「大型書店」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 大型書店とは

2020-05-19

プログラミングスクールに通わずプログラミングを学ぶ方法

プログラミングスクールってどう思いますか」への、個人的な回答メモ

LINEウェブ制作系のオープンチャットで、

おすすめプログラミングスクールはありますか?」

エンジニア転職したいです。何からやればいいですか?」

おすすめ勉強方法を教えてください」

など、プログラミング経験の方によるこの質問から始まって、独学の方法についての意見交換が始まる展開を何度か見ている

初心者なのに数十万かけてスクールに通おうとしている人が多かったのが意外だったので、個人的な考えを長文でまとめたものである

リモート研修中にクビになった法政大の〜」という記事を見て、既視感があったので増田に貼る。

昨今のコロナ以前に書いたので、コミュニティの利用方法は若干今の現実と即してないと思う。

この文章は、ある程度の本音と持論を語るために、あえて冗長な長い文章形式をとっている。

なぜならば世間一般の「エンジニアのなりかた」といった類の文章は「わかりやすさ」に重きを置きすぎていると考えているためだ。

わかりやす文章は、読み手コントロールする文章である。そして、インターネットに落ちている「読み手コントロールする文章」は、何かを売りつけるための文章にすぎない。

あと、無料で読める長い文章すら読み飛ばす人が、実務レベル学習をやるとは思えない(クソ偏見

それと、ネット上で「プログラミングを学んでエンジニアになりたい」っていう人はだいたいウェブエンジニア(コーダー)志望なので、それを前提に書いている。

■どんな人を読者として想定しているのか

この文章ではこんな人を想定している

20代前半~30代前半で就職経験非正規雇用込)はあり。現在仕事はしている。労働時間はまちまち。週休2日で、月の半分の土曜日は出勤。平日の労働時間・出勤時間家事労働を除いた自由時間は1時間半程度」

「今の仕事には将来性が無いし、このままだとダメだと思っている。貯金はしているので、それを使ってプログラミングスクールに通って転職したい」

パソコンスキルゆっくりとしたブラインドタッチ日報を打ったりはできる。自宅にもノートパソコンは持っているけど、週末にyoutubeを見るくらい」

エンジニアイメージは、ウェブページを作ったりデザインをしたりする人、という認識

「まだプログラミング勉強は始めていない。何からやったらいいかからないし、時間も無いから間違った効率の悪い勉強方法は避けたい」

オープンチャット相談を見ていたり、自分の周囲を見ていてもこういう人が多い気がした。

気持ちは正直なところすごく分かる。

学校卒業してから仕事とは関わりのない異業種について勉強することはわりと大変だ。

資格勉強ならば、体系的にまとまった書籍試験範囲があるので、書籍をとっかかりとして勉強やすいだろう。しかし、「就職」を前提としたプログラミング勉強だと、たちまちにハードルがあがる。

言うなれば、週末に趣味でやるレベルではなく、「実務レベル」という到達目標があり、なおかつ肝心な「実務」について一切想像ができない。周りにエンジニアはおらず相談ができない。

そうするとどうなるか。

プログラミングスクール広告が魅力的になってくるのである

プログラミングスクール 比較」「プログラミング 始め方」で検索するとブログスクールオススメがたくさんヒットする。しかも、今なら入学金が半額だったりする。

どうしよう。プログラミングスクールに通うべきだろうか。

そんなことを考えている人を想定している。

結論:今すぐProgate(無料プログラミングアプリ)をやれ


エンジニアになりたいけど、プログラミングはやったことがない」という人にオススメサービスがある。

それが、Progate

https://prog-8.com/

である

Progateでは、ウェブサイトウェブサービスで使うプログラミング言語を、わかりやすスライドゲーム感覚習得することができるサービスである

なぜ、プログラミングスクール検討する人にProgateがいいのか。

なぜならば、Progateはtwitterなどのアカウントを持っていれば、5分後には学習スタートできるサービスからである

あなたプログラミングを一切学んだことがないならば、スクール情報を知るよりも前に、「自分が学ぼうとしているものがどんなものか」を知ることがもっと重要である

Progateは、「自分が学ぼうとしているものが何か分からない人」に特化したサービスであり、なおかつ学んだあとに「自分には何が足りないか」を考える足がかりになるサービスである

個人的偏見だが、こんな駄文を読んだり名前の知らない人に相談したりプログラミングスクールの紹介をするアフィリエイトブログを読んでいる時間で、Progateに登録してHTMLの基礎を学ぶほうがはるか有益だ。

何度でも言うが、エンジニアになるための勉強が、今から5分後には無料で始められるのだ。今から5分後には、あなたHTMLって何?っていう段階から、一歩踏み出して、5分前のあなたが知らない、ウェブエンジニアの基礎の基礎の基礎を知ることができる。

ならば、なぜやらないんだろう?やらない理由を探して、あれこれ迷って時間を浪費したあげく、「自分は将来のことを考えている」と自己満足したいだけではないのか?

こんな安っぽい挑発に乗っかるのは癪かもしれないが、まず行動をしてみてほしい。行動をする習慣と、行動を通じて頭を使う習慣を身につけてほしい。

実際のところ、Progateが無料っていうのはウソで、全てのレッスンをちゃんとやろうとすると月額980円がかかる。しかし、半年で80万円のプログラミングスクールに比べれば遥かに良心的な価格である。そして、前章で想定したような余暇に余裕が無い人でも、Progateならばスキマ時間で1か月もあれば1周することができるはずである

まずはそこからはじめてみてはいかがだろうか。

プログラミングスクールおすすめしない理由

費用対効果が悪い。胡散臭い就職保証されているわけではない。

以上。

プログラミングスクールに通うメリットとしては、

・同じ環境勉強する仲間がつく

メンターがつく

講師がつく

といった点が考えられる。プログラミング学習挫折しがちなところをサポートしてもらえる面や、お金を払った分の覚悟が生まれるのは良い点だろう。

しかし、結局のところそれも人の運であるところは否めない。

個人的偏見だがプログラミングスクールも、通ったもの挫折する人はかなり多いのではないだろうか。

プログラミングスクールを修了した人が、プログラマーではなくスクール講師メンターになる、というのもよく聞く話である。もちろん、そういうスクールに通って、あなたプログラマーになれないとは言えない。でも恐らく、その環境あなたが望む「実務レベル」を身に着けられる環境とも言い切れない。

おそらく、チャットなどでに質問される方の多くは、自分エンジニアデザイナーとしての働き方が、まだ明確に見えていない方だと思う。何をどれだけ勉強して、いつまでにどのレベルに達しなければならないか。そこがつかめていないはずだ。

そんな状態プログラミングスクールお金を出すのは、危険ではないかと思っている。自分習得すべき課題を知らないまま、他人自分人生手綱を預けてしまうことになりかねない。

学校というのは、「自分が何を習得したいか、どうなっていたいか、何を勉強しているのか」をある程度把握して、その目標との軌道修正のために利用する場所であって、教わる場所ではない。カルチャースクールに通うならともかく、転職を前提にした学習において、上述の点が曖昧なままにスクールを利用するのはメリット以上にリスクが大きい。

っていうか、スクールに通う数十万があるならば、その予算乾燥機付きの洗濯機食器洗い乾燥機を購入して、家事効率化を試みる方がいいのではないか

そのほうが、学習時間睡眠時間を捻出できるため、仮にプログラミング学習挫折しても、生活の質は向上する。

■Progateをやったあとはどうするべき?


1.なにか書籍を1冊やりきってみる

Progateでいくつかの言語での学習が終わった段階で、なんとなく「自分が何をやらなきゃいけないのか」が見えてくるはずである

仮に見えてこなくても、Progateをもう一度やってみるのはあまりオススメしない。

そこで、見方を変えるために、書籍にとりかかってみるのがいいと思う。

特に、Progateでは、実際にコードを書くためのエディターや、プログラミングに使う各種ツール言語などのインストールをする「環境構築」を学ぶことができない。

多くの入門者向け書籍場合、まずは序章で環境構築やおすすめエディタの紹介がある。ここで、一度環境構築を経験してみるのがいいと思う。

選び方としては、

予算内(2000円~3000円くらい)

最近に発売されたもの2017年2019年)、あるいは改訂が入ってるもの

・「書籍名 正誤表」で検索して、内容の誤りが修正されているもの

でどうだろうか。

できれば、大型書店に足を運んで、手を取って比較してみてほしい。(コロナから今はできないけど)

おそらく、Progateを始める前に書籍から始めようとしたものの、「どれがいいかからない」「初心者なのに、専門書のコーナーにいるのが恥ずかしい」

となっていた人でも、この段階ならば何かしらの選ぶ基準ができているはずだ。

例えば、Progateで分かりにくいと思ってたところがなんとなく理解できる本だったり、もっと詳しく知りたい内容が載っていたり、作ってみたデザインサイトが載っている本が見つかるはずだ。

もし、近くにプログラミング書籍が売っているような書店が無い場合は、Amazonに頼ろう。こればかりは仕方がない部分でもある。もし、タブレット端末を持っているならば、

Amazonkindle unlimited登録すると、月額1000円くらいで電子書籍の読み放題コンテンツを利用することができる。読み放題に登録されているのはいささか古いものが多いが、それでも限られた予算内でいろんな本を比較しながら進められる点で、メリットがある。

2.N予備校を使う。

N予備校ニコニコ動画提供する「ドワンゴ」が提供する学習サービスである

https://www.nnn.ed.nico/pages/programming/

このN予備校には「WEBプログラミングコース」というプログラミングコースがあり、これがわりと本格的な内容だと定評がある。

メリットとして、


が挙げられる。Progateと違って、講師質問できるのがN予備校の大きな強みだ。

でもお高いんでしょう?って思った方もいるかもしれない。

だが、なんとN予備校は月額1080円であるしかも、コロナ下の今では、無料である

しかも、プログラミングだけではなくPhotoshopillustratorといったAdobeソフト学習コースなども受けられる。

ただしデメリットもいくつかある

といった点があげられるだろう。

N予備校を勧めるのに「何を学べるのか」を具体的に書かない点には、難しくてとっつきにくい内容が多く、初学者説明しにくいからというのが挙げられる。

(ちなみに、チャットbotアプリとか、掲示板アプリを作ったりできます

実際、N予備校生放送を見ると、回を重ねるごとに挫折者が増えていく。

料金が安いにも関わらずサポートが手厚いのは、おそらく、黙って挫折する人が多すぎてサポートの手間が少ないのではないだろうか。

■Progateもやって、書籍もやって、それでもプログラミングスクールに通いたい


ここまでやって、それでもプログラミングスクールに通いたい人には、スクールを利用するための明確な課題意識があるはずだ。

ポートフォリオ作成転職活動を前提に、対面やスカイプで細かくサポートを受けたい」

自分ウェブサービスリリースしたい」

などなど。

この段階になって、なおかつスクールの料金を払える人ならば、アドバイス不要だと思う。

プログラミングスクールの問い合わせ窓口や受付で、いやらしい質問たっぷりとぶつけて、自分にあったものを探すのがいいのではないだろうか。

なお、大都市圏に住んでいる人ならば、この段階でエンジニアの集まりに顔を出してみるといいと思う。(これもコロナでできなくなった)

コンパス、という勉強オフ会サービスがある。

https://connpass.com/

ここで、自分が通える初心者歓迎のオフ会を探してみるのはどうだろうか。

こういうエンジニアの集まりには実際に異業種から転職した経験がある人や、フリーランス勉強している人、講師経験のある人が多く参加している。

個人的経験では、こういう集まりには親切な人が多く相談やすいと思う。不安払拭するためなら、一番近道かもしれない。

なんなら、「Progateを始めました!」って段階で足を運んでみてもいいと思う。

まとめ

以上、おそらくここまで読んでいる人は誰もいないと思うが、個人的経験を前提にしつつ「おすすめプログラミングスクールはありますか?」問題について書いてみた。

人によっては、「プログラミングスクールではなく職業訓練校」とアドバイスしたい人もいると思うが、職業訓練校は地域による当たりはずれや、学習者が現在仕事と併用できない点があるため候補に入れなかった。

(個々の状況に応じた選択肢の一つとして、職業訓練校は大いにありだと思うんだけど、一般論として勧めることができない。補助金があっても離職を伴いますから

この駄文を通して私が主張したいのは「悩んでいる時間無駄であり、とりあえず行動して勉強する時間無駄ではない」というただ一点である

「とりあえず行動する」とは、リスクを背負ってやみくもに飛び込むことを意味しない。最低限のコストで最低限の学習を行い、自分の向かうべき道筋について自身で仮説を組み立てつつ行動することである

そのための足掛かりとして、高額な出費を伴うプログラミングスクールではなく、まずProgateを推したい。この際、費用が掛からずに自分トライアンドエラーができるならば、他の学習方法でも全く構わない。とにかくまずは学習をはじめてほしい。

願わくば、この駄文が誰にも読まれことなく、いま悩んでいる人が「とりあえず行動してみる」と、勉強を始めてくれることを、願ってやまない。

ちょっと追記https://anond.hatelabo.jp/20200519212657

2020-04-16

初めて行った書店で感激した

年に2、3回行くスーパーの隣に小規模の商店街があり、その中に本屋があるらしいことを最近知った。

先日、『明日ちゃんセーラー服』をそこで買おうと思って行ってみたら驚いた。

そこは寂れたどうでもいい本屋ではなく、数年前にできたばかりの、店主のセレクト力を前面に出した本屋だった。

小説エッセイ教養、食や健康生物などのジャンルがあったが、本格とカジュアルを兼ね備えた心憎い本が多い。

たいていの本は一冊限りで、漫画も復刻ものかつ特定の巻しか置いてなくて、店の隅々まで神経が張っている感じがした。

本屋の周囲は団地がかなり多く、近くには大型書店美術館さら郷土資料に強い古書店であるという魅力的な土地柄で、

面白い本が多くて二時間ぐらい滞在したが、コロナの影響なのか、平日の昼でも客足が途切れてなかった。

俺もこの町に住みたくなったよ。

ちょっと遠いけど、これから本の取り寄せはここに頼むことにしよう。

ネトウヨだったけど今は政治民族日本もどうでもよくなってダラダラ平和に生きてる

そんな俺が当時なんでネトウヨになったのか自分なりに振り返ってみようと思う。

きっかけは高校2年生の時に出会ったゴーマニズム宣言

普段、夕食後にナイター中継見ながら「吉本隆明がどうたら」「西部邁がどうたら」そんなことばかり雑談してる父親と兄が、「ゴーマニズム宣言はあれヤベえよ……」と苦笑いしているのが耳に入ってその存在を知った。

なぜか興味を抱いた俺はそれがどんな本なのか訊いてみたら、二人ともしまったとでも言いたげな顔で言葉を濁し、「いや、お前が読んだら絶対に訳も分からずハマるから教えたくない」と逃げられた。

そんなふうに言われたらむしろ興味が強くなる。

早速、学校の帰りに大型書店に立ち寄った。残念ながらゴーマニズム宣言は置いてなくて(記憶が確かならとっくに絶版になってたからだったと思う)、仕方なく「戦争論」のほうを購入した。

家族予言通り俺はドハマりしてしまった。

一応、書いておくと俺はそこらへんのアホ高校に通う勉強なんてしたことないバカ学生だったから、歴史公民ともに全く知識がなかった。

戦争論に書かれている刺激的な言論にやられて、人が変わったように昭和史勉強を始めたとかい事実も一切ない。

それにもかかわらず俺が戦争論にハマったのは、悪役として据えられてるキャラアメリカ護憲論者?)を主人公日本小林よしのり?)がボッコボッコにやっつけて、徹底的にディスるのが気持ちよかったから。スカッジャパン見て留飲下げてる人と全く同じ心理

正直言って、本の内容は全然理解できてなかった。大人になった今ですら戦争論で何をどういう論点で掘り下げていたのか全く思い出せない。そして、今もう一回読んでも無学ゆえに理解できないだろう。

で、なんで当時の俺にそういうスカッポルノ物語が響いたのか?もうこれは俺が嫌われ者だったからとしか言えない。

見た目はオタクのくせに不良ぶりたがる、一周回った可愛げもなくとにかく協調性がなく、からかい半分に相手挑発することをニヤニヤ言う。

そんな俺はまあとにかくクラスから嫌われていた。男女問わず嫌われていた。

疎外されるのも自業自得なんだけど、そのくせ俺は周りに嫌われてる事実に傷つき、挙句、「人生彼女ができない。童貞捨てられない」的悩みも同時に抱えてとにかくイライラしていた。

自業自得なのに人生や世の中や周りを人間を恨んでいた。

そんな人間スカッジャパン出会ったらそりゃハマるよなあと今となっては思う。

逆恨み由来で膨れ上がったはち切れんばかりの攻撃性をあの本が代わりに解消してくれたような感じだ。

兄が俺をゴー宣に触れさせないよう慌てていたのは、俺の人間性に大問題があってなおかつクラス嫌われ者であることを察していたからな気がする。

「(あの本にハマるのはまさにこういう奴だろう)」、そんな危機意識があったのではないかと。

そこから先はお定まりルート

俺は韓国韓国人、在日朝鮮人戦後民主主義左翼を忌み嫌うようになった。

「お前そんなこと言っていいわけないだろう。理屈もなにもねえよ」というような蔑称ヘイトにキャッキャキャッキャと歓喜し、瀬戸弘幸桜井誠天才思想家として崇め奉った。

そして俺にとってスターといえばイチローでもダルビッシュでもなく、自民党タカ派議員だった。

2chに差別書き込みをした回数は1000じゃまったくきかないと思う。

夕食後、父親と兄との雑談に俺が混ざるようになったのもちょうどこのころだった。

学校で起こった楽しい話なんてないもんだから、なんの脈略もなく「韓国がさあ~w」「中国がさあ~w」という調子で読んだばかりのヘイト本の内容を面白おかしくニヤニヤと披露する。

そのたびに父親は決まってウンザリしたような顔で「お前、そんな差別的な話を俺は家で聞きたくないよ。もっと楽しい話してくれよ」と露骨に眉をひそめ、軽蔑したような冷めた顔でそのやり取りを見守っていた兄が痺れを切らして「おめえいい加減にしろよ、黙れよ」と一喝する。

そんな流れが毎日だった。

ただ、このときの俺がとにかく恐れていたことが一つだけある。

それは「愛国心を盾にした差別はよくない」という至極まっとうな意見世間常識となることだった。

厳密に言うと、当時も今もそういう社会常識は当然みんなに共有されているということになっている。

学校会社ネトウヨ言論をかまそうものなら普通に窘められ、あいつは頭がおかしいということになるだろう。

ただ、当時はネトウヨネトウヨ言論もまだまだ隠れた存在で(ネトウヨというスラング自体は耳にしたことある人はもう多かったと思うが)、「変な人のことだとは思うけど、実際になにがどうなってんのかは知らない」程度にしか一般的認知されていなかったと思う。だから、2chで俺を含む差別的な連中がどんだけ跋扈しようが見つからなかった。

世間には「差別は許されない」という当然の常識が共有されている一方で、ネットアングラ部分ではネトウヨ思想がすごい勢いで盛り上がるという対照的状態が続いていた。

「もしもネットネトウヨブーム世間の人に気付かれたら彼らの良心によって潰されるだろう。そしたら俺のフラストレーションの解消の場がなくなってしまう」

そんなふうに俺は恐れていた。

俺の嫌な予感は当たった。

やがて、ネトウヨ存在一般的認知され始め、密教から顕教に変わっていった。

ただ、予想外だったこともある。

ネトウヨはやっぱり「あいつらとんでもねえ」とバッシングされはしたんだけど、それと同時に「あんなのはごく一部。差別者なんて実際はほぼいない。広まってもいないネトウヨ思想危機感を抱くのは未熟者だからはい、この話終わり」とでも言いたげな耳を塞ぐ態度を頑なに守り続ける勢力も相当いたことだった。

はてなでよく見る「観測範囲問題」という指摘と同じ。


これに俺は凄く救われた。こういう逆張りというか、冷めたポーズを取ってくれる連中がいてくれれば俺の、俺たちネトウヨの居場所は守られる!と安堵した。

ネトウヨ思想が広まりかねない。危険だ」という意見ネトウヨでもないネットから「そんな奴みたことないんだけど?よっぽどレベルの低いコミュニティにいるんだね~」みたいなレトリックでよく小馬鹿にされていたのを覚えている。

ネトウヨ本が書店平積みされ飛ぶように売れ、ヘイトスピーチなんてのが社会問題になって、身元隠してないTwitterアカウント主婦社会人ネトウヨ思想を全開にしている、そんな現在を考えると、ネトウヨ思想流行という当時の懸念は正しく、そして、冷めた態度で小馬鹿にする勢力ネトウヨ追い風になったのは当たってたなあと思う。

ネトウヨ時代の俺も日本がここまでなるとは当時想像だにしなかったから。

政治とか右翼だとか左翼だとか韓国とかそういうの一切合切に俺が興味なくなったのは大学入学とほぼ同時だった。

大学合格後に兄に部屋まで呼び出され相当真剣に将来を案じることを言われ続けたからだ。

要約すると、「偏見を捨てろ。周りに親切にしろ。心を入れ替えろ。ていうか今の人間性のままだとお前人生終わるよ」、そんなことをマジのマジのマジのテンションこんこんと聞かされた。

「親父もお袋も相当心配してるぞ。お前結局友達いなかったろ」、特にこれが半べそかくほど効いた。

自分が好かれるわけがない、擁護しようのない人間だという自覚は深いところで抱いていたので、大学では心を入れ替えて普通に友達作って楽しく過ごそうと思って大学生活をスタートさせた。

まもなく、普通に友達が何人かできて、一緒に遊ぶようになって、まるで憑き物が落ちたかのように俺のなかから世の中や人に対する攻撃性が萎んでいった。

気付いたら政治とかどうでもよくなっていた。ていうか在学中に在日友達もできた。彼女はできなかった。

今は普通にのほほんと生きている。

選挙にはあんまり行ってない。

2020-01-28

土地バカ安な地域移住したい

条件

・雪が積もらない

8月の平均気温が25度以下

・チェーンのスーパーでも新鮮な魚が売っている

・町にコメダドトールタリーズがある

大型書店がある

NHK日テレTBSフジテレ朝テレ東全部映る

自治体運営してる安い温泉がある

どっかある?

2020-01-09

anond:20200109192729

大型書店の地下から上の階、ずっとついてきてて。

もう帰ったかなと思ってもう一度地下で漫画見てると、

またその人が居て、レジが終わったら出口で声かけられたり。

大型書店は、よくあるよね。

あとは歩いてる時かな。スクランブル交差点電車の中。

2019-10-22

読書と決め込む今日増田一日ニチイ出す魔うょ気婿女木とょしく度(回文

おはようございます

今日祝日なのね。

こういう何も予定のない日遅く起きた朝は

のんびりどこかに何冊か本やノートパソコンを持って車で出かけて

気ままにインターネット読書をするのが一番の贅の沢だわ。

今日はそんな1日にしたいわね。

ちょっと本屋さんにネットで話題の本を探しに行って見たら、

まあやっぱりなくて、

ゾンのアマで見たら売り切れで入荷未定ってなってたわ。

なんかそういう時すぐ手に入って読める電子版は便利だったりするけど、

物理本だとそうは行かないみたいね

結構動画再生する前は見てから買ってみようかなと思ってたけど、

前編後編再生して見終わって、

ネットでと思って見に行ったら、

売り切れだったのよ!

スゴいわねネッツの力って。

もちろん私の近所のみかん花咲く丘公園前の商店街書籍屋さんもあつかってなくて、

どうも大型書店屋さんだと

ネット流行った本は割と早く店頭に並んだりするけど、

まわりの本屋さんに浸透して置き始まるのは

半年ぐらい先だったりするのよね。

結構都心本屋さんを中心に

離れていくほど、

微妙店頭に並ぶ本のタイムロスがあって、

都心から地方にそって本屋さんを巡ってみると、

なんかそういう時の流れが止まったような感じもするわ。

まあ古書とかは別よ。

あいアマゾンでは売ってない本を探すにはうってつけの、

ネットにはない直に古書本屋さん巡りしなくちゃいけないじゃない。

私は言ったことないんだけど、

なんかそういう所でこだわりのある感じの客を演じてみたいわ。

わ!江戸時代豆腐百珍あったわ!とかって言ってみたい!

まあそう言うことで私は今日一日お利口さんをキメて読書に勤しみたいわ。

みんなもよい休日をね。

アディオス

アミーガ


今日朝ご飯

遅く起きたのであとでカレー屋さんでナンでもテイクアウツするわ。

なにがなんでも食べたいナンなんちゃって

デトックスウォーター

普通のズーミーよ。

どちらかというと水道水も平気なタイプだったけど、

やっぱり浄水器付けてみた方がなんとなく気持ちがいいような気がするし、

水を磨く!って思うと職人技っぽくない?

水道処理施設は今は日本変態級のらしく美味しい水道水が作れるんだけど、

水道設備施設老朽化問題のそういうところはどうしようもないので、

ああそこで浄水器なのね、

と合点がいったわ。

なくてもいいけどあった方がいいって感じ。

浄水器を取り付けるとき角度とか気を付けて取り付けてね。

じゃないと反対に付けたら噴水になっちゃうじゃない!

冗談冗談

うふふ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2019-09-04

anond:20190904113548

ファミコンショップ場合DLではなく通販に取って代わられただけだと思う…

今でも大手家電店だと大きな売り場あるし

書店も押されてるのは電子ではなく通販のせいだろ

んで潰れてるのは大型書店ではなく、雑誌ベストセラーの売り上げで保ってた小型書店

電子だと中身を自由に確かめられない(試し読みがあっても大抵は最初の数ページだけだし、漫画小説ならそれでも良くても

例えば「この分野の詳しい解説が載っている専門書が欲しい」となった時はそれじゃ困る)ので

専門書も扱う大型書店は生き残るんじゃないか

全ページ試し読みOKが当たり前になったら別だが、それだと試し読みだけで済ませてしまうケースが多そう

2019-05-31

anond:20190531210117

多嚢胞性卵巣なんて初めて聞いたから少しだけ検索してみた。

と言ってもおれはただのプログラマだし医療知識不妊治療とかの経験もないんで、参考程度にとどめること。

多嚢胞性卵巣とは
治療方法

症状のレベル(軽度か重度か)によって治療方法は変わってくるみたい。



調べた限りだと、妊娠しにくいけれども、妊娠できない、というわけではないと思う。

まれてくる子供障害があるとか、そういうことに言及しているページはなかったので、それについてはあまり心配しなくていいんじゃないかな。

(といってもおれは専門家ではないので、真に受けないように)

ちゃんと信頼できるお医者さんに質問してみるといいよ。

事前にしっかりと情報収集して、不明点や不安に思っていることを整理しておくこと。

ネットだけじゃなくて、図書館、あるいは大型書店とかで調べてみるといいはず。

参考サイト

2019-05-10

本が読めなくなった自分が再び本を読めるようになった話

 本が読めない。

 読書家が人生において遅かれ早かれ直面するところの事件である

 本が読めない。


 特に文学小説が読めなくなった。


 当方二十代後半の男であるが、今より遡ること十八年ほど前にラノベブギーポップは笑わない)と出会い、それ以降文芸における視野国内外純文学文芸作品へと広げ、様々なジャンルにおける読書体験を営みながら、これまでの人生を生きてきたのである

 そして、その読書体験の勢いと呼ぶべきものを二十代の前半辺りにまで持続させ、さてこれから人生においても長い付き合いになりそうだなあ、などと呑気に構えていた時分、不意にその能力消失したのであった。


 読書能力消失

 何故なのかは分からないけれど、突然本が読めなくなったのだ。

 書物との別れ。


 何故なのだろう?

 当方通勤に一時間以上を費やす難儀な民であるため、通勤時間中は心を半ば無にし、脳の活動を極低状態にまで抑え、死んだ目で通勤していたのが仇になったのだろうか。
(皆さん、覚えておいてほしいのだけれど、通勤時間20分を上回るようになると脳の鬱傾向が加速するというエヴィデンスがあるそうなので、通勤時間はできるだけ短縮するようにしましょう)

 でも、俺に関して言えば未だに通勤時間は二十代の前半から変わっていない。むしろ職場の変更から伸びたくらいであって、つまりその移動距離は未だに脳に対して厄介な負担を掛け続けているということになる。


 まあそら本も読めなくなるわな。

 考えてみれば当たり前の帰結である


 とにかく去年の夏に至るまでの数年間、俺は本を読むことができなかった。


 読みたい本はたくさんあった。それこそ山のようにあった。かつて、若き日の盛りに大阪へと日帰りの小旅行に行った思い出があるのだけれど、それは梅田存在する某超大型一般書店に立ち寄るためだけに計画された小旅行なのであった。そんなこんなで、俺はその超大型書店へと赴き、そこで購入できる限りの本をわんさと買った後で、地元へと帰還したわけである。無論、それらの本の内の殆ど積ん読ルートを辿り、今も尚本棚一角を占めその存在感を俺にアピールし続けている。

 まるでそれは十字架だった。

 俺の、購入した時点で尽き果ててしまった、知識に対する独占欲好奇心に対して釘を打ち付けるかのような、それは罪悪感を俺に植え付けるための十字架だった。

 何故なのだろう。

 何故我々は本が読めなくなってしまうのだろう?


 ここに至る理由には色々あると思うのだけれど、第一に思い浮かぶ理由といえば加齢である


 残酷な、そして受け入れがたい真実――加齢は脳を萎縮させる。

 人間の脳は部位によっては三十代を超えてもなお成長し続けると一般に言われているが、しかし厳然として人間の肉体は二十代の半ばを境に衰え続けるのも事実である。というか、どちらかと言えば成長よりも衰退の方を意識せざるを得ないのが殆どではなかろうか、と思う。我々は衰退している。というか、我々の脳は衰退しているのである。衰退しました。
 ――つまりは、我々は一度読書能力を失ってしまうと、よっぽどの克己心を持たない限り――あるいは、そのような驚異的克己心を持たない限り――そのような超人的克己心に基づく人格改造なり人体改造を経ない限り――再び読書能力を取り戻すことは、難しいということなである

 残酷な、そして、受け入れがたい真実

 俺もそうであった。

 読書能力との別れは辛いものである

 それは、まるで一人の気のおけない友人との別れにも似ている。


 結論から言うと、俺は再び読書ができるようになった。


 ぶっちゃけると何でなのかは分からない。でも、確かにできるようになった。

 復活した。アーメン



イースターの季節ですね)

p.s.このテキストを書いたのは4/22です)


 去年の夏頃からその能力は突如として再生した。昨年から現在に至るまでの読書量は、読書能力が失われていた時代を遥かに超えている。ここのところお硬い文学小説にばかり目を通しているのだけれども、ここ一年間くらいで読んだページ数は5000頁を優に超えた。これまでの読書量を遥かに凌駕するレベルである(待っててくれプルースト

 正直なところ、何かを意識して自己改革したという記憶殆どない。強いて言うならば、当時スマートフォン通信制限喫緊重要課題と成り果てていたため、そのデータ通信量を節約するという実情に迫られて、通勤手段である電車に乗り込んでから本を読むようになったのがその理由と言えるかもしれない。


 行きに十ページ、帰りに十ページ。

 それを毎日

 仮に、一ヶ月の間に通勤期間が二十三存在するとすれば、行きに十ページ帰りに十ページを繰り返すのであれば、一ヶ月で我々の読書量は460ページに到達するということになる。

 猿でも分かる(猿には分からない)計算である


 とは言え、まずはそういうレベルから始めるのが得策であろうと思われる。人間は恐らく一日の間に二十ページ以上の本を読むことはできないのだ――特に文学小説のような対象相手取るのであれば、僕らの克己心は我々の想像する以上に貧弱なのである

 さて。


 これは正確に言うとライフハックではない。

 電車の行き帰りで、それぞれ十頁ほどの時間読書に費やすようになった男が存在している、というだけの話である

 そう、キーワード電車だ。脳ミソと通信量のダブルダメージを避けようと、不意に読書人生途上で――つまりはレールの上で――再開しただけの、それだけの話なのである


 参考になったであろうか?

 恐らくは、なるまいと思う。

 とは言え、かつて存在しその後に失われてしまったところの能力が、突如として復活するということは有り得るのだと――俺はただただその事だけを――伝えたかったのだ。今日を生き始めたものけが、かつての息吹に再び胸をなでおろすことができるようになるのである

 皆さん、本を読みましょう。

 魂を取り戻すために。

2019-04-23

本が読めなくなった自分が再び本を読めるようになった話

 本が読めない。

 読書家が人生において遅かれ早かれ直面するところの事件である

 本が読めない。


 特に文学小説が読めなくなった。


 当方二十代後半の男であるが、今より遡ること十八年ほど前にラノベブギーポップは笑わない)と出会い、それ以降文芸における視野国内外純文学文芸作品へと広げ、様々なジャンルにおける読書体験を営みながら、これまでの人生を生きてきたのである

 そして、その読書体験の勢いと呼ぶべきものを二十代の前半辺りにまで持続させ、さてこれから人生においても長い付き合いになりそうだなあ、などと呑気に構えていた時分、不意にその能力消失したのであった。


 読書能力消失

 何故なのかは分からないけれど、突然本が読めなくなったのだ。

 書物との別れ。


 何故なのだろう?

 当方通勤に一時間以上を費やす難儀な民であるため、通勤時間中は心を半ば無にし、脳の活動を極低状態にまで抑え、死んだ目で通勤していたのが仇になったのだろうか。
(皆さん、覚えておいてほしいのだけれど、通勤時間20分を上回るようになると脳の鬱傾向が加速するというエヴィデンスがあるそうなので、通勤時間はできるだけ短縮するようにしましょう)

 でも、俺に関して言えば未だに通勤時間は二十代の前半から変わっていない。むしろ職場の変更から伸びたくらいであって、つまりその移動距離は未だに脳に対して厄介な負担を掛け続けているということになる。


 まあそら本も読めなくなるわな。

 考えてみれば当たり前の帰結である


 とにかく去年の夏に至るまでの数年間、俺は本を読むことができなかった。


 読みたい本はたくさんあった。それこそ山のようにあった。かつて、若き日の盛りに大阪へと日帰りの小旅行に行った思い出があるのだけれど、それは梅田存在する某超大型一般書店に立ち寄るためだけに計画された小旅行なのであった。そんなこんなで、俺はその超大型書店へと赴き、そこで購入できる限りの本をわんさと買った後で、地元へと帰還したわけである。無論、それらの本の内の殆ど積ん読ルートを辿り、今も尚本棚一角を占めその存在感を俺にアピールし続けている。

 まるでそれは十字架だった。

 俺の、購入した時点で尽き果ててしまった、知識に対する独占欲好奇心に対して釘を打ち付けるかのような、それは罪悪感を俺に植え付けるための十字架だった。

 何故なのだろう。

 何故我々は本が読めなくなってしまうのだろう?


 ここに至る理由には色々あると思うのだけれど、第一に思い浮かぶ理由といえば加齢である


 残酷な、そして受け入れがたい真実――加齢は脳を萎縮させる。

 人間の脳は部位によっては三十代を超えてもなお成長し続けると一般に言われているが、しかし厳然として人間の肉体は二十代の半ばを境に衰え続けるのも事実である。というか、どちらかと言えば成長よりも衰退の方を意識せざるを得ないのが殆どではなかろうか、と思う。我々は衰退している。というか、我々の脳は衰退しているのである。衰退しました。
 ――つまりは、我々は一度読書能力を失ってしまうと、よっぽどの克己心を持たない限り――あるいは、そのような驚異的克己心を持たない限り――そのような超人的克己心に基づく人格改造なり人体改造を経ない限り――再び読書能力を取り戻すことは、難しいということなである

 残酷な、そして、受け入れがたい真実

 俺もそうであった。

 読書能力との別れは辛いものである

 それは、まるで一人の気のおけない友人との別れにも似ている。


 結論から言うと、俺は再び読書ができるようになった。


 ぶっちゃけると何でなのかは分からない。でも、確かにできるようになった。

 復活した。アーメン



イースターの季節ですね)


 去年の夏頃からその能力は突如として再生した。昨年から現在に至るまでの読書量は、読書能力が失われていた時代を遥かに超えている。ここのところお硬い文学小説にばかり目を通しているのだけれども、ここ一年間くらいで読んだページ数は5000頁を優に超えた。これまでの読書量を遥かに凌駕するレベルである(待っててくれプルースト

 正直なところ、何かを意識して自己改革したという記憶殆どない。強いて言うならば、当時スマートフォン通信制限喫緊重要課題と成り果てていたため、そのデータ通信量を節約するという実情に迫られて、通勤手段である電車に乗り込んでから本を読むようになったのがその理由と言えるかもしれない。


 行きに十ページ、帰りに十ページ。

 それを毎日

 仮に、一ヶ月の間に通勤期間が二十三存在するとすれば、行きに十ページ帰りに十ページを繰り返すのであれば、一ヶ月で我々の読書量は460ページに到達するということになる。

 猿でも分かる(猿には分からない)計算である


 とは言え、まずはそういうレベルから始めるのが得策であろうと思われる。人間は恐らく一日の間に二十ページ以上の本を読むことはできないのだ――特に文学小説のような対象相手取るのであれば、僕らの克己心は我々の想像する以上に貧弱なのである

 さて。


 これは正確に言うとライフハックではない。

 電車の行き帰りで、それぞれ十頁ほどの時間読書に費やすようになった男が存在している、というだけの話である

 そう、キーワード電車だ。脳ミソと通信量のダブルダメージを避けようと、不意に読書人生途上で――つまりはレールの上で――再開しただけの、それだけの話なのである


 参考になったであろうか?

 恐らくは、なるまいと思う。

 とは言え、かつて存在しその後に失われてしまったところの能力が、突如として復活するということは有り得るのだと――俺はただただその事だけを――伝えたかったのだ。今日を生き始めたものけが、かつての息吹に再び胸をなでおろすことができるようになるのである

 皆さん、本を読みましょう。

 魂を取り戻すために。

2019-03-28

anond:20190328152340

作家希望者に大型書店毎日行くように進めてくれよ

で、おまえの書いた本ってそこに並んでたら手に取ってもらえるものなの?って質問してくれ

2019-03-24

Amazonもたまには「おすすめしない」を表示してほしい

大型書店をぶらついて楽しいのは「自分では積極的に読むことはぜったいないタイプの本」が平積みになってたりして、「なんでこんな本売れてんだろ?」と思ってayc立ち読みしてみると、案外あたらしい世界が開けてくることだ。

amazonとかだと、どんどん「似たような傾向の面白そうな本」を薦めてくるので、そういうことがおこらない

最近だと動画配信サイトとかもどんどんそういう傾向になってるようだが、どんどん人の思考や興味を狭い世界に追い込んでいくような気がして、ちょっと怖い。

たまには違う世界をのぞいてみた驚きが方がいいと思うんだけど。

同じ記事ヤフコメとはてぶのコメントを見て驚くように。

あと、ある分野の本を集中的に検索、購入して、自分のなかで「ある分野ブーム」が去ったあとにも、前のブームに基づいたお薦めを表示するのもウザい。

amazonじゃなくてヤフオクだけど、以前、一度わりと高めの中古一眼レフを落としたら、その後何度も何度も一眼レフが表示されたことがあった。

1台しかいらねーよ。

2019-02-13

anond:20190213122548

のんびり区】

空港まで車やバス電車20-30分

大学病院まで車やバス電車20-30分

・中規模病院徒歩圏内

・山や海へ徒歩やチャリで行ける

シネコンミニシアターへ徒歩やチャリで行ける

大型書店があるへ徒歩やチャリで行ける

専門店、美味しい飲食店、気の利いたカフェへ徒歩やチャリで行ける

スーパーが徒歩圏でかつ地域生鮮食品と輸入食材を取り扱っている

・大型公園へ徒歩やチャリでいける


ここに住む

2018-12-25

anond:20181225091645

歩いて10分の所に大型書店あるのにわざわざもっと近所に出店しないだろ

そこはもう子供だけで行かせるのは躊躇する場所だけどな

2018-11-30

デパートアスペルおじさんがいたよ

チェックのネルシャツダボダボジーンズ履いて、モンベルリュック背負って靴はナイキAir

髪の毛とかしてなさそうな50代ぐらいのおじさんがいたよ。

上の方からたから、大型書店アナログゲーム専門店がある階を見ていたのかもしれないね

首を45度傾けて角を直角に曲がりながら歩いていたよ。

いい買い物はできたのかな。

2018-11-16

anond:20181116132215

ショッピングモールの近くの時点で東京であっても都会ではない(たぶん豊洲ぐらい)

駅ビル大型書店が有るような駅の近くは人の住むところではない

東京の住居選びは難しい

anond:20181116121748

何でも停まる駅近くに住む。

徒歩圏に コンビニショッピングモール夜遅くまでやってる書店カフェ

が近いほうがいい。

折角都内住みなのに、大型書店や、ちょっとした買い物したいとき

毎回電車乗り継ぎしてるんじゃ、地方都市に住んでるのと同じ。

東京ショッピングモール駅ビル スポット施設情報

https://www.enjoytokyo.jp/shopping/spot/list/cate-33/

2018-06-18

anond:20180617200828

都内住みの本好きなら、欲しい本があったら店頭在庫大型書店サイト確認してから、実店舗行って検索端末使って書棚見つけるだろ。

わざわざ貶すためにオシャレ本屋行ってるのが見え見えでダサ過ぎる。

2018-06-08

賃貸アフィリエイトサイトを考えてる

たとえば「大型書店から徒歩10分以内・かつ大型スーパーから徒歩10分以内の物件」といった検索可能にすれば、一定の客を取れると思っている

家賃の月額の5%ぐらいのレベニューを得られれば、まあ1件あたり平均5000円か

問題となるのは、「大型書店から徒歩10分以内・かつ大型スーパーから徒歩10分以内」という条件自体Google MapsAPIを使えばできそうだが、賃貸物件Google Maps上に表示するための仕組みを考えないといけない

めんどい

2018-05-12

基本、大型書店で著者の顔写真入りの新刊平積みになっているようなのは全部ダメですよ

2018-05-06

今の書店の衰退を招いているのは古参ユーザー

書店員ブログきっかけでツタヤ書店への批判が集まっているけど、いやいやいや、現実を知らない批判ばっかりで並行する。

出版文化破壊している!」と鼻息荒くしているけども、あのね、すでに出版文化スマホその他で破壊されているの。

その現状に対して抵抗しようと、収益を見込めるように試行錯誤しているのが実際なの。

(1)なぜ書棚をおしゃれにするのか

そもそも本屋には人が来ない。だから見た目もこじゃれた感じにして、新規ユーザーの興味を引かなきゃいけない。それがダメって言うんならあんたら読書家たちで経営が成り立つぐらい購入してくださいよ。現状の収益じゃ成り立たないか新規層の開拓をしなきゃいけないの。

(2)なぜカフェを併設するのか

本だけじゃ利益率が低いから。それがダメって言うなら(以下同文)

おそらく批判している人は都会に住んでいて行動範囲内にツタヤ以外の大型書店があるんだと思う。でも、ちょっと郊外行ったら本屋なんてツタヤしかなくて、ツタヤ文化最後の牙城なんですよ。おしゃれ棚もカフェもやらなかったら、とっくに潰れて本屋のない街になってますよ。

書店を守りたいならツタヤ批判するんじゃなくて、書店で本を買ってくださいよ。金は出さずに口だけ出す。ほんとに頭にくるやつらだ。

なんだか9条護憲派みたいだよね。もっと現実見てくださいな。

2018-05-01

大学時代から人生を転がり落ち続けてきた大馬鹿者のはなし

これから書く記事は、以前ここに似たようなものを書いたことがある。だから本当は違反行為に近いのかもしれないけれど、前の記事妄想だと受け取られてしまって、どうしても納得できなかったからもう一回書かせてもらうことにした。妄想だと思われたのはおれに非があって、たぶん時系列錯綜した書き方が無用な混乱を与えることになったのだと思う。だから今回は単調かもしれないけれど、時系列の古いものから、つまり過去から順番に並べるやり方で行くことにする。ようするに自分語りなわけだけど、タイトルにあるようにとにかくおれが馬鹿なので、「おれの人生はこいつに比べたらだいぶマシだな」と思ってもらえる効果はあるかもしれない。

話は13年前にさかのぼる。おれは入試方式多すぎるやろ!とツッコミを入れたくなる関西の某マンモス大学意気揚々入学するも、出だしからいきなりつまずいてしまう。クラスで友人が1人もできず、桜が舞うころに開かれたコンパでは、桜の下でぼっち飯するおれは教育係の先輩から情けで声をかけられるありさまだった。

自然、人恋しさからおれの足はクラスから離れサークル活動に向かうことになった。そのサークルの同じくコンパで、スパゲティ屋で食事をしているとき、「どこ出身ですか?」と声をかけてくれる男がいた。それが1年前あまり行動を共にすることになるXだった。Xとはしょっちゅうカラオケに行ってガンダムの曲を一緒に唱うなどしたいたのだが、当時おれはカラオケで98とか出るのをいいことに(そんなやつはゴロゴロいるのに)、プロ歌手になれるんじゃないか勘違いして、レコード会社デモテープを送ったりした。しかもその曲が倉木麻衣Secret of my heartときていたのがもう・・・・・・。当時、おれは自分中性的女性的な魅力があると勘違いピンクの服を着るなどし「3次元クラピカ」を自称していたのだった。そんなうぬぼれたふわふわした気持ちもあり、授業からはどんどん足が遠のいていく。1年時の前半にとった単位は4くらいだったと思う。秋になるとサークルもやめ、もっぱらXとつるむようになる。毎晩のように親から仕送りお金レストランでの食事につぎこみ、Xが行きそびっているときはおれがXの食事代も出すようになっていった。そのうちXは交換条件のように、「食費を出してくれるなら(レストランに)行ってもいいよ」と言ってくるようになった。でもおれはじゃぶじゃぶ出した。1人自分の部屋で食べるということが考えられなくなっていたのだ。結局のところ、Xとの関係はおれにとって、1人暮らしさびしさや心細さを埋めるものしかなかったのだと思う。1年たった頃には1人暮らしにも慣れてきたのか、それまでスルーしていたXの1人よがりなあつかましさが目に余るようになっていた。「おまえには社会経験がないかバイト必要だ」とか、「おまえは友達が少ない。友達もできないやつに彼女ができるはずがない」とか、そんな自分意見一方的に押しつけて反論をさせない態度を受け流すことができなくなったおれは、ある日意を決してメールを送る。これまで一緒にいてくれたことに対する感謝を述べたうえで、しか性格根本のところで合わないところがあり、それはどうしようもないからもう関係を終息させたいと。すると笑いながらの電話がかかってきて、「彼女に言ったらありえんって言っとったよ。恋人が別れるときに」するような行為やって」と鼻で笑われ、おれたちの関係は終わった。

さんざんな顚末とはいえ、1歩引いて見るなら人生はまだまだこれから、おれに必要なのは地歩を固めるための1歩を踏み出すこと、つまり授業に出ることだった。しかしおれの人生はここから急速に転がり落ちていくことになる。

授業に出ようとするものの、1時間半受け身の状態で座りつづけるのが耐えられず、教室を途中退出して図書館に行くことが増え、そのうちもっぱら図書館に籠もるようになった。そして図書館PCルームネットに耽溺するようになるのもあっという間だった。友人のいない1人暮らしさびしさを埋めるためではなかったと思うけれど、おれはネットにほのぼのとした暖かいものを求めていた。もっといえば居場所を求めていた。そのことがあって、あるいは元々のどうしようもない性質のせいかもしれないけれど、おれはちょっとした冷やかしやスルーに対してキレて粘着するようになった。糞コテと呼ばれるまでそう時間はかからなかった。活動していたのは2ちゃんと某有名大学の掲示板で、ある日そんなおれの傍若無人ブーメランになって返ってくる。ある日、おれの使っていた数々のコテを1つにまとめた上におれの本名を記したレス2ちゃんに書き込まれしまった。本名検索するとすぐにそのレスが出てくるようになり、おれは事の重大さを悟った。特定された理由は、おれが調子にのって掲示板のEメールリンク先に本名を書いたからだけど、それをコテの数々と一緒にして晒されるなんて思いもしなかった。

そんな惨状にあってもおれは能天気なところがあって、ネットからは遠ざかりつつあったものの相変わらず授業には出ずにぶらぶらする生活を続けていた。いまだに自分を「3次元クラピカ」だと思いつづけていて、そんなキャラクター気分でいるからか、最後自分の思うようになるみたいな根拠のない楽観的気分でふわふわしていて、青春の倦怠を気取って、19世紀の文学作品をかじったりひとカラに行きまくってソファーに寝そべりながらアニソンに浸ったりしていた。食事はさすがに1人買ったものを部屋で食べたり学食を利用したりして落ち着いていたものの、食材を買いに行く店の人に「おひさしぶりですね」と笑顔で言われてこのお姉さんおれに気があるのかなと勘違いしたり、ナンパブログを真に受けてふるえる声で街を歩くお姉さんに声をかけてガン無視されたり、アニメキャラみたいなスタイルのお姉さんの後ろをつけつづけて感づかれて、店の男に告げ口されて男ににらまれたりと奇行が出始めていた。努力むなしくもちろん成果はゼロ、友人もゼロの極寒生活のなかだれつづけ、単位10程度のまま4年生、留年が100%決定していた。親に説得され、なんとか授業に出ようとするも、今度はマイクの音がうるさくて耳が痛いという症状に悩まされる(あれだけカラオケ行ってたのに)。どうしても苦しいなら耳栓するなりすればいいのにみみせんのみも思いつかず、といって親に相談することもなくずるずると授業から逃げつづけ、気がつけば5年生になっていた。5年生のしばらくたった夏ころ、もう単位をとれる見込みはないと親に電話し、退学させてほしい旨を伝えた。そのときも親からも1言も耳栓案が出なかったのは不思議だが、いまさらそんなことを言ったって仕方がない。

退学して田舎実家に帰ったおれは、今度は公務員学校に行き始める。でも相変わらず奇行はおさまらない。電車のなかで見かけたセクシー女子大生をガン見しまくり、友達と一緒に笑われていた。大学中退なのに、ほとんど大学卒業者が受験する地方上級を目指したものの、ここでも根気がつづかず授業に出なくなり、電車に乗って百貨店ケーキを食べて帰ってきたり大型書店で延々と立ち読みして帰ってきたり、もう何をしに行っているのかわからなくなっていった。

公務員学校をやめひまをもてあますようになったおれはまた馬鹿をやらかす。リアル顔をうpして知恵袋評価を聞くという暴挙に出た。しょうゆ吹きそうな顔だったから予感はしてたけど、超ブサイクって返ってきたときはおれのなかでクラピカが音をたてて崩壊していくのが聞こえた気がした。

実家2年目くらいからは聴覚過敏がひどくなり半狂乱になってきて、家の前を車が走るたびに「うるせーっ!」とか「コラぁ!」とか怒鳴るときもあるようになっていた。対人的にも過敏になっていて、母と折り合いの悪い父方の祖父が母に陰険な感じに当たったりすると、祖父がいなくなった後にわめき散らしたりしていた。

3年目のある日堪忍袋の緒が切れたようになって、実家を飛び出すようにして大阪で1人暮らしをはじめた。頭が常に高揚しているような状態大学掲示板演説調の文章をかきなぐり、もはやネット上でも誰ともまともなコミュニケーションをとっていなかった。1人暮らしをしたらすぐアルバイトをするという父母との約束もやぶり本屋立ち読みしまくっていた(図書館のとも思いつかず)。それでも勇気を振り絞って、わざわざ女性募集と書いてあるところに申し込んだら、面接中にひじをついてキレられた。

ある日スマホ書店に忘れて2日後に戻ってきたのだけど、なくしている間に何かをされたらしく、なにも押していないのに勝手意図しない操作をされるようになっていて、そんなのすぐにスマホを破棄するの1択なのにずるずると使いつづけて、結局それから2年くらい使っていた。

そのストレスがあったのかどうか、また実家に戻ってすぐに興奮がおさまらなくなり、精神科に行くと発達障害と言われてエビリファイという薬を出された。

いまはそれを最低量のみながらアルバイトに行っているけれど、アルバイト先に1日数回、2回のコールで切れるいたずら電話がかかってくる。アルバイトに行くまでは実家にかかってきていて、まず同じやつ(ら)の仕業だと思う。悔しいけれど、ネットで暴れていた自分自業自得でもある。いまだ友人はいない。もちろん彼女もいない。でも1日1日生きていくしかない。

2018-04-22

大型書店の近くに引っ越したい

23区比較的遅くまでやってる大型書店ってどこがある?

22:00までやってる池袋ジュンク堂が良さそうと思ってるのだが。。。

2018-04-21

読書効能

同じ程度の知能の奴が二人いるとする

Aくんは毎日はてなを見てくだらない話題煽り合ったりスター付けたりしてる

Bくんは毎日近くの図書館大型書店に行って本を読んでいる

一年後どれぐらいの差が付いてるかって話よ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん