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2018-08-13

anond:20180813032659

こういうこと感じている人はたくさん居ると思う。

多くの人はやり過ごしているうちに40代、50代になり諦観。一部は考えすぎて鬱状態悪化もっとも少数なのは一念発起して勉強し直したり起業したりして大成功。といったところじゃないかな。

2018-08-10

鬱に悩まされつつ高校生をする

まだ十数年しか生きてきていない中で四年間くらい鬱で悩まされていて。

鬱の定義って難しいから本当の意味で鬱なのかは分からないですけどね。

最初の2年くらいは生活に支障は無かったのですが、最近身体を動かすことでさえダルくて。

って話すと、ド正論精神論が飛んでくるのですが、そういう問題ではないんですよね。

他人と話す分にはなんの支障もないのです。極端にコミュ障なわけでも、不登校になってる訳でもないのですが

ここ2年間。月一ないしは二三回学校を休むようになってしまいました。

学校で虐められているとかそういう訳でもないのですが、簡単に話すと “学校に行く理由が見つからない” のです。

もちろん、就職のため...進学のため....と言った話は分かるのですが....別に生きている理由も無いんじゃないか最近強く思ってしまうのです。

今は進学という建前で話がすすんでいるのですが極端な話、フリーターでも良いかなって思うんです。なんでもいいんですよね

自殺とかも考えたりはしたんですけど

生きる意味も見つからなければ、死ぬ理由特に見つからなくて困ってます。潔く死ねればいいんですけどね。

まぁ。そんな中で今日

くらげバンチ」というサイトで連載されている「働かないふたり」というマンガ面白かったので、ぜひ読んでみてください。

ニート兄弟の話なのですが、少し考えさせられるものがありました。

もう既に200話以上あり、公開終了している話もあるのですが、1話完結していて、公開している話だけを読んでいても全然内容は把握出来るので、読みましょう()

.

まぁ自分自称鬱状態ながら、なにをしたらいいのか分からない日々を送っていますが、もう少しだけだらだらと生きていたいと思います

文章化することで少しだけ楽になったような気がします。ここまでお読みいただきありがとうございました。

縁が合えば焼肉食べに行きましょう

2018-08-05

舞台オタクの友人へ。誰もお前なんか愛さな

友人とは中高生のころに知り合い、もう10年来の付き合いである。

もも限界かもしれない。

友人とは席が前後だったことがきっかけで仲良くなり、お互いオタクだったこともあってすぐに仲良くなった。

友人と私含めたグループで昼ご飯を一緒に食べたり、放課後にどこかに寄り道して遊んだり、土日に集まって

馬鹿な事をして遊んだりした。あの時は本当に楽しかった。短い私の人生の中で一番楽しかった瞬間だと、今も胸を張って言えるぐらい。

大学生になっても、社会人になっても、友人との関係は続いた。会う頻度は減ったけれど、集まればすぐに学生の頃に戻った。

友人がおかしくなったのは3年付き合った彼氏にふられてからだ。

からするとろくでもない男だったが(友人から話を聞いていて正直別れてしまえと3年間ずっと思っていた)

友人にとっては大切な彼氏だったようで、別れた後の友人の憔悴っぷりは凄まじかった。

体調が悪く、精神的に不安定状態がずっと続いた友人を私は心配していたが、ある瞬間から友人は持ち直し、以前のように元気になった。

舞台にハマったのである

元々ミュージカル等が好きだった友人は舞台にはまり推し俳優ができた。

友人の推しである俳優Aは確かにかっこよく、人気があるというのにも頷けた。

友人は推し舞台に足しげく通い、パンフレットブロマイドを買い、DVDをそろえ、TVに一瞬でもうつっていたら必ず録画した。

一時期鬱状態にも近かった友人が元気にオタク活動をしているのを見て、私は良かったなぁと思っていた。

ただその安心は、今思えばかりそめだった。

初めて違和感を感じたのは、友人が旅行に行くのを渋った時だ。二人で旅行でもしたいね、とは昔からよく話していたのだが、

私が「連休の時にここに行くのはどう?」という提案をしたら「高いから無理」と却下されてしまった。

場所は伏せるが金額にして5万である。いわく、最近入り用が多く、一人暮らしの身としては、今は5万すらも厳しいと。

そもそも私と友人の休みを合わせるとしたら飛行機が安い時期にチケットを取れるわけがないので何を今更とは思ったが、

まぁそういう時もあるよなと思い直し、その旅行の話は無くなった。

だがツイッターを開くと、友人は俳優A目当てに同じ舞台を一月に10回以上観に行き、宿泊込みの遠征にも行っていた。

すっと自分の血が冷たくなるのを感じた。

このエピソードに似たことが他にもあり、自然と友人とは疎遠になった。

疎遠になっている間、友人とは一切会話をしなかったが、ツイートタイムラインに表示されるのでたまに見ていた。

友人はネット上で舞台仲間を作り、どんどん俳優Aに傾倒していった。

舞台を観に行くだけでなく、写真集を買ったり、握手会などのイベントに参加してチェキを撮ったりしていた。

そんな友人のホーム舞台関係ツイートか『彼氏なんていなくても人生楽しい』『結婚しろと言ってくる世の中はクソ』

みたいなリツイートが大半だった。

この前、学生時代のグループで久しぶりに集まろうという話になり、私は友人と再会した。

全員社会人ということもあり、自然結婚の話にもなった。

その時友人は「旦那はいらないけど子どもは欲しいなwだからまぁ…結婚したほうが良いんだろうけど」と笑って言っていた。

誰がお前みたいな人間愛すかバーーーーーーーーカ!!!!!!!!!!!!!!

普段舞台に金ドブみたいにつぎ込んで?リアルの予定全部ブッチして舞台行って?半年とか1年後も舞台の予定が

スケジュールにびっしりからそもそもリア友との予定が皆無のお前なんか誰が好きになるかバカ!頭おかしいんじゃねぇのか?

舞台以外に金払いたくねぇから今日飲み会もテメー一人だけ金少なく出したの気付いてんだよバーカ!

何が「おろすの忘れちゃったwごめんw」じゃねぇよクズ

リア充に対して嫉妬があるなら同じようにすればいいじゃん。舞台に逃げるのやめればいいじゃん。

趣味が無い人間彼氏がいる人間結婚する人間ディスる意味わからんわ。

舞台を至高の趣味みたいに思ってその他の趣味ディスる神経もわからん

お前みたいにプライドが高くて周りの人間を下げなければ生きていけない人間、誰が好きになると思ってるの?

女だろうが、男だろうが、誰もお前なんか愛さないよ。だって一緒にいても楽しくないもの

学生のころはそんなんじゃなかったじゃん。確かにからひがみっぽいとこはあったし、片鱗はあったけど、こんなんじゃなかったじゃん。

今のお前、最低だよ。プライドばっか高くて、他人悪口ばっかり。なんでこんな風になっちゃったんだろう。

お前じゃなくて私が変わったのかな。どっちも変わったのかもしれない。

結婚しても、何歳になっても、ずっと仲良くしようねって、言ってたあの頃に戻ってよ。

学生の頃に、もしおばあちゃんになって、子どもが家を出て行って、旦那が死んで一人ぼっちになったら、

二人暮らししようって言ってくれた事、すっごい嬉しくてまだ覚えてる私は馬鹿みたいだ。

2018-07-08

幸せに生きる文化」あるいは、4歳の息子が指を飛ばすところだった話

幸せに生きるためには、やらなければならない事と、やってはいけない事があると思うんです。

それは多くの場合常識文化として親から子へ伝えられるものなので、「あたりまえ」にできたり出来なかったりします。

今日、4歳の息子が指を失うところでした。

 ーー**ーー**ーー

原因は「ガードがない扇風機に指を突っ込んで切断」というものです。

普通扇風機です。前半分のガード部分が完全にありませんでした。そして、電源に繋がれ、回転して、涼しい風を送っていました。その扇風機義母の部屋にあったもので、今日リビングのすぐ前の廊下に、少し下向きにして設置してありました。

自分と息子が風呂から上がると、その扇風機はすぐ目に入る場所にありました。

息子は風呂上がりで暑かったのもあるのでしょう。

扇風機に近づき、しゃがんで顔を近づけて覗き込み、指を回転している羽根中央に、指を差し込もうとしました。自分の目の前で。

怒鳴りました。何やってんだ!って。それで息子は離れた。同時に怒鳴りました。

何考えてんだ、こんなところにこんな状態のもの置くなんて!!!

ふざけんな!!!

 ーー**ーー**ーー

指を切断って思ったけど、もっとひどいことになっていた可能性もあるんですよね。指を弾いたあと、倒れ込んできて顔に当たるとか。そうそう、髪の毛が絡むみたいな事故もあるんですよね。扇風機って。ガードがないむき出しにで使っていれば、ちょっと引っ掛けただけでグチャグチャです。

扇風機義母の部屋にあった事自体今日まで自分は知らなかったんですが、息子は義母の部屋に行くことがあるので、他の日に同じ状況になっている可能性がありました。

ブチ切れました。

そんな危ないものを平気で置いていることに。彼女にも伝わるように例えを書くなら、義理母親が息子を殴っているのを目撃した感じ。言っておくけど「危険性」はその例え話の比ではない。そんなことができる人間がいるなんて信じられない。

まあ、なんですけど、結局。

なんでブチ切れてるんだ、態度が悪い。というのが、彼女義母と義父の感想だったみたいです。義母が言うには「鉛筆やこよりを突っ込んでどうなるか見せ、あぶないと伝えていたか大丈夫だと思った」ということでした。んなわけあるかよ。

 ーー**ーー**ーー

義母は、言い訳するんですよね。すぐに。(ここは余談)

話を聞くと、義母の親が結構毒親だったらしくて。70近いですがそこから逃れることは出来なかったのかもしれません。彼女昔ながらの高級バーっぽい店をやっているんですが。妻と結婚する前、お店の中でお客さんが段差で転んで、頭に怪我をした場面に出くわしたことがあります

彼女一生懸命「そんなことが起こるとは思わなかった」「気をつけていれば起きなかったのに」って言ってました。この土地でこういう商売をしていて、このレベル対応なのかー。と暗澹たる気持ちになったのを覚えています結構高い金とる店なんですけどね。救急車も呼びませんでした。その後聞いた話によるとそのお客さんは当日一定間内記憶を失っていたらしいです。

それを見たことがあるので、彼女の店に、自分の友だちを連れて行ったことは一度もありません。これから絶対にないです。プロとしての彼女価値を感じないからです。

余談でした。

 ーー**ーー**ーー

もう一つ、事例を。自分の実父の話です。

『彼』は、兄を水の事故で失っています。『彼』が小学生になる前のことで、彼の兄は小学校の4年生だったそうです。

天気が悪い日が続き、その晴れ間のある日、川が増水していると聞いた『彼』は、慕っている兄に見に行きたいと強くせがみました。いつも見慣れた川がどうなっているのか、知りたかったみたい。詳しくはわからないのですが、彼らは二人で、少し離れたその川を見に行きました。そして足場が悪いところに入ってしまい、兄は川に流されました。後に下流遺体が見つかりました。

話を聞く限り、それを誰も止めなかったし、子供だけで川に言ってはいけないと言われてもいなかったし、川までの道すがら誰かが声を掛けて止めることもありませんでした。そこが炭鉱の町で、ほんとうの意味で「地元」の人が少なかったことや、そもそもお互いに注意し合う雰囲気ではなかったのかも知れません。

ともかく、事故は起き、『彼』の兄は死にました。

もちろん、これは人づてに聞いた昔話でしか無いので、もしかしたら本当に、ただ、どうしようもなく起きた事故だったのかも知れません。

でも、予後については問題だらけでした。

母親は「お前が殺した」「おまえは地獄に落ちるぞ」「出て行け」と『彼』に言い、宗教に逃げました。そして、三男を猫っ可愛がりするという方法で『彼』を攻撃しました。

父親ほとんどその昔話には出てきません。常日頃は面倒見のいい人だったし、仕事も出来た人らしいのですが。もともと戦争PTSDを負ってしまった人だったようで、夜中飼い犬がうるさいと言って撃ち殺したなんていう話が伝わっています。その人は『彼』が高校生の時に炭鉱事故で死にました。『彼』は自分父親のことがよくわからないと言っていました。

兄の友達からもかなりいじめられたみたいです。小学生ですからね。そしてなぜか、子供の間でも「彼のせいで死んだ」という話になっていたようです。子どもたちの間でも『彼』は、事故で死んだ友達の弟であるとか、兄を目の前で失った気の毒な下級生ではなかったんです。

『彼』は大学に行ってようやく親やその場所から逃れることができ、結婚して子供も出来ました。子供が本当に小さいうちはそれなりに接することができたみたいなんですが、その子小学生になり大きくなるに従って、だんだんと接する時間が短く、仕事に逃げるようになりました。その子供も、まあ、いろいろありまして、素直にまっすぐ何の問題もなく育つなんてことはなく……。トラブルを抱えたら『彼』はもうちゃんと向き合うことは出来ませんでした。

(というわけでその子供が自分なわけですけど)

 ーー**ーー**ーー

いっぱいあるんですが、自分が義父や義母が嫌いになった一つのきっかけなど書いておきましょうか。

ペティナイフがね。食卓においてあるんですよ。

鉛筆やハサミなどと一緒に。刃渡りでいうと15cmくらいのやつが二本。

彼女(...つまり自分の妻ですが)は、本人が持つ病気素養と、事件に巻き込まれPTSDが合わさって、彼女中学の頃からずっと鬱状態希死念慮と戦っています。常習的にオーバードーズリストカットもしていて、腕の傷跡なんか右も左も白樺みたいな、ひどい状態です。結婚して、また持病に合う薬もなんとか解りつつあり、ようやく腕を切ることはほとんどなくなりました。長袖いつも着ないといけないって、今では本人もすごく気にしているんですけどね。

ね。

ここでちゃん違和感とか、嫌な気持ちを持ててますか?「刃渡り15cmのナイフ食卓の文具立てにいつも置いてある」んですよ。

「死にたくて腕を切った次の日の朝、食卓刃渡り15cmのナイフを目にする」なんて、どういうシチュエーションだよ。どんなメッセージなんだ、それは。

刃物台所から持ち出さないとか、ちゃんと片付けるのは「危険物に慣れさせない」という意味もあるし、ふつう、この状況になったら刃物は一切遠ざけるでしょう……。

妻も、義父も、義母も、たぶん息子も、違和感を持っていないでしょう。それが「あたりまえ」だから

 ーー**ーー**ーー

もちろん、事故とか怪我とか病気とか、犯罪に巻き込まれるとか、本当にどうしようもないことって起きます。だから、不幸に原因を求めることは「絶対に」「絶対に」良くないことです。

それは、自分の実父を責めた人たちと同じ行為です。

ただ、確かに、「幸せに生きるための文化」があれば、起きなかった「かもしれない出来事」ってあるんですよ。危険確率だけは減らせるんだ。そして、もし仮にどうしようもなくそれが起きても、フォローしたり、助けたりするために「やらなければならないこと」「やってはいけないこと」は確かにある。

そうすれば、悲しいことはそこで終わらせることができるはずなんだ。

 ーー**ーー**ーー

ちなみに、彼女は二度目の妊娠中なんですが、タバコを辞めていません。(お酒ナマモノをやめたのは評価してます

彼女お金の使い方がわかってなくて、リボ機能カードの残枠埋めながら、夫には嘘をついて使い続け、任意整理に追い込みました。年収600万くらいにようやくなったんで、債務整理副業含めればなんとかなるとは思うんですけど。

上記文章の通り同居なんですが、義父名義の家のローンも終わってなくて、娘婿から取る家賃は15万/月。税金逃れのために「家賃」ではなく「分担金」と呼びます。もし離婚したりして家賃が入らなくなったら家を売るしかなくて、義父・義母も仲悪いか一家離散するでしょう。その上で、孫を危険さらし、それに対してふざけるなと怒鳴った娘婿は追い出す気みたいです。彼女は夫より息子より、自分の親との関係大事だってさ。

ちなみに、書いてないだけで、まだまだいろいろあるからね?笑

ははは。

ね?わかる?

文化って、怖いよね。

 ーー**ーー**ーー

ねえ、君は、ほんとに、どうするの?

2018-07-04

anond:20180704191221

恋愛とはまた別の話だけど

現状では結婚向きではない相手だなぁとは思う

夫婦でもプライベートに過剰干渉しあわない主義の人がいてもいいけど

鬱状態金銭ピンチなどの共同生活したら一緒に受け入れていかなければならない部分を

『カッコ悪いから知られたくない』で突っぱねられると

子供生んで一緒に育てる夫婦生活とかでは意志疎通難しいことが多そう

2018-07-03

anond:20180702115641

「妻は子供に関することはすべて自分が巻き取ると」言っているなら、

家庭内無料精子提供者として仕事をすればいいだけではないだろうか。

いわゆるボランティア精神で。

 

別に死んでも増田明日もあるし僕らなんにも痛痒ないけど、自分遺伝子残るのがそんなにいやという気持ちはさっぱり理解できない。

おそらく扶養義務とかが怖くて鬱状態なんだろう。

いわゆるゲーマー世代発達障害で0か1の極端な結末しか選べない人らしいというのもわかるけど。

作っても自然の摂理で全くできない場合もあるし、

自分の周りにも単身赴任のお父さんが子供ほとんどだっこしないで勝手に育っていった話とかよく聞くけど。

何がそんなに怖いのかなと。

奥さんが前言を翻しがちだったりキレたりしやすいのにそういうできもしないことを言っているように見えるのなら、それは子づくりとは別の問題だし。

2018-06-30

人間らしい生活がしたい

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くのが辛い。

5〜6日の内訳はこうだ。

4日派遣事務(時給1500円)

1日ソープ(1日4〜6万円)

1日デリヘル時代の客の裏引き(1回4万)

ソープが減ることと裏引きが減ることはある。派遣事務は週4の契約なので基本は減らない。私が突発的に休むと減る。

小学生まではまともな人間擬態ができていた。中学受験のため塾に通っていたのもあり、成績は良かった。

難関中学合格し、人生順風満帆に見えた。

中学3年のころから、なにかをこじらせて自傷行為を行なった。

過食嘔吐リストカット。度胸がないので傷は浅い。アラサー現在残ってはいるけれどそう目立たない。

高校になって遅刻を覚えた。

母に電車で寝過ごしたか遅刻と伝え、体調不良のため遅刻と連絡をいれてもらった。私は体調不良でもなんでもなく、ただ環状線をうとうとしながらやりすごし、3〜4限目から学校に行った。

大学はいり、生活はいよいよ破綻した。大学に行かないので当然単位は取れない。とくに宿題のある講座が苦手で、宿題ができていないために出席ができない講座がいくつかあった。語学系の講座と、学科の必修科目だった。

大学1年の夏、チャトレ的な仕事で稼ぐ予定だった出会い系サイト援助交際を知り、サークルの先輩で処女を捨てていわゆる援交少女となった。

大学5年目の秋、卒論の提出期限を家で過ごして安堵したのち、自分の現状が不安になって「やるべきこと できない」でGoogle先生に聞いてみた。

ADHDという言葉をここで知った。

実家から一番近い"大人ADHD"を扱う精神科医にかかり、心理検査などを受けてあなたADHDですねという診断を受けた。

大学県内いちばんいい私立大学だったこともあり(中学受験をした学校付属校だ。成績が悪くても推薦入学可能だった)、大学を辞めるのはもったいないのではと主治医に言われた。

私は6年目を過ごしたのちに大学卒業する自信がなく、親に診断結果を告げて大学を5年で退学した。

実家を出て、インターネットで知り合ったデリヘル嬢と暮らしはじめる。彼女に紹介してもらい、デリヘルで働く。

実家を出て2年目の夏、両親に今の仕事心配されて正社員になる。第二新卒に強い転職サイトを利用した。

しばらくは順調だったが、友人との関係がこじれたことをきっかけに鬱状態になる。

高校時代学習塾に思うように行けなかったり、大学時代軽音部の課題キーボードが進まなかったことで自殺を図ったことはあったため、彼女が悪いとはとても言えない。

鬱状態になってから、それまでの趣味が色褪せていたこともあり、精神科にかかる。

私の主訴は、見捨てられ不安から鬱状態だったためか、双極性Ⅱ型の疑いを持たれ、躁鬱向けの投薬をされていた。

ご存知のかたも多いとは思うが、精神科を予約するためには1〜2ヶ月待つ必要がある。私が待っている間に友人との関係ゆっくり改善され、主訴はADHD的な、毎月1日くらい当日欠勤してしまうとか、仕事中ねむいとか、集中できないとか、そういう内容になるはずだった。

主治医ADHDよりも躁鬱を優先すべきだと言った。わたしADHD自己否定感情の由来であり、躁鬱の原因なのではと話した。

私が大学時代検査を受けた病院診断書を今の病院に届けるのをめんどうがり、そうこうしているうちに職場へはどんどん行かなくなった。

職場に行けていないことや、風俗生計を立てていることをきちんと話せない病院なら通う意味はないのではと思い、病院に行くのをやめた。

有給がなくなったことをきっかけに、職場を1ヶ月休職した。1ヶ月間給料はもらえなかったがのびのびと過ごした。

生活のなかで、私のできる仕事は今の職場仕事だけでなく、もっと選択肢があるのではと気付くことができた。

休職するまでは、そのとき勤めている会社で働けないことはすなわちふつう会社に勤めていけないことだと考えていた)

仕事を辞めて、派遣仕事を探しはじめた。私は自分面接をセッティングすることを避けていたし、できればフルタイムではなく週3〜週4の仕事をしたかった。

派遣会社登録し、週4の仕事をはじめた。

派遣先は大企業で、仕事は暇だ。私がいなくてもまわっていく職場にいるとはっきりと言える。

私の当日欠勤の癖はなおらない。朝起きて、仕事に行くことがどうしても無理な気がしてしまう日が月に1〜2度ある。

ソープや裏引きの日も合わせると月に4〜5度ある。

今はマネージャーソープ店員、裏引きの相手に連絡することで休みをいただいているが、次の派遣先はこうもいくまい。あるいは、今の派遣先でもすでに私の欠勤は問題視されているかもしれない。

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くことが難しいと感じることがよくある。朝行くことができないと感じたり、遅刻してでも出勤できないと感じたりする。

宿題のある講義が苦手だったことを踏まえると、在宅であっても仕事ができるとは思えない。

しかしたら、毎日家まで迎えに来てくれる人がいることで私の当日欠勤癖は治るのかもしれない。でもその人の給与は誰が払うんだろう。

人間らしい生活が遠く感じるとき、私は消えてしまいたい。

2018-06-28

精神科でもらう薬は、うつっぽい、で飲むべきではない

数年前、鬱と診断された。

ストレスがすごくて、逃げ出したい気持ちでいっぱいで、

精神科へ行き『こんなにしんどいんです、つらいんです』と訴えて鬱という診断をもらった。

今思えば、あれはきっと鬱ではなかった。

ただの抑うつ状態

その時は本当にしんどいと思っていたから、『やっぱり私鬱だったんだ!』って肯定されて安心した覚えがある。


サインバルタSSRIを処方してもらった。

楽になるかと思ったら副作用がすごくて、1日中吐き気が続いてまともに動けなかった。

先生は2週間くらいで慣れてくると言ったけど、その間副作用がひどいと分かっている薬をのむのはしんどかった。


ある日、薬を飲み忘れた。

多少の離脱症状はあったものの、薬飲まない方が身体はるかに楽だった。

ストレスはとくに軽減されてなかったけど、薬を飲んでも気分が楽になったり前向きさがでることはなく

ただ副作用しんどい日々を送るのがいやになっていた。


だんだん病院から足が遠のき、薬もなくなり、今までと同じように過ごすようになった。

ストレス源と少し距離を置いたおかげで、薬がなくても気持ちが軽くなってきていた。


きっとわたしは鬱なのだ、と思い込んで、鬱病という診断を受け取るためにがんばり、

本来は飲まなくてもいい薬を飲んで苦しんでいたんだと思う。

一時的抑うつ状態の時や、ただ落ち込んでいる人には、精神科の薬は強力すぎて害の方が強いのかもしれない。

精神科に行くのは悪くない、でもうつ病系の薬は安易に飲むと本当にしんどくなるから

処方されたのに飲んでも全く改善しない、飲んでない時の方が楽という場合は、深刻な鬱状態までは落ちてないのかもしれない。

先生に辛さを訴えれば、わりと簡単に鬱診断が下る。

でも薬を飲む時は、本当に薬が必要レベルで困っているか自問自答してみてほしい。

鬱っぽい、くらいの感覚で飲むと本当に後悔する。

先生に鬱かどうか伝える時に、鬱っぽく演じてしまってないか、嘘ついてないか自分に問いかけてみて。

2018-06-16

鬱なんだけどさ

俺は長いこと鬱病で、ストレスピークを越えると何もできなくなるんだよね。

たから見ればそれは「何もしてない。甘え」みたいに言われるんだけど、

やっぱ傷つくしちょっとだけ怒りを感じることもある。

から鬱病がどんなもんかと説明しようとするんだけど、これがなかなか難しい。

表面上はダラけてる人にしか見えないんだけど、実際には精神も肉体もボロボロだったりする。

よく誤解されやすいが、鬱病は心の病で体には影響がないという話は間違い。

実際には自律神経がおかしくなるし、脳の血流が悪くなってるのも感じる。

体が緊張するから肩こり腰痛、首の痛みはしょっちゅうで、腰痛の延長で足首も曲がらなくなる。

心がおかしくなったのが先か、体がおかしくなったのが先かは知らない。

でも鬱病状態って「体がおかしいから心もおかしくなる。心もおかしいから体も悪くなる」みたいな負のスパイラルに入ってる状態だと思って欲しい。

ちょっとストレスで体の調子おかしくなって、その所為で「死にたい」ってなる。「死にたい」って感情所為で体が重くなる。

書いててなんだけど、クッソめんどくさいな鬱病

から治療法として投薬と休息をするわけ。わずかなストレスで一気に悪化ちゃうから

大まかな原因はストレスなんだけど、ストレスの感じ方や考え方は人それぞれだからカウンセリングをした方が

よりよい治療にはなると思う。思われる。(そのへんはカウンセラーとの相性もあるので一概にはいえない)

あと、見た目で鬱かどうかの判断は難しい。友達と一緒にいれば鬱といえども楽しいんだけど、一人になると暗い顔になってることの方が多い。

さっきまで一緒に遊んでいたのに帰宅してから自殺、みたいな話もちょいちょい聞くけど鬱病人間からすると気持ちめっちゃ分かる。

楽しさと虚しさの差がキツ過ぎて死にたくなるんだよな。毎日毎時毎分毎秒がこんなに楽しければいいのにって思う。

鬱病で落ちてるときって、毎日毎時毎分毎秒「死にたい、消えたい、楽になりたい」だもんな。


何を伝えたいのか分からなくなってきたけど、書いてて少しは気持ちスッキリした。

鬱病のみんな、同情されるのは嫌だけど理解はされたいよな。

鬱病じゃない人、何気なく批判したりするのはやめてくれ。悪意はなくても、鬱状態人間には致命的になることだってあるんだ。批判よりも「大丈夫?」の一言をくれ。



これでおしまい。ばいばい。

2018-04-29

anond:20180428231945

一つ目に行った病院での診断は適応障害

二つ目に行った病院の診断は発達障害でした。

病気なら治るじゃないですか

なのに蓋を開けてみれば障害って

そんなの生まれてきた瞬間に人生終わってたみたいな事じゃないですか

ツイッターレポみたいに正しい診断を受けて正しい投薬治療をすればこの苦しみから逃れられると思ってたのにもうこれは自分特性として睡眠薬安定剤のみながらやり過ごすしかないらしい

絶望

この鬱っぽい気分は発達障害による二次的な鬱状態らしくもう二重苦じゃないですか

しか医者は一ヶ月後に検査を受けてからじゃないと治療方針は立てられないとか言う。

一ヶ月後じゃおそすぎるんだ

私は明日元気に学校いって単位を取れるぐらいの精神状態に今すぐしてもらわないと困るんだ。

親に迷惑かけたくないからわざわざ精神科まで行ったのに

なんも解決しない

この苦しみは生涯続くなんてあんまり

この症状に名前はないけど受け入れていきていこうみたいなことを言ってくださった方、久々の優しい言葉に癒されましたありがとうございます

2018-04-25

anond:20180425231655

鬱ではないって言ってるけど、死ぬのが気軽に頭にチラつく状態は十分鬱に足つっこんでるぞ!このまま鬱状態就活やったら受かるものも受からなくなっちゃう…というかすでにその負のサイクルになりかけてるのでは…!?

とにかく親でも友達でも大学就活センターでも、誰でもいいからひとりで悩まず相談してみて…!大学なら学生カウンセリングも、あるところはあるかもしれない。なんでもいいから利用してまずは悪いことばかり考えちゃう思考ストップさせよう。思考が前向きになったら、案外スっと内定もらえるかもよ!

2018-04-24

あのとき死ねなくてよかった

小学校卒業して入った先は、神奈川田舎にある公立中。援助交際を行う女子先生ともめて暴力走る男子、学期ごとにターゲットを変えてクラスみんなでいじめ合う。教師教師部活の生徒に体罰を行う……。

メチャクチャに荒れてるそんな中学で、自分も虐めのターゲットになった。無視、陰口、暴力暴力エトセトラエトセトラ

不登校になれるものならなりたかったが、周囲に理解してもらえず、わたし暴力を振るわれるために毎日登校していた。学校を休むと親に叱られ、登校すればボコボコにされ、「死にたい」以外の感情を失うのにそう時間はかからなかった。

その後わたし自殺未遂を起こした。失敗して生き残りました。

そうして虚無を耐え抜き、学校をぽつぽつ休みつつもわたしはなんとか卒業した。卒業式では涙も出なかった。

そうしてまともな高校に滑り込んだものの、勉強する気が起きず偏差値は30を切り、先輩の名前も覚えないうちに部活をやめた。

中学時代いじめ抜かれたおかげでわたし精神はずたずた。無気力で、何もする気が起きなかったし、自分に何かできるとも思えなかった。

もういじめられるまいと周囲に適応しようと必死で、目線のすべてにびくつき、笑い声は自分嘲笑うように思えた。

いじめから逃げ切ってなお、わたし精神はぐらつき続けていた。

そんなとき熊本で大きな地震が起こった。そこで、被災した男の子が、よくある『季節外れの転校生』として隣の席にやってきた。

これがマンガなら不思議物語が始まるのだが、彼はごく普通高校生で、わたしによく話しかけて、よく笑っていた。

彼はドイツ人ハーフで、あだ名は『進撃の巨人からとってエレン。彼は復興に携わる仕事を目指していた。

 「――という訳で、この人は二回の戦争かいくぐり、生き残ったんですね。しかし周囲の人間や職を失い、差別に遭った――これは不幸でしょうか、幸福でしょうか。考えてみましょう」

英語の授業。教師の問いかけに、エレンわたしを見やった。

 「あまり辛い夜は、いっそ殺してくれたほうがまし、とか思いそうなもんだけど」

プリントを2つ折りにしながら、エレンはくすくす笑った。

 「それはよっぽど病んだ時だけだね」

瞳には真剣な色があった。

 「生きることに不幸なんてないよ」

エレンはよく笑う。

エレンクラスに馴染んで、しばらくした時のことだった。

 「揺れてる」

教室がざわめく中、エレンはまっさきに机の下に逃げ込んだ。わたしもそれに合わせて机の脚を掴み、体を縮めた。

この地方地震は少ない。揺れが収まってから一気にクラスメートが這い出てきて、ニヤニヤ笑いながら談笑する。揺れたね、感じなかったよ、なんて。いつもはひょうきん者の男子が怒鳴った。

 「放送がある!静かにしろ!」

 「携帯の電源は付けておいて。窓は開けたほうがいい」

神妙な顔つきでエレンが立ち上がる。学級委員長カーテンと窓を開くと、冷たく焦げ付いた匂いが吹き込んで来た。

やがて待機の放送流れると、エレンは立ったり座り込んだりを繰り返して落ち着かないようだった。

熊本地震の恐怖が癒えない中、避難先での地震。怖くて当たり前だ。

 「今日の小テスト範囲どこだっけ?」

エレンは気を紛らわすように、いつものようにわたしに話しかけてくる。教科書を持つ手が、ぶるぶる震えているのに気付いた。

 「……平気?」

 「大丈夫

 ――そんなに手を震わせて、何が大丈夫なもんか。わたしはその言葉を飲み込んだ。

傍にいたいと感じつつも、彼が経験した地震の凄絶さはわたしにはわからない。PTSDに苛まれエレンに、何と声をかければいいのかも。

エレンは真っ青な顔で自分右手を見やり、大きな目に涙をいっぱい溜めた。そして彼はそのまま、保健室に行ってしまった。

 しばらくして帰ってきたエレンは顔色が悪かった。早退するらしい。鞄の支度をしながら、神妙な表情で切り出す。

 「これ、余震かもしれない」

 「もっと大きな地震が来るってこと?」

 「うん。もし本震が来るなら、明日明後日

 鞄を取り去って消える背中を、わたし呆然と眺めていた。また明日、と言うこともできないまま。

空っぽになった隣の席を見ながら、わたしは何も言えなかった自分について考えていた。

わたしは生きる苦しみをエレンほどに知らず、生き残る美しさを知らない。

復興の進む故郷を懐かしむ彼が、生き残ることに不幸などないと言い切る彼が、手を震わせながらも変わらずに笑う彼が、人としていとおしくて、器と視野が小さな自分が汚くて、ひどく切なかった

エレンは死を前にしながらも必死で立ち直ろうとして、故郷復興のために尽力している。それなのに、いじめっ子たちから既に逃げ切った自分無気力のまま怠惰な日々を過ごしている。比べるようなことではないにしろ、情けなく思えた。

「このままではいけない」

モヤモヤが心に爪痕を残した。

高校3年生に昇級してエレンとは別のクラスになり、目線を交わすこともなくなった。

そしてわたしは、その年の夏にアメリカ短期留学する。

アメリカといえば、前年、トランプ大統領就任した国だ。人種差別的な主張を繰り返す彼が選ばれた土地。正直、有色人種として差別されるのではないかという恐怖もあった。

けれどアメリカは思いのほか楽しい場所だった。(まだ『お客さん』扱いだったか差別を受けなかったのだろうが)

アメリカにも慣れたわたしは、ホストブラザーショッピングモールに買い物に行った。そのおもちゃコーナーで、彼は短く呻いて足を止める。

「うわっ、ヘイトスピーチ……」

彼が手に取ったのは、真っ赤なパッケージカードゲーム黒人奴隷使役して儲けよう!みたいな内容。

ホストブラザーはかなり憤慨していたので、わたしは「自分差別されるのではないか」と懸念していたことを話してみた。すると彼は笑って、

「そんなこと絶対にしないよ、人間として間違ってる!肌の色や性別に、人間本質関係ない!」

彼は留学生ホストファミリーとして受け入れるくらいだから、あまり差別的な考えを持っていなかったんだろう。

肌の色と性別が同じ人達からグシャグシャいじめられていたけれど、海を超えた先でこんな人に出会たことが嬉しかった。

ホストブラザーとの別れの日はただただ悲しかった。頬を伝う涙を感じながら、やっと人間の心を取り戻してきたような気がした。

あれから1年。

いまだに私は人間不信が抜けきらず、人と上手にかかわることができない。過去の苦い思い出が脳内を駆け巡って鬱状態に陥ることもある。けれど、たくさんの人の温かさに触れてきた。

復興に尽くすエレン差別ダメだ、とはっきり口にしたホストブラザー

びくつく私を「あーしがあんたのこと馬鹿にすると思ってんの?そんなことするわけないじゃん」って笑い飛ばしギャルちゃん

成績を上げようと奮闘するわたしに、つきっきりで勉強を教えてくれた教員志望の男の子

誕生日に登校して、黒板に「〇〇、お誕生日おめでとう!」って書かれてて、みんなから祝ってもらったときには泣いてしまった。学校はもう地獄ではないと。

人間は人との関わりで傷つくことも高めあえることもある」、本当にそう思う。

今、わたし社会問題解決する仕事につくため勉学に励んでいる。

歪んだわたしを助けてくれたみんなのように、傷ついて「死にたい」って追い詰められている誰かを助けられるような人になりたい。

あのとき死ねなくてほんとうによかった。

2018-04-17

地獄就活新卒非正規に使った話

就活精神病み、結局新卒カードでの正社員を諦め、非正規で働いてる者です。

エントリーのみも含めれば、軽く50社以上受けました。100はないと思うけど、途中から数えてない。面接も少なくとも3、40社くらいは行きました。でも、私は結局新卒カード非正規に捧げました。

そろそろ就活マジで精神を病む学生が出て来る頃だと思うので(私もこの頃からおかしくなっていきました)体験談と恨みつらみを書いていこうと思います

◾️スペック

地方公立 文系

キツい顔系のブス

ボランティア活動あり

ブラックバイトを4年間務め上げる

SPIはたぶん7割くらい

長所コミュニケーション能力系のこと、ガクチカアルバイト経験を話していました。ごく普通だと思います

◾️なんで就活を失敗したか

結論から言うと、私は新卒採用に向いていませんでした。

新卒採用企業がみているのは、伸び代だといいます。私は、それに加えて、「扱いやすさ」、そして女の子は「可愛げ」を求められていると感じました。

私には、可愛げも、育てる余地もないように見えたんだと思います。正直それなりに仕事勉強もできるし、受け答えもしっかりしているので、そう見えても仕方ないかなとは思いますが。

面接練習でも、履歴書でも、ESでも、特に大きな問題を指摘されたことはありません。企業研究もきちんとしてましたし、企業高望みもしていないと思います

でもとにかく最終面接が通らない。

お祈りしてきた企業はその理由を教えてくれないけれど、恐らくは「新卒っぽくないから」。

就職課やハローワークで、「中途だったらどこでも受かる」と言われた時にはもう笑うしかなかったです。ほかに指摘された点は直せましたが、こればっかりはどうしようもありませんでした。生まれ持った雰囲気問題じゃん。

◾️就活について

以下は完全負け組からのご意見なので、暇つぶし程度に聞いてやってください。

まず、SPIは早めにいい点を取っておいてください。

精神疲弊すると能力は下がります。私は集中力の欠如から、夏頃には文字が全く読めなくなりました。ツイッターすらまともに読めなくなっている状態で、まともな点数が取れるわけがないので、ある程度指標になりそうな点数を取っておくことをおすすめします。また、就活は後半に進めば進むほど中小企業を受けることになります。そうなってくると、SPIはまず行いません。別の対策必要になるので、その意味でも早めにSPI時間をかけるタームを終わらせるべきだと思います

合同企業説明会意味がありません。

非常に混む上、玉石混合すぎて効率が悪い。あと寒い暑いクオカードだけもらって帰宅するのがいちばんです。もし、顔を覚えてもらいたい企業出展しているなら、行くのもいいかもしれませんが、そうでないなら学内説明会に絞った方が絶対効率が良いです。結局私がそれなりに選考を進んだのは、学内説明会で知った企業ばかりでした。ただ時期的に学内説明会は終わっているでしょうけど…

やばいと思ったら早めに病院に行ってください。

長引くと就活どころじゃなくなります。もし病院に行くのに抵抗があるのなら、ハローワークでは就活生を対象としたカウンセリングを行なっている場合があります。調べてみてください。私は実際に受けましたが、愚痴の吐き場所としては非常に有効でした。

年明け前までには就活をひと段落させてください。

卒論で詰みます。私は詰みました。

教授に泣きつきなんとか卒業させてもらいましたが、本当に留年すれすれのところまで追い詰められました。秋頃になったら、一旦就活ではなく卒論に集中した方がいいと思います。もうその時期の新卒採用は、たまの掘り出し物を除いては、正直ハロワで年中採用を探しているところと大差ありません。ハロワ就職課に行けば、2月3月でも求人はあります留年してもう1年学費を払うのが嫌であれば、先に卒論にかたをつけるべきです。

就活エージェントは信用しないでください。

彼らにとって私たちは客ではありません。企業という顧客に流すためのただの商品です。もちろん全てが全てそのような人だとは言いません。ですが相性の悪いエージェントに当たってしまったが最後、余計に精神を病んで終わりますあくまビジネスだということを忘れないでください。学生気分でいると、いちばんダメージを受けるのはここだと思います

就活には理不尽なことが多いです。本当に多い。

面接の後、社員愚痴に数時間付き合わされて、帰宅したらお祈りが届いていたこともあります。こっちはキャバ嬢じゃねえんだよ。

あと、女の子就活はやっぱり厳しいです。

後半戦になればなるほど、女の子比率は上がっていきます。私が就活後半で出会ったのは、だいたいがちょっと地味で、真面目で、それなりの大学を出ている女の子でした。知ってどうなるということではないかもしれませんが、覚悟はしておいてください。

◾️今後について

とりあえずのところは、今働いている会社で、正社員として拾ってもらえるのが目標です。先日、周りに比べてひと回り少ない初任給いただきました。少ないとはい学生時代とは雲泥の差で、380円しかなかった口座が一気に何倍にもなってびっくり。

でもやっぱり、貯金をしてさら一人暮らしができるような額ではないので、正社員になりたいという気持ちは強まりました。今は新卒入社ではないという立場を活かして、システム諸々の効率化を上に提案したいと考えています非正規雇用では長くても数年しかいられないので、早く結果を出したいところです。

就活を乗り越えて(結果的に逃げたので乗り越えてない)、もう二度としたくない、というのが本音です。就活地獄です。

正直まだ長い文章を読むのは苦痛ですし、疲れているとすぐにメンタルにきます。一度折れた金属は元に戻らないと言いますが、メンタルもおそらくそれに近い。

から、なにかがおかしいと思ったら、寝てください。面接をさぼってください。好きなものを食べてください。それすらできなくなったら、病院に行ってください。

就活生の7人に1人は鬱状態だといいます体感もっと多かったように思います

就活おかしいし、理不尽だし、歪んでいます。みんな知っています

からやばいと思ったら逃げてください。死なないでください。非正規もわりと気楽で楽しいですよ。給料は少ないけど。院に行った知り合いもいます公務員浪人する知り合いもいます新卒カードは3年は使えます。まだなんとかなりますだって若いから若いだけでなんとでもなります

この春から就活スタートした皆さんが、少しでも穏やかに次の春を迎えられますように、願っています

2018-04-06

anond:20180405105453

良かったな。

自分は、鬱状態は誰もが経験する当たり前のものと思ってたら、無縁というか当たり前じゃなかったことに驚愕したよ

2018-03-23

anond:20180323164242

じゃあ普通母親ですらうつ状態になることがあるらしいのにさら過酷労働状況にある保育士は全員激鬱状態じゃん!!

2018-02-25

anond:20180225121913

発達障害としては3級程度だとしても、その後の経過で鬱状態が重くなって就労困難なら障害基礎年金2級もらえる可能性も出てくる。だから可能性としては3級の手帳の人でも障害年金2級を受けることはあるといえばある。その場合手帳も2級にできるし、3級のままでもいい。でも逆に2級の手帳持ってる人が必ずしも2級の年金に該当するわけではない。

まあでもとにかく申請してみなきゃわからない。でも役所はあまり協力的じゃないので意志が強くないと途中で萎えるかも。支援者と行ったほうがいい。

2018-02-20

本田未央アンチ存在しないらしい

みんな本田未央が好き!アンチなんてほとんどいない、もしくは、本田未央アンチなんて作品をよく知らないだけで、

よく知ってる奴にアンチはいない!

なーんて、様々な本田未央Pが執拗つぶやくのを、よくみかける。

じゃあ、なんで執拗つぶやくの?

他のPは自分担当アイドルアンチがどうのこうの、つぶやいてるところを見たことがほとんど無い。

未央Pだけ、やたらそういうことつぶやくんだよね。自己暗示かな?

かに表立って堂々と本田未央アンチ名乗るやつはレベルが非常に低い。

藍子事件と言い、Tulip事件といい、感情が爆発しすぎて、文章が酷いので同意されない

また、アンチは6話で未央の情報止まってしまってる子も多い。

これじゃ、未央アンチ馬鹿にされて当然だけどさ。

しかし、実際1回だけ、うっかり表立って未央批判してしまったら、裏から出るわ出るわ同意の声・・・

やっぱり結構な人が、未央あんまりきじゃなかったんだね

未央Pからみれば、未央アンチは非常に数が少なく見えるんだろう。

しかし、嫌悪感情と言うのは同意されにくいので、みんな隠したり抑えたりしてるだけなんじゃないかな?

かに、未央アンチ(堂々)は馬鹿が多いけど、そういう未央Pの方はどうなんだろう?

以前、私が本田未央アンチになった20話21話について、未央Pに突っ込むと、時系列や当時の未央の能力立場

無視した変な答えしか返ってこないんだよね。

(6話はアニメ構成が悪いだけで、7話と合わせて1話分になってれば別に問題なかったんじゃないかな?

実際、6話の時点では未央アンチではなかった。)

21話で未央がやった行為自分一人だけが輝くために、卯月を見捨て、凛との掛け持ちの約束を破り、しかもその結果の

演技は大したことないという、まさに愚かとしか言えない行為でした。

(せめてTPライブのような一目見て凄い!と視聴者に思わせる成果を上げていれば…)

また、「20話夜の時点で」(ここ重要

秋のライブまでの約2週間~1か月と言う非常に短い期間で、激戦の演劇オーディション合格し、確実に成長し成果を上げ

凛に脚本ぶん投げ無理やり演技させ、凛と卯月自分の成果を見せつけ、納得させることが出来る、と計算し、

20話夜の次の日、ソロ宣言をした。

どんな予知能力者だよ未央は。

まりにも、ご都合過ぎ。

凛に無理やり演技させ、未央の演技見せた時点で、凛が「ふざけてるの?」と激怒したら終わりなのに。

とある未央Pがニコニコで、未央は凛と卯月のためにソロ活動したんだアンチ黙れ!と閣下動画を上げてしまった。

ところが、未央本人が23話で卯月のことを考えていなかったと、その説を完全否定してしまったんだよね。

この間違った解釈押し付けまくった傲慢極まる未央Pのせいで、私は完全に未央アンチに陥ってしまった。

私は21話の時点て、未央は卯月を見捨てたと思ってました。

実際、卯月20話の時点で、何も考えられず「非常に」(ここも重要)怯えてたにもかかわらず、無視してソロ活動したのだから

そのため、卯月は2人に能力不足で見捨てられたと思い、あせって、かなり無理をしてNG外での活動をし、鬱状態に陥ってしまった。

物語に大きく介入するが、あの時点で未央は凛を説得すべきだった。大勢を裏切る結果になると。

それなのに、凛と一緒になって怯えてる卯月を見捨て裏切ってしまった。

結果NGまで秋のライブに出れないという悲惨状態に陥った。あの時点で本来ならCP終わってたよね・・・

この未央の行為にきちんと説明を出せない時点で、アンチの事を馬鹿にする権利が未央Pにあるのか?

1部の未央Pは総選挙2位になったかアンチを見返したとか、1位になればアンチ黙らせられるとか言ってるけど

非常に愚かしいとしか思えない。そりゃ大金突っ込めば総選挙1位になれるよ?

でも、公式アンケート島村卯月2位 渋谷凛3位 本田未央27位ってわかってしまってる。

http://cinderella-6th-memorial-party.idolmaster.jp/sp/questionnaire/q1.html

この時点で、金でいくらでも歪められる総選挙はあまり意味ないんだよね。(声無し担当Pには死活問題だが)

そもそもアンチ順位でひれ伏す存在じゃないし、上に行けば行くほど逆に理不尽アンチが増えるだけだ。

ましてや、アンチ攻撃したり、アンチなんていないよ!と執拗同調圧力かけたりするのは、

かえって逆効果なんじゃないかと思うんだよね。

そうすることで、未央Pは隠れ未央アンチを増やすまでいかないまでも、

途中まで名作だったアニメを、ぐちゃぐちゃにしてくれた憎しみを維持してるようにしか見えない。

そんな無駄なことに命より大事大金を突っ込むの?

そんなことせずとも、他のPと同じくアンチなんか気にしなきゃ、いずれ少しづつ忘れられていくと思うんだけどねえ。

で、最後アンチから提案するアンチ一掃の解決策なんだが、

アニメの糞シナリオを忘れさせるような、超大名作な未央の動画とか作れば、一発でアンチは吹っ飛ぶよ!

2018-02-19

1992年まれだけど5年かかってやっと大学卒業できた。

今日、成績が発表されて必要単位が揃った。自分勘違いがなければ、予定どおりに大学卒業ができる。

高校卒業して、2年間の浪人生活は非常に辛かった。

1年目は予備校に通うも、合格したのは地元私立大学。結果に満足できず、もう一年宅浪を選んだ。

人間は昨日今日で新しい自分になれる訳でもなく、学力は伸びず、合格安全圏の地方国立大学に進学した。

学部経済学部。選んだ理由は「生きていく上で9割の事柄支配しているお金のことについて知りたかった」から

しかった浪人生活も大学入学で変わると思いきや、周りの勉強や世の中の出来事へのモチベーションの低さに幻滅。

何故なら、僕は2年の間に「大学生という生き物は毎日友達と世の中のことや勉強のことについて高度な議論を戦わせている」との幻想を抱いていたからだ。

しかし、現実議論すらなく、また議論をしてもそもそも事象に対する基礎知識がなくて「2ちゃんねる」の方がマシなのではと思える程であった。

学部の授業も最初の2年半は楽しかったけれど、だんだんマンネリしたこと一人暮らしアパートにひきこもって引きこもってしまい外出しなくなる。

いま思い返すと軽い鬱状態だったんだと思う。

1年の夏頃から始めた居酒屋バイトは結局3年生の秋まで続けることになるが、いま思い返しても嫌な想い出しかない。

板前からは客の前で毎日怒鳴られるし、タイムカードを押した後でも平気で1時間は皿洗いや掃除をさせられるし、夕方から日付が変わって深夜まで7時間ほど働くも6000円ほどにしかならないしで最悪だった。しかも、翌日は一日中眠かった。

3年生の頃はサークルでの友人関係彼女もできたこともあり、この時期は単位を一つも落とさなかった。また学部勉強以外も非常に充実していた。

4年生には遅れながらも4月頃から動き始め、金融関連の勉強をしてきたので証券会社を中心に受け内定もそこそこ貰えた。

しかし、いざ年度末を迎えるも卒業単位が10単位も足りなかった。周りには「勉強はした」なんて言い訳もしたが実際は、家でスマホばかり見ていた。

結局、内定が決まっていた。上場会社入社直前に断ることとなった。

24歳で大学5年生となった。前期は全単位を取ろうとしたが結局8単位しか取得できなかった。簿記すらも落とした。

9月に決心してもう一度就活を始めた。内定は一部上場会社を含めて2社ほど貰えたが、色々考えて大学がある県の中小企業に行くことにした。

そして、今日やっと卒業できることとなった。

最終的には高校卒業してから浪人留年を含めて7年が経過した。

小さい頃から勉強が苦手だった自分が今は勉強する喜びを知れたことが一番の成果だったと思う。そのことに大きな感慨を覚える。

色々言い訳して来たけど、ここには自分ホントのことを書いておく。

ああ、すっきりした。

2018-01-18

子供の頃、遅刻忘れ物・紛失・提出物忘れなどが本当に酷く、受け答えやテストの点だけ良かったので、

わがまま大人馬鹿にした子と嫌われるか、面白い子と受け取られるか、担任によって評価が両極端だった。

父親出張飛行機に乗り遅れたり、手帳や財布など重要ものを無くすことが多く、

私も父親も、しっかり者の母が介護じみた注意喚起をしてくれるからなんとか人らしい生活が送れているだけだった。

母親ストレスで体調を崩し実家に帰った。現在父親と二人暮らしをしている。

私は会社員として労務経理契約管理と庶務の実務をやっているが、正直全く向いていない。

私はADHDではないか自分のことを疑っている。ADHDがやるには最悪の仕事内容だと思う。

業務量が多く、ミスも多く、電話がかかってきたり人から質問されたりすると集中が繰り返し途切れ、

進捗の悪さに内心パニックを起こし、雇い主から国家資格を取るように言われているので毎週資格学校にも通っており、

資格学校で受講中に涙が止まらなくなるなど、精神状態がメチャメチャになっている。

ほぼ常時死にたい気持ちでいる。生まれてこなければよかったと心から思う。

高校時代に一度自殺未遂をしている。高校偏差値が68で、周囲が健常で真面目な人間ばかりのなか、

私が異常者で迷惑をかけ通しだったので適応障害を起こし、鬱状態になって寝たきりだった。地獄だった。

生きていることが申し訳なかった。全方位が真っ暗闇だった。ただただ苦しくて悲しかった。

雇い主には私が人材としてゴミ同然の状態で拾ってもらっている。私が経営者だったら私に金は払わない。

捨てられたら行く先もやりたいことも無い。何もない。ただ生まれたくなかったと思う。人生をなかったことにして欲しい。

まれたくなかった。勘弁してくれ。健常でないなら生まれない方がよかった。つらいばかりだ。

父親他人と起こしたトラブルを全部相手が悪いことにして怒鳴り散らすタイプなので自分自身精神おかしくなっていないが、

私はそこまで自分自身を贔屓して物事を捉えることができない。冷静に客観的自分を見ると私の行いが害悪だと思う。

誰も恨んでない。疲れきってしまった。「地獄だ」という言葉脳内を何度もめぐる。これからもずっと疲れるだけだ。

できそうだと思われ、できない。迷惑をかける。苛々される。怒られる。しらけた顔をされる。陰口を言われる。

ただ私が存在しなかったことにしたい。申し訳なくて悲しい気持ちをこれから生きている限り味わい続けるのか。

2018-01-17

効用の器としての人間個人差を考えるときに、

双極性障害の人の話は参考になるかもしれない。

躁状態鬱状態の差を個人内で比較してもらって、

それを基礎にして常に鬱っぽい人と

常に躁っぽい人の差を推察するとか。

2018-01-07

それでも、なんだかんだ成人式って行ったほうがよくない?という話

副題:イケてない人間成人式をどう迎えたらよいのか?

大学の同期が成人式をむかえる前に書こうと思っていたが、結局こんな時間になってしまった。

この時間になって成人式ねーうん・・・みたいに思ってネット見てる人間が見ればそれでいいや。

成人式に行かない人って、いったいどんな理由があるんでしょうかね」というのは、改めて考えてみるとこれがいまいちよく分からない。

あるいは自分がなんだかんだ言って結局行った方の人だからなのかもしれないが、行くのを結局決めたのは前日の夜になって「ああやっぱ行こうかな、一応準備だけしておいて寝坊したらあきらめるか」といった具合でいたら当日きっちり目が覚めたので、ええホントに行くの俺?みたいな思いを抱きながら行ったという有様だったので、その辺のところ行くまではかなり割れていたのだが、実際行った後になってああやっぱ行ってよかったなとなるような強い価値観の変化があったので、そのあたりのことがいまいちよく思い出せないし、結局行かない側の人ではなくなったので、行かない側の人としての物言いをしなくなったからだと思う。

というのも、その成人式人生三回目のセンター試験の一週間前だったし。

その頃の自分に何があったかというと、まあなんだかよくわからないことになっていた。少し本題とずれるので、結論だけ見たい人は読み飛ばして構わない。

単にシンプル物言いで表したり表されたりしたくないだけなのかもしれないが、一年目も二年目も、センター利用で受かった大学にそれぞれ親に入学金と半期の学費それから半期の休学費用をハタかせておきながら大学受験をおかわりしていたかである

結局一度目はもっと高いランク大学に行きてえと抜かす自己肯定感の欠如と、それでいて自分の有様をよくわかっていないが生きる上では大切な若者特有の貴重な熱意を、18,9年生きててそれだけしか身に付けなかったんかとばかりの崇高な偏差値という単線指標に振り向けて、それさえ達成できればこれまでも中高大と一度たりと第一志望というものに受かったことのない過去自分の救済になると信じて突っ走ったものの、大元問題が何一つ解決されてないがゆえに何一つ解決するはずもなく、終盤完全に行動の伴わない支離滅裂メンヘラという訳の分からない人になりながら本試は全て落とし、所属するが故の苦い部分から解放されもはや生きてるだけで自己肯定感補填できる依存先と化していた元の大学と、唯一受かった1ランク上の、しか受験が終わった後になってどうやら自分本来大学でやりたいと思っていたものと違うらしいということが分かった大学のどちらにすればいいか迷っていると口にし親父を激怒させて終わった。

二度目のほうはもはや凄惨と言う他はなく、元の問題、つまり自己肯定感の欠如であるとか偏差値以外の指標を実のところ持ち合わせておらず、大学受験というそういうことの最後の振り分けが終わった後でじゃあ自分が何をすればいいのかがわからない、自分に好きなことややりたいことがあるんだかないんだかわからない、ましてそいつを新しく見つけ出すこともできちゃいないし、前の大学の専門や多分野性は楽しかったし、自分のやりたいことのような気もしていたがそいつ自分でかなぐり捨ててしまった。そうこうしているうちに時間は過ぎ、周囲にいる一つ年下の人間はめいめいにそれを見出したり、あるいはそうでなくても仲間を見出していく。新しい人間を迎えるムードチャネルは閉じていき、ただ一人、コミュニケーションに長けているわけでもなく、まして19になって未だ携帯電話さえ持ったことのない現代人にあるまじき自分人間関係からも完全に弾かれたまま過ぎゆくただ時間に溺れ流されていた。前期の単位は夏前に再受験が決まって期末を受ける必要もなくなっていた前の大学のさえ下回り、初めてのバイトもクビになり、夏が終わるころには高校のころ深刻であった鬱状態が完全に再発状態となり、対人恐怖に加えて社会恐怖に陥り、狭いキャンパスの狭い学科で知っている人間と会うのも、知らない人間がそれぞれ彼らなりの為すべきことや適応見出しているさまを目にするのも耐えられず、大学は来てもまともに講義に出ることもなく普段人の来ない大学非常階段で横になりながら、人の話し声や足音におびえ、ただ一日中耐えぬ眠気と抗うつ薬副作用からくる体調不良でくたばっていた。

そのような状況を見かねてか、というより、自身家族学生相談室もお手上げ状態と化しており、少時に発達障害でかかっていた大学病院心理士やら全落ちした中学受験時代予備校先生にまで話に乗ってもらい、しまいに温情で元の大学に戻るなり、また別のところに入りなおすなり、リセットの機会を与えてもらったというのが11月、という有様であった。

というような具合だったので、高校を出てから二年間の間で、自分人生高校を出るまでは同期で同い年の(自分の周囲にいた)人間が辿っていたそれからは大いに逸脱していた。

二度目の大学の同い年の同期とも、ましてや歳の違う同期からも逸れていた。少なくとも、当時の自身にとってはそうだった。

もとは転勤族で住んでいる地元にそれほど愛着があるわけでもなく、昔から付き合いのある人間もいない。親類ですら、精神物理的に最も長い付き合いがあり、肉親としての付き合いらしさを覚えはじめていた爺さんは最初大学受験の途中で突然死した。ましてや住んでいるところの人間など、地理的なり関係性的になり分断が続いたので、初めて親しいらしき人間関係が三年を超えたのは、電車で一時間高校を出てからのことである

↑以上読み飛ばし

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↓読み飛ばし

そんなわけで当時の自分は、血縁地縁または精神的な人間関係という側面において、また学年や同期など社会的地位としての側面において、そして以前より自分が持っていたイメージ(と現状との乖離)という三つの面において、一般的な「20歳」という存在から離れていた。(すくなくとも、当時はそう自覚していた)

はい成人式ハガキというものは、本人のそうした事情自意識とは全く関係なく、ただいつ生まれてどこに住んでいたかということ以外何一つ問わず、だれの元にも届くものである

ハガキが届いた時点で、すでに自分人生が同年代の多くの人間が歩んでいるのと同じような人生など望むべくもないと思ってはいても(事実そうだとしても)、である

これは生まれ20年の1月を迎えるまでの経緯がどんなに平凡であろうが特殊であろうがおそらく同じことだが、成人式というものは、義務教育を終えた人間に来る、「ただ同じ年(度)に生まれたというだけで世間から全く同じ扱いを受ける」最後の機会だろう。ひょっとしたら最後ではないかもしれないが、少なくとも当分同い年というくくりではこれほどの等しさと無差別性を持った体験をする機会はないだろう。たとえ義務教育をどっかでドロップアウトしようが、義務教育後に社会に出ようが、小中高のどっから私立なり特殊学び舎に通っていようが、あるいはそういうことのなかろうがである

分かりやすいので義務教育を例にとってはいるが、それ以外であっても人間この国で20年も生きていれば意識しようがしまいがなんがしか本人なりの本人しか持たない(あるいは似たような人しか持たない)部分というものが出てくるものだし、そんなことはないと思っていてもそう思えること自体がそうである

これは多分行く前はあんまり分かりにくいことだと思うが、ともかく成人式というのはそういうもの可視化してくれるこの上ない機会だと思うんすよね。

自分が変わっていようが、あるいは変わっていなかろうが、それがどう変わっていて、どう変わっていないのか。会場に集まった普段どこに住んでたんだみたいな70年代珍走団の生き残りみたいな連中やら、無数にいるスーツトレンチコート羽織った黒い大群やら、量産型みたいな晴れ着の女やら、(ときキンキラキンの)紋付袴決めた男達やら、そこにいる連中すべてがまぎれもなく自分と同い年という光景は、少なくとも成人式以外にあるまいと。自分が前日にやっぱ行ってみようかなってなったのは、そういう風な光景って実際どんななんでしょってのを見てみたかったのが一つある。これ考えても実際に見てみないと絶対からないぞと。少なくとも、行ったことは何かの話のタネになるが、行かなかったら何にもならない。あとでやっぱ行けばよかった、がシミのように残ると思った。

成人式ハガキをなくしたのならなくしたと言えば現地で何とかなるし、着ていくものがないならまぁ少しでもちゃんとしてそうな格好をしていけばよいだろうし、そういう成人式だってあってもよいだろう。別に地元友達がいなかろうが、それはそれで自分にとっての成人式はそういうもので、そっから見える光景というものがあるだろう。ひょっとしたら、意外な出会いというものがあるかもしれない。俺の場合は誰一人知り合いとすれ違うこともなかったが、それはそれで面白かった。久しぶりにでも会いたくないやつがいたとしても、そいつと会うのはその日が最後だ。遅刻したって別に会場に入れてくれないということはないし、まあ既に終わってても贈答品くらいは貰えるだろう。

いずれにしても、成人式に行くことによっぽどの、それこそ生命危機が伴いでもしない限り、積極的に行かない理由をひりだすことはないんじゃないか

仮に生命危機があっても相手少年法適用外だ。別に贈答品目当てだってよかろう。地方によっては金券まであるらしいし。ぶっちゃけ、ほかの自治体のでも潜ってる人はいるし、そういう手もあるだろう。

成人式という上に述べたような場で何が起こるか、あるいは自分にとっての成人式がどういう場で、どういう体験をしたかってのは、これまでの自分を同じ年齢の違う人間という物差しで照らし合わせて改めて見直すことができるいい機会になりうると思うし、あるいはこれから自分がどうするかを決める上で一つの観点を得られる機会となることもあるだろう。

俺の成人式の話をすると、その日の朝は普段より早く起きて、普段予備校に行く格好のまま家を出て、最寄り駅のトイレカバンに忍ばせたスーツと革靴(最初大学入学祝い)に着替えて行った。

贈答品は会場に一番近いマクドナルドクーポンなのは事前情報で知っていたので、特に期待はない(要らねえけどなんかムカついたから二枚使った)。

日本で最も規模のでかい成人式ひとつなので、夥しい人間がいた。その中で明らかに事前の期待を裏切ってよかったこと・面白かったことが3つと、クソだったことについて書いて終わろう。

まず前座で良かった点、開式の国歌市歌斉唱。これは完全に盲点だった。いや、人生であれだけの人数で国歌市歌斉唱するという機会は以前もなく、おそらく今後もそうないだろう。規模は地元によって変わるところなので一般化はできないが、大勢国歌だとか市歌だとかをまともに歌ってみるというのは、歌というもの(または斉唱)が持つ効果について体感することができたし、本人の政治的スタンスによって様々に見方があるものだと思う。

クソだったのは、少しは面白い話するかとほんのちょっぴり期待していた林文子(市長)が死ぬほどつまらない話しかしなかったこと。マジで役に立たねえ話しねえ。1行で要約すると

携帯電話が普及して直接コミュニケーションをとれる機会が私たち世代より減ったと思うので密接な人間関係を築けるよう頑張りしょう。」

いやもっと役に立つ話しろとは期待が高すぎたかもしれんがせめてなんかそれについて掘り下げた話はできないのかよなんだそのお手本みたいなお年寄りのお手本トーク・・・というもの。これはこれで、ある種の貴重な機会かもしれない。毎年使いまわしてる可能性があるから横浜市民は要チェックだ。

輪をかけてクソだったのがその次の新成人スピーチ。まあ新成人代表なんぞに選ばれてスピーチを打つやつはまず間違いなく模範的成人みたいなやつかそれに類するものだと思っていたのだが(それ以前のスポーツ選手みたいなのの紹介とかもそうで)、そいつの語り口が聞いていて気に食わなかった。正直後のインパクトで話してた内容をあまり詳しく覚えてないのだが、まあ今はボランティアかいろいろやってます系の大学生自分人生を語るというものだったんだが、その途中で(当人人生実態としてどうであれ)妙に「こいつスピーチの話術として落としをやっているな?」というところがなんか聞いていてイラついてくるのである。「いじめられもしました」の言い方が湿っぽいんだよなんか。でもお前いい人に囲まれててよかったねいい人生だねと市長スピーチに続いて半ば来たことを後悔し始めたのだが、ここからがとてもよかった。

乱入である

これは行く前と行った後で最も価値観が変わったこである。かねてから成人式乱入というものはまぁおよそまともなものではないと思っていたが、しかしその場ばかり、その場の自分にとっては違った。

むかし怪獣特撮怪獣が町を破壊するシーンで喝采があがったとかいう話が少し分かった気がした。

成人式というのは、その主役は新成人である。そこにいる、会場に座っている全ての人間が主役である。彼らの社会的日向日陰此方彼方近郊遠方、全てを問わずしかし彼らのものであり、選ばれた新成人と、一世一代の晴れ舞台乱入を試み壇上へ駆け上がった名も知らぬ煌びやかな和装姿の彼と、私と、あるいはすれ違うこともないがしかしそこにいるはずの知人どもとの間に、いったい何の違いがあるというのか。誰が彼と彼らと分かちうる権利を持ちうるのかと。成人式とは、生きてきたこと、為してきたことの如何を問わず万人がそこにいる場ではないのかと。

ひとり私は拍手し、心の中で喝采をした。壱萬の大群と自ら選んだわけでもない代表者という構図の中に包まれていた会場を破戒し、否、そうではない、と示した彼の姿に。

そのように見出した彼の姿に心打たれ、ある種の感謝と、自らの肯定を覚えたからだ。彼の行動によって、万人の場としての当市成人式は成立をなしえたのだから

最後に。これは来ていちばんよかったと思えた光景なのだが、式が終わって駅に行くまでが死ぬほど混んでいたので見物感覚で大回りして駅の空いてるほうに向かっている途中、まあいかにもあまり中学休み時間窓際で話してそうな感じのイケていなさそうな感じの風貌のダウンジャケットの男二人が、しかし久しぶりに会ったと思わしき感じで、いかにも久しぶりにやるその頃の二人のやり取りという感じで楽しげに歩いている、その光景を後ろから見ているときだった。

こういう成人式も、あるのだと思った。

2018-01-06

自ら自己罵倒鬱状態になることでADHD的多動を抑え込んでいたかもしれないとセントジョーンズワート飲んでわかった

2018-01-04

anond:20180104214617

かに…本気モードになれない年齢なんだな、と思います。同時に、歳を重ねても「この人は、今の自分の年齢だからこそ、他の男性には渡したくない」と思える男性もいるのかなー…なんて。

ただ、何人か、アポが来た人で、明らかに婚活を諦めている…というよりも、鬱状態?になっていて、疲弊している人が何人かいました。私は、ネット婚活はまだ1週間くらいなんですが、その人達は2年、3年と続けているらしく。会えた人は数人程度。年収だってお顔立ちだって職種だって、決して劣ってるとは思えませんでした。写真プロフィールを見る限り。でも、「もう、辞めようと思っているんだ。君も、頑張ってね。」という言葉メッセージで受け取った後、数日後、退会していました。他、何人かも、オンラインになっていたり、数週間オフになっていたりしているけれど、どうしていることやら…。

本当に、疲れますね。若いって素晴らしい事、痛感しました。。

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