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はてなキーワード: 一元的とは

2024-03-12

人生真実に近いのではないかと思われる有名人名言(言明)

   無限、これほど人間精神を動かしたものがあるか?           ダビッドソン

    私が一番数学軽蔑してるように言われるがそんなことはない

          数学は私が到達できないことに到達しているからだ        ゲーテ

    人生は注意だ!  有用ものから真を通じて美へ             ゲーテ

  自発的に頼るということはこの上なく美しい状態である               ゲーテ

  

            修正資本主義                        マルクス

  日本最高裁公共の福祉に関して一元的外在制約説を取っていると思われていたが

    現在では、一元的内在制約説が、判例通説である                 高橋和之弁護士

 日本版    食べてじっとしているのが、一番いい。

              逆らうと、なんじゃと思われて、逆戻りになる       越谷警察署長の友人の未決拘禁

          この年齢と、この顔をしている人は、どうやって生きればいいの?      越谷未決拘禁者のヤクザ

               検察官は、やる気がない

           日本にそんなものはない、ただそこにクズがいるだけ              こうすけもぐら

            警察がいなかったら殺人事件だらけになるだろう               晴生

               

2024-02-25

anond:20240222144630

立憲民主党の泉代表は、経済界学識経験者らによる「令和臨調」の会合に出席し、野党間の連携の在り方について、「立憲民主党中道リベラル政党だ。世界の潮流である人権感覚を持ち、安全保障では防衛力の整備が当然だと思っている」と述べました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230722/k10014139241000.html



私たちは、「社会的な公正と公平」の旗を掲げて、小泉自民党政治と対決します。市民自由尊重するリベラル政治と働く人々の声を基盤とするのが社民党です。野党同士の意思の疎通、結束を図りながら、率直な議論をしていきたいと考えています

https://sdp.or.jp/statement/statement_2002/doi1204.html

社民党は今臨時国会において、安倍政権が持ち出す悪法を阻止するために全力を挙げ、日本国憲法のもとで戦後に獲得した価値重要である考える人々を結集していきたい。リベラル勢力の大結集をはかって、一元的価値を押しつける流れを変えていく。

https://sdp.or.jp/statement/statement_2006/danwa0926.html



今後リベラル層が新たな動きを展開せざるをえない中、いかなる政策策定するかで、共産党政策は指針を与えるものとなっている

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-12-18/2014121801_07_0.html



anond:20240222150515

2024-01-28

anond:20240128221539

国民総背番号制

 国による国民監視が強まるとの不安にたいし、政府は「国民管理する仕組みになっていない」と説明します。

 しかし、住基ネットが始まる前に、国の利用事務を恩給・共済年金支給建設業許可など現在九十三から旅券発給や婚姻届など二百六十四に広げる法案継続審議)を出してきました。

 住民基本台帳法改正」のさい、国会は「安易な拡大を図らない」と付帯決議しましたが、これに反するものです。

 来年八月から希望者に「住基カード」が交付されます。これには市町村図書館の利用や印鑑登録など独自サービスを付加できます政府は、納税者番号にも利用できないかと考えています

 収入財産思想信条から病歴、犯歴まで個人情報がまるごと集められることになります情報が集まれば集まるほど、漏えいしたとき被害は大きくなります

 さまざまな個人情報住民票コードを介してつながることになります国民一人ひとりの個人情報中央情報センターで一元的に把握でき、国民監視の道具として使えることになるのです。

 日本ペンクラブ梅原猛会長)は、「国民総背番号制につながるプライバシー侵害市民生活のじゅうりん等、容認しがたい」として住基ネットに反対しています

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-08-03/10_0301.html

2024-01-24

anond:20240124182554

まさに、その通りと思う。

行政一元的な指揮監督のもとでシステマチックに動くのが本来なら理想であるみたいな勘違いがある。

話せば話すほど、ヒントがみえてくるし、考え方に大きな違いはないなと思った。

藁人形、気を付けます

anond:20240124125110

ぶっちゃけ災害現場に立ったことの有る無しで、あまりにも見えてるものの違いがある。

ある意味ネットが一番遅れてるし粗い。

イメージだけで闇雲にボランティア危険視したり(あるいは手放しに称揚したり)党派性イザコザの種にしたり、そういうのはつまりボランティアとはどういうものか」がいまだあやふやなままだからだろう。

行政一元的な指揮監督のもとでシステマチックに動くのが本来なら理想であるみたいな勘違いがある。

行政がやるべき支援人員不足をタダで補う予備軍、代替物のイメージ。そのイメージ合致しないものは、先進的な取組みをしてる団体迷惑Tuberも十把一絡げに叩かれる。

どんなに福祉制度が整備された社会にも必ず取りこぼしはあり、それに気づいた者が自分責任で手当する、創意をもって気付きをかたちにするのがボランティア領分なのだが。

本質的には個人集団からこそ高度に連携しなければならないし、自発性立脚するものからこそニーズの扱いについて考えるべきことが多くある。

そのへんのちょっとした逆説も広く認識されてるとは言い難い。

今回の能登震災の報を見ていてあらためてそういうあたりのことをいろいろ考えていたところだったので、思いがけず経験者の人とやりとりできて、刺激になってよかった。

前述のような「ボランティアとは」の基本レベルのことをみんなわかってなくて嘆かわしいってことじゃなくて、そうした認識スタート地点にすぎないので、今後自分でどれだけ動けるかはわからない(能登にも行かない)が、考えては行きたい。

あとこれは全くの蛇足だけど増田とかでボランティアの話してもダメだな。

経験者にあったのすらほぼこれが初めてだし。

本当に極稀にこうやって「刺激を受けること」があるからつい来ちゃってるけど正直アカンわ。もうここは。

2023-10-13

漫画出版業界音楽と同じ轍を踏んでいるのか?

https://togetter.com/li/2240451

少し前はこんなの

https://togetter.com/li/2229705

こちらの話題。残念だが少なくともデータ上は一切そんな傾向はない。日本企業漫画ビジネス電子化真剣に取り組み、大成功している。

集英社、直近も増収

https://www.shinbunka.co.jp/archives/5822

漫画出版大手三社は近年増収傾向

https://gyokai-search.com/3-hon.htm

何故出版業界成功しているか

利益ではなく売上が単純に増えており、どこかで食いあっているというよりは、業界全体が好景気と言ってよい。

成功理由と考えられるのは以下3つか。

1.漫画村取り締まり成功

2019年運営逮捕の後、わかりやすく売上が増えている。違法アップロードコンテンツは相当な悪影響があったと言える。

2.スマホアプリによる雑誌Web

近年紙媒体特に月刊、週間雑誌が純減。

https://shuppankagaku.com/statistics/mook/

その穴をアプリウェブカバーできているのは大きい。自社内広告との相性がよいのも相乗効果を産んでそうだ。

3.アプリでのロングテール集客

売上が増えているということは、本がもっと売れていることを意味するだろう。これは普通に考えれば新規顧客を掴めている。紙から電子への単純置き換えだけではこの動きは考えにくい。そこで思い当たるのが、ジャンププラス等のチャレンジングな作品群が客の誘引に一役買っている可能性だ。紙媒体ではトップクラス作品しか掲載できないところをウェブでは比較的敷居を低く展開できていて、そこに今までは来なかった客層が集まっているのではないだろうか。

さて、それをふまえて。

音楽業界の轍とは?

音楽業界そもそもどんな失敗をしたのか?

1.不正対策

この件は悪名高いCCCDがまずは浮かぶだろう。ただ、不正対策を何らかしないといけないのは、寧ろ漫画村が良い例として示されており、この後メジャーとなる個人リッピング用途への阻害要因となったのでやり方自体あかんかったとしても、防ぐ行為自体を悪手とは言い切れないだろう。

あと、そもそも漫画出版コピーへの対策がほぼ取れないので、同じ轍も何も違うアプローチを取らざるを得ないという背景もあるね。

2.電子化電子提供

日本音楽業界CDという物販以外を検討した経緯はある。例えばレコチョクLismoといったサービスである音楽業界は元々が電子機器再生前提なので、寧ろ電子化への対応はかなり早いほうだ。音楽業界は寧ろよい轍(?)。

ただ、このサービスCDの売上を食ったというデータはない。そして、より一般的CDmp3アップルミュージック含めたダウンロードコンテンツに置き換わった事実は残念ながら存在しない。

https://www.economist.com/graphic-detail/2019/10/18/the-strange-revival-of-vinyl-records

なんと、CDから電子販売の置換え以上に、両方合わせて音楽コンテンツとして売れなくなってしまっている。そして、その理由電子への置換えと仮定しようとしても、CDの減少のタイミングがあってない。これは、音楽コンテンツのものシュリンクである。従来有名ミュージシャンが歌えばミリオン、みたいな世界だったが、そんな事例が急減したことからもわかるだろう。カラオケ隆盛を越えた、レンタルで十分になった、少子化、他の嗜好コンテンツに客を取られた等言われてるが明確に一元的理由は探しきれない。

その傾向は元々出てきていたが、止めとなったのはストリーミングサービスシンプル音楽を買うという文化が低下していったと言ってよい。

ここから言えるのは売り物がCDmp3かは関係ないし、日本業界がうまく電子化商売(notストリーミング)出来たとしても残念ながら太刀打ちは難しかった、時代の大きな流れだろう。

日本iPodに負けたという言論があったりするが、そういう意味ではオーディオメーカーともかく、音楽業界は特段問題なかった。当時はまだまだダウンロード購入志向には早く(結局はCD市場には程遠い結果でもある)、リッピング元は結局はほとんどCDだったはずだ。それよりは、やはりストリーミングの影響がえげつない

3.ウェブ対応

日本音楽業界は多分ここが一番マズッたところ。今のミュージシャン音楽コンテンツのものの売上は期待できないため、YouTube公開したり、spotify登録して利益を上げてたりする。ショバ代をみすみす支払って。ここが日本企業としてはレーベルの垣根を越えてでも、独自サービスを作ってでも入るべき領域だっただろう。

そして、コンテンツ売上が下がった時に音楽業界が取った手段は、ライブイベントによるマネタイズ。それはコロナ禍で大打撃を受け、逆に出版業界には追い風に。可哀想なところも無くはないが、音楽の売り方に向かい合わなかったツケが回ってきたとも言えそうだ。

まとめ

以上を考えると、出版業界は同じ轍は踏むまいとプラットフォームビジネスを展開し、成功しているとわたしは思うのである。いやよくやってるよ。

あと、出版業界は版元と卸(≒閲覧サイト)とでクロス売り出来てるのも強みかと。コンテンツホルダーがkindleに限らずコミックウォーカー、自社アプリ、その他諸々に併売しているのでPF同士の競争にもなり場代を吸い取られにくくなってるし、逆にお店、つまり販売する機会が多く作れている。これは音楽レーベルは多分できてないよね。

2023-09-05

常設「統合司令部」についてメモ

自衛隊一元的に指揮する常設の「統合司令部」設置へ 防衛省 | NHK

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230822/k10014169631000.html

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防衛省は、サイバー電磁波など、陸・海・空の自衛隊どれかにまらない分野に日頃から対応する必要性が高まっているとして、来年度、各自衛隊を一元的に指揮する常設の「統合司令部」を240人程度の規模で設置する方針です。

統合司令部の設置により、これまでは自衛隊制服組トップ統合幕僚長が防衛大臣の補佐に加え、作戦指揮も担うことになっていましたが作戦指揮については統合司令部トップが担うことになり、役割分担ができるということです。

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Wikipedia統合幕僚監部

陸海空自衛隊を一体的に部隊運用することを目的とした防衛省機関

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%B9%95%E5%83%9A%E7%9B%A3%E9%83%A8#:~:text=%E8%BF%91%E5%B9%B4%E3%80%81%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%B9%95%E5%83%9A%E7%9B%A3%E9%83%A8%E3%82%92,%5B20%5D%E3%80%82

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常設統合司令部の新設

近年、統合幕僚監部を司る統合幕僚長は、アメリカで言うと文民最高司令官である大統領国防長官の最高軍事補佐機関であるスタッフとしての統合参謀本部議長の職務と、最高司令官命令武官として最高の立場で指揮するラインとしての統合軍司令官機能を併存させているため、大規模災害有事の際に、内閣総理大臣防衛大臣への補佐と各部隊への指揮という2つの任務忙殺され対応できない可能性も指摘されている。そこで統合幕僚監部から運用部を切り離すなどして、新たに統合幕僚監部とは別の常設の「統合司令部」を創設し「統合司令官ポストを新設して部隊運用に専念させ、統合幕僚長を大臣補佐に専念させる構想がもちあがった[18][19][20]。

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第193回国会 参議院 外交防衛委員会 第20号 平成29年5月23日

https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=119313950X02020170523&spkNum=15&single

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仮にこういう各主要国のように統合司令部が常設されれば、統幕長はいざとなったら官邸とか大臣の補佐というのにかなり専念できます統合司令官は、まさに太平洋軍司令官との連携とかあるいは部隊指揮というのができますし、その統合司令部幕僚は、統幕各部とか陸海空幕僚監部との連携統合司令部幕僚はできますし、そんなに数は大きくなくてもやっぱりそういう形があるということが、ほかの国はやっぱりやっているわけですよ。生身の人間が両方やるのはかなりこれは難しいです。

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2023-09-03

知的弱者が多いとキモいキモくない

まらないノリ

一元的価値観

こういうのに強制的に従わせられるのでさっさとやめた

知的弱者の人たちは自分達のキモさに気づかないので

それも辛い

anond:20230903102518

ウヨ豚は頭が悪いから一元的見方しかできない

宮台はウヨ豚を見下した上で逆張りしているに過ぎないのにね

2023-09-02

善悪好き嫌い区別が出来てない!って言う人がいるけど、どっちも快不快問題じゃないのって思う。

人を殺しちゃだめ。

なんで?

デカい目で見てみんな幸せになるから

で?

から人を殺しちゃいけない。

で?それは理屈になってないよね。そうなるには大前提として幸せにならなければならないだとか個人主義だとかいった考えを必要とするけど、それは自明道理じゃない。なら人を殺しちゃいけないという所にも一元的には繋がらない。

まあでも大抵の人は幸せになりたいだろうから、多くの人が共感するかもしれない。実際人権思想というものがあるくらいだし。でもそれは理屈じゃなく快不快問題であって、それに共感するかどうかの多数決ですよね。

人間という言葉で括れてしまうくらいだし、9割9分くらいは同じ構造の生き物なんだろうと思う。だから大多数が共感出来る事だってあるんじゃないかと思う。

まあ合意とか言うけれど実際は産まれた瞬間に「この国ではこういう考えがあるのですが、同意頂けますか?」「なるほど、納得しました」なんて言って誓約書サインする訳ではないし、人権は大切ですと教育を受けている訳だし。プリミティブな感じ方だけで決まっているかと言ったらそんな事もなくて、積み上げられてきた世の中の構造とかも多分に関わっているのだろうけど。

一方で全員が全員同じものを食べて同じものを着て同じ生き方をしている訳じゃなくて、その差異個性と呼ばれて尊重されるものだと思うし、それが故にぱっくり考えが割れる事だってあると思う。

好き放題殺し合える世の中が良いという人はあまりいないかもしれないけれど、資産が再分配される世の中が良いかどうかは考えが割れる。実際割れてると思う。

善悪というのはその大部分の共感個人の差違の境界を見定める事なんではないかと思う。

いくら理屈を並べて正当性を主張した所で、少なくとも一個人レベルでは「人を無差別に殺したいです」と言ったらけんもほろろに突っぱねられるのがオチだろうと思う。

社会の取り決めは善意共感頼りではいけない。理屈だったルールこそが必要だ。

なんていう事を言う人もいるけれど、その理屈だったルールを定めるのに共感抜きでは一生話が進まないと思う。規範というのは、リンゴは上から下へと落ちるみたいな個人感性を挟む余地のない自然法則の話とは違うから

別にそれでええやんと思うのだけど、頑なに「いや道徳善悪とは論理的理性的もので〜」って言う人がいるか不思議に思う。

自分の快不快と世の中の多数決混同していて、「自分がこう思うのだから世間一般もそう考えているに違いない」みたいな事を言う人を指してそういう区別がついてないと言うのならまあ分かるのだけど。

2023-06-30

anond:20230630133102

結果だけでなく議論のやり取り自体重要情報なので、Slackじゃなくてチケット管理とかのプロジェクト情報一元的管理するところに残してほしいんよね。「邪魔になるのでこっちで議論しましょう」が出る方が健全というか

2023-04-15

anond:20230415220507

大川隆法いわく「 この世において、テロリストといわれる人々の行動の多くは、『復讐の念』『憤りの念』『怒りの念』などによって支配されています。そして、『リベンジ(報復)として、多くの人々の血を流したい』と思っているのでしょう。ただ、この考えの底には、『神は生贄を求める』というような考えが横たわっているように、私には感じられます

一方、『革命』という言葉多義的理解はされていますけれども、革命本質は『自由の創設』です。その意味で、テロとはまったく違ったものだと私は考えています。(中略)革命というのは、『人々を一元的支配してしまおうとする、あるいは、人々を隷従させ奴隷にしようと支配する力に対し、自由が花開くことを求めて、人々が立ち上がること』です 」

https://the-liberty.com/article/13071/

しかし「圧政への怒り」と「自由を創設すること」は両立するので大川の説には無理がある

2023-02-20

自分が知らない漫画漫画雑誌を探しているのですが、そのうえで質問があります

少なくとも、同人誌自費出版物などではない、商業活動のために売り物として刊行された本については、その気なれば漏れなく知識として抑えられるようにしておきたいです。

これらは全てISBNコードが割り振られていると思うので、コードを割り振った組織などにより一元的管理された漫画やその雑誌を含むリストというのがあるはずだと思うのですが、それを一般人間が見る方法はあるのでしょうか?また、そのようなリストが仮にあったとしても、あらゆるジャンル書籍も一緒くたに登録されていると思うので、漫画関連の本に絞る方法があれば教えてください。

また、ここから先は杞憂かもしれませんが、もしISBNコードが割り振られていなかったり、ある特定地域書店しか出回っていない漫画雑誌があるという場合は、そういった自分が知らない埋もれた雑誌をも含むリストネット上にあるなら、教えてください。リストとしては漏れがあるものしかないという場合は、その漏れ自分で補う方法を教えてください(効率的方法はなく、自分の足で探し続けるしかないのでしょうか?)。

別にたくさん漫画を知ったり読んだりしたいわけではなく、自分にとってもっと面白い漫画に巡り合いたいだけなのです。

そのために、思い立ったら漫画を調べられるようなリストを押さえておく必要があると思いました。

そのリスト漏れがあって、もしその漏れの部分こそ、自分にとってもっと面白い漫画だったらと考えると、漏れがないリストというものに強いこだわりが生じるわけです。そういう漏れがあるリストのなかでそこには自分にとってもっと面白い漫画があると気づかずに探し続けるのは莫大な時間無駄ですから

面白い漫画を見つけたいなら同人誌視野に入れて探せばいいじゃんと思うかもしれないが、これぞ発達障害特有の病質みたいなやつで、商業漫画のなかでのみ面白い漫画を探したいと思うって言うなかば強迫観念みたいなものなんだよな。なぜ商業漫画じゃなきゃだめなのかそこにもはや合理的理由はないんだよ。強迫観念を解消するためには同人誌範囲に入れることは意味が無いってことだけは、自分の体のことは自分がよくわかるってやつで、それとなく悟れてしまうから

2023-01-04

anond:20230103223622

論建がオカシイ

イジメられる方にも責任が」というのは、イジメられるような性格が悪いというの話ではない

イジメられるような言動があったのではないのか?という話だ

借りパクする奴

他人の食べてるもの飲んでるものを何でもおねだりする奴

他人の物を壊したりしても無頓着な奴

そういう流れで無視されたり、ハブられたり、陰口言われたりするのを「イジメ」だとする人も居る

こういうのは、謝って態度を改めれば、友人に戻れる可能性がある

学校問題もある

出来の悪い奴を出来のいい奴に押し付けて「先生仕事を一部の生徒に仮託する班決め」

あれだって積み重なればムカついてくる

調べものしない、何聞いてもワカラナイ、発言もしない

こういうのは切り分けが難しい問題で、一元的に話せるものでもない

性犯罪もそうだ

大抵は顔見知りで行われる

時には、その瞬間は合意があったものも含まれ

そういうのを、一律同じ事象の様に語るのは無意味どころか有害

2022-12-15

なぜReduxが必要なのかを理解してるChatGPTさん

react redux はreactの何を解決するために作られましたか

React Reduxは、Reactアプリケーション状態管理簡単にするために作られました。React Reduxは、Reactアプリケーションデータ管理するために、Reduxと呼ばれるJavaScriptライブラリ統合しています。 Reduxを使用することで、Reactアプリケーションデータ一元的管理し、アプリケーション状態堅牢かつ信頼性の高いものにすることができます

react 単体ではアプリケーションデータ一元的管理できないということでしょうか?

React単独では、アプリケーションデータ一元的管理することはできません。Reactは、コンポーネントベースJavaScriptライブラリであるため、各コンポーネント独自状態データ)を持つことができますしかし、これらの独自状態統合して一元的管理することはできません。そのため、Reactアプリケーションでは、状態管理のために外部のライブラリフレームワーク必要になることがあります。Reduxはそのような状態管理のためのライブラリの1つです。

react 単体でもrootコンポーネントstate事実上アプリケーショングローバルな状態として扱うことは可能です。それだと何か問題ですか?

React単体でも、rootコンポーネント状態アプリケーショングローバルな状態として扱うことは可能です。しかし、この方法は、アプリケーションが複雑になっていくにつれて、状態管理が難しくなる可能性があります。また、rootコンポーネントstateを他のコンポーネントに渡す必要がある場合、propsを介して渡す必要がありますが、これは非常に冗長な処理となり、コードの可読性も悪くなります

さらに、rootコンポーネントstateを変更するためには、必ずrootコンポーネントメソッドを介して行う必要があります。これは、stateを変更するためには、必ずrootコンポーネントから呼び出される必要があるという制約があるためです。この制約は、アプリケーションの規模が大きくなると、管理が困難になる可能性があります

Reduxを使用することで、これらの問題解決することができます。Reduxを使用すると、アプリケーション状態state)を一元的管理することができます。また、Reduxを使用することで、状態を変更するためには、特定ルールに従って行う必要があります。このことにより、アプリケーション状態を変更する際に、堅牢かつ信頼性の高い方法採用することができます

また、Reduxを使用することで、rootコンポーネント以外のコンポーネントからも、状態を変更することができるようになります。これにより、アプリケーションの規模が大きくなっても、状態管理がしやすくなります

ありがとうございます。まさしくそのとおりだと思います

どういたしまして。お答えすることができて、嬉しいです。また、質問がありましたら、お気軽にお問い合わせください。

2022-12-04

anond:20221203190914

ちょっと増田意図した内容になってなかったがどっちにしろ穴があった。

本当はもっと単純に、あらかじめ発表した予算総額に対してそれを上回る分をこっそり金を擦って賄ってしまえばいいという話だった。

でも当然支出領収書によって記録されてしまう。領収書から実際に使ったお金の総額も簡単に割り出せてしまうだろう。

その総額が予算を超過していた場合当然お金出所を問い詰められるはずだ。「お金を擦りました」と白状すればジ・エンド、インフレ国民はあえぐことになる。

ではどうするか?領収書の額を一元的に把握できる人たちに対して箝口令を敷くしかない。

独裁主義でもないのにそれが可能なのか?メディアもうっとうしい。

しかし結局なんでもかんでも告発してそれでインフレになったとしても自分の首を絞めることになるだけなんだから主義がどうこうではなく「目をつぶる」という大人対応もっと今の日本人必要だとも思うんだよね。

ここ数年縛りで

単純につまらないアニメ(『まちカドまぞく』など)は含んでいない

 

【補記】断じて糞ではないが引っかかるところのあるアニメ

2022-09-29

anond:20220928111007

少なから人間関係があるとそこから何らかの情報が来ることはあるじゃん

局所的な事でいえば供給から直接取得することみたいな処女崇拝みたいなのが好みだということはあるとは思うよ

でもその人間関係から情報がくるのも含めて人ひとり分の人生ってことだと思うんよね

だってネタバレが嫌なのだったら人間関係を断ってほかの情報源を断てばいいことだよね

それを続けておいてなおかつネタバレというか一元的情報に縋りたいってちょっと猟奇的な感じがするんだわ

個人的にはそう思うんだけど、それとは別にネタバレだって人は感想をほかの人には絶対いわないってことだよね?

そういうのってそんな程度の楽しみで十分な感じ?だれかと共有したくならない?

感想アウトプットして感受性表現力をあげていきたいみたいな感じってしないものなの?

2022-08-13

Twitterで考えを発信しても大抵むちゃくちゃになるし、頭がバカになる。

Twitterはとにかく哲学社会学的な思考思想の発信に向かないし、その上それを続けていると頭がバカになってくる。

あんなに怒ってる人がいるのに絶望的に向いていない。

その原因は文字制限にある。

 

まともな哲学書とかを読むとわかるが、100字以内に収まる文章があったとして、

その文章に使われている単語一つ一つをどのような意図文脈意味で使っているのかをグダグダと書いていかないといけない。

 

例えばマルクスガブリエル「なぜ世界存在しないのか」などは

世界という概念はこの世の全ての属性を包括した概念だけど、一元的な全てを包括する概念としての世界というもの意味として成立し得ないよ。世界というのはいっぱいあるよ。」

ということを、日本語訳で356ページかけて喋っている。

この356ページを必死こいて理解してやっと、どういう文脈世界存在しないとかい意味不明な事をこのドイツ人あんちゃんが言い始めたのかということが共有できるのだ。

それぐらいやらないと所謂「作者の気持ち」はわからないとも言える。

 

ところが文字制限があると、どうしても文章を短くしなければならなくなる。

文章が短くされる事象を考える上で大事な点は、「どこを削るのか」ではなく、「何を残すか」だ。

残されるのはほぼ間違いなく主張になる。

 

主張が残りがちというのは、例えばカレーが米と合うということをどうしても伝えたくて

日本式カレーは辛さの中にもたまねぎの甘さがあって味も濃いから米と相性がいい。」

という文章を考えたけれどもどうしても短くしなければならない場合

カレーは米と相性がいい。」とするのが妥当だろうという話だ。

カレーにはたまねぎの甘さがある。」だと「で?」となってしまう。理由だけでは何が言いたいのかさっぱりになってしまうし、自分としても言いたいことはこれではない。

農協ポスターになら使えそうな文章だが、言いたいことは米と合うという話なので全く適当ではない。

 

そうやってトリミングしていった文章は最終的に理由が薄くて主張から主張に八艘飛びする文章

そう、Twitterでよく見るあの押し付けがましいうるせえ~文章になる。

  

そうなると読み手は間の文脈自分価値観で埋めるしかなくなる。

例えばカレーインドカレーしか知らない人が、「カレーは米と相性がいい。」という文章を見た時、

日本式」という補足がトリミングされているので日本式カレーという文脈で考えることが出来ず、「いや、ナンとも合うけど何言ってんだこいつは。バカか?」となりかねない。

 

カレーの例えだとバカバカしさが際立つが、思想社会問題の場になってくると「これぐらい知ってるだろ…」みたいな丸投げが読み手にも書き手にも発生するので、

「作者の気持ちを書け」どころの話ではなくなってしまう。

 

そしてもう一つ文字制限が悪さをし始める。

それは「文字制限に収めるために省略した部分を、そのうち書き手が考えなくなってくる」

という事だ。これが「バカになる」という部分になる。

 

さっきも述べたように文章トリミングする際は理由や具体例が削られやすい。

そこを書かずに、論理的な構築が文章の中で完結していない文章を書くというのは実は危険行為になる。

 

思考というのは、言語化するまでは案外フワフワしている。

自分の中で「完璧に筋が通っている」と思っていても、言語化すると意外にスカスカだったり矛盾があったりすることが多い。

しかし、文字制限があるとそこを「書かなくても良い」という風になり、次第にそこの言語化自体が省略され始める。

 

そうでなくても、書いているうちに「あれ文字数足んねえな」と駆け足で結論を書き始める場合もありうる。

なんとなーく見覚えがあるだろうが、「前半と後半で全然違う主題になっているようなツイート」というのはこのように成立しうると言える。

 

こうなるともはや思考は肝心の検討すべき部分が言語化されていないフワフワの状態で終わってしまう。

 

「いやリプライにつなげたりメモ画像化すりゃいいじゃん」という反論もあるだろうが、Twitterは短い文章のほうがウケる

まり、回ってくる文章は長いものではなく短いものばかりになるのだ。

こうなるとまず作者の気持ちすら読み解けない文章から議論スタートすることになるし、

ウケるということは共感されやすいということでもあるので、最初は長く文章を書いていても徐々に短いほうが良いのかなみたいな誘惑が読み手にも発生する。

 

長文がウケないわけではないが、打率の差がある。

 

そしてそもそも長文自体Twitterに毒されていた場合は、「ただ論拠に乏しい長い主張」になり得る。

周囲にそのような文章が溢れかえっているので、Twitter思想の発信を始めた人はこうなりがちだろう。

こうやって徐々に徐々にバカになっていくので、Twitter思考には全く向かないという話。

2022-07-06

anond:20220705133616

在外二元的制約説は公共の福祉人権制限するアプローチが2種類あるってだけで、公共の福祉機能が二つあるという学説ではないし、そもそも一元的内在制約説よりも古い学説だったはずだが...

2022-07-05

anond:20220704153427

5年前に法学部出たんだけど、その時も「公共の福祉一元的内在制約説が通説です!終わり!」って感じだったから驚いた じゃあ具体的な基準はないのかよって思ったのを覚えてる

学部生だったから浅いところしか教わらなかっただけで、院なりローなりいけば流行りの学説まで触れられてたんだろうか

anond:20220704153427

実をいうと評判の悪い自民党改憲草案も、

12条で「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」に変えたのは人権弾圧したいからだ!って批判があったけど、

それは一元的内在制約説が前提なのよね

これは現代としては誤った指摘

2022-07-04

anond:20220704153427

元増田です。(一応元カキコにも本人認証を書いておく)

交通事故業務上過失致死だと書いているくらいだから法律を学んだのは何十年も前のことなのだろう

そういえばそうだった。うっかりしていた。お察しの通り、法学を学んだのは十数年前だし現職の法曹法学博士ではない。

一部ブクマが指摘しているとおり、「公共の福祉」を人権相互矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理であると解する立場は「一元的内在制約説」と呼ばれ、昭和30年代からわりと長らく憲法学の主流な学説とされてきた。

けれど、机上の空論に過ぎないことが既に広く知られている。

このこと自体は知っている。それで法学を学んだのが十数年前の人間として聞きたいのだが。今は一元的内在制約説にプラスアルファするのが主流だとされていることは知っているが、そこのプラスアルファ統一的な見解は出ているのだったか

危険の防止が含まれるのは一般的見解だ。あるいはさらに含めて(精神病強制治療などにおける)本人の利益も制約のうちに入れる説もある。だがそこは少なくとも俺の学んだ頃には結論が出ていなかった。

そもそも元増田自身が「最低限の性道徳」による制約を引っ張ってきた時点で気付かなかったのだろうか。

それにしても、トラバで指摘されている屋外広告物規制条例のように「そうはいっても結構規制されてるよな?」と気付かなかったのだろうか。

実は気づいていて、そこは『原則として』という但し書きに含めていた。だからこの指摘も想定内だ。

しかし(繰り返すが増田法学知識は若干古い)『一元的内在制約説を拡張した』考えが主流なのだから、まずは共通的な考えとして一元的内在制約説ベースの考えを紹介した。

ついでに言うと、二重の基準論は4の最後のところで少しだけ触れている。

どのみち、『秩序の維持』も無制限に認めたら大日本帝国憲法しかならないわけで、ジェンダー平等目的とした表現規制法を作った場合行為と結果のどちらに重点を置いたとしても(片方に全振りするつもりはない)『宇崎ちゃん献血ポスター』『温泉むすめ』『たわわの広告』『ロリエロマンガ一般』を規制できるとは俺は思わない。

anond:20220703120023

公共の福祉とは、原則として権利利益同士が対立した時にそれを調整するためのものだ。

間違い。

なんか、真に受けてる人が多いみたいなのでちゃんと書いておくけども。一部ブクマが指摘しているとおり、「公共の福祉」を人権相互矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理であると解する立場は「一元的内在制約説」と呼ばれ、昭和30年代からわりと長らく憲法学の主流な学説とされてきた。

けれど、机上の空論に過ぎないことが既に広く知られている。

みんな大好き長谷部教授の「新法学ライブラリー2 憲法」(新世社。当増田の底本は第4版(2008年))から持ってきてみよう。

もっとも,一元的内在制約説については,より根底的な点で,その妥当性に疑問を呈することもできる。

第一に,人権を制約する根拠となるのは,かならず他の人権でなければならないとの前提は,「人権」という概念をよほど拡張的な意味で用いない限り理解が困難である。たとえば表現の自由規制する根拠として持ち出される街の美観や静穏,性道徳の維持,電波の混信の防止などは,いずれも個々人の権利には還元されえないものであり,社会全体の利益公共の福祉)としてしか観念しえない。一元的内在制約説のよって立つ前提は,政府がかならずしも個々人の権利には還元し得ない社会全体の利益としての公共の福祉の実現を任務としているという明白な事実あいまいにするばかりでなく,現にある人権が制約されている以上,その制約根拠となっているのも人権であるという誤った思考を導く危険がある。

元増田は、一元的内在制約説という古い欠陥理論依拠している点で誤っているのみならず、一元的内在制約説の解釈適用においてすら、「『人権』という概念をよほど拡張的な意味で用い」る必要があるにもかかわらず、表現の自由の対抗利益に置きうる「人権」を限定的にすることで「公共の福祉概念を過小に設定している。

 

一元的内在制約説は1955年に登場した古い学説で、かつては一世を風靡したが、今じゃ(というか十数年前には既に)芦部憲法高橋教授個人人権の間に損する矛盾の衝突の調整と、自由国家にとって最小限の任務とされる社会秩序の維持と危険の防止であるという定義を付記せざるを得なくなっている。すなわち、現代ではもはや維持されていない学説だ。

そもそも元増田自身が「最低限の性道徳」による制約を引っ張ってきた時点で気付かなかったのだろうか。

 

そして増田の論はその後、創作物規制広告規制を行うとするならば、それは当然に『表現の自由』に対抗できるだけの権利利益が無いといけない。という独自見解開陳し、それを武器に、対抗利益の要保護性をお気持ち断じてバッサバッサと巻藁切りを始める。

まぁこれは、一元的内在制約説の広く共有された欠陥である「制約の可否を判断する具体的な基準が導かれない」という弱点の犠牲になったものとみることもできるが、それにしても、トラバで指摘されている屋外広告物規制条例のように「そうはいっても結構規制されてるよな?」と気付かなかったのだろうか。今じゃ常識の三段階審査とまでは言わないまでも(交通事故業務上過失致死だと書いているくらいだから法律を学んだのは何十年も前のことなのだろう)、古来より伝わる二重の基準くらいは持ってきて欲しかったものである

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