でも、その時ですらもうちょっときちっと情報は入ってきたし、少なくとも対策の仕方は明確で、自分自身感染するリスクSARSは死亡率10%で怖かったですけども、しかしながら今回のCOVID-19、少なくともダイヤモンドプリンセスの中のカオス状態よりははるかに楽でした。

 で、思い出していただきたいのは、COVID-19が中国武漢流行りだしたときに、警鐘を鳴らしたドクターソーシャルネットワークを使って、「これはやばい」ということを勇気を持って言ったわけです。昔の中国だったら、ああいメッセージが外に出るのは絶対さなかったはずですが、中国は今、BBCニュースなんかを聞くと、オープンネストランスペアレンスを大事にしているとアピールしています

※参照記事:「新型ウイルス、早期警鐘中国医師が死亡 自身感染BBCニュース)」(https://www.bbc.com/japanese/51409970

 それがどこまで正しいのか、僕は知りませんけど、少なくとも「透明性があること、情報公開ちゃんとやることが国際的な信用を勝ち得る上で大事なんだ」ということは理解しているらしい。中国世界大国になろうとしていますから、そこをしっかりやろうとしている。

 ところが日本は、ダイヤモンドプリンセンスの中で起きていることは全然情報を出していない。それから院内感染が起きているかどうかは、発熱オンセット(発症日時)をちゃんと記録して、それからカーブを作っていくという統計手法、エピカーブというのがあるのですが、そのデータ全然とっていないということを今日、教えてもらいました。PCR検査をした日をカウントしても感染状態は分からないわけです。

 このことも実は厚労省の方にすでに申し上げていたのですが、何日も前に。全然されていないということで、要は院内感染がどんどん起きていても、それにまったく気づかなければ、気付いてもいないわけで対応すらできない。で、専門家もいないと。ぐちゃぐちゃな状態になったままでいるわけです。

 このことを日本のみなさん、あるいは世界のみなさんが知らぬままになっていて、特に外国のみなさんなんかはそうやって、悪いマネージメントでずっとクルーズ船なんかで感染リスクに耐えなきゃいけなかったということですね。

 やはりそれは日本の失敗なわけですが、それを隠すともっと失敗なわけです。確かにまずい対応であるとバレるということは恥ずかしいことかもしれないですけど、これを隠蔽するともっと恥ずかしいわけです。やはり情報公開大事なんですね。誰も情報公開しない以上はここでやるしかないわけです。

 ぜひこの悲惨現実を知っていただきたいということと、ダイヤモンドプリンセンスの中の方々、それからDMATDPAT災害派遣精神医療チーム)や厚労省の方々がですね。あるいは検疫所の方がもっとちゃんプロフェッショナルのプロテクションを受けて、安全仕事ができるように、「彼ら本当にお気の毒でした」ということで、「まったく役に立てなくて非常に申しわけないな」という思いと、僕の大きな問題意識をみなさんと共有したくて、この動画をあげさせていただきました。岩田健太郎でした。

※エピカーブについてはこちらの資料も参考にしていただければ→国立感染症研究所危機管理研修会「感染アウトブレイク調査の基本ステップhttps://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/kikikanri/H26/20141016-08.pdf)」

※※岩田健太郎さんは読売新聞コラム「Dr.イワケンの「感染症のリアル」」を連載しています

岩田健太郎先生書き起こし_COVID-19

https://www.youtube.com/watch?v=W3X3RSmf7ds&t=2s

岩田健太郎です。神戸大学病院感染症内科教授をしていますけれども、今からお話する内容は神戸大学など所属する機関とは関係なく、私個人見解です。予め申し上げておきます

今日2月18日に、プリンセスダイヤモンドに入ったのですが、1日で追い出されてしまいました。「なぜ、そういうことが起きたのか」について簡単お話しようと思います

もともと、プリンセスダイヤモンドは、すごくCOVID-19の感染者がどんどん増えていくということで、感染対策が上手くいっていないんじゃないかという懸念がありました。

プリンセスダイヤモンド号には)環境感染学会が入り、FETPが入ったのですが、あっという間に出て行ってしまって。中がどうなっているかよくわからない、そういう状態でした。

中の方からいくつかメッセージをいただいて、「すごく怖い」と、「感染が広がっていくんじゃないか」と、私に助けを求めてきたので、色んな筋を通じて、なんとか入れないかと打診していたんですね。そしたら昨日、2月17日に、厚労省で働いている某氏から電話がきて、「入っても良いよ、やりかたを考えましょう」ということでした。

最初環境感染学会の人として入るという話だったのですけど、環境感染学会はもう中に人を入れないという決まりを作ったので、岩田ひとりを例外にできないとお断りをされて。結局DMATですね。災害対策DMATとして入ったらどうかという提案厚労省の方からいただいたので、わかりましたと。

ということで、18日の朝に、新神戸から新横浜に向かったわけです。

そしたら、途中電話がかかってきて、誰とは言えないけれど非常に反対している人がいると。入ってもらったら困ると。ということで、DMATメンバーで入るっていう話は立ち消えになりそうになりました。

困ったんですけど、なんとか考えるということで、しばらく新横浜で待っていたら、またもう一回電話がかかってきて。DMAT職員の下で、感染対策専門家ではなくて、DMATの一員として、DMAT仕事をただやるだけだったら入れてあげるという、非常に奇妙な電話いただきました。

なぜそういう結論が出たのかわからないですが、「とにかく言うことを聞いて、DMATの中で仕事をしていって、だんだんその顔が割れてきたら感染のこともできるかもしれないから、それでやってもらえないか」という依頼を、非常に奇妙な依頼を受けたんですけど。他に入る方法はないものですから、わかりましたと言って、現場に行きました。

そして、ダイヤモンドプリンセスに入ったわけです。

入って、ご挨拶をして、最初はこの人の下に就くと言われた方にずっと従っているのかなと思ったら、DMATチーフドクターお話をして。

そうすると、「お前にDMAT仕事は何も期待していない、どうせ専門じゃないし。お前は感染仕事だろう。だったら感染仕事をやるべきだ」と助言をいただきました。これはDMATトップの方ですね。現場トップの方。

あ、そうなんですかと。私はとにかく言うことを聞くと約束をしていましたので、感染のことをやれと言われた以上やりましょうということで、現場の案内をしていただきながら、色んな問題点っていうもの確認していったわけです。

それはもう、酷いものでした。もうこの仕事20年以上やってですね、アフリカエボラとか、中国SARSとか、いろんな感染症と立ち向かってきました。

もちろん身の危険を感じることも多々あったわけですけど、自分感染症にかかる恐怖っていうのはそんなに感じたことはないです。どうしてかって言うと、僕はプロなので、自分エボラにかからない、自分SARSにかからない方法っていうのは知っているわけです。あるいは、他の人をエボラにしない、他の人をSARSにしない方法とか、施設の中でどういうふうにすれば感染さらに広がらないかということを熟知しているからです。

それがわかっているから、ど真ん中にいても怖くない。アフリカにいても中国にいても怖くなかったのですが、ダイヤモンドプリンセスの中はものすごい悲惨状態で、心の底から怖いと思いました。

これはもうCOVID-19に感染してもしょうがないんじゃないかと、本気で思いました。

レッドゾーン」と「グリーンゾーン」って言うんですけど。ウイルスが全くない安全ゾーンと、ウイルスいるかもしれない危ないゾーンというのをキチッと分けて、そしてレッドゾーンではPPEという防護服を着け、グリーンゾーンでは何もしなくていいと。こういう風にキチッと区別することで、ウイルスから身を守るっていうのは、我々の世界の鉄則なんです。

ところが、ダイヤモンドプリンセスの中はですね。グリーンレッドもぐちゃぐちゃになってて、どこか危なくてどこが危なくないのかが全く区別がつかない。ウイルスって目に見えないですから、完全な区分けをすることで初めて自分の身を守るんですけど。もうどこの手すりとどこの絨毯と、どこにウイルスがいるのかさっぱりわからない状態で。アドホックに、PPEを着けてみたり、手袋をはめてみたり、マスクを着けてみたり着けなかったりするわけです。

クルーの方もN95を着けてみたり着けなかったり。あるいは熱のある方も、自分の部屋から出て歩いていって、医務室に行ったりするっていうのが、通常でおこなわれているということです。

私が聞いた限りでは、DMAT職員それから厚労省の方、検疫官の方が陽性になったという話は聞いていたんですけど、それはむべなるかなと思いました。

中の方に聞いたら、「もう自分たちも感染すると思ってますよ」と言われて、びっくりしたわけです。

どうしてかって言うと、我々がこういう感染症ミッションに出るときは、必ず自分たち、医療従事者の身を守るっていうことが大前提で、自分たちの感染リスクをほったらかしにして患者さんとか、一般の方に立ち向かうって言うのは、御法度ルール違反なわけです。

環境感染学会やFETPが入って、数日で出て行ったって言う話を聞いたとき、どうしてだろうって思ったんですけど。中の方は「自分たちが感染するのが怖かったんじゃない」とおっしゃっていた人もいたんですが、それは気持ちはよくわかります。なぜなら、感染症プロだったら、あん環境にいたらものすごく怖くてしょうがいからです。

僕も怖かったです。今は某所にいますが、自分自身も隔離して、診療も休んで、家族とも会わずにいないとやばいんじゃないかと、個人的には思っています。いま私がCOVID、ウイルス感染を起こしていても全く不思議はない。

どんなにPPEとか手袋とかあってもですね、安全安全じゃない所っていうのをちゃん区別できていないと、そんなものは何の役にも立たないんですね。レッドゾーンでだけPPEをキチッと着けて、それを安全に脱ぐっていうことを遵守して初めて、自らの安全を守れる。

で、自らの安全保証できない時に、他の方の安全なんて守れない。

もう今日藤田医科大学に人を送ったり搬送したりするっていうんで、みなさんすごく忙しくしていたんですけど。研究者の方と一緒に歩いていて、ヒュッと患者さんとすれ違ったりするわけです。「ああいま、患者さんとすれ違った」と笑顔職員の方が言っているわけですね。我々的には超非常識なことを平気でみなさんやってて。みなさんそれについて何も思っていない。

聞いたら、そもそも常駐しているプロ感染対策専門家が一人もいない。時々いらっしゃる方もいるんですけど、彼らも結局「やばいな」と思っているんだけど、何も進言できない。進言しても聞いてもらえない。やっているのは厚労省官僚たち。

私も厚労省トップの人に相談しましたけど、ものすごく嫌な顔をされて、聞く耳を持つ気がない。

何でお前がこんなところにいるんだ。何でお前がそんなこと言うんだみたいな感じで、知らん顔するということです。

非常に冷たい態度を取られました。DMATの方にもそのようなことで、夕方カンファレンスで何か提言申し上げてもよろしいですかと聞いて、まあいいですよという話はしていたんですけど。突如として夕方5時ぐらいに電話がかかってきて、お前は出て行きなさいと。検疫の許可は与えない。

臨時の検疫官として入ったんですけど、その許可を取り消すと言うことで、資格を取られて研究所の方に連れられて、当初電話をくれた厚労省にいる人に会って、「なんでDMATの下でDMAT仕事をしなかったのだ」と。「感染管理仕事はするなと言ったじゃないか」と言われました。

そのDMATの方にそもそも感染管理してくれって言われたんですよ、って話したんですけど、とにかく岩田に対してすごいむかついた人がいると。誰とは言えないけどむかついたと。だから、もうお前はもう出ていくしかないんだって話をしました。

でも、僕がいなかったらいなくなっちゃう。今度感染対策をするプロがひとりもいなくなっちゃますよって話をしたんですけど、それは構わないんですかとも聞いたんですけど、それからこのままだともっと何百人という感染者が起きてDMATの方も……。

DMATの方を責める気はさらさらなくて、あの方々は全く感染プロではないですから、どうも環境感染学会の方が入った時に色々言われて、DMATの方は感染プロたちに嫌な思いをしていたらしいんですね。それはまあ申し訳ないなあと思うんですけど。(だから別に彼らが悪いとは全然思わない。専門領域が違いますから

しかしながら、彼らが実はリスク状態にいるわけです。自分たちが感染するという。

それを防ぐこともできるわけです。方法ちゃんとありますから

ところが、その方法すら知らされずに、自分たちをリスク下に置いていると。

そして、そのチャンスを奪い取ってしまうと言う状態です。

彼らは医療従事者ですから、帰ると自分たちの病院仕事するわけで、今度はまたそこから院内感染が広がってしまいかねない。

これは大変なことで、アフリカ中国なんかに比べても全然酷い感染対策をしてて、シエラレオネなんかの方がよっぽどマシでした。

日本CDCがないとは言え、まさかここまでひどいとは思ってなくて、もうちょっとちゃん専門家が入って専門家責任をとって、リーダーシップをとって、ちゃん感染対策についてルールを決めてやってるんだろうと思ったんですけど、全くそんなことはないわけです。とんでもないことなわけです。

これ英語でも収録させていただきましたけど。とにかく多くの方にダイヤモンドプリンセスで起こっていることっていうのはちゃんと知っていただきたいと思います。できるならば、学術界とかですね、国際的団体がですね、日本に変わるように促していただきたいと思います

考えてみると、03年のSARSときに、僕も北京にいてすごい大変だったんですけど。特に大変だったのはやっぱり、中国情報公開を十分してくれなかったていうのはすごくつらくて、やはり何が起きているのかわからないと。北京にいて本当に怖かったです。

でもそのときですら、キチッと情報は入ってきたし、少なくとも対策の仕方は明確で、自分自身が感染するリスクーーまあSARSは死亡率10%で怖かったですけど。しかしながら今回のCOVID、少なくともダイヤモンドプリンセスの中のカオス状態よりははるかに楽でした。

思い出していただきたいのは、COVIDが中国武漢流行り出したときに、警鐘を鳴らしたドクターソーシャル・ネットワークを使って、「これはやばい」ってことを勇気を持って言ったわけです。昔の中国だったらああいメッセージが外に出るのは絶対に許さなかったはずです。中国はいま、BBCニュースなんかを聞くと、やっぱりOPENNESS(開放性)とTRANSPARENCY(透明性)を大事にしているっていう風にアピールしています。それがどこまで正しいのかは僕は知りませんけど、少なくとも透明性があること、情報公開ちゃんとやることが、国際的な信用を勝ち取る上で大事なんだってことは理解してるらしい。

中国世界大国になろうとしてますから、そこをしっかりやろうとしている。ところが、日本ダイヤモンドプリンセスの中で起こっていることは全然情報を出していない。

それから院内感染が起きているかどうかは、発熱オンセットをちゃんと記録して、それからカーブを作っていくっていう統計手法、XX Curve(聞き取れず)っていうんですけど、そんなデータ全然取っていないっていうことを今日教えてもらいました。

PCR法検査をした日をカウントしても感染状態はわからないわけです。このことも実は厚労省の方に常に申し上げていたんですけど、何日も前に。全然されていないと。

要は、院内感染がどんどん起きていても、それに全く気づかなければ、気付いてもいないわけで、対応すらできない。で、専門家もいないと。ぐちゃぐちゃの状態になったままでいるわけです。

このことを日本のみなさん、あるいは世界の皆さんが知らないままになっていて。特に外国のみなさん(に対して)なんかは、かえってまずいマネージメントで、ずっとクルーズの中で感染リスクに耐えなきゃいけなかったというわけですね。

やはりですね、これは日本の失敗なわけですけど、それを隠すともっと失敗なわけです。確かに、まずい対応であるっていうことがバレるってことは恥ずかしいことかもしれないですけど、これを隠蔽するともっと恥ずかしいわけです。

やはり、情報公開大事なんですね。誰も情報公開をしない以上は、ここでやるしかないわけです。

是非この悲惨現実を知っていただきたいと言うことと、ダイヤモンドプリンセスの中の方々、それからDMATやXX(聞き取れず)や厚労省の方々がですね、それから検疫所の方々が、ちゃんプロフェッショナルなプロテクションを受けて、ちゃん仕事ができるように。彼ら、本当にお気の毒でした。

ということで、全く役に立てなくて非常に申し訳ないなという思いと、この大きな問題意識をみなさんと共有したくてこの動画をアップさせていただきました。岩田健太郎でした。

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