はてなキーワード: ダンサーとは
VTuberに本気で入れあげている奴に弱者男性が多そうなのは大前提として、逆に執拗にVTuberやその信者を貶めるアンチにも弱者男性っぽさを感じることが多々ある。
例えば「VTuberのライブはモーションが本人じゃないからライブとして無価値」みたいな意見。
そんなわけがない。
VTuberのダンスってどう見ても素人なんだよ。絶対にプロじゃない。
それともプロのダンサー雇ってわざわざ素人っぽくやらせてるってことか?あるいは中の人とは別の素人がダンスだけやってるとか?それ意味ある?
本人にその場で踊らせるのが一番合理的で楽なのにそうでないやり方をするというのは、オタクを騙すという明確な悪意のもとで結構なリソースを割く必要があって、
可能/不可能で言えばそりゃ可能だけどやるわけなくない…?という感じが陰謀論者とかなり似ている。
例として挙げたがこれは結構見る意見で、増田でも見たしtwitterでも5chでもnoteでも見たから、
単独の狂人の意見ではなくある程度の人数で共通する考え方なのはおそらく言えると思う。
多分、ちゃんと考えた結果ダンサーが本人じゃないと思ったわけではなく、俺は絶対に騙されないぞという強固な意志が最初にあって、いろんな裏切られ方に対処できるよう常に身構えずにはいられないんだろうな。
なぜそういう思考になるかといえば思春期に裏切られる経験を多数してきただろうからで、そういう弱者男性性が透けて見えてくるとちょっと憐みの気持ちも湧いてくるけど、まあ変な風評を流される方はたまったもんじゃないだろうね。
コンテンポラリーダンスの一分野で複数人が接触しながら即興をする踊りである
多数で同じ空間で同時に踊る
ルールは特になく状況やタイミングによって一人で踊ったり数人で踊ったりする
一時流行ったコンテンポラリーのアマチュアリズムを伝えているものでもあるので
その踊りのイベントには普段から踊っている人以外にも色々な人がくる
ダンサー以外だと俳優や格闘家が多いが普段あまり運動をしていないデスクワーカーみたいな人もいたりする
そしてその踊りをやっていると気が付くのだが
それぞれが気を抜けば気を抜くほど男女一組になっていく
それぞれが疲れていれば疲れているほどフロアムーブメント(=床に寝そべっているような低い動き)が増えていく
体温に触れていると気持ちがいいからか重なったまま動かなくなったりすらする
意識的に床でグズグズにならないようにする人がいないとそれなりの有様になる
大抵はオーガナイザーが上手くやるけれど
踊りが踊りであるためにはその辺りをどうすれば良いのかなんとも言えないけれど
とりあえず男って女が好きだし女は男が好きなのね
割と美醜は関係なく
でも笑顔が使われた表現って、「私も笑顔にならなきゃ!」って強制性があると思う。ダンサーも物凄く苦しいのに笑顔(男女問わず)、ビッ友戦士も変身シーン?で鍛えられたような笑顔(それを視聴少女達も求めている。しかしその求めは洗脳では?)、街にあるポスターもデフォルトが笑顔(笑顔にしない理由があるときだけ非笑顔)。笑顔がいいことであり皆そうあるべきだ、隣の人が笑顔でないのはお前のせいだという恐ろしい宗教。だから会社でもみんな愛想笑いばかり。こんなのはディストピアだ。笑顔が体にいいなんて医学実験の結果をだそうとも、それはある種のプロパガンダなものであるとしか思わん。
これはなあ。おっさんなので記憶があるのだけど、2000年代前半頃、「らき☆すた」あたりが出てきた頃から潮目が変わったように思う。今で言う日常系だけど、辛いことや大変なことが何も起こらない世界というのをあからさまに押し出す考え方はそれまであまり無かったと思うんだよね。それらが流行ってどんどん求められるようになっていくのと並行して、元増田の言うような「笑顔!前向き!ハッピー!」みたいな、都合の悪いものから全力で目を逸らすことが当たり前になっていったように思う。東日本大震災以降はさらに「仲間と絆」みたいなものが加わって、「みんなで仲良く」とか「誰も傷つかない世界」みたいなコンセプトが強調されてきて、それが実現してることになっている気の合う人たちだけで構成された小さい世界が無数に作られて、世界同士が交わらないように分断されていっているのが今ここって感じがする。笑顔でないというのはその「小さな世界」の外側を意識させるもので、激しい拒絶が起こるんだと思う。辛いものにはもう耐えられないから見ない、見ないということは存在しないということで、だから世界には辛いものなんてないんだ!ハッピー!スマイル!それが現代の時代の気分なんだと思う。
おっぱいを強調された表現を出したって、「私もおっぱい出さなきゃ!」とはならんわけで、キモいと思う人がいるかいないかみたいなレベルの話でしかなく、その多数決をバカ達が互いに一生懸命やってるにすぎない。
でも笑顔が使われた表現って、「私も笑顔にならなきゃ!」って強制性があると思う。ダンサーも物凄く苦しいのに笑顔(男女問わず)、ビッ友戦士も変身シーン?で鍛えられたような笑顔(それを視聴少女達も求めている。しかしその求めは洗脳では?)、街にあるポスターもデフォルトが笑顔(笑顔にしない理由があるときだけ非笑顔)。笑顔がいいことであり皆そうあるべきだ、隣の人が笑顔でないのはお前のせいだという恐ろしい宗教。だから会社でもみんな愛想笑いばかり。こんなのはディストピアだ。笑顔が体にいいなんて医学実験の結果をだそうとも、それはある種のプロパガンダなものであるとしか思わん。
「デフォルトの笑顔」表現を規制せよ。笑ってしまって笑顔なら全然問題ない。もっと生来の口角によらずハードルのない世界にすべきだ。
両者は2本別々の作品だが、文庫化された当時、一冊にまとめられたもの。
共通するテーマは旅。いずれも見開き2ページで一話完結。さまざまなエピソードを収録している。
高度経済成長を経て経済大国となった70年代半ば、ブームになったのはハワイや香港などの海外旅行。
おりしもジャンボジェット機が就航し、高価だった海外旅行が庶民の手に届くようになった時代。
それまでの日本人の旅行といえば、熱海など温泉旅行。そして企業など慰安旅行が当たり前で、宴会どんちゃん騒ぎに温泉コンパニオン。
そんな温泉社員旅行のノリで、庶民たちが海外ツアーに出かけると、一体何が起こるのか。。。
バスタブを初めて使い、トラブルになる場面、当時のお土産の定番だったジョニ黒をネタにした作品、常磐ハワイアンセンターにダンサーを引き抜かれて本場のハワイではすっからかん、お土産にアロハシャツを棚ごと買い占める成金、といった当時の世相をユーモラスに描いている。
こんな客もいた。
英語をしゃべってみたくて、外人のスチュワーデスをコールするが、全く通じない。ワンスカッッチャンドワーラープリーズ!などと必死に連呼するも歯が立たず、添乗員を呼びつける。
スコッチの水割りを頼んでるのに英語が通じないんだと添乗さんに話すと、そばでその日本語を聞いていたスチュワーデスがオー!スコッチ・エンド・ウォーターのことね、とはじめて理解した、という。
全く英語のわからない外人スチュワーデスも困ったもんだねえ!と添乗さんに文句をいうオチ。
こういう人、いるよねぇ。。
安孫子先生の人間観察とそのユーモアあふれる描写の仕方は本当に好きでした。
海外旅行ツアーが大ブームになった70年代、一方、国内では、一人旅がブームとなっていた。
当時の日本の歌謡曲も、心の旅(1973)、岬めぐり(1974)、いい日旅立ち(1978)など一人旅をテーマにした曲が流行していた。
こちらの作品ではサラリーマン生活に疲れ、癒しを求めて一人旅にでた孤独な青年の旅先での小話が描かれている。
添乗さんが日本人の集団心理を切り取ったものだとすれば、こちらは日本のそうした組織風土に疲れて旅に出た青年を描いている。
モーレツ、と言われた時代が去り、しらけ世代という言葉が登場した70年代半ばというのは、どこかに誰も知らないところへ出かけたい、そういう時代だったのだろう。
なかでも印象深いのは、寝台列車に乗って、普段通勤していた駅に到着した朝、カーテンを開け、ホームで通勤列車を待つサラリーマンにわざと、お酒を飲んでくつろぐ姿を見せつけるエピソード。
線路わきでのんびり昼寝をしていたら、蒸気機関車の音にむっくり目が覚まし、
いまどきSLなんてめずらしいねーなどと、近くでのんきにSLを眺め、見送るエピソード。
驚愕したのは、朝からポジションを決めて待っていた撮り鉄たち。
線路わきから突如、人がにょきっと立ち上がって姿を現したため、予想外の出来事に動揺。邪魔だ、どけー!と叫んでも機関車の音で聞こえない。
「添乗さん」では、ホンモノをゲットすること、象徴的な意味での旅の証明としての戦利品を収集したり体験することが旅の重要なアジェンダとなっている。
例えば、マカオでニセモノに騙される日本人や、ビーチでナンパを試みたツアー客が間違えて日本人女性に声をかけながらも外人女性だけを探し求める姿などを風刺している。
一方、「さすらいくん」のほうでは、旅の目的は疲れ切った日常から逃避する場所を求めた癒しであり、ぬくもりだ。旅先の情報など何一つ収集しないし、旅の思い出を語る誰かもいない。
どちらも哲学的な意味での旅の本質をさらっと描いているのが秀逸だ。
この2作品は、旅というテーマを通じて、当時の日本人が何を思い、旅先にどんな夢を描いていたかを、
藤子不二雄Ⓐ先生にしかなしえないユーモアでもって簡潔に描写している、という点で同氏の傑作のひとつ。
どうもありがとうございました。
いやおれが見たのは本当にダンスだったのかなあ?
配信で近藤良平という人の「夜のカフェテラス」というのを見た。
近藤良平という人はコンテンポラリーダンサーというはなしだから、きっとこれはコンテンポラリーダンスなのだろうと思うのだけれど、自分が想像するダンスの枠の外すぎてわからなくなっている。
赤ちゃんが初めて立ち上がる瞬間の演技や、雌鶏が走り回って卵を生む演技なんかはぱっと見でそれとわかってすごいなあと思ったし、たまにあるちゃんとしたダンスっぽいのもよかったと思う。所々のコミカルなパントマイム的な演技もそれはそれで面白かったのだけれど、大中小のクマのぬいぐるみとのダンス?とか、笛やラッパを吹いているところとかはこれは一体何を見ているのだろうと不思議な気持ちになった。
たぶん理解できないんだろうなあというのは覚悟して見始めたものだからそれはそれでいいのだけれど。でもできれば自分が見たものが何なのかもう少し理解したいという気持ちもある。
フィギュアのペアでやる競技が男女の枠組みなのはおかしい!異性愛規範だ!とか言ってるフェミいたけど、ちゃんちゃらおかしいんですわ。
あれは異性愛だから男女なのではなく、男女混合競技なのだ。男と女から一人ずつ代表を出して、男女の体格差を生かしてアクロバティックなことをやるんだよ。別に大柄な女が小柄な男を投げたり持ち上げたりしてもいい。ただオリンピックレベルだと大柄な女より大柄な男にやらせたほうが力が強いに決まってるんで、そういう作戦の組は出てこないってだけで。
愛を表現する作戦で行く組は多いが、日系アメリカ人で平昌銅メダルのアイスダンサー、シブタニズなどは男女の愛以外の表現をやる作戦で上位に食い込んでるし。何もわかってないくせに異性愛がーーーとかわかったようなこと言うなよって思いましたね
先週、Perfumeのpolygon wave liveに行ってきた。
きっかけはAmazon Primeのお勧めに出てきたpolygon wave 2021。
ポリリズムをTVで見かけて興味を持ち、一番聴いたアルバムは「Game」でそのあとの「トライアングル」「JPN」あたりはすごく好きだった。
彼女たちのライブが、年々映像や音と合わせたショーになっていることは知っていたが、床全面がLEDだったり、大勢のダンサーがいたりと、なんかすごいことになっていた。
昨年の特別ライブの映像ということだったが、これは実際の会場で見るべき作品だなぁ、と思ってネットで調べたら、2022に再演があるとのことで、その場でポチっとチケットを購入した。
ライブに行くの自体久しぶりで、最後に行ったのか誰のライブか思い出せないが、多分20年ぐらいは行ってないと思う。
会場も横浜のぴあアリーナMMとのことだが、そんな会場があること自体知らなかった。
で、仕事もそこそこに切り上げていってきた。
すごい高いところで、ちょっと怖いぐらいだったが、最前列は立つの禁止ということで、座って落ち着いてみることができた。
肝心のライブの感想だが、Amazonで予習済みとは言うものの、本当に感動した。
また、LEDやライトが眩いぐらいにきらびやかに会場を照らし出していた。
Perfumeの3人は、かなり上から見下ろし小さくて表情まではよく見えなかったが、ダンスのキレやシンクロ率など素晴らしかった。
また、床と背面の大型LEDによる演出と合わせて、視覚、聴覚すべてに渡ってよかった。
あと、Perfumeの3人が一生懸命だったのが伝わってきた。
噂には聞いていたがあーちゃんのMCや3人のトークも面白かった。
個人的には、EDMやエレポップな最近の曲も好きではあるが、初期の作品である「マカロニ」を歌ってくれたのが嬉しかった。
もうちょっと、振りをちゃんと覚えていけばよかったと後悔した。
と、衝動的に行ってきたライブであったが、非日常感を味わうことができ、とても満足だった。
Perfumeの3人も言ってたが、今回のpolygon waveは、今しかできない特別なライブということで、金もかなりかかっているようだったが、確かにそれだけの価値を感じることができた。
そういう奴はたぶんイランとイラクの違いも知らないし、アプリコットは林檎の仲間だと思ってるし、英語の成績はいつも3だった。
ただ、あのベリーダンサーか?みたいな格好はディズニーのアラジン(アニメの方)の影響が大きいのかなとも思う。ジャスミン姫も結構露出した衣装だから。
ディズニーの影響かどうかは知らんが、とにかく下品な格好して(させて)アラビアン〜とか謳うな。今じゃ猫も杓子もソシャゲのキャラもVtuberも乳と腹出して、中途半端に透けた布で口だけ覆ってる。何がアラビアンだよ。そもそも千夜一夜は中世ペルシア(やインド等)が舞台でアラブ人違うし、でも下品アラビアンたちはペルシアが何かとか知らなそう。ペル語科出身の友人も「ペルシアはアラブじゃねぇーよ!」「アラビアン•ナイトぉ?クルアーン読めよ!」って悲しんでたよ。
ただ一番気に食わないのは、あのよく分からん透けた面紗。顔下半分だけ覆うくせに、なんで透かせた?!何なのあれ?誰とは言わないけど、何なん、あれ。
気に食わない。すごい気に食わない。何がアラビアンだ。砂漠に帰れ。ラクダのバカ臭い唾でも顔面に食らえ。
日本人として、恥ずかしい。イスラーム法を研究していてアラブ人やムスリムの友人がたくさんいる身からすると、彼らに日本のあの下品アラビアンを見せたくなさすぎていつも苦しい。日本人にとっての(主語大きくてごめんなさい)アラブのイメージってこんななのね、、、って思われたくなさすぎ。オリエンタリズムがどうとか論じる気はないけど、あの下品だけはどうにかならないものか。アラブやペルシアや千夜一夜やイスラームのうっすいガワだけを利用するな。
ぜひGlamourというYouTubeチャンネルでやってる歴史家がアラジンのファッションを検証する動画を見てほしい。下品アラビアンたち聞いてるか。
今のムスリムの女の子たちのヴェールの巻き方とかすっごく可愛いし、工夫されてるし、これが現代のイスラームだよなぁって思う。
とにかく、アラビアンを謳うなら(そうでなくてもアラブや千夜一夜を意識するのなら)、悪趣味で品なのないオリエンタリズムごりごりの娼婦みたいなデザインをやめろ。変な顔布もするな。腹しまえ。乳出すな。クルアーン読め。
【追記】2022.3.3
ごめん、こんなに反応来ると思わんかった。すまんな、全然放置してて。俺が言いたかったのは「アラビアン(アラブ風の)」って謳ってるなら娼婦みたいな格好せんでや、ってことだった。というのも、こないだ仕事相手のアラブ人(カタール人)と東京歩いてて、何のキャラクターかは知らんのやけど「限定イベント アラブの夜!」みたいなタイトルで若い女の子たちがそういう格好してるデカい看板に出会ってな、そのアラブ人は日本語読めるし生まれたときからムスリムやから、ちょっと怖い顔して「アラブ?」って呟いててさ。アラブって何だよってなるよね、そりゃ。ただ俺の言い方的にアラビアンナイトと宗教の面でのイスラームを結びつけるような趣旨になったのは悪かった。イスラームは宗教にとどまらない文明とか法規範の根幹なしてる広義の意味も全然あるし、アラブ人=ムスリムちゃうからな。すまんかった。あと他国の文化を部外者がごちゃごちゃ言うなってのも確かにそうだな。けど、キムカーダシアンの「Kim Oh No」騒動だとかさ、他国の文化ってやっぱりセンシティブな話題だと思うのよ。アラブ人が日本の“アラブ“を摂取して「馬鹿にされてる」って感じるのって良くないねんな。俺も海外の人が作るリスペクトされたサムライとか着物とかすごい好きやけど、例えば外国人にコウメ太夫指して「これが日本の由緒ある伝統のゲイシャだろ?」って言われたら、そいつが真剣に言ってても馬鹿にしながら言っててもやるせない気持ちになるで。コウメ太夫好きだけどな。まあアラビアンナイトに関してはもう文化の盗用とかのレベルじゃなくて「アラブ」って付けなかったら全然納得できるくらいの確立したジャンルではあるよな。あと日本って何かとエロに対する耐性っていうか寛容な向きというか、悪く言えばゾーニングがなされてない部分も多い。他の先進国の首都とかで町中にバーンって若い女の子の肌面積多い絵とか見ないやんか。まあ、ちょっとでもアラブとかアラビアンっていう言葉について心に留めてほしいなって思ってる。
https://anond.hatelabo.jp/20220106191411
上記増田を読み、あまりに自分の知る実情と違いすぎ、愕然とした。
釣りなのか、釣りじゃないにしても極めて特殊な一例と言わざるをえない。
釣りには真実を、特殊な一例には、更に特殊な一例を公開しての平均化が必要だと思う。
そこで、手前みそながら、自分のケースを紹介してみようと思い立った。
(特定を避けるため、多少のフェイクが入る点はご留意願いたい)
私は、どこの企業やグループにも所属せず、背後にスタッフ等もいない、いわゆる個人Vtuberだ。
登録者数はどうにか4桁だが、いまだYouTubeの収益化条件は遠く、
それでもなんとか無事生活できる範囲の利益を獲得し、ファンのかたや仲間に恵まれ、まいにち楽しく生きている。
【歌いたい歌は、大抵歌える】
上記増田は、お歌動画の難しさをあげていたが、現実にそんなことはない。
YouTubeはJASRACと包括契約しており、基本的に著作権を気にする必要はない。自動で広告がつき、YouTubeの方で帳尻を合わせてくれる。
気にするのはいわゆる原盤権のみであり、これはかみ砕いていえば「CD音源をそのままカラオケに使っちゃダメよ」ということだ。
そこで、カラオケ音源をあらためて用意する必要が出てくるのだが、需要があるということは供給もあるということで、
・人気J-POPは、大抵、有志がカラオケ音源化してくれていて、無料で使える場合が多い。
・ボカロ等は、原盤権を持つ権利者が、公式音源の使用を許可してくれている場合が多い。
・どうしてもない曲は、比較的安価なお値段で、専門のかたにカラオケ作成を依頼できる。
上ふたつは、あくまで善意と厚意によって成り立っているものなので、各種ライセンスは必ず確認し、注意深く利用しよう。
カラオケ音源の作成依頼は、私の知る限りお安いところは3,000円くらいで作ってくださる。
どのくらいの頻度で投稿するかによるが、仮に毎週コンスタントにお歌動画をあげたとして月12,000円である。
自分ができない技術に支払う対価としてはむしろ少ないくらいだし、月に捻出する趣味費としても社会人なら許容の範囲ではないだろうか。
また、YouTubeはそれでいいのだが、twitterはJASRACと包括契約をしていない。
そのため、クリーンにやるなら、JASRACと直接個人契約を結ぶ必要がある。
今のところ私は個人契約をしていないが、調べた限り、たしか年額一万円程度で契約できたはずで、これも充分手の届く金額だろう。
YouTubeで自動でつく広告の収益は、著作権者に還元されるからだ。そして、それは正しい。こちらは曲というコンテンツを使わせていただいている側であり、権利者に還元されるのは当然である。
逆にいえば、お歌で収益を得たいなら、自分が権利者となればいい。つまり、オリジナル楽曲の制作だ。
これは上記のカラオケ音源の用意に比べて手間はかかるものの、決して難しいことではない。
「自由にオリジナル曲を乗せていいよ」という有志のフリー楽曲もあるし、もちろん依頼して作っていただくこともできるし、自分で作曲してもいい。
私は、趣味として好きな頻度で好きな曲を歌い、節目節目でオリジナル曲を公開してきた。
Vtuberになってから作曲もおぼえ、コードをなぞる程度だが楽器も練習し、mixやジャケットも自分でこなすようになった。
今は個人でiTunesやspotifyに無料で気楽に楽曲を配信できる時代である。自分で権利を持っているので、当然BOOTH等での販売も可能だ。
これ単体の収益はそこまでではないが、自分でつくったものでお金を得る感覚は、得難いものがある。
【キャラクターデザインは自由でいい】
人気ラーメン店に行く時、列に並ぶことに文句を言うひとは少ないだろう。値段が高いことも、予約が必須なこともある。人気なのだから。
同様に、人気絵師さんは順番待ちになりがちだし、中には一見さんおことわりのかたもいらっしゃる。これは当たり前のことだろう。
仕事として絵を描くのは、依頼する側が思う以上に大変なことである。制作に一ヶ月以上かかるのもザラで、つまり、物理的にマンパワーが足りないのだ。
依頼者側はどうかその辺の事情を理解してほしいし、私としては、絵師さんの体調がいつも心配だ。おからだ壊さず、自分のペースで仕事を受けてほしい。
個人的には、初期の頃においては、キャラクターのクオリティにこだわりすぎる必要はないと思っている。
もちろん、多少の開幕アドはあるだろうが、あくまで多少の有利があるというだけだ。
私は、「キャラデザに数十万をかけたものの、デビューしてみたら鳴かず飛ばずだった」という同業者を何人も知っている。
必ずしもそのかた自身に落ち度があったとはいいきれないが、何らかの計算違いはあったのだ。
そういったケースを想定せず、闇雲にお金をかけようとするのは、いわば、挿絵のクオリティに運を託すラノベ作家のようなものかもしれない。
挿絵の力で人気になる場合もあるだろうが、そうじゃない場合もある。この場合、そうじゃない理由は明らかだ。挿絵を気にするより、作家にはまずやることがある。
私としては、生みの苦しみを知る意味でも、数十万がコケるリスク軽減の意味でも、一度はゼロから自作してみることをオススメする。
今は無料・安価で高品質な3DモデルがつくれるVRoidがあるし、Live2Dも簡単にカスタマイズ可能なテンプレートを公式が用意してくれている。
私は、デビュー前も多少絵を描いていたが、とても人にお見せできるほどではなかったので、Vtuberデビューするにあたり、あらためて絵の勉強をし、Live2DやVRoidの制作をおぼえ、blenderとunityの使い方を学習した。
今は大抵の知識がネットで手に入り、これら技術を習得するのにかかる時間は1~3ヶ月もあれば充分だ。かかる時間は、依頼した場合と大差ない。なら、多少自分で汗を流してみるのも、悪くないと思う。
そのうえで、自分の活動に合わせて、よりよいキャラデザを依頼するのもいいだろう。
活動してみて初めてわかることもあるし、リスナーの反応をリサーチしてから依頼できる点もメリットだ。
どのみち、Vtuberの多くは、活動するうえで姿をたえずアプデしていくものだ。
最初のはじめましてはたしかに大事だが、全ての勝負を開幕初手に全賭けする必要もないだろう。
【やりたいことは何でもできる】
この世界は自由だ。何をやってもいい。正確には、何をやってもVtuberというカテゴリに包括することが可能だ。
普通、建築士とゲーム実況者とダンサーは同じカテゴリ内に共存できないが、Vtuberなら建築系Vtuber、実況系Vtuber、ダンス系Vtuberという形で、Vtuberという大きな枠組みの中で共存できる。
それは色んなかたと知り合いになれるということであるし、逆に何に手を出してもVtuberという枠組みから外れる心配がないということだ。
突然、雀魂にハマってもいいし、海外の誰も知らないB級ホラーをディープに紹介してもいい。安心して挑戦できるし、安心して趣味に走れる。
上記の作曲やモデリング等もそうだが、私がVtuberになってからできるようになったこと、知ったことはあげればきりがない。
今となっては、逆に何を怖がってそこまで挑戦を避けていたのだろうと、デビュー以前の自分を振り返って思う。
やろうと思えば何でもできるし、逆にやらない選択肢をとることもできる。それがVtuberかと思う。
どんな分野の企業もそうだが、Vtuberプロデュースをする企業もまたピンキリだ。
悪い企業は、企業の名義貸しだけして手数料を巻き上げていくし、良い企業はマネジメントが手厚かったり自社の強みを持っている。
ただ、良い企業に所属するのは、もちろんその対価に伴う責任を背負うということでもある。たとえば、再生数やノルマ、ビジネスブランドの維持などだ。
良い環境というのはあくまで素地であり、木に成っているぶどうが勝手に落ちてくるわけではない。
つまり、結局自分の身の丈に合っているか、性分に合っているかという話になってくる。
自分で判断し、自分で活用できるひとなら乗りこなせるかもしれないが、企業を目指すかたは「とにかく企業勢になれば…」と思っているかたも多く、そういうかたには向かない……までいかなくても、かなり苦労されるのではとは思う。
プロデュース事業も結局は営利ビジネスであり、採算がとれなければ事業を撤退する可能性は全然ある。
これは早ければクオーター(3ヶ月)で閉幕することあるし、半年、もしくは年度締めということもある。
そんな時、キャラデザの権利、IPの権利などを企業側が握っていると、個人Vtuberとして独立できず、一緒に撤退(卒業)せざるをえなくなってしまう。
なので、企業に所属する場合は、契約書をよく読み、自分に必要な権利を過不足なく確保できているか確認が必要だ。
向こうに権利が帰属する形なら、交渉して権利を自分持ちとするか、買い取るか等が必要だし、
明記がないなら、覚書き程度でもいいので書面で取り交わしを結んでおいた方がいい。
多くの企業の担当さんも、別に鬼ではないというか、こちらが大人な対応をすれば、ある程度融通はきく。
逆に、その時点でブラックな香りがにおいたつなら、早々にゴメンナサイするのがお互いのためだろう。
私は自由な活動が好きだし、企業ガチャでリセマラするつもりもないので、あくまで個人が性に合っている。
とはいえ、事務所による箱推し効果は強力だし、憧れている先輩の事務所に行きたい気持ちも充分にわかる。
なので、結局これらの話はすべてケースバイケースだと思う。
【いろんなひとがいる】
Vtuberの悩みとしてよく聞くのは、人間関係、つまりVtuber同士のコミュニケーションだ。
ただ、ありがたくも、私はこれらの悩みで苦しんだことがあまりない。
全くないとまではいわないが、それらを巧妙に回避して今に至る。
というか、世の中には色んなひとがいる。Vtuberも様々だ。そこで交友関係を増やせば、合わない人が出てくるのも当然だろう。
たった40人弱の学校教室の中でさえ、人間関係のトラブルは頻出し、グループやカーストが存在し、全員と仲良し!が難しいのに、教室を出た瞬間それができるようになるのもおかしな話だ。
なので、自分の合うひとと仲良くすればいいし、そうでないひととは距離を置いたり、大人な対応でやりすごすのが吉だと思う。
結果、友人が少なくなったとしても、それが自分のだいすきな人たちなら、恐れるものは何もない。
少なくとも、合わない人とストレスを抱えながらワタシタチトモダチダヨネーするよりは、はるかに健全だろう。
仮に、それでも関係性を切れない切りたくないという場合は、そこにしがらみや打算があるのだと思う。
しがらみを断つには勇気と体力がいるし、打算があるならストレスはただの対価で、呑むか呑まないかの話だ。
決断を迫られる場面だが、決断さえすれば、そこから先は全て自分の意志で歩く道だ。何より、気楽でいい。
【いろんなひとがいる2】
むしろ、私が悩むことが多かったのは、ファンのかたとの距離感の方だ。
特に私はセクハラ系のコメントが苦手で、これに立ち向かえる強さの修得に時間がかかった。
逆にストレートな好意も、自分がそこまでのにんげんには思えず、うまく受け取れず、いつもどうしていいかわからなかった。
長文コメや連コメは要約したりまとめて読み上げ、荒らしをかわし、際どい書き込みをいなし、いさめ、香ばしい流れの時は話題を変え、遠慮するところは遠慮し、押すところは押し、嫌なことは嫌といい、うれしいことはうれしいといい、感謝の気持ちは伝えられる最速で伝える。
それでもたまに、特に否定的な意見ならともかく、真っ向からの好意などに対しては、ふっとノーガードで食らってしまうことがあって、そういう時は激しくテレてしまう。
けれど、これは多分贅沢な悩みというやつだろう。
YouTubeの収益化さえ通っていない私が、なんとか暮らせているのは、FANBOXやBOOTH等によるところが大きい。
プロ絵師のさいとうなおき先生もどこかで言っていたが、今は小規模な個人がマネタイズしやすい時代だ。FANBOXやFantia、BOOTHやBASEなど、気軽に応援したりされたり、気軽に売ったり買ったりが、当たり前かつ無料でできる。こんな状況は10年前では無理だった。
また、FANBOXやBOOTHのいいところは、還元率の高さだ。
YouTubeなら6~7割、他プラットフォームなら2~3割の利率が多い中、FANBOXやBOOTHは、9割以上がこちらに還元される。
仮にYouTubeで月10万円得るなら赤スパリスナーが14~17人必要だが、FANBOXなら11人だ。一人当たり5000円、3000円で考えれば、この差は更に顕著になり、10人20人の違いになってくる。
つまり、FANBOX等に軸足を置いた方が、小規模で生計を立てやすい。それはファンのかたの投げ銭を無駄にしないで済むということでもある。
もちろん、「なるほど!FANBOXならお金が稼げるのか」というほど単純な話ではない。
それは、企業に参加すれば人気になれる、有名絵師のイラストなら人気になれるといっているのと同じだ。
ここまで来るのには、たくさんの苦労もあった。
私はかなりの面を自作で乗り切ったが、どうしても時間はかかるし、つよつよPCにつよつよマイク、VR機器、採算が合うまで無限に出ていく生活費、すべてトータルすれば200万は溶かしていると思う。
それでも私は諦めなかったし、諦めるという発想がなかった。だって、すべてが楽しかった。楽しいことにかかる出費は実質0円だ。大変だけど、つらくはなかった。
結局、私は貯金してためた200万と数年をかけ、どうにかこの道で食べていくチケットをもぎとった。
18禁界隈に足を突っ込めば、更に収益化しやすいかもしれないが、残念ながら、私は18禁の活動は一切していないので、そこのブーストはかからない。
ASMRもしないし、外国語もできないし、ゲーム配信もコラボもほとんどやらない。
やったのは愚直な努力ばかりで、年1000回前後の配信と数十本の動画投稿、定期的なオリジナル曲やグッズ制作、twitterやFANBOXの更新、新しい技術の勉強、ファンのかた達との日々の交流などなど…。一個一個は地味だし、あまりうまくいってない部分もあるかもしれないが、「力こそパワー」の脳筋スタイルで壁を殴り続けてきた。
おかげさまで、今では根強く応援してくれるファンのかたができた。この繋がりが自分の何よりの宝だ。応援には答えたい。それが次のがんばりに繋がっている。
今の私の目標は、今まで私が誰かに助けてもらったように、私も誰かを助けられるひとになって恩返しをすることだ。
知ってることはシェアしたいし、誰かのママ・パパになってみたいし、それで楽しんでVtuberを続けるひとが増えてくれるとうれしいなといつも思う。
Vtuberは私にとって最高の遊び場だ。その遊び場がより楽しくわくわくする場所になってくれれば、結局その効用は再び私に返ってくる。打算的Win-Winというやつだ。
私が今ここにいるのは、たくさんのひとのおかげだし、多くの幸運に恵まれた。自分の功績とはとても思えないので、きっと前世で溺れている子犬等を助け、思わぬ徳を積んだのかもしれない。
つまり、あくまで特殊な一例として、参考程度に受け取っていただければ幸いだ。
所詮増田の文章だし、どんな界隈でも、いい経験をしたひともいれば、悪い経験をしたひともいるだろう。
これは、その程度の、ごく普通な、特例のひとつだと思う。ご精読ありがとうございました。
いくつかご意見・疑問等いただいたので、可能な範囲で答えたいと思います。
このご指摘をいくつかいただきました。確かにこの部分には意図的に書かなかった点があります。
それは、私が複数のプラットフォームで配信していることで、年間1000回配信はこれらの合算数です。
この話をすると、配信プラットフォームの組み合わせでかなり特定が容易になってしまうので、書きませんでした。
個人事業届も出しており、これから確定申告が待っています。ちょっと憂鬱。
・これを元増田に当てるのはひどい
もともと別例あげての平均化が目的だったので、対比する形になってしまった点は否めません。
また、自分の好きな界隈が"クソ"と言われてしまい、「そんなことないやい」と言いたかったのもあります。
・収益化してないんかーい
YouTubeはしていないです。
ただ、PRやアンバサダーなどの企業案件はいただけますし、VR上のアバターワークなどもあります。
個人的には、Vtuberというipで広く収益を得られれば、それでいいかなと思います。
・その規模でそんなに支援される?
個人で登録者500~1000人前後で食べれているひとは全然います。クリエイター系は顕著ですが、ゲーム実況メインのかたもいらっしゃいます。
自分の肌感ですが、個人なら、登録者3桁か4桁が一番身軽で専業化しやすいと思います。
ヲタ芸の技のひとつ。体を横に波打たせるスネークの一種。いとうあさこスネイクという表記も見られる。
いとうあさこが2019年に伊藤ハムのCMで披露したダンスが元になっているようだ。
「朝のフレッシュダンサーズ」が贈るスペシャルムービー!! https://www.youtube.com/watch?v=R8dgD_ow-cE
芹澤 優 with DJ KOO & MOTSU / EVERYBODY! EVERYBODY! https://www.youtube.com/watch?v=5hxEwZWBflI に合わせて打つのが定番となっている。
史風という方が発案者のようだ
今年超特急とDISH//がデビュー10周年記念に一緒に今日ライブをやるらしい。
ずっとファンだった人達からしたら嬉しすぎて号泣もんだよね、たぶん。
芸能事務所スターダストプロモーションに所属する新人・若手男性俳優・タレントで構成されたグループEBiDANの中から選抜されたメンバーによるユニット。
ダンサーが前方、ボーカルが後方でパフォーマンスを披露する「メインダンサーバックヴォーカル」(でもやってる事はアイドルなのでアイドルって認識でOK)
(ファンを8号車としている)
グループのコンセプトは「ダサかっこいい」
曲調は幅広く、コーイチのアイドルグループとしては群を抜いた歌唱力とタカシの爽やかでいて深みのある歌声、2人のハモリ。
ダンスがメインなだけあってピタリと息の合ったダンスとお笑い路線な奇抜なパフォーマンスが売り。
ファン層が中高生ということもあり、まるで運動部のような気軽さ、一体感と雰囲気でライブはめちゃくちゃ楽しい。
愚痴です。
まずコーイチ。
コイツが辞めたせいで超特急の東京ドーム進出という夢は絶たれました。
アイドル向いてない事はわかってたけど、方向性の違いで脱退ってなんだよ。
握手会やツーショ会で「疲れた〜もう帰りたい」ってファンに言ってたらしいじゃん。頭お花畑な8号車は「ばぶちゃんw」とか言って喜んでたけど、まともなファンはハ?ってなるから。
マジで超特急上り調子で本当にドームいけるかもって思ったのに。
コーイチ脱退2年くらい私怨お気持ち表明がTwitterに溢れかえってた。
舐めとんのか。
ソロになりたくて超特急辞めたのに、その2年後にタカシがソロデビューさせてもらったのどんな気持ちなわけ???
あと2年我慢すれば大手事務所のままデビューできたんだよ????
コロナ渦なのに無理矢理ライブしようとするし、電車が早くなくなるような田舎で日曜日の夜にライブ開催して新幹線で帰れなくなるファンの事考えてないし、問題発言連発しすぎてまともなファンを振るいに落とすの草。
結果お前が嫌いな厄介なBBAしか居なくなってるから自業自得。
あげくにこのご時世で出来ちゃった結婚。おめでとう〜。シングルマザーの実母と相手の親にお世話してもらうのかな?男の子産まれたんだ?女の子が欲しかったとか言ってたみたいだけど、まあ、お幸せに〜!
次、カイ。
カイくんはよくやってくれてたよね。ザ・陽キャだし。
でも、コロナ渦で最初の緊急事態宣言になった時に、事務所の近くでマスク外して歌うたってんの見てから一気に冷めた。
コーイチとかがマスク外してたら「こいつはまた…」って呆れるだけだったけど、カイくんは普段から完璧人間ぽかったからめちゃくちゃガッツリした。
事務所の近くなんてワンチャン会えること期待したファンがいついてもおかしくないんだから少しは考えろよな。
それ目撃して以来インスタとかでマスクした自撮り上げてても「はいはい、ポーズポーズ」としか思えなくなった。
あと番組で子供と絡んだ時に、子供に自由にやらせないで自分の効率の良いやり方を押し付けてるのちょっと引いた。
盲目だった頃は気が付かなかったけどちょっとモラ気質あるよね。
インタビューでタカシの過去を振り返ったとき「今だから言うけどデビュー当時の歌声やばかったよねw」って発言はデリカシーなさすぎる。
所詮高卒なのに頭良いアピールしてるのも謎。クイズ番組でいうほど活躍してないしね。
あと誰も言わないけどチック症だよね、瞬きが変。
次、リョウガ。
喋り方普通にした方がいいよ。
でもオタクで二次元にしか興味ないアピールして女慣れしてませんアピールたっっっっくさんしてんだから絶対に結婚しないでね?????
そうしないとお前がやってることは詐欺になるので。
タクヤ。
匂わせするような女と付き合ってんじゃねーぞ。
そして若気の至りだとしてもお前も匂わせしてんじゃねーぞアホか。
顔がかわいいからドラマ出れてるけど、本人とは真逆の役しかもらえなくて可哀想。
かわいい系の役もらってるけど、20代前半の役者と並ぶとそれなりに老けて見えますからね。
あと半笑いで俺面白いことしてる!みたいなの寒いからやめた方が良いぞ。身内番組以外でそれしてると普通に寒い。
あとワイプの時の表情ちゃんとしろ。普通に映像見てんじゃねーぞ。芸能人何年目だよ。
ユーキ。
ドジっ子ってことで許され気味だけど、わりとどうしようもないバカ。
姉姉弟の末っ子で実家も徳島にある船舶関係の会社を家族経営しててボンボン。
愛嬌があるけどところどころに性格の悪さが滲み出てる。目立ちたがり屋。
かっこいい事にめちゃくちゃ憧れててミーハーぽいのが隠キャ脱せてなくて笑える。
でも上手いこと隠してるなーと思う。
ユースケ、は、とりあえず後回しにして
タカシ。
髪の毛どうにかしろ。金髪やらツーブロやら赤メッシュ、緑のインナーカラーに長髪。
お前の髪型が変わるたびに前の方がマシだった…って思うよ。
お前に1番似合うのは黒髪短髪だから覚えとけ。前髪もおろせ。四年前の髪型に戻せバカ。
長髪になってからは目に見えてファンが減ったと思うよ、ライブで白のペンライトの数減った自覚ないですか?
あとモゴモゴ喋るのと、自分の言葉に自信無くして尻すぼみになるのと、簡潔に喋れなくて長々と尺奪うのもやめろ。芸能人何年目だよ。
お前マジでふざけんなよ。てめーのせいで超特急は持ち直さなくなったんだからな。
お前のせいでドーム行けなくなった。
お前の事思ったらコーイチのが100倍マシだったよ。
最初はすぐ踊ってくると思ったらずーっと休んでて、結局膝の怪我が原因じゃなくて「など」の部分が本当の理由だったんだね。
まー、わかるよ。お前メンタル弱いもんな。
元気担当だってネガティブだから元気になれますようにっていう希望からついた担当だし。
その時点でもうネガティブなわけだけど。
1番仲良しのコーイチがいなくなって辛かったか?
コーイチが担ってたお笑い担当が全部自分になって、でもトークもアドリブも下手で歌もダンスも微妙で馬鹿でメンタル弱くて。
でも顔が1番かっこいいから1人でバラエティやクイズ番組に呼ばれるし、超特急として出たドラマでもリーダーじゃないのに1番セリフもらえる。
1番優遇されてたのに活かせなかったのはお前に芸の才能がなかったからだよ〜。本当に顔だけの男。
でも皆許してた。
お前が元気担当でかわいくて、頑張ってるのが伝わってくるし、8号車にいろんなものを還元しようと頑張ってたからユースケがダメダメでも許せてたしカワイ〜って思えてた。
でも鬱で脱退はまあ、仕方ないか〜とは思ったよ。
たぶん皆が待ってる間も冠番組でユースケの帰りを待つとか言ってボードとか用意されてユースケ特集とかされて、ライブのMCでもユースケの話ばっかりされて、8号車も戻ってくるのを期待してて。
治さなきゃって焦るよね。
超特急が足枷になって鬱病が治らないので、フラットな状態で療養しますって。
だから皆残念だけど鬱病なら…って回復してね、心配してるよって辞めるのを受け入れたんだよ。
それなのに事務所抜けたら本名でブログ始めるわYouTube始めるわ、TikTok始めるわ……
そりゃ最初はリハビリかな?元気そうで安心した…とか思ってたけど、どんどんおかしな方向に進んでいってさぁ……
モデル始めました!!
芸能活動できてんじゃん…
なんで超特急辞めたの……
それならユースケとして復帰できたんじゃないの…?
YouTuberの女と付き合ってるのではって噂が流れた。
検証見たら真っ黒すぎた。
お前25歳にもなって何やってるわけ????
ここでもファンが振るいにかけられてごく僅かなお花畑馬鹿しか残らず…
てかそもそもお前の歌唱力なんて歌い手以下なのになんでデビュー????
コーイチの真似しちゃった????
言っとくけどコーイチは歌普通に上手いから細々とまだ歌手として活動していけてるんだからな??
お前のお遊戯みたいな歌が評価されてたのは超特急のライブ内でだけだよ。
8号車っていう盲目ファンしかいないところで披露したらそりゃ皆感動で泣くよね。
でもお前歌下手だからね。
TikTokで彼女と一緒に動画撮ってコメントオフにしてんのも笑うし、彼女がファンを煽るようにお気持ちコメントいいねしてるのもファンをブロックしてるのも全部バレてるし。
いい歳して不誠実な事して彼女のファンも離れてるし、結果彼女のYouTuberグループが彼女のせいで解散したし、キラキラカップルチャンネル作りたいんだろうな〜ってのかバレバレ。
あと、ありのままの僕を受け入れてくださいってこっちを攻撃してくるのも引いた。
お前の全ての行動が気持ち悪いよ。
お前が超特急を抜けたせいで超特急は終わりに向かい出したんだよ。
今、ライブで超特急の強みである8号車のコールができなくて、声出しライブできないから誤魔化されてたけど、お前が超特急抜けてからめちゃくちゃなんだよ。
お前は6号車なんだよ。1号車のコーイチが抜けるのとじゃ全然違うわけ。
コーイチはコールの時最初か最後だから帳尻合わせられるけど、お前6番目なんだから。
1234567が234567になるのは平気でも23457はどう見てもおかしいだろ
コールもめちゃくちゃだよ
コーイチが辞めたからコールも自己紹介曲も作り直したのに、お前が辞めたせいで1年もしないで使えなくなったんだぞ。
お前がしでかした事をよく考えろ。
なんも始まらねーよ早く終われ。
一生恨むからな。
最後にユースケへの恨みが強すぎて長々と書いてしまったけど、コロナで声出しライブできなくなったせいで超特急の強みがなくなった。
部活動みたいなノリの中高生ファン達も成長して大人になって目が覚めた。
ファン同士で勝手にTwitterとかで盛り上がるから楽しいんだよ。ライブが交流場のメインだったのにそれが無くなって熱冷めまくり。
君たちより面白いYouTuberなんてめちゃくちゃいるからね。
もう10年もやってんだし多少は食ってける算段はあるよな?笑
メンタルが弱いのはもちろんだけど、
ユースケがコーイチが今まで担ってた分のお笑いポジを引き受ける流れになっちゃって、他のメンバーがユースケに面白い事しろって投げるけど、上記で書いた通りユースケは臨機応変に面白い事など言えないので滑る。
それで笑いが起きる。
滑り笑いほど悲しい笑いは無いよねー。
カイは優しさはあるけど、陽キャだからユースケの本当の苦しみはわからないし、結局自分は安全なところでツッコミをして場を笑わして自分の手柄にするし、
タクヤは、マジモンの陽キャだから何にも気づいてないし、普通に普段の言動がキツいから怖いって思われてる。
リョウガはオタク特有の煽りっぽい喋り方でユースケを追い詰めるし、
ユーキは性格悪いし実はユースケの事ライバル視してるから絶対に手を貸さないし、ユースケより自分が上だっていつも思ってるからお笑い担当みたいなカッコ悪いことしたくない。
タカシは唯一ユースケの味方だけど、末っ子だから発言権無いし、モゴモゴして結局庇えない。
結果ユースケの滑った時のフォロー誰もしなくて、それが何回もあってメンタルやられたのかなぁって思ったよ。
こんなんだからDISH//はメジャーで紅白出演なのに、超特急は一生インディーズなんだよ〜
スタダが自社レーベルで稼ぎ頭の超特急を繋ぎ止めておきたいのもわかるけど。
猫でバズられる前は正直人気は上だったし、DISH//も北村匠海以外知名度なかったけど、今は完全に逆だよ。
「紅白でたいよ、Mステでたいよ」ってネタにしてて、でもどっちも出れないのはジャニーズがいて忖度してるからって思われてたけど結局そんな事なかったんだな。
あと最後に一つ。
映画が好きだった。いや、大好きだった。
こんな事を言ったら蓮實重彦に怒られそうだ。でも、有村昆なら許してくれそう。
本当に映画が大好きだった。
映画館には年に百回以上行っていた。TOHOシネマズ、イオンシネマ、ユーロースペース、シネマカリテ、ギンレイホール、シネマヴェーラ、新文芸坐、早稲田松竹、地域の映画上映会……。
コロナ禍になってからは行ける機会がほぼなくなった。そして、映画館の経営危機のニュース。SAVE the CINEMA の募金が始まったらすぐに入金した。世界が元に戻ったら、毎日のように映画館に通おう。そう思っていた。
2日程度で終わると言われたが、私の場合は終わらなかった。どんどん悪くなっていき、事前に言われてた副反応以外の事が起こり続けた。
たまたまだろうと気楽に放置していたが、放置すればするほど悪くなった。1ヶ月目あたりから色々な医者に診てもらったが何もわからない。やがて、通院すら厳しい体調になった。家でほぼ寝たきりの生活。
それぐらいから初めてネットで調べた。本当に珍しいようだが、私のような人が相当数いるらしかった。みんな困っていた。診てくれる病院が無い。
どうやら最悪のくじを引いてしまったらしい。
ずっと映画のことを考えていた。
接種直後から首と肩の激痛が始まって「これじゃ映画館には行けないな」と思った。
九月の終わりには自宅ですら映画が観れなくなった。5分ほどで強い症状が出てきたからだ。どうやら映画はかなりの負担がかかるようで「二度と映画は観れないかもしれない」と思った。
それから映画を観なかった。何度も試して、身体の反応と映画が結びついてトラウマになるのが怖かった。
4ヶ月が経ち、いろいろな出会いがあった。
いくつかの症状は対症療法で苦痛が抑えられる事もわかった。ほぼ寝たきりに変わりはないが、症状をコントロールするための武器が増えた。
ふと、ネットフリックスを見る。
『チック、チック…ブーン!』が配信されている。ずっと気になっていたミュージカル映画。『RENT』を作ったジョナサン・ラーソンの自伝的舞台が原作だ。
ラーソン自身は35歳で早逝している。大動脈解離による急死。ウィキによると、正しく診断されていれば亡くなっていなかっただろうと書いてある。妙な親近感を覚えてしまう。
テレビからドゥーンという音が鳴る。懐かしいネットフリックスのSE。
手元のApple Watchを見る。心拍数は安定している。
映画が始まる。
これは持論だが、テレビやラジオと映画の大きな違いは「出演者のカメラへの意識」だ。もちろん、映画であろうと演者はカメラを意識している。だが、原則として「俳優がカメラを意識していないように見えている事」がその良し悪しに直結する。テレビやラジオはその点がもっと緩いのだ。多くの映画監督が「俳優は演技しなくてよい」と言っているが、これはある種逆で映画観客こそが「演技をしない俳優」を求めているのだ。
妙なこだわりを吐露してしまったが、要は映画独特の演技をしている人間を久しぶりに見ることができたのだ。
それだけで嬉しかった。喜怒哀楽を揺さぶるシーンでもないのに涙が流れる。流れ続ける。
手元のApple Watchの心拍数を見る。心拍数は安定している。
物語は続いていた。
『チック、チック…ブーン!』は90年代のニューヨークを舞台にしたミュージカル。美しいメロディとウィットに富んだ詞、そして優しい物語。
主人公の三十路前のジョナサンはミュージカル作曲家を夢見ており、彼の周囲には貧しい芸術家たちがいた。ダンサーの恋人、LGBTの広告マン、そしてHIVの友達。
HIVなので「やあ、今日のT細胞は順調だったよ」なんて会話が出てくる。ああ、似たような会話、今日SNSでもやったなあ。
観ている間、ずっと涙が止まらなかった。
観終わった後、鋭い眼痛とやや強い頭痛が長時間続いたが、幸いにもひと眠りしたら収まった。どうやら通して観るにはまだ早いらしい。
それから週に1回だけ、30分おきに休憩を入れながら映画を観るようになった。
途中で止めるなんて、以前の私なら映画への侮辱だと思っていたかもしれない。
でも、いいじゃないか。
ラーソンのミュージカル『RENT』に「SEASONS OF LOVE」という歌がある。
歌詞がなかなか興味深い。
525,600分、この人生における一年分の時間を人はどうやって測るんだろう?というような内容だ。
歌にはいろんな単位が出てくる。コーヒーを淹れた回数、笑った回数、喧嘩した回数。
自分も思い浮かべてみる。
Suicaを改札にかざす回数。
上司に怒られる回数。
後輩に冗談を飛ばす回数。
朝の散歩で澄んだ外気を吸い込む回数。
映画館に行く回数。
8月を境に数えられなくなったものがたくさんある。
何で測ればいいんだろう。何で測れば救われるのだろう。
でも、いい言葉だと思った。
例えまったく外出できなくても、これから何かを、誰かを愛する事は出来る。
そして、こうなってしまってから助けられた、たくさんの愛を数える事ができる。
決して今までの人生に負けてない。
めちゃくちゃ怖い映画だったが感想を漁ってみても自分と同じ恐怖感を得た人が全然いないようなのでちょっと悲しくなっちゃった。
匿名じゃないと書きにくい感想なのではてな匿名ダイアリーに書いてみる。
序盤のタクシー運転手が主人公に向ける視線は、女性にとっては「性的欲望を含んだ視線を向けられる恐怖」のみだが、
男性にとっては同時に「性的欲望を含んだ視線を投げかけていることがバレている恐怖」でもある。
見ず知らずの女性に性的欲望を含んだ視線を向ける時、第三者からはタクシー運転手と同じ視線に見えており、そのことが映画を通じて大衆に広く公開されている。
恐怖以外の何物でもない。
ただタクシー運転手(それに加えてナンパ男(マウント取ってくるルームメイトのジョカスタもここに入るかも))はこの映画の中では断罪されていない。救いは描かれていないが、どこかで救われている可能性がなくはない。
一方で、幽霊たちは救いを求めるが主人公によって拒絶される。この拒絶のシーンは観客にカタルシスを与えるものとして設計されていて、実際私も心の中で拍手した。
幽霊たちはサンディを精神的に殺害し続けていた存在であり、サンディの過去を追体験した主人公および映画の観客が幽霊たちを拒絶するのは当然と言える。
彼らは散々サンディを「殺害」していたから当然じゃないか、という反応をする人も(男女問わず)多いかもしれない。
観客は映画を通してサンディの立場を追体験しており、幽霊たちに対していわば被害者の位置にあるのでこれは当然の反応である。
幽霊たちはサンディに行った行為に対して「娼婦を一人買っただけ」と認識していると思われる。
ダンスホールでの買春シーンを考えるとおそらく客である幽霊たちは女衒のジャックに金銭を支払い対価としてサンディを「買って」いた。
買春場所がダンスホールであるという点と「買う」対象がダンサーであるという点を除けば現代日本でもよく見られる(そして私自身何度も体験している)買春風景でしかない。
幽霊たちの行為がごく一般的であることは、彼らが街中で、一般人に溶け込むように存在していることからもわかる。誰でも幽霊になりうるのである。
単に女を一人「買った」だけで殺されるのはおかしい、幽霊たちはそう言っている。
何度も繰り返すが、サンディの立場を追体験した主人公と観客は当然幽霊たちを受け入れることはない。
幽霊の一人がジョカスタにダブっていたが、これはいじめも別の形の「殺害」行為だからだろう。
自分のような本番行為を伴う性風俗に何度も行き、そこで「買う」経験を繰り返してきた人間にとっては、
性的欲望を含んだ眼差しで見られ、「買われる」経験を追体験すること、「買う」側が断罪され、自分もその断罪に拍手すること、どちらもかなり怖い体験だった。
とりあえずしばらく風俗行くの無理になった。