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2019-01-14

Abemaってクソ過ぎない?

ニニニコ以上にブツブツ途切れるんだが

ヱヴァ見てると戦闘シーンみたいな激しいシーンになると必ず途切れる

ニコ生と比べて画質はいいんかもしれんが、肝心なシーン見れないとか最悪じゃん

2018-12-09

SSSSグリッドマンアカネちゃん、「ロボットじゃん!」とかいいつつも庵野っぽい動きをする怪獣中の人だったので若いなあって思いました。

ヱヴァが出た時期くらいに生まれたのかー…うっ頭が大腸がんに…。

劇中が2018とするなら新エヴァより前ですね。でもまだ幼児か…。

2017-11-22

anond:20171122095437

るろ剣週刊少年ジャンプ史上11番目に売れた作品で全28巻の累計部数は6000万部。

貞本義行によるエヴァコミカライズは全14巻で累計2500万部

るろ剣TVアニメは全94話放送され、平均視聴率12.2%、最高視聴率は16%。

エヴァTVアニメは全26話放送され、平均視聴率は7.1%、最高視聴率10.3%。

るろ剣実写映画三部作の累計興行収入120億円。

新劇場版ヱヴァ(序・破・Q)の興行収入は合わせて112億円。

2017-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20170519211845

ムダに長いスタッフロール主題歌のためにあるわけじゃないし増田会社名はないのかな

しろ若手新人よりも細田や新海の新作とかシン・ヱヴァとかで人が空く暇あるのかが懸念

2016-10-11

今期のアニメ好きな人おすすめスペース☆ダンディ

10月ももう10日となって、秋始まりの新作アニメの第1話があらかた放送されましたね。

今期は例年と比べても各制作会社入魂のバラエティ豊かな作品が揃っていると思います

3月のライオン

シャフト制作と発表されたときはいくらか悲嘆の声も聞こえましたが、蓋を開けるとなかなか評判が良いようです。

特に絵本水彩画の様な淡い背景が羽海野チカさんによる原作空気感再現しており魅力的ですね。

この作品美術設計担当したのは、「とんがり帽子のメモル」や「楽しいムーミン一家」のキャラクターデザイナーである名倉靖博さん

ん?名倉靖博




そんな名倉靖博さんが演出絵コンテを手掛けたのがスペース☆ダンディ第21話「悲しみのない世界じゃんよ」。

ある時ふと気づくと辺境惑星リンボにいたダンディが、不思議な住人に案内されその星の真実に近づくというお話です。

バイクの様な宇宙人哲学する大きな巻き貝、喋りだす飴、モーニングベールを被りリュートをかき鳴らす鳥人

幻想的な夢の中のような世界観が独特の美術と共に描かれた、スペダンの中でも指折りに個性的な一本です!


フリップフラッパーズ

今期は特に変身美少女ものが多いですが、その中でも最も個性的なのが新進気鋭の制作会社3Hzが送るこの作品

1話では若手からベテランまで実力派のアニメーターが集まり、今期随一のアニメーションを見せてくれました。

監督は今回が初監督の押山清高さん。元は若手ながらヱヴァジブリに参加するアニメーターでした。

ん?押山清高?




そんな押山清高さんがなんと一人で脚本美術設定・作画監督まで手掛けたのがスペース☆ダンディ第18話「ビッグフィッシュはでっかいじゃんよ」。

賞金5000万ウーロンの幻の魚ムーナギを捕まえるため、訪れた星で出会った小さな女の子と共に奮闘する話です。

おとぎ話のような物語ビジュアルで、フリップフラッパーズに通じる押山さんの世界観が前面に出ています

東映大長編から続く日本アニメーションの魅力を再確認できる一本です!

ユーリ!!! on ICE

オリジナルアニメの多い今期でも一番のダークホースだったのがこの作品

男子フィギュアスケートを題材とし、漫画家久保ミツロウと、峰不二子という女などの監督を務めた山本沙代がタッグを組み、

実写を参考にした滑らかなアニメーションフィギュアスケートの演技を見事アニメーションに落とし込み、性別関係なく楽しめる良作です。

ん?山本沙代




そんな山本沙代さんが絵コンテ演出を手掛けたのがスペース☆ダンディ20話「ロックンロールダンディじゃんよ」。

ふとした事で宇宙覇権を争うジャイクロ帝国総統ジョニーと、その正体を知らずロックバンドを組むことになったダンディの熱いバンドムービーです。

この回ではゲストキャラクターデザイン原案上條淳士を迎え、全体の作画演出でも彼の作品意識

劇中歌作詞作曲には向井秀徳を起用。分かる人には分かる音楽ネタを交えつつバカと真面目をどちらも全力でやり切ったパワフルな一本。

ちなみに山本沙代さんはこれ以外にも2話の絵コンテ演出OP曲ビバナミダのPVも手掛けております

2016-09-05

シン・ゴジラ絶対詰まんないと思ってた

ゴジラヱヴァも好きだけど、2015年庵野ゴジラやるって知ったとき絶対コケると思ってたよ。だってQ死ぬほどつまんなかったじゃん。しかあん駄作作って精神壊れたーとかいもの発狂芸やってたと思ってたらゴジラでしょ。アホかと思ったよ。

そんでまたタイトルキャストが出たと思ったらシン・ゴジラ長谷川石原ときた。まずシン・ゴジラってタイトルなんやねん。エヴァの完結作はシン・エヴァンゲリオンしまーすでも精神ぶっ壊れたからしばらく作れませーんって庵野がなってて死ねやお前ってなってたらゴジラの新作はシン・ゴジラでーすときた。○すぞ。お前なに精神壊れた芸の真っ最中だと思ったらいきなりゴジラ私物化しとんねん。東宝ゴジラをお前に任せたけどゴジラをお前に与えたわけじゃねえんだぞアホかふざけんな。そしてキャストよ。竹之内はよく知らんからほっとくとして、長谷川石原ときた。歯――――――――――。樋口お前脳みそ狂ってんのか。進撃みたいな聳え立つ糞を作り上げてこいつはもうだめかもと思ったら、キャストそのまま流用と来た。長谷川は頑張ってるのは分かるけどひたすら痛々しくて可哀想だったし、石原はひたすら林檎食わせて○したいくらいだったなだよ。ホントにもうどうすんだよこれってなったよ。マジで夜尾。

ほんでまあキャストの三人と庵野メッセージ読んだら、キャストの奴らは無難な糞詰まんねえこしか言わないし、庵野に至ってはヱヴァ精神壊れて辛いですしかって言ってないし、ホンマにお前らゴジラことなんだと思ってんの?????????????・舐めてんの??????馬鹿なの????????死ぬ??????

ほんであの最初の特報よ。わーーーーーぎゃーーーーーー早く逃げて早くーーーーーーーーあーーーーーーーードンドン!乞うご期待。??????????????????????????????何ですかこれは????????????????????名に?????????ちょっと待って?????????????????????これEOEの実写パートよりひどくない?????????????????????????????待って???????????????マジでこのノリでやんの????????????・え???????・

ほんで何かしばらくしたら、ゴジラ豪華キャスト300名! みたいな感じでHP名前がバーッて出てきたじゃん。柄本明とかそこら辺はいいんだけど、KREVAとかAKB顔面ゴリラとかそういう奴らが死ぬほどブバーッと出てるじゃん。あ、これデビルマンコースだなと確信しました。あの邦画史に残る金字塔たる実写デビルマンでは、ボブサップニュースキャスターやるみたいな殺意を呼び起こすカメオ出演が本当に観客の殺意を呼び起こしてやばかったけど、シン・ゴジラももうこれ完全にそれだなと思いました。死にたくなりました。

ほんでしばらくしたらポスター出たのよ。ゴジラデザインはよかったよ。怖くて最高だよ。でも「ニッポンゴジラときたよ。はーーーーーーーーーーーーーーダッセえええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーwwwwwwwwwwwwwwーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーダッセ―――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーwwwwwwwwwwwwwwニッポンゴジラwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwニッポンゴジラですよみなさんwwwwwwwwwニッポンゴジラwwwwwwwwwwwwwwwwwws最高wwwwwwwwwwwwwwwニッポンゴジラニッポンゴジラwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwだっせえwwwwwwwwwwwwwwww

アレ?と思ったのは最初の本格的な予告が出たときやね。何か、思ったより悪くないゾと。いや人間パートは全く期待できなさそうだった。特に石原ドヤ顔が糞オブ糞オブ糞だったので、ゴジラが出るシーン以外は耳と目を閉じ、 口をつぐんで孤独に座ってようと思ったんだけど、ゴジラのシーンが思ったよりずっとよかったのよね。デザインがすっげえ禍々しくて、ちょっとバーニングゴジラっぽくてかっちょいいし、着ぐるみの出来もいいし、合成もよく出来てる。戦車がいい感じのアングルガンガン動いてバンバンゴジラ砲撃しまくるとことか特オタの血が滾っちゃいましてね。ゴジラ出るところは結構期待できんじゃねえかと思ってしまったのよ。ただ、鷺巣音楽はよかったんだけど、あーこの映画たぶん新しいゴジラだぜって強調するために伊福部楽曲は一切使わねえんじゃねえかなーと思って、ああやっぱりゴジラ栄光過去のもんだなあと寂しく思ったものさ。

と、そこで超弩級情報がブチ込まれる。今回のゴジラはフルCGらしい。え!!!!!!!??????????????????????????????????あれ着ぐるみじゃないの!????????????????????????CGなの?・・・・・・・・・????????????・待って俺普通に着ぐるみCGの複合技だと思ってたんだけど????????????あれ実写じゃないのCGなの????????・・待って結構すごくない?????????マジで????????????

さらにアレ?と思ったのが二つ目who will knowが流れる予告が出たとき人間パートは相変わらず糞っぽいんだけど、何か、よく分からん記者とかトレジャーハンターとか超能力者が出てこないっぽくて、VSシリーズよりはマシなドラマが観れるかなって感じで、そんくらいだったらぜんぜん我慢できるかもと思わされたのね。ほんで夜のゴジラよ。赤く光るゴジラが夜だと超かっこいいのはバーニングゴジラ証明されてるけど、今回も夜のゴジラ超かっこよかった。もしかたらこれ、最高の特撮パートと、VSシリーズよりは悪くない人間パートの組み合わせで、もしかしたらかなり面白いかもしんないと思った。でも警戒はすごくしていた。だって庵野だよ庵野

公開直前の俺はもう完全に疑心杏義よね。どうしても期待したい気ぶんが抜けないけど、期待すると糞の山のぶちまけられたとき絶望する。早く観たいけど、一生みたくない。そういう気ぶんだったよね。

観た感想は言わなくてもいいよね。アートブックはやく届かねえかな。

あ、石原だけど、まあ良くはないけど覚悟してたほどじゃ全然なかったよ。全然許容範囲内だった。VSギドラのおもしろチャック未来人とかで鍛えられた特オタには、あんなのは序の口よ、序ノ口

2016-08-30

新劇場版ヱヴァ義務とQの失敗

結論から言うとQは庵野監督作品の失敗作の1つだ。

 

以下、長々と色々書いていたが推古するのもめんどくさくなって消した。

2016-08-18

ネタバレあり)ゴジラ綾波レイである

って思いついた話。


アラサー腐女子です。

夏コミも無事に終了したため「シン・ゴジラ」を鑑賞してきました。

結論から言えば、最高。


父親の影響でそれなりにゴジラにも触れてきた幼少期。

ストーリーを暗記するほどに思い入れはなかったものの、

ゴジラ氏をはじめとする個性の見える怪獣達に親しみを持っていました。

(当時はモスラが可愛くて好きでした)

実家にある小美人ペンダントまだあるかな

(ついでにミニラよりはリトルゴジラ派でした)


更に同時期、我が家でフル稼働していたSSソフトゴジラ 列島震撼」をプレイしていたことにより、

私の中のゴジラ氏はすっかり愛着のあるキャラクターと化していました。

※「ゴジラ 列島震撼」…SS向けに1995年に発売されたRTSであり、自軍であるGフォース兵器を用いて都市部に現れる怪獣殲滅していくゲーム

ちなみに難易度が糞高い。基本、複数怪獣が出てくるステージ怪獣を同士討ちさせることに全力を注ぐプレイ必須


しかし今回の「シン・ゴジラ」、どうやら様相が違う。


世間では蒲田くんだなんだと呼ばれて人気の第二形態、あれ普通に恐ろしかたからね!

しかし早くも二次創作キャラクター化して落とし込まれる様に日本オタクのたくましさを垣間見ました)


恐竜とも水生生物もつかない見た目にエラから露出する赤い中身。

そんな得体のしれない生き物が血を流し、更に大きく進化していく。

最終形態を見たときには絶望しかありませんでした。勝ち目ないじゃん!私アイドル辞める!

今回のゴジラ氏は今までよりも身近な、より現実的な脅威として私達の前に立ちはだかったのです。


さておき、私エヴァも好きなんですね、腐女子的な要素を抜きにしてもすごく。

リアルタイムでは見ていなかったんですが、やはりそこは社会現象

深夜の再放送などで目にする機会が多く、旧劇場版区別のため、あえてこう表現します)の

絶望とも希望ともとれる無常観が強く印象に残っています

TV放送ときから新劇場版が上映される今の間にネットなどの情報網も発達し、

隠されていたメッセージや設定など、語り尽くされている感こそあります

それを置いてなお今も人々の心を捉えて離さな作品だと感じています

私自漫画を描く人間なんですが、エヴァカット割りや間のとり方などの作品に流れるリズム

今でも参考にしています



今回の「シン・ゴジラ」、ネットでも様々な方が仰っていますが、

シーン一つ一つの割り方やBGM、果てはヤシオリ作戦への流れ方など

エヴァノウハウを存分に活かした映画でしたね。

ちゃんとゴジラという枠組みなんですけど、庵野監督作品に落とし込まれている。

見方を変えれば公式の超金のかかった二次創作との解釈もできてしまうんですが、

多くの人を巻き込んだ一流のエンターテインメントであることは間違いありません。

日本映画の到達した「点」を目の当たりにできたことを幸せに思います


上映後に私が感じたのがタイトルにも記載しました、

ゴジラとは綾波レイなのではないか、という妄想、もとい仮説です。


綾波レイと言えばご存知エヴァンゲリオンヒロインであり、

無口で感情に乏しいという日本美少女界のテンプレートを不動のものにしたレジェンド

彼女は劇中で主人公シンジと触れ合うことで人間らしさを見せ、

かと思えば新旧劇場版では世界ヤバイ状態に落としこむお茶目さんです。


彼女は人の望むものに形を変えられる概念だと思うのです。

ミクロな部分で語ると旧劇場版の人がLCLへと変わっていく描写が有名でしょうか。

あの刹那彼女は、人類それぞれの一番想っている相手へと姿を変えました。

綾波レイというキャラクター自我がないように思えます

そのキャラクターシンジはじめ劇中の登場人物、そして庵野監督

果ては我々観客の望みによって変化し、確立されているように感じるのです。


そこが今回「シン・ゴジラ」を観て共通するかも、と思った点。

ゴジラは私が生まれる前から恐怖の象徴として、人類対峙するものとして、

あるいは正義ヒーローとして、そのかたちを様々に変え今も愛され続けています

その我々の望みを吸って息をする、ある種世相を反映するあり方に

私は綾波レイと同じ血が流れていると感じたのです。


彼(彼女)は何にだってなれるし、何だってできます

恐らく今回のゴジラ氏もそうで、あれはきっと我々が望んだ姿なのです。

そしてこれからゴジラ氏は我々の望みによってその姿を変えていく、

そういう生き物なのかなと。

あわよくば、これから作られるゴジラヱヴァ

どんな結末であっても受け止めるのはもちろんなんですが

望みを吸って育ったそこに少しでも希望がありますようにと

なかなか希望の持てない現代社会で揉まれ腐女子は思うんです。


考えが浮かんだときやばい天才だ!と思ったんですが文章にまとめるとそうでもありませんでした。

お付き合いいただきありがとうございます熱量を吐き出す場所がほしかったんです。



最後に、多大な熱量でこの作品を生み出してくれた庵野監督には本当に感謝です。

新作のヱヴァンゲリヲン、ご健在のうちに世に出していただければ嬉しいです。

今回の「シン・ゴジラ」が免罪符…というわけではありませんが

どれだけでも待たせていただきます

2016-07-31

シン・ゴジラ』のテーマ考察

本作も庵野作品らしく、元ネタからテーマを考えると分かりやすい。以下、元ネタと目される作品事件との比較から本作のテーマを考える。

※なお、細かい元ネタについては↓を参照。

■『シン・ゴジラ』の元ネタまとめ

http://anond.hatelabo.jp/20160731121447

1. 岡本喜八日本のいちばん長い日から考える

シン・ゴジラ』は『日本のいちばん長い日から多大な影響を受けている。激しいカット割りは岡本喜八作品の特徴そのものであるし、日本が重大な危機に直面した際に、どう対応するのかということを題材としている点でも同一である

しかし、そこで描かれるテーマは異なる。『日本のいちばん長い日』はポツダム宣言受諾を目前に、原爆を2発落とされておきながら、なお利権争いを続ける官僚政治家の醜悪さが描かれる。そこでは官僚政治家一丸となって事態対処するという姿勢は見られず、最終的な解決天皇が”ただ独りで”下した「御聖断」によってつけられる。

他方、『シン・ゴジラ』では、責任逃れのために策謀を凝らす政治家官僚が現れたりはするものの、官僚政治家科学者(+ドイツ中国米軍)が”一丸となって”ゴジラ問題対処する。そこには、どんな重大な危機でも、みんなが一丸となって理性を行使すれば必ず解決できる、というポジティブメッセージがある。

2. 庵野秀明新世紀エヴァンゲリオン』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版から考える

シン・ゴジラ』のストーリー展開は『エヴァヱヴァ』におけるラミエル戦とそっくりである。すなわち、『エヴァヱヴァ』においては使徒ラミエルを倒すために全国の発電所および送電車が動員され、日本国一丸となって協力する姿が描かれる。『シン・ゴジラ』においてはゴジラを倒すために全国のプラントおよび化学工場が動員される。

しかし、両者はその後のストーリー展開が異なる。

エヴァヱヴァ』においては、こうした戦いを通じて主人公シンジ君が生きる意味を見出す過程が描かれる。父に捨てられた経験から生きる意味を見失っていたシンジ君は、エヴァに乗って世界を救うことが自分の使命である自覚していくのだ。

しかし、シンジ君はその後、使徒レリエルとの戦いの過程で、自分が乗っているエヴァがとんでもない化け物であることに気付きはじめ、続くバルディエル戦で親友トウジに重傷を負わせる(漫画版では殺害)に至って、生きる意味を完全に見失う。

そこで描かれるのは「みんなで協力して事態対処したところでそれらは全く無意味である」というかなりニヒリスティック結論である

他方、『シン・ゴジラ』においてはこうしたひねくれたストーリー展開はないため、「みんなが一丸となって協力すれば危機を乗り切れる」というポジティブ結論になっている。

3. 本多猪四郎ゴジラから考える

シン・ゴジラ』においては初代ゴジラリスペクトすることが明言され、ゴジラデザインストーリーに初代ゴジラの影響があることがしばしばインタビューなどで語られている。

ゴジラ』のテーマの1つは、当時問題となっていた第五福竜丸事件を背景とする、反核兵器思想であるゴジラ水爆実験の影響で出現し、東京ゴジラがまき散らした放射線は罪のない児童にまで及んだという描写からこれがうかがえる。

他方、『シン・ゴジラ』でも核及び原子力問題テーマとされている。ゴジラは海中に投棄された核廃棄物を喰らったことで東京に出現し、原子力エネルギーによって動いている。

しかし、『シン・ゴジラ』ではこの問題に対する姿勢はもう少し複雑なものとなっている。

まず、①原子力で動くゴジラ破壊力はすさまじく、東京は一瞬で火の海にされてしまう。他方、②ゴジラがまき散らす放射線による被害は小さいとされ、③ゴジラエネルギー源の研究を進めれば現行の原子力発電よりもより安全クリーンエネルギー調達することができることも示唆される。作中ではこのゴジラの2面性を評して「ゴジラは神の化身にして、人類福音をもたらすもの」とも言われる。

しかし他方で、④国連安保理による核兵器投下はきわめて否定的に描かれる。

ここには、「核兵器使用には断固として反対するが、原子力活用については現実的に考えなくてはならない」というメッセージがうかがえる。

4. 結論

以上の検討から、『シン・ゴジラ』のテーマは、「どんな重大な危機でも、みんなが一丸となって理性を行使すれば必ず解決できる」ということと、「核兵器使用には断固として反対するが、原子力活用については現実的に考えなくてはならない」という点にある。

なんというか、大人結論である

5. その他気付いたが確証のないメモ妄想

◇「私は好きにした。君らも好きにしろ。」は岡本喜八監督から庵野監督へのメッセージ(牧吾郎写真岡本喜八監督写真採用したのはこのせい)。「この国で好きを通すのは難しい」はこれに対する庵野監督の回答。現代における作品作りの難しさを言っている。

これを踏まえてラストの「そろそろ好きにしたらどうでしょうか」を聞くと趣深い。すなわち、『シン・ゴジラ』は、色々な制約(予算オールファン批判)で自分の好きに映画を作れない監督が、それでも俺は好きな映画を作るんだ!という映画である。結局、TV版の『新世紀エヴァンゲリオン』のラストと同様、フェリーニの『8 1/2』と同じ結論になる。

ラスト血液凝固剤を流し込むシーンは、一見バカバカしいと思ってしまうが、福島第一原発コンクリートを流し込むという形で実際にやったこと。

ラストゴジラは死には至らず、凍結されるにとどまるが、これは同じく凍結状態にある福島第一原発を模している。今後も対処を続けないと、とんでもないことになるよ、という暗喩か。

ヱヴァQとシン・ゴジラテーマは重なる部分あり。

(1) 孤独な男(シンジ・牧吾郎)が、強大な力(13号機・ゴジラ)を手にして事件を引き起こす。

(2) 危機対応するのが現実主義的な集団ゴジラ討滅のために核の使用も辞さな人類エヴァ殲滅のために初号機を主機として使用するヴィレである

すなわち、両者ともに、危機に対する現実主義的な対応を描いている。トーンの明暗を分けたのは、視点孤独な男(シンジ)サイドに置くか、現実主義的な集団日本政府)に置くか、の違い。

◇牧吾郎反原発博士だったのではないか

妻を放射線で亡くしたことで反原発思想になった結果、日本の学界を追放されてアメリカへ。

国民生活や命よりカネを優先して原発開発を続ける日本報復するために、核エネルギーで動くゴジラを出現させた。

その結果、①多数の東京都民疎開により生活拠点を奪われ、②いつ復活して再び惨禍をもたらすか分からない凍結ゴジラが都のど真ん中に鎮座してしまった。

(上の仮定が正しいとすれば)まさに牧吾郎の狙い通り(cf.広瀬隆東京原発を!』)になったことになる。

シン・ゴジラ観たけど

最初に流れる他の映画予告編で真っ先にプリキュアやってて「こういうファン層(大友)向けなんだなあ」って思ったし、

危機感のない関係閣僚会議イライラしたしやっぱり閣僚無能ぽさガンガン出てたし、

ゴジラの幼体みたいのめっちゃ誰?感あって気持ち悪くて怖かったし、

指示が後手後手でどんどん浸食されていくのリアルで笑えたけど笑ってる場合じゃなくて、

そのあと再上陸した時にゴジラ対策マニュアルみたいなのできてて対応速い!すごい!ってなったし、

緊急対策チームみたいなのの曲者モブっぽさ凄くてこれこれ!これを待ってたんだよ!ってなったし、

てか高橋一生とあの女の子(石原さとみでない)めっちゃ萌えたし、

成体になったゴジラ絶望感スゴイし、

鎌倉上陸したって聞いてほっとしてたら()こっちに来てうわわってなるし、

ていうかそういう感覚って、ハリウッドの超大作パニックとか、昔のゴジラでは味わえない、いま日本で見るからこそ感じられるリアルな怖さだと思うし、

閣僚もやるやんけ、ってなったとたん…ってなったし、

石原さとみはまんまヱヴァアスカみたいで実写だこれ!ってなったし、

平泉の狸かんとか、田口動けるデブ感とか、マツダの有能な二世っぽさとかいとおしいし、

攻撃の時はヱヴァのいつもの音楽だし、

「無人在来線爆弾(うろ覚え)」のネーミングのシュールさとプラレール感に笑ったし、

てかそれやりたかたか最後舞台あそこだったのでは?ってなったし、

ゴジラシリーズの正統として、また庵野×樋口両氏の色がしっかり出た、凄く面白い映画だと思います

シン・ゴジラ』の元ネタまとめ(8/12追記)

筆者は半分くらいしか観てないので間違いとかあったら指摘してください。

◇関連性大

庵野秀明エヴァ(旧世紀版&新劇場版)』 : 同じBGM使用している。ヤシオリ作戦の内容・名称元ネタ

岡本喜八日本のいちばん長い日』 : 激しいカット割りの元ネタ日本危機に直面した時の官僚政治家の動向を描く点は同一。監督岡本喜八写真が本作に登場する牧吾郎写真として使われている。

本多猪四郎ゴジラ(初代)』 : 冒頭に映る古い「東宝」画面、第2形態時の咆哮音、冒頭に襲われる船の名前(「栄光丸」⇒「グローリー丸」)はこれが元ネタ

押井守機動警察パトレイバー the Movie』 : 『シン・ゴジラ』に登場する牧吾郎のあり方が、『機動警察パトレイバー the Movie』に登場する帆場暎一と被る点が多い。①冒頭で海に消える、②事件解決の鍵を握るが、本人は既に死亡しているため、彼の思考の解明に主人公たちが翻弄される、③東京破壊する動機が匂わされる、等。

福島第一原発 : ①ラストシーンで凝固剤をクレーンで投入するシーンは、福島第一原発コンクリートなどを流し込む姿を模しているとの指摘あり。②また、ラストにおいてゴジラは死亡せず凍結されるに留まるが、これは福島原発事故の現状を表してるとの指摘あり。すなわち、冷温停止状態ではあるが、これからもきちんと処理を続けないと、また放射能汚染惨禍を生むということ。

◇関連性中

長谷川和彦太陽を盗んだ男』 : ラスト石原さとみ長谷川博己が語り合う建物が、菅原文太ジュリーの決戦の場と同じ。ヱヴァ破でこれのサントラを使っていたため、意識して使用した可能性がある。また、制作中の仮題が『日本対俺』であり、これは『シン・ゴジラ』のキャッチコピーである現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)』に類似する。

庵野秀明巨神兵東京に現る』 : 終盤、ゴジラ尻尾から出てくる人型が、『巨神兵東京に現る』に登場する巨神兵酷似している。

橋本幸治=中野昭慶ゴジラ(84年)』 : 今回のシン・ゴジラと同じテーマ危機に直面した日本がどう対応するか)を扱った作品。第4形態時の咆哮音の元ネタ。『シン・ゴジラ』のキーマンである吾郎の初出。

本多猪四郎宇宙大戦争(59年)』 : ヤシオリ作戦シーンのビーム作画ビームSEBGM元ネタ。ただし、マーチについては、直接の元ネタは『怪獣大戦争』ではないかとの指摘あり。

富野由悠季イデオン』 : ゴジラが、背びれから全方位ミサイルを出し、尻尾からソードを出しているのは、これが元ネタではないかとの指摘あり。

岡本喜八沖縄決戦』 : 上述した『日本のいちばん長い日』と同じ理由。ただしこちらはシン・ゴジラと違って民間人視点から事件を描く/人の死亡シーンまで描く。また、『シン・ゴジラ』のラスト付近に登場する第32普通科連隊丹波一佐は、『沖縄決戦』で第32軍長勇参謀長を演じる丹波哲郎元ネタ

◇関連性小

佐藤純彌新幹線大爆破』 : 東京駅作戦をするシーン、新幹線爆弾を積んでぶつけるシーンの元ネタ

赤井孝美『八岐之大蛇の逆襲』 : 「ヤシオリ」という名称ヤマタノオロチを酔わせた酒)からすると、ヤシオリ作戦元ネタエヴァではなくこちらを挙げるべきであるとの意見あり。また、血液凝固剤を注射ではなく経口投与にしたのは、ヤマタノオロチ伝承に倣ったものか。なお、これに登場する八岐之大蛇は第2形態に似ている。

◇その他名前ネタ

山崎豊子白い巨塔』 : 財前正夫(國村準)、大河内清次(大杉漣)、里見祐介(平泉成)、花森麗子(余貴美子)、東竜太柄本明)、柳原矢島健一)、金井中村育二)の”苗字”の元ネタ。たぶん探せばもっと出てくる。

安野モヨコ作品 : 矢口蘭堂(長谷川博己)(⇒『ジェリービーンズ』)、カヨコ・アン・パタースン(石原さとみ)、尾頭ヒロミ市川実日子)、花森麗子(余貴美子)(⇒『ハッピー・マニア』)の”名前”の元ネタ。たぶん探せばもっと出てくる。

補足

http://anond.hatelabo.jp/20160812012224

2016-07-26

友達に薦めてもらったアニメが合わなかったときに傷つけずに伝える方法

どうすればいい?

軒並み合わなかったんだけど。

ヱヴァンゲリオン、化物語シリーズ

どちらも主人公共感できなかった。

友達パチンコから入ってハマったらしいが狂信者だ。

2016-01-30

真面目に考察する映画としてのキンプリ

君、プリズムショーは好きかい

からネタバレどころかプリティーリズムシリーズを熟知している前提で話をするね。

さて、キンプリ考察するにあたって真っ先に考えなきゃいけないのが如月ルヰくん。なにせメインビジュアルで物凄く主張しておきながら今作でほぼ何もしていない謎キャラオブ謎キャラ

シュワルツローズで法月仁のお気に入りというポジションで、かつ白い髪をしていることから、天羽ジュネの対比としてデザインされていることは間違いない。

ただ、ルヰがポジション的にジュネの対比だから「ルヰくんはプリズムの使者なんだ!」と決めてしまうのは早計なので、そこを早とちりしないようにしたい。なにせそうなるとりんねVSジュネはなんだったのかという話ですし。

今作でのルヰくんの活躍を振り返ると、シンにペンダントチケットを渡したり、シンのときめきサイクリング物理)を見守ったり、シンがオバレに絡まれるのを見守ったり、シンに抱きついたり、そして最後に法月仁に愛でられたりしていたわけです。

なんだこいつシン大好き野郎か。シン大好き野郎だな。

こんな感じで謎の言動と意味不明な登場の多いルヰくんなのだけれど、監督が「全てのカット台詞意味がある」と言った以上、これらの謎は全て後編(仮)で明らかになる伏線のはず。

そこで次に考えるべきはペンダントです。ルヰがシンに渡したやつ。これも今作では意味が分からないまま終わりました。

まずはペンダント意匠に注目。白地に青と黒地に赤の2つの円が組み合わさったデザインをしています

これは恐らくルヰとシンをイメージしたデザインになっていて、ルヰが青いピアスを左耳につけていることもそれを象徴しているわけです。そういえばルヰはなぜ左耳にだけピアスを…?というのは考えすぎでしょうかね。

さらにこの青と赤のデザインは、そのまま月と太陽象徴になります

ルヰとシュワルツローズは数多くの場面で月を背負っていますし、

シンはイメージカラープリズムジャンプから太陽象徴があります

話をペンダントに戻すと、このペンダントは月と太陽、ルヰとシンのモチーフを持ったペンダントになっている訳ですね。

これをシンに渡す時、ルヰは「ペンダントプリズムショーを見せてほしい」と頼みます

また、エーデルローズ感謝祭ではペンダントが光ることでシンの初舞台を後押ししていました。

よく見るとこれ、ロケットペンダントになっていて中に写真が入るように見えます

なぜペンダントがルヰとシン両方を象徴しているのか、ペンダントにショーを見せるとは何か。ペンダントの中に隠されたものとは。

このあたりの展開を後編(仮)で楽しみにしたいですね。

話をどんどん後編(仮)にぶん投げつつ次に扱うのは一条シンちゃん。

実は彼、謎だらけです。

ストーリーの外側から見ると「プリリズ未視聴者配慮した視聴者目線主人公」としてすんなり受け入れられるんですが、よく考えると不明点がゴロゴロ出てきます

まず彼、家族居るんですか?

あっさりエーデルローズに入寮してますが、その前はどこに誰と住んでました?

見るもの全てにハァハァ言うシンちゃんですが、彼の反応をただの「純粋無垢」で済ませるのは早いように思います

レインボーライブりんねちゃんのように、「プリズムの使者が記憶を失っている」に近い状態なのでは?なにげに髪色も同じですしね。

そしてプリズムジャンプ中にチラ見えする、うなじにある三日月形のアザ。なぜ太陽モチーフの彼に三日月が?

本当に謎キャラなのはルヰくんよりシンちゃんの方なのでは?

謎は深まるばかりですが例によって後編(仮)に投げましょう。

あとはストーリーの外側から見た考察とか。

キンプリは全編通して月の意匠が多く使われていますキービジュアルとか、公式サイトとか。

でも先述の通り月ってルヰくんの象徴のはずで、主人公のシンちゃんは太陽なんですよね。

なぜシンちゃんをさしおいてルヰくんの月を全面に…?

あとここまでくるとこじつけ言葉遊びの域になりますが、キンプリのシン・ルヰのネーミングはヱヴァシンジカヲルにひっかけてませんか?何か共通する要素があったりしませんかね…。

と、いうわけで後編(仮)を見るためには絶賛延長公開中であるKING OF PRISMの大ヒットが重要

みんな、キンプリを観てくれ!

2014-09-06

ヱヴァQ見て

全部分かんないとか言われると流石に分かる部分もあるだろうとか思うんだけど、

それ言うと「ヱヴァが分かる俺(笑)」みたいな感じにされるしでつくづく面倒くさい作品だなと思う。

そういえば劇場で見た後も同じ感想だった。

2013-12-23

アニメとか映画評論価値が見出せない

作品の感想なんてものは人それぞれ勝手に受け止めるものであって、そんなものは「※個人の感想です」でしかなく、それ以上でもそれ以下でもないものなのに、

文化人とかサブカルとか言論者なんかが自分のメシを食うためのメディア露出や本や雑誌ブログ記事のネタつくりや、ハク付けや権威や発言力を高めるためにしゃしゃり出てきて、出さなくても良いクチを出しているだけ、っていう認識なんだけど。俺の中では。チラシの裏に書いとけよ。と。

権威が幅を利かせる社会から権威を作ることでメシ食おうという職業が成り立つ土壌だということか。カツマとか。

んで、そういった権威を、作品を作る側や商売展開する側も利用しているので、彼らの中ではwin-winなんだろうな。お金払って評論書いてもらったりしてるのかも。

権威のための評論なんかじゃなくて、いろんな見方や新しい切り口を提示してる個人の感想文のほうがよっぽど意義があるとおもう。

たとえばヱヴァ破のときに、「あれはギャグである。"そんなの関係ないって言ってるでしょう!"って発言は小島よしおに結びついており、現代おいて"いかに笑いをとるか"ということがコミュニケーション上の重要な要素であることの表現なのだ」的な主旨のブログを見たけどそれはおもしろかった。

でも、「権威評論 かつ 新しい切り口で面白い」というパターンもあるかも。それはそれで面白いからおk

※個人の感想です

2013-01-22

個人的にはかなり満足度の高かったヱヴァQ感想

どこの集計かもよくわからんのですが、ヱヴァQの評判が悪いそうで。

そう思う人が多いのも仕方ないとも思うのですが、個人的には楽しめたのでそのあたりについて

ヱヴァ解釈論ブーム」が落ち着いてきた感のある今頃になって適当に書き綴ってみる。


キニートが一念発起してちょっと間違った方向に全力で頑張ってしまったヱヴァ破のラスト

ヱヴァQを語るうえで前作とのつながりについては言及しないわけには行かないですね。

たぶん今回ヱヴァQがっかりした人は結構割合ヱヴァ破のラストにグッと来ていたと思います

かくいう私もグッと来ました。シンジさんかっこよかったっすね。

でも、あれってヱヴァQ見てから再度見直すと、シンジさんのちょっとしたミスが気になってしまます

それは、


「僕がどうなったっていい、世界がどうなったっていい、だけど綾波は…せめて綾波だけは、絶対助ける!」


というシンジさんのセリフです。

これがシンジさんをシンジさんたらしめているセリフなんですが、ここに含まれるちょっとしたミス

のちの世界に多大な影響を及ぼしてしまます


そうです。「世界がどうなったっていい」という部分は口にしても願ってもいけなかったんです。

だってヱヴァ初号機とシンジさんの組み合わせではその願いが具現化してしまうんですから

シンジさんの願いを叶えるべく、初号機さんは世界犠牲にしてでも綾波を救おうとしちゃうんです。


ここでのシンジさんの不幸は、己の力量を正確に把握できていなかったことでした。

己の何気ない考えや言葉世界に及ぼす影響をまったく考えていなかったことでした。

あの時のリツコさんの言葉が本当なら、とことん貪欲に「世界綾波も救って幸せ暮らしてやる」って願えば

世界への甚大な影響はなかったんじゃないんでしょうか?それとも「古い生命体は滅ぶ」の方が優先されるんでしょうか?

そんなのみんなで新しい生命体になればいいじゃん!Yes貪欲!No More 遠慮!


やりきった達成感でポジティブシンジさんとそのせいで多大な迷惑を被った周りの温度差が著しい序盤

そしてヱヴァQの序盤です。

我らのヒーローであるシンジさんが周りからひどい拒絶を受けてしまう序盤ですが、これもこの時の状況を考えると

周りの反応も仕方ないんではないかと思ってしまうんです。

だってシンジさんのせいで被害を被ってない第三者である我々視聴者はともかく、ヴィレの面々はシンジさんが

間違った方向に全力出しちゃったせいで甚大な被害を受けた被害者なわけです。

それだけでも拒絶するに十分な理由なのに、あろうことかサルベージ計画実行中に覚醒してます

回収後の調査で科学的には14年前の碇シンジという個体と同一である可能性が非常に高いという結果が出てるとはいえ、

世界犠牲にして綾波を救おうとした生命体が情報収集のために碇シンジという生命体に擬態している可能性もあるわけです。

おいそれと警戒を解くわけにも、情報をべらべらしゃべるわけにもいかないのは、ヴィレ側の立場としては仕方ないのではと思います

いつまた世界犠牲にして綾波を救い出そうとするやもわからない生命体に心を開けという方が無茶です。

まぁ、結果としては「綾波なんて救えてないよ」という絶望的な現実シンジさんに伝えてしまうわけですが。


無い勇気を振り絞って頑張った結果が徒労だったという現実直視できない中盤

外見や声だけはまるっきり同じの綾波モドキがシンジさんを悲しい現実から救いに来てくれちゃったおかげで

シンジさんは現実から目をそらして綾波モドキと一緒に逃亡します。

「やっぱり綾波は救えていたんじゃないか」という自分の信じたい現実(虚構)が目の前に現れてくれたおかげでシンジさんは

まだ何とかポジティブです。しかしそれも徐々に揺らいでいきます

自分が救ったはずの綾波(モドキ)が自分の知ってる綾波と違うことが徐々に露わになり始めますが、シンジさんはその現実から

目をそらしてしまます。その現実逃避がよく表れているのが「綾波段ボール小屋の前に積まれた本」ですね。

「お前は俺が救った綾波のはずだ」という願望の押しつけを積み重ね、それでも無視する綾波モドキに対してついには「もういいよ!」と当り散らして

積み上げた本を散らかしてしまます。高く積まれた本が崩れる様は、シンジが「自分努力は徒労どころか害悪しかなかった」という

つらい現実をやっと受け入れたことを表していたように思います


この綾波モドキとのやり取りと並行して描かれた、ヱヴァQで評判の悪い真夏(かどうか不明)の昼の淫夢にも触れなくてはならないでしょう。

つらい現実から目を背け続けるシンジさんをカヲル君は優しく慰め、つらい現実を優しく噛み砕いてシンジさんに受け入れさせようとします。

拒絶と無関心しかない世間で唯一自分を認めてくれる存在が目の前にあれば、だれでもそれに縋るでしょう。ほかに縋れるものなんてないから。


そしてカヲル君はこのどうしようもない現状の打開策(とカヲル自身が信じている事)をシンジに伝えます

そりゃやるでしょう。受け入れがたい現実を受け入れたことでシンジさんは自分にとてつもない力があることだけは自覚できたからです。

自分には力がある。前回は使い道を間違ったけど、今回は道しるべを示してくれる人がいる。これはいける!」

この時点で道しるべを疑うことをシンジさんに期待するのは酷というものです。


また間違った方向に全力で頑張って、たった一人の友達を殺してしまった終盤

不吉な番号が付いた13号機に二人で乗り込み、汚名返上のため再度やる気120%のシンジさんは、視界に入る大好きだった綾波似て非なる生命体を

疎みながらも目的のために前進します。

そこで、自信満々でシンジさんを導いてきたカヲル君が異変に気づきます

「何かがおかしい」

でもシンジさんは止まれません。

だってもうすぐ汚名返上できるんだから

自分努力した結果が正しい方向に修正されるんだから

目の前に広がるクソッタレ現実から逃げられるまであと一歩というところまで来てるんだから

ここまできてもシンジさんの行動の原動力は「現実逃避」です。

船頭が迷い始めているのに漕ぎ手が止まりません。

もうすぐ答えに手が届きそうなときに「なんか不安からやめよう」なんて言われても止まれません。

なぜならこの言葉シンジさんにとっては「このクソッタレ現実ともうしばらく付き合おう」に等しいからです。

「もうすぐでこのクソッタレ現実から逃げきれるのになんでわざわざつかまってやらなきゃいけないんだ」

と考えてしまうのも無理はない。止まれない。

そしてまた世界に多大な迷惑を及ぼしかけてしまます


2度も多大な迷惑をかけたにも関わらず息を切らして駆けつけて助けてくれる美少女が居る幸せに気づかないニブチン

せっかくやる気を出したにもかかわらず2度やって2度失敗してしまったシンジさんは絶望してヒキニートに戻ります

仕方ないことですね。頑張っても無駄だったんだもの。むしろ害悪だったんだもの。2度やって2度とも。

自分が頑張れば頑張るほど他人が迷惑する」というつらい現実と2度も直面させられては、こうなってしまうのも無理はない。


しかし、俺はシンジさんが羨ましくて仕方ない。

だってこんだけ迷惑かけても、息を切らして自分に駆けつけてくれる絵にかいたようなツンデレ美少女が居るんですよ?

ふざけんな、何がシンジさんだこの野郎。かわいそうな自分に酔ってんじゃねぇぞ。

こんなに幸せ物語ありますか?超絶ご都合主義アニメじゃねーか。

映画感想を分かち合う友人もいない、人生の伴侶もいない、電話の着信履歴が1年近く残る、メールが来るのはスパムだけな俺より全然マシじゃねーか。

いっちょまえに絶望気取ってんじゃねぇぞ。どんだけ幸せなんだこの野郎。



シンジさん改めボケカスキニートシンジの心の変遷をたどりながら2回見ました。

同じ映画を2回見たのはこれが初めてです。

世間的にはクソ映画なのかもしれませんが、俺にとってはかなり満足度の高い映画でした。

まぁ、こういう意見もあるってことで。

2012-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20121203123633

鈴木敏夫ジブリ汗まみれ 2010年1月5日 庵野秀明ゲスト回その1 続き)

 

ナレーション

 

鈴木だってヱヴァ』って自分お金で作ったんでしょ。

庵野:ええ。

鈴木:すごいよね。

庵野100パー出資なんで。リスクも大きいけど、リターンも大きい。やるんだったらそっちの方がいいかなって。

鈴木40代は……なんていうの。30代からかもしれないけど、10年間ぐらい遊んでたでしょ?

庵野:遊んではいないですね(笑)

鈴木:でも遊んでたよ。

庵野:まあ遊んでるようには見えるかもしれないですけど、遊んではいないですね。

鈴木:だからヱヴァ』作るときに、ちょっとね、頑張るみたいな感じ出したじゃない。

庵野:まあ、そうですね。10年はやってないですけど。遊んではいないですけど。

鈴木:『キューティーハニー』作ったり(笑)

庵野:ええ、まあ、実写をしばらくやってましたね。

鈴木:なんかあの間、すこし休憩って感じがして。『エヴァ』のあと。

庵野:『エヴァ』のあと、アニメには本当に、どっちかっていうとアニメ業界失望してたんです。いまアニメを作ってもしょうがないんじゃないかって。まあ実写の方に興味が行ってましたね。

鈴木:50代なにやるの?

庵野:50代は……。

鈴木:50代、ねえ。40代に大概いろんな映画監督ってたいてい代表作を作ってんですよ。大概そうだよね、黒澤(明)はじめ。

庵野:まあ、そうですね。35から40代ですね。

鈴木:そうしたら、なんていうの。50代になったら大概違うものやるんですよ。だからヱヴァ』をやった――『ヱヴァ』代表作でしょ、そのあとどうするんだろうって。

庵野:うーん、なにやるんですかね。うーん。

 

ナレーション

 

鈴木日本アニメーションはどうなるんですか。

庵野:まあ、衰退するんじゃないですか。

鈴木(笑)。もうしてるよね。

庵野:ええ。

 

終わり

2012-12-01

ヱヴァ:Q見てきた

 技術的にはなるほど失敗作だけど、いったん完結したはずのエヴァなんかを持ち出して何をやるのかという新劇場版の企画意図みたいなものはやっとわかってきた。要は破滅的な結末だった旧劇EoEを「アスカルート」(アスカED)とした場合、「レイルート」をやりたいってことだよね、これ。

 果たしてそのレイEDが「トゥルーエンド」になるのかどうか。

 それとももう一周あるのだろうか。

2012-11-25

アンチエンターテイメントとしてのヱヴァQ

<はじめに>

ヱヴァQ面白く無かった人の中には、どうしてそれが面白く無かったのか、

どうしてあんなに面白く無かったものをありがたがる人がいるのか、を理解できない人もいるかと思います

(理解した上で嫌悪感を感じる人は本説明の対象外です)

そうした人達に向けてヱヴァQおよび旧作エヴァンゲリオン面白さと面白く無さを説明してみます

ただし、これは「説明」なのであって、ヱヴァQはだから面白いよねという「説得」ではありません。

理解できたからといってヱヴァQ面白くなるわけではありません。


<要約>

ヱヴァQアンチorメタエンターテイメント的な構造=「期待を裏切られる楽しみ」を持っている。

(ここでいう「期待」とは「謎の提示→解決」「話のフリ→オチ」「主人公の苦難→成長」という、従来のエンターテイメントが持つ構造である)

「期待を裏切られたこと」が受け入れられない人は当然つまらなく感じるし、裏切られる楽しみを感じた人は楽しめただけの話。


ヱヴァQ面白くなさのパターン

1.アニメの絵、動き、音楽が嫌い。

 これについては説明できません。「そう感じる」のだから仕方が無いありません。

 ただ、他アニメに比べて単純にクオリティが低かったかどうかで言えばそんなことは無かったのではないでしょうか。

 

2.ストーリーが嫌い、よく分からなかった。

 本説明は、こちらに関する説明になります


メタorアンチミステリとしてのエヴァ群>

 通常、お話には各文章毎に意味があり、お話世界の設定を示し、物語が流れ、オチがつきます

 これが普通の「エンターテイメント」です。たとえばミステリを例にとってみましょう。

 まず小説世界の設定が示されます。その示し方、というのは作者が見せたい示し方「ある視点からみた小説世界」です。

 その世界には「謎」がありますクライマックスで作者は別方向から視点を持ち込んだり、

 視点の位置を変更することによって「謎の解決」をはかります。これがミステリです。

 旧エヴァンゲリオンと新ヱヴァンゲリヲンには様々なエンターテイメント要素「純文学的」「SF的」「ミステリ的」な楽しみが入っています

 本論ではミステリとしての切り口からエヴァ群およびエヴァQを読み解きます

1.ミステリ歴史

  エヴァには謎がちりばめられています南極で4体いた巨人は何なのか、槍とは何なのか、人類保管計画とは・・・etc

  通常のミステリエンターテイメントではこれらの謎には一応の説明=オチがつきます

  謎と回答がセットで用意されていることがミステリエンターテイメントの条件なのです。

  謎に対する回答が論理的でないことはミステリエンターテイメントでは批判対象になります

  では、謎に対して論理的な回答が用意されていればいいのでしょうか。答えは否です。

  当たり前すぎる謎への回答は「つまらない、面白く無い、想定の範囲内」としてまた批判対象になるのです。

  ミステリエンターテイメント歴史はこの矛盾した期待「筋道が通っているのに予想を外す」に応えた歴史でした。

  エンターテイナーは密室を作り、アリバイをでっちあげ、人物を交換し、天狗の鼻の上でナイフを滑らせたのです。

  しかし、読者には読書体験が蓄積されます。「密室もの」「アリバイもの」「島田荘司のいつもの」などのように予想は外れにくくなります

  ミステリ系が広まることがミステリ系の楽しみを成り立ちにくくするのです。ここでエンターテイナーはさらに頑張りました。

  密室ものと見せかけかけた人物入れ替え(トリックトリックとして使う)や、

  文章を意図的に誤読させることで謎でないと感じていたもの最後に謎であったと提示する(叙述トリック)などです。

 「読者の読書体験込み」の謎(トリックを知っている読者への謎)を作ったのですね。

  しかしかし、それすらも読者の読書体験に織り込まれてしまます。「ああ、これは叙述トリックもの」だね、という風に。

  こうしてミステリエンターテイメントパターンは全て出尽くしたように見えました。あとは各作家文章力/味付けだけの世界になったように思えました。

  しかしかし、そうではありませんでした。ミステリエンターテイナー原理主義者が考えた最後兵器最後の謎、それがアンチorメタミステリです。

  アンチミステリメタミステリとは何か?それはミステリエンターテイメントの条件「謎には回答がセットで用意されている」という想定、

  「これはミステリだろ、という読者の読書体験を裏切る」ミステリのことです。(読者体験を念頭に=メタ、解決の放棄アンチ)

  ミステリ的に提示された謎は解決、されません。貼られた伏線には何らかの意図があり、背景には脈絡が流れているにも関わらず永遠にそれが明かさないのです。

  読者は怒りました。怒り狂いました。こんな本は狂っていると騒ぎ、壁に本を投げつけ壁に穴をあけ、火を付けてさつまいもを焼いたのです。

  ただ、一部の読者は壁にめり込んだ本を再度開き、焦げた本を再度繋ぎ合わせ始めました。

  何故か?永遠に解決されない謎がとても魅力的に思えてきたのです。

  アンチorメタミステリがただの問答無用の「裏切り」だったとしたら、それはミステリでもなんでもありませんでした。

  しかしかしかし!アンチorメタミステリはきちんと「ミステリ」でした。何故か?提示されない、収束しないだけで、回答らしきものは「読めた」からです。

  作者はデタラメに謎を配置したわけではなかったのです。

  謎の配置には意味がありました。完全に繋がっていない謎同士、明かされずぶち切れた伏線から、かすかな破線のような真実の輪郭はかろうじて読めたのです。

  一部の読者たちは途切れた伏線をつなぎ、明かされない謎を照らし合わせました。そうしてできた回答は一つではありません。

  読者の数だけ答えがありました。いや、読者が考える度に回答が産まれました。

  作者の意図は完全にトレースあるいはサルベージできない(ようにつくられている)ため、当然のことでした。

  本を拾いあげた読者たちは各々、自分の回答について話合いを始めました。そうしてまた、新しい回答群が産まれたのです。


2.旧エヴァ歴史メタorアンチミステリ

  エヴァにはたくさんの「読みかた(視聴の視点)」があります

  それは他のアニメにも言えることかもしれません。ですがエヴァは思いつく限り全部入り、ぐらいの要素が入っているのです。

  SFとしてのエヴァ純文学としてのエヴァミステリとしてのエヴァキャラ萌えとしてのエヴァ

  それぞれが本格的に作られており、それらが複合的に絡み合うことで色々な読みを許す懐の深いアニメです。

  当時、それら本格的な要素を持つアニメとしてエヴァはそれなりに期待されました。

  TV放映の途中まで庵野監督は概ねそれに応えていたといっていいでしょう。

  しかし、最終的には庵野監督視聴者の期待をことごとく裏切ります

  TVエヴァでは最終二話にはエヴァほとんど登場せず、伏線は回収されず、ただ主人公が救われたという心象風景けが提示されます

  旧映画版。今度こそ、と期待されたものを再び庵野監督裏切りました。

  復活したヒロインは次の瞬間無惨に食われ、主人公最後最後まで成長らしきものをせず、謎らしきもの回答は完全には示されませんでした。

  たくさんの視聴者失望・・・しませんでした。これこそがエヴァだと叫び、糞だ糞だと拍手喝采褒め讃えたのです。

  エヴァいかに糞でその糞が何を描いていたのかについて各々語り始めました。

  何故か?視聴者は「裏切られることを予期していた」からなのです。

  TV版最終二話でなされた裏切り庵野監督が持つオタクへの自己嫌悪から発生したと言われるファーストインパクト

  これはうんこでした。ただただ庵野監督うんこをしたかった。とてもうんこがしたかったことが原因で産まれた巨大なうんこでした。

  しかし、これが偶然にもアンチエンターテイメントアンチミステリの形式を踏んでしまうことになります

  「開示される予定だった真実が巨大な庵野うんこによって適度に隠される」ことで良質なアンチミステリとなってしまったのです。

  デリヘル・ガイナックス♪で嬢呼んだらいきなり罵られた挙げ句勝手に帰ってしまったんだけど、そういうプレイだと思えば良質だったみたいな感じです。

  この放置プレイが評判を呼び、放置プレイマニアがこぞって映画館に行ったのですから、文句の出ようがありません。

  いや、息子のわがまま映画館に連れてこられた私の家族など、一部、可哀想な人たちがいたことは事実です。歴史の裏にはいつも悲しみがあります


3.新劇場版ヱヴァメタorアンチミステリ

  作家は挑戦をせずにはいられない生き物です。

  庵野監督10年くらいたったから、そろそろうんこ溜まってきたし、うんこしよう。するなら、前回よりもおっきいのを、だ。と考えました。

  巨大うんこのために作られたより巨大な謎、セカンドインパクト、それが新劇場版ヱヴァQでした。

  序、破は伏線でした。庵野監督は旧エヴァ制作/公開体験を、そして視聴者の視聴体験を利用します。

  つまりメタミステリとしてのヱヴァ「第一の裏切り=お、これ、前と違ってまっとうなアニメじゃん!」です。

  旧劇では糞が半分読まれていました。

  旧劇を超えるためには、序、破、でエヴァが糞で謎を隠す形式のミステリである視聴体験を払拭する必要があったのです。

  普通の糞好きに普通に映画館にきてもらっても、もう、庵野監督は満足できない。

  訓練された糞好きでも楽しめる、よりアクロバティクなうんこを魅せるとともに、

  中年男性うんこを放り出したとこをみたこともない女子高生うんこの素晴らしさを伝える、という庵野監督の願い–––––––人類補完計画

  この発動を目的として作られたため、序、破は精巧に綿密にまっとうなエンターテイメントをしていました。

  そして、ヱヴァQ。やってしまいました。満を持して登場した監督ヴンダー希望に糞を放り出す12使途(ネタばれ)として登場。

  観客を糞塗れにします。

  君の言っていることはほとんど意味が分からないよカヲル君、それどころか肝心なことは何一つ言わないよシンジ君以外のみんな。

  これが第二の裏切り

  一人じゃないんだ、と思ってたら「孤独でしたー」

  前に進めたんだ、と思っていたら「進めてませんでしたー」

  槍でやり直せると思ったら「やり直せませんでしたー」

  です。

  この、完全なる王道エンターテイメント期待への「裏切り」。

  救われるべきものが救われないアンチエンターテイメント、開示されるべき謎がほったらかしのアンチミステリこそがヱヴァQなのです。

  つまらないのは当然なのです。まっとうな反応なのです。面白いとみせかけて面白く無く作ったのですから面白いけが無い。当然のことです。

  ただ、「期待を裏切るという形式のエンターテイメント面白さを期待されたら、最終的には<面白いことを裏切る>しかない」んです。

  一度は必ず「面白く無いという面白さ」へ行き着いてしまものなんです。これはもう、ある程度しょうがない。

  問題は次回作シン・エヴァンゲリオン劇場版に持ち越されました。

  ここできちんと伏線が回収される!と見せかけて回収されない!謎が開示される!と見せかけて開示されない!のか、どうかは分かりません。

  アンチ構造最終回だったとしても、ある程度、おぼろげながら真実が見える形には仕上げてくるのではないでしょうか、というのが僕の予想です。



4.インターネット世代メタorアンチミステリ

  最後に、ミステリの形式とネット社会について述べておきます

  ある一つの解を持つミステリは、ネット社会においては瞬時に消費されます

  AはBだったんだ!以上!という情報は急速に読者や読者ですらない人間に行き渡ります

  「なあんだ、Aは結局Bだったのね。あーあれね。昔あったA=B型カテゴリのやつね」というふうに。

  物語の延命をはかろうと思うとメタorアンチミステリの形式をとらざるをえないのです。

  読者が謎と真実について語り合うことで新たな謎が生まれ、語りが語りを呼ぶことで物語はかろうじて生きながらえるのです。

  だから、今は普通エンターテイメントにもアンチ的要素は含まれます

  ある物語できちんとオチがつくものの、別の読者を引きつける開示されない大きな謎がシリーズを繋ぐとみえる、などベタな展開ですね。

  ちょうど、TVゲームネットゲームになったことにそれは少し似ているかもしれません。

  ゲーム攻略のものではなく、攻略について語り合い、次アップデートへの期待について語り合うメタな楽しみ。

  ラスボスを倒しても終わらないその営みこそがネットゲーム醍醐味です。

  エヴァンゲリオン、一体、どうなってしまうんでしょうね、楽しみですね。

  こちらからは以上です。

2011-05-29

デジタルオーディオプレイヤーの世代も分けてみた。

http://anond.hatelabo.jp/20110527203744

HTMLとかデジカメとかMacとか、いろいろ改変できそうなネタだけど、すでに成熟期に入っているデジタルオーディオプレイヤー(DAP)を同じように分けてみたい。

プレDAP世代(〜2000年)

最初期の録音可能デジタルオーディオDATだが、当時民生用としてはややオーバースペックだったためもっぱらプロユースだった。DATなんか趣味で持っていたような人は、たぶん今は逆にアナログレコードピュアAU趣味なんじゃないだろうか。ヱヴァシンジ君が父親の形見(生きてるけど)として使ってたあれ。その後MDが発表され、ようやく一般家庭にデジタルポータブルオーディオが普及する。ただこれらはあくまで「オーディオ機器メディアに録音する」物であって、現代的なDAPとは違った。

現代的なDAPが発売されたのは1998年から。この当時はまフラッシュメモリが高価で64MBとかが当たり前だった。この時代はソニー以外の国産メーカーは殆ど無く、iRiveriAUDIOMpioなどの韓国勢が主流だった。

この時期のDAPは、PCにつないで使うということで、家電量販店オーディオコーナーではなPC周辺機器のコーナーで売られていた。ちょうどWindows98PCマルチメディア化してったころ。ただMP3プレイヤーはまだまだマニアックなシロモノだった。この時期にMP3プレイヤーを使っていた人は、結構なギークはないだろうか。

黎明期(2001年2004年)

その後ポータブルオーディオシェアを大きく塗り替えるiPodが発売される。他のメーカープレイヤーのために変換転送ソフト付属させたのに対して、iPodはまiTunesが先にありそこからiPodを開発した。あと、HDD採用PC内のプレイリストを全部持ち歩けるようにしたのも画期的だった、

またアメリカでは2003年(日本では2005年)からiTunes Storeサービス開始、他のサービスが苦戦する中でiPodの人気を背景に成功をおさめる。

このころ国産メーカーはどうだったかというと、2001年PanasonicSDオーディオを発売したり、ケンウッドWMA対応CDプレイヤーを発売していたが、いまいちぱっとせず、Apple VS 韓国勢という情況だった。特にウォークマン」のソニーATRAC3メモリースティックなどの独自規格にこだわったことや(SonicStageがものすごく使いにくかった)、日本家電メーカーレコード会社の関係から著作権がらみで消極的だったこともあり、海外勢に大きく水を開けられることとなる。

特にソニーのこの時期の迷走ぶりがひどく、Hi-MDとかVaio Pocketとかその後黒歴史化するシロモノを次々と出し、Appleシェアを奪われていった。DAPに限らずDVDレコーダー薄型テレビなどでも同じように迷走していた。その後のソニーの凋落ってじつはここから始まっていたんじゃないだろうか。

この時期に発売されたiPod miniは小型化と低価格化により爆発的に売れ、世界的に品薄の状態が長く続いた。はじめてのDAPiPod miniという人も結構いるのではないだろうか。

発展期(2004年2007年)

シェアを奪われようやく危機感を覚えたソニーが、MP3AACWMAなどマルチコーデック対応プレイヤーを発売。家電メーカーしい発想でHDD搭載のミニコンポを発売。これで「パソコンがなくてもDAPが使える」環境となる。

ソニー以外の国産勢は巻き返しを図るべく音質や付加機能を全面だす。東芝ワンセグ付きのプレイヤーケンウッドデジタルアンプ付き、PanasonicDIGAとの連携など。あと、日本メーカー品の多くはダイレクトエンコード対応で、PCなしで音楽を取り込めるという触れ込み(ただ決して使い勝手は良くない)。この辺はスマートフォンPCと一緒で、よくも悪くも日本家電メーカー的な商品開発。

一方のAppleiPod動画対応に。これはiTunesストアで映画テレビ番組を配信・販売することを前提としたものだった。ただ日本ではこの時期はようやくiTunes Storeサービス開始したばかりの頃で、動画を購入することは出来なかった。Apple以外のメーカーも、このころからオーディオプレイヤーからマルチメディアプレイヤーへの移行が始まる。更に低価格で簡素な機能のiPod shuffle、ミドルエンドのiPod nanoが発売される。iPod shuffleとnanoにより低価格化・小型化が進みより一般ユーザー向けに浸透する。

この時期はヘッドホンスピーカーFMトランスミッター動画変換ソフトなど、サードパーティアクセサリが拡充した時期だった。特にイヤホン/ヘッドホンなんか中価格・高価格帯が売れるようになった。ノイズキャンセリングヘッドホンとかDock接続スピーカーが出たのもこの時期。

全盛期 / 成熟期(2007年〜)

DAPデジタルデバイス化がより進む。iPod touchマルチメディアプレイヤー機能に加え、ネットブラウズメールYoutube視聴、さらにApp Storeによりゲームビジネスアプリなどを入れられる。iPod touchiPhone替わりに購入した人も結構いた。

成熟期/衰退期?(2011年〜)

iPod shuffle 3GiPod nano 6Gの滑りっぷりや見ると、「音楽プレイヤーとしてのiPod」の進化は今後大きくは見られないと思う。iPod classicもここ最近はあまり大きく変化してないし。国産メーカー東芝PanasonicVictor事実上の撤退状態。今後はスマートフォンタブレット電子書籍端末と競合がたくさんでるので、単なる音楽プレイヤーという市場は衰退するかも。

2011-05-18

遺書の代わりのプレイリスト もしくは無人島に持っていくプレイリス

茉莉(昆蟲白)、Happy New-Yearが言いたくて(南野陽子)、一直到底(Nipples)、赤い戦車ヤプーズ)、南方蝶道(甜梅號)、

一個人的水道(甜梅號)、Air on the G stringBach)、春夏秋(チャットモンチー)、激光中(羅文)、Merry Christmas Mr. Lawrence坂本龍一)、

恋愛スピリッツチャットモンチー)、安眠藥(歐陽靖 陳奐仁)、甜蜜蜜(薛凱琪)、MAY斉藤由貴)、ダンシングヒーロー荻野目洋子)、

雙失情人節(Twins)、青山黛瑪(何韻詩)、汽水樽裡的咖啡(何韻詩)、情歌(側田)、when i listen to the field mice(my little airport)、

習慣失戀(容祖兒)、糖不甩(薛凱琪)、VALON-1(Salyu)、戀人未滿(S.H.E)、美空雲雀(何韻詩)

東風Yellow Magic Orchestra)、Lucky(スーパーカー)、我有一段情(吳鶯音)、曙(ゲルニカ)、2EM12_KK_A09(ヱヴァ破)、

光榮之家(何韻詩)、北歐是我們的死亡終站(my little airport)、隆重登場(容祖兒)、電力組曲 C:電化の暮らしゲルニカ)、妮歌(何韻詩)、

Komm, Susser Tod/甘き死よ、来たれ(Arianne )、ホープ(testpattern)、給十年後的我(薛凱琪)、安靜了(S.H.E)、女朋友(歐陽靖 陳奐仁)、

体操YMO)、You Only Live Twice(Nancy Sinatra)、小茉莉楊丞琳)、Oh!(少女時代)、圓謊(容祖兒)、

管他什麼音樂(范曉萱&100%)、Blue Paradise(Martin Denny)、泡泡(魏如萱)、Sunny Road To Salina(Christophe)、Be True(容祖兒)、

しいたそがれ(南野陽子)、最後的歌(楊千嬅)、Le premier chagrin d'amour(France Gall)、眼球綺譚(戸川純ユニット)、愛しのキッズ小島麻由美)、

月世界旅行アポジー&ペリジー)、韻律泳(何韻詩)、飛べない翼(Lily Chou Chou)、手のなるほうへ(チャットモンチー)、ヒステリヤ(ヤプーズ)、

Green Grass Of Tunnel(Mum)、夢伴(梅艷芳)、舊約(何韻詩)、再見...露絲瑪莉(何韻詩)、AXIA~かなしいことり~(斉藤由貴)、

就算世界童話(衛蘭)、점핑(Kara)、夢のスキマ(鷺巣詩郎)、空しき流れ(鷺巣詩郎)、閉塞の拡大(鷺巣詩郎

那年夏天寧靜的海(王心凌)、痛愛(容祖兒)、落寞莉(昆蟲白)、憤怒の河(戸川純)、惚たる蛍(チャットモンチー)、

愛一個上一課(容祖兒)、最後一課(容祖兒)、時不與我(容祖兒)、Dear. Mom少女時代)、男孩像你(薛凱琪)、

沙堡壘(容祖兒)、A Wishful Way(Hopscotch)、ONE斉藤由貴)、拳銃チャットモンチー)、脆弱(謝安琪)、

立つ鳥跡を濁さず(トップをねらえ2!!)、時の河を越えて(トップをねらえ!)、親知らずチャットモンチー)、媽媽我考試考100分(selfkill)、搜神記(容祖兒)、

想想(何欣穗)、リフトの下で逢いましょう(南野陽子)、ギルガメッシュヤプーズ)、Roller Coaster Rock(selfkill)、a love songEGO-WRAPPIN')、

愛將(梅艷芳)、手のなるほうへ(チャットモンチー)、petsounds(the beach boys)、香格里拉(魏如萱)。

2011-04-22

魔法少女まどか☆マギカ想定外面白さだった件

21世紀にTV放映された連続アニメの中では間違いなく一番おもしろかった。

TVエヴァ以降まともに見れる連続アニメが何もなく、

本気で「地上波連続TVアニメはオワコン。宮崎駿ピクサー新劇ヱヴァさえあれば後はアニメなんてどうでも…」と思っていたけど、

まさかここまで楽しませてくれるアニメが出てきたことに驚いた。

ハルヒ面白いっちゃー面白いけど、エヴァ好きな自分としては求めるものが違うというか…

敢えて難点を言えば、

  • 口煩い視聴者を騙くらかすためとはいえ、1話と2話の萌アニメ路線は正直キツかった…orz
  • 上記に関連して女の子比率が高い。高すぎる。冬月とかゲンドウ的なおっさんがいれば…
  • 初めてエントロピー関連の話が出たときに、設定が唐突に出てきたことに対する違和感を感じた。もうちょっと上手いこと見せ方を練ってほしかった。

難点はほんとにこれぐらい。あとは正直に面白かった。

しかし何故かまどかは見れば見るほどエヴァを思い出す。一体何故だ。

や、ほんとパクリとは思わない。パクリだったらまずキャラクターテンプレ的な要素が強く現れる。例えば某長門とか。

どちらかといえば「俺はエヴァが好きなんだなぁ…」と再確認した次第。

そして「ああ、俺の思春期は20世紀の出来事だったんだなぁ…」と変な感慨を抱いてしまっただけだ。

あと、監督なのか脚本なのかどちらの功績かはわからんけど、良い意味で作品内外で視聴者を煽る/誘導するのが上手いなぁと。

別にアニメに興味ないからどうでもいいけど、うまいこと視聴者を煽れる人がいればきっとアニメ業界で働く人の未来は明るいんじゃないかなと。

失敗するとフラクタる事になるので、出来ない人は黙々と頑張るしかないんだろうけどね。

…まぁ、おっさんは久々にTVエヴァを借りて回顧してマッタリしよう…。

2010-08-09

http://anond.hatelabo.jp/20100807223223

http://anond.hatelabo.jp/20100807223223を書いた増田です。

書いてた時は、2、3人から「意味がわからない」といわれてオシマイだろうな、と思っていましたが、「ムチャクチャ」「浅い」「リア充死ね」などと、意外と反響があって、驚いています。

とっちらかっているのは、忙しくて時間が無くて上手くまとめられなかったから、ではなくて、夜になっても室温が30度以下にならなくて「もう嫌になった。テキトーに結論書いて終わらせよう」と思ったから、でもなくて、私の頭が悪いからです。いま読み返してみると、私が書いたものは、文章というより、メモを何も考えずに繋げたようなもの、ですね。というか、そんなに真に受けられても困る。釣った記憶も無いし。でも、それなのに、はてブを読んでいたら、私がなにを疑問としているかが、わかっている人がいるようで、凄いですね。エスパー

補足はしません。議論もしません。保障もしません。そんなたいそうな物ではありません。以下、たらたらっと書いて、出直してきます。


ドラえもん鉄腕アトムも、会話で人間と意思の疎通ができるでしょ? そういうロボットは、殺りにくいんですよ。To Heartに出てきた、マルチもそう。もっとも、To Heartの主人公は、マルチを殺りはしなかったけど、犯りはしましたが(下品で失礼)。


・他者を殺してまで成し遂げたい事とは何か。他者を殺して何かを成し遂げる事とは、どういうことなのか。作り手のそれと、観客のそれの、ずれとは何か。私たちの社会では、人を殺してはいけないとことになっているけれど、ある条件をクリアすると、何故「可」になるのか。そういえば、「ヱヴァ破」でゲンドウも、そんな事をいっていたような、いないような。


・この名を出すと「古い!」といわれそうですが、M・マクルーハンと共同研究をしているE・カーペンターが、こういっています。

<<私たちがテレビを見るのではない。テレビが私たちを見るのである。テレビが私たちを案内するのである。新聞雑誌はもはや「情報」を伝えないで、ものごとを見る方法を教えてくれる。雑誌新聞リアリズムをあまりにも容易なものとして放棄してしまった。雑誌新聞リアリズムの代わりになっている。ライフ誌全部が広告である。その記事は感情アイディアを包装し売りこむ。広告主が金を払った広告が商品を売り込むように。

マクルーハン理論 より>>

気が付けば、テレビが一家に一台から、ひとり一台でもおかしくない、そんな時代になりました。携帯電話でも、ネットにつながるように、なりました。私たちは、もう学校や親から、何かを学ぶという事が、できなくなりつつあります。親も、どうしても子供に伝えなければならない事が、減っています。どうしても子供に伝えなければならない物は、メディアが教えてくれます。ネット検索して、検索結果を教えるだけ、という親が、これからますます増えていくでしょう。

アニメ場合純粋神話や民話でなくて、広告代理店スポンサーも関係する、人造神話というようなもの、なのかもしれませんが、それが我々に何を教えるのか、教えてきたのか。どこへ導くのか。楽しくもあり、恐ろしくもあります。


ロボットアニメというものは、スポンサーの都合とはいえ、かなり強引な作りをしています。(この例えを出したら、また色々いわれそうですが)「巨大人型ロボットが兵器」とか、ちょっと考えたら、いや考えなくても、おかしい、ありえない。おまけに主人公が10代で、ろくに訓練もしないうちから操縦できる。でも、そういうものの根っこにあるのは、作り手と観客の願望だと思のです。「こんな事があったらいいな」「あんな人がいたらいいのに」そういう事にリアリティをもたせようと、喜んでもらおうと、今まで延々やってきて、増築と改造を重ねて、なんだか訳がわからなくなって、ついには現在下火になりました。

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