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2021-05-03

anond:20210503062358

かつては大学に行ってなかったレベル学力の子たちが無理に大学に行くのと、学費が上がってきたのとがあるだろうな

企業は成績優秀な高校生大学へ行く前に採用して、今の大卒者と同じくらいの給料やる

というほどお金はおもらえないが、給料をもらいながら学べる学校給付型の奨学金はまだ普通にあると思う。

給料をもらいながら学べる学校で有名なのは省庁がやってる大学校で、トヨタ日立には在学中から給料がもらえる企業学校もある。

https://president.jp/articles/-/12260

このほか、返金不要奨学金ちょっと検索すれば出てくる。

https://奨学金.net/archives/67540341.html

給料をもらって学校に通う道はなかなかの狭き門から、全員が行けるわけではないし。

そんな中で無理に学校に通おうとしたら、借金していってもらうことになる。

そして、かつて大学に行ってなかったレベルの子たちにそれだけの借金をかすと債務不履行になるリスクが高いから、高い利子率で貸すことになる。

あと、学費もどんどんと上がっている。

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/005/gijiroku/attach/1386502.htm

この記事によると学費の上昇は物価上昇よりも多いので、結果的に昔よりは割高になっているらしい。

https://news.livedoor.com/article/detail/12657262/

2021-05-01

anond:20210501160143

わかる

超わかる

俺も社会人になってからそんな感じだった

生きてる意味がよくわからなかった

何で生きてるんだろ、もう今死んでよくない?って毎日思ってた時期があった

仕事毎日残業も超遅いし休日出勤もあるし

学生時代から重度の声優オタだったか

満員電車の中で、行き帰りに阿澄佳奈ラジオを聞いてなんとか命を保ってた

朝、あすみんグッズにお祈りしてから会社いってた

マジで会社行きたくなくって、涙出てきた時もあったけど

無理やりルーチンにして外でないと会社に行けなかった

今は、当時そんなこともあったねってくらい割と楽しい

人によっていろいろ違うとは思うけど

社会人になって忙しくなって、新しい事しなくなるようになって

楽しみ方を忘れてたって気がする

意識的に少しでも楽しいと思える自分がやった事ないことを

どんどんとやってった方が良いと思うよ

どうせ死ぬはいつか死ぬんだし、だったら楽しいと思えることを

たくさんしておかないと損じゃない?って考えるようになった

俺の場合、心の底から楽しめる最初の1つ見つけるまで大変だったけど

見つけてからはそこから派生して、どんどん楽しめることが見つかったなあ

ただ確かに当時、最初に動きだすまでが大変だったし、その気持ちもわかるから

なんだそれって思うかもしれない…

でも楽しい事は降ってこないから、自分で見つけないといけない

一度負のループに入ると、どんどん悪化していく

からだるい気持ちはわかるけど

なんとかしないとって思えてるうちに、なんかした方が良いと思う

2021-04-30

日本社会のためには弱者男性は徹底的に攻撃されなければならない

ほんとうに無害なら社会人間弱者男性を以前のように完全に無視するだろう

だが弱者男性ゴミどもがフェミやBLMの猿真似をしてネットで暴れ社会問題のある思想言動をばらまいている

これはもう害獣害虫の類と同じである

ほんとうは嫌だが社会側も相応の対応をしなければならないのだろう

弱者男性もそうすることで社会に構ってもらえるからどんどんとたちが悪くなる

より良い日本のために弱者男性は完全に根絶する必要がある

そのとき弱者男性を強権的な手段社会が葬るコストの方が安いので確率的に高い

ゴキブリも軒下から出てこずばスプレーされないということだ

わかったか

2021-04-29

伊是名さんのJR乗車拒否(?)問題に思いをはせる

最初炎上したときなんだかなぁとは思っていた話題なのですが。

社民党から出されたこちらの声明(https://note.com/sdp_japan/n/n5ae62868e4f2)が話題になっているのを本日見て、ふとそのとき気持ちを思い出して考えていたらなんとなくネットにのせてみたい話を思いついた気がしたので書いている次第です。


結論から言うと、僕は伊是名さんや社民党意見には全く賛同できません。

理由は単純で、この件に関してはJRに非がないと考えるからです。


僕は健常者です。

なので、障碍のある方々の立場生活というものはいくら想像してもやはり理解することは難しいのだろうとは思います。だとしても重ねて言いますが伊是名さんや社民党意見には全く賛同できません。


こういった形の炎上の大半は起こった『不利益不条理』の中に潜む相手方の悪意を前提に話が進み、どんどんと話がよく分からない方向へ展開していくように思います

この件では伊是名さんが『目的の駅へ行くのに大変な苦労をせねばならなかった』という『不条理不利益』に対し、伊是名さん側はJRの『怠惰』という悪意を前提として話しているように感じます。伊是名さんはかなりの重量がある電動車いすに乗らなければ生活ができないそうです。ことの発端となったのは旅行の際の目的駅が無人駅階段しかなく、事前連絡がないと人員の配置は難しく電動車いすを運ぶ対応ができないため隣駅での降車をお願いされたことです。この出来事を伊是名さんは『JR車いす乗車拒否されました(http://blog.livedoor.jp/natirou/archives/52316146.html)』とブログに書き、車椅子ユーザーへの無理解が原因で問題が起こったとの立場JR批判しています。このブログに書いてあることからJRは怠けていると伊是名さんが言っている』と引き出すことは暴論ではないでしょう。

このブログものの見事に炎上します。批判側は、タクシーの予約は1か月かかること、目的駅に階段しかないことなどを把握している(※上記ブログ参照)のに事前連絡を怠ったことに同じく伊是名さんの『怠惰』という悪意を見出し批判します。 

そして、ここからマスコミへの連絡を用意してるとかそもそも炎上目的なのでは?』という伊是名さん側の純粋な悪意を想像したり、『結局運んでもらった(※上記ブログ参照)のにありがとう一言もないというのはなにごとか』という何よりもまずお気持ち問題論がたくさん出てきたりして、どんどんと伊是名さんの人格攻撃方面へと進んでいってしまい色んな方向に矢だの鎗だのが飛び始めます


そしてこれが他の障碍者の方に刺さって『出かける度にありがとうと言う、つまり毎度誰かの手を借りなければ生きられないうしろめたさはやっぱり理解されない』という悲痛な叫びになったり、逆に『幼いころ横柄な障碍者の方にさんざんな目にあわされたのに、障碍者相手ということで親や教師はなにもしてくれなかった』という健常者の方の怨嗟の声になったりしています

話を戻したいのですが、問題は単純に『車いすユーザーの方が、車いすであるがために目的駅に行くのに大変な苦労をした』ということです。

すべての人が、どんな人であろうと望む場所バリアなく行けることが望ましいということに反対するような人はほとんどいないでしょう。逆張りして反対を表明する人がいたとしても寒すぎて誰にも相手にされない程度に圧倒的に。


ここまで攻撃的な話題になってしまったのは、最初に言った通りどちら側も相手に『悪意』を見出そうとしてしまっているからだと思います

わかりやすく言えばどちらも『お前が悪い』と言ってしまっているからです。そして、もともとの問題そっちのけで自分の側から見て悪く見えるところをあげつらって攻撃が止まらなくなってしまうという話なのだと思います


無人駅人員を配置してなかったJRが悪いのか? 事前連絡をしなかった伊是名さんが悪いのか?

どちらも全く『悪く』ないと僕は思っています



話が少しそれるようなのですが、歳を重ねてから僕は『しょうがない』という言葉が大好きになりました。

不貞腐れたり、できっこないと可能性を否定するために使われることもありますが、僕は現状をしっかりと見据えるための言葉として好んで使います


今できないことは『しょうがない』。ではできるようにするためにはどうすればいいか?と、今を理解して次の一歩を考える言葉として考えています


先ほども書いた通り、社会バリアフリーは推し進めていくべきです。ですが、現状そうなっていないのはしょうがないのです。JRバリアフリー化に対し少なくとも悪意を持って遅らせてはいないでしょう。

そして、企業として余分な人員を余らせておけないのもまたしょうがないのです。

こういう話になると近頃では『健常者の無意識差別だ』という論調が出てきますよね。だからこそ、冒頭のなんだかなぁという気持ちだったわけなんですが。

長くなったんですが実はここからネットに書いてみたいと思った思考実験でして。

無人駅バリアフリー化されていないのがJR怠惰拡大解釈すると健常者の無意識差別だというのであれば、女性子供でも簡単に持ち運べるような車椅子が開発されていないのは車いすメーカー怠惰、同じく拡大解釈すると健常者の無意識差別という話も成り立つのではないか

ということです。

どういうことかというと『駅がバリアフリーだったら車いすでも行けたのに→差別』という図式が成り立つのであれば、『車いす簡単に運べれば車いすでもいけたのに→差別』という図式も成り立つのではないだろうかという、バカみたいな話です。でも、正直バリアフリー化を進めるのに必要時間お金と、軽量な車いすを開発するのに必要なそれって同じくらいなんじゃないでしょうか。


自分で書いててもバカバカしくなってきてしまいましたが。でも、正直『今現在バリアフリー化されてない駅がある』という事実を『健常者の無意識差別』に結び付けるのは、同じくらい馬鹿馬鹿しいと思ってます

何度でも書きますが、社会バリアフリーは推し進めていくべきです。ですが、現状そうなっていないのはしょうがないのです。誰かがズルをしたり、怠けたり、悪いことをしたりしているのではないのです。


違う属性相手に『無意識の悪意』を見出し攻撃する活動は、もう限界にきていると思っています

願わくば対話相互理解相互理解のまま受け入れる寛容さによって融和が実現する社会にならんことを


酒がうまい

おやすみなさい

2021-04-24

anond:20210423150434

特許ゴロは悪い

特許を用いて商売することそのもの発明者・先行投資者がリターンとして何の問題もない。

コロプラ新規性のない特許などで業界の発展を阻害しているのだとすれば、特許システム側をどうにかするべきである

単なる新規性のない特許であればそもそもニンテンドーはじめ他社が異議申し立てで潰せる

特許ゴロに対してはシステム側をどうにかしようにもできない。

その説明をしてやろう

商標には「不使用取消制度」ってのがある

特許ゴロとは

 ・自分実施する(この場合せっせとVRゲー開発)

 ・権利をやっすくライセンスしまくって稼ぐ

といった権利の利用を活発化する権利者ではなく

 ・自分実施しないくせに許諾料もバカ高いためにだれもがそこを意味もなく避けてとおらざるをえない

存在のことをいう。

ちなみに、アメリカで有名な特許ゴロ自動車のワイパーの仕組みで特許をとった人とか、ハッピバースデートゥユーの著作権ゴロとかがいる。

アメリカエジソンリンカーンアインシュタインといった特許で国を立ち上げた人たちがいっぱいいるのでプロパテント政策といってゴロ化をゆるしていた

(というか日本など他の国でも本来はそのくらい創作者を尊重すべきなのかもしれない)

あと三匹のヤギのがらがらどんという絵本橋の下から通行料徴収しにでてくるトロールというのがいたのを覚えているだろうか。

英語では特許ゴロのことをパテントトロールという。

 

これだけみると特許ゴロ死ね実施しないなら商標みたく取り消せばいいジャンとおもうだろう。

ところが大学先生とかTLOつかってるような(産官学の産じゃない)研究者だと、実施する資金力は最初からない。

あとライセンスということになれてなくて安いかとおもったら条件が厳しく、条件を緩めてもらおうとすると急にバカ高いというかへんに敷居を高くしてくる。

理由相場観がなかったりいろいろだ。一応自社社員じゃないので文句もいえない。

ナチュラルボーン特許ゴロかな?みたいなケースになりかねない。

なのでちゃんとした研究者研究成果を権利化してもらわないと外国に全部もってかれておわるだけなので制度改正はできません。

ゴロと非ゴロの努力研究者本質的に同じもので、外部が適当レッテルを張るだけだからね。

正当性のあるレッテル特許審査官が貼るものだけだぞ。

コロプラはもう審査通過したんだろ、一応。

なら新規性なり権利としての正当性はなにかしらあるだろう

おわり

2021-04-09

セルフパイパンにした

なんかやりたくなってパイパンにした。

剛毛なので剃ると生えかけの時にちくちくするのが絶対嫌なので通販ワックスを注文。ワックスにはたぶん2種類あって、シュガーワックスという蜂蜜とか砂糖とかで出来ていて塗って専用の紙をくっつけて抜くタイプと、ハードワックスという専用のワックスを溶かす機械を使って紙を使わず固まったワックス自体を引っ張って抜くタイプがあるけど、ハードワックスにした。メンズ用って書いてたけど女にしては多分毛がしっかりしてるからこれでええやろってかんじで買った。というか1年前にシュガーワックス脱毛試みたけど全然太刀打ち出来なくて痛いし、ただベタベタするだけだけだったかハードワックスにした。

とりあえずYouTubeにはなんでもあるだろうと思って「ブラジリアンワックス ハード 使い方」で検索して使い方を覚える。ちゃん動画あった。さすが。説明書も読んだけど動画の方がやっぱり分かりやすかった。

やるかーと思い、粒状のワックスを専用の機械に入れて電源入れて溶けるのを待つ。どんどんとろとろになる。おもしろい。火傷したら嫌だから足につけてみる。いい感じの温度だ。

まず粘膜に遠い部分からワックスべたーって塗って1分待って気合い入れてびりって引っ張ってみた。めっちゃ楽しい。痛い。おもしろい。1.2本寝てた毛が抜けてないけども、その部分にほぼ毛がなくなってる。肌色みえる。おもしろい。抜いたワックス見たらいっぱい毛根見えてた。きもい。黒のワックスにしたけど毛が抜けた様子がわかりづらいからこの在庫が切れたら白っぽいワックスを注文しようと思う。

Vラインは痛いだけで割と簡単に抜けてよゆーよゆーって思ってたらIライン以降が難しかった。複雑な形してるから小さい範囲に塗って1分待って抜くを繰り返す。疲れた。Oの部分は鏡を下にしてめっちゃ滑稽な格好で抜いた。でもしかめっちゃすっきりした。清潔な感じがする。パイパン最高。

3000円くらいで専用の溶かす機械と6回分(今回使ったのが付いてきた分の6分の1だった)のワックススパチュラ付いてたけども良い買い物をしたなと思った。専門の店でやってもらったことあるけど、1時間弱、4000円程度、他人性器を見られる…というのを考えるとかなりお得な気がする。

1ヶ月程度でまた生えてくるだろうからまた頑張って抜きたい。楽しかった。

2021-04-08

これで医療崩壊しなかったら、オオカミ少年になるね。

というレベルまでにはまだ来てないのかな。

でもまあ思惑が外れたね。

あたたかくなったから、あー終わった終わったという感じだったのにね。

どんどんと増えている。こりゃいくとこまでいくのかもね。

あーでもどーなんだろ。非常事態宣言とか関係なしに勝手に増えて勝手に減るのかもなあ。

なんか本気のロックダウン以外は関係なさそうな気もするね、増減には。

 

しかし今の状況は、新しいテクノロジーの幻滅期とかいわれる状態と似てるねえ。

名前けが先行しているうちに食傷がおきて人から注目されていなくなっているとでもいうか。

テレビっ子は違うのかもしれんけど。

2021-04-04

みんな大好きなベトナム人技能実習生に話を聞いたんだけれど

この10年程度で物価がどんどん上がって日本とさほど変わらなくなってきているらしいな。

まだ日本出稼ぎに来たほうが儲かるらしいけれど、場合によったら本国で働いたほうが儲かるまで来てるそうだ。

受け入れ担当に話を聞いたけれど、これまでは高等学校を出た賢い子を選びたい放題だったのが、どんどんと教育レベルが下がってきていると聞いている。

ベトちゃんが来てくれなくなったら次はどこの国が来るんだろうね。

2021-03-22

ドル

ハックニー馬[※1]のしっぽのような、巫戯《ふざ》けた楊《やなぎ》の並木《なみき》と陶製《とうせい》の白い空との下を、みじめな旅《たび》のガドルフは、力いっぱい、朝からつづけて歩いておりました。

 それにただ十六哩《マイル》だという次《つぎ》の町が、まだ一向《いっこう》見えても来なければ、けはいしませんでした。

(楊がまっ青に光ったり、ブリキの葉《は》に変《かわ》ったり、どこまで人をばかにするのだ。殊《こと》にその青いときは、まるで砒素《ひそ》をつかった下等《かとう》の顔料《えのぐ》[※2]のおもちゃじゃないか。)

 ガドルフはこんなことを考えながら、ぶりぶり憤《おこ》って歩きました。

 それに俄《にわ》かに雲が重《おも》くなったのです。

(卑《いや》しいニッケルの粉《こな》だ。淫《みだ》らな光だ。)

 その雲のどこからか、雷《かみなり》の一切れらしいものが、がたっと引きちぎったような音をたてました。

街道かいどう》のはずれが変《へん》に白くなる。あそこを人がやって来る。いややって来ない。あすこを犬がよこぎった。いやよこぎらない。畜生ちくしょう》。)

 ガドルフは、力いっぱい足を延《の》ばしながら思いました。

 そして間もなく、雨と黄昏《たそがれ》とがいっしょに襲《おそ》いかかったのです。

 実《じつ》にはげしい雷雨《らいう》になりました。いなびかりは、まるでこんな憐《あわ》れな旅のものなどを漂白《ひょうはく》してしまいそう、並木の青い葉がむしゃくしゃにむしられて、雨のつぶと一緒《いっしょ》に堅《かた》いみちを叩《たた》き、枝《えだ》までがガリガリ引き裂《さ》かれて降《ふ》りかかりました。

(もうすっかり法則《ほうそく》がこわれた。何もかもめちゃくちゃだ。これで、も一度《いちど》きちんと空がみがかれて、星座《せいざ》がめぐることなどはまあ夢《ゆめ》だ。夢でなけぁ霧《きり》だ。みずけむりさ。)

 ガドルフはあらんかぎりすねを延《の》ばしてあるきながら、並木のずうっと向《むこ》うの方のぼんやり白い水明りを見ました。

(あすこはさっき曖昧あいまい》な犬の居《い》たとこだ。あすこが少ぅしおれのたよりになるだけだ。)

 けれども間もなく全《まった》くの夜になりました。空のあっちでもこっちでも、雷《かなみり》が素敵《すてき》に大きな咆哮《ほうこう》をやり、電光のせわしいことはまるで夜の大空の意識《いしき》の明滅《めいめつ》のようでした。

 道はまるっきりコンクリート製《せい》の小川のようになってしまって、もう二十分と続《つづ》けて歩けそうにもありませんでした。

 その稲光《いなびか》りのそらぞらしい明りの中で、ガドルフは巨《おお》きなまっ黒な家が、道の左側《ひだりがわ》に建《た》っているのを見ました。

(この屋根《やね》は稜《かど》が五角で大きな黒電気石[※3]の頭のようだ。その黒いことは寒天《かんてん》だ。その寒天の中へ俺《おれ》ははいる。)

 ガドルフは大股《おおまた》に跳《は》ねて、その玄関《げんかん》にかけ込みました。

「今晩《こんばん》は。どなたかお出《い》でですか。今晩は。」

 家の中はまっ暗《くら》で、しんとして返事《へんじ》をするものもなく、そこらには厚《あつ》い敷物《しきもの》や着物《きもの》などが、くしゃくしゃ散《ち》らばっているようでした。

(みんなどこかへ遁《に》げたかな。噴火《ふんか》があるのか。噴火じゃない。ペストか。ペストじゃない。またおれはひとりで問答《もんどう》をやっている。あの曖昧な犬だ。とにかく廊下《ろうか》のはじででも、ぬれ着物をぬぎたいもんだ。)

 ガドルフは斯《こ》う頭の中でつぶやきまた唇《くちびる》で考えるようにしました。そのガドルフの頭と来たら、旧教会《きゅうきょうかい》の朝の鐘《かね》のようにガンガン鳴《な》っておりました。

 長靴《ながぐつ》を抱《だ》くようにして急《いそ》いで脱《と》って、少しびっこを引きながら、そのまっ暗なちらばった家にはね上って行きました。すぐ突《つ》きあたりの大きな室は、たしか階段かいだん》室らしく、射《さ》し込《こ》む稲光りが見せたのでした。

 その室の闇《やみ》の中で、ガドルフは眼《め》をつぶりながら、まず重い外套《がいとう》を脱《ぬ》ぎました。そのぬれ外套の袖《そで》を引っぱるとき、ガドルフは白い貝殻《かいがら》でこしらえあげた、昼の楊の木をありありと見ました。ガドルフは眼をあきました。

(うるさい。ブリキになったり貝殻になったり。しかしまたこんな桔梗《ききょう》いろの背景《はいけい》に、楊の舎利《しゃり》[※4]がりんと立つのは悪《わる》くない。)

 それは眼をあいてもしばらく消《き》えてしまいませんでした。

 ガドルフはそれからぬれた頭や、顔をさっぱりと拭《ぬぐ》って、はじめてほっと息《いき》をつきました。

 電光がすばやく射し込んで、床《ゆか》におろされて蟹《かに》のかたちになっている自分背嚢はいのう》をくっきり照《て》らしまっ黒な影《かげ》さえ落《おと》して行きました。

 ガドルフはしゃがんでくらやみの背嚢をつかみ、手探《てさぐ》りで開《ひら》いて、小さな器械《きかい》の類《たぐい》にさわってみました。

 それから少ししずかな心持《こころも》ちになって、足音をたてないように、そっと次の室にはいってみました。交《かわ》る交《がわ》るさまざまの色の電光が射し込んで、床に置《お》かれた石膏《せっこう》像《ぞう》や黒い寝台《しんだい》や引っくり返《かえ》った卓子《テーブル》やらを照らしました。

(ここは何かの寄宿舎《きしゅくしゃ》か。そうでなければ避病院《ひびょういん》か。とにかく二階にどうもまだ誰《だれ》か残《のこ》っているようだ。一ぺん見て来ないと安心あんしん》ができない。)

 ガドルフはしきいをまたいで、もとの階段室に帰り、それから一ぺん自分背嚢につまずいてから、二階に行こうと段《だん》に一つ足をかけた時、紫《むらさき》いろの電光が、ぐるぐるするほど明るくさし込んで来ましたので、ガドルフはぎくっと立ちどまり階段に落ちたまっ黒な自分の影とそれから窓《まど》の方を一緒《いっしょ》に見ました。

 その稲光りの硝子《ガラス》窓から、たしかに何か白いものが五つか六つ、だまってこっちをのぞいていました。

(丈《たけ》がよほど低《ひく》かったようだ。どこかの子供《こども》が俺のように、俄かの雷雨で遁げ込んだのかも知れない。それともやっぱりこの家の人たちが帰って来たのだろうか。どうだかさっぱりわからないのが本統《ほんとう》だ。とにかく窓を開いて挨拶あいさつ》しよう。)

 ガドルフはそっちへ進《すす》んで行ってガタピシの壊《こわ》れかかった窓を開きました。たちまち冷たい雨と風とが、ぱっとガドルフの顔をうちました。その風に半分声をとられながら、ガドルフは叮寧《ていねい》に云《い》いました。

「どなたですか。今晩《こんばん》は。どなたですか。今晩は。」

 向《むこ》うのぼんやり白いものは、かすかにうごいて返事もしませんでした。却《かえ》って注文《ちゅうもん》通《どお》りの電光が、そこら一面《いちめん》ひる間のようにしてくれたのです。

「ははは、百合ゆり》の花だ。なるほど。ご返事のないのも尤《もっと》もだ。」

 ガドルフの笑《わら》い声は、風といっしょに陰気《いんき》に階段をころげて昇《のぼ》って行きました。

 けれども窓の外では、いっぱいに咲いた白百合《しらゆり》が、十本ばかり息もつけない嵐《あらし》の中に、その稲妻《いなずま》の八分一秒《びょう》を、まるでかがやいてじっと立っていたのです。

 それからたちまち闇が戻《もど》されて眩《まぶ》しい花の姿《すがた》は消えましたので、ガドルフはせっかく一枚《まい》ぬれずに残ったフラン[※5]のシャツも、つめたい雨にあらわせながら、窓からそとにからだを出して、ほのかに揺《ゆ》らぐ花の影を、じっとみつめて次の電光を待《ま》っていました。

 間もなく次の電光は、明るくサッサッと閃《ひら》めいて、庭《にわ》は幻燈《げんとう》のように青く浮《うか》び、雨の粒《つぶ》は美《うつく》しい楕円形《だえんけい》の粒になって宙《ちゅう》に停《とど》まり、そしてガドルフのいとしい花は、まっ白にかっと瞋《いか》って立ちました。

(おれの恋《こい》は、いまあの百合の花なのだ。いまあの百合の花なのだ。砕《くだ》けるなよ。)

 それもほんの一瞬《いっしゅん》のこと、すぐに闇は青びかりを押《お》し戻《もど》し、花の像はぼんやりと白く大きくなり、みだれてゆらいで、時々は地面《じめん》までも屈《かが》んでいました。

 そしてガドルフは自分の熱《ほて》って痛《いた》む頭の奥《おく》の、青黝《あおぐろ》い斜面《しゃめん》の上に、すこしも動《うご》かずかがやいて立つ、もう一むれの貝細工《かいざいく》の百合を、もっとはっきり見ておりました。たしかにガドルフはこの二むれの百合を、一緒に息をこらして見つめていました。

 それもまた、ただしばらくのひまでした。

 たちまち次の電光は、マグネシアの焔《ほのお》よりももっと明るく、菫外線《きんがいせん》[※6]の誘惑《ゆうわく》を、力いっぱい含《ふく》みながら、まっすぐに地面に落ちて来ました。

 美しい百合の憤《いきどお》りは頂点《ちょうてん》に達《たっ》し、灼熱《しゃくねつ》の花弁《かべん》は雪よりも厳《いかめしく、ガドルフはその凛《りん》と張《は》る音さえ聴《き》いたと思いました。

 暗《やみ》が来たと思う間もなく、また稲妻が向うのぎざぎざの雲から北斎《ほくさい》の山下白雨のように赤く這《は》って来て、触《ふ》れない光の手をもって、百合を擦《かす》めて過ぎました。

 雨はますます烈《はげ》しくなり、かみなりはまるで空の爆破《ばくは》を企《くわだ》て出したよう、空がよくこんな暴《あば》れものを、じっと構《かま》わないでおくものだと、不思議《ふしぎ》なようにさえガドルフは思いました。

 その次の電光は、実に微《かす》かにあるかないかに閃《ひら》めきました。けれどもガドルフは、その風の微光《びこう》の中で、一本の百合が、多分とうとう華奢《きゃしゃ》なその幹《みき》を折《お》られて、花が鋭《するど》く地面に曲《まが》ってとどいてしまたことを察《さっ》しました。

 そして全くその通り稲光りがまた新《あた》らしく落ちて来たときその気の毒《どく》ないちばん丈の高い花が、あまりの白い興奮《こうふん》に、とうとう自分を傷《きず》つけて、きらきら顫《ふる》うしのぶぐさの上に、だまって横《よこた》わるのを見たのです。

 ガドルフはまなこを庭から室の闇にそむけ、丁寧《ていねい》にがたがたの窓をしめて、背嚢のところに戻って来ました。

 そして背嚢からさな敷布《しきふ》をとり出してからだにまとい、寒《さむ》さにぶるぶるしながら階段にこしかげ、手を膝《ひざ》に組み眼をつむりました。

 それからまらずまたたちあがって、手さぐりで床《ゆか》をさがし、一枚の敷物《しきもの》を見つけて敷布の上にそれを着《き》ました。

 そして睡《ねむ》ろうと思ったのです。けれども電光があんまりせわしくガドルフのまぶたをかすめて過ぎ、飢《う》えとつかれとが一しょにがたがた湧《わ》きあがり、さっきからの熱った頭はまるで舞踏《ぶとう》のようでした。

(おれはいま何をとりたてて考える力もない。ただあの百合は折《お》れたのだ。おれの恋は砕けたのだ。)ガドルフは思いました。

 それから遠い幾山河《いくやまかわ》の人たちを、燈籠《とうろう》のように思い浮《うか》べたり、また雷の声をいつかそのなつかしい人たちの語《ことば》に聞いたり、また昼の楊がだんだん延びて白い空までとどいたり、いろいろなことをしているうちに、いつかとろとろ睡ろうとしました。そしてまた睡っていたのでしょう。

 ガドルフは、俄かにどんどんどんという音をききました。ばたんばたんという足踏《あしぶ》みの音、怒号《どごう》や潮罵《ちょうば》が烈《はげ》しく起《おこ》りました。

 そんな語はとても判《わか》りもしませんでした。ただその音は、たちまち格闘《かくとう》らしくなり、やがてずんずんドルフの頭の上にやって来て、二人の大きな男が、組み合ったりほぐれたり、けり合ったり撲《なぐ》り合ったり、烈しく烈しく叫《さけ》んで現《あら》われました。

 それは丁度《ちょうど》奇麗《きれい》に光る青い坂《さか》の上のように見えました。一人は闇の中に、ありありうかぶ豹《ひょう》の毛皮《けがわ》のだぶだぶの着物をつけ、一人は烏《からす》の王のように、まっ黒くなめらかによそおっていました。そしてガドルフはその青く光る坂の下に、小さくなってそれを見上げてる自分のかたちも見たのです。

 見る間に黒い方は咽喉《のど》をしめつけられて倒《たお》されました。けれどもすぐに跳ね返して立ちあがり、今度《こんど》はしたたかに豹の男のあごをけあげました。

 二人はも一度組みついて、やがてぐるぐる廻《まわ》って上になったり下になったり、どっちがどっちかわからず暴れてわめいて戦《たたか》ううちに、とうとうすてきに大きな音を立てて、引っ組んだまま坂をころげて落ちて来ました。

 ガドルフは急いでとび退《の》きました。それでもひどくつきあたられて倒れました。

 そしてガドルフは眼を開いたのです。がたがた寒さにふるえながら立ちあがりました。

 雷はちょうどいま落ちたらしく、ずうっと遠くで少しの音が思い出したように鳴《な》っているだけ、雨もやみ電光ばかりが空を亘《わた》って、雲の濃淡《のうたん》、空の地形図をはっきりと示し、また只《ただ》一本を除《のぞ》いて、嵐に勝《か》ちほこった百合の群《むれ》を、まっ白に照《て》らしました。

 ガドルフは手を強く延ばしたり、またちぢめたりしながら、いそがしく足ぶみをしました。

 窓の外の一本の木から、一つの雫《しずく》が見えていました。それは不思議にかすかな薔薇《ばら》いろをうつしていたのです。

(これは暁方《あけがた》の薔薇色《ばらいろ》ではない。南の蝎《さそり》の赤い光がうつったのだ。その証拠《しょうこ》にはまだ夜中にもならないのだ。雨さえ晴れたら出て行こう。街道の星あかりの中だ。次の町だってじきだろう。けれどもぬれ着物をまた引っかけて歩き出すのはずいぶんいやだ。いやだけれども仕方《しかた》ない。おれの百合は勝ったのだ。)

 ガドルフはしばらくの間、しんとして斯う考えました。

2021-03-05

バカカバ

ここはアフリカの広大な草原帯のどこか。よく、サバンナとかサバナとか呼ばれたりするところ。

あっちにはキリンの長い首が何頭か見え、その近くにはシマウマ達が群れをなし、色々な鳥達が木々で羽を休めて、囀りあっており、そして草むらをよく見ると、草食動物を虎視眈々と狙う肉食獣が何匹か身を潜めている、長閑に見えて実際には緊張の走るところ。

 

そんなに様々な動物達が一望できるのは、そこには大きな水溜り、ちょっとした池のような沼にも見える動物達には欠かせない水分補給の場があったからだ。

そこで最も支配的だったのは象達だった。

象達はとても頭がよく、身体も大きく、意外と俊敏でもあり、肉食獣に狙われることはあったにせよ、肉食獣にとっても沢山の肉が手に入る敵ではあったものの、できれば避けたい相手でもあった。

それ故、象達は仲間の何匹かを見張りにつかせつつ、悠々と水飲み場一等地占有していた。

一等地というのは、まず水があまり濁っていないことであった。濁っている水は不味く、病気になることも多いと象だけでなく他の動物達でさえ知っており、濁りの多い場所は閑散としていた。

 

そして、象達から少し離れた、一等地ではないものの、そこそこ水の綺麗な場所を陣取っていたのは、カバの群れだった。

カバは象ほどは賢くはないし、体は大きいものの、象ほどには身軽ではなく、獰猛さを見せることもできたが、象には敵わなかった。しかも、カバ水飲み場を移動するという行動をほとんど取ることができなかった。

それがカバの生態であるから仕方がなかったが、カバにとって大事大事水飲み場、象に一頭地を占有されるのは仕方ないとしても、それでもその水飲み場から離れることはできず、二等地とも呼べるその場所を死守していたのである

 

そのカバの群れは30頭ほどと言ったところだったが、そのカバの群れの中でも身分のようなものがあった。

その身分は、いわば利口さのようなもので決まっていた。

から、利口なカバほど水の澄んだ場所を選ぶことができ、そうでないカバほど汚れた水の場所しか選ぶことができなかった。

なぜなら、一等地の象達は、そこが一等地であるが故に、水の汚れを気にする必要ほとんどなかったが、カバ達の場所は水の流れなどで汚れた場所が日々変わり、利口なカバほどそのことをよく知っていたので、常に水の状態意識して生活していたかである

しかし、利口でないカバはいつも汚い水の場所で水を得なければならなかった。そういうわけで、汚い水を選択せざるを得ない利口でないカバ病気にかかりやすく、死ぬことも多かった。

しかもそれ故にも、汚い水しか飲めないカバ病気持ちのカバと思われることが多く、仲間内からも蔑んだ目で見られており、あまり相手にされることもなかったのである

 

そんな利口でないカバの一頭であった彼を取り敢えず、カバ九郎と呼ぶことにしよう。

カバ九郎は最初は確かに利口ではなかったので、いつも汚れた水の場所しかいなかったが、しかし、実際には他のカバ達に比べそれほど利口ではないということもなかった。

単に、性格が違っただけだった。カバ九郎にはある種のずる賢さがあったと言えよう。

カバ九郎が汚れた水の場所しかいないのは、最初こそ仲間の利口さに負けたからだが、ずっとそこにしかいないのは実際のところは理由が他のカバが考える理由とは違っていた。

実は、汚れた水の中には魚がいっぱいいたのである

カバは草食ではあるものの、完全な草食動物ではなかった。草食が主体ではあっても、肉を食っているカバがいることは近年になってよく知られるようになった。

カバ九郎は、汚れた水の中にいる魚達がとても美味しいことを発見し、他のカバにはそのことは決して言わず自分だけで独占したのである

所詮は池・沼地に過ぎないので、ちょっとでもこのことを教えたら自分は魚をあまり食べられなくなってしまうから

そして、その魚を食べ続けたことが影響したのかどうかわからないが、カバ九郎は全く病気にかかることもなく、それどころかどんどん栄養が満たされて太り、肌も艶艶で、どう見ても、汚れた水にいるカバのようには見えなくなっていったのである

そしてカバ九郎は、他の利口なカバ達が苦心して綺麗な水のところを探す努力を心の中で笑い物にし、本当に利口なのは俺だ!と奢るようにさえなっていったのである

 

最初にそのカバ九郎の異変に気がついた仲間の一人をカバ太と呼ぼう。

(どうしてアイツは病気にならず、それどころかどう見ても他のカバより健康そうなんだろう?)

カバ太は、カバ九郎に近づくと他の仲間からカバ九郎と同一視されて蔑まれしまリスクも分かっていたが、どうしても気になってある日、カバ九郎に直接聞いたのである

「なぁなぁ、カバ九郎、どうしてそんなに肌が艶艶なんだ?何か秘訣でもあるのか?」

カバ九郎はよほどのことが無い限り、仲間からしかけられたことはなかったので、吃驚したものの、嬉しくなった。だから、他のカバ達には絶対に教えたくなかったが、つい秘密カバ太に教えてしまったのである

絶対に、秘密にしてくれるか?」

「ああ、絶対秘密にする。その秘訣をぜひ教えてくれ」

「実はさ、ほんとに誰にも言っちゃいけないぜ、この汚れた水の中には魚が……」

その日から、汚れた水のところにいるカバカバ九郎とカバ太の二頭になった。

 

カバも人も同じである。一度知ってしまった秘密はどうしても外部に漏らしたくなるのである

絶対誰にも言うなよ……」

と、ついに群れの半数以上のカバが汚れた水の場所生活するようになってしまったのである

すると、事態カバ九郎の予想したとおりになってしまった、食える魚がどんどん減り、酷い日には一匹も食えない状態にまで陥ってしまった。

最初は、カバ九郎もどんどんと自分の仲間が増えて、有頂天になって、汚れた水場にいる仲間からはまるで殿様のような扱いを受けていたから、そのことの方が嬉しくて、リスクは知っていたものの、事態悪化を見過ごしてしまったのだった。

だが、とうとうカバ九郎も堪忍袋の尾が切れたか、そんな事態我慢できなくなり、ブチ切れた。

 

「てめーら良い加減にしろよ! ここは俺の水場だ! てめーら出ていけ!」

 

第一カバ戦争勃発である。……そんなことはどうでもいいが、その日以降、汚れた水飲み場カバ達は毎日のように争い続けるようになり、魚達はカバに踏み潰されることが多くなってしまい、とうとう一匹の魚も寄り付かなくなってしまって、汚れた水飲み場にいたカバ達の群れは、カバ九郎一頭を残して消えてしまったのだった。

そして、魚を食えなくなったカバ九郎の肌の艶もどんどんなくなり、日頃、そんなに草食地で餌を探す苦労もしてなかったものから、いっつも他のカバ達に食い荒らされた草地に言って残り滓を食べる以外に方法がなくなってしまい、汚れた水場ばかり利用していたのでとうとう病気になって、痩せ衰えたのもあり、あっさり死んでしまったのである

 

その群れのカバ太は仲間にぽつりと漏らした。

「なぁ、カバ九郎って利口だったのかな? 利口じゃなかったのかな?」

すると、その言葉を聞いていた群れのリーダーがこう言った。

カバなんてのは全員バカなんだよ」と。

2021-02-18

服がわからんオタク

オタク

服には差し色を入れろ 全部黒で揃えるな

差し色って言っても紺とかカーキじゃないぞ、わからんならまずはバーガンディーマスタード色にしとけ コントラストをつくれ それが怖いならまずは白かグレー

最近はグレージュ(グレーとベージュの間)も流行ってる

でも1回のコーディネートの色は大体3色以内に抑えろ、お前はまずそこから

英字Tシャツを避けろ お前のファッション力で使いこなせる柄物はキャラものじゃないUTだけだ 無地の力を信じろ

そもそも服を買い換えろ 襟元がダルダルになったり擦り切れたりしてるシャツは部屋着にとどめろ デートに着てったら雑巾に見えるぞ

高い服じゃなくていいから新しい服を買え、あと洗え

追加

風呂に入れ 頭はきっちり洗え

床屋で髪を切るな 怖がらずに美容院に行け

「服屋は店員に話しかけられるのが嫌」とかイキるな、ユニクロGUなら話しかけられん、そこから始めろ

あと試着しろ サイズが合った服を着ろ 別に試着して合わなかったら買わなくていいんだよどんとかまえろ

上級編↓

https://anond.hatelabo.jp/20210219113046

愛知県知事リコール不正署名事務局署名の数を数えてかなったと

愛知県知事リコール署名問題事務局不正を知らなかったというのは、さすがに苦しく感じる。

前提としては不正署名佐賀県で10月頃に作られた、という現在報道か正しく、それが不正の全て又は大半で、これが事務局に持ち込まれ選管に提出されたとします。

県の選管によれば署名全体の8割ほどが無効で、うち9割が同一人物による署名と思われるとういことなので7割程度は不正が疑われている。

署名の数で言えば30万筆ほどが不正で、正しく集まったのが10万そこそこ。

不正が行われたのでリコール運動の半ばを過ぎた10月なので、その時点で6万とか、7万だった署名が数日か、1週間か分からないが、どんと30万も増えたらおかしい。

例えば、ディーラー住宅展示場で2か月半のキャンペーンをやっていて、1日平均10人くらいの来場者だったのが、1月半ほどしたら、いきなり1日500人来ました、と報告されるようなものだ。

何かおかしいと思うだろう。(ビジネス場合口コミネットでバズった場合もあるから、そこから疑うと思うが)

事務局の内情は知りませんが、リコール署名目標があるので、それを目指している以上、数は把握していたはずで、仮に不正を行ったのが事務局人間でなかったとしても、おかしいと思わないはずはないだろう。

ということで、真相はある程度の立場にある人が署名があまりに少ないので、不正に走った。

でも、有効な数だと精査されるのでメンツが保てる程度の数に留めた。

もちろん、署名数の中間経過を知りえる立場人間は、はっきりと、あるいはそれとなく認識していた。

と考えるのが現時点では納得性は高いかな。

2021-02-10

また盗られちゃった

それが何の関係があるのかもしらない個人情報をどんどんとっていくね

2021-02-09

議論の場がないのが問題じゃないかと常々

anond:20210208221008

からネット上の議論無駄と言われてきているが

増田でもTwitterでも5ちゃんでもなんでもいいが、不特定多数人間議論する時に問題になるのって共通知識の無さなんだよ

レスバトルの中で、

A:〇〇は〜ですよ?知らないんですか?増田学入門にも書いてありますけど?不勉強ですね

B:ぐぬぬ。……でも△はわからないですよね?

A:それについてはry

と片方から知識アウトプットされてくることはあっても、その知識はせいぜいBにしか共有されないんだよね。

C:〇〇は××だ!

と言い出したときには、AもBもいない。

増田言及してる「ログを読め」で解決できりゃいいんだけど

Twitterのリプは辿りにくいし、5ちゃんテキストが膨大すぎる上に過去ログに格納されるし、増田はもう言うまでもなく過去過去へと流れてって見失われる仕組みだからログ読め」じゃ通じない。

ネット上には議長はいいから、論点もどんどんとっ散らかってズレて行くし不毛しか言いようもない。

wikiみたいな形式で「読みやすログ」を蓄積できるシステムがありゃもう少しマシになるんじゃないかと思う。論点については、スレッドごとに絞ればズレにくくなるだろう。過去に一度あった発言は同じものとして識別できりゃあ、堂々巡り車輪発明も「堂々巡りになってるな」と気づけはすると思うんだよな。

議論の中で引用された文献とか、URLとかも一覧表示できれば、「インターネットの見ず知らずの人間知識を共有する」が簡単になる。

反論反論の場だけじゃなくて、増田の長文みたいなある程度まとまった考えを披露する場も必要だろう。それに対するツッコミも、「この文章のここの箇所の論拠は?」とワードコメント形式で出来ると深めていきやすそうだなとか。

まあともかく議論の場がちゃんとあればネット議論もマシになるんじゃないかと常々妄想しているわけだ。そしてその場には

ログが蓄積され、かつ読みやす

資料置き場があり同じ知識が共有できる

論点を明確にできるなんらかの仕組み

・主張を長文で発表する場がある

他人同士の議論や、他人の主張にコメントできる

のような条件があればいいんじゃないかとか考えてる。

 

   

まあネット上の議論にそこまで求めるのが間違いなのかもしれないが、はてなでもTwitterでもWikipedia編集欄でも5ちゃんでもブログでも……日々これだけの人間議論しているのにほとんど不毛に終わっていてログ有用な形では残らないのは残念すぎる。風が吹いてるのに風力発電しないみたいなものだ。

科学者なんてのも昔は訳の分からないことしてる無駄な人々だったのが、本や論文という形で世にアウトプットする仕組みだとか、学校カリキュラムというインプットの仕組みだとか、そういうものがきちんと整備されることで、知識が体系化され有用ものになっていったわけで

ネットのこの不毛議論も場さえ用意されれば何か形にはなるんじゃなかろうかと思うんだ。

  

  

「(ネット上の)テキストでの議論補助ツール」という妄想を長らくしてたわけだが、今回のコロナ禍でリモートワークも増え、「テキストでの議論」に需要は増したんじゃないかとか思ってちょっと嬉しい。ブレーンストーミングなんかは、発話形式の方がいいかもしれないが、いつでも自由アクセスできて、ゆっくり考え直せるテキスト形式の方が本来議論には向いてると思うんだよなあ。

会議の長さとか生産性の無さとかは以前から問題になってきてるし、「テキスト形式議論」がもっといい感じに盛り上がって欲しいわ。

2021-02-04

国会議員不祥事

銀座飲食してたらしいが

やめるほどか?

議員なんか政策勝負してなんぼちゃうの?

政策に興味ない、

政策評価できない多くの国民

品性高潔を求めてイメージに沿わなんだら

実績ある(かどうか知らんけど)議員

批判して辞めさせる。

みんなストレス溜まっとるんやろうけど

それで溜飲下げるブコメとか見てると

コロナのせいで知的レベルが下がってんのか

もともとのレベルの低さがあぶり出されてるのか。

不祥事与党議員擁護した罪で

燃えるのわかってるからここで書くけど

彼らに対して特別感情はないよ。

去年は夏祭り中止やったし、どんとさんも中止。みんな祭りを欲してんのかな?

2021-02-02

2世代ほど前の曲ばかり聞いていた親の気持ちがわかってきた

安全地帯を聞く母、小田和正を聞く父。

世にはZARDやら宇多田やら、90年代から00年代にかけて生まれた新しくて良い曲が溢れているのに、

なんでこんな古臭い曲ばかり聞くんだろうとずっと思っていた。

新しい音楽を聞かない親を、古臭い人間アップデートできない人間だと思っていた。

20年後まさか自分がそうなるとも思わずに。

 

世は2021年20年代の今、自分が聞いているのは2世代3世代も前の曲ばかりだ。

リアルタイムで聞いていた00年代の曲はもとより、(ストレイテナーとかエルレとか、当時の中高生が好きだったやつだ)

まだ音楽に大きな興味を持っていなくても「聞き覚えがある」という90年代の曲、(ビーイング全盛だな)

それどころか生まれてすらいない80年代の曲まで聞くようになってしまった。(BOOWYはいい)

だが、10年代以降の曲はほとんど聞かない、というか知らない。

 

「昔は名曲ばかり!それにひきかえ今の音楽はー!ふじこふじこ!」

などというつもりは毛頭ない。良い曲もあるはずだ。

ただ、自分が追いつけないだけ。

絶えず変化を続ける音楽シーンと、どんどんと広がるジェネレーションギャップ

それらの時代の波に、自分感性の変化(というか老化)が噛み合わない。

歳を取ると頑固になるというが、なんかちょっとわかる気がする。

歌声や歌い方が気に食わない、歌詞が刺さらない、名前が好みじゃないetc.

なにかと理由をつけて、聞かないようにしている。

自分の知っている範囲のものは心地いいんだ。

新しいものに手を出すのは、エネルギーがいる。

こうして古臭い頑固親父になっていくんだろうか。気をつけなければいけない。

2021-02-01

頑張れなくなった

生きることへのモチベーションが欲しい

長い懺悔です

きっとこれから二留する、現在一休済の大学生です。きっと、というのは現在差し迫っている後期の試験に向けて何とかできそうな講義が二科目しかいからです。

病院にもカウンセリングにも頼ってます。それでも面談の時だけ元気になります

講義に途中から出られなくなって(学期の最初は頑張れる)、追いつくためにやらなきゃいけないことを確認するのが怖くて何もせずだらだらとしたまま結局試験日を迎えてしまい、放棄する。これを二年の夏から四年後期の現在まで繰り返しています

試験の二週間前から頑張らなきゃと布団の中で唱える日々です。これで娯楽にも手をつけられない状態ならば心の不調だ、仕方がないと思えるのですが一丁前にゲーム映画鑑賞はできます現実逃避のためかイラストを描くことに没頭します。

どうしようもない人間です。

頑張らなきゃ、と唱えることを繰り返してきた人生でした。

自分の話には言葉が足りないので、昔から人とコミュニケーションを取ることが難しく、苦痛でした。暗黙の了解はわからないのに、みんなが自分に向ける冷ややかな目は感じ取れました。

生きていく上でコミュニケーション必須なんだから、頑張らなきゃ

怒られることが怖くて宿題を真面目にやっていたので、中学校までは勉強のできる人間でした。

高校から、指示されることが減ってきました。

自分責任を取らなければならないことが増えてきました。

怒られないようにすることだけを意識していたので、放任主義の中でどんどんと自分堕落していきました。

やらなければいけないことを限界まで溜め込んで泣きながらやっつけの仕事を終わらせる。それの繰り返しでした。

明日の提出物を復習を予習を、頑張らなきゃ

終わらせることすら出来なくなりました。逃げ出すことを覚えてしまたからです。

試験を受けなくても、課題を提出しなくても、生きていけてしまうのです。

一番情けないのは、自分とみんなが持つ「頑張らなきゃ」という気持ちの内容はおんなじで、みんなはそれを乗り越えていることです。みんなは頑張れる人なんです。自分は頑張れない人なんです。

とりあえず生きててくれってよく言われるんですけど、その自分は何のために生きるんですか?

自分失望しながら何とか生きて、ただ親の無駄金を貪るだけ。

生きるしかないし、人は簡単死ねないことはわかります。なら生きよう、となった時にしなければならないことを自分は頑張れません。嫌になってしまいました。

ごめんなさい。

2021-01-17

「頂き女子

ツイッター自分とは全く関わりのない界隈を見るのがマイブームなのだが、すごい集団を見つけたので記録しておこうと思う。

彼女たちは「頂き女子」と自称している。何を頂くのかというとお金である。いわゆる若さ愛嬌を切り売りしてお金に代えるタイプ女性かと思ったが、彼女たちの活動はそのイメージから想像できる範囲をかなり逸脱している。

やり方はこうだ。まず出会い系アプリサイトを利用して、男性彼女らは「おぢ」と呼んでいる)に近づく。彼女たちが狙うのは、20代の美しい女性と付き合える可能性が限りなく低いであろう男性だ。

次にその男性を本気にさせるため、自分相手のことを好いていると認識させるようなメッセージを送る。女性経験の少なそうな男性を狙っているため、中にはすっかり騙されてしま男性もいる。

そして、本気になった相手男性に、自分借金を抱え、返済で追い詰められているように匂わせる。この頃になると相手彼女のことを好きになっており、本気で将来を考えてすらいるため、解決してあげたくてついお金を払ってしまうのだ。頂き女子は、男性を騙して、文字通りお金を「頂く」のである

すごい手法だ。

個人的意見としては、(18歳以上であることを前提に)風俗パパ活に関しては自己責任問題は無いと思っている。少なくとも本人たちの間ではギブアンドテイクが成り立っているからだ。

だが、頂き女子は違う。彼女らは明らかに、嘘をついて男性から金銭を騙し取っている。法律には明るくないので間違っているかもしれないが、これは立派な詐欺行為にあたるのではないだろうか。

「頂く」という言葉で言い換えることで行為マイルド化し、同じ行為を行っているもの同士で連帯することで罪悪感を低減させているらしいのも恐怖心を煽る。

ちなみに頂くお金男性1人あたり10万~200万以上らしいので、まず間違いなく脱税もしていると思う。

頂き女子界隈を観察していると、ホストに嵌っている女性が多かった。ホストは客の女性に対して疑似恋愛を仕掛け、他の客やホストとの対立を煽ることで高い酒をどんどんと開けさせる。頂き女子もまた、ホスト相手に貢いでいるのである

ホストと客の関係は、少なからず頂き女子男性関係と一致する。ホストに嵌り、振り回される立場を知っている女性からこそ、効果的な騙し方を心得ているのかもしれない。

2021-01-14

anond:20210113122827

相撲とり裸で風邪ひかん、どんと

OLハワイ風邪ひかん、どんと

・・・「とんど」焼き、じゃねーの?

2021-01-10

頭が良くならない人

頭が良くならない人は、

性格をよくするほかないと思うのだけれど。

性格をよくするというのは、例えば人に親切にすることとか。

一日に一回は誰かに親切にするとか。

頭の良し悪しは生まれながらに決まっていて努力ほとんど実らない分野だ。

頭がいい人はどんどんと学んでいって、どんどんと頭が良くなる。

逆にそうでない人は学びの質も低く、学習すればするほど余計なことだけ学んで人間性が低下したりする。

でも人に親切にするとか、そういうことは行動すれば大抵の場合、結果が出るし、人間性も向上する。

人に親切にすることは、損をすることだと考えてしまうけれど、あとから考えれば絶対に得になる。

組織の中でも重きを成すようになる。

頭をよくしようと無駄努力をしてる人とか、

努力をしようと思うだけで何もやっていない人とかは、

方針転換を考えてもいいと思うけれどな。

2021-01-04

長編少年役に女声優は嫌いだというしょうもない

10以下はまあわかる

10以上は声が低くなって早い人は声が変わってる

特に中一や中二でも女声優を配役するのが嫌いだった

特に長編アニメで年を取っていくタイプでその年で女声は中世的な位置とかその手のキャラ以外はどんどんと違和感が出てくる

と思ってたが最近アニメはなんだか少なくなってきた

おそらく理由女性向けグッズのためなのかはたまたは業界流行なのか微妙な年齢でも男性声優が声を当てることが多い

ありがとう女性ありがとうアニメ業界

2021-01-02

anond:20201231223736

論理的思考放棄という文章話題になったことがある。

あれは天才でなければ正しく理解できない、もしくは著者と同じ思考をしている人間でなければ正しく理解できないのだと思う。

しかし、凡才であっても、あの文章を参考にして天才思考に近づけるのではないかと考えるのが人情である

私は、初めてあの文章を読んで以来、何度も読み返し、また著者の当時のブログを読み進めて天才思考に近づこうと試みている。

しかし、どうにも天才には程遠い。

しかし、あの文章を読んで変化があったことは、文章を書くときの制約を取っ払ったということだ。

プログラミングと同様、文章論理的に正確に書こうとすることは、文章量を制約することになる。

書けなくなるのだ。

正しく書こうとすると、書けなくなる。

これは非常に重要ポイントである

例えば、この文章を書いているが、これは公開することを念頭に置いて書いている、すると途端に文章が走らなくなる。

失敗を恐れるからだ。

しかし、この文章は公開しないと決めると途端に文章は走り出す。

実際のところ、この文章は走らなくなっている。公開することが念頭にあるからだ。

正しく書こうとしてはいけない。

文章を日頃から書いている人には当たり前のことなのかもしれない。

まずはとりあえず書く。書けないと感じるときほど書く。

論理破綻だとか誤入力だとかそういうものは一切考えない。

しかし、思うのだが、文章を書くときに、しかし、を何度も繰り返し使ってはいけないという文章作法があるが、それはおかしいと思う。

しかし、などという接続詞はある程度、込み入った文章を書こうとすれば、何度も登場させたくなるものである

しかし、しかしは何度も連投してはいけなくて、しかしを何度も使いたいのであれば、言い換えをして他の接続詞に置き換えて、うまくやらなければいけない。

しかし、それでは本来文章の内容において頭脳を使うべきであるところを、文章自体構成することに使用するという本末転倒現象が起こる。

本来文章作法などというものはある程度の、読みやすさを担保すればよいだけの話であって、論理破綻していなければ、厳密にこれはいけない、やってはいけないと制限するべきではないのだ。

そのような制限があるから活動が制約されて、成果も収縮してしまうのだ。

ここで本論に戻ると、制限である

私達は普段日常的に制限する。

なぜかといえば、制限しないとミスエラーを起こして、失敗して大事故を起こすからだ。

しかし、同時に私達は大抵のことを制限しなくとも、正しく実行できる。

歯磨き粉と間違えて手洗い石鹸を塗るようなことはしない。

から制限などしなくともよいのだ。

しかし、アクセルブレーキを踏み間違えると大変なことが起こるから、私達は運転に集中しなければならない。

大切なのは集中するということだ。

正しくは制限することではないのだ。

しかし、我々は何故か制限してしまう。

アクセルブレーキを踏み間違えないためには集中することなのだ。

話が脱線した。

ミスを起こさないために、失敗をしたくないために、過剰に制限する。

から、何も出来なくなるのである

社会的迷惑行為でなく、自分範囲で収まることであれば、どんどんとやるべきなのだ

これは文章を書きたいと思っているのだけれど、書けない人に読んでもらいたい。

別に間違っていても、あとから読んで恥ずかしくなっても、しかし、を何回使っても、別になんだっていいんだ。

自意識制限邪魔して何も出来ない状態から脱却するのだ。

こういった考えを公表すれば批判があるかもしれないし、あるいはなんの反応もなくて苦悶するかもしれない。

でも、それでいいのだ。

我々社会は間違いを許容できない。

これは正しい面も多々ある。

しかし、間違いを許容しないことは、制限をすることだし、そのことで何も生み出されない無を生み出していることは留意する必要がある。

ブレインストーミングでは間違いを気にしない、などといいつつ、絶対的に制約があって、正しくブレインストーミング集団で行うのは至難である

そのような状況は脱却するべきだ。

間違っている、間違っている、間違っている。

そうだね、間違っているね、だから、どうした?

間違ってすらいない、無である君が、だからどうした?

2020-12-15

anond:20201213191351

日本語を話す人と意思疎通ができることと日本語で書かれた文章理解できること、そして日本語がわかる人に情報を伝達できることだね。

言語にそれ以外の価値があるの?

外国語意思疎通できない?それはな、お前の中に伝えるべきなにものもないし、伝えたいという情熱もないからだよ。

伝えるべきものがあり、それに価値があることなら、いかにたどたどしい言葉であっても人は君の言葉を聞くものさ。

君に知るための情熱があるなら、それがどんな言語で書かれていても理解するものさ。

もっと上手になったら、もっと上手だったらと言い訳をしているうちに君はどんどんと年を取る。

人が語学などというくだらないことに時間を費やしパタパタやっている間に圧倒的な知力を身に着けるんだ。

2020-12-09

酒に逃げられる人間でありたかった

俺は酒が飲めない。

1滴でも飲んだら倒れるようなアレルギー持ちであるとか、そこまで激しいものではないものの、

アルコール度数3%程度のチューハイ350缶を1本飲むだけで顔が真っ赤になり頭が痛くなる。苦痛だ。

酒の肴は好きだが、酒の席は苦手だ。味はものによる。ビール日本酒は無理だ。

カルーアミルクなら飲める。あれもアルコール度数は高いらしいが、味はいけるんだ。

いけるのは味だけだから、やっぱり1杯も飲めばギブアップバタンキューだけどな。

最近、どうにも仕事プライベートも良いことがない。悪いことが多い。

からどこかで愚痴をこぼしたいのだが、友達がいない。

会えばそれなりに盛り上がるであろう旧友と呼べる相手はいるが、

しばらく連絡を取ってないようなやつからいきなり連絡がきても向こうが嫌だろう。

宗教セールスだと思われる。そう思われなくても、久々に会ってする会話が愚痴大会では申し訳ない。

まあ今はコロナの影響でそもそもそんな場を用意することすらできないんだが。

じゃあネット愚痴ればどうか。

きっと増田なら少しは相手してくれるだろう。

だが、妻も増田を含む多くのネットサービスを見ているという問題がある。

からあんまり詳らかに不満をこぼそうものなら、一発でバレる。

プライベート特に妻に関する愚痴を書けないのではほぼ意味がない。

から、酒に逃げられる人間でありたかった。

1人で酒を飲むことで気分が晴れたり、普段は内に秘めている気持ち

虚空に向かって吐き出すということができる人が羨ましい。

シラフではどうしても、周囲の人間に気を遣ったり、

こんなことを言っても意味がないんじゃないかというような損得を考えてしまったりして、

ストレスのはけ口がない。結局心の中に澱がどんどんと堆積していく。

俺にできるのは、こうして増田に向かって「愚痴ることができないという愚痴」をこぼすのが関の山だ。

教会にでも行って神の使いの方々に話だけでも聞いてもらえばいいんだろうか。

とりあえず、今日は帰ったら大好きなファンタでも飲もうと思う。

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