「駄菓子屋」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 駄菓子屋とは

2017-07-18

あの夏。

目が覚めたら終わっていたラジオ体操

うだるような暑さ。

朝のニュースから惰性で流れていたワイドショー

仕事へ向かう前に母親が切っていったスイカ

昼食にはコンビニ冷やし中華

笑っていいとも!」が終わり、チャンネルを変えて「大好き五つ子」「キッズ・ウォー」。

午後からは遊ぶ約束

火傷しそうなくらい熱せられた、マウンテンバイク風の自転車サドル

友達の家まで5分。歪むアスファルト

不思議匂いだが、意外と嫌いではない友達の家の匂い

ゲームに熱中している間に感じなくなっている、不思議匂い

友達と2人でゲームに飽き、駄菓子屋で啜る青色ゼリー

変な看板が立ってる空き地

いつも自転車のカゴに常備されている虫カゴに放り込まれミミズ蜘蛛

焼き魚匂い、茜色の空。

手も顔も服もズボンも土まみれで帰宅すると、呆れた顔をする母親

カレーを食べていたはずなのに、気が付くとスズメの声。

よかった、今日ラジオ体操に間に合いそうだ。

2017-07-11

https://anond.hatelabo.jp/20170410092637

金払って 痛い思いして ブスになっただけで草

頭悪いんだろうなぁ。類人猿顔だけじゃなくてガミースマイルなっちゃったのかな?だとしたら悲惨すぎる。

あと、マスクしたら美人っていう苦しい言い訳はいいよ~!どう足掻いても整形失敗モンスターには変わりないんだよ~!現実から目を背けるな 引きこもってないで鏡見ろ

あと重箱の隅を箸でつつくようなこというと 3桁ってそれ何百円ってことになっちゃうから駄菓子屋かよ。三桁万って言いたかったのかな?

まぁ、下調べもせずに整形しちゃうような人だからしょうがいか

これを機に猿の惑星にでも出演したらいいんじゃないですかね?

2017-07-03

てんかん持っててもレーザー脱毛ちゃんと受けられた話

てんかんを持っていてもレーザー脱毛はちゃんと受けられましたよ、という話。

■これから夏だし、「てんかんからレーザー脱毛できない」「やりたいけど危なそう」とお悩みの、

 全国のどこかにはいらっしゃるであろう方のために

 自分の記録をシェアします。こんな匿名日記だけど必要な方にとどいたらいいな。

理由

何かの拍子で「てんかんを持っているとレーザー脱毛できないらしい」ということを知った。

できないというのは語弊があって、ミュゼなどエステでは受け付けてない、ということ。

レーザー脱毛は強い光を皮膚に照射するので、

エステでは万が一の時に対応できない ということが理由なのだそうだ。

申し込んで断られて、初めて知った。でも理由としてはごもっともで納得するほかない。

これまで生きてきて、「てんかん」を生きていく上での深刻な問題だと思ったことはなかった。

就職先にもちゃんと報告しているし、免許センターと県警に診断書は届出済みで免許も取れた。

(そのうえ取得から全く乗ってないから、このあいだ遂にペーパーゴールドまで取得した。)

嫌な思いといえば、せいぜいがとこヤフコメでたまにブッ叩かれてるくらいだ。実生活で困難は(自分のケースだとそんなに)ない。

からビックリした。休暇もレジャー仕事だっていままで何でもできたのに、

あなたてんかんからダメ」と言われた人生初の案件が「脱毛ときた。そんなバカな。

まりエステじゃなくて、緊急時対応ができるように 病院なら施術OKってことかな?

と思って皮膚科に申し込んでみたら、同様の理由で断られた。待て待てそんなバカな。

自動車免許取得より就職より毛を抜く方が難しいなんてあってはならない。どう考えても大自然摂理に反している。

せっかくネットで申し込んで折り返しの電話をいただくのに、

備考としててんかんの旨をお伝えしたらそこでザンネン。

あなたの毛は抜けません…って申し訳なく電話で断られるのは地味に堪える。歯は抜けるのに毛は抜けないっておかしいでしょうよ

もうこの頃には完全にムキになっていた。

ところがどっこい 捨てる神あれば拾う神もいるものである

ネット情報に従い、どうやら前例があるらしき某S南美容外科

当たって砕けやがれと申し込みをしてみたところ、

拍子抜けするくらいアッサリと、無事に予約を取ることができた。最初からここに問い合わせとけばよかった!

「すげえ!!予約取れた!!!」と全米さえ涙にむせぶほどの感動にひとしきり浸っていたものの、

よくよく考えてみたら毛を抜く予約ができただけだった。

毛を抜くのってたいへん。

てんかん

脳神経がなんか勝手にいろいろするやつのこと。

時々ニュースになったりするので知ってる人は知ってるかも。

100人に1人くらいの割合でいるらしいから、たぶんわたし自分以外のてんかん持ちにどこかで会ったことあるし、

学年でも自分以外の誰かがいたことになる。

きっかけはTVアニメ

小学生の頃欠かさず見ていたアニメで、強い光の明滅シーンがあり、

家族が気付いたら泡を吹いてぶっ倒れていたという。念のため書き添えとくけどもポケモンではない。

時間テレビ画面を見すぎてたせいでは?って評も見かけたけど、

兄弟の中でも発作を起こしたのは自分だけだし、視聴時間はあまり関係ないと思っている。個人差というか運というか…?

けどポケモンより少し前に起こった出来事だったし、

母曰くそとき同じ病院に運び込まれ子供自分一人ではなかったそうなので、

あのタイミングでちゃんと事件として問題になっていれば

ポケモンはなかっただろうなあって、それは今でも思ってる。

(この件についてはなかったことになってるものと思ってたから、たまたまネット上で言及を見かけたときには感動した。

http://www.style.fm/as/05_column/shudo165.shtml

以後服薬治療を始めて、だいたい20年くらいの付き合い。

■値段

高い!すごい高い。ビックリした。

エステ脱毛なら100円とか無料とか(よく電車内の広告で見るやつ)、

それこそ駄菓子屋に並んでそうな値付けなのに、

美容外科となると途端に中古車みたいな金額になった。マジか…毛を抜くためだけにこの出費って正直ちょっとムキになりすぎた感ある…。

全身とか気軽に言うけどムリでした。青褪めて手脚+両脇までにした。

背中とかうなじとかパス。なにせ両手足のムダ毛さえ消滅すれば、これによって得られる時間プライスレス

老若男女問わず女子は身だしなみ整えて」とか気軽に言うひといらっしゃるけども

ムダ毛処理&それに伴う肌ケアって、ちゃんとやったら連日風呂に2時間かかる。

毎日2時間あったらそのぶん技術書も読めるしコードも書ける。買える時間は買うべきだ。

はいMaciPhoneが買える出費なので正直キツイ

…ま、まあ、Appleサポート数年で切れるけど、こっちは永久だし…

院内いってみた

めちゃくちゃ緊張した!でも実際行ってみたらなんてことはなかった。

美容整形医院の会員カード持つってだけで、新鮮な感じがしてちょっと面白い

建物内は最新の歯医者みたいな感じ?かな

いろいろなコースプランが壁に貼られていたのだけど、

シミけし、二重、豊胸、男性ヒゲ脱毛増毛

なんかに並んであそこをピンクにする施術であるのはちょっと面白かった。

まあふつうくろいしぐろいよね。色や形をスッキリ美しく変えられるらしい。「ふっくらとした理想の形に!」

VIOスッキリして初めて色や形状が気になるケースが多いそうだ。確かにそんなとこ気にしない。見えないし見ないし存在すら意識の外だ。

世界は広い…毛を抜くことによって生まれる新ビジネスもあるのか…。

カウンセリング

申し込んだコースの最終確認なども含めて、

事前にスタッフさん(看護師さんか)からカウンセリングがあった。

持病など健康面の確認についても歯科医院みたいな感じ。

ネット申し込みの時点でも書いてはいたけど、ここで再度の自己申告。特に問題はなく通って、本当に有難かった。

コースプラン勧誘とかもなくスムーズ看護婦さんの肌が底抜けに綺麗だったことだけ妙によく覚えている。

当然ですが「わかりやす白衣の天使ナース服」ではないです。爽やかパンツスタイル

近年スカート型が激減してる理由血圧の上がる人がいる」ってのはさすがに笑う。

施術

なんかこのあたりになると雰囲気もあって完全リラックスしてしまってた。

治療用のベッドは基本まあ病院なやつ。当たり前ですか。当たり前ですね。

診療スペース(?)は保健室カーテンみたいなやつで仕切られていて、他の患者さんと治療中に目が合うなんてことはない。

気になるレーザー光は、アイマスク装着の上での施術だったので 何の問題もなかった。

うーん…アイマスク…とはいっても馴染みある布製ではなくて、何と表現すればいいのか、

ゴムなしの水中メガネというか、視力検査スプーンを二つつなげたやつというか。

ゴムバンドなどで留めるわけじゃないけど、顔を動かすこともないのでズレる心配はなかった。

レーザー脱毛は痛い」という感想はとてもよく聞くので、

実際どうなんだろう…と内心ビクビクしてたところはあるんだけど、刺激は実際ある。

でもほんと「刺激か」「まあ刺激か」くらいの感覚。かな?そんな深刻な激痛じゃなかった。「ンムッ!…フハハ、なるほどな…」程度の軽い刺激なので身構える必要はないと思う。

でもこれはあくま自分スケールなので、敏感肌自覚があるなら+αくらいで聞き流してください。

肌に蛍光ペン?みたいなので範囲を捉えて、そこからちょっとずつレーザー光あててく感じ。

施術した肌エリアは冷タオルみたいなやつで都度冷やしてくれる。タオルなのにみたいなのって何だよ?というところだが、水中メガネしてるので見えないのだ。たぶんタオル

ワキから始まって右腕、左上、右脚・左脚(表)、左脚・右脚(裏)。

■効くかどうか

うーんまだ6回コースの2回終わったところなのであんまり…?

劇的に「肌スベスベになった!」っていう感動は今のところあんまりない。

でも手入れの回数は確実に減った!色はあんまり変わらない感じ。

薄くなった感じはないけど、逆に 濃くなった!ってこともない。

あと特にワキは生えてくるペースが格段に遅くなった。日々生活する上でのストレスが減っていることは実感する…!

プロに毛を抜いてもらうだけでこんなに風呂風呂上がりがラクになるのか…!!

VIOデリケートゾーンなため照射器の出力をだいぶ落としているそうで(そりゃあ仕方ないよね)、

6回ではちょっと難しい、9回はほしい…と、

最初カウンセリングしてくれた看護師さんも仰っていた。検討中の方は参考にどうぞ。

値段は少し手を出しづらいというか、実際やっぱエステ脱毛よりすごく高いけど、

看護師さんに全身ケア(毛)してもらうだけで「ハァ~~ありがたい…」って心地になってたし、高いとは思わなくなったかな。

いやほんと、無事に毛を抜くことができてほんとうに嬉しい。一時はどうなることかと思ったが、こうして人並みに毛を抜けた。

看護師さんありがとうございました。

■そろそろ夏なので、ここらのタイミングで調べ始めて

 ショック受けてるような人がいたらなんなので

 記憶がとどまっているうちに書いておきます。なにかの参考になったら嬉しい。

■とはいえ、あー、予約はほんと全然取れないです…

 肌周期にも合わせなきゃなわけだし2週間後とかがむりなのはわかるんだけど

 3ヶ月後とか4ヶ月後とか、ほんと、そんなん。だからから始めたら完了来年?とかそれ以降になるんじゃないかな。

 そういうわけで彼氏ができてからだと間に合わないので、

 レーザー脱毛彼氏いる組よりも我々彼氏いない組の方がやるべきなんじゃないかなと思います

 気が向いた人は来年の夏に向けて一緒にがんばろっ☆

2017-05-21

西武柳沢みたいな街が好きだ

西武新宿線に、西武柳沢という駅がある。

隣の田無駅はそれなりに大きくて色々な店があり、東伏見学生が多いので飲み屋とかが多くてまあまあ賑わっている。

その間の西武柳沢は、数件のコンビニを除けば駅の周りにチェーン系の店がほとんどなく、一見何もない、寂しい街だ。

ただ、その分、古くからある個人商店が生き残っているところが多い。

南口サンドイッチ屋「チャオ」、味のある珈琲屋「ピーベリー」、シベリア風立ちぬモデルになった洋菓子屋「サンローザ」、北口は老舗の洋食屋「じれいと」など。

さらにここ数年は、個性的個人商店の出店も活発で、

例えば駄菓子屋の「ヤギサワベース」、珈琲屋「百豆」と洋菓子屋「ビスケッタ」の小さくて可愛い2件の並び、クラフトビールの飲める「ヤギサワバル」、ラーメン屋の「野口」も人気店だ。

線路沿いに眺めの良い大きな公園もできたので、子供達の声を聞きながら稲荷神社まで散歩するのも楽しい

静かな街ではあるのだが、降り立つたびにいろんな発見があって、すごく好きな街だ。

都内にこういう感じの、全然話題に上らない、一見めちゃくちゃ地味なんだけど、チェーン店があまりなくてよく見ると古い店と新しい店も混在してるって感じの街が他にあれば行ってみたい。

知っている増田がいたら教えてほしい。

2017-04-20

http://anond.hatelabo.jp/20170419235737

プレイしないのにゲーセンに何時間も居座って、他人プレイしてる画面だけ見て京サマとか言ってる同人女うざい」と言う悪口も聞いたもんじゃ

現代であれば、ネットゲーム動画だけ見るタイプじゃろうな。

多くのゲーセンで対戦台しか置いておらず、上級者たちが並んで対戦している中で

ゲームの腕前が未熟な者乱入するのは憚られるという事情もあったがの…

自宅で一人でプレイ出来て、誰でもとりあえずクリア出来るRPGとはまた違った世界じゃった。

SNK系であれば比較的早くネオジオで家庭用が売られていたが、これがまた高くてのう。

ソフトだけで2万~などという世界じゃ。中高生くらいであれば、買えない者も多かった。

財力がある大人であれば十分買える値段であるから、勿論買う者も多かったし

SNK以外だと家庭用は発売が大幅に遅れる移植版を待つしかないため、業務用の基板を買ったという猛者もおったがのう。

あの人たちは空いている椅子勝手に使うから嫌われてたんです。

ゲームセンターお金を落とさないでその設備だけは勝手に使っていて煙たがられないわけがないので動画勢とは根本的に違います

なおSNKゲームに関して言えば駄菓子屋とかで余裕で1人用プレイできた時代で、それでもプレイしてなかった人も多かったみたいなので明らかに話が違う。

おKOFの同人誌は盛んに出ていてSNK同人の後押ししていた感じでしたがSNK倒産しました。

2017-03-24

四半世紀前、ミニ四駆第一ブームの頃

近所にプラモ屋があった。

店内は薄暗く、

商品はうず高く積まれ

レーサーミニ四駆グレードアップパーツは

万引き防止の為か店員の後ろに並べてあった

店員の兄ちゃんは細身の疲れた青年みたいな人で

義眼が特徴的な人だった。

プラモ屋の店先にはミニ四駆コースが置いてあり

買ったパーツをそこで試したりした。

ミニ四駆遊びに飽きると隣の公園に行き

公園の滑り台とかでミニ四駆を走らせて遊んだ

公園のすぐ脇には畳二畳ほどのちんまい駄菓子屋があって

基本無人なんだが、買う段になるとすーっと主人が現れて

会計してくれる。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313181040

小2のお小遣いって、

子供同士で遊びに出かけて、駄菓子屋お菓子かったりアイス買ったりするようなシチュエーションで使うくらいだったかも。

2017-03-03

ベロベロとかい駄菓子

匿名とは言え少し嘘を混ぜさせてもらう。

80のおばあちゃんに話を聞くことがあった。

この年齢の人は子供の頃に過酷体験をしていることが多く、その話を使命感ではないが、どちらかと言うと好奇心で聞きたかった。

壮絶な話を聞いて「だいたいこういう話は蓋されてて話してくれない」ということの上に、話を聞く機会自体も減るのかと思いなんだか勿体無い気持ちになった。


その中でも興味深い内容だったのが「戦後駄菓子

お小遣い毎日5円ほど貰い、駄菓子屋に行っていたそうだ。


2日貯めると小さな羊羹(のようなもの)が買え、食べれたらしい。

我慢できない日は5円で「べろべろ(またはペロペロ)」というお菓子を買ったそうだ。

平たく、円形できな粉を付けて食べた。と聞いた。

早速ググる画像こそ出てこないがそれらしい情報が出てきた。

それを話したら記憶がより鮮明になったらしくもう少し具体的に話してくれた。

小麦粉を練ったものじゃなくて蕨っぽいというところまでわかった。


東京の方もそういう『屋台お菓子』?が消えてしまっていたりしてた話をテレビで見た。

何がいいたいのかよくわからないけれど、ネットでも見つからない情報ガチで消え行く情報に悲しくなった近状。

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170215230657

エアガンなど消費してなんぼの遊び(落ち着かないので楽しめない)

わかる

・それ系のテレビゲームの体力ゲージ類(操作してないでも減るやつは絶対やらない、逆にじっとしてると回復する系はすごいじっとしてる)

 (エアガイツRPGぽいやつトラウマ級にイヤだった。ワイン取引みたいなやつもすごいイヤ)

うーん?自分で集めたエリクサーを消費できずに貯め込んでしまうのはわかるけど、体力ゲージは別に自分に属する資産という感じはしないな

トランプの手札のように、その都度配られる一時的ものなので使い切っても損にはならないというイメージ

現在の体力ではなく、Max体力のようなパラメータを恒常的に減らさきなゃいけないイベントだったら自分が損しているという気になって嫌かも

ゲーセン駄菓子屋ダーツバー(何をするにも金を使わなきゃいけないのに使わざるを得ない空気、楽しめない)

わかる

2017-02-15

「黙っていても減るもの」がダメ

さいこから「黙っていても減るもの」がイヤだ

現在進行形で減っていくのがハラハラするし、落ち着かない

たとえば、

エアガンなど消費してなんぼの遊び(落ち着かないので楽しめない)

・それ系のテレビゲームの体力ゲージ類(操作してないでも減るやつは絶対やらない、逆にじっとしてると回復する系はすごいじっとしてる)

 (エアガイツRPGぽいやつトラウマ級にイヤだった。ワイン取引みたいなやつもすごいイヤ)

ゲーセン駄菓子屋ダーツバー(何をするにも金を使わなきゃいけないのに使わざるを得ない空気、楽しめない)

パチンコなどギャンブル全般人生という賭場でもバクチは打たない)

ガソリン(車に乗りたくない理由第一位

「増える可能性があっても極力減らさな方向性を好む」

「総額の大小ではなく一定額払ってそのぶん決まった対価を得たい」のが基本姿勢だ。

ただの臆病といえばそうなんだけど、あまりにも同意されたことがない

大人になるにつれどんどん時の流れが早くなってきて、あらゆるものの減少スピードが加速してきているので正直苦悩している

2016-12-23

それどこ大賞」の審査員の末席をつとめさせていただいたのですが、

http://srdk.rakuten.jp/entry/2016/12/22/110000

実は当初、審査コメント文字数このくらいでよろしく、という指示をすっかり見落としてしまい、最初に間違えて書いたロングバージョンがありまして、せっかくなのでここに公開しておきます。受賞者のみなさんおめでとうございます

http://aonbo.hatenablog.com/entry/2016/10/12/220000

「買い物で人生が変わりました」と言われても「それはまあそういうこともあるだろうな」としか思わないかもしれません。「買い物がテーマブログコンテストなのだから、一番ど真ん中だよね、あざといよね」と穿った見方もできるかもしれません。けれど20年にわたる人生の変化と、その中心にあった買い物とをこれほど簡潔に描き、心から「ああ、買い物で人生は変わるのだなあ」という感慨をもたらしてくれる記事は、これを除いてほかにありませんでした。

「45で買ったストラトキャスター」という素っ気ないタイトルの「45」。その〈価格=45万円〉を表すようにも読めなくはないけれど、冒頭2行ですぐ、筆者にとっての「45」が〈年齢=45歳〉であることがわかります。「35で転職。37で離婚。/それから8年が経っていた。」。そして3行目に「子どもと妻がいなくなった生活。」と続きますわずか2~3行に濃密な行間を含み、 id:aonbo さんの10年間のほんの一部が明かされます

10年前、臨時収入を手にした、ゲーム趣味の45歳。「(うーん、このお金で何か自分にごほうび?)」の「自分にごほうび」という表現も、ちょうど10年前っぽい気分です。そんな中、とあるきっかけが id:aonbo さんに「(そうだよな。もうオレ45だよ。ゲームはそろそろやめようかな。)」と小さな一歩を踏み出させ、そこから一本のストラトキャスターを買うことによって、物語がはじまります。こうやって生きていけるのだな、と思いました。この記事は、ひとつの小さな人生賛歌です。

ところでこの記事、読後感は「ああ、人生」という感じなのですが、実は「人生」ということばは一度も出てきません。一貫して「生活」と書かれているところにも、ご本人のパーソナリティが感じられます。ぜひ賞金の30万円で、また次の10年の「生活の楽しみ」になるような買い物をしてください。おめでとうございます

http://akasofa.hatenablog.com/entry/2016/10/19/182759

つい「買い物」だけで満足してしまうことも多いですが、あくまで「買い物」はスタート地点で、使いこなせるようになっていく歓びこそが醍醐味なのだと感じさせる記事でした。「上達」を言葉で伝えるのはむずかしいですが、「カメラの上達」を伝えるのにブログというメディアはぴったりですね。

親バカ目線子ども目線がちょうど交わるところに結果としての写真がある、という感じもほほえましかったです。親が「美大生」とか「サブカル」とか評するにつれ、「最初美大生も、子どものような純粋好奇心のもとにシャッターを切るんだな」ということにあらためて気づかされたりしました。

子ども視点からしか写せない写真の魅力というのもありますね。子ども使い捨てカメラを渡して撮られた写真だけを集めた『Childlens』(リトルモア2003)という写真集があります。このまま id:akasofa さんのお子さんのカメラの腕がさらに上がっていってついにプロ写真家になったりしたら、その上達していく軌跡をまとめた写真集をぜひつくってください。ぼくは買います

http://walking-gourmet.hateblo.jp/entry/2016/10/15/164806

『買い物』することを一番最初楽しいと感じたのはいつだろう」というストレートな書き出しから、その「楽しさ」のルーツとして、子どものころの買い物の記憶、それと結びついた場所記憶を辿る旅なのですが、行き先がまさかの「屏風浦」。id:s06216to さんがご存知かどうか定かではないですが、「赤い電車」を歌ったくるりのもうひとつ京急ソングとして、その名も「屛風浦」という隠れた名曲があります。ぼくの「屛風浦出身という人もいるのだなあ」というどうでもいい感想は本当にどうでもいいのですが、ノスタルジック主題からしてもBGMとしてこれほど最適なものはないので、よろしければぜひ「屛風浦」を聞きながら読んでほしい記事です。

迷いながらも、風景をたよりにこっちかなと進んでいく感じ、「久しぶりすぎてどっちに行けばいいかすら怪しいけれどぼんやりとした記憶を頼りに歩き始めた」という感じが、写真もとてもきれいで、鮮やかに描かれています。ぼくも久々に自分が通っていた駄菓子屋に行ってみたくなりました。住んでいた部屋や遊んだ公園はなくなっていた、そして、探しものも見つからなかった、という話で終わるのかと思いきや……というところもよかったです。ちなみにぼくは、一枚20円のころでした。

2016-12-20

4歳まで東京で育ったのに神奈川県引っ越したのが許せない

神奈川県横浜市には絶望しかない

どこまでも続く灰色住宅街と空

人間の心は深淵の暗黒

とにかく人々の表情が暗く

通勤時間都道府県トップクラスなので機能不全家族埼玉千葉より圧倒的に多い

遊ぶところもろくにない

老人や女性が多いせいで病院美容院が乱立

子供向けの玩具屋や駄菓子屋は次々と潰れた

子供にとってここはディストピアであり砂漠だった

自分が他県民だったら金を積まれ土下座されて神奈川に住んでくれって頼まれても断る

2016-11-19

VRでやりたいこと

気になる女の子と一緒に下校する

友達駄菓子屋で買ったお菓子を買いながら下校する

仲のいい家族と一緒にご飯を食べる

普通仕事について、恋人ができて、家庭が持てて、普通暮らしをする

人間を殺してまわる

2016-11-17

私の祖母を知って欲しい

私の祖母はおばあちゃんというおばあちゃんだ

お団子頭にメガネ割烹着を着てかわいらしかった

穏やかで、誰に対しても優しく、誰からも好かれた

そんな人が居るだろうか?私の祖母がそうなのだ

である私が祖母を大好きになるのは必然

朝は祖母が作ったご飯を食べ、昼まで一緒に遊び、

徹子の部屋ごきげんようを観ながらたまに出前のそばを食べた

近くの公園駄菓子屋銀行スーパーへ。何処にでも手を繋いで

夕方祖母相撲タイムだ。私はおやつに買ってもらったグリコを食べる

ごはんは母の料理自分の家の風呂に入るが、寝床祖母の隣だ

寝つきが悪くしりとりをやり過ぎるとさすがに怒られた

学校忘れ物を届けてくれた。体調が悪いと心配して正露丸を持ってきた

朝ごはんが食べられない私の口許に祖母はご飯を運んだ

毎日祖母と一緒だ。幸せってこうゆうことだ

幸せが当たり前で、祖母存在が当たり前だった

成長につれ、あまり祖母に預けられなくなった

一人で風呂に入れるし、寝られる。晩ごはんだけ一緒に食べる

祖父介護もある祖母の手をあまり煩わせないようにするためだった

祖父が亡くなった。私は晩ごはんも一緒に食べなくなった

祖母と同居の伯母が一人暮らしを本格的に始めた

から知ったが、気丈な祖母は寂しいと一度だけ訴えたそうだった

たまの晩ごはん祖母の家に来たら味噌汁がしょっぱかった

伯母が言うには最近鍋を火にかけたままなこともあるらしい

同じことを何度も何度も言うようになった

伯母が物を盗むと私に怒りを訴えるようになった

人のことを悪く言う祖母を私は始めて見た

一人で夜家を出てしまうようになった

伯母と喧嘩する声が絶えなくなった

喧嘩するたび、施設にいくたび、祖母が遠くなった

笑ってくれない。怒鳴り、殴り、怒りを見せる

私を私と分からなくなっていく祖母から私は逃げた

泣くことしか思い付かなかった。10年近く私は逃げた

ある日から少し祖母が笑うようになった

誰のことも覚えてなくてもそれだけで救われたのに

認知症は進み、デイケアで他の人から離されるようになった

すぐに笑うどころか言葉も失った

伯母は施設に入れたくないと必死だった

夜は私も手伝うが、日中は伯母一人で介護

歩けなくなった祖母を自宅介護するには限界だった

言葉も発しない、表情も変えられない、食べることさえままならなくなって

退院を繰り返し、起きてる時間も減り

しょっぱい味噌汁から20年近く経った

ずっと昔の祖母を思い出さないようにしていた

写真も見なかった。声も思い出せなくなった

もう一人のおばあちゃんにご飯を食べさせている気持ちになっていた

から物が食べられなくなって一年病院にずっといる祖母

私は焦り始めた。認知症を知らないといけないと感じた

今の祖母と向き合わないと後悔するのではないかと思い始めるには遅かったのかもしれない。いや遅かった

認知症孤独不安否定されることで症状が進むことを始めて知った

物が盗られたと言われたら一緒に探してあげるのだそうだ

私は探してあげなかった

そんなこという祖母祖母ではない、病気のせいだと

病気祖母を受け入れなかった

病院で点滴をつける祖母に呼び掛けた。笑いかけた

祖母は前よりじっと目を見てくれた。体はどんどん弱っていった

いかけても涙が溢れるようになった

容態が悪いと言われて駆け付けたときは涙が止まらなかった

私だよ、分かる? と笑いかけたら

祖母は首を縦に振った。昔より薄い色の瞳で見つめながら

一週間後に祖母時間が止まった

私の祖母が、棺桶の中に消えていく瞬間

最後に見た顔が、私の隣で眠る顔を思い出した

認知症自分がなくなっていく祖母苦痛から解放されたはずだ

でも割りきれない私がいた

祖母の部屋で祖母を探した

祖母勝手に開けてはいけないと言っていた棚

何回も何回も糸に通して遊んだビーズがあった

祖母の好きな皇室の本もあった

祖母のおしろい、ファンデーション手鏡

なくなったと思ったメガネケース

台所に貼ってあるうすちゃけた祖母メモ書き

生まれたての私と抱き抱える祖母写真

道端に並ぶ祖母と私

祖母匂い、優しい声、丸い背中

私の祖母は働き者で、誰にだって優しい

働きながら母と伯母を育てたキャリアウーマン

生命保険営業の話だって優しく聞いてあげるのだ

私や姉がいじめられたら何処からか助けに来てくれる

近所の子供たちのお世話を喜んでしていたほど子供好きで

通りすがり赤ちゃん祖母を見るとにっこり微笑んだ

私の祖母を誰かに少しでも知ってもらいたい

祖母存在していたことを知ってもらいたい

私の愚かさ、過ちを知ってもらいたい

私の自慢の祖母を知って欲しい

2016-10-17

欲しくなったら衝動買い

今日駄菓子屋10円のガム買ったった。

衝動買いしたった。

うはwwwwwwwwwwwwwwwww

2016-10-13

久々にマクドナルドに行った

数年前、マクドナルド普通に買って500円超えた時にショックを受けた

信じてたのにって

それからほとんど行ってなかった。

 

それで今日、久々にマックに行ったら

なんちゃらセットが300円台でショックを受けた

安すぎる。

 

何でこれほど感覚が変わったのか

1つは自分給料転職によりだいぶ増えたことがあるが、まあこれはいい.

2つ目は立地、都心会社に勤めているため周りの飯屋は800円〜1300円くらいだ

それに比べて300円台は安すぎる.

3つ目はコンビニ存在

最近コンビニ商品の値段がじわじわ上がってる気がする

300円台じゃ惣菜1品くらいしか買えない.

4つ目は店の経営想像してしまたか

300円台でこの客たちは何分居座るんだろうとか、回転率はどうなんだろうとか

考えだしたらどうやっても赤字になりそうで絶望感があった

おいおいコーヒーいっぱいのほうが高いぞ、って.

おそらく駅ナカなので、あくま戦略上の出店で赤字覚悟なんじゃないかと思う

 

そういえば家の近くのマックが1つ潰れたな

別に愛着があるわけではないが、何か変な気分だ

低価格で抑えてそのまま潰れる駄菓子屋を見るような、何とも言えない無常

そういえば何でマックって叩かれてたんだっけ、よく思い出せない

原田呪いか?

 

コンビニ商品がこのまま上がり続けたらまた復権するのかね?

2016-09-23

友達貧困

僕の同級生シャツはいつも汚れていた。

彼と遊ぶ時は大体野原だった。

日が暮れるまで虫を追いかけてりなんとかごっこを繰り返した。

僕は虫取りが好きだったしヒーローごっこも大好きだったから彼とはとても気があった。

ある日無性に彼の家に遊びに行きたくなっててお願いしてみたことがある。

何だか嫌がっている様子だったけど、家は知っていたから無理矢理に押しかけてしまった。

外はまだ明るいのに、家に入ると暗い居間には父親があぐらをかいて座っていた。

その後ろには掛け軸があって、細長い半紙に四文字熟語が描かれていたけど僕には読めなかった。

お父さんは鋭い目つきの強面で、びしっと決まった角刈りが印象的だった。

邪魔しますと挨拶をしたけど、黙って頷くだけで何も言わずに一点を見つめていた。

お母さんがお水とお菓子を出してくれたけど、すぐにそそくさとどこかに隠れてしまった。

おもちゃなんて呼べるものはおいてないし、なんだか友達に話しかけても全然相手をしてくれないからその日はさっさと帰ることにした。

そいつはいつも五分刈りで、髪の毛が伸びたところを見たことがなかった。

学校帰りに駄菓子屋に誘っても、一度もついてきてくれたことはなかった。

彼は決まって、遠足や課外授業になると学校を休んだ。

ある日家まで学級通信を届けに行ったことがあった。

お母さんが出迎えてくれて、御見舞をしたいというと渋々迎え入れてくれた。

この日もお父さんは居間に座って一点を見つめていた。

それから友達を遊びに誘おうと家を訪れたことがあったけど、大声で友達を呼んでいるといない時は何度目かに決まってお父さんが出てきて一言「いないよ」と言っては奥に消えていった。

その時は怖いお父さんがいつも家にいるなんて友達は辛いなぁくらいにしか思わなかったが、あとになって仕事は何をしていたのかなんてことが気になった。

そのヒントは友達ヒーローごっこをしている間の会話にあった。

僕はテレビヒーローに扮するのだが、彼が返信するのはいつも軍人だった。

神風特攻隊!」「大日本帝国バンザイ!」それが彼のいつもの必殺技だ。

何だか漢字がいっぱい並んでかっこいいなくらいにしかその時は思っていなかったけど、今思うと何となく理解ができるような気がした。

掛け軸の前に日本刀は飾られていただろうか。

それはもう定かではないが、彼のお父さんは活動生業だったのだろう。

武士は食わねど高楊枝。

友達もそれが美学だと教わっていたに違いない。

それが自分にとってリアル貧困だ。

お金を稼いで浮かれた生活をするよりも、志のために清貧を選んだ家族の話だ。

今ではもう見ることのなくなったようなたった30年前の話である

2016-09-16

自分が「だがしかし」を1巻で読むのをやめた理由

何か思い出したのでメモ

2016-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20160910115451

おいもちょっと読み直せよww

 別に他人文章指南するほど書けるつもりじゃねーけど、これじゃ変な奴になってんぞ? いや変な奴好きだけどな、俺は。w

これさ、クラス取り巻きに囲まれ最近ちょっと目立つ奴にいきなり怒鳴りつけてから振り向いてもらえずにいきなり通行人に向かって次々と指さし、

「オマエだ!」「オマエだ!」「お前はアイツか?」「お前はアイツが化けてるんだろう?!」

「お前らみんな同じなんだからな?!」

 って感じで絶叫。注目を浴びてアジテーション始めるかと思いきや、

「――もちろん俺も! 同じ! ……かなぁ? なんかよくわかんなくなっちゃった。でもアイツと同じでボクも狭いセカイにいるんだ…。ホントダメだってわかってるんだよ? もっと広いセカイに出たいなぁって…、思ってはいるけど……、もにょもにょもにょ…。」

 みたいに見えるんだよ。

なんだよオマエ? ツンデレなの? こんなん狙ってできねーよ、いや寧ろ狙ってたらスゲーよ、もう後半とか可愛く見えてくんじゃねぇか、っつか萌え狙いなのか? って……。


思っちゃったりしたの……。(ゝω・)てへぺろ


 公衆に向け大路で声を張るは、其闘い也。

 されど小路にて呟くは真夏幻想の如く。

 挨拶をする者在り、思索に耽る者居り、且つ又大路を夢見るも大義や何処か、と。


 いや別に悪いとか言ってねーけど。

そういう風に俺は見えたってだけで正しいとは限んねーし、webってプライベートパブリック境界が滅茶苦茶なんだよな、元々。

 ある意味凄く面白いんだよ、揺らぎが。普通に出てる商業誌とかの記事じゃ味わえない感っつーかさ。

あ、俺がこの間行った南町(3丁目な?)の駄菓子屋なんだけどさ、そこでビッグカツ買った時の話とかしてもいい?

 あれ、同じ名前で違う商品が幾つもあるのな。

http://www.geocities.co.jp/Foodpia/3772/bigkatsu2.html

 俺がガキの頃買ってたのって"すぐる"のだったんだけどさ、そこの店にあったのは"菓道"のだったんだよ。

んで思い出したんだけどさー、中学校くらいの時になんかクラス替えしてから駄菓子屋行こうぜってなって何人かで行ったのな? そしたら普段と違う店に行く事になってそこにあるのが"味の彩"だったんだよ。

「何だこりゃ?! パチモンじゃねーかよ!」とかキレたら大喧嘩になってさーww

あ、ごめん長くなるからいか

 増田主のよく食ってたのってどこのだった?

2016-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20160825170044

もともと、焼きそば駄菓子屋で売られてる軽食にすぎなかったからなぁ。

焼きそば専門店というわけにはいかなかったんやろなぁ。

2016-07-02

ノーセックス・イン・ザ・シティ日本に住む外国人女性気持ち

何年も前の記事だけど、ふと思い出して訳してみた。

反応が気になるので、ちょっと長いけど増田投稿してみる。

ノーセックス・イン・ザ・シティ日本に住む外国人女性気持ち

Reannon Muth

女性教師に長くいてもらうのは大変なことなんだ。」東京英語教師になって初出勤の日、私の上司はこう告げてきた。「大抵の場合、6ヶ月以上はもたない。」私は驚いて、登録教師リスト(30人―全て男性から目を上げた。

「それはこの学校でという意味ですか?」

「いや。日本で、という意味だ…。」彼は肩をすくめた。「東京は独り身にはつらい街なんだ…西洋人女性にとってはね。分かるよね…。」

 彼の後ろの壁にかかっていた写真をちらりと見た。四人の中年白人男性。みんなひげを生やして禿げかかっていた。同じような歳の取り方で、垂れ下がった髪がメタリカメンバーに似ていた。そして全員が、モデルのようにほっそりした身体の、厚化粧をした美人日本人女性に抱きつかれていた。

 問題を抱えることになるとは思えないけど、と私は思った。

 私が魅力的な美人だったからそう思ったのではない。私は美人からは程遠い。スリムで中背、薄茶色の目とそばかす。良く言えばかわいい、悪く言っても並程度。でも私は競争相手が持っていないものを持っていた。長くて自然ウェーブのかかったブロンドの髪。その上私はバイリンガルで、旅行にも慣れていて、大卒だった。

 でも日本に来てから数週間の内に、不可解なほどに、もどかしいほどに、自分自身透明人間になっていることに気がついた。

 スターバックスかわいいバリスタ達は私に見向きもしなかった。自転車に乗ったビジネスマン達は私を無視して走り去っていった。大学生達はボソボソと謝りながら急いで私から遠ざかって行った。天気のことを話したり、道を聞いたり、何か話すきっかけを持とうとした時はいつもこうだった。彼らは挨拶すらしてくれなかったのだ。本当に。

積極的にならないと。」と日本人女性友達アドバイスをくれた。「日本の男はシャイからあなたから行かないとダメよ。」だから私はバーでもバスでも、男性達には誘いかけるように微笑んだ。レストランメニューや、地下鉄の案内の読み方を聞いたりした。

「何かおすすめの本/ドリンクはありますか?」本屋で隣に立った時や、バーで隣に座った時には、このおなじみの台詞男性達に尋ねていた。でも魅惑の眼差しや会話のきっかけなんてものは、相手が私を見てくれなければ効果がない。彼らが私と完全に目が合うのは、うろたえた表情を向ける時だけだった。まるで「私が将来産む子供達の父親になって。」と、たった今私がお願いしたかのような表情だった。上司が言っていたことは正しかった。独り身の西洋人女性日本に住むのはつらい。でもどうしてなんだろう?

 アドバイスを求めてインターネットを見てみると、デートできない西洋人女性というのは国外居住者の間ではおなじみのキャラなのだと知って驚いた。国外居住者が集う掲示板での、孤独独身女性書き込みの多さを見た限りでも明らかだった。

 深刻な問題のように思えたのだけれど、多くの女性が話すのをためらっていた。議論するには難しいテーマであるのも無理はない。その国の50%の人たちを極端に一般化することになるし、より悪く言うと、レイシスト男嫌い俗物女のように思われてしまうからだ。

 国外居住者日本人との間で同じように広まっている見解なのだが、実のところ日本人男性西洋人女性に魅力を感じてはいるのだ。付き合うために行動する度胸がないだけで。国外居住者達の間では、アジアにいる西洋人女性ジェニファー・アニストンのようなものだった。強くて、自立していて、積極的で、はっきり物を言う。遠くから見とれるには興味深い存在だが、実際に話しかけてみようとする男性はいない。西洋人女性は違いすぎて、異国すぎて、デート相手にするのは事実上不可能と思われていた。

 Y染色体を持つ国外居住者達にとっては話は別だ。女性国外居住者達が土曜の夜を一人で、ラーメンどんぶりに涙をこぼしながら過ごす一方で、男性達はキープしている女性達と我が物顔で飲み歩く。彼らはそうやって過ごしていた。

 アジアに行ったことのある人ならば、弱々しくてガリガリに痩せたベトベトの髪の白人少年が、完璧メイクしてミニスカートはいアジア人女の子と手をつないで歩いているのを見たことがあると思う。こんなことは世界の他の地域では決して起こらない。アジア以外の場所では、バービーケンと結ばれることになっている。不完全雇用で人付き合いの苦手な、日本刀コレクターの隣人、ケビンとではないのだ。でもアジアでは、デートルールがあらゆる論理進化法則に反している。アジアでは、オタク王様なのだ

 立場が違っていたらよかったのにと願ったとか、そういうことではない。ほとんどの場合で、私は彼らを喜ばしく思っていた。彼らは自分の国にいた時にはデートの予定を書き込むこともできなかっただろう。でもアジアでは高嶺の花を勝ち取ったのだ。彼らはまさにサクセスストーリーのものだ。魔法抜け道を使って、有利な条件の元で高根の花とデートしているとはいえ、誰がそのことを非難できるだろうか?西洋人女性にとってのそのような涅槃の地が存在するならば、きっと私もそこへ移住するだろう。

 時折、カップルを見て「彼女は本当にあの男と付き合っているのだろうか?」という疑問がかき立てられることはあったが、なぜ日本人女性西洋人男性を(オタクっぽいのでさえ)魅力的なデート相手候補と見ていたのかを理解するのは簡単だった。彼らは一つの物事に対して、真っ直ぐで広い心を持っていた。彼らはメガネ越しの西洋の目で、恋愛関係を対等な協力関係として見ていた。それは、昔ながらの了見の狭い日本人男性には、まだできていないことだった。西洋人男性達がガールフレンドを大切に扱って、お互いが二人の関係に満足しているのを見て、それが分かってきた。彼らの思いがけない行動や奇妙な言葉遣いが、翻訳で多少失われて、伝わらなかったとしても何の問題があるだろうか?社交的でない人も、愛し愛されてしかるべきなのだ

 でもうらやましいと感じないようにするのは大変だった。私が毎週末、クラブダンスフロアに一人で立ち向かっている一方で、バカっぽい外国人男性達が上手にナンパして電話番号を交換し、最初デートの予定を決めているのを見た時は、特につらかった。彼らは駄菓子屋ではしゃぐ子供達のようだった。日本人女性グルメ向きのトリュフチョコレート。一方で西洋人女性は、容器の底に溶けてこびりついた三年物のトッツィー・ロール。日本人男性達はたぶん私達に気後れしていた。外国人男性達は私達を気兼ねなく無視するだけだった。

 でも私は出会いを求めてアジアに来たわけではないのだ。いつもそう自分自身に言い聞かせていた。ここに来たのは、日本語マスターして、自分の国とは大きく異なる文化を楽しみたかたからだ。でも生活日本に移すことが、恋愛生活故郷に置いてくることを意味するとは予想もしていなかった。東京での生活を存分に楽しんでいたとはいえ、公平な取引だったとは思えなかった。

 外国人女性恋愛には成功話がほとんどないと言っているわけではない。知人の何人かは日本に来た後、夫または婚約者を連れて帰国して行った。でも彼女達は少数派だ。ほとんどの西洋人女性は一人で日本に来て、ずっとそのままだった。

 とある金曜の夜、仕事からの帰り道の途中、自分がもう日本に九ヶ月いることに気がついた。この逆境に打ち勝ったことを内心喜んだ。上司が間違っていたと証明したのだ。でも重い足取りで帰宅し、『The Office』の再放送を見ながらセブンイレブン寿司の残りを食べるという、いつも通りの夜を過ごしていた時、何のために頑張ってきたんだろうと疑問に思った。魅力がなくて、誰からも求められない、最低で、女性扱いすらされない。ずっとそう感じてきた。短いスカートはいた時や、ぴったりとしたトップスを着た時でさえ、男性達はちらりと見るだけだった。いやらしい目を向けるような建設作業員でさえ、私に対しては退屈そうで無反応だった。自分火星人になってしまったように感じた。そしてすごく、すごく寂しかった。外国人女性達を、デートのチャンスがある輝かしい境地へ連れて行ってくれる最後の船に乗らなかったのは、もしかすると間違いだったのかもしれない。

 なぜなら事実として、東京は独り身にはつらい街だからだ…。西洋人女性にとってはね。分かるよね。



記事No Sex in the City: What It's Like to Be Female and Foreign in Japan - Vagabondish

2016-05-30

小3ぐらいか田舎で育って嫌だったこと



学校

・常時体操服を着ていないと異常者扱いする上級生とその親たち

・明らかな教師勘違いでいわれのない叱責や体罰を受けて、その場に40人近くいるのに誰も一切反論しないどころか、涙ぐんでごめんなさいとか呟いてる同級生たち

・上記のようなことが何度かあって我慢できなくなって反論したら、主張が正しいかどうかは関係なく「教師に反抗した」という部分を問題視されて親まで呼び出されたこと

・そのことが「あの家の子はとんでもない不良」「都会ではプチスケバングループを3つ率いていた」(どんな小3だよ)という形で村中に広まっていたこ

・熱で2日学校を休んだら、「休んでた」とだけ子供から聞いた親の間で「村内初の不登校児現る!」というゴシップになっていたこ

いじめをなくすためにあだ名禁止し、男女差も無くすため「(苗字)さん」と呼ぶことを強制する教師しか田舎なので増田(仮)と田中(仮)と鈴木(仮)が5人ずつぐらいクラスにいる

部活問題が起こったりするとみんなで謝罪しに行くが、その際に「お前らの誠意を見せろ」「本気具合を見せろ」と言われてみんなで正座土下座するのがお決まりコースという気持ち悪さ

・外走ってこい、床に正座させる、平手、突き飛ばし、耳掴み、髪掴み、胸倉掴み、吊り上げ、つねり、投げ、小キックまではセーフ(Not体罰)という認識教師が多かったこと

いじめられる人間が悪いと堂々と言い放つ教師が多かったこと

・「目が気に入らない」というヤンキーみたいな理由生徒指導室に連行されたこと

連行された生徒指導室で「今日はお前が泣くまで帰さん」という謎の基準で1対3でプレッシャーをかけられたこと

・結局泣かないまま18時を過ぎたら親まで呼び出されて、親が教師からボロクソに言われて、それを見て泣いてしまったこと

物事がなぜそうなったのか、背景や理由をちゃんと説明してくれる貴重な教師の、生徒・保護者からの人気が

 「理屈っぽい」「何を言ってるかわからない」「外人と繋がりがあるらしくて怖い(英語教師)」という理由で異様に低くて、担任交代まで追い込まれたこと

村編

・最寄駅(徒歩1時間~)

路線バスが1日2本、のちに廃線

子供だけで行動が許されてる範囲コンビニはもちろんスーパー駄菓子屋図書館本屋文房具屋もないこと

子供会という自動的かつ強制的に「参加することになっていた」謎の組織

一言もやるともやりたいとも言ってないのに問答無用でやらされる子供会スポーツ

酔っ払いおっさんたちに担がれてガッサガッサ縦に振られまくる神輿の中で、太鼓を叩きながらよくわからない唄を絶叫させられつつ村内を練り歩くお祭り

・女だから○○、男だから○○、子供から○○といった考え方が明らかに都市部より強く、それをかなり押し付けられること

電話をかけてきた相手に「どちらさまですか」と聞いても「ワシやけど!」「ワシじゃ!」「ワシや!(怒)」としかわず全然名乗らないこと(最近オレオレ詐欺流行ってちょっと減った)

・自宅の出入りがごく自然ウォッチされていること、訪問頻度から恋人ができたとかできそうとかも全部把握されていること

玄関納屋→裏口と回ったがすべて施錠されていたので、仕方なく雨戸と縁側の戸(鍵が壊れてる箇所がある)を強引に開けてキュウリを届けに侵入してくる近所の人

勝手に入ってきたお坊さんが勝手仏壇にお経を唱えて勝手に帰っていくこと、シャワー浴びてる間にいつの間にか来て、いつの間にか去ってた

・昔の人基準で作られた異様に低いつくりの台所

町長自分会社に請け負わせて謎のでかい建物を建てていた、子供が見てもわかるぐらい利権ずぶずぶっぽい構図

・持ってる土地とその家の発言力が大体一致してて、子供までその感覚自然と染みついていること

分家のくせに本家の子より成績がいいか生意気とか、そういうことを本気で言っちゃう人が結構いること

ビールを飲んだ後、最後日本酒を飲んだから酔いがさめてセーフという頭のおかし理論で車を運転するクズ一定数生息していたこ

信号がないので車が常にかなりのスピードを出すこと

・下衆かったり下卑てたりするおっさん・じーさんの比率がとてもとても高く、中学生以上の女性セクハラの嵐に遭うこと

 公民館で何かの炊き出しの手伝いに来てた大学生のおねーさんに近づいてきて

 「○○ちゃんか?おほー、大きなったなー!どれ、三千円でどや?アカンか?ガッハッハ!!」と言いながら

 肩から尻まで背中を撫でまわして嵐のように去って行ったおっさん自分の中でワースト1

・家がボロくて台風が来る度に屋根が飛ばないか本気で心配すること

下水道はきたけどリフォームするお金がなくてまだ水洗トイレがないこと

若い女が乗る場合軽自動車フロントガラス根本にフワフワのファーを敷きつめておかないと「ババくさい」とバカにされること

・うちに来るツバメがもう何年も連続でヘビにタマゴやヒナをやられていること

・家の周りの草引きから戻ってきたら、換気の為に開けていた裏口からキッチンに入ってきたシカがなにかをモシャモシャしていたこ

・夜中に薄い壁一枚隔てた場所から聞こえる「フゴッ……ブヒッ……」というイノシシ息遣いで起きること

・寝ててふと気づいたら顔面にサワガニがいたこ

・1シーズンに2回くらい入浴中にムカデ天井から降ってくること

村八分実在すること


嫌なことばかりじゃ流石にアレだから田舎で良かったことも書く

・何と言っても自然豊富、裏を返せば虫とかもかなり多いけど個人的には割と平気なのでメリット寄り

・夜空とか綺麗、星が多すぎて星座を探すしょうもない課題が高難度クエスト化する

・水はおいしい

・米とか野菜が大体タダでもらえるし、受け取るとありがたがられたりする

・家と敷地が広くて隣まで距離があるので割と好き勝手できる

空気が綺麗、というか車通りの多い街に行くとすぐ喉が痛くなる

体操服(小中)→制服(高)→野良着 が標準なのでオシャレとかしてなくても誰も気にしない、プリントTシャツハイカラって言われるレベル

 GU(遠い街にある)がユニクロ(隣町にある)より上位ブランドっていう扱いなのでチョロい

・シカはよく見るとかわいい

イタチかわいいけどクサイ

・外からはあまり村の中の様子がわからないので、雪がちょっと降った日に家の周りで割と積もったことにしてゆっくり会社学校に行っても隣町の人に信じてもらえる

親子丼にのせる山椒を買い忘れても裏庭でとれる

自分ちが持ってる山でマツタケが採れるらしい(食べたことない)

・川でよくわからない魚とか獲って遊べる、カメはいるけどスッポンがいないのが悔やまれ

・水がおいしい

・村内の噂になり尽くしておくと、何をやってても話題として面白味がなくなるらしく、

 後はウォッチはされるけど放っておいてもらえるので、2○歳の私が笹船流して併走しながら「いけーソニックー!」とかキャッキャ言ってても全然ヨユー、大丈夫

ウシガエルとかも触らなければ案外かわいい、ボテボテしてる

・カマとかナタとか小刀とか持って歩いてても放置されるぐらい平和、ハサミも持ち歩けないシティとは大違い

・ジジババのネットワークGPSばりの精度で村人の居所が割れから、誰かに用事があるときは便利

・自宅なのにまだあまりあさったことがない領域結構残っていて、暇なとき探検ができる、古い茶碗とか謎の農具の残骸とか黄ばんだ書類とか出てきて鑑定団ごっこするのが楽しい

多分この集落も、もう20年もすればかなり滅びに近づいているだろうなーと思うし、自分もいつまでここにいるかからないけど、

好奇の視線を耐えきった結果今はそこそこ居心地もいいので、もうしばらくはこのままかなー。

あーでも、手に取って選びたい派としては本屋はもうちょっと近くに欲しいなあ、一番近いツタヤまで車で20分だもんなあ……。

2016-04-08

だがしかしによって駄菓子屋が復活したという話を聞かない

だがしかしによって周辺の閉店した駄菓子屋が復活したという話を聞かない。

僕は大阪住みだけど、西成にたくさんあった駄菓子屋

だがしかしというアニメ作品によって再開したという話を全く耳にしない。

それどころかコンビニスーパー駄菓子商戦の影響もあって

駄菓子屋に来るお客さんが少なくなり、殆どいなくなって

すっかりしょ気返ったお婆ちゃんが、ガラガラと店を下した悲しげな背中を見て

わず貰い泣きしそうになったよ。

だがしかしによって本当に駄菓子屋は復活したんだろうか。

大阪の都会だからそんな事がなかっただけかもしれない。

きっと兵庫とか奈良駄菓子屋は無事に復活して

さな友達の賑わいの場になっている事を想像して

今日コンビニうまい棒を買い漁る事にしたい。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん