「どんと」を含む日記 RSS

はてなキーワード: どんととは

2018-02-23

うつになってから干支が一周した(人生ころがりんぐ)

長文。

25のときプロジェクトがおおこけしから課長パワハラを受けながらのプロジェクトが続いた。終電タクシー徹夜を繰り返す毎日若さ馬鹿さは紙一重。当時は身体など気にせず、心がおもむくまでの天才プログラミング毎日続いているなどと勘違いしていた。

最終的にそのプロジェクトは、新卒がぶらぶら入ってきて、自分は「あいつらのほうがおまえよりも生産性高いし、まじでいままで何やってんだよ」と罵倒され続け、心がくじけてしまった。最終的には、どうでもいいテスター業務なんぞやらされ(実装屋としてはそのころからテスターは大っ嫌いな仕事)をやらされて、もう気持ちが参ってしまった。

その時まで、いろんな組み込みをしてきた。SCSIとか、USBとか、画像処理とか、JPEGとか、MPEGとか。会社勉強して、組み込んで、間違えて、直して、テストして、OK/NG見て。心がNGラインの曲線を描きながら、父に殺せ、母に殺せ、と実家暮らしが災いした。死ななくてよかった。(そこから数か月工場に通ったが、朝が早すぎて体力的に持たなくなってしまった。同時にパワハラからうつが、どんどんとひどくなり、結局持たなかった。(その後パワハラ上司は窓際に追いやられたらしい。)

会社を辞めてから、なぜかコピーライターになりたくなってしまった。そして実際に2つの会社経験し、泣きながらやめることになる。

一つ目の会社は、有給がなかった。コピーライター養成講座に通いながらハローワークで見つけた求人で、「有給ないんですか」って言ったら「んなもんねーよ」と、確かに誰も文句ひとつわずに、有給なし、ボーナスデザイナーのみ(デザイン事務所だったから)、うつは隠して働かないとで、結局、夜は全く帰れず病気が辛くなり辞めてしまった。

それからもう一社で働いたが、Macの起動音を聞くと辛くなるほど追い詰められ、結局退社。(それ以降、Macどや顔している人たちにはちょっと嫌な気持ちを抱く)

さあ、じゃあ、自分は売り物があるんだ、結局プログラミングしかないじゃないか、とJava屋さんに転向。この時の身売りが結局今までを何とか結び付けた。

月の残業20時間程度、終わった後の主な業務飲み会っていう天国に(一回終電もあったけど、すげえ怒られた記憶もあったけど、一回土曜日出勤してピクニック気分で派遣さんがお弁当作ってきてくれたけど、ほんとにいい思い出しかねえ)。

3年ほどプログラマをしてからライター転向したり、自分にとって屈辱的なテスター転向したりなどしつつも、幸せ生活を保っていられたのが崩れたのは会社上場。それによって何もかもぐちゃぐちゃになった。社内政治が生まれ、嫁をとった自分には再び苦しい現実が続き、「あの野郎、ぶっ殺してやる!」という罵声が飛び、結局従い、残る人は残る人、辞める人は辞める人といった選別が行われ、結局辞めざるを得なくなった自分は、何のあてもなく千切れる糸を眺めていた。

そのころ、地震があった。テレビから逃げられず、結局3か月休んだ。フラグは立ちまくった。

その後、何とか働かしてくれる取説会社があった。まじめに働いててもそもそも英語力のなさで各方面迷惑をかけた。

迷惑をかけながら、結局自分障碍者ではないのか、という疑念がわいた。それをあまり検証せず、もう現状の仕事を続けていくのは無理と感じた。

今は大手企業で、障碍者枠で働いている。

でも割と給料暮れるし、そこそこ幸せ。いつかは正社員か。などぼやきながら働いている。

落ちて行っているのか、どうなのか分からないけど、誰の参考にもならないけど、生きるって、こういうのもあるんだよっていうのを増田ってみました。

奥さんは偉い人の部類(ヘレンケラークラス)なので、この自分語りからは除いていますいつまでも偉い人です。

2018-02-20

暴力排除に潜む日本の病巣

横綱日馬富士引退 暴行問題
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24022990Z21C17A1CC0000/

上の記事を読んだ。なんとまあビール瓶で殴られると痛いか責任を取るため引退するそうだ。

もちろん私は一定格闘技に関しては異議を唱えるつもりはない。テレビボクシング試合を見た時はあまりの迫力に熱狂した経験もあるし。
しかし、今回の暴行による責任追及や、居酒屋含む飲食店全面暴行禁止の流れはあまり常軌を逸していると感じる。

「人に殴られないようにする権利」ばかりを尊重しすぎて、「人を殴る権利」を脅かしていないかということだ。

「人に殴られないようにする権利」に正当性をもたせるのは簡単である。「痛くて嫌だ」と主張すれば済む。さら一般の人が受動殴打として害になるか検証されていない、体についた血液や体液に含まれ有害物質についても、免疫力の低い人の被害を引き合いに出せば、被害者簡単に創出することが出来る。

しかしながら「人を殴る権利」の方は、「人を殴りたい!」といった子供じみた権利の主張以外に何が出来るというのだろうか。結局非暴力者の支持をとにかく得にくい構造になっているのである

こうして「被害を受けない権利」だけが尊重され、「する権利」は衰退していく。
この構造は、現在日本のあらゆる場所で表出していないだろうか?

保育園では子供の金切り声による騒音を避けるため、園児たちは二重サッシで仕切られた室内でこじんまりと遊ばされている。

海岸での花火は近隣住民迷惑になるので禁止

路上駐輪は景観が損なわれるので即撤去

風俗店は即摘発

こういった流れが進行しているのも、活動的主体となりやす子供や若年層が減少し、一方で客体となりやす高齢者が増えたのと無関係ではないだろう。

どんどんと窮屈になる日本他人の多少の迷惑を許容する代わりに、「する自由」に満ちた社会のほうがずっと心地よいと思うのだが。 >

anond:20180219232323

バグパイプ奏者排除に潜む日本の病巣

演奏中45分間」も大学構内に立入禁止 北陸先端大が全面禁バグパイプに踏み切った理由

https://www.excite.co.jp/News/smadan/Z1509591737132/

上の記事を読んだ。なんとまあバグパイプ演奏中は呼気から有害音波が検出されるから受動騒音防止のため立入禁止なのだそうだ。

もちろん私は一定の分バグパイプに関しては異議を唱えるつもりはない。ネカフェで喫バグパイプブースに泊まることになった時はあまりの音に辟易した経験もあるし。

しかし、今回のJaist全面禁バグパイプや、居酒屋含む飲食店全面禁バグパイプの流れはあまり常軌を逸していると感じる。

バグパイプの音を聞かないでいられる権利」ばかりを尊重しすぎて、「バグパイプを嗜む権利」を脅かしていないかということだ。

バグパイプの音を聞かないでいられる権利」に正当性をもたせるのは簡単である。「うるさくて嫌だ」と主張すれば済む。さら一般の人が受動騒音として害になるか検証されていない、服についた音の微粒子やら呼気に含まれ有害音波についても、騒音過敏症の人の被害を引き合いに出せば、被害者簡単に創出することが出来る。

しかしながら「バグパイプを嗜む権利」の方は、「バグパイプを奏でたい!」といった子供じみた権利の主張以外に何が出来るというのだろうか。結局非喫バグパイプ者の支持をとにかく得にくい構造になっているのである

こうして「被害を受けない権利」だけが尊重され、「する権利」は衰退していく。

この構造は、現在日本のあらゆる場所で表出していないだろうか?

保育園では子供の金切り声による騒音を避けるため、園児たちは二重サッシで仕切られた室内でこじんまりと遊ばされている。

海岸での花火は近隣住民迷惑になるので禁止

路上駐輪は景観が損なわれるので即撤去

風俗店は即摘発

こういった流れが進行しているのも、活動的主体となりやす子供や若年層が減少し、一方で客体となりやす高齢者が増えたのと無関係ではないだろう。

どんどんと窮屈になる日本他人の多少の迷惑を許容する代わりに、「する自由」に満ちた社会のほうがずっと心地よいと思うのだが。

2018-02-19

喫煙者排除に潜む日本の病巣

喫煙後45分間」も大学構内に立入禁止 北陸先端大が全面禁煙に踏み切った理由
https://www.excite.co.jp/News/smadan/E1509591737132/

上の記事を読んだ。なんとまあ喫煙後45分は呼気から有害物質が検出されるから受動喫煙防止のため立入禁止なのだそうだ。

もちろん私は一定分煙に関しては異議を唱えるつもりはない。ネカフェ喫煙ブースに泊まることになった時はあまり臭い辟易した経験もあるし。
しかし、今回のJaist全面禁煙や、居酒屋含む飲食店全面禁煙の流れはあまり常軌を逸していると感じる。

タバコ臭いを嗅がないでいられる権利」ばかりを尊重しすぎて、「タバコを嗜む権利」を脅かしていないかということだ。

タバコ臭いを嗅がないでいられる権利」に正当性をもたせるのは簡単である。「臭くて嫌だ」と主張すれば済む。さら一般の人が受動喫煙として害になるか検証されていない、服についた煙の微粒子やら呼気に含まれ有害物質についても、化学物質過敏症の人の被害を引き合いに出せば、被害者簡単に創出することが出来る。

しかしながら「タバコを嗜む権利」の方は、「タバコを吸いたい!」といった子供じみた権利の主張以外に何が出来るというのだろうか。結局非喫煙者の支持をとにかく得にくい構造になっているのである

こうして「被害を受けない権利」だけが尊重され、「する権利」は衰退していく。
この構造は、現在日本のあらゆる場所で表出していないだろうか?

保育園では子供の金切り声による騒音を避けるため、園児たちは二重サッシで仕切られた室内でこじんまりと遊ばされている。

海岸での花火は近隣住民迷惑になるので禁止

路上駐輪は景観が損なわれるので即撤去

風俗店は即摘発

こういった流れが進行しているのも、活動的主体となりやす子供や若年層が減少し、一方で客体となりやす高齢者が増えたのと無関係ではないだろう。

どんどんと窮屈になる日本他人の多少の迷惑を許容する代わりに、「する自由」に満ちた社会のほうがずっと心地よいと思うのだが。

2018-02-17

男前インテリア

インテリアを探していると、「男前」というキーワードが目に入るようになった。

何かと思って調べたら、お部屋自慢投稿サイトから流行りだした言葉のようだ。

私が好きなジャンルはミッドセンチュリーインダストリアル系で、確かに男性的ではあるが、

検索結果によく出てくるのは、それとはかけ離れた細いワイヤー雑貨男前という売り文句なのだから参ってしまう。

改めて男前という言葉確認してみたい。

大辞林 第三版の解説

おとこまえ【男前

① 男としての容貌や姿。 「 -が上がる」

② 男らしい顔つきや態度。男振りのよいこと。

上記から男前インテリアとは、男性的で格好良く感じるインテリアのことと考えられる。

女に比べ男は、大きく直線的で、硬質である。多くの場合、女より喋らない。

現代では優男がちやほやされたり男のイメージも様々あるが、ひとまず、男性的な特徴が誇張されたもの男前と受け取ってもよさそうだ。




男前インテリア」と検索すると、続々出てくる貧相なお部屋たち。

ビーカンパニーニコアンドに毛が生えたような、カントリー系に近いものばかりだ。

ばかでかい英字ステンシルが恥ずかしくてたまらない。おしゃべりな英字は、男前と言えるのか。

か細い100均アイロン雑貨で、何がどう男前なのか。

木と鉄の素材なら、なんでも男前なのか。


男前インテリア」は、「細マッチョ」のような、イメージが噛み合わない気持ち悪さを感じる。

女性向けのメディアは時々信じられないくら阿呆造語を発信するし、これもそのマーケティングの一つかもしれない。

男前なら、もっと重厚感を出し、愛想振り撒かず静かにどんと佇んでいてほしいものだ。

2018-02-11

一生魔法使いでいる決意をした

自分世間で言う魔法使いまり恋人いない歴=年齢ってやつで、もちろん性交渉したこともない。ごくごく普通の家庭に生まれてごくごく普通に生きてきたけれど、その機会だけには恵まれずとっくに30は過ぎた。

そんな自分が、たまたまネットで知り合った人と会うことになった。相手から会いたいと言ってくれた。サッカーが好きな自分相手サッカーに興味を持ってくれたことが嬉しかった。

魔法使いではあるけれど、異性に対して特に苦手意識はない。週に3回しているフットサルではmix活動しているし、異性とのぶつかり合いやら触れ合いやらは日常茶飯事だ。会話だって男女いる職場から話せないということはまったくない。だから、会ってすぐは問題なく楽しく過ごせた。普通にカフェコーヒーを飲み、ネットの中と同じように会話をした。

違和感を覚えたのはこの後からだ。行き先の関係バスを待っていると、相手自分距離がやたら近い。手がぶつかってしまって、ごめん、と謝った程だった。

それがぶつかったのではないと気付いたのはバスに乗ってからだった。

隣同士で座ったのだが、満席でもないのにかなり詰め寄ってくる。しかもどんどんと近くなる。ふと気がつくと相手自分の手を這った。しばらく放置してると案の定手を握ってきた。わざわざ携帯を持っていた自分の手を無理やりほどいてまでだった。

恥ずかしい話、硬直してしまった。さっきまで親しげに会話ができていたのに、急になにがなんだかわからなくなった。もしかしてスリを狙われているのではと勘ぐり、手を払って携帯を握りなおした。すると今度は逆の手を握りしめてきた。近いと文句を言っても手を払っても無駄だった。仕方ないので目的地にたどり着くまでのバスの間は放置した。

目的地についたらついたですぐまた手や腕や肩を求めた。もちろん拒否して距離をとった。叫ばれたりしても迷惑なのでただひたすらに和やかに距離をとった。

目的が終わって帰りのバスが一番ひどかった。眠いと言って肩にもたれ、しきりに手を這っては自分の手を握りしめてくる。キスを求めてきてるのも明らかだったけれど、懸命に押し返して距離をとった。けれど懲りずにまたしてくるの繰り返しだった。早く駅についてくれと何度も思った。

ようやく駅について、相手が年下だったからということも合って早々に駅から相手の家までのバスに無理やり押し込んだ。おなかすいたやらまだ帰りたくないやらついて行きたいやらなにやら言っていたけれど無視した。

一人になったあとは、あまりの気疲れに頭が痛くなった。

目的のことはもちろんほぼ記憶にない。

これは異性嫌悪なのか経験のなさからの戸惑いからなのかわからない。

けれど、もう駄目だと思った。今後こんなことは誰でも無理だ、と。そして頭の中でみんなこんなことしてるんだなとぼんやり思った。

とにかく出会い目的って都市伝説でなかったんだな。ヤリたいならむしろヤリたいと言ってくれ。自分には相手は無理だけれど誰か紹介くらいはするから

この件を経て、ようやく一生魔法使いでいる決意をした

※追記

妖精魔法使いしました

2018-02-05

仲のいいフォロワーが私の布教ジャンル変えしたけど全然嬉しくない

好きな作家さんが王道へ流れてしまい複雑な感情を抱いてる方の日記を読んだ。

わかる。その気持ちとてもわかる。私も少し違うけれど同じようなことがあった。

私にはあるジャンルで知り合ったとても仲の良いフォロワーがいる。仮にAとする。

もうリアルでの友人よりも仲が良い気がするし親友といっても過言ではないくらいだ。

お互いの家は泊まったり遠征があれば同じホテルに泊まって過ごしたりと友達以上のような関係だ。

ある日Aが自宅へ泊まりに来た。

もちろん私は大歓迎で、泊まっている間はほぼ離れることなく過ごし、このチャンスを逃してはいけないと私の好きな作品プレゼンした。

この時の私は、その作品をAが好きになってくれたら話し相手が増えるな、そうなったらいいなと思っていた。

メインに支障のない程度に好きになってくれればいい、たまに話し相手になってくれるぐらいになってくれればなと。

私のプレゼン甲斐ありAは見事にその作品を好きになってくれた。それはもう私の想像以上に。

私の家から帰る際にAにその作品をいくつか貸し、布教大成功したのだ。

しばらくはAと話す際に、私の持つ情報やその作品について語ったりなどしていたのだが、ついにAは二次創作を始めた。

そのとき私は嬉しさと同時に(あぁ、しまった)と思ったのだった。

もちろん私はその作品が好きだ。

二次創作だって検索したことはあるし、シリーズものから今までのものは全部集めてる。

新作が出るなら予約して購入するくらい好きだ。

Aは二次創作を始めてからどんどんとその輪を広げて行き、その作品で知り合った他のフォロワーとも仲良くするようになった。

もちろんここで私はそれを喜ぶべきなのだろうが、全く喜ぶことはできなかった。

私だけが置いて行かれているような感覚嫉妬のようなものを感じた。

Twitterつぶやく内容もその作品について、らくがき!と言ってあげるイラストもその作品

もう私たちが知り合ったジャンルの話は全くない。

Aとっくにその作品ジャンル替えしていたのだ。

私とAはよくスカイプで話していた。休日の夜などほぼだ。

しかフォロワージャンル替えでその作品で知り合った新しいフォロワーと話すようになった。

今日話せる?」

「ごめん今日は○○さんと話すの…」

もちろん前々から予定を聞かなかった私が悪い。

そんなことはわかってる。でも前まではずっと話していたんだよ。

土曜の夜は私と話すのが慣例化していたのに。悲しかった。

ジャンルの切れ目は縁の切れ目ってこういうことかと泣いた。

私はAが絵を描けばいいねをつけてリツイートしたし、リプでコメントも送った。

そのジャンルについてAが語れば欠かさずいいねを送り空リプ同意ツイートリツイートした。

スカイプ中もずっと褒めたり感想を言ったりしていた。

なのにAはジャンルを変えた。きっとそういうものなんだろうね。

いいねコメントを送り続けていてもジャンルを変える人は変えるんだよ。

ジャンルを変えてから私は新しいフォロワーが憎くて憎くて仕方なかった。

アカウント消せばいいのにとずっと思ってた。

実際今でも憎い。逆恨みとはわかってるけど。

Aが楽しそうに他のフォロワースカイプしながらマルチプレイしてる時は憎しみと悲しみで吐いた。

そのゲームシリーズ見るだけで憎くなってくる。

私と話してるときもそのゲームやってたけどスカイプ中全く話してくれなかったよね。

私は無と通話してるのかと思った。

何度、あの作品を貸す前に戻れたらなって思ったことだろう。

だってジャンル変わったのは私が貸した作品きっかけなんだよ。

私が貸さなかったら少なくともあの作品へのジャンル変えはなかった。

この苦しみは過去の私が原因の苦しみで、何度も何度も後悔した。

はぁ〜〜ままならない。本当にままならない。

今日もAは最近でたあのゲームマルチプレイを私以外の人とするのだろう。

私のフォロワーを返せよ。過去自分に向かってそう言い続けている。

2018-02-02

メール返信までに求められる時間が短くなっている

昔は一週間後などにメール返信していたのに、どんどんと返信に求められる時間が短くなり、現在24時間以内がギリギリだ。

もっとスローにいこうよ

2018-02-01

anond:20180131210447

再就職先決まってるからやったんじゃないの?

やめてどうするか決まった後ならもう取れるものどんどんとったらいいって感じだしね。

サビ残積み重ねてたら数百万単位でかね取れるから計算上は。

時間残業×時間2000円かける年200日で160万行ける。

ただし、証拠がいる。

2018-01-31

デレマスをやめた

アイドルマスター シンデレラガールズ

100人以上の女の子たちがいるわけで。

キャラかぶらないためにそれぞれに、

強烈な「個性」を持たされてこの世に生まれ女の子たち。

その「個性」は要するに女の子たちの「コンプレックス」だった。

胸に密かに抱えた「コンプレックス」にこそ、

プロデューサー光明を見いだしてくれて。

その個性は悪いことじゃない。むしろ武器になる。輝きになる。

そういう言葉コンプレックスを救ってくれる物語

ましてプレイヤーオタクだ。

多かれ少なかれ、コンプレックスを抱いている。

心に傷を持っている。

からコンプレックスを抱える女の子を導き、

その個性を認め、伸ばし、愛することは、

自分自身を救うことに他ならなかった。

でも。

気づけば女の子たちは、瞬く間に成長していく。

アイドルとして輝き出す。

それはもちろん、プロデューサーの、アイドルの望んだこと。

でも、成長するにつれて、

彼女たちは最初に持っていた個性を少しずつ失い、

普通女の子」になっていく。

コンプレックスを克服することが成長として描かれ、

できなかったことができるようになることを幸せとして描かれ、

どんどんと普通かわいい女の子になっていく。

プレイヤーを置いて。

おかしい。

この世界は、個性を認めてくれる世界ではなかったのか。

個性を克服するのではなく、個性武器にすることで、

苦しみから救ってくれる物語ではなかったのか。

彼女たちに重ねた自分の心の傷は、癒えることはない。

コンプレックスは克服しないと、

シンデレラにはなれないのだという残酷事実けが

現実世界自分自身に降りかかってくる。

これは地獄だ。

なにより、自分に降りかかる火の粉より、

女の子たちに申し訳が立たなかった。

プロデューサー仕事は、個性を殺すことだったのだろうか。

成長し夢に向かうことは、個性を殺すことだったのだろうか。

個性を認められて、救われた、あの頃の女の子申し訳が立たない。

ごめんね。ごめんねと言いながら、私はデレステをやめた。

きっと、私がいない方が、彼女たちは幸せになれるから

40過ぎのおっさんだが昨晩お風呂で死にかけた

こんな話増田じゃなきゃできないけど大事なことだから聞いて欲しい。

昨日は昼間のストレスがたたって少しお酒が多く入っていたのは事実だ。

さらにそのストレスを解消しようと、スマホゲームを持ち込んで長湯したのも良くなかった。

長湯に慣れていなかったのでいつもどおり立ち上がると急な立ちくらみに襲われた。

やばいとおもいすぐにしゃがみこんだので転んで頭を打つようなことはなかった。

ここまでは良かった。

少し落ち着いたと同時に突然の尿意に襲われたのだ。

普段風呂で用など足すことはないのだが、お酒もあったせいで再び立ち上がると用を足し始めた。

からこんな話でごめん。

でも、やばかったのはその後だ。

再び強い立ちくらみに襲われて、今度は全く立ってられなくなってしまったのだ。

から崩れるようにしゃがみ込むと、今度は耳がどんどんと遠くなっていく。

すでに時間は0時を過ぎ、家族はみんな寝静まっている。

助けを呼ぼうとドアに手をかけたところで気を失って、次に気づいたとき10分ほど経過した後だった。

横では尿を流すために出していたシャワーが流れっぱなしだった。

もし助けを呼ぼうとドアを開けていたら、体温が下がってやばかったかもしれない。

脳卒中危険だって十分にある。

何より転んで頭を打っていたらそれこそどうなっていたかからない。

何が言いたいかと言うと、放尿は場合によっては極端に血圧を下げる危険性があるかもしれないということだ。

尿を押し出そうとするとき、明らかに下腹部に血流が集中していくのがわかった。

用を足したときに全身がぶるりと震える理由は実のところ解明されていないらしい。

思うに、尿から熱量が逃げるからではなく、放尿のために全身の血圧が下がって寒気と感じるからではないだろうか。

そういえばひどい風邪ときも、一度トイレで倒れたことがある。

しかしたら似たような状況だったのかもしれない。

いずれにせよ湯船からでた直後の放尿は危険だ。

風呂で命を落とした人の中で、実は放尿が原因だった人は意外と多いのではないだろうか。

実を言うと、自分は体にも気を使っている方で、運動もかかさずに行っている。

体重筋肉量も30代前半のそれと同じだし、髪もふさふさだから大半の場合は年齢よりも若く見られる。

まり若さには人より自信があったのだ。

それだけに、まさかこんな身近に死ぬかもしれない危険性があるだなんて思ってもなくてただただ恐怖だった。

まだまだ寒い日が続くので気をつけて欲しい。

2018-01-30

anond:20180130123047

は?

バカなの?

井納の嫁の写真どんと晒した上で

「こいつブス」

っつったらそりゃ訴えられるだろ。なんなんだこの手の無法を自由と思い込めるメンタル

じゃあ俺も匿名からいっちゃおっかな。

(※以下追記により削除)

2018-01-22

Twitterでの知り合いがミサンドリストになって帰って来た

Twitterでしばらく見かけなかったfollowerが浮上してきた。去年の10月前後の事だ。

その人とは以前百合アニメに関して波長が合っていたのでよくやり取りをしていた。その人が帰ってきたのは嬉しく感じた。

が、様子が少しおかしい。どうやらtogetterでよく見かけるような話題女性弁護士男性側の立場に立って見解を表明しているのに強く腹を立てている様子だった。

その人は必死になって弁護士反論リプライを送っていたけども、相手にされる訳もなく自分の無力さを深く嘆いていた。

そこからどんどんと思想過激化して行く。元々アルファツイッターユーザーのように周りから反響のあるタイプの人でもない普通の人が発信力を求めようとするとどうなるか? そう、発信力のあるラディカルフミニストやミサンドリストに擦り寄って行ったのである

「人を嫌うのは一人で嫌え」というのが心に刻みたい言葉だったそうだがそんな言葉とは裏腹にラディカルフミニストの過激意見バンバンRTして男性保守現代社会、とにかくあらゆるものを叩き始めた。アニメの話は殆どしなくなった。

何より悲しかったのはこのアニメに関する話で雑な見解披露し始めた事だ。例えば今期から始まった女子高生南極に行くアニメを取り上げた感想

女子高生テンプレ日常なんていらないから早く南極ロマンを取り上げて欲しい」

というものだった。嗚呼なんという雑な見解なんだろうか。かつてのアニメに対する向き合い方や感情を汲み取った深い考察を見せた姿はもはやそこには無かった。そこからはもう完全にただのミサンドリストとしての観察対象だった。女性は365日24時間男性からの悪意に晒されているらしい。それが彼女の口癖だった。

とは言えfollowerの事を悪く言いたく無かった俺は彼女の事をフェミニスト定義して呼んでいた。もしかしたらフェミニストの人はこう考えているかも知らないという思考を語ってみた。俺はフェミニスト気持ち理解しきれてないからそれでどうにか理解してみようと努力した。

ところがそれが彼女逆鱗に触れる。どうやら俺がフェミニストに対して雑なレッテル貼りをしあまつさえ同性のやらかし(センター試験に行く女子高生痴漢してもやりたい放題できるみたいなツイートが広まった事。自分のTLにそんなのが流れてこなかったので気付かなかった)に対して反省の意を述べない姿勢が気に入らなかったようだ。こうして俺はブロックされてしまった。

以下の事から分かるのは、人の事を理解しようとして思考実験をしても雑な見識を披露してしまうのでは意味が無いという事だ。触れるのならばちゃんとその辺を考えるべきだった。これは俺の反省点だ。

それとは別に思ったのは思想イデオロギーに染まりきる事に対しての恐ろしさだ。かつての知り合いだったfollowerがミサンドリストネトウヨ転向して行っているのを見ると、再会した友人が宗教にハマってて勧誘された事を思い出す。気持ちとしてはそれに近いものがあった。

とは言え、俺一人がこう嘆いた所で相手に届く事は難しいだろうし今回のようにブロックされてしまえばそれで終了してしまうだろう。その点では自分人の力では何もできないと嘆いていた彼女同類なのだ

そしてそれはまた自分がこのようなイデオロギーに染まる可能性があるという警告なのかもしれない。いや、もしかしたら既にそうなっているのかも……

2018-01-18

ベンチャー幹部から転職記録⑬ 二次面接が通らない

転職活動を初めて早3ヶ月。

これまでの数字は以下の通り。

エントリー 90

書類通過 19(21.1%)

一次面接通過 6/15(40.0%)

二次面接通過 1/4(25.0%)※2社は辞退した

最終面接通過 0/0 ※1社は辞退した


書類通過が20%、一次面接通過が40%というのはエージェントに言われた数字の通り。

ただ、二次面接通過は60%くらいのはずなんだけど、25%・・・

きびしい・・・

3月退職と、現職には言ってしまっているので、退路はない。

どんどんとデッドラインが近づいてくる。

聞けば4月入社求人ピークは1月2月らしい。

ここ1ヶ月が勝負

だが、先日も志望度の高いポジション見送りを食らってしまった。

本当にきびしい。

いろいろな求人を見ていると、現職は求人票上はそこまで悪くないということがわかってきた。

ただ、求人票に載らない、将来性などなどが、転職理由

ゆでガエルになるのを避けるため、居心地がいいぬるま湯から飛び出そうとしている。

辛いのは当たり前。

リスクがあるのも当たり前。

このチャレンジを、必ずモノにする。

強い気持ちで。

2018-01-16

新たな文章練習法について

 文章サボり過ぎている。頑張ろう。

 文章トレーニングのための新機軸練習方法を思いついた。まだ思いつきの域を出ていないとは思うが、それはどんなものかと言えば思いついた単語を片っ端から書くというものである。あるいは頭文字共通している単語を書きまくるというものである赤ちゃんあんこアンダンテアスキー、とかみたいにね。つまりそうやって適当単語を書きまくっている内に――つまり無秩序単語を書きまくっている内に――秩序のある文章を書きたいという純粋欲求が生まれてくることを狙った文章練習法なのである。訳分からんことを敢えて書きまくっていると勝手に訳の分かることを人間は書きたくなるのではないかと俺は思っているのである。どこかの作家が言っていたが「誰にでもできることから始めることで、より高度な行為可能になる」ということなのだ。思いついた単語を書き並べることは(殆ど)誰にだってできることである。だから、まずは誰にでもできることを行うのが肝要なのだ。俺はそう思う。


 例えば、今ここまで文章を書いたところで俺のモチベーションは随分と下がってきているのだけど、あんことかアンダンテとか有馬記念とかみたいな単語を並べることは当然できる。だからモチベーションアップを図ることができるのだ。多分。知らんけど。


 ここまで書いたところで更にモチベーションが低下してきた。それでもまだ例の文章練習法に頼る必要は無さそうである。このままとりあえず書き続けてみよう。それで、モチベーションが底をついたところで実際に例の文章練習法を試してみるのが良いかもしれない。とは言え一応文章を書き続けることが(今のところ)できているので、そう、今のところその文章練習法に頼る必要は無い。やったぜ。


 そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。独り言のように何とかなりそう何とかなりそうと呟ける内はまだ何とかなるのだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。「そろそろモチベーションが尽きかけてきた」→「何とかなる何とかなる」的な。しかし先程の論法に従って言い換えてみれば次のようになるのかもしれない。「同じことを繰り返し書くことは誰にでもできる。だから、そうやって誰にでもできることをやっている内に、再びモチベーションが生まれてくる」と。そういうことなのかもしれない。書くことに迷ったらあんことかアンダンテとかアルゼンチンとかそういうことを書かずに、今まで書いたことを書写していくのがいいのかもしれない。その方が文章推敲にも役立ちそうな気がする。今にして思えば。


 例えば、今からこの直前の段落を俺は複写しようと思う。「そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。」

 やはり同じことの繰り返しとは言え、何かを書いている分には脳の方でも「こいつ何か書いてんな」と反応している感がある。つまり、脳は割と鈍感なのかもしれない。同じことの繰り返しであれ複写であれ何であれ、ともかく何かを書いていれば「こいつ何か書いてんな」と脳は認識し、結果的に「何かを書く練習」になるのかもしれない。つまり文章技術一般を鍛えるための練習になるのかもしれない。人間の脳なんて基本的に騙し騙されなのだ適当文章を何度も何度も複写していれば、まるで新たな文章を五千文字書いているかのように脳は錯覚してくれるのだ。多分。知らんけど。実際知らんけど。そもそも練習になっとるのかどうか知らんけど。結局は脳の判断云々よりも人間が如何に新しいものを書こうとするかに文章価値根本存在しているのだとすれば、今俺が「脳は結構鈍感で勘違いする」とか言ってる傍からオリジナル文章を書きまくっているその意味もはっきりしてくるのかもしれない。しれない。よく分からないけど、多分そうなのかもしれない。

 というか今これだけ色々と文章を書けているのはひょっとしたら昼間に飲んだコーヒーに含まれカフェイン効能なのかもしれない。それだけのことなのかもしれない。しれない。よく分からない。でもそうかもしれない。何か結局同じことを繰り返し繰り返し書いてるだけにはなっていやしませんかね自分

 あいうえおあんこアンダンテ、秋、憧れ、有馬記念阿久津主税八段(将棋棋士)。


 以上の文章文字数は千八百文字程度である。こんなに書いたのに、普段目標としている千文字文章を二つ分弱書き終えた程度の文字数しか稼げていないことに愕然としている。やはり繰り返すしか無いのかもしれない。あるいはあ行の単語やか行の単語を並べていくしかないのかもしれない。


 ところで自分が何故このような文章練習法を思いついたかと言えば、それは安眠法の記事を読んだからなのだ。その安眠法は「連想式安眠法」と言って、先程述べていたような頭文字限定した単語を幾つも幾つも思い浮かぶ限りで頭の中で唱えていくという安眠法なのだが、これが中々人の脳の中にあるざわめきを抑える効果を持っているようで、つまりは実際安眠に役立つのである。で、俺もその安眠法のファンになってしまったのだが、しかし何度も何度も頭文字共通する単語を頭の中で唱え続けていると、今度は秩序だった文章を頭の中で唱えたい欲求が生まれてきたのである。この文章練習法は以上の体験を元に考案されている。どうだろう。結構この文章練習法良くないだろうか。実際相当文字数を稼げていると思うのだけど、でもやっぱりこれも昼間飲んだコーヒー純粋作用しているだけなのかもしれない。だってそんな簡単文章を大量に生産できるわけがないと思うのだ。今まで俺は文章をたくさん生み出すことが中々できないから焦ったり悩んだりしていたわけであって、それがこんな簡単方法によって改善するとしたらおかしいではないか、と心の一方では思っているのである。だから、どちらかと言えば自分自身の考案した練習法が功を奏したのではなく、昼間飲んだカフェイン所為と言ってしまう方が安心するのである。変な話だけど。

 基本的に俺という人間人生において空回りばかりをしており、自分の考案した方法が功を奏したことなど数える程も存在していないのだ。あるいは一つとして存在していないのだ、実数分からんけど俺本人の印象としては一つも存在していないと言いたいくらなのだ。だから、実際物事が功を奏したとはどうしても思いにくい、そう、「自分の手柄とは思いにくい症候群」が現れているのである。難儀なもんですね全く。ところでキーボードを叩き過ぎて段々指先が痛くなってきた。キーボードを叩くという実にヤワ運動が指先の神経を破壊したりするものなのかどうか俺には分からない。もしそんな事実存在するのであれば全国の小説家廃業しなければならなくなってしまう。だって彼らは日常的に三千文字とか四千文字文章を書きまくっているわけだから、つまりもしそんなペンだことかと同じキーボードだこ的な職業病存在するのだとすれば全国の作家及びキーボード日常的に使用する全ての職種の人々は皆等しく指先の神経破損症候群的な持病を抱えることになってしまうのであり、しかし世の中で生きていてもそんな持病の存在について耳にすることは殆ど無いことから、あるいはそんな持病は存在しないんじゃないかと思ったりもする。とは言え、俺のキーボードタイプする力は常人よりもやや強いのかもしれない。若干指先がひりひりし、指の第二関節が少しばかり痛む程度には俺のタイプチカラは強いのかもしれない。そもそも俺は小指を使わずタイピングを行う自己流の要矯正タイピング法に慣れ親しみすぎており、つまり他の人々よりも指の負担がやや多くなっている可能性があるのである。小指が本来受け取るはずであった負担を四本の指に分配してしまっている可能性があるのである。そう考えると俺だけがこの指先神経破損症候群的な症状に罹患してしまうとしても強ち想像力の枠外とは言いにくいのではなかろうか。


 こんなところでようやく文字数が三千文字を超えていった。とは言えまだ三千文字しか書いていないのかという感覚存在している。あるいは俺の考えた文章練習法のお陰ではなくカフェイン所為なのではないかという疑惑も依然として根強く存在し続けている。

 しかし今ふと思ったのだけれど、やはり効果的な練習法の条件の一つには、人間心理的ハードル技術的なハードルを落とすことが含まれるのかもしれない。あるいは技術的なハードル心理的ハードルを下げることを含む必要があるのかもしれない。だって幾ら効果的な練習法が存在したところで、それが技術ハードルおよび心理的ハードルをゴインゴインと引き上げてしまったら元の木阿弥で誰も挑戦しなくなってしまうことになるではないか。俺今正しいことを言ってる感覚がある。そう、「誰にでもできることから始めよう」作戦は実に正しいのである。例えば、カメラに習熟したいならシャッターを押しまくれば良い。シャッターを押すだけなら大概の人間にはできるからだ。バカチョンカメラとも言うではないか。誰でもちょんと押しさえすればカメラは大抵風景を切り取ってくれるものである。多分。もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれないけれど。

 ホラ見ろそんな注釈自分で付け始めることないのに自分からハードル高くしにいってんじゃねーかと思う。「もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれない」とか言い出しちゃうタイプ人間なのだ俺は。つまり自分心理的技術的なハードルをゴインゴインと上げてしまタイプ人間なのだ。俺は。そう考えるとやはり誰にでもできることをやることは、全くもって善なる練習法なのではないだろうか。だって俺がこういう性格しちゃってるもんだから、尚更その「バカチョンカメラ」式練習法が輝かしいものに感じられるのだ。つまり自分が書いた文章最初から書写したりとか、あるいは頭文字が「あ」で始まる単語を書きまくるとか、そういう「誰でもできること」がやっぱり大切なんではなかろうか。そんな気がどんどんとしてきた。ホラ、だって文章が目茶苦茶量産体制に入ってるのは、さっき自分心理的技術ハードルを落としたからではなかろうか? そう考える傍から「いやいやカフェイン所為でしょそれ」的な思念が浮かんできてしまうのだが、これは良くないことなのかもしれない。しれない。分からない。小麦粉か何かだ。古いねこのネタ。正直昔このネタ聞いてもあんまり面白いとは思わなかった。恐らくこのネタ楽しいと思うにはそれまでラーメンズが演じてきた演目に対する知識必要になるのではなかろうか。なかろうか。俺、さっきから「なかろうか」とか「かもしれない」的なことを書きまくってるけど、それは俺の中にある自分が書くものに対する不安の念の現れなのかもしれない。現れなのではなかろうか。しれない。かもしれない。分からない。小麦粉か何かだ。


 ようやく四千五百文字を超えた。というか文章を書き始めてからこの辺りで既に四十分近くの時間が経過している。あっという間だ。今俺はライティングハイ的な状態になっているのだ。それがカフェイン所為なのか、あるいは俺の編み出した練習法により心理的技術的なハードルが下がった所為なのかは分からないが(その真偽は恐らく明日以降カフェイン摂取しない自分が自ずから証明してくれるであろう)、いや分からんね。そもそも自分が何を書こうとしてるのか分からんから必然的に「分からん」とか「知らない」とか「小麦粉か何かだ」的な記述が増えてきてしまうのです。


 ところでアレですよ、最近「なろう小説」というもの流行ってますよね。流行ってるんです。ええ。流行ってますとも。多分。知らんけど。

 この「なろう小説」の特徴としては、大体物語の冒頭で主人公が死んで転生するところから始まる。そして転生後の世界主人公稀有な才能を持った偉人として君臨することになる。そういう筋書きが殆どなのだ。この呼称はどのように生まれたかと言えば(アノニマスダイアリーに生息する御仁達には説明不要かもしれないが)この小説ジャンルは「小説家になろう」という小説系の投稿サイトで幅を利かせたジャンルなので、「なろう系小説」とか「なろう小説」といった呼称をされているのだ。説明すればするほど醜悪まりない作法によって書かれた小説ジャンルだと思うが、中には面白い作品もあって、個人的には「異世界料理道」なるタイトル作品推しておきたい。これはもう既に商業デビューを果たした作品であり、商業デビューするだけのことはあって世界観の組み立てやストーリーテリングが非常に上手い小説なのだ。二百話近くあるエピソードの半分以上を読んでしまったくらいだ。

 で、俺が言いたいのはそういう稀有面白さを持った小説に対する賛辞ではなくて、その「なろう系小説」を書いている人間文章生産能力に対する賛辞なのだ。俺はプロになる為には一日最低三千文字から四千文字文章生産する能力を持たなければならないと思っているが、いわゆる「なろう系」の小説を書く人間の中には一日に一万文字とか二万文字を平気で書き上げる人間ゴロゴロしていると言うのだから驚きである。一日二万文字と言えば、速筆で知られたか西尾維新氏が、それくらいの文章生産能力の持ち主だったかもしれない。しかし俺だってカフェインブースト心理的技術ハードルを下げる効果的な練習法さえあればそれぐらいの量の文章を書くことなんてお茶の子さいさいだぜと言いたくなってくる。実際そろそろ五千文字突破して六千文字に迫るか追い抜くかをしているところだと思うが、あ、そろそろキツくなってきたかもしれない。いやしかし「キツい」キツいと繰り返している内はまだ大丈夫だと先程言ったばかりである。これもまた繰り返している。繰り返し。繰り返し、リピートリピート。繰り返すことが人間心理的ハードル技術的なハードルを下げ、人間効果的な文章トレーニング提供することになるのだ。多分。でも一応今日はこの辺にしておこう。

2018-01-13

PCを眺めて黙々と仕事をしていると

暗澹たる気持ちになってくる。

自分仕事ができない、とか、他人迷惑をかけている、と言った思考が止まらなくなり、どんどんと気持ちが落ち込んでくる。

どうやったら、直せるんだろう。。

2018-01-11

参考になるかわからないが

https://anond.hatelabo.jp/20180110201536

1年ほど前、バツイチ40過ぎの自分彼女10年近くいない状態だった。

今まで女性と付き合ったのは2回ほどで、サークルの中で自然にひっついた的な付き合い方だったので、社会にでて出会いが少なくなった状態でどうやって彼女を作るのか皆目見当もつかないという状態だった。

ある時、取引先でちょっと気になる女性が出来た。

まず惹かれたのは彼女能力だったのだが、打ち合わせで話をする度に「あれ、この人の雰囲気なんか良いぞ」と思うようになってきた。

興味をそそられた僕はネットストーキングを開始した。

Twitterを遡りTwitterからInstagramを遡り、どうやら現在フリーらしいということとお酒結構好きなこと、若干シモネタなどもいける口っぽいこと、そして猫を飼っていることなどの情報収集した。

そんなある日の夕方、打ち合わせの後唐突に「よかったらこの後ご飯でも食べましょう」と誘われた。

正直、心の準備をしてからこちから飯にでも誘おうと思っていた頃で、願っても居ないチャンスだが少々その先を考えると不安であった。

なにせこちらは10年以上もご無沙汰で、そもそも以前交際した方々もダラッとした時間の中で仲良くなってきたような感じだったので、ご飯の先のステップアップとかノーアイデアノープラン

都市伝説のごとく飯を食ってその日に一発決めるのか?とか考えたが、飯からお酒を入れて「この後ホテルでもどう?」というような口先のテクニックはもちろん皆無である

では普通にお互いの資質を見極めて次のデートへつなげるか?となると仕事を口実に数回飯を重ね「じゃあ付き合いましょうか」みたいな流れに持っていくのか。

わぁ告白とかすんのかな、40すぎのおっさんが…。

色々考えたのだけれども、最終的にはまあ流れに身を任せるしか無いよねという事になった(年をとるとこの辺りがいい感じでどんとこいになる)。

というわけで飯を食べたのだけど、事前リサーチの通り彼女は酒が僕よりも強く、僕は一軒目のカレー屋でいい感じでベロベロ。

んで「せっかくなんで2軒目行きましょう!」となり、多分いわゆるいい雰囲気というものになった。

当然色恋の話になり「増田さんは気になる人いるんですか?」と聞かれて、ベロベロの僕は「ぶっちゃけ〇〇さんに興味があるんですよねぇ〜わははは」と言ったら「まあうれしい」みたいな好感触があり、その後話がエロい方向へ向かってポリネシアセックスをしてみたいみたいな話になり、んじゃぁしてみますか?しましょうしましょうみたいな感じで結局最終的に普通セックスをした。

で、その後付き合うことになってわかったのだけれども、実は彼女ネットストーカーで僕のTwitterブログをチェックしていたということであった。

笑いながら「実は私増田さんのブコメも読んでますよ」って言われたそんな僕の新曲です、聞いて下さい。

『僕の彼女はてな女子

2018-01-09

電子書籍を読めない病なんだがどうしよう

これからどんどんと電子書籍の世の中になるのにコレじゃやばくない?

しか電子書籍じゃ全然本を読もうって気にならないんだからしょうがない。

一体何が作用して電子書籍を拒んでいるのかわからんが、とにかく紙で読んでる方が楽しい

頑なに新しいものを拒み続ける老害馬鹿にしていたが、これってもしかしてしかするぞ。

2017-12-29

はあちゅうさんとヨッピーさんは、まず、だまれ(ばよかったのになぁ

言わずと知れたこの件。

https://www.buzzfeed.com/jp/takumiharimaya/hachu-metoo?utm_term=.mnWjGlvXk#.ibkRwGQev

 

論点は「セクハラを伴う”パワハラ告発する”」

今回の論点は、

 

セクハラを伴う”パワハラ告発する”」

 

である。パワーを使ってセクハラをする、あるいは、パワハラ手段の一つとしてセクハラを使う、というもの告発しているのである

パワハラセクハラが絡み合い、その根元はパワハラであるというものについての告発である

これに対して過去童貞いじり発言には、パワハラがほぼ存在しない。(中にはちょっとした名のある人の全体に向けた発言勝手にパワーを感じ取ってしまう人たちもいるため、「ほぼ」とした。)

この童貞いじりに突っ込んでいる奴らは、一言で言って

 

「筋が悪い。」

 

この筋の悪い批判は、論点関係ない部分をあげつらって攻撃しているだけであり、過去に実際に童貞いじりがあろうとそれがセクハラであろうと論点関係がない。

論点関係ないのに、論点に絡めた文脈での「童貞いじりセクハラ批判」は、完全に別件であり、誹謗中傷となり、下手すると「ただの人格否定」まで落ちてしまう。

童貞いじりがセクハラかどうかは、「セクハラを伴う”パワハラ告発”」が落ち着いた後にカウンターとして別で行うべきなのである

 

こういった批判は、時間が経てば自然といつものはあちゅうさんが嫌いだから、ことあるごとにdisっている人たち」にまとめ上げられて過疎化するはずだったのだ。

過疎化していくにつれ、まじめに#metooについてやセクハラを伴うパワハラについての議論が活発になったはずだった。

 

また、きちんと考えてから投稿する人間の中には、平日暇ではない人も多い。

土日にいろいろ考えを投稿しようと考えていた人たちが見る見るうちに話が変わっていって「あーあ。」となってしまったケースも多いだろう。

 

では、はあちゅうさんとヨッピーさんはどうすればよかったのか

じっとしていればよかった。 

まりはあちゅうさんとヨッピーさんがすべきだったのは

 

「2週間黙る」

 

ということだけだったのだ。

それができずに、はあちゅうさんからヨッピーさんまで釣れてしまったために、論点の中心から離されてしまった#metooBuzzFeedもいい迷惑である

 

そもそもはあちゅうさんの目的は#metooの後押しなどではない

そもそも、今回の件、まず勘違いしている人も多いし、もしかしたら本人も思い込んでいるのかもしれないが、

はあちゅうさんのやりたかたことは、本当は#metooを後押しするであるとか、社会的意義を感じて立ち上がるなんてものでは全然なかったはずだ。

彼女を突き動かしたのは、

 

「あの岸ってクズやろーに一発かましてやらなきゃ、もう、ほんとどうにも気が済まねぇ!」

 

という一言に尽きるのだろうと思っている。

言ってみればいじめられっ子が、8年越しでいじめっ子に強烈な一撃でぶちかましてやっただけなのだ

 

岸さんの横暴さ、でも確かに仕事はできる理不尽さ、

当時の辛かった記憶、傷つけられた記憶

学生時代自分はやられるタイプではないと思っていたのに自分はいじめられたんだというやるせない気持ち

少し離れればただのクズ行為をするおっさんだという事実、そんなもんに当時傷つけられた自分若さバカさ、

今の自分ならあんおっさんやり返してやれる力を持ったのにという自信、

そんなやつに当時ただ従って人を差し出したんだという強い後悔、申し訳なさ、

ただ従ってただ傷ついた自分純粋さ、やっぱりバカさ。

 

こんな気持ち普段見えない奥底に渦巻いていて、ふとした時に、やっぱり自分は傷つけられたんだという事実が心に影を落としてふと苦しくなっていたのだと思う。

同時に、まあ、別に今はもういいんだけど。とも。

しかしこういった気持ちは、消え去るものではなく何かの弾みで顔を出し、膨らんだりしぼんだりするものである。それは、その人の名前を見たり聞いたりしたときフラッシュバックする。

 

そんななか、岸さんは4月についに電通から出資を受け自分会社を立ち上げ、あげく本も出して世間に注目されてと、自分無視できない場所にどんどんと顔を出してきた。

あんな奴がいまだにチヤホヤされて評価されている理不尽さ、ますます調子に乗りっぷり、…もう、耐えられるわけがない。

証拠は残っている。自らの発信力はある。世間に広めるのに筋のいい媒体も協力してくれる。

そんなところに、#metooの風がキター

 

 

まさに、「刻キタル」である

 

 

まりはあちゅうさんの中で、仕返しをするのにメリットデメリットを天秤にかけた結果、ついに圧倒的にメリットの方が上回ったから実行したというだけの話なのだ

ってか、考えたらデメリット全然なくね?って思ったはずだ。

 

岸さんとは近い業界にいるとはいえ、仕事方向性は全く違うから手を回されたとしても大きな影響はない。むしろ自分はこういったネット上の流れに乗って自分の道を切り開いてきた自負も実績もある。

 

対して、岸さんはもともと電通クリエイティブ個人名前を売っていたとはいえ、所詮狭い業界内で巨大企業庇護恩恵を受けて活動していた中、

ついに独立して本当の意味個人名前勝負しなければならない非常に大事な時なのである

その流れで本も出している。

また、一部上場企業である電通出資も受け、社会的信用が死活問題となった時でもある。結果からもわかるとおり、こういったスキャンダルは致命傷となる。

 

通常、こういった仕返しを一発やってやった場合、正面から暴力を使った場合は、心情的には同情され社会的には許されつつ制度上の違反については(酌量される部分もありつつ)淡々処罰下り淡々と受け入れたりする。

代表例として忠臣蔵とか。

他の手段をとる場合は、誰がやったかからない方法を取るなどやや陰湿的な方法になるため、世の中にあいつが勝ったんだということを見せつけることが難しくなる。

代表例は、なんだろう、まとめサイトの「スカッと」タグあたりでも漁ってみてください。

どちらにしても「完全勝利」はつかみにくい。

 

そんな中、今回は、目的も支持されるものである上に手段も正当であり、めったにない完全勝利が見込めるチャンスがやってきたのである

やらない手はない。

その仕返しの中心的役割を担う媒体として#metooBuzzFeedを利用しただけである

これはこれで全く問題ないし、むしろ#metooはこれを社会的サポートする機能となるだろう。いじめをした人は正直どっかでやり返されるべきなのだ

BuzzFeedにはそれを周知する媒体になれるという社会的意義もあった。

 

なお、追随している人で相手名前を出さない人もいるが、#metoo相手名前を出して実行した時に、よりあなたを守る効果が発揮されるということは頭の片隅に置いておいて欲しい。

 

はあちゅうさんと岸さんの対応の差

最初はあちゅうさんがこの件に関してはもう取材は受けないという宣言をされた時、「すごい!やり遂げるんだな!」とカタルシスに似たものを感じたものだった。

しかしその後の、余計なことからから何まで発言しまくりの現状を見ると、たぶん上記のことは肌で感じてスタートを切っただけで、やった後の自分の動き方の想定まではあんまりしていなかったんだなーと残念に思った。

やはりどこまでいっても、本質自分かわいい女子大生ちゃん止まりなのだなと。

https://lineblog.me/ha_chu/archives/67293039.html

 

それに対して岸さんという人は、さすがメディアの頂点の会社第一線でやってきただけあって、撤退の仕方が完璧である。徹底的に完全撤退。その後完全沈黙。兵法

1.まず、勝ち目のない内容と認識するや、発表前に個別謝罪

https://www.buzzfeed.com/jp/takumiharimaya/hachu-metoo?utm_term=.mnWjGlvXk#.ibkRwGQev

 

2.つぎに、発表されるとともに即謝罪

それも改ざんの恐れがなく、最後まで通しで自分の主張を読んでもらえる自コンテンツのみで謝罪

岸さん側の感覚に立ってあえて改ざんといっているが、謝罪メール取材相手BuzzFeedに送るとしたらどうなるか。

行間たっぷりはあちゅうさんやBuzzFeed見解差しまれながら発表され、読者が読みながら大きく印象の誘導をされる恐れがあるのだ。

エビデンスのある部分、のちのちバレそうな部分は完全に謝罪し、ファジーでエビデンスが出なそうなところは否定してしっかり楔を打っている。(登壇をやめさせるように相談した経緯については、ついバレないだろうという希望的観測が出てしまったのだろうか。もう電通庇護にないことを忘れてしまっていたのかもしれない。)

https://note.mu/kishiyuki/n/n363633a5776e

 

3.それでも沈静化の目がないと感じるや、代表取締役を即辞任。

http://tkkt.jp/

(2017/12/29現在:今見たら会社ページが「2017年12月18日 代表取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」だけになってる!まじか!まっさらに完全撤退最初はまだ通常のいろんな会社情報が載ったままだったんだよ。)

 

 

いじめられっこの復讐の鉄則は「不意をついてピンポイント大将に大ダメージを与え、ヒット・アンド・アウェーである

後は黙して世間評価を任せるのである

 

社会人としての戦い方で、せっかく大きな勝利を収めたのに、自らの自意識から、小さいながらもまたしても1つ負けがついてしまったのだ。

今回は力を持っているはずの自分が、自らの下手クソさで起こした敗戦である

せっかく、消えはしないまでも大きな傷はスカッと仕返しして返せたのに、完全勝利で終われるはずだったのに。

はあちゅうさんの心の中に小さいシミとしてまたしても残ってしまわないだろうか。

 

ヨッピーさんの動き

最悪なのはヨッピーさんである私怨復讐を成し遂げた直後の「友達」が語る擁護言葉には百害あって一利なしだ。

まず、内容云々ではなく、いくらもっともらしいことを言っていても「友達発言」以上には聞いてもらえない。

それが正しいものだとしても(実際、筋として間違った話はしていないしちゃんとしたこと言ってるんじゃないかな)客観的に見ている人であればあるほど「友達発言」をそのままでは聞かないし、聞くと泥仕合に引き込まれる怖さがある。今回はPCデポのケースとは違うのである

鈴木一石原に一発入れたあとに、スンシンがのこのこ出てきて「俺があいつ(石原)は間違ったことをしたからやったほうがいいって言ってやったんだ。トレーニング付けたんだ。」って出てきたら、

 

「お前、、出てくんなや。。」

 

って残念な気持ちになるはずだ。

一通り落ち着いてから、「近くで見ていた人として…」と語りだすくらいがヨッピーさんにできる援護だったはずだ。

インターネット時間の速さの中で生きてきた人たちにとって、数週間黙るという行為こちらが思っている以上に難しい、というか想像範囲外の行為なのかなという感想を持った。

 

 

なお、ここから先は(いや、ずっとそうなんだけど)個人的意見から今後も好きなように続けていただければいいのだが、ヨッピーさんには基本的オモシロ下品(今はどちらかというとオモシロ無礼かな)の世界で生きていてもらいたいのだ。もともと俺パンからのゴブ僕つながりでオモコロへと続いて読んでいった自分にとって、オモコロに書き始めた頃からヨッピーさんの記事面白くて好きなのだが、自サイト等で長文で主義主張をするバージョンヨッピーさんは全然面白くないと思っている。これ以上はやりすぎであると思っていることや、やる必要がないと思っていること、あいつがおかしいだろうということなど、書いている内容のバランスも悪くないし、よく考えられているし、そうだよね。同意するよ。と。

 

「でも、そんなことは知ってるんです。」

 

ヨッピーさんがそんなこと考えているのは知っているのだ。ヨッピーさんの記事を読めば、いつも、伝わっているか、誇張していないか面白く作れているか、でもやりすぎていないか、人を傷つける笑いでないかというギリギリのところを自らに問い続けかつ読者にも問い、問いに回答があればそれを受け止めて、その視点を組み込んだり自分に問い直して組み込まなかったりしながらオモシロ下品(/無礼)な記事を作っていることは明らかだからだ。

長文で主張していることを考えていることなど、記事を読めばわかるのだ。だから完全に蛇足だと思うのだ。ヨッピーさんがTwitterセクハラ発言をする相手だってセクハラ発言に期待して絡みに来ている人たちなのは明らかなのだ

 

フミコフミオさんはTwitterになると途端につまらなくなるから読まないのと同じように、ヨッピーさんがブログに長文を書いても読まないようにするだけだから構わない。

これはこっちの問題であって、本人に顔出しで文章で考えを書いて公開して、それによっていろいろなフィードバックを受けるメリットを捨てさせることまではしてくれとは言えない。どちらかというと本人のためには続けた方がいいことだろうとは思うので続けていただければと思う。

いちいちスタンス説明されるのはこちらとしては面白くないが、やはりそこには、メディア世界で一人の人間として顔を出して立ったことがない者にはわからないレベルストレスプレッシャーがかかり、説明する必要が出てくるものなのだなと感じている。

 

矮小化された社会的意義

本来、今回のはあちゅうさんの告発は、スタート時点では非常に意義深く、社会に絶大なインパクトを与えうるはずのものだった。

なぜなら、 

 

高橋まつりさん、本当はこっちだろ?
業界、本当はこのこと気づいてただろ?

 

ということが言えるからだ。

高橋まつりさんがあのようなことになってしまった原因は、本当は「セクハラ(及び長時間労働)を伴う”パワハラ”」が原因だったはずだ。

 

原因を長時間労働に一本化され、1年かけて社会に対して働き方についての風向きを変えてきたが、それが大きくグルっと回って形を変えて返ってくるはずだったのだ。

 

実は人ひとり亡くなっていたのである

#metooは今とは比べ物にならない大きなムーブメントとなっていたはずだったのだ。

しかしたら周りで見ているだけしかできなかった人たちによる#hertooなども始まったかもしれない。(やり方については非常にセンシティブではあるが。。)

 

また、マスコミ業界広告業界、その中でも特に当事者電通は、傷の癒えないうちに二度目の爆弾を中心(今回は傍流ではないのだ!)に食らい、もしかしたら回復困難な処分が下される危険性すらあった。

二度目のダメージというものはでかい墓所も傷の癒えないうちにガンシップの弾を食らった際には大きなダメージを受けていたことはご存じだろう。

数十年ぶりに構造が激変する可能性すらあったのだ。

 

これが、はあちゅうさんが悪手に悪手を重ねたことによって問題が歪曲、矮小化され、あさっての方角で炎上し、その間に本丸の火がすっかり鎮火してしまい、おそらくあちらの防御態勢もすっかり整ってしまたことだろう。

会長に蟻んコ呼ばわりされても文句は言えない。

 

核弾頭で人を殴り、手が滑って足に落としているのを見せられた気分だ。

 

前述のように、はあちゅうさんは「あの岸ってクズやろーに一発かましてやらなきゃ、もう、ほんとどうにも気が済まねぇ!」という気持ちだけで動いているので、そこまでこちらの期待を負わされる謂われはないのだが、

自分のために#metooBuzzFeedを利用したのだから、そのくらい#metooBuzzFeedに見返りを与えてあげてもよかっただろうとは思う。つくづく惜しい。

 

ただ、黙っててくれさえすればよかっただけなのだ

 

童貞いじりについて

ちなみに、童貞いじりについて、セクハラかといえば、まあセクハラだろう。(個人的にはどうでもいいと思っているが。)

これについては「あなたパワハラセクハラを混ぜられて辛い思いをしたかもしれませんが、仮にセクハラ単体でもいやでしょう?童貞いじりもセクハラですよね?」

という突っ込みをしてやれば、少なから彼女ダメージを与えつつ、一部認めさせることもできたのではないだろうか。

 

そこを論点ずれた中で童貞いじり批判をしてしまったために、

いま彼女の中では「いつもの、話の通じない、頭のおかしい人たち、無視すべき存在、また人気があるから変なのに絡まれた」として十把一絡げにぽいっとされてしまっているのだ。

ここは良く考えずに脊髄反射してしまったあなたたちのミスですね。

 

 

 

なお、職場パワハラをしたことがある人間には、「次はお前の番だよ。」という言葉を送っておくので震えて眠ったらいいと思う。

2017-12-18

田舎回転寿司で川下に座ると、ジジババがオーダー品をどんどんとっていくので食べられないことがわかった

2017-12-10

日本も随分キャッシュレスが進んでいると思う

コンビニ交通機関iPhoneSuica利用。

居酒屋レストランスーパー、衣料購入もクレカ利用。

友人への支払いはLine Pay (現金支払のみの店舗では誰かが一人現金で払い、皆がそいつLine Payで払っている)

結構十分なくらいに進んでいると思う。

でもこう言うとはてなーLine payとか怖すぎ。個人情報ガーとかそんなことを言うに違いない。

そうやってLine payユーザが増えないことがキャッシュレス化が進まないことの一番の原因だ。

中国すげーとか言ってる暇あれば、まず日本でできるかぎりのキャッシュレス化を取り入れることが重要

個人レベルで浸透したら店舗もどんどんと対応していくだろう。

2017-12-07

求む:仕事職業自慢

転職サイトとか仕事のホンネみたいなポータルサイト? って基本闇属性じゃん。

俺が知りたい、読みたいのは光属性の「この仕事職業おすすめ!」みたいな話なんだ!

 

というわけで、みんな頼む。

 

追記

会社自慢でもどんとこい!

2017-12-06

好きな人が好きすぎてつらい

好きな人が好きすぎて辛い。本当に辛い。

好きな人がよく着ている服装と似た人を見るとつい目で追ってしまう。

好きな人の顔が写った写真を見るたび恥ずかしくなって動悸が止まらなくなって直視できなくなる。手や体が写っているだけの写真でも動悸やニヤけがまらなくなってしま多幸感に襲われる。

好きな人インターネットログ無限に見てしまう。スクショで保存して後から楽しんでしまう。スマホに保存された数百枚の好きな人関連のスクショを見返すたび、やってることがストーカーすぎないか、となり自己嫌悪に陥る。

好きな人と話した時のことを無限に思い返してメモ帳にその時のことを何千字もの文章にして書き残してしまう。それを何度も見返して幸せ気持ちになってしまう。

これっておかしいんでしょうか。好きな人と会うたび好きな気持ちが増していって自分感情がどんどんとおかしくなってることが分かるのに止められない。本当に困っている。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん