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2022-07-20

教養」とは何か

教養を身に付けられる本を教えて欲しい。

anond:20220720124155


この問いに答えるには先に「『教養』とは何か」ということをクリアにしないといけないと思うが、これを抽象的に論じ始めると喧々諤々の議論となって、増田の「本を教えて」という望みにたどり着かない。

ブクマトラバがもうそんな状態になりつつある)

しかし、日本の「教養人」と言われる人/自称している人たちの中で「教養」の範囲は割と共通していて、だいたい以下のラインナップに自分の専門や好みを付け加えたものになるのではないかと思う。

ほぼ全員が「教養」と認めるであろう分野

(1) キリスト教

 これはもう間違いない。およそ西洋で発展した学問は深掘りすればすぐにキリスト教にぶち当たる。

ただ日本キリスト教について知識を身に付けようとしてもなかなか良い本が無いのが現状。(その辺で売ってる入門書は表面をなぞってるものばっかりなので読んでも誤解して終わりだと思う)

個人的には内村鑑三の一連の著作から入るのが分かりやすくて良いと思うが、古くて読みづらいかも。田川建三から入るのも面白いかもしれないけどどうかなぁ。

なお、「教養人」といえど聖書は誰も通読していないので、上記の本で引用されたところを拾い読みしておけばよい。

(2) マルクス主義

 ひと昔前までマルクス主義はすべての学問を包括する「グランドセオリー」と言われていて、どんな問題でも切れる便利なナイフのように活躍していた。

その残滓が今でもあって、社会科学においては今でも学生が知らず知らずのうちにマル経用語を覚えさせられていたりする。

むかしは手に入りやすくてわかりやす入門書不破哲三のものしかなかったが、数年前のマルクスブームでたくさん良い本が出ており、個人的にはデヴィッド・ハーヴェイ入門書お勧めしたい。(ただ抵抗が無ければ不破哲三著作は今でも分かりやすくてよい)

みんなの憧れ『資本論』も上記入門書の傍らに置いてちびちび読んでみると良い。そこらの難解な哲学書に比べればぜんぜん読める。

だいたいの人が「教養」と認めるであろう分野

(1) 歴史

 マルクスをやればみんな歴史がやりたくなる。マルクス主義史観学校で習った日本史/世界史に当てはめて、その切れ味を試したくなるからだ。

好きな時代や分野をやれば良いと思うが、「教養人」はみんな網野善彦と遅塚忠躬の著作が大好き(偏見)なので、ぺらぺらめくっておくと良いだろう(マルクス主義史観の多少の解毒剤にもなる)。

ウォーラーステインも読みたくなるが、長すぎて誰も通読していないので、川北稔のアンチョコを読んで、読んだふりをしておくと良い。

なお、第二次世界大戦については最近川田稔昭和陸軍全史』という誰でも読めるすばらしい本が出たので、知ったかぶりができなくなった。

(2) 文学

 文学となると何を読むか、ということになるが、サマセット・モーム先生が『世界の十大小説』というすばらしいアンチョコを出しているのでまずはこれを読むと良い。

そこで採り上げられている小説のうち、『カラマーゾフの兄弟』と『戦争と平和』は「読まなければ人ではない」という風潮があるので、せめて読んだふりはできるように。キリスト教知識がここで生きてくる。

日本小説では、夏目漱石についての柄谷行人の論考を読んで、日本近代について一席ぶてるようにしておこう。

それと『失われた時を求めて』はとりあえず買って挫折するのが大事

(3) 哲学

 わが国では哲学について昔からデカンショデカンショ半年暮らす、あとの半年寝て暮らす」という有名な言葉があり、デカルトカントショーペンハウアーが昔の「教養人」の必須科目となっていたらしい。

ただショーペンハウアーがここに入っているのは少し不思議で、今ならニーチェが入るのではないかと思う。

どうせ正確な理解なんて無理なのだから適当アンチョコを読んで知ったかぶりができるようにしておくと良い。

なお、なんか知らんが日本人はヘーゲルが大好き(な割に誰も理解していない)なので、一応挨拶だけしておこう。

教養」として挙げる人が一定数いる分野

(1) 法律学

 「教養」として名前が挙がることが多い一方で、まともに条文を運用できる人がほとんどいない分野。

上述してきた分野と違って、本を読むだけではだめで、指導教官のもとで実際の事例にぶち当たってトレーニングを積まなければならないので難しいのだろう。

下手に基本書を読んでも本職に知ったかぶりをすぐ見抜かれるので、時折ネットで話題になる法律問題について法曹解説を読んで都度勉強すると良いだろう。

(2) 中国思想インド思想(仏教含む)

 ここまで挙げた学問はいずれも西洋で発展したものなので、「日本にはなんもねぇのか」という気分になってくる。

こうした「教養人」が抱えるコンプレックスについて内田樹が『日本辺境論』という本で書いているので、ちょろっと見ておくと良いだろう(Amazonで1円で売っている)。

ここらで本居宣長とか丸山真男とかを読み出す人も多いのだが、どうせ不毛作業になるので、視野を広げて中国思想インド思想辺りに目を向けるのが良い。

個人的には森三樹三郎の著作が分かりやすくて良い。

(3) 自然科学

 「教養人」というのは大概文系であり、自然科学についてはからっきしな奴が多い。

自然科学話題になると、トーマスクーン科学革命構造』をそれらしく引用して逃げ切りを図る人が多いのだが、本職に馬鹿を見抜かれるので素直に勉強しましょう。

ヨビノリをはじめとした学習コンテンツYouTubeに転がっているので、せめて高校数学物理ぐらいはやっておかないといけない。

人によっては「教養」として挙げる分野

(1) 詩

 上述してきたような分野をやっていると、唐突に詩が登場したりして困惑する場面が多々出てくる。

論理的(笑)な「教養人」の中にはこれを不得手として敬遠する人が多いのだが、どこかで対決しなければならない。

幸いなことに最近詩人渡邊十絲子という人が『今を生きるための現代詩』という詩についての分かりやすい概論を出したので、一読した上で適当な詩のアンソロジーでも買ってくれ。

(2) 映画

 なんか知らんが「教養人」は映画好きな人が多いので、ある程度は観ておかないといけない。

イギリスエンパイアという雑誌が「史上最高の映画500本」という特集をやっているので、上から適当に観ておけば良い。


 とりあえずこの辺を押さえておけば周囲からは「教養がある」という認定を受けるのではないかと思う。

ただ教養があったとしても「教養人」からマウントを取られる可能性が低くなるだけであり、「他人との会話が盛り上が」るなんてことはまず無いから気を付けて呉れ給へ。

2022-06-09

人間本質は愚性であるドストエフスキーはかくのたまう

 フョードル・ドストエフスキーは「愚かさ」を人間実体として見定めていたことに相違ない。


「理性」「理論」といったもの文明を成立させた所以であるとし、それらを人間本質として見る科学合理主義ヘーゲル弁証法に対するドストエフスキーの不信感は明白であるドストエフスキーからすれば、理論や理性は人間本質などでは決してなく、人間本質たる愚かさに対する偶発的な付属であるにすぎない。

 ことによれば「A=A」「A≠notA」レベルの単純な論理的判断すら、多くの人間には難しいと言える。日常生活においては「A≠A」ないし「A=notA」が往々にして罷り通る。同一率や矛盾率といった論理における大原則ですら日常生活においては無視され得ることから、ましてそれらを包摂する包括的論理体系が人間本質であろうはずがないのである。それらはむしろ人間生活からは遠く離れた場所にある。

 して、人間生活とは何か?

 それは愚かさである。非理性である。非論理である。理などというものをかつて人間生活の中心に据えたことなどあっただろうか。断じて無いのである

カラマーゾフの兄弟』において、主人公であるアリョーシャ・フョードロウィチ・カラマーゾフ東方正教を信奉する信者の一人であるけれども、彼はあくま生活レベルにおける宗教を信用しているに過ぎない。つまり、「神を信じた方が幸せになれる」からアリョーシャは神を信じているのである。仮に宗教信仰幸福をもたらさないとすれば、恐らくアリョーシャは東方正教そもそも信奉することなどなかったであろう。

 これは、ドストエフスキーの「人間は愚かである」という率直な表明である。つまり人間は――少なくとも、一般的人間は――神のごとき素朴な事柄以上のもの理解することなどできないとドストエフスキーは述べているのである現実を変革させ生活に変化をもたらすレベル科学理論を使いこなせる人間は一握りしかおらず、また、それらの理論本質は大多数の人間理解されることなどないのである。そうだとすれば、その他大多数の愚かな人間は「宗教でも信奉している方がよっぽど幸せになれるよ」とドストエフスキーは吐き捨てているのである


 人間の作り出した神を信じることが人間限界なのであり、それ以上の物質本質やこの世の理(ことわり)について理解することは明確に人間の手に余る、とドストエフスキーは吐き捨てている。

2022-01-23

anond:20220122010439

優生思想って、その思想隠れ蓑にした福祉予算削減目的だろ。

というコメントを見て。

それは確かにあるんだけど、その裏面の意味では、福祉国家ワイマールドイツでこそ優生学は発展したんですよね。

「みんなで支え合わなければならない」という前提があればこそ、優生学は受けた。

ナチス作成したポスターで、屈強なゲルマン人男性が2,3人の障害者を背負って苦しんでいる、という構図のものが、それをよく表していると思います

追記ブクマしてくれた人ありがとう

ほんと聞きかじりでね。

医療社会学?の人なのかな、(たぶんフーコー研究とかから入ってると思われる)市野川容孝先生がよく書いておられるモチーフなんですよね。

最初に知ったのは「障害学への招待」だったかな。

最近?では「優生学人間社会」の書評finalventさんも書いておられた。

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/05/post-25f4.html

福祉国家ドイツの祖はビスマルクなのかなー。

一方ではヘーゲル左派?で社会主義者のラサールなんかとも交流があったようだし。

ちょっと気になるのは、各国兵士公衆衛生問題、有り体に言えば慰安婦制度との関係

どの国にも戦時性犯罪は付き物だが、ここまで国家主導で強く介入し、コントロールしようとした国は日本ドイツで、これ福祉国家思想が背景にあるんじゃないかと。

日本慰安婦制度は周知の通りだし、ナチス占領地における慰安所政策はまだ明らかではないが、相当な規模のはずだろう。

b:id:Arturo_Ui さん

慰安婦制度は「福祉国家思想」と対極だろう

対極などころか、兵士に対する福祉政策ど真ん中の事例だよ、慰安婦制度あなたこそご冗談を笑。

伝わってないみたいだけど、そういうことが言いたいんじゃないと思うんだよね、市野川先生

いまだにオバマケアであれだけ紛糾する合衆国と、日本ドイツ比較してごらん?

俺の説明イマイチなんだろうけど、優生学の「前提」となる福祉国家意味を捉えてくれるとありがたいなと思う。

アメリカ優生学国家思想になるって考えにくいでしょう?

2021-11-09

ヘーゲル思想ってフランス革命の影響受けてるんだよな、たぶん

と思って検索したら、そのまんま「ヘーゲルフランス革命」というタイトルの本があった

Weltgeist!

2021-11-02

ルサンチマンフランス語だが、それを定義したのはデンマーク人ドイツ人哲学者2人

仏語を持ち出してドイツ人の仏嫌いを利用し、ナチスを嫌うのは狂った仏国人と同じであるかのように喧伝して誘導することができた

まりニーチェやシェラー、その大祖のヘーゲルなど、ゲッペルスやドーナートとたいして変わらない

韓国サゲをやって、ある種の日本人を喜ばせるのと同じ

そういう日本人は(あの国はこうだから真似しちゃいけない)などと囁かれてナチス思想にハメられた間抜け

サイコパスというのは、嫌いな人間を素早く分析し、脅して誘導しようとしたり、やり方をパクったりする、ゴキブリのようなものから

 

2021-10-28

anond:20211028174556

いい線は行ってるんだが、専門的には結構微妙な点がある。

マルクスヘーゲルの「よき労働」観って大分特殊で、「働きたい人が働く」とかではなくて「人であるならみんな働く」と考えている節がある。

たぶんマルクスがBIだけで満足してる人を見ると「人間本質的活動から疎外されている彼を労働によって救うべきだ」とか言う。

なのでBI論をマルクスと直接繋げるのは(一応今いくつかの論文もちらっと見てみたが)難しそうだ。

2021-10-10

anond:20211010150249

例えばハテブはリーダーなんて存在しない。

それなのに皆がコメントを書き込む理由いくらかはヘーゲル弁証法的な発展を期待してのことだと思う。

最終的にはだれかの決断になるのかもしれないがある程度「話し合って意見合意決定できる」は現代社会の前提だ。

自由平等社会希求し続けるなら意見集約の効率的手法を磨いたり

意見集約に投じるコスト妥当な線を見つける必要があると思う。

求む!人類有効な実行時間内で意見集約して結論を出す方法ヒューリスティックス可】

一般に人々は断定的に意見を言う。曖昧に見える意見重要度が伝わらないから。

けれど断定的な意見問題への理解が浅いことからまれ可能性が高い。

現実問題はあちらを立てればこちらが立たぬようなトレードオフ関係であることが多い。

そもそもトレードオフを超越できるような素晴らしい解決策があれば既に問題でなくなっているか…。

断定的な意見を言っているとき問題の全容を把握していないか無意識無視しているかもしれない。

はてブで見かけるコミュニケーションはそんなのばかりな気がする。

自分が思う重要事項へのアテンションを上げれば誰かがアウフヘーベンしてくれるみたいな意識がありそう。

それどころか複数アカウントスター連打してトップブコメを一方の意見だけで埋めるというような

アテンションDDoS攻撃みたいな状況になっていることもある。

何を社会問題とするか選択できるのがマスコミ権力の恐ろしいところという話は昔からあったものな。

現実でもそうだ。

全国フェミニスト議員連盟などという女性差別問題ではローマ教皇庁並みに権威ありそうな団体

何のロジックもない言いがかり言論圧力かけてその後まともな説明なしという状態

表現者にどうしてそのような表現にしたのか説明を求める側なのに議員さん方は質問に答えない。

全く馬鹿らしい。表現者という個人に万人に満足いくような表現を作って対話きるというなら

議員さん達も話し合って思想統合して与党野党統合して1つの政党になったらいい。

こう見ると国の最高機関でさえ意見統一することはできないことを前提にシステムを作っている。

ヘーゲル弁証法的な方法で瞬時に意見を一つに集約できるなら多数決や多数の政党なんて必要ないのだから

「人々には様々な意見があり、それを持ち寄って話し合い、意見を集約して結論を出し実行する。」

国の最高レベルでもそのプロセスが正しく行われているのか分からない。多分行われていない。多分人間には出来ない。

どういった方法議論して、どの辺で妥協するのが妥当なんだろうか。

2021-07-20

飴と無知

映画のワンシーンのような写真、絵のような写真写真のような映画のワンシーン、写真のような絵、映画のワンシーンのような写真のような絵、写真のような絵のような写真、絵のような写真のような絵

汁なし坦々麺レトロニム

米ソよりお世話になっております

失敗の非嫡出子

双子の赤字一人っ子政策で解消へ

流石にスタン

コラソンアキノ/リンゴスター/マリアカラス/アーネストサトウ/ナオミキャンベル/ベアテ・シロタ

キレる仏図澄「このブドチンガ」

え?仕事で“シュミ”レーションを?

バイキングに含まれバイ

テジロ猿/ヤジロベイ

担保

Youtube広告を見せ続ける拷問

ニューカレドニアはク活用形容詞補助活用已然形ニューク+逆説のド+連語のニヤ

海ほたる↔︎陸ほたるいか

始まったばかりの溝口→み序の口

ヒモ柔道家→嘉納ジゴロ

豚を陸フグと呼ぶ人

サーターセンダーギー

想起ソバ

ワイヤレスイヤホンを洗っても壊さないことを売りにしている洗濯機

アンタレス↔︎ワタシモア

フラミンゴを見た人、フラミンゴンゴ

テムズ↔︎アシカタン

一人称がワシのタカ

ピンク古井戸

見ざる言わざるdismissal

禿げたフッサール

豪遊型リゾート

チャイティーコンサート

看取るネーム

アンチョビから出るビームアンチョビーム

残念なファミレス→ディスガスト

メガソーラー↔︎ハナガウーミー

ゴールデンカムイに含まれダブルインカム

鷹の爪の垢

四角い頭を丸くする→頭を丸め

アメリカ小学生攻撃→デュポン

アグネスラムに含まれスラム

酢をかけるナマハゲ→悪い子はビネガ

忙しくない/忙しない

威風堂々一風堂

のんびりとやってる銀行ゆうちょ銀行

秋も高輪ゲートウェイ

りんご/フラミンゴ/日本語/喃語/マンゴー/単語/援護/縁語

ココナッツアイスに含まれツァイス

セヴラック/セノビック

マグロ経済学

絶賛デッサン

帝王切開からマグナカルタ

大事マンブラザーズ↔︎ゴールドマンサックス

蟹部→クラブクラブ

見つからない調味料ミツカン

大きいエスカルゴ→Lカルゴ

バッハの車→マイバッハ

オードリータン↔︎ヘップバーン

今日ならいいや→今日楽的(享楽

片桐に含まれるカタギ

銃は社会の癌だ、ガンだけに

一人称home(ウチ)」

超人の奇襲「ツァラ•トゥス•トラ」

よりどり緑

椋鳩十/鳩摩羅什

エーゲ海↔︎悪い天上

能し力(抑止力

飲むと嘔吐する炭酸水ゲロルシュタイナー

晴れてるアメリカ→晴れリカ

隠された鷹の爪

don’t こい

likely きらいがある

singing 呻吟

break order 無礼講

スケルトン 透ける

セーラームーン集団的自衛権

リモコンチャンネルを回す

HDDに録画した番組早送り/巻き戻し

パソコン執筆

インクジェットグラビア

パーカー羽織

へしくらまんじゅう

崇めムノン

皇帝ションマーク

イナバウワー因幡

ベートーベンの答弁

Unboxing Day

めちゃくちゃ覚えておいて欲しい人「記憶の中心にでも置いて頂ければ」

焼き討ちを見た人「ひでーじゃん延暦寺

おもちゃではないと思っているプードル

万里の長城万里もない

めくるめくの久留米

選りすぐりのリス

行司白居易のこったあ知りません」

対偶ダイソー あるならそこにあります

上手くいった人「計画が表目に出た」

手前味噌↔︎奥の醤油

葉っぱ買いたい/発破解体

秩父市/父武士

蛸の価値は如何ほどに?

敷衍できない人、プエン

いたわる/板割る

明日の晩にはミョウバンがとどく

めんどくさくなったキリスト教徒「あーめんどくさい」

揺れ過ぎてシンドバットになった

七面鳥独裁をやめたよ?なぜかな

しちめんどくさいから。

ごっこではないイタチ

同時進行する川→長良川

中山道の急な河川道路

千客万来→万客千倍

くるまラーメン↔︎ラーメンくるま

小池百合子「待てばカイロ日和あり」

匈奴人「オルドスにおるどす」

楽天的戦後小学生お墨付き教科書

すぐにアカウントを捨てる動物アカウントステガ

呵呵大笑と笑うとと(父)

サムソナイト↔︎アツソモーニング

チャンパーライス

仏陀をぶった斬る

逓信省/低身長

サービス精神↔︎奉仕マインド

ティシュー/ティッシュ

ディーテイル/ディティー

レトロウイルス/ウィトルウィウス

シスタルコス地球は動いてない

前半で感動させ涙で目をにじませることを想定して、後半は適当作画しているアニメ

電子卓上計算機は「計算機」の部分が大事なのに電卓と略されている

踏み絵をする近衛文麿「この絵踏みまろ」

病原菌がたくさんいる国は?→Germany

追い詰められるトランプ→弾劾絶壁

恋のヘキサゴン/愛のペンタゴン

腹違いに含まれ埒外

ちょっとバズってる池→プチバズの池

救世主どんでん返しシャブタイ返し

秋の味覚/嗅覚/触覚/聴覚/視覚

zoo zooしい動物

ロシアは赤だが、ロシアンブルーは青

アリペイにいえば...

弁証法的なナッツヘーゲルナッツ

戦車地雷メイク

とはいえ、をポワティエと同じイントネーション発音する人

ガラガラヘビで賑わってる店

イキリ寿司

コドモオオトカゲ

天羽声明に含まれモーセ

票取るピョートル

黙って物々交換

バタくさい/バタフライ/バタフライ

2寸の虫には10分の魂

教室に窓がなかったので、卒業生が集まっても同窓会が開催されない学級

キリスト説教

ママごとはパターナリスティック

5分厘(ゴブリンは5分何厘なのか分からない

どっちか分からない人。タバコは吸いますか?すいませんが吸います

みんなやめる政党→辞任党

吸えず運河

シモニデセ/シモニデセ/シモニデス/シモニデスル/シモニデスレ/シモニデセヨ

ポジティブ朱熹「老人は年を取りにくく、勉強も大変にならない」

レアアースを珍しい地球だと思ってる人

麓で行われる頂上決戦

名誉がないので名誉毀損の被害合わない人

寝言著作権

同性婚/どうせイコン

センチメンタルアメリカ人→インチメンタル

死んだ草間彌生→草葉彌生

円の下の力持ち→日銀買支え

2021-02-10

本好きなら高校生までに読破しておきたい古典100

哲学思想

プラトン饗宴

アリストテレス詩学

アウグスティヌス告白

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』

マキァベッリ『君主論

モア『ユートピア

デカルト方法序説

ホッブズリヴァイアサン

パスカルパンセ

スピノザエチカ

ルソー社会契約論』

カント純粋理性批判

ヘーゲル精神現象学

キルケゴール死に至る病

マルクス資本論

ニーチェ道徳の系譜

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

ソシュール一般言語学講義

ヴァレリー精神危機

フロイト快感原則彼岸

シュミット政治神学

ブルトンシュルレアリスム宣言

ハイデッガー存在と時間

ガンジーガンジー自伝

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品

ポランニー『大転換 市場社会形成崩壊

アドルノホルクハイマー啓蒙の弁証法

アレント全体主義の起源

ウィトゲンシュタイン哲学探求』

レヴィ=ストロース野生の思考

マクルーハングーテンベルグ銀河系

フーコー言葉と物』

デリダ『グラマトロジーについて』

ドゥルーズガタリアンチオイディプス

ラカン精神分析の四つの基本概念

ウォーラーステイン近代世界システム

ケージジョン・ケージ

サイードオリエンタリズム

ベイトソン精神自然

アンダーソン『想像の共同体

本居宣長『玉勝間

上田秋成『胆大小心録』

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』

岡倉天心東洋理想

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』

九鬼周造『「いき」の構造

和辻哲郎風土

柳田國男『木綿以前の事』

時枝誠記国語学原論

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア

旧約聖書創世記

ソポクレスオイディプス王』

唐詩選』

ハイヤーム『ルバイヤート

ダンテ神曲

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

シェイクスピアハムレット

セルバンテスドン・キホーテ

スウィフトガリヴァー旅行記

スターントリストラム・シャンディ』

サド悪徳の栄え

ゲーテファウスト

スタンダールパルムの僧院

ゴーゴリ外套

ポー盗まれた手紙

エミリー・ブロンテ嵐が丘

メルヴィル白鯨

フローベールボヴァリー夫人

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー悪霊

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父童心

プルースト失われた時を求めて

カフカ審判

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン魔の山

ザミャーミン『われら』

ムージル特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナーアブサロム、アブサロム!

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』平

サルトル嘔吐

ジュネ『泥棒日記

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ嫉妬

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシア=マルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集

ベルダーリンヘルダーリン詩集

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集

エリオット荒地

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

ツェランツェラン詩集

バフチンドストエフスキー詩学

ブランショ文学空間

日本文学

二葉亭四迷浮雲

森鴎外舞姫

樋口一葉にごりえ

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村破戒

田山花袋蒲団

徳田秋声あらくれ

有島武郎或る女

志賀直哉小僧の神様

内田百閒『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩押絵と旅する男

横光利一機械

谷崎潤一郎春琴抄

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成雪国

折口信夫死者の書

太宰治斜陽

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高死霊

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房砂の女

野坂昭如エロ事師たち

島尾敏雄死の棘

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉円陣を組む女たち』

後藤明生挟み撃ち

円地文子食卓のない家』

中上健次枯木灘

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集

吉岡実吉岡実詩集

坪内逍遥小説神髄

北村透谷人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉福翁自伝

正岡子規歌よみに与ふる書

石川啄木時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠

保田與重郎日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝復興期の精神

吉本隆明転向論』

江藤淳成熟喪失

2020-08-27

生理が軽いブスの参性権

ロリエCM炎上してるなと思ってたら自分にも生理が来た。

自分生理は非常に軽い方だと思う。

なんか痛いときもあるけど、どちらかというと来てることを忘れてナプキンを持っておらず焦ることの方が多い。

初潮も人よりかなり遅かったし、今のところはそういう人間らしい。

ひとしきり燃えてるのをツイッターで眺めてた。

生理はこんなに辛い、理解のない生理軽い奴と男はクソという投稿で溢れていて

それはそうなんだろうと思ったが、どれだけ殺意を向けられようが理解できないもんはできない。ないんだから

他人の痛みは想像してはならない。しか理解不能なものとして突き放してもならない。

マイノリティに対してマジョリティは、常にその間を揺れ動き続けることを求められてきた。

人類ほとんどはヘーゲルではないので弁証法熟達しておらず、

大抵の人間にとってそれはブランコに乗り続けるように退屈で行き場のない行為だ。

多くのマジョリティが極論に走ったり目を背けたりするのもそれが原因だろう。人生他人のためにブランコを漕ぎ続けられるほど長くはない。

生理が重い女性たち、それが原因で人生が上手くいかず苦しむ女性たちの投稿を眺めながら

私は疎外感とわずかな羨望を覚えている。「女」を生きられていいですね。

私はブスだ。おっさん美人に「ブスも個性」と言われたら多分口から毒ガスを吐こうとして

そのような超自然的な力がないことに気付き口を大きく開けたまま曖昧な笑みを浮かべてその場を去るだろう。

から生理個性」が許しがたいのであろうことも類推はできるのだ。

だが理解はできない。だって「ブス」と「生理」のあいだには大きな隔たりがある。

ブスは連帯できないが、生理連帯できる。

「女であること」は連帯できるが、「女でないこと」は連帯できない。

(いや真面目な人が出てきたら「ルッキズムに縛られている」とか「女性を美醜で判断することは」云々とかいうかもしれないが、

私には男女を超えて自分のチー牛顔面は凡愚という概念の具現化にしか見えない。

見た目は化粧と努力でどうにかなるという人はあのチー牛のイラストのどの辺をどう弄れば美人になるのかイラスト掲載して教えてほしい)

「女であること」を中心に凝集しようとする動きは常にあるし最近も目立つが、うるせえなみんな失せろと思う。

そこに自分の女らしさをどこにも見つけられない、しかし女であることに憧れ続ける人間の居場所はない。

生理が軽い奴は重い奴を生きづらくするな、黙っていろと言われるとその通りですねと思うけれど、

そういう主張を目にするたび、私は自分を女として主張する権利「参性権」がないのだ、というルサンチマンが溜まっていっていることは吐き出したいのだ。

マイノリティでなければ発言してはならない。マイノリティの痛みをかすめ取ってはならない。

それはブスというマイノリティ身分からしてはその通りだ。しかし今、女性マイノリティ性に憧れる人間として見れば、

「お前は永遠に我々に同化してはならない」という呪いである女性であるためには烙印を背負わなければならず、烙印を持てなかった人間はさりとて男でもなく永遠に口をふさがれ続けなければならない。何も得していない。

じゃあ生理痛よ来い、って思うべきなんだろうか。いやそれは嫌だわ。痛いの嫌いだし。生理痛が軽かったおかげで割と人生上手くいってきたのは否めないし。

彼氏はいたことねえけどな。

丸い感じの一般論にまとめれば、烙印を中心に凝集するありかたは別のマイノリティを生むのだ、という当たり前のことだ。

まあただ、結局誰の胸にもルサンチマンはあり、誰もが何かしらのマイノリティであり

他人のためにブランコを漕ぎ続けられない以上、この世界はこのままなのだろう。というかこのままであってほしいと思う。

生きているうちに女性権利、あるいは男性でも女性でもない人の権利、などなどはどんどん向上していくだろうが、

女性」「男性」「トランス」などというカテゴリ消滅し、人間人間になる世界はたぶんまだ来ない。多分今後十年の動きは逆だと思う。

十年間、私は言葉を奪われたチー牛または凡愚以外の何物でもない奴として勝手に揺れるブランコを眺め続けるだろう。

あるいは宇宙人がやってきて全人類をひとしなみに一瞬のうちに肉塊に変え、

その知能を統合して巨大データベースに変え、宙の彼方に持ち帰る未来があれば話は別かもしれない。

我々には個というものがなくなるが、しかし分解された個々の思い出や要素が個として独立し、ネットワークの間を自由に交歓するのだ。

そうすれば私のルサンチマンもいつか他者の痛みと溶け合い一つになるだろう。

地球に残された、人間だったものの肉から流れる血の海は、

たかも七十数億人が身体を引き裂かれる生理痛と共に、一斉に月経を迎えた光景のように見えるだろう。

ああ、つまらない。

2020-03-27

楽園こちら側」の「事実に誠意を」をほぼdeepLで翻訳してみた その2

その1https://anond.hatelabo.jp/20200327214055

12 Dr. Hiroshi Nishiura is one of the few professionals of mathematical models of infectious diseases in Japan, and it is well known that his ability is outstanding. However, many people don't understand mathematical models themselves (I must confess that I can't say that I understand all of the findings because I'm not a professional of mathematical models either), so his findings and comments are easily deified. Because the contents of the mathematical model are a complete black box to many people, it makes it seem like the oracle is coming out like a shrine's oracle. Much of Japan's infection control policy relies on the Nishiura theory. So there is nothing wrong with that, but one of the problems in Japan is that there is no plan B in case plan A goes bust. Dr. Nishiura is an excellent scholar. It is not God. Hence the need to have that Plan B with the possibility of making a mistake. I am greatly concerned that bureaucrats and politicians who are prone to infallibilism will mistake science for an oracle. It is only when falsifiability is assured that science can continue to be scientific.

感想おみくじ神託が同じoracleだったので変な文章になったが直していない。

13 数理モデル演繹法活用産物である演繹法帰納法アブダクションで補完するのが、学問の基本であり、臨床医学常識である演繹法的にどんなに正しく見えても実はそれは違っていた、ということはこの業界ではよくあることなのだ。ヘーゲルマルクスのような巨大な知性でも演繹法オンリーでは間違うのである

Mathematical models are the product of deductive methods. The deductive method is complemented by the inductive or abduction method, which is the basis of scholarship and the common sense of clinical medicine. It's a common occurrence in this industry that no matter how deducibly correct it may seem, it's actually not true. Even a huge intellect like Hegel or Marx can make a mistake by deduction alone.

感想:「蓋を開けてみれば」を「実はそれは」に変更した。

14 モデルを使うな、といっているのでは決してない。ぼく自身モデルを用いて論文を書く。しかし、モデル無謬ではなく、そこには前提である仮定があり、仮定はしばしば間違っている。グラム染色活用するとは、グラム染色にできないこと、分からないことを知悉していることであり、グラム染色万能論者にグラム染色は使えない。同じことだ。英国でも数理モデル活用されているが、だからこそ英国人はその結語には非常に懐疑的で、常に反論異論が起きている。健全科学的な態度である

 I'm not saying don't use the model at all. I myself write a paper using a model. However, the model is not infallible, there are assumptions that are assumptions, and the assumptions are often wrong. Making use of Gram's stain means having full knowledge of what Gram's stain cannot do and does not understand, and Gram's stain cannot be used by Gram's stain universalists. It's the same thing. Mathematical models are also utilized in the UK, which is why Brits are very sceptical of their conclusions, and there are always counter-arguments and objections. It is a sound and scientific attitude.

感想:「前提たる仮定」がうまく訳せていなかったので「前提である仮定」にしたが、assumptions that are assumptionsになってしまった。

英国人は」がないと主語がIになってしまったので追加した。しかBritsじゃ意味違うよ。もっと正しく訳してくれない?

15 Japan's "now" is a well-controlled state of infection, which is much better than Wuhan at its worst, or Italy, Spain, France, England, or New York at the present time. The problem is that it doesn't guarantee that it will "always work".

感想特にない。便利だなあ。

16 懸念されるのは東京だ。感染報告が増えたことだけが問題なのではない。クラスター形成できない、トレースできない感染者が増えているのが問題である。そして、その陽性患者数に比べて検査数がずっと少ない。47人の感染者を捕捉するために100人未満(陽性者の検査日が不明だが、おそらくこのへんだろう)しか検査していないのは少なすぎる。

It is Tokyo that is of concern. The increase in reports of infection is not the only problem. The problem is that more and more infected people are unable to form clusters and cannot be traced. And the number of tests is much lower than that number of positive cases; it's too little that they only tested less than 100 people (the date of testing for the positives is unknown, but it's probably around here) to capture 47 infected people.

Again, it's not necessary to figure out all the infected people. However, it is troubling that the flow of infection, movement and clusters are out of sight. Therefore, the threshold for testing must be lowered in Tokyo. The threshold for testing varies with the circumstances. That's what I explained with the Korean example. Sticking to the Ministry of Health, Labour and Welfare's "standards" will lead to a misunderstanding of the phenomenon itself. Already in the Kansai region, infected people have been found with taste and smell abnormalities, and clusters have been detected from there. I would like to make more use of the athletic sensibilities of these clinicians. I'm not sure "where" in Tokyo is the barrier to lowering the number of inspections, but that barrier needs to be removed immediately.

感想:「捕捉するのに」を「捕捉するために」に変更した。多分これでいいと思う。思いたい。

アスチュートathleticになっているのはどう反応したらいいかからない。

17 This conceptual diagram that everyone is looking at - lowering the peak of the infection and shifting it to the side. This is all a product of deduction, and I don't know if it's really true. As mentioned above, the UK estimates already suggest that this is not enough. It is possible that the damage that was shifted to the side could simply be "extra-long damage".

感想特に言うことはない。便利だなあ。

18  そして、ここが肝心なのだが、ピークを下げるという理念が、「ピークを下げなければいけない」という観念になり、「ピークは下がっているはずだ」という確信になり、「ピークは起きていないんだ」という自己暗示に転じてはいけないということだ。プランAに固執する日本あるあるの失敗のパターンで、ダイヤモンドプリンセスでは「二次感染が起きてはいけない」が「起きているはずがない」に転じてノーガード下船を許してしまった。「ピークが起きてはいけない」が「ピークなんて見たくない」にならないように現実を見据える必要がある。たとえ、それが我々の見たくない不都合な真実であったとしても。

And this is the key point: the idea of lowering the peak should not become the notion that the peak must be lowered, or the belief that the peak must be lowered, or the self-implication that the peak is not happening. In a pattern of Japanese failure to stick to Plan A, Diamond Princess allowed no-guard disembarkation by changing "secondary infection should not occur" to "it can't have happened". We need to keep our eyes on reality so that "peak shouldn't happen" doesn't become "I don't want to see a peak. Even if it is an inconvenient truth that we don't want to see.

感想:mustが違う文脈で二回出てきている。よくわかるように変更したいものだ。

カギカッコがないとうまく訳せなかったので追加しているが、なぜかカッコ閉じるがいくつか抜けている。この箇所以外にも抜けがある。

19 Repeatedly. It's common knowledge in this industry that deductive methods are complemented by inductive methods. Nevertheless, PCR is often false-negative and has little power to determine the status of infection. That's why "testing everything" is so wrong. However, a serum test measuring immunoglobulin IgM and IgG would provide a more accurate picture of the "status of infection in the population. This, however, is not infallible. It is difficult to use for individual cases because it misses early infection, which is why it misses early HIV infection.Whether antibody testing is useful in individual cases remains to be tested, but it is well suited for epidemiological studies on a population basis. Roughly speaking, we can confirm whether the "infection is rampant" in Tokyo right now, or whether it's just an unfounded fear.

前例としては、ロンドンの血清検査で09年パンデミックインフルエンザが従来予測10倍起きていたことが血清検査でわかっている。抗体検査アウトブレイクのあとで事後的に行うことが多いが、慢性的パンデミックになりつつあるCOVID-19については、「今」こそが検証ポイントといって良い。

As a precedent, serology tests in London showed that the 2009 pandemic flu was 10 times more likely than previously predicted. Antibody testing is often performed after an outbreak, but now is a good time to examine COVID-19, which is becoming a chronic pandemic.

感想:「前例はあって」を「前例としては」に変えた。「前例はある。なおかつロンドンで〜10倍起きていた」になってしまたからだ。

20 英国さらアグレッシブだ。家庭で抗体検査を行い、「感染である」とわかればそれを自宅での自己隔離根拠に使おうというのだ。ロックダウンが起きている中で、検査陰性は「自己隔離不要」を意味しないため、その戦略に欠陥はある。が、考え方としては「感染全体を抑え込みたい」というもので、検討価値はあると思う。

The UK is even more aggressive. The idea is to test for antibodies at home, and if they are found to be infected, they will use it as a basis for self-isolation at home. That strategy is flawed because with the lockdown in place, a negative test does not mean "no self-sequestration". However, the idea is that we want to control the infection as a whole, and I think it is worth considering.

感想:「戦略に穴はある」を「戦略に欠陥はある」に変えた。

21 東京でどのくらいの感染が起きているか帰納法確認必要であり、有用だ。その結果がどうなるかは預言者ではないぼくには分からない。が、どんな結果が出てきても、それを受け入れ、場合によっては自説を変えて、プランBに移行することにも躊躇しない態度が科学者には必要だ。科学者は、首尾一貫していないことにかけて、首尾一貫していなければならないのだ。形式においては首尾一貫していなくても、プリンシプルプロフェッショナリズムにおいて一貫しなければならないのだ。事実に誠意を。 

Inductive legal confirmation of how many infections are occurring in Tokyo is necessary and useful. I'm not a prophet, so I don't know what the outcome will be.However, no matter what the outcome, scientists need to accept it and not hesitate to change their thesis and move on to Plan B in some cases. Scientists have to be coherent in their inconsistencies.They may not be coherent in form, but they must be coherent in principles and professionalism. Good faith in the facts. 

感想:首尾一貫という言葉を使いすぎて文章をアホっぽくしてしまったが他にいい方法が思いつかない。朝三暮四理解してくれなかった。「自説を曲げ」は「自説を変えて」に変更した。

文章はもう少し整形できると思うがとりあえずこれで。

岩田健太郎先生とDeepLに敬意を。

2019-08-11

バカ貧困層ほど他人物事を追い、プロスポーツアイドルスマホにハマる

日本は、資源が無い。そう昔から言われてきた。それで、戦前侵略大国に、戦後は加工大国、高付加価値大国になった。

そして、いま、文化大国を目指しているらしい。それで、あれもこれも、政府に、補助しろ、カネを出せ、と喧しい。

だが、その文化と言われているものが、プロスポーツアイドルマンガアニメスマホか。

祭りも年に1回。あれも、麻薬ギャンブルと似た昂奮を伴う。たまにならいいが、常習化すれば、まともな生活破綻する。

ところが、いまやプロスポーツイベントは、年中、隙間がないほど。プロスポーツなんて、やればだれかが勝つのから、かならずニュースになる。

それで、あれはもともと新聞テレビネタ切れにならないように販売促進で始めたもの

政治なんかに関心をもって庶民が騒がないように、報道番組の半分も使って、国民中毒にしている。

アイドルも、夢を売る、と言えば聞こえがいいが、もてないブサたちが余計なことをしないように、夢だけを味合わせ、カネを巻き上げ、力を奪い、去勢する。

貧乏人を見てみろ。収入も少なく、衣食住もまともにできていないくせに、家賃の高い町中に住みたがり、部屋の中はガラクタだらけ。

これこそが、現代典型的バカ貧困層自分自身境遇がみじめであればあるほど、

他人のものごとを追いかけ、身の回りはわけのわかないブランド品、スポーツファングッズ、アイドルグッズ、アニメグッズが溢れかえる

そして、生活費の中で突出した通信費。次から次へと新機種に乗り換える。

ちょっと前まではパチンコだったが、そのカネと時間の消費がプロスポーツアイドルマンガアニメスマホシフトしただけ。

生活経営能力が無く、稼いだ以上に支出してしまっている。

貧乏人にも文化必要だ。それはそうだ。しかし、文化あくまで彩り。

まともに自立した衣食住も成り立たないのに、その彩りで彩るべき衣食住を破綻させてしまうなら、元も子もあるまい。

一刻を争うビジネス現場にいるわけでもないのに、年がら年じゅうスマホをいじり、ツイッターフェイスブックで自慢話ばかりしていて、

仕事が留守では、生活が向上するわけがない。まして、プロスポーツアイドルマンガアニメなど、自分自身現実生活ではない。

自分生活もまともに成り立っていないやつが、人の「応援」など、おこがましいにもほどがある。

いや、庶民はカネづるだ。余計なことに関心を持たず、意味もない粗製乱造ガラクタ(「プロールの餌」)を買い続け、

稼いだカネをすべて費やしてくれればそれでいいのだ、ということか。

しかし、麻薬中毒ギャンブル中毒と同様、プロスポーツアイドルマンガアニメスマホ中毒の連中は、自分では生活を作らないし、作れない。

バイト程度の収入しかなく、すでにカネを吸い上げられて貯金も持たない。おそらく結婚もできないし、家も建てない。

いまは生活保護だの、奨学金貸与だの、サラ金より見えにくい政府からのカネの注ぎ込みで、見せかけのまともな生活を維持しているが、

経済バランスとしては、とっくに破綻しており、また、将来的にも改善の見込みは無い。

このバカたちにカネを湯水のごとく注ぎ込んで、むりやり回しているのが、文化大国とやらの日本経済

だが、虚構ソフト大量生産だけでファンダメンタル実体経済)の向上が無い以上、

このキリギリス国家は、生活保護や奨学金貸与などへの大盤振る舞いは、いずれ限界に達する。

そのとき富裕層、というより、まともな中間残留層は、自業自得自己責任、と言って、貧困層の援助を拒否するだろう。

趣味だ、文化だ、生活のうるおいだ、などと屁理屈を言って、

ろくな稼ぎもないくせにガラクタ集めの追っかけで散財しているだけの身の程知らずの穀潰しは、遠から親族たちからさえも見捨てられるだろう。

追記:読解力の無いやつがステレオタイプサブカル批判勘違いしているが、源氏物語でも、ヘーゲルでも同じこと。

文系オーバードクターなんて、そんなのだらけ。中毒のように限りなく他人のことばかりを追っかけているから、自分がどんどん貧しくなる。

スポーツなら、自分で実際にやればいい。物語なら、自分現実に生きればいい。

カネが少ない者なら、なおさら自分自身のために使うべきだ。

そうしないと、モノや情報が溢れていながら、自分自身人生空っぽ、という最悪の絶望、最低の貧困に陥る。

2018-12-26

anond:20181226171930

おーかっこいいな

君はプラトンヘーゲルカントも超越してるわけだな

すばらしい!

2018-11-03

anond:20181103120438

カニだけど、物証なくては客観的でないだろ

カントヘーゲル論理的だけど客観的ではない

数学自然主義に含む立場でも、数学客観的とは表現しないんじゃないか

バカ相手にドジになってはいけない

anond:20181103120041

毎回思うけど、エビデンスが無ければ客観的でないとかいバカ特有妄想は何なの

カントヘーゲル著作は追実験が出来ないし数字データがないか根拠がなくてお気持ち学問なの?

2018-10-07

anond:20181005160437

私は専門外で良く分からいから教えてほしいのですが、「理」に従って意見を交わすという前提である限り、ヘーゲル議論あなたが言うような「司会のいない多人数会議地獄」にはならないような気がするのですが。例えば教授らの飲み会とか、一見好き勝手物言い合っているようで、最終的にはお互い「理屈に合わないこと言ったら負け」という信頼感があるから結構話が落ち着くところに落ち着いたりするでしょう。ハーバーマスの考える市民的公共性の「自由さ」というのは、そういう「ルールを前提にすればどのような意見を述べることも誰にでも許される」という意味であって、議論の前提となる場を破壊するような「自由」の話なんかはしてないと思うのですよ。少数者が、論の中身ではなく数によって不利になるとか、つまり少数者の喋る権利を奪う「自由」などない。それはそもそも自由ではない。

ですからあなたの話だとヘーゲルが「公共性自由主義の相性が悪い」と考える理由が、腑に落ちないのです。あなたの論の中核にかかわる部分だと思うので、そこの所をもう少し丁寧に説明していただけませんか?

2018-10-05

市民的公共性存在する(が千田氏の思うようなものではない)

辞書的に言えば「市民的公共性とは、ハーバーマスが『公共性構造転換』(1962)の中で提唱した概念ホルクハイマーらの『人間の理性が頑張っても幸せにならないんじゃないの? だってナチスとか出てきたし』という悲観に対するカウンターとして提出された。ハーバーマスにとっての公共性人間自由平等連帯幸せになっていくためのベースとして存在している」といった感じ。

~性というのはいかにベースとして弱そうだが、ドイツ語のÖffentlichkeitは「Public sphere=公共圏」と訳すこともできるというかこっちのほうが適切だと最近は言われている。なので以下では基本的公共圏統一する。

で、市民公共圏って一体何よ?

それはハーバーマス自身もよくわかっていないようである。その証拠大学図書館には「公共圏ってたぶんこういうのだと思います(こういうものだったらいいな)」という本が溢れている。たぶん最大公約数的には「まあみんなで議論する場は必要だよね」というあたりで理解されている。

しかし、この「みんなで議論する場」というもの曲者である人類の大半の歴史上、「みんなで議論する場=公共圏」には男性だったり社会的強者だったりという入場パス必要だった(今でもそうかもしれない)。しかしそれは今日価値観から見れば明らかに間違っていたわけで、その間違い(入場パス)と長い間仲良しだった概念自由幸せ社会ベースに据えていいのかという問題がある。

ハーバーマスは彼が理想とする市民公共圏がどういうものであるかは、少なくとも『公共性構造転換』の中では(たぶんそして今日に至るまで)ふわっとしたことしか言っていないのだが、どういうものでないかはこれ以上ないほどに詳しく論じている。一見いかにも学者らしい無駄っぽく思えるが、「こっちに行ってはいけない」というガイドブックでもなにもないよりはましである。たぶん。

本稿では、「昔の(入場パスつきの)公共圏にはこのような批判がありました」とハーバーマスが論じている部分を検討し、その批判千田氏の立場にブッ刺さっていることを確認する。その結論として、千田氏の「市民的公共性」という用語用法いかに不適当ないしド適当であるかを示す。

ヘーゲルによる公共圏批判

以下ではハーバーマス細谷貞雄山田正行訳)『公共性構造転換』の第四章 第一四節「公共性弁証法によせて――ヘーゲルマルクス」に基づいて議論を行う。

ヘーゲルは入場パス公共圏関係を真っ先に疑った人であった。とはいえヘーゲル最初からブチ切れたりはしない。「公論公共圏における論議、もしくは公共圏のもの)っていいよね、合理的だし」というところから話を始める。でもその合理性って自由主義がベースになきゃ成立しないよね?(みんなが自由意見を言えることが前提なので)、でもその自由主義って本当に公共圏とそこまで相性いいだろうか?とヘーゲルは問う。考えてみればこの矛盾は明らかである。司会のいない多人数の会議を考えてみればよい。地獄である。間違いなくそこに自由はある。なのに(だから?)地獄である

このことの地獄性は会議室を超えて社会とか国家とかのスケールになるとより増す。例えば少数者差別を考えてみればよい。これはみんなに「自由に」議論させてるだけではそもそも議題にすら上がらないだろう。そうして公論きらきらした合理性の賜物から「多数者の主観的私念」という水準へと転落する。公論は「自然に生じた不平等止揚するどころか、むしろこれらを技能財産さらには知的倫理的教養の不平等まで深めていく」。入場パスを持っていない人はより不利な位置に、持っていても少数派の人もまたより不利な位置に、公論によって追いやられる。

まあとはいえ人間も頑張るもので、法治国家とか市民社会とかを作って頑張って公論して私念から理性に支配権を移そうとするのだが、ヘーゲルいわく土台が腐っているのに頑張っても泥縄だそうである。そうした頑張りはむしろ国家主観的私念を入り込ませる結果になるとヘーゲルは言う。じゃあどうすりゃええのよって言えばヘーゲル最初から開き直って身分制国家を作れとか言ってそれに対しマルクスがいや社会主義でしょとか言って最後ハーバーマスがいや公共圏を作んなきゃダメだよとか言うのだが、そのあたりは略する。

ともかくにもハーバーマスが描く市民公共圏というものは、こうした批判スルーしては論じることができない。ここで重要なのはハーバーマス公共圏をどのようなもの「ではない」と考えていたかということである。以上見てきたようなヘーゲル理論は最終的に乗り越えられる(ということになっているが詳しいことはやはり不明)のだが、であるからこそ少なくともヘーゲル批判したそのままのことをやるのがまずいというのはわかっている。

千田氏は何をしたか

まさにヘーゲル批判した地獄公論インターネット上に出現させようとしているのである

私自身は「表現の自由」は国家から規制されるべきものではない、とは思う。でもそう思うからこそ、国家から規制されるまえに、「市民的公共性」を発達させないといけないと思うんですよ。

あと表現って、さまざまな他者への配慮のなかでこそ磨かれていくものだと思う。フリーハンド表現なんてない。https://twitter.com/chitaponta/status/1047451777220501504

市民的公共性の話って、ハーバーマスのつもりだったんですが…。https://twitter.com/chitaponta/status/1047789073471946752

市民的公共性対話によるものですから、そのことを話し合うことが大切だと思います

いままさに起きていることが、市民的公共性なのではないでしょうか?https://twitter.com/chitaponta/status/1047810256976269312

まず第一に、専門用語を「」で括って注釈なしに使うのはおよそハーバーマスの「市民的公共性」的態度ではないといえる。なぜならこれこそヘーゲル批判した「自然に生じた不平等を(略)知的倫理的教養の不平等まで深め」る態度にほかならないかである

そして第二に、ハーバーマス議論は上のような「話し合えばそれが公共性」というような安易理解を拒絶するものであるということを千田氏はまったく理解していない(か理解していても無視している)。上で見たヘーゲルによる公共圏批判からもわかるように、ハーバーマス議論は「公共圏にはあれやこれやそれや…の批判があるけど、でも、それでも公共圏がなければ人間幸せにはなれないんだ」というひねくれたものであり、単に「話し合いが重要だよね」と言っているのとは違う。仮に結論は一緒だとしてもやはりそれは違う。その違うものを一緒くたにして、専門外の人に「話し合い=市民的公共性」という理解(そんな人のいい理解をしている人はほとんどいないようだが仮に字面だけ虚心に読んだとして)を植え付けることが、ほんとうにハーバーマスであるといえるだろうか?

第三に、「思う」根拠が示されてない。少なくともハーバーマスは「国家規制を前もって回避するために市民公共圏を発達させるべきである」というような具体的な議論はしていないはずであるであるとすればこれは千田氏のオリジナルアイディアが含まれているはずであるのだが、それがまったく説明されていないのと、先に述べたようにそもそも専門家間ですら扱い方に差がある「市民的公共性」という単語のせいで、最初ツイートの二文目は全く意味不明ものと化している。原理的に誰にも意味が伝わらないはずのもの炎上しているのはお気の毒というほかないが、であるからこそ千田氏は「市民的公共性」の意味と「思う」理由をしっかりと説明してほしいと思う。

(2021/2/7追記)書きました anond:20210207093448

2018-09-24

anond:20180924003407

言いたいことはわかるが、ゲーデルヘーゲルは別人だ。

あと当方正当性の話はしていないので、元増田リプライ頼む。

anond:20180924002934

自分が親からまれた生き物の分際で正当性だの決められると思うこと自体が、ヘーゲル不完全性定理からして反するんだよ。

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