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はてなキーワード: 封建時代とは

2024-09-30

 三四郎はじっとその横顔をながめていたが、突然コップにある葡萄酒を飲み干して、表へ飛び出した。そうして図書館に帰った。  その日は葡萄酒の景気と、一種精神作用とで、例になくおもしろ勉強ができたので、三四郎は大いにうれしく思った。二時間ほど読書三昧に入ったのち、ようやく気がついて、そろそろ帰るしたくをしながら、いっしょに借りた書物のうち、まだあけてみなかった最後の一冊を何気なく引っぺがしてみると、本の見返しのあいた所に、乱暴にも、鉛筆でいっぱい何か書いてある。 「ヘーゲルベルリン大学哲学を講じたる時、ヘーゲルに毫も哲学を売るの意なし。彼の講義は真を説くの講義にあらず、真を体せる人の講義なり。舌の講義にあらず、心の講義なり。真と人と合して醇化一致せる時、その説くところ、言うところは、講義のための講義にあらずして、道のための講義となる。哲学講義はここに至ってはじめて聞くべし。いたずらに真を舌頭に転ずるものは、死したる墨をもって、死したる紙の上に、むなしき筆記を残すにすぎず。なんの意義かこれあらん。……余今試験のため、すなわちパンのために、恨みをのみ涙をのんでこの書を読む。岑々たる頭をおさえて未来永劫に試験制度呪詛することを記憶せよ」  とある署名はむろんない。三四郎は覚えず微笑した。けれどもどこか啓発されたような気がした。哲学ばかりじゃない、文学もこのとおりだろうと考えながら、ページをはぐると、まだある。「ヘーゲルの……」よほどヘーゲルの好きな男とみえる。 「ヘーゲル講義を聞かんとして、四方よりベルリンに集まれ学生は、この講義を衣食の資に利用せんとの野心をもって集まれるにあらず。ただ哲人ヘーゲルなるものありて、講壇の上に、無上普遍の真を伝うると聞いて、向上求道の念に切なるがため、壇下に、わが不穏底の疑義解釈せんと欲したる清浄心の発現にほかならず。このゆえに彼らはヘーゲルを聞いて、彼らの未来を決定しえたり。自己運命を改造しえたり。のっぺらぼうに講義を聞いて、のっぺらぼうに卒業し去る公ら日本大学生と同じ事と思うは、天下の己惚れなり。公らはタイプライターにすぎず。しかも欲張ったるタイプライターなり。公らのなすところ、思うところ、言うところ、ついに切実なる社会の活気運に関せず。死に至るまでのっぺらぼうなるかな。死に至るまでのっぺらぼうなるかな」  と、のっぺらぼうを二へん繰り返している。三四郎は黙然として考え込んでいた。すると、うしろからちょいと肩をたたいた者がある。例の与次郎であった。与次郎図書館で見かけるのは珍しい。彼は講義はだめだが、図書館は大切だと主張する男である。けれども主張どおりにはいることも少ない男である。 「おい、野々宮宗八さんが、君を捜していた」と言う。与次郎が野々宮君を知ろうとは思いがけなかったから、念のため理科大学の野々宮さんかと聞き直すと、うんという答を得た。さっそく本を置いて入口新聞を閲覧する所まで出て行ったが、野々宮君がいない。玄関まで出てみたがやっぱりいない。石段を降りて、首を延ばしてその辺を見回したが影も形も見えない。やむを得ず引き返した。もとの席へ来てみると、与次郎が、例のヘーゲル論をさして、小さな声で、 「だいぶ振ってる。昔の卒業生に違いない。昔のやつは乱暴だが、どこかおもしろいところがある。実際このとおりだ」とにやにやしている。だいぶ気に入ったらしい。三四郎は 「野々宮さんはおらんぜ」と言う。 「さっき入口にいたがな」 「何か用があるようだったか」 「あるようでもあった」  二人はいっしょに図書館を出た。その時与次郎が話した。――野々宮君は自分の寄寓している広田先生の、もとの弟子でよく来る。たいへんな学問好きで、研究もだいぶある。その道の人なら、西洋人でもみんな野々宮君の名を知っている。  三四郎はまた、野々宮君の先生で、昔正門内で馬に苦しめられた人の話を思い出して、あるいはそれが広田先生ではなかろうかと考えだした。与次郎にその事を話すと、与次郎は、ことによると、うちの先生だ、そんなことをやりかねない人だと言って笑っていた。  その翌日はちょうど日曜なので、学校では野々宮君に会うわけにゆかない。しかしきのう自分を捜していたことが気がかりになる。さいわいまだ新宅を訪問したことがないから、こっちから行って用事を聞いてきようという気になった。  思い立ったのは朝であったが、新聞を読んでぐずぐずしているうちに昼になる。昼飯を食べたから、出かけようとすると、久しぶりに熊本出の友人が来る。ようやくそれを帰したのはかれこれ四時過ぎである。ちとおそくなったが、予定のとおり出た。  野々宮の家はすこぶる遠い。四、五日前大久保へ越した。しか電車を利用すれば、すぐに行かれる。なんでも停車場の近辺と聞いているから、捜すに不便はない。実をいうと三四郎はかの平野家行き以来とんだ失敗をしている。神田高等商業学校へ行くつもりで、本郷四丁目から乗ったところが、乗り越して九段まで来て、ついでに飯田橋まで持ってゆかれて、そこでようやく外濠線へ乗り換えて、御茶の水から神田橋へ出て、まだ悟らずに鎌倉河岸数寄屋橋の方へ向いて急いで行ったことがある。それより以来電車はとかくぶっそうな感じがしてならないのだが、甲武線は一筋だと、かねて聞いているか安心して乗った。  大久保停車場を降りて、仲百人の通りを戸山学校の方へ行かずに、踏切からすぐ横へ折れると、ほとんど三尺ばかりの細い道になる。それを爪先上がりにだらだらと上がると、まばらな孟宗藪がある。その藪の手前と先に一軒ずつ人が住んでいる。野々宮の家はその手前の分であった。小さな門が道の向きにまるで関係のないような位置に筋かいに立っていた。はいると、家がまた見当違いの所にあった。門も入口もまったくあとからつけたものらしい。  台所のわきにりっぱな生垣があって、庭の方にはかえって仕切りもなんにもない。ただ大きな萩が人の背より高く延びて、座敷の椽側を少し隠しているばかりである。野々宮君はこの椽側に椅子を持ち出して、それへ腰を掛けて西洋雑誌を読んでいた。三四郎はいって来たのを見て、 「こっちへ」と言った。まるで理科大学の穴倉の中と同じ挨拶である。庭からはいるべきのか、玄関から回るべきのか、三四郎は少しく躊躇していた。するとまた 「こっちへ」と催促するので、思い切って庭から上がることにした。座敷はすなわち書斎で、広さは八畳で、わりあい西洋書物がたくさんある。野々宮君は椅子を離れてすわった。三四郎は閑静な所だとか、わりあいに御茶の水まで早く出られるとか、望遠鏡試験はどうなりましたとか、――締まりのない当座の話をやったあと、 「きのう私を捜しておいでだったそうですが、何か御用ですか」と聞いた。すると野々宮君は、少し気の毒そうな顔をして、 「なにじつはなんでもないですよ」と言った。三四郎はただ「はあ」と言った。 「それでわざわざ来てくれたんですか」 「なに、そういうわけでもありません」 「じつはお国のおっかさんがね、せがれがいろいろお世話になるからと言って、結構ものを送ってくださったから、ちょっとあなたにもお礼を言おうと思って……」 「はあ、そうですか。何か送ってきましたか」 「ええ赤い魚の粕漬なんですがね」 「じゃひめいちでしょう」  三四郎はつまらものを送ったものだと思った。しかし野々宮君はかのひめいちについていろいろな事を質問した。三四郎特に食う時の心得を説明した。粕ごと焼いて、いざ皿へうつすという時に、粕を取らないと味が抜けると言って教えてやった。  二人がひめいちについて問答をしているうちに、日が暮れた。三四郎はもう帰ろうと思って挨拶しかけるところへ、どこから電報が来た。野々宮君は封を切って、電報を読んだが、口のうちで、「困ったな」と言った。  三四郎はすましているわけにもゆかず、といってむやみに立ち入った事を聞く気にもならなかったので、ただ、 「何かできましたか」と棒のように聞いた。すると野々宮君は、 「なにたいしたことでもないのです」と言って、手に持った電報を、三四郎に見せてくれた。すぐ来てくれとある。 「どこかへおいでになるのですか」 「ええ、妹がこのあいから病気をして、大学病院はいっているんですが、そいつがすぐ来てくれと言うんです」といっこう騒ぐ気色もない。三四郎のほうはかえって驚いた。野々宮君の妹と、妹の病気と、大学病院をいっしょにまとめて、それに池の周囲で会った女を加えて、それを一どきにかき回して、驚いている。 「じゃ、よほどお悪いんですな」 「なにそうじゃないんでしょう。じつは母が看病に行ってるんですが、――もし病気のためなら、電車へ乗って駆けて来たほうが早いわけですからね。――なに妹のいたずらでしょう。ばかだから、よくこんなまねをします。ここへ越してからまだ一ぺんも行かないものから、きょうの日曜には来ると思って待ってでもいたのでしょう、それで」と言って首を横に曲げて考えた。 「しかしおいでになったほうがいいでしょう。もし悪いといけません」 「さよう。四、五日行かないうちにそう急に変るわけもなさそうですが、まあ行ってみるか」 「おいでになるにしくはないでしょう」  野々宮は行くことにした。行くときめたについては、三四郎に頼みがあると言いだした。万一病気のための電報とすると、今夜は帰れない。すると留守が下女一人になる。下女が非常に臆病で、近所がことのほかぶっそうである。来合わせたのがちょうど幸いだから、あすの課業にさしつかえがなければ泊ってくれまいかもっともただの電報ならばすぐ帰ってくる。まえからわかっていれば、例の佐々木でも頼むはずだったが、今からではとても間に合わない。たった一晩のことではあるし、病院へ泊るか、泊らないか、まだわからないさきから関係もない人に、迷惑をかけるのはわがまますぎて、しいてとは言いかねるが、――むろん野々宮はこう流暢には頼まなかったが、相手三四郎が、そう流暢に頼まれ必要のない男だから、すぐ承知してしまった。  下女御飯はというのを、「食わない」と言ったまま、三四郎に「失敬だが、君一人で、あとで食ってください」と夕飯まで置き去りにして、出ていった。行ったと思ったら暗い萩の間から大きな声を出して、 「ぼくの書斎にある本はなんでも読んでいいです。別におもしろものもないが、何か御覧なさい。小説も少しはある」  と言ったまま消えてなくなった。椽側まで見送って三四郎が礼を述べた時は、三坪ほどな孟宗藪の竹が、まばらなだけに一本ずつまだ見えた。  まもなく三四郎は八畳敷の書斎のまん中で小さい膳を控えて、晩飯を食った。膳の上を見ると、主人の言葉にたがわず、かのひめいちがついている。久しぶりで故郷の香をかいだようでうれしかったが、飯はそのわりにうまくなかった。お給仕に出た下女の顔を見ると、これも主人の言ったとおり、臆病にできた目鼻であった。  飯が済むと下女台所へ下がる。三四郎は一人になる。一人になっておちつくと、野々宮君の妹の事が急に心配になってきた。危篤なような気がする。野々宮君の駆けつけ方がおそいような気がする。そうして妹がこのあいだ見た女のような気がしてたまらない。三四郎はもう一ぺん、女の顔つきと目つきと、服装とを、あの時あのままに、繰り返して、それを病院の寝台の上に乗せて、そのそばに野々宮君を立たして、二、三の会話をさせたが、兄ではもの足らないので、いつのまにか、自分代理になって、いろいろ親切に介抱していた。ところへ汽車がごうと鳴って孟宗藪のすぐ下を通った。根太のぐあいか、土質のせいか座敷が少し震えるようである。  三四郎は看病をやめて、座敷を見回した。いかさま古い建物と思われて、柱に寂がある。その代り唐紙の立てつけが悪い。天井はまっ黒だ。ランプばかりが当世に光っている。野々宮君のような新式の学者が、もの好きにこんな家を借りて、封建時代の孟宗藪を見て暮らすのと同格であるもの好きならば当人随意だが、もし必要にせまられて、郊外にみずからを放逐したとすると、はなはだ気の毒である。聞くところによると、あれだけの学者で、月にたった五十五円しか大学からもらっていないそうだ。だからやむをえず私立学校へ教えにゆくのだろう。それで妹に入院されてはたまるまい。大久保へ越したのも、あるいはそんな経済上のつごうかもしれない。……  宵の口ではあるが、場所場所だけにしんとしている。庭の先で虫の音がする。ひとりですわっていると、さみしい秋の初めである。その時遠い所でだれか、 「ああああ、もう少しの間だ」  と言う声がした。方角は家の裏手のようにも思えるが、遠いのでしっかりとはわからなかった。また方角を聞き分ける暇もないうちに済んでしまった。けれども三四郎の耳には明らかにこの一句が、すべてに捨てられた人の、すべてから返事を予期しない、真実独白と聞こえた。三四郎は気味が悪くなった。ところへまた汽車が遠くから響いて来た。その音が次第に近づいて孟宗藪の下を通る時には、前の列車よりも倍も高い音を立てて過ぎ去った。座敷の微震がやむまでは茫然としていた三四郎は、石火のごとく、さっきの嘆声と今の列車の響きとを、一種因果で結びつけた。そうして、ぎくんと飛び上がった。その因果は恐るべきものである。  三四郎はこの時じっと座に着いていることのきわめて困難なのを発見した。背筋から足の裏までが疑惧の刺激でむずむずする。立って便所に行った。窓から外をのぞくと、一面の星月夜で、土手下の汽車道は死んだように静かである。それでも竹格子のあいから鼻を出すくらいにして、暗い所をながめていた。  すると停車場の方から提灯をつけた男がレールの上を伝ってこっちへ来る。話し声で判じると三、四人らしい。提灯の影は踏切から土手下へ隠れて、孟宗藪の下を通る時は、話し声だけになった。けれども、その言葉は手に取るように聞こえた。 「もう少し先だ」  足音は向こうへ遠のいて行く。三四郎は庭先へ回って下駄を突っ掛けたまま孟宗藪の所から、一間余の土手を這い降りて、提灯のあとを追っかけて行った。  五、六間行くか行かないうちに、また一人土手から飛び降りた者がある。―― 「轢死じゃないですか」  三四郎は何か答えようとしたが、ちょっと声が出なかった。そのうち黒い男は行き過ぎた。これは野々宮君の奥に住んでいる家の主人だろうと、後をつけながら考えた。半町ほどくると提灯が留まっている。人も留まっている。人は灯をかざしたまま黙っている。三四郎は無言で灯の下を見た。下には死骸が半分ある。汽車は右の肩から乳の下を腰の上までみごとに引きちぎって、斜掛けの胴を置き去りにして行ったのである。顔は無傷である若い女だ。  三四郎はその時の心持ちをいまだに覚えている。すぐ帰ろうとして、踵をめぐらしかけたが、足がすくんでほとんど動けなかった。土手を這い上がって、座敷へもどったら、動悸が打ち出した。水をもらおうと思って、下女を呼ぶと、下女はさいわいになんにも知らないらしい。しばらくすると、奥の家で、なんだか騒ぎ出した。三四郎は主人が帰ったんだなと覚った。やがて土手の下ががやがやする。それが済むとまた静かになる。ほとんど堪え難いほどの静かさであった。  三四郎の目の前には、ありありとさっきの女の顔が見える。その顔と「ああああ……」と言った力のない声と、その二つの奥に潜んでおるべきはずの無残な運命とを、継ぎ合わして考えてみると、人生という丈夫そうな命の根が、知らぬまに、ゆるんで、いつでも暗闇へ浮き出してゆきそうに思われる。三四郎は欲も得もいらないほどこわかった。ただごうという一瞬間である。そのまえまではたしかに生きていたに違いない。

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三  学年は九月十一日に始まった。三四郎は正直に午前十時半ごろ学校へ行ってみたが、玄関前の掲示場に講義時間割りがあるばかりで学生は一人もいない。自分の聞くべき分だけを手帳に書きとめて、それから事務室へ寄ったら、さすがに事務員だけは出ていた。講義はいからまりますかと聞くと、九月十一日から始まると言っている。すましたものである。でも、どの部屋を見ても講義がないようですがと尋ねると、それは先生がいないからだと答えた。三四郎はなるほどと思って事務室を出た。裏へ回って、大きな欅の下から高い空をのぞいたら、普通の空よりも明らかに見えた。熊笹の中を水ぎわへおりて、例の椎の木の所まで来て、またしゃがんだ。あの女がもう一ぺん通ればいいくらいに考えて、たびたび丘の上をながめたが、丘の上には人影もしなかった。三四郎はそれが当然だと考えた。けれどもやはりしゃがんでいた。すると、午砲が鳴ったんで驚いて下宿へ帰った。  翌日は正八時に学校へ行った。正門をはいると、とっつきの大通りの左右に植えてある銀杏並木が目についた。銀杏が向こうの方で尽きるあたりから、だらだら坂に下がって、正門のきわに立った三四郎から見ると、坂の向こうにある理科大学は二階の一部しか出ていない。その屋根のうしろ朝日を受けた上野の森が遠く輝いている。日は正面にある。三四郎はこの奥行のある景色を愉快に感じた。  銀杏並木こちら側で尽きる右手には法文科大学がある。左手には少しさがって博物の教室がある。建築は双方ともに同じで、細長い窓の上に、三角にとがった屋根突き出している。その三角の縁に当る赤煉瓦と黒い屋根のつぎめの所が細い石の直線でできている。そうしてその石の色が少し青味を帯びて、すぐ下にくるはでな赤煉瓦一種の趣を添えている。そうしてこの長い窓と、高い三角が横にいくつも続いている。三四郎はこのあいだ野々宮君の説を聞いてから以来、急にこの建物をありがたく思っていたが、けさは、この意見が野々宮君の意見でなくって、初手から自分の持説であるような気がしだした。ことに博物室が法文科と一直線に並んでいないで、少し奥へ引っ込んでいるところが不規則で妙だと思った。こんど野々宮君に会ったら自分発明としてこの説を持ち出そうと考えた。  法文科の右のはずれから半町ほど前へ突き出している図書館にも感服した。よくわからないがなんでも同じ建築だろうと考えられる。その赤い壁につけて、大きな棕櫚の木を五、六本植えたところが大いにいい。左手のずっと奥にある工科大学封建時代西洋のお城から割り出したように見えた。まっ四角にできあがっている。窓も四角である。ただ四すみと入口が丸い。これは櫓を形取ったんだろう。お城だけにしっかりしている。法文科みたように倒れそうでない。なんだか背の低い相撲取りに似ている。  三四郎は見渡すかぎり見渡して、このほかにもまだ目に入らない建物がたくさんあることを勘定に入れて、どことな雄大な感じを起こした。「学問の府はこうなくってはならない。こういう構えがあればこそ研究もできる。えらいものだ」――三四郎大学者になったような心持ちがした。  けれども教室はいってみたら、鐘は鳴っても先生は来なかった。その代り学生も出て来ない。次の時間もそのとおりであった。三四郎は癇癪を起こして教場を出た。そうして念のために池の周囲を二へんばかり回って下宿へ帰った。  それから約十日ばかりたってから、ようやく講義が始まった。三四郎がはじめて教室はいって、ほかの学生といっしょに先生の来るのを待っていた時の心持ちはじつに殊勝なものであった。神主が装束を着けて、これから祭典でも行なおうとするまぎわには、こういう気分がするだろうと、三四郎自分自分の了見を推定した。じっさい学問の威厳に打たれたに違いない。それのみならず、先生ベルが鳴って十五分立っても出て来ないのでますます予期から生ずる敬畏の念を増した。そのうち人品のいいおじいさんの西洋人が戸をあけてはいってきて、流暢な英語講義を始めた。三四郎はその時 answer という字はアングロ・サクソン語の and-swaru から出たんだということを覚えた。それからスコットの通った小学校の村の名を覚えた。いずれも大切に筆記帳にしるしておいた。その次には文学論の講義に出た。この先生教室はいって、ちょっと黒板をながめていたが、黒板の上に書いてある Geschehen という字と Nachbild という字を見て、はあドイツ語かと言って、笑いながらさっさと消してしまった。三四郎はこれがためにドイツ語に対する敬意を少し失ったように感じた。先生は、それから古来文学者が文学に対して下した定義をおよそ二十ばかり並べた。三四郎はこれも大事手帳に筆記しておいた。午後は大教室に出た。その教室には約七、八十人ほどの聴講者がいた。したがって先生演説口調であった。砲声一発浦賀の夢を破ってという冒頭であったから、三四郎おもしろがって聞いていると、しまいにはドイツ哲学者の名がたくさん出てきてはなはだ解しにくくなった。机の上を見ると、落第という字がみごとに彫ってある。よほど暇に任せて仕上げたものみえて、堅い樫の板をきれいに切り込んだてぎわは素人とは思われない。深刻のできである。隣の男は感心に根気よく筆記をつづけている。のぞいて見ると筆記ではない。遠くから先生の似顔をポンチにかいていたのである三四郎のぞくやいなや隣の男はノート三四郎の方に出して見せた。絵はうまくできているが、そばに久方の雲井の空の子規と書いてあるのは、なんのことだか判じかねた。  講義が終ってから三四郎はなんとなく疲労したような気味で、二階の窓から頬杖を突いて、正門内の庭を見おろしていた。ただ大きな松や桜を植えてそのあいだに砂利を敷いた広い道をつけたばかりであるが、手を入れすぎていないだけに、見ていて心持ちがいい。野々宮君の話によるとここは昔はこうきれいではなかった。野々宮君の先生のなんとかいう人が、学生の時分馬に乗って、ここを乗り回すうち、馬がいうことを聞かないで、意地を悪くわざと木の下を通るので、帽子が松の枝に引っかかる。下駄の歯が鐙にはさまる。先生はたいへん困っていると、正門前喜多床という髪結床の職人がおおぜい出てきて、おもしろがって笑っていたそうである。その時分には有志の者が醵金して構内に厩をこしらえて、三頭の馬と、馬の先生とを飼っておいた。ところが先生がたいへんな酒飲みで、とうとう三頭のうちのいちばんいい白い馬を売って飲んでしまった。それはナポレオン三世時代の老馬であったそうだ。まさかナポレオン三世時代でもなかろう。しかのん気な時代もあったものだと考えていると、さっきポンチ絵かいた男が来て、 「大学講義はつまらんなあ」と言った。三四郎はいいかげんな返事をした。じつはつまるかつまらいか三四郎にはちっとも判断ができないのであるしかしこの時からこの男と口をきくようになった。  その日はなんとなく気が鬱して、おもしろくなかったので、池の周囲を回ることは見合わせて家へ帰った。晩食後筆記を繰り返して読んでみたが、べつに愉快にも不愉快にもならなかった。母に言文一致手紙を書いた。――学校は始まった。これから毎日出る。学校はたいへん広いいい場所で、建物もたいへん美しい。まん中に池がある。池の周囲を散歩するのが楽しみだ。電車には近ごろようやく乗り馴れた。何か買ってあげたいが、何がいいかからいから、買ってあげない。ほしければそっちから言ってきてくれ。今年の米はいまに価が出るから、売らずにおくほうが得だろう。三輪田のお光さんにはあまり愛想よくしないほうがよかろう。東京へ来てみると人はいくらでもいる。男も多いが女も多い。というような事をごたごた並べたものであった。  手紙を書いて、英語の本を六、七ページ読んだらいやになった。こんな本を一冊ぐらい読んでもだめだと思いだした。床を取って寝ることにしたが、寝つかれない。不眠症になったらはやく病院に行って見てもらおうなどと考えているうちに寝てしまった。  あくる日も例刻に学校へ行って講義を聞いた。講義あいだに今年の卒業生がどこそこへいくらで売れたという話を耳にした。だれとだれがまだ残っていて、それがある官立学校地位競争している噂だなどと話している者があった。三四郎漠然と、未来が遠くから眼前に押し寄せるようなにぶい圧迫を感じたが、それはすぐ忘れてしまった。むしろ昇之助がなんとかしたというほうの話がおもしろかった。そこで廊下熊本出の同級生をつかまえて、昇之助とはなんだと聞いたら、寄席へ出る娘義太夫だと教えてくれた。それから寄席看板はこんなもので、本郷のどこにあるということまで言って聞かせたうえ、今度の土曜にいっしょに行こうと誘ってくれた。よく知ってると思ったら、この男はゆうべはじめて、寄席へ、はいったのだそうだ。三四郎はなんだか寄席へ行って昇之助が見たくなった。  昼飯を食いに下宿へ帰ろうと思ったら、きのうポンチ絵かいた男が来て、おいおいと言いながら、本郷の通りの淀見軒という所に引っ張って行って、ライスカレーを食わした。淀見軒という所は店で果物を売っている。新しい普請であった。ポンチ絵かいた男はこの建築の表を指さして、これがヌーボー式だと教えた。三四郎建築にもヌーボー式があるものとはじめて悟った。帰り道に青木堂も教わった。やはり大学生のよく行く所だそうである赤門はいって、二人で池の周囲を散歩した。その時ポンチ絵の男は、死んだ小泉八雲先生教員控室へはいるのがきらいで講義がすむといつでもこの周囲をぐるぐる回って歩いたんだと、あたか小泉先生に教わったようなことを言った。なぜ控室へはいらなかったのだろうかと三四郎が尋ねたら、 「そりゃあたりまえださ。第一彼らの講義を聞いてもわかるじゃないか。話せるものは一人もいやしない」と手ひどいことを平気で言ったには三四郎も驚いた。この男は佐々木与次郎といって、専門学校卒業して、今年また選科へはいったのだそうだ。東片町の五番地の広田という家にいるから、遊びに来いと言う。下宿かと聞くと、なに高等学校先生の家だと答えた。  それから当分のあい三四郎毎日学校へ通って、律義に講義を聞いた。必修課目以外のものへも時々出席してみた。それでも、まだもの足りない。そこでついには専攻課目にまるで縁故のないものまでへもおりおりは顔を出した。しかしたいていは二度か三度でやめてしまった。一か月と続いたのは少しもなかった。それでも平均一週に約四十時間ほどになる。いかな勤勉な三四郎にも四十時間はちと多すぎる。三四郎はたえず一種の圧迫を感じていた。しかるにもの足りない。三四郎は楽しまなくなった。  ある日佐々木与次郎に会ってその話をすると、与次郎は四十時間と聞いて、目を丸くして、「ばかばか」と言ったが、「下宿屋のまずい飯を一日に十ぺん食ったらもの足りるようになるか考えてみろ」といきなり警句でもって三四郎をどやしつけた。三四郎はすぐさま恐れ入って、「どうしたらよかろう」と相談をかけた。 「電車に乗るがいい」と与次郎が言った。三四郎は何か寓意でもあることと思って、しばらく考えてみたが、べつにこれという思案も浮かばないので、 「本当の電車か」と聞き直した。その時与次郎はげらげら笑って、 「電車に乗って、東京を十五、六ぺん乗り回しているうちにはおのずからもの足りるようになるさ」と言う。 「なぜ」 「なぜって、そう、生きてる頭を、死んだ講義で封じ込めちゃ、助からない。外へ出て風を入れるさ。その上にもの足りる工夫はいくらでもあるが、まあ電車が一番の初歩でかつもっとも軽便だ」  その日の夕方与次郎三四郎を拉して、四丁目から電車に乗って、新橋へ行って、新橋からまた引き返して、日本橋へ来て、そこで降りて、 「どうだ」と聞いた。  次に大通りから細い横町へ曲がって、平の家という看板のある料理屋へ上がって、晩飯を食って酒を飲んだ。そこの下女はみんな京都弁を使う。はなはだ纏綿している。表へ出た与次郎は赤い顔をして、また 「どうだ」と聞いた。  次に本場の寄席へ連れて行ってやると言って、また細い横町はいって、木原店という寄席を上がった。ここで小さんという落語家を聞いた。十時過ぎ通りへ出た与次郎は、また 「どうだ」と聞いた。  三四郎は物足りたとは答えなかった。しかしまんざらもの足りない心持ちもしなかった。すると与次郎は大いに小さん論を始めた。  小さんは天才であるあん芸術家はめったに出るものじゃない。いつでも聞けると思うから安っぽい感じがして、はなはだ気の毒だ。じつは彼と時を同じゅうして生きている我々はたいへんなしあわせである。今からしまえに生まれても小さんは聞けない。少しおくれても同様だ。――円遊もうまいしかし小さんとは趣が違っている。円遊のふんした太鼓持は、太鼓持になった円遊だからおもしろいので、小さんのやる太鼓持は、小さんを離れた太鼓持だからおもしろい。円遊の演ずる人物から円遊を隠せば、人物がまるで消滅してしまう。小さんの演ずる人物からいくら小さんを隠したって、人物は活発溌地に躍動するばかりだ。そこがえらい。  与次郎はこんなことを言って、また 「どうだ」と聞いた。実をいうと三四郎には小さんの味わいがよくわからなかった。そのうえ円遊なるものはいまだかつて聞いたことがない。したがって与次郎の説の当否は判定しにくい。しかしその比較ほとんど文学的といいうるほどに要領を得たには感服した。  高等学校の前で別れる時、三四郎は、 「ありがとう、大いにもの足りた」と礼を述べた。すると与次郎は、 「これからさきは図書館でなくっちゃもの足りない」と言って片町の方へ曲がってしまった。この一言三四郎ははじめて図書館はいることを知った。  その翌日から三四郎は四十時間講義ほとんど半分に減らしてしまった。そうして図書館はいった。広く、長く、天井が高く、左右に窓のたくさんある建物であった。書庫入口しか見えない。こっちの正面からのぞくと奥には、書物いくらでも備えつけてあるように思われる。立って見ていると、書庫の中から、厚い本を二、三冊かかえて、出口へ来て左へ折れて行く者がある。職員閲覧室へ行く人であるなかに必要の本を書棚からとりおろして、胸いっぱいにひろげて、立ちながら調べている人もある。三四郎はうらやましくなった。奥まで行って二階へ上がって、それから三階へ上がって、本郷より高い所で、生きたものを近づけずに、紙のにおいをかぎながら、――読んでみたい。けれども何を読むかにいたっては、べつにはっきりした考えがない。読んでみなければわからないが、何かあの奥にたくさんありそうに思う。  三四郎一年生だから書庫はい権利がない。しかたなしに、大きな箱入りの札目録を、こごんで一枚一枚調べてゆくと、いくらめくってもあとから新しい本の名が出てくる。しまいに肩が痛くなった。顔を上げて、中休みに、館内を見回すと、さすがに図書館だけあって静かなものであるしかも人がたくさんいる。そうして向こうのはずれにいる人の頭が黒く見える。目口ははっきりしない。高い窓の外から所々に木が見える。空も少し見える。遠くから町の音がする。三四郎は立ちながら、学者生活は静かで深いものだと考えた。それでその日はそのまま帰った。  次の日は空想をやめて、はいるとさっそく本を借りた。しかし借りそくなったので、すぐ返した。あとから借りた本はむずかしすぎて読めなかったからまた返した。三四郎はこういうふうにして毎日本を八、九冊ずつは必ず借りた。もっともたまにはすこし読んだのもある。三四郎が驚いたのは、どんな本を借りても、きっとだれか一度は目を通しているという事実発見した時であった。それは書中ここかしこに見える鉛筆のあとでたしかである。ある時三四郎は念のため、アフラベーンという作家小説を借りてみた。あけるまでは、よもやと思ったが、見るとやはり鉛筆で丁寧にしるしがつけてあった。この時三四郎はこれはとうていやりきれないと思った。ところへ窓の外を楽隊が通ったんで、つい散歩に出る気になって、通りへ出て、とうとう青木堂へはいった。  はいってみると客が二組あって、いずれも学生であったが、向こうのすみにたった一人離れて茶を飲んでいた男がある。三四郎がふとその横顔を見ると、どうも上京の節汽車の中で水蜜桃をたくさん食った人のようである。向こうは気がつかない。茶を一口飲んでは煙草を一吸いすって、たいへんゆっくり構えている。きょうは白地の浴衣をやめて、背広を着ている。しかしけっしてりっぱなものじゃない。光線の圧力の野々宮君より白シャツけがましなくらいなものである三四郎は様子を見ているうちにたしか水蜜桃だと物色した。大学講義を聞いてから以来、汽車の中でこの男の話したことがなんだか急に意義のあるように思われだしたところなので、三四郎そばへ行って挨拶をしようかと思った。けれども先方は正面を見たなり、茶を飲んでは煙草をふかし、煙草をふかしては茶を飲んでいる。手の出しようがない。

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2024-07-26

anond:20240726143506

https://news.xbox.com/ja-jp/2024/05/16/assassins-creed-shadows-interview/

>> 『アサシン クリードシリーズは、その歴史描写と緻密な世界再現で知られていますが、『アサシン クリード シャドウズ』でもそのこだわりを発揮できます

本作は、織田信長のような実在した歴史上の人物や当時の出来事を忠実に描いているので、封建時代日本舞台ゲームを楽しみながら、この素晴らしい時代について学ぶことができます。<<

どう読んでもアサクリシリーズの影響力を自覚してるし史実に忠実言うとるが

2024-07-24

黒人侍「弥助」の仏ゲーム

封建時代日本で権勢をふるった大名織田信長が1581年、黒人奴隷から家臣となる弥助に会ったとき信長はこの男性を神だと思った。

アフリカ人サムライ――弥助が残した不朽の遺産 - CNN.co.jp

https://www.cnn.co.jp/world/35138192.html

黒人侍「弥助」の仏ゲーム文科省公序良俗反するなら慎重に対応」 浜田聡氏に回答 - 産経ニュース

https://www.sankei.com/article/20240724-WTXDURJJXJAK7DGLOI6HQMTIIY/

神仏習合やね

2024-07-23

アサクリ シャドウズ が燃えたのは、誤訳ではなく燃えるなりのことをしたから。別にフィクション満載で主人公日本人以外の人種にも出来て同性愛描写もある 『Rise of the Ronin燃えてませんけど?

弥助の出身部族カトリック宣教師同性愛に寛容だった可能性はほぼゼロと言って良いが、まぁ、いまは16世紀ではなく、21世紀2024年ですから

弥助も出てくる仁王のコエテク現代的な時代劇(フィクション)として『Rise of the Ronin』(PS5独占タイトル)出してます

 

ほんで、『Rise of the Ronin』の主人公キャラクターは様々な人種に設定できるし、劇中で同性との恋愛イベントもあるわけなんだけど、別に批判はどこからも出てないのよね

それは、極めて現代的な見た目のデザインからしてフィクションとわかるのはもちろんのこと、

開発者歴史的正確さについてアピールしてない上に、ゲームを始める前にも念押しで下記のように出るから

 

『本タイトル日本史実から着想を得たフィクションです。
ゲームを通じて歴史上の人物出来事を描いていますが、 本タイトルの開発、販売に携わったチームの思想価値観を表すものではありません。』

 

 

アサクリでもちゃんと似たような文言は出るもん!!!って言うけど、Rise of the Ronin と アサクリ シャドウズ が違ったところは、

何故か BBC などのニュースメディアXbox や 各種ゲームメディアインタビューで『なろーじゃぱんです!』アピールではなく、

下記のように言って回った事に尽きるよね

 

日本とその文化を正しく描写することに重点を置き、真正性を重視した>
実在した歴史上の人物や当時の出来事を忠実に描いているので、封建時代日本舞台ゲームを楽しみながら、この素晴らしい時代について学ぶことができます

 

言って回ってることが確認できる一例:

Assassin's Creed director: The right time to take series to Japan | BBC

https://www.bbc.com/news/articles/c163jexl7rxo

 

アサシン クリード シャドウズ』は、2 つの異なる体験をどのように融合させたのか|Xbox Wire Japan

https://news.xbox.com/ja-jp/2024/05/16/assassins-creed-shadows-interview/

 

ゲームメディアインタビュー(非日本向け)でも、『誠実で敬意持ったものです』とアジアン(おそらく日系人)に言わせていることも確認出来るで

Assassin’s Creed Shadows: Inside Ubisoft’s Ambitious Open World Japan

https://youtu.be/0haRi_hHZoU?t=853

明らかさまに間違えてる日本風習やデザインを止められなかった、団体文化財の無断利用・利用料無視の件を見るに、

本件もアジア人蔑視かな?以外の感想は持たないけどな

 

あと首云々もひでーわな

It was surprisingly gory, like the decapitations, you could get coated in blood. How vital is that to the assassin’s fantasy?
斬首シーンなどでは、予想外に残虐で、血まみれになることもありますね。これはアサシンファンタジーにとってどれほど重要なのでしょうか?)

 

I think it’s not an assassin thing, it’s a Japan thing in our case. So looking at death was a day-to-day occurrence in that period, and the way most people died in Japan during that time is clean decapitations.

So we didn’t want to shy away from it, although you can turn off the violence if you want. There’s options for it. You can turn off the blood, you can turn off the dismemberment and stuff. So it’s more trying to be faithful to the war aspect of Japan at that period. Death was a common thing and decapitation was not a strange sight in Japan.

 

私たち場合、これはアサシンに関することというよりも、日本に関することだと考えています。当時の日本では、死を目にすることは日常的なことでした。そしてその時代日本で多くの人々が死んでいった方法は、きれいな斬首でした。

ですので、私たちはそれを避けようとはしませんでした。ただし、望めば暴力表現オフにすることもできます。そのためのオプションがあります。血の表現オフにしたり、切断などの表現オフにしたりすることができます。これは、むしろその時代日本戦争の側面に忠実であろうとする試みなのです。死は日常的なことであり、斬首日本では珍しい光景ではありませんでした。

https://videogames.si.com/features/assassins-creed-shadows-interview

 

わかりましたか

anond:20240723220837 anond:20240724014155 anond:20240724022429 anond:20240724081654 anond:20240724081126 anond:20240723184517

anond:20240724125807 anond:20240724093221 anond:20240726204454

 

  

 

 

関連増田

 

 

 

 

 

 

 

アサクリ シャドウズ の 弥助 は、”ゲイ”

Assassin’s Creed Shadows Launches November 15, Features Dual Protagonists in Feudal Japan | UBISOFT

Naoe and Yasuke’s disparate personalities also lead them to have different relationships and rapports with other characters, and they don’t always feel the same way about people, nor do people always feel the same way about them. Romantically, they will also attract and be attracted to different types of people. Through the pair, players will get to experience a multitude of relationships.

(ナオエとヤスケの異なるパーソナリティは、他のキャラクターとの関係交流にも違いをもたらします。彼らは常に同じように人々を感じるわけではなく、人々も常に彼らを同じように感じるわけではありません。ロマンチックな面でも、彼らは異なるタイプの人々を引き付け、また引き付けられます。この二人を通じて、プレイヤーは多様な関係体験することができます。)

 

ここだけ見れば、Naoe は女性で Yasuke は男性からキャラごとに恋愛イベント(ロマンスイベント)が異なるよとも読めなくもないが、

ストレート場合はわざわざ言及しないよな?同性のキャライベントオプション選択肢がある時にぼかして言及するよな?

つか、UBIの以前のゲームもそういうオプションあったし・・・って見方が多い模様

(※ 追記ゲームニュースチャンネルインタビュープロデューサー同性愛オプションあるよって答えてるみたいね) 

 

 

下記で検索して英語サイト見てみ

Assassin’s Creed Shadows gay もしくは Assassin’s Creed Shadows LGBT  

 

その中で

Assassin’s Creed Shadows: Ubisoft Hires LGBTQ+ Activist As Consultant Who Wants To Challenge Moral Standards Around “Transgenerational Sex

(アサシン クリード シャドウズ:ユービーソフト、「世代セックス」に関する道徳基準に挑戦したいLGBTQ+活動家コンサルタントとして雇用)

・・・と言うのがあって、外見やお名前から日系人かなぁって方が出てくるんだけど、日本文学研究家でお稚児さん関連の本出してる人らしい

 

何故、この方を アサクリ シャドウズ の歴史考証のスペシャリストとしてチョイスしたのかは謎だが、

とりあえず、彼女ゲームメディア IGN の YouTube 動画 (Assassin’s Creed Shadows: Inside Ubisoft’s Ambitious Open World Japan)の中で、

『必ずしも歴史的正確さに基づいているわけではない』ってちゃんと言ってるわな(https://youtu.be/0haRi_hHZoU?t=853

 

ただ、『誠実で敬意持ったものです』とか言いつつ、明らかさまに間違えてる日本風習やデザインを止められなかった、団体文化財の無断利用・利用料無視の件を見るに、

本件もいつものアジア人蔑視かなって感想しかでない

(ハイブランドアジア人蔑視のヤベー広告炎上したよね、Valentino、D&G、DIORとか)

  

つか、日本には『異世界』とか『なろーっぱ』とかい伝家の宝刀がありましてな、『なろーじゃぱん』だぞって言えば歴史考証する必要無かったのになぁ感

それをしないのは、映画でも伝統的にそうだったように、『ジャップランドはどんな風に書いてもOK』っていう白人様の意識がおそらく強過ぎるんだろうな

 

 

あと、弥助の出身部族カトリック宣教師同性愛に寛容だった可能性はほぼゼロと言って良いが、まぁ、いまは16世紀ではなく、21世紀2024年ですから

弥助も出てくる仁王のコエテク現代的な時代劇(フィクション)として『Rise of the Ronin』(PS5独占タイトル)出してます

 

ほんで、『Rise of the Ronin』の主人公キャラクターは様々な人種に設定できるし、劇中で同性との恋愛イベントもあるわけなんだけど、別に批判はどこからも出てないのよね

それは、極めて現代的な見た目のデザインからしてフィクションとわかるのはもちろんのこと、

開発者歴史的正確さについてアピールしてない上に、ゲームを始める前にも念押しで下記のように出るから

 

『本タイトル日本史実から着想を得たフィクションです。
ゲームを通じて歴史上の人物や出来事を描いていますが、 本タイトルの開発、販売に携わったチームの思想価値観を表すものではありません。』

 

 

アサクリでもちゃんと似たような文言は出るもん!!!って言うけど、Rise of the Ronin と アサクリ シャドウズ が違ったところは、

何故か BBC などのニュースメディアXbox や 各種ゲームメディアインタビューで『なろーじゃぱんです!』アピールではなく、

下記のように言って回った事に尽きるよね

 

日本とその文化を正しく描写することに重点を置き、真正性を重視した>
実在した歴史上の人物や当時の出来事を忠実に描いているので、封建時代日本舞台ゲームを楽しみながら、この素晴らしい時代について学ぶことができます

 

言って回ってることが確認できる一例:

Assassin's Creed director: The right time to take series to Japan | BBC

https://www.bbc.com/news/articles/c163jexl7rxo

 

アサシン クリード シャドウズ』は、2 つの異なる体験をどのように融合させたのか|Xbox Wire Japan

https://news.xbox.com/ja-jp/2024/05/16/assassins-creed-shadows-interview/

 

 

まぁ下記の日本ことわざがあると主張する歴史改竄の一派か(アサクリ以前から歴史改竄やってる https://anond.hatelabo.jp/20240722235805#)

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood "

(侍が勇敢であるためには、少しの黒人の血を持っていなければならない)

 

ジャップランドはどう扱ってもいいと考える人差別主義者の作品なのかと懸念するのは、正常なことに思えます

(そもそも日系人っぽい人や日本いたことがある人が監修に参加してるのに、あからさまに間違ったままなことについても、

EXPO市販されているゾロの刀を何故か展示してたことについても、文化財無駄借用についても説明無し)

 

これ欧米だけで出した方がいいと思うけどなぁ、熱心なUBI信者以外は誰も買わんのでローカライズ費用無駄だと思う

 

 

 

追記ゲームニュースチャンネルインタビュープロデューサー同性愛オプションあるよって答えてるみたいね

We Got Good & Bad Assassin's Creed Shadows

https://youtu.be/ppkztU_1Y4U?t=18 

 

アサクリ シャドウ関係ない話

アサクリに関係ない話です

いろいろ見て回ってたら腐女子についてこう書かれてたよ。なんかいっちょがみするの好きな増田ブクマカを兼ねてる増田腐女子だと思うんだけど、

こういう認識持たれてるみたいなんで、お行儀よくしましょうね(基本的対象キャラ未成年だしな)

What? A homosexual pedophile? SO surprised.

(何?ホモ小児性愛者?とても驚いた)

No, just a runaway fujoshi with a shotacon fetish trying to legalize it.

(いいえ、それを合法化しようとしているショタコンを持つ暴走腐女子だけです)

2024-07-22

だって自分で発言してMSのXboxのページに載せてるし(2回目)

- 侍や忍といった設定はゲーマーにとって馴染みのあるものですが、このゲームではその設定をどのように差別化しているのでしょうか?

 

Benoit: 戦国時代末期は、日本史における大きな転換期です。『アサシン クリードシリーズは、その歴史描写と緻密な世界再現で知られていますが、『アサシン クリード シャドウズ』でもそのこだわりを発揮できます

本作は、織田信長のような実在した歴史上の人物や当時の出来事を忠実に描いているので、封建時代日本舞台ゲームを楽しみながら、この素晴らしい時代について学ぶことができます

プレイヤーの皆さんは日本が誇り、日本史上にも活躍の記録が存在する「侍」と「忍」を体験することができるのです。

 

 

アサシン クリード シャドウズ』は、2 つの異なる体験をどのように融合させたのか - Xbox Wire Japan

https://news.xbox.com/ja-jp/2024/05/16/assassins-creed-shadows-interview/

この話題にいっちょがみしてくるどうしようもないのまとめておいて

一般的意味の侍なら苗字がねーのおかしいし、捕られたのに解放されるわきゃねーでしょ

 

まともな人なら、信長の家臣だった、大変気に入っていたようである、連れて歩いていた に留める

 

あと、別に日本だって実在登場人物を元にしたフィクション無限に作ってるからちゃんフィクションと書けば燃えなかった

アサシン クリード シャドウズ』は、2 つの異なる体験をどのように融合させたのか|Xbox Wire Japan

 

  • 侍や忍といった設定はゲーマーにとって馴染みのあるものですが、このゲームではその設定をどのように差別化しているのでしょうか?

 

 

 

 

それから、この話題でどうこうやるの増田では初めてじゃないんだわ

ずっと前から歴史創造する謎人たちがなんやかんややってるの気にしてる増田投稿がある

しかYASUKEのアニメかなんかあたりで多かったと思うよ、アレ本気にしてる人多いぞって。近々ではSHOGUN

 

真田広之Shogun」、歴史的に正しくない描写アメリカ炎上|2024-03-11

https://anond.hatelabo.jp/20240311200843#

「ショーグン」の黒人はどこにいる?

 

いっちょがみしたいなら素直に 弥助 資料検索かけるといいんじゃない

下記とかフツーに引っ掛かるで

 

織田信長黒人家来、弥助についての資料を知りたい。 | レファレンス協同データベース

https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000114712&page=ref_view

 

 

追記日本語で検索しない人が英語を読むわけないので貼っておくね

歴史改竄でどうこうはアサクリより前からやっている。いちおう実名ってことになってるのにFacebook同様に地獄めいてる

まぁ自分経験シェアするとか道徳的な話以外は Quora (en)も割と酷い

 

Why do Afro-centrists claim that the first samurai warrior was a black African? - Quora

https://www.quora.com/Why-do-Afro-centrists-claim-that-the-first-samurai-warrior-was-a-black-African

 

この界隈で定番日本ことわざは、

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood "

(侍が勇敢であるためには、少しの黒人の血を持っていなければならない)

日本人ならそんなことわざないこと誰でも知ってると思うんですけど、当然アサクリ関係ないサイトで見ることになる

 

リンク貼れないけど下記とか

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood" is an old Japanese proverb. What do they mean with that? : r/AskHistorians

 

Where Are The Black People in 'Shogun'? | LEVEL

https://www.levelman.com/where-black-people-fx-shogun/

 

あとアサクリ関係なくYASUKEの名前トンデモ記述の中で見るけど、悪気無さそうなサイト個人サイト貼るのはやめとくね

 

 

アフロ侍かっこいいし、肌の色の濃いヒーローヒロイン活躍する作品もっと増えるべきだと思う

あと、おそらく、日本アフリカ系の血を引いた人が居たか居なかったかなら居た可能性もあるのではないかと思う

から、肌の色の濃いヒーロー主人公なのはぜんぜん有りだと思うけど、

とにかく下記みたいな発言をやめろと、日本団体文化財使用許可ガン無視と利用料金ガン無視の無断利用はやめろに尽きます

Assassin's Creed director: The right time to take series to Japan | BBC

https://www.bbc.com/news/articles/c163jexl7rxo

 

Shadow’s trailer also generated backlash from some gamers, who criticised the choice of Yasuke as a main character over a native Japanese protagonist.

Opponents have accused those critics of being racist, and have pointed out that Yasuke is based on a real-life person.

Charles, speaking to Newsbeat before the trailer dropped, says the developers “put a lot of emphasis on authenticity and making sure we depict Japan and the culture right”.

“So when we started the project, we had a historian with us from day one,” he says.

He says the team also consulted weapons experts and travelled to Japan to get a feel for the landscape and locations in the game.

 

シャドウトレーラーは、一部のゲーマーからの反発も生みました。彼らは、日本主人公ではなく弥助を主人公として選んだことを批判しました。

これに対して、批判者たちを人種差別主義者だと非難する声も上がっており、弥助が実在人物に基づいていることが指摘されています

チャールズは、トレーラー公開前にNewsbeatBBCニュース番組)との対話で、開発者たちが「日本とその文化を正しく描写することに重点を置き、真正性を重視した」と述べています

プロジェクトを始めた時から初日から歴史家と一緒に取り組んでいました」と彼は言います

また、チームは武器専門家にも相談し、日本旅行してゲームに登場する風景場所雰囲気を掴んだとのことです。

 

あと首云々もひでーわな

It was surprisingly gory, like the decapitations, you could get coated in blood. How vital is that to the assassin’s fantasy?
斬首シーンなどでは、予想外に残虐で、血まみれになることもありますね。これはアサシンファンタジーにとってどれほど重要なのでしょうか?)

 

I think it’s not an assassin thing, it’s a Japan thing in our case. So looking at death was a day-to-day occurrence in that period, and the way most people died in Japan during that time is clean decapitations.

So we didn’t want to shy away from it, although you can turn off the violence if you want. There’s options for it. You can turn off the blood, you can turn off the dismemberment and stuff. So it’s more trying to be faithful to the war aspect of Japan at that period. Death was a common thing and decapitation was not a strange sight in Japan.

 

私たち場合、これはアサシンに関することというよりも、日本に関することだと考えています。当時の日本では、死を目にすることは日常的なことでした。そしてその時代日本で多くの人々が死んでいった方法は、きれいな斬首でした。

ですので、私たちはそれを避けようとはしませんでした。ただし、望めば暴力表現オフにすることもできます。そのためのオプションがあります。血の表現オフにしたり、切断などの表現オフにしたりすることができます。これは、むしろその時代日本戦争の側面に忠実であろうとする試みなのです。死は日常的なことであり、斬首日本では珍しい光景ではありませんでした。

https://videogames.si.com/features/assassins-creed-shadows-interview

 

なぜかAAAタイトル無断使用しまくって突っ込まれる。その一例

Ubisoft Japan

@UBISOFT_JAPAN

アサシン クリード シャドウズ』に関するお知らせ

公開済であるコンセプトアート2点に、関ケ原古戦場おもてなし連合関ケ原鉄砲隊」の旗が無断で使用されているとのご指摘を受けております

団体様には謝罪の機会を頂戴し、受け入れていただきました。

 

当該アートコレクターズエディション内のアートブックに収録されることを除き、以降は新たな使用・配布等は行われません。

 

本件に関しまして、深くお詫び申し上げます

 ↓ でも実際には削除してません (なぜか、UBI許せないマンがUBIに抗議しろと町や観光協会アタックしてくるみたいなのでアカウント名は省略)

私の書き方が悪かったかもしれないので再度返信についてポストしま

 

・指摘のあった画像(吊るし首の方)は削除されました

・背景に小さく映り込んでいる画像印刷関係判別できないため収録されています

作成されたアートブックの画像添付

 

箇条書きですが上記3点が回答でした

 

 

いつもの逆張り増田のために書きました。その主張を根拠に使う外国人いるからです

anond:20240724125807

2024-06-08

高速バスなんて貧乏人の乗り物なんだから客の民度なんか期待するな

そもそも相席サービス提供するな

もう封建時代よろしく貧乏人は許可がないと居住地から出られないようにしたほうがいい

遊んでないで働け

2023-04-04

結局、会社としての格が低いほど意味不明ルールが多くて、社風も閉鎖的で風通しも悪くて、理不尽なことだらけで・・・というのは、結局そこで働く社員の(人間としての)レベル自体が低いから、という理由に他ならないことがよく分かってきた

たとえばド底辺会社では監視されてなければ仕事サボるのが普通だし、だから管理する側はテレワークなんて絶対認めないというのが真っ当な考え方であって、ただ真っ当な会社では社員が信頼できるゆえにそういう発想にならないということなんだよな

未だに年功序列から昇給スピードなんてみんな一緒なのに上司の顔色ばかり気にしているイエスマンが三流会社にやたらと多いのも根源的には同じことで、要するに殿様のいた封建時代マインドセットがそのまま生きているというだけの話なのだった

ここら辺、メディアへの取り上げられ方とガチ実態に大きな乖離がある会社は多そう。いわゆるワンマン経営者で知られるところなんかは顕著でしょうな、会社自体が有名だから社員レベル給料も高い、ということでは決してないし

2022-11-24

簡単だよ、こうだよ」って言うより、「わからない」って書いた方が受ける

それがネット

「右」と「左」の「保守」「革新」ってのは封建時代基準とした話で、「階級」や「属性」で格差をつけるのが「右」、平等をうたうのが「左」なんてシンプルな答を言ったところで、絶対に「わからない」という奴は「わかった」とも言わなければ、「今度はこういうところがわからない」と疑問を深めることもない。

「わからない、わからない」と死ぬまで言い続けて、考えないですますことが真の目的からね。

「悩んでる」は「考えてる」とは違う、とはよく言ったもので。

2022-05-26

江戸時代裁判があったのってすごくない?

「こいつ怪しいか犯人に違いない、殺してしまえ」で良かったはずなのに、わざわざ裁判するなんて封建時代とも思えない

2022-03-20

どうして弱者男性定義程度でそう揉めるんだろうね。

そもそも歴史的な話として封建時代の「男系長子相続社会」みたいなモデルを「男子優遇社会」だと社会学者なんかが判断したのが始まりっしょ。それはそれで間違ってない、なぜならこの社会において女性財産相続権がないわけだから

んで、この社会は「男子優遇社会なのはそれはそれでいいんだけど、じゃあすべての男子がそうなのかといえば違う。具体的には長子以外の男子相続権がないし、長子のスペアとして自由やら権利やらが制限されてきた。つまり男子優遇社会」の中で相対的弱者だった。これが前近代封建社会における弱者男性だよ。

上記の話は歴史上の話であって直接的には現代社会には関係ない。のだけど、現代自由主義社会を作るに当たって、その恋愛観や男女観を形作るときに、騎士道物語的なロマンチック・ラブイデオロギーを利用したってのはある。女性人権なんざ薄っぺら封建主義から人道人権重要近代主義に移行する仮定で、女性尊重するに当たっての「物語」として男性女性を守るべしみたいな価値観が挿入された。

でもそれって「物語」であって「価値観」だから色んなものがごっちゃになって濁って導入するしかなかった。物語って多面的ものから仕方ない。

「男は女を守るべきだ、それが男の甲斐なのだ」みたいな価値観日本で言えば文明開化から戦後昭和に至るまで、そういうのが繰り返されてきた。ジャンプ漫画だってその影響は強くある。それは細かく精査すれば、男性側の労力的精神力的あるいは財産的な「持ち出し」にあたる行動規範だ。

しかし、前述したように封建的だった時代から男性女性よりも優遇されてきた。最終的には優遇をなくして同権社会を作ればいいんだけど、一足飛びにそこにはいけない。社会が混乱するし下手したら壊れる。なので、男性優遇社会優遇分を「再配分」するために、男性側が持ち出して女性を遇するという文化要請された。

時代が進み現代になっても、この文化はあちこち根付いている。卑近な話で言えばデート料金をどっちが持つかって話にもなるだろうし、専業主夫にたいする風当たりの問題もあるだろうし。

現代社会においては「男系長子相続」が強要されているわけではない(※日本でも一部田舎家系ではそういう文化が残っていたりして話を面倒くさくしてるんだが)。だからそういう意味でもう僕らの社会個人主義自由主義の社会だ。

にもかかわらず、再配分文化の名残で、男性その男性の能力財産とは無関係に、何らかの持ち出しを続けなければならないとすれば、それは再配分を超えた搾取であるのだから弱者搾取ではないか? これが現代弱者男性でしょ。

別に難しい話じゃないし、明快な話なのに、なんでこんなに混乱してるんだ。

2021-10-23

anond:20211021233326

まあ、現在日本封建時代みたいだよねーとは自分も思ってる。

一部の特権階級複数の異性を囲い、平民は一夫一妻制、その下は結婚なんて夢のまた夢で男は春画女郎お金を使い、女は女郎に身を落とす...

日本の歴史でそうじゃなかったのは高度経済成長期の一時期だけだったみたいな説はあるんだけどさ。

地方に行けば幸せかはわからん

人手不足から共働きデフォだと思うけれど、その濃厚な人間関係になじめないなら向いていないんだろうなと思うし。

2021-10-16

財政破綻論者はいい加減自国通貨発行できる国がどうやったら

財政破綻するのか納得できる説明をしてくれ、というブコメを見かけたので説明してみる。

財政破綻定義

ここでは財政破綻を「財政問題が原因で経済状況が大きく悪化して国民が困窮すること」とする。

なぜ破綻するか

通貨国債裏付けもなく発行し続けた場合、どこかのタイミング通貨国債への信頼が崩壊しその価値が著しく下がるから破綻する。

よくある反論への反論

通貨発行権のある国はデフォルトを起こさな

全くもって正しい。ただしデフォルトは「破綻」のなかの1パターンしかなく、デフォルト以外の破綻が訪れる。(具体的にはハイパーインフレや大増税

通貨発行権を持つ国が自国通貨建ての国債を発行している場合デフォルト以外の破綻シナリオを選ぶ権利を持っているだけである

国債は国の借金であり国民借金ではない

民主主義において、国は国民のものである封建時代のように殿様と民衆に分かれているわけではない。

国が国民のものであるならば、国の借金国民借金である

国債国民にとって資産であるから問題ない

返ってくるあてのない不良債権を、そうと知らずに持っていることが問題

(もちろん国は額面通り金額を返すことはできる。しかしそれがもとの価値を維持しているか重要

ある日国民が、自分資産のつもりで持っていたもの不良債権であることに気づいた瞬間に経済崩壊する。

20年以上デフレなのにインフレ心配なんかする必要がない

インフレには実物的要因によるインフルと、貨幣的要因によるインフレがある。(詳しくはWikipediaインフレーションを調べてくれ)

20年以上起こせずに苦労しているのは実物的要因(需要が牽引する良いインフレ)で、心配しなければいけないのは通貨への信頼が崩壊する悪いインフレ

後者インフレ歴史的に数十年~百年に1回程度の頻度で起きている。たかだか20~30年起きなかったら心配無用と言える種類のものではない。

インフレが起きたらやめればいい

バブル崩壊でもわかるように、信頼の崩壊は急激に発生するため検知してから対応しても遅い。

需要が牽引するインフレはジワジワ起こるため、検知してからブレーキを踏むことができるが貨幣的要因におけるインフレはそうではない。

日本資産を沢山もっているか問題ない

この意見は2種類の意味がある。

1つ目は「国の資産がたくさんあるから正味借金はそこまで多くない」というパターン

かに日本他国国債通貨不動産など多くの資産を持っているが、お金に困ったので売りますね、というほど単純ではない。

他国国債通貨日本が大量に売るとその国の金利上昇や通貨安をもたらし、外交問題となるため簡単にはできない。やったとしても、相応の痛みを伴うことになる。

不動産を売るにしても、その不動産を利用して国家運営していので、売ったらそれを結局借りなければならないので支出が増加する。

2つ目は「国民資産がたくさんあるから、国の借金を穴埋めできる」というパターン

これは正しい。正しいが、問題なのは国民一人一人がそんなつもり(自分資産で国の借金を穴埋めするつもり)なんてサラサラないことである

「オレのものはオレのもの」と考えてそれを人生設計に組み込んでいる中で、突如国の借金の穴埋めを求められたら経済(もしくは暴動そもそも国が)崩壊する。

2021-09-26

父権主義

なんかずっとモヤモヤ感じてたのがやっと言語化された気がするんでメモ

フェミ議連を含めた現代のツイフェミさんの言説ってさ、なんかめっちゃ父権主義っぽいよね。

年頃の娘がそんなはしたない服着るなとかさ、そんなヤクザ商売生業として認めんぞとかさ、良識ある私達の社会が異分子によって歪むとかさ。

発想や行動が封建時代田舎家長的だよな。権力を持ってない側の発想じゃなくて、持ってる側の発想だよね。

フェミ父権主義っぽいって言葉にするとバグってるんで言語化出来なかったけど、感じてることってこれだわ。

弱者に寄り添う精神性を捨てた反差別運動ってこうなるんだな。

2021-07-24

anond:20210724144826

ほほう、「ごく一部の例外」なら身分差はないことになるのか。

なら封建時代士族も旧憲法下の華族もごく一部だから日本には封建時代から身分差はなかった」ことになるな。

2020-12-06

anond:20201206042612

あるいみただしい

明治以前は、結婚する日まで相手の顔がわからなかったなんてザラ

そして「うわーbsやなー」と当初思ってたのが、性格を知るにつれ

「ええ嫁さんやん」に変わる、これが封建時代結婚の美しさだったわけだ

日本昔話にそういう話があったはず

って、こういうまともなレスをすると確実に誰もレスをしなくて黙り込むのがはてなとか2chの民度よな

2020-11-19

anond:20201119095556

姓が抑圧とするのは令和の時代にはそぐわないのでは?

封建時代でもあるまいし、今となってはチーム名のようなものであろう。

2020-10-04

anond:20201004205448

まぁだからそれ自体封建時代日本もそうだね。

そういう社会を目指すっていうなら否定肯定もしないけど。

2020-08-06

戦争」が悪いんじゃなくて「人が傷つく」とか「資源無駄遣いされる」とか「自由が無くなる」とかがダメなんだよね

そういった要素を全て内包しているか戦争が駄目なわけで。

そして、戦争教育本質って「戦争反対!」というプロパガンダ刷り込みではなく、そういった「人の尊厳や豊かさが踏みにじられる」ことを回避する必要性理解にある。

でも今日本で行われている教育にとっては、そういった「奴隷自分たち奴隷であることに目覚めてしま行為」を嫌っているから、ただひたすらプロパガンダを繰り返させたがる。

そのプロパガンダの繰り返しに対して、もうちょっと踏み込んで他の物事にも応用できんじゃないかって意見が出てくると、教育邪魔だと袋叩きにあう。

その光景は、戦中における非国民扱いと全くそっくりで、ついさっきその非国民扱いは酷いよねと教えていた教師が今まさにその相手非国民として罵りだす。

マジでそういうの見てると、ああ日本教育って支配者の都合のためにあるんだなあと改めて思うわけよ。

本当に酷いもんだ。

こんな国が先進国であるけがねえよ。

精神性が封建時代から変わってねえんだもん。

カスだって

かわいそう。Rubyコミッタ(超大物デベロッパ)にカス認定されたらもう生きていけないよ。はてなアカウントも消されちゃうね。

単に嫌味を言いたいだけの間抜けなんだろうけど、お小遣いと書いても良いと考えている時点で、封建時代奴隷制時代を生きているかすだな。https://t.co/2icxJTx69k— arton (@arton) August 6, 2020

anond:20200806092002

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