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はてなキーワード: 肩透かしとは

2019-10-13

自分が良ければいい精神

私は長野県民で今回はじめて避難経験をしたし

水害にもあった。

Twitterや、まとめサイトコメントを見ると

決壊したww、長野終了のお知らせとか何とも無神経なコメントで溢れかえっていて憤りを感じた。挙げ句の果て台風19号ショボかっただの

したことなかった、もっと強いの来いよ

余裕だった 肩透かしにも程があるなど自分地域被害に遭わなかったら言いたい放題

ニュース見てないんだ。伝わってないんだ。

実際に被害に遭わないと分からないんだよ

こういう幼稚な奴らは、勿論中にはちゃん理解して心配して下さっている方もいます

どうか自分の身を守る為にも被害に遭わない為にも自分の身に置き換えて考えて下さい。

起きてからじゃ遅いんです。

今でもサイレンが鳴り響きヘリコプターの音は止みません。 

自分大丈夫、その考え 精神やめませんか?

Twitterトレンドに#HappyJIMINdayってのが上がってたからアベのせいツイートで溢れかえってると思ったのに肩透かしだった

2019-10-11

anond:20191011170148

災害訓練だと思えばよい。台風肩透かしでも次の日地震が来るかもしれん。

あいちトリエンナーレへ行ってきた

内容には興味なかったけど、大嫌いな河村たかし批判しているとのことで嫌がらせを兼ねて行ってきた。

行ってみて思ったのは規模が小さいこと。愛知県美術館しか行かなかったのでビルの2フロアしかない。だから全部見て回ったけど有名なピエロのやつがちょっと面白かったのと伊藤ガビンの開始前のアナウンスでクスッときたくらいで、これで終わりとわかったときには肩透かし感が凄かった。小粒な作品淡々と並んでいてラストにかけての盛り上がりみたいなものは全くなし。求めちゃいけないのだろうけど。これなら表現不自由展が必要だと考えたのもわかる。個人的には一番興味深かったのは表現不自由展の抽選についての周辺だったし。

表現不自由展は一日3回あった抽選のうち2度参加してどちらも落選。吹き抜けを囲むように並んで抽選番号の書かれたリストバンドを巻いてもらい後から結果を確認するだけだけど、色々な人が並んでいて面白かった。こちらも内容には特に興味なかったけど、興味ないからこそ見て何か思うことがあるか試してみたかった気持ちもあってせっかく足を運んだのに落選したのは残念だった。

会場の外で反対している人は二人だけでこちらも寂しかった。ネット上で喧々諤々やっていたのととても対照的だと思った。がっかり名所みたい。

2019-10-10

職場の近くのフレッシュネスバーガーに週1か2くらいのペースで昼ご飯を食べに行く。

その店の入口の扉がちょっともう異常な程重かった。いつも思い切り踏ん張って扉を開けてたし、帰りは体当たりみたいに肩で扉を押し開けて店を出ていた。

それが最近扉を直したらしく、急にらくらくと扉を開けられるようになった。しかし、これが何となく物足りない。

毎度毎度あまりにドアが重いので、「ひょっとして減圧でもしているのでは…?」と勘ぐるほどであったのだが、それがいつしか帰りに扉を開けるたび「減圧ルームで何らかの訓練を受けたアスリート宇宙関係者か何らかのエージェント」みたいな気分になり、あー今日減圧ルームでの訓練が終わった、段々慣れてきたとはいえやっぱり1気圧の空気美味しいわー、その辺の雑草の緑も綺麗だわー、大会も近いしさらに追い込んでいかなきゃなー(アスリートver.)いつ宇宙飛行のお呼びがかかるのかな(宇宙関係者ver.)訓練で終わるのが一番だよ、いつまでもこんな平和な日が続けばいいのに(何らかのエージェントver.)などと妄想捗るようになり、それが会社へ戻る憂鬱な道すがらの慰みになっていたのだった。

前の扉は正直店としてどうなのかというくらいのレベルで重かったので、これで良くなったのだとは思うものの、ちょっとさみしい。軽々と開けられるようになった扉に私の妄想肩透かしを食らって、少し味気ない昼休みの終わりを過ごしている。

2019-10-07

anond:20191007184320

オオカミ少年じゃないけど、騒がれ過ぎて肩透かしを何度も食らうと、信じられなくなるよね・・・

anond:20191007183550

過去最強クラス台風は何度もきてるけど、たいてい、当日は、風と雨がちょっと強いだけで 肩透かしなんだよなぁ@大阪

2019-09-15

anond:20190915210406

悔しいよね。肩透かしだよね。

ポケモンって言われたら、普通プレーヤー自身ポケモンが一体になれるかもって期待するよね。

ポケモンマスターズって単なるギャルゲじゃん。

2019-08-10

anond:20190810123359

なんかそんだけきても関東直撃ってあんまないような気がする

たいていいつも直撃せずに肩透かしだよな

2019-08-02

anond:20190802155049

何でもそうだけど賛否両論あって人を選ぶと思うので、見てみないと判断できないと思う。自分は見事に「いい意味で裏切られた」けど、「肩透かしを食らった」って感じる人もいるんじゃないかな。

確実に言えるのは、子ども中高生が見ても、たとえDQ好きでもそこまでおもしろいという感想は出ないだろうなと思う。アクションシーンの映像スペクタクル的には迫力あってカッコいいかウケると思うけどね。

[] #76-6「車道シャドー

≪ 前

「ごめんくださーい」

俺たちは見舞でツクヒの自宅を訪ねた。

勿論それは建前で、本当の目的事情聴取

第一発見者なら、ツクヒを轢いた車を見ている可能性も高いだろう。

「来てくれて、ありがとうねえ」

「おカマいな~く、おナベな~く」

それにしても、意外といいとこ住んでんだなあツクヒのやつ。

部屋の中も小奇麗というか、品がある。

マメ掃除しているのか、それともハウスキーパーってやつがいるんだろうか。

他人の家を訪ねたときの独特な臭いもしなくて、するのは消臭剤匂いだけだ。

いや、もしかしてロマとかなんだろうか、この香り

「みんな、これ美味いぞ! なんの食べ物分からんが!」

出てくる茶菓子も気取っているというか、突然やってきた俺たちにポンと出せるレベルじゃない。

仲間のシロクロが、目的も忘れて菓子を食べるのに夢中になっている。

だけど親御さんたちは、そんな不躾な態度を気にせず接してきた。

「あの子を呼んでくるから、もう少し待っててね。怪我はもう大丈夫なんだけど、恥ずかしがってるみたいで」

「いやあ、学校で上手くやれているか心配だったけど、見舞いに来てくれる友達がいてホッとしたよ。あの子学校のことは全く話してくれないからね」

あいつの親とは思えないほど物腰が柔らかくて、子供思いのマトモな人たちだ。

その意外性も気になるところだけど、今はそんな場合じゃない。

ツクヒがくると面倒そうだから、そろそろ本題に入ろう。

「そういえば、まだ見つかってないんですよね。ツクヒを轢いた車と、運転手

しかし焦ってはいけない。

単刀直入質問するんじゃなく、話題に紛れ込ませるようにしていく。

「そう、なんだよね……」

被害者の親にとってはセンチメンタルな話だから、あまりズケズケと聞くものじゃない。

ガキの俺たちにだって、それくらいのことは分かる。

それで心象を悪くしてしまうと、聞き出しにくくなるしな。

「うん……今も何食わぬ顔で、どこかで車を走らせているかと思うと気が気でないよ」

「そう、ね……警察には早く見つけ出して欲しい、ね」

言葉を選んでいるのか、それとも出てこないのか、ところどころ詰まらせたテンポで喋っている。

それほどにツラい出来事だったのだろう。


「あの子遅刻する~って言いながら忙しなく出て行ったから、車で送ってあげようと後からいかけたら……」

そうしてやり取りを数分続けていくと、いよいよ聞きたかった部分を話し始める。

俺は前のめりになって尋ねた。

「轢いた車を見たんですか!?

「いや、自分たちが着いたときには既にいなかった……」

しかし、返ってきた答えは他の人と同じだった。

ここまで色々動き回って、何の成果も得られないのは初めてだ。

この人たちすら知らないんだったら、もうツクヒに期待するしかない。

ただ、あいつがここで喋ってくれるような気はしないか学校で聞こう。

それでも喋ってくれるとは思えないが。

俺たちは肩を落としつつ、この場はひとまず適当理由をつけて退散しようとした。

「私、思うんだけど、運転手が見つかったところで大して意味わよね。ツクヒの不注意が原因なんだし」

「え?……」

だがその時、タオナケが思わず口を滑らせてしまう。

得られた情報肩透かしだったものから、気が緩んでしまっていたらしい。

元々、思ったことが口に出やすタイプだが、この期に及んでそれ言っちまうのかよ。

「おい、タオナケ!」

「あ……でも私、別に間違ったことは言ってないけど」

タオナケも失言にはすぐに気づいたが、取り繕うのが面倒くさくなって開き直った。

危険を顧みず車道に突っ込んで、それで案の定ぶつかっただけ。それで“こっちが傷ついたので、悪いのはそっちだ”なんて当たり屋のゴロツキでしょ」

「よすんだ、タオナケ!」

どんどん言葉が出てきて止まらない。

挙句信号機がないのがダメなんだってことになったんだけど、あん場所で轢かれるなんて普通ありえないし。あったところでって話よ」

俺たちは慌ててタオナケを止めようとする。

かに俺たちも内心思っていたことだけど、ツクヒの両親がいる前でそれを言ってしまうのはマズいだろ。

次 ≫

2019-07-07

[] #75-10「M型インフルエンザー」

≪ 前

「僕が?」

「あの文章が書かれた場所は、この家だってのが分かった。つまり、書いたのもタイナイだろ」

まったく、とんだ愉快犯ピエロじゃないか

まるで自分が書いていないかのように語っていた時、一体どういう気持ちだったんだ。

こうなってくると、俺に説明していたことも本気だったかすら怪しいし。

「それがどうやって分かったのかはともかく、しらばっくれても誤魔化せない雰囲気だね……じゃあ、白状しよう」

その時の俺は、失望とか徒労とか懐疑とかでグチャグチャだった。

タイナイの返答次第で、それをどう発散するか決めるつもりだったんだ。

「僕が“M”ってのは半分正解だ。いや、1割正解と言うべきか」

だけど返ってきた答え合わせは、俺が思っているよりも肩透かしものだった。

1割って……それだとほぼ不正解じゃんか。

テストなら三角すら貰えないレベル

「なんだよ、それ」

「正解といえなくもないってことさ。“M”を名乗り、あの文書拡散させたのは僕だしね」

「……いや、だから、お前が“M”なんだろ?」

ここにきて、まだ他人事みたいな言い方をしてくる。

なんで、そんな回りくどい表現をするんだ。

「厳密には違うね。“M”ってのは個人を指していないのさ。不特定多数集合体というべきか」

「はあ!? どういうことだよ」

そうして語られた真実が、俺が想像していたよりも底が知れない、と同時にくだらないものだった。


から数週間前、タイナイがいつも通りネットの海を漂っていた時。

ひょんなことから、『Mの告白』の原文を見つけところから始まった。

それは取るに足らない、ただの愚痴みたいな内容だったらしい。

告発系の怪文書ではあったけれど、自意識が前のめり過ぎてね。論旨もとっ散らかってて、真面目に読むような内容じゃなかった」

でも、その時タイナイは思ったらしい。

これをもっと人目につく場所で、もう少しコンパクトにして拡散すれば話題になるんじゃないかと。

「まずは、パッと見で分かるような問題点をまとめて羅列した。そして無関係各論繋ぎ合わせ、一つの大きな問題のように仕立てるのさ。ところどころ事実や、尤もらしい主張を織り交ぜつつ、全体的な印象に引っ張られるよう誘導するわけだ」

そしてネットの色んなところに、その文章を乗せた。

後は放っておいても大盛り上がりになるようだ。

数珠繋ぎ自然現象さ。誰かがどこかで話題にすれば、それを聞いた誰かが別のところで話題にする。それが大規模に起これば、もう止められない」

「じゃあ、タイナイは軽く添削しただけで、自分が書いたものですらなかったってこと?」

「“M”だと名乗って、何かの関係者だと自称すれば、ほとんどの人間は本当か嘘かなんて分からない。代表者のように語るとウケがいいんだ。ダイエット法を語るなら、デブより痩せてる人の方が説得力はある」

バカにされているようだったけど、否定できなかった。

俺は案の定、まんまと、そんな文章に“あてられた”わけだし。

「書かれた内容を鵜呑みにしてもらう必要はない。情緒的で関心を引くものに対して、人は“何かを語りたい”って衝動が沸き起こるからね。虚実の按配なんて、赤の他人にとっては瑣末な部分なんだよ」

まり“M”ってのは、そういう文章を書く人間、それに影響を受けた人間全てを指しているわけだ。

少し前、「リテラシー大事なのは“嘘か本当か分からない場合対応”だ」と言っていたけど、その意味が分かった。

大半の奴らはリテラシーなんてないって、タイナイは言いたいわけだ。

タイナイは何がしたいのさ。何が望みで、こんなことに加担したんだ。リテラシーのない奴らを、陰で笑いたいとか?」

別に大した理由じゃない。強いて言うなら“気になったから”。些細で不健全動機だけど、ほとんどの人間はそんなもんだろ」

本当に大した理由じゃなかった。

ここまで大騒ぎになっている出来事が、蓋を開けてみればこんなことがきっかけだなんて。

「じゃあさ、本当の、最初の“M”ってのは、どこの誰なのさ」

「さあね。でも、そんなの“どうだっていい”じゃないか

あっけらかんと返すタイナイに、俺は「そうだね」と言うしかなかった。

結局のところ“M”の存在は、まるで掴み所のないまま。

たぶん“M”は、これからもどこかで、何かを告白し続ける“関係者”でい続けるのだろう。

今回の件で走り続けて俺が得られたのは、しこりのように残る感覚だけだった。

(おわり)

2019-05-21

ほとんどの書籍の著者が味わっているだろう「これじゃない感」

初めて本を出す場合、著者にとっては大事件だけど、編集者にとっては数ある企画のうちの一つでしかない。

から、その温度差はものすごい。著者は「人生が変わるぞ」とワクワクしているけど、編集者は上から課せられたノルマをこなすことしか考えていない。

なので、意見を言い合って一緒に作り上げていく感じはまったくない。ここで肩透かしを食らう。

さら原稿を書き、校正も終わり、さぁついに発売だぞワクワクしていると、もはや編集者自分の本のことは考えていないことに気がつく。

何も連絡がこないし、販促として何かが動いている気配もない。やっと連絡がきたと思えば言われることは「SNSで告知してください」。

どうやって売ろうかという会議もない。著者の知らないところで書店にばら撒かれて、売れているかどうかもわからない。

そして何も起こらないまま時間が過ぎ、一年後ぐらいに「あれは何だったんだろう?」とふと思う。

別にから売れることもないだろうし、「一冊だけ出した人」っていうデジタルタトゥーがついただけだな……とモヤモヤする。

そして、出版する前と変わらず日常が過ぎていって、いつの間にか忘れる。

これが大多数の著者にとっての出版リアル

2019-05-05

気分が落ち込んでいるので聞いて欲しい

大型連休仕事から離れることができてホッとしている一方、時間ありすぎて仕事人生について考え過ぎ、毎晩真っ暗の中、布団の上で自然と涙してしまうようになってしまった。

端的に言えば、仕事に対するモチベーションが地を這っていて、かといって自分が何をやりたいのかもはっきりとせず、ただ将来に対する希望が見いだせない状況に陥っている。

正直どうしたら良いかからないので、何かアドバイスが有ればコメントいただければと思う。

profile

背景

現在新卒2年目で、今の会社学生時代の専攻とは異なるものの、第一希望会社であった。就職活動トントン拍子で進み、苦労することはなかったが、違和感入社してからすぐに感じた。

説明会では自らをベンチャーと称していたものの、ほとんどが大手企業から転職してきた中途社員で占められていることもあり、入社前に思い描いていたITベンチャーのような自由闊達雰囲気は全く感じなかった。後者のような環境を志望していた自分にとって、肩透かしを食らった。

しかしそれ以上にミスマッチを感じたのは業務内容であり、メーカーと言いつつも仕様以外はすべて外注に任せきりで、自分たちはプロジェクト管理と、出来上がってきた製品評価をするだけであった。研究寄りの開発がしたかった自分にとってこれは大きな誤算だった。就活中の面接でも上記は伝えていて、そういうことができるという話であったのでこの点は失敗というよりほかない。また曲がりなりにもベンチャーを称しているのにもかかわらず、肝心の開発は丸投げし、あまつさえ不具合が出ようものなら全力で外注先に詰め寄り、自らを顧みることをしない体質には疑問を感じずにはいられなかった。

そして追い打ちをかけるように、最近ではメンター社員から、専攻が違うために理解が追いつかない点をなじられることが多くなり、精神的につらい日々が続いている。

どうしたいか

できれば学生時代研究の延長線上に、専門性を突き詰めていきたいと考えているが、転職しようにも学生時代研究内容は社会に何の役にも立たない基礎研究で、直接生かせるような業務はなく、かといって博士課程への進学もそこまで研究に熱中できるかは甚だ疑問である

仕事を辞めたいと思って半年経つが、将来が見えないまま時間けが過ぎ、結局鬱々としたものを抱えながら毎日表面だけはなんとか取り繕って仕事に向かっている。でもこの連休中、仕事のことを考えただけで心拍数が上がるのを感じ、寝る前には自然と涙が流れるようになって、正直限界を感じている。

同期は勤務地が異なるので会えず、友達関西はいない。一人暮らしのため相談できる相手もおらず、生まれて初めて孤独を感じる。家に閉じこもるのは良くないと思いつつ外出するも気分が晴れることは無く、結局何もしないまま帰宅してしまう。

将来について、考えれば考える程自分が何をしたいのかわからなくなり、正直疲れてしまった。

どうしたら良いのかわからない。

2019-04-09

anond:20190409045845

人間動物迷惑をかける点ですが、フウチョウたちが「確かにヒトのおかげで助かったケモノもいるが、ヒトが不用意に近づいたばかりに、迷惑するケモノもいたかもしれんぞ」と明確に問いかけてるんですよね。これに対するアンサーは必要であり「テーマとして昇華していない程度の示唆」で終わらせるのは無理があります

しかに。フレンズの選定や居心地の悪さ、フウチョウの問いかけも含めると、制作意図があったのは反論しようがないです。ならば、それをテーマに絡めることを諦めたというのはどうでしょう。ここ最近の界隈の雰囲気を見ると、けもフレ1でさえ信者とまで言われるほどの熱心なファンに「へーきへーきフレンズで得意なこと違うから」「のけものはいない」のような世界観を教える事はできなかったわけじゃないですか。結果論ですが、船長ワカバが休んでれば赤い木の騒動なんて起こらなかったのに、それを作ってるたつき監督自身が過労気味なわけじゃないですか。物語を使って視聴者特定の行動を促すというのは実は無理なのではないでしょうか。おっしゃったアイデアにあったようにキュルルちゃん人類の罪を贖罪してしまえば、見ている方はスッキリした気分になってしまって何か教訓を得ることはないということです。制作サイドに人間が歪めた動物について考えてほしいという善意があって、それをエンタメ物語に乗せて実現させるための方法として、示唆で止めておく手段を選んだ。いかがでしょう。

俺は、ビーストは死んでないと思います。そこにけもフレ2の作劇の方針がみてとれる気がするのです。個人的にはビースト周りのドラマはなかなかに心揺すられました。パークの重鎮のかばんさんさえ”アイツ”よわばりする厄介者イエイヌを追い詰めサーバル撃退されたけど、スケッチブックの集合絵に入れてあげた。「解りあえなかったとしても、解ろうとするのは別にいいじゃん」、ボートに現れたビーストから逃げることを促されてもこのまま行くと言い切る。キュルルちゃんの思いが言葉だけじゃなく行動になるまでに固まる。それでビーストが大暴れするので気持ちいいわけです。このドラマ普通に決着させようとすると、うーんたとえば、瓦礫の中にビーストを探したが見つからず、足跡がパークに続いてくのを見て「いつかまた会おう」とひとりごちる、とかになるでしょうか。でもそうせずに瓦礫に埋もれて消える描写にした。ホテルメンバーの救済のために尺が足らなかったのかもしれませんが、俺は刮目してみていたので気づいていました。ホテル屋上のあの位置は頭上に障害物はなく、瓦礫に埋もれたのはカメラのほうだと。つまり誤解させる演出になっているわけです。多くの視聴者初見で、ああビースト死んだのか可愛そうやな、とおもってSNS悲鳴を流します。それで解析班が動いて「ビースト死んでなかった!」という記事ホットになる。木村監督は交代時に、けもフレ1の魅力は散りばめられた伏線、のようなことをおっしゃってたと思いますネット考察版が動くことを期待して放映後に爆発する仕掛けを組んだというわけです。エンタメ作劇的には王道ではないでしょうが、このような狙いがあったのでは。

俺はけもフレ1・2・ケムリクサすべてで、伏線や回収、世界観の開示などを目を皿のようにしてさがし、それに理屈をつけるような見方をしています。それで楽しめていますけもフレ2では話の途中に掛け合い漫才みたいなのが頻繁に入ってくるので、その部分もニコニコながら見ていました。確かにドラマとして登場人物紆余曲折が一つのテーマ収束していく様はあまりけもフレ2にはないですが、その部分に多くを期待しない鑑賞スタイルには合っているような気がします。

何話か見返したのですが「キュルルの手がかりの絵が尽きた」ことが描かれたシーン

一話の最後スケッチブックをめくり千切られたページを目にするシーンがあります。状況的にあそこでは手がかりを見つけるために捲っていたのであのページが最後になることはキュルルちゃんは判っていたと思いますホテルでリョコウバトに集合絵を渡すときに、観覧車の次のページに集合絵を描いていて、その次が白紙であることが一瞬見えます

キュルル自体の魅力が損なわれ、作品自体への評価が下がります

キュルルちゃん立場から見て、イエイヌ価値観尊重してああ言ってあげる、というのは悲劇トリガーには観念的にはなっていますが、無責任・悪意のある行動には思えないです。カラカルが介抱していて危機的状況から開放されて安心しているという状況です。みため年齢的に見ても致し方ないかと。キュルルちゃんは魅力的なキャラクターとして描かれていてそれは成功していると思っています。この扱いで好感度が下がる合理的理由はないでしょう。

強敵との戦いをどう盛り上げるか、逆転を、どう印象づけるかの工夫がありますフレンズセルリアンとの戦いは、あまりそうした工夫がなく、盛り上がらなかったです。それなら誰かが「野生解放!」と叫んだほうがわかりやすいでしょう。

けもフレ1では仲間に呼びかけるために、野生解放宣言していますけもフレ2の該当の戦闘ではそのタイミングで一対一だったので言う必要がなかったのもあると思います。突然漫画演出になるのはリアリティが下がって興ざめするので、盛り上がるためだけに叫ぶのは良い方針ではないと存じますしかし確かにセルリアンとの戦闘けもフレ2全体で退屈な仕上がりになっている印象は否めないです。制作なりに「優しい世界」を目指した結果ではと考えています戦闘けもフレ1に比してもピンチ感は少なくなりました。見返したときに緊張感が高くならないようにあえて戦闘テンションを抑えたということです。最終戦での野生解放が叫ばれなかったのを考えていたんですが、する必要がなかったというのが答えだと思いますホテルメンバーが囲まれたのがおそらく最大の危機的状況ですが、そのときにおいてもホテルに現れるペパプを妄想していました。いよいよとなれば解放する気だったのでしょうが、ペパプ本物が登場して救われる流れになります

最終話評価は、それまでの1~11話の評価と切り離せないものですので。視聴者に信用されるために、制作者側は信用を積み重ねる必要がありますが、そこがうまくいってないわけです。

セルリアン集合シーンはけもフレ1の名シーンほどの決めカットではないです。先に申し上げたとおり、あの状況ではああいう絵にしざるを得ない、共通性を見出すのは無理矢理のこじつけですよ。信用がないと言うより、悪意があると信用されていた、というほうが実態に近いと思います監督交代騒動のツケを支払わせるために問題表現を探したというこです。たしか結果的には新体制が信頼を積み上げることに失敗した、というのは同意します。しかしその責任制作側にあったとまでは言い切れないです。ところで、けもフレ1でたつき監督が序盤で信頼を積み上げるような何かをしていたか、というのはずっと考えていました。一話で退屈と断じて切り捨てたという視聴者はよくいるし、伏線-回収のループを重ねていけば意味のあるシーンを作れる作家だとわからせることができるけど、そういうのってしてましたっけ?

キュルルのおうちが、見付からなかったことに、消化不良があります。次に、キュルルが「おうち」を諦めるに至る過程曖昧なので、ドラマが盛り上がりません。

けもフレ2では現実的な厳しさを書いたのではないでしょうか。けもフレ1へのアンチテーゼというか、ご都合主義的ではない、よりリアル世界観フレンズ同士の親切心を浮き立たせたかった。一話を見てパーク内にキュルルちゃんのおうちがあるような気はしないわけです。家族の元に帰ってENDは想定しにくい。案の定見つからない。イエイヌは救われない。ビーストはどうしようもない。でもそれぞれに現実的な進展が与えられるわけです。エンタメ文法でみるとドラマとしては盛り上がりに欠けるでしょうがスッキリとしない視聴感がビターな感じはあると思いますケムリクサでの最終話EDの、りりが救われた風の描写は俺に、感動したけどこれ結局お話に過ぎなかったんだな、という思いを与え、肩透かしでした。

ところで、けもフレ1のテーマは何だったのでしょう。かばちゃん成長物語と捉えると、1話では彼女は頼りないですが、11・12話で存在感を見せつけたという感じであまり変化がない。ミライさんのフレンズ生存理由になったり細かい伏線の繋がりは合ったのはわかります。それぞれの話でドラマが見事だったのも異論ないです。でも全体としてのドラマどうでしょうケムリクサは逆に全体としての物語性が強いです。けもフレ2は両方のフレーバーを持っている。その話での起承転結と「おうちテーマ」のための全体の流れが合わせて練られている。イエイヌが”おうちにお帰り”といって拒絶されるのは全体のために必要だけど、イエイヌ回単体ではキュルルちゃんサーバルカラカルの在り方を見せられて自分との違いを見て挫折して去る、くらいでよいわけです。ただ各話においてフワッと見ているだけではドラマとして盛り上がりに欠ける、というのは改善余地は合ったかもしれませんね。

批評として使うなら、定義必要になるでしょう。

いえ、今はまだ固まっていない段階です。その正体をつかめない段階で用語意味を固定してしまうと先へ進むことができなくなるでしょう。必要ときにその都度「この作品のこの部分は優しい世界か?」「優しい世界とはなんだ?」を繰り返して意味を掘り進めていくべきです。

スギスを狙ったのなら、作品の出来とは別にマーケティングミスです。そういうのは事前に告知して心の準備をさせるのが良いかと。

絵柄が大きく変わっていることは初見でわかりますSNSで憤慨しているファン監督交代騒動は耳にしていたはずです。ファン必要以上にセンシティブになり、前と寸分違わず同じもの要求した、そのように見ていますけもフレ2も最初からスギスしていたわけでなく、センちゃんアルマーさんの実態ジャングルメンバーなど、段階を追っての開示になっているとは思います(話がずれるかもしれませんが、「危険きわまりない溝ができています!」は、好き嫌い分かれるネタを初っ端から突っ込んできたな、と思いました)。

付録

スギスした作品はギスギスした作品で楽しめる人も、癒やし系作品の続編として出されると「思ったのと違う」ってなりますよね。ラーメン屋いったらサンドイッチが出てきたみたいなもんで。

面白いので http://blog.livedoor.jp/fukukan2009/archives/52307013.html 及びその次の記事より引用します。

別の場所コメントでは「カレーを頼んだのにXXXが出てきた」といっている人もいました。俺は「カレーハヤシライスビーフシチュー」くらいの印象です。

2019-04-05

緩慢な離婚

あれから4か月、初めて父からメールが来た。

特に根拠はないものの、もう連絡は来ないような気がしていたので、正直ちょっと驚いた。

文面は簡単挨拶と、実家所有権を母へ譲渡予定という連絡、そしていつもの仕事発注

相も変わらず淡々とした文面。なんとなく肩透かし

こういうことに相場というものも無いのだろうけど、一気呵成に勢いで進めるようなものなのかと勝手に考えていたこともあり、

どうもこのテンポにはついていけないところがある。

どこまで進んで、どこで止まるのだろう。

着地地点も見えぬまま、ためらい傷を重ねていくような、後味の悪さ。

「将来のことについては、母とも少しずつ相談して」、なんて書いてあるけど、「将来」を「母」と少しずつ「破壊」してるんだよな、「父」は。

メールの返信でわたしも言うべきことを書いたが、見事にノーコメント、無反応。

最早わたしは完全に置いてきぼりだが、ま、それは仕方がないか

2019-03-26

ケムリクサ

キーワード検索しても一つも出てこなかった。

萌え何となくイヤ…」みたいな人にすすめるようなもんじゃないとは思う。

一方の「けものフレンズ2」が意図せざるとしても、徹底的にヒールとして振舞ったので、逆に判官贔屓的なブーストを掛けてしまったのが皮肉

SF作家小川一水さんのケムリクサファーストインプレッションが参考になるよ

https://twitter.com/ogawaissui/status/1110173256445640704

普通に面白いけど、あんまり絶対見ろ!」みたいに言い過ぎると、肩透かしに感じると思う。

2019-03-09

スパイダーマンスパイダーバース

「よくできたハリウッド映画」ではあったけど、その枠を超える程ではなかった

もっと群像劇というか「全員が主人公」みたいなのかと思ってたんだけど、主人公あくまモラレスで、あとの5人(特にあとで合流した3人)は脇役だったので…うーん…

ペニーが出てきてからはずっと彼女を目で追ってた(←キモい)

あと「複数の異なる画風が同居」みたいなレビューを見た気がするけど、極端に画風が違うのはペニーノワールくらいだと感じたので、そこも肩透かしだった

グウェンの吹替悠木碧ってのは事前に知ってたんだけど、それをわかってても「え?これほんとに悠木碧?」ってなった

演技の幅すごい

2019-02-09

かいモニターと高いスピーカー買ったか捗るアニメ教えろ

ガルパンは新環境で見た

コトブキも見た

なんか無いか?迫力ある系に限らなくてもいいぞ

追記

hamacheese 視聴環境にこだわる人間が“でかいモニターと高いスピーカー”なんて言い方する訳がない

こいつなんなの?

こういう人間が世の中にいるって事実マジで気持ち悪いんだが。

かいモニターを買ったからでかいモニターを買ったって言っただけだし、高いスピーカーを買ったから高いスピーカーを買ったって書いただけなんだが。

例えば「LGの50インチ有機EL4KテレビJBLトールボーイスピーカーを買ったか捗るアニメ教えろ」って言えば視聴環境にこだわってることになるのか?こだわってる人は絶対そういう言い方するの?マジで言ってんの?

気持ち悪すぎだろコイツ。「環境がよくなったから良い環境に映えるアニメを教えてくれ」が本質なんであって、LGも有機ELJBLもどうだっていいだろ。一々言わなきゃ満足しないのか?

「でかい」「高い」で十分伝わるし、簡潔に伝えたほうが都合がいいからそうしてるのに、些細な言葉を捉えて「こいつは実は視聴環境にこだわってない!嘘つきだ!」って一々コメントしてくるの、マジで寒気がするわ。どうやって社会生活を送ってるんだ?教えてくれよ。 ID:hamacheese こうすればいいのか?答えてくれ。

 

 

追記

ARIAめっちゃ好きだから宝物を探してとか特に好きな話だけ見たけど、1期2期あたりはさすがに昔のアニメ感があってそんなに大画面には映えなかったわ。AVVENIREはさすがにすごい。音響は無条件で良いわ。

サザエさんアニメの話してるとこういうコメントしてくるやつなんなの?会話に入れないなら黙ってればいいのに。会話に入れないのはちょっと寂しいかもしれないけど、サザエさん!wとかクソみたいなコメント残すよりは黙ってたほうがマシでしょ。アニメに興味ないなら別に反応しなくていいんだぞ。

まどマギ結構映像面白いかもな。

ヨコハマ買い出し紀行→さすがに昔のアニメから大画面だと微妙だわ。リメイクしてくんねーかな。ああいうの今ブームでしょ。

よりもい→あれ以外と大画面に映えるシーンってそんなに無いんだよね。結構枚数が少ないから大画面で集中してみるとなんかなーって感じは否めない。話はめっちゃ好き。

シドニア→確かに楽しいかも。オープニングも高いスピーカーで効くとすごそうだわ。

ウマ娘盲点だったわ。意外と大穴かもな。見てみる。

蟲師→忘れてたわ。見る。

けいおん!京アニ最近アニメは大画面だとすごそうだな。見てみるか。

アフィコピペ増田なんてたいてい反応一つも無いんだからこんなところでアフィコピペ原稿作るわけ無いでしょ。効率が悪すぎる。2chでも使うわ。

ユーフォニアムリズと青い鳥が良かったから見てみたいけど長いからなんとも言えないんだよね。一歩踏み出せないわ。

カウボーイビバップ→実は見てないんだけど劇場版から入ってもいけるか?

聲の形映像とか音響は最高だけど話が嫌いなんだよな。

DYNAMICCHORD→お前はネタで言ってるのかもしれないけど、面白いらしいから大画面とか関係なく見るつもりだわ。

リズと青い鳥→家の環境だと半端すぎて逆に映画館で見たくなりそう。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン→湖の上走るところとかすごいだろうな。アクションもあるしかなりいいかも。見てみる。

宇宙よりも遠い場所→ざまあみろのところ、買った直後に見たけど、意外と枚数とか少なくて、映像美に注目して見るとわりと肩透かしなんだわ。話はめっちゃ好きなんだけどな。

君の名は4Kあるんだ。でもUltra HD Bluray再生できないんだよな。

フリップフラッパーズ→うわ、絶対楽しいな。見るわ。

良いスピーカー買ったらオーケストラ聞いたほうが幸せになれる→こいつ頭イカれてるのか?スピーカー買ったら音楽も一通り試すに決まってんだろ。なんでアニメ音楽かどっちかしか楽しめないって思ってるのか謎だわ。今はアニメの話してるんだからアニメの話しろカス。好きなハンバーガー屋の話で盛り上がってる集団に「メシ食べるならフレンチ食ったほうが幸せになるよね」とか言って入っていって嫌われてそうだなお前。気をつけろよ。

楽園追放→見たこと無いんだよな。見るか。

灼熱の卓球娘→オープニングもすごいだろうな。見てみる。

メイドインアビス→あれ話が嫌いなんだよな。

ゆるキャン→背景やばいBGMもすごいか絶対良いな。見るわ。

この世界の片隅に→ちっこいモニターよりはでかいモニターのほうが絶対いいだろうけど正直劇場で集中して見たい気持ちもあるわ。

LGの有機ELに50インチは無い→LGもJBLも例えだから。実際は違う環境。本当のこと言うとウザそうだからそれっぽいこと言ってるだけな。そんな感じの環境にしたのは事実

2019-01-24

anond:20190123220914

それはさておき、後輩ちゃん気持ち肩透かしのままで放置するのは良くないと思うの。「女の私に恥をかかせる気?! 勇気を出して告白したのに〜!」ってなって恨まれかねないわよ!

から、茶化しっぱなしにせずに、機会を見ては彼女愛情をしっかり受け止めてあげてね.... プラトニックな後輩愛でいいからさ。

(ずっとプラトニックなままでいられるかどうかは別として)

2019-01-22

トリガーアニメってなんか肩透かし感を覚える

壮大そうでなんか割と普通に落ち着くっていうか

2019-01-19

anond:20190119215642

大麻じゃないの?知らんけど。

禁止されてるから期待度が高いだけで、案外やってみたら肩透かし食らうかもしれんが。

2019-01-05

anond:20181225224942

よくできたまとめ。

かくいう自分はロストメビウスあたりで離れた組(※と、いいつつ結局今でもどこか目の端で作品群を追いかけている)

このあたりの解説もまさに増田の言うとおりで、作品テーマが難解になって、作者の言わんとしているところと作品読了後の自分の得たいカタルシスが一致しなくなったため。

自分ブギーポップに求めていたのは第一に『笑わない』のような多重構造ミステリーを通して語られる世界というものの複雑さと適当さに圧倒される閉塞感。

第二に『パンドラ』『ホーリィ&ゴースト』『冥王と獣のダンス』『ビートのディシプリン』『ナイトウォッチシリーズ』で示されるような、閉塞的な世界において個々の人生という名の運命=<試練に立ち向かう戦士>の話。

第三に、前項ふたつの要素が組み合わさって終幕を迎えた物語におけるカタルシス

初期作品は間違いなくこの三つの要素で形作られていたといっても過言ではない。

そして著者のあとがきで語られる分析考察独白みたいな結論通称上遠野節と言われる)がこのカタルシス絶妙な味を与えてくれて、二週目以降の読破にも興が乗る。

このカタルシスだが、二期後半以降かなり薄れる、

具体的にはまさに増田が触れているとおりで、ロストメビウスとそれ以降の作品群。

世界の謎要素』が強くなった二期以降のブギーポップにおいて、ロストメビウスは作品群として重要位置づけにはなりえても『戦士』よりも『世界の謎』を優先したために作品単体としての完成度が低い。

そのわりにロストメビウス以降も大筋でブギーポップ世界観に進行があったということはないので、かなり肩透かし感がある。

そして二期作品以降はこの傾向が加速して、世界観に一切進行のない肩透かし感(「結局あれはなんだったのか」)が続く。

その原因について、ブギーポップを含む作品群についてを含めてこのblogがすばらしい考察を書いているのでリンクを張っておく。

http://gentleyellow.hatenablog.com/entry/2019/01/03/135038

もともと上遠野氏の作風ストーリー自体がもともとスタンドアローンで、ストーリー同士をつなぎあわせることで全体が見えてくるというミステリーみたいなスタンスだった。

まり最初期における『笑わない』で用いられていた手法が、今度は作品群全体において用いられるというスケールアップが面白かった。

したがって、巻が進むごとに世界の謎が徐々に解き明かされるというミステリーっぽさが熱狂的なファンを生んだ。

しかし二期後半くらいから過剰になってきたために、年単位放置されてきた伏線が増えてきたことで、作者の中でネタ賞味期限が切れてきた、というのが正直なところではないだろうか。

この賞味期限の切れ具合から起こったネタ在庫整理が、そのまま上遠野氏における二期、三期の切り替えの時期に一致している感じがある。

したがってこの賞味期限切れの結果、世界の謎要素は徐々に手仕舞いしなければならなくなる。この手仕舞いが「ヴァルプルギスの後悔である

ではそれ以降のブギーポップはどうなるのかというと、作品全体を覆う世界の謎がなくなってしまったので、あとにはスタンドアローンになったストーリーしか残らない。

筆者が特にこの傾向を感じたのは「沈黙ピラミッド」あたりであり、確信したのが「化け猫めまいスキャット」あたりである

この辺になってくると、もはや世界に謎がないのでスタンドアローン作品を見ていく以外に楽しみ方がない。

もともと外伝作品スピンオフのかたまりだけで構成されていたブギーポップシリーズが、それでもシリーズの体を保っていたのはブギーポップ存在世界の謎だったのだが

世界の謎がなくなったことで(※まぁ、振り返ってみるともともとそうではあったのだが)ブギーポップシリーズが明確に単純なスピンオフの塊シリーズとなった。

類似作品としては「地獄少女」みたいなものだと思ってもらうと分かりやすいだろうか。

ブギーポップの魅力が一番詰まっているのはやっぱり原点である「笑わない」とそこに連なる初期9作品、ロストメビウス手前までの二期前半だと思う。筆が載ってた時期が一番面白かった。

個人的には「ビートのディシプリンシリーズこそ真骨頂だと思っている。<世界>と<戦士>の構図をカタルシスと共に描くことにかけては著者の作品でいまだ右にでるものがない。

時系列的にも世界の謎がもっとも沸騰していた頃だったので、ここまでは大きな流れが見えて面白かったように思う。

二期後半以降から作者はたぶんブギーポップ関係とは別作品を書き始めて、ブギーポップ位置けが自分の中で変わってしまったんだと思う。

やりたいことをやるために別の枠が用意されているなら、ブギーポップではもはやそれをやる必要はない。特にヴァルプルギスの後悔>という大仕事を終えてからはそれが顕著である

したがって初期作品に見られたカタルシス二期作品と並行で書かれた著者の別作品できちんと得ることができる。

たとえば<戦士>と<世界>の構図の代表作であれば『冥王と獣のダンス』や『ビートのディシプリン』『ナイトウォッチシリーズ

そして<世界の謎>=ミステリーであれば『しずるさん』『ソウルドロップ』があげられる。

まりこの辺から上遠野さんは、やりたいことがいろいろとできちまってブギーポップについてはとっちらかし始めた感じがあり、最終的にもともとそうであったようにスピンオフスタンドアローンストーリーの寄せ集めに落ち着いた感じがある。




アニメ化について

すでに二話まで見てみたが、まぁこんなもんなのか?という感じ。

個人的演出が惜しい。

もっとカットを多様してキーワードとなる台詞にはキャラクターの口元を映したり、必要なシーンを瞬間的な回想で一瞬だけ挿入させるなど、雰囲気を出すためにシャフト演出必要なのではないか

シーンごとのつながりは見た人に分かりやすいつくりにはなっていると思う。

ただ木村君を出さないのはどうかと思う。「笑わない」を読んだことがある人にはわかると思うが、通しで読むと途中までは単なる青春ストーリーしかなかったもの

木村君のチャプターから徐々にストーリーの肝へと近づいていく、いわば切り返しのチャプターなのだ

というよりそもそも三話か四話程度で「笑わない」をやってしまう今回の計画自体に無理があると思うのだがどうなのか。

聞くところによると中盤から後半は「vsイマジネーター」をやる予定らしい。

上遠野氏にとって間違いなく重要存在だったイマジネーターだが、多分筆者の雑感ではおそらくまだこのテーマは著者の中ですっきり終わってないまま放置されている。

原作がまだすっきりと終えていないものアニメ化したところで面白い話になるはずもない。

個人的監督に対する批判としては、アニメ化するなら上遠野氏の作品のなかでもスタンドアローンできれいに完結しているものを選ぶべきだった、と言いたい。

何かと話題になる『笑わない』とか『イマジネーター』ばかりに目をやるのではなく、形としてワンクールに綺麗に収めやすい初期の作品なら

ペパーミント魔術師』『ホーリィ&ゴースト』『エンブリオ侵食炎上』『パンドラ』があったではないか

初期作品の趣を正当に継承しつつ、ワンクールという短い話数でまとめやすくきちんとカタルシスを与えられるストーリー強度を持っているのは間違いなくこの四作品だ。

監督はこの中から映像化する作品を選ぶべきだった。

■三期以降の作品ブギーポップシリーズについて

三期以降の著者の作品は手にとっていないので分からないというのが正直な感想だが

懸念していることとして何点かあげておきたい。

第一に、90年代の閉塞感というものはもはやない。

少なくとも現代ジュブナイルにそういう感情はない。

成熟期~衰退期にある現在日本は、当時の熱狂からの急速の冷却時期をある種越えて、落ち着いた感じがある。

またITの広がりを受けて知識を得ることが一般かつ容易になったために、今まで知らなかった社会の謎や不満、不安が解き明かされつつある。

少なくとも「自分の感じていること」が何なのかを社会的な構造論理できちんと説明できるようになった。「何がなんだか分からなかったものから、少なくとも「原因はこれなんじゃねえか」と言えるような、手触りのあるものにまで落ち着いてきた。

そしてエヴァで示されるような自分自身の心理的問題や、ガンダムのような社会自分との対決ではなく、もっと普遍的なある種受け入れざるをえないような構造上の問題として理解されつつある。

働き方も人生に対する考え方も将来に対する展望も、今の若い人たちはよりリアル現実的だ。

自己実現の形も身近で多様になってきた今、閉塞感を主要な題材として手探りで作品を作る事は普遍的とはいえやや共感が難しい。

ある種のカウンターカルチャーから始まっているとはいえストーリー路線もっと王道的なもの回帰する必要があるのではないか

■第二に、<世界>と<戦士>の関わり方もまた時代を経て変わってきたように思う。

いまの若い子たちのほとんどは迷いがない。情報がたくさんあり、そのことに慣れているので、彼らのほとんどは過去90年代存在していたような迷いや苛立ち、先行きの見えなさというものからきちんと卒業している。

先行きが見えないレールとして見るのではなく、多くはレールを立派に相対化して統合評価し、少ない選択肢のレールの中から自分の納得のいく選択を手にして自分人生を生きている。

平凡ではあるが、意思ある存在としてその平凡さを選んでいるのだ。わけもわから梯子を登り続けた90年代を背後から俯瞰して「だいたいこんなものだ」という感覚を肌で分かっているのが00年代だ。

したがって、振り落とされて振り回される世代ではない。また将来に対する不安はあれど、道しるべや指標、解析ツールは探せば手に入る時代に、無理をして多くを手に入れようとはしない。

したがって、ピート・ビートが感じていたような不安感は、物語の没入のためには役立つが、そこに共感を感じさせる要素は見つけにくいだろう。

過去SF現実社会を映すものであり、社会の謎を解き明かす鍵があると考える読者も多かった。それがカルト信者を生んでいた一面もあった。

しか現在の若年層にとって、SF提供する社会の謎はエンターテイメントの一部でしかない。

したがって<世界>と<戦士>の構図も同様に、エンターテイメントとしての構図に終始するか、あるいはこの時代における新たな<世界>と<戦士>の構図を再度見つけなおさなければならないだろう。

一言で言ってしまえば、セカイケイはもう終わってしまって古くなった。

人々は自意識というものについての興味を、以前ほどにはもっていない、ということだ。

したがって、意識というもののあり方が大きく変わってしまった以上、<世界>と<戦士>のあり方も本質は変わらずともあり方を変えて描かざるを得ないのではないか

第三に、引用するサブカルチャーの変遷である

知っての通り、上遠野氏はジョジョ熱狂的なファンであると同時に、洋楽から多数の引用を行う。

これはあとがきに書かれている通りだ。

これはこれで悪くない選択だとは思うし、古典に学ぶことが創作の近道なのだが、現代サブカルチャーとその源流についてももう少し学んでいいのではないか

現代っ子が引用するサブカルチャーほとんどはpixivニコニコ動画が主流である

そして引用のされ方にも傾向がある。

売れ筋に寄せろといいたいわけではないが、そもそも戦場ライトノベルであるからハードな戦い方(※つまり正統的なSFミステリ)をしていても遠巻きに眺められる終わるのがオチではないか

たまにはもうすこしライトなことをやってもいいのではないか

もう立派な大御所なのだから売れるための本を書く必要はないのかもしれないが、もっとキャラクターがきちんと動くストーリーを書いてくれたっていいのではないか

ファンサービスのありかたも商業小説のあり方も変化してきたのだから、もうちょっと寄せてくれてもいいのではないか

そんな気がする。

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