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2020-05-24

anond:20200524120223

参考になったよ

この『実績』で、きっとネットリンチャーはこれからも「言葉での殺人」に励むだろうねぇ

抑止?ははは、岡村クロちゃんを「こいつは悪いやつだから叩いていい」なんてリンチしてるような連中が止まると思いで?

これからどんどんと殺していくよ

2020-05-18

ウォーキングした

夜に寝て、変な時間に起きて悶々としてた。

外も明るくなってきたか気分転換ウォーキングしてきた。

頭がスッキリした…。

家を出る前は、色々嫌な思いが工作していて終始頭の中でとあるゲームゲームオーバー音楽と画面がリピートでかかっていた。

いざ外に出ると、考える事なく足がどんどんと進んだ。

鼻が通っていたので呼吸は楽だった。

酸素が肺一杯に取り込めるんだな…」ってふと感じて驚いた。

何時もは息を吸うと咽せてたのに。

そのまま、仕事プライベートの事が頭の隅に追いやられたので、現状について反省会出来た。

今の状況は、外部要因に頼りすぎているのではないかと。

転職独立、そして今の停滞。

堕落は止められないと決めつけていた。

コロナの外部要因もあって停滞するのは仕方ないと思っていた。

取引から仕事の依頼が来ていたか自分の事は二の次で良いと思っていた。

心身の乱れも外部要因のせいだと思ってた。

夜寝ないのも気持ちが落ち着かないと言い訳していた。

朝起きないのも睡眠時間を確保したかった言い訳していた。

SNSyoutubeで見る他人活躍もきっと暇なんだろうと自分に言い聞かせていた。

都合が良いように考えていた。 

とりあえずタスク棚卸しと整理から始めてみようか。

2020-05-17

大泉学園駅から新宿駅まで徒歩

所要時間 約5時間

距離 約14km以上

元々は前回同様池袋駅まで歩こうとしていた。

しかし家を出るときスマホを忘れた。

まあ一度歩いたことがあるから

なんとなく歩けば辿り着くだろうと楽観的に歩きはじめた。

このあとグーグルマップの偉大さを痛感することになるのだが。

歩き進めるにつれて無限に続く住宅街という名の迷宮にどんどんと呑み込まれ道を見失う。

気づけば西東京市に向かって逆走し石神井団地早稲田大学ゴルフ部あたりなどを迷い歩いていた。

新青梅街道という道にでてようやく東へと向かいはじめることができた。

このあたりで予定より大分南側を歩いていることに気づき折角なので新宿駅に向かうことにした。

余談だが、東京の街なかを長距離歩いていると至るところで東京流通センターという店を見かける。

看板や外装が目につくというのもあるが。

おそらくは東京の靴の流通を一手に担う企業だ。

もし東京流通センターが倒産したならば、東京の靴の流通が止まり東京の人たちは皆裸足で生活することになってしまうのだろう。きわめて責任のある事業だ。

そんなことを考えながら歩いていた。

コロナの影響でトイレを閉じているコンビニも多い。

途中で猛烈な便意におそわれて便所を求めさまようことになった。

スリリング体験だ。

西武新宿線を道しるべに並歩していたのだが、幸いにも哲学公園という名の公園便所で用を足すことができた。

この日一便の、いや一番の安堵感、カタルシスである

やがて明治通りという大通りに出た。

この明治大通りの一方を行けば池袋、もう片方を行けば新宿渋谷につけるらしい。

池袋にしても良かったが、折角なのでもう少し距離のかかる新宿に行くことにした。

明治大通りを歩いて大久保通りというところでまた方向を見失いしばらく迷う。

所々にある街路図を参考になんとか新宿駅まで辿り着けた。

帰りは電車帰宅

19時台だったが緊急事態宣言も終わらず、日曜日ということもありわりと空いていた。

しづつあの辺りの地理をつかめてきた気がする。

2020-05-16

パソコンで、キー入力スピードをどんどんと飛躍的に上げて行くにはどうしたら良いのだろう。

Linux,BSD, MacEmacsライクのキーボードに慣れている人は好いんだろうけど。

どうやってスピード上げているの。

ブラインドタッチグーグル日本語に良く使うワード登録するとかの工夫。

スピードも含めて。

2020-05-12

伴侶を失ったおばあさんが身綺麗にしだした

近所に長い間病気で寝たきりだったおじいさんがいたんだけど4年前に亡くなった。

当初つきっきりで看病をしていたおばあさんはショックで寝込んだり入院したりで、

いつ後を追ってもおかしくない位に気落ちしていたんだけど、半年経った位から

次第に明るくなり白髪だらけでボサボサだった頭も綺麗に染めてパーマをかけ、

すっぴんだった顔もバッチリ化粧をし、地味な色合いだった服装もこじゃれた華やかな色合い

になってすっかり別人のようになり「彼氏でもできたんじゃないか」と近所で噂になっていた。

ある日、私と母が犬の散歩をしていると道端でおばあさんに会い「お茶でも飲んでって」と家に呼ばれた。

その時に母が「最近明るくなったよね」と言うとおばあさんは「そうなの!これ見て!」と

旦那さんの遺影が飾られている仏壇から手紙を取り出して見せてくれた。

それは遺品整理の時に見つけたと言う旦那さんから最後手紙との事で

非常に丁寧で柔らかい筆跡で「僕はあなたより先に行きますあなたには本当に迷惑をかけた。

僕はあなたの明るく溌剌とした笑顔に惹かれ結婚を申し込みました。

どうか僕が死んだらあの時のようにいつも明るく元気でいて下さい。

存分にお洒落をして沢山遊んで笑って下さい。僕はあの世からあなた笑顔を見ています

だいたいこんな内容

「読んだ時、嬉しくて嬉しくて…だからしょげてられないって思って月に2回美容院行って、

なるべく綺麗にして外に出るようにしてるの」とニコニコなおばあさん、

そして涙腺崩壊の母。私もウルッと来た。

これだけだとしんみりした話なんけど、衝撃だったのはその後。

元々旦那さんは野球をやっていてそこで知り合ったとの事で

「夫の好きだった野球を観に行こう」とちょくちょく野球観戦に行くようになり、

そこからサッカー観戦、バスケ観戦、バレー観戦ととにかくスポーツ観戦ばかりをするようになった。

もう80歳過ぎてるんだけど、出かけているうちに体力ついたらしく見る度に姿勢が良くなっていた。

兄はサッカー場で2度、私は野球場で5回くらいユニフォーム着て

地元チーム応援してるおばあさんに会った。

しかも「このバッター、去年は盗塁○個だったけど今年この時期でまだ○個じゃ心配ね」とかサラリと詳しい。

そして今年、東京ドームで行われたWBC試合の時に青いユニフォーム着て

観客席ではしゃいでる姿がTVに映っていて「何か1人で行ってるっぽいぞ!」と近所中で話題になり、

「次はイタリアでACミラン試合が観たいの」とどんどんとアクティブになって行くおばあさんに

衝撃を受けた。

2020-05-06

anond:20200506224414

そうだな、君の考えは部分的に正しい。

イメージとしては、世界は無数に枝分かれしつつ、どんどんと未来へ伸びている。

未来へつながる、中心に近い太い枝には、未来人も頻繁に訪れる。太さというのは可能性の多さだと思ってくれ。

中心から外れた細い枝の方までは、未来人もわざわざ来訪する価値を見いださない。

我々がいるのは、残念ながらその細い枝だ。

2020-05-02

むかつく

火をつけたくなる

すべてを引き換えに全員を不幸にして、しれっと口先で「反省してます」って言ってやる

あいつらが全員不幸になるなら死刑懲役どんとこいだ

2020-04-30

最近ハマっているのが、電車池沼を演じる遊び。徹底すればするほどコレが存外面白い

まず、細部にコダワる。靴はスポルディング。服はダサいジャージで、ウェアをズボンにインする。

演技の開始は電車に乗ってから車両に乗り込むと同時に、満面の笑みを作る。嗚咽しながら、口をパクパクと開閉する。

すると乗客は俺が池沼であることを察し、車両に緊張感が走る。

俺は乗客の無表情を楽しみながら、適当な席に膝を付け窓の外を眺める形で座る。

「づぎは~じんじゅぐーづぎはーじんじゅぐー」  …できるだけ高い声で、精一杯演じる。駅メロディーを口ずさむ。

その後、不意に座席を立ち上がり「ぅぅぅうああああああああああああああ!」と叫びながら車両を全力疾走で往復する。

これには、乗客が他の車両に行くことを牽制する効果がある。車両内の空気がどんどんと重く、気まずくなってくる。

ニ往復ほど叫び通した後、予めアラームをかけておいた携帯電話がなったので取り出し、応答する。

はい。14時半ですね? ええ。…いいえ、とんでもないです! では後ほど伺いますので…はい、失礼します」

正常な人間の声色で答えた後、電話を切る。乗客唖然とした表情を心ゆくまで楽しんだ後、再び池沼に戻る。

これを全車両コンプリートするのが今の俺の目標

2020-04-27

anond:20200427132606

https://www.tyoshiki.com/entry/2020/02/26/202359

ここで、ビジネスホテル自主避難する人を嘘松上等でだしてるが

これだと、家族は無事でもホテル従業員感染ちゃう

そうすっと、安全隔離できる施設を、監視体制フォロー医療要員も含めて用意だ

検査を増やすのよりよほど重いことだが、事実が明るみに出ると、どんどんと検査検査」言うやつの要求にそれらが含まれるようになった

「もちろん、それも含めて検査しろと言っている」とな

けど、表層的には、つくばのやつみたいに、前後施策も何もなしで

けんさーけんさーと言いやがる

んで、検査をしないアベ政権人殺しだと

クソどもがよ

2020-04-23

風俗徒然体験

いつもこの時期になったら仕事も落ち着き、旅行がてら風俗でも行ってリフレッシュしようかな..と思う頃なのだが、このコロナショックの中、性風俗店に行けるわけないのでどうしようかなぁ...と思い、暇なので今まで行った私の風俗での何気ない体験記を備忘録も兼ねて記していこうと思う。他の増田風俗日記と比べ、凝った文章は書けないし、拙い内容になるかもしれないが、他愛のない日記として見ていただけると嬉しい。(内容によっては、覚えている記憶の差があるかもしれないのでご了承願いたい)。

初めて風俗に行った日

バイト先の先輩から、ふと話の流れで「ソープ楽しいよ」と言われたのがきっかけで、一人で千葉栄町人妻風俗店に行ったのが私の初めての風俗デビューだった。初めてだったのでサイト女の子を選んでから、前日に電話でしっかりと予約してから訪れようと思い、「さてまずは予約から..」と携帯風俗店の電話番号を入力したところまでは良かったのだが、そこから急に「何から話せば」「どのように予約すれば」「〇〇ちゃん?〇〇さん?でお願いします、でいいのかな?」などなど、一気に謎の不安と緊張が押し寄せてきて、車の中でかけようとしていたので誰が見ているわけでもないのに何だか急に恥ずかしくなってしまったりして、なんだかんだで既に40分ぐらい経過していた。このままではいかん!と思い、意を決してかけてみたら、受付の方は非常にやさしく対応をしてもらい、結果、杞憂となったのは今となってはいい思い出だった。ちなみに予約までは良かったが、初めての街に初めての風俗と、とにかく当日は緊張していたので、変に道に迷ってしまい、時間に遅れて、金のアクセサリーを身に着けた怖そうな受付の兄ちゃんに怒られたのもいい思い出。初めて行く人は時間に余裕をもっていった方がいいと思う。待合室もあるしね。

やたらと歌を歌ってくるソープ

沖縄の辻のソープに行ったとき、お店のオススメで選んでもらった女の子にお相手してもらった話なのだが、よく言えば明るいギャル、悪く言えばちょっと不良っぽいような感じの女の子だったのだが、「マットお願いできる?」と尋ねたら、「うん!できるよ!」とやる気満々の声を聞けたので、意気揚々と服を脱いで、さぁ!お楽しみのマットプレイ!!!とマットにうつ伏せになって待ち構えていたら、上に乗った途端に沖縄民謡らしき歌を歌い始めた。「ん?そういうプレイなのか?」と始めはその歌を聞きながら、女の子を思うようにやらせていたのだが、中々終わる気配がなく、「これ何の歌なの?」と一旦歌うのをやめさせて、すぐにプレイに移ろうかと思ったのだが、「これは沖縄民謡で~...最近同窓会で歌ったんだよ~。どうだった?」などものすごく歌に関しての質問をしてくるので、真面目な私は変にその質問に答えてしまい、結局歌を聞いていただけで、半分ぐらい時間が過ぎていた。女の子によってはナメられているとプレイおざなりになることが多々あると、バイト先の先輩からいたことがあったので、この沖縄での経験があった後は、プレイ前のトークが長くなりそうな時などに「もうそろそろしない?」と強く言えるようになった。

ボーイの対応がいいソープ

神戸福原はテカテカしたネオンアーケードがお出迎えしてくれたりと、とにかく風俗街に来たな..と雰囲気だけで満足感に浸れる街なのだが、福原での予約を入れていた店に訪れたとき入り口に入った途端に「こちらですよ~!あっ、靴はそのままで構いません!直しておきますので、どうぞおあがりください!」とものすごく丁寧に出迎えられたら、また別のボーイが出てきて待合室までこれまた丁寧に案内してくれた。案内し終わったら、またまた別のボーイが「お飲み物はどうされますか?緑茶麦茶コーヒーコーラソーダなどございますが?」と膝をつきながら、ものすごく腰を低くして丁寧に応対してくれたのを今でも鮮明に覚えている。そんな対応の良いボーイばかりがいるお店、女の子はどうたったのか..と言うと、これまた素晴らしい対応でまた是非行きたいと思った。ボーイが良い店は、女の子接客も素晴らしいのではないのではないかという持論が、このお店がきっかけで生まれた。

ラブホテル電気の明るさ

私はどちらかというとソープに行く割合が多いのだが、たまにデリヘルにも行きたい気分にもなる。店舗型のソープとは違い、ホテルをとって、電話をして、実際にホテルの部屋まで女の子が来るまでのドキドキ感たるやいなや、ソープとはまた違う興奮を味わえるのが魅力だ。そんなデリヘルを利用したとき、いつもソープでは女の子が部屋の電気の明るさを調節しているので、薄暗い中でのプレイばかりだったのだが、ふとラブホテルでのプレイなら部屋の電気を調節できるのでは?AVみたく、こうこうと照らされた明るい部屋であんなことやこんなことができるのでは?と、ホテル内の備え付けのテレビAVみながら思いついたので、部屋の明るさを90%ぐらいにして、女の子が来るのを待っていた。だが、いざ女の子が来ると開口一番、「部屋の電気明るいよね?もう少し下げようか?」とすぐに40%ぐらいの明るさにさせられてしまった。女の子にとっては明るい部屋でのプレイ絶対に嫌だと思うが、死ぬまでに一度は明るい部屋でやってみたい。

ソープまでの送迎

始めて沖縄の辻の風俗に行ったとき那覇市内のホテルから歩いて赴いたら結構距離があったので、行くまでに疲れた経験から次回から送迎の車を頼むようになったのだが、その時の送迎のおっちゃんがものすごく気さくな方で車内で話す時間がとても楽しかったのをよく覚えている。話した内容と言えば風俗のことに関することは一切話さず、「沖縄っていい所ですよね。」「いやいや..そんなことないですよ。ごみごみしてて、車は混むしで..」「へぇーそうなんですか。この時期って観光客とかはやっぱり多いのですか?」「うーんそうですね。」など、文字に起こすと本当に他愛のないことなのだが、普段ほとんど人と接しない私にとってはこの何気ない時間が本当に居心地が良かった。緊張も適度にほぐれたので、初めて風俗に行く人で緊張しい方は、送迎を頼むのをお勧めしたい。

初めて入れられる喜びを味わった日。

千葉栄町ソープで、人妻系のよさげなお店を見つけたので予約して入ってみると、そこで出会った女性に初めてアナル気持ちよさを教えてもらった。今までも「アナルやってみない?」と勧められることは少なくなかったが、好奇心につれられて誘いに乗ってみたはいいが、いざやってみると痛さだけが残って気持ちよさを味わえることはなかった。「アナルって本当に気持ちよいのか?」と心の中ではアナルに対する疑いの気持ちばかりが大きくなっていたので、アナルの興奮を味わえることはもうないのか..と半分諦めた気持ちでいたのだが、この人妻嬢との出会いが私のアナル遍歴を一変してくれた。この女性テクニックが異様にうまかったのかもしれないが、今までは入れる気持ちよさしか味わてこなかったが、アナル経験することによって、入れられる気持ちよさを感じられるようになり、これがまた入れる気持ちよさの何倍も興奮してしまった。すげぇ気持ちいい、超気持ちいい。徐々に指が奥まで入っていく感じ、どんどんと抜き差しするストロークが大きくなっていく感じ、四つん這いになって恥ずかしい部分を全開にして見られてる羞恥な感じ。アナルを責められることによって、これらの普段は味わえない極上の快感を一点に感じることができる。女性セックスときに毎回、こんな気持ちよさを堪能しているのか。入れられる気持ちよさを味わえないとセックスの楽しさのほとんどを堪能していないと言っても過言ではないのではないかと思うほどの、快楽がそこにはあったので、是非風俗行ったときには、アナルOKであれば食わず嫌いせずに挑戦してみるのをお勧めしたい。彼女とか奥さんとでは、中々アナルまで頼むのは大変恥ずかしいかと思うので、ここは素直に性風俗店に身をまかせれば良いのではないかと。

晩酌しながらの記述なので、かなり冗長しい部分があったかもしれないが、ざっくり私の風俗体験記を書いてみた。風俗というもの一期一会で、前に会えた女性と次に同じ店で会えるとは限らない儚さもあれば、風俗に行くまでの・女性プレイに及ぶまでの・風俗遊んだあとの・・などなどの様々な出来事に大きさの度合いはあれど、その時に訪れることでしか触れることのできない色んな経験を味わうことができる。今後、性風俗業界、どうなるか全く想像できないが、もしま風俗を訪れることがあれば、そこにまた新たなドラマが生まれるのだと思う。

2020-04-22

anond:20200421082033

顔が小さくても、頬骨が立派で鼻が高い人って、「耳が痛い」ってレビューにありますね💦

顔小さいほうじゃないんだけど、これまでダイソーマスク(お掃除するときつかってた50枚入りの小さいやつ)でも耳が痛くなったことないです。

鼻がたかくないので(にっこり)なのかしら。耳の位置普通よりちょっと低い上に寝てるんですよねー。

宇宙人みたいに正面から耳がどんと見える人いる(うちの母とか)けどそうじゃないんで眼鏡もゆるいです💦

ひょっとして小さいマスクでもいいのかと思ったり。おでこも狭い(猫の額)だし。あごも小さいほうだし。

2020-04-21

anond:20200421174019

それが無理すぎるから営業職はやめたわ。

ただ、商材を自分で選べるか、できれば自分で商材の出来をコントロールできる仕事、とか考えて転職したら収入はずどんと下がったよ。

俺はやりがいあればいいやと思ったけど、別にお勧めではない。

2020-04-13

[]37度自己隔離増田です

自分の他に3人くらいみかけたけどその人はしらん

 

四月頭からようやく2週間くらい経ってなんか今日から息がしやすく体が軽くなった!熱も平熱!

ひさしぶりに家族ごはんたべちゃったぜ

今なら鼻奥棒刺ぐりぐりキットPC検査でも抗体検査でもどんとこいだからぜひはかってみそ?新たなクラスターかどうかがわかるかも??

といいたいけど今日ラインアンケート「もういっこアンケがでるよ!」っていわれたまま動かなくなったんだけど

あれ?またiPadでひらいちゃったかな(アイフォンじゃないとまともにうごかないよ!)

あとサイゲ古戦場最中に熱はかったかウィンドウを出すべきだとおもう

 

いまみたら県のアンケの後「(厚労省垢を)追加して質問確認」ってでてた。おれは特におまえらに疑問はありませんよ?

 

でもくしゃみとはなみずはめっちゃでる・・あの独特の水みたいなやつな

まりいつものアレルギーである

おれの抗体ががんばりすぎるいつもの日々がもどってきたんだろうな

2020-04-10

1ヶ月後に出産を控えた妊婦だけどもう疲れた

タイトルの通り。

 

この間、産婦人科に行ったときコロナの影響で出産時の立ち会いも入院時の面会もできなくなったと言われた。

覚悟はしていたが、泣きそうになった。

 

まりに真っ青な顔をしていたんだろう。

そんな私を見て助産師さんが「緊急事態宣言が終わったあと、落ち着いてたらまたどうなるかわからいから」と言ってくれた。

たった一ヶ月でですか?と言い返しそうになるのをぐっと抑えた。

助産師さんだって、私を安心させるために言ってくれたのだ。

 

妊娠が発覚したのは9月。大好きな夫の子供を授かれて本当に嬉しかった。

安定期に入ってもつわりは収まらなくて、会社に休む連絡をするときは気まずくて消えてしまたかった。

産休に入ったら散歩しよう、子供のグッズを買いに行くんだというのを心の支えにした。

妊娠してからはいつも以上に家事を手伝ってくれるようになった。

頑張ろうと思えた。

2月に入って急にマスクが手に入らなくなった。

妊婦免疫力が下がる(子供を異物として攻撃しないように身体勝手にそういうふうに調整する)ので、

インフルエンザにかからないためにも薬局に並んでマスクを買った。

本当はもっと備蓄しておきたかったけど、私みたいな妊婦がいたらと思うと一箱しか買えなかった。

政府が「マスクを増産する」と言ったのでそれを信じてもう薬局には並ばなかった。今思うとそんなの無視して並んでおけばよかった。

  

3月に入ってどんどんとコロナの影響が強くなり、産婦人科では感染予防のために待合室で夫が一緒に待てなくなった。

それまで夫はいつも一緒について来てくれて、エコーを一緒に見た。心臓の音も一緒に聞いていた。

心細かったが、もしも夫が無症状保菌者で、誰かが感染してしまうのも恐ろしかったので素直に従った。

 

私がやっと産休に入ったころ、自体はどんどん悪くなり、ついに緊急事態宣言が発令された。

つわりがひどかった頃に夢見ていた生活はできなかったが、正直ほっとした。

これで感染者の拡大は抑えられると思った。

 

これは批判されることを承知で書くのだが、私は実家に里帰りした。

もともと里帰り出産予定で去年秋ごろに産院の予約をしていたのだが、帰るのはすごく怖かった。

私が保菌者で、親にうつしてしまったら、産院で菌を撒き散らしてしまったら。

そう思うと帰らないほうがいいと思ったが、都内では妊娠9ヶ月目の妊婦を受け入れてくれるところなんてない。

とある女性実家に帰ったせいで親を感染させた」というニュースを見るたびに「これは私かもしれない」と思って怖かった。

なにか事情があるかもしれないのに、批判なんてできるわけなかった。

帰ったら帰ったで引きこもる私に、温度感の違う母は買い物に行こうとしつこく誘った。

もし保菌者だったらうつしてしまうのが怖い、もしうつってしまったらお腹の子にどんな影響があるかわからなくて怖い、と言って断る私に

「じゃあ近所のスーパーなら大丈夫?」と聞く母にキレてしまい、罪悪感で死にたくなった。なんで私帰ってきたんだろうと思った。

 

政府自粛を2週間見合わせる、飲食店20時まで開ける、といったニュースを見るたびに絶望的な気分になった。

そんなんじゃ私の予定日までにコロナ収束するわけない。やっぱり立ち会い出産も面会も無理なんだと言われている気持ちになった。

 

退院したあとは何年も一緒にいられるんだから」と助産師さんは言った。

わかってる。それでも、我が子を生んだ瞬間を、喜びを、不安を共有したかった。

毎日泣いている。ストレスはよくない、我が子に悪影響だと思ってまた泣く。どうしたらいいんだろう。

2020-04-08

anond:20200408202404

であることに夢をもちすぎ

まず女を性的であるがゆえにもちあげるタイプ少年漫画を読むのをやめろ

じゃりン子チエでも読め

れいやなら男にすてるとこなしオケデブ専どんといの町コロナがおさまってからいけ

2020-04-05

ジジイババアが大喧嘩してる

日曜の真っ昼間にスーパーの真ん前で。

お互い顔見知りじゃなさそう。

みっともなさ過ぎて溜め息が漏れる。

駅やら役所やらでこんなシーンを

何度も見てるから自分の中の敬老精神

どんどんと目減りしていってる。

年齢の分布だけじゃ説明つかないレベル

敬われたいならまず人格者になってください。

2020-04-04

ちなみに昭和上司会社がマトモは気のせい

この映画を見れば気づけるぞ

サラリーマンどんと節 気楽な稼業と来たもんだ (1962年 昭和37年)

<ざっくりとした内容>
主人公は中卒で学がなく非正規社員経理。支社でまともに仕事をしているのは彼だけ。語学が堪能なのも彼だけ。
あとは酒飲んで上司ゴマすって出来たら東京本社に行きたいな〜とお気楽に過ごしてる。上に詰められた時だけ仕事をしている振りをする。
主人公はこんな仕事を投げ出したくなるが、両親にホワイトカラーであることに感謝し留まるように諭されたり、自営業(畜産業)で破滅的な状態になった友人に「サラリーマンは席座ってるだけで給与が出てお気楽で良いよな」とか言われてしまう。
最終的には主人公不正片棒を担ぐことを頑なに拒否し、
北海道島流し(ただしイチから関係組織を作れる?風な希望に満ちた終わり)

これ大昔の話だけに思える?

anond:20200404232542


単純に日本が貧しくみんな苦労をしたか他人への想像力と思いやりがあっただけだと思うぞ

人の想像力自分経験したところまでしか働かせることが出来ない

2020-03-25

ワニの件で、昔大炎上したのを思い出した。



ワニのメディア展開の件で、大炎上した件について、自分も数年前に似たような感じで

大炎上に巻き込まれた?事を思い出した。

たぶん、目線としては作者、および電通とかの目線なんでよろしく

自分WEBデザイナーだ。ちょうど、大炎上した時はリーマンショック云々とかで超不景気

中小企業バスバス倒産した頃だ。ちょうど自分会社資金繰りがうまくいか倒産した。

んで、次どうするかなーと失業保険もらいながらニートしてた頃に

その会社でお世話になった企画プランナーの人から連絡があった。

バナーを作ってほしい」

最初はそんな感じだった。その企画プランナーさんは自分よりも前に退職したんだが

結構アクティブな人で色々な事をやる人だった。

前職はSI系と教育系がメインのお硬い感じのITだったが、その人の仕事だけは特殊

割とメディア寄りの事をやっていた。イベントとかそういった感じの。

「盛り上がる」ような事であれば何でもやるっていう感じの人だった。

そんな感じで、退職後も自分で色々やってたようなんだが

詳細を聞いた所、どうやら、気まぐれで動物保護して、その動物との生活ブログで公開していた所

結構な人気が出たらしく、今で言う「バズった状態」になったらしい。まだFBtwitter一般的になる前(か、なり始め)

だったんで、アメブロ2chという感じの界隈だったと思う。

会社ではわりとぶっきらぼうタイプの人だったんで「動物保護とかするんかい」とちょっと以外だったんだが

ブログの内容もハートフルで非常に良い感じだった。

失業中で暇だったのもあり、ちょっと手伝う事にした。

この時点で自分感覚としては

自分特に動物とか好きでは無い

・お世話になった人だったか

・暇だし、まぁバナーかぐらいなら

というような感じだった。そんな感じで、ブログデザインテンプレをちょいちょいと修正して

若干見た目を良くしてあげた。

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その後も順調にブログ運営していたようで、ちょいちょい連絡を貰って現状を聞いていた。

ちょうどブログ本とかが流行ってた時期でもあったんで、広告代理店から出版化の打診とかも来ていたようだ。

この辺がちょっとワニとかぶるんだが、広告代理店などのアンテナばりっていうのはまじでめちゃくちゃ早い。

アンオフィシャル状態から仕掛けが入っている。たぶんなんだけど、ワニもそういうどっかしらのタイミング

ふわっと噛んできたんだろうな。。

話は当時に戻って

動物保護しバズった」のは結果としてそうなったわけであって

動物保護した事自体」は完全にこの人の気まぐれと善意から始まった事である

そういう訳で、この企画プランナーさんは、こういった保護されるような不幸な動物達(虐待やらなんやら)のために

何か出来ないか?という事で、募金?のような感じで賛同者を募る事にしたそうだ。

ちなみにこの時点でも動物に興味が無い自分なんで、色々熱心に説明してくれたんだが

あんまり良くわかってなかった(汗)

「まぁ何か良いことしたい」って感じなんだろなーぐらいなもんだった。

とりあえず、募金の使いみちは出資してくれた方々とブログとかで交流しながら詰めるとして

去勢とかそういうような方向性で貢献できるような感じを想像していたらしい。

さて、この辺から何かしらちょっと不穏な空気が出てくる。

これまでハートフルだったブログ読者達の中で「金銭」がからむ事への何かしら不穏な空気が流れだしたようだ。

まぁただこの時点では、大多数は賛同者だったらしく、このプランナーさんも

「そういう意見もあるから慎重にやらないとねー」

ぐらいに言っていた。

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さて、この時点で振り返ると、

・完全に善意と気まぐれで始まった活動がバズった

・その中心人物企画プランナーという職種の人だった事

事の発端は、この人の完全なる善意スタートしているんだが、この人は企画屋という側面もある事。

んで、実際に多くの人に注目され、ブログ本化の打診も来ている

という状態だった。

そのタイミング基金を募るという行動は、スムーズに行けばめちゃくちゃ良い方向につながったに違いない。

動物保護してから生活ブログで公開し、注目され、基金設立

その基金からさら動物に対して「良い」事につながる活動をする。

そしてそれがブログ本で出され多くの人の手に渡りさらに相乗効果生まれる。

トントン拍子で行ければそうなったに違い無い。

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この基金を開設するにあたって、さすがにそういった知識等が無いプランナーさんは

そういった慈善活動等を通して社会貢献を行う事を種としたNPO団体とつながる事になる。

ちなみにこのNPO団体も前職でのつながりだ。

IT系の会社ながら、そんなイベンターや、慈善活動やらをやってる人たちがいたっていう

今考えれば、色とりどりな会社だったのかなと思う。

そのNPO団体代表さんに相談し、基金を開設するまでのフォローをおねがいすることにしたそうだ。

そういう点に関しては、このNPO団体のおはこといえる部分だろう。

活動を通して、社会をより良くし、そして利益も生んでいく。

それのプロフェッショナルな訳だ。

なんとなく始まったブログから、実際にこういった具体的な活動に繋がった事に

プランナーさんは結構な達成感があるような感じだった。

自分も、ただブログバナーだけの協力だったり、話を聞くだけレベルの携わり方だったが

何か嬉しく感じた。

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そんな中ちょっと事件が起こる。保護していた動物が死んでしまったのだ。

ちょっと身バレもつながるんでファジーに書くんだが、このブログスタート

虐待等で傷ついていた動物を、このプランナーさんが保護した」という事からスタートした

ブログだった。その動物を世話や交流を綴っていくという感じのブログだったと思う。

しかし、様々な処置も虚しく、この動物他界してします。

この基金開設のタイミング自分はよく分かっていないんでアバウトなんだが

この出来事が強く影響していたのは間違いない。

「こういった悲しい事をなくす為の基金にしよう」

という思いは本物だった。

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しかしここでちょっと雲行きが変わってくる。

実際に基金を募るため、NPO団体側としても人々を集めるための動きに出るようになる。

ここで善意のこじれが出てくる。

このNPO団体スタンスとしては「外部」という形で協力しているというスタンスだったんだと思う。

なんで、この一連の活動に関して

「こんな素晴らしい活動が行われているんです。みなさん知ってください!」

という感じで、中核にいるというスタンスではなかったんだと思う。

このNPO団体は、そういった事を「外部」としてサポートするプロフェッショナルだったわけだ。

そして、そのNPO団体が作ったバナー掲載された文言が「感動の物語」という一文だった。

この一文がトリガーになる。

動物保護し、その交流の中で生まれたたくさんの出来事、そのハートフルさに人が集まる

しかし、そんな中動物他界してしまい、そんな悲しい出来事を起こさないようにしたいという思い

というアウトラインは、外部が纏めるならば「感動の物語」の一言しか無いだろう。

NPO団体は外部から目線でそういったワードを選んだんだと思う。

しかし、実際に基金賛同していたり、ブログの読者からすれば

この活動の中心になっている人たちが自分達で「感動の物語」と称している

ように写ったんだと思う。

んで、このバナーを見て自分は「この文言大丈夫なんすか?」っとプランナーさんに訪ねたが

プランナーさん自身

「そうなんだよね。ちょっとこの文言大丈夫なのかなっておもうんだよ…」

とぼやいていた。ここで、じゃあこのプランナーさんが「修正」を出せば良いと思うかもしれないが

この辺が「善意」の微妙な所で

このNPO団体さんも完全に「善意」と「前職のよしみ」という感じで協力をしてくれているのだ。

そして、そういった基金設立というようなノウハウに関しては、完全にNPO団体さんの方がもっている。

という訳でこのプランナーさんは、そういった力関係から、このバナーワードに関して

口を出さなかったようだ。いや、たぶん気を使って言わなかったんだろう。

善意に対して」申し訳ない。

というような感じだったんだろう。



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さて、そんな不安満点のワードが盛り込まれバナー案の定大炎上する。

動物の命が亡くなっている事が感動の物語なのか

・感動商法の金集めなんじゃないのか

そういったような意見が多く寄せられたようだ。

ブログコメント欄も大荒れで、掲示板でもスレッドが立つ等炎上をしてしまう。

そういった負の感情連鎖っていうのは本当にものすごいエネルギー

これまで積み上げてきたものを一瞬でふっとばすかのようだった。

ワニの件でも「嫌儲」というキーワードがあったが、「お金」が絡むと本当にすごい事になる。

まったく事実無根な事ばかりが書かれまくるのだ。

このプランナーさんとしてもブログ本の出版というようなメディアミックスを行う事も

頭の中にあったのは間違い無い。

しかし、それは最後最後きれいな形でそうなれば良いし、そしてその活動でそういった不幸な動物達に対して

目が向き、世の中が変われば良いと思っていたのも間違い無い。

この「基金自体お金を集め儲けようなんて思っていなかったのは、本当だ。

しかし、そんな思いとは裏腹にどんどんと広がっていく。

まず、プランナーさんのこれまでの行動がさらされれる。

もちろん、このプランナーさんも個人ブログという形でやってたんで、人間臭いところもあったんだろう。

そういった人間くさい所に悪いフォーカスが当てられる。

そしてNPO側の情報ネット上にさらされる。代表者の名前、経歴等

なんというか「疑い」の目というのは本当に怖いなと感じた。

ちなみに、自分対応したバナーブログテンプレに関しても

「急にプロっぽいクオリティになる金銭が発生している可能性がある」というような疑いをかけられいた。

金銭は発生していないが、まぁ本職の人間がやってるんだからそうだろう。

プロっぽいクオリティと言われて、内心ふふんと思ってたりしていたが。


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そんな感じで、あることないこと書かれて、一気に燃え上がった。

こんなはずでは…とプランナーさんと話す。

これはもう、経緯をもっと詳しく書き、ブログ読者達にしっかりと理解してもらうしかない。

そうなったプランナーさん、読者にむけてのメッセージを書くことにした。

そして自分はその文章大丈夫かどうか読者目線で見てほしいとおねがいされた。

まぁ要は謝罪文添削ですな。

んで、そのプランナーさんが出してきた文章は、そのブログでの口調が反映された文章だった。

まぁ言ってしまえば、結構フランク言葉選びというか。

個人的にこのワードセンス違和感を感じた自分

謝罪や釈明ならば、もう少し社会的な感じの方がよいのではないか?」

というアドバイスをした。自分としては、プランナーさんが出してきた文を見た時に

さら炎上する」と感じたからだ。

その意見を受け、プランナーさんは文章を硬い感じの文章に書き換えた

「この度は当ブログが発信した内容が社会的に大変な混乱を…」

的な。

んで、これがまた大炎上する。「急に会社っぽくなりやがった!」と。

もうこれに関してはエェぇぇエエエ……!!って感じだった。

疑惑の目ってマジに怖すぎ。

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そんな訳で、必死の釈明も全く逆効果に。

正直、プランナーさんももう訳がわからなくなってきており

かにすがりたいっていう感じだったんだろう。

自分もなんとか協力したいという思いもあったが、それ以上に、この大炎上騒ぎが本当に

怖くて怖くてたまらなかった。

画像も、ブログCMSの容量制限から設置が出来ず、自分管理している個人サーバー

画像ファイルを設置していた。

このままだと、ブログソースまで解析されて、自分までやり玉に上がってしま!!!

連日相談をかけてくるプランナーさんに自分もとうとう疲れてはててしま

「もう自分じゃわからないんで電話しないでください!!!!」

とブチギレてしまった。

あの時のプランナーさんのしょんぼり具合は本当に悪い事をしたと今でも思う。

でも俺も怖かったんだよ…。

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その後、色々あったようだが、最終的にその基金解散

出資で集まった金額はすべて返還という形で終わったようだ。

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長文になってしまったが、今回のワニ騒動

違う部分もたくさんあるんだろうけど、なんというか凄く思い当たる節がたくさんありました。

何ていうか、「一つの事柄」にたくさんの人が携わって行くことで制御が出来なくなっていく感じ。

たとえば「感動」というワードも人によってはまったくの別物なわけだ。

んで、担当する人によってそれぞれ価値観があるという事。

「協力」という体制からまれる「忖度」だったり

とにかく、何でこうなってしまったんだろうと制御が効かない感じ。

ちょうど、先日の伊集院さんのラジオでも過去伊集院さんがプロデュースした

バーチャルアイドル?の「芳賀ゆい(はがゆい)」に関して言及していた。

ものすごく分かるわーと思い聞いたわけだが。

以上、何か駄文でした。

2020-03-04

うちにもコロナの余波が来た

生協カタログに出現する度注文する、二百組六個パック五セット入り計一万二千枚が段ボールでどどんと届く徳用ティッシュ、先週締め切りの回もルーチンで注文したのだけど、さっき「規格変更し値引お届け」ってメールが来て、五分の一のお値段となったので、どうやら二百組六個パック一セットだけ届くっぽい。

お徳用価格で少量買えるってめっちゃお得じゃない?棚からぼたティッシュじゃない?

具体的には四十六円くらいお得だった🤑

2020-02-29

anond:20200229164536

特に児童福祉などの専門家ではない一社会人の個人的見解ですが、アドバイスをさせていただきます

まず、外部に保護を求めるべきかについてですが、判断ポイントとなるのは過去の経緯ではなく、今後の危険性だと思います

例えば、痕が残るほどの強さで殴るという行為は、親であれ他人であれ「傷害罪」であり、紛れもない犯罪です。

物理的な暴力以外に、心的外傷となるような威圧的な態度で怒鳴りつけたり水をぶっかけたりなどの行為も、同様に「暴行罪」や「傷害罪」となる可能性があります

これらの危害貴方または貴方兄弟姉妹に対して今後も継続して発生する可能性があると考えられる場合貴方ためらわず外部の保護を求めるべきだと考えます

一方、過去にこういった危害を受けたことがあったとしても、何らかの理由で状況が改善されており、今後は同じような危害が繰り返されるリスクが著しく低いと考えられる場合には、必ずしも今すぐ外部の保護を求めるのが正解であるとは断言できません。

もちろん、過去虐待行為について親の責任を訴える権利貴方にはありますが、それを今、このタイミング行使することが「貴方にとって」最善の選択となるかはケースバイケースだと考えられます

繰り返しになりますが、これから将来に渡って、貴方兄弟姉妹危害が発生する危険があると考えられる場合には、躊躇なく外部の保護を求めるべきだというのが、私の個人的見解です。

さて、外部に保護を求めると決めた場合最初覚悟しなければならないのは「進学」についてです。

現在貴方内定を得ている進路について、保護を求めた結果、それが「一旦」実現しなくなる可能性は、残念ながらゼロではないと思われます

なぜならば、外部に保護されるということは、親との関係リセットするということであり、結果として貴方の養育に関する「経済的支援の形」や「貴方居住地」について、何かしらの変化が生じる可能性が多分に存在するからです。

おそらく貴方現在、親に学費を払って貰っており、親と同じ家に住んでいるものと思いますが、親との関係リセットされた結果、これらの状況がどのように変化するかは今の時点では一概には判断することは難しいです。

上手くいけば、なんの問題なく希望高校に進むことができる可能性も十分あると思いますが、そうでない可能性についても覚悟しておく必要があると思われます

ただし、ここで強く主張しておきたいのは、進学への影響を理由にして外部に保護を求めるか否かの判断を下すべきではない、ということです。

何をおいても優先すべきは、貴方兄弟姉妹安全です。

人生において、身の危険を天秤に置いてまで掴み取らなければならないことは、ほんのわずしかありません。

これは価値観問題となるため断言して押し付けることはできませんが、高校への進学は人生の一大事であっても身の危険を冒してまで手に入れなければならないものではないと私は思います

私自身、学歴については大分回り道をしてきた人間ですが、30歳近くになって無事に大学卒業することも叶いました。

他人とは多少違うルートを歩むことにはなりましたが、それはそれで趣深い人生だったと満足しています

紆余曲折体験してきた一社会人の意見として、どうかご理解いただければ嬉しく思います

ここまで、回りくどい話をしてきましたが、最後貴方が外部に保護を求めるための具体的なアプローチについてお話します。

といっても、大変申し訳ありませんが、私はここではあまり貴方の力になることができません。

私が貴方アドバイスしたいのは「できる限り信頼できる身近な大人を見つけて相談してほしい」というこの一点に尽きるからです。

偉そうなことを言っておいて無責任な……、と思われるかと思いますすみません

しかし、これはある意味で仕方のないことだと理解してください。

実際に貴方保護を求めて行動を起こした場合、そこから事態ノンストップで進行していくことになります

変化する状況に対して、常にリアルタイム対応していかなければならず、対応が遅れれば最悪危険が生じる可能性すら考えられます

そのようなときネット越しでやり取りをしている我々だけでは、貴方達を守り切ることができません。

ですから、事を起こすためには、ぜひともすぐ側に信頼できるサポーター存在していることが望ましいのです。

また、ひどい言い方になってしまますが、ネットを通じた関係は、残念ながらどこまで行っても赤の他人のままであることがほとんどです。

自分のために本当に親身になってくれる人を探さねばならないときに、ネットの向こう側の人間に頼るのは決してオススメできる選択ではありません。

ですから貴方にはぜひ、身近で親身になってくれそうな大人を探してもらいたいのです。

もちろん、心当たりが無いからこそネットを頼ったのはよく分かっています

どうしても思い当たる先がないのであれば、直接、児童相談所に駆け込むのもひとつ方法だとは思います

でも、もしも誰か心当たりがあるのであれば、ぜひその人に勇気を出して相談してみてください。

ただし、相手が親ではなく貴方の味方をしてくれる人間であるということにだけは細心の注意を払う必要がありますが。

大事なことは、ひとりで問題解決しようとしないことです。

貴方にはその責任はありません。

また、貴方には問題解決する力もありません。

これは能力問題ではなく、立場問題です。

このような問題は、決して当事者当事者自身の手で解決できるものではありません。

必ず、外部の支援を求めるべきなのです。

貴方能力が無いからではありません。

その方が上手く問題解決できる、そういう性質問題からです。

貴方がすべきなのは助けを求めること。

その上で問題丸投げしましょう。

からこそ、問題を丸投げできる相手を見つけたいのです。

誰か、心当たりはいないでしょうか。

相手迷惑を考える必要はありません。

かに頼られるということは、その相手にとっても幸せ価値のあることなのです。

どんどんと頼っていいのです。

友人、友人の家族、親戚、学校先生など、誰か信頼できそうな相手はいないでしょうか。

もしも、思いつく相手がいなければ、そのときは迷わず児童相談所を頼りましょう。

味方はなるべく身近にいた方がいいといえばいいのですが、公的機関だけでも貴方を守ることは十分に可能です。

遠慮なく児童相談所に駆け込んでください。

相談を持ちかけたのに、冷たくあしらわれたら……

せっかく勇気をだして相談したのに、迷惑そうな顔をされたり、冷たくされたりといった対応をされることが心配かもしれません。

残念ながら相手人間です。そういった対応をされることが無いとはいえないでしょう。

しかし、仮に相手が嫌な顔をしたとしても、それは貴方のせいではありません。

大人には子供を守る義務があります。ですから貴方はなんの遠慮もなく大人を頼っていいのです。

ただし、すべての大人貴方を受け入れる「度量」を持っているわけではありません。

ですから、そういったときは、相手の「性格」ではなく相手の「能力」に問題があったのだと理解してください。

それでも真剣に心を割って頼み込めば、多少度量の小さい程度の大人なら、覚悟を決めて力になってくれる可能性は十分あります

簡単には諦めないでください。

児童相談所は真剣に話を訊いてくれると思いますが、万が一、冷たくされた場合には、そのときこそネットの力を使いましょう。

ネット児童相談所の対応暴露すれば、日本中の人々が味方になってくれるはずです。

誰に相談する場合でも、強がる必要はありません。

最大限、相手負担を掛けるつもりで、図太く支援を求めてください。

ただし、同時に相手貴方の信頼を裏切る可能性を心のうちに秘めておくこと。

おんぶに抱っこではなく、召使いのように利用するような心構えがいいと思います

以上、あくまでも一個人見解ではありますが、参考になれば幸いです。

前述のように、ネット人間あくまでも他人です。

私を含めて、その意見はある程度の参考にはなると思いますが、決して鵜呑みにすることのないように気をつけてください。

良い未来が訪れることをお祈りしております

2020-02-23

anond:20200223171516

なんか分かるわー。

自分ときも含めて考えると、与えられた事はこなすんだけれど、それを統括して見る目線が足りないというか。

結局、責任からくるのかな、と思って仕事どんと任してみるんだけれど、なんかやりたくないのか、途中で投げだすんだよね。

ほかの部署の年上の人みても、似たような感じだからそもそも自分イレギュラーなのか、と考えを改めた。

上は上で諦めてて、わりと自動化してスタッフ減らそうとしてる。

それでどうにかなるなら、どうにかなるんだろうとはおもうけれど、

どんどんと自動化されて、言われたこしかできない人は、不景気になったらクビにされると思う。

でも、そこまで言うと悪口のもとになるから、言わないけれど。そんなかんじで自分悶々としてる。

2020-02-16

初心会から卒業と「救世主プレイステーション」と中古裁判の話

※この記事は前回からの続きです。

https://anond.hatelabo.jp/20200211202529

 さて、続きだ。ゲーム業界流通において初心会がやってきたこととその最後を述べてきたが、今回は初心会を葬った旧SCEソニー流通を中心に街のゲーム屋的な小売店視点で色々語ろうと思う。しかしこの期間は非常に起きた出来事が多くかつ入り組んでいるので、あえて細かな要素をオミットして正確さよりもわかりやすさを重視することにする。それにデジキューブ銃撃事件真相なんざわからいからな。


 時代プレイステーション参入前。任天堂エンタテインメントが行き止まりに行きつつある頃だ。そのことについては前回語ったが、さて、任天堂以外の、NECPCエンジン)やセガメガドライブ)あたりはどうだったのだろうか? 初心会が横暴なら、こちらのほうに注力するという手段もあったのでは?

 ぶっちゃけこっちはもっと酷かった。ソフトが売れないというわけではない。10万本売れるソフトはあった。あったのだが問題プラットフォーマーが用意した他の大量のソフトだ。

 当時、任天堂に対抗するためにNECセガは自社プラットフォームの発売カレンダーの空白をなんとか埋めようと躍起になっていた。サード自主的ソフトを作ってくれるのならそれに越したことはないが、そうではない場合自分たちで用意する必要もあった。自分たちパブリッシャーとなり開発会社委託してゲームを作らせる。さらにはサードに対しても「ウチの流通に乗せますので○万本は絶対に売れますから作ってください」みたいなアプローチも行った。そうして「とりあえず」カレンダーを埋めることができたソフトは、「とりあえず」問屋が頑張って小売に売った。在庫になっても不良在庫になるだけなのがわかっているので大バーゲンで売った。小売はもともとの卸値が安いため、最初から値引きして売る。売れ残ったら損だから博打みたいなものだ。そうしたソフトが並ぶと小売価格そのままのソフトは見向きもされなくなるのであわせて値引きされる。PCエンジン末期、餓狼伝説2クソゲーではないのだけど)が100円で棚に50本くらい並んでいるのを見たことがあったが、あれは問屋の不良在庫を捨て値で小売が拾ってきたんだな。

 どこかで見た状況と思わないか? そう、アタリショックだ。ゲーム在庫問屋にも小売にも溢れわけがからない状態になっていた。価格崩壊し定価が意味をなさなくなっていた。

 任天堂初心会が横暴、セガNECは頼りにならない。こんな状況の市場次世代機の波と共に救世主がやってきた。ソニーだ。ソニーが直接小売店契約するというのだ。

 衝撃は大きかった。CD流通の流用で、「リピートを早く」「小売価格の大幅な値下げと小売店に対するマージンの確保」「掛け率は大量に取ろうが少量だろうが同じ」という特徴をもち、かつ「中古売買の禁止」「値引き販売禁止」という成約があったが、それでも多数の小売店から好意的な反応を得た。そもそも初心会でも値引き販売原則としては禁止だったのだから

 そして何よりプレイステーション小売店に好まれたのは、ゲーム本体の卸値が安く、プレイステーション1本体だけを売っていても結構な利幅があったこともあげられる。これはかなり珍しいことで、通常は卸値と小売価格ほとんど変わらない。Xbox360の発売当初は二次問屋の都合一部の小売店において卸値が小売価格を超えたという珍事すらあったという。プレイステーションサターンは発売時期がほとんど一緒で、スタート時点ではサターンのほうが優勢だった。しかしこれがじわじわ小売店プレイステーション派に偏らせていった。プレイステーション小売店ハードでもソフトでも確かな利益確立してくれた。

 


 そうしてFF7が、DQ7プレイステーションで出るという流れが生まれ一気にプレイステーションが圧倒的な優勢を保持するようになるわけだが、この流れのなかでゲーム屋は何かが違うと確信した。プレイステーション救世主になってくれたはずだった。しかFF7を発売するスクウェア(当時はエニックスとの合併前だった)が打ち出したデジキューブは、既存ゲーム屋にツバを吐きかけるようなものだった。なにせ目玉タイトルFF7の出荷本数の半分をコンビニに任せるというのだから。これではゲーム屋はやっていけない。いくら本体を売れば儲けになるといっても一人にせいぜいが一台が限界だ。ソフトをたくさん売れなければしかたない。

 そしてソニーの態度もなにかおかしくなりはじめていく。元々の小売店への説明会では「返品はNG」ということになっていた。なっていたのだが、個別対応としてソニー担当者が返品を受け付ける旨を話していた。そのため小売店のなかでは安心して在庫を抱える店もあったわけだが、返品したいと言い出すと担当者の態度がころりと変わる。前に言っていたことと違うことを言い出す。ようやく返品受付をしてもらうも半額返金……。そのような事例が発生した。結局ソニーとしては二度返品を「特例」として受け入れるのみにおわり、いよいよもって「返品NG」が周知徹底されることになった。

 頼りにするミリオンソフトは入荷しない、個別対応約束していた返品制度はなくなった。このような状況下でもなおソニーは「中古取り扱い禁止」「値引き販売禁止」を打ち出していた。中古を取り扱った店や値引き販売した店は、不思議なことに”配送事故”が発生してソフトの入荷が遅れるようになった。

 FF7発売の頃にはすでに任天堂初心会解散させていた。ニンテンドウ64を発売し、ポケモンを大ブームにさせた任天堂ならこの頃のゲーム屋の救世主なり得ただろうか? 残念ながらこの頃の任天堂(正確には任天堂系列問屋だが)は「小売価格を下げつつ小売店への卸値を上げる」という暴挙に及んでいる。それでもポケモン死ぬほど売れたのだから恐ろしい。

 ソニーが信用できず、任天堂はあてにならない。そうした状況で頼りになるのはセガ……ではなかった。セガメガドライブ反省を活かしおもちゃ問屋をまとめてセガユナイテッドという流通会社を立ち上げる。大手ゲーム屋には直接卸し、小さな街のゲーム屋には二次問屋を使って卸す、ちょうど初心会ソニー流通の間のようなハイブリット流通機構を作り上げた。在庫管理とコストダウン両方の面でなかなか上手くいったはずだが、いかんせんプレイステーションの圧倒的ソフトラインナップには敵わなかった。自社でなんとかできる力はあるのだが、セガにはポケモンがなかった。しかメガドライブ末期の状況からここまで着実に改革を進められたのは称賛に値する。NECは途中で死んだのに。




 そしてついに中古裁判が勃発する。1998年1月には公正取引委員会ソニー流通の「値引き販売禁止」「中古売買禁止」が問題視され排除勧告を受けた。しかしこれで下がらずソニーは他メーカーを巻き込んで中古禁止裁判を起こす。ゲームメーカーvs小売の裁判だ。その一方で株式会社上昇(ようするにカメレオンクラブだ)がエニックスを訴える。「新作ソフトは扱わない」「ロイヤリティとして中古売上の7%を支払う」といった提案を出したものの実際にエニックスからソフトの出荷停止を食らってしまったがゆえの反撃だ。なおこの頃にはソニースクウェアデジキューブ)だけを優遇することが問題視されて、各社サードメーカーも自社流通小売店に卸すようになっている。

 2つの裁判が同時に起きて別々の判決が生まれて、ここらへんは非常にややこしい。ややこしいが小売店公然中古を売るようになった。値引きもするようになった。自社流通に切り替わった各社ゲームメーカーも忌々しく思っていたが裁判流通とは別との判断だったのか、おおっぴらに”配送事故”が起きることはなくなっていく。

 ちなみにこの頃、セガドリームキャストに向けさらなる流通改革を行い、セガユナイテッドセガミューズへと編成しなおす。これは老舗おもちゃ問屋ムーミンセガユナイテッドに合流した形だ。ムーミンメガドライブ(もしかしたらもっと前?)の頃からセガ共闘しているお得意様だった。なお、ソニーを学んだのか「値引き販売禁止」「中古売買禁止」を小売店押し付け、同じく公正取引委員会より立ち入り審査を受けるはめになる(もっともこれは後日小売店契約しなおしをすることによって審査は打ち切られた)。小売店救世主はなかなかいない。

 

 中古裁判最高裁にまでもつれ込んだが、ようやく結論は出た。中古販売合法だった。小売店大手を振って中古売買ができるようになった。値引き販売をしてもお咎めはなくなった。小売の完全勝利だ。「ファミコンショップ」はPS2時代にまでいたりようやく安心できるようになったかのようにみえた。

 そうではなかった。むしろゲーム地獄はここからが本番だった。

 まず大店法改正があった。巨大店舗小売店が各地に出来上がる。そして家電屋の店舗の巨大化がどんどんと進む。巨大化した店舗で何を扱うか。ゲームも扱うようになった。ゲームは美味しい商材だと思われた。そして今までグレーゾーンだった中古合法判決が出た。取り扱わない理由がなくなった。

 そのため大手販売店は客寄せのために新作ソフトを大きく値引きする。これが卸値と同価でも構わない。とりあえず客が来て、他の家電もついでに買ってくれれば儲けものからだ。そして中古も多数取り扱う。ゲーム利益の確保はこっちだ。そこそこの価格で引取りそこそこの価格販売する。これも回転が早ければ利益が稼げる。ビデオレンタルゲオツタヤが入ってきたのも大きかった。街のゲーム屋さんにできることは限られていた。大手資本真正から戦って敵うわけはなかった。中古販売という最高の武器を手に入れたかわりに、同じ武器をもった最強の敵が現れたのだ。多数のプレイヤーがそちらに流れた。売っているものが同一なら、安いところで買うのが当たり前だからだ。

 その後まったく救いがなかったわけではない。DSの大フィーバーがこの後起きた。ゲームに触れたことがない新規層でも直感的なタッチパネルを備えたデバイスゲーム市場を一気に活性化させた。誰もがみなDLライトを買い求めてゲーム屋と家電屋を往復した。飛ぶようにDSライト本体脳トレどうぶつの森が売れた

 しかしここでも任天堂流通が小売の前に立ちふさがる。任天堂小売店から受けた仕打ちを忘れていなかった。64よりもPS1,ゲームキューブよりもPS2を優先させた街のゲーム屋に、引く手あまたのDLライトを多く卸す理由がなかった。DSライト任天堂流通のお得意様、デパートゲームコーナー、おもちゃ系統販路を優先して入荷していった。今まで子供向けのプレゼント用途ゲームキューブ、ポケモン関連をしっかり取っていた「実績」のおかげだった。街のゲーム屋が本当に一息ついたのはおそらくさらに後のモンハンポータブルの大ヒットあたりからだろう。

 こんな流れがあり、地方から現在ほとんどの「ファミコンショップ」が姿を消している。初心会を中心とした問屋は、成熟したゲーム業界メーカー自主流通を実現させたことでその役目を終えて消えていった。となれば、地方ゲーム屋もまた、成熟したゲーム業界によって役目を終えた存在としてみなされてしまったのだろうか? おそらくはそうだろう。そして将来的にはゲーム販売する大型店舗すらいなくなるかもしれない。ダウンロード販売メーカーは推進しているからだ。

 そんな流れのなか、この令和の時代に意地でも自前の店舗ゲーム販売している「ゲーム屋」を見かけることがある。業界の厳しい荒波に揉まれそれでも生き延びている人たちだ。私は彼らに尊敬の念を抱かずにはいられない。

 

 彼らに幸あらんことを。

2020-02-13

anond:20200213223238

9日までオンラインで贈れた百貨店のValentine用チョコは、先様に14日に届ける限定だったので(お届け専用になってた)

14日にどんと届くんですよ。早めにって思う人は個人で贈ってると思う。

デパートだったら送料無料キャンペーンのが結構あるし体裁もいいので、それじゃないかなぁ。

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