はてなキーワード: お茶目とは
先日、一人の友人の部屋に遊びに行った。便宜上、彼のことは〝彼〟と表記する。
初めて会った時から変なやつだとは思っていた。ろくに授業も聞かず、学校も部活もサボってばかりいる割にテストの点だけは良くて、ラノベの主人公みたいだという印象があった。
帰り道が同じ方向なので、僕はしょっちゅう〝彼〟と一緒に帰っていた。話してみれば面白いやつだった。僕も根は真面目ではなかったので、〝彼〟とは仲良くやることができた。
進んだ高校は別々だったが、もう一人別の友人を交え、僕たちは三人でことあるごとに集まった。
いつも遊ぶ場所は僕の家だったが、ある時〝彼〟の家に遊びにいく機会があった。
〝彼〟の家はすごく辺鄙な立地で、信じられないくらい細い路地を進んだ袋小路の先にあった。
外観はゴミ屋敷だった。銭湯の下駄箱とか、シーサーみたいな動物の置物とか、そんなもんどこで拾ってくるんだよと尋ねたくなるようなゴミで溢れかえっていた。
内装はバカの家だった。玄関のドアを開けるとまず真っ先にバカみたいなサイズの水槽の中に入った故の知れぬナマズみたいな魚と、明らかに飼い主の手に余っている気性の荒い大型犬が三頭出迎えてくれた。当然床はゴミであふれていて足の踏み場もない。大量の段ボール箱とか、いつ食ったのかもわからないコンビニ弁当のガラとか、とにかく生活感のあふれるゴミがわんさか転がっていた。あと窓ガラスが割れていて、ビニールテープで雑に補修してあった。
多分〝彼〟のご両親は頭がおかしいんだろうなと思った。先生の話を聞かないのも、一番身近な大人がちゃらんぽらんだから敬うことを知らないせいだろうと思った。
のちに聞くと、彼の父はDV常習犯の躁鬱病患者、母はそんな夫を見限ってまだ幼い息子二人と娘(〝彼〟には二歳下の妹と六つ上の兄がいた)を放って家を出て行ったのだとか。本当に両親揃ってダメ人間だった。
現在、〝彼〟のTwitterアカウントはFF比が3くらいあって、2000人くらいフォロワーがいた。投稿内容はアルファツイッタラーもどきの気持ち悪いツイートであふれていた。マッシュ頭に丸メガネというテンプレート通りの外見の自撮りを投稿して囲いのメンヘラ女を喜ばせたり、学問の話をして身内と盛り上がったりしていた。
あと〝彼〟は常に病んでいた。メンヘラというより厭世主義者で、誰かにかまってほしいから病んだふりをしているというより、本質的に狂っているような感じがあった。なにが面白いのかさっぱりわからない上に、なにか僕の感性の根本的な部分が拒否反応を起こすので普段はミュートしている。
〝彼〟の感性は普通ではない。太宰や芥川の作品のような雰囲気を纏う芸術の類ばかりを愛で、普通の恋愛とか、人間関係にはほとんど関心を示さなかった。恋人はいたし、その相手とは僕も交友があったが、やはりどこか壊れている女ばかりだった。援交でお金稼いでるとか、エロい自撮りを鍵もかけていないアカウントで上げているとか。
〝彼〟の感性は普通ではないから、部屋で遺書を見つけた時もただの悪ふざけかと思った。だって「遺書(これは常備のものなので私が死んでいない時には読まなくてよい)」とか書いてあるんだもの。けれど、悪ふざけにしては度が過ぎている。自殺する気があるのかどうかは知らないが(決してないとは言い切れない)、少なくとも常人よりは死を身近に感じているような雰囲気があった。
少し迷ったが〝彼〟は階下で僕と飲むためのお茶を用意してくれていたので、その隙に僕は勝手に内容を検めた。好奇心に負けた。
遺書は封筒にすら入っておらず、B5のコピー用紙の片面に印刷されているだけで、その乱雑さも〝彼〟らしいと感じた。
中には男女1人ずつのフルネームと連絡先が記されていた。男は大学で同じゼミに所属している人間で、女は元恋人だった。男には〝彼〟のスマートフォンの完全な破壊を、女には引き出しに入っているという手書きのメッセージを引き取るよう指示してあった。流石に女に宛てた手紙を勝手に読むことは良心の呵責が許さなかったが、いったいどんな手紙を残したのだろうか。(すでに良心が〜とかどの口が言うんだ、くらいのことをしているとは自分でも思うが)
〝彼〟は無駄なことをわざわざする人間ではない。誰にも発見されないかもしれないのに手の込んだネタを仕込むようなお茶目なやつでもない。
だからあの遺書は多分、本気で書いたものなのだろう。本気で彼はスマホの破壊と、童貞を捨てた相手にメッセージを伝えるくらいしか自分が死んだ後に望むことがないのだ。
言葉にし得ない虚しさがあった。育ちや環境に同情するには遠過ぎた。ただ、哀れに思った。
こんなことを考えるのは不遜にもほどがあるとは思う。人の遺書を勝手に暴いてこんなところに晒しておいてケチをつけるとは何事だと、これを読んでいるあなたはきっと思っていることだろう。
けれど、僕は悲しいのだ。仮にも数少ない友人である〝彼〟の人生が、こんな詰んだものであることが。
遺書には男の名を指して「君くらいしか頼める相手がいない」と書いてあった。
僕を頼れよ、とは思わない。だって僕は彼を救いたくないから。本当に気色悪いと思っている。
ただ、彼の人生が詰んでいるのが、ひたすらに悲しい。
〝彼〟はまだ生きている。3年前と同じことをツイートしている。
そして、僕の知らないところで人知れず死んでくれ。
なんか炎上してるみたいですね。
でもそこには触れず、M-1関連番組&配信のネタ以外の部分の感想を忘れないうちに書きます。ネタの感想はいろんな人が書いてるし。
最後にミソついちゃったけど全体的にとてもいい大会だったし、炎上のせいで芸人たちのファインプレーが忘れられると悲しいので。
これはいい変更だったと思う。
知名度的にも芸歴的にも大躍進。その次のホテイソン含め、数年以内に決勝行くだろうな。
そして出順15番目、やっぱ持ってるなあと思った(この時点では)
抽選会では一番盛り上げた。いつもどおり小うるさいけど。
抽選会MVPは誰も期待してないとこで地味かつ狂気なボケをぶち込んだウエラン河本で。よく考えてみれば河本一言もしゃべらず全部持ってった。
手慣れてたし達者だった。マネージャーが金属のファンとかいうプチ情報で一気に(一部)視聴者の心を掴んだ。
ケツの真顔ドアップでCM。
モニターとthe next is……のナレーションが入るまでに変な間が。さらばの失速はここからすでに始まっていた。
ネタで噛んでネタ後のコメントでも噛む。漫才コントやります!とは何だったのか。
今回1番のファインプレー。音が鳴り出してからのタイミングもツッコむテンションもネタに戻る早さも完璧。反省会&打ち上げでも言ってたけど、外営業経験の賜物。この後のたくろうがタイムオーバーしてネタ中にリカバリーできなかったのと比べるとやっぱ芸歴差が出る。つってもミキも5年目とかだけど。
タイムオーバーは覆らないけど、ちょっとでも取り返そうという気持ち大事。
井口の顔は強い。なんか泥っぽい。
敗者復活、ネタ以外では金属のテントトークが一番ハネてたと思う。その前のからし蓮根とアキナがくってきた感あるトークでほぼ無風だった反動もあるか。この後も、みちょぱ「髪長いですね」友保「あ゛ぁ?」→陣内「あき竹城さんが面白かったって」2人「大丈夫です」まで、コンビ間の連携も取れてたし発言すべてウケてた。
お昼にふさわしく羽のように軽い陣内の小ボケに対し無表情なテントメンバーの中、唯一笑ってる金属の2人。
間違いなく誰よりも尖ってる。
ちょっと分かりにくかったか。トレエンが流しそうになって陣内がツッコんでた。
2人とも片親のくだりなんてテレビでも何回も見たはずだけどなあ。M-1だけ見る層が炎上させるという読みか。
吉田が番組の企画でトレンディドラマみたいなやつやって完全にコントだったの思い出した。東野とタメ張るレベルの演技力。
羽田さんはいろいろ興味深いコメント言ってたのでもっと聞きたかったな。陣内がかなり邪魔してた。この後の「金属バットさんはなんだかんだバランス良かった」も陣内はボケとして処理しようとしたけど、それを振り切って言い切ってたし掘り下げてほしかった。
これらの変更は非常に良かった。暫定ボックス作れるシステムも使いやすかったし技術の進歩を感じた(ただし中間発表は必要なのか?ってのと、暫定システムだととりあえずで入れといた最初のほうの組が中間発表で残りやすくなるんじゃないかとかはある)。ネタ動画はほんとに数分後に上がるので感動した。テントトークも最初はテンポ悪くなりそうでヒヤヒヤしたが、さすがここまで来る奴らだけあってちゃんと面白かった。大井競馬場時代の復活組の一体感がちょっと戻った感じ。
今年は敗者復活も熱かったしレベル高かったと思う。ゲストも邪魔してなかったしテンポも良かった。
その中でも強烈なインパクトとともにボケ倒した金属バットが敗者復活戦のMVP。前に出ない芸風だけに、フラれての返しで口開くたびに全部ウケるのは強い。彼らを決勝で見られる日が来るのを心待ちにしている。
とろサのハイタッチはこの1年ほかでは使われてなかったから今回のM-1のために掘り起こしたんかな。中継入ってない放送中の暫定席、よく撮ってたなこれ。とろサの映像でこういう秘蔵っぽいのが多いのはそれだけ長い間注目されつつ陽の目を見なかったってことだろう。M-1アフターの他に泥に咲く花もあったし、吉本っていうよりABCの功績なのかもしれない。2007村田と2016久保田はほんと泣ける。
ここまでお膳立てされといてあの体たらく。あと今回はOPに水田映ってて良かったな。
これがテンポ悪くした一つ目の原因。「生」感が失われたのも大きい。
途中途中で会場冷えてるのが伝わる。松ちゃんのえみちゃんねるトークとか志らくとか、えみちゃん明らかにマヂラブ覚えてない上にミキに来て欲しいとか。巨人師匠もやけに長々と喋った上に噛むし。その中で塙の「内海桂子師匠が降りてきてます」はきちんとウケた。
田淵に手を伸ばす(顔を隠してる?)友保と、それにウケる田淵。緊張感なくていいね。
抜かれた1秒後に気づいてハッとするタイミングが最高。
しなくていいんですとばかりに頑なにやらないというボケにつなげる。
アキナには悪いけどこれはないわ。知名度で10位以内には入るだろうとは思ったけどさすがに4位はおかしすぎる。ウケ量で言えば三四郎とアキナがドベ争いするくらいだったのに。これはアキナというより投票した人がよくない。ここで前日の久保田のツイートが効いてくるんだけど(ワーキャー票で決勝行かせても芸人殺すだけという主旨のやつ)、久保田によれば来たリプライの多くはミキのファンへの牽制だったということで、でもミキは敗者復活に限っては確実に首位争いに食い込んでた。炎上後の今だとミキと久保田の関係も気になるが、話題に上らないとこではこのアキナの順位が個人的に断トツで後味悪かった。
今回変なとこで毎年恒例くまだまさしの後ろ姿が入ったな。今田によれば放映前も前説あったらしいけどなぜここで。
長い。この時点まででところどころ空気がおかしいので、会場が重かったのは芸人のせいでも審査コメントのせいでもなく、番組演出の失敗に思える。冷えた理由の二つ目はアスリートのくじ引きで間違いない。毎回毎回コメント取るたびに冷えていった。
やっぱ客は悪くなかったよな。
ここはウケてたけどね。今回の上沼は去年話題になった「厳しい審査員キャラ」を演出しようとしすぎた気がする。
メガネ斜めボケがややスベりした直後の長嶋茂雄ボケ。我々はここから田中の瞬発力とハートの強さにひれ伏すことになる。
上沼への芸人たちの反応が分かる場面だった。笑うというか、「また出たよ」的なあれだったんだろうな。
今田の「帰ってもらえますか」でひょうきんにハケたほうが綺麗だったような。気まずさが残った。
川瀬キツイのが画面からも見て取れてこっちまでつらくなった。時間が経つにつれてはらちゃんが率先して前に出たのも、ああ川瀬本気でやばいんだなと。しかしそれでもなんとか笑いにつなげようとする川瀬の姿はとても良かった。
抽選中に後ろの画面でどんなに乳首見放題でも、会場の雰囲気は良くならなかった。世界王者をもってしても……。
言いたいことは分かるけどギャロップの名前出さなくてもいいし、それ以前にコメント開始直後からすでに会場がうっすらザワついてるのが聞こえる。雰囲気やばい。
審査コメントへ「ありがとうございます」が兄弟でハモった後の一言。ミキ2人ともガヤうるさいけど、特に亜生はM-1以外でもどんなに小っちゃくしか映ってなくても必ず顔作ったり動き入れたりするのを知ってるので好感を持ってる。最後の提供読み上げ中にも遠くから引いた画面で涙拭ってて、それがわざとらしくて嫌いだというお笑いファンもいるだろうけどね。
ネタ中のポーズのせいもあるだろうけど似てる。笑顔とか喋り方とか。
偶然だろうけどこれは上手かった。
これもまた反省会での名言「くったらあかんねん」を体現するシーン。いやくったコメントだったかは知らんけど。
暫定ボックスもスタンバイエリアもカメラの前で行ったり来たり。
横に座ってる一般人にフる今田。いつもだけど今田がなんとか盛り上げようとしてた。
今回は明らかに番組としてテンポ悪くて、それが客席に影響しまくってた。特にアスリートコメント→くじ引きの流れが最悪。審査員は上沼以外はおかしなことは言ってなかったように思う。こうして見ると空気の重さが続いたのはネタの題材とかコメント力のなさとかいろんなことがそれぞれ少しずつ影響してる。霜降り優勝は文句ないだけに惜しかった。
そんな中で飄々とボケ続けたスーマラ田中がネタ以外でのMVP。今回の田中は本気で大会を救った功労者だと思う。一昨年のバラエティ一周ではさほどハネなかった印象だけど、今回こそ売れてほしい。
ファイナリストの中で唯一バイトしてるトム・ブラウンのお金ないトーク。ここはかなりウケ取ってた。
なんか良かったなあ。霜降りの2人はほんと青春漫画だな。ネプチューン以来の。
優勝後のバラエティでどうでもいい質問を聞かれまくるから答え用意しとけ、との久保田の教えから続く話題の中で出たワード。くってきたボケや答えはスベる。ちなみに「くってくる」とは「事前に用意してくる」の意。「食う」ではない。
実直なところが林のいいところなんだけど、ここは聞いてるのキツくなった。お笑い好きじゃない人たちには「笑えない、つまらない」と思われてしまうだろうなあ。個人的にはお笑い好きだからしんみり心に残った。
ジャルはもうアスリートだな。反省会でも爽やか一辺倒だった。今年は最終審査前すでに結果が見えていたのだろう表情をしていた。
たぶん去年もだけど大体の時間だけ決めて多少のオーバーはOKな感じなんかな。千鳥はネタもトークもダラダラやるのが合ってるからいいね。
これから爆発的に売れるだろう霜降りの2人に対して。ラストショットでギャロップ林を連れてきて混ぜるあたり千鳥の2人も審査に関して思うところはありそうだったが、後腐れないようバランスよく取りまとめる手腕が素晴らしい。芸人たちが揃って「打ち上げが千鳥さんで良かった」と言うのも分かる。
反省会と打ち上げのMVPは特に抜き出しはしなかったけどゆにばーす川瀬で。はらちゃんとの関係性も垣間見れたし、去年の福徳を上回る感情大爆発で見応えも作り出した。だから死ぬな川瀬よ!
最前線とかthe Nightとかも良かったけど量が多すぎるので12/2当日のみに絞った。
順位が奮わなくてもテレビ的にハネなくてもしっかり仕事してた芸人がたくさんいたし、それを見られて良かった。
YouTubeとかでネタ動画だけが切り取られて拡散される時代、ネタ以外の平場でも輝いていた芸人たちの姿を残しておきたかった。MVPとか偉そうでごめんね。霜降りおめでとう!
“あの夏”、から一年。唐突ですが、どういう思いを抱いて彼らを応援しているのか、を自分語りとして綴ることにします。(お友達は一部既出ですが・・自分なりに整理をしました)いろんな巡り合わせだったり偶然を運命を呼ぶことにしたわたしは、森田美勇人(Love-tune/Travis Japan)出の美勇人担なのだな、と思います。
2016年出会いの春、それはLove-tuneが結成された季節です。少クラやガムシャラ、そして兄ガチャに嵐バック。2014年頃からあらちかを筆頭に、まがいなりにもTravis Japanを意識していた人間としては、みゅうとくんが公式にグループを兼任することも、顕嵐くんがいつのまにかそこでマイクを持っていたことも、待って待って…と思うばかりだった。
だけど顕嵐くんが、輝くべき場所で輝けるのならそれは素敵だよとなぜか腑に落ちていて。目線を合わせずに背中を委ねる宮近くんとはもう長い付き合いだったこと、骨折しながら青山劇場に通ってTravis Japanで居てくれたこと、「やっとA・RA・SHIを歌えました」と言ってくれたこと、グループの顔として存在しようとしてくれたこと。だいすきな顕嵐くんがいくつもあるけれど、アイドル“阿部顕嵐”としての最善の道を邁進しようとする生き様が、彼らしいなんてふうに思った。“あらちか”が隣同士でなくなってしまうのにはどこかズキッとして、終わりを迎える日を「宮近ももってけドロボー!」なんてまだまだ傷心を誤魔化すように、それっぽく野次をとばしてみたりした。2016年を振り返る際に、意思を持ってトラジャへ合いの手を入れる顕嵐くんが瞬間咎められる姿に、心のめそめそは止まらなかったけれど、それぞれのファンとの関係を大事にする彼らの優しさだったんだろうなあ、と思う。(銀河劇場でコンテを狂舞する顕嵐くんを、博品館でShall we dance?する宮近くんを、同時に観れちゃうんだ あらちかはず〜っとドリームだよ!)
そんな事実が対比として、8人になったTravis Japanを引っ張ろうとさらに踊りだしたみんなのみゅうとくんに、どうしてもTravis Japanでいてほしくて、青山劇場とさよならをして終わりかにみえたTravis Japanが、兄組・弟組別から改めてグループとして動きだしたTravis Japanに、そのままのグループでいてほしくて、そんな勝手な願掛けでブーメランな呪いをかけはじめた。
両方の登場場面で現れた出ずっぱりな少クラの美勇人くん、嵐についたら翌日はえびバック、ドリボに出たら幕間で稽古、次はえび座で…、DIGITAL BOYSのセンターで笑って、アイランドゲストガチャも最もバック選抜される名実休みのなかった美勇人くん。木星から金星へ、その場でジャケットを羽織ってTravis JapanからLove-tuneへ変幻する美勇人くんにハートは奪われたし、仮面ライダーって実在するんだ、と思った。精神的な切迫を考え出すとキリがなかったのに、呼ばれるうちが華、なんてやっとのお休みもダンス留学なんてしちゃう。誰よりアイドルをして、歌って奏でて踊りまくる美勇人くんがいて、もう充分すぎるほど君を見つめていたし、たくさんの衣装を着まわす姿を思わず数え「今はどっち?」と離れて行きそうな彼への、典型的な重い女な執着心を抱き“リア恋枠”を称したのは、心の奥底でこうなる「いつか」を恐れて、1mmも責任や傷を負わないよう距離を図っていたのだろう。「いつか」来る「いつか」を知ってしまったとき、自分を最大限傷つけないよう「担当」と呼ばない逃げ道に立って、大好きなのにすべてを100%に応援できない、身勝手な自分を肯定していた。それでも、2つの顔を邁進する美勇人くんのやさしさや強さが憎いくらい眩しくって憎むことなんて滅相もなくて、ほんとうはずっと、「いってきます」を言うと「いってらっしゃい」を「ただいま」に「おかえり」を返してくれる、Love-tuneというTravis Japanという君だけの特等席はあたたかすぎるほど輝きに満ちていたのに。
2017年ジャニーズJr.祭り、会いにいったTravis Japanは7人になっていた。アイランドで氷のような張り詰めた美麗さを纏った宮近くんはだからだったと合点してしまうことが切なくて、“兄組”という4人の青春が尊大だったし、僅か数ヶ月前「やる気スイッチは Travis Japan」だとメンバーの顔を振り返っては破顔するキングオブTravis Japanな最年長が、今「なんで?」とついつい息巻いた。それでも彼は過去を否定することなく夢を夢のままにせず歩みだしたし、親友たちは今でも存在をたくさん生かしてくれるのに、今も昔も変わらず己を武器にするところ本当に拡輝でヒロキだね〜。舞台の上で、今も踊る姿を演じる姿を大きな笑顔をみつけられること、希望でしかないよ。
他ユニットと肩を並べたこのステージで、魅せようと一体に燃え盛るTravis Japanは7人でも最高に情熱的だった。唯一オリ曲を持っていないのが切なくて虚しくてたまらなかったけれど、「本物のアーティスト」になるべく温存された玉虫衣装を纏ってソークレ・スパノバを踊る彼らのため心臓は動いたし、『山の手線外回り』を選曲して、大阪では2番の「御堂筋線」を歌う姿はなんの誇張もなく天才的で愛くるしかった。
Love-tuneでありTravis Japanである森田美勇人は、キレッキレのNaFで世界観に引き込んだと思ったら、マスピではセンターをぶっちぎって腰を回すし、パリマニで花道を闊歩してCha-Cha-Chaで低音ラップする人一倍な出演に膝から崩れ落ちてしまう。そんなふうにTravis Japanへの信奉と美勇人くんへの好きが目の前に打ち寄せる。ついつい神経質になる私を宥めるかのように、トラジャのジャケットのうえにらぶのジャケットを羽織ったり、らぶのジャケットのうえにトラジャのそれを羽織ったり、同じくらいの交互にする美勇人くんはとてもやさしくて。横アリラスト開演前、早売りとして流れてきた「どちらも100%」「最後の一人になってもTravis Japan」の言葉と、そう言ってくれた事実、今となっては真偽は分からないけれど、心のやらかいところお陰で君に染まっていて、ただ単純に嬉しくて愛しくて天日干ししたお布団みたいにあったかかった。
「ジャニーズJr.なのに」と卑下せず、「ジャニーズJr.だから」努力を選んだ。ベースもラップもダンスも、誰よりカッコいい美勇人くん。両グループのまんなかを歩いては、どちらでも0番になれた美勇人くん。ほんとうに最後まで、どちらも100%だった、美勇人くん。衣装を変える度、曲が変わる度、変身する美勇人くんは、ほんとうのみんなのスーパーヒーローで、仮面ライダーだった。ジャニーズ銀座では、森田美勇人(Love-tune)と森田美勇人(Travis Japan)のフォトセットが別々に発売されたこと。グレちゃってたくせに、「もりたさんきょうだいでまわしてる」なんてひらがなで言うこと。出演公演数を知っても、昔の方が、なんて何食わない顔をすること。トラジャを引っ張って、らぶを底上げして、全部を抱きながらアイドルで居てくれて、本当にほんとうに凄い美勇人くん。トラジャが冬の帝劇に呼ばれたこと、ついにオリジナルの衣装やオリジナルの曲をもらったこと。多分、あと寸前のところで、影に覆われてしまわなかったのは、舞台班だったはずが、毎週の少クラにコンサートに、やっとおんなじ土俵に立てたのは、美勇人くんが、Love-tuneでTravis Japanでいてくれたおかげなのかな、と。そういう、守り抜き方をしてくれたんだ、と思いたくて。美化しすぎだと怒られてしまいそうだけど、もう大丈夫なところまで、守ってくれたんだ、と思えて。
あの夏、つまりはキントレトラジャ単独公演。美勇人くんのために悪戯っ子みたいに踊った弟組、美勇人くんのために揺れる最後の“白”、涙を包み隠すような如恵留くんの『時を刻もう』。雨が降り続けた六本木で、“今さら「なんで?」ってなんて言わないよ”なんて、まさになしめちゃんの『雨』。「最後はこれしかないだろー!」なSupernova。“明日になれば全てが嘘だとしても i wanna rock your world” 。泣いちゃった宮近くんと、「そのままでいてくれーー!」なうみちゃん。あんなに泣きじゃくったのは最初で最後の夜だったし、すべてのエネルギーが注がれた救世主は、それでも逞しく踊り続けるから、強くて儚くてそして美しかった。「お仕事がんばって!」と笑っていうアイドルないつも通りすぎる美勇人くんは6人へ拍手をしたし、体力の限界まで踊りきるTravis Japanはただ格好よくて前しか向いていない、宇宙で一番熱いグループだった。6人の『夢のハリウッド』をお披露目したのに「オリジナル曲」と言わず、命の限り7人だったジャニーズJr.アイドル・森田美勇人くんとTravis Japanと“あの夏”、がずるすぎるくらいに愛しくて愛しくて大大だーいすきなんだ!『夢のハリウッド』は間違いなく、7人のTravis Japanが掴み取った曲だったし、今も7人のための曲だね。
翌日からの、Love-tune・Travis Japan合同公演に当たり前のように森田美勇人(Love-tune/Travis Japan)でいたことが当たり前だけどカッコよすぎて、やり抜いたオーラスのCan do! Can go!でEXシアターを一周する姿は、やっぱりファンのためにしか生きていなかった。帰路にて不意に、「あっちの立場じゃなくてよかった」と聞こえてしまったことが悲しくて、そしてひどく羨ましかった。嫌いになれればどんなに楽か、なんて思ってしまうけれど、みゅうとくんは最後の最後まで一途に筋を通し続けちゃうから、誰よりファンのためのそんな生き方だから、嫌いになれるわけなんてないよ〜〜。
立ち会うことになった『Love-tune Live 2017』、後ろのカッコの中身が減ってしまってもキラキラに輝いて「好きなんだよ」「泣かないで」と恋させてくれる罪なアイドル・森田美勇人くんが、たしかに泣けるくらい好きだった。デザインしたネイビーとホワイトのTシャツを、半分ずつに繋いで着こなすみゅうとくんは、誰のことも置いていかない100%アイドルでさー!
Love-tuneは、完璧すぎるからずるい。熱を呼応させる高い求心力も、まんなかで指揮する最小最年長を含め、もはや二次元的バランスな個性も、魂から魂へ奏でる音色も。なのに努力できる才能、幸せを作る力と信念と、思わず恋する運命共同体な笑顔。バンドだけじゃないダンスだけじゃない、7人じゃなきゃLove-tuneじゃないLove-tuneに、ときめかないわけがないし、勝ち負けではないと言いながら私自身が完敗だった。出会う順番やこんな欠点のなさにも理由をつけて、「私なんか応援しなくたって完成されているじゃん」と卑屈になったり、当たり前ながら当たり前に「ファン」する方に引け目を感じて縮こまったり、羨んでしまう自分がどうしても存在してしまったけど、そんなどうしようもない気持ちも、好きを表す賞賛のひとつにしていいのかな、なんて。
そんな頂点で、アクセントになればとなにより踊って奏でる素晴らしいみゅうとくんは、お茶目に熱い愛を沸かすし、使命を果たしてくれたみゅうとくんによって、どこかで「言ってはいけないこと」と決め込んでいた無意識は解放され、言っていい言葉になった。「Love-tuneが好き」を、わたしも言うことができる!Travis Japanで魅せる美しい美勇人くんも、Love-tuneで魂をぶつける勇ましい美勇人くんも、ほんとうのほんとうは、ちゃんと大好きだった。それ以上にも歴史のある人だけど、語らずにも区切りをつけて、今をありったけ生きてくれている今の美勇人くんを、「好き」だと言っていたい。
Love-tune Liveから約一週間後の『ABC座 ジャニーズ伝説2017』。日生劇場客席には、みゅうとくんが見学にいた。ステージにいるTravis Japanは5人になっていた。アグレッシブなダンスとお顔を一目見れば、“気になる存在”になってしまう最年少。笑いをとりにいく姿勢も、軽快にMCを回すキーマンだったのも、突然いなくなったのも、こっちが「オマエのそーいうとこ嫌い」だもう!!!(大嘘)夢ハリの増えたパートを自分のものにする宮近くんやうみちゃん、Travis Japanのまっすぐな瞳を見ては、涙が溢れてしまうばかりだったけど、“5人でも大丈夫”なことを高らかに宣言するように、透明な空気を纏いピカピカと輝きを魅せるそこはまさにハリウッドだった。見せ場のアドリブ、ここぞとばかりなのえしめを呼んでひっちゃかめっちゃかするうみちゃんはよくぞやってくれただし、ショータイムで完璧に美勇人くんへ指差しウィンク・指の隙間から時を超え5starsする宮近くんは客席一番後ろへ目配せをして、楽しそうに嬉しそうにこれでもかと“Dance for you”するTravis Japanがたまらなく愛おしかった。
命が減っても不死鳥のように生き続け、魂を磨き上げるTravis Japanは、真っ先に火を灯したい至高のエンターティナーだ。悔しい悲しい切ないでドロドロになってしまうのに、一瞬でその汗と笑顔に魅了されてしまうから、嬉しくて楽しくて最高の「生きる」をもらってしまう。わんぱくどろんこはちゃめちゃなのに、パフォーマンスとなるとキリッとお澄ましをして曲の世界へ誘う青年たち。どうしようもなく愛おしくなるし、彼らのパフォーマンスになにより心が揺れ動いて、ドクドクと血は巡り、体温が何度だって上がる。誰もわるくなくってどうしようもできなくって、それでもちゃんと、彼らは幸せを描いていた。
「報われてほしい」と言われることも少なくないけれど、過去もずっと今もずっと、“誰も歩いたことない道を歩く”Travis Japanは、出会った私はしあわせだったんだよ〜。Love-tuneの美勇人くんを、100%好きだと言い切れない自分が負い目のままだったけど、美勇人くんを好きなTravis Japanを、Travis Japanを好きな美勇人くんを、まだずっと、好きでいいんだ、と幸せの渦に巻き込まれているようで。
そうして美勇人くんの誕生日に更新されたジャニーズWebボイスは、数ヶ月前に私もリクエストした、ちゃんとTravis Japanだった証をプレゼントしてくれたみたいなあの一言だった。
それからというもの、季節はすぐにめぐり巡ってしまうけれど、思えばしあわせなことしかなかった。何かが幕を開ける始まりの度、いつかまた、戻ってくれるんじゃないか…また誰かを失ってしまうんじゃないか…と淡い期待や不安を抱いてしまうはずが、Travis Japanは、一生一緒の最強シンメを迎えて7人になった。大事な記憶や脆さに蓋をしながら、ファンに確認をしながら、颯爽と次のステージにいるらしい。もう彼の戻れる場所はなくて、探すのはやめようと誓った晩秋。自分の場所は自分でつかみ取れ、帝国劇場でTravis Payneの構成・振付を高らかに踊りつづけた新春。Endless SHOCKカンパニーの一員、豹変したように踊るこの2人がメンバーだなんて恐ろしい程だとまるで裏切られた立春。横アリのドリームステージ、「オレたちの第2幕」。7人の新生Travis Japanの汗と笑顔しあわせの鐘に涙・始まり始まりの春。初めての7人でのツアー、双眼鏡の中でISNを踊る宮近くんがやっぱり宝石みたい、電光石火3年前を思い出した初夏。
今までのわたしは結局自分のしあわせしか考えていなかったけれど、ジャニーズJr.祭り2018を通して、ちょっとはみゅうとくんのしあわせを考えられる大人になったんじゃないかなぁ。みゅうとくんを抱きしめ迎えてくれるLove-tuneがいることが嬉しくて嬉しくて、マジパネェ謙太郎さんがとなりにいるなんてめちゃくちゃ心強くて。見学席へみゅーと!みゅーと!とピーチクパーチクするトラジャは変わらずでなんだか懐かしくなって、YouTubeに連載にセルフィーに…。彼らにとっても私にとっても“初めて”を大事に育むれっきとしたグループなトラジャがもうとびきりな非日常を運んでくれているし、代わり映えしない毎日から救ってくれるのはLove-tuneなんだよ。長い長い春休みだけど、わたしがTravis Japanを好きなこと、Love-tuneを好きでいられること、みゅうとくんがアイドルを生きた最高の証で、大事なギフトだって思います。
こうも好きだと、1週間後には誰かトラジャの担当となる可能性が大いにあってしまうけれど・・(笑)今度は私が信じる番、天下無敵な最強スーパーアイドル美勇人くんがステージで輝ける日、心の底から願って信じて待ってます!!!ダンスもバンドも中途半端でいたくないという美勇人くん、どうかたくさんの努力と才能、大輪の笑顔を咲かすことができますように。平成最後のこの夏、Travis Japanが世界で一番熱く平和に夢へと駆け抜けられますように。諸君と最高で最強なドキドキわくわくを今年、これでもかと両手に抱えられたらなあと思うよ。
Travis Japanだった9人も、8人も、7人も、6人も、5人も。そして、Travis Japanが、森田美勇人くんが、大大大好きだ!世界中の愛を届けられるように、踊りつづけるDancerでね。上書きするわけではないけれど、長かった“あの夏”をついに終えれる気がしている。今年は、どんな夏がどんな君たちが待っているんだろう。絶対に絶対、楽しもう!ね〜〜!(賛成〜〜!)
そういうわけで、何年振りか覚えていないくらい久し振りに、名探偵コナンを観るために劇場へ足を運んだ。
目下100億の男(になる予定)と噂される某イケメン、安室氏を観るために。
自分にとってのコナンは子どもの頃のお楽しみアニメで、「ヴァルシェーブニックカンツァーベカ」の格好よさにしびれてビデオテープが擦りきれるまで観た覚えがあるのだけれど、大人になるにつれていつの間にか観なくなった。
まじっく快斗君とベルモットさんは知っているけれど、赤井さんと世良さんと安室さんは火傷のクールガイとボクっ娘かわいいとハムサンド飯テロイケメンで合ってる?みたいなレベル。
だがしかしミーハーなので、サンデー即完売からの無料公開なり降谷ハンコなり、猫も杓子も安室降谷バーボン大人気70億超えマ!?な現状が気になり、「ちょっと安室の女になってくるか」的な軽いノリで乗り込んだ。
いやあこれは新たなる萌えの予感ですな、存分にトリプルフェイス沼に落としていただこうじゃないですかウェヒヒと、仕事を定時で切り上げていそいそと乗り込んだ。
…のだが、私は安室の女になれなかった。
がっつりハマる気で、いい歳こいて「きゃー安室さーん」と目をハートマークにして帰ってくる気でいたのだが、そうはならなかった。
彼が素晴らしく魅力的だというのはよく理解できた。
イケメンで仕事が出来て、まやかしではない真の優しさで使命を全うし、心身ともに強く気高く、紳士で大胆でお茶目。彼をきちんと表現できるだけの語彙がないことが悔やまれるが、とにかく格好いい。
それでいて、安室さんはいい意味で「主役」ではなく「ゲスト」だった。主役はあくまで名探偵コナンだった。申し分ない相棒で、見せ場もたっぷりあったしダブル主人公と言っても語弊はなかったくらいだが、決してコナン君を「喰う」ことはなく言葉でも行動でも立てていた。彼は作品を輝かせるピースの一つであり、それ以上でも以下でもなかった。
で、ストーリーが面白かったのは勿論、どのキャラの魅力も存分に描かれていた。
毛利のおっちゃんはダシにされたわけだけれどあれも「らしい」というか美味しいというか、後半には頼りになるところも見られて英理さんとのラブ要素からのお約束オチも見られて良かったし、
少年探偵団の子どもらしい無邪気さとガチで重要な活躍、哀ちゃんの頭脳派サポートにお母さん的な面倒見の良さ、博士の発明が鍵になって、新一君と蘭ちゃんのきゅんきゅん要素あり最高な毛利一家あり、
風見さんがいたから物語が絶妙に回り、境子先生の丁寧に散りばめられた伏線とラストシーンのインパクト、あの人とあの人の血よりも濃い切なくも熱いドラマ、
手に汗握るド派手なアクションとRX-7はぎせいになったのだ、いや、一つ一つの演出がとにかくハラハラドキドキで、
安室の女になるとかそういうレベルじゃななく、気付いたら『名探偵コナン』の女になっていた。
もし、私が若くて可愛い女の子だったら夢女子になっていたり、想像と創造に長けていたら腐女子になっていたかもしれないけれど。とりあえず今ちょっと、かなり、切実にまず原作不足の女なので、とにかくコナン全巻買ってくる。
(VTuberの先駆者でありYouTubeの枠を超えて多方面で精力的な活動を続けて世界にその名を轟かせつつある自称インテリジェントなスーパーAIその名も“Kizuna )AI(”と、中国のエリート技術オタクが集いし企業miHoYoが贈るスマホゲーム最先端の美麗3Dグラフィックで描かれる美少女アクションゲーム崩壊3rdに登場する戦艦ハイペリオン号のメインAIであり美少女型の容姿をもち新人艦長を甲斐甲斐しく世話してくれる堀江由衣ボイスのお茶目な天才AIアイドルである“)AI(ちゃん”、という未来のポップカルチャーと世界の命運を握るオーパーツ級の存在感を放つ二名のスーパーハッカーのことを合わせて呼ぶ語)である。
講談社のコミックDAYSというアプリで毎週火曜日にアスペルカノジョが連載されると知ってからすごく楽しみにしていた。
原作がとても好きで、更新されるたびに何度も読んだ。更新されなくても何度も読んだ。賛否両論の内容だと思う。でも私は毎回続きを楽しみにしていたし今だってずっと楽しみにしている。
ついさっき日付が変わって第1話を読んだ。斎藤さんがかわいかった。とてもかわいくて、絵が綺麗で、でもセリフは原作のままの「アスペルカノジョ」で、感動した。とても感動した。斎藤さんがかわいすぎる気がするとか美人すぎる気がするとかそういうのはいい。とにかくこれをもう一度読めるって、それだけで私は感動した。
でも待って。ツイッターでね。
公式アカウント「〜彼女は、ちょっと奇妙で、なんだか愛おしい。」
待って待って待って待って。え、斎藤さんて「ちょっと奇妙」「ちょっと変わった」人間なの? そんな言葉に押し込んでしまっていいの? そんな、そんな「お茶目でかわいい女の子」みたいな枠に斎藤さんを入れてしまうような紹介をするの? アスペルカノジョ読んだんだよね? 読んだんですよね? 読んで、その上で斎藤さんのことを「ちょっと奇妙」「ちょっと変わった」って言ってるの? 嘘でしょ。そんな、斎藤さんに対する認識がそんななの? 違うよね?
自分でも何を言いたいのかよく分からない。でも斎藤さんは決して「ちょっと変わった」かわいい女の子なんかじゃないって、そう思うんです。漫画自体はとてもよかった。毎週の更新を楽しみにしてるし、いつか単行本が出るなら絶対に買う。だけど、だけど、斎藤さんが「ちょっと変わった」かわいい女の子みたいに紹介されているのを見て少し悲しくなった。どうして悲しいのかよく分からない。そう思ったっていうのを吐き出したかっただけでした。
あるコミュニティで「いい人」「優しい」と多くの人に思われている人気者がいる。その分野の情報に詳しくて、丁寧で親しみやすい語り口とたまに見せるお茶目な一面で男性のみならず、女性のファンも多い。
でも、わたしは知っている。
その人がそのコミュニティのいろんな人の悪口を言っていることを。
曰く、枯れたババア。
曰く、あいつは鼻に付く。
曰く、あの人は気持ち悪い。
共通の知人の中で彼の悪口の対象になっていない人の方が少ないくらいだ。枚挙に暇がない。
いい人だと思っているイメージをわざわざ壊すような品性下劣な真似をしても誰も幸せにはなれないし、そんな真似はしたくない。
でもいい人の顔で今日もバカ舌の、気持ち悪い、時間の無駄の仲間たちとSNSで話しているのを見るたびにモヤモヤしてしまう。
雑談の巧拙が如実にあらわれてるいい例。
前者の人は、その質問を振られた時点で、穏やかでない雰囲気に会話が転がってしまう危険性を無意識に察知して、
決してまじめに深堀りして考察しようとせず、でもいい加減すぎない程度にそれっぽい返答をお茶目に返すわけだ。
「~じゃないカナ!なーんてね」みたいなほんわか感でね。
だから、そのときの話の流れでは「異世界モノが多い」ということを暗に肯定しているような発言になっているけど、
実際はそうでもなくて、質問者が「多い」という印象であるなら自分も「多い」という側に立って意見を考えてみてあげているだけ。
実際のところの立場としては(どうかな)という中立寄り、もっと言えば(どうでもいいよ)って感じなわけよ、悪く言えば。
だから、あとからデータで「そんな事ない」と突きつけられたとしても
「そうなんだ!やっぱりアニメファンも色んな嗜好があって、作り手もしっかりそれに応えてたわけだね~、ブーム一辺倒にはならないわけだ、すごいね」
みたいな感じで、いずれにしても仮定や現状について肯定的に受け止めて楽しい会話を繋げていこうとするわけだ。
逆に、後者の人はいきなり喧嘩腰で横柄な言葉遣いをして、雰囲気を壊しにかかっている。
そうやって、議論にもならないような主観同士の水掛け論を始めようとして、そんな会話に意義があると思っているわけだ。
質問の時点ではまだ「純粋に疑問なんだけど」くらいのノリと取れるから、その反応では相手は面食らう確率が高い。
質問者がもっと皮肉を込めた感じの聞き方をしていたなら、後者の反応でも良かったかもしれない。同レベルのカンガルー同士でパンチ合戦を楽しめた可能性はある。
そういうマウントコミュニケーションを好むもの同士ではなくて、マジメに口頭で議論めいたことがしたいのなら(そういうコミュニケーション自体を普通の人は避けるものだが)、
○朝食:ご飯、納豆(二つ)
○間食:パナップ
○調子
はややー。
大逆転裁判2をクリアする日! と決めて、とにかくゲームをしてた。
●3DS
○ポケとる
○大逆転裁判2
クリア。
すごい面白かった。
逆転シリーズとしても、アドベンチャーゲームとしても、オールタイムベストを競えるほど面白かった。
もちろん、一番面白かったのは、物語の面白さであり、その「逆転」の構図なんだけど、
ミステリは議論である、がモットーなので、議論を徹底してくれると評価したくなります。
「いや、俺はそれを承知の上でお前が見破るのを待っていたのだよ」みたいな後出し的な議論が多くて、
だけど、今回の大2はかなりしっかりしていて、読んでていて楽しかった。
僕の中での議論のそれらしさは、作中の中でそう評価されるか否か、みたいな部分がかなり大きくて、
作品を読んでいる読者の視点でそれらしいか否かはあまり関係ないと思っているあたりも、
大2も100点ではないんだけれど、歴代逆転シリーズと比べるとかなり進歩してていい感じ。
「ゲームはボタンを押すだけでも気持ちいいから、そこにどう肉をつけるのか」
アドベンチャーゲームは、本当にボタンを押すのが大半の時間を締めるから、
このボタンを押すだけで気持ちよくなれるレスポンスの良さが必要だと思っている。
(自分の中の100点は428かなあ、この点は明確に街を超えていると思う)
で、もうそれをとにかくイライラさせるのが、4辺りから目立ち出すモーションがうっとおしい証人。
大2でいうと、首をああするあの人とか。
この点があるから100点にはならないんだけど、それでも触っていて気持ちいい!! となるのが、
逆転シリーズおなじみの
BGMが無音になって、
逆転の証拠品を選んでつきつけて、
っていうあれ。
楽しくない部分を、ここで大きく補えるぐらい気持ちい。
もちろん、これはおなじみの要素なんだけど、今作はとにかくここを気持ちよくさせようと気を配ってた印象。
なんていうか、この展開の後、それが最後じゃなかったら、また何か問題が起こって悩まないといけないんだけど、
今作はここでつきつけたことはそれなりに肯定されるんだよね。
完全否定にならないから、議論が進んでいる感じがするし、なにより検事や証人がやたら褒め上手なのが、ここの気持ちよさの理由の一つかも。
・伏線の徹底具合
大1から、大2まで、捨てエピソードがかなり少なく、どれもオーラスの大2の5話に集約する感じは、
今までにない面白さだった。
だからって、あの大1を褒めることはないし、大1からプレイしよう! ともあまり言いたくないけど、
・キャラの可愛さ
ローザイクさんが可愛すぎる。
(妙齢を20代後半〜30代前半という意味合いで使ったけど、日本語間違ってる気がしてきたけど、ググらない鈍感力)
なんか長々と書いたけど、
とにかく楽しかった。
アドベンチャーゲーム熱が高まったので、何かプレイしようかなあ。
先生は一回り以上年の離れた、けれどそんなことは感じさせない、お茶目で可愛らしくて、取っつきやすくて優しくて、それでいてどこか陰のある女性でした。
いわゆる百合やBLにも触れてきたオタクなわたしは、だからそういう、同性への恋心に対する嫌悪感のようなものはありませんでしたが、戸惑いもあまりなかったのですが、苦しみはありました。
世間の「当たり前」から大きく外れることが、存外、孤独で辛かったのです。
相手が先生というのもまた、その恋の認められなさに拍車をかけ、わたしの心を暗く染めていきました。
授業などで会えるうちは、むしろ好条件でもあったのですが、学年が変わり、担当教員が変わってしまうと、必然的に会う機会はほぼ消滅し、相手の迷惑も顧みずに会いに行くことなど出来ないわたしは、せいぜい廊下や駅前で偶然すれ違うことを願って、行動パターンに多少の工夫を加えるくらいで、あとはただ、行き場のない思いを抱えながら、一人鬱々とするばかりの日々を送っていました。
暗い青春でした。
三年生になり、今の恋とこれからの人生と、そして大学受験までが心にのしかかり始めた頃には、正直何度も死にたいと思っていました。それでもそれを実行に移さなかったのには、いくつも理由があったのでしょうが、そこに先生の存在があったことは間違いありません。
オタクなわたしは受験中も、なんだかんだでアニメを見ていました。
その中で出会った『美男高校地球防衛部LOVE!』は、随所にBL的要素を含むギャグ作品で、疲弊しきった精神も手伝ってか、あっという間にどっぷりとのめり込みました。
のちに特に好きな話数となった八話の録画を、朝に見た日の昼に第一志望の合格発表があったのですが、無事合格したことよりも、八話の内容のほうに興奮していた一日だったことは、今でもよく覚えています。
受験に追われる日々にも、受験を終えた空虚な日々にも、迫りくる卒業に怯える日々にも、防衛部を見ていました。進路は決まってもまだ、先生への想いという問題を抱えていたわたしにとって、防衛部は恰好の逃げ場所でした。
ギャグアニメとして面白かったという点のほかに、作中における「愛」の描かれ方に、知らぬ間に精神を救われていた点が作品にはまった理由なのだろうと、後になって思いました。
タイトルにも「LOVE!」とあり、メインの五人は「愛の王位継承者・バトルラヴァーズ」として変身ヒロインまがいの格好で敵と戦い、そして物語の主軸にはキャラクター(男)からキャラクター(男)への特別な思いが関わっていて、その特別な思いのことを、作品のすべての楽曲の詞を手掛けた作詞家の方が二期の放映中にブログで「恋」と表現されていたので、それは恋だというのが公式見解と言っても過言ではないのですが、その「恋」が、この作品では良くも悪くも特別視されていなかったのです。ただの一つの愛の形であって、それ以上でもそれ以下でもなかったのです。
同性同士だからといって貶めることもなく、かといって無闇に美化したり祭り上げることもないその姿勢が、まさにその同性同士の恋の渦中にあった自分を受け入れてくれているようで、その心地良さにきっと、当時のわたしは救われていました。
そして今でも救われているのでしょう。
先生への恋は当然成就していません。卒業の日に勇気を出して手紙を渡したわたしは、その後幸福なことに返事を貰い、振られ、そしてまたその辛さを掻き消すように、防衛部に深くはまっていきました。
あの頃防衛部に出会っていなかったら、と考えると恐ろしくなります。自分で自分を肯定することの出来ないまま過ごして、卒業して、そして特にのめり込めるものもなくただ漠然とした悲しみや苦しみを抱きながら春休みを経て大学生になって、キャンパスライフを過ごして。……過ごせていたでしょうか。それすらも不確かです――というのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも今、大学二年生の春休みを過ごしている今、ここまで日々が充実してはいなかっただろうというのは、それなりの確信を持って言うことが出来ます。
ファンがそれぞれ思い思いの言葉で作品を人に推そうと努めるそんなジャンルですが、わたしはこんな言葉で、それが刺さるかもしれない誰かに向けてこの作品を推したいです。
様々な愛の形を温かく描いている、美男高校地球防衛部LOVE!と、その続編の美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!を是非見てください。
今月13日と14日にはニコ生で一挙放送があります。18日には両国国技館でイベントがあり、チケットは各プレイガイドにて一般販売中です。
ニコニコアニメスペシャル「美男高校地球防衛部LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292218619
ニコニコアニメスペシャル「美男高校地球防衛部LOVE! LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292217383
美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!ALL STAR!チケット
・ぴあ http://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b1755041
・ローソン http://l-tike.com/search/?lcd=73256
・e+ http://eplus.jp/sys/main.jsp?prm=U=14:P1=0402:P2=218276:P5=0001:P6=001
ファブリーズの件もそうだが、今の日本は「超潔癖主義」に蝕まれすぎではないかと思う。くさやが臭いのは誰がどう考えても事実なので、地元はこのCMに便乗するくらいでいいと思う。
何かにつけて「地域差別ガー」というバカにはあきれてしまうが、つまるところ地域の抱える不都合な事実を外部が指摘することを拒絶するけつの穴が小さい子供である。それこそ、彼らの好きな言葉を借りれば「言論弾圧愛好家」ではないか。文化や社会には二面性がある。
私が生まれて間もない頃の話だが、1980年代~1990年代の鉄道文化が洗練されていたという話題がSNSや掲示板で流行している。はっきり言って、不良が巣を作りそうな文化がそこにあったわけだが、それでも鉄道ファンは誇らしく思う。「鉄道王国」も日本文化だと自尊心を持っているはずだ。
本来文化・社会性とはそういうものではないか。2000年代の新自由主義旋風だって文化や科学技術などの高度化の裏に犯罪の高度化や富裕層人口のインフレの問題もあった。2010年代も1960年代の再来のようなのムードの裏に貧困問題があった。オートバイブームの裏にはシビアな封建もあった。
オタクが今日社会全般で受け入れられているという。あれといえば、昭和の負の遺産にもかかわらず迷惑者が誰も輩出しなかったことを「世界に誇る日陰者」と自画自賛する書き込みが拡散されたことが多くの人に衝撃を与えたものだった。案の定、オタク自身の努力で出世が実現するとスゴイ発言まみれになった。
冷静に考えてほしいのだが、同じ大衆の同胞であるべき人達がそれと村八分にされる時点で、そもそもすごくなんてないのである。そもそもオタクとは昭和時代の学歴社会化実験の失敗に伴いヤンキーと共に発生した負の遺産である。本来ここで必要な発想は、負の歴史として再発防止策を考えることであり、恥かしく思うべきことである。
仮にもしオタクがすごかったとしてもそれは個人個人がすごいのであってオタクはすごくないのである。社会が立派だったとしても、それは日本人の寛容性のことである。もしあなたが大衆の一員であれば、さほど無関係ではないか。
私は「オタクスゴイ」とそっくりな問題を抱えているのが「マイルドヤンキー」ではないかと思っている。地方のリア充の話題が出ると、なぜか不良とこじつけた話題が出てくる。不良とは縁のない人でもヤンキーのように扱われる、あの変な社会の空気である。
当たり前だが、リア充すべてが悪人なわけではない。大体ヤンキーの本来の意味は実は汚い。もともとはアメリカ人の白人を罵る言葉として生まれたものだ。ジャップと同じ意味合いでアメリカ人が「ヤ○○」の言葉を使うものとしてとらえてほしい。
マイルドヤンキーに代わる言葉はあるだろ。とんでもなくダサそうな文化を謳歌しているのは一握りの地方民のうちの一部とか、不良経験者だけではないかと思う。あのグダポンの撒き散らす固定概念への批判としてもいうが、私は地方を何度も見てきたが、北関東でもマイルドヤンキーなんて一握りの数しかいなかったよ。
そもそもマイルドヤンキーの言葉の根底に都会人による地方人への偏見がある。車好きを例に挙げるまでもなく、外国には日本人が思い浮かべる都市部の人間は殆どいない。むしろマイルドヤンキーの特徴として挙げられる、「買い物先でショッピングセンターに依存している」人は日本を出れば都市部ですら腐るほどいる。国土全体で鉄道依存社会が成り立つ国は、日本を除けば、オランダみたいな地形に恵まれる地域やシンガポールのような都市国家以外にない。
私はこの潔癖の究極が「子供」至上主義だと思う。日本人はみな車嫌いで鉄道好きというおかしな風潮も、子供のために嗜好を装う仕草だという。必死すぎる。大人な人は、それが普通ならしょうがないと受け入れるべきではないか。一番ひどいのは私鉄だ。
子供は日本人の美徳だと、道徳的な人を表す言葉として普及しているが、これはあの押しつけがましい「道徳」と同じうさん臭さを感じて、私は不気味に思っていることである。子供って要は非現実的理想の追求であり、病気だ。
そもそも日本の私鉄社会の根源は鉄道の公有化の失敗だとか戦争の連続による財政難だとか、歴史上におけるネガティブなものの副産物である。今でも「幼稚」とかいう。それはつまり堂々とした対等な存在としてリスペクトするものではなく、結局これは子供なる年齢を使った言葉で「恵まれない現実にある人達」を見下している、前時代的な、差別を連想する表現である。
欧米圏を見ればわかるように、鉄道は弱者というか、つまりよそ者、あるいは貧乏人や弱者のためにある公共施設であって、所得関係なしに使うことをよしとする、ましてや商売の道具としてみなす日本はおかしいのである。
一昔前ですら日本ではここまで「子供」はうるさくなかった。子供は大人らしい事由で成熟した男女を目指した途上段階であり、気づけば加齢で大人になっていた、あるいは10代ですでに見た目も中身も大人同然という人もごろごろいて、それがわずか15年ほど昔までの常識だった。
あるいは「リア充な美しい大人は好きですか」というように、青年性を脱した兄や姉であるべきだった。正しさではなく「美しさ」が評価された。この美しさという言葉自体清潔を意味するもので今の異常な潔癖主義に通じたのも、もちろん事実ではあるけどね。
特定の環境を聖域化し、あるいは特定の人を「聖人」化してみなし、それを潔癖性を極めた発想とともに崇拝し、潔癖と反する不都合な事実を見て見ぬふりをしたり、あるいは無理してでも隠蔽させようとしたり、それを指摘する存在を許さない、あの感覚。グダポンの言葉を借りればこれは畳精神である。
昔の高校を題材にした作品から黒髪すっぴんさんの描写を削減し、わざとそうでない人を代わりに差し替える。これも聖域を作る発想に由来することではないかと思っている。
その点、例えば私が韓国の学生をみて感動をしたのは、日本において学生というと黒髪が少ないイメージなのかもしれないが、実際には黒髪のおりこうさんが多くいたこと、そういう風潮がそこかしこにあったため、他人に緊張することがなかったからである。
バスの停留所で会話したローカルの若い女性は、なんかお茶目で、自分の生活圏にやってきた外国人を楽しませようというホスピタリティがあって、ものすごく魅力的だったが、やっぱり大人でオタクで、至上主義のない国のほうがよほど大人も魅力的だなと感じたのだった。
これは地方にも言える。マイルドヤンキーの連中なんてありゃ「普通のリア充か重度なオタク」だ。オタク?ってくらい偏執的で、大衆らしさに欠けている。いわゆる元ヤンさえ良くも悪くもリア充らしさがない(事実、彼らが外国に行くとサブカルオタク扱いになる)広い意味での問題なのだ。
日本に出てくるテレビのタレントには個性らしさがない。オタクがいない(例外はあるが)。根っこからのおりこうさんであることを売りにした俳優・声優がいないし、変わった趣味を売りにする者もいない。誰もがそうなるありのままもないし個人差もない。
これは、日本人の一定割合。どちらかといえば韓流ファン経験のある人たちで、同じくマイルドヤンキーか学がありそれなりに品格のあるような人が、ものの感じ方の成熟が遅れたことにあるんじゃないか、と私は思っている。子ども時代や貧乏なときは誰もが感性が幼稚で極端な理想を抱くものだ。
しかし、大人になり、10代になり、豊かになれば、あらゆる体験を通して現実を知るというか、様々な存在を知って、自分自身の肉体と考えの成長もあって、そういう非現実な理想を一度捨てることになると思う。代表が大学生における運転免許取得ラッシュだ。「免許取得者は学のない人のほうが多い」とか「都会人は一生免許と無縁」の虚構に気づく。
私達ネット原住民的には中二病とか高二病とも揶揄される、つまり冷笑主義にも陥るのだが、その現実・実在、不都合性を含めた事実の中にある魅力に気づき、そこから新しい夢を見出だしたりするのが、普通の諸外国ならハイティーンか遅くても20代で経験する段階で、日本人もかつてはそうだったのではないか。
そういうわけで、高学歴だろうと、立派な社会的地位にいようが、年齢が中高年だろうと、マイルドヤンキーと変わらないような潔癖主義の理想を振りかざして現実を拒絶したり自由な創造表現のユーモアを叩くあの感じは非常に納得がいかない。幼稚な人が多すぎる日本の現実がほんとつらいです。
(韓国などの例外を除く)外国のコンテンツは、優れた表現ほど徹底的に不都合な現実・事実に向き合っている。だが、それをただそのまま描いたり、不穏に誇張するだけではなく、そこから楽しさや夢を見出だそうとする傾向があると思う。その際にはお堅い因習を破ることになる。
だがその独創性の第一段階にある「お堅い因習を破ること」を全力否定するのがグダポンのいう「畳精神」であり、右派や私の言う「コリアニズム(文化的右傾化)」である。つまりどんな理不尽でもそれがしきたりで、その空間では聖域性を守るために自分が屈しなきゃいけないし、適応しない他者は咎めなきゃいけないという枷を兼ねた同調圧力も発生する。韓流ブームにものすごく親しんだ人ほど危ない。
ティーンエージャーになる前の現実離れした理想主義(と、それを理想を向けられた側がそのまま受けとめなければいけないということ)に畳精神やコリアニズムはとても相性がいいのである。新しい幼稚な感覚と、古い老いた因習をコラボさせると、アニメや漫画か特撮ドラマかビデオゲームまがいな、子供だヤンキーだという狂うジャパンがあふれるのである。
私が現代の日本はともかくとして一昔の韓流・華流コンテンツを敬遠したのは、アメリカのコンテンツとは違い、理想主義を極めたあのディズニーでさえ、そのテーマパークや映画などに「不都合な現実を受け入れた上でのイマジネーション」がないからだ。理不尽なものを批判的に描くこともなく、拒絶せずにそれを受け止めることすらしない。現実逃避ありきなのだ。
私の記憶する限り韓国や中国のテレビドラマやアニメには、日本人がネガティブ過ぎるとして驚いた自転車乗りの姿が描写されていない。1990年代や2000年代(2010年代)に日本型の暴走族が話題になったが、それを風刺するような作品は出てこない。当たり前だが韓国人や中国人のオタクを風刺するような作品もない(日本ですらオタク風刺作品はあるが)
そういう子どもたちはこうしたコンテンツの変わりに漫画や小説(ライトノベルを含む)やゲームのいかれた様子を見ることで、それを教訓にすることができるわけである。日本の作品で言えば喧嘩番長や龍が如くに出てくる「不都合な現実を誇張した」不健全で卑猥な日本の風景も、実は意外にも理想や夢とどこか通じるものがあるし、その中にもやはり社会に対するメッセージもある。
そう考えると、欧米程でないにしても自由な創意工夫性は日本においてはなんとか健在であり、その自由表現の娯楽を通して成長につながることもできたりし、その上でまた新しい夢が見れるというのが、本当にすごいと思っていて、韓国や中国にもそういうクリエイティビティを獲得するには、まず日本同様に現実至上主義と畳精神の解体を加速させることが必要なのだ。
これはもうたった一つのシンプルな答えがある。「アピールしないから」。
どんなに不細工な人でも、好意を持った人には素直にアプローチをして、
自分を開示する、さらけ出せる人ならば、必ず好感を持たれるようになる。
自分から話をする、自分語りをする、そういう姿勢をバカにしない。
「私そういうタイプじゃない」とかクールを気取ってはいけない。
容姿で興味を持たれたとしても、何の情報も入ってこない、つながりも作りづらい、
そんな人をどうして好きになれようか。
まず自分を受け入れ許容して愛せるようにならないと、他人など到底愛せるものではない。
愛するってことは長所も短所もまとめて受け入れ、慈しむ姿勢のことだからね。
そうして自分と他人を愛せるようになれて初めて、他人からも好かれるようになる。
ごく一部のカリスマはそういう器が無くても好かれるけれども、例外。
普通は自己開示を重ねる段階を経て、好意を獲得していくもの。恋愛に限らずね。
具体的にどうすればって戦術を言うなら、なにか弱みを見せること。
失態をみせて、いじってもらう。で可愛く反応する。これが一番効果的。
あとは、他にもいじりやすいように、キャラを作って覚えてもらうこと。
たとえば「青大好きな人」みたいな。持ち物やネイルを青くしたり。
「氷属性なんです(笑)」みたいにお茶目を言えたらもっと良い。
そうしたら飲み中に青い綺麗なグラスの写真を撮ってLINEしてくれるかもしれないし、
「暑いですねー、氷のアトラクションがある××に行きませんか」なんてふざけながら言える。
まあちょっと妄想がすぎるけども、距離を縮めるには何かしらの「とっかかり」を用意する必要がある。
その上で、ちゃんと自分からもアピールすること。本当にそれだけでいい。
って思いついた話。
夏コミも無事に終了したため「シン・ゴジラ」を鑑賞してきました。
ゴジラ氏をはじめとする個性の見える怪獣達に親しみを持っていました。
(当時はモスラが可愛くて好きでした)
更に同時期、我が家でフル稼働していたSSソフト「ゴジラ 列島震撼」をプレイしていたことにより、
私の中のゴジラ氏はすっかり愛着のあるキャラクターと化していました。
※「ゴジラ 列島震撼」…SS向けに1995年に発売されたRTSであり、自軍であるGフォースの兵器を用いて都市部に現れる怪獣を殲滅していくゲーム。
ちなみに難易度が糞高い。基本、複数の怪獣が出てくるステージは怪獣を同士討ちさせることに全力を注ぐプレイが必須。
世間では蒲田くんだなんだと呼ばれて人気の第二形態、あれ普通に恐ろしかったからね!
(しかし早くも二次創作にキャラクター化して落とし込まれる様に日本のオタクのたくましさを垣間見ました)
恐竜とも水生生物ともつかない見た目にエラから露出する赤い中身。
そんな得体のしれない生き物が血を流し、更に大きく進化していく。
最終形態を見たときには絶望しかありませんでした。勝ち目ないじゃん!私アイドル辞める!
今回のゴジラ氏は今までよりも身近な、より現実的な脅威として私達の前に立ちはだかったのです。
さておき、私エヴァも好きなんですね、腐女子的な要素を抜きにしてもすごく。
リアルタイムでは見ていなかったんですが、やはりそこは社会現象。
深夜の再放送などで目にする機会が多く、旧劇場版(区別のため、あえてこう表現します)の
TV版放送のときから新劇場版が上映される今の間にネットなどの情報網も発達し、
隠されていたメッセージや設定など、語り尽くされている感こそありますが
それを置いてなお今も人々の心を捉えて離さない作品だと感じています。
私自身漫画を描く人間なんですが、エヴァのカット割りや間のとり方などの作品に流れるリズムは
今でも参考にしています。
今回の「シン・ゴジラ」、ネットでも様々な方が仰っていますが、
シーン一つ一つの割り方やBGM、果てはヤシオリ作戦への流れ方など
ちゃんとゴジラという枠組みなんですけど、庵野監督の作品に落とし込まれている。
見方を変えれば公式の超金のかかった二次創作との解釈もできてしまうんですが、
多くの人を巻き込んだ一流のエンターテインメントであることは間違いありません。
日本映画の到達した「点」を目の当たりにできたことを幸せに思います。
ゴジラとは綾波レイなのではないか、という妄想、もとい仮説です。
無口で感情に乏しいという日本美少女界のテンプレートを不動のものにしたレジェンド。
彼女は劇中で主人公のシンジと触れ合うことで人間らしさを見せ、
かと思えば新旧劇場版では世界をヤバイ状態に落としこむお茶目さんです。
ミクロな部分で語ると旧劇場版の人がLCLへと変わっていく描写が有名でしょうか。
あの刹那の彼女は、人類それぞれの一番想っている相手へと姿を変えました。
そのキャラクターはシンジはじめ劇中の登場人物、そして庵野監督、
果ては我々観客の望みによって変化し、確立されているように感じるのです。
ゴジラは私が生まれる前から恐怖の象徴として、人類に対峙するものとして、
あるいは正義のヒーローとして、そのかたちを様々に変え今も愛され続けています。
その我々の望みを吸って息をする、ある種世相を反映するあり方に
私は綾波レイと同じ血が流れていると感じたのです。
恐らく今回のゴジラ氏もそうで、あれはきっと我々が望んだ姿なのです。
そしてこれからもゴジラ氏は我々の望みによってその姿を変えていく、
そういう生き物なのかなと。
どんな結末であっても受け止めるのはもちろんなんですが
なかなか希望の持てない現代社会で揉まれる腐女子は思うんです。
考えが浮かんだときはやばい!天才だ!と思ったんですが文章にまとめるとそうでもありませんでした。
お付き合いいただきありがとうございます。熱量を吐き出す場所がほしかったんです。
最後に、多大な熱量でこの作品を生み出してくれた庵野監督には本当に感謝です。
新作のヱヴァンゲリヲン、ご健在のうちに世に出していただければ嬉しいです。
どれだけでも待たせていただきます。
もうじきリオ五輪が始まるだろうが、いい加減見たくないパフォーマンスが一つある。
「金メダルとる→口に入れる」という奴だ。
最近は写真撮る記者とかが注文したりする。「ちょっと口にくわえてください」
やめろ。
犬じゃない。
「食べ物・食器以外のものは口に入れるな」と躾けられなかったの?
自分の唾液のついたソレを人に触らせるんだ。汚いと思わない?
一番最初にやった人は、
「金、金だわ。本当に金かしら? チョコかも? ちょっとかじってみちゃった。ホントに金だ。すごい、やったー!」……
みたいな、パフォーマンスだったのかもしれない。ちょっと気が利いてお茶目で、超一流アスリートを人間ぽく見せてなかなかいいねって
そういう絵面だったのかもしれない。でもね、何十回と見せられるといい加減やめてと思う。もう今さら、芸もなければ人間味もない。
ただただ汚いだけ。やめろ!、舐めるな、ああああ、汚い!
注文する記者は、注文することで一流アスリートを貶めてるよね。
画面越しに見てるこちらは、正直不快感だけ。
五輪を見るたび、スポーツで何かが達成されたというさわやかな満足感の余韻が、あの頭悪いパフォーマンスで台無しにされる。
記者もアスリートも「求める人がいるから」と言い訳するのだろう。求めてない人だっているんだよ馬鹿野郎。
もう、ホントやめて。マジやめて。誰か一人でいいから「やりません、汚いんで」て言って空気を変えて。
これから東京五輪までに、いったいいくつの金メダルが唾液まみれになるかと思うと、本当にうんざりする。
金メダルのデザインした人だって作った人だって、いい気分はしないと思う。
いい加減やめようあのパフォーマンス。
数ヶ月前の事は、やたらと鮮明に思い出せる。
友人がお手洗いに立ったのを見て、スマートフォンでツイッターとはてブを緩く見回っていた時に、見つけたのだ。正直眼を疑うような記事見出しだった。本文を見てからは思わず驚愕して叫んでしまったほど。(というよりも、「あ…ああ…」と狼狽した声が行き場を失いながらも出てきてしまったような形なので、端から見たら知人の訃報が入ったか身代金でも揺すられてるかのように見えたと思う)
お手洗いから帰ってくる友人に助けを求めるかのごとく話を振ろうとしたら、彼の方からも話を振ってきた。多分、彼も同じように記事を見たのだ。2人でほとんど声を合わせるように、私たちは同じことを口にした。
と、ここまで来て頭の中で3代目J soul brothers from EXILE TRIVEのストームライダーを頭に浮かべている人はちょっと一度冷静になって、東京ディズニーシーの方のストームライダーを思い出して欲しい。
そう!そうそう!それ!う、うん、そうね、「緑のチカチカチェックするやつ!!」って間違っちゃいないんだけどそれしかないアトラクションみたいな思い出し方はやめなさいね、その後、仮にもストーム消してるんだから。
「空を斬り走るやつねー」って、え?あ、まあ間違ってはいないけども随分とポエミーな表現ね…
「疾風迅雷 蒼の魂」ってだからそれは3代目の方のストームライダーだろうが。
そんなこんなで、今日はTDSストームライダーのラストフライトの日である。こんなにアトラクションクローズでここまで衝撃なのはミクロアドベンチャー!やビジョナリアムに個人的には並ぶ。ツイッターによればあの人気のトイマニ、タワテラをぶち抜いて今日はストームライダーが最大の待ち時間のようである。センターオブジアースやレイジングですら待ち時間緩いのにストームライダーが120越えってもうなんだか異常気象を発見したかのような気分である。それこそ台風のような。個人的には、ストームライダー60分越えはシンドバッド15分待ちに並ぶ混雑のバロメーターだったのだけどなぁ。
今日はそれほどまでに、ストームライダーを愛する人がいる事を確認する日になる。ここまでくると宗教に近いかもしれない。ストームライダーという儀式を執り行うために長蛇の列をなす信者たち。ポートディスカバリーは聖地。
私ももし舞浜に行けるならそのお姿を拝みにポートディスカバリーへと足を運んでいただろうし、もし入園できなくてもベイサイドステーションからゆるゆると海岸線を回り、最もポートディスカバリーに近い地点からストームライダーに向かって祈りを捧げるくらいのことをしていただろう。エルサレム。
どうかしてると言われそうだが、今私はiPhoneのコンパス機能を始めてフルに生かし割り出したディズニーシーの方角に向かって文を書いている。
ストームライダーの何処がそれほどまでに私を魅了したのか。というと本当に答えになっていないのだけども「どの点においても優秀であった」というのが正直な答えである。
オープン当初としては驚きの、かなり精巧なフライトシミュレーター系でスタツアとの出来の違いにまず驚いた。
動き細やか!窓の外も見れるし!
まさかストームディフューザー刺さると思わなかったし。アトラクションのそういった出来が本当に段違いだった。
キャラクターたちも良い。デイビスのお茶目だけどイケメンな雰囲気(ホラーなら最初におどけて殺されてるタイプ)をよく声優は表現したと思う。ストームを目の当たりにした時のセリフは、その声色だけで息を飲んでいるのがありありとわかる。スコットとベースもいい味を出している。「司令室に来なさい!今すぐ!」の声は今も幻聴のように思い出せる。
バックグラウンドストーリーは、オープン当初はストームライダーがかなり大きなバックグラウンドストーリーを持っていた。だって、ポートディスカバリーの設定がストームライダー計画成功のお祭りって設定なのだから。あのポートディスカバリーの雰囲気も好きだったので、その真髄を味わえる、という点でもストームライダーは価値があった。CWC Center for Weather Controlのロゴなどもリアリティがあった。そういった、ディズニーならでは作り込みを感じ取りやすいのもストームライダーの良いところだった。
アメフロのSSコロンビア処女航海設定がタートルトークやオーバーザウェイブ、セイリングの看板の入れ替えなどでしれっと消えてるあたり、ポートディスカバリーの設定もふわっと変わってしまうのだろうなぁ、と思うと少し切ない。
音楽は言わずもがな、TDS、いやTDR、もっと言えばディズニー最高峰の楽曲だろう。
出来ればCDにはストームライダー組曲だけでなく、搭乗前の部屋で流れるイントロリピートのやつも何処かで収録をして欲しい。
あの名曲が、演奏される場所を失うのは本当に惜しい。ミクロアドベンチャー!の素晴らしいテーマ曲が今はTDLエントランスの一部になっているように、ポートディスカバリーのエリアミュージックとして生まれ変わってくれることに期待をしたい。
そして私が最もストームライダーを愛してやまない理由をあげたい。
なんじゃそりゃ、って人に説明すると、ストームライダーではキャビンに搭乗する直前に、気象コントロールセンター研究員であるキャストさんが実演でミッション内容を説明してくれるのである。
私はこれが本当に好きだった!!
今でこそタートルトークにタワーオブテラーとキャストが説明をしてくれるアトラクションは増えたものの、昔は無かったのだ。
もう、カヌーかジャングルで体育会系なノリしか無かったわけです。
もっとさかのぼればシンデレラ城ミステリーツアーがあったけれども、シーではストームライダーくらいしか無かった。2つのシアターでも説明はあるけど本当に説明くらいなので、ストームライダーが1番エンタメ性があったのだ。
初めて見たときはベースとの掛け合いなどももしやここにいるのか?と思ってしまったほど。
最近では「今の…100万倍くらいですかね?」
はすべり芸としての地位を築いてしまったけども、話口調や映像を使ったパフォーマンスは、本当に素晴らしかった。
東京ディズニーシーはオープン当初は全体的にキャラに頼らない、生身の人間が見せるパフォーマンスを重視していた節がある。アンコール!やミスティックリズムはその最もたるものだけれども、アトラクションで初期のシーが標榜していたライブパフォーマンスのエッセンスを取り入れていたのは今思えばこのストームライダーだけだった。
そこまで難しいことは考えずとも、初めて乗ったとき、あの説明を受けたとき、「これが、これからのTDRのアトラクションなんだ…」と衝撃を受けた。
そう、思い起こせばオープン当初のシーの人気アトラクションの中で、「原作がないアトラクション」はストームライダーだけなのである。
今のファストパス対応アトラクションの中でもレイジングスピリッツとストームライダー、タワーオブテラーだけだ。(タワテラはトワイライトゾーンとはもはや無関係なので)
鑑みればあのあたりのオリエンタルランドはディズニー脱却をコンセプトにしていたのか、イクスピアリにオリジナルキャラを作ったり(何処に行ったんだネポス…)前述の通りアンコール!などのキャラ無しのショーが多かったり、シーではグリ施設は無かったり、かなりストイック、というかランドとの方向性の違いを明確に出そう、という気概があった。自分たちで新しいものを作るんだぞ!という。そんな中で作られたこのストームライダー、力が入らないわけが無いし、面白く無いわけが無いのである。
そう、シンドバッドが友愛のストーリーに書き換えられたり、グリ施設が4つもできたり、キャラ無しのショーは全部廃止された、オープン当初のコンセプトもへったくれも無い今のシーの中で、唯一、ストームライダーはあの頃の雰囲気を持っていた。ある意味では、ストームライダーはオープン当初のシーの遺跡なのである。
そして個人的なことを言えば、プレフライトクルーになりたかった。
たくさんの人の前で、ご案内をする姿が眩しかった。子供ながらに憧れて、いつしかあの案内はすべて諳んじれるようになっていた。
その影響もあってか、演劇部に入ったこともある。今の仕事でも司会業を少し受け持っている。
あのプレフライトクルーへの憧れ、ストームライダーへの憧れが、こっそりと私の人生に種をまいていてくれたのだと思っている。
ストームライダーは、思い出であり、人生の起点であり、唯一無二のアトラクションだった。
明日からは、ポートディスカバリーにストームライダーはいない。
それに伴い、14年に渡るストームライダーによるストーム消滅ツアーは廃止となる。
同センターによると、今後の学術研究へ注力するための選択だそうだ。
本日の閉鎖を持って、センターに勤務の全職員は新事務所へ移ることになる。
そしてたくさんのプレフライトクルーは明日も、新しい場所ながらも変わらずにストームや異常気象と戦う日々が続くのだろう。
もう二度と、凄まじい破壊力を持つストームの中になんか入れない。
もう二度と、100万倍くらいの小粋なジョークにクスリと笑うこともできない。
もう二度と、緑のチカチカの部分だけ決めゼリフのように声を被せる高校生の集団も見れない。
おやつのピーナッツのチェックも、雨に驚くゲストの姿も、エンジンがやたらと故障する機体にも、会えない。
そして、外へ出たときにより美しく感じる空と海のきらめきと潮の香りにも。
ストームライダーはなくなっても、乗った記憶、そしてそこに確かにあったという記憶は誰もの心に、残る。
だからこそこの寂しさは抑えて、大きな舵を切るオリエンタルランドを応援したい。
ここまで記憶に残るものを作ってくれたのだから、きっとそれを超えてくれるだろうと期待をしつつ。
本当に、ありがとう。
ポートディスカバリーは、今日も、晴れている。
○朝食:なし
○昼食:おにぎり三つ
○調子
ただ、昨日書いた
深堀さん(に、似ている人)と一緒の職場に移るか、一人だけで今の職場に残るのか。
という選択は今も悩み中。
正直、別に仕事上で彼女に頼り切りってことはないので、問題ないかもしれない。
ただ、精神的には結構頼ってる気がするので、やっぱり問題ありそう。
ちなみに、彼女のお茶目さを表すエピソードを一つ紹介しようと思う。
昨日の帰り道、駅まで一緒に帰ったんだけど、
この「ゲートキーパー」ってのは、自殺防止のための活動をしている団体?の広告なんだけど、
その広告を見た深堀さんは
一応補足すると、それはゲートキーパーズというアニメのオープニングの歌で
ゲートキーパーとゲートキーパーズが似てて、昔のアニメのネタが懐かしくてつい歌ってしまった。
ということらしいのだが、40代の女性として考えると、あまりにもお茶目すぎる。
このゲートキーパーズに関しては僕もたまたま知っていたので付いていけたが、
彼女が大好きで、同人誌やWeb小説を書いていたらしい、サムライトルーパーズを始めとする80年代アニメのネタはさすがに全て拾えるわけではないので、
「意味わからんこと言ってるけど、きっとアニメのネタなんだろうなあ」と思い、話を聞くことが度々ある。
そんな感じの、お茶目なオタクエピソードに、仕事とは関係ないとはいえ、僕は支えられているので、出来れば一緒にいたいなあ、とも思っているのです。
悩ましい。
「ポケモンバンク」で隠れ特性を持ったレジロック,レジアイス,レジスチルがもらえる。受け取りは3月4日から可能
http://www.4gamer.net/games/198/G019893/20160303060/
レジスチル以外の二匹は中々有用な特性だけど、バング配布って厳選無理なのがシンドイな。
まあ、悪ポケしかバトルで使わないという誓いは七世代も継続する予定なので、
コレクションとして有り難く貰っておこうと思う。
Nintendo Direct 2016.3.4
https://www.nintendo.co.jp/nintendo_direct/20160304/index.html
結構久しぶりなニンテンドーダイレクト。
僕が気になってるのは、
まずポケモン関連んだけど、
ポケモンダイレクトでサンとムーンが発表されたばっかりだから、
今回は無いかなあ。
ポッ拳の発売日が近いから、ポッ拳対応のアミーボカードの続報辺りが欲しいかな。
あとサードパーティーのタイトルだけど、モンハンストーリーズと逆転裁判6の発売日が知りたいかな。
ぐらいかな?
えーっと
高円寺女子サッカー3ってどうなってんだろ? ぶっちゃけ買う気は無いけど、アイドルと電話したい。
雷子ってちゃんと完結まで全部出るの? 完結してからまとめてプレイしたいです。
牧場物語新作に同棲婚はある? あるなら買います、ただしFEifみたいな同姓婚のために誰かを異性婚させる仕様は勘弁。
世界樹5にどんな変態行為もNGじゃない貧乳ビッチダンサーは出る? それは同人誌の設定? 知るか! 俺の知ってる世界樹の迷宮は薄い本の中にあるんだよ!
真のロックマンの発売日は? One版買う予定だから3DS版は買わないけどさ。
遊戯王のゲームはタッグフォース基準? それとも、デュエルカーニバル基準? どっちでもいいけど、魔界劇団がOCG化してなかったらオリジナルでよろしく! プラネットシリーズの残りも欲しい! あとゼアル後半のオリカも欲しいです、ドンサウザンドとかの。それと僕以外誰も望んでなさそうなんだけど、遊戯王Rのリッチーのガンマンモンスターたちもオリカで欲しいです。(普通に原作再現で十分ですからお願いします、1600のダイレクトアタッカーが強すぎる? いやいや、EMなんとかと比べてよ)
アムジーの飛べドラゴンの特集よろしく! でも、3DSに移行したときにコロぱたのセーブデータ消したこと未だに恨んでるからな!(アムジーのせいじゃない)
レイトン7はもうモバイルオンリーなんだっけ? 3DSに移行してからやってないけどさ!
あとまあ単純に、WiiU売ってない問題があるので、ポッ拳までに何とかして欲しいね。
新型は無さそうだけど。
VC版ポケモンで自作バイナリエディタの起動に成功した人がいるらしい
お、おう、まじか。
技術的に凄まじいし、そもそもこういう抜け道を潰せなかったゲーフリが悪いって話なんだけど、
なんだけど、正直、DP時代の謎の場所バグを解析したせいで、ダークライのアイテム配布イベントがぽしゃった件を思い出して、もやもやする。
現状、閉じた世界でかつ、そもそもセレクトバグとか色々なバグでほとんど操作しまくれるVC一世代だから別に良いのかもしれないけど、
将来的にはサンとムーンとバンクを経由して連動できることを考えると、
これに起因する何かしらの非正規手段で、謎の場所ダークライみたいなことが起きないか不安で不安でしょうがない。
世の中は性悪説で、プログラマはセキュリティを考えなきゃいけない、っていうのはよくわかるし、
現状不都合が起こってない以上、こういう解析をしてる人に
「辞めなくてもいいから、せめて鍵垢でやってくれません?」って言うのは間違ってるんだけど、
間違ってるんだけど、
うーん、もやもやするなあ。
「いや別に謎の場所ダークライがあるから、DPでは新月島ダークライの配布なかったけど、その分劇場配信ダークライがあるんだからええやん」
っていう意見もあるけど、
僕的にはニックネームを付けられるか否かは、とてもとてもとてもとても重要なポイントなので、
やっぱりもやもやするんだよなあ。
うーーーーーん、僕が過剰反応なだけかなあ。
そもそも、サンとムーンに悪影響を及ばすか否かなんて、まだ誰にもわからないんだし、別に気にしなくてもいいのかなあ。
そもそも、解析がなかったら、種族値とか努力値とか個体値の仕様を解明することすら出来ないんだよ、
解析は必要悪だよ。
っていう意見もありそうだしなあ。
うーーーーーーーーーーーん、メチャクチャ難しい。
難しくて、自分の中ですら線引きがちゃんと出来ない。
キリがないし、そもそも自分の中で線を引いたところで、
オンラインで繋がるシステムがある以上、誰かが使う可能性はあるし、
自分自身だって、対戦中に相手のポケモンの種族値や実数値をグーグル検索することは普通にする。
うんよし、とりあえず、自分の中の線引きは
「その非正規の動作の結果僕自身が不利益を被ったときにのみ怒りを表明する」ということにしておこう。
なので、現時点では
「謎の場所の解析によって、DPの新月島ダークライを不正に捕獲した人が居た影響で、DPにメンバーズカードが配布されず、NNを付けられるダークライを捕獲する機会が減った」(当時プラチナがメインロムで、かつ回収用サブロムとしてプラチナを買う余裕がなかったため)
というこのことにのみ怒りを表明して、
それ以外は穏やかな気持ちで接しよう。
乱数も、コードフリークも、仕様解析のためのソフトデータぶっこ抜きも、等しく穏やかに接しよう。
あと、このNN付けられるダークライが、リメイクDPでORASのデオキシスのように時期に縛られない無限回収が可能になった場合、
手のひらを返す準備はできています。
問い合わせの内容はアニメ興味ない人にとっちゃどうでもいい話なんだけどまぁ一応説明すると
ソフトバンクの「アニメ放題」ってサービスがPCで視聴できるようになったわけよ
で、アニメ放題はdアニメストアよりも京アニに強くて「CLANNAD」や「AIR」「Kanon」「たまこマーケット」とかあるんだが、検索に引っかからないし一覧にもない
「検索まだ正常に動いてないのねお茶目さ〜ん」と思って履歴から辿ろうとしたらCLANNADとかだけ飛んでる、iPhoneには残ってる
そういう仕様なのかとも思ったけどPCとスマホで視聴可能なタイトル数が変わるとか特に書かれてない
だから「PCで視聴できないタイトルがあります」ってことを教えてあげようと思ったわけ
まずメールで問い合わせようと思ったけど「混んでるからフォーム停止してます」(は?)とかいって使えないわけ
http://www.softbank.jp/mobile/support/contact/email/
仕方ないから電話で問い合わせてやろーもん!と思って電話したんだけど
http://www.softbank.jp/mobile/support/contact/phone/general/
だってどこにも出口がないんだもん
4で探したけどこれサービス変更とか全自動で、機械としか喋れないからサービスについて聞いたりはできないわけ
で、いろいろ探してたら
こいつなら何でも答えてくれそうなわけ
でもな、アニメのサイトについて意見するために俺のTwitterアカウントで呟きたくないわけよ
リアルのフォロワーいるし良い年したオッサンだよ?アニメ見るとか周囲に公言もしてないし
サブアカウントも持ってないしそのためだけにTwitterアカウントつくるのも嫌なわけ
結局、問い合わせることを諦めてこの増田を書いてるわけ