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はてなキーワード: ミリオンセラーとは

2019-02-25

anond:20190225181857

俺はやっとほんとうにやりたいことを見つけたんだ。

俺は小説家になる!ミリオンセラーを連発して世界中に名を轟かしてやるんだ!

っていう熱いパッションを伝えればきっとご両親も納得して応援してくれるよ。

2019-02-18

anond:20190218184325

おいおい、万に一の確率で元カドカワ社長だったり元ミリオンセラードラッカー禿おじさんが混ざってる可能性を無視してはいけないぜ?

2019-02-16

ダウンロード違法化について

 ダウンロード違法化話題になっている。

 このことを考えるには「本とは何であるか」を今一度考える必要がある。

 本はもともとは「情報を記録してより多くの人に伝達する」ためのものだろう。

 「作者が金銭を得る」ことは本来なら「副作用」に類するものだ。

 「本とは何であるか」を見失ってしまたから複製が罪とされるのだ。

 もちろん、これは個人の感想に過ぎないが、もし間違っているなら教えてほしい。

 本とは一体何なのか?

 なぜ本を複製することが罪となるのだ?

※なお「本」をテーマとしているのは真偽は不明であるダウンロード違法化出版業界要請であるとされているため。

 もはや、この前提が正しくないのかもしれない。

 ミリオンセラーを出せば巨額の富を得ることできたのが、よくない。

 「良い商売」になってしまたか権力構造が生まれることになる。

 当初の目的は忘れ去られ、一部の人間のための理屈が全体を支配する。

 かつては「製本コスト必要」だったから、その費用請求したに過ぎない。

 しか現代ではデジタル技術によりゼロコストでの複製が可能だ。

 複製コストがかからないのなら読者は料金を支払うのはなぜか?

 「本を出したい側」すなわち「情報を記録したい側」「情報を伝達したい側」にとっては「無制限いくらでもデジタル複製できる」現代の状況は本来ならば喜ぶべきことではないのか?

 記録性や伝達性を高めるために生み出された手段としての本だが、逆にそれらを喪失しつつある。

 商売邪魔になるからと記録されなくなる。

 これでは本末転倒ではないか? 方向性を見失ってはいいか

 複製が悪と言うならばテクノロジーは間違った方向に進んでしまったのだろうか?

 複製コストだけじゃなく作者の生活費必要

 「本を売る」ということで作者の生活保障するシステムだ……、というのは一理あるだろう。

 だがシステムとしては欠陥まみれだ。拗れすぎてしまった。まるでスパゲッティコードだ。

 通説では「本を売るだけで生活できるようになれば生活のすべてを本を作ることに費やすことができる」とされている。

 しかし「売れること」への強迫観念質的変化をもたらしてしまった。

 競争はとても過酷だ。限られた人間けが「作者」になれる。

 「売れなければならない」から表現たかたことを切り捨てる。

 だというのに本は売れずに儲かりもしないなら怒りも沸くだろう。

 一体誰が得をしているというのだ?

 「本が売れなければ作者は生活できない」とは作者になれた側の理屈だ。

 現在システムでも切り捨てられている人間はいる。

 日の当たることのないものは闇の中へ葬られ、なかったことにされているだけだ。

 「本を出す」ということが「競争勝利した」という別の意味合いへと変容しつつある。

 半ば競技化した出版競争というもの他人を踏みつけた上にある勝利だ。

 ジャンルにもよるが、作品の中でどれほど綺麗事を語っていても、背景にあるのは血生臭い権利の獲得競争だ。

 トロフィー価値が下がるから「本は売れなければならない」という逆説的理論が構築される。

 目指すべきは「本が売れなくても生活できる」社会ではないのか?

 なら、いかにしてそれが可能なのか?

 ここで映画音楽の例を見てみよう。

 ところで映画音楽はいち早くダウンロード違法化を取り入れた。

 しか音楽なら公式MV公式無料配信され、映画なら地上波で放映されるものも珍しくない。

 有名な作品ほど、そうなる。

 結局はダウンロード違法化とは裏腹に無料デジタルコンテンツ提供されている状況だ。

 その一方で知名度の低い作品は人に知られることもなく消え去っていく。

 ダウンロード違法化によってデジタルデータ販売収益が得られるようになったのだろうか?

 どうやら、デジタルデータ販売とは別に収益を得ている様子だ。

 映画音楽と本の違いはなんなのか?

 キーとなるのは「施設」だ。

 映画ならば映画館が、音楽ならばライブハウスコンサートホールがある。

 他にもスポーツ場合でも施設があってプロがいる。

 野球ならば野球場、サッカーならサッカー場、バスケットボールならバスケットコートプールならプールゴルフならゴルフ場といった具合にだ。

 お金が欲しい人とお金を払いたい人が施設に集まる。

 施設を基点とする集金システムは、強い。

 「他人土地に無断で立ち入ってはいけない」という始原的なルールに基づいているためだろう。

 うまくいっているファンビジネスには施設があって、うまくいっていないファンビジネスには施設がない。

 本は施設との結びつきが弱い。

 「基盤となる施設の不在」こそが本の作者の食えないことの最大の要因であるとは考えられないだろうか?

 本にも書店図書館漫画喫茶といった関連施設があるにはある。

 だが、それらは作者の収入に直接的に結びついてはいない。

 デジタルデータのない時代、本は書店に行かなければ入手することができなかった。

 書店は「発売日に本を手に入れる」という日常の中でのプチイベント提供する施設であったといえる。

 しか現代ではデジタルデータがある。

 しかも売る側の人間が「本と電子書籍は同じ価値ですよ」と宣伝しているのだ。

 実物とデジタルデータは本当に同じ価値なのだろうか?

 書店でのサイン会のようなイベントは「宣伝になるから」という理由無償であることが慣例となっているらしい。

 むしろデジタルデータ無料サイン会が有料であるほうが直感的ではないか

 テレビ放送されてこそ「遊園地で僕と握手」というシステムがなりたつ。

 アニメ業界も同様に施設を持たないか金策に苦労するのではないだろうか?

 イラストレーターならアトリエアニメならアニメスタジオのような施設はあるが、これらは工場に近い。

 売れないといわれているアニメ業界だが、一部のアニメ映画はその例外のようだ。

 映画館という施設のパワーを借りたからうまくいったのかもしれない。

 それでは、どんな施設を作ればいいか

 それは出版業界人間が考えるべきことだろう。

 もし何のアイディアも思い浮かばないようであれば出版業界になんの存在意義があるのか?

 出版業界などダウンロード違法化と一緒に崩壊してしまえばいい。

 もしも作者と読者が直接的に結びついてしまえば出版社はお役ごめんだ。

 今後の生き残りを狙うなら出版社にも施設を用意する動機はあるはずだ。

 商業施設というのはただそこにあるだけでなく「関係性」を提供するものだ。

 演者と観客、対戦相手講師と受講生、提供する側とされる側といった関係性だ。

 お金を持っている人、お金を使う人、あるいは大勢の人との「関係性」を提供する「施設」だ。

 もしくは公共性を持った施設でもいいかもしれない。

 ここでいう施設というものはまったく新しい概念でなくてもかまわない。

 地図でも開いて目に付く限りの施設を本と結び付けて考えればアイディアひとつも思い浮かぶことだろう。

 本が売れないかダウンロード違法化というのは根本からしておかしい。

 それよりも適当施設を用意するほうがよっぽど現実的だと思うがどうだろうか?

anond:20190216064938

から

君のお気持ちに沿ったもの世界が満たされるべきだなんていう君のほうが子供臭い

そもそも日本国民100人に一人売れればミリオンセラーなんだから、きみが、そういうメッセージ性のがる奴とやらを好き好んでりゃいいだけ。

2019-01-05

anond:20190105215839

横だが超雑に計算して

一冊500円として印税1割=50円だと200万売れれば1億だな

半分税金に取られるとして400万

小説一冊分と考えると凄まじい部数だけど、なろう系というかラノベって一年に何冊も出してるから

年間四冊出すとして一冊50万?ならいけそうな気がするが

あ、倍にするの忘れてた

一冊100万か、今時はラノベミリオンセラーは無理か?

2019-01-02

anond:20190102185908

東京ラブストーリー放送されたのも

101回目のプロポーズ放送されたのも

ひとつ屋根の下放送されたのも

家なき子放送されたのも

美空ひばりの「川の流れのように」が発売されたのも

ちびまる子ちゃんアニメとともに「おどるポンポコリン」が大ヒットしたのも

B'zが「太陽のKomachi Angel」で初めてオリコン1位を取ったのも

プリンセス・プリンセスの「Diamonds」がCD作品ミリオンセラー第一号となったのも

尾崎豊が亡くなったのも

キリン一番搾りが発売されたのも

カルピスウォーターが発売されたのも

ナタデココが大ブームを巻き起こしたのも

ゲームボーイスーパーファミコンが発売されたのも

Tokyo Walkerが創刊されたのも

朝日新聞で「となりの山田くんののちゃん)」の連載がはじまったのも

横浜大洋ホエールズ横浜ベイスターズ改名したのも

ロッテオリオンズ千葉ロッテマリーンズ改名したのも

オグリキャップ有馬記念に勝って引退したのも

ベルリンの壁崩壊したのも

ぜんぶ平成なんだよね。

2018-11-06

anond:20181106145443

例えとして藤崎詩織が出て来る増田世代類推できる

あの時代はあれが認められてたんだよな

藤崎詩織みたいな女出てきたらオタクに袋叩きになりそう

ときメモ自体、割と今考えるとリアルで身も蓋もないし

(だからこそオタク向けではなく一般ゲーマーも巻き込んでミリオンセラーになったんだろうけど。ゲームとしても面白かったし)

2018-08-22

だんご三兄弟っておかしくない?大体だんごって四個じゃね?

Youtubeでさ、90年代から2000年代シングル曲ランキングとか、年度別ミリオンセラーって番組あったから見てたんだけどさ。


だんごって普通四個じゃない??コンビニだと四個、近所の団子やさんも確か四個。

百貨店とか行くと、三個なのか??覚えてねえ。。もしそうだとしたら、だんご三兄弟富裕層向けの、金持ち向けの、歌だったの??


それともあれか田舎は三個なのか?いや、旅行いったときに、わざわざ普通の団子食べないからさ、分からんわ。

いや、まあ、そりゃあ三個で売れたほうが利益率いいもんな。もしかして、あれか、デフレ社会への反逆を歌った曲なんか?


誰か答えを!!くれ!!

2018-08-03

時代が変わった事は認識しているが

アラフォーの俺が若かった頃は、服のイケてる買い方は

だった。

そして靴やバッグその他小物は

だった。

ちなみにセレクトショップに行くのは、一定以上の服の品質保証されているなんてのは大前提で、その上で「オシャレなお店で買う事そのものステータスであり、目的化していた」と言っていい。

またブランド小物についても、マニアでもない限りブランドコンセプトの理解二の次三の次、大事なのは実物を手に取って「さすが定番と言われているだけある」と感心し納得して買うという行為だった。

したがって、必然的に服や小物の買い物=明治通りまで出かけるというのが公式化していた。

少なくともメンズは。


さて、そんな話も今や結構遠い昔。

ながーいデフレ不況のせいかファストファッション全盛となり、買い物は基本ショッピングモールユニクロZARAに靴はABCマートという流れが定着して久しい。

気が付けば俺も、休日丸々かけて明治通りなんて何年もご無沙汰で、いつもは地元ユニクロZARAを見て回り、ごくたまに複数セレクトショップABCマートプレミアステージが入った、東京近郊のデパートに行く程度になってしまった。


はいえ、やっぱり若い頃に身に付いてしまった買い方がクセになっている。

オシャレってのはイケてる店だよ定番ブランドありきだよって感覚が、折に触れてリフレインする。

でも、自分が若かった頃のアイテムの買い方は、今や


中途半端ダサい

モノ・マガジンバイブルっぽいキモさがある」


らしい。

なんかもう、タワレコHMVミリオンセラーCDを買う事が化石化した話と同等な扱いになっているっぽい。

別に俺はファストファッションを見下してないどころか、ファストファッションだけでオシャレなんて、全身ブランド品なんかより遥かに凄いしイケてると思う方だ。チープシックいいじゃん。

それなのに、昔は正義とまでは言わないが、イケてると言われていた行為が、ダサいおっさん嘲笑対象というのが腹立たしい。

そこまで滑稽に見えるのか…と凹み気味だったり。


何がそんなに可笑しいのか、教えて欲しい。

2018-06-07

百田ヘイト野郎の本性が明らかになった時は既にミリオンセラー超人作家だったからすぐには切れなかっただけだよね

それでも徐々に遠ざけられていってもう作家としては完全に過去の人になった。

いくらでも代わりがいる量産型なろう作家がなぜ出版社に守ってもらえると思うのかねえ

2018-05-11

anond:20180511021751

 少し話が違うけど、90年代月9ドラマの平均視聴率が、余裕で20%越えだった事、しかも、最高瞬間視聴率が、30%越えもあった

スマップ看板番組の「SMAP×SMAP」の90年代後半の視聴率が、平均で20%以上だった事、屈指の高視聴率番組

ドラマ撮影で、台詞を間違えた場面が、「ハプニング番組」と称して、普通にゴールデン番組で放映されてた事、しかも、人気番組だった

オリコンCD売り上げが、ミリオンセラー突破が当然で、上位が全て、小室哲哉だった事もあった

笑っていいとも」の総集編が、日曜日に放映されて、人気番組だった

今じゃあ、想像するのも、難しいよ

2018-03-23

anond:20180323191348

謎の太巻きも、売れてる同人も、集団の中でちょっと目立ってるだけっしょ。

昔みたいなミリオンセラーまではどれもいかない。まあ、ミリオンセラーと言っても100人に1人しか買ってないということではあるんだが。

2018-01-28

anond:20180128115524

ミリオンセラーって、100人に1人しか買ってないって意味でな。

君が興味持たないのなら、スルーしたらいいだけだろう。

世の中そんなものいっぱいある。

2018-01-21

anond:20180121162729

TMNは…

あとその頃は金のない若者ラジオ流れる曲を自分テープに録音とかが多かった時代だよ

から有名な曲でも意外と売上枚数は少ない

CDが普及してトリプルミリオンセラーとか出たのが90年代

2017-12-19

anond:20171219115400

そもそも、マスなんて狙いようがないし、ややマス程度でも「起業」としては十分だからだと思うぞ。

例えばミリオンセラーなんて100人に一人しか買ってないわけでな。

ある程度ターゲットとする顧客を絞る必要がある。

今時も何も考えてないごますりで上がってきた大手企業の重役以外は、何をターゲットにするかぐらいは、どこの儲かってる会社も考えてる。

次に、マスに浸透させる手段がまずない。マスに浸透させるぐらいの広告宣伝費なんかに金使ってたらつぶれるそもそも広告なんて今や全員に通じる広告なんてない。

テレビ新聞離れ著しいから。

から、少ない人数に高価高付加価値ものを売るか、やや多いぐらいの人数に、何らかのプラットフォームアマゾンとか楽天とかandroid playとかApp storeとか、steamとか)を使って

特徴がある商品を売るかの2択。

マスなんて今や何も考えてないやつしか狙ってない。それは、マーケティングのターゲッテイング俺はしてませんと同義語だから

2017-12-02

anond:20171202075919

感性みんな違うものだし。

ミリオンセラーは逆を返せば、100人に一人しか買いませんでした!ってことでもあるんやで。

しろ、世の中で流行ってるものを俺が好きでないのはおかしいと気に病む方がおかしい。

世の中で流行っているもの自分が好きでなくてもいいじゃない。逆に、流行ってなくても自分が好きなものを好きでいていいじゃない。

2017-11-20

anond:20171120120235

ミリオンセラーのゲームソフト一覧 - Wikipedia

90年代でも既にシリーズものばっかりじゃね。

PS立ち上げ時にSCEが新作を当てまくったのが目立つくらいで。

2017-11-09

anond:20171109160411

当たり前だろう、今更何を言っているんだ。

あの小説は、表紙から入る世界観が全てとは言わないが、大部分を占めているんだ。

それが気に入らないなら、あんたがブスを描いた表紙の小説を書いてみて、ミリオンセラーを達成してみれば?

2017-10-05

アンジェと今の乙女ゲのキャラも違うけど

ときメモ(初代)も、その後のエロゲブームの時のエロゲとか今オタク向けに出てるアニメラノベとかと比べると

出て来る女の子は割とまともな性格(まあ紐緒みたいな変わり種もいたけど、オタク狙いというよりはギャグ的な変人さだし)していたし

主人公容姿パラメータ一定数以上でないとデート誘っても逃げられる」とか

「一人の女の子に嫌われると噂が広まって全員に嫌われる」とか

そういう女のめんどくささも表現されてたよなあ

藤崎詩織なんて今オタク向けアニメに出たら袋叩きにしかならないんじゃないか

ミリオンセラーだったんだよねあれ、オタク以外にも多数売れたってことだ

最初にヒットするものは割と非オタ一般人にも受け入れられる内容だが、それが終わって売れなくなるとニッチ化する

→内容もニッチに向けてどんどん先鋭化する→一般人ついていけなくなる、って経緯なんだろうな

2017-07-28

https://anond.hatelabo.jp/20170728034634

世の中の人ほとんどの人は5%ぐらいのものしかこころ動かないと思いますよ。

で、その5%を作ってる作家だとか、あるいは特性を元に、自分がどんなものが好むか?を知って、次のものを見つけていきます

日本でのミリオンセラーって、逆を返せば、日本人1%しか買わないってことですから

そこで周りの人と感覚があわないんじゃないかと恥じることは無いです。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170513095736

欲しいと思わない人が増えてるから少子化なんじゃない?

「めちゃくちゃ流行ってる」と言えるほどの売り上げがあるエッセイ漫画なんてあったっけ?

ミリオンセラーは行かないと「めちゃくちゃ流行ってる」とは言わないよねえ。

2017-04-29

日本人って何に興味があるの?

国会でどんな事件が起ころうと、北朝鮮からミサイルが飛んできそうになろうと、日本人の大多数って基本「無関心」だなと思う。アイドル以外だとミリオンセラーになるような曲もなくなったし、ドラマ視聴率も軒並み低下している。車も家電ゲーム機も昔より売れてない。かろうじてスマホゲーム市場は大きくなっているんだろうけど、日本人の興味が全てスマホゲームに向いているとはさすがに思えない。今の日本人って、一体何に興味があるんだろう。国民総無関心時代って少子高齢化より恐ろしいんだけど。

2017-01-24

声優が間違ったことをするわけないか

明坂聡美は悪くないことは確定してる。

西野が全て悪い。

と、ちょぼと不倫してそうな男ランキング1位のお笑い芸人が言ってたから、声優が今まで行ってきた正しい行為を書きます

料理本がミリオンセラー

利き水ができる

太陽にほえろ脚本を書いた

タバコ大好きおばあさん

アフレコ遅刻してきた上に、道中で寄り道して買ってきたバッグを自慢する

アルカノイドが上手

実は1も2も作中作

ドラえもんのものまねしまーす、と言って水田わさびモノマネをするふーりんを殴った

2016-12-25

ASKA記憶──ASKAFUKUOKA」を聴いて

 ASKA新曲FUKUOKA」を聴いた。

 予想を大きく裏切る名曲となっていた。この曲は、ASKAが、自分故郷福岡を歌ったものだ。ASKA中学一年生から高校二年生までの約四年間を北海道で過ごしたが、生まれから大学在学中に歌手デビューをして上京するまで、彼は福岡に住んでいた。上京するときASKAはどのような心境だったのだろうか。

俺は東へ 上るつもりだ

勝手な奴だと思うだろうが

冷たい風に深くくるまっても

だまって俺は 歩いて行くだろう

「歌いつづける」より

 CHAGE&ASKAは、もともとCHAGEASKAの二人によって成り立っているわけではなかった。CHAGE&ASKAは、バンドメンバー5人を含めて、合計7人のバンド集団だった。だが、デビューできるのは、CHAGEASKAの二人だけだった。「勝手な奴だと思うだろうが」ASKAは、東京にやってきて、歌手活動をはじめることになる。

 デビュー一年後、「万里の河」(1980)でヒットをするものの、その後、約10年間、セールス的には大きなヒット曲に恵まれず、「冷たい風に深くくるまって」、歩き続けたのであった。CHAGE&ASKAを一気に国民シンガーに押し進めたのは、何よりまず「SAY YES」(1991)であっただろう。同年、ASKAソロとしても「はじまりはいつも雨」(1991)でミリオンセラーを達成する。ここからさきの活躍については言うまでもないだろう。「YAH YAH YAH」(1993)など大ヒット曲を連発するとともに、活動アジア圏にまで広げていき、またMTVアジア人初として出演するなど、「世界的」といってもいい活動を繰り広げていったのだった。

 そんな時、ASKAにとって生まれ故郷福岡はどんな場所だったのだろうか。 

 ASKA福岡に曲を捧げたのは今回が初めてではない。福岡市市制100周年を祝して、「心のボール」(1989)という曲を作っている。ここでは、故郷と幼い日を思い出して涙が出てくるが、でも思い出に浸っていてはいけない、人は未来を生きているのだから、ということが歌われている。

次のステージが待っている。自分を育ててくれた故郷ゆっくり過ごしたいが、待っている人たちがいる。自分は「ハンサムな道」を「歩きつづけ」なければならないのだ……。

          *

FUKUOKA」は「SCENE」シリーズ代表されるASKAバラード曲につながるものだとも言えようが、決して「お得意」のジャンルASKAは引きこもっているわけではない。むしろ、この曲にはASKAの新しい展開を予感させるものが凝縮して詰め込まれている。これほどまでに静謐言葉なかに激しい想いが込められたASKAの曲を私は知らないのだ。

発車のベルが鳴る 街が動いて行く

あの頃の僕は何を見ていたのか

 当たり前の、いつもの日常風景。通学する時、いつも見ていた何気ない風景剣道の道具を、あるいはギターを持って、つまらない顔をして車窓風景を見ていたのではないかしかし、車窓から流れていくその何気ない街の風景が、今、映写機が回っていくように、一コマコマ映画のように美しいものとして、かけがえのないものとして記憶の中に流れていく。

こんにちは さようなら おはよう おやすみなさい

繰り返しながら僕はここに居る

 何気ない挨拶たちと共に、出会いと別れを繰り返しながら、生きてきた。その一つ一つが今、生き生きと現れてくるのだ。

僕のニューシネマパラダイス

 ここで想起するのは、傑作映画ニューシネマパラダイス」だけではない。光GENJI提供した曲「パラダイス銀河」(1988)を私は思い出した。

ようこそここへ 遊ぼうよパラダイス

 同じ「パラダイス」という言葉が「パラダイス銀河」と「FUKUOKA」ではこれほど違った響きを与えられて存在している。この響きの違いのなかにこそ、ASKA時間記憶を、私は感じる。

野球の話をする タクシードライバー

 いささか唐突に出てくるこの節。中島みゆきタクシードライバーから引用だと見るのは深読みしすぎだろうか。

タクシードライバー 苦労人とみえ

あたしの泣き顔 見て見ぬふり

天気予報が 今夜もはずれた話と

野球の話ばかり 何度も何度も 繰り返す

 不器用タクシードライバーは、泣いている乗客にその理由を聞くわけではない。どうでもいい話ばかりを客に話すことで、静かに励まそうとしているのだ。静かに励ましてくれる街、福岡。そこでは「風が見える」のであるASKAにとっての「風」とは何かというのは、「風のライオン」「風の住む町」「風の引力」などの曲を再び聴いてもらいたい。

           *

私が「FUKUOKA」で最も感動を覚えたのは、

sweet and good memories

という箇所だ。様々な感情が入り乱れた「memories」の「s」の音である。静かに消えていくsの音には、記憶を手繰り寄せていく中で、当時気が付くことができなかった様々な人たちの気遣いに気が付き、泣きたくなるような「感謝」の想いが、「祈り」にまで高められているように感じられるのだ……

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