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はてなキーワード: 躁鬱病とは

2019-06-17

Twitterに多い病気障害その他不幸の実話(漫画)って大体

理解のある旦那恋人が出てくるんだけどなんでだろうね

やっぱその程度の支える人がいないと漫画とか文章昇華できないのかね

「よし、漫画にしよう…!」という域に達しなかった屍の山みたいなのがあるんじゃないかって思っちゃうんだよね

先月会社の同期にグループLINEで「あい躁鬱病からおかしいwwwww」って書かれて

うーわキッツ…なんかもうイライラして咄嗟に出てくる言葉がそれって怖、呼び方も古いし診断降りてないし双極性にも幅があるのに精神疾患全部一括りに入れてるんだろうなあ…しんど…って。

ちょうど座間とか息子殺しとか某議員診断書提出とかあったから頭おかしいとか絶対精神病だろとか不良品だなんだ色んな言葉が散らかっていて、一緒にしちゃいけないと頭でわかっていても1つにまとまって殴りかかってくるわけで。

「ああ私は現場がしんどくて半日ばかし部分的身体が動かなくなって数ヶ月休んだだけで精神病ってカテゴリで一生間接殴打されていくのか」と憂鬱になった。テレビはとっくの前に切ってる。それでも記事となって目に入ってしまったけど。

それに伴い現状を知ってほしい〜〜と漫画が流れてきたけどやっぱりいるんだよなあ、理解者。

家族もそんなに心配かけたくないし重たい話のためにわざわざ周りに声をかけるのは気が遅れるし、乗ってくる奴がいてもただの面白サンプルとしか思ってなさそうだし、どんな拍子で傷つくかわからないし先生は2週に1回だし

全部話してたら相手が潰れるから使い分けてると思うけど、それでも自分をほぼ確実に肯定してくれるひとがいますって超でかいじゃん、十分じゃんとか思っちゃう。8ページ目ぐらいに出てくるのほほんデフォルメあいつくれよ。いつも離れず後ろに書き込まれてるあいつ。途中から「この病気はこう大変なんです」じゃなくて「こんなに支えてくれるひとたちがいるんです〜」とアピールしてるような気になってくる。んなわけないんだけど。やっぱそういう存在がいないと救いがなさ過ぎとかシビアすぎて商業化できないのかな。そんなの売れないもんね。

バカバカと割り切れと言われたし当然自分にも言い聞かせつつ、未だに2日に1回以上は思い出す。1人で処理してる。薬も適度に飲みつつ。

相手は覚えてないだろうね。そういや身体が動かなくなる前の週かな

現場厳しいから異動したい、人間的な生活の遅れるおすすめの非現場教えてくれ」と尋ねた時も「知らん。非現場しんどいからそんな異動をするなら辞めた方がマシ」って1時間ぐらい叱咤されたな。あのとき私が飄々としてたから後から躁だと思ったのかな。数ヶ月して非現場普通に働いてるのが気に入らないのかな。病んだ人のイメージにそぐわなかったのかなあ。「切り替え早すぎ」みたいな。

そりゃ話すころには頭の中でまとまってるしオチもつけるし聞ける程度にはユーモアも挟みますよ。にしても休んでる間も誰とも連絡してないのに内示すぐ広まって気持ち悪かったなあ。死んでおけば良かったのかしら。死なないけど。

しかし私学の雄、院卒、海外留学マスコミ勤務

一般的には結構フィルターがかけたつもりなんだけどこれでダメだったから、どこまでのひとが同じようなことを言えちゃうのか全く見分けがつかん。それを探るのもしんどいし、そういうことがあるかもと前提にして態度や発言に細心の注意を払うのも無意味な気がする。

さて、寝るか。

2019-05-09

女が人妻不倫してきた

最終的に自殺してしまった。

彼女旦那と別居中だった。

私とは一度別れたけどよりを戻したところだった。

離れた所に住んでいたけど私と彼女

毎日ラインのやりとりをしていた。

ラインの返事が返って来なくなったか

嫌な予感がして会いに行ったら風呂場で首を吊ってた。

彼女躁鬱病だった。

鬱状態の時は死にたい毎日言っていた。躁状態の時は

他の女との浮気を仄めかしたり、ショップ店員友達になったと言い化粧が濃くなったり、自分天才だと言って他人批判したりした。

病気のせいだとわかってたのに私は彼女のことを責めた。

許せなくて一度別れた。それも酷いふりかたをした。

でも結局自分からよりを戻そうと近づいた。

この事を1人で抱えきれず他の人に話したら、お前は自分のした事わかってるか?人を1人殺してるんだぞ?と言われた。

そうだと思う。

何も知らない彼女母親から分骨してもらった。今も私の家にある。

彼女母親

あなたが早く娘を見つけてくれて感謝してる、ありがとう

だってさ。

特にオチはない。

女が人妻不倫してきた

最終的に自殺してしまった。

彼女旦那と別居中だった。

私とは一度別れたけどよりを戻したところだった。

離れた所に住んでいたけど私と彼女

毎日ラインのやりとりをしていた。

ラインの返事が返って来なくなったか

嫌な予感がして会いに行ったら風呂場で首を吊ってた。

彼女躁鬱病だった。

鬱状態の時は死にたい毎日言っていた。躁状態の時は

他の女との浮気を仄めかしたり、ショップ店員友達になったと言い化粧が濃くなったり、自分天才だと言って他人批判したりした。

病気のせいだとわかってたのに私は彼女のことを責めた。

許せなくて一度別れた。それも酷いふりかたをした。

でも結局自分からよりを戻そうと近づいた。

この事を1人で抱えきれず他の人に話したら、お前は自分のした事わかってるか?人を1人殺してるんだぞ?と言われた。

そうだと思う。

何も知らない彼女母親から分骨してもらった。今も私の家にある。

彼女母親

あなたが早く娘を見つけてくれて感謝してる、ありがとう

だってさ。

特にオチはない。

2019-02-14

障害者を抱える家族全員を救えない場合トリアージ

躁鬱病の親を持つ子供児相通告したらその親が自死してしまった経験談。その後の手紙の展開に救いを感じる - Togetter

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1318891

この件も、有名な他の事例として昨年の三田座敷牢事件も、根底共通していると考えられる。

他の家族構成員の命すら奪いかねない、差し迫った他害リスクのある障害者を抱える家族一家共倒れ心中リスクをどう回避するか。

今回の場合は、精神障害者である母親の命を救う術は残されていなかったが、子供の命だけでもトリアージで救い一家全滅を回避することができた。

三田事件場合は、母親や他の子供の命を救うため、重度障害長男座敷牢に入れるトリアージ父親決断したことになる。

三田事件については、健常者である家族構成員の命を度外視してひたすらに障害者差別だと騒ぐのみの人権団体存在するようであるが、それは躁鬱病母親の件で教師を責めた無責任な親戚の姿と重なる。

あるいは、類似の他の事例でも共通して登場する人物であるが、何の打開策も示さず、家族に他害リスクの高い障害者扶養強制するだけの福祉職員障害者施設の全廃を訴えるだけの理想主義政治家

彼ら・彼女らもまたトリアージのトの字もない無責任な親戚連中と同じ。

他害障害者を含む家族全員が命を落とす危機が迫っている時、せめて救える命だけでも救うべきだ。

2019-01-22

友人(存命)の部屋に行ったら遺書があった

先日、一人の友人の部屋に遊びに行った。便宜上、彼のことは〝彼〟と表記する。

〝彼〟とは中学生の頃からからもう8年来の付き合いになる。

初めて会った時から変なやつだとは思っていた。ろくに授業も聞かず、学校部活もサボってばかりいる割にテストの点だけは良くて、ラノベ主人公みたいだという印象があった。

帰り道が同じ方向なので、僕はしょっちゅう〝彼〟と一緒に帰っていた。話してみれば面白いやつだった。僕も根は真面目ではなかったので、〝彼〟とは仲良くやることができた。

進んだ高校は別々だったが、もう一人別の友人を交え、僕たちは三人でことあるごとに集まった。

いつも遊ぶ場所は僕の家だったが、ある時〝彼〟の家に遊びにいく機会があった。

〝彼〟の家はすごく辺鄙な立地で、信じられないくらい細い路地を進んだ袋小路の先にあった。

外観はゴミ屋敷だった。銭湯下駄箱とか、シーサーみたいな動物の置物とか、そんなもんどこで拾ってくるんだよと尋ねたくなるようなゴミで溢れかえっていた。

内装バカの家だった。玄関のドアを開けるとまず真っ先にバカみたいなサイズ水槽の中に入った故の知れぬナマズみたいな魚と、明らかに飼い主の手に余っている気性の荒い大型犬が三頭出迎えてくれた。当然床はゴミであふれていて足の踏み場もない。大量の段ボール箱とか、いつ食ったのかもわからないコンビニ弁当のガラとか、とにかく生活感のあふれるゴミがわんさか転がっていた。あと窓ガラス割れていて、ビニールテープで雑に補修してあった。

多分〝彼〟のご両親は頭がおかしいんだろうなと思った。先生の話を聞かないのも、一番身近な大人ちゃらんぽらんから敬うことを知らないせいだろうと思った。

のちに聞くと、彼の父はDV常習犯躁鬱病患者、母はそんな夫を見限ってまだ幼い息子二人と娘(〝彼〟には二歳下の妹と六つ上の兄がいた)を放って家を出て行ったのだとか。本当に両親揃ってダメ人間だった。

現在、〝彼〟のTwitterアカウントFF比が3くらいあって、2000人くらいフォロワーがいた。投稿内容はアルファツイッタラーもどき気持ち悪いツイートであふれていた。マッシュ頭に丸メガネというテンプレート通りの外見の自撮り投稿して囲いのメンヘラ女を喜ばせたり、学問の話をして身内と盛り上がったりしていた。

あと〝彼〟は常に病んでいた。メンヘラというより厭世主義者で、誰かにかまってほしいから病んだふりをしているというより、本質的に狂っているような感じがあった。なにが面白いのかさっぱりわからない上に、なにか僕の感性根本的な部分が拒否反応を起こすので普段ミュートしている。

〝彼〟の感性普通ではない。太宰や芥川作品のような雰囲気を纏う芸術の類ばかりを愛で、普通恋愛とか、人間関係にはほとんど関心を示さなかった。恋人はいたし、その相手とは僕も交友があったが、やはりどこか壊れている女ばかりだった。援交でお金稼いでるとか、エロい自撮りを鍵もかけていないアカウントで上げているとか。

〝彼〟の感性普通ではないから、部屋で遺書を見つけた時もただの悪ふざけかと思った。だって遺書(これは常備のものなので私が死んでいない時には読まなくてよい)」とか書いてあるんだもの。けれど、悪ふざけにしては度が過ぎている。自殺する気があるのかどうかは知らないが(決してないとは言い切れない)、少なくとも常人よりは死を身近に感じているような雰囲気があった。

少し迷ったが〝彼〟は階下で僕と飲むためのお茶を用意してくれていたので、その隙に僕は勝手に内容を検めた。好奇心に負けた。

遺書封筒にすら入っておらず、B5のコピー用紙の片面に印刷されているだけで、その乱雑さも〝彼〟らしいと感じた。

中には男女1人ずつのフルネームと連絡先が記されていた。男は大学で同じゼミ所属している人間で、女は元恋人だった。男には〝彼〟のスマートフォンの完全な破壊を、女には引き出しに入っているという手書きメッセージを引き取るよう指示してあった。流石に女に宛てた手紙勝手に読むことは良心の呵責が許さなかったが、いったいどんな手紙を残したのだろうか。(すでに良心が〜とかどの口が言うんだ、くらいのことをしているとは自分でも思うが)

遺書は、ただの作業指示書だった。

〝彼〟は無駄なことをわざわざする人間ではない。誰にも発見されないかもしれないのに手の込んだネタを仕込むようなお茶目なやつでもない。

からあの遺書は多分、本気で書いたものなのだろう。本気で彼はスマホ破壊と、童貞を捨てた相手メッセージを伝えるくらいしか自分が死んだ後に望むことがないのだ。

言葉にし得ない虚しさがあった。育ちや環境に同情するには遠過ぎた。ただ、哀れに思った。

こんなことを考えるのは不遜にもほどがあるとは思う。人の遺書勝手に暴いてこんなところに晒しておいてケチをつけるとは何事だと、これを読んでいるあなたはきっと思っていることだろう。

けれど、僕は悲しいのだ。仮にも数少ない友人である〝彼〟の人生が、こんな詰んだものであることが。

遺書には男の名を指して「君くらいしか頼める相手がいない」と書いてあった。

僕を頼れよ、とは思わない。だって僕は彼を救いたくないから。本当に気色悪いと思っている。

ただ、彼の人生が詰んでいるのが、ひたすらに悲しい。

〝彼〟はまだ生きている。3年前と同じことをツイートしている。

どうか、せめて長生きしてくれ、友よ

そして、僕の知らないところで人知れず死んでくれ。

2018-12-16

入院するかもしれない

からよく高熱を出す子供だった。

小学生の頃よく吐いてしまい、親に迎えに来てもらうことなんて当たり前で、点滴を打った回数も覚えきれないほどだった。

中学生の頃に過敏性腸症候群で何時も無自覚にオナラをしてしまい、クラスメイトに遠巻きにされた。ファブリーズをかけられたこともある。

緊張するとお腹が痛くなり、運動神経がない(バレーのレシーブもできないレベルで)から体育が憂鬱で緊張するものになって、結果お腹が痛くなる。見学になったり保健室で休んだり。体育の先生には嫌われていたと思う。

3年生になると受験ストレスで体調を崩してしまった。自律神経がおかしくなった。3学期にはほぼ毎日早退。過呼吸をよく起こし、授業も受けられず先生には心配された。数少ない友達にも焦りから辛辣にあたってしまい、遊びに誘われることもなくなった。

受験は倍率2倍の高校入学でき、さて新生活だと意気込んでいたけれど、膨大な課題につき寝るのは12時、7時からの朝学ための5時起き、満員電車ストレスコンボ5月意識を失ってしまった。救急車で運ばれ、一体何が原因なのかと色々質問されたが結局はなにもわからなかった。親に心療内科に連れて行ってもらったけど、何もわからず。その1年はただ眠って過ごした。次の年になったら復学できるように祈ることしかできなかった。

結果から言うと、復学はできなかった。それどころか体調はもっと悪化した。体がそわそわと落ち着かず、ずっと吐いていたし、海にいけと何度も何度も幻聴が聞こえた。行ったけど何もなかったが。

そして1番最悪だったのは夜中に外に出ることだった。記憶にはないけれど、親によると雨の日の深夜2時に大きな通りの1歩手前でぼうと立っていたらしい。もしかしたら車に轢かれていたのかもしれないと思うと今でもぞっとする。

これはさすがにおかしいと心療内科先生相談、即日保護入院が決まった。一応と頭のレントゲンを撮って、肉体的な病気ではないと診断される。

そこから3ヶ月の精神病棟での入院生活が始まった。

私は隔離病棟に入れられた。

最初はずっとトイレで吐いて、歩き回らないと足が死んでしまいそうで、心臓が嫌に跳ねていた。落ち着きがなく、貰えないとは分かっていたけれど(一日2回4時間あけての薬だから)ナースステーションで何度も薬を強請った。

あとご飯が美味しくない。高齢者が多いから納得ではあるのだが、若い私はもっと洋食を出して欲しかった。しかも量が多くて食べ切れない。残したら食べた方がいいよと言われ、口に詰め込んだがすぐにトイレで吐いてしまった。

夜寝る頃になると相部屋の人がボソボソと呟き出す。お母さんごめんなさい、とか、なんでそんなことせないかんと、とか、あんたらが悪いから私はこうなったんだ、とか恨みつらみを一通り呟いて泣いていた。私は眠れなかった。

そんな生活にようやく慣れたのたとき仲良くなったのは自傷癖のある人(今後Aさんとする)と二重人格の人(今後Bさんとする)。どちらもいい人なんだけどBさんは被害妄想が酷く卑屈だった。

お見舞いに来た私の父(初対面)に突然「生きててごめんなさい」って言ったぐらい卑屈。3人で話している時に「私その話苦手なんでやめてくれませんか」とか言ってくるしAさんと話してたところ入ってきて「私の悪口ですよねすみません」って言って勘弁してくれって思った。「私年下の子を見ると嫌悪を感じるんですよね」私もその時精神的に不安定だったからしんどくて。私も年上の方と話すの苦手です、ぐらいしか言えなかった。とある日、ふいに人格が現れた。どうやら主人格のお兄さんらしい。暇すぎて何往復もしていた短い廊下で呼び止められ「こいつお前の社交性があって素直な性格嫌いだから」って言われてそうなんだ…とちょっとだけ傷ついた。

1ヶ月経たころ、人数の関係で病室移動。アルコール依存症かつ躁鬱病の人、統合失調症の人、夫に自殺きっかけに鬱になってしまった人と相部屋になった。色々身の上話をし合って、色んな人がいるんだなあと思った。

今日は眠れなかった」は挨拶みたいなもので、決して不健康アピールではないのだと知った。

いきなり叫び始めて八つ当たりし始めたおばあさん、食後お腹痛くなったらしくて看護師さんに「ご飯に毒を盛りましたよね」とか言ってる人などもいた。

私はパーキンソンの症状が出て体の震えが止まらなくて常に視線が上を向いて口から泡が出そうになった。夜になっても眠れない時に看護師さんに言ったら「我慢出来るならしてほしい。皆そうだから」って言われた。あいにく土日を挟んでいたので、その2日間はその状態が続いた。出勤してきた主治医に症状が辛いから何とかしてくれと頼んだら「えっ、なんで」との反応。パーキンソンの薬はちゃんと出すように言ってあるとのこと。「あー、薬が切れてるみたいですね…ナースセンターにっと言っときますね」っていう明らかに病院側の過失だった。

特に謝られることもなく薬は出された。飲んだら治ったから、まぁ、よしとしよう。

入院して3ヶ月目、高校はどうするかのはなしに。さすがにこれ以上留年するのは…と思い通信制高校を探し始めた。

退院間近になると外泊や外出で外からの刺激を受けて大丈夫かどうかのテストをした。そこで何も無ければOK。私はポケモン映画を見に行った。

何も無かったから無事に退院することが出来た。

退院してからはなるべく刺激を受けないように、テレビ動画を見ないようにと忠告された。眠たくて眠たくて、昼も夜もひたすらに寝ていた。

すると指で広げないと目が開かないという状況に。眼科に行ったけど、ドライアイの薬しか貰えなかった。

通信制高校は登校が楽そうなところを選んだ。暫くはゆったりとそこに通っていた。しかし今年の2月悪夢をよく見るようになった。人を殺す、人が死ぬ自分が殺される、など。しかもどれもがリアルで起きた時に感覚が残っていた。首が痛かったり、虫が肌を這いずる感覚があったり。

それがきっかけだったのか、私は記憶をなくした。

小学4年生から記憶がなくなっていたのだ。朝起きると難しい漢字が読めない。上手く計算もできない。けれど記憶をなくしたのは3週間程度だった。よかった。

記憶が戻った今も精神年齢は10歳な気がする。その頃から家族に、それこそ子供のように甘えるようになった。

それからはまた家でのんびりしたり登校したりしてゆったりと暮らしていた。開かない目のことが気がかりだったが。

しばらくすると6月になって、また幻聴が聞こえ始めた。今度はひたすらにしねしねしねと耳元で囁かれるような幻聴

鬱が酷くなる。

それからは高い建物を見るとあそこから落ちたら死ぬかな、風呂に入ってるとここで寝たら溺れるのかな、睡眠導入剤をたくさん飲んだら眠るように息絶えるのかなとずっと死ぬパターン妄想していた。

そこで現れたのはヒョウモントカゲモドキ

ペットショップ一目惚れをした。元々爬虫類が大好きな私にとってその子はとても魅力的に感じた。親と相談して買ってもらい、毎日かごを眺めるようになった。すると生活が一変する。ヒョウモンに餌をあげるために、と義務感が湧いていたのか、今まで夜型だった生活から夜8時に寝て朝4時に起きるようになったのだ。毎日3食、十分な睡眠時間の確保など健康的な生活を送ることが出来た。

そうなると気になってくるのはやはり目が開かないこと。神経内科はどうだろうかと主治医に言われ、紹介状を書いてもらい行ってみた。結果は特に異常なし。それを主治医に報告すると、もしかしたら薬が悪いのかもしれない、とのこと。あまり主流じゃない副作用から確信は持てないけれど、これ(薬の名前は忘れた)減らしますねと薬を出された。それから体調が悪くなった。吐いて寝込んで精神的に不安定になって泣き出して。1週間後に予約を入れたのでふらふらとしながらも病院へ。目は開かない、具合は悪い、最悪な状況だった。次の薬で良くならなかったら入院してもらいますね、と薬の量を増やして服用している。

それで今日に至るのだが、目は開くようになった。吐き気もない。ただ睡眠時間が狂ってるだけ。

これは入院しなくていいのだろうか。そう思う午前1時。

2018-11-22

どこかに書いておきたいこと。

不眠症でずっと心療内科にかかっているけれど躁鬱病にもなってるんじゃないかと思うくらい気分の浮き沈みが激しい。

今日はとても嬉しいことがあった。

捨てる神あれば拾う神ありなんて実際にはなくて、いつもどんなにがんばっても空回りばかりで、捨てる神ばかりだと思ってた。

特に5年前の職場パワハラ職場いじめを受けて退職してから自分価値があるなんて思えなくなってた。

どんなに人間関係苦痛でも働かなくちゃ生きていけないから、短期バイトばかりしてきたけれど、短期ではなく長く働けそうな職場出会って、でも新しく入ってきたヤカラみたいな人とは合わなくて、仕事のやり方も苦痛で、それでもおかしいのは自分の方だろうと退職を決意した。

きっと私はこの先どこにも居つけない。

そんな虚しさも感じながら、だけどいつものことじゃないと思っていた。

本当は合わない人と1ヶ月も付き合いたくない。今すぐ辞めたいけれど、流石にそれはしてはいけないと出勤していたら、会社上司あなた仕事評価している。

会社に不満がないなら勤務帯を変えるので残らないかと言ってくれた。

会社には就業時間が短くて生活出来ないというのを退職理由にしていたので、就業時間を延ばしても構わないと言ってくれた。

ずっと円形脱毛症になるんじゃないかと思うような皮膚の痛みを感じていたので、そう評価していただけるのは嬉しいのですが…と断りかけ、この数カ月自分が感じていた働きにくさ、ヤカラみたいな人についていけないこと、だけど浮いてるのは私のほうで、人付き合いがうまい人は上手に合わせてること、そんなことを名前は出さずに話した。

もしもそれが理由なら人と関わらずに働ける部門があるので、良かったらそちらへ移ってみないかと問われた。

このままいつも通り新しい職を探して去るしかないと思っていたので、本当に嬉しかった。

こんな上司もいるんだと思った。

私も本当は根無し草みたいなことに疲れていて一つのところで働けるものなら働きたかった。

実現するかどうかはわからない。

でも実現しなくても、私が5年前から抱えてきたやりきれない気持ちはとても救われた気がした。

感謝します。

2018-11-05

優性保護法を復活せよ

近年メンタルを病む若者が増えてるが、これは22年前に優性保護法廃止された影響が一番大きい。

昔は躁鬱病など、メンタルを病んでる人は優性保護法に基づき不妊手術対象だった。理由遺伝によるメンヘル再生産を避けるため。昔はメンヘルが少なかったのは優性保護法のおかげである

しか人権屋の横暴により同法廃止されると、メンヘル再生産が許されてしまい、メンヘルの増殖に繋がった。

メンヘルが一人増えると、ギスギスしてストレスを溜める正常人が1000人増える。今の世の中がギスギスしているのは優性保護法廃止たからだ。

から優性保護法を復活して、昔の活気のあった日本を取り戻そう。

2018-10-27

『鬱は甘え』だなんて言う人は自分が鬱になればそんな事を言えなくなるなんて言っていたヤツがいた

そんな事は無い。
だって俺が鬱になっている(らしい)上で、その思考を抱き続けているからだ。
大体そうコロッと考えが変わると思うか?バカ言うな、確固たる自分を持っている俺が、自分言葉を曲げる訳無いだろうが。

何故俺がそんな甘えた病気モドキになって、かすり傷も治せすらしないような「おはなし」をするヤブに通い、効くかどうかもわからん高っけえクスリ買ってるかって?
知るかバカ、病名付けられたんだからそうするしかねえだろ。

しらねーよ、俺は昔から気分の浮き沈みがマリオ3浮島ステージ並に激しいだけだ。落ち込む時は落ち込むが甘えた鬱共と違って死にたいとか思いすらしねえよ。
でも俺がおかしいだなんてアホ抜かすのがいたからよ、しょうがなく行ってやったんだよ。

双極性障害」、言い方変えれば「躁鬱病」で「鬱病一種」だとよ。人格測れるか怪しいテストやって、意味わからんお話して、2週間ぐらい待たされて言われた。
ほう、俺は甘えてると言いてえのか。妥協せずに生きてきた俺が、甘えきったクズ共の上に立ってた俺が、甘えたクズ同類と。

クソが、自殺する気もねえ俺が鬱患者みたいなゴミな訳ないだろ。
おいゴミ共、残念だったな、俺は鬱病らしいけど考え方は変わらねえぞ。
しろより敵意が湧いてきたね。だって俺は明らかに正常な意志を持ってるのにそう認定されたんだから

ってえ訳で、これからも全力でヘイト撒いていくんでそこんところ夜露死苦
優しくならねえよ。俺はな。

2018-10-16

鬱病は甘え

というが、マジの人にとってはそうではないということをわかって欲しい。

本当はそうではないのに鬱病という病気に逃げたい人が甘えであって、鬱病鬱病だ。

当方バリバリ躁鬱病で、現状軽躁の現状にあるから言える。

鬱病のそのときは、過去記憶がなまじあるだけに辛く、悲しい。

特に私の様な躁鬱にとっては。

同じ状況で同じことをするだけなのに、気分が重く生産性はとても低い。

これを甘えというのは、それを体験したことない人間だろう。

だが、明確に鬱というもの定義できていない医学上の問題もある。

さらにいえば、私のような躁鬱における躁はまだ未知の領域だ。

躁は後から振り返れば分かりやすいので、後回しにしても

鬱を厳密に定義して救う仕組みは早く作って欲しい。

詐病の人がいるから、甘えって言われるのだろうけど、

欝は体験した人にとっては地獄しかない。

それを甘えだとか、それを解消するためにがんばって娯楽施設に行ったら

「遊べるじゃないか

なんて批判ネットであったのを記憶している。

そうじゃないんだ、そうなれるように頑張っているんだ。

私は今のところ、鬱病ときに死なずに生きていられているが、

から振り返ると、いつ死んでもおかしくなかった。

圧倒的な不能感と周囲の不理解に、毎日死んだほうがましって思っていた。

こころ、というわかりづらい領域だが、

一刻も早く鬱について、理解できる環境ができることを望む。

2018-08-24

軽躁時に取るべき行動

いや、精神科に行けよ、で終了なんだけど。

なんだけど。。。

過去二度、躁状態に入った実績から

自分現在躁鬱病を患っているという自覚は持っている。

そして今、そのサイクルが三週目に入り、軽い躁状態に移っていると思われる。

わかる人にはわかると思うのだけれども

この状態、軽躁は実は非常にパフォーマンスが良い。

頭の回転も従来比でそこそこ速くなり、ポジティブな考えが出来る。

この状態が続けば、日々の暮らしは充実する、

というか、現状は充実しているので、この状態で居たい。

過去の実績からすると、この状態から本格的な躁に移るのは時間問題だと思う。

そうなった時に、周囲にトラブルを起こすのは必定なので、

それを抑止すべく精神科に通院するべき、ということは分かってはいる。

ただこれも、過去の実績からいえば、この後に鬱が来る。

そのことを思うと二の足を踏んでしまう。

精神科に行く、それしか答えはないもののこの状態から鬱になることに恐怖している。

現状をキープしたいという願望とやがて来る躁への対処の間で揺れている。

本格的な躁にも鬱にもならずに、今の状態キープする、そんな都合の良い方法はないものか。。。



------以下、蛇足------

一回目は、十年ほど前のことだった。

学生時代に荒れた家庭環境がトリガとなり、躁状態になった。

今振り返れば、攻撃的な発言が多くなり、周囲とトラブルを重ねた結果

精神科で「躁鬱病」と診断されたらしい。

らしい、というのは私自身はその診断を聞いてはいいからだ。

ただ、その後服用した薬を調べればその病名にマッチしたので間違いはないと思う。

その後、数ヶ月で(服用した薬の効果があったのか無かったのかは不明だが、)躁は治まった。

その代わり、2年程鬱に沈み、つらい日々を過ごしながらも、ゆるやかに回復することができた。

二回目は、五年ほど前。

社会人になって初の転勤をトリガに、躁状態になった。

どうやら五年位の周期に外部環境が相まって躁転するようだ。

このとき経済的にも余裕があり、一人暮らしであったためいろいろハチャメチャをした。

ただ、転勤を契機に躁転したため、周囲がそれに気づくのが遅かった。

その余りに高いテンションに転勤先の上長おかしいと思ったのか

転勤前の上長相談したらしく、転勤前の上長面談をすることになった。

「一体、どうしたんだ?」という類の質問を受けていたが

その渦中の自分自分躁状態とは認識できないため、

何故面談なんかしなければならいのかと、勝手に腹を立てていた。

結局、この躁状態を3ヶ月ほど経過して、自然鬱状態になり、

鬱状態が1年程続いた。

そして、軽い鬱なのか、普通なのかといった状態を経て今に至る。

二回目の発症から現在に至るまで、精神科へは通院していない。

発症から鬱状態の期間、だけを見ると通院していない二回目の方が鬱状態が短かった

というのはあくま結果論だけど、これもまた通院へ二の足を踏む要素となっている。

2018-08-12

anond:20180812230632

当方躁鬱病だけど

増田さんは少なから躁鬱病になりたくないからショックを受けたように見えて気分悪いね

あるいはあの人鬱だよねって言われてたなら平気でいられたのか

anond:20180812230632

自律神経失調症持ちだけど。

自分で躁鬱の波があって、周りから躁鬱病ではと言われるのは理解してもらってるから良い事なのでは、、

2018-06-12

精神疾患流行

2000年頃より、うつ病ブーム双極性障害ブーム発達障害ブームという流れをメンタル業界は歩んできたわけだが、次は何が「啓蒙」されるのだろうか。

マインドフルネスとかデイケアとかスピリチュアルだとか、精神医学はいよいよ変な方向に向かっている気がする。

マインドフルネスなんて、100年も前に森田正馬提唱していた概念のものだろうに。

グレーゾーンな人々を最も的確に表していたのは神経衰弱神経症という言葉だろう。

DSMから神経症が消え、何でもかんでも「○○障害」となったのにはどうしても製薬会社陰謀を感じてしまう。

私の周りで、せっせと真面目に精神科に通って良くなった人は一人もいない。本当に薬が必要なのは統合失調症古典的なうつ病と躁鬱病(今で言う双極I型障害)だけであろう。

鬱っぽくて色々な薬を試したがどれも効かなかったという場合は、性格問題だと考えざるを得ない。根性論を主張したいわけではないが。

ダラダラ合う薬を探すのではなく、一定ライン薬物療法に見切りをつけるべきだと思う。

薬を飲んでも飲まなくても変わらないならば、飲まない方が遥かに賢い選択である

100年後、平成精神医学黒歴史になっているだろう。

2018-04-24

アルコール依存の親父を強制入院させた

先日親父を力づくでアルコール依存病院入院させた。

国立大学卒業している親父は知的で落ち着いた性格だ。

商売は得意ではなかったが学問愛する人だった。

家はそれほど裕福ではなかったが喧嘩はまったくない平和家族だった。

僕が結婚して、子どもが生まれ中古の一軒家を購入。

当時、賃貸暮らし商売がうまくいかなくなっていた親父とおふくろを呼んで同居することに

このときは親父がアルコール依存症なんて知らなかったし

アルコール依存がどんな病気かも全く知らなかった。

一緒に住みはじめて1年で親父は救急車で運ばれた

原因は栄養失調

しか栄養失調の原因は酒で食べ物を受け付けない状態になったことだ。

この時はじめてアルコール依存であると分かり

病院に通うことになる。

当時の親父はまだ理性的だったし

僕も仕事が忙しく子どもが生まれたばかりでアルコール依存について勉強することもなく

お袋にまかせていた。

今考えれば

この時にもっと真剣に向かい合うべきだったと思う。

親父は1年間、断酒した。

今なら分かるがこれはとても凄いことである

外来のみで断酒するのは非常に難易度の高い

しかし、知り合いの葬式で親父は飲酒をしてしまう。

それから病院に行かなくなる。

病院は頭がおかしいやつのあつまり

薬を飲むと精神おかしくなる」と批判が始まる

僕らも説得できず親父の意志にまかせることにした。

そこから

断酒→隠れて飲酒救急車

を繰り返した。

最初は信じていた家族

次第に疑うようになった

親父は自分アルコール依存ではなく

躁鬱病

鬱病を治すとアルコールコントロールできるといい始めた

徐々に上手く行かない全ての原因を自分ではなく

回りや環境転嫁しはじめた

アルコールの話をすると感情的になり

病院に行こうと諭すお袋に暴言を吐き

それを止めようとする僕に殴りかかってきた。

その時の記憶基本的には無くなるから

反省ができない

アルコール依存は最悪の病気だ。

徐々に親父が壊れていく

子どもが大きくなってきて

おかしな状況を感じはじめる。

僕は家族で腹を割って話し合う必要があると思った。

しかし、話合いは待ってくれと

色んな理由をつけて時期を伸ばされた。

ある日、トイレにワンカップが隠してあるのを見つけた

親父は今は断酒してるから信じろ!と怒っていたので

僕は腹が立ってその酒を捨てた。

次の日

親父がいなくなった。

おふくろに聞いたら

外で暮らす。といって出ていったそうだ。

近くの公園転々としながら

1日に2~3回お袋に会いに来た。

このままどうなるんだろう?

家族は疲れ切っており

いっそのこと失踪してくれたらいいのに

など僕は考えていた。

ある夜、事件が起きた

深夜1時ごろ

玄関のドアが開いて

浮浪者のようになった親父が入ってきた

そしてお袋の部屋に入っていった

その後、暴れだし暴言を吐き

椅子をひっくり返した

家の回りを発狂しながら

荒らし始めた

家族はみな気が動転して

命の危険を感じた。

僕はカギを締めて警察を呼ぼうとした。

それよりも先に近所の人が呼んだ。

しかし、警察が来たときには親父はいなくなっていた。

この日から親父は完全におかしくなった。

いきなり家に来て

警察を呼んだのはだれだ!ぶっころしてやる!」

と言ったと思ったら

孫に向かって

「かわい〜ね〜」

と言ったり。

凶器を持っている可能性が高かったので

僕は家のカギを締め切って入ってこれないようにした。

夜中にいきなりドアを開けようとする音や親父の怒鳴り声が聴こえる。

みんな寝れないし常に緊張状態にあった。

その時僕はもう

強制入院警察保護してもらうしかないと考えていた。

兄貴と親戚のおじさん(大阪から駆けつけた最強のアウトロー

を呼んで事情説明したら

おじさんが

「俺が話す、病院に連れていく準備しとけ」

と言って親父を探しに行った。

近くの公園に親父はい

それはもう僕の知ってる知的学問を愛する親父じゃなかった。

ただただ虚しかった。

家に連れて行くのは危険なので

車の中で親父を説得することになった。

おじちゃんがどんなに説得しても

親父は病院に行く事に納得しなかった。

話し合いの途中で何度も暴れて

逃げ出そうとした

兄貴とおじちゃんが話し合ってる間に

強制入院可能病院を探した

兄貴から電話があって

「もう限界かもしれない、病院に連れて行こう」

強制入院可能病院が見つかる。

暴れて危険場合警察を呼んで一緒にきてください。

と言われた。

説得してる駐車場に向かった。

親父を発狂して暴れているのを兄貴が車に押し込んでいた。

僕は警察電話した。

しかし、車に乗った親父は動けなくなっていた。

兄貴は180cm80kg以上でずっと格闘技をしてたゴリラのような男だ。

おじちゃん柔道二段で今はムエタイをしている。

親父は完全に固定されていた。

おじちゃん

「いいから出発しろ

と言ったので

警察事情説明病院に行くことになった。

病院までの30分は

僕が今までの人生経験した一番最悪の時間だった。

親父は僕達を罵倒し続けた。

僕は今まで親父に怒られたことがほとんどなかった。

自分仕事成功しはじめて

家族全員が幸せになる方法を考えて

家を買って

みんなで住んで

呪い言葉のような罵倒を聞きながら

病院まで運転する中、ずっと思い出してた。

そして親父はアルコール依存病棟入院した。

アルコール依存

本人だけじゃないくて

家族病気だ。

お袋は親父をかばって嘘をつくようになった

僕は気付けば親父とお袋を常に疑い、監視するようになった。

仲が良かった家族がどんどん崩れていった。

入院期間の三ヶ月

どうなっていくか分からない。

その間、みんなでアルコール依存について学び

親父と戦うのではなく

親父と共にアルコール依存と戦うための準備をしなければいけない。






【追記】

今回はじめて投稿してのですが、こんなに沢山ブックマークが付くとは思ってませんでした。

沢山のご意見ありがとうございます

入院させてしまったあと、言いようのない気持ちを一気に吐き出してしまったため

いろいろな部分を端折ってしまったり説明不足な部分があったり、

今後同じような状況になってしまった人が少しでも参考になるようなことを追記したいと思います



・嫁さんついて

嫁さんは僕には勿体無いくらい良い人です。元々両親とも仲が良く、同居の際もきちんと話し合って決定しました。

僕にとって彼女は全てを話せる妻であり、気の合う友人であり、優秀な仕事仲間であり、頼りになる母でもあります

同居はじめてアルコール依存問題以外にも色々な問題が起きましたが全て隠さずしっかり話し合って解決してきました。

逆に嫁さんに何かトラブルが起きたときは僕は全力で問題解決します。


・こどもについて

親父のアルコール依存最初、非常に分かりにくいものでした。

飲酒量が少なく、呑んでも顔にも出ず、性格も変わらないので

相当近くにいかないと酒を呑んでいることが分からない状態でした。

ただ、躁鬱があり、落ち込むときはひどかったのですが

孫達と遊ぶことで元気になりました。

孫のおかげで躁鬱はかなり良くなったと思います

親父がおかしくなってきたのはこの1年くらいでしたが

孫達には最後までその姿を見せることな病院に行きました。

もし良くなって帰ってきた時のために

僕らも子どもたちと親父の距離感説明については細心の注意を払ってました。





家族関係について

同居する理由ひとつとして

実家賃貸で、部屋のひとつを使って家業を行っていたのですが

両親は貯金年金もない状態で、雨漏りするようなボロボロ事務所だったので家業の売上もどんどん下がって

お金が貯まらないので広告テコ入れもできない、毎月仕送りをしないと家計が回らない状態でした。

そこで、解決策として

家を購入して家業事務所の内外装をリニューアル

きちんと広告計画を立てて売上を伸ばすことを考えました。

一緒に住めば仕送り必要なくなりみんなのお金も貯まります

実際3年間で家業の売上は1.5倍くらいまで回復しました。

親父は躁鬱を治すために何がいいかなと考え

僕のPCをあげました。

そして操作方法ネットの楽しさや

SNS登録したりしました。

晩年父は全く人との交流がなくなってしまったのですが

SNSで昔の友人と繋がったり

僕の友人と仲良くなったりで

とても充実した毎日になりつつありました。

アルコール依存がなければ

親父は本当に幸せ人生を送れたと思います

親父は僕が小学生の頃くらいか仕事が非常に忙しく

家に帰っても不機嫌で中学生になるまでほとんど会話らしい会話をしてない状況でした。

なので僕は小さいこ母親毎日遊んでいました。

悩みも母親相談することが多く

同居してから毎日何かしら話してます

アルコール依存についても最初は任せていましたが

状況は常に聞いていました。

お袋は親父のことをアルコール依存だと思ってませんでした。

親父がアルコール依存じゃないと理論的に説明するので

説得されていました。

おそらく共依存になっていたんだと思います

僕も当初アルコール依存知識がなかったので

お袋の話を信じて、通院せずに自分の力で治すことに納得してました。








アルコール依存という病気について

この1年間、沢山の本を読み、話を聞き、病院先生の話を聞きました。

アルコール依存絶対に治らない病気です。

最終的には死に至る進行形病気です。

最初は変化が見えにくく

進行が進むと嘘をつくようになり

約束をやぶり

攻撃的になります

親父のSNS投稿

最初は孫との幸せ生活で溢れています

後半は世の中や政治批判ばかりになりました。

家族の絆はどんどん壊れていきます

信じたいけど、本当かどうかわからない。

アルコール依存で一番やっかいな症状が

否認

です。

否認についてとても分かりやす記事

https://www.dansyu.jp/アスクヒューマンケア/

親父はこの否認がかなり強く出る傾向にありました。

頭が良い人なので、飲酒理由環境を作るための理論武装が上手でした。

家族は、この「否認」を見抜くのがとても難しい。

それは信頼関係が構築されていればいるほど見抜けません。

仮に見抜いて指摘をしても

アルコール依存の人は認めないし逆上し

敵対します。

抑圧すればするほど攻撃的になります

家族関係が悪くなる前が勝負です。

その時ならアルコール依存認識やす

通院する可能性が高いと思います

家族に対して不信感を抱く段階にくると

どんなに説得しても病院に行くことを拒みます

そうなると強制入院か底付きで死にかける(もしくは死ぬ)結末が待ってます

これは家族ダメージ半端ないので出来るだけ避けて欲しい。

力づくで病院につれていけない状況の人もいると思います

そういうとき警察に連絡して一緒に病院まで連れてきてもらってもいいと病院で言われました。

アルコール依存の後期は非常に危険状態です。

運転している最中に暴れて事故をおこす可能性も高いと思います。(運転している人も気が動転してますし)

このアルコール依存という地獄のような病気苦痛が少しでも和らぐ人たちが増えることを願います

2018-04-08

本当に、精神障害者は健常者よりも犯罪率が低いのか??

ブラックジャックによろしく」の功罪の1つとして、主題が真理のように見えてしまったというのがあると思う。

たとえば次の平成25年検挙比率と、平成25年精神障害者人口との比率を見てほしい。

平成25年検挙比率(平成27年データもあるが、下記の人口比率と合わせるためにこの年のデータ)
区分殺人放火強盗脅迫
検挙人員総数90654922552377
精神障害者及びその疑いがある者(X)1371077479
精神障害者(Y)72644141
Xの全体との割合15.1%19.5%3.3%3.3%
Yの全体との割合7.9%11.6%1.8%1.7%

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/61/nfm/n61_2_4_6_1_0.html

平成25年における人口比率
区分人口
日本の総人口(外国人含む)1億2729万8千人
精神障害者320.1万人
割合2.5%

http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2013np/

http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h25hakusho/gaiyou/h1_01.html

このように、精神障害者の方が人口比率は低いにもかかわらず、精神障害の疑いのある者を差し引いた場合でも、殺人及び放火に関しては高い数字が出ている。

上を見るに「精神障害者犯罪率が低い」という文が、実態をうまく表現できていないことは推測できる。

もちろん、精神障害者じゃない人の方が殺人放火も犯している人数自体は多いわけだが、それは母数が精神障害者とくらべて遥かに大きいからだ。

少年院などに関して

また、精神障害を有すると診断された入所受刑者少年院入院者は、入所受刑者及び少年院入院者全体の10.4%である

20歳未満の精神障害者人口17.9万人で、そのうち1.5%が入所か入院しており、

20歳未満の全体人口1149万2000人で、そのうち0.2%が入所か入院している。

まり明らかに精神障害者の方が少年院に入りやすいとされている。

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/61/nfm/n61_2_4_6_2_2.html

http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26honpen/b1_01_01.html

実際、精神障害者犯罪率は低いのか?

精神障害者犯罪率を統計表現することは難しい。すべての検挙された者を精神鑑定するわけにはいかないからだ。

また、精神障害者にも重度のものから会社パワハラを受けて躁鬱病になるなどの軽度のものまで幅広いため、一概にまとめることはできない。

そのため、統計実態乖離やすい。ただ、その場合でも書いてある数字をそのまま割るよりも、なるべく統計意味確認しながら計算するべきである

たとえば、一般刑法犯(全刑法から交通犯罪を除いたもの)では、全体が26.2万人で、精神障害者及び精神障害の疑いがある者が3701人であるから、1.4%程度しか精神障害者が含まれていない。これは前述の障害者人口の2.5%から見れば低い数字である

そのため、一般刑法犯全体でいえば、 精神障害者凶悪犯罪率は高いにもかかわらず、"たしか精神障害者犯罪率は低い" のである。(実際、一般刑法犯の人数は人口全体の0.2%であるが、精神障害者に限れば精神障害者全体の0.1%しか犯罪を犯していない)

これは

なども含まれているし、心神喪失理由に不起訴無罪になった例がそれぞれ579人、6人いる。

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/61/nfm/n61_2_4_6_2_1.html

仮に凶悪犯罪率も低かったとしても、見知らぬ精神障害者が近くにいた場合に、同様に接せられるか

嫌な話だろうが、特段変わったところがなさそうな人か、重度の精神障害者のような人の、どちらかに近づかなければいけなかった場合、前者を選ぶ人が大半だろう。

これは精神障害者への無理解もあるが、何をするかわからない人に近づかないというのは、精神障害者かそうでないか関係ないだろう。

ヤクザのような人とサラリーマンのような人の場合、身の安全のためにヤクザのような人に近づかないというのが極めて合理的なように。

これを差別であり是正しなければならないという根拠は、"差別は許されないことだから"という考えからだろうが、いささか思考ユートピアすぎると思う。

そもそももし障害者が通常より安全であるならば、どうして隔離施設癲狂院閉鎖病棟などが誕生したのであろうか。

今後どうすればよいのか

統計あくまで全体を総括したもので、一個人を完全に表すものではない。たとえ精神障害者放火する確率が、通常の4倍以上高かったとしても、そもそも放火する人自体割合が小さいのだから4倍高くともそこまで高くなるものではない。

精神障害者全体がヤバイ」というのもまた早まった一般化という誤謬であり、必要以上に差別するべきではない。

また、「精神障害者は、一般人より安全」のような統計トリックに惑わされている人には、もっと正しい実態把握が必要であるように思う。社会とはかけ離れた歩み寄りを求めれば、反感や分断をますます助長し、無理解が加速するであろう。

私たちは、いたずらに人の感情的な主張を盲信、あるいはすべて棄却するのではなく、より客観的に見ることのできる知識と冷静さを持ち合わせるべきではないだろうか。

2018-02-02

精神障害者

将来への不安とか、人間関係のごたごたとか、嫌なこと全部、薬飲んで寝て忘れる日々。いつまで続くのか。

一応追記しておく。自分躁鬱病Ⅱ型で障害者年金ももらってる。悲しいことに立派な精神障害者だ。それ以外のことはわからない。何か間違っていたら申し訳ない。

2017-11-29

35歳の憂鬱音楽

8月結婚をした、音楽聴く時間が無くなった、とはいポイントはなるべく抑えてる

という事で2017年、この混沌とした一年間の音楽ざっと見てみたい。

個人的には5月に体調を崩し、職場で血を吐き、休職、気付いたら退職無職、誰も助けてはくれない。35でだ。

途方にくれてた俺は、精神科へ行き、安定剤睡眠導入剤毎日寝たきりの生活をし、栄養失調になる

恐らくうつ病発症していただろう。人生で最悪な年だ、何もやる気が起きない、身体が動かない、このまま消え去り合い

そんな私が聞いてた音楽ざっと紹介してみたい

1. Salve - Kid Fresino

これは彼の真摯姿勢音楽に真っ直ぐなプリミティブさを感じで心の底から感動したEPだ、MVも晴れたブルーの空でマッチしている

Kid Fresino、不思議な人だスマホを持たず、SkypeのみでNYから連絡し合ってたらしい。詳しいことは分からない。

ただこの時期は個人的にはこの曲を聴きながらマシンガンを持ってテロ一歩寸前のところまで精神状態がやられてた。

仕事が上手くいかず、落ち込んで自信を喪失していたのだ、彼らのMV青空は眩しすぎた。

2. D.A.N. - SSWB

これが小山田米呂が出演してるということでMVを見た、オシャレ、TOKYOライフスタイル、多分ハイプ

必ず皆コンビニのクソ飯を食らい勢いのみでやってる。俺にはその印象

スチールパンの音を入れてるのは良いなと思うけど、Voが何を言ってるのかがまったくわからないし踊れないんだ。

おじさんがちょっとグッとこなかったよ、わりい

3.Diggin In The Carts : A Collection Of Pioneering Japanese Video Game Music (Original Game Soundtrack)

結局2017年にの音、これにつきるよ、おっさん世代には刺さるレベルはとしてコンパイルしてないのはkode9のインタビューから読み取れるが

何より素晴らしい音像、アーティスト性、レアグルーブ魂、ワクワクする、これは久しくなかった感情

何故イベントに行かなかったのか、それはキメてラリラリだったからだ、そんな時外になんか行くか!あとで死ぬほど公開

4. Hi-Standard - Gift

これは良かった、何より1曲目全てをふっとばすようなパワーがあるMVも良かった

だが、すぐ飽きるなメロコア重要欠点だ、何年かに1回聴く程度でいいが、ありがたい存在ハイスタというもの

5. VAVA - low mind Boi

VaVaちゃんの世界は中々良い、世代は離れてるがガチで話してみたい

何か受け流してる、世の中の事をサっと避けてる、だが期待してる、この先の希望を抱いてる

俺はこのやり方が心地良い、ライブも良かった、VaVaちゃんのセンスだけじゃなく、もっと仲間巻き込んで

混沌とした世界観を構築して欲しい、何故ならそれは20代しかできない事だと思うからだ。

作品を残す、すごく大事だと思う、インスタ?自撮り?まあそれもいいが、表現活動が一番残るよね

6.PUNPEE - Modern Times

作り込みが一他のものとは一線を化す

Pの曲は安心するほど良いんだが夜を使い果たしてあたりから冷めてきていしまった、

ファンから一生懸命探したよ良いとこ、いくつかあったけど、2回くらいしかアルバム聴けなかった

まあそんなもんかな、同世代だし、一緒に死ぬ年齢も同じだなと、その時の閻魔大王の前で並んでる時の姿楽しみだぜ

7.Keys open door ft.Campanella (Official Live )

これに尽きるかな

俺も所帯持ってそのわりに無職で何やってっんだ、クソだなー

この先いつ発狂してもおかしくないし、躁鬱病の気もあるしもうギリギリ、何が起こるかわからない人生

そうしようもない不安、何をすれば良いのか

気付いた、街のゴミ拾いする

俺は底辺

ゴミ

罵倒してくれ

2017-08-27

摂食障害の現状を書くよ

私は摂食障害になって20年の中年おばさんです。

18歳位から摂食障害になり、今は30半ばです。

18歳くらいでなりというのも、その頃は病識もなく今思えば摂食障害になっていたんだなと思う。

その日は、すき家に行って牛丼15杯食べた。

その後ものすごい恐怖感が襲ってきた。

とんでもない物を食べてしまった。

これでは太っちゃう

よし、一週間食べることをやめようと。

水だけで翌週は過ごした。

妙に達成感があった。

やれば出来るじゃん。

他は何も出来ないけど、これなら自信を持って他の人より出来ることだって思った。

その後、本格的に食べなくなり、53キロが25キロになり入院した。

入院ですることは、高カロリー輸液をIVH挿入して太らせること。

これがきつい。

摂食障害は太りたくないのに、治療は太らせること、命をつなぐことだった。

太れば痩せようとするので、三食の食事を付き添いの親の目を盗んで点滴をひきずりながらトイレに捨てに行かなくてはならない。

ベッドからほとんど起き上がれない状況なのに、捨てに行くことに全ての体力を奪われた。

なんとか大部屋に移動できたが、ここからがまたきつい。

摂食障害入院するのは精神科で、同じフロアにいるのは当然精神領域の疾患を持っている人が多い。

躁鬱病統合失調症認知症などと同じフロア摂食障害入院する。

摂食障害とそういった病気対応は全く違うと思う。

でも、今は摂食障害対応をできる看護師はほぼいない。

摂食障害が食べるのが怖くて、

看護師さん、怖くて食べられません。」

と言うと、

「駄目です。食べてください。美味しいから。それだけじゃ太らないから。」

という回答になる。

いや、まずいから食べたくないとか、太りたくないから食べたくないのではなくて、食べることがすごい怖いから食べたくないんですよ。

というと、先生を呼ばれてでは薬を変えましょうかとか言って安定剤が追加されるパターンとなる。

こうなると、恐怖があっても誰にも言えないという感じになってしまう。

摂食障害がこの状況で健康保険でできることは、三食食べさせる事と行動制限

同じフロアに同じような摂食障害がいっぱいいる。

摂食障害が集まると、自分の「食べない」自慢が始まる。

私はこんなに食べてるのに痩せてるよという話を一日中話す。

すると、自分が食べるのが怖くなる。

みんなでその人の食事しているところを見に行って本当に食べているか確認する。

実際には食べていなくて、ゴミ箱に捨てていたり、トイレに捨てに行ってたりするのを見つけたり、トイレで吐いていたりする。

ベッドでギッギッって音がずっとなっているのはほぼ筋トレしている。

食べたことを恐怖で一日中腹筋やら腕立て伏せをやるタイプ

大量の下剤を服用するタイプもいる。

本当にご苦労さんだねw

こんな事を24時間やらないといけないのがとても疲れる。

自分の好きなものも当然食えないから早く退院したいって気持ちもあるけど、退院したら痩せる食事しか選べないからまたいずれ入院することになる。

入院している間は、自分でご飯を選ばないで済むから安心だけど退院してご飯の選択が無理って思っちゃう

スーパーでガリガの子が、何時間パンヨーグルトカロリーを見ながら厳選していたら100%摂食障害です。

時間もかけて、このカロリーならきっと大丈夫!と自分に暗示をかけている状況です。

最近話題の盗んで食べちゃう系の摂食障害もそう。

入院している間は万引きする心配がないけど、退院したらまたしちゃうんじゃないかっていう心配しか無い。

から退院が怖い。

そっち系摂食障害結構いて、一緒に入院していた摂食障害の子が数日後万引きで捕まったと新聞で知ることもある。

犯行を侵さないための入院とか、退院したら自分でご飯を選ぶことが出来ないので入院しているって人がほとんど。

太ったら退院、痩せたら入院っていうのをかれこれ8回も繰り返してる。

普通食事をするなんて、一生かかっても絶対に無理としか思えない。

自費の施設なんて到底払える値段ではないし、今後も入退院を繰り返す事になりそう。

皆さんの大事医療費をこんなことに使ってしまって本当に申し訳ない。

2017-08-16

普通と異常の違いが分からない。

死にたい毎日そう思っている。


多分それは病のせい。

僕が患っている病。双極性障害



双極性障害。いわゆる「躁鬱病

躁鬱病と書くと狂人のように激しい感情の起伏を催すように思うかもしれないが、僕の場合双極性障害“二型”だから激しすぎる起伏は無い。


症状のほとんどはうつ状態として現れる。長い長いどんよりとしたうつ状態が続き、時々、本当に時々、些細な躁状態になることがある。そんな病。



今、うつ病流行っているようだ。

僕もこの前までは、うつ病だと診断されていた。

でも幸いと言うべきか、ほんの少しの期間だけ発症する躁状態たまたま出てきたおかげで躁鬱病だと正しく診断されることができた。



ところで僕は自分の「普通」の状態が分からない。

うつでも躁でもない、普通状態というのがどういうものなのか。


エネルギーがなく気持ちも塞ぎ込んでいる時は「うつ状態」。それは解りやすい。

エネルギーが満ち溢れていて気持ちも前向き。これも「躁状態」だと解りやすい。


けれど、エネルギーはそこそこあるけど気持ちが塞ぎ込んでる時もある。

そしてこれは多分「軽いうつ状態」ということになる。


では、エネルギーがそこそこあって気持ちが前向きになっている時、これはなんだろう?

これが「普通」の状態なのか?

いやこれは「軽い躁状態」なんじゃないのか?


そう考えると「普通」って一体なんなんだろうかと思えてくるのだ。


みんな自分が「普通」だと思って生きてるんだろうか?

自分状態普通状態だと思ってるんだろうか。

実は人間はみんな躁鬱病で、人間状態には「うつ」と「躁」しか無いんじゃないか

普通状態が分からなすぎてそんな風に考えてしまう。


死にたいと思うことだって特別なことではないように思う。誰だって一度は死にたいと思ったことがあるだろう。


何が「普通」で、何が「異常」なのか?

その線引きは一体誰がどうやって決めてるんだろう。

2017-08-03

鬱躁で躁じゃないちょっと躁鬱

僕がまだ思春期だったころからときどき気分が上下するときがある

ニュートラルな時期はそれなりに楽しいし、それなりに疲れる

鬱っぽい気分のときはあまりキッカケがなくて、とにかく何もやりたくなくなる

出社するのは億劫で、昼飯は他の社員と話したくないので、弁当を買って一人車のなかでたべてる

定形仕事以外は本当に苦痛で定時で帰れるように最大限の努力を重ねて、定時で速攻帰ってる

帰宅しても何もやる気がなくて、ぼーっとPC増田とか掲示板を見て眠くなったら寝るという生活自分でもうんざりしているけれど止められない

一番つらいことは、趣味読書に対するやる気がなくなって「何をしても無駄」という気持ちでいっぱいになる

なんで生きてるんだろうって本気で悩むし、どうせ皆死ぬだっていう絶望感に包まれ

しかし、無気力でもこんな感じの状態が3日〜2週間くらい続いて、突然気分が晴れて普通の気分になるときもあるし、躁転することもある

頭痛がして耐えられなくなって頭痛薬を飲んで昼寝すると、躁っぽくなる

躁っぽいときは朝目が覚めるのが目覚ましより早いし目覚めが最高に良い

会社に行くのが楽しみで、クリエイティブ業務アイデアが山のように生まれ

仕事楽しいのでガンガン進むし、疲れをあまり感じないので少し残業もする

こんなときは誰に会っても物怖じしないし、他人意見積極的に聞きたいし、意見も言いたい気分になる

帰宅すると、本を読むのが楽しい

誇張なしで「世界のすべてを知りたい」というおおらかな気分になる

こっちの躁っぽい感じは3日くらいしかつづかなくて、1周間はつづかない

躁っぽい状態大学生くらいのとき、とくに夏休みに頻発してたけど最近は年に4〜5回しか体験できない

鬱っぽい症状は昔と頻度は変わらず月に1回くらいある

躁鬱病というにはちょっとマイルドすぎるんだけど、自分制御できない気分の上下に悩んでいる増田いる?

躁っぽいときの僕と、鬱っぽいときのぼくでどちらが本当の自分なんだろうって思う?

会社では平常心を装ってるけど、気分が沈んでるときは誰とも話したくないし、気分が良いときはっちゃけたくなる気持ちを押さえてる

みんなどうやって対策してる?

2017-04-14

差別区別差別なのか?

差別とはその対象構成する何らかの身体的特徴,性格出自思想,その他肉体/精神を問わない何らかに対しそれをあげつらうことだとする。

一方,区別はその対象は同じだが,そこに線引きをする,ということに差別との違いがある。

たとえば,遊園地におけるアトラクション身長制限安全上の「区別」であり,これを「差別」と捉える人はまず居ないだろう。

また,男女でトイレを分けることも,身体的特徴からくる排泄行為の違い,及び盗撮などの各種犯罪行為抑制するための「区別」と捉えることができる。


しかし,差別区別を分ける本質的な線引きは存在しない。なぜなら,何らかの発言措置をどう捉えるかは個人によって大きく異なるからである

たとえば,(文脈にも依存するが)「バカ」と言われて喜ぶ人もいれば,烈火の如く怒る人もいる。電車バスにおいて席を譲るにしても,

「私がそんな年寄りに見えるか!」と怒る人は少なから存在する。

では,なぜ男女でトイレを分けることが「区別」で,人種によってトイレを分けることが「差別」とおそらく一般には広く認識されているかと言えば,

それは圧倒的多くの人,つまり世間がそう考えているからに過ぎない。世間時代が変わればその境界は大きく揺らぐだろう。

たとえば低身長でも完全に安全アトラクションが導入されたとして,そのアトラクションに対し「120cm未満の身長のお子様はお乗りになれません」という

ルールがあれば,119cmの兄は121cmの弟を逆恨みし,これは差別だと断じるだろう。


ここで重要なのは,ある発言を「差別」と受け取るか,「区別」と受け取るかはそれを言われた本人にしか決定できない,ということにある。

まり,「ヘイトスピーチ」が世間構成する人の殆ど差別的だと捉えたとしても,「ヘイトスピーチを行う人は差別主義である」という発言

ヘイトスピーチを行う人がその発言差別だと認識する限りにおいて,「差別は常に行うべきでない」という前提があるのであれば,

ヘイトスピーチを行う人は差別的」だからと言ってそれを「差別」することはできなくなる.ここにパラドックスが生じる。


これらから導かれる1つの思想は,「他者危害を加えない限りにおいて,あらゆる思想言動は許されるべきである」という自由主義的発想である

この思想に従えば,「他者危害を加えない限り」ヘイトスピーチも,反ヘイトスピーチも共に許容されるべきである

ここで,「他者危害を加える」ということがどこまで含むかをよく考える必要がある。

仮に,「反感を覚える」ことまでも「危害を加えられた」と定義する場合,反感を覚えるかはやはり主観によるため,

原理的にあらゆる思想言動規制することが可能となる。従って,ノイローゼになったとか,躁鬱病になったといったような

より別の基準を設ける必要があると考えられる。ここにはまだ議論余地がある。


そもそも,なぜ議論必要かというと,人間の発想・思想は不完全であり真理ではない,という理由が挙げられる。

従って,あらゆる批判相互に許し,良いところは伸ばし,悪いところは修正を図ることで真理に近づくことができる,というのが

自由主義の考え方であるしかし,自由批判を行うためには論理的思考能力,互いの尊重感情的発言の極限までの抑制などが

必要となる。それらの能力はどこでどのように身に付けるべきなのか。


義務教育において教え込むことで,非常に長期的視野に経てば数世代交代する頃には「大多数」がそのような能力を身に付けることが

可能になると考えられるが,そもそも,論理的思考能力を身に付けるべきというこの自由主義的発想そのものも常に正しいと言えるのか,

批判対象でなければならない.そのような対象義務教育によりある意味では洗脳のように教え込むことは,所詮多数派による

体制の維持に繋がる行為であり,自らその必要性を強く感じ,そのような能力を獲得することが望ましい。

しかし,その必要性を感じるには,論理的思考能力必要である。それはどこで身に付けるのか。


最近,このようなことをずっと考えている。


2017/04/14 10:52 Typo修正劣化ミルというよりも完全にミルの考えそのもの


2017/04/14 10:52 ミルは『自由論』において多数派小数派を多数決で圧殺することを無効化するため,

立場によらず,是々非々相互批判可能にするために「他人危害を加えない範囲であればどのような自由も許される」という原則提示している。

ただし,この前提として「分別がある」ということを挙げ,子供発展途上国はその例外から教え込むしかないと言っており,

この前提はたしか現実的な前提ではあるものの,私は懐疑的立場を取っている。

分別」はどこで付くのか.たしか小学校の頃はないとしても,大学生ならついていると言えるのか。高校生はどうか?

また,この自由主義が「多数派」にもしなったとき教育によりその体制を維持するというのは自由主義による「圧政」ではないのか?


2017/04/15

追記した。またね

http://anond.hatelabo.jp/20170415091825

2017-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20170201171042

躁鬱二型。

昨日、死にたい気分になった。

気がつけば、躁鬱病自殺検索かけてた。

妻に死にたい気分だから添い寝してください。といって、と添い寝してもらったらちょっと楽になった。

スマホには、昔かい遺書が1から4まである。夜になるとあちらこちらにロープをくくりつけて、死ぬ死ぬといって回ってから三年半たつ。

未だにときどき死にたくなる。

なんでかわからんから病気のせいだということにして、死にたい気分が過ぎ去るのを待つのである

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