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はてなキーワード: 場の空気とは

2018-02-18

イベント行くか迷う

同人誌即売会のこと。

前に好きだったジャンルで、今も割と好き。

知り合いは一切いないので行くとしたら純粋に本を買いに行く目的で行くことになる。


欲しい本は数冊ある、でも通販もあるしな・・・

でもイベント久しく行ってないから会場の空気感味わいたい。


迷う。同人誌即売会ってこんな感じだったっけ。

昔は欲しい本が数十冊ある!!!絞りきれない!!!予算足りねぇっ!!!!って感覚だった。

本を厳選する能力が身についてきたのと、手に入らなかったら入らなかったでまぁいいかなという気持ち


うーん迷う。

2018-02-10

anond:20180210201554

37歳のおっさんです。

その場の空気というのがネット越しだと全然からないので、あくまで一つの意見として捉えて貰えればと思います

この前の8人いた飲み会に、わたしと同い年の男の子がいて仲良くなったのですが、それ見てたおじさんに「おまえらシャンシャン見に行ったら?」って言われたんです

を見るとやっぱりどこか「若い子たちは若い子たちで」みたいなふうに思っているんじゃないかなという気がします。

気の迷いだと思われているのかどうかはわからないですし一般論は多分ないんだと思いますが、

相手が重く感じないくらいに少しだけアピールレベルを上げてみるというのもありだと思います(これは対おじさんによらないですが)。

あとは、アピールし続けることによって一時の迷いなんかではないとわかってもらう、とかでしょうかね。

ありきたりですが。

あと最後におじさん視点から見たおじさん固有の障壁を考えてみます

結婚

次付き合うとしたら、今までよりはかなり強く結婚意識することになるだろうという感じで、こっちは良くても向こうはこんなおじさんで良いのだろうかという思惑。

メンター補正を利用してもいいもの

新入社員教育係等の場合仕事に関して色々教えてもらえるということで、大抵の新入社員性別関係なく憧れを感じます

対象のおじさんも多分、自分自身が教えられる方も教える方も両方経験してきてそういう補正があるんだろうなと言うのは理解していると思います

もしそうならばという話ですが、そういう職務上の補正を利用して数歳年下ならともかく一回り年下の子となーと言うのはあります

その他

1回目のデートが社内の人に目撃されてて社内でけっこういじられてるのも嫌なのかな〜おじさん でもおじさん自身もおじさんの同期にわたしデートすること言ってたりしたしわかんない、おじさんが何考えてるのか教えてくださいおじさんたち

うーん。これは表情もこみで見ないとちょっと嬉しいから自慢しているのか、冗談にしてしまいたいのかよくわからないですね。でも多分不まじめな人ではないのでむやみに冗談ネタに使うとも思えないし。そのへんはまさに現場空気感がないとわからないですね。

ざっと書いてみて、役に立つのかよくわから文章になってしまいましたがおじさんからは以上です。

好きな人巨乳が好きって言ってくれたか

好きな人巨乳が好きって言ってくれたか自分の胸に少し自信が持てるようになった。

だけどやっぱり男の人は若くて発達途上を思わすささやかな胸の方が好きなんだなと感じることも多くて体のラインを隠した服が増えていく。

巨乳下品に見えるかもしれないか言葉かいに気をつけたり振る舞いも気をつけているつもり。

過去のことから胸の話をされてもことさら卑下してしまう。

だけどそんな自分言葉に少しずつ傷ついてしまう。やめようとは思うけど反射になってしまっている。

巨乳が好きな男性はもし巨乳コンプレックス女の子を見かけたら勇気付けてあげてください。

、、、、、、

追記

みなさん反応ありがとうございます

どんな時に応援すればよいのかという質問についてですが

誰かが巨乳下げをしている近くで虚ろな目をしている巨乳がいたり、あえて賛同して巨乳批判している巨乳がいたら俺は大きいほうが好きだなあとか場を和ませたり、

さりげなく話題を変えた後その子と二人のとき笑わせてあげたりするなどです。

女の子場の空気に敏感なので少しのリアクションで気を遣ってくれた、あえて三枚目を演じてくれたと分かるのでとてもうれしいですし感謝します。

そういうことができる男の人を好きになっちゃます


俵万智、言われるかなと思いましたがはてなーは流石ですね。今日は少しいつもと違ったサラダを作ろうと思います。笑わせてくれてありがとう

春休み大学生が羨ましい

春休みになったからって増田に湧いて出てくる暇な大学生が羨ましい。

きっと関東のどこかの有名な大学に通ってて、勉強バイトサークルをほどほどに両立しながら、お金にも友人にもあまり不自由せず楽しく生活してるんだろうな。

バイト代仕送りを貯めたお金で、この春はディズニーやら海外やらに旅行なんかも行くかもしれない。

しかしたら就活もあっさり成功してしまってるのかもしれない。

スマホPS4が宝物で、FacebookもインスタもTwitterも、その場の空気を読みながら適度にこなして、増田は片手間に大人たちをからかう面白掲示板くらいにしか思っていないんだろう。

俺は普通のしがない会社員から、平日の夜か土日の夕方くらいしか増田に来られない。そう思うとなんだか虚しいけど、深く考えずに掃除でもしてくるわ。

2018-02-08

推しを叩かないで

2月5日(月)は2.5次元作品あんさんぶるスターズオンステージの大千秋楽でした。満員御礼最後まで誰一人欠けることなく無事終わりを迎えた…と思いきや最後最後で観客を騒がせる出来事が。

今回の公演に出演していない、本編にも出てこないキャラクター月永レオを演じていたキャストさんのサプライズ登壇とその日誕生日を迎えた別のキャストさんへのバースデーサプライズ(隠しきれてない)。

詳細は他の記事でも取り上げられてるので割愛させてもらう。

私がこの記事を書いた理由ひとつは、私がゲスト登壇したキャストさんのファンからである。そして、サプライズゲストとして現れたキャストさんが作品をぶち壊しただのエゴキャラを利用しただの訳の分からない理由で叩かれているからだ。

マジでなんででたの?腐女子に媚びる為?結局どいつもこいつも自分が人気出すために演じてもらわせてるキャラを貶すの?」

あんステのメインキャラレオ登場で完全にファンからの視界に外れてかわいそうだった。なんで来たの?余韻ぶち壊すなよ全体の雰囲気より腐女子に媚びる方が大事なのか?」

まるで彼が自ら志願し登壇したような口振りだが彼はCD発売とライブ開催発表の為ゲストとして招かれただけなのだ

かに彼の登場とバースデーサプライズにより会場の空気はKnightsを持ち上げるような状態になり、主要キャストや他のユニット空気状態となっていた。これは完全にこのタイミングサプライズ企画した運営側問題であり、キャスト達が望んだことではないことぐらい考えればわかる話だ。

それにレオ役のキャストがいつ腐媚をした?今まで共演したキャストや設定上関わったキャストと仲良く肩を組んだりファンサをして歌っていただけなのに、それだけで腐媚になるの?

本編に出ていないのにいつ原作をぶち壊した?レオ原作通り『本編』には出ていないのでストーリーを壊した、原作に泥を塗ったは言いがかりだ。

実際キャストさんがどんな気持ちで月永レオとして舞台に上がったのかは知る由もないが、彼のブログタイトルを見る限り謙虚姿勢で臨んでいたはずだ。

飛び入り参加した時の台詞も前回の公演の使い回しで原作通り。多くは語らなかった。なるべくレオイメージを壊さないようしてくれたのだろう。

現場にいた私も彼の登場には歓喜よりも驚きが勝り何も出来ずただ眺める事しかできなかったし、fine好きとしては余韻を壊されてしまった事を残念に思ったので「ふざけるな!」と怒る人の気持ちも「最悪だ」と悲しむ人の気持ち理解できる。

しかしそれを一キャストとして仕事を全うした彼にぶつけるのは間違っている。

彼を批難している人も一時的感情なで呟いたのかもしれない。不穏な流れに便乗して呟いたのかもしれない。

それでもこの事で彼を見限ってしまってもいつか彼の演技を見る機会が来るのであれば闇雲に叩くのではなく純粋気持ちで彼を評価して欲しい。

2018-02-06

anond:20180206202001

ハピマテも今聞いたら凡庸な曲だし

エンドレスエイトも今見せられたらただの放送事故だし

場の空気の影響ってのは思ってるよりはるかに大きいよ

2018-02-02

未だに思い出しては苛々するのだが

会社の先輩や後輩5人くらいで飲みに行き

食後のアイスに温かいキャラメルソースをかけ

アイスが溶けて斑模様になったのを見て

後輩が「それ嫌いなんですよ!」と言って

急にアイスの入った器を押して後輩から見えないように

し始めて「それじゃ私が食べられない」と言って自分の前に戻したら

だって見た目気持ちが悪い!うげぇ気持ち悪い!」と言ってまた押しのける

(後輩は霜降り牛の霜降り模様も嫌いらしい)

 

「いやいやお前が見なければいいだけだろ」と言っても

聞く耳を持たず押したり他の器のかげに隠したりして

周りは「後輩はやっぱり変な奴だなぁ」とゲラゲラ笑っている

 

最初イライラしながらも場の空気を考えてふざけた感じで怒ったけど

後輩は(多分面白いと思って)続けるのでさすがにイカンと思い

真面目な顔をして「いい加減にしよう。そろそろやめよう」と言ってみたが

やっぱり「だって気持ち悪いんですよ!よくそんなの食べられますね!」

とわかっていない様子で続けようとしていてそんなやり取りを5分以上続けたんだが

 

思い出してみてもやっぱりアイツ頭おかしいな…

2018-01-29

友達言葉にずっとモヤモヤしている。

今日友達から言われた言葉にずっとモヤモヤモヤしている。

私はツイッターイラストレーター趣味で絵をアップしている人の絵を見るのがとても好きだ。友達も絵を見るのが好きで、よくそ話題で盛り上がる。

ただ趣味が全く合わないので友達の絵の好きなところを聞いたり、聞いてもらうだけだ。

今日も絵について喋っていたら友達一言

増田の好きな絵は皆んなが嫌ってる絵。嫌いな絵は皆んなの好きな絵だよね。」

と言った。

私はこの言葉がすごく衝撃的だった。

私の好きなイラストは本当に素敵だから。好きなところを言ってと言われたらいくらでも言える。私の好きな絵は決して嫌われているわけではないし、好きなイラストレーター絵描きの中にはフォロワーが何万もいる。

かに私の好きな絵はフェチの要素が強かったり、絵柄に個性がある人が多い。

それでもデッサンはしっかりしてるし、見てて違和感のある絵でもない。

友達が見る私の絵に対する気持ちアイドルアニメキャラでいう「不人気キャラ」を好きな気持ちと一緒に見えたのだろうか。

友達から言葉を言われた後、やんわりと友達の言ったことを否定し、周りにいた友達に私はそうなのかと聞いてみたらうう〜んと唸られた。

とりあえず場の空気は悪くしたくなかったので、深追いせずに話題を変えた。

今はあの時どう返せば良かったのだろう、とずっと考えてる。

2018-01-27

anond:20180127045939

なんか納得してくれている!!!!!!

俺の発言場の空気がどう変わったのかはわかんない!

なぜなら酔っ払っているから!

(一応言うと特にやばいほど凍りついた感じはない。しかし、一瞬その理由を挙げるか!みたいな空気になった感じがした)

とりあえずその部分だけ取り出したらやばかったので書いた!

(この話に関係あったりなかったりするけど)ネット情報って文脈ないこと多いのにあんまみんな気にしないのは問題だと思っている!!!(誰も興味ないと思うけど書きたいから書いた)

2018-01-25

anond:20180125193217

難しい。難しいけど、そのやばいシフトスタッフに負けて欲しくない。

まずは味方を作るところからだと思う。多分上長を味方にするより、空気を作ってる人を味方にするのが一番いいと思うんだけど、難しい。

からすると、おばさんはあまり場の空気が読めてないかつそれをある程度許されるポジションっぽいから、そこはあんまりどうにもならない気がする。

でも、そのブルーになる気持ちわかるよ。

2018-01-17

今、雰囲気アニメが熱い

ストーリー不要の話があったが

ここ数年、ストーリー性の薄い雰囲気アニメがすごく良い感じだと思う

 

雰囲気アニメ? 薄味アニメ? 癒やしアニメ? 難民アニメ? ゆるアニメ? 名前はどれでもいいしどれも違う気がするが

重厚ストーリー、バトル、恋愛ギャグなんかより場の雰囲気を重視した作品

からかにあったと思う

よく引き合いに出されるのはアリアあたりか?ヨコハマ買い出し紀行とかもあがるな

※薄いという表現が正しいのかはよく分からないが

 無言で派手な動きもないシーンが10秒続くのが普通に起こり得るような「静」の作品

 

正直昔はああいう「何も起こらない」作品が大嫌いだった

味の無いガムを噛んでるような感じで、耐え難い苦痛だった

見終わってから「何も起こらなかった」「どこを見ていいかからなかった」「事件はまだか」「いつ殺人が起こるんだ」という感想を抱いた

何か始まりイベントが起こるまでは全部退屈なプロローグだと思っていた

でもそれがいつからか、好きなジャンルになっていたんだ

 

明確に何かがオカシイと気づいたのは、ふらいぐうぃっち(2016)あたりだ

舞台故郷だったので見たが、あまりの薄さにおったまげた

コンビニで高いミネラルウォーターを見たときのような衝撃だ

開始10分でこりゃダメじゃねーかと思ったんだが、結局最後まで見てとても面白かった

そのあと5周くらいした

あのアニメは恐ろしい

ラブコメがない、強いギャグも強いストーリーもない、百合もない、テコ入れすらない(風呂水着回がない!)

キャラクターと、背景と、雰囲気と懐かしさと、あと何かよくわからない力で構成されている

 

思い返すと雰囲気アニメの流れは確かにあった、きらら枠だ

あれでだいぶ薄味に慣れてしまったのだと思う

ご注文はうさぎですか?(2014)や、のんのんびより(2013)のように、普通アニメよりは薄味だけど面白いものが増えたんだ

この4コマゆるゆる漫画アニメ系譜を遡れば、ゆゆ式(2013)、けいおん(2009)、ひだまりスケッチ(2007)、個人的にはその手前にあずまんが大王(2002)を置きたいんだが

どうも年々薄くなっていってる気がしてならない

まるでどこまで薄くできるか試してるみたいだ

そして自分でも驚くほど薄いアニメがとても面白い

 

おそらくああ言う作品は引き算なんだと思う(※食戟のソーマパクリ

強い要素、びっくりする要素を引いていった結果、今まで注目してこなかった味を強烈に放つのだろう

そういう意味ではどこまで引いて面白くできるかというチャレンジなのかもしれない

あと、変な話だが重厚なほど見るのが億劫になるというのもあるかも

刺激が強すぎない分、何度も繰り返し見たくなる

(単に年を取ったからと言えばそれまでなんだけど・・・

 

とは言えそういう作品をちゃんと仕上げるのは容易なことではないはず

中の人たちが頑張って、ようやくそういう作品が作れる時代になったのではないかと思う

未だに毎期驚きに満ちていてヲタとして幸せ

 

嬉しいことに、そう言った潮流のいい面を取り込みつつ(?)、ちゃんとストーリーやバトルも組み込んでいる作品も増えている

雰囲気"も"素晴らしいアニメに仕上がってるんだ

これはたぶん、原作側が変わったというよりアニメ制作の方が進化したんじゃないかな。15年前じゃ中々実現が難しかった気がする

直近で言えば、宝石の国(2017)、少女終末旅行(2017)、メイドインアビス(2017)などなど

(※ここにけものフレンズを入れたいんだけど、けもフレは更にその上を行く化物フレンズから別枠かもしれない・・・

 

今期も眺めてみると薄いのに面白いのがたくさんある

一番注目してるのはゆるキャン△(2018)だ

あれも薄さがヤバイ

キャンプ場行って、テント立てて、山を眺めて・・・

あの薄さはふらいんぐうぃっちに迫る勢いがあるが、やっぱり何故か面白い、何度も見てしま

 

元増田がなろう系を「日記」と称していたが、まさにそうで

キャラクターと一緒に何かするという共感覚面白いのかもしれない

たぶん実際に一人でキャンプしても楽しくない

最近バーチャルYoutuberなんかも流行りだが、魅力的なキャラクターと一緒に何かするのは楽しいんだ

それがアニメになって面白いのだとしたら、それは新しいストーリー設計スタイルなのではないかと思う

(とは言っても、友人にこういうアニメを見せると「何、どこを見ればいいの?」って言ってくるから、人は選びそうなんだよね)

 

追記

薄いというのに語弊があるのは分かってる、けど良い意味で薄いというのは推したい

昔は必須と思われた構成要素や、分かりやす表現が少ないという意味

(静重視の作品とか、間重視の作品でもいいけど)

難度が高いのは確かだと思う、眉が数ミリ違うだけで意味が変わってしまうのをコントロールしてんだ

意識の外にある情報量が多いんだと思う

間や音楽、光加減、表情、声、色々噛み合って初めてキャラ感情場の空気が察せる

派手じゃないからこそ察せたときに嬉しいんだと思う(好きになっちゃって、難民化する)

今だからこそできるすごい技だよ、何であんなの作れるのかわからん

 

これ以上は私の言語能力が足りない

誰かゆゆ式説明してほしい

 

 

アビス宝石は、もちろんきらら枠とは違うよ

バトルあるし、ストーリーも強い

ただ、明らかに「それがなくとも面白い」って感じた

静の作品と同じ魅力を感じたんだ

10年以上前、バトルがあるアニメのバトルがない回で「はずれ回」って言う人が居たんだ

自分はそこまでじゃなかったが、ストーリーに進展がないと「はずれ回」って思ってた

でも、あの頃とは何かが変わったと思う

全シーンが好きなんだよね

2018-01-14

馬鹿でも親になれる悪魔の国ニッポン

さっき牛丼屋で牛丼テイクアウトした時の話。

店内に入るや否や、3~4歳ぐらいの子もの金切り声が聞こえた。

見ると子供カウンター席に座りながら騒いでいるようだ。

一方親は子供カウンター席に置き去りにしながら別のところにいた。

子供は依然として騒いでいる。

自分は「ここは公共の場からかにさせなさいよ」と母親に注意した。

すると母親は「何言ってるんだバーカ」と暴言を吐いた。子供公共の場で騒ぐのは当然と考えているようだ。

隣で喫食していた男性母親とは無関係)も母親同調するような発言をした。

 

その後牛丼テイクアウト

母親に注意してその場の空気を気まずくしたことに対し店員に頭を下げて謝罪した。

店を出た後、自宅に戻る途中母親の姿を目撃した。

自分は親の意識改革を促さなくてはと、もう一度さっきの一件について注意することにした。

自分「ちゃんと子供をしつけなさい」

母親「うるせーよバーカ」

自分権利意識だけ膨張して、子供をしつけるという義務感に欠けている」

母親「バーカ」

自分「さっきからバカバカしか言っていないが語彙数に乏しいのではないか

母親「バーカ」

何を言っても暖簾に腕押し、ぬかに釘だと悟った自分はその場を後にした。

今朝のキュウレンジャーに出てきて、登場人物から「バカ」呼ばわりされ続けたうじきつよし(※敵キャラ)の気持ちが分かった気がした。

それはさておき、しつけという親としての義務放棄し、それを咎めたら逆上する彼女の程度の低さにただただ唖然とした。

マナーについて躾けられることもなく、自身の野放図を咎められても「バカ」しか言えない親に育てられた子供果たしてどのように育つのか。

恐らく母親と同じような、権利意識けが際限なく膨張し、義務責任から遁走する自分勝手人間に育ってしまうのではないか危惧を抱いた。

こうして自分勝手な人たちの再生産が際限なく続いていくのか…と考えただけで気が重くなる。

そして「寛容性」や「お互い様」などと宣い、そういう親を甘やかすような社会の風潮に怒りを覚える。

大多数の親は子供を躾けるという義務果たしているだろうし、躾けてもなお子供迷惑行為をしてしまっている…という親に「寛容になる」というのは正しいだろう。

しかし躾という義務から遁走するような手合いに「寛容性」を持てというのは無理筋である

 

ついでに、この件での一番の被害者は騒いでいた子供である

公共の場所で騒がない」という基本的モラルすら教えてもらえなかったのだ。

基本的モラルすら教えてもらえなった子供は野放図に育ち、知らず知らずのうちに他人迷惑をかける存在に成り果てるのだろう。

そういう存在は周りも不幸にしてしまう。そしてこの子自身も行ってきた迷惑行為の報いを受けてやがては不幸になる。

の子の将来を考えただけで胸が張り裂けそうになる。

2018-01-10

ブルゾンちえみでもなく渡辺直美でもなく

芸人進化系は近藤春菜だと思っている。

渡辺直美ブルゾンも、タレントとしては確かなものを持っていると思う。

どちらもファッションというカテゴリ武器にする事で性別わず一定の人気を保っていくだろう。

ただお笑い世界の中で言えば、実は2人ともそれほどセンスがあるとは思えない。

渡辺直美のショーは金を取れるレベルだけど、バラエティではトークの部分でわりと普通の事しか言わない。

近藤春菜トークにも冴えがある。

いわゆるひな壇での返しも上手で、特筆すべきなのは明石家さんまとの絡みでよくみられる容姿いじりにおいてもまったく悲壮感がないところ。

絶妙な顔で、自身女性らしさを一切失う事なく

「いや、豚じゃねえから!」

と声高に叫ぶ。

そう、全否定している、その主張自体が笑いを生むので悲壮感がない。

視聴率お化けイッテQですら女芸人達に相撲を取らせみっともない姿で笑いを取っている中、近藤春菜ポジション絶妙だ。

ブルゾン渡辺直美も、容姿いじりをされる時、一瞬のためらいを見せる事が多い。

これは恐らく普段から海外ドラマなど見て海外の人と付き合ったりする中で、容姿いじりをする日本の程度の低さを感じているからではないかと思う。

それはそれで良いのだけど、そこから突破口がない。

一瞬ためらった後、控えめに否定するか全乗っかりするしかない。

その点春奈は違う。キラーフレーズを持ってるのだ。

そもそも容姿いじりされてんじゃん、ダメじゃんというのは簡単だけど、なにかを変えていくには地道で現実的対処必要になる。

今こそ女芸人達は、そして容姿いじりをされる人々は春奈のマネという体で思い切り切れてやればいいのだ。

本気で言っても、近藤春菜マネという事であれば場の空気おかしくならない。

過剰な容姿いじりにはこう言ってやればいい。

「いや、人間ヒューマン!」

2018-01-03

実家や親戚の集まりがとても居心地が悪かった

前まではそんなこと無かったのに

努力大事だ、根性大事

隣人の悪口、両親の喧嘩

結婚はまだか

過去の過ちをほじくりかえされ

挙句の果てにあと10年したらあんたにもわかるよ、などなど

とにかく自分の考えと合わないのである

努力根性という言葉は嫌いだ

隣人の悪口言う暇あったらもっと生産的なことをすればよい

喧嘩するのは良いけど、喧嘩して場の空気が悪くなることを理解してほしい

独身に対して結婚をやたら気にするのハラスメント認定されてほしい。こっちはこっちのペースでやっている。好きにさせてくれ。

過去の過ちは迷惑かけたかしょうがないと思うけど、こっちは前を向いて今ちゃんとやっているんだからグチグチ言わないでほしい

10年したらもちろん考えは変わると思うけど、今の自分意見も受け入れてほしい

とりあえず場の空気を汚さないために、その場はへいへいニコニコしてるが内心はほとほと疲れているのだ

親も親戚も歳を取ったし私も自立した人間として意見を持ってしまった。

意見を持ってしまったが故にそういう反発が生まれているのかもしれない。


でも違った意見を持って当然。

そう思って場をやり過ごすことにしよう。

2017-12-13

anond:20171213194758

女子には一定割合で、場の空気が刺々しくなることを極端に嫌う者がいる

そのためにいじめなどをやめさせようとしたりするが、それは特定個人に対する感情とは関係がない

男子にもそのような者がいるのかもしれないが、あまり目にしたことがない

anond:20171213133313

その発言の後に、自分の行動を解説するような言葉が続いたりはしなかったの?

ってか生徒全員手を挙げるだろ、その場合

場の空気が凄いことになりそう

2017-12-11

愚痴雑談という知的作業について

似非科学に関して青春時代の思い出を交えた個人的考察

 似非科学というのはいつの時代もなくならないものだ。パッと思いつく例だけでも、血液型性格診断ゲーム脳環境ホルモン水素水マイナスイオン、等々、枚挙に暇がない。多くはマスコミによって支持され、テレビ番組特集が組まれ、その科学的根拠あいまいにも拘らず世間に流布されて浸透する。テレビ番組などはあたかもその説を「検証」しているかのような映像を作り、怪しい肩書専門家コメントを添える。視聴者の多くはなんとなく「科学的に証明されている説なんだ」と信じ込み、疑問を持つことなく受け入れてしまう。一億総白痴化社会の完成である最近ネット上で多くの意見を比べて読むことができるので、情報収集能力の高い人たちはそこまで騙されやすくないとは思うが、未だテレビ新聞が主な情報源である人たちにとっては、上述の似非科学が今でも信じていることが多い。特に血液型性格診断などは、宗教のように信じ込んでしまっている人も相当数いるだろう。

 私も子供の頃はこれらの似非化学に騙されやす人間だった。最近ほとんど見ないが、昔はテレビが娯楽の中心だったこともあり、夕食時などはよく見ていたものである特に捏造問題で打ち切られた「発掘あるある大事典」などは、親が好きだったこともあって毎週見ていた。その中で血液型性格診断特集を何度か行っていたことは、今でも何となく覚えている。番組の中で「数名の幼稚園児を血液型別に分類してその行動を観察する」という検証が行われており、ものの見事にその血液型の特徴が行動として現れていた。見ていた私は「やっぱり血液型性格には関係があるんだなー」とぼんやりと納得していたが、今になって思い返してみれば数名の幼稚園児の行動で結論を出すのは早急すぎるし、番組が「○型かつ××な性格」の幼稚園児を数名集めることな造作もないことだし、そもそも集められた幼稚園児の血液型が本当に表示通りだと証明する根拠は何も無い。極めつけはあの「あるある」である。そういえば「あるある」マイナスイオン特集も何度かやっていた記憶がある。まあ、放送内容の真偽を検証するのは今となっては不可能に近いことだからやめておくにしても、心理学会において血液型性格判断の真偽は何度も検証されており、いずれも関連性を肯定するものがないことから、かの理論が出鱈目であることは疑いようがないだろう。

 しかし、科学価値は小指の爪の垢ほどもない血液型性格診断であるが、この似非化学が私に教えてくれたことが二つある。それは「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」ということと「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」ということだ。付け足すなら、当時私はまだ純粋ティーンエイジャーだったので、「大人は平気でうそをつく」ということも学んだと言えよう。

 私が初めて血液型性格診断反証する意見に触れたのは、中学二年生のことだったと記憶している。当時別段読書が好きでもない(むしろ嫌い)だった私が、たまたま休み時間図書館に立ち寄り、ふと目に留まった一冊の本を手に取ったのがきっかけだった。それは村上宣寛という方の著書『「心理テスト」はウソでした。受けたみんなが馬鹿を見た』(2005、日経ビジネス)という本である。新作であったこの本は本棚の上に表紙が見えるように立てられており、そのセンセーショナルタイトルに興味を惹かれたのを覚えている。

 10年以上前に読んだものであるためにうろ覚えな部分もあるが、本の内容は大きく2つに分かれていた。前半が血液型性格診断への反論、後半はまた別の心理テストへの反論が主であった(後半の内容は忘れた)。本文の中で、今日血液型性格診断の源流である能見正比古氏の著書をけちょんけちょんに貶し、また血液型性格診断のような「占い」を人に信じ込ませるための心理テクニックであるバーナム効果」についても詳しく説明があったと記憶している。

 当然、本の内容は著者の考えであり、本の内容が絶対的事実であるとは(今となっては)思わない。しかしこの本の内容は、血液型性格診断科学的根拠のある学説だと何となく思い込んでいた私にとっては、とても衝撃的な物であった。血液型性格診断のものというより、これまで固定観念的に信じ込んでいた常識が、脆くも崩れ去った瞬間で、まさしく目から鱗であった。活字嫌いな私が、数日図書館に通って本を読んだのは、(マンガ喫茶を除けば)後にも先にもこの時だけであろう。「借りて読めよ」と言われるかもしれないが、当時の学校図書館ルールで、新作は借りれなかったのである

 新しい知識を得たら人に言いふらしたくなるのが能のないアホウドリの常である。当時は全盛期こそ過ぎたものの、血液型性格診断世間一般根付いており、それを否定する論調は(少なくとも大手メディアでは)ほとんど存在していなかった。要するに「他の誰も知らないことを自分けが知っている」ような状況だったのだ。腕のケガだと偽って毎日手に包帯を巻いて通学していたリアル中二病の私にとって、これほどドヤれる材料は無い。とは言え、何の脈絡もなく血液型性格診断の話をするのも変である。友人との会話の中で血液型の話が出てくるのを待ち、出てきた瞬間にこれでもかと否定する。それによって「頭が良い奴」と思われて皆からちやほやされる。正に完璧計画だった。

 ところが、実際に反論してみたところ、いずれもあまり芳しくない結果に終わってしまった。どや顔血液型性格診断否定しても、「でも何となく合ってる気がするし…」と、決まって歯切れの悪い反応しか返って来ないのである挙句教師からも「屁理屈ばっかりこねるな」と言われる始末。今となってはどちらが屁理屈なんだと思わざるを得ないが、確かに思い返してみれば、血液型の話でわいわい盛り上がっている時に、キモいデブどや顔否定して来たら、場が白けてしまうのは明白だろう。要するに私の敗因は、イケメンではなかったこである

 冗談はさておくにしても、それ以降、私は血液型性格診断の話が出てきた時、余程仲の良い間柄でなければ、ニコニコして受け流すようにした。まさに2017年現在でも血液型性格診断肯定論者の方が言うところの、「否定する奴はモテない」という説を支持する対応であった。情けないとは思うが、当時ただでさえ友達が少なく、これ以上周りから孤立するようなことは避けたかった私を責めることなど出来るだろうか。ちなみに今は目上の人でなければそれとなく否定している。相変わらずチキンであった。まあ、事実事実として、TPOに合った会話合わせというのは必要だと思っている。

 そこで私が学んだことが、先の「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」の二つだ。血液型性格診断を信じている人に、上述の心理学会の話や、バーナム効果の話をしても、決まって返ってくる言葉は「でも何となく当たってる気がする」「私の周りでは当たっている」と言ったものだ。査読のある学術誌に投稿された数千人規模の調査結果よりも、自分の身の周りの数名の事例を優先するのである。当然その事例には得てして強い確証バイアスが掛かっているのだが、本人はそれに気付くことができない。「客観的事実よりも自分が信じたいことを信じる」典型である

 これは、似非化学に限らず社会の中のあらゆる現象に対して言えることである。例えば昨今、「若者の○○離れ」という言葉をよく耳にする。○○の中には、テレビ新聞、車、バイク、酒、読書など、ありとあらゆるものが入り得る。そして、その原因は大抵若者帰着させることが多い。「最近の若者は人との関係希薄から酒を飲みながらのコミュニケーションをしないのだ」とか、「世間政治に対して無関心だからテレビ新聞を見ないのだ」とか、とりあえず若者悪者にするような結論が多いが、決して「社会の変化によってニーズも変容し、製品価値相対的に下がった、すなわち製品自体時代の変化に追いつけなくなったのだ」といったような、自らに責任帰着させることは決して言わない。やはり自分が信じたいことしか信じていないのである

 また、血液型性格診断を信じている人の共通点として、否定しようとすればするほど攻撃的になって反論するというものがある。先の中学生の時の教師がその典型例だろう。理論的な反論が出来なくなると「屁理屈をこねるな」と論点をずらして逃げるのである。「否定する奴はモテない」というのも同様で、血液型性格診断の真偽について反論しているのに、「モテるモテない」の話にすり替えさら相手を「お前は場の空気の読めないモテない人間だ」と罵倒しているのである。そうなってしまうと、もはや冷静な会話は成り立たない。こちらがいくら事実を述べても、返って来るのは罵倒だけであり、最終的に相手が逃げてしまうのである。そこに残るのは無駄時間の浪費と徒労感だけで、何ら生産性のない労力を費やされることになる。

 こちらもやはり社会全般で言えることだ。例えば「若者犯罪ゲームアニメによる影響だ」などの持論を展開する人に、「若年層の犯罪率は年々下がり続けており、反対にゲームアニメ市場は伸び続けている。」と反論しても、恐らくその後は謂れなき若者批判罵倒くらいしか返って来ないだろう。論理的反論を受け入れられない人間にとっては、実は事実などどうでも良く、会話を勝ち負けを決める手段としてしか考えていない。そして自分が負けるのが嫌だから最後子供のような罵倒に終始し、逃げてしまうのである。こういった手合いは、「自分の非を素直に認められない」ことも共通点と言えるだろう。人間であれば誰しも少なから負けず嫌いな側面は持っているが、この手の人間特にその傾向が強い(と何の統計的データもなく私の主観でそう思っている)。

 似非科学のような嘘を信じ込んでいる人は、宗教信者に近い。もちろん宗教否定している訳ではない。宗教というものは、「事実か否かを証明する術がない」にもかかわらず、「否定は許されない」というのが特徴である。これ自体別に悪いことではなく、「鰯の頭も信心から」と言うように、それを信じることによって本人の精神的支えとなるのであれば、それで良いと個人的には思っている。客観的証明できなかったとしても、個人の中で信じていれば問題はないのである。ただし行き過ぎると他者に対する不寛容に繋がり、戦争弾圧に容易に発展してしまうため、注意は必要である仏陀キリストと「顔を描いてはいけないあの人」の誰が一番偉いかというような論争は、決して行ってはならないのである(仏陀キリストが同じアパートの一室で生活しているマンガはあるが)。

 「宗教」と「似非科学」の明確な違いは、前者は「事実かどうかわからない(事実であることに重きを置いていない)」のに対し、後者はそれが「明確な嘘」だということである。明確な嘘を流布すれば、社会に対して損害が生まれる。血液型性格診断であれば、近年問題になっている「ブラハラ」なる差別を生じる。ゲーム脳であれば、本来何も悪くないゲーム会社風評被害を受ける。水素水であれば、医学的根拠のないただの水を健康に良いと信じ込んで高額な値段で買わされる消費者が現れる。そして、損をする人の裏側では、他者を騙して得をする悪人存在しているのである。大抵は嘘っぱちの本を書いた奴とその取り巻きだ。

 だからこそ似非化学は撲滅しなければならないし、似非化学の考案者やそれを流布するメディア批判されなければならない。日本表現の自由保障されているから何を言おうと自由であるが、それはあくま公序良俗に反しないことが前提であり、嘘によって不正利益を得るのは詐欺である表現に対して批判を行う自由もあるのだから客観的に見て明らかに事実と異なる論説に対しては、毅然とした態度で批判すべきである

 そして、一般消費者である我々は、常にその情報事実であるか否かを見極める努力が求められる。媒体を問わずメディアは平気で嘘をつく。他人に言われたままのことを信じる人間は、その情報が誤りであった場合他人責任を求めがちである。何が正しいか自分判断し、自分責任において選択する力こそが、情報化社会を生き抜くために必要スキルと言えるのではないだろうか。

 似非科学流行は、社会におけるメディアリテラシー成熟度合いの指標と言えるかもしれない。

2017-12-04

ネット話題新聞記事にするのでもこれほどの差がつく

産経新聞とある記事から

 ファミリーマートが新商品として鳴り物入りで発売した「忖度弁当」が全く売れない、とファミリーマート関係者と思われる書き込みツイッター投稿され、話題になっている

 2日未明、「天探女スリ」との投稿名で「忖度弁当全く売れねーじゃねーか。ばかああああああああああか!!!!!今日の分、全部廃棄処分だぞ。クソがあああああああ!!!ファミマ店員魂の叫びだ、バカやろぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!!

 ていうか案の定だよ!!!!!!!!!!!

 売れるわきゃねーだろ。800円もすりゃよぉおおおお!!!!」と!を多用した書き込みがあった

 また「一応食ったよ、忖度弁当。800円の価値があるかって聞かれたら俺、舌が貧乏からうーんってなっちゃうけど、まぁ美味しかったよ。でも特別な日でも何でもないのにコンビニバカに高い弁当なんか買う気は起きないね」との書き込みもあった

 一部のネットメディアでこうした投稿が取り上げられ、NETGEEKでは忖度というネガティブワードマイナスイメージを誘う上、値段が高すぎる」と分析

 「滋賀県店長です。2日で13個中12個廃棄」との具体的な書き込みもあり、事態はなかなか深刻なようだ

 「忖度弁当」は正式名称は「忖度御膳」。1日から数量限定で予約を受け付け中で、ファミリーマートのほか、サークルK、サンクスでも取り扱っている。キンメダイノドグロあんかけさつまいも豚肉炒めなどを使い、税込み798円。「忖度」は「他人気持ち推し量ること」の意で、本来は良い意味にも使うが、今年は森友、加計学園問題めぐりネガティブ意味で用いられたことで人の耳に入ったこともマイナスに働いた可能性もある。また、PRチラシなどの中でもわいろの授受をうかがわせるような写真が添えられていて、イメージが悪いのでは、という意見ツイッター上にはある。(WEB編集チーム

鳴り物入りファミマの「忖度弁当」 「2日で13個中12個廃棄」「売れるわきゃねーだろ」店員から?悲痛な声も(産経ニュース17.12.3)

http://www.sankei.com/life/news/171203/lif1712030048-n1.html

ちょっと前にみた朝日新聞記事

東京秋葉原茨城県つくば市の間で「つくばエクスプレス(TX)」を運行する会社が、電車を定刻より20秒早く出発させたとして謝った。海外メディアは「遅れや運休でもないのに……」と驚く。「20秒」の差は謝るべきなのか。

 ■「9時44分」だけど

 「定刻9時44分40秒のところ、発車時刻を十分に確認しないまま、9時44分20秒に発車してしまいました。大変ご迷惑をおかけし、深くおわび申し上げます」。つくばエクスプレス運行する首都圏新都市鉄道ホームページに14日、こんな謝罪文が載った。この日、秋葉原守谷行きの普通列車南流山駅千葉県流山市)を定刻より20秒早く出発していた。乗務員に「基本動作を徹底するよう指導した」という。

 ただ同社によると、駅の時刻表には「44分」としか記されておらず、4分後には後続の電車が来ることになっていた。乗客からの苦情もなかったという。同社広報は「発車を知らせる駅の放送が発車後に流れてしまった。謝罪は当社の基準に基づいており、今後も同様の対応をする」。昨年6月にも、北千住駅で30秒早く出発した際におわびを出したという。

 ■時間厳守悲劇も」

 これが英語ネットニュースで報じられると「(日常的に遅れる)ニューヨーク地下鉄なら、謝罪のためだけに職員必要だ」とツイッターなどで話題英紙ガーディアンは、日本鉄道の正確さは素晴らしいとしたうえで、「時間厳守悲劇を生んだこともある」として、107人が死亡した2005年のJR宝塚線脱線事故で、運転士が約1分半の遅れを取り戻そうとしていたことが一因とされていることに触れた。

 日本鉄道史に詳しい原武史放送教授日本政治思想史)は、日本ダイヤ厳守の習慣は、天皇が乗る「お召し列車」に源流があると指摘する。「1928(昭和3)年に天皇京都へ行った際、30秒単位特別ダイヤが組まれ、ほぼ正確に運行されたと言われている」という。原さんは「TXは他社との乗り入れがないため、ダイヤシンプルで乱れにくい。それゆえ、少しの狂いにも過剰に反応しているのかも知れない」ともみている。

 とはいえ、今回の謝罪を「ダイヤは秒単位で作っていても、客にとっては同じ『9時44分』。いちいち公表する必要があるのか」と原さんは言う。鉄道会社の横並び意識も感じるといい、「他社が少しのダイヤの乱れでも謝るので、自分たちも、と儀礼的に謝っている面もあるのではないか」と話す。

 ■先回りで謝る企業

 米紙ニューヨーク・タイムズ記事で、過剰に謝る日本企業文化が背景にあると指摘した。日本社会を「世間」という切り口で研究する佐藤直樹九州工業大名教授刑事法学は「日本では場の空気を壊さずに円滑にものを進めるため、『とりあえず謝る』習慣がある。企業も同じで、苦情やネットでの炎上を恐れ、先回りして謝ることが当たり前になっている」。ここ20年ほど、小さなことでもクレームを入れる風潮が強まり企業の謝り方がどんどん過剰になっていると感じるという。

 佐藤さんは「20秒早く出発して謝るなんてやっぱりおかしい。消費者自身も、普段から要求が行きすぎていないか、考え直す必要があるのではないか」と話す。

 (仲村和代、田玉恵美)

ニュースQ3)電車が20秒早く発車して謝罪、驚く海外朝日1711・21)

http://digital.asahi.com/articles/DA3S13237425.html


ネットの噂を記事にしてもきちんと話題当事者コメントを取り、また記者問題関心に合わせた専門家コメントをとっている朝日新聞記事に対してツイッターnetgeek(!)の言っていることをただただそのまま垂れ流すだけという忖度弁当記事。おそらくはその記事を再びまとめサイトが、新聞に載ったとして記事にするという連鎖関係なのだろう。産経でこの程度の記事が出たのは一度や二度ではないはずだが、ファミマへの電話取材の労もとらないようなら「新聞」の看板を下ろすべきなのでは?

2017-11-27

anond:20171127123328

例えば増田共感を求めて愚痴を言った場合の男の反応5パターン

1 共感を求めていることを察して、単純に共感を示す場合

「ムカつくよね〜」

2 共感を求めていることを察しているが共感を示す言葉を言わない場合

愚痴入りました〜」(飲み会等で増田愚痴がその場の空気に合わないので茶化す

3 共感を求めていることを察して共感も示すが、その示し方がわかりにくい場合

「オレもこの前さぁ」(似た状況にあることで同じ感情を抱いてるよ、と言いたい)

4 共感を求めていることをわかっていないので、共感を示す言葉を言わない場合

「たーのーしー」

5 共感を求めていることをわかっていないが、共感を示す言葉を言う場合

「わかるよ」(とりあえず女との会話では共感してるふりをする)

1は察していることがわかりやすいが、2と3は増田も察してくれ。

そして5!モテる男がじつはこれだったりすることもあるから気をつけて。

2017-11-16

ミリオネア

数年前、友人の結婚式に出たときの話。

新郎側の友人として参加。招待客が100名を超える、今時にしては割りと規模の大きい披露宴だった。

勤務先の上司挨拶や、友人たちからのお祝いの言葉、祝電などが続き、いいムードで式が進んでいた。

宴が盛り上がってきた中盤、新郎小学生時代からの友人A君とB君による余興が始まった。

会場に流れるいたことがあるテーマみのもんた司会のクイズ番組クイズ$ミリオネア音楽だった。

すると、会場の扉が開き、みのもんた仮装メイク)をしたA君と、当時オッパピーで一斉を風靡していた小島よしお仮装をしたB君が会場に走って入ってきた。

小島よしお仮装に若干空気が固くなる会場。

それを振り切るように、似てないみのもんたモノマネで語り始めるA君。

「これから新郎新婦にまつわるクイズを出します。4択クイズを出すので、答えだと思う番号をテーブルごとに上げてください。一問でも間違えたら、そのテーブルの解答権はそこで終わりです。なお、テレフォンや50/50はありません」

隣りにいて黙ってそんなの関係ねえのポーズをとっている小島よしおも手伝って、どんどん会場の空気が冷え込んできた。

「では、第一問、新郎新婦出会ったのはどこでしょうか? A.ナンパ B.出会い系サイト C.合コン D.お見合い

「あー、これ知ってるわ」と同じテーブルの人を見渡すと、みんなも知っている模様。そこでためらうこと無くCの札を上げる。

ファイナルアンサー? ....正解は.........Cの合コン!」

なんとこの問題はすべてのテーブルが正解だった。

「ふふふ、最初問題簡単すぎましたね。では次の問題

と、問題を出していくA君。

ふたりで初めてみた映画タイトル

初めてのデート場所

初めてキスをした場所

問題を聞きながら「あー、これ知ってるわ」という一問目と同じ感覚で次々と正解を出していく俺(と同じテーブルの連中)。

いや、我々だけではない、会場内のすべてのテーブルが、出題者の意図に反して、出す問題にすべて正解を出していく。

最終問題を出す声が震えるA君。だが、彼の願いも虚しく、これもまた全テーブル正解であった。

「優勝賞品の行方は...あとで考えます...」と力のない声で会場を去るみのもんた

なぜ、全テーブルが正解したのか。

それは、彼らの余興の前、上司から挨拶、友人から挨拶に原因があった。

彼ら、彼女らの挨拶の中で、新郎新婦エピソードとして、問題の答えがすべて話されていたのであった。

みのもんた小島よしおメイクのため、その時間会場にいなかったA君とB君はそのことを知る由もない。

今思うと、あの会場にダニー・ボイルがいたに違いない。そして名作「スラムドッグ・ミリオネア」へと繋がったのだろう(適当)。

このことから得られる教訓は、どんな余興でも、ちゃんと事前に打ち合わせしておいたほうが無難であるということだ。

anond:20171116091716

というかさ、独立した強者荒野で生きられるのは当たり前なわけ

でも、君らお気に入り論法だと「誰だって弱者になる可能性がある!」わけでしょ

それが頭でわかっていて、実際別の相手にはそう主張してるはずなのに、

なぜか困った時のこと一切考えない奴らを手放しで持ち上げてるの、まあ大概謎だわ

そもそもルールというのは、自由に任せたら自由をはき違えて好き勝手する奴を抑えたり、

そいつらの犠牲なっちゃう奴をきちんと守ったりするために存在する

両方の意味自由謳歌できる人間なんて、実はそんなに多くないんじゃないかと思う

みんなこういう場では「そうそう! いろんな結婚の形があっていい!」と場の空気に乗って、

金子みすゞかお前はみたいな勢いで自由を称賛するだけ称賛するけど、

例えば「オタクは何するかわからいか表現規制必要!」と吠えるラディフェミには、

なぜかふんわり共感するのがいたりする

結局、自分お気に入りには自由を認めたいけど、そうでない奴はルールで縛りたいだけでは?

ただそれだけのことなら、もうアホらしすぎて、こんな長々と言う必要なんかない

2017-11-12

https://anond.hatelabo.jp/20171112154937

男が男にビンタするのは傷害罪だしそんな場の空気とか相撲取りでもなければ地獄だと理解できる女のみ男にビンタしなさい。

2017-11-01

anond:20171101170911

んだな

https://twitter.com/carp5i/status/837254400070443008

ソシャゲ課金してる同僚に別の同僚が「データ上の女の子集めるために金出すって無駄じゃない?」と言ったら、横から上司が「私なんて野球ゲーム課金してる。野球選手なんてほとんどおっさんだぞ。おっさんおっさんを集めるために月何万もかけてるんだ」と口を挟んできて場の空気が死んだ。

ってのがあったけど、この上司が周囲に「ソシャゲ野球選手集めるのに月数万課金してる」と言っても

無駄遣いだな」とは思われても「キモい」とは思われんわな。

2017-10-23

社会に出たら人間所詮学歴判断されるよな

まずどこの大学を出たかで判定が下り場の空気が良い大学を出たやつの

都合のいい流れになって行って社会ができているだけ。

自民党勝利したのも、背後にいる東大卒官僚大企業幹部が結果を

出しているから、社会全体がそういう流れで投票しただけで、学歴もなければ

結果も出していない能力のない政党最初から勝たせる気がない

今回の選挙もそういう現象が起きただけの話だ

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