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はてなキーワード: 境界線とは

2017-09-16

謎の境界線

月曜日のたわわとか土下座で頼んでみたシリーズとかあの辺、適切な言葉で表せない気持ち悪さがあるんだけどなんなんだろうなあ

普通に二次元の)萌えとかエロとか嫌いではないのに、ああいうザ・男の妄想的な展開というか都合のいい発想が気持ち悪く感じてしまう。同族嫌悪、いや同性嫌悪なのだろうか。AVだとアホなことやってんなで済ませられるのにそれがイラストだと急に嫌悪感が生じるのもまた謎

嫌いなのは嫌いで完結してるとして、なんでこんなに気持ち悪く感じるのか。これが「生理的に無理」というやつなんだろうか

2017-09-09

https://anond.hatelabo.jp/20170909162451

まぁ 「お金持ち」の境界線は置いておいて

とりあえず20万使えるわ

2017-09-08

誤字脱字等報告 20170713[ハンネ-8、SS-40]~ (更新中)

●各報告記事へのリンク文字数制限があるようなので複数記事に分けてあります

・「誤字脱字等報告 20160421[548]~20161004[612]

・「誤字脱字等報告 20161013[617]~20170125[655] および総合更新履歴等

・「誤字脱字等報告 20170131[656]~20170303[670]

・「誤字脱字等報告 20170306[671]~完結、~SS-39、~ハンネ-7

・「誤字脱字等報告 20170713[ハンネ-8、SS-40]~ (更新中)」(このエントリ)

 

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SS-42 ハルムート視点 運命洗礼式」

 

 何度も遊びに行いっていたほどだ。

→何度も遊びに行っていたほどだ。

 

 アウブ夫妻とその子ヴィルフリート様の姿もあった。

→アウブ夫妻とその息子であるヴィルフリート様の姿もあった。

 

 準備が整ったことを確認したのだろう、

→準備が整ったことを確認したのだろう。

 

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SS-40 コルネリウス視点 後悔まみれの陰鬱な朝」

 

 領地内の貴族から領主一族が襲われたのだ。

領地内の貴族領主一族が襲われたのだ。

 

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「ハンネ-9 後押し」

 

 大半がダンケルフェルガーに馴染むが大変だという

→大半がダンケルフェルガーに馴染むのが大変だという

 

 私は神々に感謝のディッターの奉納したくらい嬉しかった。

→私は神々に感謝のディッターを奉納したくらい嬉しかった。

 

 協力を募れば

→協力をお願いすれば

 

 レスティラウト様の次期アウブの地位を確実にし、

レスティラウト様が次期アウブの地位を確実にし、

 

 お慕いしていても信用できません

→お慕いはしていても信用はできません

 

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「ハンネ-8 相談

 

 領主一族貴族街の者達とっては、

領主一族貴族街の者達にとっては、

 

 香辛料砂糖によって作れられていますから

香辛料砂糖によって作られていますから

 

 今年は領地の線の引き換えが多く、

→今年は領地境界線の引き直しが多く、

 

 ヴィルフリート様の現状をお話すれば

→ヴィルフリート様の現状をお話しすれば

 

 領地内の貴族をまとめるにちょうど良かったのですよ

領地内の貴族をまとめるのにちょうど良かったのですよ

 

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2017-09-04

プロパガンダZEN もしくは、金正恩・驚異のプレゼン

ミサイル発射実験や、核実験のたびにテレビに写る金正恩写真

優れたプレゼンター自然所作のうちにパワーポイントリモコンスライドを”次へ”と送るように、自然更新されていく金正恩スナップ

世界中液晶デバイスが、こないだの金正恩笑顔から今日金正恩笑顔へ切り替わる。

屈託のない若いガキ大将が「世界中やったったしー」と言わんばかりの笑顔で、周囲の将軍たちを笑わせようとしているアレ。

……ところで2016年はナショナリズム先進国を席巻したと言われるけれど、金正恩プレゼンの前ではたか民主国家国民主義にすぎない、って思える。

先進国ナショナリズムは、(得票率に関係なく)小選挙区で1位を獲り、比例代表効率を最大化するためのプレゼンだ。

国民を票田とそれ以外に分け、同じ境界線に「我ら」と「あいつら」の線を引く手法

金正恩ナショナリズムプレゼン意図も、対象も、焦点深度も違うものだよ。

スティーブ・ジョブズの初代iPhoneプレゼンハイライトをご存知だろうか?

アップルは「電話」「音楽プレイヤー」「ネットデバイス」の3つを作った、と言いながら、それは1つのiPhoneだった!ってアレ。

逆に金正恩プレゼンは、1つの手口で3つの聴衆を絡め取る。……そう、屈託のない笑顔ならね!

自国民に対して:安心、と同時に「世界中を敵に回してもかまわない」というロミオとジュリエットロマンス

先進国国民に対して:アイツまじヤベーのいう恐怖と、同時にドラマを持った一人の男の存在感

先進国指導者に対して:憧憬と親愛を獲得した指導者斬首しても、泥沼のゲリラ戦国内世論の暴発がめっちゃリスクだな、の忌避感を

このエントリは彼の国の内政、外交手法の是非を指摘するものではない。

純粋プレゼン技術についての仮説。

どんな手品であっても、タネが分かってしまえばスルスルと。

2017-09-02

SMAPのこと。

もうすぐ、元SMAP3人がジャニーズ事務所を辞めて独立する日が近付いている。

私はSMAPヲタクでもなければ、ジャニヲタでもない、某女性アイドルがだいすきなアイドルヲタクだけれど、SMAP5人の行く末が気になって仕方がなく、ずっと情報を追っていた。

とにかく、私はTV舞台の上で虚構現実を行き来するアイドルという存在がだいすきで、数年前のSMAPの27時間TVで本気で感動した。正直年上すぎてSMAPのことを「テレビタレント」としか思っていなかったけれど、認識が変わった。

彼らは日本一アイドルだった。彼らがノンストップライブをする姿を見て、私が推しアイドルの子に立ってほしい未来のものだと思った。

SMAP公開処刑には絶望したし、もう日本芸能界って本当に駄目だなあと絶句した。

現実虚構境界線曖昧芸能界。あの瞬間、現実虚構の線引きがハッキリしてしまい、2016年、長い長い夢の終わりが来てしまった。

でも、芸能界という虚構現実曖昧世界を生き続けるために、彼らがいつかまた夢を見させてくれたら、それはそれで私はものすごく感動する。デビュー曲の「素敵な夢を見させておくれ」って歌詞が愛おしい。

キムタクはいい加減「キムタク」を卒業すべきって論調あるけど、キムタクキムタク卒業したら何が残るのだろう。

しろキムタク木村拓哉卒業すべきだと思う。完全なる国民公共物になるか、スターを辞め等身大の妻子持ちオッサンになるかの選択を迫られている。

今日マストドン

主観を廃した、あるいは主観を持った状態客観を持った状態悟りらしいよ

内輪をやめるには自己他者境界線消失させなければならない

自我を持ち影響を与え合う環境下においてすべての人間他者自由侵害している

他者との関係性の中において完全な自由など存在しない

貴殿らの求める自由とは何か?

2017-08-29

なんでもテロ呼ばわりすんのやめろ

お前が不快からってテロ呼ばわりして社会問題すり替えるのやめろ。


テロと呼んだ瞬間、テロリストとは交渉しない=話合いの余地はないと自ら宣言していることに、お前は気がついていないだろう。話し合う気がないから、Twitterで「あの人テロリストです」と呼びかけ、リツイートしてくれる賛同者を募り、「我々」と「奴等」の越えられない境界線を引く。

そしてお前は、「我々」の内側で、「奴等」に対して呪詛を吐き続ける。いつまでもいつまでも


それはお前が望んだことなのか?お前はただ単に「あの人のあの行動ちょっと嫌だな、なんとかしてくれないかな」と思っただけではないのか?呪詛ツイートすることで、それは解決したのか?

2017-08-19

同じ漫画なのに自殺島が許容されイキガミパクリ扱いされるのは

自殺島は、国が死ねランダムに選んだ人を医者が薬で眠らせて無人島に運びあとは海保が逃げ出さないよう島の周囲を監視する

イキガミは、国が死ねランダムに選んだ人のところに市役所の人みたいな公務員が一人でやって来てその人の命が終わるところをその役人が一人で管理する

物語の内容が生活維持省同様にその役人自身と彼に直接的に関わる人間の話だけに終始するところが類似性なのか

もっとえらい立場政策決定した人の半生やイキガミがある世界イキガミに選ばれない大多数の第三者人生を描いていたら

星新一世界拡張したと逆に称えられていたんだろうか

役所人間が全員がかりで世界一幸福な24時間演出する話にしてたらオリジナルとして評価されたんだろうか

どこまでがOKでドコからが癇に障るのかネットの住人らの境界線が分からない

2017-08-14

読書境界線なんてない

国語教科書を読める限り読めない小説なんてのはほぼない

国語教科書文章を読んだり考えたりするだけど読解力?とやらは十分身についてる

後は何読んだところで学べたり為になったりしない、ただ娯楽の為にある

 

俺はラノベなんて低俗もの読まないなんて奴はどうでもいいが

難しいそうな御本読めるかしらと悩むくらいなら手に取って読め

自分の本の好みなんて他人好き嫌い流行廃りとかなり関係いか

自分で興味ないかもと不安作品も実際に読んでいかないと好みは広がっていかない

2017-08-06

https://anond.hatelabo.jp/20170806115244

>では、避妊、即ち、卵子精子意図的に合体させないことは、生まれてくるであろう命を事前に葬る、という意味にならないのは何故か?

ならないだろ。現実的受精たか生物として成り立つんだろ。

生物学上の生物定義であり、自ら代謝を行え、成長、生長できる物体のことだろ。もちろんこれは人間が便宜的に決めたことなのは当然です。

>或いは、卵子精子に分離していて、受精していなければ、命はどこにも存在しない、というのは誰が決めたことなのだろうか?

卵子精子もすべて殺人扱いしたら現実的ではないだろ。

子宮内にいるか、無事出てきたかで線引きしているのも、人間意図的区分であるに他ならない。

そうですよ。合理的もの

>我々は生命であるかないか意図的区分する以外にないのである科学的な区分などどこにも存在せず、我々はそれを客観性という基準に委ねているだけである

現在科学的には区分されているだろ。生物定義、でぐぐれよ。もちろん定義自体が変わることもありえるけどな。アンドロイドができるとか。

そもそも論をすれば、そもそも殺人が罪であるか否かについてさえも、どこかに境界線を引いて社会的ルールにしないと社会に秩序が保てないという、倫理的ものしかない。

これは別の話になるのでごっちゃにしないようにしましょう。

>無論、であるからこそ議論余地はある。中絶を法的に禁止する余地は残されている。

結局あなたの主張はなに?

 

>だが法的に禁止もされていないのに、中絶者を非難することは許されないと思う。

中絶自体非難ではなく、子供を殺しておいて、自分のことしか考えていない増田サイコパスっぷりが非難されてるんだろ。

>もし、客観的中絶不正義とみなされるのであるならば、法が不正義の状態であることを非難すべきである

みなされてないよ。よく勉強してね。

2017-08-04

オール・オア・ナッシング≒厳しい評価方法 という誤解

まーったく厳しくないから。

しろユルユル

オールナッシング境界線をどこに置くかでいくらでも判定が覆る極めて雑な評価方法しかない。

評価するやつのテンションさえ上げておけばグッダグダでも勝手オール評価で100点貰えたりする脅威のユルさ。

100と0しかない評価軸なんてのは、単に『分解能が最低ランク』なだけなんですよね。

そこを理解せずに「俺は完璧主義自分にも他人にも厳しい。ふふふ……俺の評価は……厳しいぜ☆」と目で語ってる奴らは本当恥を知ったほうがいいよ。

2017-07-26

ニセ科学批判ネトウヨが結び付けられるようになったことについて

 最近、ニセ科批判とネトウヨの結びつき、みたいなのについてツイッターでよく見るので、思うところを書いてみることにする。

 先に、俺の立場について書いておくと、もともとニセ科学批判クラスタにいる(た)人間である。以下、いろいろと書き連ねたような事情もあって、最近はニセ科学批判クラスタを批判的に言及することが多くなってきたが、やっぱり世界科学だろう、という思いは変らない。

 余談だが、ニセ科学批判クラスタを批判する人、というのがニセ科学勢力とか、トンデモ勢力というのは意外に成り立たない。そういう連中を自分積極的フォローしてないというのもあるかもしれないが、その手合いはまず自分たちに批判的な人がいることについて詳しく言及すること自体不都合なので、あんまり触れないのではないかとも思う。クラスタの言説に詳しく触れながら批判する人というのは、何だかんだいって「ニセ科学は嫌い」寄りの人間が多いようだ。

 あらかじめ書いておくと、自分見解は、「ニセ科学批判とネトウヨ本来、つながらない」であるしかし、そう言い出す人がけっこういる、というのも理解できないではない。まして、「またネトウヨ連呼厨ガァー!」などと言い出す気にはなれない。なので、どうしてそう思われるようになってしまったのか、といういくつかの自分の思っている理由について書いてみようと思う。

 なお、あくま自分観測範囲ベースなので、それ以上のエビデンス統計的根拠はない。ほしかったら基盤Bでも持って出直してきたら調べてやらんでもない。

 あと、話は基本的ツイッター世界が中心である

3.11以後の動き

 ニセ科学批判とウヨの親和性、という問題が語られるようになったのは、やっぱり3.11以後が決定的である。いちおう、3.11以降について、特に放射能デマをめぐる後始末についていうなら、ニセ科学批判派がおおむね正しかった(細かいとこで間違いや軽口があったのは否定しない)というのは間違いないので、これはどんどん認めていくべきである。そして、その上で、致命的なレッテルを引き寄せる結果となったことについてもそろそろ考えるべきだと思う。

 3.11直後にデマ批判をする人が、今となってはかなり信じがたい形で「ウヨ」と手を結んでいたのは確かだ。これはひとえに、デマの流布をほっておくことが人権問題になりかねない状況だったことによる。一例としては、ゴリゴリ左派左巻健男石井孝明をRTしていたことがあるくらいである。それは、個人的にそこはRTしなくてよかったんじゃないかと思うツイートだったが(別にどうしてもしなきゃいけないRTでもなかった)、しかし当時はそれでも連帯できるところは連帯しないといけない事情だったのも確か。とはいえ、そのRTを見てニセ科学批判派の中にいる自分でも嫌悪感を覚えたので、その外にいて、かつ左派寄りの人がどうとらえたか想像に難くない。

 元々、デマ批判を発信していた人には政治的には左派が多く、その中には、事態が落ち着いた今は左派クラスタのなかへと帰っていった人も少なくない。今となっては、「福島差別」について関心が高いアカウントというのの少なから割合がただのウヨアカウントであり、人権問題危機感を抱いて近づいてきたというよりは単に「ダシにしにきた」ことも明らかになりつつあるのだから、この時期のことについては、ちゃんと後処理をしておくべきではないかと思う。一方で、安易にウヨレッテルを張った側も、そのレッテルについて再検討する必要がある。

多層的な「ニセ科学批判者」

 ニセ科学批判というのは多層的に発信される。最初の発信者、つまり、積極的に資料をあたったり文献をあたって、情報を発信していた人はもちろんいるにしろ、その人たちの話がどう広まっていったかといえば、メディアが広めた場合ももちろんあろうが、ツイッターなどネットではそれを再発信する人によって広まったわけだ。この人たちの中にも濃度がいろいろあって、「なんとなくRTした人」「そういう話を見たら積極的にRTする人」「RTして、自分でもそれをベース意見をいったりする人」「それがさらにバズって積極的ニセ科学情報を集める人」とまあ、いろいろだ。

 こうなると、ニセ科学批判クラスタといっても、もともとの「ニセ科学批判派」の声は流通する情報割合的にはごくわずかということになる。

 俺がやばいと思う層は、じつはこの水増しされた部分であるデマ批判が機能したのはこの部分あってこそなので、水増しという言い方は語弊があるのかもしれないが、しかし、ネトウヨニセ科学批判がむすびつけて論じられることに責任があるのはこの層ではないかとも思う。

 この層、とひとくちにいっても、いくつかある。

(1)善意悪用して、自分イデオロギーをのっける層

 まあこれは文字通りの「ウヨ」層だ。前述の石井孝明とか、池田信夫なんてのもそうだろう。この亜種(1A)としては、ウヨというよりは「左派が憎い」というイデオロギーをかぶせていくケースもある。佐々木俊尚とか、伊藤剛あたりがそうだろうか。そうそう、伊藤剛と昔仲良し今は犬猿の仲唐沢俊一も忘れてはいけない。君たちお仲間だよおめでとう。あるいは、こうやって膨らんだ層を客層にあてこんだ「御用文化人」というケースも亜種(1B)の一つだろう。いちえふの作者なんてのはそうだと思う。最初はけっこうまじめな信念を持って作業員のルポを始めたんじゃないかなー、とは思うのだが。

(2)人を叩くのが好きな層

 言っちゃあ何だが、科学正義であるしかも、ある程度実証が積み重なれば、相対化しようがない正義だ。本当は正義とか正しさなんて一ミリも興味はないのかもしれないが、とにかく人を叩く根拠がほしいならず者にとって、こんな都合のいいものはない。しかも、人権問題としての問題意識までくっついている。人権なんて一ミリも興味がないのかもしれないが、以下同文。

 正義暴走がデンデンという人はネットによく転がっているが、あまりこの点には言及しない、どころかこの正義だけは振りかざすのが大好きだったりもする。彼らの心情は、よくわからない。

(3)理系としての選民思想の持ち主

 一昔前のメディアに流れる文章には、理系に対する嘲笑偏見がいりまじったものというのが結構あった。それを見た理系人が、お前ら哲学で作った飛行機に乗れるのかよ、というような反発を持つのは想像に難くない。俺も昔はそうだったし。それは仕方ないところもあると思う。

 ところが、ネット理系研究者がどっぷりつかっていたり、エンジニアがどっぷりつかっていたりする場なので、そういう人が意外にマスをもてる世界である。それはいいことでもあるんだけど、結果、「理系カルト」のようなものが出来てしまうという面もある。その結果、「文系」をバカにするようなアカウントが出来上がる。昔、科学ネタアニメ談義が話が合うという理由高専生や理系大学生をけっこうフォローしていたのだが、どうもこういう方向に流れていく人が多く、非難がましいツイートが増えた結果リムられたりリムったりブロックされたりが増えた残念な記憶もある。

 これらの人が、放射能デマ批判、さらにはより広いニセ科学批判に群がったわけだ。どれもこれもあまり近づきたくないタイプである

 しかし、本来意味でのウヨはこの中では(1)か、せいぜい(1A)までに限られる。それが全体のうちどれくらいの割合を占めるかというと、あんまり高くないと思われる。おそらく、悪印象のかなりの部分は(2)(3)に起因しているのではないか。(2)と(3)は、本来的にはウヨ思想とは関係がない。しかし(2)はそもそもモラルを欠いている層で、ネットイナゴといわれる集団に近い。そういう人が、ネトウヨ思想親和性を持つのはまあ時間問題である。(3)は正直因果関係を断定しづらいのだが、確かに自分観測範囲では重なる人が多い。理系でもウヨ色の薄い人は理系絶対主義みたいなところには陥らない、みたいな雑な印象がある。

 そうすると、本来関係のない「ウヨ」と「ニセ科学批判」がセットで観測されるということが大量発生する。しかも、(2)(3)は人間性として最悪の、できればブロックしておきたいタイプだ。どこをどういじっても、ニセ科学批判がいい印象を持たれる展開がない。しかも、こういうアカウントに限って、やけにRTされる数が多く、ダメな方向にネットへ広がっていく。

 (この部分追記)「冷笑系」と呼ばれるような集団がともかなり重なっている、というのもいくつかの反応で見かけた。これはもっともだと思う。特に(1A)や(3)あたり。

 後出しじゃんけん承知で言うと、推敲前は言及していたのだけど、定義にやかましい人の怒りが二乗になりそうなのと、話がとりとめもなくなったのでなんとなく端折ってしまった。けれど、ニセ科学批判との関係について考える場合には、「いわゆるネトウヨ」より重要カテゴリーかもしれない。

こじらせびとたちの罪

 ネトウヨ定義というのは曖昧である。むしろ、厳密に定義したところで境界線附近人間大手をふって歩き出すだけなので、ある程度曖昧でいいと思う。ライトノベル定義みたいなものだ。物語シリーズラノベかとか三毛猫ホームズラノベかと言ってる分には意味もあろうが、そこにかこつけて「聖書はラノベでは」とか言い出す奴はつまみ出せばよい。

 しかし、世の中には問題児がいる。自分たちはつまらない理由ネトウヨ扱いされた、だからネトウヨを名乗ってトンチキなことを言い募ってやる!と言わんばかりの連中である。いまどき子供ももう少ししつけられていると思うのだが、そんないい大人がネットにはたくさんいる。被害者意識をこじらせているとしかいいようがない。本人はネトウヨ認定したほうが悪いと思い込んでいるのかもしれないが、申し訳ないが狂人の真似だと言い張って東大路通を走る人間京大生でなければ狂人である京大生でも狂人かもしれない。

 菊池誠氏があんなふうになったのは、一つのきっかけはここにあると思う。しかし、年齢的にも知性的にも社会的立場的にも、責任能力を逃れられる人ではなかろう。自分の不始末は自分でつけていただきたい。きっかけのもう一つの原因(と俺が思ってること)は、次の項で述べる。

 ジャンルは違うけれど、所謂キモくて金のないおっさん」を名乗りたがるネット住民、についても似たようなことが言える。

フィードバックはめぐる

 ツイッターにはRTとかふぁぼという機能がある。ふぁぼはまあいいとして(最近はこれもTLに流れてくるようになったが)、RTは誰が何をRTはしたかが、ある程度分かる。

 RTの基準は人によっていろいろだろうが、まあ第ゼロ近似としては「それに共感するんですね」だろう。直後のツイートで批判的に言及でもしておかないと、そう思われないほうがおかしい、と思う。

 ここでめんどくさいのは、「それに共感するんですね」の「それ」はツイート文章のものであるツイートしてる本人であるか、である。直感的には、前者だろう。後者は雑な見方に映る。ただ、発言属人的に見ない、というのはけっこうなことに見えるが、発言主と合わせて文意判断しない、ただの無責任な態度となることもある。見てる側が、いつも「こいつはどうしようもない奴だな」と認識していれば、それをRTする方も同類とみなされることもある。そんなのおかしい、という人もいようが、そういうものだ。

 さてここで上のニセ科学批判情報の発信の話になる。発信者する側も、自分が発信した情報を受けて賛同し、意見を述べたり非難したりするツイート自分のRTという形で放流するということをよくやる。別に発信者じゃなくてもやると思うからニセ科学批判に集まった人も、さらにそれをやるわけだ。

 ところが、その放流元が「札付き」であった場合、それを「ニセ科学批判に賛同してくれた」という文脈だけで読んでくれる人は、あんまりいない。ごくふつうアカウントなら、はいはい賛同者だね、ということになる。ところがそうじゃない場合問題だ。そりゃあ、ツイート単体ではいいことを言ってるように見えたりするかもしれない。でもそれを、みんな属人的に見ないでくれるだろうな、というのはおめでたい

 でもまあ、そういうことが一度や二度あった、というだけなら、まあどうということもないかもしれない。しかし、これを長く繰り返し続けていくとどうなるか。

 「お前はそういうやつなのか」で離れる人というのは離れられる側にとっても、分かりやすいし素直だ。だが、「お前のRTうぜえわ」で離れる人も出てくる。離れられた側は、もしかしたらなんだか事故にあったつもりになるかもしれない。自分はただ「賛同できるツイートを流しただけなのに」、と。

 それもそうかもしれない。でもそれが繰り返されるうちに、クラスタ自体が、濃縮されてだんだん汚染されていく。そして、やり取りをする相手というのは、本人も気づかないうちに影響を与えていく。フィードバックされちゃうのだ。

 2012年か2013年くらいまでは、きくまこ先生もそこまで変ではなかったが、その後加速するようにヘンな発言が連発されていくのは、こんな感じだったのではないかと考えている。

 ニセ科学批判そのものを凶器として振り回す層というのが出来た結果、その印象がネットイナゴ、あるいはネトウヨと非常に近いものになってしまう。あとは災害が広がるのみだ。子宮がんワクチン水素水、EM菌。本来ならネトウヨと関連付けられる要素なんてないものも、そのスジのアカウントが言及してはバズる、という光景は、「そこ」がイニシアチブを握っている、と認識されることになる。そうなれば、ウヨに批判的な人は近寄りがたくなる。もちろん、もともと発信元として活動していたような人は、自分左派であろうと発信を続けるだろう。でもそこまで中心にいない人は、距離を置くか、あるいはニセ科学批判派の語り口に疑問を持つようになる。

そして深まる左右対立

 このような先鋭化の過程で、本来なら近しいところにいるはずの、歴史修正主義批判や、反知性主義批判(本来意味も、日本独自派生した意味もどっちも含まれる)との溝が深まっていくことになる。めんどくさいことに、これらの集団原発や巨大科学のようなものには批判的で、甚だしい場合放射能デマに一定の親和性がある人もいたりするので、頭が痛い。

 よく、ニセ科学批判クラスタはこれらのニセ社会科学・ニセ人文科学問題には無関心だと言われる。発信する側については実際には必ずしもそうではないアカウントも多いのだが、群がっている層については確かに無関心…… どころか敵意を持っている人が少なくない。理系人が多いので馴染みが薄いし慎重な態度でいる…… というのはなくはないのだろうが、どうもそれだけで済まないところがある。歴史問題法律あたりに目をつけて観察していると、「馴染みが薄いからかかわらない」ではなく嬉々としてトンデモさんを引っ張ってきて何かつぶやいている、という光景を目にして頭を抱えることになる。

 「Aを批判しているのにBを批判しないのはなぜか」はほっといてくれというのは分からないでもない。ただ、それは本当にたまたまのこともあれば、党派性を後ろに秘めてみて見ぬふりをする場合もあるので、けっこう一概には言いにくい論点である状況証拠次第によっては、判断材料として持ちたくなる疑問であるのは確かだ。また、別にこういう「疑問」はニセ科学批判クラスタけが受けるものではなく、左派いちゃもんのように昔から言い立てられてきたことでもあるので、やはり状況しだいでこう問いたくなるのも当然だろう。

 しかしその結果、溝はますます深くなるのである

 こんなことが続いていくうちに、ニセ科学批判クラスタは「身内」に甘い、というような見方もされてくる。そんなことないよ、と言いたいところだが、最近たまにはてブあたりに上がってくるニセ科学批判批判へのブクマコメントなど見ると、妙にニセ科学批判サイドへの批判を矮小化しようとする「ニセ科学批判者」のコメントが見受けられたりして「ああこの人もかあ」という気分になってくる。

経済をめぐる対立

 先日ツイッター問題になっていたのは、これのようだ。mika_berry氏というツイッタラーリフレニセ科学批判とネトウヨのつながりについて言い始めてそれにニセ科学批判派やネトウヨ定義が気になるタイプが反発して少し炎上のようになったらしい。

 経済には明るくないので、具体的なところには踏み込まない。が、ニセ科学批判クラスタ、あるいはもしかしたら理系クラスタまで枠を広げてもいいのかもしれないが、けっこうな割合がいわゆる「リフレ」に近づいたのは確かにそうだなと思う。

 ただしここも距離の違いはけっこうあって、単に「反緊縮」に近づいた人もいれば、はっきり「リフレ」に近づいた人もいる。俺も反緊縮については多分同意すべきなんだろうな、と思う。

 なぜこういう動きが起きたかは分からない。単に、時代的に緊縮はもういい、という風潮だったのかもしれない。反緊縮は数字勘定してイメージやすい「ロジカル」なものからという、もっともらしい理由がつけられるのかもしれない。それはわからないのだが、しかしこの「リフレに近づいた側」の少なからぬ人が、その後決定的にウヨに近づいていくことになる。

 これも理由は分からない。反緊縮には賛同する、という程度の人は、あまりそっちへ動かなかったからだ。アベノミクスなるものがあったからといって、他の論点がいっぱいあるのだから、ウヨに近づく理由にはならないのである。むしろ経済で結果を継続して出せるように安定させるためにこそ、おかしな動きは徹底的に批判すべき、と思うのだが、なぜかそうならない人というのがいた。ニセ科学批判クラスタの外にもそういう人がやはり「なぜか」いて、新たな集団を作るようになる。リフレ経済的に豊かになることを期待するクラスタ、というよりは「政権を応援しマスコミを憎み野党のアラ探しをする」クラスタとなる。経済には明るくないのでよくわからないのだが、アベノミクスのような政策はほっとくだけだと企業が潤うだけだと聞く。こういう人が「再分配を求めるべき」「企業給料をあげよ」というような動きをしたという話を寡聞にして聞かない。本当に経済大事だと思っていたのか、いまいちよくわからないところがある。

おわりに

 昔ながらのニセ科学批判は、党派性から距離を置いているつもりの人が多い。これは「左派が多い」という、上で書いた話とも別に矛盾しない。もちろん、ノンポリもいる。俺だって党派がかるのは大嫌いだ。

 それはいいんだけど、そうありたいと思うこととか、自分たちはそうだと思い込むことは、あんまり何かを担保してくれることではない。

 ここ10年くらいのインターネット歴史は、ノンポリ政治的な層、特にウヨに振り回される歴史だった。

 1970年ごろの学生運動だって、多くは本質的にはノンポリだったという話はよく聞く。でも、左翼運動の迷走についての責任を問われないかといえば、そんなことはないだろう。

 俺が思うのは要するにそういうことだ。ニセ科学批判=ネトウヨというくくりは、なるほど雑だ。だけど、それを一笑に付せる無邪気さは、ちょっと俺には持てない。

(追記しました→https://anond.hatelabo.jp/20170802040735

2017-07-22

20歳一般女性政治観

休みに入ったので、日頃モヤついていたことを考えてみた。


結論から言うと、完全に公正明大かつ正確な事実に基づいた情報存在しないので、

ニュースで流れるあれこれについて考えようがない、ということになった。

正確さがない題材に面白みは生まれず、若年層ほど選挙には興味がないのである


私たちは働くことが義務付けられ、とにかく間違いをしないような教育を受けた世代だ。

ミスがあってはならない。何事にも等しく正解があり、それ以外は不正解である

正解すれば加点。不正解であるならば減点。点数を失えば人生が終わる。

誰かが定めた「正解」を引き当て続けなければ生きてはいけない、という考え方。


だいたいそんな感じなので、政治についても「正解」を求める。

最近気づいたのだが、こと政治に限ったことではなく、すべてのことに正解はない。

全員で迷い、議論し、互いができるだけ失わずに済む妥協点・境界線を探ることしかできないのだ。

そんな簡単なことを気づくのにずいぶん時間がかかってしまった。


設問には揺るぎない前提が必要である。なんの前置きもなく、

「1+1」における「1」の定義が「2」であったり「5000兆」であったりしてはいけない。

小学生レベル後出しジャンケンではあり、これを行えば出題者は信頼を失って死ぬ


いまの報道は、テレビネット新聞ラジオ出版物、どれを取ってもそれぞれ、

情報」に「解釈」が加えられることで定義が異なっているのが当たり前だ。

安倍首相がした発言を、己の見解を添えたり、切り取ったり、並べ替えたり、「解釈」を加えて勝手に再定義する。


本来問題というのは面白いものである。私はゲームが好きだ。それと同じであり、

解ける式が増えていけば自由度が増し、理解できる世界が増える。

五七五と季語制限があるからこそ、俳句面白く、世界通用する文化たりえる。

情報」や「前提」、「制限」が明確であればあるほど、問題ゲーム面白みを増す。


いまの報道は、この「情報」「前提」「制限」が「解釈」によって「再定義」され、

「正解」を求め続ける性である私たちにそれへ近づかせようとせず、

ゲーム問題は好きであるが、それをまず「再定義」によって成立させていないので、

単純に「政治問題」は私たちにとって路傍の石ほどに「面白み」がまったくないのだ。


私たち世代は、麻生太郎副総理大臣好きな人々が割と多い。

キャラクター」が明確だからである。ともすれば茶目っ気のあるおじいさん、

ともすればSPに囲われる本格派マフィアのようであり、私はしゃべり方も好きである

彼は私たち世代にとって「面白い存在」であり、興味と信頼を寄せる一因となっている。


そう、単純に「政治」という話題は、サービスインから数週間で消えるような、

まったく無名で見るから面白くない無料ゲームよりもまったく、ともすれば

異世界はスマートフォンとともに」よりも面白くないのである。「オワコンなのだ


互いに他陣営を貶し叩き貶めるだけの政党派閥の争いには、ドラマチックな展開など生まれない。

EVO2017でとき選手が魅せたような、壁際J中Kから瞬獄殺のようなドラマは生まれないのである

愛されるようなキャラクターもいなければ、一見して面白いような設定なども存在しない。

0.01フラクタルほどもBlu-rayが売れない、「JKめし」のようなクソアニメとなるに違いない。

(むしろJKめし」に失礼であるかもしれない。お詫び申し上げます


若者政治に興味を持たないのは、そびえ立つ人口ピラミッドによる絶望感などではなく、

ただひたすら単純に「面白くない」からだ。可哀想なおじさん&おばさんが口汚くしゃべるだけの、

他になんとも言いようがない「苦行」であるコンテンツなのだ。誰が買うか。


政治家たち全員にキャラクター異能力など求めていない(どうせコネ当選から)。

せめて、本当にひたすら正確な情報だけを毎日供給し、参照しやすメディアひとつあれば、

それを基に私たち勝手議論を始めるだろう。それは「問題「ゲーム」として成立するからである


ただ、そんな問題に取り組むよりも、自民党民主党安倍さん蓮舫さんを一方的に罵り、

下卑たクソのような情報をもとにグチャグチャと言いあい共感する仲間がいる方が楽しい

そんな人々の方が圧倒的に多い世の中であるというだけではあるが。


関わらない方が「正解」である。私は正解する。カドホモ

2017-07-06

未だに社会上の将来が定まらない

社会では何者にもなれない自分。30代非正規

労働を消費してお金を得るだけの底辺仕事ばかりついていた。

スキル特になく、仕事を覚えるのも遅くトロい。

年とともに新しい仕事を覚える柔軟性、慣れのスピード若い人と比較して劣り実感している。

服のゆるいオフィスワークPCを触る仕事で、できれば1つの仕事に専念できる職を従事希望している。

事務などは優先順位の変動と臨機応変、人の空気を読みがきついなら、専門知識スキルをつくったほうがいいが

50代以降を考えると、介護もあるかもしれなくて、今すがりついてもいつか仕事を諦める境界線が出てくると思うと今の仕事を選ぶ将来設計ができない。

自分は1つの仕事に定年まで勤めて長い年月でカンを鋭く磨き上げ、カン経験若者と一線を画しながら、

1つ1つ良いものを作り、提供した客の満足する顔を見て、自分のしてきた仕事上の財産若者に育てて託し、ほそぼそと生きる職人が向いている。

オフィスワークでこういう仕事がなかなか見つからない。

ほんとどうしよ。

2017-07-04

どこからパラサイトシングルなのか

大家族、拡大家族三世帯同居が当たり前の時代から核家族時代を経て、パラサイトシングルという集団が見いだされたわけだが…

大家族時代のような独身の子が同居している状態と、パラサイトシングルの線引きはどこになるんだろうなあ。

家にお金を入れているかどうかで言ったら、大家族時代独身の子世代お金入れてなかっただろう。

まあ、その頃は農家が多かっただろうから、家の田んぼを耕したりで家の労働力になるか、

作男として近所の田んぼをやるとか、女性なら女衆として、炊事洗濯とか

そんな時代に家に金を入れるというと、身売りや丁稚奉公とか、なんだかツライ方法しかないぞ。

協力して生活運営することと、依存境界線はどこにあるのだろうか…と考えた場合に、

やはり、自立心があるかどうかなのかなあ。

その上で、できることは自分でやる。

協力するところは協力する。

なんと、山田昌弘氏の「パラサイトシングル時代」は私は未読である

読んでから問題提起しろや、とは自分でも思う。

2017-07-03

アイスティー境界線

アイスティーって頼んだら

アイスティー+ガムシロが標準?

店によって違うからそわそわする

2017-06-28

https://anond.hatelabo.jp/20170628024650

「私は人の気持ちが分かる」っていう人は下記のいずれかです。

①自他の区別がついてないBPD

②自他の境界線曖昧自我障害)な統合失調症

③驕り高ぶった勘違い野郎心理系に多い)

例えば相手はほんの冗談で言ったつもりの言葉を真に受けて怒ってしまったり

普通です。

仕事の場面では、上司が暗に示している言葉真意理解できないこともあった。

「こともあった」ということは、いつもではないわけですよね。

仕事に支障がでるほどコミュニケーションが取れないわけではないんですよね。

普通です。

2017-06-24

ツイートボタンうぜえ

邪魔なんてレベルじゃない

ボタン一つで他のサービス連携させんじゃねえ

ちゃんと境界線作れや

2017-06-22

百合境界線はどこなんだろう

女×女

ここまでは間違いなく百合として

女体化×女

例えば女らんま×あかね百合なのか

性同一性障害手術済み男×女

心と体が女になった男と女百合なのか

女装×女

どう見ても美少女女装と女は百合なのか

男女カプと言うのもちょっと違うし百合と言うのも微妙よなぁ

2017-06-20

浮気境界線

手を繋いだら浮気

って聞いてびっくりした

そそそそんな狭いもんなの!?!?

友達の話を聞いて飲んでた牛乳から噴射しそうになった

キメ台詞のあと、女の子普通そうだよね~~★って目線もらったので、そうだね~~~~って言ってしまった、思わず

思考回路が男寄りなのかな?と思ったけど、一般的にそんなものなのかな

ネットを見てていつも思う

日常会話の中でざっくりしたゆるい定義の話をしてるとき例外ばかり語って定義に完全性を求めるのってやっぱりコミュ障なんだろうなと。

完全な定義などないのに、「お前の定義は完全ではない」というのが反論になると思っているらしい。

定義において重要なのはそれが日常生活言語による伝達という行為において十分通用するかどうかという実用的な視点であって、それが完全か不完全かというのは学術的な文脈でもなければ二の次というか、そもそも完全はありえないのだからそんなことを考え始めるのは哲学者に任せておくべきで、一般的対話相手にそういった態度を求めるのは不毛だと思う。

りんごは赤い」という何気ない会話に対してオタクは「赤くないりんごもある!」と言って勝った気になる。自分は誰もよりも頭がいいと思っている。

しかに赤くないりんごもあるが、こういう発話において意図しているのは、「日本で売られているりんごはだいたい赤くて、りんごといえば日本では一般的赤色イメージが共有されている」程度のゆるい話。その定義においてはもちろん「赤くないりんごもある」という例外も両立可能

オタクはいつも完全性を相手要求してくる。「お前の定義は完全ではない!」→「したがって俺の勝ちである!」

これって要するに対話拒否していて、現実的に地に足のついた話をしていこうという意思がないってことなんじゃないか

今日は晴れだね」

「晴れの定義を言え。今見えてる空には雲があるぞ」

「雲がまったくない状態はもちろん晴れだけど、雲が多少あっても晴れなんだよ」

「じゃあ晴れとくもりの境界線はどこになるのか。空の何パーセントが雲に覆われればくもりなのか」

日本では9割以上が雲なら曇りというらしいね。じゃあ今日は晴れだ」

「それはおかしい。俺は向こうの空が快晴でもこっちは土砂降りという経験がある。お前の定義だと空に50%しか雲がない土砂降りでも晴れということになり得る。それにお前は今9割などと言ったが、雲の量が89.9%のとき晴れで90.1%ときくもりだというのは感覚的に考えて明らかにおかしい。おれはその違いを認識できない自信がある。お前は馬鹿だ」

「じゃあ今日はくもりでいいや。明日もくもりだろうし、これから永遠にくもりだろう」

2017-06-16

https://anond.hatelabo.jp/20170615182428

そんなもんあるわけないだろ。。。毎回毎回めんどくさい議論を積み重ねてグレーゾーンに少しずつ境界線を引いていくしかないんだよ。

2017-06-10

ここ数千年の宗教って現人神多すぎじゃね?

昔はもっと神は神で絶対的存在だったと思うんだけどいつの間にか人なのか神なのか曖昧な連中が跳梁跋扈しまくるようになってきてるんだが。

仏教とかですらほぼ崇めてるのは現人神みたいなもんだしマジで神と人との境界線曖昧にしすぎじゃねっていう。

神は天にいましの精神忘れとるんちゃうかな。

2017-06-09

ドレスコード」によって入店を断られるとか、一見さんお断り、みたいなものはセーフとされているけど、ベビーカー入店を断ると炎上するケースもあるよね。この境界線ってどこにあるのだろう。

障害者を名乗れば入店拒否差別だと法に訴えられるだろうから障害者手帳を首から提げてアロハシャツを着てドレスコードのある店に突撃したらどういう結果になるのかとか、Youtuberがやってみてほしい。

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