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はてなキーワード: まどマギとは

2017-09-22

今のオタク婚活イベントって魔窟なの?

anond:20170920231138

話盛ってない?

プロフィールシート、知ってる作品名ほんとうにひとつもなかったの?

オタク向け婚活イベントにやってくる女子はヤリ目にちょろいと思われてるから

紛れ込んでるそいつらが女子向けタイトルねじこんでるのが常態だよ

進撃。

進撃は多い。

あとコスプレに食いついてくるやつ。

ヤリ目じゃない本気で婚活してる男だってそれなりにオタ女向けにチューニングしたプロフィールシート出してくるから

話題がない人間でもガンダムとかエヴァとか無難なの挙げてるよ

やばいのはせいぜい三割だよ

それに女子でも男オタ向けにまったく興味ないとかむしろレアでは?

ちょっと前ならまどマギ、ずいぶん昔ならCCさくら、今期だったら異世界食堂女子にも人気じゃん

増田がそういう方向に一切興味がないんだったら、どっちもどっちって話では? 覚悟しててもあなたママにはなれないのでは?

2017-09-21

anond:20170921205044

まどマギ作品内容を批判したいのかと思ったら、「いや見てないから、セリフの内容は別にどうでもいいから」

じゃあまどマギ関係なく議論がしたいのかと思ったら、話に乗ってきたお前(20170921205044)とも前提が共有できず、的外れな返事しかできずに話がまるで噛み合ってない

結局、元増田は誰かとレスを交わして暇潰しができればそれでいいってだけのやつなんだよ

anond:20170921202812

そういう議論がしたいだけなんだったら、まどマギをダシに使わず最初から自分言葉問題提起しろ

てめえのオナニーのために作品内の会話を捏造して冒涜するな

まどマギ見てないけどさ

力を失い人類洞窟暮らしに戻ってもいいのか的な問答は知ってる

 

けどなんで洞窟暮らし絶対悪なんだよ

そりゃ現代社会で生きる人間価値観では悪でしょうよ

でも洞窟暮らししてる人からしたら無意味に殺し合い

冨を独占しようとしリアルでもネットでも差別しあう

弱肉強食自己責任社会テロ被害

高齢化社会で息苦しい社会移民受け入れても衝突で息苦しい社会

過労死自殺汚職不祥事クレーム

まれる前から地球支配構造は決まってて既得権益には絶対に歯向かえない

歯向かえば殺される

 

そんなのよりもみんなで分け合ってお腹いっぱいになったら

そこが幸せの頂点でいられる洞窟の方が幸福度高いんじゃねえの

一方の価値観に立ってしか答えを出せない

それで魔法使いを名乗るのかと

心の魔法使えよ

2017-09-15

CCさくら鑑賞の人「ケロベロスは悪いやつか」

CCさくら初の人「あいキューべーだろ?」

CCさくら何度も見てる人「……確かにキューべーはケロベロスから来ている」

初の人「名前ケロベロスだしな」

何度も見てる人「冥界の番犬だしな…(改めて考えると、犬だったのかケロちゃん)」

初の人「つーかまどマギじゃねww」

何度も見てる人「まどマギ4:3時代アニメかよ!?セル画かよ!?考えたらわかるだろ!?お前さっきからいい加減にしろよ!」

初の人「ごめんやで」

何度も見てる人「いや、カッとなった。ごめんやで…」

初の人「で、ケロべロスは悪役か」

何度も見てる人「ニートだけど良いやつだよおおおおお!」

2017-09-09

2010年代まれ10年以上続きそうな作品

ラブライブ2010年発表らしいので後2年。

まどマギソシャゲで息吹き替えしてるし、新作アニメが出ればワンチャンある?

ガルパンバンダイは続ける気満々らしいが最終章って言っちゃってるしなぁ。

艦これは固定ファンが根強いらしい。アニメ二期いつだよ。問題古参からは飽きられ(呆れられ)、新規には複雑化しすぎて入りにくいゲームの方なんだけど。

2017-09-08

https://anond.hatelabo.jp/20170908091416

悪いところ

必殺技演出がしょぼい -10

連続攻撃の時にいちいち戻る -10

・話が奈須きのこほどは面白くない(つまらなくはないが) -20

良いところ

動作が軽い +20

若い女の子しかいない +100

百合百合 +10000

叛逆が世界改変という名の屋上屋を重ねすぎて、結局さやかまで生き返ってTV9話の感動が台無しだし続きは出ないしで冷めてたまどマギ熱がマギレコで戻ってきたぞ。

時間軸とかSFとか概念とかどうでも良かったんや!

女の子百合ったり曇ったりするのが大事なんや

やちいろもいいけど、まどか個別ストーリーマミまどが最高だったわ。

anond:20170908091416

まどマギ関連のソシャゲ過去に何度も畳んでるけど頭が悪いとこういう発想が出来るんだなあ

2017-09-06

まどマギ魔女化しない方法なんて簡単だよな

毎日野菜350グラム瞑想運動。これでメンヘラにならずに済むらしい。

俺は、EXILEを許さな

なんだかハイローだなんだとオタク最近EXILEめっちゃ持て囃すようになってるけど俺はこれから先何があっても絶対EXILEを許さない。

これはその確固たる意思表示である

なんでわざわざそんなことを増田に?と思う人もいるかもしれないけど、俺は声を大にして叫びたいのだ。

だって、人一人の人生がめちゃくちゃにされてんだぞ。街がめちゃくちゃにされても復興できるかもしんないけど人生だぞどうしてくれんの!ねぇ!!

後、増田しかまともに聞いてくれなさそうだしリアルでこの話をすると家庭は崩壊するし弟が社会的人権を失う。かもしれないし。

簡潔に申し上げますと、俺の自慢の弟がハイローのせいでEXILEにハマって、






TAKAHIROのことをおねえちゃんって呼び出しました。

EXILEの!最近結婚発表したあの人!!あいつ!武井咲結婚したあいつ、わかる?ご本名田崎敬浩さんって言うんだねあの人。弟が言ってた。

その、TAKAHIROのことを。弟(成人済、理系大学生、(祝)就職内定)が、あろうことか、おねえちゃん、ねえちゃんって。

百歩譲っておにいちゃんならわかるけど、おねえちゃん。思い出しただけでくらくらしてきた。

俺の絶望がわかるか。ちなみに俺のことを弟は別におにいちゃんとは呼ばない。兄貴とさえ呼ばない。年が近いのもあるのかもしれないけど。

俺の弟はもーとにかく本当に自慢の弟で、頭いいし背が高くて顔も悪くないしスポーツもできるし性格いいし中高とカースト上位の人間で、まあモテて、だけどオタクの俺を馬鹿にすることもないしで、ずっと自慢の弟だった。俺は運動できないし顔は普通だと思いたいけど背は低いしでモテたことはなく、カースト底辺で震えてた人種だ。弟との遺伝的繋がりが信じられないレベルだ。それでも俺が弟への劣等感あんまり長くは苛まれなかったのはひとえに弟があまりに「出来た」奴で、家族で一番俺に優しくて、兄貴とは呼ばなくてもたまにであっても俺をちゃんと兄として扱ってくれたからだ。

それが、こんなことになっちゃって、しかちょっとは俺のせいとも言えるので、どうしようもないのがまたつらい。弟の彼女に顔向けできない。申し訳ない。

弟は、身内のオタク(俺)のこと無視しないタイプカースト上位の人間からオススメ漫画とか聞いてくる。めっちゃしかった。たぶんあいつはこの世で五本の指に入るくらい優しい。オタクで、おおきなおともだち兼任の俺を恥扱いしなかった。親にはされたけど。だから俺はまどマギとかブラボとかまあ、ソフトなやつからちょいディープなのまで色々すすめて、あいつも毎回それを見たりプレイして感想聞かせてくれた。

知り合いに何か、その人の好きなものオススメされるのが好きだって人間、善人すぎて涙出るだろ。マルチにはほんと気を付けてほしい。兄は心配です。まあ、そのせいでこんなことになってるんですけど。

中学とき、俺は弟にとても軽い気持ちBLEACHをすすめた。中2心にも師匠美学みたいのかっこよくて、あとおっぱいサイコーだったから。なんかこういうと最低の兄貴な気がしてきた。でも俺は夜一さんがすっげぇ好き。男なら更木。

そうしたら予想以上に弟はBLEACHにハマって、俺よりハマって、師匠のこと尊敬し出した。今もしてる。BLEACHのおかげで色んなことを知った、BLEACH好きな人とたくさん話してみたいってスマホを持ちはじめてからTwitterBLEACH用のアカウントを作ったりもしてた。後なぜかBLEACH全巻セットがうちには2セットあったりもする。だけど、それだけならまだ、ギリギリよかったんだけど。

からか去年、BLEACHが連載終了するってなったとき、弟はちょっとヤバかった。

脱け殻みたいになって、ぼーっとして、たかと思うとBLEACHの連載が終わるまでの日数を数えてばたばたしたり。

俺は何もできないしまあせめてと思ってBLEACHの話に付き合ったりしていた。そのとき

弟はどうやらTwitterフォロワーハイローをすすめられた、らしい。

ハイロー?って映画BLEACHジェネリックだってすすめられたんだけど、知らん?」「知らん」

それが頭のまともな弟との最後の会話だった。この後起こることを知っていたら絶対止めてた。タイムマシンがほしい。

ハイローの確か2作目を観に行って、帰ってきた弟は俺の知らない人間になっていた。

目を真っ赤に腫らして、映画パンフ大事そうに持って帰ってきた。2部あった。俺の分だった。

いい映画だったから、観てほしいんだけど公開終了近いし、だからパンフだけでも。

俺はその日たぶんはじめて弟に弟の好きなものオススメされた。めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。ただ仕事が繁忙期並みに忙しくなってしまったせいで結局映画を観に行くことは出来ずじまいだった。もし、俺も観に行けていたら何か変わったのだろうか。

弟はそれから順調にハイローにハマり、順調に一族にもハマり始めた。

そうこうしてるうちに服の系統が三代目系に傾き、聞く音楽洋楽から一族のになって。だから俺ははじめあいつは三代目にハマったのだと思っていた。弟の口から「おねえちゃん、ねえちゃん」という単語が出だしたのもこの頃だったと思う。忙しかったせいでよく覚えてないけど。

俺が「おねえちゃん」の正体を知ったのは手のつけようがなくなってからのことだった。

いわく、凛々しくてかっこいいけど、目がくりくりして大きくてかわいい、きりっとした太めの眉毛意志が強そうでかわいくて、笑うと笑窪が両頬にできて、へにゃっとしてかわいい。足がすらっと長くておっぱいがおっきくて、寂しがりで歌がうまくて動物子供に好かれて子供好きで、優しくて頑張りやさんの、おねえちゃん。

誰が男の、しかEXILETAKAHIROだと思う???俺は新手の萌えキャラかと思ったし若干萌えた。しにたい。

あんまりにも普通におねえちゃん呼ばわりするので俺の頭がおかしくなったのかもと思ったよ。違うよな、TAKAHIRO、男だよな。なんでこんなことになったんだろう。ハイローにハマったとき、好きなのはホワイトラスカル?と雨宮兄弟で、雨宮マサキが一番好きだって言ってた。その雨宮マサキをやってたのがTAKAHIROらしい。つまりハイローがなかったら弟はTAKAHIROにこんな風な傾倒はしなかったんじゃないか。憎い。ただ憎い。存在が憎い。

弟は、前からアクティブだったけど、最近輪をかけて活動的だ。6月7月舞台を観に行ったらしい。10月にはファンミがあると言って今からわくわくしている。舞台で見た、生のおねえちゃん()は本当にかっこよくてかわいくて、アカペラで聞けたとか言う歌がうまくて泣いたと言っていた。弟の彼女交際2年目)はたぶんおねえちゃんの正体を知らない。親戚か誰かだと思ってる。俺は、本当のことを教えるべきなのか否かずっと迷っている。

それで、先日の結婚発表である。俺は、正直、ちょっと期待した。結婚だ。しか授かり婚。いけると思った。弟が正気を取り戻してくれるんじゃないかと思った。違った。あいつの愛は深かったのだ。

弟は、喜んでいた。それもすごい喜んでた。

ねえちゃん、ひとりじゃなかったんだ、寂しがりの人だからそれだけずっと心配だった、ねえちゃんが幸せだって言うなら俺も幸せ赤ちゃんほしいって言ってたもんな、ねえちゃん、神様ありがとう武井さんありがとう、ねえちゃんをお願いします、幸せになって、来月のCD待ちきれない来年ライブも楽しみファンミでおめでとうが言いたいチケット当たれ、ねえちゃん、すき。

だいたいこんな感じ。

すごく自然TAKAHIROをおねえちゃんと呼んでいること以外はただただなんか聖人みたいなコメントだった。俺はよくわかんないけどファンミチケットもきっと当たるよ。お前の徳の高さには神様もびっくりすると思う。なんでこんな方向性に発揮したのかは置いといて。

弟は、もう取り返しがつかないのかもしれない。少なくとも俺はもう弟になにもしてやれない。俺がBLEACHをすすめなかったら、映画に行くのを止めていたら、こんなことにならなかったのだろうか。そう思うと悔やんでも悔やみきれない。

両親がまだ気づいていないらしいのだけが今は救いだ。おおきなおともだちの俺と縁を切りたがったこともある世間体大好きの両親がこの事を知ったらと思うとぞっとする。

俺の自慢の弟の、たぶん順風満帆のものだった人生をめちゃくちゃにしたEXILEを、TAKAHIROを、俺はたぶん一生ゆるせない。

まどマギ話題になってたんで

家帰ってから久しぶりにプライムビデオ1話から見ながら残った仕事してるんだけど

杏子出る前には終わるかなとか思ってたらどんどん増えて

すでにさやかメンタル壊して魔女化したしたった今杏子過労死してしまった

ブラックすぎる

まどか女神になる前に終わる気がしない

仕事も消してくれ過去未来仕事辛い

2017-09-05

所詮大乗仏教であるまどマギ』でマミさん自力救済ルートはない

あの宇宙魔法少女は、

阿弥陀如来となったまどかの本願である

「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。すべての宇宙過去未来の全ての魔女を、この手で」

希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最期まで笑顔でいて欲しい。それを邪魔するルールなんて、壊して見せる。変えて見せる」

によって救われることが約束されているので、

その阿弥陀様が現れるまでの次元時間においては、魔法少女絶望して発狂し続けるのです。

これが他力本願です。


せいぜい宇宙の仕組みを知るほむら

「南無真努迦仏」という名号魔法少女たちに知らせ、

「これさえ唱えれば極楽往生約束されるから大丈夫

と説得することで現世での救い(気休め)が得られます



ところで本来仏教はこういうものではありません。

初期仏教であればマミさん自力救済可能です。

今日初期仏教のご紹介のためにこちらにあがらせていただきました。

マミさんへのご提案と言う形で

初期仏教効能と素晴らしさをみなさんに知っていただきたいと思います


戒を守ってください。

・殺生しない

・盗まない

・妄りなセックスをしない

・嘘つかない

飲酒しない


マミさんが守るべきはこのたった5つです。

これによってどのような効果があるかというと、心の不安定さを減らすことが出来ます

さやか杏子殺人や嘘がトリガーとなって身を滅ぼしているように

この五戒現代にも何の古臭さもなく通用する「人類の主要な自滅ファクター」を潰すためのリストです。

心の汚れはソウルジェムの汚れ、厳しく戒を守ることは人間にとっても魔法少女にとっても最優先タスクなのです。

たとえばマミさん現在こそ後輩女子との姉妹愛を求める中学生ですが

更に孤独感を深めると飲酒や妄りなセックスを覚えて依存していきがちなタイプに見えます。注意が必要です。


慈悲を念じて下さい。

私は幸せでありますように。

私の悩み苦しみが消え去りますように。

私の願い事が叶えられますように。

私に悟りの光が現れますように。

私は幸せでありますように。

私は幸せでありますように。

私は幸せでありますように。


生きとし生けるもの幸せでありますように。

生きとし生けるものの悩み苦しみが消え去りますように。

生きとし生けるものの願い事が叶えられますように。

生きとし生けるもの悟りの光が現れますように。

生きとし生けるもの幸せでありますように。

生きとし生けるもの幸せでありますように。

生きとし生けるもの幸せでありますように。

教室で暇そうにしているとき、部屋に帰って1人なとき、空き時間ごとに真剣に常に念じます

まず自分幸せになりたい気持ちを認めて、心から自分幸せを念じます。(さやかはその気持ちに嘘をつきました)

次に自分と全く同じに、すべてのいのち幸せ差別せず念じます。(さやかは恭介や仁美の幸せを喜べませんでした)

これは心の筋力トレーニングであり、毎日やれば着実にそのような心になってきます

するとソウルジェムの汚れが止まり回復し、しかも以後は汚れにくくなっていきます


なお「生きとし生けるもの」をありありと広いスケールイメージ出来るほど効果があがります

あらゆる人間、あらゆる動物魔法少女魔女インキュベーター、真努迦仏のような高次元の神々、

どこまでも広げていくことが可能です。

慈悲だけが無量の心なのです。


ただし、慈悲を念ずることは強烈な効果はありますあくま一時的です。

これによって魔女にならないように時間を稼ぎ、次にご紹介する瞑想をすることこそが狙いとなります


瞑想して下さい。

日に2時間

長期休暇は朝から晩まで起きてる間中瞑想をして下さい。

肉体が既に空しいものとなっている魔法少女瞑想が進みやすいでしょう。


これにより預流果の段階まで瞑想が進めば

無常

無我

発見することが出来ます


魔法少女もまた宇宙の全てのものと同じく、縁起により生じて滅していく因果の流れであること。

(執着できるようなもの人間だったときから一度も手にしたことなどないこと。)

魔法少女に限らず一切の生きとし生けるものにとって、生きることは本質的に苦であること。

(「苦」は悲観主義ニヒリズムとは全く違う言葉なので、ここでは理解したつもりにならないでください。)

今や頼りなくソウルジェムに宿るという「我」はそもそも錯覚であり存在しないということ。

(きゅうべえにぶっこ抜かれ毀損されたものなど元からなにもない)


この3つの真理ばかりは言葉で納得してもダメで、

瞑想によって体験するしかないものです。

どれか1つを1度体験すれば全ての仕事は終了します。


阿羅漢マミさんの完成

以上を実行しおえると阿羅漢たるマミさんが現れます

初期仏教メソッドにより完成した阿羅漢マミさんはなにものにも執着しません。

期待も怒りもありません。

かわりに智慧があります

心を汚すことがありません。

完全なる捨(ウペッカー)の安らぎがあります


願いもなく。絶望もなく。

もはや魔法少女でも魔女でもありません。

輪廻脱出した勝者です。


https://anond.hatelabo.jp/20170905094738

マミさん発狂させないためにはどうすればよかったのか(追記あり)

アニメ10話で魔女真実を知ったマミさんが半ば発狂するシーン(みんな死ぬしかないじゃない!あなたも、私も!)が有名だけど

あれをさせないためにはどうすればよかったのか?

例のシーンに色々説はあるけど、個人的には冷静に発狂していた説を推したい。

孤独+周りの不仲+自分の空回り+唯一信頼してた後輩の死亡(さやか)+魔女真実+自分目的喪失魔法少女として魔女の脅威から人を守る)」が全部重なったから最終的に「自分を含めた魔法少女魔女化する前に死滅させる」って判断になってもおかしくない。

アニメ最初の回(マミった週)では魔女真実知る前に油断して死ぬからからないけど、あの週では結局さやか魔女化しちゃうし仲がいいのはまどかだけだったからたぶん発狂する。

まどぽだとほむらまどか嫉妬するレベルで二人と仲良ければ、真実を知ってもぎりぎり踏みとどまることもあった。

おりこだと真実を知って愕然としちゃうけど、あんことある程度共闘状態でありゆまの叱咤もあったから踏みとどまった。

それを考えるとやっぱりマミさん孤独じゃなければ大体ハッピーなのかもしれない







以下追記

思った以上に反応あったので、マギレコのおかげでまどマギ界もまた活気付いてきたのかなとうれしく思います

ガチャはクソだけど、ガチャはクソだけど!!!!!!!!!!!!!)

余り関係ないけど、ブコメで「孤独じゃなくなって魔法少女の仲がよくなると次は油断死するよね」ってありましたが

まったくもってそのとおりだと思います

なので油断マミさんフォローするためにあんことの共闘必須でしょうかね

そうするためには、さやか生存ないし魔女化しないことが必要

まりなんもかんも緑髪が悪い!!!!!!

おのれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2017-09-03

まどマギって何であん流行ったんだ?

未だに疑問

確かにすごく面白かったが、想像の5倍盛り上がったと思う

やっぱ多段インパクトによるバズ効果かな

3話ー10インパクト

そういえばけもフレも4話ー11話ー12インパクトで3段ロケットだった(グラフ見ると)

1発インパクトアニメは割りとあるんだけど、続かないんだよね

2017-08-27

こういう性癖名前ってつけられてんのかな

むかし「女装少年家出中」ってゲームにドハマリした。

ハマったのは5年くらい前だけど、今でも続いてる。真くんが好きだ。

かといって、いわゆる男の娘が好きなわけでもない。

まあ与えられたら与えられたで抜きますよってスタンスではあるんだが。

他方で、いわゆるショタにもピンとこない。

少年愛」かというと微妙

確かに生意気なのは好きなんだけど...いわゆるショタ系に多いストレート生意気さはやだ。

ツッコミポジ」程度の理性ある生意気さ、とでもいうのかなー。

ボーイッシュちょっと影のあるアニメキャララブプラスの凛子とかAチャンネルトオルとかまどマギ杏子とか・・・年齢がバレるかも)

がもともと好きで、その延長って感じなのかなあ。

自分がなれなかった自分を見守っているのが好きなのかもしれん。

一応補足すると、俺がホモフォビアと近いのは重々承知だ。不快感を抱いた人がいたら申し訳ない。

はいえ、俺は無理に線引しておのれをノーマル側に置きたいわけではなく、少し自分欲望を掘り下げてみたいってところなんだよな。

ホモ?そのレッテルを受けるにやぶさかではないが。

そんなわけで、俺の性癖名前をつけてくれ。

※※※追記

なんかほそぼそと反応があって嬉しい。ありがとうございます。返信をいくつか。

確かにレッテル貼り不毛かも。

ただ他方、名前がつくとそちらに寄せたエロ同人が出てくるという・・・実利がね!

>>男がオナニーする時、自分女性という心理で抜く人も多いと聞いたので、それほど珍しくもないのでは。

無論、たとえばおねショタでは俺はおねえさんサイドにつく。

ただ、ショタがしっかり男を好きになってくれればなあという思いがある。

俺=女というわけではないんだよな。近いんだけど。

>>キャラクター性格的な類型の分類よりも、キャラクターの置かれている境遇とかシチュエーションのほうに自分投影するような感覚なのかしら

そうかも。

俺は妙に高二病(もう死語?)こじらせてて、たとえば理不尽環境にもあえて順応するのがカッコいいと思ってたんだけど(痛すぎだな・・・

そこでしっかり中二病やってる子を見ると自分がなれなかった自分を見てるようで愛おしい・・・という感じかな。

>>ちょっとマセた生意気な感じが好きとか?/内面より黒髪ショートスレンダーみたいな見た目が好きなんじゃねえのという気もするが。

ぐぬぬ・・・という感じ。

その点ではロリショタ共通するんだよなー。

ロリショタって安易な図式を掲げるつもりはないけども。

>>杏子がいるなら見た目だけで決めてるわけでもなさげだぞ。 /結城晴とかはどう?グっと来る?もう少し性格悪い方がタイプか?

デレマスまったく追ってなかったから初めて知った。

急いでスカイプアイコンしました。

>>陰のある女キャラ世間ささやかな反抗なり抵抗をするために男っぽく振舞うのを上から見てニヤニヤしてるなら広い意味でのSだと思うが、女装少年もありならMなのかも。

どっちもあるなー。

俺はMのほうだって思ってはいるんだが、「結局高みからニヤニヤしてるんでしょ?」と言われたら否定できんなあ。

2017-08-23

萌えオタク表現規制芸術性を潰す!」

でも萌えオタクが好むのって、一般人には見分けつかない顔のキャラばっかりだよね?

劇画デフォルメディズニーライク、少女漫画リアリズム

昔は絵柄も多様性に満ちてたのに、

今や老いも若きも萌え系の絵柄一本化で統一されちゃってるよね?

 

どれも判を押したようなストーリー日常系シャッフルしても変わらなそうな題材ばかり

まどマギ流行ったら雨後の筍のように魔法少女者が流行るし

アイマスの後はラブライブしかも憎きリア充向け洋ドラからパクリ多いw)とどれも大差ないじゃん

 

彼らの言う芸術性って、こんな独創性無い業界を指すんか?

 

独裁国家権利無視が当たり前の昔にも

素晴らしい芸術家沢山おったやん?

2017-08-22

マギレコードの件について

FGOパクリだった。散々時間かけていた割にパクって配信ってなんなの。

しかも有料ガチャ10しづらすぎるでしょ。

企画したヤツは何を考えているか知らないけど、まどマギネームブランドボロボロにしたいの?

グラフィック変えるだけで売るFGOもどきですら、配信までこんなに時間かけておいて

あんまりだわ。

打ち上げ花火ネタバレ

ストーリーがわかりにくいし、ネット上で酷評されているのもわからなくないけど、個人的にはこう解釈ながら見たらめっちゃ楽しめた。

以下、ネタバレ








全ては走馬灯

冒頭の主役二人が水着を着て水の中に沈んでいくシーン。

以降の本編とは完全に世界線が切れていて、宙に浮いている。ラスト水着姿でプールで泳いでいたのは、岩井俊二版のドラマの方だし。

家出か、心中か、駆落ちか。

この「心中」にも見える描写がもともとの世界線で、この映画自体が死の間際に二人が見ている走馬灯世界、「もしも」の世界なんじゃないかとも思える。

もしも玉=ソウルジェムグリーフシード

まどマギの新房監督が手掛けているんだし、こう解釈してもおかしくはないと思う。

海で死んでいるなずなの父親の手に握られていたシーンからして、誰かが死ぬときに「もしも玉」が生み出され、世界をやり直すような、いわば魔女化させる力が生まれる…のかもしれない。

海の上を電車が走った後、もともと乗ってきた駅に戻ってきて、電柱をはじめとした世界が歪んでいたシーンは明らかにまどマギ魔女世界のものイヌカレー演出?)。

隣の駅にたどり着くことはなく延々と地元に閉じ込められてしまうのは子どもの行動範囲限界ともいえるし、魔女世界再現にも見える。

なずなが魔女

じゃあ、もしも玉=ソウルジェムグリーフシード)を作り出した魔女は…って考えると、なずななんだろうな。

最後になずなが消える際の「次はまたどんな世界で会えるかな?」というセリフは、「またこの1日を一緒にやり直そうね」という魔女からの愛のささやきであり、もはやホラー

引っ越したくないなずなが生み出した「もしも」の世界に典道は囚われてしまい、夏休みが終わっても学校に来ることもなく、典道はなずなと一緒に延々と1日を繰り返している。

…というのが、この短期間に2回も見た自分なりの解釈。この背景を想像しながら、二人の会話を聴いていると、なかなか面白い

最初に見たときはなんとなくまどマギっぽさは感じられたぐらいだけど、見直したらガチだった。

まぁ、わかりにくいよね。

2017-07-31

アニメニセコイニコ生で見ていた

いつもより抑えてるとはいえ、絶望的にシャフト作風と合ってないなこれ。水と油J.C.STAFF辺りで作って欲しかった。

つーかここ数年のシャフトって何作ってるの?信者に支えられてる物語シリーズまどマギ以外に何があるのか調べたら今度はFateの新作と「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」のアニメ映画作るのか。

これがこけたらさすがに笑えないな。

2017-07-21

https://anond.hatelabo.jp/20170721225134

仮にそうなっても

ああ作者まどマギ好きなんだな

で終わる

世界スマホまどマギみたいに突然ハードな展開になるって

俺信じてるから

原作?知らん

2017-07-10

サクラダリセットOPロックすぎると俺の中で話題に


10年前好きだった 開くことのない小説

これが自分らしさと 格好つけ飾っては

借り物の偉人達の言葉を まるで自分の物のように

得意げに話す人を嘲笑う でも棚に上げた自分らしさ

同じようなものなのは 本当は気づいていた

この思いはリセットして


「僕を手放すのは僕だ」

胸に強く言い聞かせた

後ろ指さされても 前だけを向けるような

世界が残してきた足跡を 辿るより刻む方がいい

自分が信じた道なら 迷わずに行けるよな 大丈夫



すげーな。

原作真正からDISってやがるぜ。

改めて説明するとサクラダリセットってのは大体10年ぐらい前にちょっと話題になった小説だ。

だけどラノベなんて読んでるような層からすつお同じような時期に出た紫色のクオリアに完全に食われる形になっていた。

そして密かにこの2つとセットでループ物ラノベの傑作として扱われていたオール・ユー・ニード・イズ・キルはいつの間にかハリウッド映画に。

シリーズ化こそしているものサクラダリセット中途半端立ち位置に取り残されることになっていた。

そんでまあ10年ぐらい経って溜め込んだ原作を2クールで遂にアニメ化したぜヒャッホイ!こっから大逆転!ってな訳だが……

まさかクール目にこんなOPが飛んで来るとはね。

10年間放置された小説って一体なんだろう?

その答えはもう決まってる。

サクラダリセットだ。

ループ物エロゲ業界で廃れだし、アニメ業界まどマギという形で流行りだすまでの狭間時代に生まれ時代の波に何とか乗るもいつの間にか本棚の隅に忘れ去られてサブカルクソ野郎気取りキモオタのカッコつけアイテムに成り下がっていたサクラダリセットだ。

その存在をそのままOPに込めて歌い上げるだと?

狂ってるねROCKだ。

この作品物語とは無関係歌詞が随所に含まれていながら、コレ以上無い程にこのアニメに相応しい詩に仕上がっている。

アニメOPってのはその作品のためにあってこそ素晴らしいと俺は思うが、この歌はまさにサクラダリセットという忘れ去られたサブカルクソ野郎向けオサレ風味キモヲタ小説の2クール目に最高にピッタリだと思うね。

クール目じゃなくて2クール目ってのもいいんだ。

いきなり裏切るんじゃなくて視聴者ファン関係者安心していた所から不意打ちを叩き込むのが最高だ。

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

まどマギ

当時はノベルゲーの優等生みたいでいまいちだったけど見直してみると

色の無い街・教室と、空洞のような豪邸と人間味のない家族に囲まれまどか

ある種の「正しさ」に身を投じていく様子がイスラムとりま風景と重なってとても良かった

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