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はてなキーワード: ボケてとは

2018-02-22

おばあちゃんに会いたい

ちょっと前になくなった祖母

89歳だった。大往生だけ6年くらいボケてた。

デイサービス友達とお昼食べるときお金を持たなくなって、そのお友だちがなんだか変よって私に教えてくれた。

そこからはあっという間で、ほんとうにあっという間に孫のこと忘れちゃった。

働き者で、しっかりしてて、いつも商店ぽたぽた焼買ってくれてた。中学生ときぽたぽた焼あんまりきじゃないって言ったのにいつもぽたぽた焼。小さいときそればっかり食べてたから。

料理上手なおばあちゃん焼き飯がすごく美味しかった。

金髪ギャルになったとき、おばあちゃんけがおしゃれだねぇっていってくれた。

ボケて徘徊したり、暴れたりしなくてぼーっとしてた。最後まで家族迷惑かけない優しいおばあちゃん

おばあちゃんが私を覚えてるとき最後にいった言葉が分からない。悔しい。

寂しい。会いたい。

夢に出てきてほしい。

2018-02-14

anond:20180212220528

元増田は本当にお疲れ様

前に飼っていた猫は乳癌で長く闘病していたのだけど、生まれた時から一緒に育った猫だったので大変辛かった。

その頃のことを思い出したのは、昨日、その後に飼った別の猫が死んだからだ。便乗するのを許して欲しい。誰かにまれたいわけじゃない。吐き出さないとつらい。


今回の猫は心臓悪化から機能が低下して内蔵まわりを水びたしにして呼吸困難で死んだ。

そんな疾患を意識したこともなく、ほんの三日前の午前中まで元気に普段通りに過ごしていたので寝耳に水としか言いようがない。

細かく書こうとしてみたが、すでに出来事の順番が曖昧になっていることに気づいたのでやめた。ともかくジェットコースターだった。レールが出発地点に戻らずちょん切られていて池の中に放り出された感じだけど。

前述の癌の猫について、飼い主の都合で痛みを長引かせてしまったという自覚があることと、呼吸困難の苦しさ(丸二日間ずっと苦しみ続けて睡眠もとれないのを目の当たりにみしている上、完治の見込みは一切無い)を考慮して安楽死を選んだ。

選択自体には後悔は一切していない。猫はもちろん一秒でも長く生きることを選ぶだろう、意識だってまだあるのだ。自分の顔を声を、撫でる手を認識している。酸素室で比較的楽な一瞬、しっかりとこちらを見て立ち上がった時、確かに意識はしっかりしていた。でも、苦しさが限界まできてから眠らせるんじゃ意味がないと思った。少しでも早く楽にさせてあげたいと思った。口から垂れた水滴がうっすらと紅色だったのを見て、呼吸困難の後、血を吐くというのは本当なんだと思ったし、そこまでさせるのは本当に可哀想だと思った。前日の夜、撫でさすりながら「この呼吸困難は落ち着くことはない」と悟った時の悲しさは深くて、その時にもう決断したのだ。落ち着かないんだから、早い方がいい。でもそれは今日その日のことだとはわかっていても、何時何分になるのか、どうやって決めればいいのか。その瞬間までずっと考えていた。今はまだ撫でれば寄り添ってくる。声をかければ反応がある。尻の付け根を撫でればしっぽも跳ねる。でも決めてしまったら最後もう二度と触れあえない。

バックヤードに入って声をかけてから就業時間ギリギリまでそばにいる許可を得て、酸素室のそば椅子に座って猫をずっと眺めていた。猫は午前中は水を飲んだりできるまでに安定していたが、午後から酸素室に入れる前のように口を開いて呼吸する状態に戻っていた。心臓を圧迫するから俯せになるより座る姿勢の方が本来は楽なのだが、疲れているので伏せっていた。どうにもできないのでアクリル板の前で声をかけていた。顔と顔を付き合わせてスリスリするのが好きな猫だったので、なるべく顔を近づけて、たまに話かけるようにしていた。

しばらくして猫が体を起こした。そのまま頭をアクリル板に擦り付けスリスリとした時、私は撫でてやることができなかった。すぐに猫は座りなおし、また伏せてしまった。この仕草が猫から最後要望だったこと、それにその瞬間に応えてやれなかったことだけが、後悔として未だに引っかかっている。最後の瞬間まで何もかもを飼い主が勝手に決めるんだから、その時の「撫でて欲しさ」くらい絶対的に満たされるべきだった。

その後、酸素室を明けてもらってチューブを口元に持って行きつつ撫でたりもしたし、それで尻尾はピンと張ったけど、そんなの飼い主が触りたくて触っただけだし、今こうやって失われた手触りを惜しんでボロッボロに泣いているのも飼い主の勝手なのだ

死も病も生きとし生けるもの代謝を続ける生物すべてに降りかかる災難であって、この出来事もことさら特別運命ではない。だけど、なんでついこの間までピンピンしてたのに撫でて温めても治らないのかわけわかんないし、その直前に何か特別なご褒美がないものか、よくわからんと感じてしまうのだ。ペットとして生きものを振り回している人間の罪悪感から来ているとか、そういうたいそうなもんじゃなく、あの時に応えてあげたかったと、叶わなかっただけに後悔というより残念感がドーッと心を浸したまま浮き上がることはたぶんない。

安楽死想像よりも一瞬の出来事で、ハッキリ言ってまだ生きてる状態なのではと思いつつ死体を抱えて帰宅したが、やはり運動としての反応がない以上、死んだものではあった。体温は一月の寒さ程度では全然去らず、猫を抱えているとき特有の暖かさがあった。その意味ではまだ肉体は生きていた。肉体が生きている、感触は変わらず生前のままなので、猫とはまだ別れていない、「魂はまだ離れていない」という感覚ストン理解できた。通夜をするのだと決めた。

猫を抱いた人は了解されていると思うが、猫を抱くというのは小さいものの魂を抱くということだ。あれの温かさはそういう種類のものだ。スピリチュアリズムとかではなく、あんなに小さくて柔らかくて温かい繊細な感触をするものが、電池もなしに瞬発力を持って動くことに感動する。あの感触を得るために(あと鳴き声や舐める舌を得るために)人間は猫を飼っている。

この撫で心地を一瞬でも多く体験したいと思って、コンパクト姿勢にまとめて、体から熱が去らないようにバスタオルで包みながらずっと撫でていた。

やがて家族が飯の支度が出来たと呼びに来たので、二回目の呼び立てで立ち上がって猫を置いた。いつまでも続けているわけにはいかないのは分かっている。ただ、失われるものを少しでも得たいという、やはり飼い主の勝手欲望であって、そんなものは不純な気もしたが別れの儀式なのだと思えば許されるのではという気もした。

寝る時はベッドのそばのローテーブルに安置した。なかなか寝入れないので無料ガチャを回そうとソシャゲを起動したのだが、そういえば一昨日もこれをプレイしつつ俯せになっていたら猫が胸の下に入り込もうと邪魔をするので追い払っていたなと思い出した、とその時は泣かなかったが今泣いている。そのことは特に後悔はしていない(猫は実際に邪魔な時は邪魔だ)のだが、失われた瞬間の尊さときたら途方もない。猫が生きている時は「寂しい」の気持ちは押し込められていて、ともかく理不尽な病に苦しめられている猫の「運命」が「可哀想」だという気持ちで頭がいっぱいだったのだが、死んでしまうと寂しいに浸ることが許される。寂しいは自分状態への反応なので、順番を間違えてはいけない。

翌朝、猫の体は冷えていたが、水が溜まった下腹部がぶにぶにとしているせいで毛並と相まって生前の手触りを保持していた。腹に顔を埋めると猫本来香りは一切しなかった。発症してから口臭や小便の匂いもせず、口鼻や肛門に詰め込まれている綿と、昨夜寝かせる前に口元を拭った時の消毒剤の匂いがした。

その後、猫を弔ったわけだが長くなりすぎたので割愛する。

私が猫を看取ったのはこれで六匹目になる。回数を重ねるにつれ慣れるものだと感じていたのだが、正確ではなかった。この最後の一匹になる前は多々飼いをしており、一匹が死ぬことで猫の気配がなくなるということはなかったのだ。

最後の一匹になってから四年。この一匹だけは老衰でヨボヨボになりボケてあちこちに放尿するのを世話しながら息を引き取ることになるのかなと、なんとなく考えていた。



ペットロスという単語検索してみたら気が滅入った。

例えばこの文章を書きつつ号泣するというのはよくわかる。自分体験を振り返り、気持ちを盛り上げて文章化するものからだ。

だが、なんの切っ掛けもなく涙がこぼれることがあって、その時の心境は確かに「悲しい」だから心体は一致しているものの、ささいな刺激で表出するので本当に困る。「悲しい」には悲しいし、寂しがっているのだが、そうしたいと思っていないのに気持ちが昂ぶってしまい困る。

その一方でその気持ちから断ち切られたくないと考えている自分もいる。猫の感触仕草を声を忘れたくない。何度も振り返って記憶に焼き付けたいと願っている。その中でその愛している相手がこの世のどこにも存在しないことを感じて自動的に涙が流れる

時間解決することはわかっている。涙がなくても気軽に思い出せる日はたぶん遠くない。でも今はいっぱい悲しい。悲しいので涙が流れるし鼻水は垂れるし、一昨日からずっと目蓋が腫れぼったいしおでこまわりが熱いし、今年はもう必要ないなと思っていた鼻セレブを買った。

猫のことが悲しすぎない心持ちになったら、また新しい猫を引き取ろうと思う。一匹目の生まれた時から一緒にいた猫と死別した後、猫はあの一匹だけだと思っていた自分を変えたのは昨日看取った猫だった。

猫は猫それぞれで全然違い、個性や猫格を持っている。上手く付き合える確証なんてない。でも捨てられたり放棄された猫と暮らすのはどんな相手だろうと悪くないものだし、そのことで幸せになれる猫がいるなら今までの飼い猫たちにも報いることにならないだろうかと、そうも思うのだ。それこそ飼い主の勝手解釈で猫にしてみたらどうでもいいだろうが、一匹でも多く飯で腹いっぱいな猫が増えるなら猫好きとしては嬉しい。




一匹目の猫は乳癌で死んだ。

腹が腐る匂いと一緒に眠っていた。腫瘍の膿を拭って消毒液をかけないといけないのだが、大きく身をよじって嫌がるので雑な対処しかできなかった。爪を切られるのさえ嫌がる猫だった。

最期が近くなるとトイレがうまくできなくなり、尻まわりに糞をつけていたので臭かったが、その頃になると体もうまく動かせなくなっていたので拭き取ること自体は楽だった。しかし、腰が抜けて糞尿の上でのたうつようなことが度々あり辟易した。

最後の日、私が居間インターネットをしている時に「ニャア」といつもの声で呼びかけてきたが、私は怒っていたので相手をしなかった。

学校から帰って死んだ猫を見つけた時、ついに来ものが来たということはわかっていたが、そのことが理解できなかった、というのが当時のノートを読み返してよくわかる。生きていた時なら絶対にしないことを猫にした。首を持って持ち上げた。そのまま持ち続けていたが、反応がなくて、手を離した。床に落ちた。現象として確認した。信じられないものを目の当たりにしたあの時の気持ちを私は今でも忘れていなかった。紙から取り出せる。いつでも。

風呂場に遺体を持ち込んで糞と膿を荒い流している間、全世界への呪詛を吐きながらずっと泣いていたことも覚えている。初めて触れた身近な死だった。なんて残酷なんだろうと思った。

あの頃のように大声を出して泣くことも、荒々しい気持ちになることも、もうないだろう。

供養もなにもかも、飼い主の勝手で、寄り添ってくれたあの瞬間だけが本物だった。

2018-02-12

anond:20180212204555

はてなホッテントリ指南みたいにそういう突っ込みどころのある説明のほうが印象に残りやすいか

授業のテクニックとして使ってるだけなんじゃないでしょうか。

every boy is Tomだと本気で思ってる先生なんてさすがにいないでしょう。

高齢ボケてるとかならそういう人もいるのかもしれないですけど。

anond:20180212105425

バビル二世・・・

夫婦揃ってもういい歳なんだろ

すでにボケてるんだよほっといてやれ

まあNHK高校生講座とか

2018-02-08

anond:20180208172105

ボケて死ねいからな

個人的にはボケ精神的な死であり、

ハッキリ言って健在だったころの親は存在的には既に死んだ、って思わないとやってけないと思う

抜け殻の肉体をどう維持するかという割り切りしないとツラいだけ

その肉体に魂は宿っていない、というか、その魂は既に他界したんだ、って思うようになってようやく多少の割り切りが出来る

目の前にいる魂をなくした肉体はただの容れ物ということ

残酷だ、人でなしだと言われても仕方がないけど、元の人格として接したらこちらの精神がもたない

治る見込みがそれなりにあるんならまだしも、まず無理、容態悪化を食い止めるのが精々だし、

それでも人格は目に見えて消失していく

要は動物を飼ってるようなイメージになるかな

それくらいのレベルにまでいかないときつい、つらい

迫りくる介護不安

自分は30代。嫁と子供がいる。都会に就職に出てきて、田舎には両親と祖父母が住んでる。

正月しか帰省しないけど、実家はそんなに変化がなく、皆は穏やかに暮らしているのだと思ってた。

ところがだ。一昨年くらいか祖父母の様子がおかしい。とろんとした顔つきでぼんやりしてる。返事も鈍い。

ははぁ、これがボケか。などと他人事のように捉えるだけで、あまり話題にしなかった。

母や父は普段通りだし、祖父母もちょっとおかしいけれど問題を起こしているわけではない。

あんまり会話できなくなるのは寂しいが、静かな余生を送ってくれればそれでいい。

だけど実態は違った。

ある日の帰省で母から何気なく伝えられたのは、ここ数年は本当にしんどかったということ。

祖父免許証を返納して運転しなくなったが、代わりにタクシーを呼びつけて至る所へ連れ回すようになっていた。

今はブラックリストに載ってタクシー会社は応じてくれない。

家庭内でも怒鳴り散らすのはしょっちゅうだそうだ。

祖母祖父を邪険に扱うようになって、感情の起伏のない生活を送っている。一人で閉じこもっているそうだ。

あんなに仲の良かった祖父母が。あんなに優しかった祖父母が。

俺はショックだった。

正月程度の数日間では実態は見えてこない。

今は薬の効果もあって二人とも精神的に安定しているようだが、母は本当に参っているようだった。

なんで相談しなかったんだ?と聞いたら

あなたのとこも子供の世話で大変でしょ?だから面倒を増やしたくなくて、と笑っていた。

その気遣いは正直嬉しい。祖父母が大変なんだって泣きつかれても、俺だって困ってしまう。

知らないままのほうが、きっと子育てに専念できる。

だけど俺はそのとき怖くなった。

優しい母も実直な父も、ボケて人が変わって迷惑をかけるかもしれない。

それを見届け世話をするのは自分だ。

父母を見捨てられず、きついのを堪えて、変わってしまった父母に悲しくなりながら付き合っていく。

そんな日がいつか来るんだろう。

こんな話は日本のどこにでも転がっている。

だけど日本はこれから、こんな話の数が圧倒的に増加していくだろう。

辛い現実が、ちょっとでもマシになってることを祈る。

もし悪化していたとしたら、俺はボケる前に子供に「俺を見捨てろ」と伝えるかもしれない。

2018-02-02

anond:20180202173733

うつになりかけてそう。

定年になったら、確実にボケて早く死ぬタイプ

就職結婚で悩むやつも多いが、できても悩みはつきないんだな。

人生趣味がないと楽しくないという思想にはまってないか

2018-02-01

ジャニーズ関西差別

関ジャニジャニーズwestはなんで頭がいっちゃったような曲しかうたわせてもらえないの?

大阪でんがな!明るくてなんぼ!とにかくボケてツッコメツッコメ

ええじゃないかええじゃないか

2018-01-25

anond:20180125212447

疲れてる母親ボケてる爺さんとの飯とかマジでめっちゃキツいからそこだけは参加すべき。もしくは妹氏が一人で食べてもいい流れを作る。毎日じゃなくてもいいし時折外食に誘うとかでも全然違うと思う。介護の閉塞感ヤバいよ。

やたら自己犠牲強調してるけど介護に関しては家族の一員として増田改善策を練る義務があると思う。誰かに押し付けてたら潰れるって。

バイトなり大学なりを辞めなきゃ何もできないと思ってんなら辞めれば?動きたくない言い訳しか見えんが。

2018-01-18

使ってない器官から死んでいく

頭使わない人からボケていき、精子さな睾丸から腐っていく。

2018-01-12

anond:20180112221304

被害が出てから絞めても遅いだろトンチキ

見せしめにもならんよ、ボケてんだから

年寄りになるんだから抑止する方向で行け

2018-01-11

anond:20180111133830

上司ボケてるかもしれないけど、たぶん増田提案だと正直に言うよりは上司提案にしておいた方が通りやすいだろうね。残念だけど。

認知症かよ

「こういうのがあるから導入しましょうよ」ってさんざん提案した内容を

「こういうのあるから参考に」って言ってくる上司ってアホなの?

俺がまったく同じ内容で提案したんだけど?

さも自分が見つけたように言ってくるってボケてんの?

2018-01-06

ネガティブな話ができる人間は貴重である

ここ一年ほど人間関係を息苦しく感じることが多くなった

原因はわからない

深夜に色々考察してわかったことは「ネガティブな話をダラダラできる人間は思ったより少ない」ということだ

この世の人間は二種類に分けられる

陽の人間と隠の人間

まぁそれは言い過ぎだがそういうことにしておいてほしい

通常通り解釈するなら陽はポジティブで明るい人間、隠は暗いネガティブ人間

しかし何も百パーセントそうというわけではない

私は本質的には完全に根暗で「隠」側の人間

しかし一応今は「陽」の仮面を被って過ごしているつもりである

ボケてツッコんで人の笑いをとっていきたいし、なによりも苦手なのは会話と会話の間の沈黙

つるむのも「陽」側の人間が多い

そこに不満も疑問も一切感じることはなかった

馬鹿な話をして笑っていられる友達がいることは非常にありがたい

しかし、人と話す上での息苦しさは常にあった

ここ一年でそれが肥大化したのだ

高校時代から縁のある友人が一人いる

見た目は派手だが俗に言う「隠」側の人間

から見てもそこそこわがままというか自己中な面を持つ女だが、そこを踏まえてもこの人と喋っていると気持ちが楽になる

この友人と馬鹿な話はあまりしないし、ボケたりツッコんだりすることもほとんどない

コミュ障友達いない、生きてくの面倒臭い、そういった話をダラダラ数時間話せる、私にとって貴重な相手である

私の働くアルバイト先にも「隠」側の人間がいる

しかしそれ以上に「陽」側の人間が多すぎる

シフトがよく被るのも「陽」側の人間

そりゃ人数比が違うのだから当たり前である

楽しいのに、やはりどこか息苦しく、退勤後に残るのは仕事疲れとは別の疲労感だ

「隠」側とシフトが被るときには明らかに感じることない疲労感

やはり私は「隠」側の人間だと痛感する瞬間である

なにを伝えたいのかわからなくなってきたし面倒になってきた

要は「陽」と「隠」が真の意味で交わるのは難しいのではないか?という話だ

あと「ネガティブな話をダラダラするのも意外と悪くないよ」ということである

多分

2018-01-04

私がFGOファンを嫌いな理由

物騒なタイトルですが、内容はほぼ私的愚痴を含みます

まず、先に言っておきたいのは私はFGOエアプです。

プレイたことはありません。

これだけで「エアプのくせに嫌いとは何事だ」「やってから批判しろ

という声があると思いますが、この記事FGO自体批判ではなく「FGOファンクラスタ)」の批判であることをお間違いなく。

主にtwitter等でFGOプレイヤーの目に余る行動を受けての批判になります

まず一つ目に「FGOプレイヤーは他作品シナリオsageる」

FGOシナリオが良いと言うのはよく聞きます。いろいろな方向から聴くのでそれは素晴らしいものなんでしょう。

からといって他の作品シナリオまでコケ下ろすのはルール違反です。

よく「●●のシナリオは~~だからダメだな!FGOこそ最高!」と声高々に言う人がいます。そしてそれがRTで流れてきます

ものすごく不快です。

これで「なに言おうが自由じゃん」とか思うあなた

貴方FGOファンとしてではなく人としてダメです。

どう考えても自分の好きな作品sageられて喜ぶ人なんていないと思います

これを聞いて「そうかそうかFGOは今やっているゲームよりそんなに素晴らしいのか、ならやってみよう」

なんて人は絶対にいないですし、そんなこともわからずに口に出す(ネットに流す)ということが人間性の低さを露呈しています

少し前に「イナゴ」という言葉がありました

イナゴとは「問題児流行りのジャンルに飛びつき飽きたら(終わったら)別のジャンルに移動してまた問題を起こす」

と言うものですが、別の例えで「流行りのジャンル学生服をきて悪さをし、飽きたら別の学校制服に着替える」と言うものが有ります

FGOイナゴというより「そのジャンル制服を着たまま(FGOのまま)他所学校(他のジャンル)に喧嘩を降っかっけてくる」というイメージです

もうヤンキーです。ほんとうに迷惑です。こないでください。そのジャンルFGOから出ないでください。

二つ目に「最強厨が多い」

これはプレイヤー気質もあると思うので全員が当てはまるわけではないですが、わたし体感ですごく多いイメージが有ります

まただから悪いとかというわけではないです。だいたい皆が通る道だと思うので。

ただここで言う最強厨は意味合いが少し違います

詳しく言葉にすると「わざと小難しい言葉を使って遠回しにかっこいいことを言おうとして逆にスベっている」という感じです

昔の言葉で言うと「アイタタタ」 ちょっと昔の言葉で「厨二」「KY」 いまのことばで「イキっている」人 

見ててすごく恥ずかしいです。

そうです、実害はないですけど見ていてすごく恥ずかしいんです!!

これって「普段は平凡な(を装っている)主人公だけどいざとなったら隠された力を発揮する主人公(俗に言うやれやれ系)」を主人公に持つ原作から仕方がないのでしょうか…?

まあやれやれ主人公なんてFATEが初めではないですし、衛宮はむしろそれとは少し違う路線だとは思います

しか問題FGOにこういう傾向の人が多い気がするということです。

普段はなにも出来ないけどtwitterや顔が見えなかったりすると相手の重箱の隅をつつけるぜ」という感じでしょうか?

しかたらみなさん、人生の中でずっと自分主人公のつもりでいるのでしょうか?

もちろん普段主人公ですがとある場面では脇役だっり、時にはわざとボケて道化を演じるようなことをしなければなりません。

テレビの中のお笑い芸人だって普段から馬鹿なふりをしているわけではないです(中には普段までそういう人もいますけど)

お笑い芸人空気を読むことに関してはスペシャリストです。

私も子供の頃は自分が一番!という考え方でしたが流石に20歳を超えるとそういう考えは恥ずかしいです。

ここまで描いてアレですが、「イキってる人がFGOやってる」のか「FGOやってる人がいきってる」のかそこはわからなかったですね

FGOに限らず昔からこんな人は多かったかもしれません、しか最近特に目に余るような気がしたので書かせてもらいました

私はゲーム自体エアプですし、RTされる情報しかわかりません

けれどだからといってじゃあなにも言うな、ということはファンの方は言えないと思います

ファンの人は同じ仲間たちから言われたって聞かないでしょうし、いま沢山の人がプレイしているから「他の大勢の人が言っているからいいんだろう」と思っていると思います

だったら沢山の人がプレイしてるゲーム批判は言えないということになりますけどそれは違うでしょう。

あとゲームはやっていませんがアニメは見ました。小説も読みました。原作は素晴らしいですしおしろいです。

ただファンの人たちのお行儀が昔からどうにも…

ただの書捨てなので

批判同意コメントされてもなにも答えません

2017-12-13

極東ブログの新しい記事を読んだら、あり得ない誤字脱字が多かった。中岡俊哉名前を間違っていたのも相当だけれども、「オム真理教」とあったのを見たときは、さすがにびっくりした。

50歳を超えた人はボケてから何を言っても基本的には信用しないと言う友達がいて、それはそれで理由があって実感としてはもっともな部分がかなりあるんだけれども、finalvent さんも還暦で、相当ボケが来ているのではないか

2017-12-11

anond:20171211195300

バーン!」と言うと「うっ」とか言って、撃たれたフリをしてくれたらボケてない

2017-11-30

[]フルメタル・パニック! 1st SECTION ボーイ・ミーツ・ガール

2017-10-25

anond:20171025133355

父とそっくりなおじいさんがちょっとボケてやって来たんですね(⌒-⌒; )

孫の男の子女の子というくらいに

お母さんもお義父さんて呼んでるんですね

2017-10-23

anond:20171023161432

レスサンクス

『とにかく頑なになっている年寄り否定するのは、サイアクの悪手。』ってのは確かにな。

正直けっこう理詰めで考えてしまっていたけど、『ばーさんのことが心配なんだよ、というスタンスで臨んでみる』っていうのがいい気がしてきた。

蛇足的にはなってしまうんだけど、一応個々の話にレスしとく。

ちょっと反論的な内容になってしまうんだけど、書いてもらったものに触れないのはよくないと思うので書いとく。気を悪くしたらごめん。)

毎年、建物の修繕や原状回復にかなりの金が飛んでいくぞ、固定資産税バカにならんぞ、という支出面についての脅しの方が効くのではないか

ばあちゃん戸建てに住んでて、聞いた話だと10,15年毎に数百万かけて修繕してたらしいから、そのあたりの支出については承知してるはず。

(ちなみに80過ぎてるがまだ働いてて、ボケてるわけではない。)

ばあちゃん的にはいまの計算家賃収入が30年続けば、修繕費を加味しても、ローンも返済できるし、プラスが残るっていう計算らしい。

ただ残念ながら2,3年前から町の人口は減少傾向にあり、近郊都市ベッドタウンなので今後の人口増は見込めないっていう…。

売って現金にして、ばーさまの老後生資金として使い切ってもらう方がずっとマシだと思う。

俺も激しく同意

ただ、ばあちゃん使うよりも「いかに遺すか」を考えるのが楽しいみたいなんだよね。もっというと「税ハック」を楽しんでる感がある。

今回の件も家賃収入もあるけど、それ以上に「ローンがあると相続税を抑えられる」っていうのが大きいっぽい。

anond:20171022231330

目はそのうち慣れる。

ゆゆ式面白さは漫才的な笑いを排したところにある。

すなわち、ゆゆ式には「視聴者に向けた笑い」が存在しないのだ。

彼女たちは視聴者を笑わせるために奇行に走るのではなく、

常に「他の二人を楽しませたい」という思いから行動を起こす。

ゆずこがボケて、唯がツッコみ、縁が笑う。

三人だけでコミュニケーションが完結している。

かに見せるために会話しているんじゃない。

あくまで仲の良い女子高生たちの他愛もない内輪の会話でしかないのだ。

だが、そう考えると全てのやりとりが愛おしくなってくる。

三人が本当に愛らしく感じられるのだ。

これは愛の物語なんだよ、唯ちゃん

2017-10-16

https://anond.hatelabo.jp/20171015185448

既にブクマでも何人も指摘してるけど、歴史小説系は主人公の生涯を描く物が多いと思う。

NHK大河ドラマなんか、生誕前から死後のことまで描かれることが多い。それで、毎年、今ごろの時期になると主人公が最盛期を過ぎてきて衰えてくる。11月に入るとボケてきたり老害まき散らすようになる展開のことも多い。

亡父はだいたい全作品観ていた様だが、晩年最後の方はみていて辛い」と言っていたのを思い出す。

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