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2021-07-25

未だに許せてないこと

高校とき、授業中にリスカしたことがあった。

割とその頃はメンタルいっぱいいっぱいで、半年前くらいかリスカが癖になってた。学校で嫌なことがあったとか、家で何かあったとか、単純に自分が嫌いだとか、そういう理由で切ってた感じ。

その日は元々学校で嫌なことがある予定で、まあ精神状態も最悪で、普段は持ち歩かないリスカ用のカッタータオルに包んでスクバに入れた。たぶん保険とか、お守りみたいなつもりだったんだと思う。「何かあってもこれで切れば気分は落ち着くぞ」みたいな。いや学校リスカすんなやって話だけど。

で、授業中。やっぱり嫌なことは起こってしまったので、「気分悪いので保健室に…」とか言ってカッター入りタオル片手に教室を出て、そのまま近くのトイレに入っていった。授業中だから他に人はいない。それで「もう後には引けない!」とか思ったのかな。

手洗い場の側で、いつもより深めに2本。確か2本目のほうが深くて、ばっくり割れた肉(真皮?)が白いのに驚いた記憶がある。いつもより血が滲んでくるのが遅くて、でも出始めたらなかなか止まらない。暫くトイレットペーパーで押さえてたけど、普段も止血に一晩くらいかかるからまあ止まるわけがないので、ちょっと冷静になったのもあって保健室に行くことにした。けどこれが間違いだった。

一時期保健室掃除当番をやってたり、友達の付き添いでよく来てたから、養護教諭とは割と顔を合わせていたほうだった。タオルカッターを持ったまま、血の止まらない腕を素手で押さえて、「腕切っちゃって、血が止まんなくて」的なことを言って保健室に入ったと思う。当然養護教諭は驚いてた。

まず傷口を洗った。それからたぶん消毒をした。そのときに他の傷も見られたかリスカだってバレた。ガーゼを当ててもらった後、何か色々聞かれたし、泣きながら色々喋ったんだと思うけど、唯一ハッキリ覚えてるのは「家には連絡しないで」って言ったこと。この頃は、少なくとも家ではちゃんと隠してたから、家族リスカしてるって知らなかった。

その後保体の女の先生それから担任面談があって、カッター担任に預けた。没収されたのかもしれないけど覚えてない。時間にしてみればそんな長いもんじゃなくて、授業が終わると同時くらいには解放された。保健室を出ると中座した授業の担当教諭が立っていて、物凄く申し訳なさそうに「ごめんね、嫌だったね」と言うのでこっちまで申し訳なくなった。この先生は一つも悪くなかったから。

教室に戻ったら案の定クラスメイトから視線は痛かった。担任事情を話す時間はなかったから何も知らないだろうけど、直前の様子とかを見れば明らかに変だったし、腕にガーゼ貼ってるし。友達は恐る恐る「大丈夫?」って聞いてくれたけど、それでまた泣きそうになったから、適当に流しながら帰り支度をした。担任から早退の許可はもらってた。

バス通学だったけど、停留所から家まで離れているからいつも祖父が迎えに来てくれていた。早退するとメールしたのは自分だけど、罪悪感と気まずさでめちゃくちゃ後悔した。

腕の傷は、家族には「ガラスで切った」ということにした。ガーゼで他の傷跡も上手いこと隠れてたし。祖父母も父もそれで信じた。

でも、どうやら母だけは養護教諭から連絡を受けていたらしく、泣きながら、時には自死をほのめかしながら自分を問い詰めた。正直死ぬほど怖かったし、死ぬほど面倒くさかった。自分より冷静じゃない人を宥める余裕なんてないのに。「あんたが死ぬなら私も死ぬ」とか、「嫌なこと言う子がいるなら殺してやる」とか、いやほんとやめてって感じ。本気で死にたいわけじゃないからね。誰かにいなくなってほしいわけじゃないしね。

から口止めしたのなぁ。なんで守ってくれないかなぁ。うちの母は自分以上に脆い人ですって、ちゃんと言ったのに。

卒業式まで担任に預かられていたカッターは捨ててもらった。でも、その後もリスカ癖は抜けなくて、かなり頻度は減ったけどあれから4、5本は増えた。

夏でも長袖着たりとか、もうそこまで必死に隠す気はなくなったけど、まだ母以外の家族リスカのことを知らない。よりにもよって一番知られたくない人に知られたけど。

死にたいとか、切たいとか、そう思うたびにあの日記憶が蘇る。そして、なんだかちょっと苦い気持ちになる。

2021-06-01

anond:20210601145029

何年か前から治療中って言ってたけど、

治療を開始したと思しき時期から考えても、

あんなに元気な鬱病患者はいないって話。

都バス停留所彼女の元気な姿が掲載されてるけど、

鬱病?って思っちゃうよ。

ま、彼女ほどお金持ってりゃ、いつでも病気入院できたりするんだろうな。

程度が軽くても病名付けてもらえるってこともあるんだろうな。

2021-05-22

運転手スクールバスと3年間思い込んでいた」…路線バス終点二つ

三重県南伊勢町から委託を受けて同社が運行する町営バス南島南勢連絡線)が、終点から二つ前の停留所運行を終えていた。

運行する伊勢営業所の報告を受けて、運輸局監査実施。同路線利用者地元高校の生徒が大半で、運行学校のある日に限られていた。運転手は「スクールバスと思い込んでおり、過去3年間、生徒が全て降りると運行を終了していた」と説明したという。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20210521-OYT1T50113/

たぶん、路線図を見るに五ヶ所バスセンターの前の船越あたりで県立南伊勢高校学生を降ろして、その先の、山を登った町立南伊勢病院、また下りて南勢野添に止まってないんだろうな。船越回送にして、病院に登らず、南勢野添スルーして、バスセンターに戻ってたんだろう。山登り、他の路線も多く通る、となると知ってて飛ばしてるようにも思うけど。

まぁでも、他の全路線がそこを通ってるから実用問題はないんだろうな。時刻表を見ても、3分前 (8:23と8:26) に同じ路線の、学休日運行するバスが通ってるから、そりゃ面倒くさいだろう。

同意擁護もするわけじゃないけど、状況としてはそんな感じかな。

2021-05-01

バス会社管理で同名のバス停が4つある

要はバス停名前けが下手くそで周りに付けられるような目立ったものもないが

交差点の縦と横で別の停留所を作った結果

バス路線Aとバス路線Bに同じ名前停留所があるが降りるところも乗るところも違うというクソ現象が発生している

普通に迷惑なんだけどバス会社に苦情出しても多分治らんと思うし

グーグルマップの経路案内も若干ずれててクソ

2021-04-21

[]GeoGuessr日記1

無料版。シングルプレイヤーマップは「The World」。時間は無制限

1問目

見渡すかぎりの荒野。地平線の彼方に建物が見えるかどうかというところ。

建物の影が多い方向にしばらく進むと小さな町に着いた。

さな標識に「RENFRO」と「MOORHEAD」と書かれている。おそらく道の名前

学校らしき建物があって看板に「MEADOW」と書かれている。学校名前なのか分からない。

町を通り抜けると四車線くらいの大きめの道に出た。道路案内標識が期待できる。

kmか進んだところで「62」「82」と書かれている標識があった。

紋章っぽい背景の中に数字が書かれており、これはアメリカ国道番号を示している。

さらに案内標識に「Brownfield」「Seminole」とある

これで推測の材料は十分だろう。

地図から該当の国道を探してみると(風景からして南部だろう)テキサス州あたりのようだ。

82と62が交わるのは「Lubbock」のあたりか。

その近くに「Brownfield」という町があり、地図を拡大するとさらに隣に「Meadow」という町が。

出発点からするとMeadowの北あたりだろうと、ここで解答ボタンを押した。

誤差は1.2km。4996ptだった。

2問目

明らかに大きな都市だ。団地のような住宅街駐車場が出発点だった。

すぐ近くの看板に「Stockholms Stads Pakerings」なんたらと書かれている。

ストックホルム。本当だろうか。

他の看板に「ä」というウムラウト付きの文字が使われていて俄然スウェーデン可能性が高まる

さら標識には「Sulvägen」や「Fredag」と書かれている。どちらかが地区名前か。それとも道路名前か。

しばらく街を回ってみると「Älvsjö station」という駅らしきものが見える。

これで情報は揃った…と思ったが、なかなかÄlvsjöが見つからない。

バス停留所に貼られた地図からしてストックホルム南部であることは間違いないと思うんだが…

と何分も探してようやくÄlvsjöを見つけた。ちょっと拡大しないと表示されない場所だった。

出発点の方角と照らし合わせて適当なところで解答ボタン。誤差は451.1m。4998ptだった。

3問目

行けども山と草原道路しか見えない。

道路沿いに電線が張られているがどこに送られてるんだこれ。

なんか椰子の木っぽい木が。かなり熱帯に近いのか。

どんどん道を進んでいくと、ぽつぽつと村?集落?のようなものがあったが、看板が出ているわけでもなく参考にならない。

アフリカ南米かだと思うが…

町だ! 急に町に到着した!

看板には「San Luis Do Quitunde」「Barra de Santo Antonio」などといった地名らしきものが。

スペイン語ポルトガル語っぽいので南米ですかね。「Brazil Gas」の看板があったのでブラジル可能性が高い。

いろいろ動き回って「Recife」「Caruaru」の案内標識を見つけたが、距離も書いておらず、それ以上の情報がなかなか無い。

そもそも初期地点から町にたどりつくまでにだいぶ移動しているので正確な解答は無理だろう。

と諦めて、Caruaruをやや南に下ったあたりのところで解答ボタンを押した。

誤差は124.2km。4601pt。諦めたわりにはそこそこの点数だった。

4問目

そこそこ大きめの町だ。文明を感じる。

近くの会社看板に「MELBOURNE」「GEELONG」「HOBART」といった文字が。

オーストラリアかここ。

しばらく進むと「Altona Memorial Park」の看板が。大きなヒントだ。

メルボルンのなかの緑色区域を探してみると…見つけた。西の端っこのほうらしい。

方角的にこのあたりだろう、というところで解答ボタンを押した。

誤差は3.7km。4988ptだった。

5問目

いきなり「SUPER K SUPERMARKET」の看板が。英語圏か。川もしくは海が見える。

向こう岸は近いが、看板に「TSUNAMI HAZARD ZONEとあるのでどうやら海らしい。TSUNAMI

アメリカ国旗が掲げられたマクドナルド。なぜかヤマハ看板トヨタ販売所?

そして「NEW OFFICE BUILDING FOR DEVELOPMENT BANK OF AMERICAN SAMOA」の看板

サモア

サモアってどこだ。カリブ海か。太平洋か。

フィジーとかトンガとかツバルとかあのあたりっすね。

サモア」と「アメリカサモア」があるみたいだけど上記からすると後者か。

そして、北を向いたとき海辺が見える、湾になっているところというと…

誤差は108.6m。5000ptだった。

結果

トータルスコアは24583ptだった。

2021-04-13

バスで怖かったこ

10ちょっと前、地元駅(首都圏郊外)が起点&終点の循環コミュニティバスができた。

最初のうちは路線バスタイプの車種が十分に揃っておらず、時々マイクロバス使用されることがあった。

で、仕事帰りの夜にそのマイクロバスのほうに乗ったとき、降車ボタンもついてなくて降りるときどうすればいいんだろう…と思っていたんだけど、運転手さんから停留所アナウンスもないままバスは夜道をぐいぐい進んでいった。

お客さんもそれなりに乗っていたのに全員無言。車内の電気もなぜか暗め。

コミュニティバスでなく間違って別の何かに乗ってしまったのでは…と次第に不安になっていった。

そして怖さMAXになったので、次がどこなのかもわからなかったけれど「次で降ります!!!」と必死に言ってどうにか降ろしてもらった。(自宅最寄り停留所を過ぎており結構遠かった)

もし循環だったら最終的に駅前に戻るから大丈夫だったとは思うけど、とにかくその1回だけはむちゃくちゃ怖かった。何だったんだろう。

北欧ではないがイギリスに数か月滞在したとき経験

イギリスには、「電車」が少ない。たしか今でも国内の全路線の5割くらいは電化されていない。つまり汽車」が走っている。

当然車体が古く、バリアフリー設備があるケースも少なく、電車の乗り降りの際は健常者ですら苦労する高さの階段を登ることもある。ハリーポッターとか古い洋画イメージしてもらえばいい。あれのまんま。

近代的に改修がほどこされた駅にはバリアフリー設備が色々あるが、基本的にはエレベーターの設置は期待すべきでない。日本に帰って至れり尽くせりだなぁと感心したくらいだ。

ロンドン地下鉄が多いのだが、当然地下への移動も階段なので、健常者でも普通に疲れる。あと地下鉄は全く携帯が使えない。

イギリスでは2階建てバス一般的だが、エレベーターがある訳が無い。100kg超の電動車いすを運べと言っても手を貸してくれる人などいないと思われる。

バス自体ノンステップのものも半々くらいはあるので、1階に乗ればよくね?となるんじゃねえかな。2階が景色いから好きだったけどね。

運転手乗客が座ったかどうかを気にせずに荒く発進するので、健常者でもちゃんと手すりをつかんで昇り降りしないと転ぶよ。

あと、ロンドン以外では電光掲示板はおろか音声での案内すらないので、GoogleMapと気合いで停留所判別してボタンさないと無限に運ばれることになる。

乗客は基本、互いに無関心。日本のようで居心地が良かった。電話しても誰も気にしないのでその点は日本よりだいぶ良い。

極東言語で会話をしていてもノイズしか聞こえないというのもあるかもしれないが。

田舎バスの2階では、学生音楽流しながら友達同士で歌ってた。でも現地のDQNなのかも。

滞在中、そこそこな数の教会に行ったが、尖塔には当然ながら階段しかない。10世紀建物エレベーターをつけるスペースなどある訳が無い。

尖塔から見える景色絶景だったりするが、自力階段上れない人は1階でお祈りしてなさい、という雰囲気

かい観光地なら介助のサービスがあるかもしれんが使わないのでわからん

美術館とか博物館無料で見放題で写真撮り放題なのはスゲーと思った。ここだけは逆立ちしても日本じゃ敵わない。

体温計は持っていかなかったのでわからないが、明らかに熱出して咳しまくりの風邪をひいたときがあり、もうろうとする頭で薬局に行って薬を買った。

病気したら高額になりうるか一般人は近所の薬局に行く。医者なしの自己判断で薬を買って家で安静にしておくしかない。

風邪くらいなら薬すら飲まずに安静にして治すのが一般的。そこに「体力のない人はどうするんだ」とか「知識のない人はどうするんだ」とかい議論存在しない。

ただし薬局の薬は日本よりクソ安かった(イブプロフェンが1パック24錠で80円とか)のでそのへん良し悪し。

治安世界中でもかなりいい方だとは思うが、それでもスリがいなくはないと聞く。(ただ、自分バスで寝たりもしたがすられることはなかった)

海外旅行に行くだけでも「日本より治安の良い国は皆無だから充分気をつけろよ」が常識で、ほとんどの人はそれなりの覚悟をもって国境を越えているはず。

だいたいは現地の人も不便を我慢したり愚痴ったりしながら生きている。

北欧なりイギリスなりヨーロッパなりアメリカなどにあこがれをいだくのは勝手だが、神々と天使楽園みたいな国なんて世界中のどこにも存在しない。

逆にそんな国があるなら知りたい。

2021-04-10

anond:20210410132738

あーわかる!

京都市営バスは乗換アプリとか使ってても、土日だけ停まる停留所上りだけ停まって下りは停まらないとか、

その2つの合わせ技とかあってトラップ多すぎる!

anond:20210409102836

バスは確かにハードル高い

国内は他の人がレスしているので海外

地下鉄鉄道は、治安が悪いという情報がなければ乗るのに抵抗はあまりない

駅名や切符売り場には英語表記が必ずあるから

ローマでもモスクワでもバンコクでも、地下鉄ライトレールでなら問題なく一人でどの駅でも行ける

バスは、長距離バスは始発から終点まで乗るのが多いし観光客も多く乗るからあいいとして

市内線は、停留所アナウンスが音声だけってことが多いし、自分で降りるところを運転手に現地語で伝えなければならなかったりする

香港でもニューヨークでも、市内バスは現地人と一緒じゃなければ乗りたくない

日本でも京都は別として、たとえば都営バス外人観光客が乗っているのはあまり見ない気がする

2021-04-09

バスの乗り方がわからないという話題は都会田舎問題に隣接している気がしている

バスの乗り方がわからいから歩く」が許されるのは停留所の間隔が狭い場所だけだろう

路線バスについて

乗り方が分からない

→大抵のバス会社ホームページ上で乗り方の案内をしている。

 利用する前にバス会社名でググれ。

どのバスに乗れば良いのか分からない、運賃が分からない

→大抵のバス会社ホームページ上で乗車するバス停と行き先を入力すれば時刻と運賃検索できる様になっている。

 また都会のバス会社は専用アプリを用意している場合もある。

 利用する前にバス会社名でググれ。

 繁華街駅前などの利用者が多いバス停は大抵の路線が通る様になっている。

 よほど辺鄙なところに向かうのでなければ、行き先が表示されないという事はない。

 よほど辺鄙なところの場合半日バス一本というところが多いので、バスではなくレンタカータクシーを利用すべきだ。

 

 

バス運転手の態度が横柄だ

運転手停留所に止まってる時も前後左右の状況に気を配る必要がある。

 乗客に顔を向けて応対する余裕はない。

 ワンマン運行限界なのでバス会社ワンマン運行を止めろと言え。

 その結果、車掌が復活し人件費運賃が爆上げになるかもしれんがそれは許容しろ

 それから移動中のバスの車内で歩くのは本当に止めろ。

 骨折などの大怪我をした事例がいくつもある。

 運転手が厳しい口調で注意するのはそういう理由があるし、そういう指導をする権限運転手にはある。

 

運転手の声がデカ

繁華街など交通量が多い路線騒音のせいで聞き取りづらく声が大きくなりやすい。

 繁華街普段以上に運転に気を使うので運転手も気が立ってる事が多い。

 あと単純に耳が悪い人もいる。

最近運転手の態度も改善されつつある。

 ただバス運転手薄給かつ激務の仕事だ。

 丁寧な応対を望むのならタクシーを利用すべきだ。

田舎バスSuicaが使えなくて不便

地方路線バスでも全国相互利用交通ICカードSuicaSUGOCAなど)が使える様になってきている。

 独自ICカード導入が早かったせいでSuica対応が遅れた俺の地元バス会社もようやく対応した。

 各バス会社ホームページで使えるICカードの種類が紹介されている。

 田舎バカにする前にバス会社名でググれ。


観光バスを利用するなら駅や空港にある観光案内所やバスターミナルの案内所を利用しろ

バス会社によっては一日乗車券なども販売してる。

それらについても各バス会社ホームページ上で紹介されている。

まずバス会社名でググれ。

ググる手間すら惜しむのであればタクシーを使え。

手間を惜しむなら金を惜しむな。

金を惜しむなら手間を惜しむな。

anond:20210408225201

都市部で育っていて、否応なしにバスをいろいろ利用した経験あるかないかは大きいね

いくつかのパターンを想定して準備ができるし、特に用事がなくても時間があったら「試しにこの路線バス乗ってみるか」とか思えるぐらいのエキスパートにもなれる。

しか田舎バスはそういうわけにいかない。金額不明、経路も不明バス停の停留所名を見てもすぐに地図マッチしない)時間不明、支払い方法不明だし、下手する乗り間違えた後にさっと戻れる手段がないということもある。また調べるのもネットでかんたんとはいかない。バス会社のサイトはたいていそこまでコストが掛けれらないからな。最初ハードルが高いのはわかる。

田舎駅前バスなんかは待機していることが多いし、たいていそこまでごった返してないから、自分なら運転手に疑問点を先に聞いてしまうという手をよく使うが、これもバス慣れしている人間の発想だと思う。

2021-04-08

路線バスは怖くない

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1694398

バーカバーカ。

そこまでバスに乗るのがイヤなら一生タクシーにでも乗ってろ。その金がないなら歩いてろ。

一時のめんどくさい気分だけで人より損する人生シルバーパスもらえる歳まで送れ。

以上!

 

で終わらせてもいいんだけど、中には大昔の路線バスイメージのまま何十年もアップデートできてない人や、ともあれまだ路線バスに乗ったことがないという人もいると思うので、バカは放っておいてそういう人のために説明する。

路線バス別に怖くない。

「乗り降り、運賃支払のシステムが複雑そう」

んなこたーない。

先払いと後払いの2種類しかない(※)。

支払いも、IC乗車券の普及で革命的に簡単になった。

バスに乗るのがなんとなく怖いやつはとにかくひとまずなによりすなわちIC乗車券を手に入れろ。路線バスにまつわるすべての難題が消し飛び、鉄道自動改札と同じ利便性になる。

 

先払いのバスは、都会に多い。その路線全体が均一料金で、どこから乗ってもどこまで乗るのも誰もがみな同じ運賃を支払うシンプルな料金体系だ。要は定額制だ。

前のドアから乗り込み、運賃機にピッとやって、あとは好きな停留所ピンポン押して降りるだけ。降りる時は何もしなくていい。

これが「前乗り先払い」。

 

簡単だろう?

 

後払いのバスは、乗っている距離にしたがって運賃が上がっていく路線だ。都会でないところに多い。要は従量制だ。

乗る時は真ん中のドアから乗り込み、ドアの横にある機械にピッとやる。

降りる時は運転席の横の運賃機にピッとやって前のドアから降りる。

これが「中乗り後払い」(後乗り後払いと表現することもある)。

 

簡単だろう?

 

自分が乗ろうとしてるバスはどっちなのかって?

それは来たバスを見ればわかる。バス停にも書いてある。なんなら、バスのドアが開けばわかる。

バスは乗り込むほうのドアに「入口」と書いてある。前ドアに入口と書いてあれば前乗り先払いだし、前ドアに出口と書かれていれば中乗り後払いタイプだ。

バス停のいろいろ書いてある案内板に「全線180円」とかの均一料金が書かれていれば前乗り先払いだし、そのバスから運賃が細かくたくさん書いてあれば距離別料金なので中乗り後払いだ。親切に「前乗り先払い」とか書いてあるバス停もあるだろう。

まあ、ほかに客がいればその人たちにくっついて乗ればいいし、自分ひとりしか乗る客がいなかったら目の前で開いたドアに乗ろうとしてみろ。間違ってたら「前乗りでーす」とか「後ろからでーす」とか言われる。

 

どちら方式でも、乗る時にはIC乗車券をかざす手順があることだけしっかり覚えておけばいい。

どんなバスが来るか知らなくても、バス停に並んだ時点でIC乗車券は手に持ってろ、ということだ。

乗り込んだドアが前なら、最初のピッで支払いは済んでいる。何もせずに降りればいい。

乗り込んだドアが真ん中なら、最初のピッは電車の改札を入ったのと同じ。降りるときのピッとセットで支払いになる。

それだけの違いだ。

 

IC乗車券を持っておらず現金で後乗り後払いタイプバスに乗るには「整理券」の話をしなければならないが、書くのがわりとめんどくさいので省略する。

 

※こういうふうに書くと色んな例外を出して反論してくる人がいるが、カバー率の点で考慮する必要がないし、そもそもそんなマイナールール採用してるバス路線で多少まごまごしたってかまわんだろうと思う。

 

補足(あっこれ俺が書いたんじゃないからね、参考よ)

https://anond.hatelabo.jp/20150711224740

整理券について書いたぞ

https://anond.hatelabo.jp/20210409204320

2021-03-22

孤独

当時私は二十五歳の青年で、丸まるの内うちのあるビルディングオフィスを持つ貿易商合資会社S・K商会のクラークを勤めていた。実際は、僅わずかばかりの月給なぞ殆ほとんど私自身のお小遣こづかいになってしまうのだが、と云ってW実業学校を出た私を、それ以上の学校へ上げてくれる程、私の家は豊ゆたかではなかったのだ。

 二十一から勤め出して、私はその春で丸四年勤続した訳であった。受持ちの仕事会計の帳簿の一部分で、朝から夕方まで、パチパチ算盤そろばんだまをはじいていればよいのであったが、実業学校なんかやった癖に、小説や絵や芝居や活動写真がひどく好きで、一いっぱし芸術が分る積つもりでいた私は、機械みたいなこの勤務を、外ほかの店員達よりも一層いやに思っていたことは事実であった。同僚達は、夜よな夜なカフェ廻りをやったり、ダンス場へ通かよったり、そうでないのは暇ひまさえあればスポーツの話ばかりしていると云った派手はでで勇敢で現実的な人々が大部分であったから、空想好きで内気者うちきものの私には、四年もいたのだけれど、本当の友達は一人もないと云ってよかった。それが一際ひときわ私のオフィス勤めを味気あじきないものにしたのだった。

 ところが、その半年ばかり前からというものは、私は朝々の出勤を、今迄いままで程はいやに思わぬ様になっていた。と云うのは、その頃十八歳の木崎初代が初めて、見習みならいタイピストとしてS・K商会の人となったかである木崎初代は、私が生れるときから胸に描いていた様な女であった。色は憂鬱ゆううつな白さで、と云って不健康な感じではなく、身体からだは鯨骨くじらぼねの様にしなやかで弾力に富み、と云ってアラビヤ馬みたいに勇壮うそうなのではなく、女にしては高く白い額に左右不揃いな眉まゆが不可思議な魅力をたたえ、切れの長い一ひとかわ目に微妙な謎を宿し、高からぬ鼻と薄過ぎぬ唇が、小さい顎あごを持った、しまった頬ほおの上に浮彫うきぼりされ、鼻と上唇の間が人並ひとなみよりは狭くて、その上唇が上方にややめくれ上った形をしていると、細かに書いてしまうと、一向初代らしい感じがしないのだが、彼女は大体その様に、一般美人の標準にはずれた、その代りには私丈けには此上このうえもない魅力を感じさせる種類の女性であった。

 内気者の私は、ふと機会を失って、半年もの間、彼女言葉も交わさず、朝顔を見合わせても目礼さえしない間柄であった。(社員の多いこのオフィスでは、仕事共通ものや、特別に親しい者の外は、朝の挨拶などもしない様な習わしであった)それが、どういう魔(?)がさしたものか、ある日、私はふと彼女に声をかけたのである。後になって考えて見ると、この事が、いや私の勤めているオフィス彼女入社して来たことすらが、誠に不思議めぐり合せであった。彼女と私との間に醸かもされた恋のことを云うのではない。それよりも、その時彼女に声をかけたばっかりに、後に私を、この物語に記しるす様な、世にも恐ろしい出来事に導いた運命について云うのである

 その時木崎初代は、自分で結ゆったらしい、オールバックまがいの、恰好かっこうのいい頭を、タイプライターの上にうつむけて、藤色セル仕事着の背中を、やや猫背にして、何か熱心にキイを叩たたいていた。

HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI ……

 見ると、レタペーパの上には、樋口ひぐちと読むのであろう、誰かの姓らしいものが、模様みたいにベッタリと並んでいた。

 私は「木崎さん、御熱心ですね」とか何とか云うつもりであったのだ。それが、内気者の常として、私はうろたえてしまって、愚かにも可成かなり頓狂とんきょうな声で、

樋口さん」

 と呼んでしまった。すると、響ひびきに応じる様に、木崎初代は私の方をふり向いて、

「なあに?」

 と至極しごく落ちついて、だが、まるで小学生みたいなあどけない調子で答えたのである彼女樋口と呼ばれて少しも疑う所がないのだ。私は再びうろたえてしまった。木崎というのは私の飛とんでもない思違おもいちがいだったのかしら。彼女彼女自身の姓を叩いていたに過ぎないのかしら。この疑問は少しの間私に羞恥しゅうちを忘れさせ私は思わず長い言葉を喋しゃべった。

あなた樋口さんて云うの? 僕は木崎さんだとばかり思っていた」

 すると、彼女も亦またハッとした様に、目のふちを薄赤くして、云うのである

「マア、あたしうっかりして。……木崎ですのよ」

「じゃあ、樋口っていうのは?」

 あなたのラヴ? と云いかけて、びっくりして口をつぐんだ。

「何なんでもないのよ。……」

 そして木崎初代は慌あわてて、レタペーパを器械からとりはずし、片手で、もみくちゃにするのであった。

 私はなぜこんなつまらない会話を記したかというに、それには理由があるのだ。この会話が私達の間にもっと深い関係を作るきっかけを為なしたという意味ばかりではない。彼女が叩いていた「樋口」という姓には、又彼女樋口と呼ばれて何の躊躇ちゅうちょもなく返事をした事実には、実はこの物語根本こんぽんに関する大きな意味が含まれていたかである

 この書物かきものは、恋物語を書くのが主眼でもなく、そんなことで暇どるには、余りに書くべき事柄が多いので、それからの、私と木崎初代との恋愛の進行については、ごくかいつまんで記すに止とどめるが、この偶然の会話を取交とりかわして以来、どちらが待ち合わせるともなく、私達はちょくちょく帰りが一緒になる様になった。そして、エレベーターの中と、ビルディングから電車停留所までと、電車にのってから彼女巣鴨すがもの方へ、私は早稲田わせだの方へ、その乗換場所までの、僅わずかの間を、私達は一日中の最も楽しい時間とする様になった。間もなく、私達は段々大胆になって行った。帰宅を少しおくらせて、事務所に近い日比谷ひびや公園に立寄り片隅かたすみのベンチに、短い語らいの時間を作ることもあった。又、小川町おがわまちの乗換場で降りて、その辺のみすぼらしいカフェに這入はいり、一杯ずつお茶を命じる様なこともあった。だが、うぶな私達は、非常な勇気を出して、ある場末ばすえのホテルへ這入って行くまでには、殆ど半年もかかった程であった。

 私が淋さびしがっていた様に、木崎初代も淋しがっていたのだ。お互たがいに勇敢なる現代人ではなかったのだ。そして、彼女容姿が私の生れた時から胸に描いていたものであった様に、嬉しいことには、私の容姿も亦また彼女が生れた時から恋する所のものであったのだ。変なことを云う様だけれど、容貌については、私は以前からややたのむ所があった。諸戸道雄もろとみちおというのは矢張やはりこの物語重要な役目を演ずる一人物であって、彼は医科大学卒業して、そこの研究室である奇妙な実験従事している男であったが、その諸戸道雄が、彼は医学生であり、私は実業学校の生徒であった頃から、この私に対して、可成かなり真剣な同性の恋愛を感じているらしいのである

 彼は私の知る限りに於おいて、肉体的にも精神的にも、最も高貴ノーブルな感じの美青年であり、私の方では決して彼に妙な愛着を感じている訳ではないけれど、彼の気難しい撰択に適かなったかと思うと、少くとも私は私の外形について聊いささかの自信を持ち得うる様に感じることもあったのである。だが、私と諸戸との関係については、後に屡々しばしば述べる機会があるであろう。

 それは兎とも角かく、木崎初代との、あの場末ホテルに於おいての最初の夜は、今も猶なお私の忘れ兼かねる所のものであった。それはどこかのカフェで、その時私達はかけおち者の様な、いやに涙っぽく、やけな気持ちになっていたのだが、私は口馴れぬウィスキイをグラスに三つも重ねるし、初代も甘いカクテルを二杯ばかりもやって、二人共真赤まっかになって、やや正気を失った形で、それ故ゆえ、大した羞恥を感じることもなく、そのホテルカウンタアの前に立つことが出来たのであった。私達は巾はばの広いベッドを置いた、壁紙にしみのある様な、いやに陰気な部屋に通された。ボーイが一隅の卓テーブルの上に、ドアの鍵と渋茶しぶちゃとを置いて、黙って出て行った時、私達は突然非常な驚きの目を見交わした。初代は見かけの弱々しい割には、心しんにしっかりした所のある娘であったが、それでも、酔よいのさめた様な青ざめた顔をして、ワナワナと唇の色をなくしていた。

「君、怖いの?」

 私は私自身の恐怖をまぎらす為に、そんなことを囁ささやいた。彼女は黙って、目をつぶる様にして、見えぬ程に首を左右に動かした。だが云うまでもなく、彼女も怖がっているのだった。

 それは誠に変てこな、気拙きまずい場合であった。二人とも、まさかこんな風になろうとは予期していなかった。もっとさりげなく、世の大人達の様に、最初の夜を楽しむことが出来るものと信じていた。それが、その時の私達には、ベッドの上に横になる勇気さえなかったのだ。着物を脱いで、肌を露あらわすことなど思いも及ばなかった。一口に言えば、私達は非常な焦慮しょうりょを感じながら、已すでに度々たびたび交わしていた唇をさえ交わすことなく、無論その外の何事をもしないで、ベッドの上に並んで腰をかけて、気拙さをごまかす為に、ぎこちなく両足をブラブラさせながら、殆ど時間もの間、黙っていたのである

「ね、話しましょうよ。私何だか小さかった時分のことが話して見たくなったのよ」

 彼女が低い透き通った声でこんなことを云った時、私は已すでに肉体的な激しい焦慮を通り越して、却かえって、妙にすがすがしい気持になっていた。

「アア、それがいい」私はよい所へ気がついたと云う意味で答えた。

「話して下さい。君の身の上話を」

 彼女身体を楽な姿勢しせいにして、すみ切った細い声で、彼女の幼少の頃からの、不思議な思出おもいでを物語るのであった。私はじっと耳をすまして、長い間、殆ど身動きもせずそれに聞き入っていた。彼女の声は半なかば子守歌の様に、私の耳を楽しませたのである

 私は、それまでにも又それから以後にも、彼女の身の上話は、切れ切れに、度々たびたび耳にしたのであったが、この時程感銘かんめい深くそれを聞いたことはない。今でも、その折の彼女の一語一語を、まざまざと思い浮うかべることが出来る程である。だが、ここには、この物語の為には、彼女の身の上話を悉ことごとくは記す必要がない。私はその内から、後にこの話に関係を生じるであろう部分丈けを極ごく簡単に書きとめて置けばよい訳である

「いつかもお話した様に、私はどこで生れた誰の子なのかも分らないのよ。今のお母さん――あなたはまだ逢わないけれど、私はそのお母さんと二人暮ぐらしで、お母さんの為にこうして働いている訳なの――その私のお母さんが云うのです。初代や、お前は私達夫婦が若かった時分、大阪川口かわぐちという船着場ふなつきばで、拾って来て、たんせいをして育て上げた子なのだよ。お前は汽船待合所の、薄暗い片隅に、手に小さな風呂敷包ふろしきづつみを持って、めそめそと泣いていたっけ。あとで、風呂敷包みを開けて見ると、中から多分お前の先祖のであろう、一冊の系図書けいずがきと、一枚の書かきつけとが出て来て、その書きつけで初代というお前の名も、その時丁度ちょうどお前が三つであったことも分ったのだよ。でもね、私達には子供がなかったので、神様から授さずかった本当の娘だと思って、警察手続てつづきもすませ、立派にお前を貰もらって来て、私達はたんせいをこらしたのさ。だからね、お前も水臭い考えを起したりなんぞしないで、私を――お父さんも死んでしまって、一人ぼっちなんだから――本当のお母さんだと思っていておくれよ。とね。でも、私それを聞いても、何だかお伽噺とぎばなしでも聞かせて貰っている様で、夢の様で、本当は悲しくもなんともなかったのですけれど、それが、妙なのよ。涙が止めどもなく流れて仕様がなかったの」

 彼女の育ての父親が在世ざいせいの頃、その系図書きを色々調べて、随分本当の親達を尋たずね出そうと骨折ったのだ。けれど系図書きに破けた所があって、ただ先祖名前や号やおくり名が羅列られつしてあるばかりで、そんなものが残っている所を見れば相当の武士さむらいの家柄には相違ないのだが、その人達の属した藩はんなり、住居なりの記載が一つもないので、どうすることも出来なかったのである

「三つにもなっていて、私馬鹿ですわねえ。両親の顔をまるで覚えていないのよ。そして、人混みの中で置き去りにされてしまうなんて。でもね。二つ丈け、私、今でもこう目をつむると、闇の中へ綺麗きれいに浮き出して見える程、ハッキリ覚えていることがありますわ。その一つは、私がどこかの浜辺の芝生の様な所で、暖かい日に照らされて、可愛い赤あかさんと遊んでいる景色なの。それは可愛い赤さんで、私は姉ねえさまぶって、その子のお守もりをしていたのかもしれませんわ。下の方には海の色が真青に見えていて、そのずっと向うに、紫色に煙けむって、丁度牛の臥ねた形で、どこかの陸おかが見えるのです。私、時々思うことがありますわ。この赤さんは、私の実の弟か妹で、その子は私みたいに置去りにされないで、今でもどこかに両親と一緒に仕合せに暮しているのではないかと。そんなことを考えると、私何だか胸をしめつけられる様に、懐しい悲しい気持になって来ますのよ」

 彼女は遠い所を見つめて、独言ひとりごとの様に云うのである。そして、もう一つの彼女の幼い時の記憶と云うのは、

「岩ばかりで出来た様な、小山があって、その中腹から眺めた景色なのよ。少し隔へだたった所に、誰かの大きなお邸やしきがあって、万里ばんりの長城ちょうじょうみたいにいかめしい土塀どべいや、母屋おもやの大鳥おおとりの羽根を拡ひろげた様に見える立派な屋根や、その横手にある白い大きな土蔵なんかが、日に照てらされて、クッキリと見えているの。そして、それっ切りで、外ほかに家らしいものは一軒もなく、そのお邸の向うの方には、やっぱり青々とした海が見えているし、その又向うには、やっぱり牛の臥た様な陸地がもやにかすんで、横よこたわっているのよ。きっと何ですわ。私が赤さんと遊んでいた所と、同じ土地景色なのね。私、幾度その同じ場所を夢に見たでしょう。夢の中で、アア又あすこへ行くんだなと思って、歩いていると、きっとその岩山の所へ出るに極きまっていますわ。私、日本中を隅々まで残らず歩き廻って見たら、きっとこの夢の中の景色と寸分違わぬ土地があるに違いないと思いますわ。そしてその土地こそ私の懐しい生れ故郷なのよ」

ちょっとちょっと」私はその時、初代の話をとめて云った。「僕、まずいけれど、そこの君の夢に出て来る景色は、何だか絵になり相そうだな。書いて見ようか」

「そう、じゃあもっと詳しく話しましょうか」

 そこで、私は机の上の籠かごに入れてあったホテルの用箋ようせんを取出して、備そなえつけのペンで、彼女が岩山から見たという海岸景色を描いた。その絵が丁度手元に残っていたので、版にしてここに掲かかげて置くが、この即席そくせきのいたずら書きが、後に私にとって甚だ重要な役目をつとめてくれ様などとは、無論その時には想像もしていなかったのである

「マア、不思議ねえ。その通りですのよ。その通りですのよ」

 初代は出来上った私の絵を見て、喜ばしげに叫んだ。

「これ、僕貰もらって置いてもいいでしょう」

 私は、恋人の夢を抱いだく気持で、その紙を小さく畳たたみ、上衣うわぎの内ポケットしまいながら云った。

 初代は、それから又、彼女物心ついてからの、様々の悲しみ喜びについて、尽きぬ思出を語ったのである。が、それはここに記す要はない。兎とも角かくも、私達はそうして、私達の最初の夜を、美しい夢の様に過すごしてしまったのである。無論私達はホテルに泊りはしないで、夜更よふけに、銘々めいめいの家に帰った。

2021-03-14

仕事の休憩中

Twitterで、「バス運転手が始発停留所の発車待ちに漫画読んでる」って責めてた人を見て、以前いた会社の思い出がよみがえってしまった。

社内研修講師をやっていたとき、開始前に早めに控室に来ておにぎりを食べていたり、休憩中に新聞を読んだりしていただけで責められたの、未だにわけがからない。

今だったら写真を撮られてSNSにUPされていたかもしれないと思うとぞっとする。

2021-02-23

anond:20210223081858

うちの地元に関して言えば無理だな

平地がないか

地下鉄というか新交通システムがそれでモロ失敗してる

駅を作ったところで住宅地はそのだいぶ上で、下手すりゃ坂道上って歩くのに30分かかったりするんだから

自家用車か上の停留所まで来てくれるバスがある限り、駅があったってあまり意味がない

2021-01-27

バスで隣のおじさんが陰茎を画像検索していた話

朝の通勤時、いつも始発停留所からなので最後尾席の端に座る。

すぐ後にやってきて隣に座るおじさん、いつも医療関係の本を読んだりレジュメのようなもの

たまに東スポ水着女優が載ってる紙面を見ていたりする。

かくいう私は大抵ゲーム漫画を読んでいるので、視界の端に入るものの気にしてはいない。

今朝のおじさんはノートパソコンを取り出した。

普段から電車バスノートパソコンを広げて仕事している人間コンプラ排泄物ですわね、と思っている。おじさんもお排泄物だった。

それだけでは終わらなかった。

いまどのあたりを走行中かとスマホから顔を上げる最中に視界に入る陰経写真の羅列。

Google画像検索の画面だった。

おそらく、きっと、めちゃくちゃ好意的に推測して何かしらの症状や名称検索して出てきたものだと思う。

にしてもやで、場所考えろよ。

検索する時点で関連するものだとわかってるだろ。

からナニ見せとんねんお排泄物かよ。

2021-01-12

空いてるバスに乗ったらなぜか横に座ってきた男性

席は充分空いてるのになんで人の横に座るの?

移動中もわさわさ動いて微妙に体が当たるのが気持ち悪すぎる

注意したくないからずっと窓の方見てて停留所についてもすぐに降りなかった

そしたら座った相手バスからすぐに降りずにこっち見てるんだよね

あんまり他人のことどうこう言いたくないけどやめてほしい

2020-12-02

anond:20201202100407

送迎バスの「バス」の2文字だけを見て路線バスみたいなもの想像している?送迎バス停留所なんてないよ。

教習所の生徒だけが乗れる10人乗りのタクシーみたいなもんだから指定した場所まで迎えに来てくれて教習所まで連れてってくれるよ。

2020-11-29

anond:20201129081456

停留所に佇んているだけの老女を撲殺したりする人種から

2020-09-19

anond:20200918215911

自分ロングブーツ穿きたいな

バス停留所とか寒くて凍えそうになるんだろうけど

自動販売機ココアちょっとだけ指先を温めたりして

コタツにはミカンでしょって言いながら食べきれずに

朝起きて洗顔する時には、水がぬるくなるまで待って

夏程騒がしくない静かな季節も良いよね

冬になったら炊き込みご飯が美味しいだろうなあ

あっという間にクリスマス年末が来て

その時自分は何処にいるんだろう。スマホネット嫌いだ嫌いだって言いながら、結局また捨てられずに情報化社会に飲まれるのかも。こういう増田なら別にストレスじゃないんだけど、自筆手紙のやり取りしてた

時間時計確認して

あの頃はやる事にも追われず、時間が沢山あったような気がするなあ

2020-07-28

バスってさ

基本的時間通りにこないし

かと思えば明らかに乗ります!って感じで走ってるのに発車時刻から一秒も待たず扉閉めて出発したり

また別の時はこっちは既にバスに乗ってて急いでる時に限って停留所時間過ぎてるのにちんたら歩いてくるババア待って乗せてたり

ちなみに今は発車前のバスが止まってて外はクソ強風で天気も悪いのに発車ギリギリまでバス開けてくれなくて乗せてくれずセットした髪ぐっちゃぐちゃにしながら止まってるバスを前に風に吹かれて

全部仕方ないことって分かってるし違反でもないけどなんだかなあ

2020-05-31

財布が無くなった

 中学二年生の夏、とある地方都市で小さな事件が起きた。少し動けば汗ばむくらいの日差しが降り注いでいて、移動のたびに頻繁に上着の脱ぎ着を繰り返していたので、自分の持ち物がどこにあるかという注意が散漫になっていたかもしれない。僕の財布が見当たらなかった。

 僕たちは特に何をするわけでもなく、どこに行くわけでもなく、なんとなく公園で遊んでいた。公園といっても小中学校のグラウンド程度のものであり、8分に1回来る快速バス停留所が隣接するような、比較的人の行き来のある公園だった。

 僕は自分の財布が無くなったことに気づくや否や、自分の血の気がすっと引くのを感じた。しかし次の瞬間、僕はこれまでの行動を思い返していた。1時間前にスーパーに寄ってじゃがりこを買った。だから1時間前は財布を持っていたはずだ。これは間違いない。その後はーー

 公園バス停で友達3人でじゃがりこを分け合っていた。バッグからじゃがりこを取り出したまま、バックを閉めた記憶はなかった。周りに怪しい人はいなかったか・・・。一人だけいた。浮浪者の男が一人、隣のベンチに座っていたことを思い出した。

 バス停の方に視線を移すと、先ほどと同じように男は座っていた。僕は少しだけ自分の血が煮えるような体温の上昇を感じた。走るでもなく、でも出来る限り早歩きで近づいて、僕はあえて男に尋ねた。

すみません、ここら辺で財布の落とし物を見ませんでしたか。」

僕は人の顔色を読むのには昔から自信があった。だから僕はこの質問で8割は何らかの収穫が得られると思っていた。

「お兄ちゃん、財布落としちゃったの。一緒に探そうか」

彼はむしろ心配そうな顔をしてこう言った。この野郎、白々しい。どうせボロが出てくると思いながらとりあえずその臭い芝居に付き合うことにした。

しか10分経っても財布が出てくることは無かった。浮浪者の男は警察に紛失届を出すことをすすめた。そのポケットの中、少し見てもいいですかという言葉が喉まで出かかるのを抑えて、押し殺した。とりあえず警察に行き、状況を説明しよう。何か動いてくれるかもしれない。

その公園から100mのところに交番があった。僕は経緯を全て説明し、紛失届を書いた。すぐに探してくれるでもない、警官のなんともにえきらない態度に僕の怒りは収まらない。

僕はじゃがりこと一緒に買った爽健美茶を飲もうと、バッグの奥に手を伸ばした。





















財布があった。

ホームレスおっちゃん、本当に疑ってごめん。

2020-04-24

https://anond.hatelabo.jp/20200423225909

1話

あの災禍のあと、僕たちの社会は随分変わった。

そう、今あなたたちが渦中にある災いだ。

あれから鉄道は人を運ばなくなった。そのかわり、モノを運ぶようになった。資源も限られているので、生活物資基本的配給制だ。

レールに乗って各ハブ拠点に到着した物資は、さらに各地の配給所に配られる。住民は、役所から配られたクーポンと交換して、生活物資を得る。

一部の地域では、ドローンを使ったり、各家庭に直通の地下レールを引くなどの試みもあるようだけど、技術的には可能でも、手間と、そこまでする根拠が不足していて、あんまり進んでない。

ほとんどの地域は、住民が最寄りの配給所に取りに行く。

それらの配給所は、元はコンビニだったり、ドラッグストアと呼ばれる施設だったようだ。

鉄道が人を運ばなくなったかわりに、車が人を運ぶようになった。

車は今も人を運んでるじゃないか

その通りだけど、少し違う。

ここでは車は完全に公共交通になった。誰も車を所有していない。自動運転車自由観覧車のように、国じゅうを回っている。車好きの人は残念に思うかもしれないけど。

ネットワーク技術で完全に制御された自動運転車は、一定の車間距離一定スピードで、車道巡回している。

住民は自宅から、今で言うスマートフォンのような端末で、利用区間指定し、最寄りの停留所で乗り合わせる。

もちろん、運転手はいない。

それに乗っているのは、予約した住人とその家族、友人だけだ。

利用者目的地へ運び終えた後は、車内の換気と消毒が行われる。

人が移動する道と、自動運転車が走る道は、完全に分けられている。

あなたたちの世界のように、人や自転車のすぐ横を、車が走り抜けるような野蛮なことはもうない。人命と利便性が両立するよう、合理的に整備されている。

これを聞いて、あなたはディストピだと思うかもしれないし、理想的未来だと思うかもしれない。

実際のところ、僕たちのほとんどは満ち足りている。

しか生活物資配給制だし、完全にこの国の中枢機関によって管理されている。人もモノも。

だけどこのような太い「木の幹」の部分以外、枝葉の部分では、かなり自由が許されている。

例えば……、今のあなたたちにピンとくる例でいえば……。

僕たちの世界でも、ウイルス対策や防砂等の理由マスクが配給されることがある。それは機能性とコストだけを追求した、何の装飾もない、シンプルものだ。

それを各々がアレンジする。

染め直したり、より使いやすいよう、縫い直したり。

(これは今のあなたたちの世界でも行われてることだから、かなり想像やすいと思う。)

そしてそれは、しばしば個人取引可能オンライン市場流通する。

気に入ったデザインがあれは、自分が持ってるモノや通貨と交換できる。もちろんマスクだけじゃなく、服、装飾品、家具食器……、同じように、政府供給する“素材”がアレンジされて流通する。すべてにおいてそんな感じ。

最低限の機能だけを持ったモノが政府から支給され、そしてそれを、個人個人アレンジし、オンライン上に流通させ、購入者は先の配給所でそれを受け取ることができる。

人々はそうやって、限られた資源を使って、自分クリエティティを発揮することに時間を費やす。そして、あなたたちの社会ベースとなっている、労働というものほとんどない。

生活のために望まない作業を強いられることはほとんどない。これまで紹介したように、配給や合理的物流で、過不足なく生活物資は分配されるから

ただしこのシステム管理維持するために、月のうち数日、地域ステーションに駆り出されることはある。

と言っても、メンテナンスほとんど自動化されてるので、人間がやることと言えば、それが問題なく作動しているかを見守ることくらい。

実際は見守るというより、それらのシステムロストテクノロジーになることを防ぐために、市民にその稼働現場を見せ、記憶に焼き付けることにあるような気もする。

しかしそれを見たところで、ほとんどの人はそのテクノロジー理解できるとは思えない。ほとんどそれは、過去労働儀式化してると言って良いかもしれない。




https://kakuyomu.jp/works/1177354054895802561/episodes/1177354054895802748

2020-03-11

スマホを落とした

バスに乗ろうと慌てたせいでスマホを落とした。

乗った瞬間気づいて、すぐ降りて停留所一つ分歩いた。SIMカードを止める?再発行する?などと考えつつ戻って、探したが(無くす直前までバス路線を見ていた記憶があった)落ちていない。

バス停の近くに交番があり、バスに乗る前は留守の表示が出ていたが警官が戻っていたので戸を開けたらまさに私のスマホを机に置き、書類作成しているところだった。

ありがとう治安

安堵してスマホを落としたと言ったところ、書類を書き終わるまで待たされた。

手続き必要とのことで、紛失届の書類を書かされた。

キャリアも書かされた。警察官MVNOを知らなかった。

身分証明書を出したが、一瞥されただけで手にも取られず、本人確認ロック画面解除でなされた。(充電切れる前でよかった)

無駄と思いつつも本心から警官にお礼を言った。落とし主にもありがとうと言いたかったが、名乗らず去っていったようなのでその機会はおそらく失われた。

数年前、財布を拾って届けたときのことを思い出した。その時は、謝礼が欲しいなら落とし主が現れたときに連絡するので住所氏名を書けと言われて、書かずに謝礼の権利放棄したのだった。

スマホの拾い主がもし後日現れ、謝礼を要求されたとき、どうするか、という話をされた。非現実的だが、もろもろの書類と同じく、形式的手続きなのだろう。

相場はいくらくらいなんですか?と尋ねたら、おそらくは本体価格によるでしょうかね、と言われた。

本体よりもむしろ中の情報SIMカードの方が、無くしてから目の届くところに戻ってくるまでの私にとっては大事で、気がかりだったのだが。

そういう気持ちは謝礼にこめられない

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