「躁鬱病」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 躁鬱病とは

2020-09-23

anond:20200923150736

増田、躁鬱傾向ない?

私は躁鬱病だけど、躁状態ガンギマリときってどんどんアイデアかぶ小説がスルスル書けるんだよね

書いてるとき天才かよオイ!って感じだし、実際読み返してもめちゃくちゃ面白い

んで数か月すると鬱状態になって何も書けなくなる

書こうとしてもダメ

ネタが浮かばないし、浮かんでも小説のかたちにまとめられない

同じなら増田躁鬱病かもね(医者じゃないので断定はしない)

薬を飲むとこの躁鬱の波を平坦化できるけど、残念なことにクリエイティブ能力が落ちるからまりおめしない

また躁の波が来るのを待つしかいね

2020-08-15

認めて欲しいくせに自分を認められない絵描き

こう言う長文を書くとき結論とかどう言う話なのかを先に書いておくといいとどこかで学んだので先に記載しておきますが、

これは「何かに認められたいのに自分自分を認められないせいでどうにもできなくなった絵描き独り言」です。

まず自己紹介します。

私はインターネットお絵描きマン、そこら辺の底辺絵描きです。

途轍もない自己承認欲求自己肯定感のなさがバグを起こしてオールウェイズ三丁目の躁鬱病持ちとなりました。


最初にこれまで生きてきた話をダラダラ書くのでここは読まなくてもいいです。

自分は人の少ない田舎で育ったので、一度いじめられたら進学エスカレーターから外れない限り

ずっといじめられっ子の枠に収まっているような、そんな社会の中の、どこにでもいる隠キャいじめられっ子でした。

私の唯一の趣味は絵を描くことでした。今の趣味でもあります

母方に絵を描く人がいて、母もその兄弟も絵を描くのが好きでよく描いていました。血筋なんでしょうか、偶然私も絵を描くのが好きでした。

中途半端に手先が器用で平均くらいはできたものから中途半端に絵は描けました。

田舎の、学年に20人も人がいないクラスの中では一番手先が器用でした。

しかし私はいじめられっ子でした。保育園の頃からの筋金入りのプロです。すごいでしょう。

20人も居ない教室では私以外の全員が敵か傍観者であり、もちろん私のことを認めてくれる人なんて居なかったし

私が絵を描けばランドセルを漁られ、狭い校内のどこかに貼り出され馬鹿にされたものでした。

周りのクラスメイトが怖いから、昼休みも一人で教室で絵を描いていました。

当時の私は、自分が描く絵が好きでした。

いじめ中学まで続きました。

誰も私を認めてくれるようなことはありませんでした。

今でも自分のこと、「カスなので」とか「ボンクラから」と口癖のように卑下してしまうんですが、

もう少し違う人生を歩んでいたらこんなことになってしまうことも無かったのでしょうか。



私自身の自己肯定感の無さはおそらく幼少期から10年以上に及ぶいじめの影響も少しあるのかなと思います

とにかく私は何かに認めて欲しかったんだと思います。それは今もです。

私を認めて欲しい、今ある私が幸せなのだと、過去自分とは違うのだと認めて、認めさせて欲しい。

そんな気持ちで今も創作をしています


絵が上手くなりたくて、

認めて欲しくて二次創作をした。

同人誌も出した。

でも二次創作で得た評価は私のものじゃない。

そうして一次創作をはじめました。

いろんなものにしがみつきながら、何年も絵を描いていて、ようやく気づきました。

ああ、絵、言うほどうまくないじゃん。と。

それでも絵を描くのはやめられませんでした。

絵を描くのが好きだったから。



絵を描くのが好き、楽しいから描きたい

そんな感情だけで絵を描いていたいのに、どうしても承認欲求が出てきてしまって、

かに勝たなきゃいけない、あの時いじめてきた人間たちより優れていると、そうであると思いたかった。

そう言う気持ちがどこかにいつもあるから、滲み出してしまって、人を寄り付かせなくさせるのかもしれないですね。

もちろん有難いことに褒めてもらえることも度々ありました。ただ、

認められることのなかった人生を歩んできて、私を褒める言葉をまっすぐに受け取ることができないんですよね。

自分が褒められてると感じることができない。この絵は私が描いたんじゃない。描いた記憶がない。

もうぐちゃぐちゃです。自分を認めてあげたいのに。

折角褒めてくれた人に心からありがとうって伝えたいのに伝えられないのが何よりも申し訳ない。



もうちょっと楽になりたいだけなんです。

楽に生きたい。楽しく絵を描いていたい。

評価なんて気にせずに、楽しく。

実際いい絵を描くために必要なのは「楽しんで描くこと」が一番大きいんじゃないかと、

勉強することも大事ですが、一番はやっぱ楽しくなくちゃいけないんじゃないかなと、

少なくとも私自身に必要なのはそこだと思ってるんです。けど、それが一番私から遠いところにあって

どうしようもないんです。

描くたびに辛い。周りの人のデッサンが多少狂った絵も、味だとか個性だとか、そう言うものカバーして

いいものに見えるのに、自分の絵だけはなんの面白みもない平凡な、しかちょっと下手な絵でしかない。

こんなに苦しい思いをするなら絵を描くのをやめちゃえば一番楽なのに、

やめられない。絵を描きたいと思う気持ちから逃げられない

でもペンを握った瞬間「描かなければ」と言う義務感に変わってしまう。



あ〜〜〜〜あ! いじめられなかった世界があれば、そこからもう一度やり直してみたい。

違う人生を歩んでいたかもしれない可能性に縋ってみたい。

楽になりたい。


どこかで見かけた話ですが、

「こんな…少しばかり絵が描けたばっかりに…!」

これ、首がもげるほど頷きました。

こんな苦しさといつまでも一緒にいないといけないなら、いっそ

絵なんて描けない方が良かった。


とりあえず書き殴って満足しました。

明日からも苦しみと同居しながらズルズル絵を描いて生きていきます

ここまで駄文を読んでくれてありがとうございました。

2020-07-04

10年ほど引きこもってた

去年家族に無理やり引っ張り出されて普通生活をするようになった

10年ほぼ寝たきりだったせいでぶくぶくに太り筋肉は無くなり、10分歩くどころか立っていることすら困難なのに家族はそれをわかってくれず、自分の不摂生のせいだと詰られた

仕事を探してくるよう命じられるが日常生活すら困難で半年かけてやっと普通に歩けるようになったが半年間何もしていなかったと家族糾弾され、もうやっていけないと自殺を決意するが失敗、精神科

精神科ではADHDであること、躁鬱病であることがわかり障害年金受給を勧められた

10年の引きこもり生活とこの1年は一体なんだったんだろう

もっと早く精神科にかかってればよかったのか?

家族とは今回の件でより一層不仲になった

一人で生きて一人で死ぬんだなぁ

2020-02-11

やたら元気でハキハキ喋ってバリバリ仕事こなせる日と、何にもやる気が起きなくて全部明日でいいや…って日があって、今日はハキハキしてる方の日だったけど、なんか躁鬱病ってこんな感じなのかな…あれもこれもやりまーす!って言って結局三時間残業になって11時前にようやく帰宅したらスイッチが切れてトイレから立てない

2019-10-14

はてなの人は差別は嫌いだけど障がい者叩きは好きなのか

http://web.archive.org/web/20190502210202/https://anond.hatelabo.jp/20150620124355

記事はどうでもいい。記事の下についてるツリーを見て。

青二才という人の失態が、まるで芸能人特集のように並んでる。

悲報青二才岡田育喧嘩を売るが軽くあしらわれ自滅する

青二才はてな歴何年よ?おいらっちベテランはてなブロガーなんやけどwww」

今まで青二才が戦って自爆してきた相手一覧

青二才村長kanose挑発しすぎて直々のお仕置きを受ける

岡田育に戦わずして負けた青二才氏、今度はid:scopedogケンカを挑む

青二才単著を出したけりゃ、他人悪口アクセス自慢よりまずは自分しか書けないことを示さなきゃ!」

高校生文句を言われたと勘違いした青二才が取った行動

いつまでも少年の心を忘れない青二才、26歳になっても元気にピンポンダッシュを楽しむ光景

並んだタイトルを見る限り青二才という人は確かにとんでもないバカを繰り返している。でもここまでくるとバカというよりなんらかの障害を抱えている。「青二才 障害」で検索してみたら青二才という人は発達障害でありかつ躁うつ病なんだって。断言はできないが何度も同じこと繰り返してるなら一部学習障害もあるんじゃないですか。

定期的に攻撃的になり、その後反動活動力低下を繰り返すのは、躁鬱病の症状であり性格問題じゃないと思う。上がり始めの時期に活動量が増えて記事を書き、反響が来る頃にピークに達して、反論した頃落ちていく

こういう障がい者さらして遊ぶのは、Youtuberシャムという人間を持ち上げて遊んでいたのと似たような感じがして好きになれない。シャム青二才という人もどちらも注目されるのがうれしくて喜んでバカ行為を繰り広げてるのかもしれないが、良識あるはてな人間ならこういうのはよくないってブックマークコメントをしてるのかと思ったら彼のバカっぷりをみんな喜んでみてるコメントばっかり。同じ口で差別ダメだと言ってるとしたら頭くらくらする

2019-08-20

あおり男は統合失調症かつ躁鬱

あおり男は統合失調症双極性障害躁鬱病)を併発しています

統合失調感情障害です

まず、複数人の誰かに監視されているという妄想

そして、他人運転に対して煽られたと誤解し、復讐をしようとする

これは統合失調症の症状です

突然、自尊心が高まり自分過大評価攻撃的になる

→躁

あるときは、落ち込みうなだれる

→鬱

まり、躁鬱の症状

これにより統合失調感情障害(混合型)と考えられます

2019-06-29

ある自治体精神病患者コンサータやらストラテラやらの処方代を助成する仕事をしている。自立支援医療助成(精神)というやつだ。

受給者証を渡すための申請書を書かせる仕事を窓口でしている程度だが、色々と思うところがあるので綴りたい。

1 助成される人の多くは…

窓口は平日だから助成される人は高齢者パートタイマー、被生活保護者などだ。リーマンは少ない。非政令市という土地柄もあるけど。

2 精神病そもそも完治しなさそう

一般的精神病(統合失調症躁鬱病発達障害等)は思考の癖みたいなのも影響していて慢性的ものだと理解される傾向があり、自分もそう思っている。いわゆる、鬱は逃げ、という考えもここから出る発想だろう。確かに、このご時世若者ほど自殺願望抱くだろうし、4人に一人は希死念慮どころじゃないと思う。マジ鬱ーとかよく聞くし。じゃなぜそんな一般的なことを病気としてしまい、税金使って(年収400万程度なら月の自己負担額が公費助成で5000円に抑えられる)しまうの?

3 精神病薬の性質

コンサータからそういうのは麻薬一種だという見方がある。脳の活動に対する影響を考慮して製造されたものからあながち間違いとも言い切れない。だから服用しても麻薬として一時的効果を得られるだけだろ、と。ここで思う。麻薬税金使うの?おかしくない?

4 なんで国はそんなことに税金を使っているのか

ひとつ福祉政策としてだ。こういう世相でこれから患者が増えるだろうことから、本人の健康のためにも社会平和のためにも治療必要だ。

また、産業政策という見方もできるだろう。日本の製薬業界競争力が高い。その業界に対する需要を国費で支えるのは問題ないだろう。

更に労働政策として、少子高齢化の中飽和市場希望無き戦いを強いられているため、異常な労働環境を誇る日本を支えるためには、ヒロポン必要だ。インターンとかで学徒総動員の様相を呈しているし、それでGDPが支えられるなら問題ない。例えヤク中になったとしてもだ。もちろんこの政策頓挫する可能性はある訳だけれども。

何が言いたいかというと、もっと気軽に鬱病になって合法麻薬決めて人生を楽しもう。一億総躁鬱病だと自虐で笑えるくらいに。生活保護者みたいなクズ高齢者のような役立たずばかりにこの制度を使ってほしくない。以上、現場からのお願いでした。

2019-06-28

ある自治体精神病患者コンサータやらストラテラやらの処方代を助成する仕事をしている。自立支援医療助成(精神)というやつだ。

受給者証を渡すための申請書を書かせる仕事を窓口でしている程度だが、色々と思うところがあるので綴りたい。

1 助成される人の多くは…

窓口は平日だから助成される人は高齢者パートタイマー、被生活保護者などだ。リーマンは少ない。非政令市という土地柄もあるけど。

2 精神病そもそも完治しなさそう

一般的精神病(統合失調症躁鬱病発達障害等)は思考の癖みたいなのも影響していて慢性的ものだと理解される傾向があり、自分もそう思っている。いわゆる、鬱は逃げ、という考えもここから出る発想だろう。確かに、このご時世若者ほど自殺願望抱くだろうし、4人に一人は希死念慮どころじゃないと思う。マジ鬱ーとかよく聞くし。じゃなぜそんな一般的なことを病気としてしまい、税金使って(年収400万程度なら月の自己負担額が公費助成で5000円に抑えられる)しまうの?

3 精神病薬の性質

コンサータからそういうのは麻薬一種だという見方がある。脳の活動に対する影響を考慮して製造されたものからあながち間違いとも言い切れない。だから服用しても麻薬として一時的効果を得られるだけだろ、と。ここで思う。麻薬税金使うの?おかしくない?

4 なんで国はそんなことに税金を使っているのか

ひとつ福祉政策としてだ。こういう世相でこれから患者が増えるだろうことから、本人の健康のためにも社会平和のためにも治療必要だ。

また、産業政策という見方もできるだろう。日本の製薬業界競争力が高い。その業界に対する需要を国費で支えるのは問題ないだろう。

更に労働政策として、少子高齢化の中飽和市場希望無き戦いを強いられているため、異常な労働環境を誇る日本を支えるためには、ヒロポン必要だ。インターンとかで学徒総動員の様相を呈しているし、それでGDPが支えられるなら問題ない。例えヤク中になったとしてもだ。もちろんこの政策頓挫する可能性はある訳だけれども。

何が言いたいかというと、もっと気軽に鬱病になって合法麻薬決めて人生を楽しもう。一億総躁鬱病だと自虐で笑えるくらいに。生活保護者みたいなクズ高齢者のような役立たずばかりにこの制度を使ってほしくない。以上、現場からのお願いでした。

2019-06-17

Twitterに多い病気障害その他不幸の実話(漫画)って大体

理解のある旦那恋人が出てくるんだけどなんでだろうね

やっぱその程度の支える人がいないと漫画とか文章昇華できないのかね

「よし、漫画にしよう…!」という域に達しなかった屍の山みたいなのがあるんじゃないかって思っちゃうんだよね

先月会社の同期にグループLINEで「あい躁鬱病からおかしいwwwww」って書かれて

うーわキッツ…なんかもうイライラして咄嗟に出てくる言葉がそれって怖、呼び方も古いし診断降りてないし双極性にも幅があるのに精神疾患全部一括りに入れてるんだろうなあ…しんど…って。

ちょうど座間とか息子殺しとか某議員診断書提出とかあったから頭おかしいとか絶対精神病だろとか不良品だなんだ色んな言葉が散らかっていて、一緒にしちゃいけないと頭でわかっていても1つにまとまって殴りかかってくるわけで。

「ああ私は現場がしんどくて半日ばかし部分的身体が動かなくなって数ヶ月休んだだけで精神病ってカテゴリで一生間接殴打されていくのか」と憂鬱になった。テレビはとっくの前に切ってる。それでも記事となって目に入ってしまったけど。

それに伴い現状を知ってほしい〜〜と漫画が流れてきたけどやっぱりいるんだよなあ、理解者。

家族もそんなに心配かけたくないし重たい話のためにわざわざ周りに声をかけるのは気が遅れるし、乗ってくる奴がいてもただの面白サンプルとしか思ってなさそうだし、どんな拍子で傷つくかわからないし先生は2週に1回だし

全部話してたら相手が潰れるから使い分けてると思うけど、それでも自分をほぼ確実に肯定してくれるひとがいますって超でかいじゃん、十分じゃんとか思っちゃう。8ページ目ぐらいに出てくるのほほんデフォルメあいつくれよ。いつも離れず後ろに書き込まれてるあいつ。途中から「この病気はこう大変なんです」じゃなくて「こんなに支えてくれるひとたちがいるんです〜」とアピールしてるような気になってくる。んなわけないんだけど。やっぱそういう存在がいないと救いがなさ過ぎとかシビアすぎて商業化できないのかな。そんなの売れないもんね。

バカバカと割り切れと言われたし当然自分にも言い聞かせつつ、未だに2日に1回以上は思い出す。1人で処理してる。薬も適度に飲みつつ。

相手は覚えてないだろうね。そういや身体が動かなくなる前の週かな

現場厳しいから異動したい、人間的な生活の遅れるおすすめの非現場教えてくれ」と尋ねた時も「知らん。非現場しんどいからそんな異動をするなら辞めた方がマシ」って1時間ぐらい叱咤されたな。あのとき私が飄々としてたから後から躁だと思ったのかな。数ヶ月して非現場普通に働いてるのが気に入らないのかな。病んだ人のイメージにそぐわなかったのかなあ。「切り替え早すぎ」みたいな。

そりゃ話すころには頭の中でまとまってるしオチもつけるし聞ける程度にはユーモアも挟みますよ。にしても休んでる間も誰とも連絡してないのに内示すぐ広まって気持ち悪かったなあ。死んでおけば良かったのかしら。死なないけど。

しかし私学の雄、院卒、海外留学マスコミ勤務

一般的には結構フィルターがかけたつもりなんだけどこれでダメだったから、どこまでのひとが同じようなことを言えちゃうのか全く見分けがつかん。それを探るのもしんどいし、そういうことがあるかもと前提にして態度や発言に細心の注意を払うのも無意味な気がする。

さて、寝るか。

2019-05-09

女が人妻不倫してきた

最終的に自殺してしまった。

彼女旦那と別居中だった。

私とは一度別れたけどよりを戻したところだった。

離れた所に住んでいたけど私と彼女

毎日ラインのやりとりをしていた。

ラインの返事が返って来なくなったか

嫌な予感がして会いに行ったら風呂場で首を吊ってた。

彼女躁鬱病だった。

鬱状態の時は死にたい毎日言っていた。躁状態の時は

他の女との浮気を仄めかしたり、ショップ店員友達になったと言い化粧が濃くなったり、自分天才だと言って他人批判したりした。

病気のせいだとわかってたのに私は彼女のことを責めた。

許せなくて一度別れた。それも酷いふりかたをした。

でも結局自分からよりを戻そうと近づいた。

この事を1人で抱えきれず他の人に話したら、お前は自分のした事わかってるか?人を1人殺してるんだぞ?と言われた。

そうだと思う。

何も知らない彼女母親から分骨してもらった。今も私の家にある。

彼女母親

あなたが早く娘を見つけてくれて感謝してる、ありがとう

だってさ。

特にオチはない。

女が人妻不倫してきた

最終的に自殺してしまった。

彼女旦那と別居中だった。

私とは一度別れたけどよりを戻したところだった。

離れた所に住んでいたけど私と彼女

毎日ラインのやりとりをしていた。

ラインの返事が返って来なくなったか

嫌な予感がして会いに行ったら風呂場で首を吊ってた。

彼女躁鬱病だった。

鬱状態の時は死にたい毎日言っていた。躁状態の時は

他の女との浮気を仄めかしたり、ショップ店員友達になったと言い化粧が濃くなったり、自分天才だと言って他人批判したりした。

病気のせいだとわかってたのに私は彼女のことを責めた。

許せなくて一度別れた。それも酷いふりかたをした。

でも結局自分からよりを戻そうと近づいた。

この事を1人で抱えきれず他の人に話したら、お前は自分のした事わかってるか?人を1人殺してるんだぞ?と言われた。

そうだと思う。

何も知らない彼女母親から分骨してもらった。今も私の家にある。

彼女母親

あなたが早く娘を見つけてくれて感謝してる、ありがとう

だってさ。

特にオチはない。

2019-02-14

障害者を抱える家族全員を救えない場合トリアージ

躁鬱病の親を持つ子供児相通告したらその親が自死してしまった経験談。その後の手紙の展開に救いを感じる - Togetter

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1318891

この件も、有名な他の事例として昨年の三田座敷牢事件も、根底共通していると考えられる。

他の家族構成員の命すら奪いかねない、差し迫った他害リスクのある障害者を抱える家族一家共倒れ心中リスクをどう回避するか。

今回の場合は、精神障害者である母親の命を救う術は残されていなかったが、子供の命だけでもトリアージで救い一家全滅を回避することができた。

三田事件場合は、母親や他の子供の命を救うため、重度障害長男座敷牢に入れるトリアージ父親決断したことになる。

三田事件については、健常者である家族構成員の命を度外視してひたすらに障害者差別だと騒ぐのみの人権団体存在するようであるが、それは躁鬱病母親の件で教師を責めた無責任な親戚の姿と重なる。

あるいは、類似の他の事例でも共通して登場する人物であるが、何の打開策も示さず、家族に他害リスクの高い障害者扶養強制するだけの福祉職員障害者施設の全廃を訴えるだけの理想主義政治家

彼ら・彼女らもまたトリアージのトの字もない無責任な親戚連中と同じ。

他害障害者を含む家族全員が命を落とす危機が迫っている時、せめて救える命だけでも救うべきだ。

2019-01-22

友人(存命)の部屋に行ったら遺書があった

先日、一人の友人の部屋に遊びに行った。便宜上、彼のことは〝彼〟と表記する。

〝彼〟とは中学生の頃からからもう8年来の付き合いになる。

初めて会った時から変なやつだとは思っていた。ろくに授業も聞かず、学校部活もサボってばかりいる割にテストの点だけは良くて、ラノベ主人公みたいだという印象があった。

帰り道が同じ方向なので、僕はしょっちゅう〝彼〟と一緒に帰っていた。話してみれば面白いやつだった。僕も根は真面目ではなかったので、〝彼〟とは仲良くやることができた。

進んだ高校は別々だったが、もう一人別の友人を交え、僕たちは三人でことあるごとに集まった。

いつも遊ぶ場所は僕の家だったが、ある時〝彼〟の家に遊びにいく機会があった。

〝彼〟の家はすごく辺鄙な立地で、信じられないくらい細い路地を進んだ袋小路の先にあった。

外観はゴミ屋敷だった。銭湯下駄箱とか、シーサーみたいな動物の置物とか、そんなもんどこで拾ってくるんだよと尋ねたくなるようなゴミで溢れかえっていた。

内装バカの家だった。玄関のドアを開けるとまず真っ先にバカみたいなサイズ水槽の中に入った故の知れぬナマズみたいな魚と、明らかに飼い主の手に余っている気性の荒い大型犬が三頭出迎えてくれた。当然床はゴミであふれていて足の踏み場もない。大量の段ボール箱とか、いつ食ったのかもわからないコンビニ弁当のガラとか、とにかく生活感のあふれるゴミがわんさか転がっていた。あと窓ガラス割れていて、ビニールテープで雑に補修してあった。

多分〝彼〟のご両親は頭がおかしいんだろうなと思った。先生の話を聞かないのも、一番身近な大人ちゃらんぽらんから敬うことを知らないせいだろうと思った。

のちに聞くと、彼の父はDV常習犯躁鬱病患者、母はそんな夫を見限ってまだ幼い息子二人と娘(〝彼〟には二歳下の妹と六つ上の兄がいた)を放って家を出て行ったのだとか。本当に両親揃ってダメ人間だった。

現在、〝彼〟のTwitterアカウントFF比が3くらいあって、2000人くらいフォロワーがいた。投稿内容はアルファツイッタラーもどき気持ち悪いツイートであふれていた。マッシュ頭に丸メガネというテンプレート通りの外見の自撮り投稿して囲いのメンヘラ女を喜ばせたり、学問の話をして身内と盛り上がったりしていた。

あと〝彼〟は常に病んでいた。メンヘラというより厭世主義者で、誰かにかまってほしいから病んだふりをしているというより、本質的に狂っているような感じがあった。なにが面白いのかさっぱりわからない上に、なにか僕の感性根本的な部分が拒否反応を起こすので普段ミュートしている。

〝彼〟の感性普通ではない。太宰や芥川作品のような雰囲気を纏う芸術の類ばかりを愛で、普通恋愛とか、人間関係にはほとんど関心を示さなかった。恋人はいたし、その相手とは僕も交友があったが、やはりどこか壊れている女ばかりだった。援交でお金稼いでるとか、エロい自撮りを鍵もかけていないアカウントで上げているとか。

〝彼〟の感性普通ではないから、部屋で遺書を見つけた時もただの悪ふざけかと思った。だって遺書(これは常備のものなので私が死んでいない時には読まなくてよい)」とか書いてあるんだもの。けれど、悪ふざけにしては度が過ぎている。自殺する気があるのかどうかは知らないが(決してないとは言い切れない)、少なくとも常人よりは死を身近に感じているような雰囲気があった。

少し迷ったが〝彼〟は階下で僕と飲むためのお茶を用意してくれていたので、その隙に僕は勝手に内容を検めた。好奇心に負けた。

遺書封筒にすら入っておらず、B5のコピー用紙の片面に印刷されているだけで、その乱雑さも〝彼〟らしいと感じた。

中には男女1人ずつのフルネームと連絡先が記されていた。男は大学で同じゼミ所属している人間で、女は元恋人だった。男には〝彼〟のスマートフォンの完全な破壊を、女には引き出しに入っているという手書きメッセージを引き取るよう指示してあった。流石に女に宛てた手紙勝手に読むことは良心の呵責が許さなかったが、いったいどんな手紙を残したのだろうか。(すでに良心が〜とかどの口が言うんだ、くらいのことをしているとは自分でも思うが)

遺書は、ただの作業指示書だった。

〝彼〟は無駄なことをわざわざする人間ではない。誰にも発見されないかもしれないのに手の込んだネタを仕込むようなお茶目なやつでもない。

からあの遺書は多分、本気で書いたものなのだろう。本気で彼はスマホ破壊と、童貞を捨てた相手メッセージを伝えるくらいしか自分が死んだ後に望むことがないのだ。

言葉にし得ない虚しさがあった。育ちや環境に同情するには遠過ぎた。ただ、哀れに思った。

こんなことを考えるのは不遜にもほどがあるとは思う。人の遺書勝手に暴いてこんなところに晒しておいてケチをつけるとは何事だと、これを読んでいるあなたはきっと思っていることだろう。

けれど、僕は悲しいのだ。仮にも数少ない友人である〝彼〟の人生が、こんな詰んだものであることが。

遺書には男の名を指して「君くらいしか頼める相手がいない」と書いてあった。

僕を頼れよ、とは思わない。だって僕は彼を救いたくないから。本当に気色悪いと思っている。

ただ、彼の人生が詰んでいるのが、ひたすらに悲しい。

〝彼〟はまだ生きている。3年前と同じことをツイートしている。

どうか、せめて長生きしてくれ、友よ

そして、僕の知らないところで人知れず死んでくれ。

2018-12-16

入院するかもしれない

からよく高熱を出す子供だった。

小学生の頃よく吐いてしまい、親に迎えに来てもらうことなんて当たり前で、点滴を打った回数も覚えきれないほどだった。

中学生の頃に過敏性腸症候群で何時も無自覚にオナラをしてしまい、クラスメイトに遠巻きにされた。ファブリーズをかけられたこともある。

緊張するとお腹が痛くなり、運動神経がない(バレーのレシーブもできないレベルで)から体育が憂鬱で緊張するものになって、結果お腹が痛くなる。見学になったり保健室で休んだり。体育の先生には嫌われていたと思う。

3年生になると受験ストレスで体調を崩してしまった。自律神経がおかしくなった。3学期にはほぼ毎日早退。過呼吸をよく起こし、授業も受けられず先生には心配された。数少ない友達にも焦りから辛辣にあたってしまい、遊びに誘われることもなくなった。

受験は倍率2倍の高校入学でき、さて新生活だと意気込んでいたけれど、膨大な課題につき寝るのは12時、7時からの朝学ための5時起き、満員電車ストレスコンボ5月意識を失ってしまった。救急車で運ばれ、一体何が原因なのかと色々質問されたが結局はなにもわからなかった。親に心療内科に連れて行ってもらったけど、何もわからず。その1年はただ眠って過ごした。次の年になったら復学できるように祈ることしかできなかった。

結果から言うと、復学はできなかった。それどころか体調はもっと悪化した。体がそわそわと落ち着かず、ずっと吐いていたし、海にいけと何度も何度も幻聴が聞こえた。行ったけど何もなかったが。

そして1番最悪だったのは夜中に外に出ることだった。記憶にはないけれど、親によると雨の日の深夜2時に大きな通りの1歩手前でぼうと立っていたらしい。もしかしたら車に轢かれていたのかもしれないと思うと今でもぞっとする。

これはさすがにおかしいと心療内科先生相談、即日保護入院が決まった。一応と頭のレントゲンを撮って、肉体的な病気ではないと診断される。

そこから3ヶ月の精神病棟での入院生活が始まった。

私は隔離病棟に入れられた。

最初はずっとトイレで吐いて、歩き回らないと足が死んでしまいそうで、心臓が嫌に跳ねていた。落ち着きがなく、貰えないとは分かっていたけれど(一日2回4時間あけての薬だから)ナースステーションで何度も薬を強請った。

あとご飯が美味しくない。高齢者が多いから納得ではあるのだが、若い私はもっと洋食を出して欲しかった。しかも量が多くて食べ切れない。残したら食べた方がいいよと言われ、口に詰め込んだがすぐにトイレで吐いてしまった。

夜寝る頃になると相部屋の人がボソボソと呟き出す。お母さんごめんなさい、とか、なんでそんなことせないかんと、とか、あんたらが悪いから私はこうなったんだ、とか恨みつらみを一通り呟いて泣いていた。私は眠れなかった。

そんな生活にようやく慣れたのたとき仲良くなったのは自傷癖のある人(今後Aさんとする)と二重人格の人(今後Bさんとする)。どちらもいい人なんだけどBさんは被害妄想が酷く卑屈だった。

お見舞いに来た私の父(初対面)に突然「生きててごめんなさい」って言ったぐらい卑屈。3人で話している時に「私その話苦手なんでやめてくれませんか」とか言ってくるしAさんと話してたところ入ってきて「私の悪口ですよねすみません」って言って勘弁してくれって思った。「私年下の子を見ると嫌悪を感じるんですよね」私もその時精神的に不安定だったからしんどくて。私も年上の方と話すの苦手です、ぐらいしか言えなかった。とある日、ふいに人格が現れた。どうやら主人格のお兄さんらしい。暇すぎて何往復もしていた短い廊下で呼び止められ「こいつお前の社交性があって素直な性格嫌いだから」って言われてそうなんだ…とちょっとだけ傷ついた。

1ヶ月経たころ、人数の関係で病室移動。アルコール依存症かつ躁鬱病の人、統合失調症の人、夫に自殺きっかけに鬱になってしまった人と相部屋になった。色々身の上話をし合って、色んな人がいるんだなあと思った。

今日は眠れなかった」は挨拶みたいなもので、決して不健康アピールではないのだと知った。

いきなり叫び始めて八つ当たりし始めたおばあさん、食後お腹痛くなったらしくて看護師さんに「ご飯に毒を盛りましたよね」とか言ってる人などもいた。

私はパーキンソンの症状が出て体の震えが止まらなくて常に視線が上を向いて口から泡が出そうになった。夜になっても眠れない時に看護師さんに言ったら「我慢出来るならしてほしい。皆そうだから」って言われた。あいにく土日を挟んでいたので、その2日間はその状態が続いた。出勤してきた主治医に症状が辛いから何とかしてくれと頼んだら「えっ、なんで」との反応。パーキンソンの薬はちゃんと出すように言ってあるとのこと。「あー、薬が切れてるみたいですね…ナースセンターにっと言っときますね」っていう明らかに病院側の過失だった。

特に謝られることもなく薬は出された。飲んだら治ったから、まぁ、よしとしよう。

入院して3ヶ月目、高校はどうするかのはなしに。さすがにこれ以上留年するのは…と思い通信制高校を探し始めた。

退院間近になると外泊や外出で外からの刺激を受けて大丈夫かどうかのテストをした。そこで何も無ければOK。私はポケモン映画を見に行った。

何も無かったから無事に退院することが出来た。

退院してからはなるべく刺激を受けないように、テレビ動画を見ないようにと忠告された。眠たくて眠たくて、昼も夜もひたすらに寝ていた。

すると指で広げないと目が開かないという状況に。眼科に行ったけど、ドライアイの薬しか貰えなかった。

通信制高校は登校が楽そうなところを選んだ。暫くはゆったりとそこに通っていた。しかし今年の2月悪夢をよく見るようになった。人を殺す、人が死ぬ自分が殺される、など。しかもどれもがリアルで起きた時に感覚が残っていた。首が痛かったり、虫が肌を這いずる感覚があったり。

それがきっかけだったのか、私は記憶をなくした。

小学4年生から記憶がなくなっていたのだ。朝起きると難しい漢字が読めない。上手く計算もできない。けれど記憶をなくしたのは3週間程度だった。よかった。

記憶が戻った今も精神年齢は10歳な気がする。その頃から家族に、それこそ子供のように甘えるようになった。

それからはまた家でのんびりしたり登校したりしてゆったりと暮らしていた。開かない目のことが気がかりだったが。

しばらくすると6月になって、また幻聴が聞こえ始めた。今度はひたすらにしねしねしねと耳元で囁かれるような幻聴

鬱が酷くなる。

それからは高い建物を見るとあそこから落ちたら死ぬかな、風呂に入ってるとここで寝たら溺れるのかな、睡眠導入剤をたくさん飲んだら眠るように息絶えるのかなとずっと死ぬパターン妄想していた。

そこで現れたのはヒョウモントカゲモドキ

ペットショップ一目惚れをした。元々爬虫類が大好きな私にとってその子はとても魅力的に感じた。親と相談して買ってもらい、毎日かごを眺めるようになった。すると生活が一変する。ヒョウモンに餌をあげるために、と義務感が湧いていたのか、今まで夜型だった生活から夜8時に寝て朝4時に起きるようになったのだ。毎日3食、十分な睡眠時間の確保など健康的な生活を送ることが出来た。

そうなると気になってくるのはやはり目が開かないこと。神経内科はどうだろうかと主治医に言われ、紹介状を書いてもらい行ってみた。結果は特に異常なし。それを主治医に報告すると、もしかしたら薬が悪いのかもしれない、とのこと。あまり主流じゃない副作用から確信は持てないけれど、これ(薬の名前は忘れた)減らしますねと薬を出された。それから体調が悪くなった。吐いて寝込んで精神的に不安定になって泣き出して。1週間後に予約を入れたのでふらふらとしながらも病院へ。目は開かない、具合は悪い、最悪な状況だった。次の薬で良くならなかったら入院してもらいますね、と薬の量を増やして服用している。

それで今日に至るのだが、目は開くようになった。吐き気もない。ただ睡眠時間が狂ってるだけ。

これは入院しなくていいのだろうか。そう思う午前1時。

2018-11-22

どこかに書いておきたいこと。

不眠症でずっと心療内科にかかっているけれど躁鬱病にもなってるんじゃないかと思うくらい気分の浮き沈みが激しい。

今日はとても嬉しいことがあった。

捨てる神あれば拾う神ありなんて実際にはなくて、いつもどんなにがんばっても空回りばかりで、捨てる神ばかりだと思ってた。

特に5年前の職場パワハラ職場いじめを受けて退職してから自分価値があるなんて思えなくなってた。

どんなに人間関係苦痛でも働かなくちゃ生きていけないから、短期バイトばかりしてきたけれど、短期ではなく長く働けそうな職場出会って、でも新しく入ってきたヤカラみたいな人とは合わなくて、仕事のやり方も苦痛で、それでもおかしいのは自分の方だろうと退職を決意した。

きっと私はこの先どこにも居つけない。

そんな虚しさも感じながら、だけどいつものことじゃないと思っていた。

本当は合わない人と1ヶ月も付き合いたくない。今すぐ辞めたいけれど、流石にそれはしてはいけないと出勤していたら、会社上司あなた仕事評価している。

会社に不満がないなら勤務帯を変えるので残らないかと言ってくれた。

会社には就業時間が短くて生活出来ないというのを退職理由にしていたので、就業時間を延ばしても構わないと言ってくれた。

ずっと円形脱毛症になるんじゃないかと思うような皮膚の痛みを感じていたので、そう評価していただけるのは嬉しいのですが…と断りかけ、この数カ月自分が感じていた働きにくさ、ヤカラみたいな人についていけないこと、だけど浮いてるのは私のほうで、人付き合いがうまい人は上手に合わせてること、そんなことを名前は出さずに話した。

もしもそれが理由なら人と関わらずに働ける部門があるので、良かったらそちらへ移ってみないかと問われた。

このままいつも通り新しい職を探して去るしかないと思っていたので、本当に嬉しかった。

こんな上司もいるんだと思った。

私も本当は根無し草みたいなことに疲れていて一つのところで働けるものなら働きたかった。

実現するかどうかはわからない。

でも実現しなくても、私が5年前から抱えてきたやりきれない気持ちはとても救われた気がした。

感謝します。

2018-11-05

優性保護法を復活せよ

近年メンタルを病む若者が増えてるが、これは22年前に優性保護法廃止された影響が一番大きい。

昔は躁鬱病など、メンタルを病んでる人は優性保護法に基づき不妊手術対象だった。理由遺伝によるメンヘル再生産を避けるため。昔はメンヘルが少なかったのは優性保護法のおかげである

しか人権屋の横暴により同法廃止されると、メンヘル再生産が許されてしまい、メンヘルの増殖に繋がった。

メンヘルが一人増えると、ギスギスしてストレスを溜める正常人が1000人増える。今の世の中がギスギスしているのは優性保護法廃止たからだ。

から優性保護法を復活して、昔の活気のあった日本を取り戻そう。

2018-10-27

『鬱は甘え』だなんて言う人は自分が鬱になればそんな事を言えなくなるなんて言っていたヤツがいた

そんな事は無い。
だって俺が鬱になっている(らしい)上で、その思考を抱き続けているからだ。
大体そうコロッと考えが変わると思うか?バカ言うな、確固たる自分を持っている俺が、自分言葉を曲げる訳無いだろうが。

何故俺がそんな甘えた病気モドキになって、かすり傷も治せすらしないような「おはなし」をするヤブに通い、効くかどうかもわからん高っけえクスリ買ってるかって?
知るかバカ、病名付けられたんだからそうするしかねえだろ。

しらねーよ、俺は昔から気分の浮き沈みがマリオ3浮島ステージ並に激しいだけだ。落ち込む時は落ち込むが甘えた鬱共と違って死にたいとか思いすらしねえよ。
でも俺がおかしいだなんてアホ抜かすのがいたからよ、しょうがなく行ってやったんだよ。

双極性障害」、言い方変えれば「躁鬱病」で「鬱病一種」だとよ。人格測れるか怪しいテストやって、意味わからんお話して、2週間ぐらい待たされて言われた。
ほう、俺は甘えてると言いてえのか。妥協せずに生きてきた俺が、甘えきったクズ共の上に立ってた俺が、甘えたクズ同類と。

クソが、自殺する気もねえ俺が鬱患者みたいなゴミな訳ないだろ。
おいゴミ共、残念だったな、俺は鬱病らしいけど考え方は変わらねえぞ。
しろより敵意が湧いてきたね。だって俺は明らかに正常な意志を持ってるのにそう認定されたんだから

ってえ訳で、これからも全力でヘイト撒いていくんでそこんところ夜露死苦
優しくならねえよ。俺はな。

2018-10-16

鬱病は甘え

というが、マジの人にとってはそうではないということをわかって欲しい。

本当はそうではないのに鬱病という病気に逃げたい人が甘えであって、鬱病鬱病だ。

当方バリバリ躁鬱病で、現状軽躁の現状にあるから言える。

鬱病のそのときは、過去記憶がなまじあるだけに辛く、悲しい。

特に私の様な躁鬱にとっては。

同じ状況で同じことをするだけなのに、気分が重く生産性はとても低い。

これを甘えというのは、それを体験したことない人間だろう。

だが、明確に鬱というもの定義できていない医学上の問題もある。

さらにいえば、私のような躁鬱における躁はまだ未知の領域だ。

躁は後から振り返れば分かりやすいので、後回しにしても

鬱を厳密に定義して救う仕組みは早く作って欲しい。

詐病の人がいるから、甘えって言われるのだろうけど、

欝は体験した人にとっては地獄しかない。

それを甘えだとか、それを解消するためにがんばって娯楽施設に行ったら

「遊べるじゃないか

なんて批判ネットであったのを記憶している。

そうじゃないんだ、そうなれるように頑張っているんだ。

私は今のところ、鬱病ときに死なずに生きていられているが、

から振り返ると、いつ死んでもおかしくなかった。

圧倒的な不能感と周囲の不理解に、毎日死んだほうがましって思っていた。

こころ、というわかりづらい領域だが、

一刻も早く鬱について、理解できる環境ができることを望む。

2018-08-24

軽躁時に取るべき行動

いや、精神科に行けよ、で終了なんだけど。

なんだけど。。。

過去二度、躁状態に入った実績から

自分現在躁鬱病を患っているという自覚は持っている。

そして今、そのサイクルが三週目に入り、軽い躁状態に移っていると思われる。

わかる人にはわかると思うのだけれども

この状態、軽躁は実は非常にパフォーマンスが良い。

頭の回転も従来比でそこそこ速くなり、ポジティブな考えが出来る。

この状態が続けば、日々の暮らしは充実する、

というか、現状は充実しているので、この状態で居たい。

過去の実績からすると、この状態から本格的な躁に移るのは時間問題だと思う。

そうなった時に、周囲にトラブルを起こすのは必定なので、

それを抑止すべく精神科に通院するべき、ということは分かってはいる。

ただこれも、過去の実績からいえば、この後に鬱が来る。

そのことを思うと二の足を踏んでしまう。

精神科に行く、それしか答えはないもののこの状態から鬱になることに恐怖している。

現状をキープしたいという願望とやがて来る躁への対処の間で揺れている。

本格的な躁にも鬱にもならずに、今の状態キープする、そんな都合の良い方法はないものか。。。



------以下、蛇足------

一回目は、十年ほど前のことだった。

学生時代に荒れた家庭環境がトリガとなり、躁状態になった。

今振り返れば、攻撃的な発言が多くなり、周囲とトラブルを重ねた結果

精神科で「躁鬱病」と診断されたらしい。

らしい、というのは私自身はその診断を聞いてはいいからだ。

ただ、その後服用した薬を調べればその病名にマッチしたので間違いはないと思う。

その後、数ヶ月で(服用した薬の効果があったのか無かったのかは不明だが、)躁は治まった。

その代わり、2年程鬱に沈み、つらい日々を過ごしながらも、ゆるやかに回復することができた。

二回目は、五年ほど前。

社会人になって初の転勤をトリガに、躁状態になった。

どうやら五年位の周期に外部環境が相まって躁転するようだ。

このとき経済的にも余裕があり、一人暮らしであったためいろいろハチャメチャをした。

ただ、転勤を契機に躁転したため、周囲がそれに気づくのが遅かった。

その余りに高いテンションに転勤先の上長おかしいと思ったのか

転勤前の上長相談したらしく、転勤前の上長面談をすることになった。

「一体、どうしたんだ?」という類の質問を受けていたが

その渦中の自分自分躁状態とは認識できないため、

何故面談なんかしなければならいのかと、勝手に腹を立てていた。

結局、この躁状態を3ヶ月ほど経過して、自然鬱状態になり、

鬱状態が1年程続いた。

そして、軽い鬱なのか、普通なのかといった状態を経て今に至る。

二回目の発症から現在に至るまで、精神科へは通院していない。

発症から鬱状態の期間、だけを見ると通院していない二回目の方が鬱状態が短かった

というのはあくま結果論だけど、これもまた通院へ二の足を踏む要素となっている。

2018-08-12

anond:20180812230632

当方躁鬱病だけど

増田さんは少なから躁鬱病になりたくないからショックを受けたように見えて気分悪いね

あるいはあの人鬱だよねって言われてたなら平気でいられたのか

2018-06-12

精神疾患流行

2000年頃より、うつ病ブーム双極性障害ブーム発達障害ブームという流れをメンタル業界は歩んできたわけだが、次は何が「啓蒙」されるのだろうか。

マインドフルネスとかデイケアとかスピリチュアルだとか、精神医学はいよいよ変な方向に向かっている気がする。

マインドフルネスなんて、100年も前に森田正馬提唱していた概念のものだろうに。

グレーゾーンな人々を最も的確に表していたのは神経衰弱神経症という言葉だろう。

DSMから神経症が消え、何でもかんでも「○○障害」となったのにはどうしても製薬会社陰謀を感じてしまう。

私の周りで、せっせと真面目に精神科に通って良くなった人は一人もいない。本当に薬が必要なのは統合失調症古典的なうつ病と躁鬱病(今で言う双極I型障害)だけであろう。

鬱っぽくて色々な薬を試したがどれも効かなかったという場合は、性格問題だと考えざるを得ない。根性論を主張したいわけではないが。

ダラダラ合う薬を探すのではなく、一定ライン薬物療法に見切りをつけるべきだと思う。

薬を飲んでも飲まなくても変わらないならば、飲まない方が遥かに賢い選択である

100年後、平成精神医学黒歴史になっているだろう。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん