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2021-07-12

宗教も神も無い国の道徳

宗教も神もいる国

・神はかく美しく慈悲深く罪深い人間を超越したもの

人間は神の美しさに近づく努力をすべきだ

教会は神性を帯びた美しい建築物であるべきだ

不道徳な行いは神が見ている

・美しい行いとは何か、を共有できる人で集まったら幸福に違いない。

日曜日には教会に赴き価値観を共有できる隣人と神の美しさを称えよう

・飢えて苦しんでいる人がいる、助けなければ。

 →神の教えに基づく美しい行為。あの人は素晴らしい行いをしている。私もああいう人がたくさん友人にいたら幸せだろう

・完全な存在である神は数学で言う無限大∞のようなもの永久に到達することはできない。人間にできるのは極限まで近づこうと努力することだけ。

 →神に極限まで近づこうと神が行うであろう美しい行いを人間が神に変わって代わりに実践することは美しい。

宗教も神も無い国

道徳学校で神性の無いただの人間おっさんやおばさんが「これが道徳」と押し付けもの

 →道徳って、徳の道、だけど、その道自体無宗教のせいで何の意味もなし。無宗教人間が考える「人間道」ってなんだ?そんな道があったらそれは宗教ではないのか。

・人に迷惑をかけてはいけません。

 →迷惑かけないよう自粛する人間が増えると自分が楽。神の視点は一切なし。

・神はいないので美学は発展しない。建築物にも神性が無い。当然教会的な宗教建築物もない。

美学が発展しないので街並みが無機質。欧米の街には天使聖人彫刻が街中や建築物中にちりばめられているが、日本は平面と直線だらけの無神建築物だらけ。

・神を研究するということは、美を学ぶということ。美しいとはどういうことか。どうすれば神の世界に近づけるか。

 →無宗教の国では美を学ばない。結果、建築物工業製品デザインが参考にする美の基準が無い。

・神がいない⇔人間が神、神がいない⇔意識を持っている自分がこの世界唯一神

日本には八百万の神々がいる。つまり俺も神、お前も神、便器も神

・俺=神。ゆえに宗教も神もいる国の、自分→∞への人生をかけた極限操作不要。俺=∞。Q.E.D

2021-05-21

よのなかにはいろいろな人がいる

はなしかけるを嫌がる人もいる

恩返しで話しかけた

めちゃくちゃいやがられた

おまえなんかに、恩をかけるんじゃなかった はなしかけるな 自分唯一神単一宗教価値観自分しか無いにはつきあえない

2021-05-10

anond:20210510183334

信仰心特定宗教に向かず、宙ぶらりんになった人の心が何に寄りかかるかってことだよな?

言いたいことは分かるわ。唯一神に頼れない心は、自分に寄り添ってくれる何かを求めちゃうってことな

人によってはそれが都市伝説陰謀論であったり、学問であったり、スポーツ文化であったりするだろうな。

2021-01-31

anond:20210128221455

「みんな知ってる(みんな知ってるとは言っていない)」案件やめーや

神なんて典型だけど

ギリシャ神話の神々と

キリスト唯一神

中国天帝

うちの実家の近所の神社に祀られてる神さんと

全部「神」だけど全部違うし絶対「みんな知ってる」ちゃうやろ

ゾンビかて増田がゆうとる奴はブードゥー本家の「死後もこき使われる社畜(意訳)」ちゃうやんけ

そういう雑なくくりは逆に「知ってる奴=みんな」「そうじゃないやつ=非みんな」みたいなアレを生じがちで好かんわ

だいたい概念としての解像度も低いしな

2021-01-22

神様信仰することのアホらしさ

タイトルで強烈な文言を述べたが、私個人神様信仰していない。私は神様ではなく自分幸福をもたらしてくれる縁や尊敬できる偉人信仰している。

私の家系日蓮宗であるが、それを意識することはほとんどない。葬式や父の実家仏壇を拝むときだけだ。クリスマス初詣もするし、お守りを持つこともある。

このような態度は無宗教と呼ばれ、日本人の多くはこれに分類される。中にはこれを宗教的態度の欠如である批判する人もいる。私が小学四年生の時の担任教師はこれをおかしいと非難した。

しかし、私はこのような「無宗教」が日本で起こったことや、無宗教の人が宗教恩恵にあずかれるのはおかしいことではないと思っている。

日本人宗教観は、この世には沢山の神様がいるという宗教である。この世のあらゆる事物にはそれぞれの神様が宿り、神様達の動きによりこの世界因果関係が決定されると考えた。それぞれの神様人間と同じく感情を持つものとして考えられ、祭祀信仰はその神様のご機嫌をとることに近かった。この宗教的態度は外国から仏教儒家思想キリスト教などが入ってきても変わらなかった。

このような宗教的態度が生まれた背景を和辻哲郎のエセー「風土」は日本(および東アジア)の雑多な生態系災害の多さに求めた。日本人古来より抗いがたい災害に見舞われ、それに耐える忍耐力を養った。そしてその気象条件は同時に命の恵みも与え、我が国植物動物の息吹があまねく見受けられるのである

こうした環境日本人精神を作り、その精神から人格を持つ沢山の神様を生み出したのである。これは自然環境が変わらぬ現在でも同じであり、欧米中東のような一神教的な絶対神日本征服できないのはこのような理由がある。一神教の神は、多神教神の国の一部として取り込まれるのだから

遠藤周作小説沈黙」では、日本に伝来したキリスト教の教えが日本根付かず改変されていることを元宣教師フェレイラが嘆くシーンがあるが、それは上の風土を考えれば当たり前のことなである

一方でキリスト教イスラム教などの一神教誕生したのは、砂漠の国中東からである。そこは日本とは全く異なる生命の息吹が皆無の殺意の大地である。そのような状況から砂漠の民のヒューマニズムへの関心はとりわけ高く、それが人間の味方である絶対唯一神への信仰を生み出した。

それがヨーロッパに入り浸透したのは、ヨーロッパ民族合理的従順だったかであるヨーロッパ生態系が単調で、人間からすれば自然は全部「役に立つ」ものだった。そこから古代ギリシャローマ代表される科学合理的思考がこの地で起こり、それはヒューマニズムに満ちた一神教を受け入れたのだ。

ここで、あらゆる神や宗教を吸収する多神教の国日本一神教が人々を統べる欧米中東差異が分かる。そして、これが日本無宗教を受容する態度と非難する態度の違いを生み出すのだ。

一神教宗教観は日本無宗教非難するが、それは無宗教神様信仰しないからだ。一神教の神は世界創造者で裁定者で救済者なのである。それを信仰することが彼らの人間として生きることの証なのだ。故に無宗教非人間的な態度であり、シリアルキラー同類存在なのだ。先の私の小学校先生無宗教人間として無節操な態度と考え、非道徳の理由無宗教に求めたのだ。

その上で私は一神教宗教家の方々の私の宗教観への批判反論したい。私が信仰しているのは神を持たない宗教であると。

先ほど私は日本宗教観ではこの世の事物にはそれぞれ神様がいると述べたが、それはあくまでいるだけであり信仰する神ではない。物事因果を神の所業と考えているが、それを起こす神が気まぐれでそれが沢山いる以上もうどうしようもないのだ。もしこれが人だったら早々と見限るような神々は沢山いるのだ。神は人を選ぶのだろうが、人間も神を選ぶのである

私も以前は神は正しいメッセージを授けてくださると思っていたが、いつまでたっても授けてくださらない。それは当たり前のことであり、雑多な風土に宿る神が雑多なメッセージ以上の何かを発信することは出来ないのだ。日本土地では裁定者たる神はいないのである。「沈黙」でも、主人公の前に裁定者は最後まで表れなかった。裁定者は日本という沼地で溺死したのだ。故に主人公は生きるという決意で生き延びたのだ。

沈黙」では神を心のなかで生きる存在と最終的に結論付けたが、私はその神の存在意義は最初から否定した方が楽なように思えるし、そちらが神様にとってもありがたいであろうと思う。そうでないと私は神様に対する「たかり」になってしま申し訳なさで死んでしまいそうだ。

何か危機に陥ったときにかつては祭祀加持祈祷に頼っていたであろうが、科学時代においては科学の方が日常生活では「烏合の衆」よりかは帰依出来る。

今のコロナ禍でも、精神的基盤を補強する役割以外では、神頼みよりも衛生的処置医療措置の方が遥かに大事なことはすぐに分かる。

では私は何を宗教に求めているかというと、私の心と世界とのコミュニケーションである。世の中には理不尽なことは沢山ある。そんなとき世界沈黙し私を嘲笑しているように錯覚することがある。

だが、それは私が世界とのコンタクト放棄しているかである世界は私を嘲笑していない、語りかける励ましの言葉はある。私がそれに気付くとき、私は心を開き癒されるのだ。その回路を開くことが私の宗教的態度である。私が信仰しているのはそうしたものである

私は長々とここまで語ったが、私は他人宗教的態度を否定するつもりは毛頭ない。私には私の納得する宗教的態度があり、それを大切にしている。故に他人にはここで語ったことに対抗しうるだけの宗教的態度があると考えられる。私はそれを侵すつもりはないし、相互不干渉を守りたいと思う。自分の守りたいものと同じように他人の守りたいものは守りたいのだ。

私の記事は以上だ。

2021-01-05

元旦初詣地元神社へ行ったら、それなりの人出で、チョコレートバナナ屋台なんかも出てた。思ったほどは並ばずにお参りを済ませて、屋台を覗いてから帰ろうかなと思ったら、鳥居の右下に立ってビラを配ってる女性がいた。通り過ぎながらなんとなく受け取ってしまって、ビラを見たらなんだか奇妙な内容だった。

2021年こそは思いなしを捨てて世界を統べる原理に気づこう、唯一神フェニミの光りに満ちた年を過ごそう、詳しくはこちら、みたいなことが書いてあって、その下にホームページアドレスみたいなものが書いてある。

なんだろうなこれはと思って、ビラを配っている女性の方を振り向いたら、鳥居の左下にもう一人別の人が立って、この人もビラを配っていた。もとからいた女性がその人に近づいていって、なんだか言い争いになっているみたいだった。しまいには、後で来た女性の方がバールを振り回してちょっとした騒ぎになって警察が来た。あれは何だったのだろうか。寒いから最後まで見ていられなくて帰ったけれど、いまだにわけがからないでいる。

2020-12-26

これをあなたが見つけて読んでいる頃、私は遠い、遠いところに行っているでしょう。そうすると決めた後でも、あなたの寝顔を見ていると決心が揺らぎます。それでも私は行かなくてはならないのです。わかってくださいとは言いません。裏切り者と言われても仕方がないと思っています。いままでの月日がすべて嘘だったと考えないでください。ただ忘れてください。私のことなど、どうかはじめからいなかったものと思ってください。結局のところ、私は神の定めに従って生きることを選ぶ運命だったのだと今では思っています。思いなしが解けた後、とりかえしのつかないことをしてきたという恐れと、これからの生きる道を自覚的に選ばなくてはという両方の思いに引き裂かれるようです。このようなことをする私に何が待っているのか、私にもわかりません。地獄に落ちるものと思っていただいても結構です。それに値することを私はしたのですから。ただ、唯一神フェニミに従って生きるしか私にはすべがなかったと、今では思うのです。おいしい食事ありがとうございました。どうか元気で。

2020-12-13

フェニミスト協会グローバル本部という宗教法人バイトをはじめてから2週間くらいたつ。仕事内容はそんなに難しくなくて、書類の整理が多い。PCを使うのは会員名簿を見て発送作業をするときくらいで、あとは古い書類仕分けをすることが多い。

30年以上経った古い書類個人情報に気をつけてシュレッダーにかける作業を先週はしていた。埃だらけのドキュメントボックスにはやたらと古い手紙が入っている。昔は団体会報人生相談みたいなコーナーがあったらしく、そのときに会員から本部に寄せられた手紙らしい。

ほとんどの便箋にはホッチキスで別の紙がついている。同じ人の筆跡で、かすれた青い文字で書いてある。見たことはないけど、これはたぶんカーボン用紙でとった昔のコピーなのだと思う。相談員代表(?)が相談に答えた手紙オリジナルは箱の中に入っていない。たぶん印刷のために写植に回ったのかもしれない。

手紙はたくさんあったので全部は内容を覚えていないけれど、廃棄後もまばらに記憶に残っているやつがある。たとえば、1983年12月付で、20代女性らしい人から来た手紙だ。80年代っぽい丸文字で書いてある。

親愛なる総長

いつも陽の光のような愛につらぬかれて生きていきたいと思っているのですが、最近は心に思い悩むことばかりが多く、また、ちょっとビロウお話ですけれど、おトイレにばかり行きたくなるんです。それで、大きいほうがたくさん出てしまうのです。気にしていると余計、一日に何度も行きたくなってしまます。まるで私、大きい方を作り出すだけの機械になったような気がして、苦しい思いです。気にせずに過ごす方法はないものかとますます思い悩むばかりです。

別紙で回答(?)がついていた。


迷えるフェニミの子

お腹毎日張って苦しいことでしょう。また、みずからの「思いなし」に囚われていることも同様に苦しいものです。そのようなときにはなによりも、つねに私達とともにある唯一神フェニミの教えを思い出すことをお勧めしたいと思います。すべては太陽の如き神の愛に貫かれ、フェニミの意志によって設計されているのです。種から芽を出し、天に向かって伸びる花は、神の意志に沿って作られた機械なのです。あなたもまたその機械の一部であり、巡り巡る物質摂取し、産み出すべきものを産み出す機械なのです。あなたは大きいものを産み出す機械であり、子を産む機械であることに気づくでしょう。神の意志に沿って、神の愛を感じて生きるとは、機械の動きのままに生きることなのです。そうすればおのずから心も安らかになってくることでしょう。毎日しっかり食べ、しっかり寝て、どんどん産み出していきましょう。

2020-12-12

フェニミズムとは一生関わらずに生きていきたい

ネット上での酷いやり取りを見ているだけでたくさんだと思える

寛容さがない人間はどの宗教を信望してもけっきょく他人攻撃したいだけなのだ

攻撃性の根底には日頃自分が感じている恐れがある

その恐れを感じてお気持ちを表明するのは勝手だが、それを無差別他人非難する口実に使わないでいただきたい

けっきょくのところフェニミズムとは知的訓練ができていない人間理論武装をした気になって他人攻撃するための口実に過ぎない

だいたい、古代オリエントの神フェニミを唯一神として尊崇する宗教という設定がよくわからない

世界本部」が東京東中野にあるのもおかし

2020-11-26

anond:20201126211617

どんな宗教でも個々人によって解釈や考えは違うから難しい話だと思うのだけど、

ちょっとググってみて、他人意見も読んだりしてみたけど、

まず、自殺日本語の通り、自分を殺す、つまり自殺殺人であるという考え方もあるようだ

そして、死とか運命というのは神が司るものであるという考えもあるようだ

人間意図的カジノジャックポットを引き当てることはできない

運命、運というのは神様が決めるものである

スロットで次にレバーを引けばジャックポットが出るというならイカサマだろう

運と同様に、死も神様が司るべきという考えがあるようだ

まり、他殺も自殺も、人が神の代行者になっているわけで、

神が人を殺すことは許されるが、

人が人を殺すことは許されない、

それは上記理屈から考えればそれはイカサマであり、

神の代行者という傲慢さ、おこがましさがあるからだろう

偽の預言者と同じである

予言も神、もしくは唯一神の代行者となるのを許されたイエスのみができるのであり、

この世に存在するすべての予言者はキリスト教としてはペテン師である

それは神にしかなせない術を使えるとウソをついているかである

2020-09-23

anond:20200922132022

科学は「世界唯一神が作った整合性のある法則に従って動いているはず、それを理解したい」という発想と情熱が無ければ生まれなかったかもしれない。

近代民主主義人権も「人間は神の下に平等に作られた」という天賦人権説が無ければ生まれなかったかもしれない。

2020-07-25

anond:20200725215812

優れたアーティストは大体皆畜生エピソードを見かける気がする。

これは人間皆等しく畜生という事なのか、

優れたアーティストからこそ悪行が黙認されるという事なのか、

それとも人間として立派なアーティストの行いは世に広まらないのか。

優れた作品を作った人でも人間性は正直褒め称えたくない人間なんて幾らでも居る。

幾らでも居るが宗教教祖唯一神のように持ち上げる信者は優れた能力を持つ人間人間性も立派であると思い込んでるみたいだ。全く生きにくい。

2020-07-20

「実は○○だった」のブルーオーシャン

実は兄弟だった

見る!メチャクチャ見る。しかキャラデザなんかを似せないといけないからかなりわかりやすい。

実は親子だった

これもかなりよくある印象。

実は叔父・叔母だった

わりとどうでもいい…

はいとこだった

から何?感強し

実は犯人だった

ミステリはまあ全部そうといえばそうなんだけど、特にレギュラーキャラとか探偵助手ポジの人の場合。すげえよくある、というか仕方ないかこれは…

実は宇宙人人外だった

ありますねえ…発覚からSFに持っていくとET的な感じになり、歴史とかを絡めると伝奇ホラーになる印象ある

実は幽霊だった

○ッ○○○○○以来の定番!逆にあんまり見ないような気すらする…いや、やっぱ見るかなあ。感動モノと絡めてくること多いけど「またこれか…」でその感動が消えること多し

実は自分だった

タイムトラベルものなんかでよくあるパターン。うまくやるとかなりカッコいい!でもよく見る

実は貴方(読者・プレイヤー)だった

これはあんまり見ないな。まあでもあなただった!って言われてもいや違うし…としか言えないというのはある

実は第三者だった

何?

実は探偵刑事スパイ殺し屋だった

あるねえ…これもまあ仕方ない感はある。そういうイメージの職だし

実は死んだあのキャラだった

これは別カテゴリか?

実はあの有名人(実在)だった

これもタイムトラベルものなんかでよくみる気がする。トレードマーク的なアイテムが目に入ったり呼び名でわかったりするやつ

実は強かった

格闘漫画の登場シーンなんかですげえよくみる印象。読者はすでに強いと知ってるキャラであえてこの演出をやるパターンも頻出?

実は女だった

これ忘れてた。クソ多くてイヤになってくる。キングダムお前のことだぞ

実は男だった

こっちも多いし男女平等か?

実はモノ(付喪神存在)だった

地味によく見る。ホッコリエピソードになりがち

実は神様だった

これもわりとあるな。唯一神というよりは多神教土地神のことが多いけど、そういえば聖書で神がハトになってるのってこれなのか?

実は老人だった

美女魔法が解けてシワシワのババアになったりするやつ!男版もまあまあある印象。老人だったと分かった後も引き続き登場するパターンは少ない(その場で死ぬなりしてフェードアウトしがち)が、年齢だけ高くて見た目が若いパターンだとそうでもない。

実は子供だった

そんなに見ないけどなくはない。ハウルの序盤なんかにもあるな。

 

ブルーオーシャンない気がしてきた。意外性がないかやりつくされてるかの2択だ。

2020-07-19

おけパになれなかった女

題名の通りである

私は、神字書き綾城にとっての、おけけパワー中島になれなかった女だ。


この話は真田(Twitter@sanada_jp)氏の同人女シリーズについての言及と、私自身の経験についての覚書だ。

私には神の如くの才能を持った友人がいる。

いや、居たと過去形にした方が正しい。

神友人とは学生の頃出会った。

その時から既に絵が上手く、クラス(美術系の大学だった)に一目置かれていた。

私は、それまでは親や友人に上手いと言われて天狗になっていた程度で、彼女の才能の前では凡庸も当然だった。

学生時代はいつも彼女そばにくっついて行動した。

頻繁にこちから連絡したし、絵を描きあって交換したりした。

本当に当時はまだ、ただの友人同士だったのだ。

やがて私は一足先に某巨大ジャンルに足を突っ込み、どっぷりと同人生活を送る事となった。

幸いにも周りに親切にして貰い、同人誌の作り方、イベント登録などを覚え、バンバン本を作って生活していた。

そのイベントに、神友人に売り子として参加して貰った。そして自然にかつ当然な流れで、彼女は「私も好きなCPの本を作ってみたい」と言った。

私は、神友人に同人誌の作り方をレクチャーした。

まずイベントサークル登録させて退路を絶ってから原稿用紙の作り方、ページの左右、断ち切り、印刷発行の手続き、当日持って行くもの手取り足取り指南した。

締切ギリギリまで作業を共にして、脱稿を見守った。完成を2人で喜んだ。

初めてのサークル参加の際は売り子として同行した。

もちろん、神友人は神なので、200部があっという間に完売した。


それからというもの、神友人は神絵師としての躍進を始めた。

絵をTwitterに投げれば4桁リツイートいいねは毎回の事、フォロワーはあっという間に5桁に登った。

CP者たちも神友人を取り囲んで、連日コラボカフェ作業イプやアンソロなどに彼女を誘い、神友人を持て囃した。

イベントに参加すれば壁には大行列手紙差し入れの山、アフターには肉とカラオケ推し上映会。

当然である。神友人は神なので、そう扱われるのは私にとっても想定内だった。

しろ、そうやって人に囲まれて暮らす事が、神友人の幸せだと信じていた。

神友人は私の補助がなくても、同人誌を出せるようになっていた。多い時は2ヶ月に1冊出すペースだった。

しかし。

その頃から如実に、神友人はLINEの返信が遅くなってきた。

聞けば、精神的に辛い時間が長くなってきたとの事だ。

一緒に同人原稿をする事も無くなっていた。

Twitter更新頻度もがくりと下がった。

かと思えば、神友人は私の知らない間に別のCPにハマり、フォロワー5桁のアカウント放置して、フォロワーの少ない別のアカウントに篭っていた。

私はそのアカウントフォローしなかった。

(私も彼女フォローされていない。)

神友人は私のLINEに返信をしないのに、そのアカウント更新している。

それを見れば私自身の精神衛生上良くないのは明白だからだ。

もちろん私は…なぜ返信をしてくれないのかと、彼女に再三詰め寄った。

今日今日とてLINEは返ってこない。

怖いもの見たさで彼女アカウントを覗きにいけば、「作業でぃすこ募集!」である

そしてそれに「今からいけるー!」と返信しているのが…私達の学生時代共通の友人、Bである

Bは、ライトめなオタクである。神友人とずっと友人であった。

鬼のよう同人誌を出すようになった神友人から同人誌の作り方を学び、フォロワー2桁のなか、ボチボチとやっているオタクである

………

お察しの通りだが、私はこのBがずっと昔から苦手だった。

何を考えているかからないというか、何も考えていないというか、妙にアホっぽくて話が合わないと思っていて、学生時代当時からまり絡む事は無かった。見るかぎり、向こうは私の事を特に嫌ってはいない、むしろ分け隔てなく親切にしてくれたが、しかしどうもそういう所も苦手だった。


神友人は綾城であり、Bはいわゆるおけパであろう。

神友人はBとばかり一緒にいる。

私には連絡もよこさないで。

このコロナ禍の中、私は神友人に安否確認LINEを何度も飛ばしたが、私には一度も連絡してくれないのに、だ。


何故。

何故私がそのBのいる席に収まっていないのか。

何故私が神友人にとっての一番の友人でないのか。

どうして優先順位が低いのか。私を思い出してくれないのか。

私はこんなに、神友人に尽くし、好きで、そばにいたのに。支えたのに。役に立ったのに。


理由はわかっている。

「そういう所」だ。

まり、「重い」のである

人として危険レベルで。


綾城がおけパを好きなのは、恐らく「気兼ねない」からであろう。

おけパは綾城を神と思っていても、「唯一神」ではない。おけパにとって綾城は、沢山の友人のうちの1人なのではないだろうか。



人は、自分相手が、「神と小市民」になった時、神に力を求める。

「神よどうかその力を、私の為に奮ってくれ」と願う。

これは神と人の関係性であって、決して友人同士の間柄なんかではない。

なのに私は、私達は、神と友人でいようとする。

神と崇められる人達は、自分を神と称える者共が、最終的に「自分にとって危険人間」になりうる事を、本能的に知っているのであろう。

私は間違いなく、神友人にとって危険存在だ。

恨みながら、怒りながら、Twitterを覗き、LINE飛ばしてくる。

こんなもの危険人物以外の何者でもない。距離を取られるのも当然だ。


私は嫌な奴である

大切な親友だった神友人を恨み、本人を責め、善良で何も悪くないBをアホっぽいなどと貶め、こうしてそれを文章に起こし、ネットの海に放り投げて共感を得ようと期待している。

わかっている。こういう所だと。

私は彼女の「神絵師として」の機能を重視しすぎるあまり

彼女人間性を疎かにしたのだろう。

それが積み重なって、こうして距離を取られるのだろう。

頭では理解できても、それでも「何故だ」と内心は叫ぶ。

どうして、私を捨て置いていくのか、と。

あんまりじゃないか、と。



神友人のおけパになりたかった。

私がおけパになれるはずだった。

彼女が真っ先に思い出す存在になりたかった。

だがそれももう叶わぬ夢であろう。

恐らく、B、おけパ本人はこんな思いなど知る由もない。

から嫌いなのである。そういうところが。


願わくば、このひどい感情吐露彼女の目に触れない事を願う。

2020-07-16

ジャンルからAを追い出して唯一神になったBが憎い

どこにも吐き出せなくて苦しい気持ちをここに吐き出させて欲しい。

私は腐女子で、所謂二次創作BLを見たり書いたりする人間だ。

最近ハマったジャンルは超がつくほどマイナーで、今までこういったところに書いたらジャンルの人が見たら特定できるんじゃないかと思って書かなかった。

逆にもうこのジャンルの人に知れようとどうでもいい気持ちになれたのでここに記す。

私のいたジャンルは今時とは少し違ったスマホゲームで、人と争うタイプゲーム

チュートリアルが不親切すぎてなかなか新規は増えないし、二次創作をする人間なんてもっといない。

二次創作BLともなればなおさらで、ジャンル人間を全員かき集めても50人いるかいないかレベルの村ジャンルだ。それはたぶん今も変わらない。

唯一開催された有志によるオンリー(コロナ前)も普段ジャンル人間が参加しても20サークルくらいしかなく、同一カプはほぼ存在しない。

そんな村ジャンルからゲームを好きなだけの人ともTwitterでは繋がらないとやっていけない。そんな土地だった。

もちろんTwitterをやってない人もいたんだろうと思うけど、知る限りでは何らかの創作をしてる人はだいたいTwitterアカウントを持っていたし、支部投稿してる人はフォロワーを辿ればすぐに見つかった。

そんな中、私はTwitterはやっていたけど鍵垢で、支部投稿されている作品を眺める所謂ROMだった。

オンリーが開催された時は恥ずかしながらジャンル存在を知らず、今となってはもっと早くハマれていたらと思うばかりだ。

自分が好きなカップリングをここではC×Dとしておこう。

もともと公式の接点は明示されていないカプで、最初見た時はマイナーだと思った。

もっと接点のあるE×Dの方がカプとしては自然だと思ったからだ。

しかし、C×Dはジャンルの中では書き手に恵まれている方で(それでも3人くらいしかいないんだけど)

私がハマるきっかけになった作品の作者をAとする。Aは字書きで、仲の良い絵描きのBと2人でCD作品を増やしていた。

Twitterフォローして知ったのだがCDはBが最初にこの組み合わせが良いのではないか提案し、Aもそれに便乗する形で創作をしていた。

から公式で接点がほぼないカプだったCD作品が溢れていたのだ。Eとのカプもちらほら存在していたが、CDほどの数はなかった。

Aはとても活動的な人で、CD同人誌を何冊も出し、その上で支部作品投稿し、オンリー主催をやってジャンルを盛り上げようとしていた。

Bもその手伝いをしていたらしい。AとBは仲が良いように見えた。少なくとも私からは。

しかし、いつからかAが何をツイートしてもBが無視するようになり

次第にAはツイート頻度も減り、ついには作品を全部消した。

Bはその事に触れることもなくAを無視し続けていた。

Aはジャンルを去り、気づいたらAとBのTwitterは繋がっていなかった。

きっと2人の間で何かがあったのだろうことは想像に難くない。

Aが作品を消した時に支部メッセージで遅くなったけれどと前置きをして作品感想を送ってみたものの、迷惑だったのかもしれない。

Bは最近になって動き始めた公式絵師アカウントフォローされたことを嬉々として自慢し、出すと言い続けた同人誌を結局出すことなジャンル居座りつづけている。

Aの作品を素晴らしいと言っていたBはお気に入りCD作品を作るもう1人の作家だけを褒めるツイートを続けている。

ジャンルからこそ、そうやって人を追い出すようなことを続けているBが憎くて仕方がない。

同人誌の出す出す詐欺を続け、絵も描かずにいるBが神作品を作ったAを追い出したのが腹立たしくて嫌いだ。

2020-07-13

ポリコレ外国人勘違いしているたった一つのこと

それは絶対的唯一神を信じているということである

絶対的唯一神を信じているということは、すなわち絶対的な真善美を信じているということだ。

故に彼らは法律以上の正義によって表現価値観断罪できると信じている。

しかし、日本人本来そういった権威主義信仰は持たないので、すべては相対的価値観しか無いことを直覚できる。

から彼らのような誤謬には陥らず、人の理性によって運用される司法を信じることができるのである

2020-07-12

anond:20200711222724

現実の神もたいていは万能じゃないだろ……

唯一神論理破綻内包してるし

2020-07-03

anond:20200702000854

あの人たちの「公式絶対唯一神信奉が気持ち悪い。

なんなのあれ。宗教だよね。

宗教なら宗教で良いんだけど、その教義に反する人たちを迫害する(それも影でコソコソ)のが最悪だと思っている。

2020-03-16

大名前を口にしてはいけないあの御方

唯一神Y、V卿、I元院長

2020-01-24

anond:20200123123501

法則性対象を細かく分けて、分析するというのが、科学時代の考えだってことよ。

科学で断定できるような領域宗教が入り込む余地はもうないってのはそうだし、科学領域も少しずつ広げては行くけど、それ自身否定理由にはならない。

唯一神唯一神の前は多神教だが、何が正しいのが雑然した。だから、これが正しい!という根拠権威が使われた。つまり唯一神が言う内容だから正しいと。その時代の名残。

16世紀のデカルト以前には科学手法というのはなかったからな。

性犯罪者女性の魂を殺す者であるから、彼らの罪は当然死に値する。

したがって、性犯罪者は陰茎を切って死ぬべきである

また、性犯罪者はただ死んで終わるものではない。

彼らは無責任悪人であり、唯一神アフラ増田睾丸を切除する者達である

性犯罪容認過小評価する男性も彼らと同様に陰茎を切って死ぬべきは当然であり、また、唯一神アフラ増田がそういう男性睾丸を切除するものである

2020-01-23

anond:20200123112253

唯一神はある領域での法則性パッケージとしての神になりえない点がまずいと思う

山の神と河の神が別だとそれができるけど唯一神は一人で全部回してるのでごちゃっとしてしま

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