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2022-05-08

とある摂食障害者の日記

腹が減っている。ずっと空腹だ。何を食べても吐き出してしまうのだから当たり前だ。

満たしたい、空虚感に耐えられないのに、詰め込むと途端に出してしまいたくなる。

胃の皮が引き延ばされて張りつめているのに、発狂しそうになる。耐え難い。

まだ空腹のほうが耐えられる気がする。

いや。

そう思いつつ、毎度気が付いたら食べ物を詰め込んでいるのだからそうでもないのだろう。

気が付いたらといっても意識を失っているわけではない。(当然だ)

自らのその脚でスーパーなり、コンビニなりに行き、カゴをつかんで陳列棚を物色している。目についていいなと思ったものには素早く手が伸びて、気が付いたらカゴが満杯になっている。なんだこれ。これ全部自分で食べるのか? 今から? 尋常ではない量だと理解している。一食、いや一日で摂取すべきカロリーを軽く超えている。腹持ちも悪そうなシフォンケーキや、ポテトチップス栄養は考えられないくせに、甘いものとしょっぱいものバランスはこざかしくも取ろうとしている。あとは安くて大量に詰め込むことができそうな袋菓子自分が何をしているかも、頭の隅でしっかりと理解している。まず間違いなく金をどぶに捨て、後悔することを確信している。

それなのに止めることができない。なんだこれは。病気である

食べて食べて、食べて吐く。食べたくないが、口に運んで詰め込んで、大量に水を飲んで滑りを良くした後に、吐くのだ。胃が空っぽになる感覚を得られるまで、ずっと吐きつづける。たまに指が喉奥に当たり、吐しゃ物に赤い血が混じる。醜い。醜すぎる。自分生物として劣っていると強く感じ、みじめになる。この瞬間がたまらなくみじめだ。

自分がここまで醜く、愚かで、情けない人間だと思いたくないが、純然たる事実である。見よ、この吐しゃ物を。

医者にはかかっている。心療内科で薬をもらっている。

カスみたいな医者である患者の取り扱いはへたくそだ。雑に話を聞き、薬を与えるだけ。

摂食障害カウンセリング入院無意味だと憚らない。摂食障害治療経験は長いらしい。いろいろと挫折経験して行き着いた結論であろうとは思うが、再診5回目で初診扱いされたのは少なからずショックであった。こいつ、患者を一切覚えていないではないか。その後も以前にも聞かれたプライベートの話を聞かれ、特定恋人がいないことを伝えるとその年で独り身は未来がない、不幸になると説教された。

繰り返し私の未来には絶望しかないと予言するのだが、まるで覚えていない様子で、口調だけは親身で心から同情している様子である。私はというと、ノーダメージなわけはなく、毎度自信を失い、打ちのめされて少なくない治療代を支払い薬を受け取って、駅に入る頃ようやく苛立ちが脳天にたどり着く。喉、胸、腹がむかつき、不安が頭を蝕む。

それでも通っているのは、薬が効いた感覚を覚えているからだ。はじめはプロザックという、セロトニン再取り込み阻害薬。抗うつ剤としてアメリカでは流通されているが、日本では認可されていない。初めは飲むと食欲がふっと消え失せ、胸のむかつきが一日中続き、絶食できた。感動したが次第に体が慣れたのか、効き目が薄くなっていき、大量過食と嘔吐が続いたときに、今度はマジンドールが処方された。肥満症の治療に使う食欲抑制である。もちろん私は肥満症ではないため、保険適用外の処方だ。実に高い。こちらは過食をしそうな1-2時間前に飲むと食欲を抑えられる。効果は4-5時間ほどだと医者は言うが、実感としては2-3時間といったところか。

マジンドールプロザック依存性があるというが、よくわからない。過食衝動がすでに依存症だから、いちいち気にしていない。

砂糖支配されている感じはする。辛いと、寂しいと、寒いと人は人を求めるが、私は砂糖を求めてしまうようである。糖分は口答えしない。いつでも同じだけの甘さをくれるのである。体に深刻な状況をもたらすが、それは人とは違い、予想できる範囲にある。

対人関係経験が足りないのだ。要はそういうことなんだろう。

自信が持てないのも、見た目と体重にとらわれているのも、自分自分のまま肯定できる経験がないのだ。それは孤独の中では真に得ることができないのだろう。一人暮らしになり、自由時間を得たものの、相変わらず私はコンプレックスにまみれていた。「普通の」人々、周りの人々の幸せをうらやみ、自己嫌悪の糧としていた。悲しいことだ。哀れみの目を向けている。そのままの自分でいいのだ、これが私なのだと思っても「嫌だ」と思う。

はあ。ネガティブ。私にはポジの部分もたくさんあるというのに。

楽観的で、適当。ほどよく手を抜き、切り替えが早い。

だが在宅勤務が続き、なんだかその良さが失われつつある。寒さもあるかもしれないが。

なんとか自分の良さを取り戻したい。

もう大人なので、大体こういう時に何をすべきか、どういう方法が世の中にあるのかわかっている。

だができない。いや、やればいいだけなのだが。やる気は始めないと出てこないらしい。

もういい大人なのだが、できない理由はまだわからない。

2022-02-21

身長がどれだけ辛いか理解していない人が多すぎる

例のプロゲーマー発言で、一言物申したくて書く。

まず、低身長が日頃どれくらい辛い思いを「恵まれた人たち」は理解できないだろう。

私は160cmを下回るほどの低身長で、強いコンプレックスを抱いている。

なぜ低身長が悩み苦しんでいるかを、伝えておきたい。

身長は隠すことができない

コンプレックスにも様々あるが、低身長を隠すことはできない。

身長というコンプレックス晒しながら、日々生きていかねばならないのである

厳密にはシークレットブーツを履くという手段もあるが、低身長といえども自分の好きなブランドの靴は履きたい。

それにシークレットブーツでも限界はあるだろう。

身長努力解決しない

身長遺伝の影響が大きく、努力でどうにかなるものではない。

かに身長を伸ばす手術は存在するが、非常に高額でありリスクも高い。その痛みも尋常ではないと聞く。

恋愛市場で不利を強いられる

私自身は割とモテるタイプ人間だという自負はあるが、マッチングアプリではその限りではない。

マッチングアプリという年収身長といった「数字」が力を発揮する場所では、とにかくマッチングしない。

「低身長が好き」という女性はごく少数存在する。ただ、本当に少ない。

世間が「低身長」の苦しみに対する理解がない

「胸は何カップですか?」「年収はいくらですか?」「体重キロですか?」

こんな質問をしてはいけないのは馬鹿でもわかることだろう。

相手コンプレックスに触れる恐れのある質問からである

しかし、「身長センチ?」は割とカジュアルに聞かれる。

そしてそれを咎める人はほとんどいない。

例の炎上について

例のプロゲーマーの件では、「炎上するほどではない」といった意見をチラホラ見かける。

これが「ブス・ブサイク人権はない」だったら、ここまで擁護の声は出てこなかっただろう。

まさに「世間が低身長に対する理解がない」を物語っている。

あんなもん炎上して当然である

彼女スポンサーやチームから切られて本当に飯が美味いぞ。

グラドル結婚したプロゲーマー

女性プロゲーマーが「170cm以下の男には人権がない」という発言炎上してスポンサー契約を解除されてしまった。

この炎上騒動の余波は大きく、他のプロゲーマー問題発言契約解除されている。

炎上の中心となった格ゲー界隈は民度が低く、eスポーツ界隈に自浄作用がないという風潮が強まっていて、プロゲーマーはイキリ陰キャ成り上がり社会性がないと言われている。

その一方で、グラドル結婚したプロゲーマーがいる。あのプロゲーマー社会性は尋常ではないと思う。

皮肉なことに、そのグラドルは例の女性プロゲーマーインタビューしたことがある。

2022-02-02

はてブのための音MADの楽しみ方 ~モスバーガーに挟んで~

先日のモスバーガーのトム・ブラウン超合体CMになんか否定的だったので、識者の俺が音MADの楽しみ方を教示しよう。

最初に言っておくが強烈なハイコンテクストが特徴の文化なのでNot for meと思った瞬間に立ち去るように

このテキストでは当該の超合体CMのもの解説しません

教材 全28

教材は当然ニコニコから

そしてなんと教材にもってこいの28秒! この音MAD出会たからこの増田書いてるまである

分解

ソースは現時点では見なくてよい

視聴

では動画を見ましょう。

導入

パーカッションの助走ののち、映像メロディが同時に始まる。

タイトルトラック、特徴的な文字演出からこの動画が「神っぽいな」の音MADということがわかる。

そしてアニメ(もしくは原作小説)を知っていると、画像キャラクター結婚相手に高い理想を抱いているシーンを想起する。

まずここで視聴者コンテクストロードされる。この作品への向き合い方が決定される。

理解

まりにもロマンチック理想独白が「神っぽいな」のワードシンクロする

しかアニメの音声だと思いこんでいた矢先の「高学歴 高身長 高収入」の3連打によりなんだこの音声(音源)は!?の驚きと遭遇する

追い打ちのように音声のリリックオフボーカルのサビ部分にカッチリとはまり込み、リズム気持ちよくなる

尋常ではない繊細な作品と気付き、より深く注目する

加速

中世界にあるはずもない「ママ友とのランチヨガネイルサロン代」の登場により感情は更に加速される

ネタとしての異常性という部分ではもちろん、作中婚活期のロキシー境遇からすればあまりにも遠い理想に胸が締め付けられる。

そして続く「山崎賢人阿部寛坂口健太郎を足して割らない」、素材の爆発力である

まず感情として、割らないで大丈夫なのか、1人で十分じゃないか不安感が脳裏をよぎる。

そしてその場合顔は3つなのか? それはもう阿修羅なのでは? 阿修羅って神っぽいなと脳のシナプスが一気につながる

そういやケルベロスも顔3つだな。犬っぽいな。ぽいじゃん。脳内連想ゲーム危険領域突入する

回帰

そして化け物「顔の青年迷宮の奥底で偶然助けられるんです」と原作の展開に帰ってくる

この作品は投げっぱなしではなく、非常に練られた展開という満足感が気持ちよさに変換される

しかしここで終わらない

オチ

最後最後で内容がいきなりYouTuber「syamu game」氏の名言に変化する

コイニハッテンシテ 素敵なことやないですか」あまりものカーブ、脳はsyamu氏のコンテクストロードする

そして最後の音声「理想たかっ!」、BGMでは「憧れちゃうわ!」に重なる。歌詞を考えると関西弁ダブルミーニングも想起する

そしてsyamu氏が登場することにより同氏の「おい!それってYO!」という名言脳裏によぎる。

この動画で描かれていないことまで、沢山のシナプスがつながったと思う。この音MADの素晴らしさが理解できただろう。

小学生並の感想

非常に素晴らしい音MADでした。

音声素材の強すぎる力を見事に制御しきっていますし、動画エフェクトも最小限に留めています

とはいえそれは手抜きではありません。

素材の発掘力は音MADの肝ですし、楽曲PVオマージュは極めて精緻で丁寧さが伺えました。

キャラクタ楽曲、syamu氏の持つコンテクストシナジーがキマったシナプス感涙の作品でした。

総評 音MADとは

みなさん、少しは音MADという存在理解できましたか

リズムに合わせて素材を次々に展開し、コンテクストをつなぎ合わせて脳のシナプスを繋いで脳内麻薬ダバダバ

これが音MAD本質です

その性質ゆえに表社会に出ることは稀ですし、件のCM音MADではない、そうだとしても劣っていると批判が一部でなされる理由もわかっていただけたかと思います

ここまで聞いてくださってありがとうございます

それでは最後にトトトトトム・ブラウン、ぱちんこCRおどれまさのりファイアーの作者で知られる零氏がRTしたツイート引用を持って終わりにしたいと思います

ご清聴ありがとうございました。

音MADが表沙汰になってることに対して賛成派も反対派もいる様子ですね

僕としては「音MADという手法」は表沙汰になっていいが、「音MAD界隈のネタ」は絶対に表沙汰になるのは絶対にやめてほしい派です

https://twitter.com/nelucochen/status/1486927250155274240

トトトトトム・ブラウン

https://www.nicovideo.jp/watch/sm34503384

2022-01-29

anond:20220129104620

尋常ではないときこそ普段どおりの習慣を手放さないという感覚はよくわかる。そこすら失うと精神的にやられる

2022-01-28

JAXAにおいては「分をわきまえているか」が最重要になることについて

当方JAXA関係者(広い意味で。それこそJAXA体験イベント一般人として参加したレベル関係者と含むレベルで考えてくれて良い。その方が身元がバレにくくなるから

3行まとめ

JAXA権威主義組織である

権威立場がそろえば漫画がクソだから出版社敵対関係も取れる。

人によっては「分をわきまえた上で」JAXA看板を掲げながら出版社喧嘩することも出来たのである

JAXAの半分は象牙で出来ている

JAXAはほぼ研究施設である

ウンチャラ機構とついているお役所研究を外部に丸投げするタイプ自分らでも割とやるタイプに別れるのだが、JAXA自分らでも割とやる方に属すると思う。

全ての独立行政法人について完璧に詳しいのかと言われるとコチラもほぼ門外漢に近いのだが、体感だとJAXAはかなり自分たちで研究している方だ。

そして、研究自分らでやっている組織権威主義組織全体、それも個々人の中にまで根深蔓延っている。

外部に委託している部分が多い組織では、書類企画権威主義蔓延っていても、個々人の感情の中では「看板と名札がどうだってんだよ?なぁ?」みたいな気持ちが強い傾向にある(と思う。知り合いに聞いた話の平均とかで)。

「分をわきまえる」とは「分野が違うことによる減衰を加味して自分権威計算する」ということである

逆を言えば、権威が滅茶苦茶強ければ自分とはかなり無関係な分野に対してもズイズイ意見を押し通すことが出来るのである

まあつまりは、普通会社において営業部部長であれば製造部の係員に「おい。服装がだらしねえぞ」と多少喧嘩腰に怒鳴っても許されるが、相手が科長ぐらいになると表向きは従順な板度をとってもいなくなった数秒後には「あんたにそこまで言われるもんすかね?」と若干冷めた空気が流れたりするアレの度合いである。

JAXAではこの力が他の組織より強い。

これはお役所からということもあるし、研究組織からである

会社というのは究極は利益追求目的であるが、お役所組織が綺麗に回っていることが最優先なため、ハンコの序列が持つ力は尋常ではない

現役時代かつ出版社に脅しをかけられる立場なら「分を弁えた発言」として成立しただろう

恐ろしいのはここである

え?マジ?と思ってしまうかも知れないが、やれる人がやろうとすれば「この出版社さんとはJAXAは付き合いませんよ」をぶっかますことが不可能ではなかったのだ。

独立行政法人世界にも門前払い出禁という概念存在する。

電話をとっても繋ぐな知らんぷりをしろと言われたらそこで終わるのである

もちろん正当な要求であれば受ける必要があるだろうが、お願いベース程度ならガンガン弾かれてしまう。

役所は、契約をしている案件なら丁寧に対応するが、そうでない内はなあなあなご近所づきあいが基本を締めており、「公僕なので国民のために全てを差ししましょう」なんて態度は取らない。

しろ「我々の労働税金で賄われているのだから、一企業に対して安易に労力や知識提供するのもね。正式手続きでの資料要求ならコピー代で対応するかもだけどそれ以上は……」と冷たい態度を取ることも多い。

なので今回のようなことがあったときに機嫌を損ねた人間が然るべき立場であれば「こんな奴らとはもう付き合わないようにしましょうね」とお触れを出すことも出来てしまうのである

「分をわきまえる」ってそもそもなんだ?と思った人も多いだろう。

だが、これは役所システムを考えればおかしいことは言っていない。

役所システムに染まっていなければ出てこない発想なのかも知れないが、役所にどっぷり染まっているとその事に気づけ無いのである

恐ろしいねえ……。

2021-12-28

anond:20211227191543

死刑相当の犯罪をする人間一般的感覚は当てはまらない。

なるほど。ここが私と違う感じがするな。

精神状態尋常ではないだろうし、一般的感覚をそのまま当てはめてしまうのは良くないというのは同意する。

死への恐怖とか痛みへの忌避感みたいな生物としての基本的情動に関しても、普通とは違うだろうという認識

私は少なくともそこのあたりは変わらないと考えている。

廃止弁護団が強くおすのが理由と考える方が妥当

前提なしに妥当と考えるには根拠が乏しいと私は思う。

死刑判決に納得がいかないので再審請求する」に比べて

死刑判決を受け入れているが、弁護団が強くおすので再審請求する」

は「死刑囚の意思に反していても弁護団再審請求するはず」という暗黙の前提が追加されている。

死刑囚の意思に反しての再審請求常態化していることに関する資料があれば考えを変える用意はある。

死刑を望むというよりも、やったことに対して死をもって償う覚悟があるかどうか

「死にたくない」と「死をもって償う覚悟がある」は両立するんじゃないかな?

そこについてはどう思う?

2021-12-12

いかにして動けない私が安心して宅配を受け取れるようになったのか

動けなくなって4ヶ月が経つ。

立ち上がって10分も経つと失神しそうになる。そのうえ息切れも激しい。

そうすると外に出られない。買い物に行けない。仕事にいけない。

私の身体社会という輪の中からポンとはじき出されて、魂だけが自宅に軟禁されているかのようだ。

そんな中では些細なことなのだが、私には「宅配の受け取り」という問題があった。

逆説的な話から始めるが、宅配というものは素晴らしい。

食料、医療器具、薬とすべての物が宅配で届く。健康な人にとっては便利なものかもしれないが、病人にとってはライフラインである

現代のように宅配システムが発展していなければ、渋谷スクランブル交差点で寝っ転がり、決死隊同然のデモを起こすしかなかったのかもしれない。デモ当日が晴れであることを祈るばかりだ。

とにもかくにも、宅配のおかげで何とか生きていけている(しかし、これも貯金が尽きるまでという期限付きの安息であるが)。

だが、宅配にもまた壁があった。

まず突然のドアベルが怖い。当然のことながら、配達人は私の事情を把握していない。食後の調子が悪い時間帯でもお構いなしだ。

しかも、驚かせるというのがよくない。私の心臓は壊れているので、驚くと心拍数が上がる。これまた尋常ではない上がり方なのだ

最悪の場合、悪い調子さらに悪い状態対応する必要があるということだ。

次に、マスクを探す。直接玄関には行けない。

マスク必須であるワクチン副反応によってこの窮地にある以上、コロナ罹患した場合さらに命の保障がない。

そして、とぼとぼと玄関に向かう。

息切れも強くなるし、胸も痛い。

なんとか玄関に着く。そしてドアを開ける。

そして、自分の背でよいしょとドアを支える。

それから頑張って応対する。首もうまく動かせないのでにらみつけるような形になるが許してほしいと願う。商品を手渡される。重い重い重い。

毎回がこのありさである

しかし、こんな苦労もほんのわずかの工夫で解消された。

まず、ドアストッパーを購入した。

玄関ドアに磁石でくっつけるタイプストッパーだ。磁力が弱かったらどうしようと考えていたが、それは杞憂だった。

ドアの下部にストッパーを近づけると、金属本体部にパシッとくっつく。ストッパーを下ろすと小さい部品で大きな玄関ドアを力強く支えてくれる。

素晴らしい。

このドアストッパーのように小さくとも力強い人間になりたいものだ。

さらに、このストッパー想像以上の効果を発揮した。

配達人が勝手にドアストッパーを使ってくれるのだ。

これなら、わざわざ自分ストッパーを下ろさずに済む。本当にありがたい。

次に玄関前に椅子を用意した。立って対応するのを避けるためだ。

配達人が来ても落ちついて座る。私は座位でも心拍数が高いが、立位より全然良い。

最後にドアの内側に張り紙を貼った。

商品玄関に置いて下さい」という旨を丁寧に書いたものだ。

今のところ、全員が書いたとおりに対応してくれる。

重ね重ね、本当にありがたい。

これで対策は終わりである

あとはわずかに生じた余裕でもって、心ばかりの笑顔を作ればよい。

対策をしようと思ったきっかけがある。

ギャル風のお姉さんが配達に来た時の事だ。

何も対策をしてなかった頃の私は、まさに必死の形相で対応をしていたのだが、お姉さんは何の気もなく。

「あ、いいっすよ」と荷物を床においてくれた。

そして、最後に「大変ですね」とニコッと笑って、颯爽と去っていった。

ありがたい。ありがたいが、なるほど。

これはもしかしてこちらが「そうして下さい」と言ったほうが、向こうとしても楽なのではないか

そう思ってこの対策を準備した。

今のところ配達人の方にイラっとされた事はない。

玄関ドアを背中で抑えて、にらみつけながら対応されるよりよっぽど良いのではないだろうか。

ギャル風のお姉さんには頭が上がらない。二十代前半だろうか。年齢など、人の器の大きさには関係ないものだなと心底実感する。

ちなみに、ここまで読んだ人は、「置き配」という手があるじゃないかと思うかもしれない。

私も「置き配」が可能であれば利用しているのだが、二つだけ例外がある。

まずは、置き配に対応していない業者があること。二つ目に、ネットスーパーだ。

ネットスーパーに置き配を頼むとコンテナに入れてくれるのだが、そのコンテナが固い。労作性の頻脈でもある私は、ほどくだけでえらく疲れてしまう。

なので、ネットスーパーに「置き配」は存在するが、必ず対面で受け取るようにしている。

そんなこんなで私の宅配ライフは順調なものとなった。

タイトルの「いかにして動けない私が安心して宅配を受け取れるようになったのか」という問いに対しては、小さな工夫を積み重ねた結果という答えになるのだろうか。

この不器用で不自然身体で、これからも小さな工夫を積み重ねて生きていくしかないのだろう。

2021-12-05

[]

JRが下記の2項目を実現すると発表するまで日記を書こうと思う。

  

JR赤字と言ってる人がたまにいる。

それは正解であって不正解だ。

コロナ禍でたまたま赤字になっているだけであり、JR日本一鉄道会社として莫大な利益を上げている。

からこそこれまで存続してきた。

また、JRがなくなった場合尋常ではないレベル自動車による道路渋滞が発生するため絶対に潰れることが無い。

まり将来が約束された鉄道会社であり、ゆえに日本一鉄道会社だ。

それならば、全ての駅をバリアフリーにするのは当然の義務だ。

あらゆる人が利用できるようにする。

それは国内だけでなく国外の人にも対応するべきと言っている。

いまだにバリアフリーになっていないということで先進国日本として馬鹿にされる可能だってある。

だというのに完全にバリアフリーにするという発表が無いのはあまりに遅れている。

障害者蔑ろにしていると言われてもやむを得ない。

からこそ、そう。だからこそJRはしっかりとバリアフリーにするべきだと言っている。

さら運賃距離制限で半額にする。

これこそがまさに弱者である障害者への救済措置になるのだから

JRは今こそ日本一の鉄会社として対応を発表するべきだ。

  

①全駅をバリアフリー化 ※運賃は据え置き

JR日本一鉄道会社だ。従ってバリアフリーは当然の義務

JRは莫大な利益を上げている。それをバリアフリー還元するのは当然の義務

JRがやらないと他の鉄道会社JRやらないから出来ないと言う口実が出来る。

  

②100km以下でも障害者運賃を半額

障害者が最も利用するのは電車だ。それを半額にするのは当然の義務

バス飛行機、船、公共施設等が半額及び無料なのにJRがしないのは差別に等しい。

JR日本一鉄道会社だ。それなのに他の会社がやってJRがしないのは差別に等しい。

2021-11-02

首都圏在住の大阪人尋常ではないウザさ

東京外食を高くて不味いと罵る

大阪外食は安くて美味いのに、東京外食は高くて不味い」と

東京飲食店食事をしながら、大きめの声量で罵り始める。

共に食事をしていて不快。二度と一緒に食事をしたくないと思う。

あと大阪食事別に美味くないし、安いのも小麦粉が安いからでは。

 

一方的ボケてきてツッコミ強要する

反応しづらいボケを急にしてきて、「ここはこうツッコまな~」とダメ出ししてくる。

大阪人間枕詞のようにボケツッコミパターン学習して即座に反応できるよう鍛錬しているかもしれないが

大阪以外の人間はそのような鍛錬をしていない。する気もない。巻き込むな。

部活スポーツをやり込んだ人間初心者相手に本気のスマッシュを打って調子こくのを見てしまったような、

積極的コミュ障」に対する呆れ、うんざり感。

 

大阪出身者以外の上京者を「東京人間」と一括り

大阪内部の地域分類について細かいのに、大阪以外の人間について認識が雑。

標準語を話す岐阜出身者のことまで「東京人間」と呼ぶ雑さ。

大阪VS東京二項対立にして、東京に住みながら大阪応援をし続け、

大阪でも東京でもない地域出身者については、興味がないのか脳が存在を処理しきれないのか

存在無視するか適当「東京」に括る。

 

東京人間は冷たい」と大阪基準で言う

大阪人の「距離無し」「失礼」を不快に思っている側としては、あれを「温かみがある」とは思えないので、

「温かみがある大阪にすみやかに転居すれば良いのではないでしょうか?」と思う。

大阪以外の地域大阪基準の「距離無し」「失礼」に染めようとしないでくれ。

東京在住者に大阪ツッコミをさせようとするのも迷惑

大阪が正しく、大阪以外の地域大阪式に矯正してやろうという親切は有害なので大阪に帰ってくれ。

 

大阪弁なら失礼が許されると思っている

方言丁寧語ではなく、大阪弁のタメ口で話す。

職場タメ口ばかり使う距離無し人間のことがシンプルに嫌い。大阪人にはこれが多すぎ。

初対面で立ち入ったことをずけずけと質問して、レッテルを貼ってお笑い的な解釈をする大阪人も多すぎ。

バラエティ番組MCのように盛り上げているつもりかもしれないが、

本題の仕事の話から脱線しすぎるし、何より踏み込み方が「温かみのあるイジリ」というレベルではなく、度が過ぎている。

ただの失礼。何の面白みも無いただの攻撃

 

大阪以外の人間大阪に憧れている前提で話す

大阪お笑い芸人に憧れていません。

失礼で下品だと思っています

 

笑いが古い

令和にオカマネタをやる。男脳女脳などの話題も好む。男女ネタ性的ネタについてあけすけすぎる。

15年前のバラエティ番組のような笑いで、気まずくなる。

指摘して「ポリコレw」と笑われるのもうざいので、とにかく触りたくない存在

 

もしかして東京に流れてきてる大阪人って、大阪でも「痛々しくて面白くないのに積極的コミュ障」で地雷扱いされてるタイプ

地元で疎まれてるゴミ東京に送り付けないで欲しいんですが。

2021-07-22

断言するけど明日開会式世論はひっくり返って五輪は盛り上がる

現状では問題だらけに見える東京五輪だが、明日開会式で一気に潮目は変わって大成功で幕を閉じることはほぼ間違いないだろう。

7月24日にこの投稿をもう一度読んでほしい。それくらい自信がある。

日本人の(いい意味でも悪い意味でも)忘れっぽさは尋常ではない。今までの騒動をすべて忘れて、テレビが流すメダリストたちのパーソナルヒストリーに感動し、涙する国民が続出する。

オリンピック後に小山田氏や小林氏の騒動を持ち出す人は空気が読めない人扱いされるだろう。

また、報道によれば、開会式ドローン等を効果的に用いて演出がなされるほか、日本サブカルチャー要素をふんだんに用いる見込みだということ。

このサブカルチャー要素がミソであり、ゲームアニメ漫画等のキャラクター演出ネタ)を取り込めば、(タレントオタクアピールするとすぐに引っかかる)ネット民は大喜びして、開会式演出について語るだろうし、使われるテクノロジーによっては、それに詳しい界隈も参戦して、開会式演出の「元ネタ」「裏ネタ」で一種ネットジャック様相を見せるだろう。

断言するが、明日開会式後はの開会式演出についての話題テレビはもちろんのこと、Twitterはてブヤフーニュース、すべてのプラットフォームジャックして、五輪一色になる。

それほど、ネット民をはじめとした日本人の心は移ろいやすい。

サブカルに偏った演出だと、ネット民サブカル好き以外はついてこれないのではないか、という疑問が生じるだろうが、この層はもともとネットを見ずにテレビ情報収集しているので、全力でオリンピック盛り上げるマスメディアに乗せられて、オリンピック選手競技にまつわる話題一生懸命フォローするだろう。

東京オリンピックはいろいろあったけど、終わりよければすべてよし、大成功だね、で終わる未来みえている。

残念だけど、これが俺たちの住む国、日本だ。これを受け入れて、明日開会式を楽しもう。

2021-07-09

anond:20210709102809

あの人、結構政治的に際どい発言もするし、それをジョークネタにもするけれど、

一度も炎上したり謝罪に追い込まれたことがないの、ちょっと尋常ではないと思う。

デーブスペクター炎上してバッシングされた」とか聞いたことがない。

ちょっとメディア人としてのスキルが高すぎてキモいレベル

2021-07-05

Twitter漫画が読めなくなった

私は7年近く運用しているtwitterアカウントがある.

何でもかんでもフォローして,とめどなく流れるTLを眺めるという生活をかれこれ5年近く続けている.もはや日課となっている.

コロナの影響もあり,最近人生に緩急がなくなったためTweetほとんどせずROM専といっても差し支えない状態になってはいるが,Twitter歴だけで見れば中堅と名乗れるくらいの自負はある.

そんな中で,ここ数年でtwitter漫画を連載するというものが非常に増えたように感じる.

理由は様々あるだろうが,わかりやすものは「ビジネスに直結する」というものがあるのではないだろうか.

以前までは,漫画家という職業作品編集部に持ち込んで,編集者に精査してもらうことで連載を獲得する.またはコンテストで優秀な成績を収めることで編集部に見初めてもらうというものであった.

しかし,今の時代SNS投稿することで世間インプレッション数字としてわかりやす提示される.

そうなれば企業放置するワケもなく,やれコミックス化だ,LINEスタンプだと,とんとん拍子に話が進んでいく.

そのような一連のムーブ確立してしまった以上,漫画家はSNSユーザ向けにと自身作風を寄せていく.

わかりやすい例を挙げると

しろまんた作『先輩がうざい後輩の話』

・しゃしゃき作『オタクだってギャルと恋したい』


そういう漫画が私は読めなくなった.

別にこの二作品が特段悪いわけでも,これらの作者が嫌いなわけでもない.

読者に寄り添いすぎだ作品違和感を覚えるのである

この感情を初めて覚えたのは,しゃしゃき作『オタクだってギャルと恋したい』通称『オギャ恋』と呼ばれている作品である記憶している.

この作品賛否両論を巻き起こしたきくちゆうき作『100日後に死ぬワニ』のブームあやかって作成された100日間で展開するというフォーマットに従って進行し,「100日で冴えないオタク身の回りギャルたちとの間で展開する恋模様を描く」というものである

まずこの作品の素晴らしい部分は述べなければならない.何度も断っておくが,作者が嫌いなわけではないし,表現者に対するリスペクトは少なからず持っている.

この作品の称賛できる点は,100日間きっちり描き切ったという部分である

『100日後に死ぬワニ』が完結した2020年3月下旬Twitter上で「100日後に〇〇」という作品が大量に溢れた.そのほとんどが100日描き切ることなく中断した.しかし,しゃしゃき氏は根気強く描き続け,先日無事100日目を迎えた.

それに加えて,『100日後に死ぬワニ』と異なり,イラストの水準をかなり高い状態で保ったまま完結させた.キャラクターの表情,髪の毛のツヤ,服のシワ,陰影,背景に至るまで緻密に描かれており,とても描き続けられるような作風ではなかった.しかも本編とは別でキャラクターオフショット(?)のようなイラスト投稿している.尋常ではない努力だと思う.そういった部分は作風関係なしに賞賛すべき点であると感じる.

しかし,1日目を読んだ段階で私は読みたいと感じられなくなった.

理由は単純だった.「あまりにもステレオタイプ.それでいてオタクターゲットに見据えすぎている陳腐さ」であった.

ここで,オギャ恋第一話を紹介する.


制服を着崩し,自身巨乳の谷間を見せている金髪ロングのギャルが,オタクの机に座り「おいオタク気持ち悪い漫画ばっか読んでんじゃねーよ笑」「今すぐ購買行ってパンかってこい 秒でなっww」とオタクからかっている.


この一枚絵からこの漫画スタートする.

この絵を見た私はいたたまれない気持ちになり,次回を能動的に待つことをやめた.しかし私のとどまることのないTLは容赦なくこの作品リツイートを通して流してくる.私がこの漫画の完結を知ったのもそういった理由である

このようなことを言うとミュート,ブロック機能を推奨する意見散見されるが,私自身のエゴ赤の他人ミュート,ブロックするという行為私自身のTwitter運用に関する信念に反するのである

わかりやすく言えば,「この程度のことでミュートなんてしたくない」というくだらないプライドなのである

そういったどっちつかずの感情をぶら下げている自分自身にも嫌気がさす.

本題に戻るが,オギャ恋1話ステレオタイプギャルステレオタイプオタクステレオタイプからかい方をするというステレオタイプの展開であった.

私はこのような展開が嫌いというよりも,「こういうの描いときゃウケんだろ」という浅ましさが作品から漏れ出ているような気がしてならないのである

事実,この作品は多くの支持者を得て,人気作品となりコミックス化も果たした.

そう.そういうの描いときウケるのだ.

そういった作者の考えがあることないこと自身脳内で想起される感覚がたまらなく気持ち悪いのだ.

これは長期のTwitter運用弊害でもある.

いつだったかダ・ヴィンチ・恐山発言していた「頭の中のインターネット勝手炎上する」というものが最も的を得表現であると思う.

とあるツイートに関して,存在しないユーザ些末なことから揚げ足を取り,その結果炎上するという想像脳内で組み立てられる.

そういった良くないシミュレーションが長くTwitter運用していると増えてくる.言い換えれば,ツイートの内容を見てリプライ予測できるようになる.

正解不正解関係なく,人の考えをツイート一つから読めるようになっていき,それが制御できないのである

純粋に楽しめばいい漫画イラストにも「どうせこういうのが評判良いから描いてんだろ」と歪んだ視点で見るようになってしまったのである

何度も例として挙げて申し訳ないが,オギャ恋も当時ウケていた100日フォーマット採用したがために歪んだ視点で見ざるを得なくなった.

それ以降どのような漫画を読んでも,ポジティブ感想を押しのけてネガティブ感想が優位に立ってしまう.

ギャルオタク好意を持つ展開

オタク理解があるヤンキー

おとなしい女子ギャルを圧倒する展開

生意気な後輩に弄ばれる展開

ホラーと思わせた妖怪×人間カップリング

人気コンテンツ二次創作

それらすべてが「純粋面白さを求めた結果」ではなく「ウケやすテンプレートに則った結果」になっているような気がして嫌になる.

上記の展開が繰り広げられる作品を一つくらいはイメージできたのではないだろうか.

まりはそういうことである面白い展開だけを引っ張ってきて,自分の画風をかぶせた作品が世の中に氾濫している.

中世ヨーロッパ異世界転生がなろうのテンプレだと馬鹿にされていたが,それが現在進行形複数の設定がTwitterで消費されている.なろうの二の舞になっている.

設定構築に尽力し,作りこまれ世界観物語が進行する漫画が読みたい.

しかし,万人受けを捨てて自身の思う面白さのみにフォーカスした作品よりも,浅く何度も見たことのあるテンプレ通りの作品ばかりがTLには流れてくるジレンマ


どうすりゃいい?

2021-06-28

anond:20210510133514

バングラデシュ続報。

本日6月28日新規感染者数が一気に8千人を超え、陽性率も24%と過去高水準となった。

こうしたなか、首都ダッカでは行動規制を強化。

スリガルバングラデシュ)AFP時事】バングラデシュは、隣国インド由来のデルタ株の猛威で新型コロナウイルス感染者が増えているため、28日からロックダウン都市封鎖)を強化し、住民の外出を禁止する。これを受け、首都ダッカからは27日、労働者数万人が大挙して脱出。すし詰めの船に乗って故郷の村へ向かった。 警察高官は「定員オーバーの乗船はやめてほしい。しかし、誰も聞いてくれない」と嘆いた。ダッカ近郊スリガルの船着き場で乗船を待っていた女性(60)は「仕事ができなければ、どう家賃を払うのか。村に帰るしかない」と話した。

労働者、大挙し首都脱出 デルタ株猛威、封鎖強化―バングラ:時事ドットコム

人口1憶六千万人のバングラデシュ

https://graphics.reuters.com/world-coronavirus-tracker-and-maps/countries-and-territories/bangladesh/

によれば、これまでの感染者数は89万人弱。死者数1万4千人あまり、と、超人密度の高い首都もつ発展途上国というハンデのなか、

相当に善戦してきたといえると思う。

前回3~4月の第2波を乗り切ったあと、ラマダン、そしてラマダン明けの祝祭ムードを迎えるなか、

じわりじわりと感染上昇がつづいていたのはウォッチしてきたが、当時はまだ南アフリカ株が中心といわれていた。

ここにきてデルタ株が主流になったのだろうか。デルタ株恐るべし。

現在は、感染者のほとんどが首都ダッカか、チッタゴンだ。

しかし、報道されているような、尋常ではない形でのひとの流動が(乗車率500%みたいな光景バングラデシュでは普通なのかもしれないが)

地方部での感染拡大の引き金にならないか心配だ。


それにしても日本は開かれたインド太平洋とか標ぼうして、中国と張り合うそぶりをみせているくせに、

肝心の南アジアニュースって本当に少ない。

そして政府の水際対策は、まるでナマケモノのようにスローペースだ。

ちょうど2週間前の6月14日南アジアから帰国者入国者隔離10日間をなぜかバングラデシュだけ6日間へ短縮。

感染上昇中の最中、なぜ???と思っていたが、どうしても経済活動を再開したいらしい。アパレルを中心にいろいろあるのだろう。

しかし、ここにきて感染者数のエンジンフルスロットルに入ってきた。

明日にでも隔離期間を戻したほうがいいと思う。

2021-06-26

祭りの日に兄弟ボコられる

酔った勢いでフルチンになってボコられ大恥をかいた話を前に書いたけど、似たようなことを地元祭りの日にもあった。間違いなく俺の人生の「痛い記憶ベスト5」には入るな。

たぶん二十歳になったばかりのころで、トイレでの集団いじめきっかけで中退した二年後だからふつう地元工場過酷な勤務を続けていたころだ。

ほとんど親しく話せる年配者や年少者がいないにもかかわらず、祭りだけは強制参加だった(そんな了解がむかしからあった)。

でも最後まで誰とも親しくせずにフンドシですごすのはさすがに酷なんだ。

なんというか虚しさが先行する。どこにいても居場所がない。居場所がないのは慣れてて、いつものことなんだけど。祭りはなにしろいから。

それに非力だから地味に重い神輿がきつい。肩もいかれる。ほかの兄弟休日からいいけど、俺にはよくじつ肉体労働があるんよ。睡眠不足にもなるし!きつい

孤独時間をまぎらわすため、俺は二十歳になって覚えたばかりの酒ばかりをハイペースで飲んでいたな。

主としてキリンビールだったけど。

酔いが回るのが超絶早かったな。

俺は悪いところだけは親父と似ていて、飲んでいるうちに何もかもにムカついて喧嘩腰になるなんだな。喧嘩が弱いくせに喧嘩をふっかけ逆にボコられるケースはこれまでに何度もあった。

祭りの後半、十一時過ぎ、神輿をかつぐ連中もだらけてきたあたりの時間だったけど、当時19歳頃の弟や当時22歳頃の兄貴が女をつれてことあるごとにイチャイチャしていた。

俺はそのころようやく出会い系で知り合った女に金だけ絞られ罵られ捨てられたばかりだったんだよ。職場でもろくなことないし。

からむしょうにムカムカしてきたのを覚えている。それに基本的に男ばかりの祭り空間に女がチャラチャラ入り込んでいることにも不満だった。あの和気藹々のムードをぶちこわしてやろうと思った。

失うものが何もない底辺一匹狼ならではの発想の発想

(俺をゲジゲジのように毛嫌いする妹によれば)これぞ人間のクズ

(俺が話しかけても全て無視する弟によれば)キング・オブ・腐れチンポ

酔いの勢いも借りて、兄貴カップルと弟カップルが仲良くしている場に乱入し大声で怒鳴ってやった。この場をなんだと思ってるんだ、いますぐ女は帰れ、みたいなことを口汚く叫んだ気がする。

想像通り、すぐに返り討ちにあったんだな。ミゾオチ兄貴の一発をくらい死ぬほどの痛みにもがいたね。一瞬目の前が真っ暗になるあれ。

兄貴もかなり飲んでいたのでメチャクチャ手荒くて、腹蹴り股間蹴りを何回も何回も繰り返してきて、地面に倒れこんだよね。その時点でK・Oだった。K・Oしてる俺の足をつかんで兄貴はかなり派手に引きずりやがった(その地面がコンクリートから背中残酷なくらいに剥けて、その日のシャワーはもう地獄悲鳴あげた)。

しかその引きずられた直後のタイミングでめちゃくちゃ吐いたと思う。腹ボコボコにされてタマ蹴りもモロで食らってたから。それにやたら息苦しかった。

祭り自体メチャクチャかましいのでこういうリンチはたいして目立たなかった。だからだんだんエスカレートしたんだと思う。

それに俺が盛大にボコられるのを祭り参加者は毎回見てる(一番無意味ボコってくるのは親父なんだけど)。

兄貴は一度怒ると誰にも止められないんだよ。特に俺への怒りはすさまじいものがあったな。

地面に崩れ落ちていた俺からフンドシを力ずくで外して、グロッキーになったフルチンの俺を羽交い絞めにして、弟やその不良系の同級生どもに「おいお前ら、やりたいだけやれ」とか面白そうに叫んで、俺はかなり長いあいだ弟達のサンドバッグ状態だった。

羽交い絞めのフルチン男を五、六人の男が交代で殴るなんてありか?

尋常ではない痛みと恥ずかしさのせいで意識も遠ざかっていたな。だからかいことは覚えていないなー。

だって殴る奴ら全員本気だし普段からガチの格闘系の喧嘩やってる連中だったから。顔は腫れあがって怪物みたいにパンパン、腹もボコボコ、足の関節も集中して蹴られたのでおかしかくなった。野球の軟式ボールを本気で投げたのも当てられるし、弟の得意技タマ蹴りは見事に直撃して気絶しかけるし(だってルチンですから)、石や空き缶の的にもなるし、ちん毛ファイヤーはされるし(軽い火傷もした)、プロレス関節技実験にもされるし、顔も踏みつけられまくるし、殺虫剤はかけられるし、唾や痰は吐かれるし、もう酔いに任せた集団リンチ

ところで俺、そこまで悪いことした?←素朴

ただ、兄貴と弟の女なんかももかなり酒が入っているので、楽しそうにキャッキャッキャッキャッ騒いでいたのは記憶してる。何人かは携帯カメラとかも向けてたし。

もっとやれ、ぶちのめせ、キンタマ蹴り上げろ、その不潔な腐れチンポ攻撃しろキモイだけの嫉妬野郎は退治しろ、なんてことを女どももガキどもも叫んでいた。集団リンチは怖いことを知ったな。

死ねばいいのに。いや誰か止めろよ(真剣

しょうじき殴られてるのは俺じゃなかったら絶対に誰かが止めてるはずだけどね。やっぱりボコられるのは俺で決まりという空気。それを身に染みて感じた。ふだんから嫌われてて暗くて生意気友達ナッシングからしかもとびきりの不細工。周囲の評判もめちゃくちゃ悪い。

そういや弟はボクシング大好き人間でいつもシャドーボクシングみたいなことやってたので、いつも兄弟喧嘩があるとこんな展開になってたな(兄弟喧嘩といってもけっきょく俺が一方的ボコられるだけだが)。

ボコボコにされて痛くて気持ち悪くて立ち上がれないでいた俺はさいごに飲みかけのビールを頭から盛大にかけられて、いつの間にか集まってきた人垣の帰れコール、笑われながらチンポをかくして着替え場所のある公民館に命からがら帰りましたとさ(というのもフンドシは捨てられて見当たらなかったから)。

その日は帰って若槻千夏ちゃん写真集でマスかいて寝ようとしたが、腹部と背中中央部が痛すぎて全然寝られなかった(調子にのったガキが軟式ボールをがちで当てやがったから。しかも皮がめくれてた)。というか腹を殴られ過ぎて気持ち悪く何度も吐き戻した。そもそも殺してやりたいくらい兄と弟にムカつていた。というかあの場にいた奴ら全員をめちゃくちゃ呪っていたね。その後数か月は歩くたびに足に膝に激痛を感じて仕事にも支障出たよ。医者にみてもらったのは当然だが。あのころメンタルはがちでやばかった。

まれから身も心もいつも安定してボロボロだけど、その頃はいつも以上にボロボロだったな

翌朝親父がその件を聞いて、俺はまた猛烈なビンタと腹蹴り(これはたいていセットだった)を食らい、兄貴と弟に対して土下座させられる羽目になった(親父はとにかく謝罪感情土下座表現させたがった。ほとんど俺だけになんだけど。俺が土下座ナンパになんの抵抗もないのはその経験のおかげなのかな。ある意味親父のおかげなのか?)。

おしまい。なんのタメにもならないクズエピソード、読んでくれてくれてありがと。

俺みたいになるなよ、みんな。

2021-06-19

anond:20200827010538

その後1年近く経過した。リアルでの振る舞いは極めてまっとうである

学生時代コンプレックスを強く引きずっており、それにまつわる振る舞いだけは「ネット上でのみ」尋常ではないが、リアルでは見たことがない。

2021-06-09

蚊がいなくなるスプレーやばい

直接、虫に吹きかける殺虫剤じゃなくて

部屋の中に散布しておくと蚊がいなくなるという

スプレーがある。

かに効果があるもので数年前から重宝している。

しかし、あれはやばい

何がヤバイかというと普通殺虫剤のように

直接害虫スプレーしたときの虫の苦しみ方が

尋常ではない

 

昨日、今年初のゴキが出てきた。

ギャッとなったのだが、たまたまそのとき

手にしていたのが蚊がいなくなるスプレーだった。

咄嗟にそのスプレーをシュッとゴキに直接吹きかけた。

最初は何事もなくゴキは家具の隙間へと逃げて

行ったのだが、

しばらくするとフラフラと明るいところへと

彷徨い出てきたかと思うと

尋常でない苦しみ方をしだした。

足の関節と逆方向へと足を捻りながら痙攣し出したか

思うと体液が体から漏れ出してきてのたうち回るのだ。

そして即死しない。

非人道的

長らくゴキとの戦いを続けてきて

沢山のゴキを殺めてきた私だが、

そんな私が身勝手にも、この苦しめ方はよくない。

そう思ったのだ。

なんなのだろう?この殺虫剤は。

人間には無害だが虫には強力に作用するというのは

何かで読んだような気がする。

部屋に散布して、そのスプレーした箇所に蚊が止まると

蚊が死んでしまうというのだからかに強力だ。

しかし、その作用の仕方が想像していたのとは

随分と違ったものだった。

ちょっとショックを受けてしまった。

2021-05-19

親の生まれ変わりに出会った

 そんなことはないと思うが、そう考えたくなった出来事を綴る。

 先月のこと、個人医院の待合室に座っていたら幼児が私に向かって走ってきた。顔をみて驚いたのだが10年以上前に死んだ父親の顔が被さっていた。

正確にいうと映写機のスクリーンの前に人が立った時のような、その男の子の顔は微かに透けて見えるのだが、はっきり見えるのは父親の顔だった。

私は子連れには親切をモットーにしているので普段ならにこやかに相手をするのだがこの時は無理に作った笑顔が引きつっていた気がする。

「すみませーん」と子どもを回収に来た母親には辛うじてにっこりできた。

 それで終われば疲れて見えた幻影で済むのだが、その後その子が私の方へくることくること。

懐き方が尋常ではない。診察が近くなって中待合なる場所に私が移動しても、母親が手を離した瞬間に走ってくる。

中待合の入り口滑るらしくて毎回転びそうになるので、滑る地点近くに待機して倒れる前に捕まえなければならないほど。

最後の方では母親が「一体どうして・・・」と叫びながら回収に来た。どうしてなのか私も知りたい。

 その子最初にやって来たときは診察室から出てきたときだったらしく、会計を済ませて帰る、多分10分少々、長くても15分ほどの間によく覚えていないが7回以上は私のところへやってきた。

途中から「お父さん、やめて」と心の中で叫んでいた。

さすがにあの顔に「坊や」とは言えなかった。もっとも坊やがどんな顔をしていたのかはよくわからない。

 きっと私はとても疲れていたんだと思う。顔を直視しない大人(怖くて出来なかった)に子どもは懐くものなのかもしれない。多分そうだ。今度ねこで試してみよう。

誕生日彼女が元高級ソープ嬢だと泣きながらカミングアウトしてきた話

標題の通りである。その日は私の誕生日であった。お祝いを兼ねてご馳走してくれるというので、一緒に焼肉店に行った。昼間から酒を飲んだ。

 

私は私の実家という場所をどれだけ憎んでいるかについて彼女に熱弁した。自ら進んでそうしたわけではない。彼女は「親は大切にしろ。なぜなら親だから」という全く論理性のない言説を突きつけてくる時があり、その日もそれを突きつけられたので、反論やむなしという形であった。私は私の両親が金銭面では何不自由なく育ててくれたが、実家というブラックボックスの中で行われていた虐待に相当するであろう具体的事例を次々に並べた。

 

過去にもそんなことを何度か繰り返していた。私がいつもたどり着く極めて頑固な結論「両親には二度と会わない」を聞いて彼女が泣き出すこともあった。なぜ彼女が泣くのか私には理解ができなかった。

 

私の熱弁が一段落たかしいか、ふと、彼女の様子が変わったように思えた。今まで見たことのない、開き直ったかのような態度だった。「誰にも言ってない過去があるんだ」と彼女は言った。

 

どのようなリアクションをしたか、よく覚えていない。「ふーん」みたいなことを言ったのだと思う。「何それ知りたい!」というようなアプローチはしなかった。彼女は「普通の人はしたことのない経験じゃないかな」というヒントを勝手開陳してきたので、「殺人か?」と私は思った。結論から言うと、殺人を含む犯罪行為全般ではなかった。

 

それは「札束を投げつけられたことある?」から始まる話だった。私は札束を投げつけられたことはないし、札束を誰かに投げつけようと思ったこともないし、そもそも札束を手にしたことがないので、「ないね」と応答した。この「札束を投げつけられたことある?」は質問というよりは反語と捉えるべきだろう。つまり「(あなたは)札束を投げつけられたことある?(いや、当然ないよね。私にはあるんだ)」ということであり、私の「ないね」は誘導された応答であった。鬱陶しい会話のシステムだなと思った。

 

「四つん這いになって口でその金を拾ったらくれてやるよ。お金に困ってるんだろ?」と言われたことが殺してやりたいくらいに悔しい、と彼女は泣きながら言った。ここは閑散とした食事処であり、個室であるとはいえ、昼間から慟哭するには不適な場所だと思った。私がそれを伝えると「別にいいじゃん」と彼女は言った。そうかいいのか、と私は思った。彼女のおおよその事象に対する「別にいいじゃん」という態度を私は好ましく思う。

 

彼女のその「誰にも言ってない過去」とやらについて「風俗とか?」と私は言った。彼女は大きく頷いた。少なくとも控えめに頷いてはいなかった。

 

「えっと、風俗にもいろいろあると思うんだけど」

「だいたい全部やった」

「え、ソープも?」

「うん、高級店」と彼女は言った。自ら高級店という情報を付け足してくるところに何らかの矜持を感じた。今思えば非常に下世話であり不適切なのだが、ついつい価格を聞いてしまった。彼女の口からとんでもない額が返ってきたので、高級も高級、最高級店であることが強く推測された。

 

驚きはしなかった。正直なところ、点と点が見事に繋がった印象であった。その点たちについては生々しい話になるので詳しく書かない(*追記あり)。

 

彼女がこの話をなぜ今打ち明けようと思ったのかはわからない。今日を狙って計画していたとは考え難い。おそらくは、私が私の家庭環境についてネガティブなことを整然と並べていくので、あなたより良くない境遇の人もいるんだよという具体例を身を張って示したのではないかと思われる。だが、人それぞれに地獄があるのであり、その話を聞いて、「そっか、自分境遇なんてちっぽけなものなんだ」とは全く思わなかった。

 

彼女の誰にも言ったことのないという秘密はもはや誰にも言ったことのない秘密ではなくなり、その代わりに私が誰にも言えない秘密を抱えることとなった。ただそれだけだった。(そして、それをこうして書いているので、私の誰にも言えない秘密誰にも言えない秘密ではなくなった。読者の数だけ秘密は薄まる。)

 

「いつか言わなきゃって思ってたんだ。言っちゃった。もう終わりだね、私たち」と彼女は言った。それは違うと思った。

 

彼女は我々の関係を終わりにするためにカミングアウトをしたわけではなさそうである。と言うことは「もう終わりだね、私たち」は、私から「いや終わりじゃないよ。どんな君でもいいんだ。そばにいてほしい。言ってくれてありがとう。これからよろしくお願いします」という返答を誘導しようとしている、と私には観測された。鬱陶しい会話のシステムだなと思ったので、上記観測をそのまま伝えた。

 

すると彼女は、少し考えた後「これからよろしくお願いします」を手を差し出してきた。これは違わないことが瞬時に判断できたので、私は食い気味に「こちらこそよろしくお願いします」と言って彼女の手を握った。彼女今日一番の勢いで号泣した。この白日の飲食店号泣するに相応しい場所だと私には思えなかったが、彼女が「別にいいじゃん」と言っていたのを思い出したので、別にいか、と思った。

 

 

追記

「生々しい点についてちゃんと生々しく語らない鬱陶しい文章システムじゃあ読者はついてこないぞ」という言及があり、クリティカル言及だと思ったので、生々しい点について書く。生々しくない点も含まれる。

 

海外旅行に行った思い出を話してくれることがよくあったのだが、その海外旅行の頻度が尋常ではないと思われ、どこからそんなお金が出てくるんだと思ったこと。

 

アイドルの追っかけのために日本全国を飛び回った経験があると言っていたのだが、どこからそんなお金が出てくるんだと思ったこと。

 

・「コンパニオン仕事をしていた」と言う時があり、そのコンパニオンって何だね? スーパーコンパニオンか? と思ったこと。聞くと、コンパニオン風俗ということだったみたいだ。

 

フェラチオ技術素人犯行とは思えなかったこと。また、射精後、精液を口に溜めたままこちらの処理を優先して行っており、やはり素人犯行とは思えなかったこと。

 

恋愛セックス必須ではない、なんなら全くセックスがなくてもいい、と言って行為拒否することがあったにも関わらず、アンダーヘアの処理は継続して行われており、その処理技術について自ら上手だと言及していたこと。かつての習慣の名残りではないかと思われる。

 

・なぜ彼女が全くセックスがなくてもいいと思っているかというと、ソープ時代にいろんな性欲の塊みたいな醜い男どもを見てきたので、恋人にはそういうものを求めなくなった、と説明していた。確かに私はまだ付き合っていない段階で、彼女を家に上げても全く手出しをしなかった。性欲がなかったわけではなく、ただ単に意気地がなかっただけの話である

 

・ちなみに、恋愛セックス必須ではない、なんなら全くセックスがなくてもいい、という彼女方針により、現状レスであるフェラチオさえない。付き合いたての頃はあったが、今はない。付き合いたての頃のセックス彼女は嫌々やってたのかもしれないな。浮気をされている可能性は限りなくゼロに近いと思う。私は今でもしたいので、おおよそ悶々としている。

 

彼女が元高級ソープ嬢だったという話を受けて、「そう言えば俺この前高級ソープ行ってきたわ」という謎のカミングアウトをその場で私もしてしまった。

 

・元高級ソープ嬢だったという話を聞いて、ソープランドでも行くかな、と思った。考え事が増えた。たくさんの不特定多数の男に抱かれまくってきたにも関わらず、私とはそういう行為をしないというのは、彼女なりの事情があるにしろちょっと理不尽なんじゃないかなと思った。某ソープランドのホームページを開くと、完全顔出し激かわ女子が昨日の入店であった。写真を見ただけでこれ以上にないくらいに興奮した。行こうかどうか本気で迷ったが、結局行かなかった。場所が遠かったかである。近くだったら確実に行ってた。

2021-05-07

anond:20210507143553

いろんな病気ワクチンがあるけど、打った翌日に仕事に行けなくなるほどのだるさを生じるワクチンって、

コロナワクチンが初めてな気がする。

接種後のワクチン休暇まで制度として定める必要性議論されるレベルなので、

尋常ではないワクチンな気がする。

2021-03-29

与えられたリターンはプレイヤーを縛る

ハクスラモンスターズというインディーズゲーム愚痴

 ハクスラモンスターズはいわゆる放置RPGで1日に3回位起動するだけでアイテムが手に入ったり仲間が増えたりするゲームだ。

課金要素もあり、『チケット』という課金アイテムを使うことで、その取得効率を引き上げることができる。

 この『チケット』は1ヶ月に購入可能な枚数が定められていて、廃課金勢が『チケット』を一瞬でぶっ放したりすることはできないようになっている。(一応無料でも広告で貰える)どちらにせよ課金ゲーであることは間違いないが、この辺は上に縛られないインディーズならではの仕様だと思う。

 で、このチケットプレイヤー特定タイミング以外では絶対に使わない。なぜなら一定の周期で開かれる『二つ名取得率1.5倍』イベントチケット効果が重複適応されるから。このイベントの期間以外でチケット行使するのは控えめに言ってアホの所業でありプレイヤーチケットを買ったり集めたりしつつもイベントを延々と待って増えていく枚数を眺めている。

 最近は1日に10枚まではこのチケットイベントと同等の効果付与されるようになったが要するに1日10枚までしか使ってはいけないので、時々誤爆して10枚超えて使った奴がUI文句を言ったりする。

 恐らくこのイベントと購入制限プレイヤー課金タイミングを被らせることによって局所的にアプリストア上位に行くための経営戦略なのだろう。それはそれとしてプレイヤーゲームシステム的にはメリットしか受けていないので文句は出ない筈……なのだけど、言葉に言い表せない『縛り』を感じる。

 最適解を選ばされている。にも関わらず仕様上は自由に使ってくださいね。定期的にメリットのある日もありますよって言ってるだけなので文句も言えない。

 そして今日3月29日にて実装されたアップデートでは特定ダンジョンにおいてのみ探索効率期間限定で向上するという機能が追加された。この探索効率が向上するダンジョン既存マップから選ばれ、一定周期で変化する。基本的こちらは課金とは無関係なので開発者善意とも言えるシステムなのだろう。普段は行く機会の無いダンジョンで思わぬ巡り合わせを得てくださいと言う素晴らしいシステムだ。

 縛られている。

 恐らく先述の『チケットジレンマ』は他のガチャゲーでも自然形成されている普遍的な縛りだと思う。だから仕方ないと思うしかない。

 けれど、今日アップデートは別だ。『ハクスラ』を名乗るゲーム意図的に作り出された効率選択。これを選ばされる事に対するストレスと選ばない選択によるストレス尋常ではない

明らかに喜んでくれると思って作ってる機能の筈なのに、いっそ無いほうがマシ。意味がわからない。

 まあこんなニッチゲームに関する効率に犯された異常者の話題には誰も反応してくれないだろうしここに書き捨てておきます。……嫌ならやめろって?嫌じゃないよ。面白いよ。

2021-03-06

俺は機械から

引き金を一キログラムの力で引くと、薬室内で火薬が炸裂し、ガス圧がなまり玉を押し出す。

ハンドガンを包む手から反動が伝わる。手首、肘、肩、身体全体へと、重い衝撃が吸収されていく。

その時俺は機械になる。

ただ目標作業的に撃つ。

スライダーが引き戻され、次弾が薬室に装填される。

一発、二発

ヘッドショットが決まる。

撃ち終わった瞬間、それは自動的に分かるのだ。

水切りを投げた瞬間に、何回弾むか分かるように。

作業は続く。

先ほどから物陰に隠れている目標に標準を移す。

俺は機械だ。いくらでも待てる。

一分……五分……二十分……。

人は戦場になれてくると日常とは異なる感覚を身につける。例えば停滞に対する尋常ではない恐怖がある。

よく何もしないで人生の停滞期間を過ごすことを『くすぶる』なんて表現をするが、そんなものとは比べ物にもならない。

同じ場所に隠れ続けることがどれほど困難だろうか。じっとしていると凶弾に倒れる幻影で脳内が埋め尽くされる。

既に囲まれているのではないか? 今動き出せば助かるのではないか? 

やがて、それらの幻想に殺されるのだ。

目標は物陰からまらず飛び出し、俺の標準の餌食になる。

力なくその場に崩れ、動かなくなる。

2021-03-03

AI, VR, 仮想通貨, IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」

当時高校生だった私は3.11のその年に福島県大学(会津大学)に入学しました。あれから10年も経ってしまったので、私のごくプライベートなことについて書きます

あと、匿名性は低いです。匿名ダイアリーなのにごめんなさい。

3月11日

2011年3月11日に、私は茨城県博物館の中にいた。高校卒業式が終わって、車の免許を早々にとったらしい友人と二人、車で博物館にきていた。地震とき、私は吹き抜けの空間の中心にいて、長い振動の間、博物館全体のガラスは轟々と鳴り響いていて、「ああ、私は、今日が命日なのだなぁ」と人々の動揺の中、思った。

実際にはガラス耐震性能が高かったので、館内にはけがはいなかったようだった。

信号機の止まっている、徐々に昏れていく道を、車中でほとんど会話もなく急いで帰った。急いで帰ったけれど、通常の2倍以上もかかって家についた。

私は地震の直後、2ちゃんねるに張り付いていた。「福島原発やばいらしい」そんな書き込みを見て、いよいよ日本は終わったんだ、と私は思った。

私が高校生の頃、世界原発事故ドキュメンタリーが大好きだった。チェルノブイリスリーマイル島東海村。「原子力」という尋常ではないエネルギーが生身の社会に取り込まれて、人間の内側におとずれるということに私はなんとも言えないグロテスクさを感じて、親や友達気持ち悪がられながらも読んでいたのだった。

当時、特にJCOの臨界事故NHKドキュメンタリーは何度も読み返したものだった。事故が起きた時、「出奔した原子力」に対しての(政治的・肉体的・精神的)人間の無力さ、弱さのコントラストがあまりにもどぎつく、生々しく顕れていたからだった。

私は地震が起きて、一、二日後にはリビングこたつ占拠して、こたつのど真ん中にデスクトップPCを置いて、情報官気取りで気象シミュレーションをみたりしていた。そして、家族にも協力してもらい家中シャッターを閉めた。それくらい、当時私は怖かったのだと思う。

震災直後、福島県大学入学した

私は震災の年、福島県大学入学した。私の地元同級生にも福島県大学入学する予定だった子がいたが、辞退したらしかった。大学入学式は遅れて執り行われた。ガイガーカウンターを買った方がいいかな、とか、「あそこには近づかない方がいい」とまことしやかな噂を聞いては少し怖いな、という思いが常に頭にあった。

しかし、入学してみると、その話はなんとなくしてはいけない話に思えてきたのだった。それはその土地に長く住んでいて動くことができない人たちには、惨い話であるからである。私もいつの間にか、放射線の話はしてはいけない気がして、話題にするのをやめた。すると、怖いという感情もいつの間にか薄れていった。

しかし、時々、放射能汚染される夢を見ていた。これはつい福島県を離れる少し前まで見ていたのだった。

私の当時住んでいたアパートには窓の近くにベッドがあって、その窓の外には何年も取り込み忘れたバスマットが干してあった。私の覚えている夢では、実はそのバスマットは大気中のチリや雨に放射性物質たっぷりまれていて、そのバスマットの線量が高くて、実は私の身体が蝕まれていて……という夢であった。何年もそのバスマットを干しっぱなしにしてしまったのは、もしかしたら、そういうことに対する無意識的な恐れから触りたくなかったのかもしれない。

長年大学でくすぶっていた

私は、大学特にパッとした研究もできないでいるのに何年も何年も大学にいた。でもそれが良かったのかもしれない、と今では思う。福島県という土地に「土着」して、私なりの感覚放射能の感じ、特にその怖い感じの中に居たということが。

私はもともと怖い思想の持ち主だと思う。正しいと思ったら、それに突き進んでしまう。人の感情も、中学生くらいから読まないように生きてきてしまったため、無視する癖がついてしまっている。だから原子力という「科学技術コントロールから外れた状態」の中に当事者として生きた、というのは私が、私の歴史にとって重要ことなである。もちろん、日本にいたら誰だって当事者なのだが、私は福島県に住まわず当事者と思えるほど賢くない。

核兵器はまだ可愛いもので、核の平和利用こそ恐ろしい」= 「AI, VR, 仮想通貨, IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」

3.11から10年が経って、私は福島県から遠い場所に住んでいる。今は遠くから考えることしかできない。

最近原子力、ひいては(科学技術についての論考を読んでいる。1950年台、まだラジオな世の中で、近未来的なもの技術とか科学が大きな期待を背負っていて、すごくキラキラしていたであろう時代、人々は核の技術に対して、今でこそ信じがたいが「核兵器の利用は良くないが、核の平和的利用こそ人類幸福につながる」と本気で思っていたようなのだ。多分、今でいうところの、テレビCMIT系企業がたくさん広告を打っていて、IT企業に勤めていることが一種ステータス少女漫画に出てくる男性IT企業勤め!)になっていて、AIすごい!VRすごい!仮想通貨すごい!IoTすごい!みたいなイケイドンドンな感じだったのだろうと思う。そんな時代、「核兵器はまだ可愛いもので、核の平和利用こそ恐ろしい」と指摘した人、ハイデガーがいた。今でなら、「AI, VR, 仮想通貨,IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」と言うのと同じことなである。今でなら炎上やむなし発言なのであるしかし、このアナロジーを単なる面白おかしアナロジーとしてだけで捉えていいか。彼は世の中の潮流とは全く違う発想を省察によってしたからこそ、核の平和利用危険性をかなり早く認識できた。

科学は考えない」

ハイデガーは「技術」について『放下』の中で、(科学技術に対して「その価値を認めつつ、それに対して否、と言う」 ―ーこの本のタイトルにもなっている、「放下」という態度が大事なのではないか、と言っているらしい。(まだ『放下』は直接読めていないので、「らしい」でごめんなさい。)

そして、彼は思考について、「計算する思考」と「省察する思考」とに分けて考えており、彼は「科学は考えない("Wissenschaft denkt nicht")」、科学計算する思考であって省察ではない=「考えていない」、というしかたで核の平和利用について否、と言ってみせた。

科学は考えない」

これは、理系立場仕事している者にとっては「耳が痛い」ことなのではないかしかし、耳が痛いからこそ考える価値があるのではないか

彼の言っていることを私は理解できる気がするのだ。科学進歩的に進んでいく。その「ひたむきに進んでいく」ということが「科学は考えない」と彼が言う理由なのではないかと私は思う。何か、ある方向に、引っ張られるように「進んでいく」。立ち止まる者は厄介者として排除される(Publish or Perish)。ハイデガー技術批判するだけではない。もちろん価値を認めつつ否定するという態度を彼は実践している。私も技術がなくなったら困る。方向音痴の私はGPSが無くなったら、地図が無くなってしまったら、とても狭い世界を生きることになってしまう。だから難しい、ある意味矛盾の中を生きなければならない。

私について

私は、実は博士過程を休学した。プライベートも荒れてしまったし、閉塞感でいやだったし、どうしても、論文が書けなかったのだ。

私は小さい頃から哲学が好きだったらしい。「最近哲学系の本を読んでいるよ」と昔の友人たちにいうと、みんな「よく哲学的な話してたもんね」と言ってくる。

でも、私が文系に進学しなかった理由が、「確かなものが何もないと怖い」という恐れからであったし、国語がとても成績が悪いし、理系ってなんかかっこいいとか思ってたのもあって、ずっと理系研究室で研究していて、哲学とか諸々の教養ほとんどないのだ。

哲学最近やってる」と言うと大半の人に苦い顔をされる感じがする。「中二病が抜け切っていないな、こいつ」と言いたげなそんな感じ(笑)。おそらくそれは哲学に「生産を止める」作用があるからなのではないだろうか。無意味で、ある意味破壊的な作用が。

以前、こんなことがあった。課外活動で何人かで集まってスマホアプリを作ろう、となったときに、誰かが「xxさん(有識者らしい)から教えてもらった方法で、xxという仕方でブレーンストーミングすると良いらしい」と言った。私は「なんでその方法でなければならないの?」と、ある意味チームの士気を下げるようなことを言ってしまったのだ。こういう「そもそも論」(哲学)というのは「生産を止めてしまう」。イヤな感じに水を差す。だからまれる。

しかし「生産を止める」という行為が実は重要なのではないか。世の中的に、「生産的=いいこと」という認識がある。生産を止め続けないことがそれほどいいことなのだろうか。これこそが、ハイデガー批判するところの「考えない」態度ではないか。「より幸せに、より便利に」を目指すために科学技術を信じて、生産生産生産、とひたむきに努力してきた末の原発事故ではないか

昔の時代原子力は「兵器として利用されることはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられていた。

今の時代も同様に、情報技術生命科学が「非倫理的に利用されるのはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられている。「再生可能エネルギーでなら、持続可能社会が実現できる」とも信じられている。

もし、「なぜ地震大国原発つくったらヤバイという今ではあたりまえの認識を持てず、当時誰も水を差す人がいなかったのだろう?」と考える人がいるならば、なぜ、現代においてもその人が水を差す人にならないのかが不思議なのである。だから、私はあえてこうして水を差す、ということをしてみたい。

ということで、私の全然論文を書けていない「生産しなかった」大学時代も、この哲学的態度の実践とみなしてこの文章を締めくくることにする。

2021-03-02

anond:20210302132723

韓国フェミ脱出産、脱結婚、脱性行為、脱男性アイドル消費、脱BLと、男体と関わることを忌避するのが徹底しているもんな。

まあn番部屋や性犯罪など、韓国男性の悪質さは尋常ではないから強烈な男性嫌悪になり言動がそうなっていくことにも納得感はあるんだが。

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