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2018-12-31

なにわ男子デビュー

年末にこの文章をまとめている私は、デビューしか詳しく知らなかった数か月前に、SixTONESそしてなにわ男子を知った。

めちゃくちゃ最近関西ジャニーズJr.大橋和也くんを知った。デビュー組のファンだったのだけど数年ぶりに熱量高く「この子ファンだ私は!!!!」という気持ち雑誌を買っている。アンケートなんてものも初めて出している。

もっと大橋くんが歌って踊って演技している姿を見たい。とにかく雑誌ラッシュを逃さないよう買ってはがきを書いて送っている。

大橋くんに関しては、関西ジャニーズJr.に4年ぶりに結成されたユニット・なにわ男子メンバーになってからきちんと知った。大西畑とるたこじ、高橋・道枝・長尾が「信号トリオ」と呼ばれているのは知ってたけど、藤原丈一郎くんのことは知らなかった。

色んなことを知りたくて、ネット検索した。ツイッター検索でもネット検索でヒットするブログ内容でも、以下の言葉がたくさん見られた。

「丈橋」「ダンス」「歌声「声」「るたこじ」「funky8」「メイン4人」「三列目の逆襲」

ここ1ヵ月ほどは睡眠時間もそこそこに、動画も含めて色々見たり読んだりした。大橋くんはやはりダンスが素晴らしく好みで歌も特徴的な声で目立つし、なによりかわいくて抜群にアイドルだった。丈橋という沼シンメはそれこそほんとやばくて、1日が24時間じゃ足りな過ぎて日々寝不足のまま年末を迎えるわけである

ただ、他のキーワードで綴られた色々な話題の中で、疑問に思うことがある。

デビューすることに対するハードルの置き方だった。

彼らは、ユニットとして曲を貰え、衣装を貰え、メンバーカラーが決まった。ジャニーズJr.関西ジャニーズJr.という枠の、さらにもう一つのユニット」という枠に選抜されたことを、メンバーそれぞれきちんと受け止めているように思う。

私は本当に詳しく知らなかったが、東京Jr.Youtubeチャンネル配信テレビ局イベントサポーターなどを任されている中で、関西ジャニーズJr.には長らくユニット存在しなかったことは、めちゃくちゃ焦りがあっただろうなと思う。その中で組まれユニットは、私には「デビューを見据えたメンバー」にちゃんと見えた。

いやこれ、知らないくせに、とか関ジュちゃんと見ろとか言われるだろうけどさ、やっぱそうだよなって思う選抜メンバーですよ。とくに、トリオと呼ばれる3人組み(髙橋・道枝・長尾)が入っていることが、めちゃくちゃリアルで具体的だと思っている。

ジャニーズってとっても面白い事務所で、歴の長さとか実力の高さとか顔面力とかだけでデビューが決まるわけじゃない。運とかタイミングとかがとても作用されていると思う。誰と誰が組むかも、いつデビューするのかもすべて決まりなんてない。もしかしたらあるかもしれなくても、デビュー時のグループの完成度なんてバラバラだ。すごく完成されたグループもあれば、年齢差がありすぎてしゃべるのが初めてなメンバーがいる場合だってある。

実力があって選ばれて報われた人もいるし、右も左も分からないままデビューして様々なことが起こった後に誰が聞いても顔が浮かぶぐらいに有名になった人だっている。そしてもちろん、大前提として「ビジネス」だ。エンターテイメントという売り物で成り立っている職業。売れなければいけないし求め続けられなければいけない。

なにわ男子結成にあたって色んなツイートを見た。メンバーは誰がよかったとか、いまのグループは成り立ってないとか。その中でも意見としてそれはなと思ったのはデビューに関するツイートだった。

私の個人的意見として強く思っているのはひとつ。「デビューに早すぎるはない」ということ。大橋くんにだけ関していえば、デビューしちゃえばこっちのもんだと乱暴だけど思っている。それぞれがちゃんアイドルとして頑張ってくれれば、いつの日か素敵な歴史を振り返るアニバーサリーイヤーが訪れるよ、と勝手に思ってる。トリオの子たちの実力が、とか意識が、とかい意見については言いたくなる気持ちも分かけどそれも別に気にしていない。

いかな。いやでも、デビュー組のアニバーサリーイヤーを、それも15周年とか20周年とかを見ていると、本当にそう思うんだよ。嵐なんて、5人中3人が「辞めたい」と思っていたメンバーだった。

とにかく大橋くん藤原くん西畑くんファンの人が「デビューは早い」といっているのはものすごくよく分からない。

え、だってデビューって誰でもできるもんじゃないんだよ????今のジュニア成熟度や年齢層、展開しているコンテンツ領域なんかを見ていると、デビュー組とJr.境界線が引きづらくなっているぐらいに色々なことをやってて、それでも全員、見方を変えちゃえば「デビューしていないJr.」なんだよ。

私は、大橋くんの歌声が収録されたCDが欲しいし、Mステ新曲のたびに出てほしいし、年末歌番組当たり前にメドレーに参加してほしいし、公式サイトオープンしてほしい。アルバムが出たらそれに伴ったツアーが発表されて、公演が終わったら円盤化される。そんなデビュー組が毎年楽しみにしているルーティーンを、大橋くんが加入しているグループで楽しみたい。

から、とにかくデビューしてほしい。現場にたくさんいけない環境からかもしれないけど、「近くてたくさん会える数の公演をしてくれるJr.ユニット」じゃなくて「アルバム発売した後に単独コンサートをやって特典つけて円盤を発売してくれる」デビュー組になってほしい。

会えるアイドルとか、握手会を頻繁にやるとか、そういうので顧客層を増やしていったり、特色をつけてアイドル時代を生きていくっていう形もあるとは思う。ただ、彼らが所属しているのがジャニーズ事務所であり、大橋くんが目指しているのが「スーパーアイドルになること」なのであれば、やっぱり確実にデビューして手の届かないアイドルになってほしい。本人の口からCDデビュースタート地点」という発言が出たのはめちゃくちゃ素直だなと思う。

なにより私は、長くアイドルとして活動してほしいから、デビュー組の枠を勝ち取ってほしい。

カウコン前の今日、なにわ男子東京ドーム付近での目情があり、音漏れで持ち歌が聴こえた、というツイート拡散されている。それに対して「デビューは早い」というつぶやきが多くて、しかもそれが該当担だったりしてめちゃくちゃ驚いている。東京Jr.担じゃなくて該当担。「2~3年後にして」って、その2,3年後にデビューできる確約ないじゃん。west以降、あれだけたくさんのユニット活躍して、デビューできたのはキンプリ6名だけ。狭き門すぎるのに「今はしないで」って、どれだけデビューが難しくて貴重か分からないのかな。

デビューを(今は)望まない、の意味がわからないのは私がジュニア担になったことないからかな。でもさ、あれだけアイドル大橋くんが関西ジャニーズJr.として関西ローカルで人気で席によっては触れられる現場で公演数を重ねることより、「なにわ男子なにそれ??顔は西畑って子ぐらいしか知らないな、大丈夫なの?」と言われまくったとしてもカウコンデビュー発表されるほうが私は嬉しい。大橋くんにデビューする実力なくないかと言われてもそれはアイドルファンとしては気にしてない。大橋くんには「大橋くんファン幸せにできる実力」は十分に備わっていると思うし、新規獲得チャンスもあるはずだって思ってる。そう、なにわ男子メンバー全員に思うのは、「知らない新規層を勝ち取ってきそうな部分がある」ってところ。そこがすごくデビューを見据えた人選ぽくてわくわくしている。

あぁ本当に、どうなるんだろうなにわ男子デビュー発表じゃなくてもいいんだけど、いつかデビュー絶対してほしいしなにわ男子デビューするならとにかくトリオが若くて経験値が浅いうちだと思っている。未熟でいいじゃん。ジャニーズ醍醐味じゃん。色々言われるだろうけど、もしデビューが決まったら全力で応援するからたなぼたでもいいからしちゃいなよって、年越しそばの準備もせずに考えている年末です。

2018-08-17

「あの夏」の終わり方

“あの夏”、から一年唐突ですが、どういう思いを抱いて彼らを応援しているのか、を自分語りとして綴ることにします。(お友達は一部既出ですが・・自分なりに整理をしました)いろんな巡り合わせだったり偶然を運命を呼ぶことにしたわたしは、森田美勇人Love-tuneTravis Japan)出の美勇人なのだな、と思います

2016年出会いの春、それはLove-tuneが結成された季節です。少クラガムシャラ、そして兄ガチャに嵐バック。2014年からあらちかを筆頭に、まがいなりにもTravis Japan意識していた人間としては、みゅうとくんが公式グループ兼任することも、顕嵐くんがいつのまにかそこでマイクを持っていたことも、待って待って…と思うばかりだった。

だけど顕嵐くんが、輝くべき場所で輝けるのならそれは素敵だよとなぜか腑に落ちていて。目線を合わせずに背中を委ねる宮近くんとはもう長い付き合いだったこと、骨折しながら青山劇場に通ってTravis Japanで居てくれたこと、「やっとA・RA・SHIを歌えました」と言ってくれたこと、グループの顔として存在しようとしてくれたこと。だいすきな顕嵐くんがいくつもあるけれど、アイドル阿部顕嵐”としての最善の道を邁進しようとする生き様が、彼らしいなんてふうに思った。“あらちか”が隣同士でなくなってしまうのにはどこかズキッとして、終わりを迎える日を「宮近ももってけドロボー!」なんてまだまだ傷心を誤魔化すように、それっぽく野次をとばしてみたりした。2016年を振り返る際に、意思を持ってトラジャへ合いの手を入れる顕嵐くんが瞬間咎められる姿に、心のめそめそは止まらなかったけれど、それぞれのファンとの関係大事にする彼らの優しさだったんだろうなあ、と思う。(銀河劇場でコンテを狂舞する顕嵐くんを、博品館Shall we dance?する宮近くんを、同時に観れちゃうんだ あらちかはず〜っとドリームだよ!)

そんな事実が対比として、8人になったTravis Japanを引っ張ろうとさらに踊りだしたみんなのみゅうとくんに、どうしてもTravis Japanでいてほしくて、青山劇場さよならをして終わりかにみえTravis Japanが、兄組・弟組別から改めてグループとして動きだしたTravis Japanに、そのままのグループでいてほしくて、そんな勝手な願掛けでブーメラン呪いをかけはじめた。

両方の登場場面で現れた出ずっぱりな少クラ美勇人くん、嵐についたら翌日はえびバック、ドリボに出たら幕間で稽古、次はえび座で…、DIGITAL BOYSセンターで笑って、アイランドゲストガチャも最もバック選抜される名実休みのなかった美勇人くん。木星から金星へ、その場でジャケット羽織ってTravis JapanからLove-tuneへ変幻する美勇人くんにハートは奪われたし、仮面ライダーって実在するんだ、と思った。精神的な切迫を考え出すとキリがなかったのに、呼ばれるうちが華、なんてやっとのお休みダンス留学なんてしちゃう。誰よりアイドルをして、歌って奏でて踊りまくる美勇人くんがいて、もう充分すぎるほど君を見つめていたし、たくさんの衣装を着まわす姿を思わず数え「今はどっち?」と離れて行きそうな彼への、典型的な重い女な執着心を抱き“リア恋枠”を称したのは、心の奥底でこうなる「いつか」を恐れて、1mm責任や傷を負わないよう距離を図っていたのだろう。「いつか」来る「いつか」を知ってしまったとき自分を最大限傷つけないよう「担当」と呼ばない逃げ道に立って、大好きなのにすべてを100%応援できない、身勝手自分肯定していた。それでも、2つの顔を邁進する美勇人くんのやさしさや強さが憎いくらい眩しくって憎むことなんて滅相もなくて、ほんとうはずっと、「いってきます」を言うと「いってらっしゃい」を「ただいま」に「おかえり」を返してくれる、Love-tuneというTravis Japanという君だけの特等席はあたたかすぎるほど輝きに満ちていたのに。

2017年ジャニーズJr.祭り、会いにいったTravis Japanは7人になっていた。アイランドで氷のような張り詰めた美麗さを纏った宮近くんはだからだったと合点してしまうことが切なくて、“兄組”という4人の青春尊大だったし、僅か数ヶ月前「やる気スイッチTravis Japan」だとメンバーの顔を振り返っては破顔するキングオブTravis Japanな最年長が、今「なんで?」とついつい息巻いた。それでも彼は過去否定することなく夢を夢のままにせず歩みだしたし、親友たちは今でも存在をたくさん生かしてくれるのに、今も昔も変わらず己を武器にするところ本当に拡輝でヒロキだね〜。舞台の上で、今も踊る姿を演じる姿を大きな笑顔をみつけられること、希望しかないよ。

ユニットと肩を並べたこステージで、魅せようと一体に燃え盛るTravis Japanは7人でも最高に情熱的だった。唯一オリ曲を持っていないのが切なくて虚しくてたまらなかったけれど、「本物のアーティスト」になるべく温存された玉虫衣装を纏ってソークレ・スパノバを踊る彼らのため心臓は動いたし、『山の手外回り』を選曲して、大阪では2番の「御堂筋線」を歌う姿はなんの誇張もなく天才的で愛くるしかった。

Love-tuneでありTravis Japanである森田美勇人は、キレッキレのNaFで世界観に引き込んだと思ったら、マスピではセンターをぶっちぎって腰を回すし、パリマニで花道闊歩してCha-Cha-Chaで低音ラップする人一倍な出演に膝から崩れ落ちてしまう。そんなふうにTravis Japanへの信奉と美勇人くんへの好きが目の前に打ち寄せる。ついつい神経質になる私を宥めるかのように、トラジャのジャケットのうえにらぶのジャケット羽織ったり、らぶのジャケットのうえにトラジャのそれを羽織ったり、同じくらいの交互にする美勇人くんはとてもやさしくて。横アリラスト開演前、早売りとして流れてきた「どちらも100%」「最後の一人になってもTravis Japan」の言葉と、そう言ってくれた事実、今となっては真偽は分からないけれど、心のやらかいところお陰で君に染まっていて、ただ単純に嬉しくて愛しくて天日干ししたお布団みたいにあったかかった。

ジャニーズJr.なのに」と卑下せず、「ジャニーズJr.から努力を選んだ。ベースラップダンスも、誰よりカッコいい美勇人くん。両グループのまんなかを歩いては、どちらでも0番になれた美勇人くん。ほんとうに最後まで、どちらも100%だった、美勇人くん。衣装を変える度、曲が変わる度、変身する美勇人くんは、ほんとうのみんなのスーパーヒーローで、仮面ライダーだった。ジャニーズ銀座では、森田美勇人Love-tune)と森田美勇人Travis Japan)のフォトセットが別々に発売されたこと。グレちゃってたくせに、「もりたさんきょうだいでまわしてる」なんてひらがなで言うこと。出演公演数を知っても、昔の方が、なんて何食わない顔をすること。トラジャを引っ張って、らぶを底上げして、全部を抱きながらアイドルで居てくれて、本当にほんとうに凄い美勇人くん。トラジャが冬の帝劇に呼ばれたこと、ついにオリジナル衣装オリジナルの曲をもらったこと。多分、あと寸前のところで、影に覆われてしまわなかったのは、舞台班だったはずが、毎週の少クラコンサートに、やっとおんなじ土俵に立てたのは、美勇人くんが、Love-tuneTravis Japanでいてくれたおかげなのかな、と。そういう、守り抜き方をしてくれたんだ、と思いたくて。美化しすぎだと怒られてしまいそうだけど、もう大丈夫なところまで、守ってくれたんだ、と思えて。

あの夏、つまりはキントレトラジャ単独公演。美勇人くんのために悪戯っ子みたいに踊った弟組、美勇人くんのために揺れる最後の“白”、涙を包み隠すような如恵留くんの『時を刻もう』。雨が降り続けた六本木で、“今さら「なんで?」ってなんて言わないよ”なんて、まさになしめちゃんの『雨』。「最後はこれしかないだろー!」なSupernova。“明日になれば全てが嘘だとしても i wanna rock your world” 。泣いちゃった宮近くんと、「そのままでいてくれーー!」なうちゃんあんなに泣きじゃくったのは最初最後の夜だったし、すべてのエネルギーが注がれた救世主は、それでも逞しく踊り続けるから、強くて儚くてそして美しかった。「お仕事がんばって!」と笑っていうアイドルないつも通りすぎる美勇人くんは6人へ拍手をしたし、体力の限界まで踊りきるTravis Japanはただ格好よくて前しか向いていない、宇宙で一番熱いグループだった。6人の『夢のハリウッド』をお披露目したのに「オリジナル曲」と言わず、命の限り7人だったジャニーズJr.アイドル森田美勇人くんとTravis Japanと“あの夏”、がずるすぎるくらいに愛しくて愛しくて大大だーいすきなんだ!『夢のハリウッド』は間違いなく、7人のTravis Japanが掴み取った曲だったし、今も7人のための曲だね。

翌日からの、Love-tuneTravis Japan合同公演に当たり前のように森田美勇人Love-tune/Travis Japan)でいたことが当たり前だけどカッコよすぎて、やり抜いたオーラスCan do! Can go!でEXシアターを一周する姿は、やっぱりファンのためにしか生きていなかった。帰路にて不意に、「あっちの立場じゃなくてよかった」と聞こえてしまたことが悲しくて、そしてひどく羨ましかった。嫌いになれればどんなに楽か、なんて思ってしまうけれど、みゅうとくんは最後最後まで一途に筋を通し続けちゃうから、誰よりファンのためのそんな生き方から、嫌いになれるわけなんてないよ〜〜。

立ち会うことになった『Love-tune Live 2017』、後ろのカッコの中身が減ってしまってもキラキラに輝いて「好きなんだよ」「泣かないで」と恋させてくれる罪なアイドル森田美勇人くんが、たしかに泣けるくらい好きだった。デザインしたネイビーとホワイトTシャツを、半分ずつに繋いで着こなすみゅうとくんは、誰のことも置いていかない100%アイドルでさー!

Love-tuneは、完璧すぎるからずるい。熱を呼応させる高い求心力も、まんなかで指揮する最小最年長を含め、もはや二次元バランス個性も、魂から魂へ奏でる音色も。なのに努力できる才能、幸せを作る力と信念と、思わず恋する運命共同体な笑顔バンドだけじゃないダンスだけじゃない、7人じゃなきゃLove-tuneじゃないLove-tuneに、ときめかないわけがないし、勝ち負けではないと言いながら私自身が完敗だった。出会う順番やこんな欠点のなさにも理由をつけて、「私なんか応援しなくたって完成されているじゃん」と卑屈になったり、当たり前ながら当たり前に「ファン」する方に引け目を感じて縮こまったり、羨んでしま自分がどうしても存在してしまったけど、そんなどうしようもない気持ちも、好きを表す賞賛ひとつにしていいのかな、なんて。

そんな頂点で、アクセントになればとなにより踊って奏でる素晴らしいみゅうとくんは、お茶目に熱い愛を沸かすし、使命を果たしてくれたみゅうとくんによって、どこかで「言ってはいけないこと」と決め込んでいた無意識解放され、言っていい言葉になった。「Love-tuneが好き」を、わたしも言うことができる!Travis Japanで魅せる美しい美勇人くんも、Love-tuneで魂をぶつける勇ましい美勇人くんも、ほんとうのほんとうは、ちゃんと大好きだった。それ以上にも歴史のある人だけど、語らずにも区切りをつけて、今をありったけ生きてくれている今の美勇人くんを、「好き」だと言っていたい。

Love-tune Liveから約一週間後の『ABCジャニーズ伝説2017』。日生劇場客席には、みゅうとくんが見学にいた。ステージにいるTravis Japanは5人になっていた。アグレッシブダンスとお顔を一目見れば、“気になる存在”になってしまう最年少。笑いをとりにいく姿勢も、軽快にMCを回すキーマンだったのも、突然いなくなったのも、こっちが「オマエのそーいうとこ嫌い」だもう!!!大嘘)夢ハリの増えたパート自分のものにする宮近くんやうみちゃんTravis Japanのまっすぐな瞳を見ては、涙が溢れてしまうばかりだったけど、“5人でも大丈夫”なことを高らかに宣言するように、透明な空気を纏いピカピカと輝きを魅せるそこはまさにハリウッドだった。見せ場のアドリブ、ここぞとばかりなのえしめを呼んでひっちゃかめっちゃかするうみちゃんはよくぞやってくれただし、ショータイム完璧美勇人くんへ指差しウィンク・指の隙間から時を超え5starsする宮近くんは客席一番後ろへ目配せをして、楽しそうに嬉しそうにこれでもかと“Dance for you”するTravis Japanがたまらなく愛おしかった。

命が減っても不死鳥のように生き続け、魂を磨き上げるTravis Japanは、真っ先に火を灯したい至高のエンターティナーだ。悔しい悲しい切ないでドロドロになってしまうのに、一瞬でその汗と笑顔に魅了されてしまうから、嬉しくて楽しくて最高の「生きる」をもらってしまう。わんぱくどろんこはちゃめちゃなのに、パフォーマンスとなるとキリッとお澄ましをして曲の世界へ誘う青年たち。どうしようもなく愛おしくなるし、彼らのパフォーマンスになにより心が揺れ動いて、ドクドクと血は巡り、体温が何度だって上がる。誰もわるくなくってどうしようもできなくって、それでもちゃんと、彼らは幸せを描いていた。

「報われてほしい」と言われることも少なくないけれど、過去もずっと今もずっと、“誰も歩いたことない道を歩く”Travis Japanは、出会った私はしあわせだったんだよ〜。Love-tune美勇人くんを、100%好きだと言い切れない自分が負い目のままだったけど、美勇人くんを好きなTravis Japanを、Travis Japanを好きな美勇人くんを、まだずっと、好きでいいんだ、と幸せの渦に巻き込まれているようで。

そうして美勇人くんの誕生日更新されたジャニーズWebボイスは、数ヶ月前に私もリクエストした、ちゃんTravis Japanだった証をプレゼントしてくれたみたいなあの一言だった。

それからというもの、季節はすぐにめぐり巡ってしまうけれど、思えばしあわせなことしかなかった。何かが幕を開ける始まりの度、いつかまた、戻ってくれるんじゃないか…また誰かを失ってしまうんじゃないか…と淡い期待や不安を抱いてしまうはずが、Travis Japanは、一生一緒の最強シンメを迎えて7人になった。大事記憶や脆さに蓋をしながら、ファン確認をしながら、颯爽と次のステージにいるらしい。もう彼の戻れる場所はなくて、探すのはやめようと誓った晩秋自分場所自分でつかみ取れ、帝国劇場Travis Payneの構成振付を高らかに踊りつづけた新春。Endless SHOCKカンパニーの一員、豹変したように踊るこの2人がメンバーだなんて恐ろしい程だとまるで裏切られた立春横アリドリームステージ、「オレたちの第2幕」。7人の新生Travis Japanの汗と笑顔しあわせの鐘に涙・始まりまりの春。初めての7人でのツアー双眼鏡の中でISNを踊る宮近くんがやっぱり宝石みたい、電光石火3年前を思い出した初夏。

今までのわたしは結局自分のしあわせしか考えていなかったけれど、ジャニーズJr.祭り2018を通して、ちょっとみゅうとくんのしあわせを考えられる大人になったんじゃないかなぁ。みゅうとくんを抱きしめ迎えてくれるLove-tuneがいることが嬉しくて嬉しくて、マジパネェ太郎さんがとなりにいるなんてめちゃくちゃ心強くて。見学席へみゅーと!みゅーと!とピーチクパーチクするトラジャは変わらずでなんだか懐かしくなって、YouTubeに連載にセルフィーに…。彼らにとっても私にとっても“初めて”を大事に育むれっきとしたグループトラジャがもうとびきりな非日常を運んでくれているし、代わり映えしない毎日から救ってくれるのはLove-tuneなんだよ。長い長い春休みだけど、わたしTravis Japanを好きなこと、Love-tuneを好きでいられること、みゅうとくんがアイドルを生きた最高の証で、大事ギフトだって思います

こうも好きだと、1週間後には誰かトラジャの担当となる可能性が大いにあってしまうけれど・・(笑)今度は私が信じる番、天下無敵な最強スーパーアイドル美勇人くんがステージで輝ける日、心の底から願って信じて待ってます!!!ダンスバンド中途半端でいたくないという美勇人くん、どうかたくさんの努力と才能、大輪笑顔を咲かすことができますように。平成最後のこの夏、Travis Japan世界で一番熱く平和に夢へと駆け抜けられますように。諸君最高で最強なドキドキわくわくを今年、これでもかと両手に抱えられたらなあと思うよ。

Travis Japanだった9人も、8人も、7人も、6人も、5人も。そして、Travis Japanが、森田美勇人くんが、大大大好きだ!世界中の愛を届けられるように、踊りつづけるDancerでね。上書きするわけではないけれど、長かった“あの夏”をついに終えれる気がしている。今年は、どんな夏がどんな君たちが待っているんだろう。絶対絶対、楽しもう!ね〜〜!(賛成〜〜!)

2018-06-19

アニメウマ娘を全話視聴したので感想ポエム)を書く

最初は舐めた態度で視聴してたんだけど、意外に作り手が本気だったことに気づき途中から正座視聴させられるやつー! だった。

SNSを見渡しても基本ポジティブ感想が多くて、成功裏に終わったと言っていいと思うけど、それは作り手がアニメに対しても競馬に対しても真面目だったからかな、と。

舐めてた俺が最初に「おっ」と思ったのはOPを見たとき。ゴルシワープ2012年皐月賞。道中ほぼ最後方に居たゴールドシップは、最終コーナーで他馬が避けるほど荒れていた内ラチ沿いを猛然と突っ切って15頭ごぼう抜き。直線を向いたときは3番手に躍り出ていた。ゴルシを語る上で外せないレースひとつ)が描かれていて、「ひょっとして……」と思って見返すとサビに入ってから映像は各ウマ娘の名レース集になっていた(ダスカ:右回りかつ他馬をちぎっているので2008年有馬記念ウオッカ左回りで他馬を縫うように進んでいるので2009年安田記念、ゴルシ:前述どおり、テイオー:右回りかつ後ろにハヤヒデ歓喜の涙で1993年有馬記念マックイーン:右回りかつ雨ということで1990年菊花賞1993年宝塚記念、スズカ:左回りかつ4角先頭+2番手3番手勝負服から1998年天皇賞秋(の夢の向こう側))。

ただまあモデルとなった馬の有名レースぐらいはチェックするか、とその場は納得したんだけど、1話ラストで「日本一ウマ娘とは?」と問われたスズカが「見ている人に夢を与えられるような、そんなウマ娘」と答えたとき、これはひょっとして、と初めて期待を抱いた。

ところでウマ娘コミカライズもされているが、アニメに先駆けて始まったそっちはレースメインじゃなくキャラ内面を掘り下げるような内容になっている(『STARTING GATE!』)。オグリが怖い先輩として誤解されたり、スズカやスペがエアグルーヴと模擬レースをしたりと史実からも離れている。アニメもそういったオリジナル色の強いコンテンツに仕上げる方向もあっただろうが、おそらくいろんな考えがあって98-99年の競馬界に即した内容となった。結果的大正解だったわけだけど、アニメファン競馬ファンの双方を満足させることが必達というかなり難しいお題に制作スタッフは挑むことにもなった。

1-3話、つまりスペがスピカに入って皐月賞に負けるまでかなりスピーディに展開する。1話スピカ加入まで、2話は新馬戦、3話ではきさらぎ賞弥生、そしてなんと皐月まで行ってしまう。そして穴に向かって「お母ちゃんに勝ったところを見せてあげたかったのに……!」。競馬ファンとしては「ずいぶんと早いな」、「でもアニメとして考えるなら妥当スピード感かな」、という感触

新作アニメが毎クール大量に作られる昨今、3話までに一つの山ぐらいないと切られてしまうだろう(遅いぐらいか?)。ウマ娘テンポよく世界観を示し、キャラとその目標を示し、初の挫折と復活を期す姿でそれに応えた。いずれもクオリティが高く見ていて純粋に楽しめた(1話ラストのように「来週デビュー戦だ」「ふぇ? え? え? うぇ!? う"ぇ!? えーっっっ!?」のように笑いとストーリーを混ぜ込みながら話を進行させる手腕は高く評価されていいと思う)。まずはアニメとして純粋に楽しめる代物を、という制作側の意気込みをしっかりと感じられた。

なら競馬ファンとして見た時どうだったのか。これも意外や意外、思わず反応したくなる小ネタ満載でしっかり満足できる出来だった。スペが初めてナマで目撃するレースサイレンススズカ伝説の幕開けとなる1998年バレンタインSで「分かってるじゃないか」と思わず愉悦顔になってしまうチョイス。解説元中ジョッキーで日曜の15時に競馬番組をつければだいたいパドック解説をやってるホソジュンこと細江純子まさかの本人登場での担当だし、主人公たちが話している後ろではオグリ大食い披露する。19世紀伝説的名馬エクリプスをぶっこんできたと思えば、タイキプール調教で鍛えたネタをしっかりと拾う。NHKマイルCエルコンが出走するニュースJRAブランドCM意識した作りだったし、スペシャルウィークが他のウマ娘を見たことがなかったという設定も母馬キャンペンガール出産直後に亡くなったエピソードをしっかりと踏まえてきた(育ての親が外国人ぽいのは育成を担当したスタッフニュージーランド人だったかららしい)。

しかもただエピソードを引っ張ってきて終わりではなく、しっかりとアニメストーリーラインに落とし込むところが好感度大。特に良かったのは1999年京都大賞典スペシャルウィークは7着だったか無視するかなと思ったのにちゃんと取り込んだのを見たとき、思わず唸ってしまった。

だって描かれた1999年宝塚記念。ここでスペシャルウィークグラスワンダーの2着に敗れる。怪我から復帰したスズカにかかりっきりで上の空だったスペはグラスワンダーの本気の前に屈してしまうのだ。これは実際に凱旋門賞への挑戦を検討していたことやグラスワンダー主戦の的場ヒットマンぶりと連動しており、このネタの取り込みっぷりもすごいのだが、もっと凄いのはこのレースに敗れたスペが2度目の挫折と復活を穴に向かって叫んだ直後のレース京都大賞典だ、という点だ。

復活を期すスペシャルウィークアニメ的な展開を考えれば、ここから上り調子で大願を成就するのが普通だろう。しか史実では単勝1.8倍のまさかの7着。スペシャルウィークが唯一複勝圏はおろか掲示板も外したレースであり、アニメの流れの中では非常に扱いづらい。だから当然なかったことになるだろうと思っていた。と同時に、スペはお母ちゃんお母ちゃん言うけれど、基本的には実家でスペの応援してるだけだよなあでもまあトレセン学園に来るわけでもなし出番ないよなあと思っていた。そこにまさかの合わせ技。スペがやる気を出しすぎでオーバーワークになって敗れた、それを見たトレーナーはスペを実家へ放牧に出した――という展開になってそうきたか、と。アニメストーリーと相性の悪い史実ちゃんと取り込んで必然とも言えるストーリーライン昇華していく。アニメとしても競馬としても良いものにしたい。スタッフが知恵を絞ったから両方から見て納得の展開に仕上がったのだろう。

ここまでやられてはもう認めざるを得ない。むしろ舐めてかかったみずから不明を恥じるばかりだ。

そしてそんな魂のこもった仕事に、「夢」を見た。ここまでやってくれるスタッフなら、競馬ファン見果てぬ夢を、見せてくれるんじゃないか――と。

そんなこちらの高ぶった感情を見抜いているかのように、トレーナーが折に触れて「夢」を叫ぶ。

「お前、日本一ウマ娘になるのが目標だと言っていたな。日本一ウマ娘ってなんだ」

「俺はお前たちがレースに出て先頭争いをしているところが見たい! それが今の俺の夢なんだ!」

「俺は全力で走るあいつらが好きだ! これからもずっと見ていたい!」

そう、夢。

ファン競走馬に夢を見る。

牝馬でありながらG1通算7勝、そして何より64年ぶりに牝馬ダービー制覇という常識はずれをやってのけたウオッカ

驚異的な二枚腰で数々の牡馬を屠り、生涯連対と37年ぶりの牝馬有馬記念勝利を達成したダイワスカーレット

配合からローテーションから馬主情熱が注ぎ込まれた結果、世界の頂にあと一歩まで迫ったエルコンドルパサー。

夫の遺志をついだメジロのおばあちゃんの下、春の盾・親子三代制覇という前人未到の偉業を成し遂げたターフの名優メジロマックイーン。

年間8戦全勝というレジェンド世紀末にターフへと降り立った覇王ことハナ差圧勝テイエムオペラオー

偉大なるサンデーサイレンスの初年度産駒であり幻の三冠馬と言われたフジキセキ

無敗で三冠という偉大すぎる戦績。強すぎて退屈とさえ言われた皇帝シンボリルドルフ

親子三冠という夢に挑み無敗で二冠を達成するも骨折に泣き、勝つか着外かという好不調の波に悩まされ続けた末に1年ぶりの有馬記念奇跡復権を果たしたトウカイテイオー

シンボリルドルフ以来10年ぶりに誕生した三冠馬皐月賞を3馬身1/2差、東京優駿を5馬身差、菊花賞を7馬身差と同期をまったく相手にしなかったシャドーロール怪物ナリタブライアン

新・平成三強の一角デビュー以来15戦連続連対という離れ業をやってのけた、顔デカ兄貴と書いて何でもできると読むビワハヤヒデ

3歳から6歳までG1戦線活躍し、親子二代の優駿牝馬制覇、17年ぶりの牝馬による天皇賞優勝、年度代表馬選出とウオッカダイワスカーレット時代先鞭をつけた女帝エアグルーヴ

3歳戦を無敗で制するも骨折から始まった低迷と復活を繰り返しながらスペシャルウィークエルコンドルパサーといった同期としのぎを削り、グランプリ三連覇を達成したワンダホースグラスワンダー

世界種牡馬代表産駒として8戦8勝、3歳王者戦を大差勝ち、2着馬につけた着差の合計は61馬身など数々の伝説を打ち立てるも持込馬という生い立ちからクラシックに参戦できなかったスーパーカーマルゼンスキー

クラシック初戦は荒れた内馬場を通ってワープし、春の盾は2角からというまさかの超々ロングスパートで勝ってしまい、三連覇に挑んだ春のグランプリではゲートで立ち上がり信じられないほど出遅れとターフ内外での茶目っ気でファンを魅了した新・芦毛怪物ゴールドシップ

牝馬牡馬に勝てないという時代にあって対等以上に渡り合い、94年の有馬記念では絶頂期のナリタブライアンに真っ向勝負を挑んだ脅威の追込馬・女傑ヒシアマゾン

地方笠松から殴り込んで中央競馬界を席巻。先輩タマモクロスとの競演で芦毛伝説をつくり、連闘(!)で挑んだジャパンカップにて2分22秒2という世界レコードの前にタイム差なしのクビ差2着に敗れるなど数々の死闘身体ボロボロにしながらも有馬記念で見事に引退花道を飾って多くのファンに大きな夢を見せたスーパーアイドルホースオグリキャップ。

武豊ダービーだけは勝てない。そう言われていた天才に悲願のダービー制覇をもたらし、凱旋門賞モンジューも降した日本総大将スペシャルウィーク

そして、サイレンススズカ

1000mを57秒台という無謀とも言えるラップで逃げながらもそれが本馬のペースとジョッキーに言わしめた異次元逃亡者

しかし大欅の向こう側に散って悲運の最期を遂げてしまったサイレンススズカ……。

ウマ娘は、1998年競馬ファンが抱いた夢、志半ばで霧散したその夢にまっこうから挑んだ。始まる前の俺なら「いやいやスズカの伝説ってのはそんな簡単もんじゃないんだ」と言っただろう。しかウマ娘アニメとしての面白さ、そして制作陣の競馬に対する真摯な態度の前に、スズカの夢の続きJRAブランドCM「夢の第11レース」を見せてくれることを期待するようになった。

そしてウマ娘は見せてくれた。競馬ゲーム生産した「サイレンススズカ」を走らせ、ひとりこっそりそして虚しく見ていた夢ではない、ある意味で本物の夢の続きを。

いや分かってる。所詮アニメじゃないか、それこそ本物のサイレンススズカは大欅の向こうで散ったじゃないか。その通りだ。それがまごうことな真実だ。でもあの時に涙を流した競馬ファンみんながいっしょにサイレンススズカ夢の続きを見られるとしたら、これが最初最後じゃないか――そんなふうにも思える。

それぐらいアニメウマ娘馬鹿正直に、大真面目に、こっ恥ずかしいほどに競馬が見せる「夢」に挑み、そしてやり遂げてくれた。

トレーナーは夢を叫ぶ。そしてときには叱り、ときには励ましながらウマ娘たちを応援する。「俺がついてるぞー! どこまでも走れー!」

競馬ファン自分の好きな馬を応援するとき気持ちトレーナーは代弁してくれた。彼は競馬ファンのものだった。そして競馬を知らないアニメファンにも競馬を好きになってもらえるんじゃないかという期待を抱かせるほどカッコ良かった。

ウマ娘競馬ファンにとって最高のご褒美だった。

こんな未来があるなんて、大欅の向こうに散ったスズカを見たとき思いもしなかった。

からありがとう、とすべての制作スタッフに言いたい。

そして何より、オタクであってもちょっと引いてしまうようなアレなコンテンツに愛馬の出走を許した権利者の皆様に心から感謝を。

あなたたちの勇気ある決断のおかげで本当にいいものが見れました。ありがとうございました。

 

※おまけ

あんまり競馬に詳しくない人がもしここまで読んでいるのなら以下の動画をぜひ見ていってください。もうちょっとウマ娘競馬が好きになれるかもしれないから。

[ウマ娘]OPプロの実況と解説を付けてみた - nicovideo.jp/watch/sm33239562 ※サビにご注目。東日本G1ファンファーレで始まる構成も秀逸

ブランドCM 「夢の第11レース」 120秒編 - youtube.com/watch?v=kcv3D26GjWA ※最終話WDT元ネタ

ウマ娘JRACM 夢の第11レース ウマ娘Ver. - nicovideo.jp/watch/sm33399077 ※この人の動画ほんと好きなんだ……

ガチ実況】ウマ娘:ウィンタードリームトロフィー - nicovideo.jp/watch/sm33385387 ※最終話ネタバレ

【THE WINNERグラスワンダー ウマ娘ver. - nicovideo.jp/watch/sm33232892 ※かっちょいい

ウマ娘JRACM キングヘイロー ウマ娘Ver. - nicovideo.jp/watch/sm33252425 ※かっちょいい

競馬CM2012年JRA G1レースCM上半期総まとめ - nicovideo.jp/watch/sm18106839 ※↑2つの元ネタ。そしてライスシャワーがかっこよすぎて痺れる

競馬CM2013年JRA G1レースCM上半期総まとめ - nicovideo.jp/watch/sm21202474 ※テスコガビーが曲のマッチ具合も含めて最高。ちなこれと↓はポプテピピック神風動画制作

競馬CM2013年JRA G1レースCM下半期総まとめ - nicovideo.jp/watch/sm22387914 ※オペラオーの「その馬は完全に包囲された。道は、消えたはずだった」からの流れが激熱

競馬】第49回毎日王冠 サイレンススズカ - nicovideo.jp/watch/sm4584692 ※あのエルコンに影も踏ませないスズカ

1999年 第78回凱旋門賞 日本語実況版 - youtube.com/watch?v=IrIH0SNUt2M ※世界の頂への挑戦

1999年(平成11年) ジャパンカップ スペシャルウィーク - nicovideo.jp/watch/sm16283421 ※エルを降したモンジューを、日本総大将が迎え撃つ

競馬】第44回有馬記念 グラスワンダー(画質向上) - nicovideo.jp/watch/sm4026592 ※最後は最強の二頭

2008.11.02 第138回 天皇賞(GI) - nicovideo.jp/watch/sm5198792 ※ダイワスカーレット差し返すところ泣いてしまう……

(競馬) トウカイテイオー 1993第38回 有馬記念 (奇跡の復活) - nicovideo.jp/watch/sm5913 ※364日(1年)ぶりのレースG1制覇は史上初

競馬1990年 有馬記念オグリキャップ) - nicovideo.jp/watch/sm1170176 ※オグリ燃え尽き……からの復活ラストラン。なんてご褒美だよまったく

 

※おまけのおまけ

競馬根岸S ブロードアピール - nicovideo.jp/watch/sm998264 ※すごい追込+青嶋バクシンオー渾身の実況

1997 エリザベス女王杯 エリモシック - youtube.com/watch?v=Q0R2cQ2kJ1E&feature=youtu.be&t=249 ※グラス主戦の的場のすごいレース馬場さんの実況がかっちょいい

2018-05-03

彼の甘さ

アルコールや薬物依存のヤツにさ、お前が悪いんだよって断じてそれで何か良いことあんの?

周りが支えてやんなきゃ依存症っていう病気は克服できないよな?

そりゃあアイツはクビでいいと思うよ。しでかした時代タイミングが悪かった。

でもさ、好感度最強のスーパーアイドル様としてさ、「こういうことになった以上彼と一緒にはやっていけない。ですが、友人として、彼のアルコール依存からの脱却を支えて行くことだけはどうかお目こぼしいただきたい。」

くらいの感じが欲しかったなぁ。

アルコール依存は甘え、薬物依存も甘え、ニコチン依存も甘え、鬱も甘え。

風邪をひくのも足が遅いのも頭が悪いのも全部甘え。

じゃあさ、メンバー異変に気づかなかったのも甘えな。お前ら全員クビな。

ってなっちゃうじゃん。なっちゃうんだってば。

悪いことは悪い。それは法律だの社則だのに則って処罰すればいいよ。でもさ、家族友達の支えがなきゃ立ち直れないよ…

2017-08-29

ファン

最近自担である本髙克樹くんのファンサが話題になっていますが去年私がもらったファンサがスーパーアイドルだったので自己満で書きます同担さんにはこれから先の閲覧をお勧めできません。

それは去年のサマーパラダイス勝利公演での出来事三曲目のシーサイドラブで事件は起きました。曲が始まってからなんとなく何回もこちらに視線を送っている感じがしました。しか振り付けがあるダンス曲でしたし、こっちを見てるなんてあまりにも曖昧だったのでどうかなって思っていたところでやってきたサビ直前の「シーサイドラonly you」。なんとonly youのところで指差しされたのです。いたずらな感じに、でもとても可愛らしく笑ってました。確かに何回もこちらに視線を送っているうちに最後の方は私が本髙担であることを確認するような感じになっていたので狙ってonly youで指差しされた事実がすごく幸せでした。

私は1公演しか入らなかったので他の公演でもきっと誰かにonly youタイミングで指差ししてるんだと思っていました。しかDVDが届いていざ見てみるとしっかり踊っていて指差しはしていませんでした。収録のカメラが入っていたからやっていなかったのかもしれませんが私は本髙くんのonly youだと信じて生きていきます(イタイ)

1年越しになっちゃったけど良い思い出をありがとう、本髙くん

2017-08-15

魔法少女劇中劇

未完

プリキュア

魔法少女

田村ゆかりリリカルなのは
クレヨンしんちゃん

参考になった過去のまとめ

2017-04-28

集中砲火を浴びるので表では絶対に言えないけど、みずほisベルハーと言われ続けてたみずほって、歌は下手だしルックスも群を抜いているわけではないし、初期メンバーなのにベルハー崩壊まで歌がズコーのままだった(2SoundDownの歌い出しとかに顕著。ひどすぎる)のが本当に不可解。ゼアゼアの新メンバーのさえきやかりんボイトレに行ったりしてるのでなおさらそう思う。

田中みずほに拘って、みずほがいなくなるからという区切りベルハー解体してしまったのは田中の肩入れ以外の何物でもないし、そりゃあーやんは病むよ。ベルハー解体田中の私情。

カイちゃんはオタいっぱい抱えてるし、れーれはアイドルとしての素養がある、ゼアゼアを引っ張っていってる、あーやんはソロ転向甘楽は顔で叩かれても歌とパフォーマンスって武器があるからグループ作ってもらえたけど、みずほには一体何があったんだろう。ベルハーなしではアイドルでいられなかった、ベルハーに最も依存してたのはみずほだったんじゃないのか。魔物移籍したみずほはもう前みたいに支持してもらえない。みずほベルハーだったんじゃなくて、ベルハーしかなかったのはみずほだったんじゃないのか。

ベルハー時代みずほ神格化されてたのが本当に理解できない。ベルハー活動スタイルにはまるという奇跡が起きなかったら、みずほは一生埋もれのままだったと思う。みずほのいたベルハーを未だに夢見てるオタたちがゼアゼアを否定してるのもクソすぎる。ゼアゼアは良いグループだよ。ベルハーグダグダ感が薄れたのは事実だけど、夢はスーパーアイドルになることって言ってるれーれが引っ張るんだから必然的に隙がなくなる方向へ向かうだろ。セトリにエッジ、サーカス、アスマが入ってるのも比べて叩く原因になるんだろうが。

みずほカリスマはない。あったとしても魔物移籍で全部ぶち壊していった。

2017-02-23

Funky8について

私の担当はこの8人の中の1人だ。最初こそ、8人でコンサートを、8人でグループを、8人で曲をと言っていた。でももう、それも過去形だ。諦めたとは言いたくないが、8人括りになってもうすぐ2年。それなのにこの状況ということはもう答えが出ているという風に捉えた。

私の担当はそれこそ、8人の中では干されだ。彼の担当で8人に対してこういう風に思っているファンは少ないだろう。そして彼はおそらく、8人の中で一番早くここから去るだろう。

8人の中で、8人を強調する人は自分の居場所がほしいからなのか、逆に8人に特に拘りを持たない人は自分だけの力でも這い上がろうという気持ちがあるのか。本人たちの言葉はどこまで本音なのかわからいから言えないけど。

8人でいることが足手まといになるなら、上に這い上がれない理由になるなら、ここに留まってしまうなら、8人でいなくていい。上に上がりたい人は勝手に大きくなってほしい。とりわけ真ん中にいる2人にはそう思う。

話は前後するが、京都マラソン応援にいったとき、Funky8の文字をたくさん見た。正直恥ずかしかった。走っているのは2人なのに。あなたたちはいったい誰を、何を応援しに来たの?という気持ちだった。純粋に2人を応援したくて来た私には到底理解しがたい光景だった。

もっとガツガツしてほしい。仕事がほしいなら自ら掴んでほしい。こいつに仕事が来た俺には来ないのが悔しい、そう思ってほしい。春夏冬の松竹座ジャニーズWESTコンサート それだけで一年を終えないでほしい。お願いだから自分を、未来を諦めないでほしい。諦めた人間応援できるほどファンは強くない。8人でいることが100%正解ならそうすればいい。だけど1%でも、誰か1人でも違うと感じるなら、もっと考えてほしい。グループになること、括りであること、これからどうしたいのか。

散々言ったが、私は8人が、担当が大好きだ。特に担当には幸せになってほしい。たとえこ世界でなくても。そしてデビューしてスーパーアイドルになると語る別の彼には、絶対デビューしてほしい。だから、ここでなくてもいい。自分が一番輝ける場所方法ジャニーズとして幸せになってほしい。そしてその幸せを、たまにファンにください。

8人の未来の扉が、いずれ開かれますように。

2017-02-07

大橋和也くんにデビューしてほしい話

私は某ジャニーズJr.応援している。タイトルの彼とは違う。だけど私は大橋くんにデビューしてほしい。彼は自分スーパーアイドルになること、デビューしてファン笑顔幸せにすることが夢だと、目標だと幾度となく語ってきた。彼が入所して8年が経とうとするが、その言葉は変わらず言い続けている。

彼はその見た目からファンかわいいかわいいと甘やかされて(?)きた。その代わり、他のJr.は彼のことを厳しく(笑)してきた。彼はアイドル必要能力をたくさん持っていると思う。ダンス、歌、アクロバット。旗を振るのはうまい、ターンが綺麗、笑いの才能は置いておいて、彼が負けず嫌い努力してきた成果と才能が見事に合わさっている。

私は彼の才能がたまらなく好きだ。彼の歌声を初めて聴く前、私はずっと大橋くんは絶対歌がうまいと周りに言っていた。根拠なんてないのに。でも本当にうまくて見たか!という気持ちになった。彼はどこにいても目を引く踊りをする。気づいたら彼を目で追っている。彼の才能が羨ましくもある。同時に勿体無い、と何度も何度も悔しい思いをした。一ファンがこう思っているなら本人は何倍も悔しいだろう。彼が認められる世界に行ってほしい。彼をジャニーズアイドルとして認めてほしい。どうか、彼だけでも認められてほしい。最近はそう思うようになった。彼と彼らを知ってから、ずっとずっと8人を応援してきた。8人であることに意味があると呪文のように唱えてきた。だけど、いつも8人の先頭にいる大橋くんと、もう1人の彼を見ていると8人だと言えなくなる自分もいた。悔しかった。自分が一番大好きな彼はいつも後ろだから。そして彼はいかいなくなるから。括りに拘ることなく走り続けてどんどん大きくなる大橋くんを見て羨ましかった。大人の事情とか、推され干されとかあるだろう。大橋くんと彼は同じ括りにいるのになにが違うんだろうとたくさん思った。思ったってしょうがないし変わらない事実なんだ。割り切るしかないんだ、今の彼を見られるのは今しかない。自分が一番大好きな彼には幸せになってほしい。言われなくても幸せになれると思うけど。それがデビューでもそうでなくてもなんでもいい。自分が好きになった人には幸せでいてくれたらそれでいい。

趣旨がずれてきた。大橋くんはデビューすることでファン幸せになれると思っている。すごいことだ。需要供給が合わさっている。いいぞ、もっといけ。私は大橋くんにデビューしてほしいというか、大橋くんはデビューすると思っている。だって彼がデビューすると言ったから。彼がデビューするその日まできっと完全にオタ卒というものはできないだろう。それはそれで楽しい。ぜひ見届けたい。終わり方がわからなくなったのでとりあえず終わってみる。

きみがデビューすることが私の夢です。まあ私、大橋担じゃないけど。

2016-11-20

[] 律子「え? プロデューサー勝負?」

律子「いいでしょう、私も伊織たちをプロデュースして早幾年、負けませんよ!」

P「ルールは、まず自分担当アイドルを一人決める。

その後、この超A&Gの番組でよくみるボックスにうちに所属している全アイドルの宣材が入っているので、そこから一枚引く。

そして、そのアイドル自分担当アイドルの絡み語り、審判がどっちがアイドル力があるかを判定するんだ」

律子「じゃあ私の担当アイドル亜美です」

P「俺は愛海だ」

律子「え? この世界観は346プロ765プロ合併してるんですか?」

P「え? あ、あーそれもそうか、うーん、じゃあそういうことで」

律子「ちなみにこの箱の中身ってもしかして

P「よく考えてなかったから、魔王エンジェルとかゼノの春香たちとか新幹少女とかもいるよ」

律子「だいたいわかりました」

P「よし! それじゃあ審判ARISA! じゃかじゃかを頼む!」

ARISA「じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか。じゃん!

矢吹可奈』ちゃんです!」

P「お歌のトレーニングにはお山登りをされながら歌うといいらしよ、という愛海の嘘を真に受ける可奈。

さっそくお山マッサージを受けながら歌唱トレーニングを始めるも、さすがの愛海も健気に一生懸命頑張る可奈に心打たれ……

そうになるも、一切気にせずお山登りを満喫する愛海だった」

律子「輝きの向こう側の世界線で、バックダンサーを経て成長した可奈だったが、自分が好きなアイドルが本当に春香だったのか? という奇妙な違和感を覚える。

そのとき亜美自分が妹なのか姉なのかがいつのまにか入れ替わっているような気がしてくる。

二人は『極めて近く、限りなく遠い世界に』想いを馳せ始めるが、それは全並行世界を巻き込むスーパーアイドル大戦の始まりでもあった……



律子ARISA! じゃかじゃか判定タイム!」


ARISA「じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか。じゃん!

律子さん!」


P「えええー! あんなの別にどのアイドルでもできるだろ! 亜美と可奈関係ないだろ!」

律子「いえ、ここまでクリティカルな内容の設定が改変されてるのは珍しいですよ」

P「むむむ……」

律子「まあ、愛海のことをお山登りという側面でしか捉えられない了見の小さいプロデューサー殿とは違うということですよ」

P「くそおおお!」


b:id:msdbkm P「ただいまー」

b:id:type-100 P「ただいまもどりましたー」

P「よし! 他のプロデューサーも戻って来たし、こいつらも巻き込んでもう一度勝負だ!

俺の愛海は理屈と軟膏のように誰とでもくっつけられることを証明してやる!

ARISA! じゃかじゃかしてブコメトラバ募集するアイドルを選ぶんだ! 上の二人以外も参加して構わないぞ!」

ナナシスキャラが出て来て、 b:id:cider_kondo さんが乱入する茶番がある予定でしたが、ナナシスしらないの省略します)

ARISA「じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか。

日高愛!」

2016-11-13

「nekoraの名台詞五十選」

nekoraがいなくなって、彼のブコメを忘れてしまう人もいるんじゃないでしょうか?

ですが、nekoraはかの名言メーカー野原ひろしのように数多くの名言を残しています

改めてそれを振り返りましょう、みなさんも思い出したらブコメトラバしてください。

「見つめてるだけじゃ、ノンノン、届かない」

「散文的に時には詩的に」

「今広がる世界ノットファンタジー

「そこに人がいなくちゃ街は空虚な箱さ」

「うまく言えない、うまくできないこと、夢中で睨みつけた鏡の向こう」

「開けた窓から空に尋ねた、俺たちこの夏どうなんだい、ねえ」

「君は隣に座った、当たり前のようにね、偶然であったから送ってあげるだけさ、仲の良い友達だと自分に言い聞かせてる、カーブきるたびに揺れてる君の長い髪」

「止めないで君の呼吸、時は戻せないけど、運命はこの手の中、動き出すから

ピンクの噂が二人を近づけて、あー、私は敏感情熱また一人」

「昔の恋人のくれた目覚まし時計を何度言われてもずっと使ったの気にいらない」

「頭の中お花畑だとか少女漫画だとか、なんだってどうだっていい」

河原の道を自転車で走る君を追いかけた、思い出のレコード大袈裟エピソードを、疲れた肩にぶら下げて、しかめつら眩しそうに」

「今じゃクラブ顔パスなの、ミニスカートお気に入り友情の輪って大事から当然でしょ携帯電話、とても人には言えないバイト、頑張って手に入れたの」

「一人じゃない、僕ら繋がってるから

「大きくなったならなんになる、たくさんあって迷っちゃうけど、やっぱり白いフリルドレスをきた、可愛いお嫁さんでしょ」

「状況は悪いが、ただ逃げ出すんじゃ根性ないな」

「仲良し通し見せ合いっこ、少女雑誌の診断、それは恋の病です」

「口ずさむメロディーが思い出させてくれる」

「ほら君の今までが、僕の中にあるから、一人だけど一人じゃない、もう寂しくなんてないから」

「もしもこの世界が消えても、きっと君は、戦いが正義だと信じ走り続ける」

「真っ白い地平の向こうからあいつの影が俺を呼ぶんだ」

シルクベットで、愛し合おう朝まで」

「君の瞳の中、生まれたばかりの、夢へのかけらを、強さに、変えてゆけ、時代に飛び込む勇気ダイバー

「元気でねー、頑張ってねー、手紙書くねー、たまにあえるかよねー、なんでかな寂しいのに寂しいよ、と言えなかった」

「いつも探してる、みんな歩いてる、けれどまだどうにも見つからないことばかり、だけど探してく、だけど歩いてく、誰もがみなそれぞれ自分生きている」

シフォンケーキカスタードスコーンクロテッドクリーム

「ほら坊主が屏風に上手にキョンシー二千体」

「そっとファインダー覗いたら、想像よりずっと遠くに君がいる気がした」

「街の人混み肩ぶつかって一人ぼっち、果てない草原風がぴゅぴゅんと一人ぼっち、どっちだろう泣きたくなる場所は、二つ○をつけて、ちょっぴり大人さ」

「夜の加速度背中押されて、糸が切れるように、ただ君を君を強く抱いてた」

「本当の私のこと、どれくらい知っている? これくらい、もーっとくらい、そんなのなんじゃたりないくらい」

「だから叶えたい願いには順番をつけて並べておこう」

「突然ふたり恋に落ちた」

「僕らはムチャもするけど、泣きたいときには泣いちゃってオーライ

「そうそれが大往生大復活最大往生

「この辛さをさあ、分け合いましょう、さあ!」

私たち正義のために戦います、たとえそれが命をかける戦いであっても、私たちは一歩も引きません、それが帝国華撃団なのです」

「電源ONさ始めよう、音速ソニック超えてゆけ」

「恋はよくばりだね」

「私じゃない私、真実は見たくない」

「たとえなにが、おきたって、決して負けない」

自分価値自分で決めるものさ」

「誰にも譲れぬもの、熱く燃えているデザイア」

「目指せスーパーアイドル電脳風な見た目も人気があるみたい、もしかしたらオリコン一位も遠くないかもね」

「それでも人は愛のため何度滅びても生きる、この空の向こうに君がいるなら、この羽で飛び跳ねて、今あと少し君に届きそうな、指先を伸ばしているのに」

「忘れない優しい微笑み、悲しさ隠した瞳を、願うこと辛くても、立ち向かう勇気君にもらった、だから行くね」

「大好きなあなた仕草を指折り数えて、立ち止まり星空見上げて、幸せ感謝しよう」

「いまね、マジカハピネス、ドキドキしてます、君が大好きです」

「君の香りをずっと今でも覚えている、母の暖かな優しさに似てる」

希望だけでは終わらせたくない、この弱さを超えていこう。けっして消えないトモシビを燃やし続けたい」

2016-03-28

ビールCMオタク系の人物が登場しないのは不公平であるとおもう

どうせビールCMの次にスマホゲーのCMつんからスマホゲーに興じるオタクが独りだけど味わい深く楽しんで飲んでるCMとかつくってくれればいいのにとか思う。

実際飲み会で飲むビールは味なんかしないけど、独りで部屋で自分のペースでちびちび味わうビールの旨さったらないよね。

追記

オタク系でも当然CMにでてくるのはタレントですからブクマにもあったスーパーアイドルのニノとかパンサーの通風管とか遊戯王風間とか制服西田とかHDビジュアルに耐えるオタクって普通にいるじゃん。個人的にはマモ一人でも行けると思うし。

ところでなぜにどうして、この二行が100ブクマオーバーなんだよ……。

2015-02-21

女子名前の末尾の変遷

明治=テル(江戸時代からの流れで女子カタカナ二文字か三文字が主流)

大正=テル子(諭吉先生の影響他で、中国孫子などにあやかって頭がよくなり勉学で身を立てられるようにと○子が付くようになる)

昭和=照子(オール漢字でも怒られなくなる)

昭和60年代=照代(○子への飽きと抵抗が見られる)

昭和80年代=照恵(スーパーアイドルの影響)

平成前期=照美(名前の中に『美』を連想させる文字を入れても恥と思わなくなる)

平成中期=照菜(落ち目出産アイドル野菜ソムリエを取るなどあったかもしれんが、なぜか菜っ葉の菜が好まれるようになる)

現在=輝瑠那(教師よりもモンペが強い構図が決定的なものになると、キャバAV嬢ご用達のオッサンが読めないゆるふわネームも当然のものとなる)

結局漢字検索するツールになるものが下々にまで普及し、辞書PCスマホと利用価格が下落とともに、字面が細かい面倒な漢字が多用される傾向にある。

そんだけだ。

2014-05-08

にこにー回(4話)のまとめ

ネタバレ注意

あらすじ(公式サイトより)

http://www.lovelive-anime.jp/prologue.html

地区予選を見事突破したμ's。ライバルのA-RISEも同じく地区予選を突破したと知り、ますます気合いが入る。

そんななか、なぜかにこが練習に参加せず帰宅してしまう。怪しく思った穂乃果たちはにこを尾行し、スーパーで買い物をしているところを目撃する。

追いかけるものの、振り切られてしまメンバー釈然としない一同だったが、そんな彼女たちの前を、にこによく似た少女が通りかかった。

その少女は、にこの妹だと名乗るのだが!?

アーカイブ化したらバ○ダイで見たらいいのか?

 

↑以降の話

両親が出張し、妹の面倒を見るために練習を休んでいた

にこの家では、にこがスーパーアイドルで、他メンバーは"バックダンサー"と刷り込まれている

(クソコラ画像まで作成して)

 

当然他メンバーは怒り、にこは謝罪。理由は・・・

家では元からそういうことになってるの。今日は帰って

メンバーによる考察が始まる。

一期や書籍アイドルダイアリー)で言及されていると思うが、

にこは一年の時からアイドル活動をしており、一度挫折。穂乃果達の計らいによりミューズメンバーとなった。

ダメになった時、ダメになったとは言い出せなかった。

にこっちが一年の時から、あの家ではずっとスーパーアイドルのまま・・・

プライド高いだけなのかな?アイドルに、凄い憧れてたんじゃないかな。

本当にアイドルでいたかったんだよ・・・

絵里が1年生の頃を思い出す。

一年生の時、私見たことある・・・

にこがスクールアイドルとして苦労していたことが伺える。

問題解決?

穂乃果の提案により、妹達に向けてソロライブを開くことに。

スーパーアイドルにこは、今日おしまいなの!

これからはここにいるミューズメンバーアイドルをやっていくの。

これからもっと新しい自分に代わっていきたい。

この9人でいられる時が一番輝けるの。

補足的なもの

2013-09-12

マスダ80年代女性アイドル論~南野陽子

80年代女性アイドル格付

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子論

マスダ80年代女性アイドル論~中森明菜論

マスダ80年代女性アイドル論~小泉今日子論

マスダ80年代女性アイドル論~インターバル

マスダ80年代女性アイドル論~薬師丸ひろ子論


南野陽子と言えば、『はいからさんが通る』です。『はいからさんが通る』は少女漫画代表的作品を挙げる時には必ず名前が挙がる作品ですが、70年代中頃の作品です。

薬師丸ひろ子論の中で、70年代にはマルキシズムの影響で、「女性男性のようにリーダーシップを執らなければならない」という思想が、少なくとも先進的な意識を持つ若い女性学校にはあった時代だったと言いました。その「あるがままの私」が80年代おい現実との軋轢の中で鍛え上げられていきました。70年代の「あるがままの私」が実は女性に無理を強いているのではないか、それは本当に「あるがままの私」ではないのではないかという問題意識体現し、生き方としてロールモデルを提示したのが松田聖子です。

しか70年代以前は、松田聖子はまだ存在せず、女性は無理を承知で男の真似事をしなければならなかったのですが、その時代ロールモデルフィクションの中にありました。

はいからさんが通る』もそのひとつです。この流れから80年代少女小説家たち、氷室冴子らが出てくるのですが、氷室冴子理想としてのフィクションいかに守ろうとしたかいか現実との狭間で苦闘を強いられたか彼女の作品と同時に、諸々の葛藤を描いたエッセイをお読みになればあの時代少女意識彼女たちが直面した現実が分かるのではないかと思います

アイドル論を無理やりフェミニズムで語るつもりはないのですが、結果的にそれに近い感じになっていますね。それはアイドルたちが、時代ロールモデル少女たちの在り方を反映しているからです。

薬師丸ひろ子には王道的な、「党中央本部の作成したスローガン」のような無菌的な匂いを感じますが、南野陽子もっと現実寄りの人です。しか評論家的ではありません。南野陽子には確かにフェミニズム寄りの感性があるように見えますが、フェミニズムがその成り立ちから逃れがたい、アンチとしての批判性を濃厚に持っているとしたら、南野陽子にはそれはありません。

フェミニズムの到達地点が南野陽子にとっては当たり前の状況、出発点であるような、そういう印象があります

70年代にはフィクションで切り取られるしかなかった『はいからさんが通る』的な在り方が、現実に当たり前のように南野陽子の中には存在しています南野陽子は『はいからさんが通る』の作者の他の作品である菩提樹』にも映画主演していますが(『菩提樹』はおそらく大和和紀最高傑作です)、自分の足で立つヒロイン南野自身のキャラクター投影して演じています

 

南野陽子女子校出身ですが、プロフィールを見る前から私はおそらくそうなんだろうと思っていました。女子校出身者はしばしば、男性がいない状況で、ジェンダーとしての女性を内在化させないことがあって、すべての女子校出身者がそうではありませんが、自然独立心を持っている女性のかなりが女子校出身者です。

そうした女性社会への眼差しアンチでもなければ評論家的でもありません。あくまで自分もその一員であると言う、責任感を持っている、部外者性をあらかじめ排除しています

たびたび引用している松任谷由実の評ですが、彼女南野陽子について、

彼女自分を持っているから好き」

と言っています自分を持っていない人なんているんでしょうか。誰しも逃れがたく自分を持っています。けれどもその自分は幾層にも思惑や配慮や自分がこうなりたいというロールモデルによって塗り固められていて、剥き身の自分自分でさえ分からなくなっている、特に女性はそういう人がほとんどです。

この場合南野自分を持っているというのは、剥き身の自分を隠すことさえ考慮にない、そのある種の無鉄砲さ、清々しさを指しています。それは絶対的に、かつ盲目的に自分を肯定する、傲慢さとは似て非なるものです。その種の傲慢さは実は絶対ではないからです。

例えば自分が美しいということについて、南野はもちろんそれを自覚しているでしょう。多くの場合、それは自意識リンクして、自分をも値ぶんだうえで、他人を侮蔑することに直結します。それは多くの女性が、自分の武装と自意識を切り離して捉えることが出来ないからです。そうすることが出来ない、ということがジェンダーなのかも知れません。

南野場合は、要素として自分が美しいことは承知している、だからそれを活用しようとする、しか自意識はその要素とは別のところにあるのです。自意識は要素とはまったく無関係に絶対的に肯定されるものです。なぜならば自分自分であるのですから

比喩的に言うならば、南野自己に対する捉え方は企業家的です。アイドル南野陽子は商品であるので、南野陽子当人とは別のものです。これはアイドルを演じている、別人格というのではなく、南野陽子の商品性客観視しているということです。

表層に現れるアイドル南野陽子が、アイドルとして非常に典型的であるだけに分かりにくいかも知れませんが、南野陽子当人は理性的な、理が勝った女性です。そしてテレビアイドル南野陽子を見つめる南野陽子をも映し出すのです。

商品としての自分自分当人を分けて考える、このことを自分についても他人についても理解できない人がたくさんいます

今年の初めに亡くなった十二代目市川団十郎の父の、十一代目市川団十郎は腰が低い人でしたが、団十郎襲名してからは打って変わって尊大になりました。多くの人は彼当人が尊大になったと見たのですが、そうではなく、彼は団十郎と言う暖簾に対して敬意を要求したのです。歌舞伎役者ならば団十郎に最大の敬意を示すのが筋、悪評がたつことで彼個人には不利益になっても、団十郎の暖簾を守ろうとしたのです。

南野陽子も、尊大だと悪評が立つことが多い人でしたが、南野陽子と言う暖簾を大事にしろスタッフに言ったのだとしたら理解しやすい話です。非常に友人が多い人で、素が出やすい場面では気さくな人ですが、素のキャラクターアイドル南野陽子アイドル南野陽子経営者としての南野乖離があるのだとしたら、それは自分を見つめる目が極端に理性的からです。

 

素材として南野アイドルとして最高のものを持っています美人ではあるけれども、親しみやすキュートな顔立ちで、声も鈴が鳴るように可愛らしい。アイドルとして最高なので、それ以外では大成しにくいという弱点もあります

松田聖子中森明菜歌唱力で、小泉今日子は斬新なパフォーマンスで、薬師丸ひろ子は演技で大成したように、実は彼女ら、スーパーアイドルであっても純粋アイドルとしての性格を維持した期間はそう長くはありません。例えば中森明菜は、デビュー直後は肉感的な身体を水着を着て晒すなど、いかにもアイドル的なことをしていましたが、シングル3作目くらいからもう、歌唱をメインにした、アーティストとしての性格を強めています。『TANGO NOIR』の頃は皇后エリザベートもびっくりするくらいウェストが細くて折れそうなほどですが、デビュー直後はむしろやや太めなくらい、それくらいの方が男子には人気なのですが、性的アイコンとしての価値を斬り捨てて、表現を高めていった、そういう路線に入ったから「単なるアイドル」を越えた時代アイコンになったのです。南野にはそういう「先」はありませんでした。それはアイドルとして完成されていたからです。

何万人にひとりの逸材で、顔と名が知られるや否やあっという間にトップアイドル上り詰めたのは不思議ではありません。不思議なのはこれほどの逸材が長らく飼い殺しにされていたことです。意外とプロフェッショナルスタッフも分かっているようで分かっていない、そう思うことが時々あります南野が「下積み」を強いられたというのにもそういう感想を持ちます

角川三人娘のひとり渡辺典子美人系の女性アイドルとして人気が出るタイプではないのですが、オーディションでは彼女グランプリ原田知世が特別賞でした。むろん、人気も実績も原田知世の方がはるかに上の結果を残しました。

南野陽子大手所属すれば事情は違ったのかも知れませんが、彼女所属したのは、エスワンカンパニーという弱小事務所でした。この会社ピンクレディー楽曲で知られる作曲家都倉俊一氏が立ち上げた芸能プロダクションで、売り込みのノウハウがありませんでした。

堀越学園での彼女同級生本田美奈子岡田有希子高部知子石野陽子らがいましたが、彼女たちが仕事に忙しく早退してゆく中で、南野は焦らざるを得ませんでした。事務所があてにならない中、南野は一人で売り込みを開始し、自分プロフィール名刺作成して、テレビ局出版社を回りました。彼女にとって最初のチャンスになった週刊少年マガジングラビア仕事は、そうやって彼女自分で営業を行って獲得したものです。

このグラビア仕事から、『スケバン刑事Ⅱ』の仕事が決まり、一躍彼女トップアイドルになってゆくのですから、売れるうえで事務所には何の世話にもなっていないと彼女が思ったとしても当然でしょう。

エスワンカンパニー作曲家の個人事務所のようなもので、音楽業界はともかく演技に関しては指導育成のノウハウがありませんでした。器楽的な意味おいて、南野アーティストとして魅力に欠けるため、売出しに熱意が無かったのかも知れません。

横道の話になりますが、エスワンカンパニーには他に太田貴子所属しています彼女アニメ魔法の天使クリィミーマミ』に声優として主演したため(救いようがないくらい下手でした)、オタク層に支持されるアイドルになりました。しかし、自らの支持層であるオタク層を「気持ち悪い」と評したため、急速に勢いを失くします。アイドル親衛隊と言えば、ヤンキーが多かったのですが、80年代後半からオタク層が目立つようになり、以後、アイドルオタクのものになってゆくのです。

太田貴子南野はその端境にいたアイドルです。

女優業についてはエスワンカンパニーではマネージメントが出来なかったので、青年座マネージメント外注する形になりました。この結果、南野エスワンカンパニー青年座に両属するような形になってしまい、急速に売れっ子になると、彼女スケジュールを巡って両事務所が争い、頻繁にダブルブッキングが発生しています

南野スタッフに対して当たりが厳しい、厳しく叱責しているという噂はずっと以前からあったのですが、それを公に最初に示したのは浅香唯です。浅香唯芸能界裏話のような話で、

自分スタッフに大声で怒っていて、テレビ全然印象が違った。芸能界は怖いところだと思った」

みたいなことを言っています。一応名前は伏せてありましたが、誰がどう見ても南野とすぐに分かるように作ってありました。

後に南野週刊文春インタビューにてそれが事実であることを認めています。その理由として、クライアント迷惑をかけるダブルブッキングが頻発していたことを述べています

また、そのインタビューの中で、当初はまともにマネージメントを受けられなかったこと、転機になった仕事自分で営業活動を行ったこと、事務所独立時の確執についても述べています南野陽子独立を契機としてエスワンカンパニー負債を背負って倒産しているのですが、その負債南野が知らないうちに南野名義になっていて、数億円と言うそ負債南野が背負ったそうです。それが事実ならば刑事事件にもなるような話で、裁判に訴えれば南野負債を免れたはずですが、アイドル南野陽子がそんなお金にまつわる醜い振舞をしては、ファンを傷つける、だから裁判には訴えなかったと述べていました。

これは南野陽子側の言い分ですが都倉氏から反論がなされていないため、大枠では事実と考えていいでしょう。

その後数年、テレビから干された、と南野は言っていますが、プロフィール年表を見る限り映画の活動は活発でしたから、余り干されていたという印象はありませんが、90年代特にテレビドラマの影響力が強い時代でしたから、彼女ほどのコンテンツテレビドラマでは活用されていなかったのは事実です。

この時期、南野は状況を打開するために、単身、ハリウッド渡りユニバーサルスタジオの門の脇に立って、プロフィール写真関係者に配っています。誰にも知らせずに自分一人で行ったことですが、もちろんカリフォルニアにも日本人大勢いるわけですから、すぐにあの南野陽子がと噂になりました。とにかくものすごい行動力です。実際、オファーもいくつかあったらしいのですが、ちょうど日本での映画仕事がたてつづけに入ったため、その仕事は友人知人に回したそうです。彼女プロデューサーになっても大成したでしょう。

 

自分を持っている南野ですが、それが如実に表れたのは主演映画『私を抱いてそしてキスして』の完成記者会見での発言です。この映画は当時、日本でも広がりつつあったエイズ、その患者患者に対する偏見を描いた作品で、啓蒙映画的な意味合いがありました。日本でのエイズ患者の大半は実は薬害エイズによって感染していたのですが、当時、厚生省によって患者第一号に認定されマスコミにも登場したのは同性愛者の患者でした。これは、エイズ同性愛者の病気であり、薬害エイズを覆い隠そうとした当時の厚生省の思惑があったと見られています

橋本内閣厚生大臣を務めた菅直人によって薬害エイズ被害が厚生省ぐるみでの怠慢によって引き起こされたと明らかになったのが1995年、この映画はその3年前の制作ですから厚生省がまだ性病としてのエイズに焦点を合わせていた頃の映画です。

この映画ではヒロインが前の恋人によってエイズうつされ、エイズであることにショックを受けるけれども、新しい恋人にはそのことを言えずに性交渉を持ってしまう。その結果、妊娠して出産するけれども、その恋人の愛に包まれながら死んでゆくという内容です。

あり得ないと言うかほとんど犯罪なのはエイズと知りながら他人と性交渉を持つ」ことを「あなたを失いたくなかったの、許して」みたいに処理している点です。この「愛がすべてを癒す」みたいなご都合主義的な展開についてはこの映画社会問題を取り扱っているだけに記者から厳しい批判がなされました。

それに対して南野は、

「私もそう思います映画の内容はご都合主義です」

と言うような内容の発言を行い、映画のコンセプト自体を批判する形になり、同席していた映画プロモーターは狼狽し激怒していました。ことここに至るまでに、内部で南野は批判を口にしていたのでしょう。

 


続き

http://anond.hatelabo.jp/20130912100847

2013-08-21

80年代女性アイドル格付

ブログ開設しました。

http://hanabusatokiichi.hatenablog.com/

あまちゃん」見ていた甥っ子が、キョンキョン薬師丸ひろ子を見て、「この人たち、松田聖子より人気があったの?」と聞いてきた。

そんなゆとりな彼のために、80年代女性アイドルの当時的な感覚での格付けをやってみる。

第1位 松田聖子

代表作品:「青い珊瑚礁」「チェリーブラッサム」「赤いスイートピー」/『野菊の墓』など。

言わずと知れたアイドルの中のアイドル。絶対正義。高度経済成長から、安定成長へ、そしてバブルへと向かう世相の中で、松田聖子が時代を代表出来たのには彼女の生い立ちによるところも大きいと思う。一点の曇りもない地方の中産階級、そんな彼女には貧困も、学園闘争も、無縁だった。60年代加山雄三的なるものから70年代の四畳半フォーク時代を飛ばして直結していると言えるが、加山雄三が曇りが無いように見えても階級社会的な側面や敗戦国国民のてらいのようなものがあるのに対して、松田聖子徹頭徹尾能天気であった。彼女は日本が初めて獲得した、先進国アイドルであった。

第2位 中森明菜

代表作品:「少女A」「DESIRE」「難破船」/『素顔のままで』など。

80年代の曇りのない時代性に松田聖子シンクロしたのに対して、中森明菜は裏シンクロしていたと言えるだろう。彼女の性向が松田聖子的なるものにアンチであったわけではない。彼女自身、松田聖子シングルアルバムはすべて聞き込んでいることを公言しているように、彼女は松田聖子的なるものの渇望者であった。しかし彼女の生育環境が、松田聖子的なるものから遠い場所に彼女を置いてしまった。松田聖子は唯一の兄が普通に私立の進学校を経て早稲田大学を出ているが、中森明菜の家族の中には四年制大学を出た者はいない。松田聖子が家庭の教育方針も含めて「きちんとした家」の出であったのに対して中森明菜はそういう家の出ではなかった。山口百恵母子家庭で育ったゆえに貧しい環境の生い立ちであったが、後に彼女を利用しようとした父親を早い段階で義絶するなど、厳しい倫理観を持っていたのに対し、中森明菜の家庭は「四年制大学に行くのが当たり前の時代にあって、方法を求めれば大学に行けなくもないのに、大学に行くという選択を考慮しない家」であった。60年代、70年代における低学歴80年代における低学歴は意味が違う。中森明菜は貧困ではない、戦争でもない、家庭環境のキャラクターのせいで、80年代メインストリームから取り残された層を代表するアイドルであった。ヤンキー映画「ハインティーンブギ」に主演した近藤真彦に対して見せた彼女の執着も、中森明菜のそうしたキャラクターに由来している。

第3位 小泉今日子

代表作品:「真っ赤な女の子」「ヤマトナデシコ七変化」「なんてたってアイドル」/『生徒諸君!』『あんみつ姫』など。

彼女は「そこそこ」の人だった。演技力もそこそこ、歌唱力もそこそこ、下手ではない。デビュー曲カバー曲であったことからも分かるように、バーニングプロダクションは彼女が聖子に匹敵するようなアイドルになるとは期待していなかった。小泉今日子は結果的にセルフプロデュースで大きくなった人であるルックスは82年組の中でも特に可愛らしかったのだから、トップアイドルになったのは不思議ではなかったが、アイドルたちのひとり、から抜け出してきたのは、松田聖子が日本社会の経済面を担い、中森明菜が社会面を担ったとすれば、文化面を担うと言う決断をある時期に、彼女がなしたからであった。そういう意味では、オタクの愛玩的な性格を強めてゆくその後のアイドルの先駆けをなした人であるが、彼女が直接のターゲットにしたのはニューアカデミニズムであった。それが下世話にならない選択であり、それは社会にまだハイブロウ雰囲気があればこそ可能なのであった。それがバブル崩壊で日本経済が自信不信になり、社会世相が暗くなってから、むしろそれ以後に、ハイブロウライフスタイルを体現する生活アイドルとして彼女が支持された理由だった。

第4位 薬師丸ひろ子

代表作品:「セーラー服と機関銃」「メンテーマ」「woman~Wの悲劇より」/『野生の証明』『翔んだカップル』『ねらわれた学園』『セーラー服と機関銃』など。

薬師丸ひろ子アイドル歌手と言うよりは角川映画の女優であって、立ち位置的には他のアイドルとやや異なるが、彼女にとっては余技であったアイドル歌手としての実績も十分である。系譜的にはアイドル的な先駆者はおらず、むしろNHKの少年ドラマシリーズのようなジュブナイル的なものの延長に彼女はいた。小学生などからの支持は無かっただろうが、中高生の理系的な男性が支持層の中心にいた。2010年テレビドラマ『Q10』では彼女は化学教師を演じているが、教師を演じるなら彼女は理系だろうなと思わせる雰囲気があった。

第5位 中山美穂

代表作品:「生意気」「派手!!!」「You're My Only Shinin' Star」/『毎度お騒がせします』『BE BOP HIGHSCHOOL』『ママはアイドル』など。

中山美穂は路線的にはきつい顔立ちであることもあって当初は「不良少女路線」であり、『毎度お騒がせします』『BE BOP HIGHSCHOOL』もその路線に沿った出演作品だった。11作目のシングル「501/50」あたりからフェミニンな路線に入り、以後、5作連続してオリコン1位を獲得している。デビュー時と路線を変えて大きくブレイクしたというのは小泉今日子もそうだが、中山美穂の場合は、キャラクターまで変えてきたのが大きかった。

第6位 工藤静香

代表作品:「抱いてくれたらいいのに」「黄砂に吹かれて」「慟哭」など。

工藤静香おニャン子出身であり、うしろ髪ひかれ隊でも堅調なセールスを示していたが、ソロになってからは一躍トップアイドルになり、聖子、明菜、小泉今日子がそれぞれアイドルというステージを脱してゆく中で、アイドル四天王のひとりとして遇された。彼女の特徴はCDセールスが非常に高いことで、これは90年代にかかって、いわゆるカラオケブームに伴うCDがやたら売れると言う時代に差し掛かったことにもよる。シンガーの作品として楽曲が評価されていた、ということでもあるが、彼女には映像作品にはこれという代表作は無い。(南野陽子の最高売上シングルは「吐息でネット」で30万枚。工藤静香の最高売上シングルは「慟哭」で94万枚)。

第7位 南野陽子

代表作品:「楽園のDoor」「話しかけたかった」「はいからさんが通る」/『スケバン刑事(第2期)』『はいからさんが通る』『熱っぽいの』など。

勢い的には、第5位につけてもよかったし、個人的にはファンであったので、そうしても良かったのだが諸々を考慮すればこうなるのかなと思う。第6作のシングルから8作連続でオリコン1位を獲得という快挙を成し遂げているが、その記録の割には、記憶に残る楽曲が少ない。実際、彼女の歌は、中山美穂工藤静香と比較して、順位は高くまで行くが落ちるのが早い印象があり、セールス額もそれを裏付けている。中山美穂工藤静香には女性ファンも多かったが南野陽子には稀だった。そのファン層の狭さが素質的には抜群であるのに、ついに頂点を極められなかった理由だろうか。そういう意味ではアイドルらしいアイドルであり、彼女がアイドルの世界を心から愛し、自らを律していたことについては数多くの証言がある。事務所の不手際でふたつの事務所に属することになったため、ダブルブッキング等が頻繁に発生し、マネージャーを厳しく叱責していた姿も知られているが、アイドル的なものに対するプロ根性のあらわれだろう。

第8位 斉藤由貴

代表作品:「卒業」「初戀」「悲しみよこんにちは」/『スケバン刑事(第1期)』『はね駒』『はいすくーる落書』など。

東宝芸能の所属であり、アイドルと言うよりは女優のイメージが強い彼女だが、デビューから継続してシングルチャート上位に入れている。斉藤由貴が世間を騒がせた恋愛事件は二件とも不倫であったので、「魔性の女」とも言われたが、その言葉からほど遠いキャラクターである。やった行為で言えば、確かに二件の不倫の当事者なのだが、「魔性の女」という言葉を用いた人でも、その言葉から連想されるような女性とは彼女は異なることは分かっていただろう。宗教上の理由もあるのかもしれないが、彼女は世間ずれしていなくて、不必要なまでに一生懸命な印象であった。「悲しみよこんにちは」では紅白初出場で紅組キャプテンを務めたが、いつになく「由貴ちゃんのために」と紅組がまとまっていたように、芸能界特有の嫉妬や自己顕示欲とは無縁の人であった。

ブコメがたくさんついていて驚いた。とりあえず甥っ子には好評でした。

9位以下を書いていないのは疲れたからです。

個人的には、9位 菊池桃子、10位 原田知世、11位 柏原芳恵、12位 河合奈保子、あたりじゃないかと思います。浅香唯は実働が短かったので、柏原芳恵あたりと比較するとその下くらいなのかなと。

ちなみに、松田聖子中森明菜南野陽子斉藤由貴についてはファンクラブの会員でした。おニャン子からは14位くらいに河合その子が入るのかなあと思います。

9位以下を書いてみます。

そう言えばグループは書いていませんが、おニャン子クラブは全体としては、小泉今日子の下くらい、もしかしたら中森明菜の下くらい、でも明菜より上には絶対に行かないくらい(それくらい聖子と明菜は別格です。ケタが違います。聖子と明菜以外を全部足してもまだ聖子と明菜には及ばない感じです。聖子と明菜は日本芸能史全体を通しても突出しています)、WINKは実働が80年代末期に偏っているんでどっちかというと90年代の人という印象なんですが、斉藤由貴の下くらいなんじゃないかなと思います。ribbon とかは年代的に対象外です。おニャン子ユニットでは、後ろ髪ひかれ隊が斉藤由貴あたりと同格、そのすぐ下にうしろ指さされ組(高井麻巳子ゆうゆ)あたりが入る感じです。ニャンギラスは…ま、いいですよね。おニャン子ではなかじが好きでした。「じゃあね」は名曲っす。ただ今回はグループは除外と言う方向で。グループで言ったら、あと「わらべ」とかね。

第9位 菊池桃子

代表作品:「卒業」「もう逢えないかもしれない」「SAY YES!」/『パンツの穴』『アイドルを探せ』『君の瞳に恋してる』など。

彼女は東京出身なのだが、個人的にずっと北海道出身と誤解していた時期が長くて、なんでそう誤解してたんだろうと思うと、非常に素朴な、ピュアな感じがしたからだと思う。本当のところは知らないが、おっとりとした上品な感じがする女性で、『パンツの穴』なんていう映画に出ていても、下品な感じにはならない、でもちょっと男の子の側に寄り添ってくれるような、そういう雰囲気を持っていた。普通はそういう女性は女性からは嫌われるんだけれど、良くも悪くもあんまり印象に残らないというか嫌われないのはいいことだけれど、女性から見ても、妹キャラというか、強く女を感じさせる存在ではなかったのかも知れない。独特の、女性というよりは幼女のようなフェミニンな印象からか、彼女のアイドルとしての活動時期には「桃子」と言う名前が新生児の命名の上位を占めることがあった。何というかそういう親から見て良い娘的なそういうポジションに素直に入り込んだ人であった。彼女の代表曲としては、実は「アッイッはこころのーしごとよー」のアイマイミーマインなRA MU時代の楽曲が世間では一番強く印象に残っているのだろうが、それを代表曲に選ぶのはあんまりだと思った。RA MU で迷走した彼女だったが、90年代にはトレンディ女優の一画を占め、アイドル時代よりも大成功した。

第10位 原田知世

代表作品:「時をかける少女」「天国にいちばん近い島」「早春物語」/『時をかける少女』『天国にいちばん近い島』『早春物語』など。

松任谷由実薬師丸ひろ子にも原田知世にも楽曲を提供しているが、彼女が言うには、原田知世は鉛筆で例えるならば2Hで薬師丸ひろ子は2Bらしい。言い得て妙だと思う。原田知世には肉感の無い、サイバーパンクな感じがあるんですね。顔立ちもいわゆるアイドル顔ではなく、と言って和風と言い切れる顔でもなく、どこかメカニックな感じがする。たぶんここまでの人たちの中で一番、初音ミク的なフォルムがある。世俗的ではないんだけれども、宗教的な超越に向かうんじゃなくて、SFっぽい方向に行くような、そういう感じがあって、オタク的な性向のある人たちには熱狂的に支持されていた。サブカルクラスタ的には彼女がたぶん80年代を代表するアイドル。逆に言えばそこを越えては広がっていかない感じ。「時をかける少女」の頃はアイドルが歌が下手と言っても限度があるだろ的な下手さであったが、不思議なもので、シンガーとしてのキャリアは、二大歌姫(聖子と明菜)を除けば彼女が一番長いし、独自の境地を切り開いていると思う。彼女の歌には情感はかけらもないが、それがむしろユニークな歌唱になっている。

第11位 柏原芳恵

代表作品:「ハローグッバイ」「最愛」「あの場所から」「春なのに」/『ピンキーパンチ大逆転』『山河燃ゆ』など。

たぶん美人で言ったら、彼女はアイドルの中でもナンバーワンに美人なのだが、「かわいい」が受けるアイドルとはそもそも路線が違う顔立ちで、彼女のファンだと公言するのはやたら生々しい、女、に直結する印象があった。美人であるがゆえに、80年代の土壌ではトップにはなり難い顔立ちだったのだが、女性をめでる基準がアメリカ的というか、日本よりはむしろアメリカに近いアジア発展途上国アメコミが大人気、的な)では非常に強く支持されているアイドルだった。ただしアイドルとしてデビューして、数年たってから彼女はヒット曲を連発していて、みんな知っている代表曲がわりあい多いアイドルでもある。ただそれも、わりあい歌唱力が高いのと、楽曲の良さが相乗した結果であって、歌手としてのヒットであってアイドルとしてのヒットとは言い難い(歌手としてはそれは名誉なことだが)。ドラマでは早くに本格的なドラマに出演するようになったのは、彼女の素養がむしろそちらにあると考えたからだろう。大河ドラマ山河燃ゆ」では長男・自殺、三男・日本兵として戦って敗戦の傷を負う、三男・米兵としてヨーロッパで戦い失明、という天羽家にあって希望の光のような末の妹を好演していた。90年代以降は2時間ドラマの常連になる。

第12位 河合奈保子

代表作品:「大きな森の小さなお家」「ヤングボーイ」「けんかをやめて」など。

デビュー曲「大きな森の小さなお家」は女体を連想させる歌詞になっているが、ポスト百恵の時代、試行錯誤が行われていたことを示している。彼女は「秀樹の妹」コンテストから出てきたのだが、ロリコンチックな、吾妻ひでお的なオタクアイドル的な扱われ方であった。「ヤングボーイ」の振り付けは彼女の巨乳を強調するもので、あきらかにセックスアイコン的な意味が含められていたのだが、当人がそれに気づいていない風な育ちの良さのようなものがあった。「おかあさんといっしょ」のお姉さん的な素朴さというか。突っ込んでいけば、気づいてないわけねえだろ的な悪態は可能であったが、そこまで抑えて抑えて、加工して加工しなければ、女性に接することが出来ない、いわばそう言う層を彼女はメインターゲットにしていた。彼女の代表曲「けんかをやめて」はそういう路線を変更する、オタク層には逆鱗に触れるようなビッチ女性の態度を優しくオブラートに包んで提出したものだったが、なにぶん、当の河合奈保子キャラクター的に素でお嬢さんであったため、路線変更はうまくいかずいったんそこでフェイドアウトしている。後に、シンガーソングライターとして一時的に復活した。

第13位 浅香唯

代表作品:「C」「虹のDreamer」「セシル」/『スケバン刑事(第3期)』

うちのカミさんカラオケに行ったら、必ず「セシル」で締めるんだが…。浅香唯は『スケバン刑事』でブレイクしたのだが、オリコン1位をとったのは4作品と、アイドル四天王の中では実績が一番小さい。ブレイクが1988年、「ザ・ベストテン」が終わるのが翌年の9月だから、いわゆるアイドル黄金時代の末期に出た人である。その活動期間の短さが、結果的にスーパーアイドルとまではいかなかった理由か。

第14位 荻野目洋子

代表作品:「ダンシングヒーロー」「Dance Beat は夜明けまで」「六本木純情派」/『早春物語』

そうだろうよ。実績から言ったら、彼女は岡田有希子よりものりPよりもアイドルとしては上だろうよ。でも誰も「荻野目洋子の名前がない!」とは言わないんだよね。そういう感じなんですよ。そういう感じのアイドルなんですよ。そもそも彼女は低迷時代が長くて、ユーロビートを歌うようになってから、ダンスミュージック的なジャンルにかかって出てきた人なんで、ルート的には長山洋子とかと同じタイプなのだが、そのわりには顔立ちがアイドルアイドルをしていて、ブレイクしてからどんどんアイドル色を強めていったという、普通は逆にアイドルアーティスト色を強めていくのだが、彼女は逆だったという珍しいパターン

第15位 本田美奈子

代表作品:「Sosotte」「1986年のマリリン」「the Cross ~愛の十字架」/『ミス・サイゴン

シンガーとしては本物の天才であり、そのことはアイドル時代を脱してから、ミュージカルスターとなってから証明されたが、アイドル時代は「アイドルにしては歌が上手い子」程度の扱われ方だった。それは売り出し方が適切ではなかったからではないか。歌が上手いと言っても、情感があるとか、テクニックがあるとかいろんな意味合いがあるが、彼女の場合はフィジカルポテンシャルに負う部分があって、言い方は悪いが「歌う機械」としてはロングトーンの能力はたぶん人類史上最高の能力を持っていた。それを活かす楽曲ではなかった。本田美奈子は元は演歌歌手志望であったように、彼女の適性を活かせる楽曲を探し求め続けた半生であったと言えるかも知れない。なまじ顔立ちが愛らしかったため、小悪魔的なアイドルとして売られたのは彼女にとっては不幸なことだったかも知れない。『ミス・サイゴン』のオーディションではしょせんアイドルくずれと鼻で嗤っていた者たちも彼女の歌を聞いて圧倒されて身動きも出来なかったと言うが、あれほどの才能にして、アイドルと言うパッケージに入れられれば、そのパッケージしか見ない者がどれだけ多いのかということを示している。聖子や明菜についてさえ、「歌が下手」と言ってはばからない不見識の者が多かったが、あれから30年が過ぎて、何もわかっていないのはどちらだったのか、歴史が証明している。時が過ぎるのは悪いことばかりではない。

第16位 岡田有希子

代表作品:「ファーストデイト」「Love Fair」「くちびる Network」/『禁じられたマリコ』

彼女はこれからというところだった。徐々に売り上げを伸ばしていて、8作目のシングルくちびる Network」(事務所の先輩の松田聖子の作詞)でついにオリコン1位を獲得して、ようやくトップアイドルになったばかりだった。ポスト聖子を担う、サンミュージック大黒柱になるはずだった。おそらくアイドルの中では傑出して頭がいい子だっただろう。ノーベル賞受賞者を輩出している、愛知県でも有数の進学名門高校を彼女はアイドルになるために中退している(そして堀越学園に転校)。進学校にいる女子生徒は、もちろん頭もいいのだが、男子の場合は野心のようなものがあるのに対し、むしろ野心の欠如というか、従順性の結果として勉強をしている子も多い。岡田有希子も基本的にはそういうタイプの子で、彼女は望みさえすればキャリアウーマンにもなれるような道を選ぶことが出来たのだが、そちらの路線には価値を見出さずに、小さな女の子の時の夢のままに、アイドルになるという選択をした。ああいうことになって親御さんはどれほど悔んだだろうか。彼女は天然ボケというか、悪意があって周囲が彼女にセクシャルなことを言わせようとすると笑顔でなんにも気づかずに、それを言ってしまうようなところがあった。お笑い系のいじりでは「またー、変なことを言わせようとしてー」みたいなうっふきゃはは的なのりを期待していたのだろうが(そういうのが一番うまいのは松本伊代だった。天性のチーママである)、岡田有希子はうかつにいじれない、危険物っぽいところがあった。その純粋さが、衝撃に直面した時に、他人の何倍もの痛みになって彼女を殴打したのかも知れない。合掌。

というわけで、8の倍数ということでここまで。

15位が抜けていたので、入れました。本田美奈子です。河合その子や、82年組のその他の人たちが入っていないのは、「おニャン子を排する」「ママドルっぽい人たちを排する」とかそういう基準があるわけじゃなくて、評価としてこの下だということです。標題をつけました。

数字は敢えて重視していない

客観的な数字としてはレコード売上があるけれど、参照はしてもそれだけを基準にしていないのは、80年代、活動時期を90年代に延ばしても、それなりの時間幅があるからです。ちなみに筆者は1971年の生まれで、正確に言うならば、松田聖子ファンクラブの会員だったのは筆者の姉です。南野陽子の最初のアルバムレコードで買って、それ以後をCDで買ったという世代です。松田聖子はあれほど売れながらもミリオンは90年代の「あなたに逢いたくて」しか出していません。中森明菜はゼロです。一方、小泉今日子は90年代にミリオン2枚(合計すれば300万枚を越えます)、中山美穂ミリオンを2枚出していますから、シングルセールス的にはひょっとしたらキョンキョン中山美穂は二大歌姫を上回るのですが、時代が違うから同じ基準では較べられません。より客観的な基準でレコードセールスを示している人もいますが、それだとかえって評価が歪められるのです。レコードセールスなどの記録は後からも参照できますが、歴史的な要因を補正して提出できるのは同時代人の見方だけです。これは個人の主観ではありますが、そうであるがためにかえってセールス記録を見るよりも客観的だと思います。

自分としてはアイドル黄金時代の終わり=ザ・ベストテンの終焉だと思っています。ザ・ベストテンは、音楽の趣味が多角化して、バンドブームの時代に対応できなくなったから終わったわけですが、逆に言うと、それ以前は日本人全体がひとつの文化環境を共有していた、そういう最後の時代だったということです。ですから80年代を生きた人なら、特別その人のファンではなくても、ここに上げられている楽曲のほとんどを歌えるはずです。

 
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