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はてなキーワード: プレイステーションとは

2020-08-05

   幼少のころだから昭和がいつ終わったかはあまりはっきりと覚えていないが、  昭和59年までは、確実に素晴らしい時代があったかのように思う

    現在でもコンビニに  1983年と題するマンガが置いてあり、当時がどうだったか描かれている

       分岐点は、昭和60年8月2日の御巣鷹山墜落    8月12日に「天空の城ラピュタ」が出て、シータが「国が滅んだのに王だけ生きているなんてこっけいだわ」

    といったあたりから、雲行きが怪しくなっていた。昭和60年の秋ごろにはもう全てがダメだったと思う

       昭和61年以降はもう、保育所でもどこでもいじめは当たり前であり、段々腐っていっていたが、まだ昭和天皇のオーラがあったので、世間全体のバカが抑えられており

  いじめバカに向かうか、頭のいい人に遠慮するか、右にも左にもいかない時代だった

    平成元年になってから本格的に悪化して、もうその後は完全にダメだと思う

      平成2年頃から学校いじめ常識化していたし、それでも、平成3年まではバブル経済があったので、大人がうかれていて世情が安定していたが、それが壊れて

   平成4年~7年は暗黒だったのが

     こどもは、学校は最悪だったが、スーパーファミコンの出現で救われていた。その何もない最悪な時代

   H7年冬だったかの  プレイステーション セガサターンの発売で一気に塗り替わり

  H8年   全国にダイエーができて  消費社会が大爆発   自転車もそれまではママチャリ常識だったのが、マウンテンバイクなどが初めて流行し、プレイステーションにおいても

           FF7~9などの良作をはじめとして一気に爆発   GLAY全国ツアーを開始   女子供に熱風が走る

  H9年     デスクトップパソコンウインドウス95発売、インターネット通信開始

      それ以降、H17年までは、もう何もかもが最高で一切に不幸がなかったので、それはもうみんな最高な時代を生きたことは現在の30代、40代記憶していると思う

    H17年8月に  ドラマドラゴン桜流行った時も、主人公が  バカとブスこそ東大に行けといったときも格別誰も不快感はなく、みんな面白がっていたと思う

      そういう最高な時代が終わったのが  H18年で  それ以降現在までは最低最悪だと思う

    日本はいつの時代でも最悪なのではなく、  最高なときと最悪な時を繰り返している。なんにしても、  平成8年から17年は天国のような時代で、凄まじかった。

      今はもうダメだ。

人類の今後をタイムラプスで見たい

自分人生邪魔すぎる

神の視点ニュースだけ見ててえよ

死後、はてブけが見られる精神世界に行くってんでも可

日本人口減はどうなるのか、米中は戦争やったりするのか、宇宙のどこまでいけるのか、シンギュラリティは来るのか、プレイステーション10なんかが出たらどんな性能なのか、ハワイ日本がくっつく頃はどんな世界なのか、つうかそれまで人類は残ってるのか…

気になることが多すぎる

書いてて思ったけどはてブしか見られなかったら100年も経たずになんの情報も得られなくなって退屈で狂いそうだな

やっぱネットが見られるくらいは必要

2020-07-21

プレイステーション5-Version2 とかありでいいですか?

2020-06-13

拝啓 anasonic様

敬具

そろそろディーガどうですか?

山本彩もいい感じになってきており、プレイステーション話題などもの、次期モデルの話がゴシップなどがながれ

そろそろ本格的にPS5のデザイン画ぐらいは、本物が市場にも流通しそうです。

長らく続いていたハイビジョン論争も、いちおうの結末がついた気がします。

 

召喚獣も、自称 最凶の召喚獣 アレキサンダーでこのぐらい。というのは私共下層の人間でもみられるようになりました。

Youtubeいいですね。

ただ、リヴァイアサン みたいな。

 

ちゅどぉぉぉぉぉぉん ごぉぉぉぉぉぉぉぉ

 

2020-06-12

PS5はWindowsPC内蔵すればいいのに

USBスティックサイズにWinPC内蔵できるんだからプレイステーションサイズなら完全に搭載可能なはず

PCを持ってない日本若者強制的PCを普及させてほしい

昔と違ってWinPC機能は基板一枚で可能なはずだろう

プレイステーション5の妹です。この度は兄、ション5が皆様をご期待させてしまたことについて謝罪いたします。

この事ははてなブックマークで知りました。本人の口からは直接聞けていません。

兄、ション5は昔から人を楽しませることが好きな人でした。長男のション2の影響も大きかったのだろうと思います

皆様をご期待させてしまうのも無理はないかと思います

この場を借りて謝罪いたします。

2020-05-21

anond:20200521175300

プログラミング自体を知ったのは中学校技術・家庭の授業。そのあと、初代プレイステーションゲームC言語で書かれていることを知って興味がわいた。

当時、家にパソコンはなかったけど、初心者向けのC言語本を読んで巻末の素数一覧出力プログラム理解した。

高校入学したあたりで祖父母からパソコンを買ってもらって、C言語プログラムパソコンに実際に入力して動かすようになった。

大学情報工学科に進んでから生業にすることを決めた。

2020-05-17

あるゲーム雑誌の思い出

今年の3月定期刊行が停止になった「電撃PlayStation」というゲーム雑誌がある。

自分は、中学生から高校生の頃にこの雑誌を愛読していたのだが、忘備録的に残しておきたくなった当時の記憶を、ただここに書こうと思う。

今とは違い、プレイステーション雑誌が他にも沢山ある中でこの雑誌を購読していたのは、他誌と比べて少しオタク度が高い記事と、かなりオタク度が高い読者投稿コーナーがあったからだった。

他のゲーム雑誌が、面白いネタ投稿がメインだとすれは、この雑誌ゲームへの愛、キャラクターへの愛を語る投稿が多かった(このコーナーに寄せられるイラストクオリティは他誌と比べて高く、後にプロデビューするような人もいた)。

そして印象深かったのは、そんな読者への、編集部から愛情が感じられることだった。

それを一番強く感じたのは、「電撃PlayStation D」という体験版セーブデータ入りのCD付きの増刊号?のようなバージョン雑誌があったのだが、そのCDメニュー画面に流れるオリジナル曲歌詞だった。

「とりあえずこんなときは ゲームでもしよう

もしも涙流れても 何も言われないか

とりあえずこんなときは ゲームでもしよう

二人ではないけれど 一人でもない気がするから

「ぎりぎりシビアお話なんて したことも見たことも無いわけで

夜中にゲームに熱中な日々に リアル明日は笑いかけない かもしれないね

だけど深夜のコンビニへ 買い物に行く時の星空は どんな事にも負けないように レベルアップしろと僕に叫ぶ 」

歌唱力がある訳でもなく、音もチープだが、当時の「ゲームばっかりやってていいのかな」という中高生自分に突き刺さる歌詞だった。

毎号のCDに入っていたのだから、数十曲はあったはずだ。

オリジナルの曲と歌詞を、毎号作る。結構な手間だろう。そしてその歌詞は、毎回、読者に寄り添おうとしている。

そのことへの感動もあったが、大人が、こんなに自分たちの気持ち想像しうること、もしくは、大人自分たちと同じ感受性を持っていることへの驚きがあった。

そう感じて、どんどんこの雑誌のことが好きになり、もう売っていないバックナンバーも読みたくなった。古本屋創刊号から探して持っていない号を50冊ほど買い集め、その時点で出ていたほぼ全ての号を揃え、何度も何度も読み返した。

ずいぶん前に社会人となった今、確かに大人でもゲームをする子ども気持ち理解しうるということは分かった。そして、その気持ちに寄り添う歌を毎号毎号つくる労力が、いかに大変なものかということも分かるようになった。

ありがとう。そしてこれから応援しています電撃PlayStation

2020-05-10

すっかり「コロナ」が普及しちゃったよね

流行している新型コロナウイルス、COVID-19だけどさ

すっかり「コロナ」と呼ぶのが定着しちゃったよなーと

前々から世間大衆向けマスコミでは「コロナ」呼びが定着してたけど、最近では比較公的な場でも「コロナ」と呼称されてる

俺は特に専門知識はないけれど

流行ってるウイルスは「コロナウイルス」という普通名詞に含まれもの一種なんだよね?

ゲームハードに例えるなら

コロナ」はファミコンプレイステーションドリームキャストニンテンドースイッチ等全てを含む「ゲーム機」に相当する単語

「新型コロナウィルス」や「COVID-19」は「次世代機」や「プレイステーション5」に相当する単語だと解釈してる

からなんとなく「COVID-19」のことを「コロナ」と言っているのを聞くと気持ち悪い

ブラウザIE)のことを「インターネット」と呼んでいる人を見たときと似たような居心地の悪さを感じる

はてなは割と「コロナ」と呼ぶことに抵抗がある人が多い印象だったんだけど、ここ一週間くらいで多くの人が「コロナ」と言うようになった

もしかして俺の勘違いでCOVID-19をコロナ呼びするのは何の違和感もないことなのか?

2020-05-02

MacDQ10を遊びたいと思ってリモートデスクトップを使おうと思ったが

MacBookDQ10を遊びたいと思った。ゲーム用のデカWinPCはとても使いづらい部屋に置いてあるからだ。

実はDQ10最近ブラウザ版が出た。じゃあこのブラウザ版をMacBookで遊べばいいじゃんという話になったが、うちの回線は夜になるとスピードがガタ落ちになるため遊びたいときにまともに使えないことがわかった。ゲームコントローラーPS4用のDualShock4。これもUSB接続しなければ使えなかった。MacBook本体にあるのはUSB-Cで、DS4にあるのはmicro-Bなので、アダプタをかまさないとMacBookに繋がらない。ここも面倒だった。

なので、ブラウザ版は諦めて家のWinPCリモートデスクトップでつないでドラクエ10を遊べばいいじゃんと思ったのだが、今度はリモートデスクトップだとコントローラーが使えない。

まぁ、そこら辺が全部解決したので記録しておく。

まず、リモートデスクトップは諦める。その代わりにMoonlighthttps://moonlight-stream.org/)を使う。

まずWinPCnvidiaグラボを積んでいることが条件。ゲーム用に組んだPCだったのでここはクリア

そしてnvidiaGeForce Experience softwareWinPCダウンロードインストール。これを使うとゲーム配信とかができるらしいが、その配信システム希望プラットフォームMoonlightクライアントで受信して遊ぶという流れ。

MoonlightWin版、Mac版、Linux版、ChromeOS版、iOS版、Android版、のみならずラズパイとかでも遊べるらしい。とにかく超いろんなプラットフォーム対応している。

次に、GeForce ExperienceでSHIELDオプションをオンにする。これはリモートデスクトップ経由では設定できなかったので注意。

あと、同じオプションカテゴリストリームするゲームが設定できるが、DQ10を遊びたかったらDQXBootという名前exeファイル指定しておくこと。

それから希望するプラットフォーム(今回はMacOS)のMoonlightダウンロードする。で、起動すると自動的ストリーミング設定を完了しているWinPCを見つけてくれる。

そして、接続するときPINコード認証する。

ここまできてMoonlightコントローラー簡単に使えるという話だったが、Bluetoothで繋いだDS4が使えない。USB接続すると使える。

ここも調べてみたら、プレイステーション公式ブログCatalinaなら直接Bluetoothで使えるようになったよとあったので、MacBookOSCatalinaアップデートする。すると使えるようになった。

これら全てをクリアして、寝室のMacBook無線のDS4を使いながらだらだらと遊ぶというダメ人間の城が完成した。

Moonlight本来Steamのためのものだったらしい。なのでDQXに限らずSteamゲームバリバリ遊べると思う。以上。

2020-04-07

世帯プレイステーション2を配布して家でPSでもやってろと言うしかないよね

東京で外に出てる人は警察が射殺していいと本気で思ってる

それくらいやらないとこの危機は乗り越えられないんだよ

首都圏の人は家から出る時、この外出で誰かを殺しているのかもしれないと考えてくれよな

2020-03-14

初代PSの立ち上げは任天堂への怨念からではない、というお話

実はプレイステーションの生みの親、久夛良木健任天堂へ出入りしはじめたのはファミコン時代ディスクシステムの頃。その頃からソニーフロッピーディスクを使ってくれと営業に来ていた。

その時から久夛良木は「家庭に置く高性能コンピュータ」という夢を持っていた。そのため一番近いのはファミコンバカ売れしている任天堂と手を組むのが一番だと思っていた。

フロッピーディスクディスクシステムのクイックディスクよりも高性能・大容量ではあったがコスト面にて折り合いがつかず採用には至らず。しかしそこから久夛良木任天堂との付き合いが始まる。


その縁がもととなりソニー音源チップ次世代機スーパーファミコンに搭載することになった。開発用ワークステーションNEWSソニー製だ。この時点ではがっちり手を組んでいる。

そしてCD-ROMオプションの話が出てきて、その後キャンセルとなるのだが、実は証言をたどると意外に久夛良木自身はあっさりとしている。

https://www.cesa.or.jp/efforts/keifu/kutaragi/kutaragi03.html

「ある共同開発プロジェクトが、一方の事情が変わって頓挫してしまう」というのは、一般的にも起こり得ることです。ソニーでは他社との間で多くの共同開発プロジェクトを手がけていましたが、最終的な成果にたどり着けなかった企画もいくつか存在していました。

と、なんと任天堂キャンセル理解すら示している。「任天堂野郎をなんとかして見返してやる」的な怨念全然見られない。実は同様の証言他者からもでている。



https://www.4gamer.net/games/000/G000000/20120903062/

「そういう解釈が一番分かりやすく,ストーリーとして面白いけれども,実際はそうじゃなかったように思う」

「もちろん,悔しいという気持ちもあっただろうけれど,何よりも多良木さんは“やりたかった”んじゃないかな。それが真実でしょう」

「だから,今度は(任天堂など他社が介在することなく)自分達の“本当にやりたいこと”ができる状況になり,むしろ久夛良木さんは『しめしめ』と思っていたかも」


SCE設立に関わった丸山茂雄証言である久夛良木PS立ち上げに動いた原動力は負のものではないという。プレイステーションの立ち上げは怨念とは違う、正の理念に基づいていた。

2020-02-25

幻のスーファミ付属CD-ROMについて知ってるやついる?

プレイステーション」ってやつ。興味あるんだけどさ。

2020-02-16

初心会から卒業と「救世主プレイステーション」と中古裁判の話

※この記事は前回からの続きです。

https://anond.hatelabo.jp/20200211202529

 さて、続きだ。ゲーム業界流通において初心会がやってきたこととその最後を述べてきたが、今回は初心会を葬った旧SCEソニー流通を中心に街のゲーム屋的な小売店視点で色々語ろうと思う。しかしこの期間は非常に起きた出来事が多くかつ入り組んでいるので、あえて細かな要素をオミットして正確さよりもわかりやすさを重視することにする。それにデジキューブ銃撃事件真相なんざわからいからな。


 時代プレイステーション参入前。任天堂エンタテインメントが行き止まりに行きつつある頃だ。そのことについては前回語ったが、さて、任天堂以外の、NECPCエンジン)やセガメガドライブ)あたりはどうだったのだろうか? 初心会が横暴なら、こちらのほうに注力するという手段もあったのでは?

 ぶっちゃけこっちはもっと酷かった。ソフトが売れないというわけではない。10万本売れるソフトはあった。あったのだが問題プラットフォーマーが用意した他の大量のソフトだ。

 当時、任天堂に対抗するためにNECセガは自社プラットフォームの発売カレンダーの空白をなんとか埋めようと躍起になっていた。サード自主的ソフトを作ってくれるのならそれに越したことはないが、そうではない場合自分たちで用意する必要もあった。自分たちパブリッシャーとなり開発会社委託してゲームを作らせる。さらにはサードに対しても「ウチの流通に乗せますので○万本は絶対に売れますから作ってください」みたいなアプローチも行った。そうして「とりあえず」カレンダーを埋めることができたソフトは、「とりあえず」問屋が頑張って小売に売った。在庫になっても不良在庫になるだけなのがわかっているので大バーゲンで売った。小売はもともとの卸値が安いため、最初から値引きして売る。売れ残ったら損だから博打みたいなものだ。そうしたソフトが並ぶと小売価格そのままのソフトは見向きもされなくなるのであわせて値引きされる。PCエンジン末期、餓狼伝説2クソゲーではないのだけど)が100円で棚に50本くらい並んでいるのを見たことがあったが、あれは問屋の不良在庫を捨て値で小売が拾ってきたんだな。

 どこかで見た状況と思わないか? そう、アタリショックだ。ゲーム在庫問屋にも小売にも溢れわけがからない状態になっていた。価格崩壊し定価が意味をなさなくなっていた。

 任天堂初心会が横暴、セガNECは頼りにならない。こんな状況の市場次世代機の波と共に救世主がやってきた。ソニーだ。ソニーが直接小売店契約するというのだ。

 衝撃は大きかった。CD流通の流用で、「リピートを早く」「小売価格の大幅な値下げと小売店に対するマージンの確保」「掛け率は大量に取ろうが少量だろうが同じ」という特徴をもち、かつ「中古売買の禁止」「値引き販売禁止」という成約があったが、それでも多数の小売店から好意的な反応を得た。そもそも初心会でも値引き販売原則としては禁止だったのだから

 そして何よりプレイステーション小売店に好まれたのは、ゲーム本体の卸値が安く、プレイステーション1本体だけを売っていても結構な利幅があったこともあげられる。これはかなり珍しいことで、通常は卸値と小売価格ほとんど変わらない。Xbox360の発売当初は二次問屋の都合一部の小売店において卸値が小売価格を超えたという珍事すらあったという。プレイステーションサターンは発売時期がほとんど一緒で、スタート時点ではサターンのほうが優勢だった。しかしこれがじわじわ小売店プレイステーション派に偏らせていった。プレイステーション小売店ハードでもソフトでも確かな利益確立してくれた。

 


 そうしてFF7が、DQ7プレイステーションで出るという流れが生まれ一気にプレイステーションが圧倒的な優勢を保持するようになるわけだが、この流れのなかでゲーム屋は何かが違うと確信した。プレイステーション救世主になってくれたはずだった。しかFF7を発売するスクウェア(当時はエニックスとの合併前だった)が打ち出したデジキューブは、既存ゲーム屋にツバを吐きかけるようなものだった。なにせ目玉タイトルFF7の出荷本数の半分をコンビニに任せるというのだから。これではゲーム屋はやっていけない。いくら本体を売れば儲けになるといっても一人にせいぜいが一台が限界だ。ソフトをたくさん売れなければしかたない。

 そしてソニーの態度もなにかおかしくなりはじめていく。元々の小売店への説明会では「返品はNG」ということになっていた。なっていたのだが、個別対応としてソニー担当者が返品を受け付ける旨を話していた。そのため小売店のなかでは安心して在庫を抱える店もあったわけだが、返品したいと言い出すと担当者の態度がころりと変わる。前に言っていたことと違うことを言い出す。ようやく返品受付をしてもらうも半額返金……。そのような事例が発生した。結局ソニーとしては二度返品を「特例」として受け入れるのみにおわり、いよいよもって「返品NG」が周知徹底されることになった。

 頼りにするミリオンソフトは入荷しない、個別対応約束していた返品制度はなくなった。このような状況下でもなおソニーは「中古取り扱い禁止」「値引き販売禁止」を打ち出していた。中古を取り扱った店や値引き販売した店は、不思議なことに”配送事故”が発生してソフトの入荷が遅れるようになった。

 FF7発売の頃にはすでに任天堂初心会解散させていた。ニンテンドウ64を発売し、ポケモンを大ブームにさせた任天堂ならこの頃のゲーム屋の救世主なり得ただろうか? 残念ながらこの頃の任天堂(正確には任天堂系列問屋だが)は「小売価格を下げつつ小売店への卸値を上げる」という暴挙に及んでいる。それでもポケモン死ぬほど売れたのだから恐ろしい。

 ソニーが信用できず、任天堂はあてにならない。そうした状況で頼りになるのはセガ……ではなかった。セガメガドライブ反省を活かしおもちゃ問屋をまとめてセガユナイテッドという流通会社を立ち上げる。大手ゲーム屋には直接卸し、小さな街のゲーム屋には二次問屋を使って卸す、ちょうど初心会ソニー流通の間のようなハイブリット流通機構を作り上げた。在庫管理とコストダウン両方の面でなかなか上手くいったはずだが、いかんせんプレイステーションの圧倒的ソフトラインナップには敵わなかった。自社でなんとかできる力はあるのだが、セガにはポケモンがなかった。しかメガドライブ末期の状況からここまで着実に改革を進められたのは称賛に値する。NECは途中で死んだのに。




 そしてついに中古裁判が勃発する。1998年1月には公正取引委員会ソニー流通の「値引き販売禁止」「中古売買禁止」が問題視され排除勧告を受けた。しかしこれで下がらずソニーは他メーカーを巻き込んで中古禁止裁判を起こす。ゲームメーカーvs小売の裁判だ。その一方で株式会社上昇(ようするにカメレオンクラブだ)がエニックスを訴える。「新作ソフトは扱わない」「ロイヤリティとして中古売上の7%を支払う」といった提案を出したものの実際にエニックスからソフトの出荷停止を食らってしまったがゆえの反撃だ。なおこの頃にはソニースクウェアデジキューブ)だけを優遇することが問題視されて、各社サードメーカーも自社流通小売店に卸すようになっている。

 2つの裁判が同時に起きて別々の判決が生まれて、ここらへんは非常にややこしい。ややこしいが小売店公然中古を売るようになった。値引きもするようになった。自社流通に切り替わった各社ゲームメーカーも忌々しく思っていたが裁判流通とは別との判断だったのか、おおっぴらに”配送事故”が起きることはなくなっていく。

 ちなみにこの頃、セガドリームキャストに向けさらなる流通改革を行い、セガユナイテッドセガミューズへと編成しなおす。これは老舗おもちゃ問屋ムーミンセガユナイテッドに合流した形だ。ムーミンメガドライブ(もしかしたらもっと前?)の頃からセガ共闘しているお得意様だった。なお、ソニーを学んだのか「値引き販売禁止」「中古売買禁止」を小売店押し付け、同じく公正取引委員会より立ち入り審査を受けるはめになる(もっともこれは後日小売店契約しなおしをすることによって審査は打ち切られた)。小売店救世主はなかなかいない。

 

 中古裁判最高裁にまでもつれ込んだが、ようやく結論は出た。中古販売合法だった。小売店大手を振って中古売買ができるようになった。値引き販売をしてもお咎めはなくなった。小売の完全勝利だ。「ファミコンショップ」はPS2時代にまでいたりようやく安心できるようになったかのようにみえた。

 そうではなかった。むしろゲーム地獄はここからが本番だった。

 まず大店法改正があった。巨大店舗小売店が各地に出来上がる。そして家電屋の店舗の巨大化がどんどんと進む。巨大化した店舗で何を扱うか。ゲームも扱うようになった。ゲームは美味しい商材だと思われた。そして今までグレーゾーンだった中古合法判決が出た。取り扱わない理由がなくなった。

 そのため大手販売店は客寄せのために新作ソフトを大きく値引きする。これが卸値と同価でも構わない。とりあえず客が来て、他の家電もついでに買ってくれれば儲けものからだ。そして中古も多数取り扱う。ゲーム利益の確保はこっちだ。そこそこの価格で引取りそこそこの価格販売する。これも回転が早ければ利益が稼げる。ビデオレンタルゲオツタヤが入ってきたのも大きかった。街のゲーム屋さんにできることは限られていた。大手資本真正から戦って敵うわけはなかった。中古販売という最高の武器を手に入れたかわりに、同じ武器をもった最強の敵が現れたのだ。多数のプレイヤーがそちらに流れた。売っているものが同一なら、安いところで買うのが当たり前だからだ。

 その後まったく救いがなかったわけではない。DSの大フィーバーがこの後起きた。ゲームに触れたことがない新規層でも直感的なタッチパネルを備えたデバイスゲーム市場を一気に活性化させた。誰もがみなDLライトを買い求めてゲーム屋と家電屋を往復した。飛ぶようにDSライト本体脳トレどうぶつの森が売れた

 しかしここでも任天堂流通が小売の前に立ちふさがる。任天堂小売店から受けた仕打ちを忘れていなかった。64よりもPS1,ゲームキューブよりもPS2を優先させた街のゲーム屋に、引く手あまたのDLライトを多く卸す理由がなかった。DSライト任天堂流通のお得意様、デパートゲームコーナー、おもちゃ系統販路を優先して入荷していった。今まで子供向けのプレゼント用途ゲームキューブ、ポケモン関連をしっかり取っていた「実績」のおかげだった。街のゲーム屋が本当に一息ついたのはおそらくさらに後のモンハンポータブルの大ヒットあたりからだろう。

 こんな流れがあり、地方から現在ほとんどの「ファミコンショップ」が姿を消している。初心会を中心とした問屋は、成熟したゲーム業界メーカー自主流通を実現させたことでその役目を終えて消えていった。となれば、地方ゲーム屋もまた、成熟したゲーム業界によって役目を終えた存在としてみなされてしまったのだろうか? おそらくはそうだろう。そして将来的にはゲーム販売する大型店舗すらいなくなるかもしれない。ダウンロード販売メーカーは推進しているからだ。

 そんな流れのなか、この令和の時代に意地でも自前の店舗ゲーム販売している「ゲーム屋」を見かけることがある。業界の厳しい荒波に揉まれそれでも生き延びている人たちだ。私は彼らに尊敬の念を抱かずにはいられない。

 

 彼らに幸あらんことを。

2020-02-11

黄金マリオ像と「悪の組織初心会」と任天堂エンタテインメントの話 ※追記有り

 黄金マリオ像、というものを知っているだろうか? 1990年代の子供たちの憧れであり、ゲーム屋の怨念掻き立てるアレのことだ。

 任天堂が始めた「任天堂エンタテインメント」というフランチャイズシステムがある。任天堂の卸を担当している初心会に金を払うことで、大作ソフトが多数回してもらえるようになるのだ。通常はゼルダの伝説20しか入らないのに、これに入会していると400本入ってくるというわけのわからないシステムだ。かわりに敷地が何畳以上とか、保証金が最低百万だとか、それなりにリスクも追うわけだが。で、入会すると貰えた店用販促物がこの黄金マリオ像だ。これがおいてある店は結構子供心に輝いて見えたものだ。店主からしたら忌々しさもあったものだろう。

 今ではなぜか初心会がかつてゲーム業界を牛耳っていた悪の大組織に扱われ、その象徴としてこのマリオ像がやり玉に挙がることもあるのだが、もうちょっと詳しくここらの事情を書き残すことにする。おっと、私は決して業界内の人間でないので、そんな人間でもわかる範囲内のことと、想像できるものの話ししかしないぞ。


 昭和時代ファミコンというものが生まれおもちゃ市場は一気に変わっていった。玩具なかにデジタルデバイスが入り込み、子供たちは夢中でファミコンゲームを買い漁った。マリオドラクエロックマンスターソルジャー……いろんなゲームが生まれ飛ぶように売れていった。するとどうなるか。街にファミコンショップというものがどんどん増えていった。

 任天堂おもちゃ流通として使っていた初心会を利用してファミコンソフトを全国に出荷した。この初心会とはようするに任天堂と付き合いのあったおもちゃ卸業の親睦会だ。もともとそんな大それた組織というわけではない。

 もちろん昭和時代からすべての小売店初心会問屋取引しているわけではないし、おもちゃ卸業の会社の大多数が初心会に入っているわけではない。そのため初心会に非参加の二次問屋も多数いた。その二次問屋を通ってファミコンソフト仕入れ小売店もまた非常に多かった。ファミコンが売れると嗅ぎつけた奴らはこぞって店を立ち上げ、夢中でソフト仕入れ売りさばいた。ゲーム市場がどんどん大きくなり、セガNEC独自流通をつかってゲーム市場に乗り込んできた(一部セガ初心会を使ったりもしていたそうだが)。


 ファミコンからスーパーファミコンへとプラットフォームを移した頃、いよいよ任天堂初心会に難題が降り掛かってきた。「小売店が多すぎる」問題だ。

スーパーマリオコレクションを例にあげようか。どうやっても200万本は売れるゲームソフトだ。工場もそれを見込んで確保する。ところが小売店からの注文を吸い上げた初心会への注文は、それを遥かに超える500万本になる。

 なぜこのようなことが起きるのか? 小売店が欲しい数をそのまま問屋に注文するからだ。その地方にすむ子供の数を見込んで小売店は注文する。しかし近隣のライバル店も同じ数だけ発注しているのだ。品切れを恐れた小売店の注文は初心会でまとめられたところで重複に重複を重ねた数字になってしまう。

ではそのまま工場をフル生産して500万本作るべきだろうか? 論外だ。そんなことをしたら小売店には大量の売れ残ったマリオコレクションが棚を締めることになるだろう。その結果はどうなるか。値崩れだ。そしてアタリショックの二の舞になってしまう。

 よく「クソゲーの氾濫でアタリショックが起きた」といわれるが、事実はまたもうちょっと違う。クソゲーの氾濫の他に「価格崩壊」もあげられる。小売店は売れなかったクソゲーを値引きする。値引きしたソフト消費者は買う。そうすると正規価格ではそもそも見向きがされなくなる。そのため正規価格が守られなくなりどんどん値下げに走り、撤退倒産したメーカー放出した在庫さら市場に流れ、価格さらに落ち込み……というデス・スパイラルが、アタリショックだ。任天堂絶対にこの現象を起こしてはならなかった。

 適正量を見極め適正量の製品を出荷する。その結果は「儲けさせる小売と、そうではない小売とを選別する」必要に強いられる。すべての店に平等マリオを出荷すべきだろうか? いや、そうではない。不人気ソフトでも買い取ってくれる、不良在庫を引き取ってくれる小売店初心会優遇しようと考えた。人気ソフトしか買わない小売店は卸からしたら不要なのだ。そんな店なら上得意の店に回したほうがマシだ、というわけだ。

 それまで抱き合わせ販売をして初心会小売店を選別してきたが、さすがにいよいよ無理がでてきた。この状況を打破するための小売店選別システム。それが上記任天堂エンタテインメントであり、黄金マリオなのだ。なんなら小売が卸を担当してマージン取って他の小売店にまわしてもよい(まあこれは表向きはNGということになっていたが)。なお、「敷地面積○畳以上」という条件を満たせなかったプレハブのようなファミコンショップも当時は結構あった。

 ところがこのシステムスーパーファミコン末期には崩壊する。任天堂エンタテインメントに参入する小売自体が増えすぎてきたのだ。さらにはその地方に一店も任天堂エンタテインメントに参入していないような状況だとむしろ在庫拮抗して小売店にとっては不都合がなくなる。そうなると「誰も参入せずに困らない地方」と「全員参入してしまって困っている地方」とが生まれてくる。最終的に「入れば儲かる商材が大量に仕入れられる」から「入らないとそもそも入荷しない」にまで悪化する地方すら生まれたという。小売の選定にも限界が来てしまった。


 そうした状況がプレイステーションによって完全に破壊された。ソニー独自流通で直接小売店に卸たのだ。問屋不要になった。問屋は今まで選定する立場にいたが、以降は選定される側に回った。初心会内で吸収合併が続き、数をどんどんと減らしていった。初心会外の問屋も潰れるか、吸収されるかになっていった。初心会はいくつかの改革を行ってきたものの、結局プレイステーションの攻勢に太刀打ちできず解散した。解散後も任天堂意向を汲んだり任天堂意見をいったりとしてそれなりに機能していたが、岩田社長へと社長交代が行われたあたりでその動きもだいぶ削がれていった。

 なおソニー流通でもいくつかのごたごたがあり、最終的にはゲームメーカーが自社独自流通を持ち直接小売店に卸すようになった。これがPS1後期。今では大手ゲームメーカー自主流通に、中小サードがぶら下がる形でゲーム流通されている。みんな大好き日本ファルコムコナミ流通担当しているぞ。

 

 初心会は決して業界を牛耳っていた悪の組織ではない。アタリショックの幻影に怯えそれを阻止しようと尽力し、結果滅んでいった(厳密にいえば滅びてはいないんだが……)清濁併せ呑む存在だ。黄金マリオ像は小売からしてみたら忌々しさを覚える象徴だろう。しか初心会からしてみたら、それなりに自己正義というものがあったんじゃないだろうか。






追記

 こんなつまらない日記ブックマークしていただけて感謝。すごく嬉しい。いくつかブコメに返信する

従事

 多数指摘をいただき大変申し訳無い。何分脳が8bit故許してもらいたい

任天堂を絶賛するやつってこの話題絶対触れないよな。これのせいでメガドライブPCエンジンソフトがどれだけ買いづらかったか(入荷数が極端に少ないという意味

 これは因果が逆なのではないかな、と思っている。

 たしかに小売に対して問屋が「他の所とは取引するなよ」と圧力をかけたという証言はあるのだけれど、じゃあ実際どうだったかというとNECPCエンジンCD-ROM2ユニットを売り出したときには至るところから寄越せ寄越せの大合唱になったということもあるんで、「上手いこと小売もやっていた」んじゃないかと思う。もしくは問屋自分のところを経由する形なら文句言わなかったとかかな。

 PCエンジンメガドライブはただただ出荷量が少なかった。めちゃくちゃ売れたイース1・2やソニック・ザ・ヘッジホッグで30万本くらいだ。同時期のスーパーファミコンミリオンソフトがずらりと並んでいる。小売は当然売れる商材を中心に揃えるわけだから、圧されてしまうのは仕方ないんじゃなかろうか。

 そうして売れる商材を揃えている初心会からこそ、横暴なことをやっても小売は耐えてきたわけだ。単純に販路が弱いっていうのもあるはずだ。スーパーファミコン初心会とそれに非参加の二次問屋を巻き込んで在庫のやり取りをしていたので品切れをしてもリピートの確保ができた。PCエンジンメガドライブはそこに余裕がなかったので即メーカー発注になり、そこにも在庫がなければリピート待ちだ。


権力もってる人間がオトモダチ優遇したりグレーな事やってたりするのを悪の組織と呼ぶべきではないかって言うと・・・

 オトモダチ優遇なんて話しじゃないよ。単純なビジネス上の付き合い。ドラクエマリオしか欲しくない小売は多かっただろうけれど、そんな小売は問屋からしたら何の魅力もない取引だってことだね。


ゴールドマリオ像懐かしいな/最近任天堂絶賛派はこの件を知らないか、知ってても「流石山内組長は商売上手!」みたいに言うのではなかろうか

 山内社長から出た案ではないと思う。というか任天堂発案ではないんじゃないかな。マリオ像も販促物も初心会名義だったので、集まった金は初心会管理していたのだろう。任天堂からしたらどこの小売に儲けさせるか云々はさすがに範囲外だからね。


>当時はリピートもめちゃくちゃ時間がかかったんでね

 これに関しても面白い証言があった。確かにROMリピートに二ヶ月以上かかり、CD-ROMは3週間ほどで生産できたというんだが、「在庫がなくても問屋にある。問屋になくてもメーカーにある。メーカーになかったらいよいよリピート待ちになるが、3週間後でも二ヶ月後でも結局熱が覚めてしまうから同じことだ」というものプレイステーション問屋メーカーが一体化していたから、初心会内でやりくりしていた任天堂比較して在庫の数という面では不利になったかもしれない。ファイナルファンタジーみたいなリピート待ち必須超人ソフトはさすがに恩恵があっただろうね。

 続きを希望されてて嬉しい。実はネタはあるから、気長に待っていて欲しい。初心会から開放された小売がどうなったかというと、あんまり明るい話題じゃないんだけどね。

2020-01-28

1980年まれおっさんベストビデオゲーム10

1.バルーンファイト(ファミコン)

音楽がとにかくよい。ファミコン特にベースがかっこよいマシン。あと大人になって気がついたけどボタンを押して「ふっふっふふふふっ」って上昇する感じはピンボールっぽい。

2.ジーザス(PC88)

今思うと紙芝居なんだけど各キャラバックグラウンドの多様さやへんてこなミニゲームかめちゃくちゃ楽しかった。あとパソコンモニタは緻密でテレビゲームとは全く違った質感があった。

3.街(やったのはプレイステーション)

なんつーかそのままあのとき渋谷がパックされてる。モナコもうない。

4.Nights(セガサターン)

普通にたんたんとクリアしてたんだけどエンディングで泣いた。ゲーム自体けっこう難しくて「プレーヤーがうまくなる」=「画面の奥の少年少女が心の壁を乗り越える」になってるってクリアして気がついた。

5.まぼろし月夜(ドリームキャスト)

なんてことなギャルゲーだけど関東大震災災害ニュースを聞くとあやめさんを思い出す。

6.怒首領蜂大往生(ゲーセン)

はじめてゲーセンクリアしたシューティング、1年くらいかかった。どんだけ下手な人でもパターンを組めば2週目にいけると思う。あんまりに下手なもんで「わざと死ぬパターンを作った。

7.エスプガルーダ(ゲーセン)

自分にとっては難しかったので半年くらいかかった、下手な人間にとってつらいのは攻略法通用しないところだ。エスプガルーダ2は「こんなに困難な思いをさせた兄妹にまた戦いをさせるのか」と思ってしまって何回か触ったけどやる気がなくなった。これも誰もがクリアできるやつ。

8.GTA vice city (PS2)

これまでロックをメインに聞いてた人間がR&BやHIP-HOPに流れさせた。視界にぐらんぐらんするエフェクトが常にかかっていて美しい。これも「街」のように時代をパックしてる。サンアンドレアスマップが広すぎ(で海に落ちても死なない)、それ以降はいろんな動きがもっさりしすぎ、なにより音楽3分くらいで終わってしまラジオ局が増えたぶん同じ曲に遭遇しすぎでドライブに向かなすぎ、でいまいち

9.セガラリー(セガサターン)

未だに謎なのだがなんでパッドでドリフトしたときグリップ感が伝わるのか、ほんと不思議だ。

10.斑鳩(ゲーセン)

これも一年くらいかかった。クリアするために安全策をとるとスコアが稼げない、稼ぐとエクステンドが入るので死ねる、ということで必然的に稼ぐ。自分はこつこつ下手用パターンを作ってクリアした、、、のだけどすぐにyoutubeハイスコアパターンコピーしたひとに抜かれた。このゲームハイスコアが記録され続けるので悲しい。

以上です。

2019-11-05

anond:20191102151637

ゲームが好きで一時期ゲーム会社にも入った私から意見

少し長くなるが議論を聞く余地がありそうな書きぶりだったのでよかったら読んでほしい。

私は高校生までこの方と同じような状況と考えだった。

時間無駄。何が楽しいのかわからない。

時間もやる連中の気が知れない。

映画が好き。

私の兄は子供の頃からゲームが大好きな人だった。兄弟お年玉を共有財産として使ってしまう人で、私が無欲だったのをいいことに私のお年玉自分お年玉と合算してゲームを買ってしまう人だった。

(いま思えば兄への不信感はこの時からまり以後数十年続いているのだけどそれはまた別の話)

自分はそれこそゲームなんてまるでなんの興味も関心もなかったし、シューティングゲームだのRPGだの、そういったゲームを兄が夢中になってやるのを、冷めた目で見ていた。

めしにやってみなよと言われていくつかやってみたものの、ぷよぷよはどうしても半魚人に勝てないし、星のカービィかわいいキャラクターの動きを見るのは楽しいが見てるとボタンがうまく押せないし、

ファイナルファンタジーお話があったので兄がプレイしているのを後ろで読むのは好きだったが戦闘レベル上げが始まるとくそ面白くなくて見なくなり、そうなるといつの間にかシナリオが進んでいて結局話についていけなかった。やるにはやるが面白いと思ったことがなく、ゲームクリアする達成感なんて得られたことはなかった。

とにかく、ゲーム男の子が好きなもの女子によさはわからない。そういう割りきりをしていた。

初めて自主的ゲームを買ったのは高校生の頃だった。新聞の一面広告

クーロンズゲートというゲームだった。主人公らしきサラリーマンの実写の顔部分がライターかなにかであぶってあり、焼けて穴が開いている。

写真の背景になっている香港特に九龍城塞のこともこのとき初めて知った。

何とも言えない一枚写真エキゾチックさに魅了された。

それまで自分は新しくてきれいな場所やモノが好きだった。おさがりのカバン勉強机は嫌いだったし小汚い祖母の家は嫌いだった。

建物も街も新しいほうがいい。

だけどそのゲームデザインは「臭くて異臭を放つグロテスクで暗く汚い街」を全面に見せていた。いわゆるデカダンスとかそういう美学と初めて会ったのがこのゲームだった。

汚い街でもゲームなら歩ける。

今思えば、サラリーマンの顔が焼け落ちていたのも主人公あくまプレイヤーといいたくてそう言ったデザインだったんだろう。実際ゲーム主人公の姿かたちの明言は一切なく、始終一人称視点で進むものだった。

ぞわぞわした気持ちで、気が付いたら予約購入していた。よくわからないもの高校生が一万円弱の出費(初回特装版)。どんな話なんだろう、これはどこだろう、とにかくこれが何なのか知りたかった。

どうやらこのゲームをするのにプレイステーションが必要しかった。

当時は人気商品でなかなか入荷しなかった。

ゲームソフトはその後たしかすぐ手元に届いた気がするが、プレステ本体を手に入れるのにはそれから半年前後かかった気がする。

この値段ですといわれたものを言い値で買うのは初めての経験だった。

本は中古屋で買っていたし、映画はなるべく安くなる日を選んでいた、バイトもしていない高校生が万単位のものポンポンと。今思えばケチの私が、異常だった。あれはなんだったんだろう?

今思えば妙な突き動かされ方だった。

実際初めてプレイしたゲームはいろいろ苦労したが、私はそのゲームを何とか一年半かけてクリアした。

世の中ではこのゲーム香港返還前にプレイし終わるのが目標みたいに騒がれていたが、コントローラーを握るのがほとんど始めてみたいな私には無理な相談だ。とにかく自分のペースでやった。

なぜこんなに時間がかかったのかというと、それは主に敵の出るダンジョンが怖かったからだ。

よくyoutubeホラーゲーム実況チャンネルが軒を連ねているが、見るのとやるのでは怖さが違う。自分でやりたくない人が実況動画を見るのだなと思った。

ひたすら人気のないダンジョンをたった一人だけで、進む怖さ。

しろ敵が出るとホッとした。私以外の生物がいる。

私はその時はゲームプレイしているわけではなく、そこに、本当に、自分風水師として香港を歩き回っていたように感じた。

クエストをこなすと人に感謝された。たまには、「余計なことを」と感謝されなかった。

高校生が実感したことのない大義任務と達成感がそこにあった。中毒になった。

新しい街に踏み込むと、探索にわくわくした。

やり始めて数時間は町並みに圧倒されつづけ、その後数時間は不気味なキャラクターたちのセリフに魅了され、シナリオが半分も進んだころには再びぞわぞわした得体の知れなさに震えた。

これはもしかしてマスターピースともいえるとんでもない名作を手にしたのではないか?という興奮だった。

実際には、世間評価は厳しく、「一部のマニアックもの好きな人カルト的人気を誇った」作品という扱いだったが。

あとから調べれば調べるほど、台詞や要素がすべてオカルト的、文学的歴史的な裏打ちがあり、ゲーム攻略本には荒俣宏が何ページもコメンタリーを載せていた。

最初に触れたゲームがこの作品でよかったと思っている。

今のゲーム業界で当たり前になっているオープンワールド自分自由散策できる世界)がはやるのはこういうことなんだろうと思う。

画面の向こうの世界へは肉体の隔たりがあるはずなのだが、脳は単純で勘違いをする、ここにいると。

昨今の現実区別のつかないグラフィックではなおの事だ。

ゲームクリアした後も、あの世界、あの自分立場や仲間たちが恋しくて香港に帰りたい」と何度か思った。

実際、啓徳空港が閉鎖するとニュースで聞いて、いてもたってもいられなくなり、初めてバイトをして、一人で旅行会社を見つけて香港へ行った。

写真を、フィルムで15本とって帰った。現像に出すと全部で三万はした。

なぜか初めていった海外、初めて行った香港は懐かしかった。

これでしばらくはホームシックにならずに済むかも、とすら思った。

高校生活は退屈で何にも覚えていないが、香港孤独活躍世界を守ったことは覚えている。

少なくとも、私は、ゲームは疑似体験のものの楽しさだと思っている。

ゲームメイカーが作った世界でもう一つの自分可能性を体験する。

風水師自分、どこかの国の王族である自分アンドロイド自分人間以外の何かである自分……。

PS4CMコピーが「できないことができるって最高だ」だったんだけど、これを見たときニヤリとしてしまった。

CMのなかで人間が空を飛んでいたからだ。

わかるわかる。そういうゲームをやった後って、夢の中でも飛び始めるんだよね。自分がね。

デトロイト」をすると、何度も人の命を自分が預かるシチュエーションに陥る。

選択肢を求められると、自分がどんな人間なのかを考えさせられる。そしてその結果を見ることができる……。

不思議なのはゲームと分かっていても、人を犠牲にしたり殺す選択肢を選ぶときは心が痛むことだ。

ファイナルファンタジー15」をしたときは突然できた「昔から友達」と、一緒にキャンプして初めて訪れる街を散策して、楽しかった。

CALL of DUTY4:MODERN WARFARE」でうまく敵を倒したとき上官から「beautiful!」と褒められて本気で照れてしまった。

本や映画あくま他人人生だ。

誰かの選択客観視して、共感したり、理解しようとしたりする。

ゲーム映画と違うとすれば、映画は途中で寝落ちしたとき、しょせん他人人生から目が覚めた時にすでに登場人物決断し、エンドロールが流れているが

ゲームは起きたときまだ問題は目の前にあり、「さあどうする」と選択を迫ってくることだ。

自分が一体どんな決断をしてどんな装備を選んで進んだかを、ほかの人と話したり、ほかの人のプレイ実況動画を見ることで比較して楽しむ遊びも残されている。

デトロイト」や今度発売される「デス・ストランディング」はCG技術の向上でほとんど実写と見まがうばかりだ。

一本の映画を見ている気分になるし、プレイするとうっかり自己体験混同しかけるほどだ。

デトロイトプレイしたときは私はしばらく現実に戻ってくるのに苦労した。

登場人物に実際の俳優モデルにされることもあるし、シナリオ映画脚本家が手掛けることも今では珍しくもない。

俳優にとっても映画ゲームの内容は変わらなくなってきているのかもしれない。

DEATH STRANDING』TGS2019 ノーカット プレイ映像9月14日ステージイベントより) https://youtu.be/D10J89jgZHc

シューティングRPGアクションその他のジャンルに関しては省かせてもらったが、

そちらが好きな方の意見も読みたいのでぜひ誰か書いてほしい。

モンスターハンターなどヒット作だと、会社で別部署の初対面の人と突然ゲーム仲間になれたこともある。

就業終わり応接室や居酒屋で同じゲームプレイする共有体験は本や映画以外ではスポーツしか思い浮かばない。

eスポーツというくらいだからスポーツに近いのかもしれない。

ちなみに、ゲームボケ防止になるという研究がある。

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0187779

70歳を超えた父が最近どうも物忘れが激しいのでマインクラフトプレゼントした。

モノ作りが好きな父には、モンハン(狩り)より、木を切って家を作るようなゲームが好きだろうと踏んだからだ。

予測は大当たりで、父は寝食を忘れてはまってしまい、母が食事で読んでもなかなか来ないといって、ゲームを与えた私が変わりに怒られてしまった。

半年後に実家に戻ったら、父はゲームの中でそれはそれはでかい光輝くピラミッドを作っていて肝が冷えた。

自分の墓かよ。

2019-08-03

[] #76-7「車道シャドー

≪ 前

「……君ら、本当にツクヒの見舞いで来たのかい?」

さっきまで穏やかだった二人も、さすがに表情を強張らせている。

まあ無理もない。

指摘自体は間違ってなくても、友達心配している人間が投げかける言葉としては健全じゃあない。

「確かに客観的に見て不注意ではあったと思うし、こちらに落ち度がないといったら嘘になるけど、そういうことって誰にでも起こりうることだ」

「そう、それを踏まえて対策しない、この国の交通管理にも問題がある!」

とはいえ、この人たちも言ってることが少し変な感じだ。

一理なくはないけれど、何かズレているような気がする。

「生身の人間と車なら、車の方が危険なんだ! そのことを君たちも“自覚”すべきだ!」

「そう、車はとても危険。“自覚”しなさい!」

タオナケの言葉で冷静さを失ったのか、分かりきったことをやたらと強調してくる。

車が危ないってことくらい分かった上で、みんな今回の件はバカげてると思っているんだけど。

わずツッコミそうになるが、こんな状況でそんなこと言っても仕方がない。

俺はこの場を静めようと、それっぽいことを言うことにした。

「すいません、タオナケはどうも“PTSD”ってやつらしくて、心にもないことを言っちゃう日なんですよ」

私、女だけど、“PTSD”じゃないわ! 仮にそうだとしても、そういうデリカシーのない発言はやめて!」

「はあ? お前にデリカシーとか言われたくねえよ!」

だけど慣れない言葉を使って慣れないフォローをするもんだから、余計に収拾がつかなくなった。

タオナケはこちらに怒り出し、俺も売り言葉に買い言葉の商戦に乗っかってしまう。

「ふ、二人とも落ち着いて……あと“PTSD”じゃなくて、“PMS”だと思う」

そんな俺たちをドッペルは何とか仲裁しようとする。

「あー、もう、なんでこんなにノイズばかりになるんだ……」

ミミセンは弱点の聴覚が刺激され、再起不能になっている。

「なんだ、さっきからPTSD”とか“PMSって。新しいプレイステーションが出るのか?」

「や、ややこしくなるから、シロクロは茶菓子食べてて」

「マジ? オレ一人で食っちまうからな?」

そしてシロクロは茶菓子に夢中。

「うちの子が現に怪我したんだ! 今後そうならないよう、何らかの対策を望むのは親として当然だろう!」

「いや、そもそもツクヒ本人はどう思ってるの? 自分の不注意が原因だって思ってないの?」

「……子供には責任能力がない! だから大人気持ちを汲み取り、代わりに導いてあげなくては」

それでもツクヒの両親は主張を押し通し続けているし、カオスまりない状況だ。

「あと、その『私、○○だけど~』って言うのやめろ! 自意識つよ子さんかよ!」

「私の口癖にケチつけないで! 仲間でも許さないわよ!」

だけど、タオナケが今日一番の大声を響き渡らせた時だ。

俺の近くにあったコーヒーカップが、ひとりでにパリンと割れた。

「え?……なんだ?」

タオナケの超能力が暴発したらしい。

いきなり割れ食器と、その音でツクヒの両親は困惑している。

さっきまでのが嘘のように、室内は静まり返る。

逆に俺たちはそれで我を取り戻した。

「みんな! 今日はおいとまするぞ!」

ミミセンがすぐさま退散を号令し、俺たちは阿吽の呼吸で頷く。

「おじゃましました~!」

「ほら、シロクロも帰ろう!」

「まだ菓子残ってるのに……」

競歩スタイルで、駆け抜けるように部屋を出て行く。

ツクヒの両親たちは、その様子をただ呆然と眺めていた。

「な、なんなんだ、あの子達は……」

次 ≫

2019-07-17

私が猫を飼いたくない理由

夫が猫を飼いたいと言い始めて、もう2年は経つ。

毎晩Youtubeで猫の動画再生しては「いいなー」「かわいいなー」「欲しいなー」「飼おうよー」と呟く夫に、私は都度「飼わないよ〜」と返していた。

2ヶ月前、そんなに毎日欠かさず言うなら現実を知ってもらおうと思い、飼うにあたっての大凡費用必要環境を調べて譲渡サイトを見せてみた。夫は「そんな本気で言ってるわけでは…」と真顔になった。

どうやら夫の言う「猫欲しい」は、「韓国行きたい」とか「5000兆円欲しい」みたいなものらしく、本気でそうは思っていないが口に出すことでなんとなく心が癒される其れのようだった。

それから夫は3日ほど猫を飼いたい発言はしなかったものの、4日後にはまた元気よく「リビングもふもふしたい」「一緒にお布団で寝たい」「なんで飼っちゃだめなの?」「猫カフェはやだー」が始まり、私はまた「飼わないよ」botになった。

わかる。頭ではわかる。私もそんな発言をすることがある。「今から温泉行きたい」とか「人のお金焼肉が食べたい」とか。でも私には、「猫を飼いたい」だけはなんか素直に「わかる~」と返せない理由がある。

物心ついたとき、既に私の家には猫がいた。

チンチラシルバーペルシャホワイトミックスで、白くてふわふわで目つきの悪い猫だった。架空スポーツ青年名前が付いていた。

猫はお世辞にも人懐っこいとは言えなかった。客人にすぐ威嚇し、撫でようとする手に噛み付きにかかる気性の荒い奴だった。

Youtubeでよく見るような、飼い主に擦り寄り甘えて喉を鳴らすタイプでは決してなく、いつもひとりで床に寝そべり、誰かが近づくとスッと離れた。母が無理やり抱き上げると蛇のように身体をくねらせて脱走した。

はいつも少し離れたところで私を見ていた。私が部屋を移動すると、少ししてから同じ部屋に入ってきて隅でまた私を監視した。

初代プレイステーションが好きで、よく上に座ってプレイ中の私を監視した。気が済むとOPENボタン踏み台にして降りた。それでよくゲームを中断させれた。

小学校から帰るとだるそうに玄関先まで歩いてきて、私を一瞥するとまたリビングに戻り、寝始めるような奴だった。

猫はやがておむつをし始め、口臭がひどくなり目やにを垂れ流しながら斜めに歩くようになった。フローリングの床で歩くと滑って負担がかかる。踏ん張る力が無くなった猫に、小さなさな靴下を履かせた。

母は献身的に世話をしたが、それでも猫は甘えた声を出したりしなかった。私たちが撫でようとすると嫌な顔をした。(猫にも表情はある)触られるのをとても嫌う猫だったので、天寿を全うする瞬間も私たちは彼を抱かなかった。

それから、はじめて私は猫を抱いた。まだ少し温かかった。涙も出なかった。結局猫が生きている間、私は一度も彼をちゃんと撫でなかったし抱っこもしなかった。

猫は一度も私を攻撃してこなかった。

人間と同じように、猫にも色々いる。そして歳をとっていずれ死ぬ

どの猫を飼っても、大変さはつきまとう。でも、その大変さを癒してくれる「可愛げ」を持ち合わせている子と、いない子がいる。それでいい。YouTubeの猫のように、寄り添って甘えてくれるのが猫の全てではない。でもこれを猫を飼ったことが無い人に正確に理解して貰うことは不可能に近い。

猫が死んだら悲しい。だから私は猫を飼うことができない。

あの無愛想な顔を思い浮かべて、私は今日も「飼わないよ〜」と夫に言い聞かせる。

2019-05-01

女の子たちだけのゆる~いサバイバルゲーム「じんるいのみなさまへ」

 日本一ソフトウェアは、5月30日に発売を予定していたプレイステーション 4/Nintendo Switchアドベンチャー「じんるいのみなさまへ」の発売を延期すると発表した。新たな発売日は6月27日

延期されとる・・・・@@;

2019-04-03

セガサターンプレイステーションに勝つ世界線

先日、この記事を読んで、なつかしいPSSSN64による次世代ハード戦争を思い出した。

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1903/31/news006.html

ソフト売り上げ結果を見れば圧倒的にPS勝利であり、どうあがいても勝てそうにない

https://entamedata.web.fc2.com/hobby/game_rank_ss.html

https://nendai-ryuukou.com/article/056.html

このデータの正確さはわからないが、概ねの傾向は掴めるだろう。

トリプルミリオン3本、ダブルミリオン3本、ミリオン12本のPSミリオン1本のSS。これは勝てそうにない。

当初はSSの方が売れており、ハード100万台の達成はSSが早かった。これはアーケードゲームが強いセガファンが購入したのに対し、

そもそもどこを目指しているのかよくわからなかったPSという位置づけだった。

潮目はもちろん誰もが知るところのFF7の発表だ。あとは多くのサードPS陣営に流れていった。

そこで、スクウェアSCE陣営に付くことを前提として、当時どうやればセガがそこそこ戦えたか

後世の知識を持ってたままループしたとして、シミュレートしたい。

1997年1月FF7が発売、その前年である96年8月トバルNo.1が発売されることを考えると、時間はあまりない。

1994年

まず、ローンチタイトルが弱すぎる(これはPSも同様)

バーチャファイターデイトナUSA(5か月早める)の2本をローンチに発売する。

これでアーケードファンの心をがっちりつかむ。デイトナUSAはそのバカから

パーティゲーにも向いているので、気合で4人対戦機能を付ければ、キッズの遊び道具になったはずだ。

(私の記憶では、4人同時対戦できるレースゲームマリオカート64最初だったはず)

逆にワンチャイコネクション、ゲイルレーサー、 真説・夢見館は開発をやめよう

1995年

この年のセガ発売の重要作品デイトナUSAを除くと

3月10日 パンツァードラグーン

7月14日 バーチャファイターリミックス

8月11日 シャイニング・ウィズダム

8月25日 魔法騎士レイアース

11月24日 バーチャコップ

12月1日 バーチャファイター2

12月29日 セガラリーチャンピオンシップ

サードだと

12月25日 真・女神転生デビルサマナー

くらいだろうか。どうみてもオタク臭い。いや、個人的には悪くないラインナップだが、ドラクエFFしかやらない一般層がこのハードを買いそうにない。

まず、前年のバーチャファイター11月リミックス7月、2を12月に発売するのは頭が悪すぎる。

ここは気合バーチャファイターリミックスは合体させて、ローンチで発売すべきだっただろう。

オリジナルバージョンリミックスバージョンが選べます。これはかなり画期的ローンチだ。

そして、バーチャファイター2は夏に発売すべきだ。バーチャコップ、VF2、セガラリーを立て続けに発売する意味が分からない。

そして、申し訳ないが、シャイニングウィズダムやホーリィアークの開発をやめよう。

冬に発売すべきはシャイニングフォース3だ。発売を2年早めよう。

あと、シナリオ1、シナリオ2、シナリオ3という売り方は最悪だった。

3部作であることは隠して、シャイニングフォース3王都の巨神~というタイトルで売る。

「続くじゃねーか!」という批判が出るかもしれないが、当時はネットはない。大丈夫だ。

1996年

この年のセガ発売の重要作品

1月26日 ガーディアンヒーローズ

3月1日 新世紀エヴァンゲリオン

3月22日 パンツァードラグーン ツヴァイ

3月29日 ドラゴンフォース

7月5日 NiGHTSナイツ

7月12デカスリート

7月26日 バーチャファイターキッズ

8月30日 ファイティングバイパーズ

9月27日 サクラ大戦

11月22日 クリスマスナイツ 冬季限定

11月22日 バーチャコップ2

11月29日 電脳戦機バーチャロン

12月21日 ファイターズメガミックス

あたりだろうか。翌年の1月にはFF7が出ることを考えると、辛すぎるラインナップである

アーケード移植作はどうしようもないので、これでいくしかないが、

相変わらず、バーチャファイターキッズファイティングバイパーズをこの近さで発売するという暴挙をしている。

キッズは春ごろに発売すべきだ。または、昨年末年末戦線に、キッズ同梱のSSを発売するなどをやるべきだろう。

とはいえ、本物のキッズはわざわざ「キッズ」と書かれたものは嫌いなわけだが。

ここで、何回シミュレーションしても、あの名作NiGHTSは発売すべきではないという結論を得た。

もう一つの大好きなバーニングレンジャーである

では、ソニックチームは何をすべきだったのか。

よくifの話で、ソニックSSで早い段階から発売すべきだったという話がある。

もちろんそれは正しいが、日本市場でのソニックの人気はいまいちのため、日本市場ではソニックでは勝てなかっただろう。

ここでやるべきはエニックス口説きである。つまりエニックス堀井雄二に頭を下げ、

うちのコンシューマ主力部隊であるソニックチーム中裕司ドラクエ7の開発部隊として使ってくださいと

頼み込むことであった。つまりチュンソフト立場セガがやりますよ、彼にはファンタシースターを作った経歴もあるので、

RPGできますよ、ということだった。これは荒療治にもほどがあるが、

これまでのセガハードソフトを見ても、やはりRPGは弱い。いまでこそJRPG揶揄されるRPGだが、

当時は一番の花形であり、ハードの生き死にを決める。ここで、ドラクエを取らない限り、SSPSに勝つことはないだろう。

まり結論としてはソニックチームチュンソフトハートビートの代わりのドラクエ開発会社に充てること。

これ以外、セガが勝つ方法はなかったのではないかと思う。

もっと言えば、開発が遅れていたSFCドラクエ6も引き取って、1995年末または1996年初旬に

セガサターンで発売していれば、勝てた可能性が高い。

ドラクエ6, 7が出るハードである

それでも勝てない場合は後のポケモンブームを見越して、

先にムシキング流行らせるなどの方法もあるかもしれないが、

多くの人が持つゲームボーイに比べて、ゲームギアでやったところで、たかが知れているのかもしれない。

他の案も募集したい。

2019-02-27

anond:20190227113732

アトラスゲームPSPペルソナ3vitaペルソナ4、真女神転生4とファイナルプレイしたことがありますペルソナ3と4は特に社会に馴染めない悩みを抱えた若者たちにより添い、共に歩んでいく弱い人間によりそうような優しさがあり、とても好きでした。こんな感情ゲームから得られるなんて思っていなかったので、本当にアトラスという会社はすごいゲームを作る会社だと、大好きになりました。プレイステーションの3も4も持っていないため、ペルソナ5プレイできていませんが、アニメは見ていて、同じような優しさを感じるので、やっぱり好きなだなぁと思い、vitaでこのゲームが出たので買いました。ですが、このゲームにはそういった優しさは一切感じません。同性愛者をただゲームネタセンセーションな一部として扱っているような感じと、製作者の偏見が全面に出ていて凄く残念です。

ここだけは納得できない。

特にペルソナ4は完二の扱いというかその恋心の表現がとにかく「ゲイに対する偏見から始まっていて不愉快だったよ。

ハッテンぼくのまちのアレは思春期特有深層心理から来ているだろうしステレオタイプで少し不快だったことはあれどまぁ許せなくはないんだけど、その後に出てきた直斗との恋愛とか、完二に対する周囲の扱いがとにかくゲイを笑いにしようという悪意に満ちていて不愉快だった。

例えば直斗は(登場当初は)少年として描かれていて、その頃から完二は直斗一目惚れたかのような描写があったんだけど、最終的に直斗が女だとわかって安心してるけど、この表現は今回のキャサリンの一件と対を為している描写じゃん。

自分ゲイじゃなくて安心する」って言う表現同性愛からすれば結構絶望的な描写だったぞ。

P3もP3で、(ファンからは色々言われている)P3Pでは女主人公小学五年生少年特別関係になったりと(P3の男主人公小学生女の子とは特別関係になれない)、性愛に関しては奔放にやってるアトラスから、そのノリと同じノリでP4の完二、キャサリンリンと描いてきてるわけだからアトラスいかけてて今更そこ?」って思ってしまう。

もちろん女神転生シリーズのYHVHだってどう考えても海外展開できないわけで、アトラスはいろんなものを「センセーショナルゲームネタ」にしてる。

からそういうのを喜ぶオタクに人気だし、それ以外の層から嫌われてるんだよアトラス

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