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2020-08-23

anond:20200823133014

凡庸な著者にかぎってだれでも、自分特有自然文体偽装を施そうとする。そのためまず第一に、素朴さ、素直さをすべて放棄しなければならないことになる。その結果、文章作成上のこの美徳は、常に、卓越した精神の持ち主、平生自分値打ち自覚して、自身に満ちている人間だけに許される。つまり凡庸頭脳の持ち主たちには考えるとおりに書くという決心が、まったくつかないのである。それというのも、そういう調子で書けば、書きあがったものがまったくつまらないものになりかねない、という予感におびえるからである。___ショーペンハウアー増田

2020-07-12

ショーペンハウアー読んでるけど

クズどもとか

増田並みに言葉が悪くて

なんかホッとした

2020-07-10

anond:20200708204059

富は海水に似ている。

飲めば飲むほど渇く。

名声についても同じである

ショーペンハウアー

2019-12-03

無職で暇なうちに読むオススメ本教えて

題名の通りなんだけど、実習に明け暮れた大学後半から就職して十数年、楽しむための読書習慣から遠ざかってた。仕事必要な専門書は読んでたけど、それにプラスしてネット文章読んでたら、それ以上いろいろ読みたい意欲が飽和して湧かなかったんだよね。

んで、先月退職してまとまった時間がある程度できて、ああそういえば、読書って仕事生活スキルを上げるためだけじゃなく、楽しんでするものだったよなあ、と思い出した。

せっかくなので、いろんな人に教えてもらいたい。

学生の頃は田中芳樹とか好きだった。某シリーズは途中から思う所はいろいろあったけど、とりあえず生きてるうちに最終巻を読むことができてよかった。自分感性が変わったからかもしれない。

名前だけ聞いたことあった十角館の殺人を先週図書館で見つけたので手に取ったら、昭和版のそして誰もいなくなったなのかあ、と面白かった。あれ?平成初期か?読みやすいもんだね。

高校生の時、太宰とか漱石とか、意外に面白いじゃんと思って図書館で物色してた流れでドグラ・マグラに手を出しだら頭がおかしくなりそうで挫折したんだけど、またトライしたらいけるもんなのかなあ。読めない人には読めないもの

さらっとしたのは忙しい間でも読めたんだけど。コンビニ人間とか、三匹のおっさんとか、factfullnessとかぼくはイエローホワイトでとか。忙しかった時トルストイ挫折したけど、今なら時間あるからいけるのかな。

チーズを探す話、関西弁のゾウの神様の話も面白かった記憶はあるけど、より良い生き方みたいなのを探しながら読んでた時期だったな。退職してスッキリして、より良く生きる方法は探さなくても楽しく生きられればいいや、と今は思う。

今のところ積んであるのは以下。

息子がバトルロワイヤル面白かったと言ってたから読んでみる。小学校卒業式の前の週に読んだからちょっと怖かったらしいけど自分がこの年で読んでも面白いのかな。息子のおかげでハリポタとダレンシャンと星新一を楽しめたから、きっと面白いんだろうな。息子にはお礼に火車を貸してやった。

娘の中学受験の教材にたびたび登場するから機関車先生トットちゃん読んでみる。

あとは、銃・病原菌・鉄と、ショーペンハウアー幸福論、アクロイド殺人事件十二国記新刊。ルドルフとイッハイアッテナの新刊がもし出たら、子供が成人してても自分が読むために絶対買う。あとはhomodeus。

まだ読んだことのない面白い本が世の中にはたくさんあるんだろうな。

他にもぜひ教えてください。

12/5 追記

気づいたらオススメあげてくれてる人がたくさんいて、面白そうな本リストがズンドコ増えてうれしい。

一人一人に直接伝えられないので、ここでお礼を言わせてくださいな。

みなさん本当にありがとう

2019-10-26

デヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』要約

本稿の著作権著作人格権は完全に放棄する。無断での利用・転載はむしろ推奨する。

○第1章『序論』

p.10 子供を産むことの決断には様々な理由があるだろうが、そこに存在することになる子供の利害が含まれているはずはない。

●『誰がそんなに幸運なのか?』

p.12 「生はあまりにも酷い。生まれしまわない方がよかっただろう。誰がそんなに幸運なのか?」(ユダヤ人格言

「決して誕生しないことは、死ぬ運命にある人間にとっては最善の事柄だろう。しかし、このことは十万人のなかの一人の人間だってほとんど生じない」(フロイトジョーク)…「非同一性問題」→私たちはたしか非存在がよりよい状態にあるとは言えない。しかし、存在するものについては、存在することは当人たちにとって悪いことだと言える。「これは哲学的ゲームでも冗談でもない」

p.15 生殖をするカップルは、苦しみを生みだす氷山の頂点にいる。遺伝的な起源責任。=デレク・パーフィット起源説」

●『反出生主義と出生を促進する偏見

p.16 反出生主義の偏見子供嫌い、子供を持つことによる自由財産制限

p.17 出生の偏見子供をもたないことは利己的で未発達→①子供は別の人間なのだから子供もつ動機利己的でしかありえない。②(1)子供もつことはしばしば不注意の結果でしかない。(2)生殖衝動原始的ものである

p.19 全体主義者の政治団体軍事的理由生殖奨励する。民主主義国家も、つねに生殖を支持する層が勢力の大半を占めている。…あらゆる国家移民より生殖により人口構成されている方が正当化される。

●『本書の概要

●『読者への指針』

○第2章『存在してしまうことが害悪である理由

●『存在してしまうことが害悪であるということがあり得るか?』

p.27 「非同一性問題」「未来個人パラドックス」…(ex)遺伝性の障碍

・『生きる価値のある人生と生きる価値のない人生

p.29 非存在存在比較できないため、存在することがしないことよりも「より悪い」と言うことはできない。…存在害悪は単に「悪い」というだけで十分だ。

 …誰かが死んだ方がマシだと考えるとき自分状態が良くなると考えるわけではない。存在しなくなる方が良いほど人生が悪いものである可能性と同じく、はじめから存在しない方がいいほど人生が悪いものである可能性はある。

p.31 誰かが存在していることとしないことを比較するのは、2つの状態比較するのではなく、まったく別の事態比較することだ。…障碍が耐えがたいにしろ人生を生きるに値しないものにするほどではない場合は、そうでない場合より難しいと考えられている。=生きるに値する人生において、存在するよりしない方がいいというのは矛盾だ。→これは「生きるに値する人生」という表現多義性が原因だ。

・『始めるに値する人生と続けるに値する人生

p.32 「生きるに値する人生」は実際には「生き続けるに価する人生」だ。だが、問題は今はまだない人生であり、これに「生きるに値する人生」という表現を使うことはできない。「始めるに値する人生」を始めない方がいいというのは矛盾だ。

p.34 道徳的問題に関わる意味で、人が存在するようになる過程は長く、段階的だ。

●『何故存在してしまうことは常に害悪であるのか』

・『快楽苦痛非対称性

p.40 非存在苦痛がないことはいいことだと言える。可能性において存在する誰かの利害で判断することができる。我々は、自分たちについて存在しなければよかったのにと仮定することができる。

p.42 人々を幸福にする積極的義務があると考えている人でも、幸福な人々を存在させる積極的義務があると考える人ほとんどいない。

p.44 非対称性思考実験「遠く離れた(異国の住民の)苦痛と、無人場所無人島・火星)」(…非対称的判断)で実証できる。

p.46 積極的功利主義者は幸福を増加させようとする。そこにも①人々を幸福にすること、②幸福な人々を生みだすこと、の違いがある。①は倫理要請だと言える。しかし、②を倫理要請だとすると、個人価値幸福価値から派生することになり、人々を幸福を生みだす手段だと見なすことになる。

・『存在することと決して存在しないことを比較する』

p.52 つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人を比較すれば、存在しないことの利点がつねに勝ることは明らかだ。回復するのは手段的な善であり、内在的な善ではない…という批判は成立しない。実在する人物について善がないことに「奪われていない」という判断ができるのは手段的な善のみだ。この区分意味がない。

p.54 楽観主義者快楽苦痛費用対効果分析…は「存在しない」場合との比較でなされていなく、無意味だ。…快楽苦痛の2倍以上の値がある場合、「存在する」ことの費用対効果分析は成立する。しかし、QOLを決定する快楽苦痛割合苦痛の下限の問題がある。何より、思考実験「つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人」はつねに相対的に前者が勝る。

・『別の非対称性

p.59 シフリン:より大きな害悪を防ぐために小さな害悪をもたらすことはいい。しかし(純粋な)利益をもたらすために害悪をもたらすことは悪い。よって、生殖は悪い。存在利益をもたらすとしても、あらかじめその存在の承諾を得ることは不可能だ。また、その仮想上の承諾を想定することもできない。…①存在しなければ害悪を被らない。②存在することの害悪は耐えがたいものでありえる。③人生という害悪を逃れるには大きな代償を支払わなければならない。④仮想上の承諾はその個人人格無視している。…そもそも、出生が利益もつことはない。

p.63 出生された人物権利生殖侵害するということは、その権利請負人間はその時点で存在していないためにありえない…という議論生殖特別な特徴を無視している。害悪を被り「得る」ということで、特別権利を認めるべきだ。なぜなら、存在しない権利がないということはありえない。…自律していない存在(=子供)にはより大きな利益をもたらすために害悪を与えていいというパターナリズム的な議論…は、子供とまだ生まれていない子供は異なり、出生は絶対に悪いということで否定できる。

p.64 フェーイゲ「反失望主義(antifrustrationism)」:選好が充足した場合も選好がない場合も等しくいい。悪いのは選好が充足しない場合だけだ。よって、出生は悪い。

・『生まれたことを悔いないことに逆らって』

p.68 自らの人生を楽しんでいるという理由で、存在してしまたことを良いことだと考える…もし存在してしまわなかったら、その楽しみを逃す人はいない。しかし、存在してしまわなかったことで、苦しみがなくなるのは良いことだ。

p.69 存在して良かったかどうかを間違うはずがないと考える…存在してしまった当人存在が良い/悪いということは、存在してしまたことが幸福/不幸ということと同じではない。

○第3章『存在してしまうことがどれほど悪いのか』

●『人生の良さと悪さの差が人生の質にはならない理由

p.72 人生の良さと悪さの差は、順番、強度・頻度、人生の長さ、閾値、で人生の質とは変わってくる。

●『何故人生の質の自己判断は信頼できないのか』

p.75 ①ポリアンナ効果:楽観主義人生の質を改善するらしく思われる要因のほとんどは、人生の質の自己判断にあまり影響を与えていない(例:体の各症状に対する自分健康状態への判断がほぼ一致するのに、幸福への判断とはあまり一致しない)。②適応。③比較幸福自己判断は、実際は相対的指標による。

●『人生の質に関する三つの見解のどれをとっても人生はうまくいかない理由

・『快楽説』

p.81 人間人生の大部分をマイナス精神状態で過ごす…空腹、渇き便意尿意疲労ストレス、暑さ・寒さ。前述の3つの心理学効果無視されているだけ。さらに…持病・加齢:痛み・苦しみ、眠気、挫折感。災厄:アレルギー頭痛挫折感、苛立ち、痒み、寒気、生理痛・閉経後の火照り、吐き気低血糖、発作、罪悪感、恥、退屈、悲しみ、憂鬱孤独無力感喪失感、その他、被害感情全般

・『欲求充足説』

p.84 精神状態について判断を間違うことはなくとも、欲求については間違うことがありうる(単に快楽を追求している場合は除く)。…欲求は当然、満たされていない時間の方が長い。また、欲求が満たされるのは一時的で、そもそも欲求が満たされないことも多い。現状維持欲求さえ、実現は不可能だ(老い、死)。

p.86 マズロー「つねに新たな欲求が生じる」。イングルハート人間永遠幸福を得ることができるなら、何ら行動しなくなる」。マズロー人間はおおむね幸福で、不満足は病的状態だと言うが、ショーペンハウアーは不幸こそ人生の当然の状態だと言う。

p.88 欲求の充足までに困難があった方が、あるいは充足の過程のものが良いという議論…は明らかに不条理だ。

・『客観的リスト説』

p.92客観的リスト」は「永遠の相のもとに」ではなく「人間の相のもとに」構成されている。…40歳死ぬことが不幸だとして、90歳でそうでないのは何故か? 「色んな芝生に生えている草を数えることに人生を捧げている男」(ロールズ)の人生無意味だが、その視点人類視点は大差ない。

p.93 人生の質は「人間の相のもとに」判断すべきである、あるいは、具体的な背景に応じて判断すべきであるという議論…は明らかに不条理だ。

・『三つの見解についてのまとめ』

p.98 害悪に満ちた人生を、①すでに存在している人のためでなく、②功利主義的な目的でなく(また、そうであっても)、生みだすことはできない。人生の質の判断は当てにならず、よって、人生を続けるに値するかは別論だ。

●『苦痛世界

〇第4章『子供を持つこと:反出生的見解

●『子作り』

・『子作りの義務はない』

p.103 子作りの義務…①射程:子供を(1)何人か、(2)できる限りたくさん、持つ。②正当化理由:(1)存在させられる人々の利害関心、(2)その他(他者の利害関心、功利性、信仰、等)。…存在させられる人々の利害関心によれば、子作りの義務はあり得ない。それ以外の理由ならあり得るが、それにしても相当に疑わしい。とくにできる限りたくさんの子供を持つべきだという場合は。

・『子どもを作ってはいけないという義務はあるのか?』

p.105 生殖衝動、子作りへの関心…「性交への関心」「親になることへの関心」と「子作りへの関心」を分ける。前2者に子作りは必要ない。

p.107 他者の関心…両親、部族民族国家しかし、こうした他者利益を適えることは、それによる当人利益を適えることと表裏一体だ。

p.109 子作りへの関心は…これまでの議論から権利制限されるべきだ。

●『子どもを作る自由

・『子どもを作る権利とされているもの理解する』

p.113 子供を持つべきでない道徳的義務があるなら、子供を持つ道徳的権利はあり得ない。よって、子供を作る権利は(愚行権を含む)法的権利だ。

・『子どもを作る権利自律性に根拠付ける』

p.114 法的権利道徳的義務対立する場合、そうした方が良いという仮説を必要とする条件付きのものとなる。そして、阻却可能条件(子供を作るべきでない)がつねに適合する場合、その法的権利妥当ではない。

・『子どもを作る権利無益さに根拠付ける』

p.115 政府子供を持つべきでない道徳的義務を認めると、施策としてあり得るのは①権利を与えず自由放任する、②禁止する、のどちらか。①は権利を与えず容認するというのは矛盾で、いずれも積極的な②を包含する。②はその道徳的代償が子作りの禁止による利益を上回ることはないと思われる…非最大化主義的非帰結主義者の見解

・『子どもを作る権利意見の相違があるということに根拠付ける』

p.116 法的権利とその正当化にはこのことだけで十分だ。危害原理必要条件:ある行為害悪であるかどうか意見の相違がある場合は、危害原理の射程の外にある(例:人工妊娠中絶)。…ただし、奴隷制のように、ある行為害悪議論余地があるだけでは許されないものもある。

・『子どもを生む権利妥当意見の相違に根拠付ける』

p.118 危害原理例外となる意見の相違は妥当/無条件のどちらか。奴隷制アパルトヘイトは明らかに妥当ではない。

p.120 少なくとも反出生主義が最も優れた反論比較して十分に検討されるまでは、妥当判断のできる理性的な人々によって、意見妥当に違えることができるかは結論付けられない。

p.121 少なくともリベラル社会において子供を作る法的権利撤回されるのには長い時間がかかり、そのときにはその意見は広く認められているだろう。それまで、新しい人間存在させてはならない道徳的義務を認めつつ、子供を作る法的権利を認めることはできる。…実際、テイサックス病やハンチントン病のような遺伝性の病気エイズのような感染病など、他の場面では許されないほどの害悪を与えることが、子供を作る場面では容認されている。

●『障碍とロングフライフ(望まずに生まれた命)』

p.123 障碍…障碍は社会構成されたもので、実際には障害(disability)ではなく不能(inability)だ。また、障碍の出生前診断政治的に悪いメッセージとなるという「表出主義者」の議論…障碍が不能ということは、「より悪い」ということを否定するものではない。健常者と同じQOLを持つ障碍者も、さらなる障碍についてはQOLを低く見積もる。また、反出生主義はむしろ平等主義だ。

p.132 ロングフライフ訴訟は①子供を持つ法的権利に関する妥当意見の相違。②QOL評価個人的なものだ(とくに現在のロングフライフ訴訟代理人によることが多い)。もし判例ができれば、もうQOL評価個人に独特なものではない。の2点の課題がある。

●『生殖補助と人工生殖

・『生殖倫理と性倫理

p.135 セックスは子作りの目的でなされる場合のみ道徳的容認されるという多くの反論がある見解オーラル・アナルセックスレイプ不倫不妊症)を、反出生主義は「性倫理の反生殖見解」として完全に退ける。

・『誕生悲劇婦人科学(gynaecology)の道徳』…『悲劇誕生』と『道徳の系譜(genealogy)のもじり。

●『将来生まれてくる人間を単なる手段として考えること』

p.140 1人の子供を救うために新たに子供を持つという場合は…(a)自分たちの関心(interest)を満たすため、(b)今存在する子供に弟妹を与えるため、(c)家族部族民族種族を大きくするため、(d)何の理由もない、という場合よりはるかに良い。これらは、他人手段として扱ってはならないというカンティアン命題によりいっそう当てはまる。

デヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』要約

本稿の著作権著作人格権は完全に放棄する。無断での利用・転載はむしろ推奨する。

○第1章『序論』

p.10 子供を産むことの決断には様々な理由があるだろうが、そこに存在することになる子供の利害が含まれているはずはない。

●『誰がそんなに幸運なのか?』

p.12 「生はあまりにも酷い。生まれしまわない方がよかっただろう。誰がそんなに幸運なのか?」(ユダヤ人格言

 「決して誕生しないことは、死ぬ運命にある人間にとっては最善の事柄だろう。しかし、このことは十万人のなかの一人の人間だってほとんど生じない」(フロイトジョーク)…「非同一性問題」→私たちはたしか非存在がよりよい状態にあるとは言えない。しかし、存在するものについては、存在することは当人たちにとって悪いことだと言える。「これは哲学的ゲームでも冗談でもない」

p.15 生殖をするカップルは、苦しみを生みだす氷山の頂点にいる。遺伝的な起源責任。=デレク・パーフィット起源説」

●『反出生主義と出生を促進する偏見

p.16 反出生主義の偏見子供嫌い、子供を持つことによる自由財産制限

p.17 出生の偏見子供をもたないことは利己的で未発達→①子供は別の人間なのだから子供もつ動機利己的でしかありえない。②(1)子供もつことはしばしば不注意の結果でしかない。(2)生殖衝動原始的ものである

p.19 全体主義者の政治団体軍事的理由生殖奨励する。民主主義国家も、つねに生殖を支持する層が勢力の大半を占めている。…あらゆる国家移民より生殖により人口構成されている方が正当化される。

●『本書の概要

●『読者への指針』

○第2章『存在してしまうことが害悪である理由

●『存在してしまうことが害悪であるということがあり得るか?』

p.27 「非同一性問題」「未来個人パラドックス」…(ex)遺伝性の障碍

・『生きる価値のある人生と生きる価値のない人生

p.29 非存在存在比較できないため、存在することがしないことよりも「より悪い」と言うことはできない。…存在害悪は単に「悪い」というだけで十分だ。

 …誰かが死んだ方がマシだと考えるとき自分状態が良くなると考えるわけではない。存在しなくなる方が良いほど人生が悪いものである可能性と同じく、はじめから存在しない方がいいほど人生が悪いものである可能性はある。

p.31 誰かが存在していることとしないことを比較するのは、2つの状態比較するのではなく、まったく別の事態比較することだ。…障碍が耐えがたいにしろ人生を生きるに値しないものにするほどではない場合は、そうでない場合より難しいと考えられている。=生きるに値する人生において、存在するよりしない方がいいというのは矛盾だ。→これは「生きるに値する人生」という表現多義性が原因だ。

・『始めるに値する人生と続けるに値する人生

p.32 「生きるに値する人生」は実際には「生き続けるに価する人生」だ。だが、問題は今はまだない人生であり、これに「生きるに値する人生」という表現を使うことはできない。「始めるに値する人生」を始めない方がいいというのは矛盾だ。

p.34 道徳的問題に関わる意味で、人が存在するようになる過程は長く、段階的だ。

●『何故存在してしまうことは常に害悪であるのか』

・『快楽苦痛非対称性

p.40 非存在苦痛がないことはいいことだと言える。可能性において存在する誰かの利害で判断することができる。我々は、自分たちについて存在しなければよかったのにと仮定することができる。

p.42 人々を幸福にする積極的義務があると考えている人でも、幸福な人々を存在させる積極的義務があると考える人ほとんどいない。

p.44 非対称性思考実験「遠く離れた(異国の住民の)苦痛と、無人場所無人島・火星)」(…非対称的判断)で実証できる。

p.46 積極的功利主義者は幸福を増加させようとする。そこにも①人々を幸福にすること、②幸福な人々を生みだすこと、の違いがある。①は倫理要請だと言える。しかし、②を倫理要請だとすると、個人価値幸福価値から派生することになり、人々を幸福を生みだす手段だと見なすことになる。

・『存在することと決して存在しないことを比較する』

p.52 つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人を比較すれば、存在しないことの利点がつねに勝ることは明らかだ。回復するのは手段的な善であり、内在的な善ではない…という批判は成立しない。実在する人物について善がないことに「奪われていない」という判断ができるのは手段的な善のみだ。この区分意味がない。

p.54 楽観主義者快楽苦痛費用対効果分析…は「存在しない」場合との比較でなされていなく、無意味だ。…快楽苦痛の2倍以上の値がある場合、「存在する」ことの費用対効果分析は成立する。しかし、QOLを決定する快楽苦痛割合苦痛の下限の問題がある。何より、思考実験「つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人」はつねに相対的に前者が勝る。

・『別の非対称性

p.59 シフリン:より大きな害悪を防ぐために小さな害悪をもたらすことはいい。しかし(純粋な)利益をもたらすために害悪をもたらすことは悪い。よって、生殖は悪い。存在利益をもたらすとしても、あらかじめその存在の承諾を得ることは不可能だ。また、その仮想上の承諾を想定することもできない。…①存在しなければ害悪を被らない。②存在することの害悪は耐えがたいものでありえる。③人生という害悪を逃れるには大きな代償を支払わなければならない。④仮想上の承諾はその個人人格無視している。…そもそも、出生が利益もつことはない。

p.63 出生された人物権利生殖侵害するということは、その権利請負人間はその時点で存在していないためにありえない…という議論生殖特別な特徴を無視している。害悪を被り「得る」ということで、特別権利を認めるべきだ。なぜなら、存在しない権利がないということはありえない。…自律していない存在(=子供)にはより大きな利益をもたらすために害悪を与えていいというパターナリズム的な議論…は、子供とまだ生まれていない子供は異なり、出生は絶対に悪いということで否定できる。

p.64 フェーイゲ「反失望主義(antifrustrationism)」:選好が充足した場合も選好がない場合も等しくいい。悪いのは選好が充足しない場合だけだ。よって、出生は悪い。

・『生まれたことを悔いないことに逆らって』

p.68 自らの人生を楽しんでいるという理由で、存在してしまたことを良いことだと考える…もし存在してしまわなかったら、その楽しみを逃す人はいない。しかし、存在してしまわなかったことで、苦しみがなくなるのは良いことだ。

p.69 存在して良かったかどうかを間違うはずがないと考える…存在してしまった当人存在が良い/悪いということは、存在してしまたことが幸福/不幸ということと同じではない。

○第3章『存在してしまうことがどれほど悪いのか』

●『人生の良さと悪さの差が人生の質にはならない理由

p.72 人生の良さと悪さの差は、順番、強度・頻度、人生の長さ、閾値、で人生の質とは変わってくる。

●『何故人生の質の自己判断は信頼できないのか』

p.75 ①ポリアンナ効果:楽観主義人生の質を改善するらしく思われる要因のほとんどは、人生の質の自己判断にあまり影響を与えていない(例:体の各症状に対する自分健康状態への判断がほぼ一致するのに、幸福への判断とはあまり一致しない)。②適応。③比較幸福自己判断は、実際は相対的指標による。

●『人生の質に関する三つの見解のどれをとっても人生はうまくいかない理由

・『快楽説』

p.81 人間人生の大部分をマイナス精神状態で過ごす…空腹、渇き便意尿意疲労ストレス、暑さ・寒さ。前述の3つの心理学効果無視されているだけ。さらに…持病・加齢:痛み・苦しみ、眠気、挫折感。災厄:アレルギー頭痛挫折感、苛立ち、痒み、寒気、生理痛・閉経後の火照り、吐き気低血糖、発作、罪悪感、恥、退屈、悲しみ、憂鬱孤独無力感喪失感、その他、被害感情全般

・『欲求充足説』

p.84 精神状態について判断を間違うことはなくとも、欲求については間違うことがありうる(単に快楽を追求している場合は除く)。…欲求は当然、満たされていない時間の方が長い。また、欲求が満たされるのは一時的で、そもそも欲求が満たされないことも多い。現状維持欲求さえ、実現は不可能だ(老い、死)。

p.86 マズロー「つねに新たな欲求が生じる」。イングルハート人間永遠幸福を得ることができるなら、何ら行動しなくなる」。マズロー人間はおおむね幸福で、不満足は病的状態だと言うが、ショーペンハウアーは不幸こそ人生の当然の状態だと言う。

p.88 欲求の充足までに困難があった方が、あるいは充足の過程のものが良いという議論…は明らかに不条理だ。

・『客観的リスト説』

p.92客観的リスト」は「永遠の相のもとに」ではなく「人間の相のもとに」構成されている。…40歳死ぬことが不幸だとして、90歳でそうでないのは何故か? 「色んな芝生に生えている草を数えることに人生を捧げている男」(ロールズ)の人生無意味だが、その視点人類視点は大差ない。

p.93 人生の質は「人間の相のもとに」判断すべきである、あるいは、具体的な背景に応じて判断すべきであるという議論…は明らかに不条理だ。

・『三つの見解についてのまとめ』

p.98 害悪に満ちた人生を、①すでに存在している人のためでなく、②功利主義的な目的でなく(また、そうであっても)、生みだすことはできない。人生の質の判断は当てにならず、よって、人生を続けるに値するかは別論だ。

●『苦痛世界

〇第4章『子供を持つこと:反出生的見解

●『子作り』

・『子作りの義務はない』

p.103 子作りの義務…①射程:子供を(1)何人か、(2)できる限りたくさん、持つ。②正当化理由:(1)存在させられる人々の利害関心、(2)その他(他者の利害関心、功利性、信仰、等)。…存在させられる人々の利害関心によれば、子作りの義務はあり得ない。それ以外の理由ならあり得るが、それにしても相当に疑わしい。とくにできる限りたくさんの子供を持つべきだという場合は。

・『子どもを作ってはいけないという義務はあるのか?』

p.105 生殖衝動、子作りへの関心…「性交への関心」「親になることへの関心」と「子作りへの関心」を分ける。前2者に子作りは必要ない。

p.107 他者の関心…両親、部族民族国家しかし、こうした他者利益を適えることは、それによる当人利益を適えることと表裏一体だ。

p.109 子作りへの関心は…これまでの議論から権利制限されるべきだ。

●『子どもを作る自由

・『子どもを作る権利とされているもの理解する』

p.113 子供を持つべきでない道徳的義務があるなら、子供を持つ道徳的権利はあり得ない。よって、子供を作る権利は(愚行権を含む)法的権利だ。

・『子どもを作る権利自律性に根拠付ける』

p.114 法的権利道徳的義務対立する場合、そうした方が良いという仮説を必要とする条件付きのものとなる。そして、阻却可能条件(子供を作るべきでない)がつねに適合する場合、その法的権利妥当ではない。

・『子どもを作る権利無益さに根拠付ける』

p.115 政府子供を持つべきでない道徳的義務を認めると、施策としてあり得るのは①権利を与えず自由放任する、②禁止する、のどちらか。①は権利を与えず容認するというのは矛盾で、いずれも積極的な②を包含する。②はその道徳的代償が子作りの禁止による利益を上回ることはないと思われる…非最大化主義的非帰結主義者の見解

・『子どもを作る権利意見の相違があるということに根拠付ける』

p.116 法的権利とその正当化にはこのことだけで十分だ。危害原理必要条件:ある行為害悪であるかどうか意見の相違がある場合は、危害原理の射程の外にある(例:人工妊娠中絶)。…ただし、奴隷制のように、ある行為害悪議論余地があるだけでは許されないものもある。

・『子どもを生む権利妥当意見の相違に根拠付ける』

p.118 危害原理例外となる意見の相違は妥当/無条件のどちらか。奴隷制アパルトヘイトは明らかに妥当ではない。

p.120 少なくとも反出生主義が最も優れた反論比較して十分に検討されるまでは、妥当判断のできる理性的な人々によって、意見妥当に違えることができるかは結論付けられない。

p.121 少なくともリベラル社会において子供を作る法的権利撤回されるのには長い時間がかかり、そのときにはその意見は広く認められているだろう。それまで、新しい人間存在させてはならない道徳的義務を認めつつ、子供を作る法的権利を認めることはできる。…実際、テイサックス病やハンチントン病のような遺伝性の病気エイズのような感染病など、他の場面では許されないほどの害悪を与えることが、子供を作る場面では容認されている。

●『障碍とロングフライフ(望まずに生まれた命)』

p.123 障碍…障碍は社会構成されたもので、実際には障害(disability)ではなく不能(inability)だ。また、障碍の出生前診断政治的に悪いメッセージとなるという「表出主義者」の議論…障碍が不能ということは、「より悪い」ということを否定するものではない。健常者と同じQOLを持つ障碍者も、さらなる障碍についてはQOLを低く見積もる。また、反出生主義はむしろ平等主義だ。

p.132 ロングフライフ訴訟は①子供を持つ法的権利に関する妥当意見の相違。②QOL評価個人的なものだ(とくに現在のロングフライフ訴訟代理人によることが多い)。もし判例ができれば、もうQOL評価個人に独特なものではない。の2点の課題がある。

●『生殖補助と人工生殖

・『生殖倫理と性倫理

p.135 セックスは子作りの目的でなされる場合のみ道徳的容認されるという多くの反論がある見解オーラル・アナルセックスレイプ不倫不妊症)を、反出生主義は「性倫理の反生殖見解」として完全に退ける。

・『誕生悲劇婦人科学(gynaecology)の道徳』…『悲劇誕生』と『道徳の系譜(genealogy)のもじり。

●『将来生まれてくる人間を単なる手段として考えること』

p.140 1人の子供を救うために新たに子供を持つという場合は…(a)自分たちの関心(interest)を満たすため、(b)今存在する子供に弟妹を与えるため、(c)家族部族民族種族を大きくするため、(d)何の理由もない、という場合よりはるかに良い。これらは、他人手段として扱ってはならないというカンティアン命題によりいっそう当てはまる。

○第5章『妊娠中絶:「 Permalink | 記事への反応(1) | 21:07

2019-08-13

anond:20190812141826

知性の水準が周囲の人々と違いすぎると、理解できない理解されないと感じて苦しくなる。私も他者のいう常識理解できず苦労した。かなり長いこと自身を責め続けて苦しんだが、ショーペンハウアー著作に救われた。

2019-07-29

友達はひとりもいなかった

友達はひとりもいなかった

小学生のころ、友達はいなかった。中学校に上がっても友達はできなかった。気は弱かった。いじめも受けた。いじめられた悔しさは今も残っている。仕返ししてやりたいとも思うがそれは無意味であり有害と知ってしまたから何とか折り合いを付けていくしかないのだろう。

今にして思えば身体を鍛えて殴り返してやればよかったと思うが、そういう発想すらできないほどに当時は心身ともに弱っちい少年だった。

勉強はできた。成績はたいていクラスで1番。中学は1学年300人近かったが、まあ上位にあった。中学最後試験トップをとった。まあ田舎学校だが。

スポーツもそこそこできた。足は速い方だったし球技は大好きだった。

それでもやはり友達はいなかった。

友達ができないのは自分のせいだ、自分に何か大切なものが欠けているからだと自分を責めた。

40も過ぎた頃、ショーペンハウアーを読んだ。すると、知性の高い人間孤独になるものだというではないかもしかして自分はそういう類の人間だったのだろうか?たしか子供時代は周囲の子達と話が合わなかった。クラスの子達が笑って話している中に入ろうとしても、いったい何が面白いのか理解できなかった。自分が入ることで彼らはしらけてしまうようだった。

ひとりでいるほうが集団なかにいるよりもずっと楽しかった。

高校進学校に進んだ。そこで初めて学校にいることが楽しいという感覚を知った。友達と呼べる存在が初めてできた。

大学はいわゆる旧帝大に進んだ。大学さらに楽しかった。ここでも友達はできた。

社会人になって会社員を経て独立した。今が一番楽しい

なにが言いたいのかというと、住んでいる地域が一緒だからという理由でひとくくりにして小学校中学校に入れるのは、一部の子にとっては非常な苦痛になる場合があるということだ。

思うに、知性の水準が周囲に比べちがい過ぎると孤独になる。本当に賢い人間であればそれも理解して上手に周囲と話しをあわせ良好な人間関係が築けるのかもしれないが、そこに至らぬ中途半端な水準にあると、いっそう孤独を深める事になる。敵対的環境のなか苛まれることにもなりかねない(知性が高い奴なら低い奴にも合わせられるかもしれないと書いたが、低い思考レベルの人々の話に自分を合わせるのはけっこうたいへんである。なかなか辛いものであり苦痛でもある。かなり疲れる)。

学校にいること、集団の中にいることが正しいわけではない。そんなことは断じてない、ということをいいたい。

集団生活に馴染めないからといって障害か何かと考えるのは間違いであ場合がある。集団生活違和感を覚えたら、自身の知性の水準が周囲と異なるのかもしれないという可能性を考えてみるべきだ。

ところで、子供時代の辛い経験を思い返すと、その頃から格闘技を学んでおけばよかった、もっと身体を鍛えておくべきだったとは思うが、あえてそういう状況のなかだったからこそ何事かを学べたのかもしれない。こういう経験が(辛い経験ではあったが)必要だったのだろうと思うし、そう思う以外にない。

2019-06-12

他人の不幸成分が足りなくて発狂しそう

自分幸せになれなくてもいいから、他人の不幸を味わいたい。

同級生うつ病無職になったという話が聞きたい。公道で車をぶつける間抜けドライバーが見たい。

幸福曖昧だが、不幸は明確だ。だから他人の不幸は分かりやすエンターテイメントになる。

小学生の頃、同級生兄弟説教を食らっているのを見ると脳汁が出た。

犯罪被害ニュースなんかではダメだ。多少なりとも自分関係のある人物が、自らの能力不足によって不幸になる様子が見たい。

ショーペンハウアーは言った。

「だれしももっとも愛しかつ求めるもの他人が劣っていることである」と。

2019-03-01

anond:20190301152130

ショーペンハウアー

世界には喜びより苦しみの方が多い。数千人の幸福と喜びは、一人の人間苦痛を補う事はできない。そして全体的に考えると生命は生まれない方がより良いだろう。


ネタ

ネターは人口爆発問題について言及している。ベネターは地球上の理想人口ゼロであるとしている。


カブレラ

Julio Cabrera は出産人間危険で痛みに満ちた場所に送り込む行為だと述べている。生まれた瞬間から死に至るプロセスが開始される。Cabreraは出産において我々は生まれてくる子供同意を得ておらず、子供は痛みと死を避けるために生まれてくる事を望んでいないかも知れないと主張している


アケルマ

カリム・アケルマは、人生の中で起きうる最良のことは最悪なこと―激痛、怪我病気、死による苦しみ―を相殺せず、出生を控えるべきであると主張している。



ザッフェ

我々は満足させる事ができない欲望精神的な要求を持っている。人類がまだ存続しているのはこの現実の前に思考停止しているからに他ならない。 Zapffeによると人間はこの自己欺瞞をやめ、その帰結として出産を止めることによって存続を終わらせる必要がある


てめえが名前を挙げた学者の中に出産肯定してるやつはいないんだが?




四諦

ハリ・シン・ガウルによるブッダ解釈

Hari Singh Gourは彼の本The Spirit of Buddhismの中で、とりわけ四諦とパーリ律の始まり考慮し、以下のようにブッダの教えを解釈している。

ブッダ曰く、人生が苦しみである事は忘れられがちである。人が子供を作る。従ってそれが老いと死の原因である。彼らが苦しみの原因がその行いにあると気付いたならば、彼らは子供を作るのを止めるだろう。そうして老いと死のプロセスを止めるべし。

四諦のものは反出生主義とは関係ない上に、この解釈すら、出生否定してる。


マニ教

マニは悪から逃れることを説き、そのためには人間繁殖までをも否定した



キリスト教 マルキオン派

wikiのマルキオンに反出生主とあるだけで、実態に関するちゃんとした情報がわからなかった、あるんなら出してくれや

キリスト教 禁欲

これを反出生主義と結びつけて考えるような記述はどこにも見当たらなかった、が、

そもそも禁欲って、基本性交とかそこらへんに関するものであって、出生は関係ないだろ

ボゴミル派

マニ教的な善悪二元論を説く。人間の魂は、悪しき肉体に拘束されている、この世の物質的なものは全て悪魔(サタナ、ギリシア語サタンの意)の手で作られたものである、救いのためには全ての物質的なもの否定せねばならない。


カタリ派

おめでとう、これが唯一の反証だよ、つってもこれも、死ぬ間際に(生殖含む)禁欲すれば、天国行けるっていう

まれてくる子供の苦しみとかも関係ない、俺からしたら反出生主義って言っていいのかかなり怪しい代物だけどな


まあ、つまり現在生きてる学者でてめえの言うような

出産を控えるべきなのか?

出産を完全にやめるべきなのか?

問題となるのは出産かそれとも性交か?

みたいなこと言ってるやつは居ねえんだよ

つか、おまえ書き方からして、内容が少々違うってだけで、多様な解釈があるって捉えてんだろ。

恣意的解釈してんのはどっちだよ



まあ、カタリ派の例だけ持ってきて、ほら!条件付きで子供産める反出生主義者もいるじゃん!って言ってもいいけどな、まあ、そう言うなら、俺の負けでいいよ、俺はカタリ派が反出生主義だとは思わんし

もうカタリ派滅んでるけどな

anond:20190301133900

Wikipediaだけでも見ればいいじゃん。

たとえば、仏教四諦マニ教キリスト教マルキオン派、キリスト教禁欲派、キリスト教ボゴミル派キリスト教カタリ派あたりが挙げられていて、これらの教義は少しずつ違う。

ショーペンハウアーやベネター、カブレラ、アケルマ、ザッフェ、その他諸々の主張もそれぞれ異なる。

すなわち、

出産を控えるべきなのか?

出産を完全にやめるべきなのか?

問題となるのは出産かそれとも性交か?

既に生まれている人は自殺すべきなのか?

人生に喜びを感じている人も死ぬべきなのか?

出生を否定する理由宗教哲学環境問題か?

これ、同じ反出生主義でも答えはバラバラだと思うよ。

当然ながら「全人類出産しないこと=反出生主義」は共通理解ではないということになる。

出産は罪だが現実的に生まれてくるのは仕方がないので神に救済してもらおう」から

ヒャッハー人類絶滅しろ!」まで、いろいろいるわけだからね。

ま、どうせ増田は「いやこれは反出生主義じゃないだろ」とか恣意的に分類するんだろうが。

2018-11-21

ネットだけで賢くなったと勘違いするな

ネットで○○って言ってるのみたから〜とか、ネットで調べたら○○だったから〜って言って博識ぶった若者が多すぎると思う。

そもそもネット情報を無根拠に信じている人が多い。その認識はだいたい間違いだぞ。wikiでみた情報知識勘違いしてはいけないよ。なぜならあくまwikiは有志が書いただけの情報主観が混じっている可能性があるからだよ。

なのでwikiを利用しながらのオススメ知識習得方法としては、wikiに書かれている内容を仮説として同じ事柄について書いてある文献を読んでみること。これも1冊とかではなくて、できれば複数出版社の文献を読むこと。そうすると自分なりの知識道筋というものが見えてくる。忙しいから無理だという人は最短の手段としては、ネットにあるその文献のレビューを読むことかな。でも学術論文なんかはなかなかそれ自体を読まないことにはどうしようもないから、知識を得るのは時間がかかると割り切ったほうがいいかもしれないね

もう一つ伝えたいのはネットに書かれている人間感情価値観が全てと思わないこと。

なぜかというと人間は全ての気持ち言語化できるわけではないから。世界には言語化されていないけと存在し、そして埋没していく他人感情がたくさんある。はてブブログで書かれていることはまぁ一つの考え方として捉えておけばいい。はてブで極論を言う人とでも、直接対面で話す場がもしあったら他の意見も聞けると思うしね。

人間の心はネットに全て遺しておけるほど単純ではないのだと頭の片隅に入れておくだけでもいい。たとえばこれを読んでいるあなたは、あなたの心のうちにある感情を全て把握し、掌握して、言語化できていますか?

多分自分自身でも気づいていない感情があります。かの夏目漱石太宰治のような文豪ですら「こいつ何言ってんだ」という時があるからね。ショーペンハウアーなんかに至っては難解すぎて笑える時があるけど、彼等の生い立ちなんかを追ってみると「あ、あれってこういう感情だったのかも」と気づくときがある。なので個人的には文学に触れることは人の気持ちに触れることと同義で、ネットだけでは知れない人の気持ちがあると知ることができると思っているんだ。

でも確かにパソコンの使い方や辞書がわりにネットを使ったほうがいいこともあるよね。実務的な情報取得に関してはネットが最強かもしれないね。ただ増田的には最近の人がネットだけみて全てを知った気になっている気がして、もっと物事時間をかけて検証することと実体験を重ねることに価値を感じてほしいと思っているんだ。

実務や合理性けが世の中の全てではないと思うんだ。

そういう意味では現代資本主義が極まりすぎているのかもしれないね増田資本主義社会でいいのだろうかと疑っている一人だよ。

そしてこの増田意見も「本当にそうだろうか?」と疑ってほしい。何事も疑ってから信じていけばいいと思うから。だからネットだけで賢くなったと勘違いするなよ。

2018-10-14

色んな、社会人サークルに参加したら左翼を辞めれた話

左翼って言うのが相応しいのか分からないけど、

自分毒親育ちの左翼だった。子供の頃から毒親の影響からか、友達ができない、もしくはできても健全友達関係ではない

(要するに共依存関係)ので長続きしない、友達付き合いに必要な小遣いとかをくれないとか・・で友達のいない子だった。

20過ぎてから毒親自覚してカウンセリング等、受けまくって今では人並みに人付き合いができるようになったが、昔は本当にだめだった。

そんな自分左翼?になったのは大学から・・最初サブカル洋楽)にはまって、友達がいないかカラオケで歌う曲を覚える必要もない。

流行とは真逆音楽やら映画やらばかり追求し、だんだん政治にも興味を持ち出すと、チョムスキーの本とか読み出した。

大学を出てから派遣で働きながら、田舎自給自足しようとかNPO法人で働きたいとか内田樹とか安富歩さんの本とか読みあさり

自分大衆とは違う、そっち系の人という自覚がずっとあった。

そんな自分が35過ぎてから社会人サークルに参加しまくりだす。

職が変わって週休2日になったのが大きいのだけど、茶道教室陶芸教室英語カフェ読書サークル、等。

思うに私はずっと自分中学大学まで友達がいないこと(特に大学では究極ボッチ)を正当化しようとしていた。

友達がいないか自分はここまで自分世界を広げられたんだ。

ショーペンハウアー曰くに「孤独を知らないもの自由を知ることが出来ない」

でもやっぱりずっと心に欠けてるものがあったのも事実で、それが社会人サークルに参加させてのだと思う。

以前もmixiとか流行った頃とかそういうサブカル左翼の集まりに参加したけどそれはもともとそっち系の人の集まりだった。

今は、全く思想もなにも関係のないいわゆる普通の方々ばかりだ。

でも参加すれば受け入れてくれるいい人ばかりだった。

そういうアットホームな所に継続して通うようにしてたからなんだけど。

そしてとうとう掴んだのだ、共同体感覚・・と言うものを。そしてアドラー曰く

共同体感覚を掴んでこそ、人は承認欲求を捨てれるのだ」ということを身を持って体験できたのだ。

毒親に対するカウンセリングを受けてたころ、幼少期のトラウマ専門用語で言えばインナーチャイルド)は克服できた、

それは街中で見る子供と親の様子を見ることで、ああ自分もああやって受け入れられてれば愛情にも飢えないし、

人を怖いと思う必要もないのだと思えたから。・・としか青春期のトラウマはずっと克服できていなかった。

どういう学生時代理想なのかずっと掴めていなかった。それを30後半にして掴んだのだ。

それを掴むと、もう「世の中を変革するために何かをしなくてはいけない」とか

「みんなが右を向いてるとき自分は左を向かなくてはいけない」「自分は何か人より頭1つ出てなくてはいけない」

とかそういう脅迫観念はどこかに吹っ飛んでしまった。

どれだけ世のため人のためと思っても結局承認欲求だったのだ。

2018-07-19

anond:20180719143120

反出生主義はショーペンハウアー時代からさんざん議論されてきたテーマなわけだけど、そういうの分からないなら分からないなりにせいぜい黙ってれば?

暴力別に犯罪じゃないし、先に述べたような暴力を受けたからといってそれが嫌だとはひとことも言ってないんだけど。

2017-10-02

anond:20171002233022

ショーペンハウアー読書について」

与えられなきゃ何もできないって辛いね人間なんだからそれはとても辛いよ。

2017-02-24

女性諸氏

夫のチンポが勃たないだの深爪式だの気持ち悪い恋愛脳とセックス至上主義に毒された本を読まず、マルクス資本論ショーペンハウアー幸福についてでも読んでください

よろしくお願いしま

2016-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20160809233218

ショーペンハウアー読書について」をどう思うのかご意見いただきたいですね。

増田のように否定から話が始まる方にはわかりにくいかもしれませんが。

2016-03-21

東工大にいるけど、ニートになりそう。

お前ら"東工大ニート"てワードに釣られて見てるだろこれ?

からファックなんだよお前らは。

俺は仮面浪人して結構前に東工大に入った。勉強するモチベーションが全くなくて、なんて言い訳して東大行けなかったからな。

入った時は意識超高かったよ、俺。勉強ももちろん頑張るし留学だってするし彼女だってつくる。

でもな。授業はクソつまんねえし、なんのためにやってんのか分かんねえ。周りの奴らは目がフシアナキモい奴らばっかりとくる。やる気なんて起きねえよ。うちの制度は少し特殊だが、なんと院含めて俺の通算GPAは1.8だ。これでも誤魔化し誤魔化しやってこれなんだ。授業なんて、出なくていいやつはひとつも出てねえよ。

留学もしたよ、半年間。英語もある程度は話せる。TOEFLだって90点台だ。

彼女はつくれてねえよ。俺は太ってるからな。今は82kgだ。その上人前ではヘラヘラ笑ってるぜ。

でもな、俺はようやく気づいちまったよお前らのくだらなさに。レールに載せられて、外れて憐れまれて、仮面していたときから微かに思っていたが、ようやく気がついたよ。

お前らホントファックだ。結局、何も考えてねえ。お前らのくだらなさに、反吐が出る。

俺もくだらねえ。中身が何もないことにこの年になって気がついちまった。こうなると、夜に眠れなくなっちまったよ。今は春休みからいいが、これからどうするんだろうな。

なあお前ら、どうしたら良いと思う?やりたいことなんて、ねえんだ。三島由紀夫とか、ショーペンハウアーとかクソ卑怯ソクラテスでさえも、結局は死んでいった。俺は自殺が最適解なんじゃねえかと、帰納的に思っちまうよ。

今はスプラトゥーンしてS+カンストして、もう頭が痛えよ。助けてくれ。どうすりゃいい俺は。

別に死にたくもねえが、ダラダラ生きることが苦痛で仕方ねえんだ。どうすりゃいい。

2016-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20160218235022

マジレス

これはショーペンハウアーの『幸福論』に書かれてることと同じこと言ってる。

幸福とは可能なかぎり苦痛が少ないこと、だったかな。

2015-06-13

善良なる人々

大学中退し、6年ほど俺は憎悪と怒りに包まれていた。

世間体を気にしてばかりで自分の考えをロクにも持たず

そのくせにして傷つけられる人一倍恐れて、そんな脅威を感じ取ると

1人1人じゃ何も出来ないくせにして団結して悪人とみなしたそれを共同体から排除しようとする

"善良なる人々"がとにかくただ憎くてたまらなかった。

そんな奴らは個を消そうとしてまで空気を愛するのだから当然話していてもつまらぬ人ばかりだ。

テレビタレントなどの低俗話題に、低学歴がやるスポーツ話題に、誰と誰が付き合ったのだとか別れただの

俺は心底からうんざりしていた。本当に何も面白くなかった。

 

こうして俺は退学した後に本を読み漁るようになった。自分が間違ってなんかいないと確信を持ちたかった。

マジョリティに苦しめつつ成功した人の本、日本の閉鎖的な文化批判する本、孤独であることを肯定してくれる本など

とにかく色々と読み漁った。哲学書も読んだ。ショーペンハウアーは大変共感した。ニーチェはよくわからなかった。

本は俺に励ましてくれたり、時には厳しいことも言い放つこともあったが、それでも悪い気はしなかった。

しかしそんな生活限界が訪れた。本でいくら励まされても行動しなければ意味がないのだ。

本で肥大に膨れ上がったプライド邪魔をし、俺は行動するのをひたすら恐れてしまっていた。

しか生活はもう成り立たなくなっていた。それでも俺は動けずにいた。

この肥大したプライドを抱えて自滅しようと考えた事もあった。でもそれすらも出来なかった。

ほぼ廃人になりかけた俺を救ったのは俺が"善良なる人々"として見下していた友人だった。

友人の協力でハローワークまで足を運び、それから事は順調に進んで小さな会社正社員として採用された。

もう無理だと諦めていたはずの就職、それは自分の頭の中だけこねくり回した幻想だった。

その時、心の中の何かが崩れ落ちた。あれだけ愛していた本が一瞬にしてどうでもよくなった。

何度も読み返したのであろうの本もダンボールに詰めて売り払った。7千円ちょいで売れた。

俺の6年間は7千円ちょいの金になった。その金で友人に感謝気持ちも込めて飯をおごった。

就職してからもうすぐ1年経とうとしてる。今の所は特にトラブルもなく上手く行ってる。

俺は"善良なる人々"に人生を救われた。

 

俺は完敗した。いや、最初から敵う相手じゃなかった。むしろ敵意を抱いたのが間違いだった。

彼らは生き残る為の術を身につけていただけだった。俺はそれに気づくまで30年近くかかった。

から俺も"善良なる人々"の1人としてこれから生きようと思う。俺はそこまで強い人間じゃなかった。

こうして今は昔は嫌悪していたものを覚えるようにしている。ギャンブルは除いて。

バーベーキューのやり方、スポーツ観戦、ボーリングで高い得点取るコツ、今流行りのソシャゲ

車のメーカーや種類、美味いラーメン店ゴルフの打ち方、ラッスンゴレライ歌詞

俺も早くそっちに行くから色々と教えてくれよな。

2013-09-10

個人的に読んでおきたいと思う名著的なものリスト

最近暇なので、ブックオフとかで安く買えそうな所謂古典的名著?的なもの

色々読んでみようかと思った。

んで、「名著」とか「ロングセラー」とかで適当に調べて

なんとなく興味が湧いたやつをピックアップしていった。

適当につらつら書くので、参考にするなりツッコミを入れるなり好きにしてくれ。

あと他にもこれ読んでおけみたいなのがあったら教えて欲しい。

正直ありきたりのラインナップで面白みが無いと言うことは先に言っておく。

学術的?なやつ

一部、古典でも名著でも何でも無いやつが混じっているが、

これはまあ適当Amazon眺めてたら目に入って気にはなっていたので追加した。

「なんちゃら論」的なのは多分挫折しそうだから省いた。

日本小説

そういえば、時代小説とか全然読んだことないなー、と思って

食わず嫌いもあれなのでリストアップしてみた。

あと後半は青空文庫で読めるから金がかからなくてよかった。

外国小説

光文社古典新訳文庫で読みやすい新訳が結構出てるので

それを買ってみようかなと思う。

全部読み終わるのにどれくらいかかるだろうなー

まあ別に義務でもないし期限もないのでのんびり読もうかと思う。

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