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2020-09-14

ディズニーの『ムーラン』に対する愛と悲しみ

ディズニー長編アニメで何が好き? と問われたら挙げるくらいに『ムーラン』(1998年)が好きだった。

ムーラン』は中国伝承をもとにした話だ。老いた父に代わり男装して従軍武功を立てるも地位は断り故郷に戻る。最も古いのは詩と言われ、民謡戯曲小説の題材になっている。

時代によってどこに力を入れて語られるかは変わってくる。女で軍功を立てる力強さを描くのか、家族への孝行を尊ぶものなのか、国への奉仕宣伝するものか。

ディズニーでのアニメ映画化にあたっては女性自己実現という方向で物語はまとめられている。

主人公ムーランは、女は家でおしとやかにしているべきという風潮になじめない。老いた父を助けるため男装して代わりに従軍することになるが男ほどの力はない。しか彼女自身の強みである知恵と機転を武器自分を信じ、自分らしいあり方、誇りを見つけるのだ。

挿入歌リフレクション』が名曲だ。映画のわりと最初のほうに歌われる曲で、含む意味が全編に影響してくる。家の名誉のためには仲人に気に入られて良い家に嫁がなければならない。でも失敗してしまった、という状況を受けて「水鏡に映った着飾った自分は知らない人に見える。ありのまま自分の心はごまかせないけれど、本当の私はいつか映るのだろうか?」と吐露する。

その後男装して(=別ベクトル自分を偽って)活躍するわけだが女であることがバレてしまう。で、色々あって男だとか女だとか求められる役割だとかじゃなく、自分であることがいいよね! って結論に至るのだ。

さて、ディズニーヒロイン像というのは時代によって移り変わる。おしとやかに待っていれば幸せ王子様)が訪れる初期ヒロイン自我がありパワフルながらやはり幸せヒーローが運んでくる中期ヒロイン恋愛から解放された最近ヒロイン

ムーラン時代的には中期ヒロイン位置づけられる。とはいえロマンス要素は淡い。アジア舞台自己実現主題という点が特筆すべきところだろう。

その頃のディズニーの非コーカソイドを取り扱った映画というのはエキゾチシズムあふれると言うかアメリカ解釈エスニック世界と言うか、なかなか文化描写が大味である。ご多分に漏れず『ムーラン』も西洋的なアジアあんまり正確ではない。突然念仏唱え出す登場人物が居るようなステレオタイプオリエンタリズムである。また、男装のために長い髪をカットするシーンが山場のひとつだが、断髪して覚悟を示すことはとても西洋的な描写だ。古代アジアの人々は男女問わず長髪だからね。

それでも20世紀末にアジアが描かれたことは画期的で、東洋西洋狭間自分のあり方を考えていたアジアアメリカ二世三世特に刺さったと聞く。また、脚本にはアジアアメリカ人の女性が居た。そのあたりを思うにターゲット西洋社会であったのだろう。

さて、そんな『ムーラン』が20年の時を超えて実写化されると言う。わくわくした。あの、魔法使いでもなんでもない同じ人間なのに圧倒的な力を持つかたき役、シャン・ユーの大軍勢が雪原に現れる絶望的なシーンが実写の迫力で見られるのか。ハリウッド中国の方も増えただろうからオリエンタリズム産物じゃなくてきちんと考証がなされた中国描写になるんだろうな。最近ディズニー映画のように現代価値観を反映させるだろうから異民族は悪、侵略者、だから防衛しなければならない」なんて単純な物語化じゃなく厚みを持って描かれるんだろうな。(アニメだと時代場所もぼかされて相手フン族という言及のみ。原典だとムーラン漢民族じゃなくて鮮卑の人っぽいし、北魏 vs 突厥戦争って遊牧民同士の戦いでつまり互いに侵略し合っていたってことだと思っている)アナ雪1でサーミ文化盗用と言われ、アナ雪2でサーミの監修を入れて文化盗用にならぬよう注意を払い、作中で植民地支配彷彿とさせる歴史を描き、過去の過ちを直視し「今できる正しいことをしよう」と歌わせるディズニーだ。期待も高まるというもの

そんな価値観も変わる時代の中にあっても輝く、自分らしく誇りを見つけるという変わらないメッセージ名曲の数々、コミカル相棒キャラクターであるドラゴンムーシュー幸運コオロギのクリキーコンビ――彼らも「自分を偽っている」キャラだ。ムーラン物語彼女だけではなく、ほかのキャラ自分を信じて自己実現する物語なのだ!――厳しくもきちんと実力は認めて義に厚く格好いいシャン隊長ムーランほのかロマンス男装しているムーラン人間的に惹かれているっていうのがいいんだよねー。ああ、楽しみだなあ!

と、心待ちにしていたのだがきな臭いことになってしまった。


アニメ版と実写版差異、未見のためニュース等で分かる部分のみ


うおおおい。やりたいこととやっていることとターゲットがちぐはぐで全方位損だよ。東西どちらにもいい顔をしようとして大失敗では。誰が嬉しいんだこれ。

いやね、きっと通常の劇場公開をしていたらふらっと見てしまっていたと思う。事前情報仕入れず見るタイプなので。公開延期で配信も加入しないと見られないと言うので時間ができてしまって調べたらさあ、ねえ。心情的にこれはもう見られない。

アニメ版が中国本土であまり評判が良くなかったというのは聞いたことがある。自分探しをするヒロイン、自立したヒロインというのが儒教感覚としてはそぐわないらしい。だからってアニメ版の主題であった自己実現を切り捨てて家のため国のため「孝」「忠」の話にするか? [追記] トラバで教えて貰ったが、アニメ版は中国本土でも人気だったそうだ。確かにレビューサイトの点も高かった。自分欧米メディア記事から人気がなかったのだと思いこんでいたが誤りだったようだ。失礼しました。えっ、じゃあディズニーはどこを向いて脚本変更を決定したんだ?

アニメ版のファンなんぞ知らん、商業的には大きなパイである14億人+全世界中国ルーツの方々がターゲットなんだ! と言い切ってくれるならまだ理解できた。でも中華圏の評判も悪くてさ。聞こえてくるのは「孝」「忠」はこんなんじゃねーよとか伝統的な任侠精神西洋騎士道テンプレートに雑にはめ込みやがってとかムーランフォースっぽい謎の不自然なパワーを持つ西洋スーパーヒーローにしたなとかドラゴンキャラの代わりに鳳凰シンボルになったが鳳凰象徴するのは古式ゆかしい女性性だぞフェニックスと混ぜてねーかとか『カンフー・パンダ』のほうが中国伝承比喩尊重しているぞとか、そんな感想ばかりである

中国ターゲットに完全シリアスな『花木蘭』実写化がしたかったらアニメ看板は控えめに、スタッフ陣にもアジア勢を揃えて時代考証風俗考証手厚く入れて中華圏を唸らせてくれよ……。

新疆ウイグル自治区でのロケってのもさ……。「異民族、それもモンゴルあたりで活動した今のトルコにも繋がると言われる実在民族排除するために戦う」ストーリー自体センシティブで取扱注意なのに、文化が異なるが故に現在進行形人権侵害が行われている新疆ウイグル自治区をわざわざロケ地に選ぶとは。映画撮影のためにディズニー人権侵害に目をつぶり「新疆ウイグル自治区海外クルーが来られるような安全風光明媚なところで海外で言われているようなことなど行われていませんよ」という中国宣伝に乗ったのだと言われても否定できないだろう。

ディズニーとしては MeToo を受けてストーリーは変更するが民族浄化は容認するみたいな基準なのか?

自分は今まで作品と作者・出演者は別と考えてきていた。役者不倫していたり薬物をやっていたりしても作品価値が貶められることはないし配信停止にすべきではない。また、過去作品で今の基準だとアウトなものがあることも認識している。奴隷制肯定的に描いている『風と共に去りぬ』、子役を薬漬けにして演技させていた『オズの魔法使い』などなど。それらも配信停止にすべきではないと考える。描写については注意書きを添え、新たに作る時は現代倫理観をもとにし、新規であえて描写する時は「あえて」である説明を加えれば良いと。

とすると、俳優発言個人思想と割り切れても現在進行形人権侵害は了承できないな。俳優アメリカ国籍とは言え中国本土の方だから一族本土に居るだろうし当局の意に反する発言をしたら命が危ないのだろうけれど、ディズニーウイグルの件を全く知らなかったとは言えないだろう。

実際に作品を見るまで作品自体への評価はできない。

でも、納得ができるまで実写版ムーランは見られない。

ディズニーがどのような声明を出すのか、出さないのか。注目している。


[追記]

誤字を修正

また、中国国内の反応を知りたくてデータ確認してみた。ご参考までに。

9/15昼時点の豆瓣(中国代表的レビューサイト)のスコア

作品公開年 スコア
10点満点)
最頻値
(最大星5つ)
スコアの母数
実写版ムーラン2020 4.9 星2つ 約16万人
アニメムーラン 1998 7.8 星4つ 20万人
実写版美女と野獣2017 7.2 星3つ 約32万人
アニメ美女と野獣 1991 8.5 星4つ 約14万人
実写版アラジン2019 7.5 星4つ 約26万人
アニメアラジン 1992 8.2 星4つ 約6万人
ヴィッキー・チャオ主演版ムーラン2009 6.2 星3つ 約9万人

アニメムーラン意外と[追記] トラバで教えて貰ったが「意外と」ではなかった中国でも健闘していたようだ。レビューも楽しく読んだ。翻訳ソフトありがとう

実写版ムーランは当初スコア4.7だったが、星3をつける人が増えて4.9まであがってきた。とは言え他のディズニー作品と比べると極めて低く、ここから作品ほどスコアを上げるのは難しそう。

一番下のヴィッキー・チャオ主演版はディズニー関係ない中国発の歴史映画。そう、既にシリアス実写映画存在するのだ。

9/14の猫眼电影(中国映画情報サイト)によるランキング

ランキング作品公開日 初週興行収入累計興行収入 猫眼口コミ
10点満点)
1八佰 2020/8/21 約6.4億元 約26.9億元9.2
2実写版ムーラン2020/9/11 約1.6億元 約1.8億元 7.5
3TENET テネット2020/9/4 約2.1億元 約3.6億元 8.3
6かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~2020/9/11 約0.03億元 約0.03億元 8.0

日中戦争を描いた超大作『八佰』と比較するのは酷として、興行収入面は大コケしなかったといったところだろうか? 有識者見解を聞きたい。 [追記] トラバより 少なくとも口コミ的には大コケの大コケだと思う とのこと。『アベンジャーズ:エンドゲーム』が初週約22.3億元、『アナと雪の女王2』が初週約3.8億元ということを考えると厳しい結果になりそうだ。


[再追記]

トラバを受けて追記

同じ作品を見ていいな、好きだなと思っていたことが分かって嬉しい。コメントアニメ版が好きと表明して下さった方々もありがとう

それと同時に、ディズニーはそんな中国ファンが望んでいたものをも見誤ったということを知った。つらい。

2020-08-25

anond:20200824005206

>これは主観だが、「個性」には「ありのままでいい」という意味を感じ、もっと言ってしまえば「改善する必要はない」「そのままうまくやろう」という意味合いさえ感じてしまう。

アナと雪の女王物語内でエルサは、自らの個性を受け入れて自分を偽らずに独りで生きていくことを決意したけど?

エルサに出来たことが、なぜ元増田には出来ない?

2020-01-19

アナと雪の女王2☆☆

パンツが見えなかったので星2つです。

干しトランクスは選外です。

ネタバレ

常敗将軍、また敗れる雪の女王、また凍る

2019-12-28

これからポリコレバックラッシュによる「ポリコレ認定」に悩まされる時代になる

2015年代のマッドマックスから始まる映画においてのWOKEカルチャー

2019年の新作SWの壮大なる死、反ポリコレ作品JOKER大成功などから明らかになりつつある昨今

今後は映画において

個人主義的な結末」が著しく拒絶される時代になる

 

というのは例えばトイストーリー4やヒックとドラゴンのように

「前向きな別れ」という結末が書けなくなるだろう

物語人生の結末としては至極当然な「別れ」はPCとは本来無関係の要素である

しかし、昨今のPC潮流に従った作品では

物語の結末に安易な「別れ」が量産されている現実がある(アナと雪の女王 シュガーラッシュ等々)

 

生得的に違うアイデンティティ同士、どうしても折り合いがつけられない」

そういう多様性の中の(ある意味では悲劇に近い)構造が、

創造性の欠片もない白人中産階級出のハリウッド脚本家の作劇術の限界として

安易な「別れ」に逃げてしまうのである

脚本家はWOKEカルチャー対応するような「納得のいく結末」を結局のとこ、五年経っても生み出せなかった

 

今までのポリコレ作品の穴を埋めるかの如く

SWやディズニーの後続量産型娯楽作品は、懐古厨ファンダム

権威主義的なオタクたちにべったり擦り寄り、続編に次ぐ続編が続くと自分は見ている

 

そして「マイノリティが主役」という構造も今後は著しく減るだろう

こちらも本来PCとは無縁だ

アフリカ舞台なら、黒人が主役になるし

女性が主役になるのも本来意味を持たなかった

しかし、PCバックラッシュ下ではその意味の無さに抗議がつく

 

日本とて例外ではなく、

(例え作者の趣味でも)少しでも褐色キャラを出せば「ポリコレ

韓国人白人以外の外国人を出せないくらいに

その手のレッテル貼りが横行する世相になるだろう

2019-12-23

アナと雪の女王2を観た

すごく面白かった。95点くらい。

まず、映像がきれい。これだけで、好印象。

雪という題材も、なんか冬に合う映画な感じ。

後、歌も良かった(吹き替え版)

ストーリーはなんか、DQFFを混ぜたようなファンタジー感があった。

風、火、土は出たけど、水はいなかったような…。(馬が水か?)

小野田さんみたいなキャラがいたりと、結構ストーリーシリアス

最後、悪役と戦うシーンがなかったのが、ちょっと物たりなかったかな。

大長編ドラえもんでも最後に敵と戦わない話は少しイマイチだったりする。(竜の騎士とか)

アナもエルザも結構アクションをするシーンがあって、これが本場のポリコレという奴かと思って感嘆した。

エルザが馬を乗りこなすシーンとか、津波に向かって走っていくシーンとか、なんかすごいなと思った。

あれはあれで、少しリョナというか、そういう層を引き付ける何かがあるかもしれない。

一方のクリストフは、はよプロポーズしろよとずっと思ってた。

後、別に悪いというんじゃないんだけど、女性キャラの眼の大きさが少し気になった。

アニメ絵しかり、ディズニーCG絵とでもいうのだろうか。すごい大きい。

wikipediaを見たら、年は21と18らしいが、自分の印象ではもっと幼く見えた。

2019-12-04

anond:20191204172133

これなんか試写会に呼ばれたことを意図的に隠してると俺は感じた

一斉にやってばれたのは馬鹿だったからだと思ってる

2019-12-03

そういえば

アナと雪の女王って最初のやつは

なんか同性愛ばんざい映画だとか

やってなかった?

どのへんがそうだったのか

さっぱりわからんかったけど

今度のもそうなんかな

2019-11-27

アナと雪の女王2見た

字幕版。前作未見。

曲がいいね

歌も上手くていい

でも言うほど雪の女王じゃなくない?

雪っていうかどっちかというと氷だし

2019-11-26

アナと雪の女王2ではエルサ女王ドレスのまま旅に出るシーンがあるってマ?

少しも寒くないからって薄着で旅に出るのはちゃうやろ…

2019-11-16

anond:20191116072907

Frozenには雪の女王の要素ないのに邦題はいきなりアナと雪の女王って言い出すからなんで姉妹なのか混乱した。

2019-11-15

世界三大くずハンス



あと何?

ベルばらの(ハンス・アクセル・フォン)フェルゼン?

2019-11-12

https://wezz-y.com/archives/70347

これを肴にちょっと思ったことをまとめようとしてぐだぐだになった。

マイノリティを扱うコンテンツの変遷

基本的に、レズビアンに限らず、何らかのマイノリティはおおまかに以下のような流れで変遷していくと理解している。

  1. 無視
  2. ステレオタイプ
  3. 主役を張る
  4. 二次ステレオタイプ
  5. 雑に扱われる
無視:その存在が娯楽として認められていない段階

この段階は、視聴者として言えばそもそもそのそのマイノリティ存在そもそも知らない段階で、制作する側も(マイノリティを狙っているコンテンツならまだしも)マジョリティを狙う以上、同様に無視している状態

例えば「オタク」を例にすれば昔の日本ドラマには全然登場しなかったし、「女性社会進出」を例にしてもそういうネタ全然登場しない。

マジョリティ向けのコンテンツマジョリティ理解できる範囲世界しか描かないからこそマジョリティ向けなのである

ステレオタイプ存在は知ってるけど別に詳しく知りたくない段階

もちろんマジョリティ存在無視され続けていたら流石に声を上げるようになるわけで、少しずつマジョリティの目には「新しい存在」が出てくる。

そうすると、今度はそういう「新しい存在」をバラエティ的に、面白おかしく消費する段階に突入する。

例えば「オタク」で言えば暗い部屋でニヤニヤしながらピザ食ってるようなのばっかり出てくるし、働く女性だって眼鏡かけてキツいだけの「テンプレートとしてのマイノリティ」がエンターテイメントに登場してくるようになる。

この段階では、視聴者はそのマイノリティを一つの自分とは違う)属性として消費しているだけであって、別に理解を示したいわけでも何でもない。

ここで「オタクってのは本当はもっと多様だ」とか「働く女性の形はそんなんばっかりじゃない」とか騒いでも「いや別にドラマ見るときくらいそういう面倒くさいこと考えたくないしそもそも本筋じゃないよね?」というのが視聴者感想だろう。

主役を張る:その存在の半生そのものエンターテイメントとして消費する

こうしてステレオタイプとして消費していくうちに、「これまで脇役としてテンプレートの形でしか登場してこなかったマイノリティの人たちを主役にした(ちょっと社会派ぶった、だけど受け入れやすい)コンテンツ」が登場してくるようになる。

オタクであれば「電車男」であったり、女性社会進出であれば「働きマン」であったりと、スタート地点は上述のステレオタイプでありながら、そこに至った経緯やその人の半生にフォーカスをあることで、「マイノリティの人たちも頑張ってるんだね!」とマジョリティの人たちが暖かく見守ることができるコンテンツが登場するのである

ここでようやく、視聴者は「記号化されていないマイノリティの人たち」を発見し、彼らについて一定の理解を示すようになっていく。

ただし、この段階はになっても「マジョリティマイノリティ世界を覗く」という意味では観光サーカスに近く、一種ファンタジーとして消費しているとも言える。

二次ステレオタイプ:新しく記号化されたキャラクターとして消費する

当たり前だが、マイノリティを主役にしたコンテンツはそれが希少だから面白いのであって、例えば「オタク主人公にしたドラマが受けたから次から毎年一本はオタク主人公にしよう」とはならない。

(なったとしても本当に一過性で終わっていく)

結果的に、視聴者認識ファンタジーとして消費された時代からアップデートされないので、その頃のイメージのままで留まっている。

例えば、「電車男」以後しばらくの間はオタク内面はウブでコミュ障のままだったし、「働きマン」以後長い間自らの身を粉にして働く女性が多数登場した。

かつてのように「偏見に満ちたまま適当にイロモノとして扱う」ことからは脱却したものの、描写の仕方がアップデートされないままなので、結局張られたレッテルが変わっただけに過ぎない。

雑に扱われる:対象マイノリティ普通になる

そのうち、そういう「ちょっと特殊な扱い」で描写するのもだんだん飽きてきて、最終的に「普通にその辺にいる」扱いになる。

今のドラマに出てくるオタクは「何かに詳しいキャラ」をオタクと呼ぶだけに過ぎなくなり、内面の屈折したオタクだって多数登場するようになった。

ともすれば前時代ステレオタイプに戻ったように見えて、その実、かなり複雑化していると言える。

簡単に言うと、この雑に扱われる段階になってようやく「市民権を得た」状態となる。

現在におけるレズビアンゲイ描写未来マイノリティ

ということで、上記の流れを踏まえて眺めてみると、レズビアンはまだまだ後進的に思える。

世界的にはアナと雪の女王代表されるような、わかりにくい描写も増えてきて、少しずつ、多様性を獲得しているようには見えるのだが、日本に目を向けると、未だにレズビアンが主役のドラマは少ないように感じる。

(あったとしてもポルノ的な消費をされていて少し本流と違うというか)

それに対して日本ではゲイは「主役を張れる」レベルにまで一般化されつつあるのを感じる。

少し前までゲイ主人公イケメン)のケツを狙うか、ナヨナヨしてるオカマかの二択だったのが、ようやく主役として一人の人間として描かれるようになったのだろう。

ただ、まだまだファンタジーとして消費される段階の中にいるので、もうしばらくは「普通ゲイ」は登場しないようだが。

2019-11-09

ターミネーター行った時にアナと雪の女王2の予告が流れた

前作見てないけど全員声ヘタやなあと思いつつ、松たか子けがめちゃめちゃ上手かった

この人昔やってたブレイブストーリーでも上手かったんだよな

歌舞伎ってそういうもんなのか

2019-05-31

anond:20190531062530

違う違う。

例の記事の人はね、興行収入200億とか行かないのがおかしいっていってるんだよ。

なんでかって?

だってアメリカとかだとそれくらい行ってるからね。

歴史最大級興行収入なわけ。

代わりに日本アナと雪の女王が200億超えてるんだけどね。


そういう市場の違いがおかしいって言ってるわけ。

俺向こうの掲示板とか出入りしてて、宇野って人がなんの影響を受けてるのか丸分かりだから見ててちょっと笑ってしまうよね。

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