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2021-05-08

長女に対して正面から家父長制を説ける父親正気を疑う

家に帰ったら、壁にそのような箇条書きがあった。

ある日、突然のできごとである

これは何かと母に尋ねたら、父の貼り紙だと返ってきた。

これは何かと父に尋ねたら、毎日読みなさいと返ってきた。

幸いにして食卓での斉唱などを強要されることはなかったが、それだけだ。

父親言動はあまりに急で、しかし箇条書きは剥がされることなく、日に日に行為は激化する。

私は二人姉弟の姉だったから、はっきりと初日に宣告された。

我が家資産は、長男である、おまえの弟のものになる」

そのような話を、わたしはそれまでに聞かされたことがなかった。

資産家業も何もない我が家あなたは急に何を言いだすのかと、尋ねられたらよかったのだが、あいにく新品の条項には、父を敬い従うことが、はっきり提示されていた。

それから父は、母の実家を訪ねては、

「ここの資産は、おまえの母の兄(おじ)のものになる」

おじの家を訪ねては、

「これはおまえのおじの長男(二人姉弟の弟であるのものになる」

そして父自身実家では、

「これは長男であるのものに、ゆくゆくは俺の長男であるおまえの弟のものになるということだ」

常日ごろ私に対して、つき従うことに向いていないとか、反抗的精神性だとか、そうした評価を的確に下してきたわりに、今回のことが原因で私から見放されるとは、毛頭思いつくこともできなかったらしい。

大学進学を機に、私は弟か祖母冠婚葬祭でもないかぎり帰らないと宣言して家を出た。

そして弟も、大学進学に際して地元を離れた。

その間に、父は彼自身実家とも、母の実家とも関係を悪くした。

父は三人兄妹の兄で、二人の妹がいる。

うち末の妹の息子たちは、たいそう祖父母に愛されていた。

仮に祖父母資産問題になる日がきたら、そのときは、父の末妹の息子の誰かが得をすることになるのだろう。

2021-05-06

父を自宅で看取った

・前々から肺を患っていて、別の臓器が悪くなったからそっちの治療をするために入院していたのだけど、呼吸器管理があまりうまくない(と言ったら失礼なんだけど)病院だったらしく、臓器より先に肺の方がやられてしまった。もう良くはならない、悪くなっていくだけというところまで来てしまった。それで、母が自宅に連れ帰ることを決めた。

病院で人工呼吸器をつけてもらうなどすれば、もう少し長く生きられたのかもしれない。しかコロナウィルスのことがあるから、この1年もお見舞いとか頻繁にはできなかったし、最期ときに看取ることも叶わなかっただろう。自分の家と家族が好きな父だったから、多分これでよかったんだろうと言い聞かせてる。ただ、コロナウィルス感染拡大がなければ、もう少しできることがあったのかなあと思うけれど、そういう『たられば』の話を考えても仕方がない。

10代や20代の頃に、友人が病気になったとか、事件に巻き込まれて亡くなった時などは、悲しみが何もかも埋め尽くして他のことに手が付かず、上を向いていなければ涙があふれるくらいだったけれど、30代ともなるとそんなことはない。仕事は進められるし、ゲームもできる。それくらいの感情制御ができるくらいには大人になった。

・発売をずっとずっと楽しみにしていたソフトがあった(サガフロンティアリマスター)。

発売直前に危篤の報が入ったので、色んなことが落ち着いてからプレイしようと思ったけれど、結局始めてしまった。結果的にはこれが良かった。心に隙間が少しでもできると、父のことを考えてしまう。どこかのタイミングでどうにかできたのではないかと考えて、でも結局どうにもできなかった現実を思い出し、思考堂々巡りになって他に何も考えられなくなる。これがすごく苦しい。真綿で首を絞められるとはこういうことではないだろうか。

から、大好きなゲーム世界に浸っていると、がんじがらめの思考から解放されて、一時ではあるけれど、楽になれる。

(無心になってキャラの育成してるけど本当に楽しい。とてもとても出来のいいリマスター版になったことが嬉しい。

コラボウィスキー当選して手元にあったので、リマスター版発売を祝して発売日に封を開けようと楽しみにしていたけれど、こちらはまだ開けられないでいる)

でも、父が亡くなってからの家のことが思っていたより忙しいし、多分自分自覚している以上に精神的なダメージが大きいようで、気力と体力に少しでも余裕があるときじゃないとプレイできない。まだ半分も進んでいない。連休が明けて、仕事も本格的に再開したので、クリアまでまだ時間がかかりそう。でも、父のことを思い出として割り切れる時が来るよりもずっと早くクリアできるとは思う。

20年以上前から大好きなゲームリマスター版の発売と、父の逝去ほとんど同時だったことを、私は春が来るたび思い出すことになるんだろう。

危篤の報を受けて、実家に戻ってきて、それから所用があるときとか、母と交代で仮眠をとるとき以外はずっと父の傍にいて、大体の時間は父の手を握っていた。

握り返す力はほとんどなく、じんわりと湿っていて、だけど温かだった父の手から日に日に体温が失われていった。指先がだんだんと冷たくなって、さすっても元に戻らなくなってくる。自分の両手で挟んでみて、まだ温かいから大丈夫だとごまかした。

・父はほとんど声を出せなくなっていて、意思疎通もままならない状態だったけれど、不思議と笑っているときとか、楽しんでいるときなどは、傍にいる母や私にもそれが分かった。嫁に行かなくてごめんねと冗談っぽく言ったり、額に頬擦りしてみたり、好きな歌を歌ったりすると、父は笑っていた。それは唯一の救いだったように思う。

最期家族全員で父を看取ったのだが、生と死の境目はよく分からなかった。どこで線が引かれたのだろうか?

・息を引き取る前の父、もう動かなくなった父、死装束をまとって棺に入れられた父、斎場に着いて焼かれて、骨だけになった父、頭蓋骨を砕かれて(すごく可哀想だった)、骨壺に入れられるところまで全部見ていたのに、未だに父が亡くなったという実感がわかないでいる。入院していた期間が長かったし、私も離れて暮らしていたから、まだどこか遠くの病院入院していて、戻ってきていないだけじゃないかと思ってる。

・ふとした心の隙間に父のことに思いを巡らせ、はっと、もう父には会えないという現実に思い至ると、思考事実が一致しないからか、頭がバグりそうになる。

・私は死後の世界何となく信じているけれど、そこまで信心深い訳ではなく、父は立派な戒名をいただいたが、仏様になるとはとても思えない、骨になった父はもはやただの物体である現在科学技術では魂の存在証明できない。だから遺影の手前にあるもの意志とかそういうものはないし、よって、父はもうそこにはいないし、どこにもいない。でも、蝋燭に火をつけて線香を灯し、おりんを鳴らしてから手を合わせ、目を閉じて祈っている間は、心の淀みとか思考の澱とかが取り払われて、澄んだ心持になる。父のためと思えばこそ、線香もなるべくつけておこうと思うし、どんな香りがいいか色んなメーカーのものを見て回るようにもなった。そこにはもういないと分かっているけれど、人には縋るもの必要なのだということがよくわかった。

・今わの際の父には冗談めかして言ったが、三十路過ぎて嫁に行っていないことは本当に申し訳なく思ってる。

結婚願望がないわけじゃないし、思うところがあるから、今からでも嫁に行こうと思う(いけるか分からんけど)。

でも、父を生きている間に花嫁の父にしてやれなかったこと、それ以外にも、もう生きている父に親孝行ができないと思うと、すごくしんどい気持ちになる。

・父や母がその親(つまりから見て祖父母)を見送ったのが50~60代の頃で、私も同じくらいに見送ることになるのだろうか、まだ先のことだと思っていたのだが、30代前半で看取ることになるとは思っていなかった。

・父は7人姉弟末っ子だった。長子の伯母が存命で、この伯母と父はとても仲が良かった。一番下の弟を先に亡くした伯母のことを考えるとなぜだか申し訳ない気分でいっぱいになる。

私自身も4人兄妹の末っ子で、それも父が40代の頃に生まれた子で、私が父の半分も生きていないうちに、父が逝ってしまたことが、切なくてたまらない。

・父は庭いじりが好きだったが、最後の数年間は体力が落ちていて、ろくに世話ができていなかった。なので、今の我が家の庭は少し荒れている。

だけど、それでも、父の庭は美しい。ドウダンの細かな若緑の葉と、鈴に似た真白の花が折り重なってまぶしい。何本かを一列に並べて植えているから、光の通り道のように見える。奥に植えた3本の松はいつでも常盤色をしていて渋く、その手前には幹の太く大きな春もみじが1本植わっている。赤紅の細長い葉を幾重にもまとわせていて、炎のようだ。今はツツジが見頃で、赤と白の花が鮮やかに目に飛び込んでくるのが楽しい

緑が陽に濡れた今年の庭を見ることなく、父は逝ってしまった。そのことがとても悲しい。

この時期じゃなくっても、うちの庭はとても綺麗なのに、お父さんが見ることはもうない。

・大体1ヶ月程度実家滞在していて、昨日一人暮らしの自室に戻ってきた。

隅に片していた寝具のセットに毛布が挟んであって、クローゼットには厚手の衣類が掛けられたままだった。

父が亡くなる前のまま、この部屋の時間は止まっていた。何でもない日々に戻るから時計は動かさないといけない。

・もうどこにも父はいない。そのことが無性に切なくて悲しくて寂しい。

2021-04-23

anond:20210423223427

結婚できなかったら姉弟で支えろて親に言われてるから

個人でどうにかする時代はもうないと思ってるよ

あんまし稼げる人じゃないし

anond:20210423221344

哀しく惨めな話だが、年齢の近い女で自分相手をしてくれるのは姉しかいなかったんや

それこそ負の性欲全開で俺を軽蔑してくるが、家族故の温情や連帯を感じる瞬間はあった

その一遍の煌めきが、世界のどこかに姉弟家族と男女の絆を同時に育んでいる、何よりも強い繋がりを持っている神に近しい存在があるに違いないという信仰を俺にもたらしたんや

故に姉弟モノにしか愛の存在を見いだせなくなってしもうた

  

最近はあらかたの姉弟相姦系の創作物自分の中で飽和してしまたか

理想の姉像を集約したお姉ちゃんを作り出し、その弟を新たな命を与えられた自分としたオリジナル同人誌を作り出している

しかしその願いも渇望も報われることはない、渇きが満たされることはないだろうという確信は常に心のどこかにあって、その焦燥感はかなりの苦しみや

だけど俺は姉弟に愛を見出し続ける生き方しか手に入れられなかったんや。故に今日姉弟モノに祈りを捧げながらしこってる。きっと明日も。

anond:20210423220635

実姉がいてかなり嫌悪感を抱く対象ではあるが、

しろ姉弟モノは大好きで”お姉ちゃん”への渇望というのは良くわかる。

2021-04-20

父親ヘイトスピーチみたいな漫画を渡されたんだけど、どうすればいい?

あと大日本帝国のなんとか何か条みたいなのを毎日読めって言いだした。

家父長制?推しっぽい。二人姉弟の姉だから微妙に居心地も悪い。

新興宗教に捕まったのかもわからんけど、こういうのって「宗教始めた?」って聞いていいもんなの?

2021-04-19

anond:20210419080737

本当のアイヌは、大正時代には既に日本社会ほぼほぼ同化してしまっていた

失われかけていたアイヌ伝承を、金田一京助博士知里幸恵知里真志保天才姉弟を発掘して「ユーカラ」を編纂し、この世に残したのみ

当事者がいなくなった差別利権を斜め上の国の連中が乗っ取ったのが最近の騒ぎの真相

2021-04-09

もういい気がする

深夜テンションポエムだ。メンヘラ戯言だ。つまらん。自分語りに終始して客観性の欠片もない。まとまりも何も無い。吐きたいだけだ。書いていいかありがとう

恐らく、そんなに不幸ではない。

関東の外れの地方都市で育った。自分、妹、弟の三姉弟。上二人と弟の父は違う。

母はパチカスアル中だった。高校三者面談の後、ちょっと買い物に行くから待ってて〜のテンション駅前カフェに娘を放置して4時間パチ屋に居る人間だ。まあ頭がおかしい。

父は技術職で、雑誌に載っただのコンテストに出ただの聞いた覚えがあるので結構腕は良かったんだと思う。機嫌が悪いと殴るし、会話はほぼ無かったが、少なくともパチカスアル中よりはマトモだ。

父母が離婚する事も、母が再婚して父が変わることも、新しくできた子と折り合いが悪くなることも、よくある話だ。こういう場合養父とは仲が悪いのがテンプレだろうが、…いや仲は良いとは言えないが、極悪でもない。少なくとも憎んではないない。厳しいが筋の通った人で、尊敬している。好かれてはいないだろうが、キチンと高校を出るまで面倒見てくれた。ありがたい。

実父の事は顔も知らない。声も年齢も知らない、名前は忘れた。母は実父に大層惚れていて、よく2人きりになると実父とのエピソードを話した。酔った母に付き合わされ、夜中の2時だか3時まで何度も聞いた実父との惚気話を聞かされるのはキツかった。勿論内容は覚えていない。

母と自分と妹を捨てた実父をどうしてそこまで褒めそやし、今養ってくれている養父をどうしてそこまで貶すのか分からなかった。

父は仕事で、母はパチで、平日の二階建て3LDKにはほぼ子供しかいなかった。

保護者がいない空間で末子は大いに調子に乗り、殴られたり蹴られたり包丁で刺されかけたりフライパンで殴られたりライターで髪を焦がされたりマ○コや胸にイタズラされたりしたが、5つも離れている子供に何をされても少しでもやり返せば叱責は年長者が受ける。なんでや。納得できないが、大抵は黙ってやられていた。

自分は多少勉強ができた(本当に多少。商業クラスで得意教科なら上から3番目には入る、不得意教科は下から数える、くらいのささやかさだ)

末子はひらがなの書き取りで躓き、2桁の足し算で躓き、勉強というものを憎んでいた。

母の「勉強出来るんだから少しくらい教えてあげなよ」の一声で家庭教師の真似事をしたが、下に見ている女に教わるのが屈辱だったんだろう、母が見えないところで殴られるので数日で辞めた。

極力関わりたくなかった。

自分高校卒業した時、末子は13歳だった。

サッカー部に入りそこそこ鍛えていた末子と、中高6年文化部で育ち運動神経の欠片も無い自分。力では到底勝ち得ない。

性的いたずらは回数を増していた。

高校の紹介で地元会社事務職入社した。

事務は向いていたし職場の風通しは良くとてもいい会社だった。が、家に帰れば性的いたずらに怯え家事に追われる日々。普通にメンタルをやられ、出社できなくなる。半年もしない内に辞めてしまった。会社高校には本当に申し訳ないと思っている。

会社を辞めてから紆余曲折あり家を出た。このまま家に居たら死ぬと思った。

家を出る前、母に性的いたずらがあったことを打ち明けたが何だかんだ言って弟を庇っていた。

父には言ってないが、口の軽い母なので多分漏れているだろう。どうでもいい。

一人暮らしを始め2年は順調だった。派遣だが事務職採用され、それなりに仕事をして、恋人もできた。

だが、コロナ流行りその不安から精神的不調に陥って就業できなくなった。もう一年近く無職だ。恋人とは疎遠になってきた。母は頻りに実家に帰れと言うが、多分帰れば昔以上の暴力といたずらでは済まない性的接触が待っている。無理だろ。帰らないならなんの支援もしない、縁を切るらしい。命が貞操か選ばされるならデリヘルででも働いた方がマシだと思う。

時間で書ききれる人生で笑ってしまった。上記の通り、多分結構限界だ。来月には貯金も尽きるし、生活保護は通らなかったし、メンクリに通う気力も無い。

近いうちに実家を出た時と同じように、逃げるように死ぬだろう。ダサいけど、この窮地から抜けたところでまた今以上の窮地がくればおしまいだ。来ても対処しきれない。鬱になって動けなくなって死にたいと思い続けるくらいなら、死ねる内に死にたい。死にたくないが、多分死んじゃった方がマシなのだ

こういう人間が居たってだけだ。長々と申し訳ない。読んでくれた人がいるなら、ありがとう

妹よ、幸せになってくれ。

2021-03-30

メイプルストーリーの思い出(追記)

小学生の頃、狂ったようにMMORPGで遊んでいた。

自分には所謂お金持ちの友人がいて、彼は自分専用のデスクトップを3台所有していた。

彼は自分を自宅に招き、そのPCであらゆるゲームを紹介してくれた。

ぱどタウンからまり(これはゲームではなかったが)、ハンゲームメイプルストーリー天上碑(だったと思う)、REDSTONEDJMAXなどなど。

その中でも彼はメイプルストーリーにハマっており、ジャブジャブ課金をしていた。

彼はどのゲームにおいてもゲーム内フレンドを作るのが怖いらしく、そこで「現実の友人をゲーム内に連れてきてフレンド登録しよう」と考えたそうで、それで選ばれたのが自分しかった。

自分は家にPCどころかインターネット回線もなく、フレンドというにはかなり心許ない気もしたのだが、彼は自分毎日自宅に招くことで解決を図った。

実際ゲームはどれも面白く、かなり不健康光景ではあったが、「友人宅で毎日PCに張り付き隣に座る友人とゲームチャットで会話をする」ということをかなり楽しく感じていた。

しかし、彼の一番熱の入っていたメイプルストーリーを進めるうちに、課金しまくっている彼とのレベル差や装備差がかなりある事が気になってしまった。

そこで自分祖父にねだってノートPCインターネット回線を用意してもらい、彼とは違うサーバーで新しくメイプルストーリーを始めた。

彼に言われるがままにスキルを上げ、モンスターを狩る生活から、なにもかも手探りで文字通り冒険する生活へとシフトチェンジしたのだ。

正直言って、彼と一緒にゲームをするよりもはるかに楽しかった。

自分ゲーム内で知らない誰かに声をかけてフレンドになることを特段苦痛に思わなかったので、積極的に声をかけてはフレンドを増やし、さまざまな狩場でさまざまなメンバーと一緒に遊んだ

その中のどこかのタイミングで、自分は柊シミヒロ(仮名)というプレイヤー出会った。

その隣には柊シミコ(仮名)というプレイヤーがいつもいて、2人はどうも姉弟しかった。

そしていつしかその柊姉弟と、あとアスタリック(仮名)というプレイヤー自分の4人だけで、メイプルストーリーは完結するようになっていた。

かいことはもう忘れたが、毎日他愛無い話をしながら狩場を巡り、ジョブチェンジする時もみんなでバランス良くなるよう話し合いをしながら慎重に決定した気がする。

そうして遊ぶうちに、自分は柊姉と文通をするようになった。

柊姉は受験が終わり無事志望した大学合格したことや、一人暮らしが始まることを、とても丁寧な細い字で記していた。

一方自分が何を書いたかは覚えていない。ただ、大学入学を目前にした彼女にとっては、小学生の書く手紙などとてもつまらなく稚拙な内容だったに違いない。

そのうち自分は別のゲームに移ってしまい、メイプルストーリーにはログインしなくなってしまった。それでも柊姉との文通は続いた。

しかしある日、彼女からの返事は来なくなってしまった。

きっと大学が忙しいんだろう、と思いそれ以上もう踏み込むことはなかった。

それから数年が過ぎ、自分MMORPGを完全に引退し、いつかの柊姉と同じように、志望する大学合格した。

その時ふと彼女や弟のことを思い出し、自分はそのハンドルネーム検索をしてみた。

当時のハンドルネームいつまでも使うとは思ってもいなかったので、なんの情報も出てこないことに特別落胆はしなかった。

けれどあれほどにまで熱中した日々がどこにも残っていない事にはすこし寂しさを感じて、検索結果をどこまでも潜っていった。

すると、柊弟と似た名前ユーザブログが見つかった。

記事は数年前に更新が止まっていたが、そこには家族が亡くなったことと、姉が精神的に参ってしまたことが書かれていた。

そして多分その記事投稿されたタイミングと、柊姉との文通の止まったタイミングも合っていた。

柊弟のブログだと確信した。

それ以上のアクションは何も起こしていない。

彼の捨てたブログコメントをするつもりは一切なかったし、彼女自分に伝えた住所に再び手紙を送るつもりもなかった。

名前を変え、インターネットから消えていった姉弟に縋り付くつもりもない。

けれど心のどこかでは、「20年近く前に遊んだ小学生が今もあなたたちのことを覚えていて、再び何かのきっかけで出会えて話ができたら嬉しいと思っている」ということを伝えたいと思っている。

そして姉弟過去にあったさまざまなことを乗り越えて、今元気でいてくれたら、もっと嬉しいと思っていることも伝えたいと思っている。

(追記)

コメントありがとうございます

お金持ちの友人は中学受験合格し、丁度柊姉と文通を始めたくらいのタイミング地元を離れていった。

何度か年賀状の交換はしたがあまり楽しそうな雰囲気は伺えなかったうえ、大学合格した頃、風の噂で彼がもうお金持ちの友人ではなくなってしまたことを耳にした。

アスタリックについては、彼も大切な思い出を構成するメンバーではあるものの、姉弟と比べあまり個人間でのエピソード存在しない。

というのも自分は当時柊弟に恋をしており、柊姉もそれとなく察して色々と配慮をしていてくれたため、彼と個で会話することは少なかった。

いただいたコメントを読み、再び柊弟のブログを探してみたものの、もうどこにもなかった。

また自分も度重なる引越しで当時やりとりしていた手紙を紛失していたようで、柊姉弟との繋がりは完全に途絶えていることがわかった。

それでもふと何かの拍子に彼女らのことを思い出して、連絡ができたらなと思うことがあるかもしれない。

そう考えると少し寂しくはあるが、でもそれで良かったのだと思う。

自分人生ドラマチックを求める材料彼女らを利用したくはないし、彼女らもきっとそれを求めていない。

2021-03-22

注目エントリこち

九、ジョバンニの切符きっぷ

「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオ観測所です。」

 窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイア黄玉パースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。

「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき

切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌ちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。

「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さなねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着ポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。

「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。

何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。

「よろしゅうございます南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。

 カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。

「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」

何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。

「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。

 ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。

「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラぼんやりそう云っていました。

「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」

「ああ、僕もそう思っているよ。」

「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。

何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラ不思議そうにあたりを見まわしました。

「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。

 そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。

「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。

「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。

 それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。

「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。

「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたし大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」

「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」

「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」

 泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。

わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年男の子ぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分だんだん顔いろがかがやいて来ました。

あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。

「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学はいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのときにわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」

 そこらからさないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。

(ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上り下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」

 燈台守がなぐさめていました。

「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」

 青年が祈るようにそう答えました。

 そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。

 ごとごとごとごと汽車きらびやか燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっとうからときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。

いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。

「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。

「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」

 青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。

「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」

 ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラ

ありがとう、」と云いました。すると青年自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。

 燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。

「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」

 青年はつくづく見ながら云いました。

「この辺ではもちろん農業はいしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束くそくになって居おります農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」

 にわか男の子がぱっちり眼をあいて云いました。

「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」

「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。

ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」

 姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。

 二人はりんごを大切にポケットしまいました。

 川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。

 青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。

 だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。

「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子叫びました。

からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なくしかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。

「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。

 向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。

 そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音もも汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。

「あ孔雀くじゃくが居るよ。」

「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。

 ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。

「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。

「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず

カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。

 川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗おろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラ指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまり鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わずからからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。

「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。

「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。

「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。

「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。

「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。

わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。

(どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(あ Permalink | 記事への反応(0) | 22:20

昔は良くなかったゲーム

逆張り野郎って言われそうだけど、昔(SFC~PS)は今ほどフレンドリーな作りのゲームが多くなくて

子供自分ではクリアできないゲームが多かった。まあ単純にヘタクソだったのも多分にあるが

今だからこそ言えるが、スーパーマリオワールドとかクリアしたことない。マリオ3クリアしたことない。大体終盤で詰まって止める。そしてまた最初から遊んでた

FF5クリアできなかった。64の時オカもクリアできなかった(エンディング家族がやってるのを見た)し、ムジュラなんか怖すぎてグレートベイで止めた

ドラクエ6クリアできなかった。チャモロを仲間にする場所までは覚えてたから、多分ムドーで詰まってた。DS版でやっとクリアしたほどだ

大好きなマリオRPGが合体したマリオRPGクリアしたことがない。スターロード?みたいな場所は行った記憶があるがそれ以降の記憶が無いので確実にクリアしてない

GBの6つの金貨クリアした覚えがない。ラストステージまでは行った記憶があるが、クリアできずに諦めた気がする

PSドラクエ7FF7FF8FF9も、友達に借りたロックマンX4もチョコボの不思議なダンジョンテイルズオブエターニアクリアできてない。とにかくクリアできてないゲームが多かった(最近クリアしたやつもある)

一方でポケモンだけは唯一まともにクリアできるRPGだったので、赤・青・緑・ピカチュウ版・金・銀クリスタル無駄に周回した。二人姉弟通信ケーブルも買ってもらっていたので、フーディンゲンガーも手持ちに居た

それとマリオ64もスターを全部集めずとも、クッパに挑戦ができる優しい作りだったのでよく遊んでた。もっぱら終盤のスターほとんど放置してた記憶しかないが


それに比べて今のゲームはどうだろうか

絶妙に詰みポイントが配置されてるゲーム(FF13とか)はたしかにあるが、まあ全体的にはフレンドリーな作りで年代わずクリアできるゲームが多いのではないだろうか

昔はこんなに難しかった自慢をする輩が一定数居るが、個人的には今の方が子供たちにとっては幸せ環境だと思う。大人からしたら簡単ゲームでも、子供にとっては難しいなんていくらでもあるだろう

大人としても今のゲーム環境の方が多種多様体験を出来て楽しいだろう。個人的な嗜好でレゲーを好むのもその一環だと思う

何が言いたいかって、今は最新機種で旧世代機のゲームリマスターされたり、リメイクされたり、スマホリリースされたり

やろうと思えば中古で実機買ってきて遊べるし、最新ゲームは全体的にフレンドリーな作りで困ることが少ないから良い時代になったなぁと思いました。おわり

2021-02-11

バイト日記

 ストーカー客が与える喜びに目覚めたらしく、年始から何度か菓子をくれた。最初はAさんに無言で菓子押し付けてきたのだが、明らかに二人ぶんであり、これは二人で分けろってことなのか、それともAさん一人にくれたものなのか、あるいはこれまでのあれこれの流れ的に私一人にくれようとしたものなのかと、Aさんと論争の上押し付け合いになった。そして何度目かでもう諦めて、貰ったら二人で山分けして持って帰る、ということになった。

 ストーカー客が菓子を渡す相手は必ずAさんだったので、菓子を貰った礼もAさんだけが述べて私は知らんふりをしていた。

 ところが先日は、ストーカー客は私に菓子を渡してしかも「これ二人で分けて食べて」と言った。一体誰向けなのか不明だった菓子の宛先が、私とAさんの両方宛てだということが初めて判明した。

 当店でストーカーから菓子を貰うのは私とAさんだけだ。なんか、ピンポイントで狙われている。

 Aさんが、流石に一方的お菓子プレゼントの頻発が恐くなってきたというので、じゃあ反応しなきゃいいんじゃね? と私は言った。お礼を言うのは貰ったその場限りにする。貰った日の次のシフトで「先日はありがとうございました」とかいうと、催促してると思われるって言う人も世の中にはいるくらいだし。

 だがAさんは、この間私がストーカーから菓子を渡された時は事務所に引っ込んでいたので、ストーカー客に礼を言ってない。「二人で分けて食べて」って言われた限りは、お礼を言わないのは良くないと思う、とか、何故か急に真面目なことを言い出した。

 そして、Aさんはストーカー客にお礼を言ってしまった。私はいつもように知らんふりをしていた。そしたらストーカー客はAさんに言った。

「美味しかった? じゃあまた何かいいもん見つけたら持ってくるよ」

 ほらパパ活押し付けみたいになったじゃん。今日からAさんと私、パパ活姉弟だよ!

2021-02-02

ダルのどに似てるシチュのカプ他にあるー?

https://anond.hatelabo.jp/20210201210414

やっほー元増田萌えてる増田が来ましたよ。

百合オタ増田ヘテロババアが来ましたよ。いやその展開こそまさに萌え所でしょ!twitter見たって萌えてる人沢山いるみたいだけど!

プリキュアミリしらだけど話題なんで調べたらもろ自分好みのカプだった。二次創作少し読んじゃったわ。細かいとこ分からなかったけど。

いやーこういう敵対カプいいよね!正義女VS悪役男で疑似親子で男が女に執着しつつの殺し愛ってか。最高。

良いもん教えてもらったわ。

BLなら山ほどあるんだろうけど(男同士で敵対するのは普通だし、実は親子でしたーもありがち)、男女だと珍しいよね。

でも今更40話以上あるアニメ見るのはしんどいし、そもそもweb配信もされてなくてDVDレンタルしかないみたいだし

どうせ新しい話はDVD化もしてないだろうしで今から見るのはハードル高い。

夜一クールアニメだったら迷わず見たんだけど。

それにキャラの年齢低すぎる。出来ればもうちょっと大人な方がいい。

幼児向けだからストーリー子供っぽいだろうしハードな展開も期待できないし(どうせ直接の殺し合いにもならんでしょ?)ってんで

もうちょい大人向け作品で似たシチュのカプないかな?

親子ってのは流石にハードル高過ぎだから兄妹(姉弟)とか魂を分け合った相手とかそんなんでもいいよ!何らかの共通点特別性あれば。

ああ最後は女が男ぶっ殺すパターンが良いです。男が改心して幸せになりましたってのはあんま興味持てんわ。

誰かが予想してたけど最後ラスボスごと俺を殺せとか言ってくれたら妄想だけでしばらく生きていける。

2021-01-25

anond:20210125161234

うちもそんなだな。うちの場合は、私(姉)・弟・妹の三人兄弟なので、私と弟はなにかとド派手にお祝いされたけど、妹だけ存在自体忘れ去られていた。

うちは両親共末っ子だったせいで、家庭内は妹贔屓だったんだけど、親戚一同は妹に何もしてくれなかったよ。

伯父伯母の家に家族で遊びに行くと、私と弟のぶんのお小遣いとかプレゼントが用意されていて、いつも妹のぶんだけ無かった。それで、必ず伯母が(どの家でも伯父は何も言わん)「あれー、三人兄弟だったんだっけ?ごめーん二人姉弟だと思ってたわー」って言うの。

子供の頃は、大人って忘れっぽいんだなぁと思ってて、私は伯母に「三人だよ。次女ちゃんのことを忘れないでちょうだいよ!」なんて言い返してた。大人になってから、伯父伯母達はわざと妹のぶんを用意しなかったのだと知った。

伯母の中には、妹のことを可哀想だと言って、次に訪問した時に妹のぶんのお小遣いプレゼントを皆には内緒だよってくれる人もいた。

2021-01-17

私の楽しい母親について

 私の楽しい母親について。

 初投稿。暇だから書き殴ります。私の母親楽しい人です。身内の贔屓目かも知れませんが、少なくとも私は私の母親以上に面白い生き物に出会えた試しがありません。

 まず前提として私は母親に一切の畏敬を抱いていません。いかにも実母に対して好意的タイトルを銘打っておきながら、その中身は身内の恥を晒すような代物です。

 タイトルから家族暖かい日常話を期待して来てくれた方には申し訳ありません。他人の家の不幸自慢に耐性のない方は、気分を害する前に引き返すことをお勧めします。

 私の父親を「人でなし」だとすると、母親は「ロクでなし」という言葉体現した人物だと思っています。どちらにも共通する部分として「幼稚」というものが挙げられます。そんな両親の間に産まれた私も高が知れたもので、その品性はこのような人目に触れる場所に褒められない文章を投下している時点でお察しです。

 結婚動機母親によると「他に好きな人がいたから」というもので、それだけを聞くと要領を得ないものですが、さらに詳しく問い質していくと、やはりどうにも意図を掴みかねる答えが返ってきました。

 どうやら「別の男に近付くために結婚までして子供を産んだ」という、なんだそれはと呆れ返るような真相です。ちなみに父親祖父母財産目当てでした。

 結局この話のオチは「夫の暴力に耐えかねて離婚。目当ての男には逃げられた」という三流喜劇も甚だしいものになりました。なにより面白いのは多感な幼少期の私に「お前は道具として産み落とされたんだよ。お前の父親なんて愛したことがない」と正面から説明していたことです。おかげで物心着く頃には母親の大体の人間性が把握できていました。まさしくロクでなしです。

 実は私には姉がいます。これまた手放しに性格が良いとは言えない姉です。それでも人並みの優しさと常識を兼ね備えた、あの両親からしたら鳶が鷹を産んだような奇跡の子供です。そして、母親のことをこの上なく軽蔑しています

 というのも姉は母親の第二の被害者第一祖父母、第三は私自身です)と称しても過言ではないのです。

 前述の通り、姉は手放しに性格が良いとは言えません。それこそ小学生時代は男勝りに無鉄砲で図々しく、なにより神経が丸太のように図太い子供でした。端的に言いますと、愛想がないのです。家から閉め出された日には本当に家出をしようとしたほどです。

 そうなると母親には面白いはずもなく、離婚してから三人暮らしを始めると、やはり予想通りと言うべきか、姉が怒られない日が珍しいほどでした。中には八つ当たりのような理由のものも少なくありません。叱る前に怒るという部分に母親、それ以前に「大人としての適性」が伺い知れます

 なにより記憶に鮮烈なのは子供二人に酒のお使いを押しつけた挙げ句、買えなかった旨を報告され乱心し、姉に痛烈なビンタを喰らわせた事件です。怒っていいのか笑っていいのか分からない、そんな気分を低学年にして初めて味わいました。

 とはいえ子供は養われる身。それも咎め大人のいない三人暮らしでは、母親の気分を害する行為禁止という暗黙のルールが敷かれていたのです。私としては母親の不機嫌は大抵姉が吸収してくれるわけで、そこまで不自由な気分はしていなかったのですが。

 祖父逝去すると祖母との四人暮らしが始まりました。そしてこの祖母こそが母親の最大の被害者です。あの「怪物」を育て上げた手腕にブリーダーとしての才能を匂わせる祖母ですが、その生涯には怪物の息子である私でも同情を禁じ得ません。

 まず家賃の半分以上を祖母年金負担さらには家事担当祖母。既に身体にガタが来ているというのに、まるで休まる暇もありません。

 そして肝心の母親はと言えば、子育てさえ自分の親に丸投げして自堕落実家生活祖母の苦言も馬耳東風。終いには「仕事もしてない子供家事やらせろ」と責任転嫁学校から帰宅して自分家事を最低限こなしていた私たちに、自分家事さえ人任せな大人が偉そうに命令するのです。

 甘える対象が近くにできた母親はロクでなしかクズへと退化していきました。時に祖母母親は殴り合いの喧嘩まで発展し、何度か警察沙汰さえ引き起こしましたが、それでも母親は成長することはありませんでした。

 そして母親人間性はついに暗黒期に突入します。

 出会いに失敗、仕事に失敗、金銭に失敗。往々にして失敗とは本人の選択ミスが招くものであり、失態を省みて自己改善に努める能力現代社会人に必須とされるものですが、当然ながら私の母親にそんな殊勝な精神性は宿っていません。

 どこで最悪の出会いをしてきたのか、ある日母親帰宅するなり、とんでもないことを口走り始めました。

「実は私の人生は悪意によって歪められたものであり、それは前世において私の大成功を妬んだ存在、今世における実の母親仕業である。数年前にゴホンゾサマの像を返却した事実がその証拠だ」

 私は感動しました。その日までテレビの中でしか実在しないと思っていた出来事が、目の前で起きたのです。まさか、実の母親カルト集団の仲間入りを果たすとは!

 やはり逃げ道としての宗教人間を腐らせるものに違いありません。その日以来母親は事ある毎に祖母に恨み言を吐きかけるようになりました。全て根拠も論拠もない妄想の垂れ流しであり、こちらの話には聞く耳も持ちません。もはや自分に言い聞かせているかのような修羅の勢いでした。

 定年を迎えてまで馬車馬の如く働かされ、自分貯金を浪費されるばかりか、元凶罵詈雑言を浴びせられる祖母。二人の殴り合いの頻度は一週間に一度というハイペースに至りました。私たち姉弟は巻き込まれる度に仲裁を試み、時に身内を警察通報するという地獄を繰り返していました。今思い返してもあの頃ほど充実した毎日は生涯訪れないだろうと確信しています

 これらが既に三、四年前の話であり、今は他の事もあって最盛期より随分と落ち着いています。私の母親の笑い話はこの他にも枚挙に暇はありませんが、全てを羅列するとなると労力も文字数も計り知れません。流石に飽きてきたので今回はここまでとさせていただきます

 今回は休日時間潰しにと思いついて執筆させていただきました。少しだけでも楽しんでいただけたでしょうか? 人の不幸自慢を楽しめたなら世の中の大抵のことは楽しめることでしょう。羨ましい限りです。

 さて長々と書き連ねてしまいましたが前述してある通り、こんなものは「不幸自慢」の範疇に収まるような些事です。どこの家庭も抱えている多様な問題の一例にすぎません。

 中には育ててさえもらえなかった、食事すら自分で用意した、という方もいるかも知れません。それらを比較してどちらが可哀想、という話も私にはとてもできません。

 ただ最近の世の中は便利なもので、腹の内に抱えた宛のない不満を吐き出す場所が用意されているものです。例えば、こことか。

 いつか自分の心に限界を感じたとき、一度全て文字に起こして気持ちの整理を試みるのもアリかも知れません。

 まあ、私は自分可哀想だとか不幸だとか考えたことなんてありませんけど。

2021-01-16

童話

 昔々或る町はずれの家に、二人の姉弟暮らしていました。

 それはそれは仲良しな二人は、何をするにも一緒でした。

 或る日、姉が街へ買出しに行くと言いました。。毎月、1度は帰らない日があり、弟も何も不思議には思っていませんでした。

「いいこと?今日はお家で大人しくなさい。明日には私も帰ります、出来ますね?」

「もちろんさ、姉さん。いつまでも子供と思ってくれては困るよ」

 それだけ約束すると、姉は少量の荷物と共に麓の町へ降りました。

 しかし、弟ももう十つになる歳であります。月に一度戻らない姉に、不信感では非ずとも、興味を抱くのも当然と言えましょう。

 それ故に、その月の姉の帰らぬ日、言いつけを破り弟は姉の後をつけました。

 弟は、姉の姿を追い、その影がとある民家に消えていくのを見届けました。

 その家からは、あたたかな光と談笑、そして絶えぬ愛を感じることが、弟の幼い心でもハッキリと受け止められました。

「姉さんは、僕が毎月一人で孤独で居る中、こんなに温かい家にいたのか……」

 弟の中には、沸々と、裏切られたと思う怒りと、孤独を裏返した怒りのその両方が、湧き上がってくるのを感じていました。

 いつの間にか、怒りに駆られた弟の爪は鋭く、歯は爪のそれよりも鋭利に、そして飛び跳ねるその足はそのどちらよりも際立って『狩り』の為のものとなっていました。

 弟は、それに気付いてか気付かずしてか、姉が入った民家に飛び入りました。

 その爪は、民家の母を裂き、その足は父を砕き、牙は息子を噛み千切りました。

 『狩り』を終えた弟は、ひとたび雄叫びをあげると、闇の中へと駆けて行きました。

 果たして姉は、このことを知り弟を守るための嘘をついたのか。

 弟は、消えゆく理性の中でその事だけを最後に考えて、森へと駆け続けます

2021-01-06

刀剣乱舞青春鉄道人生修復してくオタクの話

酷い人生だったと思う。

私と弟と妹が一人ずつの3人姉弟

母は毎日酒乱の父と祖父に殴られ怒鳴られていた。祖母大事長男を奪った母が憎かった。

母のあとは子供が殴られた。父に蹴られた妹がサッカーボールみたいに弾んでいた。

その母も私が小学生になった頃ガンで亡くなり、私達は父と祖父祖母に殴られ家具を壊されランドセルを捨てられ拾った仔猫を川に流され、お前たちも母親のように悪い女になって早死にする、汚い、臭い母親そっくり、1日中怒鳴られた。

それでも時々、父親は私達姉弟を連れて遊園地外食に出かけたりして可愛がったので、少し乱暴だけど愛情深い良いお父さんなんだと私達は信じていた。

間違っていたが、それ間違ってるよと教えてくれる人はいなかった。

小学生のころ面白がって車や重機運転もさせられた。父親は怖くて叫ぶ私を見て喜んでいた。大人になっても夢に見る。今でも運転免許は持っていない。

家で出たゴミは車で遠くに持って行って窓からポイ捨てさせられた。公共の場所でゴミゴミ箱に捨てると「いい子ぶるな」と叩かれるような家庭だった。

高校生のころ祖父が死に祖母認知症になり、私が家で介護した。父は「女が学校行ってもしょうがないだろう」と言った。

数年で祖母も亡くなったが父親が働かなくなった。借金パチンコがやめられず、私と弟がかけ持ちで働いた給料家族を養ったが借金はかさんだ。

父は「俺がこんな風になったのはお前達のせいだ」と毎日暴れた。私達は父親が壊したタンスや割れ食器を片付けながら自分を責めた。

やがて借金限界がきて家を手放すしか無くなり、廃人のようになっていた私は父方の叔父に引き取られた。弟と妹はいつの間にか行方不明になっていた。妹とは数年後に連絡が取れたが、弟は今もどこにいるのか分からない。

叔父は殴らなかったがギャンブル依存症で、私を低学歴肉体労働者と呼びお金要求した。私は断らなかった。

断るという選択肢がある、断る選択をしてもいいのだということすら知らなかった。

それに我慢していれば周囲の大人に「我慢強くて偉いね」と褒めてもらえた。褒めてもらえるのは嬉しかったのでずっと我慢した。我慢していればうまく行くはずだと思っていた。うまく行かないのは私の我慢が足りないからだと自責した。

ほとんど休みもなく働き、得たお金ほとんど父親叔父に渡した。監禁されていた訳では無いからいつでも逃げられるのに、逃げられなかった。逃げるという選択肢も思いつかなかった。

自分が生きるためにはこうするしかないのだと思いこんでいた。

叔父の家ではキッチン風呂トイレなどを使うことは許されず食事自分調達して部屋でこっそり食べていたので、寝る場所があるという事以外はほとんどホームレスの人と同じような生活だった。

そんな生活を6年も続けた。

私はおかしくなっていた。毎日爪と髪をむしった。

2013年の冬、叔父睡眠薬を飲んで深夜の線路に横たわり、電車に潰されて死んだ。

私のスマホには直前に「もうすぐ返すよ。ごめん」というメッセージが残されていた。


叔父の死後、無一文の私は別の親類に頼み込み半年ほど部屋に転がりこませてもらい、どうにか貯金して部屋を借り一人暮らしを始めた。

この親類の強い勧めで何度か心療内科にも行ったが、自分治療を受ける価値があるとも思えず続かなかった。

我ながらろくでもない環境で生きてきたと思うが子供の頃から救いになっているものがあった。

二次元

家ではアニメを見れたし学校に行けば漫画も読めた。学校にはオタク趣味教師もいて色々な漫画を読ませてくれた。同人誌を出している人もいて、イラスト原稿を描かせてもらったりもした。

スマホを持ってからボカロにのめり込み、ピアプロ登録して初めてネットに拙い絵を載せた。コメントをもらえた時は認められたような気になって嬉しかった。

叔父の家に引き取られてしばらく経ったころ、Twitterを始めた。

自分境遇を話す勇気は無かったので普通に仕事をして普通に生活しながらオタク活動する普通女子に見えるように無理しながらも、同じ趣味の人と語り合うのは楽しかった。

叔父が死んで翌2014年の冬、一人暮らしの部屋で相変わらずTwitterオタク話をしながら私はもう死ぬしかないと感じていた。

ようやく自分で働いたお金自分のために好きに使える環境になったのに、すぐに眠れなくなり食事の味も感じず好きな漫画も辛くて読めず、絵も描けなくなった。

父親とは離れて暮らしていたが、叔父が死んでも相変わらずお金をせびられていた。一生続くんだと思った。一生逃げられない

Twitterの楽しそうなタイムラインに楽しげにリプライしながら死にたい死にたい死にたいと声に出していた。

ニトロプラス刀剣乱舞というゲームを出すよ」

というツイートを見たのはそのころだった。

2015年1月サービス開始と同時にタイムライン刀剣乱舞話題で埋まりものすごいスピードで流れていった。

まりの勢いに「私もやってみようかな」と呟いたら、オススメ刀をプレゼンしてくれたフォロワーさんがいた。

どうせ死ぬし、最後流行ジャンル空気味わってみるのもいいかも、どうせ死ぬし。と思っていた。

ゲームをやってるうちに新しい刀が来た。土方歳三の刀。新選組羽織を着てる。歳さんみたいなきっぷの良い話し方。

土方歳三好きなので、おっ…となった。部隊長にしてみた。

もう一振りの土方さんの脇差くんと出陣してみたら回想が始まった。

びっくりした。

えっ?泣いた…?

泣くの、こんな人が、元の主を思って?

びっくりした。

かわいい。いじらしい。いとおしい。

感情が爆発して何か知らんが兼さんと一緒に私も泣いてた。

わんわん泣いた。もう号泣した。

ゲーム進めて、絶対にこの刀たちを幸せにしてやるからなと思った。


5月刀剣乱舞が初めてご当地コラボイベントをするという。茨城県。行ける距離だ。当然行った。

こういうイベントに行くのも初めて。

コラボ先陣を切ったのは御手杵だった。槍の刀剣男士。

綺羅びやかな他の男士に比べるとスッキリした出で立ちで本丸ではのんびりした口調、公式プロフィール解説は「…良いヤツ!」。その頃は一部のユーザーに「一般人」なんて揶揄もされてた。

コラボ先の結城市には御手杵レプリカがあり、普段は蔵を改装した小さな施設でこじんまり無料展示されている。今日は蔵からおろして、実際に御手杵に触れるようにしているという。会場で御手杵コラボ酒も販売するという。何それテンションあがる。

ソワソワしながら「握手会」の列に並ぼうとしたら、コラボ酒の列から完売です!」と声があがった。同時にあちこち拍手が起きた。皆口々に良かった!売れた!と感激していた。

御手杵は他の男士に比べるとちょっと地味…なところもあるので、売れ残るんじゃないか心配されてたらしい。自分も欲しいのに買えなかったけど、嬉しくなって拍手した。

年配の男性グループが「うちの槍は人気者だね」とニコニコしていた。うちの槍。いいなうちの槍。

握手会で待ってる間に他の審神者さんと仲良くなって、初めてリアル審神者仲間ができた。

なんだかフワフワしながら帰って、久しぶりに絵を描きたいなと思って、御手杵の絵を描いた。

欠けていたものが少しだけ戻ったような心持ちがした。

新しい刀が本丸に来るたびに来歴を調べ、歴史と刀そのものにも興味が湧いた。博物館に行き、初めて本物の刀を見た。綺麗で美しくてびっくりした。

体験会で持った刀の重さに背筋が伸びた。色々な所に行って色々な人と話した。初めて見るものがたくさんあった。

死にたいという気持ちはまだあるが、生きてもっと色々なものを見たいという気持ちも増えた。

父親から金をくれと電話があった。

もう話をしない、と言って電話を切り、着信拒否に設定した。


運転免許を持てないので、コラボ博物館や展示を見に行くのも鉄道が頼りだった。仕事でも毎日電車通勤だ。

鉄道は好きだった。カッコいいので。

でもホーム踏切を通過していく特急電車だけは苦手だった。

バラバラだった叔父遺体を思い出す。

電車スピードを落として通過していく時、車輪の下でひき潰されていく叔父想像する。

呼吸が荒く早くなって心臓バクバクし手足が震えた。

これも一生治らないのかもしれないと思っていた。


2019年刀剣乱舞ミュージカル御手杵が出た。2.5次元というやつ。

Twitterタイムラインでは御手杵役の役者さんを紹介するツイートやミュのレポートが連日流れてきた。役者さんの身長・年齢・どんだけ股下が長いか・どんな演技をするか・どんだけ可愛いか……楽しそうだなと思って楽しく見ていた。

その中で何人かが役者さんの出演作で「鉄ミュ」というものオススメしていた。

青春鉄道」という鉄道路線擬人化漫画2.5次元ミュージカル。とにかく見れば分かるので見てほしい!原作もとても面白いので読んで!と熱く語られていて、気になった。

原作web連載で、無料ですぐ読めるという。リンクも貼ってくれてる。親切。

読みました。

めちゃめちゃ面白い。

びっくりした。

サクッと読める時事ネタ、見やすくてかわいい絵柄、全然知らない路線ネタでも面白く読ませるネーム、ツッコむ時のセリフ言葉選びのセンス……そしてそこに見え隠れするキャラクター同士の深い関係性。

めちゃめちゃ面白い。びっくりした。

すぐに紙の単行本を揃えて、同人誌版も注文した。

青春鉄道商業連載版(鉄道ネタ)の他に原作者様が自分で出してる同人誌版(鉄道ネタ以外・キャラクターの掘り下げ話など)があるという。すごい。

読めるだけ読み尽くした私はすっかり「東海道本線推しになっていた。

東海道本線日本鉄道の始祖。

刀剣乱舞でも何度もコラボしてくれている三島佐野美術館静岡久能山東照宮に行くときに欠かせない路線。お世話になっております

これからは「推しに会うために推しに乗って行く」事になるのか。楽しそうだな。

「鉄ミュ」もDVDを購入して見た。

とんでもなかったです。

詳細は省くがとんでもなかった。

こんな舞台初めて見ました。何これ?

何を見せられたのかよく分からないけど面白かったといことは分かりました。めちゃめちゃ面白い。びっくりした。いやびっくりした。

青春鉄道には通勤毎日使っている路線キャラクターかわいい)も出ている。

原作漫画を読んですっかり「青春鉄道」にはまった翌日の帰り道、いつものように駅の改札を通った。

いつもはすぐにホーム階に降りず、構内のコンビニ特急電車の通過を待って落ち着いてから降りる。

でも今日はそのままホームに降りて電車を待った。

特急電車の通過を知らせるアナウンスが鳴った。

すごいスピードで近付いて来た電車が轟音でホームを通過し、弾丸のように駆け抜けていった。

あっという間に小さくなる電車見送りながら、私は(○○線さんめっちゃ速いな。かわいいな)と考えていた。

手足も震えなかったし汗も出ていない。呼吸は落ち着いていた。

そのまま後続の各停に乗って一人暮らしの部屋に帰って、コートも脱がずベッドにつっぷしてめちゃめちゃに泣いた。

いなくなった、と思った。

叔父父親もやっと私の中からいなくなった。

あの電車が追い出してくれた。

電車と刀が。



まあなんかそんな話です。

何がきっかけになるか分からない。

自分の中で気持ちに整理がついただけで現実はもう手遅れかもしれない。相変わらず車は苦手だし多分一生弟とも会えないし頼れる家族もいないし明日突然死ぬかもしれない、でもほんの少しでも前を向けたっていう事実があるだけで修復できる傷もある。と思う。

とりあえず刀剣乱舞青春鉄道をずっと推すために生きてたい。そういう話。ありがとうございました。

刀剣乱舞青春鉄道はいいぞ。

2021-01-01

お姉ちゃんモノ音声作品作者は、頼むから弟を名前呼びしてくれ

姉が弟を甘やかすといった姉弟モノの音声作品をよく好んで聞くが、そのほとんどが

弟を「君」とか「弟君」といった呼称で呼ぶ。興醒めである

そもそも姉が弟を君とか弟君とかって呼ぶのがまず現実的ではなさ過ぎて違和感が凄すぎるだろ

ましてや、姉弟ラブラブものだぞ?呼び方だけ、他人行儀すぎるだろ

  

名前で呼ぶと入り込めないと思ってなどという心配配慮は一切無用

貴女が「まー君」呼べば俺は「まー君」になるし「ゆうと」と呼べば俺は「ゆうと」になる

そもそも俺たちは音声作品の間だけ、その何分間だけ、貴女の弟になりに来たのだ。

メンヘラブラコンで監禁ちゃうお姉ちゃん、ひたすらよしよし甘やかしちゃうお姉ちゃん、思い思いの世界観を展開してくれていい

どんなお姉ちゃんでも貴女の弟になって見せる

から、頼むから俺を、弟を、名前で呼んでくれ

2020-12-28

anond:20201228213550

お姉さんの世界自分ジャンル(銀魂最遊記などハマっている作品)しかなく、増田よりも遥かに狭い。増田普通に音楽を聞いたり映画を観たり本を読んだりするだろうし、もっと他の趣味もあるかもしれない。だがお姉さんは感受性の基礎をそこに建ててしまい、他に手を伸ばさない。音楽サントラで、物語作品ストーリーで賄えてしまうからだ。しかし、実際のところ、ゲームアニメサントラは幅が決まっているし、漫画アニメストーリー元ネタがあるのに原典に触れる事もしないし、アニメ漫画ゲームの枠の中にある娯楽しか受け付けようとしない。

何故か。その外はお姉さんを受け入れようとしない世界からだ。受け入れないのではなく、何となくそぐわない、しっくりこない、ノーメイクでよそ行きの服を着ているようなちぐはぐさが恥ずかしくてアニメ漫画ゲームの枠に逃げてしまうのだ。

もちろん、生身の恋愛に身を投ずる事もしない。BL世界空気になって男二人の恋愛セックスを見ていればノーメイク自分が品評される事もないから。

自分のハマっている物を増田押し付けてくるのは血の繋がったという姉弟という関係に甘えからきている。自分の楽しむ物を共有したいという善意が半分、友達を作る手間を省いている怠惰が半分だ。

腐女子以外の人間関係を構築しようとした事がないか増田BL作品に屁ほどの興味もない事を認識できない。腐女子同士の人間関係は同ジャンルCPでさえあればある程度の線引き以上の繊細さは求められず、感性が合うと判断されれば布教(共通項以外の好きな作品を教え広める事)も行われる。

銀魂喋りはなんJ猛虎弁のように定型句が楽だからだ。

オィィィィとか言っておけば、コンテンツとして成り立っている銀魂面白さを自分も被れると勘違いしている。実際の自分が痛々しく寒い事には実際は気付いている。動画でも撮ってやれば暗黒微笑を浮かべて「…殺すよ?」と芝居がかった発音で言うか、何かのキャラを演じて殴りかかってくるだろう。

お姉さんはそういう生き物なのだ。そして、ここまで書いた自分腐女子である。嘗ては同じような痛さを持っていた。しかしお姉さんのジャンルから推測するに私より更に年上だろう。

増田にまだお姉さんと関わろうという気があるのなら、脱喪女、つまり化粧をして毛玉のない服を着て友達と遊び恋愛をする普通の女になる事を求めているのかもしれない。

だが、積年の便器の尿石を落とすように難しい事はわかってほしい。そしてそれが落ちた時の快感も積年の便器の尿石と同じくらいだということも。

2020-12-12

お姉ちゃんモノ音声作品作者は、頼むから弟を名前呼びしてくれ

姉が弟を甘やかすといった姉弟モノの音声作品をよく好んで聞くが、そのほとんどが

弟を「君」とか「弟君」といった呼称で呼ぶ。興醒めである

そもそも姉が弟を君とか弟君とかって呼ぶのがまず現実的ではなさ過ぎて違和感が凄すぎるだろ

ましてや、姉弟ラブラブものだぞ?呼び方だけ、他人行儀すぎるだろ

  

名前で呼ぶと入り込めないと思ってなどという心配配慮は一切無用

貴女が「まー君」呼べば俺は「まー君」になるし「ゆうと」と呼べば俺は「ゆうと」になる

そもそも俺たちは音声作品の間だけ、その何分間だけ、貴女の弟になりに来たのだ。

メンヘラブラコンで監禁ちゃうお姉ちゃん、ひたすらよしよし甘やかしちゃうお姉ちゃん、思い思いの世界観を展開してくれていい

どんなお姉ちゃんでも貴女の弟になって見せる

から、頼むから俺を、弟を、名前で呼んでくれ

2020-12-09

僕が女性に養われるためやったこと!!

子供の頃から、将来なりたいものなんてなかった。周りは漫画家とか、学校先生とか警察官なんて言ってたけど、僕には才能も責任感も根性もないのがわかっていた。だから普通サラリーマンになるんだと思っていた。が、高校生くらいになると、その普通サラリーマンさえ自分には務まらないのだと悟った。端的に言って頭が悪い努力が嫌いだし、あらゆることに興味が薄く、他人会社のために貢献したいと言う気持ちが皆無。

8歳上の僕の姉は、同じく何の取り柄も夢もなく、容姿も十人並みながら、22歳で15歳年上のバツイチ会社役員結婚した。旦那は僕から見てもまったくモテそうになかったが、レジ打ちもまともにできない姉は仕事から解放され、毎日犬の世話とできる範囲家事をしながら何不自由なく暮らしている。

類は友を呼ぶとはよく言ったもので、僕の友達には僕ら姉弟と同じで何の取り柄もなく(以下略)な奴が多かった。姉の話をするたびに、彼らは「女はいいよなぁ、俺も金持ち結婚して専業主婦になりてぇ」とため息をついていた。そこには「女は何の苦労もなく養ってもらえる」と言うニュアンスがあったが、僕はそれは違うと思った。僕を可愛がってくれた姉は、特段才能はなかったが、何も考えていないわけでも、努力をしていないわけでもなかったのである

例えば、姉は本来ビジュアル系バンドボーカルのような中性的イケメンが好きだ。が、そこを大幅に妥協して、容姿的には小太りで禿げたおっさんを選んだ。そのおっさんを選んだと言う事は、そのおっさん臭い靴下を洗い、おっさんセックスをし、場合によってはおっさんの子つわり体調不良に耐えながら出産し、20年面倒を見ると言うことである。これは大変な覚悟である

姉は自分美人でない事は気づいていた。だからこそ、20歳を過ぎてすぐに結婚相手を探し始めた。若さ武器になることを彼女は分かっていたのである。そして、収入以外の条件を緩めに緩めて結婚相手をゲットした。たくさんの男性に会って、気に入られるように振る舞い愛想振り撒いただろうし、時には女に相手にされてこなかったおっさん特有不愉快言動にも耐えたのだろう。たくさんのおっさん非モテの中から比較的マシで自分を選んでくれる男を選んだのだから、我が姉ながら若い身で大した決断力と判断力だと思う。素直に見習おうと思った。

僕も決してイケメンではない。ないが、10歳以上離れると容姿ジャッジが甘くなるらしい。太っておらず、肌が汚くなく、清潔感のある格好をしていれば、可愛い男の子に見えるものらしい。そんな『可愛い男の子から、「女性として見ている」と言われると、女性たちは思った以上に動揺してくれた。心が揺れるということは、まともな判断が出来なくなるということだ。一時期はセックスなしで家賃を払ってくれる人もいた。

僕は勉強労働も苦手だし、何より男性に叱られるのが1番苦手だった。だからアルバイトなんかも大体途中で投げ出すことになる。社会不適合者。一方で、女性の機嫌をとることは比較的向いているようだった。言ってほしいことをタイミングよく口にする、いつも味方だよのスタンスを崩さない、あなたは素敵だよを実感させ、たまにはストレスの吐口になる。これらを守れば、女性生活を支えてもらう事は思った以上に簡単だった。かくして僕も25歳で姉と同じく15歳ほど年上の女性結婚し、今も彼女に養ってもらっている。子供はおらず、親戚付き合いもほとんどないので、気楽な生活が続いている。これが永遠に続いて欲しい。

たまにネットでは、女性男性を養う気がないなんて言われているが個人的にはそんなことないと思う。養う力さえあれば養ってくれるはず。養いたいと思う男ならな!

養われるために自分を殺してファッションと身だしなみに注意して、自己主張をせず、相手の言い分をよく聞いて、時には媚び、うざがられない程度に主張し、相手の顔色を伺い続ける。そういうことができる男なら、養われるチャンスはいくらでもある。また、それに早く気づけた男なら。女は若いうちからそれに気づいて、容姿を磨いたり聞き上手になったりしている。

僕が何も意識せず、無頓着服装女子ウケしない趣味の道を爆走し、好きなものだけを食べ太り、ニキビを顔中に作っていたら。その上、コミニケーションを学ぶ事なくいい年こいて「女性と話すのは苦手です、口下手なんです」なんて言っていたら、当然養われるなんて無理だったろう。

から養われたい男性は、まず努力しろ。頑張れ。頑張れば道は開ける。そして妥協し、理想的でない女性を愛する努力しろ。どんな相手でも、求められたらセックスができるか?これが何だかんだで1番キツいぞ。セックスをしたいと思ってもらえる見た目をキープできるか?女性に合わせて生活ができるか?オチのない話を楽しそうに聞き、その上で褒めどころを見つけられるか?あらゆる場面で女ウケする意見が言えるか?一度考えてみてほしい。

2020-12-08

旦那の読解力がなさすぎる

鬼滅ネタバレあるから気をつけて





鬼滅の最終巻を読み終わった旦那が感無量で

「善逸と禰豆子、結婚したんだなー」

と言ってきた。

旦那わたしリアタイジャンプは読んでいる。

「え、ジャンプでもうそれ出てたでしょ」

「?」

最終話で子孫が出てきたじゃん」

「うん」

「善逸と禰豆子にそっくり姉弟がいて、善逸が書いた本を『ひいおじいちゃんの嘘小説』とか言ってたりしたじゃん」

「うん、それが?」

「いやだからそっくりの二人が血縁者ってことは善逸と禰豆子が結婚した子孫だってことでしょ」

「あー、そういうことだったのか」

「…」

鬼滅はもともと旦那が先にはまってすすめてきた。善逸が一番のお気に入りみたいだった。映画も本当は早く見に行きたくて仕方ないらしいがコロナやら家庭の事情やら(生後半年赤ん坊がいる)で泣く泣く我慢してるらしい。

まり、好きで読んでる漫画の好きなキャラクターにまつわるエピソードのはずで、それ相応の熱量を持って読んでる様子なんだけど、彼の視界には何が見えているのか、何をもって「この漫画面白い」と感じているのか、あんにわかやす描写すら理解できないのに、別に鬼滅に限らず世の中の漫画小説を読んで一体何がどう面白いと感じているのか、真剣にわからない。

最近こういう感じで会話が噛み合わないことがしばしばあって困っている。

テレビを一緒に見てるときとかも、何気なくぽつりとつぶやいた言葉を彼が明後日の方向に拾い上げて遥か遠くに打ち上げしまうんだろうなと思うとうかうか感想も言えない。ストレス

2020-12-02

男がリア充人生を送る為には姉やお姉さん的な人は周りで何人必要か?

男がリア充人生を送る為には姉やお姉さん的な人は周りで何人必要か?

数えてみた。

まず姉弟で姉3人。

いとこで歳が近いお姉さんから離れたお姉さんまで3人。

近所に住む歳が近いお姉さんから離れたお姉さんまで3人。

友人のお姉さん歳が近いお姉さんから離れたお姉さんまで3人。

行きつけのお店のお姉さん1人。

小学校上級生3人。

中学校高校で2人ずつ。

大学で2人。

ここまでで22人くらいお姉さんが欲しいな。

年下の姉も含めるともっと増えるぞ。

2020-12-01

anond:20201201072235

レツゴーは嫌ってる人も割と多かったよ

こう言っちゃ何だが、BLBLにした時点でフィルターがかかってリアリティ薄れるから抵抗感も薄れる人は多いけど

男女だともう一つフィルター必要な人多いんじゃないか

舞台現代日本じゃないとか、血が繋がってないとか、離されて育っていて元々きょうだい自覚がないor薄いとかそういうやつ

商業でも兄妹・姉弟ものって多いけど大抵はこういうフィルターある

(雑なやつだと親の子連れ再婚でってのが腐るほどあるし)

anond:20201201015836

元悪役→味方側が有りで良いなら

武装錬金の早坂姉弟は「死が二人を分かつまで」と結婚のような誓いもしていた

るろうに剣心雪代巴と雪代縁のリファインらしいか和月先生はそういう話を描きたかったんだろうなぁ

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