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はてなキーワード: アニメオタクとは

2021-05-12

anond:20210512082646

まりは、弱者男性に当てられていた「キモイ」に内包する要素を

今後は逐一言語化する必要があるってことだよね

 

例えばやたら距離を詰めてくる弱者男性()がいたら「女だけ距離を詰めてくる男」

若い女にはやたら優しいおじさんがいたら「下心おじさん」

やたらぶつかってくる弱者男性は「ぶつかりおじさん」

やたら臭いにおいをまきちらす弱者男性は「風呂大嫌いおじさん」「模範的キモオタ

店員にやたら高圧的な弱者男性は「女だけ高圧的おじさん」

やたら説明マウント取りたがる弱者男性は「マンスプレイニングおじさん」

やたらマチズモ振りかざす弱男は「ホモソおじさん」「さだまさし

女を殺す妄想をするおじさんは「性差別主義者」「社会の敵」「テロリスト

女を憎んでるおじさんは「インセル」「アニメオタク

 

ちゃん批判点を描きだすことでむしろ

キモイ」の一言で済んでた弱者男性への中傷(というより批判)がさらに多様かつ

クリティカルになるってのは皮肉よな

 

あ、あと男も「フェミ」で貶すのではなく、きちんと言語化しようね

2021-05-10

お気持ち抜きで語る「本屋で買って」請願

ツイッター漫画家が「リアル書店で発売1週間以内に注文するのも含めて買ってくれ~」というのをわざわざ4ページも漫画を描いてお願いしていたのを「業界がまるでなってない」旨のごもっともな引用リプで伸びてましたね。こんばんは。その書店最前線アルバイトをしているアマ漫画描きです。

あの引用リプを食らって「すっげえわかる……ただ何もやってないわけじゃないかお気持ち抜きなら聞き入れてもらえるかなあ」と長文をしたためることとしました。長くなるので論文スタイルにならって先に何言うかざっと並べておきます。太字のとこだけ覚えて帰ってね

=====

一応、自分コミック担当なので語りがコミック話題に寄りますのでそのつもりで後は読んでください。あと取次系通販こち

HonyaClub https://www.honyaclub.com/shop/ (取り扱い店舗 https://www.honyaclub.com/shop/store/search.aspx)

e-hon https://www.e-hon.ne.jp/bec/EB/Top (取り扱い店舗 https://www.e-hon.ne.jp/bec/SF/Search)

初速は正義~なんだKADOKAWAそのムラは~

初速売り上げ…すなわち発売して間もない期間での売り上げ部数というのは書籍流通にかかわる全員にとって重要指標です。書店員は作品認知度や以降の追加注文数をはかるために初週売り上げ部数の数字を注意深く追っています。たとえば発売4日か5日後に売り切ってしまった場合は大急ぎで追加注文を入れますし、発売日の入荷数として見積もりが少なかったという事実を受け止め次巻発注は強めに出さなければなりません。

読者をないがしろにするわけではありませんが、ネット通販で熱心に作品を追う読者よりもリアル書店書店員に作品名が覚えられているほうが大きい効果が出ます。このあたりは先に上げた漫画にもあったと思いますが、続刊が来た時に刷り部数を決めるのは当然取次から発注数…つまり全国の書店からの注文の集約数です。自分からすれば注文した数から減らされるわ、角川エースとかそもそも注文させてくれないわ色々言いたいことはあるのですが、とにかく発売日が来る前は書店からアプローチ作品の如何を図るバロメーターなのです。いやほんとKADOKAWAくんさあ前巻の売り上げに対して減らしすぎなのと売れないやつめちゃくちゃ送ってくるのなんなの…

書店員の心象がわかりやすくよくなる方法が「初速でよく売れる」なので、あの漫画あんなことをお願いしたわけですね。自分からすればあのお願いの仕方はネット民に撒く餌としては仕掛けが甘いと思いますね。ツイデモのせいで見誤ったのでしょうがTwitterちゃんと聞き入れてもらえるのは日本一世論に効くお気持ちではなくてこの後書く読者側にもたらされるメリットを説くほうなんだよなあ…

レジ来なくても書店予約と同じインパクト!取次系通販

何度も例の漫画をあげつらうのもアレですが、あの漫画を描いた方KADOKAWA系列コミック出してるんですよ。じゃあなぜカドカワストアと取次ネット通販を紹介しない??お店の人にこの番号見せてね!とか漫画描いてないでカドカワストアのリンク張りなさいよ…

カドカワストアはその名の通りKADOKAWA運営する通販サイトです。素直に言いますが手練れのアニメオタクはこういうメーカー通販使うほうが楽だと思います見出しにある取次系通販というのは、ちらほらと出てきていた取次の運営するネット通販サイトのことを言っています。今回これを書く最大のポイントであり、例の漫画がなぜ取り上げなかったんだと憤慨しているのがここです。

この取次系通販、一番のメリット書店で受け取る場合はいかなる場合も送料がかからないことです。コロナステイホームで若干意味合いが薄れてしまいましたが、ネット通販のウィークポイント「送料」「宅配の受け取り」の2点をかなり軽々と克服できるわけです。ほかの通販と違って段ボール個別包装ではないのですが、書店店頭で受けられるサービス問題なく同等に受けられますブックカバー(紙)はもちろん、自分の勤める店はラッピング無料なので京極夏彦作品10ラッピング無料です。

ちょっと前は新刊予約が弱かったのですが、ここ最近になってかなり予約の融通がきくようになりました。お店に来なくてもジャンプコミックスの予約ができるよ!ただし超人気どころは早期に終了するのでお早めに(直近だとウマ娘シンデレラグレイ呪術廻戦はレーベル同発のうち唯一予約が締め切られた)。作家にとってはAmazonリンクを張るのと変わらないのでは?と思われますが、取次系通販を使って書店受取してもらうと書店の売り上げにカウントされます。割と続刊発注の参考にされますし、運がよければ棚常備も夢ではありません。作家よ、Amazonをやめて取次系通販リンクを張るのだ。

いいところだらけみたいに言ってますがそれなりに弱点もあります。まず当然ですが自宅や勤務地の近くに本屋がなければ店頭受け取りのメリット享受できません。受取に使えるのは本屋だけなので、コンビニいくらあってもどうにもなりません。その場合宅配に切り替えることとなりますが、送料ボーダーが2000円です。一度に4冊5冊コミックを買ったり、専門書を買う人だと痛くはないのですが、いつもヒロアカだけ買ってるみたいな少額のカジュアルユーザーには不利です。専門通販の弱さが如実に出てます

あと利用する場合全員にかかわるところでは、近所の本屋がどの通販サイト対応しているか調べる必要があります。1つの書店基本的に1つの取次からのみ書籍を入荷しています(例外はあるにはあるのですが、近年取次による書店チェーンの買収が相次いでいるため考えるほとでもありません)。なのでそのサイト運営している取次と取引してないと「受取店舗選択」で目標書店が出ない可能性があります。注文よりも先に対応店舗チェックを怠らないでください。2サイトなのにリンクが4つもあるのはそのせいです。多分受取場所指定しないと注文確定できないのでとにかくネット通販は落ち着いてやりましょう。

Amazonはよせ…デフレ脱却したら急にトドメ刺されるかもしれないぞ

トドメを刺されるのは読者じゃなくて作家側なんですけども…お気持ち抜きと言いましたが、最後ここだけ持論が入るので「お気持ちじゃねえか!」と言われればぐうの音もでません。すんません

正直なところ、ツイッターで作者本人が新作告知するときAmazonリンクツイートしてるのですが「よしてくれ…」と常々思ってるんですね。まあ書店員なので食い扶持がどうのというんじゃないだろうな?と疑われるやもしれませんが、そっちよりも困ることがあるんですよ。

言いたいことは単純で「文化資本流通外資に握られるのまずいよな」ということです。直近ではアニメ業界チャイナマネーが流れ込んでいて内容に物言いがついたとかいう噂もどこかで聞きますが、日本日本ユーザーに向けてもの書いたり作ったりするのに何故か海外基準規制がかかることになっては困るんです。

日本は本当にヤバそうな表現性器モザイク修正を除けばかなり表すことには寛容な法運用をしてるのはご存知かと思います。日々増田で繰り広げられる議論にはヒヤヒヤしていますし、そろそろ六法に「週刊文春Wedge関係者は年1回殴ってもよい」と書き加えてほしいのですが、それでも書くこと考えることそのもの否定するつもりはありません。だってその刃を向けたとて、次には自分に向けられるものエスパー真美の「くたばれ評論家」が最近期間限定公開されたとき話題になりましたが、頑張って作った作品が誰かになじられても「このやろう!」と腹を立てて、それでおしまいなんですよ。出した側と受け取った側にそのコミュニケーションが生まれただけなんですよ。それを送り合う人同士のコミュニティに対して横から火炎放射器で村ごと焼かれるようなことされるわけにはいかないんです。

紙の本だけの話ではなくなりますが、日本語の電子書籍を売ってて、ある日Amazonからワシントン州でこの表現規制されることになったので、今日から販売停止です」とか言われても日本からじゃ抗議のしようがない。たとえ話としては飛躍しすぎてておかしいとは思いますが、売り上げの一部はちゃん本国に行ってるわけで「全く縛りはうけない」とは言い切れないです。もう一段飛躍しますが海外基準規制が入ったときには日本国内表現規制過激派活動団体が勢いづいて手が付けられなくなると思います海外のものは何でも先進的だと思われてるので普通に無敵突進してきます

とにかく、初速の大切さもそうなんですが、作家側は中長期の視点に立った見通しが弱いんです。国内流通に本を流しているのだからもう少し現在システムとか問題点とか勉強してもらいたい。というか本来作家がそういうこと考えなくていいようにするのが出版社であり編集者なので、今回の件業界側は作家にああい漫画描かせてしまたことを猛省してください音楽業界はLinkfireでストリーミングサイトへのまとめリンクページを作っていますが、出版社側であんな感じのランディングページ作るとかやれることはけっこうわかりやすく残ってるはずです。

最後見出しの「デフレ」の件はかなり蛇足なので流し読みしてほしいけど書いときます。完全に自分の所感ですが、いまリアル書店ギリギリ残ってるのは「マジョリティがまだまだITオンチ、あと送料も惜しいほど手持ちがない」からではないかと感じています。いつデフレ脱却を達成しITオンチがいなくなるかわかりませんが、もし達成したその時にネット通販勢力図次第では日本らしい漫画アニメのありかたを否定されてしまうだろう…そう思いながら明後日レジに立ちます

2021-04-28

anond:20210428024349

今の時期だとウマ娘なんかそうか

あそこらへんのアニメオタク層は、コロナ禍初期にイベント開催者や劇団かに

「嫌なら他の職に就け!」とか滅茶苦茶マウント取ってたからな

 

それで食ってる人のことなんて何一つ考慮せず叩きに叩きまくって

当然、同じギャンブルパチンコもそうだよ (なぜか政権と共にパチ叩きまくってたよな?)

自分たち鬱憤晴らしてたくせに

いざ、競馬自分らの趣味範囲に及ぶと

「それで食ってる奴らはどうする!動物愛護ガー!」で開き直るんだもんな

 

アイツらにとっては、自分の半径五メートル事象こそ正義

それ以上離れた世界ことなんて知らんっていう

ハッキリ言ってヤンキーよりも薄情な連中だと思うね

2021-04-26

アニメオタク性質でよくわからなかった文化

最近アニメ見なくなったから今でもアニメオタクが言ってるかわからないんだけど


15年くらい前からアニメの本数がやたら増え始めたじゃない?

その時アニメオタクみんなが「こんなに増えたら全部見れないじゃん」って言ってたんだよ


俺はその前提にwhy 全部みなきゃいけないの?

っておもったよね

オタクなんだから全部見るに決まってるじゃん?っていう人いるかもしれないけど

マンガとかゲームでは、そんなこと言うやついないじゃん

アニメオタクだけなんだよそんなこと言うの


なんなんだろうアニメオタクコンプリート文化


仮説なんだけど

アニメ無料放送されるから全部見るという文化ができたのかなぁって思うんだよね

マンガとかゲームそもそも本数多すぎて無理だっていうのもあるけど

無料じゃないからってのも大きいよね

その点で、アニメ基本的にはテレビ無料から、とにかく見るのが当たり前みたいな文化が出てきたのかな

それで、3話切りとかい文化も出てきたし

とにかくなにかアニメオタクって謎にコンプリートする文化やめればいいのにって思ったって話

2021-04-16

弱者男性問題本質気づいちゃった 「2000年代ネットオタク文化」というカルトに騙されてた方々がやっと正気になっただけなんじゃ・・・

というのも当時は

惨事より二次」「オタク趣味さえあれば一生楽しい」「結婚人生墓場」「リア充爆発しろ

とかのネットミーム全盛期だったよね 

アニメさえあれば何もいらない! ミクさんが世界を変える! ○○は俺の嫁!」

こんな感じで、さも自分常識を超越したかのような万能感に浸ってたのが当時の若かりしオタク

ネットと言う人類最強のオモチャを得てしまったのもそれを助長したんだろう  

 

あいキワモノ言説にのせられて、ちょうど盛りのついた青年期を棒に振り

一般人m9(^Д^)プギャー」のコースから自ら逸れてった男が

今、何にも属してない30~40代になってめっちゃ焦りつつ

ネットオタク文化って言うカルト集団意識に騙されてたのを認めたくないが故に

リア充や他の家庭に責任押し付けてる っていうのが事の真相だと思う 

 

要はアニメオタクというちょっとした「カルト宗教の瓦解」が始まってんのよ 

 

コロナによるコミケ中止、ネトフリがアニメを変えられなかった失望中国には敵わなかったよ感

シンエヴァで再提示された「オタク現実に帰れ」論 ARVRによる現実逃避の限界

Vtuberの勃興、中年危機への一歩手前、歳を取ることによる熱意の喪失挙句フェミとの全面戦争

複合要因でアニメへのアイデンティティを次第に失いつつある無生産オタクたちが

弱者男性論とかいトンデモを振りかざして

ポリコレだなんだと仮想敵を作り上げ、自分たちが勝手に嫌ってきた存在

勝手に恩を擦り付けて今更青春を取り戻そうとしてるというのが現状

2021-04-15

ドラマオタクアニメオタク

半沢直樹見ても「私ドラマ詳しいよ」ってならないのに

鬼滅の刃を見ると「私アニメ詳しいよ」ってなる不思議

2021-04-12

ウマ娘効果という言葉違和感

ウマ娘アプリ流行っている

ウマ娘というコンテンツ競馬ファン向けというよりアニメオタクターゲットにしたコンテンツであるし、競馬場やらWINSに来るようなオッサンに見てもらおうとは更々思ってない。

ウマ娘を通じて競馬の間口が広がるのはいいことだと思っている。ただ競馬売上が増えたのはウマ娘のお陰だなどと吹聴するオタク連中はなんなんだ。

そもそもウマ娘が出る前の2010年代後半からJRAの売上は復調傾向であるまぁここではウマ娘競馬の売上に貢献したとしても、それを「俺らのお陰だ!」などと騒ぐのは「俺はカモです!」と言ってるようなもんで逆に面白い

というかウマ娘原作って競馬でしょ?そんなら尚更ウマ娘効果競馬が盛り上がったなんて騒ぐのが意味不明ウマ娘過去にあったレースドラマがあってこそのウマ娘であって、それが競馬の売上増に繋がったなら「ウマ娘効果」ではなくて普通に競馬の魅力」だと思う。

2021-04-10

男性の性欲は汚い

汚く見えるその理由は、

男性視覚先行で女性に興味を持ち、色欲が強く見えるからではないか

人格男性を好きになるタイプが多い女性に比べて、

男性は綺麗、可愛い、体型がよいなどあればどんな女性とでも性行為はできるだろう。

いくら口では綺麗事を言っても、そうでなければアダルトビデオあんなに出ない。

アニメオタク人達等が持っているグッズにしても、女性向けに比べて

男性向けは肌の露出がある物が多いので、

パッと見て色欲が強い様に見えるし実際そうなんだろう。

でもそれは本能なんだから仕方なくないか

男性は種の保存の為に色々な女性に興味を持つ様にできているのだから

男性の性欲が気持ち悪いとされるのもジェンダー意識としておかしいと思われる未来であって欲しい。

とここまで書いて思ったが、それを気持ち悪いと思う女性気持ち本能として自然な事なので認められるべきなのだろう。

かなしいね

2021-04-06

anond:20210406141041

暴漢が出たら警察に連絡してください

アニメオタクが騒いでても困る人がいません

適当に来た電車に乗ってから添乗員に聞いて下さい

感覚的には時々電車が止まるベンチみたいなもんなのでどれも必要性を感じない

無人駅がわからない

駅に人がいないの?

駅員がいないと対応できないでしょ

駅員がいないってのがありえない。怠慢としか思えない

2021-04-04

anond:20210404013739

元々ネット男尊女卑アニメオタクを名乗る弱者男性たちが女叩きをしていた

2ちゃんあたりのことを言ってるなら、

二次元最高! 三次元はクソ!」と(一部の)アニオタ挨拶のように言ってたのは知ってるが、ソイツら「弱者男性」を名乗ってたか

自分の頭の中で嫌いな属性の男を悪魔合体させてないかい?

anond:20210403225300

>そもそもそういう話って女性の不平やフェミニストの主張に対するカウンターバックラッシュとして始まったものだと思う

これだからツイッター世代

逆だよ逆

元々ネット男尊女卑アニメオタクを名乗る弱者男性たちが女叩きをしていた

2021-03-29

雑誌映画秘宝』の記憶(32)

 高橋ヨシキの元・妻の一人とされる女性SNS上で「離婚してよかった」と明言していること、そして現在彼女は、諸々のアニメ作品の視聴を「心置き無く」楽しんでいることを知りました。

 件の女性が―――別に私の知り合いでも何でもない赤の他人ですが―――、誰に気兼ねすることも無く趣味コンテンツを楽しめるようになったことは、とても良いことだと思います

 例えば貴方が、小説なり漫画なり映画なり音楽なり、何らかの創作物コンテンツを鑑賞して楽しんでいるとします。そんな時に、もしも貴方パートナーが横からアニメなんてものには何の価値も無い。そんなもの好きな人間は馬鹿だ」「女は馬鹿だ。アニメ好きの男はもっと馬鹿だ」「女には『ユー・ガッタ・メール』でも見せておけばよい」などと偉そうに口出しして、価値観を全否定する説教―――所謂マンスプレイニング―――をかまして来たとしたら、貴方ならばどう思いますか?

 パートナー趣味に対して余計な口出しや説教をしたり、ましてや価値観を頭ごなしに否定したりする人は、何故そんなことをしても自分は許されるのだと勘違いするのでしょうか?

 もしも「切り株映画なんて何の価値も無い。そんなものを楽しむ人間馬鹿だ」と他の誰かに言われたら、自分ならばどう思うのかと、想像力を働かせたりはしないのでしょうか?根本的に、高橋ヨシキは「女性に対して甘えている」のではないかと、私には思えます。そう考えれば、高橋ヨシキ森喜朗によく似ているとも思います

 最近明かされたロマン優光氏による証言によれば、ロマン氏の友人に対しても高橋ヨシキは「威圧的/パワハラ的な言動」を取っていたとのことです。おそらく、この情報氷山の一角に過ぎないでしょう。まだまだ今後も、高橋ヨシキに関する同種の話が出てくる可能性があります

 これまでに出た話で、高橋ヨシキ強気の態度に出た相手は、いずれも「(高橋ヨシキの目から見て)強そうな人間『ではない』」と云うことを記憶しておいて下さい。今後出てくるであろう話の被害者も、きっとおそらく「強そうではない人間」であろうと予想されるからです。

 そもそも映画秘宝』周辺から漏れ聞こえる高橋ヨシキに関する話は―――高橋に対して好意的/肯定的な話ですらも―――、町山智浩柳下毅一郎などの上の人間から「ヨシキくん」と呼ばれているか下の人から「ヨシキさん」と呼ばれているか、つまり上下関係」が前提となっているものばかりです。対等な人間関係の話題は、ほとんど見られないのです。

 私は、これらの高橋ヨシキに関する情報に接するうちに、はてなブックマークで時々話題に上る「『自分弱者男性だ!』と声高に主張し、己の鬱憤の捌け口として『女性/性的マイノリティ/異文化に属する人間etc.』を標的に選んだ上で、攻撃的な問題行動を取る一部の男性」の存在を思い浮かべるようになりました。

 そして、次のような「仮説」を考えました。

 【仮説ここから

 ひょっとしたら高橋ヨシキ自身が、親兄弟教師、先輩、学友など『高橋自身は逆らえない人間から、同じような仕打ちを受けた屈辱的な経験―――自分趣味嘲笑され、価値観を否定された経験―――を持つのではないか

 高橋ヨシキは、実際に自分に酷い仕打ちをした人間たちに対しては、復讐をすることが叶わなかったのではないか

 その「晴らせなかった屈辱」に対する代償行為として、自分よりも非力な―――と高橋ヨシキが見なした―――女性パートナーに対して、彼女趣味嘲笑ったり否定すると云う行為に及んだのではないか

 町山智浩の寵愛も得て『映画秘宝』の内部に「切り株作品の愛好者」の派閥形成することも出来たので、自分たちに歯向かって来ることが無さそうな―――Jocksとは正反対と思える―――アニメオタクを攻撃の標的に選ぶことで高橋ヨシキも「攻撃する側の人間」に成ることが可能となり、それによって若き日の「晴らせなかった屈辱」に対する代償行為としていたのではないか

 【仮説ここまで】

 まあ、単なる仮説に過ぎません。しかし、古株の『映画秘宝』読者ならば、この私の仮説を聞いても「突拍子も無い想像」とも感じないのではないでしょうか?

 マイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』で取り上げられたコロンバイン高校銃乱射事件話題や、アメリカ映画の中で度々描き出される「スクールカースト」の話題に触れる度に、高橋ヨシキらが中核メンバーであった旧体制映画秘宝』が繰り返し「Jocksどもに対する怨念憎悪」を剥き出しにしていたことは、古株の読者にとっては周知の事実です。コロンバイン高校銃乱射事件現場に行った彼らが、笑顔記念写真を撮ったと云う話もありますね。

 さて、その上で質問しますが、そんな彼らが「現実に彼らを苦しめたり嫌な思いをさせたであろう、当のJocksなど『強者男性』に対して、果敢にリベンジを挑んだ」と云う話を聞いたことがある人はいますか?そんな人いないでしょう。

 既に我々は知っています旧体制映画秘宝』の中核メンバーは「彼らの目から見て『弱そう/反撃をしてこなさそう』に見える相手だけを選んで、ヤンチャに振る舞って見せる」と云う事実を。おそらく、高橋ヨシキからパワハラ被害を受けたとされるロマン優光氏の友人も、高橋の目から見て弱そうに見えたであろうことは、我々にも容易に想像ができます

 先に私は「『弱者男性』を自称して、女性/性的マイノリティetc.を標的に選んだ上で、攻撃的な態度を取る一部の男性」について触れました。彼らもまた「現実体育会系/ウェーイ系強者男性」に対しては、攻撃的な態度を取ることはしない/できない傾向にあります。それと同じことです。

 要するに、旧体制映画秘宝』は、本物のJocksなどの『強者男性』に対しては復讐を挑む勇気を持てないので、その鬱憤アニメオタク叩きに勤しむことで紛らわしていた、只それだけに過ぎないのです。

 町山智浩の機嫌を取るために女性パートナーの肉体を献上するような人間が、本物のJocksに対してリベンジマッチを仕掛けるような気概を持ち合わせている訳がありませんので、皆さんも納得されることでしょう。

 冒頭で触れた、高橋ヨシキの元・妻の一人とされる女性が、屈託なくアニメ作品を楽しんでいることには既に触れました。そのことを知った時の私は―――事実関係に関しては知る由も有りませんが―――「何だか精神DVから解放された人を見ているようだ」と思ってしまいました。

 しかし、この女性は次のようにも述べています

 「映画が好き『でした』」と。過去形で。

 いったい何が、彼女映画に対する感情を「過去形」に変えてしまったのでしょうか?

 恫喝DM事件が発覚する直前まで、旧体制映画秘宝』は誌面で「『劇場版鬼滅の刃』は絶対に観ない!」とアピールをしていました。しかし、件の女性が楽しんでいるアニメコンテンツに『鬼滅の刃』が含まれていると知ってしまった後では、この「観ない!」アピールも、既に袂を分かって別の―人生を歩んでいる元パートナーに対して「幼稚な嫌がらせ」をしているように思えます

 もしもそうだとしたら、この女性はまだ「解放」されていないのかもしれない。そして、解放されていないからこそ、解放されるために「映画が好き『でした』」と過去形で記したのかもしれません。

雑誌映画秘宝』の記憶(31)【※FAQ

【Q_01】

 この増田は何がしたいのか?

【A_01】

 旧体制映画秘宝』の中核メンバーであった町山智浩高橋ヨシキら、それに加えて、彼らの影響を強く受けていると推察される秋山直斗(またはナオト、元『映画秘宝編集部員)が流布した、町山らにとって都合が良い「美化された旧体制映画秘宝』像」の誤りを指摘することを主な目的とする。

 すなわち端的に言えば、恫喝DM事件が発覚した直後に当時の編集部員の一人であった秋山直斗(ナオト)が発信した「『映画秘宝』は社会不正義や不公正と戦う雑誌」という自画像は、全くの『虚偽』であるということを示すためである

【Q_02】

 増田が二十年近く前の書籍から町山智浩らの昔の言動」を持ち出して、現在価値観批判するのはアンフェアではないか

【A_02】

(1) 最初に「記憶」を元にして投稿を開始したことから「出典や実際の文章を示せ」という批判を一部のブックマーカーから頂戴した。これには一理あると考えたこから現物が手元にあるのを発見した『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判1・2』から引用に着手した。

(2) 関東大震災当時の在日朝鮮人虐殺戦前日本によるアジア地域への侵出・支配従軍慰安婦問題戦時暴力犯罪など、あるいは日本以外の国や民族、はたまた国家以外の人間集団も含めて「昔の人間」が犯した『過ち』が批判される際に、それへの反論として「当時の価値観事情があるのだから現代人の感覚批判したり裁いたりするべきではない」という主張が為されることがある。しかし、少なくとも私個人は、この『反論』には与しない。

(3) 従って、同様の論理を援用した「増田引用する町山智浩らの言動は『過去』のことだから現在価値観批判するのはおかしい」と云う擁護にも、私は与しない。

(4) これまでに町山智浩自身日本米国欧州等々の国々・人々が「過去に行った行為特に『過ち』とされるもの」を、言論人として批判してきた。そうである以上、町山らもまた言論であることのケジメとして、過去自分たち言動に関する批判俎上からは逃れさせるべきではないと、私は考える。

(5) 二十世紀前半という昔の話ですら―――いや、それよりも更に昔の話ですら―――、批判反省必要であるならば、それを我々は躊躇うべきではない。そうであるならば、高々「約二十年前」という『ごく最近』の話を「昔の話」として、簡単に片付けるべきではないと私は考える。

(6) 事の軽重は異なるが、ハーヴェイ・ワインスタインの起こした一連の事件が明るみに出た時には「『昔』のことだから現在価値観批判したり裁いたりするべきではない」と町山智浩らも言わなかったはずである

(7) もしも現在町山智浩らが「現在自分たちは、人権尊重し、女性/同性愛者/異なる文化に属する人間等に対する差別には断固反対する」「現在自分たちは、性的強要搾取セクハラパワハライジメに対して反対するし、それらの行為を行わないし、看過もしない」と主張し、かつ、その主張が虚偽ではないとするならば、町山智浩らは言論人として、下に示すような数々の疑問に対しても明確な返答を示すべき『義務』が有るものと私は考える。すなわち:

―――まず、旧体制映画秘宝』内部で、女性蔑視や同性愛差別の風潮が蔓延っていたことを認めるか?

―――その旧体制映画秘宝』における女性蔑視や同性愛差別の風潮に関して、自分たちには責任が有ると思うか?無いと思うか?

―――自分たちのことを、女性同性愛者への差別意識を持つ人間だ(った)と思うか?

―――自分たちの考えを「反省」するなり「改める」なりしたのか?そうだとすれば、それは、いつ頃、どのようにして為されたのか?

―――少なくとも、『サウスパーク』のトレイパーカーとマット・ストーンが手掛けた映画チーム・アメリカ』が公開された当時は、高橋ヨシキらは「現在(=公開当時)のアメリカに広がる『ポリコレ的な趨勢』に対して『クソくらえ!』という姿勢を見せている」として「肯定的」に評価して「反・ポリコレ姿勢」をこそ称賛していたはずである。この過去は、無かったことにしているのか?覚えていないだけなのか?

―――仮に、考えを既に改めたものとして、現在自分たちの目から見て、過去自分たち言動をどのように評価するのか?

―――差別表現に満ち溢れた『サウスパーク』や『チーム・アメリカ』等の「過去自分たち肯定的評価していた作品群」に対して、現在町山智浩らによる評価はどうなっているのか?

―――過去自分たち暴言を吐いたり、差別したりした相手に対して、謝罪するつもりは有るのか?

―――死んで欲しい奴ベストテン等の誌上で実施した煽動企画によって「作品の結末や出来ばえに不満を抱いた観客が、監督脚本家役者等に対して『度を越した激しい怒りや憎悪』をぶつけるという、世間の悪しき風潮」を作ることに、自分たちも加担した責任が有ると思うか?無いと思うか?

―――過去の誌面において、非・都市部居住者、非・富裕層高等教育の機会に恵まれなかった人間等に対して行ってきた、自分たち差別的な言動(例:○○県では残酷殺人事件が起きているから○○県民野蛮人!と言い立てる。切り株映画ファンは悪いことをしないが、アニメオタク犯罪者予備軍である!だからお上通報しよう!etc.)を、現在自分たちの目から見てどう思うか?

―――高橋ヨシキ女性パートナーの肉体を町山智浩に献上した事件を、町山智浩高橋ヨシキ自身、あるいは柳下毅一郎てらさわホークら周囲の人間は、どのように評価しているのか?これは、謝罪批判が求められるような「悪いこと」だと考えているのか?それとも、謝罪も弁明も必要の無いような「取るに足りないこと」だと考えているのか?

―――自分たち過去の「女性蔑視的な言動」は、前『映画秘宝編集長岩田和明が恫喝DM事件を起こすのにも影響を与えたと思うか?

―――新体制映画秘宝から町山智浩らが排除された後でも、恫喝DM事件被害者へのバッシングが相変わらず続いている。2021/03/28に、はてな匿名ダイアリーにも「被害者を殴りたい」と書いた投稿が為されていた。恫喝DM事件の発覚直後に発信していた「被害者へのバッシングを止めろ」という注意は、今でも継続して行われるべきなのに、今は何故それをしないのか?本当は心の中で「被害者が悪い」と考えているからではないのか?町山智浩高橋ヨシキの「被害者に寄り添う姿勢」や「再発防止の姿勢」は、見かけだけのポーズに過ぎないのではないのか?

etc.

【Q_03】

 ファビュラス・バーカー・ボーイズは「お笑い芸人」のようなもので、元々「暴言を吐くこと」を目的としているユニットでは?

【A_03】

 これはお笑い芸人がよく用いる典型的な「言い訳」と同じである他人に対して暴言を吐いたお笑い芸人が「いや、自分たちお笑い芸人から」と言う、あの言い訳のことである

 しかし、この「言い訳」は実のところ、全く論理的な回答になってはいない。

 お前たちがお笑い芸人から?『だから』何だ?

 「お前たちがお笑い芸人であること」は、お笑い芸人ではない私(たち)にとって「暴言を吐かれても無条件にそれを受け入れねばならない義務」が生じる理由になり得るのか?例えば、お笑い芸人と、それ以外の人間との間には、何らかの「お笑い芸人自由暴言を吐く権利保証する契約」が締結されているのか?

 お笑い芸人が、自分自身の頭髪の薄さや太り具合など、私生活での不幸などを、自分自身自由意志に基づいて、漫才コントの中でネタとして利用するならば、彼らが「自分たちお笑い芸人から」と言うことにも意味は有るであろう。しかし、お笑い芸人が「自分たち以外の『他人』の性質や不幸をネタにすることを許される」と云うような特別な「権限」を付与されたと云う事実存在しない。

 『他人』に対して暴言を吐いて批判された際に「自分たちお笑い芸人から」という言い訳をするのは、喩えて言うならば『他人』の敷地にある畑から野菜を盗もうとして見つかった人間が「自分は『八百屋』だから」と言い訳するようなものである。「八百屋」だからといって『他人』の畑から野菜を盗む権限が無いのと同様に、「お笑い芸人」だからといって『他人』の尊厳侵害する権限は無い。

【Q_4】

 昔は、お笑い芸人などが暴言を吐いても許されていたのに。

【A_04】

 上記のA_03で述べたとおり「許されていた」と云う事実は無い。

 お笑い芸人暴言も同じであるが、昔でもそれを批判する人間存在した。しかし昔は、情報の発信と流通手段マスメディアがほぼ独占していたこと、マスメディアにとってお笑い芸人コンテンツとして利益を生んでいたこから批判する声をマスメディア黙殺していたのに過ぎない。

【Q_05】

 恫喝DM事件被害者にも問題が有る/有ったのでは?

【Q_05】

 被害者問題が有る/有ったとは私は思わない。

 恫喝DM攻撃したこと正当化したり、あるいは同情したりできる要素は一切無いと、私は考える。

 そのような物言い二次加害である

 このような「意見」がいまだに出ること、そして町山智浩高橋ヨシキがそれを止めようともしないことは、実は町山智浩高橋ヨシキが同じように考えていて、世論がその意見同調するのを願っているからではないかと私は推測している。

とりあえず以上です。

2021-03-27

今のアニメオタク

オタク歴とか関係なく上から下まで同じことしか言わないからつまらない

1クールの中で見てるのは話題作ばかりの1~3本程度で定型文ばかりの感想で好きな作品も好きなシーンも同じ

それこそネット感想だけ見て作品自体を見てないんじゃないかと思う

2021-03-26

雑誌映画秘宝』の記憶(28)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.07)

元『映画秘宝編集部員の秋山直斗(ナオト)さんにも不正義や不公正と一緒に闘ってもらえるように、引き続き頑張ります。今回から、出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)となります発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

 なお、問題発言だけでなく「今から見返したら『味わい深い』」と云う発言も有ります

〈警告!〉差別発言などの引用が含まれるため、読むと気分が悪くなる可能性が有ります

引用ここから

[p022]

【※】『ブラックホーク・ダウン』の話題で『スターシップ・トゥルーパーズ』と比較。これら欧米作品で描かれる「多勢に無勢の戦闘」場面の原点はズール戦争に関する欧州人記憶イメージだとした上で、以下の発言が出てくる。

 町山:南アフリカ侵略したイギリス軍が、原住民ズールー族と戦争になったんだけど、とにかく槍持って押し寄せてくる原住民鉄砲バンバン撃ち殺して、もう英国兵一人あたり百人くらい殺すんだけど、死体の山を乗り越えて、無限に押し寄せてくるの。土人が。

【※】町山智浩は「土人発言も好みます

(初出『映画秘宝』02年vol.29)

[p033]

【※】『ビューティフル・マインド』の主人公モデルとなった経済学者ジョン・ナッシュ話題

 柳下映画でのラッセル・クロウ数学に夢中で女性に興味がなく、そんな彼の純粋さに惚れたジェニファー・コネリーとの純愛物語になってるけど。

 町山:女性に興味がないどころか、男性にも興味があった。

(中略)

 町山:しかも、男性恋人とおおっぴらにキスするのを研究者仲間が多勢目撃している。

(中略)

 町山:キチガイってのは迷惑存在なんだよ。

【※】町山智浩の語り口は、まるで「同性愛は恥ずべき罪である」と言わんばかりです。その上、精神疾患患者迷惑存在と断言します。

(初出『映画秘宝』02年vol.30)

[p037]

【※】『スパイダーマン

 町山:しかし、ピーターってホントイラつくぜ。キルステン(・ダンスト)におどおど「ち、ちょっと、しゃ、写真撮らせて」って頼むときのナヨナヨした声!いつも口元から消えない卑屈な笑い。

(中略)

 町山:うー、ムカつく奴だ!目の前にいたらぶん殴ってやる!あいつ、スパイダーマンになったあともナヨナヨ声は変わらない。「僕はあなたの親愛なる隣人」って言うときも、「ぼ、僕はあなたのしあいなるゆうじんでしゅー」って感じ。

【※】改めて思ったのは「本当は、町山智浩たち自身が、Jocksの一員になりたかった(そして、弱い者イジメを楽しみたかった)のではないか?」と云うことです。

【※】他者に対する攻撃手段として「ナヨナヨした喋り方の物真似をする」と云う手法をとるところが、いかにも「パワハラ常習者」っぽさに溢れているように思いますイジメっ子気質が有る人は、この手法を好むような気がしますね。

【※】そもそも俳優の演技にオーケーを出したのは監督なのだから文句を言うならば監督に言うべきでは?

感想パワハライジメで思い出しましたが『映画秘宝』界隈の一人である中原昌也は、Cornelius小山田圭吾と仲良しです。その小山田圭吾は、高校時代イジメ加害者グループ内部で「いじめの発案者」の役目を担っていたと、悪びれもせずに自らインタビュー面白おかしく語ったことでも有名です。

高橋ヨシキとの共著『嫌オタク流』の中で、中原昌也執拗アニメオタク攻撃していたのも、中原昌也の中に有る「イジメっ子精神」をアニメオタク存在が刺激したからではないでしょうか?

町山智浩中原昌也小山田圭吾…と「類は友を呼ぶ」のかも知れませんね。

今回はここまでにします。ヘイル・サタン

anond:20210326080342

観光客アニメオタクが居なくなって昔の電気街としての

アキバになってくれさえすればいいよ

2021-03-23

自分がかつて大好きだったガンダムを大嫌いになった理由

自分にはかつて好きだったアニメがある。

機動戦士ガンダムだ。

8歳の頃に親が持っていたDVDを見てからどはまりプラモデルお小遣いで買い等身大ガンダム立像に連れていって貰った事もある。

成長し社会人になってもその想いは変わらずガンダムゲームをやり込みスーパーロボット大戦にはまりその経由でバンダイチャンネル配信されているガンダム以外の富野アニメにも手を出すほどはまっていた。

つい、この間までは。

シンエヴァンゲリオンという映画が公開された。

公開の際エヴァンゲリオンに興味の無い自分何となく暇潰しでネットツイッターの反応を見ていた。

エヴァスーパーロボット大戦経由で知ってはいても特に惹かれるものが無かったのでスルーしていたのだ。

しかエヴァンゲリオン監督オタクが嫌いだという文言を目にしショックを受けた自分は真偽を確かめるためネットの海を漁りそこで目にしてしまったのだ。

自分の大好きな富野監督オタクアニメ否定差別し容赦ない罵倒を浴びせている様を。

オタクアニメに誇りを持ち自己肯定感の高かった自分にとってそれは耐えがたいものだった。

あれだけ素晴らしい作品を作れる監督自身アニメ子供大人に隠れて見る物だ、大人になったら忘れろ等と言ったのは本当に悲しかったし許しがたかった。

昔の発言だと言うのはわかっているしこの発言がいつの発言かは定かでは無いが今やアニメ大人向けの作品が主流になっており親が子供と一緒に見る二世代に渡るコンテンツになっている。

この発言論破するのはとても簡単だ。

それでも自分の大好きなアニメ監督自分人生全否定されたと言うのは本当に許しがたかった。

それに何より腹立たしく腸が煮えくり返ったのは富野監督オタク人生の辛さを全く理解していない事だ。

富野監督に限らず庵野監督宮崎監督等著名な監督はみなオタク現実を見ろ、外に出ろという無責任メッセージを発する。

富野監督道徳を学べ、格言を読めと言いはなった。

だがオタクには現実を見ようにもその現実地獄しかなくたまたま理解のある妻に出会った庵野監督と違い現実に楽しみが一つもないのである

自分のような小中といじめられて不登校アニメけが生き甲斐アニメしか楽しみがなく通信制高校卒で工場低賃金で働いてる独身実家暮らしアニメオタクに面と向かって小説見て絵画見ろ、アニメ卒業しろなんて言えるのだろうか、彼らは?

断言するが彼らがアニメ依存しなくて済むのは地位も女も持ってるからである

努力しても努力しても努力しても現実地獄しかない人間も世の中にはいるのである

それを理解していない人間に偉そうに我が物顔で説教されたのが悔しくて悔しくて仕方なかったのだ。

かつて自分容姿を変えコミュニケーション力を付けようとして努力していたことがあった。

何度も挫折したがその度に努力して努力して努力していた。

しか姿勢を直す努力を5回して5回とも挫折

ファッションを直す努力をするもショッピングモールを歩く人々の服装を見て惨めになり他人からどう見られているかが怖くなり義務感に押し潰されそうになってノイローゼになりそうになった。

クラス職場に溶け込み他人と会話しようとする努力をしようとするたび爪弾きにされ却ってトラブルを起こし余計に環境を悪くし排除された。

こんな経験富野監督にあるのだろうか?

人生で唯一の生き甲斐を、楽しみを全否定され取り上げられ全く興味の無い文化押し付けられる苦しさを富野監督理解しているのだろうか?

好きでもない全く楽しくない美術を見せられ格言を読まされる気持ち理解できないのだろうか?

はっきりいってやっていることは自分思考好きな物を興味の無い他人押し付ける悪いオタクと同じである

それから自分富野アニメを、ガンダムを見られなくなった。

以前はどんなに楽しめていたアニメゲーム富野監督オタク叩き発言を思い出してしまい全く楽しめなくなった。

あんなに好きだったガンダムを見るのも嫌になった。

プラモデルフリマアプリ処分ゲームは押し入れにしまい視界に入らなくした。

恐らくもう二度とガンダムに触れることはないだろう。

それでもアニメを見るのをやめることは絶対にないがいつ富野監督のように自分の大好きなクリエイター自分の事を裏切るのか怖くて仕方がなくなり疑心暗鬼に陥ってしまった。

今でも本音を言うとまた元のようにガンダムが見たい。

素直にガンダムを楽しみたい。

だがそれは叶わぬ想いなのだ

機動戦士ガンダム視聴者リスペクトがない最悪の監督が作った作品だと知ってしまったのだから

シンエヴァ批評アニメオタクって仲間認定した時に評価アマになるってことを再認識した

今に始まった問題じゃないんだよな、昔からそうだけど

でも、アニメ日本の文化ですみたいな扱いを受けるようになったゼロ年代ごろからオタク以外もアニメを消費し始めて

いわゆるオタクと一般人の差みたいなのが認知されるようになったこから

アニメオタクが、業界人の変わりになってアニメ作品業界人擁護する機会が増えたと思う。

外側の一般人野郎からアニメを守れ!みたいな鼻息の粗さを感じることが増えた


今回のエヴァで一番がっかりしたのがアクションが糞だってことなんだけど

同様のことは多くの人が言ってて、そういうことを言う人って、アニメオタクではなくてカジュアルなひとなんだよね

からなのかオタクエヴァが分かってねーとか突っかかるのよw

エヴァって俺の中ではアクションがスゲーってイメージだったし、そもそも庵野王立宇宙軍ロケット発射とかナウシカ巨神兵のシーンとか、アニメのすごさで評価された人だったけど

つの間にか監督人物像ばかりが話題の中心になったね

結局、エヴァを消費してるっていうより、庵野秀明を消費してるっていうか、アニメ業界を消費してるよね

ガンダム好きにも似たような傾向あるよね、富野由悠季御大かいってるやつら)

ギョーカイってやつが好きなやつらのたまり場になってしまった


なんなんだろうな、あいつらの「うちの庵野」感


監督人物像って関係ある?

たまにオタクって、作者の政治思想作品は別だろ!とかいうけど

すげーリンクさせて作品評価してるじゃん

今回のエヴァは、作者がどうしたこうしたって話ばっかで、庵野庵野って感じで、エヴァよりも庵野の話が多いじゃん

2021-03-20

新興宗教エヴァンゲリオン信者気持ち悪すぎる

自分は重度のオタク特にアニメが好きなアニメオタクでもある。

但し世間でヒットしているアニメの中でもいくつか嫌いな作品がある。

その中の一つが新世紀エヴァンゲリオンだ。

その原因は作品に込められたメッセージ監督視聴者オタク侮辱するような数々の言動発言だ。

アニメ終盤や旧劇を見てもわかるようにエヴァンゲリオンと言う作品オタク向け作品の皮を被ってはいものの徹底的にオタクバカにするように出来ている。

観客を観客のために用意された萌えキャラであるアスカ気持ち悪いと言わせ

新作映画ではモブ同然のキャラに寝取らせまでした。

これが25年間追い続けたオタクへの冒涜でなくて何と言えよう。

その上エヴァンゲリオンの産みの親庵野監督は度々オタクアニメバカにした発言を繰り返している。

マスコミアニメ犯罪を無理矢理結びつけようとしたりオタク面白おかしバカにしたりするネット問題になっているオタク蔑視アニメ監督のものがしているのだ。

現実を見ろ、彼女を作れ、アニメから卒業しろ

これらがアニメファンへの冒涜でなくて何と言えよう。

アニメファン一口に言っても様々な生い立ちがある。

高給取りや所謂リア充もいることはいるだろうが偏見かもしれないが一定数の層は学校いじめられ社会から阻害され女性経験がなく唯一の救いがアニメだった筆者のような存在だろう。

庵野監督だけでなく富野監督宮崎駿監督といった業界の重鎮も同じようなことを口にしているが彼らは全員クリエイターとしては評価されているものエンターテイナーとしては客を不快にさせ愚弄している以上三流以下だと思う。

真のエンターテイナーとは客の事をリスペクトし客のことを第一に思い自分のことよりお客様を喜ばせることを第一に考えるべきではないか

そして自分はこのエヴァンゲリオンファンも大嫌いである。

自分達をコケにしバカにし差別している作品をまるで宗教のように持て囃し

その癖アニメ卒業しろ教祖様に言われたにも関わらずよりにもよって自分達をバカにしたエヴァンゲリオンに執着し

現実の女と付き合えと時代錯誤説教をされたにも関わらずアスカ綾波に恋をし大金をグッズに注ぎ込む。

支離滅裂意味不明カルト信者しか思えない。

自分なら全てのグッズを売り払い不買宣言をしているところである

ドラゴンクエストユアストーリーと言う批判の嵐にさらされた映画がある。

もちろんオタクはこの作品を大批判したし自分もこの作品は世紀の駄作だと思う。

しかエヴァンゲリオンの旧劇とユアストーリーは何ら変わらないのである

どちらもキャラクターが視聴者説教して大人になれよと言うメッセージ一方的押し付けるだけ。

それなのにユアストーリー酷評されエヴァンゲリオン信者が涙を流して絶賛し考察に励む。

アニメなんか卒業しろと突き放されたのにだ。

おかしいだろ、どう考えても。

ワイドショータレントが同じことを言ったら大炎上間違いなしのオタク批判エヴァンゲリオン様がやれば教祖様からのありがたいメッセージに変わる。

SMクラブ新興宗教と同質の光景しか見えない。

新興宗教エヴァンゲリオン信者は本当に一度目を覚ましてほしい。

2021-03-18

雑誌映画秘宝』の記憶(13)

前々回の投稿(11)で言及した『映画秘宝』内部で起きていた「業務の『私物化』」について、引き続き今回も述べようと思います

ムック形式が好評だったこともあり、90年代の終わりに雑誌化・大型化を見事に果たした『映画秘宝』は、傍目には順風満帆に見えました。しかし、初期の同誌を読んでいた方々ならばご存知のとおり、若者購読者を想定した誌面作りとはお世辞にも言えませんでした。初期の『映画秘宝』がそのターゲットにしていた購読者とは「子供時代70年代映画館テレビで観た映画についての記憶を、編集者ライター陣と共有する大人」だった訳ですが、当時そんな条件を満たしていた人たちは、私も含めて既に「立派なオジサン・オバサン、若しくはその仲間入りも間近な人たち」でした。そのままで購読者高齢化によって、ジリ貧に追い込まれるであろうことは明らかでした。

したがって、雑誌映画秘宝』が将来的にもビジネス継続して生き延びるためには、長期的な戦略として「より広範で多様な読者層を開拓すること。それも、特に若者層』と『女性層』を購読者として積極的に取り込むこと」を選択するべきでした。しかし、こんな事を今さら書いても、後の祭りです。

承知のとおり、それとは正反対戦略を『映画秘宝』は選択しました。いや、何らかの戦略選択したと言うよりも、むしろ「長期的な戦略など、当時の『映画秘宝編集者ライター陣は露ほども真剣に考えてはいなかった」と言う方が正確かもしれません。

覚えている方もいるかもしれませんが、高橋ヨシキが『映画秘宝』の表紙デザインとして、邦画から引用した「裸の女性が荒縄で緊縛されて馬に跨がる残酷エロ画像」をコラージュして仕上げたことがありました。この表紙について、町山智浩は「この表紙じゃあ女性が手に取り辛い(=買い辛い)」とボヤいていました(※注)。雑誌の「顔」である表紙がこんな状態だったぐらいですから高橋ヨシキの頭に「女性購読者を獲得すること」など微塵も無かったことは明らかです。

既に述べたとおり『映画秘宝』は「女子供から映画を取り戻せ!」をスローガンにしていた訳ですから、むしろいか女性が手に取り辛い(=買い辛い)デザインにするか」について考えた上で、高橋ヨシキ意図的かつ積極的に「女性が嫌がりそうなデザイン」に仕上げたのだと考えるのが妥当です。きっと、このような表紙を作っていた時の高橋ヨシキは「オレたち男だけの輪を乱すような奴(=女性)は、お呼びでないから帰った!帰った!」「この表紙デザインを見たら、きっと町山さんも喜ぶだろうなあ!」と云う気持ちを込めていたことでしょう。(※注:ところで、町山智浩も本気でボヤいていたのではないのだろうと私は思いますが、そう思う理由については別のところで述べます。)

近年は真魚八重子などの女性執筆者が『映画秘宝』に登場する機会が増えてはいましたが、それで町山智浩高橋ヨシキの芸風が改まったようにはとても見えず、むしろ却って「これでもオーケーなんだ!こんな芸風でも女は許容してくれるんだ!」と彼らの勘違い助長したと云う可能性すら有ると私には思えます。仮にそうだったとしたら、真魚八重子の頑張りが報われていなかったことになって、非常に気の毒な話ですが。

また、これも既に過去投稿でも述べたことですが、比較的早い段階から映画秘宝』は、ごく少数の寄稿者(例:山本弘)を除けば「アニメファン蔑視・敵視・嘲笑する」と云う態度を明確に打ち出していました。この「アニメ叩き」の姿勢は同誌において長く一貫していたと言ってもよく、恫喝DM事件が発覚する直前にも「『鬼滅の刃』は絶対に観ない!」と、訊かれもしないのに自分たちの方からアピールに励んでいました。

もちろん、思想信条自由に照らして考えれば、編集者ライター個々人が「何か」を嫌うこと自体は許されるべきです。だから対象が「萌えアニメファン」だろうと「女性」だろうと何であろうと、高橋ヨシキらが個人的に何かを嫌うことは自由範疇あると言えるでしょう。極端な話、内心だけに留めて現実世界で実行に移しさえしないのであれば、性的マイノリティ/人種民族etc.に対するネガティブ気持ちを持っていても許されるでしょう。

しかし、その上で問いますが、当時の編集者ライター陣がわざわざ誌面を使ってまで「女嫌い」や「萌えアニメ嫌い」を盛んにアピールしたり、ゲイを繰り返し「ホモ」呼ばわりして嘲笑し続けて、雑誌映画秘宝』を売ると云うビジネス全体にとって、何か良い成果を招いたでしょうか?結果的には、女性萌えアニメファン性的マイノリティはもちろんのこと、それらに該当しない人たちにすらも「何だか映画秘宝』は排他的雰囲気があって嫌だなあ。近づくのは止めておこうか」と思われ、遠ざけられただけに終わったように私には見えます

そうして「未来購読者」に成っていたかもしれない人たちも見す見す逃してしまって、長期的に見れば大きな損をしたのではないですか?もしも、編集者ライター陣の個人的な好みに拘ったことによって、ビジネス未来が失われたのだとしたならば、それについての責任を彼らはどう取るつもりなのでしょうか?

当時の『映画秘宝』の萌えアニメ叩きムーブに関しては、こんな出来事もありました。ある時、俳優加藤雅也に対するインタビューを行った際、わざわざ「最近若い奴らは、萌えアニメなんかにウツツを抜かしているんですよ!」と御注進に及んだのです。もちろん、そのインタビュー記事の中では、それに対する加藤雅也の「『萌え』ねえ…」というリアクション言葉を「例の見慣れた太いゴシック文字」で強調することも忘れませんでした。つまり当時の『映画秘宝』は「あの加藤雅也サンも、萌えアニメなんか好きな奴のことは見下して馬鹿にしているんだゾ!読者の皆も後に続け!」と、虎の威を借る狐のスタイル萌えアニメファン嘲笑することに勤しんでいたのでした。それにしても、何の脈絡も無く突然「萌えアニメが云々」とか言い出したので、インタビューを受けていた加藤雅也も反応に困ったのではないでしょうか。加藤雅也についての面白い/興味深い話を読みたい読者の立場からすれば「何でインタビュアーがいきなり『オレは萌えアニメが嫌いだ!』と自己主張を始めるんだよ。お前は主役じゃねえだろ。お前の自己満足にスペースを割くぐらいなら、もっと加藤雅也言葉を載せろよ」と云う感想を抱くしかありませんでした。きっと、このインタビュアー脳裏には、読者の存在及び読者のニーズなどは思い浮かびもしなかったことでしょう。

上で述べたような行動に熱中していた『映画秘宝編集者ライターたちは、ただ単純に「『自分たち欲求』が充たされて気持ちが良かった」のだろうと思います。もちろん自分欲求を充たしたいと思うことは人間として当然ですし、仕事を通じて欲求を充たすことが出来れば、こんなに幸せなこともないでしょう。しかし、それをするならば良識と限度が必要不可欠です。わざわざ無駄に敵を増やし、未来購読者を失ってまで「自分たち欲求を充たすこと」を優先したことは、仕事(ビジネス)として必要なこと、正しいことですか?

ひょっとしたら「眼の前の『利益』を捨ててまで『信念』(=嫌いな奴らを大っぴらに嘲笑すること)を貫くことが出来るから、オレたち(=『映画秘宝』)はスゴいんだ!」と、『映画秘宝切り株派は自分達に酔っていたのかも知れません。しかし、それは別にスゴいことではありません。

洋泉社としては、雑誌映画秘宝』の刊行を「遊び」や「無償ボランティア」として、ではなく「まっとうなビジネス業務」として行っていた訳です。それには先ず雑誌が売れること、それも短期的にだけではなく長期的に売れることが先決であり、その為には更に、購読者を増やすことが何よりも重要でした。したがって、これらの重要事項こそが『映画秘宝製作チームに対して洋泉社が何よりも先に求めたことだったはずです。「何よりも先に」です。

それなのに、購読者を増やさず、と言うよりも増やす為の努力を端から放棄して、逆に無駄に敵を増やすことにだけはキッチリ勤しんでいた訳ですから洋泉社にとって『映画秘宝』の編集者ライター陣は、さぞかし頭痛の種というか獅子身中の虫というか、実に困った存在だったと推察されます

こういった「まっとうなビジネスであれば求められて当然の事柄」には応えようとせず、何よりも先ず「自分たち欲求を充たすこと」を優先して仕事に臨む、これこそが私の言う「業務の『私物化』」なのです。

この文章を読んでいる方は、試しに想像してみて下さい。もしも貴方が何処かの会社などに勤務していて、社員一丸で協力して赤字解消や顧客開拓などに努めねばならない時に、赤字を垂れ流したり顧客どころか敵を増やす行動にばかり勤しむ同僚が社内にいたとしたら、しかも、それに勤しむ理由が「自分気持ちいから」とか「これをやると○○センパイが喜ぶから」とかだったら「テメエの『趣味』の為に業務を『私物化』するんじゃねえよ!」と言いたくはなりませんか?単に「職業人」としてだけではなく「社会人」としても失格でしょう。

このように『映画秘宝』の行動は、とても「長期的な利益を考えている」とは思えないようなものばかりでした。岩田和明による恫喝DM事件を見れば分かりますが、ごく最近の『映画秘宝』内部でも「長期的な利益を考えず、自分気持ち良くなることを優先する」と云う風潮が継続していたことは明らかです。更に、岩田和明が退職するからと云う理由だけで、のんさんの連載を打ち切って雑誌の「売り」を無くすように仕向けたことも、これまた雑誌全体のことを考えない「自己中心的な行動」でしょう。

仕事に関して「長期的な利益」について考えると云うことは「自分よりも若い世代に残す未来」について考えること、つまり責任感の伴う態度」です。これに対して「業務の『私物化』」とは、仕事に臨むに当たって「今」の「自分」のことしか考えないこと、つまり無責任な態度」です。

映画秘宝』は、彼らが「精神年齢の幼稚な奴ら」と見なして嘲笑していたアニメオタクや「馬鹿宣伝に騙されて底抜け大作を観に行く奴ら」と侮蔑していた女性と、彼ら自身とを勝手に比べて「自分たち(=『映画秘宝』の編集者ライター)はアイツらと違って『大人の男』なんだ!」と周りに向けて盛んにアピールし続けてきました。しかし、果たして彼ら自身は本当に「大人」と呼ばれるに値する人間だったでしょうか?

雑誌未来」よりも「自分たち欲求」を優先し続けてきたことを、中心メンバーによる「業務の『私物化』」と呼ばずして何と呼べば良いのでしょうか?「身体大人頭脳はコドモの幼稚な遊び」でしょうか?

高橋ヨシキら「切り株派」が居なくなった2号目にあたる『映画秘宝』に、アニメ作品の特集記事掲載されることが予告されました。この「居なくなった途端に」と言っても良い動きを見るに、おそらく「切り株派」が彼らの一存で他の派閥編集者ライターに対して「『映画秘宝』でアニメ作品を扱うなよ!」と有形無形の圧力を掛けていたことは、想像に難くありません。そのような圧力存在したとしたら、一部の人間の一存で企業努力可能性を封じられていたことになるのですから、これもまた「業務の『私物化』」です。

「今」の「自分(たち)」のことしか考えない「無責任な体質」なのだから、年下の女性に対して恫喝DM攻撃を行ったり、自分たちよりも年下のフリー女性編集者に対してパワハラを行ったりするのも、何ら不思議ではありません。告発を受けるまで、何一つ疑問に思わなかったのは「本当」でしょう。何しろ彼らの頭に有るのは「自分(たち)のこと」だけなのですから

奈良さんがパワハラ告発した後に柳下毅一郎が出した、あの謝罪文としての体を成していない文を読んだ時も「ヨシキくんが報われて欲しい」とか、被害者を置き去りにしたことを書いていて「本当にどこまでも『自分(たち)のこと』だけに終始するんだな」と私は思いました。東大を出たぐらいだから間違いなく柳下毅一郎は頭が良いはずなのに、被害者を含めた「他者存在」に対して満足に想像力を働かせることも出来ず、謝罪文一つまともに書けないとは流石に想像できませんでした。子供か。

映画秘宝』の中心メンバーとも呼んでもいい人間たちが「業務の『私物化』」をし続けても恥じなかったのは、彼らの根底に有る「ボンクラと云う『甘え』」の精神だと私は思います

しかし、長くなったので、一先ず今回はここまでにします。

2021-03-14

https://anond.hatelabo.jp/20210314105300

いや、俺もウマ娘FGO三国夢想みたいな作品も嫌いだぞ。

ただ、苦々しく思うからといってこういうダサすぎるマウントかますオタクアニメオタクだろうが競馬オタクだろうが鉄道オタクだろうが💩だって話な

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