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はてなキーワード: 想定読者とは

2020-02-19

anond:20200219000425

基本的に「想定読者年齢」と「実際の読者年齢」は異なるもの

ジャンプは、いかに幅広い層の読者を抱えてようと、想定読者年齢は少年小学中学生)を堅持しているし

ラノベも、実際の読者年齢はどうあれ、中学高校生向けに作られるコンテンツだね(小学生ではない)。

2020-02-02

嘘や炎上を使わずに狙ってバズらせられるようになってきた

世の中には「狙ってバズらせることができる」という技能を持っている者たちが居る。

ブログや文筆業を趣味生業としているのならば喉から手が出るほど欲しい技能だろう。

しかすると「そんなことは不可能だ」と否定をしてしまう者も居るかもしれない。しかしこの技能現実的存在する。

昨今ではこのような技能を持つ者たちの一部はインフルエンサーなどと呼ばれている。もしくはマーケッターとも表現するのかも知れない。

そのような文脈を前提に「自分はその技能を得た」と言っても怒られない程度には狙ってバズらせるようになってきた。

オンラインとの関わりはざっくりと説明するのであれば、小学生ときニフティサーブ時代を経ると共に2ちゃんねる、そしてTwitterという典型的ものだが、その中で「どうすると人々は僕の作ったもの馬鹿笑いしてくれるのか、興味津々になってくれるのか」をいつの間にかよく考えるようになっていた。

そしてその考え続けたもの現代で言う「バズらせる」ことへ繋がる。

ただ、やはり人間簡単疑心暗鬼になるもの自分自身が本当に狙ってバズらせる技能を得たのか不安になってしまった。

去年の暮れ頃、とあるコミュニティで初めて力試しとして「どれくらいバズらせることが出来るか試す」のようにコミュニティ所属する多数の前で宣言をし、年が変わって元旦に1つの記事インターネット上へ公開した。

その結果として現在までに5万に迫るアクセスを得た。前提として無名かつ匿名人物が公開した記事であり、内容としては難解とされがちで読者を選ぶジャンル記事を事前に宣言して5万に迫るアクセスを狙って記録したのだ。

5万はPVなのかUUなのかシステムの都合上判然としないが、数字だけ見ると別段凄くはない。しかしこれを嘘や炎上を使わずに真面目な記事で狙ってやるのはなかなか難しい。

この結果を得たことにより「狙ってバズらせる」技能を持つ人間の末席に座っても良いのではと思うようになった。

長々と書いてしまったが、おそらくアナタたちが気になるのは長々と語った前段よりも重要なのは「狙ってバズらせるにはどうすると良いのか?」という点だろう。期待通りそれを語ろう。

ただし、何も特別なことはない。基本と呼ばれるものは流石は基本と呼ばれるだけはあり、結局のところは基本を踏襲することへ収束していくからだ。

読者層を想定する

アナタはどこでバズらせたいのか?を考えなければならない。

TwitterなのかYoutubeなのかInstagramなのかTikTokなのか、それともインターネットアクセスする全ユーザなのか、年齢層はどの辺りなのか。

それらのユーザ(=読者)がどのようなことを好み、どのような文体(=表現)だと受け入れて貰いやすいか考えなければならない。

バカにも伝わるようにする

ここで言う「バカ」は何も他人貶めるための表現ではない。

結局のところバズらせるには読者の膨大な受け取り方をあらかじめくまなく想定しておく必要があるのだ。

まり、読者によっては自分自身が想定していない斜め上の発想を持つことがあり、よくわからない理由で「このコンテンツ自分向きではない」としてコンテンツの閲覧をやめてしまうことがある。

それを抑える工夫が必要だ。

アイキャッチは非常に重要

Twitterなどではブログ記事画像サムネイル化され表示される。

このサムネイルは非常に重要であらゆる読者のアイキャッチとなり得る。

Youtube動画サムネイル日本的スタイルがある」と言われるように、読者層へ合わせたスタイルアイキャッチを作ることによって読者流入を呼び込みやすくなる。

その点で言えば増田は少々不利なプラットフォームだと言える。

タイトルと冒頭3行で読者は自分に向いたコンテンツかを判断する

実際はアイキャッチとなるサムネイルも含めてなのだが、読者は筆者が思うよりも非常に早い段階でコンテンツを切る。

アイキャッチタイトルを読者に読ませるもので、タイトルは冒頭3行を読ませるもので、冒頭3行は記事全体を読ませるために存在すると思ってもらって構わない。

早い話が読者の興味を維持し続け、欲を言えば次々と読者の興味を増幅していく必要があるのだ。

もしアナタの書いた記事アクセス数(PVUUなど)自体が全く伸びないとするならばアイキャッチタイトルの時点で失敗している。

どんなに記事の中身が良くてもクリック(タップ)されなければ意味は無いのだ。

人気のプラットフォームへ乗る

例えばはてなーであるならばはてなブログを使いたくなるだろう。

しかしそれは「はてなブックマークホットエントリ入りしたい」という目的でない限りは間違っている。

バズらせたい読者層を想定したときに、はてなブログ以上に人気のあるブログサービスがあるならばそちらを使うべきだ。

想定読者層に人気のプラットフォームには想定読者が居るのは当たり前であり、アナタ目的想定読者層でバズらせることなので、アナタの好みでプラットフォームを選ぶべきでない。バズらせたいのであれば想定読者の好みでプラットフォームを選ぶべき。

YouTubeだろうがInstagramだろうが想定読者が好んでいるのならばそのプラットフォームを使うべきなのだ

記事の堅さやジャンル分散すべき

読者層を想定した際に、その想定読者層でよく読まれシェアされている記事の堅さはよくチェックしておかなければならない。

まりにも堅い記事が続いてシェアされていたり、同じジャンル記事が続いていたりすると想定読者層はそれに飽きていることが多い。

例えば想定読者層でお堅い政治記事シェアが続いているならば、アナタが書いたお堅い政治の、しか素人が書いた下手な記事を読むわけがない。

お堅い政治記事シェアが続いているならば、そこへ食の乏しい2月の今、旬の食べ物ちょっとプレミアム食事記事サムネイルと共に公開してみると良い。間違いなく人気が出るはずだ。

この例で右や左、保守リベラル革新の膨大に公開され続ける素人記事の多くが読まれない理由を察すると良い。

逆に柔らかい記事が続いていても読者は飽きるので、そういうものが続いているのであれば知識欲を刺激するような記事を公開すると良い。

女性性やLGBTQ+やジェンダーネタ切れを起こしがち

扱うなという話ではなく前段に共通する話だが、女性性やLGBTQ+やジェンダーなどのネタでバズを経験するとコレに旨味を覚えて継続してしまうことが多い。結果として読者は飽きる。

そして結果としてやりがちなのがセンセーショナル言動をしてしま炎上状態へ陥ってしまうというパターンだ。

女神

何もお堅いネタばかりでなく下世話なネタエロネタでも全く同じ。それで1つバズると続けてしまいがちだ。

特に女性性によるエロネタ2ちゃんねる成長期から続く「女神」の悪習なので良くない。ニコ動でどれだけ女神垢BANを見たことか。

怒りは持続しない上にしっぺ返しをくらう

女神を批難するようなフェミニズムが居ることは良いことだが、それによってバズを経験し旨味を得て繰り返すとしっぺ返しをくらうのは最早インターネットではありがちな光景だ。

フェミニストジェンダー論者、LGBTQ+の目的は怒りを拡散することではなくフェミニズムジェンダー論、LGBTQ+の考え方を広めることだと解釈しているが違うだろうか?

怒りは人間心理ネガティブ感情であってネガティブ感情継続したくないのは人の常だ。

性的被害などを叫ぶのは重要だが、それ以上に大切なのは「誰しもが楽しく面白いフェミニズムジェンダー論、LGBTQ+」を広めることだと思う。

敢えて言おう、バズらせるのに「怒りのフェミニズムジェンダー論、LGBTQ+はもう古い」と。

1発当てるのは簡単

実はたった1回のバズならば比較簡単に行える。

前述した要素を考えて数十回コンテンツを公開するとバズるコンテンツが現れるはずだ(当然ながら見当違いな考えをすると失敗もするが)。

プロではないのでテキトーなことを言うけれど、プロプロである所以は安定して高いアクセス数(PVUUなど)を稼ぎ出すからだ。プロはおそらく1発のバズよりも一定間内の総数の方が重要だ。

今回5万程度の数字を得たが、プロは1回の記事1000としても、例えば1週2記事の公開した場合は1年約52週=10万4000もの数字を稼ぎ出すはず。

そしてそれが想定読者層へ対して最適なプラットフォームであった場合1000などという小さな数字であるはずがないので5万などという数字は鼻で笑うようなものだ。

何ならプロオススメレコメンドなどによって他の記事数字すら伸ばすだろう。

今回は事前に宣言するという失敗すると恥ずかしい自身ハードルを設けたが、プロは常にこのハードルを超えているわけで流石としか言いようがない。

しかも当然ながら(真っ当な)プロであるならば嘘や炎上は使わずにそれを行っているのだから感服する。

この記事は今のところのバズらせるコツみたいなものを書いたものなので今後考えが変わるかも知れないが、参考にしていただければ有り難いしツッコミは大歓迎だ。

最後にもう1つ不穏な言葉を付け加えよう。

個人的な予想としてインフルエンサーマーケティングは失速するだろうから、この記事をもってインフルエンサーになろうとするのはやめたほうが良いと強くアドバイスする。では。

2019-12-12

anond:20191212182322

想定読者と近い主人公像にして読者が自身と同一化しながら読みやすくするため

というのには何の根拠もないぞ。

anond:20191212181227

音読しろとは言っとらん

同一視はわりと一般的だぞ

主人公普通高校生みたいな漫画小説多いだろ

あれは想定読者と近い主人公像にして読者が自身と同一化しながら読みやすくするためだぼ

2019-10-29

宇崎ちゃんポスターは、嫌な思いをしてる人がいても結果オーライ

日本赤十字

既存絵使いまわしとコラボの中でもかなり軽量級なのにネットBuzzるどころか新聞テレビにも取り上げられ、啓蒙効果も抜群だ!私みたくこれをきっかけに献血へ行った人もいるだろうし、費用対効果やばすぎだろ。

作者関連

アマラン、ドラゴンエイジコミックトップ10のうち既刊3冊が4位、8位10位にランクインしてる(10/29現在)実際これをきっかけに買いました!という人もいるし、フェミニスト作品自体をどうこうは言ってないしそもそも想定読者にとってフェミニストから批判はほぼノーダメージというか、むしろ追い風

たぶんアニメ化動いてるだろうけど。

フェミニスト

こういうポスター日赤が使うのに批判的な人間がこれだけいると可視化

基本的に全員S勝利とは行かずとも最低A勝利かな。

で、「フェミからオタクコンテンツ批判されて不快だ!」みたいなお気持ちはまったく考慮しなくて大丈夫だよね?

もちろん。

2019-10-18

巨乳制限

1つのアニメ漫画ラノベゲームのメインキャラの1人が巨乳だとすると、それらの作品を100個集めたら100人巨乳が集まる。

そうすると巨乳率の高さが現実離れして二次元キャラ巨乳ばかりという印象ができる。

それで巨乳キャラ存在自体セクハラになっている。

クリエイター達が協会を作って、巨乳を何人、どの作品に登場させるかを月ごとに審査して決めるべきだろうか?

巨乳存在することは自然現象なのでおかしいなんてことはなく、どんな作品でも世界をくまなく探せば巨乳が1人ぐらいは見つかりそうなものだが、創作物からキャラクター造形に必ずストーリー上・世界設定上の意味がなければならない。

作品のメインテーマ巨乳のものエロでなければ、巨乳は作者の趣味想定読者視聴者プレイヤー趣味だ。

巨乳趣味クリエイターや、エロがなければ作品の中身がなくて読者を集められないと自覚している制作側も、ぜひ自分のところから巨乳キャラを出したいと思うだろう。

そういう人達意見をまとめて、じゃあ今月はAさんのところから1人、Bさんのところから1人、C社さんからは2人出しましょう。何月にはD社さんから新作が出るので1人出す予定です。

こんな感じで巨乳枠を割り当てて流通量を管理する制度必要になるのだろうか?

2019-08-09

ドラゴンクエスト ユア・ストーリーに対する肯定的感想エントリ

概要

映画ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」について、楽しめたのでその感想を書く

想定読者

映画ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」をすでに見て、そして楽しめた人

何故増田に書くのか

本当ははてなブログに書きたいが、他の様々なエントリSNSを見ている限り、これはパブリックエネミーとなってしまったのでここに書く。トラバやらはてブの反応は一切見ない。異論があることは認めるがそれをいちいち納得も承服反論もしない。

先に世に出ているエントリを見る限り、このコンテンツもこのコンテンツ制作者も邪悪ものとして一方的に殴られている光景ほとんどであり、それに対して肯定的感想を書こうものなら、人格まで否定される攻撃を受けかねないと本気で心配しているため、なんとしてもidを伏せる必要があった。

肯定的に思えた人が同じ感想webに求めた際、ポジティブ気持ちである人がちゃんといることが伝わるといいなと思っている。

映画に対する感想

ドラゴンクエスト5を真面目に映像化しようとした場合、これは最低でも3部作延べ6時間必要だよなぁ……というのが見る前に思った感想であった。それをどうやって単発の映画にするのだろう、単発にしてしまった場合、どうしても雑なダイジェスト版になってしまうのではないか、という不安でいっぱいであった。

そして視聴した。単なるDQ5再構成として見るのなら最悪であると思うが、すでにDQ5ストーリーを熟知した観客を前提として単発の映画の中で収めるの中であれば、非常に効果的な再構成であったと思う。子供時代ほとんどすっ飛ばしたこと、ヘンリーに対するマリアやら祖国のゴタゴタをカットしたこと結婚イベント天空の剣とブオーンを一カ所にまとめたこと、主人公出自判明から帰郷カット出産までをさくっと終わらせたこと、子供双子から息子のみに絞ったこと、話の目標大神殿へ集中させたこと、マスタードラゴン妖精の国をラストにさっくりまとめたこと、このあたりの再構成を大胆に必要最低限のチョイスで、最大限映える形で行っていたと感じている。

ストーリー上のご都合とも思える、あるいは崩れた主人公の動きは、最後暴力的破壊的なオチによって強引に解決される。しかし、そもそもここまでのストーリーカットが行われている以上、どうあがいても強引にならざるを得ないのだ。下手に取り繕えば取り繕うほど、ぐだぐだとだれてしまものになるのは過去の様々な映像化が証明している。それならば一思いに根本から覆す舞台(VR的な世界の設定)を準備する方が潔く綺麗にまとまる。その判断に感動をした。

まり肯定的に感じるに至った主な理由としては

このあたりである

DQ5でやる必要があったのかと問われると分からない。ただ、DQ5はこれを実現するのに、非常に適した内容であるとも感じた。それは

このあたりの要素である

特に、しばしばネタにされる「主人公が実は勇者ではなかった/人の親なのでした」という話について、この構成を最大限に生かしていると感心したのである

というのは、特に日本における大体の話において、主人公というのは年の若い方の存在であり、親子であれば子の方が選ばれがちだからである。見栄えとしても、話の中心が勇者である子供の方に移ってしまうことを避けられないしか勇者存在必要であるところを、DQ5メタ構成とすることによって自然解決している。

そんなわけで

身も蓋もない世界に対する説明が十分な覚悟予兆提供されることなく急に差しまれてくる、という所はどうしても否定できないが、そのあたりを(どうにか)受け入れてみると、とても綺麗で丁寧に作られているものだと思う。私はこの大胆なアレンジと、コンテンツ映画化ではなく、コンテンツを題材とした映画化をとても楽しむことができた。

もし、似た思いの人がこの世界のどこかにいて、その人にとって本エントリが楽しく読まれるもであれば、非常に幸いに思う。

楽しめなかった人については、何故それが楽しめないのかは十分に分かるし、そういう人に対して書ける言葉がどこにも存在しないことも自覚しているつもりなので、不快に思った人に対しては、特に何も主張するつもりはない。だからこそ、私はこれを増田に書いたのである

2019-04-05

anond:20190405071413

このおばさんは多分「Web系」という言葉すら知らないと思うよ。

だって自分勉強したのがweb系のプログラミングだけで、それ以外のプログラミング世界は知らないようだから

から対象読者/想定読者説明ができない。

そういう意味では井の中の蛙かな。

2019-04-04

anond:20190404125838

想定読者プログラミング勉強をしたいけど周辺知識が抜けていたりする人向けかな。

ここら辺覚えておくと後々つまづかなさそうと言うか応用が利きそうという感じのことを書いてみた。

随時追記ってのはブコメとかのツッコミで答えるところは答えておく話で、ブコメが落ち着いたら終わる予定。

2019-03-14

話は面白いのにラノベ文体が気になって入ってけない

まあ読み進めれば慣れてくるんだけど、ひさびさにSAO最近のやつを手に取ったら冒頭からこんな感じ。

まるでおとぎ話に出てくるような美しくも微笑ましい光景からは、(略)最大級戦闘力を持つ《整合騎士》へと成長するであろうことがなかなか想像できない。

いやいや、美しく微笑ましいって誰の感想だよ、神視点にしても「おとぎ話に出てくるような」なんてたとえ使うか?神ともあろう者が。なかなか想像できない、ってなんだ「なかなか」って。お前にも想像つかないんか。

シリーズ最初からずっとこうで、まあ入っちゃえばお話とか設定とかは面白いんだけど。アリシゼーション編良かったです。

こういうラノベ文体ってやっぱり想定読者に合わせてるのかな。あるいはおれが知らないだけで、ラノベ特有でもなく一般文芸でもこういう感じの作品ってあるもんなの?おれはあん読書しないから、読書家がどう思うかちょっと気になる。

ラノベでも「狼と香辛料」とか、違和感ないやつも結構あった気がするけどどうだっけ。

なろう系とかだとより自由な感じだったりするのかな。

2019-01-18

anond:20190118094611

児童文学好きの大人絵本好きの大人もいるので想定読者の年齢は気にしなくてよいかな、と。

ちゃんとした根拠のあるデータが見つからなかったから話半分で聞いて欲しいんだが、

ラノベの平均読者年齢は30歳」

ネット発のラノベレーベルはむしろ30代〜40代の購入が中心」

なんて話もある。

10代でライトノベルが好きになった読者が20代、30代になっても読んでくれてるのかもしれないし、

10代より経済力がある分沢山購入してるのかもしれない。

好きなものを好きなだけ読んだらいいと思うよ

2018-11-01

ラノベ想定読者年齢は中学高校生なので、

漫画でいえば「そろそろジャンプマガジン卒業してヤンジャンヤンマガに移行するか」くらいの年頃。

ヤンジャンヤンマガの連載にセックスありの作品があるってのは違和感ないだろうに

ラノベだと疑似セックス描写くらいのお色気で「こんなの子供に見せられない!」ってなるんだよな。

2018-06-03

anond:20180603001404

現実には他人セックスなんて見られないんだから

他人恋愛を見て、結末まで見られるってのがマンガのいいとこなんでは

そもそも想定読者層はセックスしてない年代なんだから

経験なことをしてるヒロインたちを見て憧れるんじゃないの

現実セックスがゴールじゃないんだから

作り話くらいセックスがゴールでもいい派

2018-05-04

anond:20180502230138

それは「女性フェチ漫画。昔からチンコのついた美少女」好きなノンケ一定いるから。

ゲイが読みもしない、ノンケを喜ばせるための漫画

ノンケ不快感なく興奮できるように作られたキャラ言動LGBT世界を覘いたと思ったことがすごい。

他の人も散々言ってるが、おそらくそ漫画の作者も想定読者も全員(男の娘に興味があるだけの)ノンケだぞ。

”「男なのにチンコ入れられて気持ちよくなっちゃう―」っていう性の歪みに向けられている”のはノンケフェチ趣味を満足させるため。

ノンケ読者にチンコのついた可愛い女の子洗脳する快感を与えたり、自分女の子にされる妄想を満足させるための創作

なので、いくつか「ゲイにも色々な人がいる」って反論あるけど完全な見当違い。

そもそも男の娘」は自意識が男で性対象が男のゲイ(G)じゃなくて女になりたいトランス(T)か、

女扱いされる自分に興奮するフェチ一種(つまりノンケ)かだ。

その漫画に出てくる「男の娘」は言動から見て、典型的女性フェチ男じゃないか

ガチトランス(心が女)なら、男として男と愛しあいたいゲイとは完全に人種が違う。実際交流ほとんど無い。


男の自意識のまま「女の子にされる私」に萌えるってのは「自己女性化症(オートガイフィリア)」って種類。

これはノンケにも潜在的なのも含めればかなりの数いる。

そういう人向けの漫画ゲイを知ろうというのは、女の描いたボーイズラブで男の気持ちを知ろうとか、

おっさんの描いたロリコン監禁調教もので女心を学ぼうというのと同レベル勘違い

田亀とか創作じゃ無くて、現実人間の手記でも見てから判断するのがいいんで無い?

2017-10-27

https://anond.hatelabo.jp/20171027095454

SNSの片隅ではモチベーションアップ株式会社ポスターがけちょんけちょんになってるんだけど、こういう人のためのポスターなんだよな。

アレを読んで「今までさんざん工夫して改善してきた!! これ以上何ができるっていうんだ!!」と憤慨できる人は想定読者じゃないんだよ。

社会には「工夫しましょう」と言われないと本当に掛け値なしに一切全くなんにも工夫しない(というか、工夫するという発想に至れない)層ってのが無視できない割合存在するのよ。

そういう人に「工夫…工夫…? ああ、言われてみれば…」と気づかせるためのものなんだよ。

2017-09-30

日経新聞連載小説「愉楽にて」

今、日経新聞では林真理子小説「愉楽にて」を絶賛連載中である

ほどほどにエロパートがある、朝のサラリーマン(中高年)の癒しのページである

主人公の久坂はなんかの会社大株主かつ取締役で五十代のくせに1日2回違う女と

セックスをするという、想定読者歯ぎしりをして羨むような境遇である

失楽園の時もそうだったが日経はこういう小説をよく載せるものだ。

これによって購読者が増えることはないだろうが……

  

今日の話では飛行機CAが「今度食事でも……」とフライト中に名刺を渡してくる。

外国エアラインだが、座席は当然ファーストクラスだ。CAって逆ナンするのか。

林真理子はどこでこんな取材してくるんだよ。

最初気持ち悪いなと思って読み出したが今では毎日心待ちにしている。

わず原稿用紙2枚分の文章毎日うだつの上がらないサラリーマンたちの愉楽を

満たしてしま林真理子すごい。

2017-07-06

いや想定読者「少年」のままであっても実際の読者はいまや男女問わず10から50・60代まで幅広いだろ

2017-05-26

二次創作小説研究目的引用することは研究倫理に反するか

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

どちらかというと大学側に同情している情報系の院生なので,以下の内容はそのようなバイアスがかかっていると思われます

論文自体について

個人的感覚では「インターネット上に公開したもの分析批評対象となる可能性がある」と思っているので,この点について著者を責めるのは難しいと感じます

オタク的に言えば、「任意作品は,2次創作対象となる可能性がある」程度の感覚です.ここで大声を上げすぎるとブーメランにならないのかとヒヤヒヤします.

公開した論文は必ず批評・文献の対象となる可能性があり,それに際してわざわざ許諾を取る必要はなく,必要があってはならないと言う文化存在するのもその一助となっているのではないでしょうか.

一方で,論文趣旨に対し,「対象作品の作者は誰か」「対象作品種別BLか・そうでないか」は重要情報ではないため,わざわざ記述する必要もなく,当てつけのように受け取れるとは思います.著者はそこまで考えてないと思いますが.

論文再現性を考えると,pixivランキング過去のものも参照できるので,「201x年y月aa日〜bb日のウィークリーランキング上位10小説対象とした」程度でよかったのではないでしょうか.

また,「自分の公開した論文想定読者以外の人間に突然有害と言われ不愉快だ」という点においては,研究を行う側としては気をつけていかなければならないと思いました.「猥褻表現フィルタリング」くらいが妥当でしょう.

もしくは「pixivって男子に人気で見ても男同士の小説がかなり混ざるので,(実用の為に)分類したい」くらいですかね.個人的にはこの問題があるのでノクターンノベルズの方が好きです.

大学学会側について

一般の方を名指しをするなら許可を取ろうね,くらいの話で収まってほしいと思います.何か法的に明らかに危険だ,とは感じないので……

学生処分みたいな話になったらさすがに大学の上の方々の頭の中身を疑います

pixiv側について

「うちの客が不愉快になったんだけど」以上の対応は取って欲しくないです.pixivは内部で多少機械学習を行っているようなので,あまり極端な対応は取らないと思いますが.

もしくはこれを機に,匿名処理を施したデータセットの販売なんかを行っても良いんじゃないかと思います

オタクとして

インターネットには気をつけよう.

学生として

このような研究は,当然pixivが内部でやっていると思われるので恐ろしいテーマ選択をしたな,と思いました.研究途中にpixivが何かを出してきたらどうするんだろう.

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170516170947

はじめての○○は、初心者から想定読者数が多いし、筆者もよりどりみどり

中級~上級者向けはそもそも想定読者数が少ない(=売れない)ので採算が合いにくい上に、書ける人が少ない

からあん出版されない

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170228130835

健常者も障害持ちも知能の分布は大差ないわけだし、起業とかスキルアップとか考えられる仕事に就ける程度の能力レベルを有する人材なんてそんなに多くはないでしょ。

借金玉のブログとかもそうだけど、自身想定読者比較的高い学力を持ってることが前提だからブコメで話が噛み合ってなくて紛糾してるのを見てるとうんざりする。

ADHDの人はパフォーマンス期待値で考えると相当レベルを落とした職場仕事をしない限り、尋常じゃないストレスに晒されることになる。

低いパフォーマンス期待値を瞬間最大風速で粉飾して、無理に能力以上の職場適応しようとすることの良し悪しは個人価値観によるから俺がどうこう言う話でもないけど。

発達障害者学力職場

裁量労働が認められているような専門技能要求される職種だと、発達障害の傾向をうまくカモフラージュしてパフォーマンスを発揮してる人も散見される。

仕事内容自体過程よりも結果が重視されるがゆえ、職場の全体的な雰囲気として他人仕事のやり方に寛容であるという土壌が、そういう人材を醸成してるともいえる。

もっともそういう職種に就いている人は、障害の有無にかかわらず十分条件としてほぼ漏れなく比較的高い知能運用能力を有しており(結果的にほぼ受験難関校出身である)、全労働人口の数パーセントにも至っていないのが現実であろう。

超過勤務の是非にかんするエントリブコメ地獄のごとく紛糾しているが、知能がよくも悪くもないごくありふれた発達障害労働者が、マジョリティ労働者として職場適応することの困難さや絶望を想定したコメントがちらほらあり、ネタ元のどちらかと言えばハイアチーバー・マイノリティ労働者の考え方と噛み合っていない点に苦しさを覚える。

ネタ元のブログ主側も、自身の経歴・立ち位置いまいち明確化していないため、想定読者をどの辺りに置いているのか不明確な点がそもそも問題であるとも言えるが。

2017-01-05

戸田奈津子尊敬されるための唯一の方法

インタビュー字幕翻訳者戸田奈津子さん「エッ?と思う字幕は、どこかおかしいの」

https://www.buzzfeed.com/eimiyamamitsu/interview-with-natsuko-toda?utm_term=.bhpJ8y62dK#.pf3GDwzR2e

 

を読んだ。全体的には一方的自己弁護を垂れ流すだけの提灯記事だが、インタビューという性質上これは仕方のないことなのだろう。この記事の良い点は、戸田奈津子という人の見当違いな自己顕示欲を浮き彫りにしているところだ。

 

「叩く扉もなかった」字幕翻訳という仕事に、その道の第一人者に直接食らいつくようにして取り組んでいった前半生は感動的でさえあるし尊敬もしよう。しかし一人前として仕事を任され、一定の地歩を固めつつあった頃には、質的研鑽よりも量的なアピールに重きを置く仕事ぶりだったことがよく分かる。

 

それは時代というか当時の映画産業要請でもあって、戸田個人責任を帰すことも出来ないだろうが、何度も立ち止まるチャンスが有ったにも関わらず、過剰な自信に満ちた「職人魂」みたいなもの自分を虚飾したい一心で、本質的には作品奉仕するべき字幕翻訳者のあり方を歪めた自己像を描出し、直そうともしなかった。それがこのインタビュー記事表現されている「字幕翻訳女王」の実態だ。彼女はことあるごとに「文字数自由だし調べ物にもゆっくり時間をかけられる文芸翻訳とはわけが違うのよ」式の言い訳師匠発言の一部を都合よく切り取ったものだ)をして、質を犠牲にしてることを棚に上げて早業自慢を繰り返すが、この記事もまさにその例を一歩も出ていない。ほとんど馬鹿の一つ覚えだ。

 

せっかく日本一名の売れた字幕翻訳者になったんだから個人の早業を自慢するよりも、字幕質的向上のために制作・配給側が用意する時間予算の拡充をアピールするのが筋なんじゃないのか? と私などは思うのだが、そんなことは自己否定になりかねないのでできない。映画や観客より自分大事からだ。徹底して裏方仕事に向いてない性格なのに(だからこそ喰らいついていけたとも言えるが)、なぜか字幕翻訳者なっちゃった人で、その上根っからダンピング体質なんである。広く「第一人者」と呼ばれるものの最悪の事例として歴史に記録されるに値する人物だろう。

 

戸田字幕の具体的な問題点については、今ではある種のネットミームと化していて、山のように検証を綴ったページがヒットするので、ここでいちいちあげつらうことはしないが、この記事を読んでそれらガッカリ字幕根本的な原因を確信できた気がする。戸田奈津子自身映画作品に対する理解力が低いのだ……というのはあまりにも失礼なので、観客(想定読者)の理解力を低く見積もりすぎ、と留保つきで言うべきなのかもしれないが、とにかく画面に映っているもの脚本に対する読解力が低い翻訳をしてしまっている。軍事用語や「指輪物語」の専門用語に通じてないせいで勝手流に造語ちゃうみたいなことは、専門の監修者をつければ(それさえ不服のようですが)済むことだが、理解が浅いまま手癖で字幕をつける悪癖についてはせめて直そうとする姿を見せてほしいと思う。

 

どんな作品であれ受け手によって読み出せる情報量は変わるものだが、戸田字幕はその理解力の設定が最小限になってるみたいな字幕なのだ。そんなとこを端折ってしまったら、まるで子供の頃に見た「大人映画」のように途中で筋が追えなくなるだろうな、と思うことさえある。一通りセリフが聞き取れるとか、背景知識も揃っているような人間が見ると「エッ?」となるような訳を乱発してしまっているのである。これは映画字幕という表現媒体のものの制約なのだろうか? 単に投下すべきコスト時間人員)をケチってるだけじゃないのか? なにしろ理解力が乏しいゆえにかえって回りくどい表現をして、大切な字数を浪費している例さえあるのだ。単にこなした本数が多いから下振れが記録されているだけと擁護することも出来るが、それを言うとかえって早業自慢の露悪性が強調されるというものである

 

そして戸田字幕に感じる理解力の低さ、雑さの遠因が、このインタビューでは明らかにされている。ただの映画ファンとして、「作品ファン」としての経験を積まずに映画を見まくった原体験が、映画を十分理解せずに、ざっくりと筋がわかれば(たまにそれにも失敗する)いい、という仕事を次々とこなすことを良しとする「映画字幕女王」を産んだのだ。それは映画というもの立ち位置が変わってしまった現在には全くそぐわない態度であると私は思う。

 

多くの人が週末には何かしらの映画を見て、学生なんかは金の続く限り映画館に入り浸って、それ自体が楽しみで、何度かに一回面白いものがあったら儲けもの、といった時代はとっくに過ぎ去った。多少荒っぽい仕事があっても、「まぁそんなこともある」と納得してすぐにまた映画館に足を運んでくれる観客は絶滅危惧種と言っていい状況で、「とりあえず筋の追えるものを今週中に」みたいな品質でつけられた字幕を使う理由ほとんどないと言って良いんじゃあるまいか。なにもタコツボ化したマニアけが字幕翻訳者理解不足を責めているのではない。字幕スクリプト情報量100%伝えろという不可能要求しているのでもない(そんなことを言ったら、原語が完全に理解できても伝わらない部分は常にある)。娯楽が多様化する中で、金と時間を使うに値する丁寧な仕事競争できているか問題なのだ

 

そもそも多くの映画は長い時間をかけて作られるものだ。製作に着手してから数年かかることはザラだし、驚くべき短期間で撮影が終わったというような作品でも、原作を読み込んで脚本化するのに何十年もかけていることだってある。そしてそれを待つファンも何十年越しで待っていることだってある。それだけの労力と期待を集めて公開される作品最後工程に、パッと見の印象を伝えるので精一杯みたいな字幕がついていて良いのだろうか? 日本人英語力の向上には役立つかもしれないが、自分で聞き取れるようになったからといって問題が無くなるわけではない。「自分は内容がわかっても、あまりにも作品無理解字幕がつけられていることに耐えられない」という作品ファン心理考慮せずに仕事を続けることは、今や娯楽の王座から落ちて、比較的嗜好性の強いものになった洋画ファンには悪印象しか与えない。それに洋画ファンだけの問題でもない。どんなジャンル仕事であっても、雑な仕事というのはそれに初めて触れる者に「なんとなく面白くないな」という印象を与えてしまものである。それを防ぐために必要なのは、十分な準備期間と作業時間を用意することによって得られる翻訳者の深い作品理解だ。翻訳者に十分な時間リソースが与えられ、一つの作品に使える労力を拡大することのほうが誰にとっても良いことなのではないか? すべての原因を「文字数の制約」や「納期の短さ」に帰することが出来るという甘ったれた足かせを自慢できればそれでいいのか?

 

戸田字幕映画理解力の低さが、意図的に設定されているものではないと疑う理由がもう一つある。戸田字幕翻訳単独作業である理由として、「セリフ言い回しリズム統一するのに余計な時間がかか」るということを挙げている。そんなことを言っていたら、作中でセリフ言い回しリズムを敢えて変えることで、登場人物心理的変化や場面転換を表現する映画原理的に字幕に乗らないことになる。これほど馬鹿な話はない。「こいつは最終的に悪ものになるやつだから最初は丁寧にしゃべってても荒い口調で統一しとくのが親切」みたいな字幕が付けられた映画を、誰が見たいだろうか? 一つ一つの映画作品性質をよく理解しないまま、ちぎっては投げみたいな仕事を続けてきたせいで、どんな映画も同じような構図に当てはまるよう訳すのが当たり前になってしまっているからこそ、セリフ統一感があることが「透明な字幕」の必要条件だという勘違いを起こしてしまうのだろう。映画が転調したときには字幕も転調するのが「透明な字幕」で、そのためには複数視点必要になることだってある。脚本演出意図を読み違ったまま、理解をし損なうことは避けられないからだ。いつまでも「一人の字幕翻訳者が短い期間で理解できた範囲」としての映画字幕が作られ続ける状況を肯定することは、この人の取るべき道ではない。それは決して映画のためにはならない。

 

ロード・オブ・ザ・リング」の第二作以降は、原作翻訳者スクリプトの全訳を事前に行った上で、それを参照して戸田字幕作成し、改めてチェックを受けるという体制が敷かれたようだ(インタビューではその経緯をまるっきり無視していて、結果的に監修者の仕事を貶める傍若無人ぶりが表れている)が、これに似たことが常識的に行われるように働きかけしているんですよ、といった風のアピールをするほうが、「第一人者」としての尊敬を集めるのではなかろうかと私は思う。

  

現在洋画の年間公開本数は80年代末以来の第二のピークを迎えている一方、戸田仕事は当時の1/5近くまで減っている。文芸関係に限って言えば50歳ごろに確立した仕事のペースを守っている80歳なんていくらでもいるので、年齢のせいばかりでもないだろう。その事自体戸田翻訳者待遇改善に取り組んだことの証左だと弁護することも出来るかもしれないし、実際にセリフ聞き取りながら見て「ここをこうやってまとめるのか、上手いなぁ」と思える翻訳者が増えてはいるので、まぁ戸田奈津子問題ある訳というのも、そろそろ過去の話だよね……と最近は思っていたのだが、私はこのインタビューを読んで気が変わってしまった。やはり早いとこ全面的に後進に道を譲って、ご自身字幕翻訳質的向上のために翻訳者待遇改善する言論を起こされるなどしたらいかがだろうか。それが名の売れたものの使命と思ってはもらえまいか。いい年してよいしょインタビューに答えて、自分の大ポカで迷惑をかけた監修者の名誉を傷つけるような非道言い訳を垂れ流している場合ではない。

 

さら早業自慢を封じられるのは、自己認識からすれば転向に映るかもしれない。ひょっとしたら一気に老け込んじゃうかもしれない。しかし、昔よりずっと観客同士の横のつながりが強くかつ広範囲で、作品についての情報も手に入れやすい今だからこそ、字幕翻訳要求される水準が上がっていることを認識し、それに適切に対応するように送り手たちに働きかけをする姿は、映画ファンの心に強い印象を残すはずだ。個人的な快刀乱麻の仕事ぶりを自慢するのはもうやめて、業界全体で作品の質に貢献する、充実した作業環境を残せるよう声を上げる好機なのではないか。それでこそ「字幕翻訳女王」としての尊敬を集められるのではないか。今のままではせいぜい良くて「時代の徒花」といったところである

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