「双眼鏡」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 双眼鏡とは

2020-04-25

コロナのおかげで世の中殺伐としてきたね

東京 自粛せずに出歩く

大阪 自粛していない店を通報して圧力かける

京都 コロナ患者の氏名を張り紙する

愛知 コロナアピールして逮捕される(7人)

島根 コロナアピールして逮捕される(2人)

沖縄 休校中に海外旅行してたJKを教えろと脅迫電話

福岡 釣り銭手渡しで店員をぶん殴る

三重 コロナ患者の家に投石&落書き

富山 1号感染者の個人情報晒しまくる

茨城 休校求めてコロナストライキ

岩手 東京から移住者を三日で焼き討ち

岩手 里帰り出産妊婦を追い返し

兵庫 ホテルコロナ患者がいると区役所職員を殴る

徳島 双眼鏡で県外ナンバー監視

埼玉 病床がなく、自宅でひっそり死ぬ

http://alfalfalfa.com/articles/282128.html

2020-03-29

まだコロナが出ていない県の者だが。

 俺は大都会が大嫌いだ。

 パンパン満員電車に朝っぱらから満員電車しんどい~」みたいな阿呆ヅラしてるような連中が何千万人いるのか知らんが、とにかくうじゃうじゃいまくる。

 そもそも大都会在住の貴様らや、大都会に憧れを持つ馬鹿どもがウイルスの温床みたいなところに集まって案の定ウイルスの苗床になってそれぞれの生活圏に帰っていく。

 貴様らがそんな馬鹿丸出しな行動をするせいで死んだり、入院したりする人々が続出しているわけだ。

 それに比べて俺たち田舎者は違うぞ?

そもそも歩くことがない。なんでかって?歩きたいと思える場所観光地ぐらいのもんでそんなこと行くことはない。自分の住んでいる地域観光なんて行きたくないし、行っても自分の住んでいるところ以上の「更に自然」な場所なだけだからだ。

 移動も基本車だし、一日1キロも歩くやつのほうが少ないんじゃないか?と思えるレベルだ。

 しょうもないベンチャーテーブル上ですべて完結するような、生産性のない仕事をしてるに決まってるアホの大都会野郎テレワークとかなんだか知らんが最高の職場環境で働いている中、俺たち田舎者毎日あくせく製造業やそれに付随した工事をして生きているわけであるコロナにかかったら生活リアルで終わる。会社も終わる。クソだろ。笑えよ。

 もし、俺たち田舎者の住むところだけが世界で唯一のコロナの無い楽園になることがあれば俺は、村の境界物見櫓双眼鏡の覗き、外から歩いてくるコロナ野郎が村に助けを求めて俺に声を掛けた瞬間にスナイパーライフル処分する役をやりたい。

 だから、俺の大嫌いな大都会がめちゃくちゃになってみて欲しい。ちょっとスナイパーライフル(エアガン)が実家タンスにあったか確認してくる。

2020-02-13

メガネと併用できる双眼鏡ってなんでないの? レンズ屋の怠慢?

メガネ人口はたくさんいるのに、メガネつけたまま利用できる双眼鏡がないのが不思議

ニーズは間違いなくあるし売れるのにメーカーの怠慢で機会損失してるよな。

2020-02-05

anond:20200205223428

妻の”悪行”に見えるエピソード

夫に自分けが食べるクルミを大量に割らせる(面倒くさい) 夫が100個もあるだろというとせいぜい50個だと言い返す

夫に「あと十分で帰ってこい」という

夫の弁明を嘘だと決めつける

金に困っている夫に無断で高価そうな犬を買う

コンビニで買い物を終えて店から出てそこそこ歩いたところで買い忘れた「犬に飲ます牛乳」を買いに戻れと命令する 夫が100メートルも離れてるというとせいぜいXXメートルだと言い返す

id:saebou氏がパラサイトを評して「こんなに先の見えない崩壊寸前の家庭で互いの軋轢口喧嘩家長への反発もないのはおかしいと感じた」と感想を述べていたが

パラサイトストーリー必要ない(邪魔だった)というほか、「それ、犬噛でやったな」とて監督無意識に今さら同じことをやる必要ないと判断した、という可能性が全くないとは言えないだろう。

・悪行の二面

 最近主人公シートベルトしていないとかノーヘルバイク運転未成年飲酒喫煙などの触法行為は何らかのエクスキューズなり事後的罰を受ける描写がセットでないと許されないし

 悪いことをした人間は相応の罰を受ける、というのが古くから映画シナリオお約束だが(「素晴らしき哉、人生」の悪役は古い映画にしては数少ない、罰せられない例外

 二作とも、犯罪・しでかしたわるいことのオトシマエについてはわりとルーズである

 犬噛では 

 ・友人の、高価な双眼鏡を落として壊す>特に謝らないけど仲違いしなかった。

 ・酔っぱらって路駐している車のドアミラーを蹴り壊す>特に怒られない(ドアミラー勝手に持って帰った≒盗んでいたことが最後にわかる)。

 メインの

 ・ユンジュの犬殺しについては、告白しようと決意するが、ついに真犯人として認識されることはなかった(ウヤムヤ)。

  

 上記の「悪行」を積んでいた妻(夫に対する優越者)も 実はドラマの途中で妊娠を機にリストラされた「負け組」であったことが明らかになり

 退職金を夫のために使うつもりであったことが明らかになる。

 犬殺しをしていたユンジュも、病で生活に困っていた物乞いには優しかった。

同様に

 半地下では

 金持ち家族を騙しているソンガンホも首を切られた運転手の心配をする一面が描写されていた。

 メインの犯罪ウヤムヤになるのも似ている。


ラスト・数年後…

 犬噛のラストは「いつか旅行に行こう」と言ってたヒョンナムとチャンミの森へのハイキングのシーン(おそらくメインストリーの直後)だが、その前に

 ついに教授となったユンジュが学生相手講義を始めるシーンがある。

 ユンジュはすっかり垢抜けていることから、それなりの時間経過が伺われる。

 これを見て思い出したのが半地下のラストである

 主人公長男)が数年後、お金を稼いでしゃれた服に身を包み、物語舞台となった高級住宅を訪れて買い戻すシーン。

 これが空想しかないことは明らかである

 だとすると、


 ユンジュが教授になったシーンもユンジュの空想だったのではないか


 

 

 

   

2020-01-30

渋谷すばる「二歳」を見るジャニオタ

ライブの内容についていうことは何もない。最高だ。最高のライブだった。

私が待ち望んだ彼の姿がそこにはあった。大満足だ。

今回私が言いたいのはその内容ではない。

タンディングでライブを見るのが初めてのジャニオタへ。

言いたいことが山ほどある。

まず結論から言うと、”スタンディングに初めて参加するのにどうしてそのルールを少しでも学んでこないのか?”

かい鞄を肩から掛けて、

かさばるジャケットを着っぱなしで、

高いヒールはいて、

じゃらじゃらとアクセサリーをつけて、

あげく棒立ち。

きっと知らない人がたくさんいるんだろうなとは思っていた。

特に幕張なんて初っ端の公演だ、今まで座席指定コンサートしか入ったことのないオタクがいることは仕方のないことだし、

しかし回数を重ねるごとに何となく現場空気などを感じ取って最終的にはそこらのスタンディングさながらになっていくんだろう、と。

かい鞄はその分のスペースに人ひとり詰められる、

かさばるジャケット邪魔になるものそうだが本人が熱いし汗まみれだし会場に不必要

高いヒールはもみくちゃになったとき他人の足を怪我させてしまうので論外、

アクセサリーはどこかに引っかかって引きちぎられたり(ピアスは耳のほうがちぎれる可能性がありつけないほうがいい)、

両手を高く上げ、ジャンプをして、体全部でアーティストに声援を送る。

それがスタンディングの醍醐味だ。

整理券番号が遅い人は死ぬ気で前を目指し、早い人は死ぬ気で柵最前キープする。

肘鉄を食らい食らわせ、足を踏み踏まれ、もみくちゃにされ汗だくになって、ぐっちゃぐちゃになりながら全力で手を伸ばす。

それが、スタンディングなのだ

どうか少しでも知ってほしい。”スタンディング”の意味を。

初日、隣にいた女子高生らしきおふたり

「押さないでほしいね」「そうだね」

それは無理な話だ、あまり知らない人には大変申し訳ないが。

柵を陣取っていた親子おふたり

自分の横に荷物を置かないでほしい、そこに私が入れるから

双眼鏡を持ち、隣人の腕を片腕で押さえつけていたお姉さん。

その中途半端に上がった手はステージに向けて伸ばしてほしい。

知らないことは悪いことではないと、もちろん思う。

しかし、何も知らないまま参戦するのは”良いこと”では決してないだろう。

ここで最後に、私が耳を疑った話を聞いてほしい。

二日目、私は整理券番号が遅く入場の時点で負けていた。

だがブロック入ってみると案外センター寄りが空いており私は喜んでその隙間に滑り込んだ。

周りはやはり不慣れな方ばかりのようでなぜか列のようになって前の人の真後ろに付いている人が多い。

こうなっているとこちからすれば好都合で、この列になっている間から柵近くまで進めるな、と考えていた。

開演直前、場内が真っ暗になったとき、満を持して人波をかき分けようとしたその時だ。

あなた私より後ろにいましたよね?あなたが前に詰めてきたから私も前に出ちゃって、隣の人にも迷惑が掛かってます。後ろに下がってください」

私より少しセンター寄りの前方から、そんなおばさんの声が聞こえたのだ。

は? である。何を言っているんだと。本気で耳を疑った。

タンディングは座席指定ドームライブではない。列もなければ、前の人も後ろの人もない。

いくらタンディングを知らないといえどこれは無い。

言われた人がどのような人だったのか見えなかったが、おそらく若そうな女性の声で返事があった。

すみません、でもスタンディングなので」

そりゃそうだ。しかしそれではおばさんは納得しなかったようで何かを言って食い下がっていた。

衝撃的だった最初言葉以外はあまり覚えていないのだが、

女性は「じゃあこれ以上は動かないようにするので」と言い、

それを聞いたおばさんがもういいと言ったように後ろに下がっていくのが分かった。

なぜこの状況で女性のほうが妥協しなければならなかったのか。

周囲の方がどう思っていたのかは知らないが、どうして女性のほうが悪者扱いなのか。

ルールを知らないのはこの際仕方がない。

しかしスタンディングをわかっている人が我慢しなければならないのは、どう考えてもおかしい。

みなさん、知ってほしい。調べてほしい、少しでもいいから。

タンディングエリア意味を。

これからツアーが進むにつれ、みんな分かってきて、きっと周りの空気も変わってくる。

その時に必要のない争いを生まないために、どうか、知ってほしい。

そして何も悪くないお姉さん、あなたが気に病んでいないこと祈ります

2020-01-17

男だけど刀ミュを観に行ったら男を好きになった

ネタバレはしていないつもりです。

特定を避けるため、一部フェイクを含みます

BL要素はありません。

知り合いの女性(刀ミュオタクから、「チケットが余ったのでよければ一度観に来ないか」と誘われた。秋ごろのことだった。

彼女(以下、Aとしよう)はひとつの公演でそりゃもう何会場も回る筋金入りで、推し俳優リリースイベントバースデーイベントなどにも足繁く通うほどの生粋オタクだ(ほめてる)。都市圏ならば全国どこでも行くような人物であるが、もちろんこういうジャンルは得てしてチケット争奪戦が厳しい。というわけで仲間たちと複数人で申し込んで当たった誰かのチケットに便乗して……というのが通例になっているのだが、なんでも我々の地元愛知会場も同じように複数人で申し込んでいたところうまいこと全員当たってしまい、誘うアテがなかなか見つからなかったため試しに私に声をかけてくれたのだそうだ。(ちなみにA名義で4席あったため、共通女友達B、Cにも声をかけていた。)

最初は断ろうと思った。まあほぼ間違いなく浮くだろうし、「本当に観たい人がいるはずなのに自分なんかが行ってもいいのか?マナー的に。あとでツイッターで怖い女性ファンたちに匿名で叩かれ、磔刑にかけられるんじゃなかろうか」などということを思ったかなのだが、実際少なからず興味はあったのと、まあお金は出すんだし着席する権利はあるだろうと自分に言い聞かせ、誘いに乗ることにした。

私はもともと、女性向けコンテンツに興味がないわけではなかった。そもそも男性声優ラジオDGSとか)を聴く程度にはオタクであったし、アニメほとんど見ないものの、ハマってしまったFree!!のブルーレイは2期+劇場版までそろっているし(ちなみに推しは宗介)、最近ヒプノシスマイクの曲を聴いており、キャラごとのドラマパートまで聞くようになってしまったし。それに、件の刀剣乱舞サービス開始から1年程度はプレイしていたこともある。比較少年系の刀が好きだったので、蛍丸獅子王最後までメインの編成に入れていた。

しかし、2次元キャラでもなければ声優でもない、いわばゲーム原作が立ち上がった段階では関係のなかった、俳優たちによるゲーム原作ミュージカルに、果たして惹きつけられるような魅力はあるのか。一応演技のプロではあるが、歌のプロでもなく、ダンスプロでもない。原作への愛はあるのかとか、クオリティはどうなのかとか、気になる部分はいくつもあったし、今思えば少し懐疑的に見ていたような気もする。その答え合わせのために行ったような側面もあったと思う。

今回の会場はセントレアすぐ横のスカイエキスポという場所。初めて行く所だったので、少し早めに名古屋駅から中部国際空港駅への電車に乗ったのだが、まずここで驚いた。乗客の9割が女性。「え?これは”やった”(女性専用車両に誤って乗ってしまうの意)か?」と思った。必死背伸びし、血眼になって男性を探したところ、扉のすぐ前にスーツケースを持った初老紳士発見した。心から安堵した。私には彼が救世主メシア)に見えた。違和感に気づいてから紳士を見つけるまで時間にしてわずか3秒ほどのことであったが、私にとってはひとつなぎの大秘宝をめぐる壮大な冒険時間であった。ワンピースの正体が初老紳士だったらウケるだろうな。

多くの女性たちはよく見るとなんかカバンとか髪とかに似たようなヒモみたいなやつをつけており、ああ、彼女たちが今日の公演の来場者か、とそれで察しがついた。

私は音楽が好きでライブフェスにもよく行くのだが、そういったイベントに向かう来場者が一様に身に纏う”モード”みたいなものが好きだ。同じようなアイテムを身に着けた人々が、同じような期待感をもって同じ会場へ向かう。まったくの他人のはずなのに、全員で遠足に来ているような感覚に陥る。私は所有していた唯一の刀剣乱舞関連グッズ、蛍丸ラバーストラップカバンにつけながら、そんなことを思った。

到着したのは開演の1時間ほど前だった。先に現地に来ていたAと合流し、遅れてくるB・Cを待ちながら辺りを見渡してみた。女性ばかりだ。チラホラ見かける男性も、その多くは隣で開催されているFGOの展示会に訪れたような風采で、見たことあるキャラの見たことないグッズを手に奥の施設へと歩いて行った。事前には聞いていたが、男子トイレはがらんどうで、広々としたスペースの中に3人いただけであった。普通にめちゃくちゃ刀剣男子缶バッジつけてる方とかもいて驚いた。

B・Cとも合流し、我々は人波に流されるまま会場内へ吸い込まれた。会場内は予想していたより二回り以上大きくて、コンテンツ覇権っぷりを身に染みて感じた。

席は通路から4席分だった。私のにわか知識でも通路側は人気だと知っていたため、さすがに通路に接する席はAに座ってもらい、私はその隣に座った。Aはなんとも用意周到で、私の分のペンライトうちわまで用意してくれていた。刀ミュの専用ペンライトは優れもので、推しの色を先に登録しておけるらしい。私は操作指南を受けながら、スタンダード青色を初期配置として記憶させた。

またも話がさかのぼるが、私は以前からAに(オタク気質を見抜かれて)刀ミュ関連の画像動画の視聴を勧められていた。男性男性を推すというのは恐らくややイレギュラーことなのだろうが、その中で私は2人の”推し”を見つけた。

1人は鳥越裕貴氏。役は大和守安定だ。刀剣男子自体の役どころとしては真面目で実直ながら、どことな女性的で可愛らしいキャラクターだ。しかし、私はむしろ、役に入っていない状態鳥越氏に非常に魅力を感じた。というのも彼は、ツッコミが上手い。

これは私の持論なのだが、いわゆるコント的な場の空気になったとき、「なんとなくボケる」ことは誰にでもできると思っている。もちろんその巧拙については個人差があるが、ボケ簡単なのだ(だからこそ才能の発揮される部分でもあるのだが……)。対してツッコミは、才能だけでは解決できない。その場の状況を整理し、その場に応じた言葉を、できるだけ早く用意する能力は、長年のトレーニングによってのみ形成される。そうして身につけた能力を、玉石混交ボケ対応して発揮してあげるのだ。その点で、ツッコミサービスだ。だから、適切な、上手いツッコミができる人というのはボケの人数に対してかなり少ない。そして、鳥越氏のツッコミ能力は(少なくとも私が視聴したいくつかの動画でのトーク判断するならば)刀ミュ俳優の中では群を抜いている。おそらくこれは、彼が多様な人物積極的コミュニケーションを取り、相手尊重しながら話すことを心掛けてきたからなのではないか。そんな背景が透けて見えたりするところに人間味と魅力を感じた。(あと筋トレ動画シンプルに参考になった。)

もう1人の推しは、大平俊也氏。役は今剣。これは役のイメージと本人のイメージがぴったり合致する。中性的少年的で、あどけなさが残るところが氏の魅力だと思う。普通に顔が可愛い。初めて写真を見たときは、そういう印象だった。

ただ実は、彼に関しては開演前、これ以上の印象がとくになかった。動画などを見ていても、ただ容姿仕草が可愛らしい真面目な人という感じで、もう一歩魅力を感じる部分に欠けていた。強いて言うなら彼にはただ天真爛漫なだけではない、いわゆる「闇(この言葉が深い意味で使われることってほとんどないのであまり使いたくはないのだが)」を感じたような気がして、そこを興味深く考えたからなのかもしれない。(あとこれは完っっっ全に言いがかりなのだが、邦楽ロック界隈では見た目が中性的バンドマンほど性欲が強くてファンと寝まくっているという根も葉もない(たぶん葉くらいはある)噂がまことしやかに囁かれており、同じく大平氏も男性的な部分を見せたりするんだろうかという謎の興味もあったのかもしれない。)

そういうわけで、私はひとまず、2人のうちとくに人間として魅力的だなあと思った鳥越氏(安定)を推しとして設定し、ペンライトの色を決めたというわけだ。

私の席から見渡した辺りはほんとうに女性ばかりで、電車内の女性が9割だったとしたらここはもう99割が女性だった。男性存在についてAに訊いたところ、「まあほとんどが彼女に連れてこられてるだけの人だね」と言っていた。リア充爆発しろという一言でも言いたいところであったが、ここで爆発されたらイベントに影響あるし片付けとか面倒だろうな、と考えて口をつぐんだ。

照明が落ち、舞台が始まる。観劇自体がずいぶんと久しぶりだったので、なんだかいやに緊張した。隣に座るAは早速双眼鏡を取り出し、推しの額に光る汗を堪能しているようだった。(Aは同公演に何度も通っているため構成や内容を覚えてしまっており、推しが出てくる数秒前から出てくる位置にすでに双眼鏡を向けていたためさすがにすごすぎて笑ってしまった)

ドラマパートでは刀剣男子たちが次々に現れ、おのおののキャラクターらしい台詞で我々を楽しませてくれる。思っていたよりも総じて演技のレベルが高く、ちょくちょく挟まれる小ボケ普通に笑える。

そうこうするうち私が注目する安定が現れ、男子たちの会話の輪の中に飛び込んでいった。しかし、私はここで少し違和感を覚える。筋トレ動画を何度も見ていたせいか、あどけない口調の安定と兄貴肌の鳥越氏のイメージが重ならない。まあまあこれはこれでいいか、役なんだから、と納得させながら私は舞台のほうに居直った。

逆に、今剣は役と人物が寸分違わず重なった。大平氏の声・仕草は、本家ゲームで出てきた今剣のイメージほとんど同じだった。鳥越氏の力不足とかそういうことでは断じてなく、これは純粋大平氏の持つ魅力と、またそれを見越してあてがわれたキャスティングの妙だと思う。それほどまでに今剣の立ち回りは見事だった。

しばらくすると、おもむろに周囲の女性たちが起立し始めた。なんだなんだ、校歌でも斉唱するんかと思いながら付和雷同、私もペンライトを持って起立した。どうやらここからしばらくはライブパートらしい。ミュージカルと言いながらけっこう現代的な曲(EDMとかそっち寄り)なんだなあなどと思っていると、演者たちがステージで踊りだし、さらには客席中央ステージでもダンスが始まった。

私はまさに魅了された。大平氏のダンスである

先に言っておくが、歌もダンスも全員上手い。だがその中でも、大平氏のダンスは別格に感じた。なにって、踊っているのがはっきりと”今剣”なのだ。彼は背も高くない、体つきも華奢で、いわゆるダンサーとしての資質は他の刀剣男子に劣っているといえる。しかし、手足のフリが誰よりも大きい。大きいだけでなく、キレもある。そしてその懸命さが、彼のマイナス資質いっきプラスへと逆転させていた。ステージ上で彼の弱点は、はっきりと長所だった。「おそらく今剣が踊ったらこんな風なんだろうな」という彼なりの答えが、あのダンスには込められていた。

踊る彼を見て、この人は無敵だ、と思った。

ダンスに魅入っているのも束の間、舞台はまたすぐにドラマパートに戻り、ライブパートと交互に展開しながら進んでいく。そしてついに山場、俳優たちが客席まで降りてくるフェーズが訪れた。通る刀剣男子から直接手を振ってもらえたり、ウィンクされたりすることを、ファンサービスファンサ)というらしい。私は自分推しが通ったらなんとなくうれしいな、という程度で呑気に構えていた。(隣のAは推しの様子を見ながら奮起していた)

通りがかる刀剣男子たちをぼーっと見ていたときのこと、後ろ側からやってきた和泉守兼定が、私に向かって指をさし、はっきりと目線をくれた。一瞬、自分に向けられたものかどうかわからなかった。よくわからないが笑顔で応えたことだけは覚えている。こんなことを言うとタイトルの通り誤解されそうではあるのだが、私の知る限りあのとき感情に最も近いものは、恋だ。

理由説明できない。できないのだが、「イケメンが選んでくれた」という感情は、きっと男であってもうれしいのだと思う。それほどまでに私が受けたファンサは衝撃的だった。そして、推しでもない人でこれなのだから、これを自分推しから直接もらえるなどということがあれば、それはどれほどのクソデカ感情になるのか。想像すると、むしろ恐ろしくなるほどだった。

終演までのライブパート、私は自然と目で今剣を追っていた。彼の、あの衣装でのダンスもっと見たい。いつまでも見たい。だんだんとそう思うようになっていた。

終演後、私はAに感想を伝えた。予想していたよりずっと面白かったと述べると、Aはしたり顔であった。彼女は物販に行くと(地元なのでここでお金を落としたいという敬虔オタク然としたことを言っていた)私に伝え、人波に消えていった。

帰りの電車は行きよりも空いていた。今思えば、夜公演まで見ていく人たちがけっこうな数いるのかもしれない。私は大平俊也氏のツイッターアカウントを捜し、迷わずフォローした。



Fear, and Loathing in Las VegasというバンドMinamiというメンバーがいる。彼はステージ上で、まさに狂人だ。髪を振り乱しながら叫び、かと思ったらわけわからんパラパラみたいなダンスを踊り、でも楽器ちゃんと弾く。そして、嘘くささが一切ない。

Soil&”PIMP”Sessionsというバンド社長というメンバーがいる。紅白とき椎名林檎の後ろでヒマそうにしていたあの人だ。彼はジャズバンドの中にいながら、楽器を(ほとんど)弾かない。彼の担当は”アジテーター煽動者)”。悪趣味マフィアみたいな恰好で、ステージ上をふらつきながら、メンバー演奏のぞき込んだり、客席をメガホンで煽ったりする。ほんとうにこの役割必要だと思っているのか。どこまでが演技で、どこまでが素なのか。まったく読めてこない。

私は彼らを見るたび、自分に成しえないことをしていると尊敬する。

私は、エンターテイナーが好きだ。それは、役を”憑依”できる人のことだ。舞台の上で演じる人たちは、素の自分のままではもちろんいられない。しかし、役を演じすぎると、それはそれで嘘くささが付きまとう。だから役を演じていながら、まるでそれが役だと感じさせない立ち振る舞い。そういう”憑依”を楽しみに、私はミュージシャンライブへ足を運んでいる。

大平俊也氏は、まさにこのエンターテイナーだと感じた。彼は舞台の上で、間違いなく今剣だった。仕草や声の可愛らしさと、ダンスの躍動感。(あと顔の良さとかもろもろ。)それらをひっくるめて、私はしてやられた。

鳥越氏はもちろん好きだ。しかし、実際に見た舞台では(少なくとも刀剣乱舞という題材では)、大平氏のエンターテイナー性のが私にとっては魅力的だった。それだけのことだ。間違いなく今後も、鳥越氏の動画は見続けると思う。

私は自宅に帰り、もらったペンライトを取り出した。推しの色をピンクに設定し、棚にしっかりとしまった。次は、ピンク色のヒモみたいなやつも手に入れたいところだ。

2020-01-15

吉野晃一が好きだった話

寒くなってきましたね。

寒くなってくると、嫌でも思い出してしまうことがある。

あれから一週間、1ヶ月、半年一年と経つたびに整理しようと文章を書こうとしたけど、いつも纏まらなかった

なぜか今なら書ける気がするので、書いておきたい

ももクロ有安杏果さんが辞める話を聞いた

それで急にいつか必ず来る、吉野くんがやめた時のことを真剣に考えようと思った

その時が来たときは青いペンライト持って、KMBときはユーキさんだけを双眼鏡で追って、新曲は3枚買って、タカシくんの歌を真剣に聞くのだと思ってた

翌朝、起きて一番に見たのが吉野晃一が脱退するという報告だった

正直自分タイミングの良さもあって、頭で自分は笑っているつもりだったし、「分かっていたことだから仕方ない」と落ち着いてるつもりだった。

ただ頭から順番に爪先まで急に血が凍ったみたいに冷たくなって、自分意思で動かせない肉の塊になったのは感じていた

きっと身体の方が正直だったのだと思う

その日も学校があったから、動かないと思っていた肉の塊をなんとか人間みたいに仕立て上げて家を出た。涙は出なくて、まだ悲しいも寂しいも腹が立つも感じることはできてなかった

今思えばよくやったなぁと思う。

脱退する、と未来形みたいな言い方だったけどもう仕事はなくて、今撮り終えたもの放送が終わればその時点でいなくなる

事実上の事後報告だった。

ファンと直接お別れする場がないどころか、何かの放送を通してメンバー吉野くんを送り出す事もない

極め付けは脱退報告の謝罪文が、リョウガさんのものだったことだった。

何回読んでも分からない。「方向性の違い」?ギャグ漫画バンド解散シーンじゃねぇんだぞ!!!!!!

何も悪くないリーダー謝罪させておいて自分一言も発さずこのまま逃げるつもりなのか?

個人更新してるブログで謝る可能性は充分にあったけど、公式の脱退発表での報告は本人のものであれよ。

そろそろ2年も経つし、すっかり忘れたつもりでも思い出す度に腹わたが煮え繰り返る感覚を思い出す。

からボーッとする頭で授業を受けているうちに頭が正常に戻り始める。脳が回り始めるとだんだん疑問が生まれてきて、感情が沸き起こってくる

悲しいとか寂しいとかより真っ先に悔しいとムカつくが溢れ出してきて、昼まではいつもよりハイテンションで喋っていたのが午後は一言でも喋ればキレてしまいそうで喋れなくなった

初めて涙が出たのは夕方実習が終わってやっと1人になった帰り道で、「お前が辞めても絶対超特急東京ドーム行くからな」と思った瞬間だった

だって本当に、上がり目だったんだ

この調子で行けば絶対ドームも夢じゃなかった

日に日に大きくなるキャパティと分かりやすく伸びていくYouTube再生回数を見れば誰だって分かった

超特急が今一番最強の7人だってファンに思わせることができる人たちだった

そんなところにこんな最悪の水の差し方するなんて、推しとか関係なく許せなかった。

辞めることはわかりきってたくせに、いざ辞めると言われれば「もっと後でよかったじゃん」とか言ってる自分が滑稽だったけど、理性で感情は抑えられないものだと知った

一週間怒って泣いてを繰り返すうちに、やっと寂しいという感情が湧いてきて、好きなところを思い返したり過去映像を見たりして吉野くんが恋しくて泣くようになった

もう彼が楽しそうに歌う姿もクセ強すぎて目立つダンスも、MCときニヤニヤしながら6人を眺める姿も何もかも見れなくなると思うと辛くて苦しくて寂しくて耐えられなかった。

早く彼のことを綺麗さっぱり忘れたかった

そう、脱退が発表されて初めて涙を流してから、私はずーっと吉野晃一という存在忘却たかった

好きだったことを引きずるのは超特急応援するのに邪魔だった

差し迫るテストに集中するのに、彼を思い出してる暇なんてなかった

好きだったこと、寂しいこと、怒ってること、悲しいこと、彼に付随してくる感情はどれも強すぎて私の心では受け止めきれなかった

から早く忘れたかった

心を守る正常な防衛機制だったと思う。だって彼を忘れてしまえばこんな不毛感情は全部消える。早く穏やかになりたかった

私にとってコーイチは初めて好きになったアイドルだったけど、その後色んなグループを好きになっていたか情報の海に飲まれようと思った。

ライブにもたくさんいったし、色んな番組見たし、雑誌もたくさんかって色んなところに散らばった好きな人たちを追うことで忘れようとしてた

私にとって、他のグループ超特急グループとして特徴づけるための比較対象として見ている部分があったことに、そこで気が付いた気がする。

例えば後輩グループ超特急が切り開いた道を広げてくれる人たちだったし、もっと大きな事務所グループは追い越す対象だった。超特急は私にとってアイドルだったけど、いろんなアイドルを見ることによって超特急はやっぱりちょっと王道じゃないことを確認できた。

から他のグループを見ていると、どうしてもこれからコーイチの脱退によって落ちるであろう超特急の人気のことを考えてしまっていた気がする。

その辺の時期の記憶はあまりなくて、ただ段々自分アイドル応援につかれていることが自覚でき始めていた。

特に、脱退発表直後から自分絶対コーイチがいなくなったことに引きずられない」と豪語していたくせに、日を追うごとに周りが好きなタレント純粋応援できていることを羨む気持ちが芽生えてしまっていることがつらかった。あんなこと言ったくせに、自分はいつまでも彼を引きずっていることが恥ずかしくて言えなかった

そうして私は、ぷっつりとアイドルを見るのをやめてしまった。

情報が全く入ってこないアカウントで、いろんな二次元ジャンルに手を出してみたりした。昔好きだった作品をたくさん見返して、今までちゃんとできてなかった勉強をして、私がドルヲタしてたことを知ってる周りの友達には何度も「休日何してるの?」と聞かれた。

本当に何してたかあんまり記憶がないけど、その間にもずっと吉野君のことは忘れたかった。まだ思い出してチクチク胸が痛んでいたし、考えることがなくなると吉野君のことばかり思い出してしまっていた。

早い段階で彼は個人での活動を開始していたけど、早く忘れたいから見なかったことにしていた。超特急が進むための一員としての彼が好きだったから、自分のために歌う彼は私にとって知らない人だった。

維持を張っていたから、今でも超特急CD絶対買っているしFC更新も迷わずしているけど、現場に行くことはなくなってしまったし全ての仕事は追っていない。

今、二年目の冬にしてやっと、吉野くんが好きだったことを忘れ始めている

そして同時に、忘れることが怖くなってきている。

このままきっと私は吉野くんのソロ現場に行くこともないし、昔の友達に会って吉野君の話をすることもないと思う

十年引きずるだろうと思っていたけど、案外1/5の時間記憶はなくなってきた

彼のどんなところが好きだったかは思い出せるけど、それで胸がぎゅっとなったりはしないし、彼の顔やかたちは鮮明に思い出せるけどそれで死にたくなったりはなくなった

きっと今思い出せることもいつかばやけていって消えるのだ

私が一番怒って泣いて傷ついて死にたくなったのはタカシ君のことをかんがえるときだった

私は吉野くんと太陽くんが二人なのが好きだった

まだ二人が実家に住んでいたとき仕事東京に行くのは二人だった

タカシくんが実家から東京に行くとき、泊まるのが吉野くんの家になった夜は二人だった

動物園に行った二人

初めて顔を合わせて、「めっちゃ真面目」「すごい人」と思い合った二人

ボーカルなのに後ろに立たされて悔しかった二人

最年長と最年少だった二人

凸凹だった二人

黒と白だった二人

月と太陽だった二人

背中合わせの二人

超特急ボーカルだった二人

きっと気もそんなに合わなかったと思う

大親友でもなかったし、家族でもなかったし、師弟でもなかった気がする

だけど二人だった

日に日に歌が上手くなるタカシいつまでも待っていた吉野くんと、いい加減並んだように見えるのにいつまでも吉野くんを遠い目標みたいに語るタカシくん

みんなが持ち上げるほど濃い仲じゃなかったと思っているけど、きっと蓋を開けてみれば私が思いもしない仲があったような気もする

ここが好きとか、こういうエピソードがあったから好きとかじゃなくって、二人が出会って一緒に歌を歌うことになって、超特急としてふたりが奏でる歌声が大好きだった

私は勝手に、タカシくんがおいていかれたと思った。捨てられた、放り出された、一人にされたって勝手に傷ついていた。

きっとそんなことはなくて、タカシくんは私が思うよりずっと大人でそうでなくとも五人が守ってくれた

だけど吉野くんがタカシくんと袂を分かつ決断したことが本当に本当にショックだった

色んな「ふたり」の別れを聞いたけど、こんなにつらいことはないと思った。

だってお互い話し合って決めた別れじゃなくて、一方の明確な拒絶なんだ。そんなの受け入れなきゃいけないのはつらすぎるし、そんなことを言い渡す方は最低だと思った。

不幸なんて比べれるものじゃないってわかってたけど、その時心の中で私は世界一不幸だと思った。

1・17更新されたタカシくんのブログは、他のみんなと違ってまだ受け入れられていないのが感じられて涙が止まらなかった

カイくんがタカシサポートするから安心して、って言ってくれたのがうれしかったけど、やっぱり吉野くんがいなくなることで一番助けが必要になるのがタカシくんなんだって思うと悔しくて悲しかった

こんな終わり方は嫌だった。ずっと嫌だ。

二人の物語は、きれいでなくてもいいからせめて終わらせてほしかった。

かなわないと知りながらも、今でも二人が終わらせてくれるのを待ってる。

吉野くんのことを好きになったのは彼が我慢できないくらい楽しそうに歌う姿を見たからだ。こっちが笑っちゃうくらい、馬鹿みたいに楽しそうにステージで歌い舞う姿は誰よりもかっこよく見えた。

しゃべるとおもしろくて、もっとしゃべってるところを見たいと思った。

日本語の曲もバラードも全く聞かなかったけど、この人とタカシくんが歌うならずっと聞いていたいと思った。

好きな理由なんていくらでも後付けできるからあんまり意味はないけど、アイドルが嫌いだった私がこんなにも人を応援したいと思わせてお金時間感情も捧げるようになったのは吉野くんのせいだってことは事実で、それが何より私にとっての影響の大きさを示していると思う。

大好きだった。きっと今も大好きだ。だけど、それを確かめることはもう怖くてできない。

あんなに強い感情は、今の私にはきっと重すぎる

これから先、誰も応援できないとは限らない。きっと浮気性で人間観察が好きな私だから好きなアイドルができて、自主的コンサートも行けるかもしれない。

しかしたら、その人のために何かしてあげたいと思えるような人が現れるかもしれない。

だけど、きっと吉野くんのことみたいに全てを投げ出して好きになることはないだろう。

それは初めて好きになって、一番長く見ていたからでもあるけど、なってはいけないとも思うからだ。

きっとあれは私にとっては毒で、あなたにとっても重荷だった。だからそんなことはないと、明言しておきたい。

そうして世界に、吉野晃一が私という人間の中では世界一存在であり続けるということをささやかながら伝えておきたい。

ずっと悔しいから言えなかったけど、せっかくだから最後に言っておこう

吉野晃一くん、どうかこれからあなた幸せでありますように。

微塵も思えなかったあの日から二年が経って、やっぱりあなた幸せじゃないと誰も報われないと思うから

そんな不純な動機だけど、あなたにとっても私にとってもこれから比率が小さくなるあの大好きだった時間は、やっぱり本当だったと思うから

それを忘れたくない、と思う今なら幸せになってほしいと心の底から願える気がする

あなたにとっての幸せが私にはわからいから、あなたがそう思える形に落ち着けますように。




っていうのを一か月前に書いたんだけど、マジで今回の炎上でなにもかもぶち壊されました

大嫌いだと思えば思うほど好きだったこと、今もまだ実は好きなことを思い出す

大好きだった時間否定しなきゃいけないのがつらくてしんどい

赤の他人に入れ込むことのこわさを知ったよね

2020-01-05

[] #82-6「寒牌 ~茶柱篇~」

≪ 前

人数を合わせるため、俺たち兄弟は一蓮托生ということにした。

「じゃあ、マスダが4位の場合は弟くんも4位ってことか」

「そうだ。3位以上は買出し組になる」

「え、それでいいの?」

「まあ……元はといえば、今回の集まりこっち側提案だし、それ位の“ハンデ”は背負うさ」

俺はあえて歯切れの悪い物言いをした。

些細なことがきっかけで勘付かれたら台無しである

「マスダたちが3位の場合は? ジャンケン兄弟どちらかが残るって感じ?」

「んー、そうだな……」

ちゃんとした台本が用意してあるわけじゃないので、このあたりはアドリブ次第である

「“なしなし”がいい?」

「いや、“ありあり”でいいだろう」

「じゃあ、サイコロ振って」

麻雀の取り決めには様々な“あり”と“なし”があるが、仲間内のお遊びでこれらを細かく確認することはない。

“ありあり”とした場合、面倒なので他のものも“あり”とするのが俺たちの中で暗黙のルールだった。

例えば、頼りない照明しかない、このような場所麻雀をやる場合は“イカサマもあり”となる。

まり今回のルール喰いタンあり、役の後付けあり、赤牌あり、ピンヅモあり、喰い替えあり、イカサマありの“ありありありありありあり”……

舌を噛みそうなので、俺たちは気取って“ブローノ・ルール”と呼んでいる。

ちなみに、ここでいう“俺たち”とは“俺と弟のみ”を指す。

もちろん“イカサマあり”を知っているのも“俺たち”だけだ。

…………

麻雀をやったことがあるならば、誰しも一度は考えたことがあるだろう。

運要素の強いこのゲームで、果たして打ち手の強さがどれほど関係するのか。

一説には、麻雀に勝つの必要なのは運であり、負けないために必要なのが実力だ。

そのどちらもコントロールできるのがプロだが、素人の俺たちはもっと泥臭くやるしかない。

カン……よし、ドラ4だ」

牌のすり替え、積み込み、出来ることは何でもやった。

少し練習した程度の拙いものだったが、この暗がりだからバレることはない。

更に、みんな夜更かししているから頭が回らず、視野も狭まっている。

多少、露骨にやっても誰も気づかない。

「それロン」

「えー、マジかあ」

「マスダ早いなあ」

一見すると卑怯だが、そんなことはない。

もしバレた場合、交友関係新年早々ヒビが入るという相応のリスクを背負っているからな。

それに、これはこれで神経を使うし、楽勝ってわけにもいかない。

あんまり目立つような勝ち方をしたら疑われるので、適度に手を抜く必要がある。

そのためには、相手の手牌を把握することが肝要だ。

「あ~暇だな~」

俺たちが打っている間、弟は退屈そうに、いかにも落ち着きのない子供といった感じで山内を歩き回る。

日の出まだかな~」

その手には双眼鏡が握られているが、覗き込んだところで見えるはずもない。

見えるのは日の丸ではなくイーピンだからだ。

そもそも太陽なんぞ双眼鏡で見るもんじゃない。

「ねー、次は打たせてよ……」

「……この局までは待ってろ」

こうして相手の手の内を見たら、俺たちにしかからないサインでそれを知らせる。

傾向さえ分かれば十分だ。

「ちぇ、そっちがきたか……マスダ、それロン」

「おわっ、チャンタ三色狙ってたのか。あっぶねー」

安いのに振り込んで流したり、高得点ベタ降り。

そんな調子で派手さこそないものの、終わってみれば俺たちが1位だった。

次 ≫

2020-01-03

anond:20200102163416

一粒ダイヤネックレスありがちなので、自分光学製品専門店でSWALOVSKIの一番小さな双眼鏡を買いました。

軽くて小さくて丈夫なケースもついてるから持ち運びも楽で、観劇野鳥観察、旅先での星空など感動が倍増します。

2019-11-12

桁が違う

求職中で大阪市内まで面接に行った。帰りは黒門市場の近辺から地下鉄阪急と乗り継ぐことにした。なぜなら久しく訪れてない中古カメラ屋があるからだ。

カメラ小僧大学生京都市内に進学し、部活同好の士出会い愛機の入手に繰り出したのは大阪だった。もう四半世紀は前のことになるから当然フィルム使用銀塩画像を生成する機器しか、ほぼ一般には出回ってなかった時代。(デジカメといえば、その萌芽?じみたキヤノンの白い双眼鏡みたいな機体がショールームに動体展示してあるのを、何回目かの遠征で触ってフザケていた。そのくらい、カシオQVもまだ出現してない大昔)写真部だったがやはり主流は撮影後の作業で消費する機材のコストから考えても当然のように、皆の狙いは35mm一眼レフ、とその交換レンズだった。もちろん国産の。

(中略)

その黒門市場の近く、まあいわゆる日本橋だが、とくに著名な中古カメラ店が2軒あった。どちらも何故か(関西圏でない地方出身自分には妙な違和感がいつもあった)関東地名みたいな店名で、まあ大層賑わって盤石にみえものだったが・・・

いつしか一方は、それもどちらかといえば賑わっていたほうが閉店して跡形もなくなり、今回も残っているほうのみとなった。

で。

この写真プリント店が求人も皆無となり(だから自分は他業種で求職活動しているのだ)各店舗銀塩フィルム現像処理機器故障すれば伝手を頼るか自前で確保した故障からニコイチ修理で対応するしかいくら収益が無く大規模チェーンではほぼ一ヶ所に配送して集中処理している、そんな時代に。

おいなんやその値付けは。

なんでフツーに使えへんもんにそんな5桁の値札を未だに掲げてんねんな。

まあそりゃ5年前くらいからすりゃ半額にはなっとるけども、や。

ラ イ カ M 型 。

おまえさんら桁が一つ違うやろそれコンマ位置ズラしてケツのゼロ消せやー!

と、おもいました まる

はいはい うんち だよ~

2019-09-22

チケット高額転売について思う事

とあるコンサートチケットの高額転売について、色々考えた事があるので記録しておく。

あくまでも個人的経験範囲内の見解である

高額転売入り口

チケット高額転売とは、その名の通りチケットを定価を超える金額販売する行為である

高額転売と聞くと大量のチケットを高額で売り捌く業者所謂転売ヤーを連想しがちだが、その内業者と思われる割合は意外と少ない。

では他には誰か。

アーティストファンである

それは非常に悪質な、しかし悪質という自覚のないファンたちによる転売なのである

ここで一例を挙げる。

あるコンサートチケットが2枚当選した。

1枚は自分使用するとし、残り1枚。

友達を誘って行けばそれまでだが、折角なら2公演分入りたい。

なので、残りの1枚は同じコンサートで他の日時のものと交換する。こうすれば金銭も発生しないで、2公演楽しめてハッピー。勿論、合法

しかし、交換が上手くいかない場合はどうか。

自分チケット座席は3階席の後列で需要が少ない。地方公演のチケットなので、人気都市の公演に行きたくても同じ会場同士でしか交換できない。平日なので土日公演と交換してもらえない。

同じコンサートの、同じ金額チケットなのに。

ここで、一度転売し換金してから希望の公演のチケットに金を積んで入る、という行動を取る。金を経由しチケットを得る。

そうすれば相場の差額を払うだけで当選していない公演に入れるのだ。

相場が定価の5倍だとすると、定価5000円のチケットが大体25000円で取引される。

自分チケットは何らかの理由で、相場で18000円分の価値しかないが、人気都市・人気日時・良い座席チケットは70000円で取引されている。

交換してもらえるはずがない。価値需要も埋められない差があるからである

しかし例えば同じ会場、少し良い座席、土日公演のチケットが26000円で取引されてるとする。勿論自分は交換したいが、相手にとってメリットは少ない。

(勿論一定数定価主義ファン存在するが、運良く交換成立する場合は稀である)

そこで一度転売、換金し8000円金を積んで26000円のチケットを手に入れる。

もし残りの1枚を友人に譲ってしまうと2公演目は26000円のマイナスだが、転売すると8000マイナスで済む。

価値を精算する感覚転売

この場合18000円、定価の3倍強の高額転売だが、その売り上げは26000円のチケットを売った別のファンへ流れている。ファンは結局アーティストの為に金を使い、別のファンアーティストに払う。

ファンの同士の中で金が回り、アーティストの為に消費される金である

「運」という概念

では何故この様な現象が起こってしまうのか。

どの公演も一律の金額からである

単純に、通路横席、最前席、いわば「神席」などと呼ばれる座席と、3階の後列や埋もれ席など、「天井」などと呼ばれるクズ席が同じ金額で売られているのに問題がある。

もしくはコンサート中盤と最終日が同じ金額地方公演と人気都市公演。

肉眼で見れ、触れそうな位置パフォーマンスをする2時間と、豆粒くらいの見えてるのか見えてないのか、TVで見ている方がマシな2時間が同じ金銭価値な訳がない。

コンサート中盤の中弛みしてきた公演と、最終日の涙ながらに気合の入った公演が同じでいいのか。

誰でも良いチケットが欲しい。しかし、選ぶのは我々ではない。

基本的ランダム、良い公演良い座席に当たるかは運だ、と言われている。

まり転売で運を金で買っているのである

もしくは手数料である。良い座席、良い日程、良い会場を当てた人へのチケットプラスアルファ手数料である

ある界隈では最前席は20歳以下の若いファンしか当たらないという、公表されてないが共通認識の裏ルールがある。若くないが金のあるファンは、絶対に手に入れる事のできない若さを金で買っているのである

この様に他にも公表されていない選択基準があるのかもしれない。それらは全て運という言葉で片付けられている。

1枚のチケットに、条件が揃えば20万だの30万だの法外的な金額がつく。そしてそれを買うファン存在する。少なくない数、存在している。

しかし、どうしてもそれが悪だと思う事ができない。良い座席にはその金額に見合う価値があると思い、法外な金額を積んでしまっているのである

実際、その価値はある。と思う。

通路横の座席の、すぐ近くをアーティストが通り、匂いを感じ、顔を目視でき、喉から声を絞り上げる姿を見れ、マイクが拾わない声を聞ける、そんな生の体験と。

ステージから遠く離れた天井席で、豆粒のようなアーティスト双眼鏡必死に追いかけている、悲しくなる絶望感。

その2つを経験してしまうと、とてもじゃないが同じ価格だと思えない。

その気持ち、金を出してでも運を買いたいという気持ちは十二分に理解できる。

問題は、運営から離れたファン同士(もしくは転売屋)の間で金が動いてしまっている点である

高額転売は終わらない

からやはり、金銭差がなく運のみでチケットが選ばれる制度自体問題がある。元凶である

舞台であればS席、A席、B席…など前列の座席程料金が高く設定されている場合がある。金を出せば対価としてより良い観劇環境を手に入れられる訳である

この制度自体問題ないが、現時点で高額転売は多数存在する。やはり値段設定と座席区分相場と合っていない上、日時による区分存在しないのである

一番の理想運営が行うオークション形式だ。

全席オークション形式にすれば金を払いたいファン自分希望する座席に入れる。金のないファンは去るしかない。これなら

運営に金が入り、金があるファンはいくらでも払う。正にwin-win関係である

かに仲介される事なく純粋チケットへの対価が金額に表れる。

しかし、残念ながらこの形式採用される事はないだろう。

小金持ち程度のファンも集まれば立派な金づるである新規ファンを常に増やしたい運営にとって得策とは思えない。

特にSNS主体現代では、金は無くとも拡散力のあるファンアーティストの立派な広告塔なのだ。少しの太客よりより多い茶の間ファンなのである

また道徳的にもよろしくない。という風潮が現在存在しているだろう。


運営から離れたところで相場が生まれる、というのはある種の主張である

定価以上の金を払ってでもよい席に入りたい、それだけの価値がそのチケットには存在する。良いチケットをくれ、その分金は払う。

しかしその声が届く事はない。

高額転売は終わらない。

2019-09-12

anond:20190912132341

最近のはアイピー電話から

台風に便乗してサイバー攻撃練習してるんじゃないかとすら思う

千葉県民は双眼鏡をもって手旗信号練習をしよう

2019-09-02

anond:20190902141702

そういうのよくわかる

昔住んでたアパートは向かい工場でちょうどトイレの窓があって、男女ともよく窓が空いてて、暇があれば双眼鏡で観察してた

排泄姿もなにも見えなくて個室に入るところくらいしか見えないんだけど、それでもなんともいえない興奮はあったね

2019-07-29

過去推しが好きすぎて情緒不安定になる

大好きで応援していたあるプロジェクトがあり、そのプロジェクトに関わっていた推し推しキャラクターが大好きだったので、それが終わってからというものプロジェクト最後の日に見た推しの姿がずっと忘れられず、ズルズルと彼のことを推し続けてるという感じだった。

そのプロジェクト過去映像インタビューを見返して、もっと早く応援できてたらよかったのに、と思う日々を過ごしていた。

推し感情に波がある。それは自他共に認めている事実で、実際顔に出やすいしそこがまた素直でかわいいな〜と思ってたときもあった。でも一度「ん?」と思ってしまうことがあって、それからずっと言いようのないもやもやが募っていった。

そんなある日、推しが出演するとある舞台があり、わたしもやもやした気持ちを抱えたままその日を迎えた。

なんとか家を出たはいものの、やっぱり気持ちもやもやしたままだった。そんなときスマホからシャッフルで流れてきたのは推しが演じていたキャラクターソロ曲で。あの日記憶がまたフラッシュバックして、推しを見にいくことが怖くなった。

ついに耐えきれなくなって、とっさに乗り換えでもない駅で降りて、ホームのベンチに座り込んだ。異様に喉が渇いていた。自販機お茶を買ってちびちび飲みながらチケットを取った日の自分あんなに楽しみにしていたのになんでだろう、とまたぐるぐる考えていた。

推しの姿がどんどん更新されていくことが怖い、あの日から遠ざかっていくことが怖い、でも推しを見に行けなくなることはもっと怖い、とか自分でも考えてることがめちゃくちゃすぎてわけがからなくなってしばらくぼんやりしていた。劇場へ向かう電車が何本も目の前を通り過ぎていった。

しばらくそうしていたが、カバンの中にあるチケットを握りしめて、ついに震える足で劇場に向かうことを決意した。

その日は太陽空高く登っていてありえない暑さで、この胸の気持ち悪さは暑さゆえなのか情緒不安定からくるものなのかわからなかった。それを冷静に考える頭の余裕もなかった。今思えば多分どっちもだ。

最寄り駅に着き、たかだが5分もかからない駅から劇場への道のりを歩きながら、それでも頭の中はずっとぐるぐるしていた。

よっぽど帰ろうかと思ったけど、駅に着いたころにはいくらかマシになっていたし、何よりチケットを取ったとき自分は確実にこの日を楽しみにしてくれていたわけで、そんな自分気持ち裏切りたくなくて、ついに劇場に足を踏み入れた。

初めて入ったその箱は小さくて、座席確認すれば双眼鏡がなくても表情がクリアに見える距離だった。

席に着いて始まるまでも気が気じゃなくて、文字が読める精神状態じゃなかったのに意味なくスマホに指を滑らせてツイッター更新を繰り返していた。

暗くなり、BGMとざわめきが消えて、舞台が始まる。

もう心臓がはちきれそうだった。泣き出すかもしれない、吐きたくなるかもしれない、不安で押しつぶされそうになりながらぐっと舞台を見つめた。

でも、板の上に立つ推しの姿を見た瞬間、頭の中の霧がパッと晴れたように「あ、好きだ」としか思えなくなった。

推しが芝居をする姿を生で見るのは、約1ヶ月ぶりだった。

その間に、本当に色々なことを考えた。

推しツイッターを見てはモヤモヤを募らせたり、よせばいいのに有る事無い事書かれている匿名掲示板を見て落ち込んだり、過去映像パンフレットを読んでやっぱりこの頃の推し好きだ、あの日々を忘れたくない、と強く思ったり。

わたし感情ジェットコースターのように騒がしかった。

けれど、散々理屈をこねても結局答えは板の上にしかなくて、新しい彼を更新していくことによって過去の彼を忘れていってしまうのが怖かった自分は、怖いのに、それでもやっぱり目の前で更新されていく推しに対して好きだと思うのをやめられなかった。

推し舞台上に生きるキャラクターとしてことばを紡ぐたびに好きだ…と思ったし、舞台に立ってるだけで、歩いてるだけで、セリフがなくたって、表情をこの目で確認できる距離で見れるだけでどうしようもなく嬉しくて、そんな推しカテコでもずっと笑っててにこにこ楽しそうで、ああ〜よかったなあ〜なんてぼんやり帰りの電車で考えていたら、思いっきり乗り過ごしていた。

生きている生身の人間に対し不変を願うのは無理な話だとわかっていて、その上でズルズルとあの日面影を彼の中に探して追いかけつづけている。

からこの気持ち一方通行自分勝手で、推しには一生届かない感情だとわかっている。

この公演を見て気持ちが動かなかったらもうやめようときめていたのに、結局好きだった。いや本当に自分もびっくりした。推しのことが好きすぎてびっくりした。

好きだと思う感情理由なんてなかった。不安とか悲しさとか言いようのないもやもやとか全部吹き飛んでしまうくらい、好きっていう感情が強すぎた。

そして何より、シンプルに彼を好きだと思える現実安心して、泣くような内容じゃなかったのに公演後だばだば泣いてしまった。

こんな情緒不安定になってるのに一生顔も名前も覚えてもらえない人のことを好きな人だと公言してるのなかなかヤバイとわかってるんだけど、それがオタクなので、多分推しが表に立つのをやめないかぎりずっと感情グラフジェットコースター建設はやめられないんだな、と思った。

2019-07-28

anond:20190728134725

全く持ってその通りだ。

修学旅行で泊まったホテルの斜め向かいの部屋でセックスしてたカップル発見した時、双眼鏡を持っていなかったことをあれ程後悔したことはない。

新社会人10万円で双眼鏡を買え

世の中には、社会人になったら一生ものとして1つは持っておけと言われる高価格帯のアイテムがいくつかある。高級腕時計、財布、バッグ、礼服、革靴、万年筆などが挙げられるだろうか。これらは一度購入すれば数十年も使用に耐えるものがあるし、ビジネスシーンで有利が取れたり、使えば使うほど味が出てくるなどとさえ言われることがある。しかし私は、ビジネスでは全く役に立たないであろう「高い双眼鏡」を1台買うことを強く勧めたい。それも10万円クラスの、持ち運びしやすコンパクトタイプだ。「双眼鏡なんて一生使うことない」「双眼鏡10万円もかけるとか頭おかしい」というのが一般的感覚だろうし、「一生もの10万円は安すぎる」「30万出してスワロツァイスの40mm買え」というのが双眼狂たちの言い分かもしれない。が、私に言わせれば、あらゆる場所毎日持ち運びできるコンパクト双眼鏡を持っていない人生はもう考えられない。

他の「一生もの」と比較してみると、高級腕時計や財布は確かに所有欲を満たしてくれ、どこに行っても胸を張って使えるファッション性がある。だが時刻の確認だけならスマートフォンスマートウォッチでもできる上に、そちらの方がはるかに高機能で、人生ちょっとかにしてくれるいろいろな体験ができる。財布は現金カード類を収納するという機能しか持っておらず、その機能自体人生を劇的に豊かにすることはない。

一度所持してもらえばわかるのだが、双眼鏡には、双眼鏡しかできない体験というのがあるし、大事に扱えば親子三代にわたって使えるとまで言われるほど頑丈な機器だ。パソコンスマートフォンなどの電子機器とは比較にならない寿命の長さであり、またこれらには決して代替ができない道具でもある。

なぜ新社会人なのか

では私がなぜ「新社会人」に双眼鏡を勧めるのか。学生時代よりは高い製品に手を出せるぐらいのお金があり、かつ若くて体力があって、ひとり旅や友人との旅行何の気なしに街を歩くこと、美術館博物館巡り、コンサートライブハイキング登山などのアウトドア活動といった、双眼鏡が最も活かせるシチュエーションである「外出」がしやすいからだ。「友達いないか旅行とか行かない」「仕事で疲れてて外に出る気がしない」「家でガチャ回してる方が楽しい」という声もあるだろう。逆に考えるんだ、「高い双眼鏡を買ったんだから、せっかくだし外に出てたくさん景色を見よう」と。そうして得られた体験は間違いなく一生の糧になる。家でアニメを見たりガチャで爆死したりするのもいいけれど、たまには外の空気を吸いに出かけてみよう。何も電車や車で何キロも離れたところに出かける必要はない。空を流れる雲や、電線に止まっている鳥、街中の高層ビル、遠くに見える山々、夜になれば月に、双眼鏡を向けてみよう。肉眼では特に何とも思わなかっただろうが、双眼鏡を通して見る世界がとんでもなく豊かなことに驚くはずだ。近所で使うだけでなく、連休旅行ハイキングで使えば旅が何倍も楽しくなるのは請け合いだ。もちろん、新社会人だけでなく、双眼鏡を1台も持たずになんとなく人生を過ごしてきた人たちにも強くオススメしたい。

双眼鏡なんか必要あるのか

「外に出て景色を見るだけなら、双眼鏡なんか使わなくてもいいじゃん」という反論もあるだろう。この点に関しては自分の目で確かめてもらうのが一番なのだが、一度見てもらえれば全てが理解できるはずなので述べておこう。いい双眼鏡で見る景色は、肉眼で見るよりもずっとずっと美しい。いい双眼鏡は、ガラスを通して見ていることを全く感じさせないほど見え方が自然で、なおかつ肉眼で見るよりも透明感があって色彩豊かに感じられ、普通に見ていたのでは気づかないディテールもはっきりとわかる。うまく写真画像表現できればいいのだが、自分の目の前に圧倒的な迫力で美しい景色が現れることの素晴らしさは、実際に味わってもらわないとなかなか伝わらないのが歯がゆいところだ。双眼鏡を一度も覗いたことがない人や、地方電気屋でよく売られている数千円程度の双眼鏡ほとんどは粗悪品レベルしかたことがない人は、ぜひ街中の大きな量販店で、3万円を超えるような双眼鏡を覗いてみて欲しい。それだけでも、きちんと作られた双眼鏡いかによく見えるかがわかるだろう。

お勧め機種

私は記事の冒頭で、「10万円クラスの持ち運びしやす双眼鏡を買え」と書いた。そしてつい先ほど、「3万円を超えるような双眼鏡を覗いてみろ」とも書いた。実を言うと、3万円クラス双眼鏡があれば十分にいい景色が見られるし、耐久性バッチリだと言うのが私の意見だ。しかし3万円クラスで、覗きやすく満足のいく見え味を手に入れようとすると、ある程度筐体が大きく重たい機種(具体的にいうと対物レンズ径30mm以上)から選ぶしかないのが現実なのである。人にもよるが、これぐらい大きな双眼鏡毎日持ち歩くのは厳しいという人が多いと思う。1万円クラスの小さい双眼鏡にもオススメできる機種はある(後述)のだが、どうしても携帯性・耐久性防水性・覗きやすさ・見え味のどれかを犠牲にせざるを得なくなってくるし、一生使える相棒とするには少し頼りないところがある。

毎日どこへでも持ち運べるほどコンパクトで、見え方が優れていて、耐久性も高い(防水付き)のものを手に入れようとするとどうしてもコストがかかってしまうのだが、ここでは「せっかく高い買い物をしたのだから毎日使おう」という心理がはたらいて、結果的人生が豊かになるような買い物をしてもらうため、あえて予算度外視し、記事執筆時点でコンパクト双眼鏡では世界最高峰と言える機種を紹介しようと思う。

それがCarl Zeissから出ている「Victory Pocket 8x25」だ。倍率8倍と10倍のモデルが出ているが、圧倒的に8倍をお勧めする。(低倍率をお勧めするのにはそれなりに理由があるのだが、長くなるので割愛

光学機器に詳しくない方にとっては聞きなれない会社名かもしれないが、カメラレンズ双眼鏡世界では超一流と言われているドイツメーカーであり、その品質折り紙つきだ。実売価格9万円超えと決して安くはない(むしろ超高い)が、その性能は「この1台を買えば全てがうまくいく」と(私に)言わしめるほどであるメガネのあるなしにかかわらず問題なく使え、独特の折りたたみ機構によって収納時にはとてもコンパクトになる。そして視界の広さ・見え方・解像感は30mm径の大きな双眼鏡匹敵するか、超えていると感じるほどだ。朝から夕方までの明るい時間帯であれば、どこにでも持っていけてあらゆるものをしっかり捉えてくれる最高の相棒になるだろう。

それ以上の細かいスペックについてはあえて語らない。Google検索すればいくらでもレビューが出てくるし、それらを見るよりも実際に自分で使ってみれば全てわかるはずだ。ただし、どんなに高級な双眼鏡であっても自分の目に合う・合わないという相性問題があるので、できれば実店舗で実物を触ってから購入することをお勧めする。また、意外と双眼鏡の正しい使い方というのは認知されていないので、知らない方はぜひ正しい使い方を調べてから店に行こう。使い方を知らないせいで「全然見えないじゃん」と勘違いし、双眼鏡を買わないで人生を終えてしまうのは本当にもったいない

それから、もし夜に夜景や星を見るために双眼鏡が欲しくなったという人は、残念ながらZeiss技術をもってしても厳しいので、コンパクトタイプ双眼鏡は諦めたほうがいい。6倍30mmや、8倍40mmクラスのもの別に買おう。そのクラス双眼鏡の選び方については、日の出光学という日本の小さなメーカーが自社のホームページでたいへん詳しく紹介してくれている。他のメーカーのもの検討している場合も含め、双眼鏡の購入前には目を通しておくといいだろう。https://bino.hinode-opt.jp/column/tsukaimichi.html]

また日の出光学製品は、比較低価格かつ性能は最高級品と遜色ないレベルなので、双眼鏡の魅力に取り憑かれた方が2台目以降に手に入れるのにとてもお勧めだ。私は観劇用の低倍率機として「A4」(5倍20mm)、手持ちでの星見用に「B+」(6倍30mm)を所有している。いずれも「Victory Pocket 8x25」よりはかさばってしまうのが難点だが、特定用途で使うサブ機として持つにはとても優れた製品だ。

いきなり双眼鏡10万円近く払うのは抵抗があるという人は、日の出光学の「A5」を1台目のメイン機として買うのも大いにありだろう。1万円台なので比較的気軽に買えるはずだし、5倍という低倍率に抑えているおかげで、安くコンパクトな割にとてもよく見える。また5倍という低い倍率はコンサートなどで使い勝手がよく、あとで「Victory Pocket 8x25」のような高倍率機を買い足しても決して無駄にならない。万が一気に入らなかったとしても、注文後1ヶ月は無条件で返品を受け付けているのでほとんどリスクなく購入できる。防水機能がついていないことと、非常に人気なのか頻繁に在庫切れになっているのが惜しいところだ。

いから買え

長くなってしまったが、とにかく、いい双眼鏡というもの人生をとても豊かにしてくれる。これから40年、50年と続く人生において、最高の双眼鏡は最高の相棒になってくれるはずだ。ぜひ、自分人生への投資だと思って、まずはCarl Zeissの「Victory Pocket 8x25」を手に入れてみてほしい。いい双眼鏡沼を!

2019-07-22

選挙開票見に行ったら役人ちょっと揉めた。

ちと遠いけど歩いていける距離にある体育館開票所になっているとしって、ちょっとのぞいてみようと思ったのである

いったことなかったし。

テレビで夜八時ちょうどの議席予測をみてから、ぶらぶらと散歩しながら、体育館に向かったのだ。

夜の体育館からは、こうこうと明かりが漏れていて、駐車場にはタクシーも何台かとまっていて、案内係の若い人もいて、「こんばんは」と声をかけられてしまった。

入り口には警備員と、奥には警官もいる。

開票見に来たんですけど」と警備員に聞くと、「正面の階段を登って突き当たりを左です。係のものがいますから」という。

“係のもの”は、大学生アルバイトといっても通りそうな若い男女二人組だった。

男は白いワイシャツスラックス

見学にきた旨をつたえると、「こちらにお名前と住所を書いてください」という。

身分証明書くらい必要なのかとおもったら、それはいらないらしい。

時節柄、“宮迫博之”とか書いたらどんな顔するだろう?とか一瞬思ったが、そんなことはせず、正直に本名と現住所を書く。

で、次の質問を発端に、ちょっともめたのである

ーー写真、とってもいいですか?

「あの、写真はご遠慮いただいておりまして…」

ーー公開はされてるのに、なんで写真はだめなんですか? あの人写真とってません?

「あちらは、報道陣の方でして」

(じつは、写真をとっていたのかは定かでなかったのだが、スマホを持っている人が目に入っただけ。あとで分かったのたが、報道陣はカメラを持ってなかった)

ーー報道陣はよくて、市民はだめなんですか?

公職選挙法の決まりで…」

ーーどんな決まりがあるんですか?

「えーと、あの、今、担当のものを呼びますので…」

別に若い二人をいじめるつもりはなかったのだが、よく分からんものはよく分からん

「とりあえず、写真は撮らないので、あちらで見ながら待ってていいですか?」と聞くと、どうぞどうぞ、というので、観客席に移った。

体育館の二階の観客席の一番前の列がビニールリボンで区切ってあって、立ち入り禁止という張り紙がある。

その前に10数人の報道陣がいて、双眼鏡開票の様子を見守っている。

みんなラフな格好で全員が腕章をしている訳ではないので、推測だが、おそらくNHKが5人、共同通信が5人、TBSが2人。

NHKは指示するお姉さんと男の子4人組といった風情で、もしかしたら男は大学生かなんかのバイトかもしれない。

対する共同通信は、編集プロダクションに勤めてそうな中年男女5人組といった雰囲気

なんか、ちがう空気感面白い

一般人自分ともう一人のおっさんだけか…など観察していると、“担当の者”がやって来た。

中間管理職風の、小太りで人の良さそうな男性

ーーわざわざすみません。なんで写真とってはいけないんですか?

写真撮影原則お断りしていまして」

ーーどういう理由ですか?

公職選挙法の決まりでして」

ーーどういう決まりですか?

公職選挙法で、投票秘密は犯してはいけないと…」

ーー投票秘密? ここから見ても、誰がどこに投票たかなんてわかりませんよね?

はい…。」

ーーここから普通に写真とっても、投票秘密を犯すとは思えないんですけど。

「……。」

ーーここから、全体の光景をとるくらいなら問題ないですか?

「ええ、まあ、それくらいでしたら」

ーーありかとうごさいます

なんなんだ、一体。

結局、ちゃんとした理由なんてありゃしないのである

禁止するなら、もうちっと理論武装すればいいものを、投票秘密とは笑わせる。

まあ、ものすごい望遠レンズ持ち込んで撮った投票用紙の筆跡鑑定でもしなければ、投票秘密を犯すなんて無理である

というわけで、何枚か話のタネ写真をとってきたのだが、開票作業はみてて楽しくもなんともない。

報道の皆さんは、双眼鏡を熱心に覗き込みながら、投票用紙の山がどの候補に投じられたものなのか判別しては数を数えていたけれど。

初心者が見ても、まあ一斉に投票用紙をまとめていたり、計数機がせわしげに動いていたり、「疑問票担当」なんて席があったり、退屈そうに立会人開票の様子を見つめていたりするのは分かるが、どういう手順で票を数えているのかは判然としないし。

場内では30分おきに開票状況のアナウンスが入るだけだし。

まあ、実際に目にすると、「やっぱり機械でも記号でもマークシートでもいいけど、もう少し効率的に数えられる方法とりいれたほうがいいよね」とは思ったけど。

あれだけの人数の公務員に、休日手当てやら残業代やら払うの持ったいなさすぎる。

「観客席」には係員や警備員がいるわけでもなく、勝手スマホ写真とってもなにも言われなかったのではないかと思わないどもないが、勝手写真をとるのは良いことではないですね。

あと、入るのに持ち物検査とかあるわけじゃないので、本気で混乱させてやると覚悟を決めた人がよからぬことを考えると、けっこう色んなことができてしまいそうな気がした。

写真撮影を禁じる前に、やっぱり身分証明書くらい確認したりした方がいいような気も。

というわけで、だらだらと1時間ほど眺めてきたけど、あまりに退屈なので帰った。

人にはおすすめしない。

家で選挙速報でも見ていた方がましたが、「市民開票の様子を見守れる」というのは、理念としては大切だとは思うので、もうネット配信でもしたらとうだろう?

あ、それから、あの入場の時に名前かいた紙は、どうなるんだろ? なんか「めんどくさいやつが来た」とか記録残るんかな?

ま、悪いことをしたつもりはないから、いいけどさ。

2019-07-03

anond:20190703153054

『わカンナいホうガいイ……』

 

すでに兄の声では無かった。兄はそのままヒタヒタと家に戻っていった。

 

僕は、すぐさま兄を真っ青にしたあの白い物体を見てやろうと、落ちてる双眼鏡を取ろうとしたが、兄の言葉を聞いたせいか、見る勇気が無い。しかし気になる。

 

遠くから見たら、ただ白い物体が奇妙にくねくねと動いているだけだ。少し奇妙だが、それ以上の恐怖感は起こらない。

しかし、兄は…。

 

よし、見るしかない。どんな物が兄に恐怖を与えたのか、自分の目で確かめてやる!

僕は、落ちてる双眼鏡を取って覗こうとした。

 

その時、祖父がすごいあせった様子でこっちに走ってきた。

僕が『どうしたの?』と尋ねる前に、すごい勢いで祖父

 

『あの白い物体を見てはならん!見たのか!お前、その双眼鏡で見たのか!』

 

と迫ってきた。僕は

『いや…まだ…』

と少しキョドった感じで答えたら、祖父

『よかった…』

と言い、安心した様子でその場に泣き崩れた。

僕は、わけの分からないまま、家に戻された。

 

帰ると、みんな泣いている。僕の事で?いや、違う。よく見ると、兄だけ狂ったように笑いながら、まるであの白い物体のようにくねくねくねくねと乱舞している。

僕は、その兄の姿に、あの白い物体よりもすごい恐怖感を覚えた。

そして家に帰る日、祖母がこう言った。

 

『兄はここに置いといた方が暮らしやすいだろう。あっちだと、狭いし、世間の事を考えたら数日も持たん…うちに置いといて、何年か経ってから田んぼに放してやるのが一番だ…。』

 

僕はその言葉を聞き、大声で泣き叫んだ。以前の兄の姿は、もう、無い。

 

また来年実家に行った時に会ったとしても、それはもう兄ではない。

 

何でこんな事に…ついこの前まで仲良く遊んでたのに、何で…。

僕は、必死に涙を拭い、車に乗って、実家を離れた。

 

祖父たちが手を振ってる中で、変わり果てた兄が、一瞬、僕に手を振ったように見えた。

僕は、遠ざかってゆく中、兄の表情を見ようと、双眼鏡で覗いたら、兄は、確かに泣いていた。

表情は笑っていたが、今まで兄が一度も見せなかったような、最初最後の悲しい笑顔だった。

そして、すぐ曲がり角を曲がったときにもう兄の姿は見えなくなったが、僕は涙を流しながらずっと双眼鏡を覗き続けた。

 

『いつか…元に戻るよね…』

 

そう思って、兄の元の姿を懐かしみながら、緑が一面に広がる田んぼを見晴らしていた。

そして、兄との思い出を回想しながら、ただ双眼鏡を覗いていた。

 

…その時だった。

 

見てはいけないと分かっている物を、間近で見てしまっただけの人生だった。

2019-06-20

あげなきゃよかった もう二度と会いたくない

野球を見るのが好きだと職場で言ったら

譲り受けたチケットがあるけど、

都合がつかずに行けないのであげると言われ、ペアチケットをいただいた。

急だったのと私自身も友達が少ないので、

一緒に行く人を見つけられず、

1枚分はもったいないけど、1人で観戦しに行った。

球場最寄りの駅を出ると、

チケット譲ってくださいという紙を持つ人がいたので、(ジャニーズコンサートによくいるような)ああもったいないしなあ、私と隣になってしまうけれど、と前置きをしながら声をかけて1枚あげた。

その人は「こういうの、人によって金額とか....無料の人が多いんですけど」と反応して、まあ私も無料で譲り受けたし、と「無料でいいです」と伝えた。

でも正直、私は球場までの交通費が惜しいほど現在経済状況が苦しくて、このチケットあげたら球場で売ってるご飯くらいはもしかしたら奢ってもらえるかな、くらいのよこしま気持ちもあった。

チケットをあげてそのまま別行動するつもりだったけど、同じ行き先だし、一緒に話しながら球場に入った。どこファンなんですか?よく来るんですか?とか、当たり障りのない会話をして、適当に終わらせるかなと思ったら、その人、ずーーーっと喋ってる。なんていうんだろう、こっちの反応を聞かずに喋り続けるというか、状況を読まずに、矢継ぎ早に喋っている。早口で。お互いの会話の総量を推し量って会話って進めていくものだと思うんだけど、その采配がまったくできてない。よくそんなに途切れずに話すことあるね、内容全くおもんないけど。キャッチボールじゃなくて、ただの投げ込みを延々続けるような人で、少したじろぐ。でもまあ、声をかけたのは自分だし、これもなにかの縁かもしれないし、さすがに試合始まったら試合に集中するだろうし、と思ったけど違った。

試合中もめちゃくちゃ私に向かって喋り続けていた。いやなにしに来てる。試合観に来てんのとちがうのか。私じゃなくて選手を見て。私も途中からまじめに聞くのがバカらしくなって、持ってきた双眼鏡試合観ながら明らかに「あー」「そうですね」「なるほど」の三種くらいの相槌ローテーションで打線組んで単調に回していたんだけど、それにも気付かず(というか気にせず)喋り続ける。

ちょっと厄介な人に声をかけてしまったな、と後悔する私。記念品とかも交換できるチケットだったんだけど、その景品も当たり前のように自分のものにしてるし、(ひとこと「もらっていいですか?」くらい言うものではないだろうか)私は二日間の試合チケットをもらっていたのだけど、カバンから翌日のチケットが見えていたようで、「そっちのチケット見えたんですけど、くれませんか?」と言われたりとか。ちょっと図々しいな、と苛立ってしまった。

話を聞くに、その人は長年色々な球団を追っかけしているようで、どこどこで〇〇選手と会ったとか、〇〇選手は感じがいいとか、サインをくれるとか、この球団はどこどこのホテルに泊まっているとか、出待ち情報などをずーっと話していた。内野の席で見ていたのだけど、「〇〇選手は私のことを覚えている」とか、「〇〇選手と話した時にやにやしていて、他の選手に私のことを話していた」とか話し出して、ああちょっと電波系入ってるのかな、と聞き流しながら、極め付けに「望遠鏡越しによく選手目線が合う」と言い出して、マジこいつやべえじゃん、と予感は確信に変わる。

グラウンド備中に一緒にご飯買いに行ったんだけど、もちろんなんか奢りますよとかもまったくなし。千円くらいのグッズくじみたいなやつ三回くらいやって、いい値段する選手プロデュース弁当も買ってたけど、私に割くお金は無いんですね......と思ってしまった。私が逆の立場だったらなにか絶対買うけどな......とか考えたけど、まあ自分がこうしてほしいと言うこと伝えてないし、言う資格ないよな.....など思って、諦める。

食べ物買って席に戻ってからも、ずーっと喋ってる。よく喋ること尽きないなあ、と感心するほど喋ってる。「全然弁当減らなーい」とか言ってる。そりゃそうだろ。ずっと喋ってんだから。黙って早く食えよ。「私がタオル買うと打たない」そんなわけないだろ。あなたタオル購買うんぬんで左右されるほど温い訓練してないだろ、選手は。「今日勝ってもらわないと私あの選手握手たから、こいつと触れ合うと負けると思われちゃう」いや選手あなたのことたぶん認識してないよ。発言の一つ一つの内容がスピってて、この人ちゃん社会生活送れてるのかな。仕事とかできてるのかな。いや、なんかしてないっぽいな。話ぶったぎって「お仕事なにされてるんですかあ?」とか聞こうかな。それは意地悪かな。とか、試合すごく面白かったけど、その人に対してのストレスを溜めてしまった。

恐らく毎回そういうふうにして、チケット譲ってもらうことが多くて、「ラッキー。よかった」で思考が止まって、その人に対してお礼しようとかそういう気持ちにならないんだろうな。なんのありがたみも感じてないんだろうな。と思った。

だってこんなにドン引きしてるのに、話し続けてるし。

自分もそういうところがあるのですが、無料を求める人って、なんていうか卑しい人が多い。

そしてこれは私調べのなんの根拠もないただの差別悪口なんですけれども、

50すぎて独身一人っ子母親介護してる女性は一人でベラベラ際限なく喋る奴が本当に多い。しかもクソつまんねえ話を。という確信を深めてしまった。恐らくだけど、友達が居たとしても家庭持ったりなんだりで話し相手に飢えてる状態で話せるような人が現れたら、飢えていた分バーーーーーッと吐き出してしまうんだろうなあ。壁に向かって話したり、ホストにでも行ってちゃんお金払って解消しなよ、と思う。人間関係の力の匙加減が元々下手くそなのか、下手になるのか、感覚が狂うのか、それは分からないけど。

(最近そういう人に立て続けに会ったので)

自分もそうなってしまうのかな、と怖くなった。

あーあ、

譲らずに1人でゆったり試合に集中して観たら良かった。あんな人にいい思いさせる必要なかった。(性格悪い)

2019-06-15

涙の数を数えられない愛

あなた普段どのくらい涙を流しますか?

自分は割とよく泣く方だ、という人もいれば、自分は滅多に涙を流さないという人もいらっしゃるかと思います

私は、人よりもすごくすごく泣くことが多いです。

そろそろ早泣き選手権の依頼でも来ないものかと思うレベルです。最近特に感情から涙腺へ頻繁に直行便が出ているように感じられるほど泣くことが多いです。

涙の数だけ強くなれるという割には、私のこの数えきれない涙は一向に私を強くしてくれそうにありません。

これから綴る無駄に長い私の気持ちの整理は、人によっては気分を害してしまうおそれがあります

特に彼にガチ恋をしている方々、同ペン拒否の方々、お願いですから今すぐ読むのをやめてください。打たれ弱いので攻撃されたくないです。

アイドルオタクとして今自分に起こっている、所謂ガチ恋」という感情を生々しく記録しておきたくて書き始めた長ったらしい独白です。

それでも大丈夫だという方は、ほんの暇潰し程度に流し見してください。

私と、ホシという1人のアイドルについて。

拝啓

私の愛

クォンスニョン様

あの春の日から早数ヶ月、異例の暑さだった五月が過ぎ、日本梅雨の季節を迎え少し肌寒い日や憂鬱な天気の日が増えてきました。

沖縄の天気は荒れているようですが

いかがお過ごしでしょうか。

連日の怠さと精神負担に耐えきれず起き上がらなかった体を、布団の上に放り投げたまま、私は今日もまたあなたのことを考えていました。

何かを祝うことがほんの少し苦手で「それ」を言葉にすることをずっと避けてきた私ですが、あなた23回目の誕生日に何も捧げられないのは、と思う気持ちを引き摺るので今日はもう少し向き合ってみることにします。

あなたに起きた私の感情について。

手紙風に書き始めてみましたがここからはほぼ独り言です。

誰かを好きになるということ。

私にとってそれは決して珍しいことではなく、対象が身近な存在でもそうでなくとも繰り返してきたことだったのです。

ただ、人より感情の振れ幅が大きい私は「誰か1人」になってしまうことを無意識的に避けていました。どこまでも好きになってしまえるから

そんな私のリミッターをぶち壊して、

いとも簡単に溺れさせて

足元すら覚束ないほどの「好き」の感情

呼び起こしてしまったのがあなたでした。

世の中には感情淡白な人もいます。そんな方々からすれば全く理解できないことかもしれません。

それでも私は今、

どうしようもなく「あなたしかいない」という自分の心の叫びに鼓膜を震われるように、

溢れる感情に日夜きりきりと心臓を追い詰められるように、苦しい日々を送っています

先日のショーケース、双眼鏡を忘れてしまった私は久し振りに、あなただけに囚われることなく13人を見つめる時間を得ました。

気づいたことがあります

私は自分が思っていたよりもずっと、あなた以外の12人のことを大好きでした。

きらきらと眩しく胸を打ち、圧倒的に惹きつけられ視界は潤み、私は思いました。

嗚呼これだ、私が愛しているのは。

私が愛している「アイドル」という概念はこういうものなのだと。

から私はふと考えてしまったのです。

もしあなたがいなければ、あなたに溺れてしまわなければ、

この眩しさをただ一心不乱に追いかけ、その幸福感をめいっぱい享受することができたのでは、と。

私はアイドルを愛していますアイドルという存在を、概念を愛しています。私が愛しているのはアイドルなのです。

からこそ今、自分のつまらない恋情に振り回され、

アイドルとしてその魂を削り星屑を振りまくあなた

まっさら気持ちで見詰めることができないのが酷く悔しい。素直に応援できないのが情け無い。


どうして恋なんてしてしまったんだろう。



あなたに恋をしてからたくさんの感情を知りました。

恋は盲目であること。

愛憎は紙一重であること。

好きという感情は行き過ぎればただ呼吸を妨げ己を苦しめるだけだということ。

好きという感情は人を生かしも殺しもするということ。

今の私は間違いなく異常でしょう。

然し、可笑しな話ですが私には、

恋をした相手たまたまアイドルだっただけ、偶然、生まれた国も文化も違う人だっただけ、

などという風に思えてしまうのです。

アイドルが好きな者としてアイドルあなたをただ追いかけたいだけなのに。

我儘な心はあなたの隣に立ってみたいと嘆き、あれだけ大好きだったコンサート中でさえ己の醜い感情絶望し、呆然と涙を流してうまく息が吸えなくなってしまう。

目を背けたいのに見つめていたい。

舞台上で輝くあなたを見るたび思うこと、

「好きすぎるから嫌いになりたい」

叶わない夢を見て苦しむのはもう

今度こそ、今度こそは、終わりにしたい。

もうやめよう彼を好きでいるのは。

食事も喉を通らない、まともに寝付けない。胃痛頭痛はひどくなる一方。

彼を好きでいることをやめなければいけない。

このままじゃ私の命が枯れてしまう。

そう思いながらそれでもあなたから目を離すことができない。

報われることのないこの日々はいつ終わるのでしょうか。

ねえ、ほしくん、すにょんくん。

私すにょんくんの全部が好き。

どんなすにょんくんでも好き。

例えばすにょんくんが世界中から嫌われて否定されても私はすにょんくんが好き。死ぬならすにょんくんに殺されたい。すにょんくんのために死ねる。

すにょんくんが私の心臓を握ってるの。

こんなどろどろした気持ちでいっぱいで

あなた幸せを願えなくてごめんなさい。

わがままばかりでごめんなさい。

絶対変わってみせるから

笑顔でお別れできるようにがんばるから

出会えてよかったと心から笑えるようになるから。それまではどうか

あなたに恋をしたまま生き延びることを許してください。

母国語が違うということ。

私が思うに、誰が何と言おうとそれは、

お互いの言葉をそのまま何のフィルターに通すこともなく受け取ることが、生まれから死ぬまで一生不可能だということ。

同じ言語を話す者同士ですらうまく言葉を交わせないのに。

普段言語に関わることを学んでいる私にはその事実特に重くのしかかります

私はあなた言葉を「聞いて」みたかったし、私の言葉を「わかって」ほしかった。

もちろんあなた言葉を少しでも自ら理解する努力を怠りたいわけではないけれど、翻訳された言葉は、私にとっては代替品に過ぎなくて、それが悲しいのです。

もうこの世に私がこうして生まれしまった以上これは致し方ないことだから

私は一生伝わることのないこの私自身の言葉で、

一生伝わることのないこの愛をここに記します。

今日あなた23回目の誕生日

すにょんくん、

まれてきてくれてありがとう

アイドルを選んでくれてありがとう

アイドルになってくれてありがとう

同じ時代を生きてくれてほんとうにありがとう

つかこ葛藤から解放される日が来るなら、私は笑顔

「ああ本当に今日は楽しかった」

と、

愛に満ちた光に包まれあなたをこの瞼の裏に蘇らせ反芻しながら、笑顔で帰路につきたい。

あなた出会えてよかったと

喜びの涙を流したい。

2019年6月15日

隣国の片隅より愛を込めて

とあるガチ恋限界

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