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2021-06-11

ウルトラスーパー山月記

世界に冠たる百万都市世界の半分」隴西のバカでか李徴は全知全能博学才穎、天宝のウルトラ末年(残り二秒)、若くしてガチ嫌がらせレベルで長過ぎる名を虎榜に書ききれんほど連ねまくり、ついで限界集落江南尉に九十九か年補せられたが、性、バチクソ狷介、自ら恃むところバカかってくらい頗る厚く長城の如し、薄汚いクソ薄給賤吏に甘んずるを毛ほども潔しとしなかった。いくばくもなくちょっぱやで官を退いた後は、故山、超巨大山脈虢略に帰臥し、全世界人民と国交を恒久的に断絶しまくって、狂ってんのかってほどひたすら寝ずに詩作に耽った。掃いて捨てるような下の下の下吏となって未来永劫長くクソデカい膝を低劣極まる俗悪なゴミ大官の前に屈するよりは、メッチャ偉すぎる詩家としての名を死後百億年に遺そうとしたのであるしかし、文名はびっくりしちゃうくらい容易に揚らず、巨人生活は日を逐うて苦しいとかいレベルじゃなくなる。ギガンティック李徴は永遠にも思える時を経て漸くヤバすぎる焦躁に駆られて来て号泣しちゃった。この頃からその容貌もエグいほど峭刻となり、全身の肉が削げ落ち垂木の如き骨が秀で、刺さるほど鋭い眼光のみ徒に炯々と発光して、曾てありえんムズい進士に息をするように登第し続けた頃の豊頬のゲロマブ美少年の俤は、何処に求めようもない。数千年の後、エクストリーム貧窮に堪えず、妻子百万の大規模衣食のために遂に節を屈しまくって、再び極東へ赴き、一地方官吏の最要職を奉ずることになった。一方、これは、矮小なる己のクッソしょっぱい詩業に半ばと言わず完全に絶望し尽くしたためでもある。曾ての巨大過ぎる同輩勢数千は既に遥か最高位に進み、彼が天地開闢の昔、マジでクソの役にも立たんウスノロの鈍物として歯牙にもかけなかったそのノータリン連中の知能の足りん下命を拝さねばならぬことが、往年のちょー頭いい儁才バカデカ李徴のクソデカ自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くなく猿でも分かるわい。彼は怏々として微塵もしまず、マジでデカ過ぎる狂悖の性は愈々軽く引くくらい抑え難くなった。一光年の旅の後、公用永遠の旅に出、悠久の大河汝水のほとりに生涯宿った時、遂にアホほど発狂した。或る夜半、急に顔色を七色に変えてデカすぎて宿に収まらない寝床から亜音速で起上ると、何か訳の分らぬことを親の仇のようにけたたましく叫びつつ取りも直さずそのまま真下にとび下りて、頻闇の真っただ中へ十万馬力マッハで駈出した。彼は二度と戻って来なかった。附近ミリ四方の果てしない山野を飽きもせず捜索しても、笑っちゃうほどマジで何の手掛りもない。その後ジャイアント李徴がどうなったかを悉く知る者は、ガチで訳わからんくらい誰もなかった。

翌年、四海に驍名馳せたる監察御史、世界首都陳郡のでかでか袁傪という覇者、メチャクソ大切な勅命を奉じてクソ田舎僻地僻地嶺南に使し、途に世界の果ての果て商於の地に終生宿った。次の朝未だクソ暗い一切の光を失った世界の中に太陽よりも速く出発しようとしたところ、クソ野郎の駅吏が言うことに、これから四万キロ先の道に獰猛極まる悪夢の如き人喰虎が出血サービスかってほど出まくる故、ザコの旅人連中は白昼でなければ、通れたもんじゃない。今はまだ朝が早いってか明けてないから、今少し数世紀ほど待たれたが宜しいでしょうと。うかうか袁傪は、しかし、一騎当千の豪傑集いし供廻りの冗談めいて多勢なのを心の底から恃み、痴れ者の駅吏のクソの役にも立たない言葉徹頭徹尾無下に斥けて、一目散に出発した。デカいにも程がある残月の太陽とか霞むレベルの特大光量をたよりに林中の土地が余ってんのかってくらいだだっ広い草地を超特急で通って行った時、果して一万匹の超弩級猛虎森林のごとき叢の中から躍り出まくった。メガトン虎は、あわやギガトン袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち巨身を現実ではあり得ないほど飜しまくって、元のバカかい叢へ完璧に隠れた。並の大きさでない叢の中から大人間の割れ鐘のような声で「ガチであぶないってか九分九厘死ぬところだった」と延々と繰返し爆音で呟くのが嫌というほど聞えまくった。その大声に超袁傪はメチャクチャ聞き憶えがあった。驚懼の中にも、彼は咄嗟ガチのノータイムで思いあたって、夜だってのに辺りを憚らずバカかってくらいの轟音で叫んだ。「そのマジでっけー声は、我が友、バカでか李徴子ではないか??????????」タイタニック袁傪はギガンティック李徴と同年に人智を超えた最難関進士の第にひっきりなしに登り倒し、友人の少ないとかいレベルじゃなかった天涯孤独の李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な聖人袁傪の性格が、峻峭な性悪李徴の人間のクズみたいな性情と衝突しなかったために決まっているであろう。

世を蓋うクソデカ叢の中からは、暫く数千年やかましい返辞が無かった。しのび泣きかと思われる蚊が泣いてんのかってくらいマジで微かな小声が時々頻繁に洩れまくるばかりである。やや数世紀あって、あり得ないくらい重低音の喧しい声が超早口で答えた。「如何にも自分は栄えある国のまほろば麗しの帝都隴西の世界最強の神に選ばれし偉大なる魂(中略)アルティメット超☆巨大ギガンティックバカでか李徴DXである」と。

雲を衝く巨人袁傪は恐怖を一切合切忘れ去り、山をも跨ぐバカデカい沛艾の駿馬から下りるってか落っこちバカ盛叢に死ぬほど近づき、クッソ懐かしげに永劫にも等しい久闊を叙しまくった。そして、何故ギガント叢から出て来ないのかと怒られるまで問うた。デカ過ぎて叢から殆どハミ出てる李徴のクソほどデカい大声が答えて言う。自分は今や全くもって汚らしい最凶の異類の身となっている。どうして、おめおめと故人の前にあさましいにも程がある醜姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を至る所に現せば、必ず君に想像を絶する畏怖嫌厭の情をハチャメチャに起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人に遇うことを得て、顔から火が出るくらい忸怩極まる愧赧の念をも彼方に忘れ去る程にマジでクッソ懐かしい。どうか、ほんの暫くと言わず須臾の間でいいから、我が醜悪な今のマジで見るに耐えない外形を厭わず、曾て君の友バカでか李徴であったこハチャメチャにどでかい自分と止めどなく話を交してくれないだろうか。

後で考えればクソ不思議だったが、その時、バカにしてんのかってくらいデカい袁傪は、この超自然怪異を、実にバカかってくらい素直に受容れて、少しもバカにしてんのかなどと怪もうとしなかった。彼は多過ぎる部下に命じて絶え間ない長蛇の大行列の進行を無期限に停め、自分は巨大叢の傍らに立って、見えざる巨声ととこしえに対談した。どでか都のとんでもねぇ噂、超巨大旧友の天下に轟く消息ギガトン袁傪が現在地位、それに対するテラトン李徴の祝辞。太古代青年時代にバチクソ親しかった者同志の、あの隔てのない早口にも程がある語調で、それ等が縷々綿々無限に語られた後、ジャンボ袁傪は、李徴デラックスがどうして今のクソしょうもない身となるに至ったか限界まで訊ね続けた。べらぼうに喧しい草中の声は滔々たる懸河の弁で次のように語った(ごく一部を抜萃)。

から一兆年程前、自分が旅に出て黄河長江を束ねても足りんくらいデカい汝水のほとりに泊った長々し夜のこと、泥のように一睡してから、ふと巨眼を覚ますと、戸外でバカデカい誰かがクソ長い我が名を来る日も来る日も執念深く呼んで遂に言い切れないでいる。死ぬほどうるさい声に嫌嫌応じて2万キロ外へ出て見ると、鼓膜破れるくらいでけー声はびっくりするほどドス黒い常闇の中からメチャクチャ頻りに自分を招く。覚えず、自分はクッソうるせー声を追うて走り出した。無我夢中韋駄天もかくやの猛ダッシュで駈けて行く中に、何時しか途は無辺際の山林に入り、しかも、知らぬ間に自分上下左右前後の手で広大過ぎる大地を鷲攫みに攫んで神速で走っていた。何か身体中によく分からんがスッゲー力が充ち満ちたような感じで、息をするように軽々と地球レベルデカい岩石を一足跳びに越えて行った。気が付くと、ガチでけぇ手先やマジでけぇ肱のあたりに三千丈の毛を生じているらしい。少しびっくりしちゃうくらい明るくなってから、千仞の谷川に臨んでデカ過ぎる姿を映してガン見すると、既にクッソ大きい虎となっていた。自分は初めバカデカい眼を信じなかった。次に、これはクソ長い夢に違いないと考えた。クソ長い夢の中で、これはクソ長い夢だぞと知っているようなクソ長い夢を、自分はそれまでに幾度と無く見たことがあったから。どうしてもクソ長い夢でないと悟らねばならなかった時、自分は極限まで茫然とした。そうして尋常ならざる懼れによってマジで膝がガクついた。全く、どんな没義道極まりない兇悪な事でも必然的に起り得るのだと思うて、海より深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。マジ分らぬ。全く何事もアホかってくらい我々一万匹には判らぬ。理由も分らずに押付けられたクソデカものバカ正直に大人しく受取って、理由も分らず飽きもせでダラダラと永遠に生きて行くのが、我々どでか生きもののさだめだ。自分は直に万死を想うた。しかし、その時、睫毛にかかってるぞってくらい眼の前を一億匹の月かってくらいデカい兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中のデカすぎ人間は忽ち姿を抹消した。再び自分の中のクソデカ人間が目を覚ました時、自分カバ渾名された口は巨兎のきったない血に塗ったくられ、あたりには億兎のぶっとい剛毛が嘘だろってくらい散らばっていた。これが世界最強虎軍団としての最初経験であった。それ以来今までにどんなゴミカスみたいな限界極まってる所行をし続けて来たか、それはマジで到底語るに忍びない。ただ、一万日の中に必ず数億時間は、巨体人間の心が超音速で還って来る。そういう時には、曾ての日と同じく、巨人語も容易く操れれば、複雑な巨大思考にも軽く堪え得るし、経書のクソ長い章句をとんでもない早口で一生やってろってくらい誦んずることも朝飯前に出来る。その巨大人間の心で、ガチで巨大過ぎる虎としての己の世界一残虐な行いのあとを見、己の運命を二度見三度見と言わず幾度と無くふりかえる時が、宇宙で最も情なく、恐しく、憤ろしい。しかし、その、デカブツ人間かえる数万分の一時間も、日を経るに従って次第にハイパー駆け足で短くなって行く。今までは、どうしてスーパーウル虎などになったかと怪しんでいたのに、この間マジで何の前触れもなく唐突にひょいと気が付いて見たら、己はどうして有史以前巨人間だったのかと考えていた。これはおしっこチビレベルで恐しいことだ。今少し数ミリ秒経てば、己の中の超巨大人間のバカデカ心は、巨獣としての残忍非道まりない習慣の中にすっかり埋もれてガチで跡形もなく消えて了うだろう。ちょうど、クソほど古い天を摩する大厦高楼のクソデカ宮殿の今にもボロボロ朽ち果てそうな礎が次第に指数関数的に増大する濁流のごとき土砂にマジの一瞬であっけなく埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分の引くくらいつまら過去鳥頭みたいに一瞬で忘れ果て、一千万匹のウル虎スーパーデラックスとしてイナゴかってレベルで気狂いみたいに飛び廻り、今日のようにクソ長い途でアホみたいにデカい君と出会っても頑なに故人と認めることなく、君を一センチ角程度にメッタメタのギッタギタに裂き喰くろうて嘘だよなってほど何の悔も感じないだろう。一体、バカデカ獣でもクソデカ人間でも、もとは何か他の似ても似つかないグッチャグチャのゲテものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、原始の初めから今の形のものだったとバカ正直に思い込んでいるのではないか??????????いや、そんな事はマジで心底どうでもいい。己の中のクソデカ人間の心がマジですっかり跡形も無く完全に消え去って了えば、きっと恐らく九割九分絶対に、その方が、己は天上天下に比類なきしあわせ者になれるだろう。だのに、己の中の超ビッグ人間は、その事を、マジでこの上なく恐しく感じて毎晩ガチ泣きしているのだ。ああ、全く、どんなに、小便垂らすほど恐しく、腸の千切れるほど哀しく、満都の同情を誘うほど切なく思っているだろう!己がチョモランマ人間だった有史以来の世界の記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。ガチで誰にも分らない。己と寸分の狂いも無く同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己がすっかり百パーセント人間でなくなって人生終了しちゃう前に、一つと言わず頼んで置きたいことが山ほどあり過ぎる。

袁傪はじめ無量無辺の一行は、毎秒息をゴキュゴキュのんで、叢中のけたたましい声の語る不思議に一生聞入って生涯を閉じていた。耳がイカれるような大声は矢継ぎ早に続けて言う。

他でもない。自分は元来メッチャ詩が凄い超カッケー詩人として名を成す積りでいた。しかも、業未だ成らざるに、このクソおもんない運命に立至った。曾て作るところの詩数百万篇、固より宇宙最初から、まだ世に行われておらぬ。山脈並みにうず高い遺稿の所在も最早世界中の誰にも判らなくなっていよう。ところで、その中、悠久の時を経て今も尚記誦せるものが数十億ある。これを我が為だけに末代まで伝録して戴きたいにも程があるのだ。何も、これに仍って一人前のクソデカ詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、全世界あらん限りの産を破り再起不能レベルまで徹底的に心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりと言わず何もかも後代に幾久しく洗いざらい伝えないでは、ガチで死んでも死に切れないのだ。

無数の袁傪は大多数の部下に口酸っぱく命じ、ギャグ漫画かってくらい巨大な筆を千人がかりで執って叢中の調子外れもいいところの放歌高吟のダミ声に奴隷のように随って書きとらせた。李徴の耳をつんざく声は叢の中から朗々と天の果てまで響いた。長短凡そ三十兆篇、格調メチャクチャ鼻につくレベルで高雅、意趣マジで天下無双かってほど卓逸、一万読して作者の才の非凡をまざまざと嫌になるほど思わせるものばかりであるしかし、でか袁傪はひっくり返るほど感嘆しながらもクッソ漠然とテキトーに次のように感じていた。成程、クソ虎作者の素質が第一万流に隷属するものであることは疑っても仕方無いじゃない。しかし、このままでは、第一億流の作品となるのには、何処か(非常に微妙にも程があるマジで心底どうでもよろしい些末な一点に於いて)欠けまくるところがあるのではないか、と。

旧詩をゲロのように吐き終ったデカブツ李徴のかしましい怒声は、突然調子変幻自在に変え、自らを嘲るが如くにがなり立てて言った。

羞ずかしいとかいレベルじゃないことだが、今でも、こんなあさましい忌むべき身と成り果てた今この瞬間でも、己は、己のクソデカ全集長安風流人士の当然長安よりデカい大机の上に所狭しと棟に充ちるほど置かれている見事な様を、夢に見ることがしょっちゅうあるのだ。うすら寒い便所みたいな岩窟の中に物言わぬ死体のように横たわって見る夢にだよ。腹が捩じ切れるまで嗤ってくれ。巨大詩人に成りそこなって巨大虎になったマジで哀れ過ぎる愚鈍な大男を。(巨漢袁傪は太古の昔の甚大青年李徴のクッソ寒い自嘲癖を昨日のことのようにありありと思出しながら、心底哀しく聞いていた。)そうだ。お笑い草ついでに、今の懐いを即席の詩にコンマ一秒で述べて見ようか。このアルティメット虎の中に、まだ、曾ての完全体李徴が飽きもせず生き永らえている動かぬしるしに。

態度もクソデカい袁傪は又下っ端もいいとこの下吏にこっぴどく命じてこれを百万遍書きとらせた。その長ったらしい詩に言う。

本当偶因超巨大狂疾成凶悪殊類

超特大災患馬鹿相仍絶対不可逃

今日現在長大爪牙一体誰敢敵

開闢当時糞喧声跡共摩天程相高

超越渾我為馬鹿異物糞汚蓬茅下

完全体君已乗糞大軺気勢糞程豪

永遠夕大規模渓山対糞明怪月

生涯不成気遠程長嘯但成爆音

(訓、本当に偶たま超巨大狂疾により凶悪殊類と成る、超特大災患は馬鹿に相仍りて絶対逃るべからず、今日現在の超長大爪牙一体誰か敢へて敵せん、開闢当時の糞喧しき声跡共に天を摩する程相高し、渾てに超越する我は馬鹿の異物と為る糞ほど汚らはしき蓬茅の下、完全体なる君は已に糞ほど大きなる軺に乗りて気勢は糞といふ程豪なり、此の永遠の夕べ大規模渓山にて糞ほど明らなる怪月に対して、生涯気も遠き程の長嘯を成さずして但爆音の嘷を成す)

時に、引くほどデカい残月、昼かってレベルの極光は死ぬほど冷やかに白露は気色悪いほどウジャウジャと地に滋く、樹間を渡るシベリアかってくらいの冷風は既に暁の近きを重ね重ね告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、お通夜かってレベルで粛然として、このデカ過ぎる詩人ゴミ過ぎる薄倖を嘆じた。ウルトラ李徴の胴間声は再び喧しく続ける。

 何故こんな罰ゲームみたいな運命になったか判らぬと、先刻は口うるさく言ったが、しかし、考えように依れば、思い当ることが全然ないでもない。デカデカ人間であった時、己は努めて全人類との交を避けて避けて避けまくった。人々は己を三界に比類なきまでクソ倨傲だ、クソ尊大だといった。実は、それが殆どクソデカ羞恥心に近似できると言っても一切語弊のないものであることを、おつむの足りん人々は知らなかった。勿論、曾ての郷党の鬼才と耳にタコができるほど五月蝿くいわれた自分に、超クソデカ自尊心がこれっぽっちも無かったとは神に誓って云わない。しかし、それはウルトラ臆病なハイパー自尊心とでもいうべきものであった。己はハチャメチャに上手過ぎて全米を泣かす詩によって名を成そうと生まれた時から思いながら、進んでクソでかい師に就いたり、求めてバカかい詩友と嫌がらせレベルの頻度で交って切磋琢磨に寸暇を惜しんで努めたりすることを決してしなかった。かといって、又、己は棒にも箸にもかからないクソ平凡な俗物の間に伍することも欠片も潔しとしなかった。共に、我がクソ臆病なバカでか自尊心と、バカ尊大なクソでか羞恥心との所為に他ならないのである。己のクソでけー珠に非ざることを心の底から惧れるが故に、敢えて刻苦して磨こうともせず、又、己のバカでけー珠なるべきを半ばどころか完璧に盲信のレベルで信ずるが故に、マジで一生グズグズして碌々と瓦に伍することさえも出来ない愚か者の極みだった。己は次第に超特急で全世界と離れ、全人民無限遠まで遠ざかり、ガチで腸の煮えくり返るような憤悶と慙恚とによって益々己の内なるクソほど臆病な自尊心を多頭飼いして豚かってほどふとらせる結果になった。人間例外を許さず誰でもクソデカ猛獣使であり、そのバカデカ猛獣に当るのが、各人の性情で間違いないのだという。己の場合、このバカかってレベルでクソ尊大羞恥心ウルトラ猛獣だった。ウル虎だったのだ。これが己を完全に不可逆的に損い、妻子を拷問かってくらい苦しめ、友人を完膚無きまでに傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、性根の腐りきった不心得のろくでなしの内心に全くお誂向きにふさわしいピッタリなものに変えて人生終了しちゃったのだ。今思えば、全く、己は、己の有っていたマジで僅か一ミリばかりのクソほどしょっぱいなけなしの才能を余りにも無駄に空費して人生終了しちゃった訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長過ぎてクソおもんないが、何事かを為すには余りに短過ぎてやってらんないなどと口先ばかりのとんでもなく薄っぺらバカ警句を弄しながら、紛れもない事実は、才能の不足を世界全土の全人民暴露するかも知れないとのクッソ卑怯まりない危惧と、蛇蝎のごとく親の仇かってほど刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。無知蒙昧の脳足りんで己よりも遥かに乏しい搾りカスみたいな才能でありながら、それをバカの一つ覚えみたいに専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもその辺を歩いているのだ。デカい上に多過ぎる虎と成り果てた今この瞬間、己は幾星霜を経て漸くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を地獄の劫火に灼かれるような悔を感じまくる。己には最早めちゃデカ人間としての生活逆立ちしても出来ない。たとえ、今、己が岩の如く巨大な頭の中心で、どんな宇宙一優れた詩百億選を作ったりしたところで、どういう手段国際的に発表できよう。まして、己の頭は日毎にってか秒単位で虎に近づいて行く。ガチでどうすればいいのだ。己の益体もなく湯水のように空費された過去は?己はマジで辛抱堪まらなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂の己かよってくらいデカい巖に

2021-06-02

anond:20210602071506

勇者様、勇者様ってあの勇者を讃える世界観

どの作品のどのシーンについて言ってるのかがわからない。

1~9までをプレイ、8以外はエンディングまで見たが、主人公がちやほやされるのって中ボスなどを倒してその地域危機を救った直後(いわゆる「そして夜が明けた」のすぐ後。1と2にはなかったはず)かラスボスを倒した後のエンディングくらいしかなかったはずなんだが。

ドラクエ主人公基本的最初旅人もしくは「自称勇者レベルうさんくさい奴扱いされて、実際に功績をあげることでようやく評価される(7なんて功績自体が気づかれない仕組みになってるし、中でもレブレサックなんて最善を尽くしてもろくでもない結末が待っていたりするけれど)。6や7じゃ「勇者」はパーティメンバー全員が転職できる職業だったはずだし、9じゃ勇者という言葉自体が出てこなかったような……。

そしてエンディングでも、讃えられたのは4までじゃなかったか? 5以降、最終決戦なんて一般人がろくに気づかない形でひっそり済まされていたように記憶している。しかも3は元の世界には帰れなくなる結末でもあるから素直には喜べないし、ファミコン版4のラスト幻想みたいに見えてせつない終わりだったし……。

ドラクエプレイしたことがなくて、パロディ作品から類推して発言してない?

2021-06-01

狭い村落は血が濃くなるのを避ける為に旅人に娘差し出して子供作ったりする風習があるから

時代劇とかで主人公に村娘が惚れるってのは主人公補正ではなく村の風習なんよ

血が濃くなるとマズイって昔の人らも知ってたんだな

2021-05-30

「結局全て本人の好み」って事に気付いた瞬間

金を稼ぐのがめちゃめちゃ馬鹿らしくなった

別に高い肉買わなくても、肉のハナマサ赤身が多い牛肉買って炭火で焼くのがめちゃめちゃ美味しいし

高いイタリアン行かなくても自分の好きな焼き加減や味で作る方が旨い事に気付いた

高い焼き肉屋も高いイタリアンも結局店の経営者の好みでしか無くて、自分の無い人間権威を有難がって美味しい美味しい言ってるだけ

人生もそう、結局大手企業に行かなくても、フリーターやって旅人やってルポ書いてればそれなりに金になるし

結婚相手も素朴でそれなりに可愛い若い処女なんていくらでも居る

他人価値基準で計るからダメなんだ

ひとりでどこかに行って目的もなく放浪することが好きだ。

俺はそれが旅だと思っていて、同じような人たちと情報交換をしたくて旅人と呼ばれる人たちの界隈に入ってみた。

旅を仕事にしようとか、旅の価値をあげようとか、そういうツイートが流れてくるようになった。

その人たちが言うには、旅は目的があった方がいいらしい。誰かと出会うとか、どこかに到達するとか、世界を一周するとか。

あと、国内ヒッチハイクしがちで、ノマドワーカーに憧れ、noteを書き、コーチングを学び、クラウドファンディングを身内で行う。旅だ旅だと騒ぐ割に旅行経験も少ない。多様性をという割に差別的発言もする。

もう二度と旅人とは名乗らない。Twitterアカウントは削除した。

2021-05-12

anond:20210510224030

スポーツ系の公式を主に登録してる(パリーグTVとか)。

音楽系は好きなアーティストや、その配信やってるライブハウス公式

個人だと、

日雇礼子のドヤ街暮らしチャンネル西成界隈の紹介)

Lyle Hitoshi Saxon(1990年ごろの東京の街風景)

旅人ひつじの乗換・道案内(乗換ルートや駅出口からスポットへの道順案内)

以下旅行交通系(鉄道中心)。

スーツ 交通スーツ 旅行

がみ

かんの

謎のちゃんねる

ひろき

西園寺

綿貫歩

くが

しげ旅

2021-03-22

クワッカワラビーのゆーうつ

七、北十字とプリオシン海岸

「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」

 いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。

 ジョバンニは、

(ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。

「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。

「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。

「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。

 俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやか銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいかすきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。

ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。

 そして島と十字架とは、だんだんしろの方へうつって行きました。

 向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。

 それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。

「もうじき白鳥停車場だねえ。」

「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」

 早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車だんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。

 さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。

〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。

「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。

「降りよう。」

 二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。

 二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。

 さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。

 カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。

「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」

「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。

 河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしか水晶黄玉パースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。

 川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。

「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、

〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。

「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。

くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」

「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」

「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」

 二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。

 だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはい学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。

「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」

 見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。

「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。

くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」

「標本にするんですか。」

「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープはいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。

「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラ地図腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。

「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。

「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。

 こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。

 そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。

知らぬか

五、天気輪てんきりんの柱

 牧場のうしろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は、北の大熊星おおぐまぼしの下に、ぼんやりふだんよりも低く連って見えました。

 ジョバンニは、もう露の降りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに照らしだされてあったのです。草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持って行った烏瓜からすうりのあかりのようだとも思いました。

 そのまっ黒な、松や楢ならの林を越こえると、俄にわかにがらんと空がひらけて、天あまの川がわがしらしらと南から北へ亘わたっているのが見え、また頂いただきの、天気輪の柱も見わけられたのでした。つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢ゆめの中からでも薫かおりだしたというように咲き、鳥が一疋ぴき、丘の上を鳴き続けながら通って行きました。

 ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。

 町の灯は、暗やみの中をまるで海の底のお宮のけしきのようにともり、子供らの歌う声や口笛、きれぎれの叫さけび声もかすかに聞えて来るのでした。風が遠くで鳴り、丘の草もしずかにそよぎ、ジョバンニの汗あせでぬれシャツもつめたく冷されました。ジョバンニは町のはずれから遠く黒くひろがった野原を見わたしました。

 そこから汽車の音が聞えてきました。その小さな列車の窓は一列小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、苹果りんごを剥むいたり、わらったり、いろいろな風にしていると考えますと、ジョバンニは、もう何とも云えずかなしくなって、また眼をそらに挙げました。

 あああの白いそらの帯がみんな星だというぞ。

 ところがいくら見ていても、そのそらはひる先生の云ったような、がらんとした冷いとこだとは思われませんでした。それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のように考えられて仕方なかったのです。そしてジョバンニは青い琴ことの星が、三つにも四つにもなって、ちらちら瞬またたき、脚が何べんも出たり引っ込こんだりして、とうとう蕈きのこのように長く延びるのを見ました。またすぐ眼の下のまちまでがやっぱりぼんやりしたたくさんの星の集りか一つの大きなけむりかのように見えるように思いました。

六、銀河ステーション

 そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。

 するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。

 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。

 すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにの子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。

 それはカムパネルラだったのです。

 ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったときカムパネルラ

「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。

 ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、

「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラ

「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」

 カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかし気持ちがしてだまってしまいました。

 ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。

「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥停車場から。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。

「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」

 ジョバンニが云いました。

銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」

「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」

 ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。

「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」

 そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。

「月夜でないよ。銀河から光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。

「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。

「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。

アルコール電気だろう。」カムパネルラが云いました。

 ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。

「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。

 線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。

「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。

「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまたから。」

 カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。

 と思ったら、もう次からから、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。

2021-03-19

夢で会いましょう

 隴西ろうさいの李徴りちょうは博学才穎さいえい、天宝の末年、若くして名を虎榜こぼうに連ね、ついで江南尉こうなんいに補せられたが、性、狷介けんかい、自みずから恃たのむところ頗すこぶる厚く、賤吏せんりに甘んずるを潔いさぎよしとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山こざん、※(「埒のつくり+虎」、第3水準1-91-48)略かくりゃくに帰臥きがし、人と交まじわりを絶って、ひたすら詩作に耽ふけった。下吏となって長く膝ひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺のこそうとしたのであるしかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐おうて苦しくなる。李徴は漸ようやく焦躁しょうそうに駆られて来た。この頃ころからその容貌ようぼうも峭刻しょうこくとなり、肉落ち骨秀ひいで、眼光のみ徒いたずらに炯々けいけいとして、曾かつて進士に登第とうだいした頃の豊頬ほうきょうの美少年の俤おもかげは、何処どこに求めようもない。数年の後、貧窮に堪たえず、妻子の衣食のために遂ついに節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己おのれの詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥はるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙しがにもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才しゅんさい李徴の自尊心を如何いかに傷きずつけたかは、想像に難かたくない。彼は怏々おうおうとして楽しまず、狂悖きょうはいの性は愈々いよいよ抑え難がたくなった。一年の後、公用で旅に出、汝水じょすいのほとりに宿った時、遂に発狂した。或ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇やみの中へ駈出かけだした。彼は二度と戻もどって来なかった。附近山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰だれもなかった。

 翌年、監察御史かんさつぎょし、陳郡ちんぐんの袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)えんさんという者、勅命を奉じて嶺南れいなんに使つかいし、途みちに商於しょうおの地に宿った。次の朝未まだ暗い中うちに出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎ひとくいどらが出る故ゆえ、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜よろしいでしょうと。袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は、しかし、供廻ともまわりの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥しりぞけて、出発した。残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎もうこが叢くさむらの中から躍り出た。虎は、あわや袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)に躍りかかるかと見えたが、忽たちまち身を飜ひるがえして、元の叢に隠れた。叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟つぶやくのが聞えた。その声に袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は聞き憶おぼえがあった。驚懼きょうくの中にも、彼は咄嗟とっさに思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)の性格が、峻峭しゅんしょうな李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

 叢の中からは、暫しばらく返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かすかな声が時々洩もれるばかりである。ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

 袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐なつかしげに久闊きゅうかつを叙した。そして、何故なぜ叢から出て来ないのかと問うた。李徴の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人ともの前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭いふけんえんの情を起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人に遇あうことを得て、愧赧きたんの念をも忘れる程に懐かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭いとわず、曾て君の友李徴であったこ自分と話を交してくれないだろうか。

 後で考えれば不思議だったが、その時、袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は、この超自然怪異を、実に素直に受容うけいれて、少しも怪もうとしなかった。彼は部下に命じて行列の進行を停とめ、自分は叢の傍かたわらに立って、見えざる声と対談した。都の噂うわさ、旧友の消息、袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)が現在地位、それに対する李徴の祝辞青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等らが語られた後、袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊たずねた。草中の声は次のように語った。

 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、一睡してから、ふと眼めを覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中から頻しきりに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、何時いつしか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫つかんで走っていた。何か身体からだ中に力が充みち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手先や肱ひじのあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然ぼうぜんとした。そうして懼おそれた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判わからぬ。理由も分らずに押付けられたもの大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分は直すぐに死を想おもうた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎うさぎが駈け過ぎるのを見た途端に、自分中の人間は忽ち姿を消した。再び自分中の人間が目を覚ました時、自分の口は兎の血に塗まみれ、あたりには兎の毛が散らばっていた。これが虎としての最初経験であった。それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還かえって来る。そういう時には、曾ての日と同じく、人語も操あやつれれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書けいしょの章句を誦そらんずることも出来る。その人間の心で、虎としての己おのれの残虐ざんぎゃくな行おこないのあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤いきどおろしい。しかし、その、人間かえる時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己おれはどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐しいことだ。今少し経たてば、己おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋うもれて消えて了しまうだろう。ちょうど、古い宮殿の礎いしずえが次第に土砂に埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人ともと認めることなく、君を裂き喰くろうて何の悔も感じないだろう。一体、獣でも人間でも、もとは何か他ほかのものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、哀かなしく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。

 袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)はじめ一行は、息をのんで、叢中そうちゅうの声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。

2021-03-15

石鹸1つあればこと足りる

体を洗うのも髪を洗うのも固形石鹸のみである

石鹸で髪を洗うとキュッキュッと良い音が鳴る。

ボディソープは無くなるのが早いし、何かもったいないなぁと感じながらプッシュするのがどうも好かない。

石鹸ならもったいないなんて一切気にせず使えるから最高だw

東南アジアとか旅した時はよく石鹸だけ持ち歩いて体も洗濯石鹸でしてたのが懐かしい。

旅人にとっては石鹸様々である

2021-03-01

必読書コピペマジレスしてみる・自分オススメ41冊編(1)

日本文学編(anond:20210222080124)があまり注目されなかったけれども、記憶を頼りに続きを書く。

芥川龍之介河童

どの作品を入れるべきか迷った。古典翻案に見られる知性とユーモア晩年作品にみられる迫害的な不安、どちらの傾向を持つ作品であっても、元文学少年の心をひきつけてやまない。特に歯車」などの持つ、すべてのものが関連付けられて迫ってくる凄味は、学生時代に再読したとき、行き詰まりかけていた学生生活不安と重なり、ただただ恐ろしく、読み終わってからしばらくは寝床で横にならされた。

河童」を選んだのは中高生の頃で、河童の国を旅する要素に心を惹かれたことを思い出したからだ。それは、大学生の頃よりも不安が弱かったからなのか、この作品に潜む女性への憧れと恐れが自分に響いたのか、あるいは架空世界架空言語に魅せられたのか、その理由はわからない。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン雪の女王

アンデルセン小説を読んでいると、きっとこの人モテなかったんだろうなあ、ってのがひしひしと伝わってきて、何だったら今晩一杯つきあうよ、的な気分にさせられる。一人寂しいときへの痛みと、女性への復讐心が入り混じっていて、読んでいて心がきりきりとする。

で、この作品の中でひたすら「いいなあ」と思うのは、悪魔の鏡のかけらが心の中に入ると、どんな良いものもその欠点ばかりが大きく見えてしまうという設定だ。

ところで、ディズニー作品価値貶めるつもりはないけれど、原作とは全然違う話に似たタイトルをつけて世界中に広げるのってどうなんだろう。デンマーク人は怒らないんだろうか(「人魚姫だって原作改変をやってるし……。いや、ディズニー普通に好きなんですけど、最近こうした異文化の扱いって難しいですし……)

グレッグ・イーガン祈りの海」

「白熱光」にしようかと思ったのだが、これはエイリアンニュートンアインシュタイン物理学自力発見していく過程が延々述べられるだけの話で、燃えるけれども物理学の基礎をかじっていないとちっとも面白くないのでやめた。ついでに、彼の欠点として「科学者エンジニア最高、政治家宗教家文学者は役立たずのクズ」という態度を隠そうともしないところがある。要するに理系の俺TUEEE小説なのだ。それに、しょっちゅうヒロインから説教されるし、作者はいったいどういう恋愛経験をしてきたか非常に心配になる。

そうしたえぐみ比較的少ないのがこの短篇集で、最初に読んだ本だから愛着がある。それに、上の隠しきれない欠点にも関わらずイーガンが嫌いになれないのは、科学的な真理に向き合う姿勢と果てしのない好奇心がかっこよく、さらに己に課した厳しい倫理に身が引き締まるからだ。

カズオ・イシグロ日の名残り

友人と富士山に登るときに持っていったこともあり、これも自分にとって思い出深い小説だ。これは、大戦後の新しい時代適応できない英国執事物語である

彼の小説の語り手は基本的には何かを隠していることが多いので、いつも歯に物の挟まった言い方をする。そのうえ、誰もが自分の信念にしがみついているものから登場人物同士の会話は勝手な主張のぶつけ合いになり、実のところ会話になっていない。

カズオ・イシグロはそうした気持ちの悪さを楽しむ作家だ。そして、「日の名残り」は自分の本当の気持ちに蓋をして生きている人、やりたいことよりもやるべきことを優先してしまう人に、刺さる作品であるに違いない。

ミシェル・ウエルベック素粒子

彼の作品不快だ。主人公のボヤキは原則として次の通り。俺は非モテから思春期の頃には思いっきセックスできなかった。中年になって女を金で買えるようになったが、ちっとも楽しくない。子供も老人もみんな大っ嫌いだ、バーカ! これはひどい

作中に出てくる西欧文明の衰退だのなんだの宗教への逃避だの一見知的に見える議論も、すべて上記の嘆きを補強するためのダシに過ぎない。それでもなお、なぜオススメに入れたのかというと、人をエゴ抜きで愛することの難しさを逆説的に語っているからだ。そして、自分が愛されておらず、必要ともされていないと感じたとき人間がどれほど孤独とみじめさを感じるかを緻密に描いている。皮肉なことに、これは性と愛について真摯思考した書物である

ただ、どの作品も言っていることが大体同じなので何冊も読んではいない。

ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人

僕がウルフのことが好きなのは、単純に文章が美しいというだけじゃなくて、迷っている人間の頭の中で浮かぶ複雑な段階が細かいところまでよく見えているからだ。例えば親しい人への憎悪が浮かび、言葉ではそれを否定して見せるが、態度にふとこぼれ出てしまう。そうした過程子供が貝殻を見つけたときのように、ひとつひとつ並べている。

そして、意識の流れとでもいうのか、ある人物意識から別の人物意識へと、外界の描写連想を経てシームレスに移行していく感じが、本当に巧みな脚本映画みたいで、やっぱり映画って文学から相当影響を受けてるんじゃないかって勘ぐったりするのだけれど、本当のところどうなのかは知らない。眠る前の自分意識もふと過去に飛び、すぐに現代に戻り、夢想し、眠りに落ちていく。

灯台へ」とどっちにするかこれも迷った。

ミヒャエル・エンデはてしない物語

さえない少年万引きした小説を読んでいると、いつしかその物語の中に取り込まれしまう。これは主人公異世界に行き、そこでなりたい自分になるが(まさに公式チートだ)、その報いとして自分自身が本当は何者であったかをどんどん忘れてしまう。何よりも面白小説なのに、その小説現実に向きあう力からではなく現実逃避の手段となることの危険性を訴えている。主人公が万能チート野郎になってになってどんどん嫌な奴になっていく様子は必見。また、後半で主人公を優しく包み込む人物が、私の与えたものは愛でなく、単に私が与えたかったものに過ぎない、という趣旨台詞を言うシーンがあり、これが作品の中で一番自分の心に残っている台詞だ。

ちなみに子どものころ映画版を見て、原作とは真逆メッセージストーリーになっているのにショックを受け、初めて原作破壊行為に対する怒りを覚えた。僕が大人商業主義を信用しなくなったのはこれ以来かもしれない。

円城塔文字渦」

基本的自分は何かを知ることが好きで、だから知識の物量で殴ってくるタイプの彼の作品も好きである。それでいてユーモアも忘れないところが憎い。フィクションとは何だろう、言葉文字物語を語るってそもそもどういうことだろう、そうしたことをちらりと考えたことがあるのなら楽しく読めるはず。「Self reference Engine」で抽象的に触れられていたアイディアが、漢字という具体的な文字によって、具体的な形を与えられている。

元々SFの人だけれども、最近日本古典にも守備範囲を広げ始めていて、SFが苦手な人も楽しいと思うし、慣れたらSFにも手を出してほしいとこっそり思っている。

遠藤周作沈黙

どうしてこれほどあなた信仰しているのに、手を差し伸べてくれないのですか。せめてささやか奇跡あなたがいらっしゃるということだけでも示してください。そういう人類が何千年、何万年も悩んできたことについて。神に関しての抽象的な疑問は、具体的な舞台設定を与えないと机上の空論になる。

以前も述べたが、ここに出てくる仲間を裏切ったりすぐに転向したりしてしまう情けないキチジローという人物がとても好きで、彼の「迫害さえなければまっとうなキリシタンとして生きられたのに」という嘆きを、情けないと切り捨てることができない。

ただただ弱くて情けない人物遠藤周作作品にはたくさん出てくる。だから好きだ。僕が文学にすがらねばならなかったのは、それなしには自分の弱さ、愚かさ、卑怯さ、臆病さ、ひがみを許せなかったからで、強く正しい主人公たちからは救われなかった。

イタロ・カルヴィーノ「冬の夜一人の旅人が」。

男性読者」という名の作中人物が本を買うが、その本には落丁があった。続きを探すために彼は同じ本を手に取った別の読者である女性読者」を探し求める。彼はいろいろな本を手に取るが、目当ての本は結局見つからない。枠物語の内部に挿入されるつながらない小説の断片は、それだけでも完成度が高く、まるで本当に落丁のある文学全集を読んでいるような楽しみがある。

世界文学パロディー化した物語のページをつないで作った「鏡の中の鏡」かと思わされたが、それ以上のものだった。語りの文と物語関係とは、新作と偽作とは、そんなテーマ物語レベルメタレベルの二つの層の間で錯綜して語られている。

ダニエルキース「アルジャーノンに花束を

知的障害者チャーリーゴードンが脳手術で天才になるが、その知性は長続きしなかったという悲劇として知られている。けれども、僕はこれをただの悲劇として読まない。障害者セックスについて正面から向き合った最も早い作品の一つだからだ。

チャーリー女性の裸を考えるだけで罪悪感からパニックになってしまう。それは母からの過度な抑圧と体罰が原因だったが、それはチャーリーの妹を彼の性的好奇心から守ろうとするが故の行動だった(チャーリーの母が、周囲からもっと支援を得られていたら、あれほどチャーリーにつらく当たらなくて済んだんではないか、とも思う)。

天才になったチャーリーは恋をし、トラウマを乗り越え、苦労の末に愛する人と結ばれ、やがて元の知的障害者に戻ってしまう。一見すると悲劇だが、彼にはセックスに対する恐怖がもはやなくなっている。彼がただの障害者に戻ってしまったという感想は、その視点が抜けているのではあるまいか

ナタリア・ギンズブルグ「モンテ・フェルモの丘の家」

素晴らしかった。中年の仲良しグループというか、ツイッターでいうクラスタの間を行き交う書簡を通して話が進む。居場所をなくすこと、愛情を失うこと、自分の子供をうまく愛せないこと。そして、友人の死。テーマは深刻だ。なのに、読後感は良い。それは視点距離を取っているからか、登場人物を公平に扱っているからか、それとも愛を失う/奪われる過程だけじゃなくて、そのあともちゃんと書いているからなのか。長い時間の中で、家族や友人が近づいたり離れたりする感じ、これこそ人生だ、みたいな気持ちになる。

アーサー・C・クラーク幼年期の終わり

子供の頃、太陽が五十億年も経てば地球を飲み込んでしまうと知って、非常に恐ろしかったのだけれど、それ以来人類運命について書かれた物語がずっと好きだ(H・G・ウェルズの「タイムマシン」も何度も読んだ)。

人類は滅んでしまうかもしれない。生き延びるかもしれない。しかし、宇宙に出て行った結果、ヒトとは似ても似つかないものになってしまうかもしれない。彼らは人類の何を受け継ぐのだろうか。そして、今しか存在しない自分は、果たしてこの宇宙意味があるのか。

人類運命が気になるのと同じくらい、僕はきっと遠くへ行きたいと思っている。だから、ヒトという形から自由になってどこまでも進化していく話に魅了され続けるのだ。


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2021-01-26

anond:20210126222659

GOTOは半額しかでないから、もう半分は旅人自分で金を出すから投入した税金以上のお金が動く

困窮者にお金を出すと、助けてくれる周りの人が使ってくれる分が減ってしま

自助、共助、公助の順番は変わらない

文句を言ってる暇があったら、周りで困っている人を助けてあげるのが人道的というもの

2021-01-09

anond:20210109215932

まり「内輪の村論理」と認識されてるってことは外に出たら村の行動の方が悪意ある反社行為とみなされる可能性が高い証拠でもあるわけよ

例えば「旅人が来たら殺して死体は食べ切らないといけない」っていう掟があるとすると村の外の人間は「犯罪者集団殺人を重ねて発覚を逃れようと隠蔽してる」って解釈するでしょ

二次創作から赤字にしないといけない」とか「ネット販売してはいけない」ってルールもそういう風に悪意があるとみなされ得るというかみなされる

2020-12-29

anond:20201229140656

月日は虐待の過客にして、行き交うトシもまた旅人なり。

舟の上に障害を浮かべ、ウーマンの口捕らえて老いを迎うる者はおお前田。じゃない増田

2020-12-26

 これから書くことは、すべて本当のことです。

嘘をつく人が嫌いでした。しかしながら、人間だれしも嘘をつく生き物でありましたから、僕は億劫でなりませんでした。この世界には、いったいどれほどの嘘があるというのでしょうか。それとも、嘘というものは、人間人間である以上、離れることのできない、いわば、足枷のようなものではないのか、などと考え、毎晩、眠ろうとも眠れぬ気持ちに駆られて、それから、戸棚の天板を外し、隠していた薬を口に運んで、それでようやく眠れる、というような生活を続けていたのでした。困窮した作家というのは、概してそのような生活をする生き物なのです。

知り合いの大塚くんが、わざわざ電車タクシーを乗り継いで、東京郊外にある小さな学生向けのアパートの一室にやって来て、金が無くなった、3万でいいから貸してくれ。貸してくれなければ、僕は明日にでも死んでしまうだろう、というのです。分かりきった嘘でありました。ははん、きっと彼は僕の弱さに付け込んで、競馬か、あるいはパチンコの軍資金を手に入れようとしているに違いない。僕はそう踏んで、やれ、お前のような人間に貸す金は、一円だって無い、と突っぱねました。しかし、大塚は酷くやつれた顔に、今にも死にそうな、それこそ、病床に伏した末期がんの患者のような姿で、半分泣きながら、僕にそれをねだるのでした。僕には、それを断る勇気がありませんでしたが、しかし、彼のそれを嘘であると見抜く自分の目が、また自分に嘘をついているのではないか、という疑念に駆られて、ひどく怖くなるのでした。

 とうとう、僕は彼に金を貸す決意をしたのでした。いいえ、正確には、彼の求めた額の、ほんの数分の一でしかありませんでしたが(何しろ、このとき自分も、金には困っていたのです)、しかし僕は、その、天性のだまされやすさ、とでも言うべきか、はたまた、お人よしとでも言うべきものに従って、彼にそれだけの金を、預けたのでした。そうして、しまいには、雨の降る寒空の東京に、感謝言葉……それも、見え透いた嘘でした…を口にしながら、いそいそと出ていこうとする彼を見て、僕は彼に、

「利子はいらんよ。きっと、君はい画家になる」

といって、小さくお礼の言葉を繰り返しながら、彼の背中が消えていくのを見送る始末なのでした。

 そんな小さな嘘をつく日々が、やがて行きつけの喫茶店のツケの催促状となって、僕の生活を、ゆっくり侵食し始めたのは、今年の夏になってからのことでした。ちょうど、大陸産の……はて、確かなんとかという、新種のウイルスだったと覚えています……が、巷の人々の生活を、ゆっくりと変えていくのと同じくして、僕の生活も変わっていきました。

 まずは、ある風俗嬢の話をしましょう。僕が住んでいる町は、決して良い場所ではありません。いや、僕の住むアパートの窓からきれいな太平洋の姿が見えることを除けば、とても人が住む場所とは言えないのです。人気のない、寂れた街。住んでいるのは老人ばかりで、皆、学生運動の時代の人々です。僕のような若い人は、確かに住んでいるのもいますが、しかし、数は、とても少ないでしょう。そんな場所で、僕はもう3年も住んでいます。住めば都、とはよく言ったものですが、あれがもし日本の都であるというならば、この国は、もうおしまいです。

 そんな街にも、歓楽街はあるのでした。僕はそこにある風俗店の、とある嬢と関係があって、それも、お金を払わずとも会ってくれるような、いわゆる「セックスフレンド」というやつでした。髪の毛を長く伸ばした、雅な彼女は、僕のことを襲っては、あなたとならどこまでも行きたい、というので、僕は困っていたのでした。僕からすれば、自分欲求を満たせさえすれば、他のことはどうでもよいのでした。それに、彼女もきっと、自らの境遇を少しでも良くするために、僕にすり寄っていたのです……いや、しかし、作家生活するというのは、彼女生活よりも、はるか地獄らしい地獄であることは、言うまでも無いでしょう。

 浮浪者の数、それが増えたという些細な事実に神経が過敏に反応したのは、その彼女が、ひどくやつれた顔で、いつもは情熱的な行為も半ばに、半分泣きながら、僕の方によりかかってきた時だったのです。

「どうした?」

彼女は、僕に抱き寄りました。乳はそれほど大きくありませんでしたが、悲しくありました。華奢な体が、いつの間にか、皮膚と骨だけのようになっていました。寒かったので、リモコン暖房つけました。部屋は暗く、ぼんやりとしていました。

仕事……無くなりました」

お金か?なら僕が」

「いいえ、いりません」

 彼女はぼそりと言いました。言葉が空中で、飽和しました。

「困っているのだろう? 大丈夫。僕は作家だ」

貧乏な人に恵まれるのは、嫌なんです」

 貧乏な人。

 僕はその言葉に、ただぽかんと、宙を見つめることしかできませんでした。

「そうか…」僕はそう言って、立ち上がろうとしましたが、彼女が僕の男根を触ってきたので、そのまま動かないようにしました。

彼女は、一流でした。芸術家でした。きっと、マネも、ゴーギャンも、彼女を見たら、モデルにしたいと思うでしょう。僕は彼女なすがままに、身を任せました。気が付けば、僕の横で、彼女が倒れているのです。そう、一流の芸術は、それを見ているときには、芸術とは思えないものなのです。すべてが終わった後になって、それがそうだったと気が付いて、それで、唐突に称えるものなのです。

から僕は、称えようなどとは思いませんでした。同時に、彼女を貶めようとも思いませんでした。ただ、せめて何かの助けにならないかと、思ったのです。僕は、彼女が一流の芸術家であることは知っていたのです。僕は、隣で静かに眠る彼女を起こさないように体を持ち上げると、枕元に、なけなしの現金を添えて、着替えをして部屋を出ていきました。ホテルの受付で、彼女がまだ寝ていることを告げ、足早に去りました。

寒い朝でした。僕の心も、冷たく冷え切っていました。口から吐く息が白く濁って、真っ白な東京に溶けていきました。きっと、その息の中に、僕の魂も溶けているのでしょう。あと何十万回と息を繰り返せば、僕はやがて倒れてしまうのでしょう。そんなことを思いながら、僕は行きつけの喫茶店へ向かいました。毎朝、彼女と寝た日の翌日には、その店で一杯のコーヒーを飲んで、焼き立ての目玉焼きを食べるのが習慣でした。

彼女自殺をしたと知ったのは、その翌日のことでした。

もともと、払う金もなかったのだそうです。部屋で、薬を飲んで死んでいたのでした。ベッドの上で。僕は、そう、きっとあの時、僕が目覚めた時には、彼女は部屋で、既に死人となっていたのでしょう。「この世で最も重いものは、もう愛していない女の体である」という言葉は、案外的を射ているのかもしれません。実際、彼女の体は、ひどく重かったのです。あんなに華奢で、弱弱しかったのに、です。

彼女体重は僕が最後彼女の…生きている彼女…つまり、生き生きとしているという意味での…彼女に会ったときよりも、20キロも痩せていました。彼女の住んでいる安アパート大家さんも、同じことを言っていました。僕が作家であると言って、なけなしの三流小説のいくつかを持っていくと、取材とのことであれば、と言って大家さんは僕を家に上げてくれました。初老女性でした。しわの多い、低い声の、優しそうな老婆でした。

過食症ですよ、ご存じですか」

「いいえ、まったく」嘘。この春、僕もなったばかりでした。

「食べては吐くのです。精神的な病です。この前、私のところで、彼女のために飯を作ってやったのです。彼女は一人で、5人前も食べましたが、その後すぐに、全部吐き出しました。きっと、胃袋の中身は空っぽなのでしょう。私はそれを全部ふいてやって、それから今日は遅いから早く寝なさい、と言いました。彼女も、いくらかそれを理解したようで、その日は早く眠りました。えぇ、目の色が、死んでいましたよ。あぁ言う人は、良くこのアパートを借りるんです。きっと、そうして、死ぬのです。ここは、自殺の名所なんです。あの樹海なんかよりも、ずっとね」

 いつの間にか、僕は老婆の話に聞き入っていました。滅びゆく人間の話を聞くのが、好きだったのです。枯れていく花を見つめるのを、趣味としていた僕にとって、それは当然でありました。

「ほかにも、死んだ人が?」

「いますよ。伝染病流行ってから、もう3人目です。みんな孤独ですから、私が代わりに葬式に立ち会っているのです」

 一人は、サラリーマンでした。職を失って、いわゆる、リモートワークというやつになったのだそうです。画面越しに仕事をしているうちに、あぁ、彼は、自分が、他人に見られない場所にいられることに安堵したのだ。そうして、ふと、見られないならば、死んでもいいと思ったに違いない。アパートの二階で、首を吊ったらしい。大家の話によれば、彼の部屋に入ると、糞尿を垂らしていたという。きっと、すべてをあきらめた死刑囚と同じ気持ちだったに違いない。

 もう一人は、哀れ、まだ若い女子大生。彼女は、部屋のドアノブにひもを括り付けて、死んだそうです。生気を失った人というのは、ちょうどゴム人形のようなのだとのことでした。体液で、部屋の床が変色するのです。皮膚は、とても冷たい、冷たい。彼女遺言は、ただ一行だけで、それ以外には、何もなかったといいます

寂しい

 この一行に、どれだけの言葉がないまぜになっているのか、きっと君ならわかってくれるはずです。僕も、同じことを、何度思ったのか分かりません。

 彼女は、卒業を間近に控えていました。卒業論文を書けば、良かったのです。しかし、彼女は、家庭の都合から、泣く泣く大学を辞めたのだといいます。僕とは大違いです。たくさんの猶予をもらった、モラトリアム人間とは大違いです。彼女はまじめで、多くの人に悲しまれたといいます。それも一度だって彼女のことを見たことのない人も。

 特にテレビ報道はひどいものだったといいます。僕は、もうずいぶん長いこと、テレビなんて言うものは、俗悪で、卑猥ものと一蹴して、見てもいませんでしたから、そんなニュースを知りもしませんでした。彼女の死は、政権批判タネにされたのでしょう。大家も、今の政治はだめだ、と漏らしていました。その言葉を聞いて、僕は悲しくなりました。

 一人の死です。これほどまでに、あっさりと、人が死ぬのです。

 僕は、大家に礼を言って、その帰りに、例の少女の墓を聞きました。近くの霊園にありました。立派な墓だったのです。きっと、僕は死んでも、こんな立派な墓は立ててもらえないでしょう。立ててもらえるとしても、僕は断るつもりです。

 雨が降っていました。カエルが、一匹、彼女墓石にできた水たまりで、ゲコゲコと鳴いていました。名前は、よく見えませんでした。僕も泣いていたのです。帰り際に、僕は一輪の花を見ました。何の花かは覚えていません。でも、とても、寂しいことだけは、覚えています

949。

 この数字が、何を表すのかは、ご想像にお任せします。きっと、僕のこの文章を読んだ人の多くが、ピンと来るはずです。だってあんなに毛嫌いしていたテレビが嫌でもついていて、そうして、毎日のように流れてくれば、誰だって敏感になるのですから

「またいつか」という言葉の空しさを知ります

僕は狭い6畳のアパートにいます学生向けの小さなアパートです。大の大人が、借りているのです。近所の人はみんな、学生です。

若い人というのは元気です。今日は、お隣の音楽学校の生徒が、バイト先の人たちと、ちょっとした遊びをしに行くのだといいます。僕がそれを知っているのは、アパートの部屋の壁が、とても薄いからです。前は、男と女の、汚い喘ぎ声が聞こえて、僕はいつも、すぐに部屋を飛び出して、近くの銭湯へ行き、用もないのに、やれ、世間話に花を咲かせる老人たちと、碁を打ったりしたのです。ですが、ここのところは、彼女たちの電話する声しか、聞こえてきません。あるいは、その、例の「リモート授業」とでも言うべきものを、受けているのでしょうか。

コロナ禍において[判読不能]、あるいは、私たち自覚を持つべきです。若者が[判読不能]なことをしているために・・私たちが悪い…また今度。

そんな内容のことを、表では言いながら、例の、「遊び」には、行くのです。きっとこう書いて、そう、君、この文章ネット上で見つけた下世話な君は、ここだけを切り取って、「若者の乱れた考えが云々」という、お決まり文句を言うのでしょう。僕がこう言っても、きっとそういうに違いない。お好きにしてください。僕は何もしませんし、それも見ませんから

 大人には、彼らの気持ちが分かるはずありません。きっとあなたは、この文章を読んで、そんな気持ち、皆同じだ。お前だけ特別なことのように語るな。それに、何だこの下手糞な文章は。お前は、太宰治にでもなったつもりか、というでしょう。

 みんなと同じ。

 そうです。その通りです。僕は、みんなと同じです。みんなと同じく、孤独なのです。きっと、あの病院で遅くまで働いているナース彼女も、同じです。きっと、街中へ出て、夜まで飲んでから帰る政治家も同じです。みんな孤独なのです。孤独から、寂しいから、みんな、死んでいくのです。

 みんな同じなのです。みんな同じ気持ちなのです。ですから、みんな同じなのです。

 なんとか、なる。

 そう書いた作家もおりました。みんな同じです。

 みんなで耐えましょう。みんなで耐えれば、良くなります。今こそ、農村地帯の、あの共同で助け合う気持ちが、大切なのです。みんな、そういいます

 僕の故郷では、旅人が殺されたそうですよ。バレないように、死体は埋めたそうです。ドラム缶でよく燃やしてから、埋めたそうです。みんな同じです。

 僕は作家です。ですから、僕は今、目の前で起きたり、耳で聞いたりしていることしか、書いていません。それ以外のことは、妄想は、一行だって書いていません。僕の知り合いが、首を吊りました。僕の知り合いが、電車飛び込みました。もうすぐ、始まります。みんな、合掌しながら飛び込むのです。こんな世界に、何の希望があるというのでしょうか。

 みんな「またいつか」と言って、去りました。そのいつかに、用があるのに。そのいつか、は、もうやってこないのに。

 いつか、という言葉は、とても面白いのです。いつ、という疑問の言葉に、か、という呼びかけを付けるだけで、日本人は、未来を指せます。そして、いまでないどこか、今でないどこかに、この「現在から伸びる直線上に、架空の点を置いて、それを呼ぶのです。ひもを引っ張り続ければ、必ず訪れる、「いつか」をです。

 でも、これを英語で言うと、とたんに「See you again」という言葉になって、変わります。「またお会いしましょう」というのが、直訳です。また、というのは、いつのことなのでしょうか。僕には、わかりません。

 経験は、僕と未来の僕の間に、差を作ります。もしも僕が生きていたとすれば、そこにいる僕は「彼は昔の彼ならず」という言葉通りになります。何か大きな災害が起きて、僕は死んでいるかもしれません。何か、特別なことがあって、僕は生きているかもしれません。

 一般化された苦しみを、言葉に起こしてみました。

 それでも、あなたは、大人という生き物は「みんなと同じだ、我慢しろ」というのですか。

 僕はそんなこといいません。「僕も同じです」といって、そばにいます

 それが、今の僕が吐くことのできる、精いっぱいの嘘です。

2020-11-30

ドラクエ10ゴールドベホマズン問題

落書きです。あるネトゲ界隈で起きた事件とその余波について主観に基づいて書いてます

しずく、はっぱゲーについて

最近のエンドコンテンツで邪蒼鎧デルメゼというボス実装された。Twitterとかまとめサイトを見るとあまり評判がよくない。いろいろな批判があるけれど、ここではしずくゲーという点に注目する。

しずくというのは「せかいじのしずく」という全員のHP満タンまで回復するアイテムである。これは旅人のバザーで買うことができる。ゴールドを支払えば僧侶などの回復職でなくても全体完全回復が無制限にできるのでゴールドベホマズンと一部で言われている。

また「せかいじゅのは」というアイテムがある。死亡(戦闘不能)になった味方を蘇生させることができる。これは「せかいじのしずく」と異なり店で買うことはできない。

以下、読みにくいのでアイテム名を漢字に直す。

世界樹の雫と世界樹の葉は、ちいさなメダルというアイテムと交換で入手できる。もともとちいさなメダルは貴重品で、敵を100体討伐すると1枚支給されるとか、ごくまれに敵が落とすとかであった。だから世界樹の雫と世界樹の葉は貴重品で、これを湯水の如く使うバトルは起こり得なかったはずだった。

なぜこのようなバランスになったのか。

青箱ローラ問題

ドラクエ10フィールドには、青い宝箱(青箱)というのがたまにランダムに出現する。中身もランダムで、ちいさなメダルが入っていることもある。

あるとき複数プレーヤー分散青箱を探し、見つけたらチャット場所を共有する行為流行った。これを青箱ローラーと呼ぶ。青箱ローラーにいち早く参加したプレーヤーはその当時では大量のちいさなメダルを入手することができた。

運営はしばらくして青箱ローラ対策を行った。しかし、青箱ローラーにいち早く飛びついたプレーヤーと、飛びつかなかったプレーヤーの間でちいさなメダル格差がここで生まれた。

運営ちいさなメダル格差を埋めるために行ったのは、ちいさなメダルインフレさせることだった。以前は1枚ずつコツコツ集めたちいさなメダルだが、メダル100枚チケットロイヤルメダルフラワーなどの登場で100毎単位で大量に手に入るようになった。これでちいさなメダル格差はなくなったと思われた。

ちいさなメダルインフレの余波

おそらく溢れかえったちいさなメダルを回収するために「達人のオーブシステムが考案された。達人のオーブは新成長要素の面もあるので、メダル回収だけが目的ではない。これも主観になるが、達人のオーブは長らく評判の悪いシステムで、何度も改修が重ねられてきた。

以前の達人のオーブは、宝珠を石版にはめるシステムだった。この石版はちいさなメダルと交換で入手できた。得られる石版はランダムで、理想の宝珠をはめる穴が空いている石版を入手するためには(主観で)数千枚単位ちいさなメダル必要とした。

一方で、世界樹の葉や雫を交換するのに必要ちいさなメダルの枚数は据え置きとなった。

再び、しずく、はっぱゲーについて

ドラクエ10世界に溢れかえったちいさなメダルにより、プレーヤーは膨大な数の世界樹の雫や世界樹の葉を使うことができるようになった。回復キャラがいなくても無制限蘇生可能で、全体完全回復ができる。むしろ僧侶などの回復職は道具を使用しないことがメリットで、回復能力だけを見るのなら、世界樹の雫をばらまいたほうが有利である

僧侶場合は、範囲回復ベホマラーを使うことができるが、完全回復ではない。回復魔力を高めるとか、スキルの「聖なる祈り」を使うことで回復量を増加させることはできる。聖なる祈りはバフ(良い効果)なので消えることがある。例えば敵に倒されて蘇生した直後に全体回復を要する場合は、聖なる祈りを使っていないので回復量が不十分である。単体完全回復ベホマは、一度使うとしばらく待たないと使うことができない。

通常の取るに足らない敵やストーリーボス相手世界樹の雫をふんだんに使うことはあまりないが、最高難易度ボスを倒す際には僧侶を入れるよりは、ダメージ効率よく与えられる職だけでパーティ構成して回復蘇生は道具に頼るバランスになるのは必然だったと思う。

現在ドラクエ10ディレクター安西ディレクターで、この安西ディレクターはあまり評判がよくないと思う。しかし、こうした戦闘バランスになる原因を作ったのは前任の斎藤ディレクターだと思う。もちろん、安西ディレクターボス戦で世界樹の雫を禁止するなどの対策はできるだろうからプレーヤーはそうした対策を求めて安西ディレクター批判しているのかも知れない。

斎藤ディレクターちいさなメダル以外にも、一部のプレーヤーが差をつけると、その差が無意味になるほどのインフレ政策を取ったディレクターだと思う。ネットで見かける斎藤ディレクター批判アストルティア学園という自分趣味コンテンツ開発に夢中だったとか、そのアオリをうけてゲーム内容がスカスカであるとかが目立つが、個人的にはインフレ政策が最大の失策だと思う。

斎藤ディレクター3つのインフレ政策

簡潔に書く。

カジノコインインフレ

カジノ通称「逆天井事件」というカジノコイン簡単に手に入るテクニックが見つかった。紆余曲折を経て、カジノコインは大量に簡単に得られるようになった。初期の目玉商品VIPカードは無価値になった。

このせいかは定かではないが、以後カジノに魅力ある景品が追加されることはなくなった。またカジノというコンテンツ事実上終わったと思う。後に追加されたスライムレースの賞品はゴールド現金)であってカジノコインではないあたりも、カジノコインが景品では訴求力がないことを物語っている。

経験値インフレ

スペシャルくびきという福引の3等の景品でメタキンコインが3枚得られた。メタキンコインメタルキングという経験値を大量に得られるモンスターと戦えるアイテムである。この3等はわりと当たりやすく、多くのプレーヤーが大量のメタキンコインを得た。

ここでも斎藤ディレクターインフレ政策を取った。「ドラクエ10 経験値 グラフ」で検索すると一目瞭然だが、それまでレベル上げに必要経験値は緩やかな曲線で上昇してきたが、ある時点でレベル上げに必要経験値が激増した。

レベル93から94への必要経験値より、レベル100から101のほうが少ないはずもなく、一度跳ね上げた必要経験値レベル上限が開放されたり、新職が追加されるたびにプレイヤーに重くのしかかることになる。

他と違う点は、メタキンコインを2等の景品に変更してメタキンコイン供給を絞った点である

ちいさなメダルインフレ

前述の通り。

まとめ

喉元過ぎれば熱さを忘れるというけれど、いまネットでは安西ディレクターの開発体制でのボスについて批判が集まっている。最近ボス世界樹の雫を大量に使うこと前提のボスになっているのは安西ディレクター責任というよりは前任の斎藤ディレクター責任が大きいと思うので、ここに簡単にまとめておいた。

2020-11-28

WIREDの『原神』の記事の件

https://wired.jp/2020/11/27/genshin-impact-gacha-backlash/

諸々のブコメ見て言いたいことが100文字ブコメで収まらなかったのでこっちで。

擁護って形にはなっちゃうけど関係者ではないので悪しからず。

読みづらい点があったらお許しください。

私について

20代

・以前やっていたソシャゲ…3,4年前にぷよクエにゃんこ大戦争(いずれも無課金)

・今やっているソシャゲ…原神のみ(10月半ばに始めて千円程度の微課金)

ゲームレベル冒険ランク30、持ちキャラ8体(0〜2凸)

・iPhone8のため、マルチは落ちるのが怖くてやったことない

ガチャについて

まず大前提として、原神は課金ありきのゲームではない。と思う。

当該記事ブコメは【ガチャ=課金】のような描かれ方をしていた。そこに恐らく遊んだことのないブクマカ達がガチャゲー叩きをしていて、全くピントが合っていないと思った。

もっとも、悪いのは非プレイヤーの読者にそう誤認させて煽る記事である

間違いなく言わなければいけないのは、原神でガチャマストである。が、課金して回さないとクリアできない・楽しめないようなシステムではない。

ガチャ(祈願)に必要な、いわゆる「石」は通常の冒険ミッション達成、キャンペーンコード、配布であったりで獲得できる。

ぷよクエかにゃんこをやっていたとき感覚で「滅多なことがないとガチャ石は配布されない」と思っていたが、原神は普通に遊んでいるとちょっとずつ溜まっていく。

課金しないと回せないような「プレミアムガチャ」 的なのも現状無く、自分のような微課金無課金カジュアルプレイヤーも、ちまちま集めた石で十分に楽しめる。

また、周りの友達と話していて、課金ガチャの引きが変わる様子も無い。無課金タイミング自分が★5引いていたり、初っ端から2万円ほど突っ込んだ友人が暫く★5引けていなかったり。

「沢山ガチャやりたければ用意あるのでどうぞ」という感じ。

原神の世界システムについて

課金プレイヤーが優位に進められるんだろ!みたいなブコメ散見されたが、全然そんなことはない。記事言及されていなかったので、非プレイヤーがそういうイメージで捉えるのは仕方ないとは思うけど。

このゲームには「世界レベル」というのがあり、ミッションストーリーを進めていくと上がるようになっている。これが上がるとそこら辺の雑魚も少しずつ強くなっていくが、得られるアイテムも豪華になっていく。

そのため、「世界ランクが上がったのに武器とかキャラが弱いままで詰んだ課金しないと!」みたいなシチュエーションも、(進め方次第ではあるが)ほとんど無い。

キャラを強くするような装飾品は、ガチャでは引けず、地道に冒険で拾っていくしかない。ここがガチャになったら一気にキツくなるとは思う。

また、一般的ソシャゲのように、他プレイヤーとの勝負が無い。ソーシャル要素としてはマルチプレイで友人と一緒にミッションをこなすような部分。勝負ではないので「圧倒的差を見せつけられてボコボコにされる」といったこともない。と思う。(上記理由マルチしたことない)

じゃあなんでお前は課金したんや

限定キャラ(クレー)ピックアップ最終日にワンチャン引けたらラッキーだなと思って千円だけ突っ込んだ。引けなかったけど。

その他所

自分勘違いかもしれないが「ガチャ=課金煽り=悪」みたいな方程式ブコメから感じた。

ガチャ自体は有っていいシステムだと思っていて、全員が同じやり方でやればクリアできる従来のビデオゲームより、各々が持っているキャラ・コンディションに合わせてカスタマイズする方がプレイヤーに主導権があって、エンターテインメント性が上がったように思う。

ただ、そこで「課金しないと取れない最強キャラクター」「課金しか進められない難易度システム」があるとevilさが出てくるし、自分も触らなくなると思う。

今の原神においてはそういった感じはなく、課金あくまで追加コンテンツ的な立ち位置で、ゲームバランス的にも洗練されているように思う。

キャラ世界観もしっかりしすぎていて、普段ゲームなんてほとんどやらないから「これ無料って本当!?」とビックリした。

あと公式お知らせの「親愛なる旅人さんへ」が好き。

追記

記事の「ガチャゲーは悪」「ソシャゲ依存者たちww」みたいなブコメ辟易した。

一方的断罪すべきでも腐すべきでもないでしょう。どっちが正でも悪でもないんだし、ちゃん議論しようよ。

2020-11-27

久しぶりにFM聴く宮本コウジが『 異邦人』をカバーしていた……

空と大地が触れ合う彼方……過去から旅人を呼んでる道……

それはそれとして電気代の支払い領収書が見つからず……電気代にとって私ただの通りすがりちょっと振り向いて見ただけの異邦人

anond:20201126234327

異世界から召喚されるキャベツのヒントは変わったヒルチャールにある。

旅人の中には彼らを即座に殺めてしまっている者も多いと思うが、注意深く行動を観察してみると、びっくり箱のようなものからホム召喚して攻撃してくる。

討伐後決まってドロップするキャベツもそのびっくり箱を通して異世界から持ってきたものと考えるのが妥当である

その異世界とは何処なのか。ヒントはホムにある。

ホムとはこの世界創造者miHoYoが創りしもう一つの世界崩壊現象に蝕まれ世界におけるマスコットキャラである

その世界におけるキャベツとは、ハイペリオン号の戦艦AIアバター頭部のことに他ならない。

キャベツという痕跡を残していくことから、この世界AIによる異世界干渉を受けていることが示唆されているのだ。

物理法則無視して無限に現れるキャベツ、それを成す異方の手を持つものの正体は明らかになった。

あとは君がこの世界をどうしたいかにかかっている。

事実を白日の下に晒すのか?それはこの世界虚構であることを知らしめることに繋がり、破局は免れない。

降りしきるキャベツ異世界の神の恩寵と嘯いて甘受するのか?

はたまた、神と交渉し――あるいは君が神に成り代わるのだ。

2020-11-01

anond:20201101085044

分断と普段の間には商品棚とウェブページ上下左右真ん中の格差社会

旅人よお前とお前とお前とお前とお前は何にポチポチ目線を落として

いるのかしら

2020-10-22

anond:20201020160713

増田は旅の本質ってやつに少し手が届いていると思う。自覚がないだけで。

名所旧跡を見たとか写真撮ったとか、確かにそういうのは旅の本質じゃない。つーか、パッケージ旅行で到着した名所旧跡なんてただのコンテンツで、はっきり言えば編集したビデオ映像でも見る方がなんぼか意味ある。それでも、建築物とかは内部の構造や音の反響とかを体感できるという意味はあるんだけど、それはまあ興味があればって話で。だいたいのところ、意味ない。「有名なアレの本物を見た!」つー感動はあるだろうけど、だいたい「写真で見るよりちっちぇーなぁ……」とかだったりするので、それなら写真で見てワクワクしてた方がいい。

でもさあ。むしろ「詰まんない」とこに、旅ってもの本質があるんだと思うんだよ。コンテンツにならない違和感、非日常性。ただ「そこにいる」ということの価値。たとえば自宅に「場所としての特別感」があるなら、当然、どこか別の場所には別の場所なりの「特別感」はあるんだよ。旅行者にとっては、街がまるごとテーマパークみたいなもんだよ。海外に行けば言葉違う、通貨違う、町の人が食ってるもんも違う、隣を歩いてるおっさんの顔も違えば職業も違う。聞いたことのない人生生活常識がそこにある。街角喫茶店に入る。さて何を頼むべきか?観光客がなるべく戸惑わないように、観光地のソレは「よそ行き」な顔をしているけど、本当の地元喫茶店は「よそ行き」の顔なんかしてない。その街に行かなければ分からない「顔」をもってる。それを見て、すげえ詰まらないんだけど「おぉ~」とか思う。そういうとき、「ああ旅だなあ」って思うんだよ。

から

温泉だってどこのやつに入ってもそんなに違いを感じねえし、すぐのぼせて上がってしまう 脱衣所のすのこ(?)の床の質感とかはすげー好き

いいじゃんか! すのこも街によって違うぞたぶん。コーヒー牛乳が全国にあるとも限らんしな。地元の「当たり前」が旅人にとっては「当たり前」じゃないんだよ。

メシにしたって貧乏性でつい旅先でも安いものを求めてしまう いやいや、せっかく来たんだから奮発しようぜ!とときどき思って高いものを食うと、まあうまいんだけど、そりゃ高いんだしな…という気持ちが先に立ってしまって満足度が低い

いやいや、それでいい。安いものでいいんだよ。観光客向けのよそ行きのご飯じゃない飯。地元の古い店に入ってみれば、ただのカツ丼にも地元ならではのこだわりがあるかもしれんよ? しょうゆの味一つ、塩加減一つ、カツは卵と煮るかあとからぶっかけるか三つ葉載せるか、街によって好みは違うもんだ。

旅行いちばん好きなのは宿の部屋に入る瞬間 部屋の鍵をあけ、薄暗い部屋に入っていって電気をつけるときのワクワク感はかなりある

荷物置いてそのまま寝るってことはほぼなく、そのあともう一度出かけないといけないから、あんまり気を抜いてダラダラはできねえんだけど、だからこその良さがあるというか、外出着のまましばらく横になるあの気持ちよさは替えがたい

そう、宿はいいんだよな めちゃくちゃ良い

いや、分かってるじゃねえか。自分の家ではないところで、仮の宿にいる。なんなら、そのまま宿で三日ほど過ごしてもいい。主人に謂われを聞いてみたりしてな。昔誰が泊まっただとか。実にぜいたくだ。

とにかく少し腰を落ち着ける。空気を味わう。地元の人と会話する。地元の飯食う。寝る。そして起きたら知らない街。それが「旅」情ってもんだと思うぞ。あー旅はいいなあ…。

2020-09-11

セックスしながら走れドスケベメロス 第五話

前回までのセックスしながら走れドスケベメロスは……

「私にはいのちんぽの他には何も無い。その、たった一つの命んぽも、これから王にくれてやるのだ。」

「その、いのちんぽが欲しいのだ♡はやくよこせなのだ♡おぽぉ♡」

「ボーボーの陰毛の一本一本が……それぞれ《個》《意思》を持っているッッッ♡♡♡」

 性義だの、スケベ信実だの、スケベ愛だの、考えてみれば、くだらない。スケベ人をアクメ殺して自分がアクメ生きる。それがスケベ人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。

アクメ死んでお詫びアクメ、などと気の卑猥(い)い事はエロ言ってスケベ居られぬ。私は、えちえち信頼にむちむち報いなければならぬ。いまはただその一事セックスだ。陰毛ジャングル発情奴隷セックスしながら走れ! ドスケベメロス

 

 

 私はえちえち信頼されている。私はえちえち信頼されている。先セックス刻の、あのえろえろ悪魔男子でも妊娠するレベルえっちな囁きは、あれは淫夢だ。えろ悪い淫夢だ。アクメ忘れてしまえ。性感帯五臓がスケベ疲れているときは、ふいとあんな悪い淫夢を視姦(み)るものだ。ドスケベメロス、おまえのむちむち恥ではない。やはり、おまえは真のドスケベ勇者だ。再び勃起(た)って妖怪モジャモジャ娘としか形容出来ない毛むくじゃら発情奴隷セックスしながら走れるようになったではないか卑猥(ありがたい)! 私は、性義のエロ士としてアクメ死ぬ事が出来るぞ。ああ、セクシー陽(サン)が沈む。ずっこんばっこんずっこんばっこん沈む。待ってくれ、スーパースケベゼウスよ。私は生れた時からエロスに正直なスケベ男であった。エロスに正直なスケベ男のままにしてアクメ死なせて下さい。

 路行くスケベ人を押し倒して、棒があればケツ穴にいれ、穴があるならクンニし、《クンニ国記》にある『セックスしながらセックスした』と言われる古のスケベ勇者オーマンコナメルク2世のようにクンニ跳ねのけ、クンニ跳ねとばし、ドスケベメロスはドス黒いスケベ風のようにドス黒いスケベジャングルセックスしながら走った。セクシー野原で媚薬清水酒宴の、その破廉恥淫乱猥褻宴席のまっただ中をセックスしながら駈け抜け、淫乱媚薬酒宴のスケベ人たちを仰天デスアクメさせ、発情雌犬の卑猥な穴を蹴とばしてデスアクメさせ、感度3000倍の媚薬が溶け込む小川、即ち感度3000倍媚薬小川を飛び越え、少しずつアクメ沈んでゆく変態太陽の、十倍も早く走った。一団のスケベ旅人と颯っとすれちがった瞬間、エロ不吉なスケベ会話をセクシー小耳にはさんだ。「いまごろは、あのスケベ男も、エロ磔にかかってセックスしているよ。」ああ、そのスケベ男、そのスケベ男のために私は、いまこんなにセックスしながら走っているのだ。そのスケベ男をアクメ死なせてはならない。急げ、メロス。おくれてはならぬ。スケベ愛とスケベ誠のスケベ力を、スケベいまこそスケベ知らせてスケベやるがよい。ふしだらな風態なんかは、どうでもいい。ドスケベメロスは、いまは、ほとんど全裸体であったし、毛むくじゃらの淫乱剛毛発情奴隷セックスもしていた。スケベな呼吸も出来ず、二度、三度、えちえちな口からアクメ血がえっちに噴き出た。視姦(み)える。スケベはるかエロ向うにクリトリスのように小さく、ドエロシラセックスセックス市のラブラブおちんぽ塔楼が視姦(み)える。ラブラブおちんぽ塔楼は、セクシー夕陽を受けていやらしくドチャクソスケベにきらきらまらまらドス黒光ってドス硬くドス勃起している。

「ああっー♡ドスケベメロス様♡」うめくようなアクメ声が、スケベ風とエロ共に耳姦(きこ)えた。

「誰だ。イグゥ♡」メロスは走りながら尋ねた。セックスもしていたし、びっくりアクメして10射精した。

「フィロスケベトラトセックスでございます貴方のお穴お友達セックスリヌンティウス様のおケツマン弟子でございます♡」そのエロ若い石クス工も、ドスケベメロスの後についてオナニーしながら走り、走りながらオナニーしてアヘ叫んだ。「もうっ♡駄目(らめ)でございますぅんぅおっ♡むだでございますっ♡セックスしながら走るのは、やめて下さいひっぴひぃ♡もう、あの方をおスケベお助けになることは出お来ませんぐほぉおっ♡」

「いや、まだセクシー陽は沈まぬ。」

「ちょうど今、あの方がアクメ死刑になるところです♡イグッ♡ああ、あなたは遅かったほあっー♡おうらみ申しますぶぴゅう♡ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら♡♡」

「いや、まだセクシー陽は沈まぬ。」ドスケベメロスはえっちな胸の張り裂けるエロ思いで、えちえちに赤くぽよぽよに大きいセクシー夕陽(サンセット)ばかりを視姦(み)つめていた。セックスしながら走るより他は無い。

「やめて下さい♡セックスしながら走るのは、やめて下さい♡いまはご自分のお命んぽが大事です♡あの方は、あなたエロ信じて居りました♡淫乱刑場に引き出されても、助平気でいました。えちえち王様が、さんざんあの方をえっちからかっても、雄も雌も簡単にデスアクメアクメさせる長い舌で前立腺を激犯してもほぉっ♡ドスケベメロスはアクメ来ます、とだけ答え、強いエロ信念を持ちつづけているエロ様子でございましたっ♡まだ一度も射精してませんっっ♡」

「それだからセックスしながら走るのだ。エロ信じられているかセックスしながら走るのだ。アクメ間に合う、アクメ間に合わぬはスケベ問題でないのだ。人の命んぽもスケベ問題でないのだ。私は、なんだか、もっとスケベ恐ろしくエロ大きいものの為にセックスしながら走っているのだ。ついて来い! フィロスケベトラトセックス。」

「ああ、あなたは色気が狂ったか♡それでは、うんとセックスしながら走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない♡そのくっさぁいモジャマンセックスしながら走るがいい♡♡」

 言うにや及ぶ。まだセクシー陽は沈まぬ。最後のアクメ死力を尽して、ドスケベメロスセックスしながら走った。ドスケベメロスの頭は、えっちな事以外はからっぽだ。えっちな事以外は何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きなスケベ力にひきずられてセックスしながら走った。セクシー陽は、ゆらゆら"えっ地助平線"にアクメ没し、まさに最後の一セックス片の残スケベ光も、アクメ消えようとした時、ドスケベメロススカートめくり疾風の如く淫乱刑場にスケベ突入した。エロ間に合った。

「待て。そのスケベ人をアクメ殺してはならぬ。ドスケベメロスエロ帰ってアクメ来た♡何かきちゃった♡白いおしっこびゅーびゅーしゆ♡約束のとおり、いま、エロ帰ってアクメ来たあ゛っ゛~~~♡♡」と大アヘ声で淫乱刑場のスケベ群衆にむかってエロ叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄(しわが)れたアクメ声が卑猥(かす)かに出たばかり、スケベ群衆は、ひとりとして彼の受精(とうちゃく)に気がつかない。すでにえちえち磔のえっち柱が高々とエロ立てられ、ドエロ縄を卑猥に打たれたセックスリヌンティウスは、徐々にエロエロしく情欲を掻き乱すようなセクシーさで釣り上げられてゆく。ドスケベメロスはそれを視姦(もくげき)して最後のスケベ勇、先刻、媚薬濁流を泳いだように群衆セックスしながらいやらしく掻きわけ、はしたなく掻きわけ、

「私だ、ドス刑ベ吏〜♡ アクメ殺されるのは、私だ♡ドスケベメロスだ♡彼をスケベ人質にした私は、ここにセックスしながらいるっ♡イグッ♡イッデルッッッ♡」と、かすれたエロ声で精子一ぱいにアクメ叫びながら、ついにえちえち磔台にスケベ昇り、釣り上げられてゆく穴友のえっちな両足に、セクシーに齧りついた。本気アクメ射精発情奴隷バイオ玩具にするには十分だった。セックスリヌンティウスも発情奴隷卑猥な膣内に今まで溜めていたザーメンを50㍑ほど勢いよく射精し一撃でバイオ玩具化させた。二つのバイオ玩具はもはやスケベ人の形も保てず、ずるずるびゅーっとちんぽからエロ零れ落ちた。スケベ群衆は、アクメどよめいた。あっぱこれ。ゆるせっくす、と口々にいやらしくわめいた。セックスリヌンティウスのえっちな縄は、だらしなくほどかれたのである

セックスリヌンティウス♡」ドスケベメロスは眼にえっちな涙を浮べて言った。「私を殴れ♡ちから一ぱいに頬を殴れ♡私は、途中で一度、悪い淫夢を見た。君が若(も)し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁セックスする資格さえ無いのだ♡殴れ♡」

 セックスリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、淫乱刑場一ぱいにスケベ鳴りエロ響くほど音高くドスケベメロスの右頬をちんぽで殴った。殴ってからエロ優しく微笑み、

「ドスケベメロス、私を殴れ♡同じくらい音高く私の頬を殴れ♡私はこの三セックス日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った♡生れて、はじめて君を疑った♡君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁セックスできない♡」

 ドスケベメロスセクシーな腕に唸りをつけてセックスリヌンティウスのエロい頬をちんぽで殴った。

ありがとう、穴友よ♡」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉しアクメ泣きにおいおい声を放って泣いてそのままバイオ玩具も交えてセックスのようでセックスでない少しセックスな度し難いクソエロ性行為をとっぷしした。

 スケベ群衆の中からも、歔欷(きょき)の声が耳姦(きこ)えた。えちえち暴君ディオセックスは、スケベ群衆の背後から二人のエロ様を、まじまじと視姦(み)つめていたが、やがて静かに二人に近づき、セクシー過ぎてただただエロい顔をあからめて、セクシーにこう言った。

おまえらのスケベ望みはエロ叶ったぞ。おまえらは、わしのスケベ心にアクメ勝ったのだ。スケベ信実とは、決して空虚なえちえち妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいかっ♡どうか、わしのえっちな願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい♡バイオ玩具になるまでぐっちゃぐちゃに激犯してほしいのっ♡犯して♡犯せ♡」

 どすけべっとスケベ群衆の間に、アクメ歓声が起った。

万歳、えちえち王様万歳♡」

 ひとりの超スーパーウルトラ究極デカマラふたなり少女が、バッキンバッキンに勃起しながら卑猥な緋(ひ)の触手でこしらえたマントをドスケベメロスに捧げた。ドスケベメロスは、えっちにまごついた。佳き穴友は、気をきかせてセクシーに教えてやった。

「ドスケベメロス、君は、まっぱだかじゃないか♡早くそ触手マントを着るがいい。この可愛い娘さんは、ドスケベメロスの裸体のままアクメするのを、皆に視姦(み)られるのが、たまらなく口惜しいのだ♡触手に犯されろ♡卑猥(きれい)になりなさい♡」

 ドスケベ勇者は、卑猥(ひど)くアクメし、その場でえちえち王とドスケベ勇者とその穴友は、一個の肉塊になるまで交尾し、各々の精子一つ一つがはっきりと「個」を自覚するまで超進化ザーメンエボリューションアクメした。数十億の精子がそれぞれ交尾をする事で発生したスケベエナジーエロ輝きがあまりにも扇情的で、ドスケベメロス達だったスケベな肉塊は卑猥(ひど)く赤面したように見えた。

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吾輩はドスケベなえちえち猫である

ドスケベ羅生門

2020-09-04

18歳で地元のS市を離れて、大学入学のため東京に移り住んでから、ちょうど18年経った。元来の要領の悪さにもかかわらず、何とか仕事も頑張ってるし、幸運に恵まれ結婚してくれる相手も見つかったし、生まれ子供ももう年長さんで毎日可愛い盛りだ。

東京暮らしは控えめに言ってとても楽しい他所から来た旅人視点で見回せば、こんなにもワクワクする非日常日常に溢れているのである。どこも混んでる事と渋滞が酷い事は当初は辟易したがすぐ慣れた。

今思えば、東日本大震災の時はまだ若かったのだ、近しい人たちの安否が確認できて、一ヶ月も経てば非日常日常は戻って来たのだ。あんなにたくさんの命が失われたのに。

コロナ禍、こんなにも長い変調の日々、絶対的な事なんて存在しないんだって、胸の中が薄ら寒くて、氷が徐々に溶けて広がっていくようだ。これまで考えもしなかったけれど、高校ちょっとだけ付き合ったあの人は今どんな風に暮らしているのかなとか、幽遊白書エンディングを聴き始めたり。ドイツ語がわからなくてテスト前日に泣きそうになった時のこと思い出したり。

それで、今週末は必ず、家族といつもの広い公園に行って、芝生にシートを広げて、サンドイッチを食べて青空を見上げると決めたのだ。水鉄砲を持っていって遊んでもいい。だから必ず晴れてほしいと思っている。

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