「カルフ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: カルフとは

2020-11-22

anond:20201122004227

お前の言うことはその通りだと思うんだけど、やっぱり「じゃあ女性男性と完全に平等だって言うのかよ。まだ不利はあるじゃねえか」と言われだすと多かれ少なかれやり込められるところがあると思う。

ので、お前の言うようなこと言う時は、ラディカルフミニズム、ないし、その流れを汲むネトフェミって単語使った方が隙が減ると思う。

2020-11-12

anond:20201112211322

はてブ代表する活発なラディカルフミニストには何人もエンジニアプログラマがいる

文系ラディフェミばかりじゃない

リスクの捉え方も人それぞれなのじゃ

2020-11-04

anond:20201104125629

そこで言う「本来フェミニスト」はリベラルフェミニストのことで、いま猛威を奮ってるのはラディカルフミニストなんだよ。

2020-10-30

フェミニズムはややこしい

リベラルフェミニズム、ラディカルフミニズム、マルクス主義フェミニズムエコロジカルフェミニズムポストフェミニズムアンチフェミニズムミサンドリーミソジニー

などフェミニズム歴史に応じて色んな思想体系がある

現代日本フェミニズムに対しても、ここの騒動で個々人の思想体系は異っているケースが多い

なのでジャパンフェミニズムを把握する場合には因数分解をしていく必要がある

 

因数分解ポイント

男女平等を求めているか

思想的に該当する例:男女雇用均等、男女の賃金格差なし、夫婦別姓

無償労働批判しているか

思想的に該当する例:育児女性側が主に負担すること、専業主婦家事を行うが賃金が発生しない労働扱いされること

性的表現批判しているか

思想的に該当する例:ポルノ批判する、乳袋不適切と言ったりする、萌え絵批判する

さら過激になるとAV女優グラビアアイドル攻撃対象として批判したりする(男性性的搾取価値観に加担しているなど)

結婚や家庭などの既存制度批判しているか

思想的に該当する例:結婚しない自由子どもを持たない自由などを提唱結婚子どもを持つと女の幸せ侵害されるという思想

無理解な家父長的価値観批判しているか

思想的に該当する例:女はこうあるべきという無自覚価値観発言に強い怒りを感じる

・男そのものに強い怒りなどネガティブ感情を抱いているか

思想的に該当する例:男はいらない、男児必要ない減らしていくべきなどの過激的な発言が目立つ

・同性である女を批判攻撃していないか

思想的に該当する例:家父長的価値観増長させている事なかれ主義日和見主義、振る舞いに疑問を感じていない女性フェミニズムの足を引っ張る存在だと批判する動き

男女平等や不当な扱いを受けている女側の活動の足を間接的に引っ張る女性存在不快感を感じている

・強いネガティブ感情を持って批判はするが言語化が苦手か

→該当する例:性表現批判する側によく見られる現象OK表現NG表現定義基準を明確に示すことができない(感情先行派)

言語化できないためうまく話し合えず、攻撃側は拒絶された理解されない拒絶感を感じやすい、攻撃されている側も論点や具体的な点を明らかにできず議論平行線になりやす疲弊する

 

ジャパンフェミニズムでよく出やすい傾向

無償労働批判
性的表現批判
感情先行型が多く言語化が苦手(集団だと特にそうなりやすい)

 

因数分解すると全員がまったく同じ思想と限らないことが多い

性的表現批判をして男そのものを憎んでいるAさんもいるし、性的表現批判をしてるが足を引っ張る無自覚日和見主義の女の存在に苛立っているBさんもいたりする

個人レベルで見ると思想差異があり、一緒のように見えるが部分的なところでだけ共通してる集団しかなかったりする(主張が複雑化しやす根本的な原因)

 

ジャパンフェミニズム関連の騒動が起きた時

それぞれが違う思想を持った個人集団だと理解して話を聞く必要がある

また同時に集団としての統一性がとれているとは限らずそれぞれの思想がある個人の寄せ集めであるため、大筋としての共通部分の内容把握にとどめるなどの工夫が必要

そのまま真正から全て受け止めると、それぞれの思想のある個人の主張の波に潰されるので一歩引いて意見をまとめること

具体的なライン定義基準、細部については言及しないほうがいい(個人思想が違うためフェミニスト内でも衝突しやすい)

→なるべく一旦フェミニスト内で話し合わせるようにするなど統一性を持たせる必要がある

anond:20201030143709

人はそれぞれに事情が違うんやからそれぞれに違う待遇をあてがえばええやろ。

ラディカルフミニズムはもはや「男女平等」なんて求めてへんのやで。

anond:20201030140808

リベラルフェミニズムにおける「女性劣位」というのは「女性権利が認められていない」状態のことで、つまり女性参政権を求めるところから始まって、女性男性と同等の権利を手に入れることを目指している。

ラディカルフミニズムは「女性参政権を手に入れて、男女雇用機会均等法とかも作られて、社会的には男女が平等になったはずなのに、いまだに女性差別されているじゃないか女性権利を向上させるだけではダメで、男性支配する社会構造のもの破壊しなきゃいけないんだ」というやつ。

anond:20201030135330

ラディカルフミニズムは一旦忘れろ

あれはもっと古くて複雑な概念なので

現代日本フェミニズムでラディカルフミニズムをうまく分類して整理するのは難しい

ラディカルフミニズムがポルノとか性表現攻撃してるのは事実だが、逆に言えばAV女優攻撃したりする(男に媚びてるとか言ったりしてな)

アンチフェミニズムあくまフェミニズムの一派であって、活動範囲内に性的表現をやめろと言うものが入っている(アンチという言葉に惑わされるな)

anond:20201030133609

ラディカルフェミが日本フェミで、反フェミニズムが日本のオタっていうふうにしか読めないんだけど逆っていいたいの?どういうこと?

2020-10-26

ラジカルフミニストの協会の20人ぐらいで監修したアニメ映画も観てみたいね

だんだん現実世界ファンタジー世界が入り混じりながら教育効果も得られる映画を見たい。

2020-09-16

外部から強制自主的行動

自分で納得した選択であり、可哀想だとかもっとマトモな仕事を選ぶべきだなんて言われん筋合いは無いと言うリベラルセックスワーカーも居れば

自分選択したなどと言う思いは全くの誤りで男性社会洗脳されそう思わされている、稼ぐためにやる現状を正しいんだと肯定する為に思い込んでるに過ぎないと言うラディカルフミニストも居れば

2020-09-15

表現の自由戦士だがRIP JKローリングはやり過ぎだと思う。フェミニスト人達、手を組まないか

J.K.ローリング探偵小説シリーズの新作『Troubled Blood』で、事件犯人キャラクターとして「女性殺害するために女装をして犯罪を繰り返すシスジェンダー異性愛者)の男性連続殺人犯」を登場させたことが話題になり、

「#RIPJKRowling(J.K.ローリングよ安らかに眠れ」)」というハッシュタグツイッタートレンド入りしたらしい。

 

J.K.ローリングは以前からTERF(トランス排除的ラディカルフミニスト)として批判されていて、今回の件があったわけだが、

これ受けて女性フェミニスト人達はどう思っているのだろうか?

私はその小説を読んでいないのでニュース情報しか手がかりは無いが、「これでアウトなの?」と思った人も居るのでは?

件のニュースブコメでも見たが、性別を誤認させるトリックはよくある。ネタバレになるので言えないが、かの叙述トリック金字塔や、確か金田一少年の事件簿にもそんなエピソードがあったはずだ(便座の蓋を上げてた事で男だと見破られた、とかだった筈)

そういうものを書く自由もないのか、普段TERFとして批判されているから?しかも「RIP」だなんて、菊の花を置いて暗に「死ね」と言ういじめのようじゃないか

そう思う人も居るのではないだろうか?

 

私は表現の自由戦士として、当然J.K.ローリング氏の表現の自由を支持する。

そしてツイッター上での運動彼女表現の自由侵害する不当な運動だと思う。

ならば、これを機に表現の自由戦士と(一部の)女性フェミニストは手に手を取り合えるのではないか

一部、表現の自由よりもTERF叩き女性叩きを優先させてしまっている表現の自由戦士たちが居るのは残念な事だが、

もし女性フェミニスト達と和解できるなら考えを改める者も出てくるかもしれない。なにしろ、私達は実の所、あなた達が怖いのだ。

どう怖いか、それはあなた達が今感じている恐怖と非常に似ている。「こんな事もアウトなのか」「これも差別だと言われるのか」「差別だと思われたらこんな仕打ち正当化されるのか」「あれも批判されるかもしれない」「これからもっと厳しい基準批判されるかもしれない」

その恐怖の中で、表現は委縮せざるを得ない。J.K.ローリング氏もこれから執筆活動に支障を来すかも知れない。

そういう事は不当だ。表現の自由は守られなければならない。「ツイッター上の運動一般人の行いだから表現の自由侵害には当たらない」なんて、彼女が実際に陥っている危機無視している。

そう、思う人も居るのではないか、なら、

一緒に表現の自由擁護しよう。

2020-09-08

中王区が倒されるのが辛い

他に吐き出すところがないのでここに書く。

私は多分、肩書き的にはエリートに分類される女だと思う。都内中高一貫女子校からストレートいい大学を出て、いい企業で働く若い女だ(こういうこと書くと、この掲示板では「うんち」って言われるのもなんとなく知ってる)。

そして私は多分、ミサンドリストだと思う。女子校から半ば男子校みたいな大学に入って、すっかり男性が嫌いになってしまった。容姿メイク服装に口を出されるのが本当に嫌(お前らは襟ダルダルンのクソダサ英字Tシャツ着てるのに、どうして同じ学歴でも女はコンサバ系のお洒落じゃなきゃいけないと思ってるの?)。勝手に「ヤレる/ヤレない」でランク付けられたのが嫌(こっちから願い下げ)。生理痛が重い人間なのだが、それを理由サークルを休んだらセクハラと嫌味を言われたのも嫌(男子も男女別学出身者が多いからだと思うけど、とにかく女の体について無神経)。

サークルでも、渉外先のおじさんに散々体触られて家に帰ってからわんわん泣いた。やめて欲しいというメールを送ったら次から電話無視されるようになった。

就活地獄。うちの大学から行くのが現実的企業は、管理職のほぼ100%男性だ。ある大手広告代理店インターンは、講師役のお偉いさんはみーんなおじさんだった。

女性にはキャリアの断絶があり、それは出産だけではない。同じような経歴の男性の多くは育児を手伝ってくれない。というかそれこそ学歴職歴が下でも手伝ってくれない。そのせいで女性男性より出世できない。結婚orキャリア世界だ。女子校時代に教えて貰えなかったこ情報が一気に入ってきて、私は一時期躁鬱の薬を飲んでいた。

そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのが、ヒプノシスマイクの中王区だった。

ヒプノシスマイクガバガバ女尊男卑世界線を描いた女性オタク向け音楽ジャンルだ。言の葉党というラディカルフミニスト政党を中心に、女性が実権支配している中王区には壁が築かれ、男たちは重税をかけられながら壁の外で暮らす。中王区に住む女たちの娯楽として、メインキャラクターである選ばれし男たちがラップバトルをする、というストーリーだ。

現状の男尊女卑ミラーリングになっているかというと、全くそんなことはない。女オタクなんやかんやで地位の高い男性キャラが大好きなので、メインキャラクターたちもかなりいい職に就いてる人間が多い。医師弁護士キャリア警官教師売れっ子漫才師……ドラマパートでも、彼らが女性に虐げられるシーンはない。モブ女性は柔らかい声で彼らを「先生」と呼ぶ。

恐らく、女尊男卑制度が出来て日が浅い世界なのだと思う。既に公式から出されている情報と合わせてみても、ベース現代と一緒。現世に嫌気が指した言の葉党員たちが革命を起こし、戦争を経て、勝ち取った社会の潮流を無理矢理変えるべく「男性にだけ重税をかける」という方法に出たのだと思う。

いや、それが悪いことはわかる。私はミサンドリストだけど、実際に男性に重税に苦しんで欲しいわけじゃないし、どうせなら両方が楽になる道を模索したい。だからやっぱり言の葉党がやろうとしていることはラディカル過ぎる。彼女たちが完成させようとしているのはポリティカル・コレクトネスではなく男性への復讐だ。

でも、せめて、フィクションの中くらいは、不満を持った女性たちに好きにさせてはくれまいか

物語の進行構造上、これから男性キャラクターたちが言の葉党を打倒することになるだろう。「平等を掲げた男たちが女たちを打倒する」ストーリーだ。でもそれで勝ち得た社会は、本当に平等社会なのか?絶対に元の木阿弥男尊女卑に逆戻りだと思う。

嫌だ、言の葉党が負けるのが怖い。このまま「女性しかいない国」を保って欲しい。フィクションの中だけでいいから私に逃げ場を残しておいて欲しい。

https://youtu.be/FcoQUKe9Q90

これが中王区のMVだ。最高。男に媚びない強い女最高。

彼女たちはここまでのし上がるのに、どんな努力をしてきたんだろう。一応血反吐を吐くような試験勉強就活を経てきたキャリア女性である私は、勝手共感して苦しくなる。

「男のためではなく、自分のために」露出度の高い格好をしているキャラクターに心の底から共感する。MVが出てから余計に中王区が好きになった。

助けてくれ。怖い。中王区が倒されるのが怖い。せめて彼女たちが国外逃亡して、その先で男尊女卑に怯えず幸せ暮らしてくれないかなと願う。

2020-08-24

アンチフェミやめました

最初女性庇護する強い男になるべく成長し、それはフェミニズムではないと知り、女性尊重するべきと考えなおし、自分のできる範囲ちゃんフェミニズム勉強し、ラジカルフミニズムは女性のためにはならないと考えリベラルフェミニズムで行った方が良いなという思想を持ち、いろいろ長い間勉強したり調べたりして、最近のツイフェミなどに接した結果、

正しくアンチフェミ、というよりアンチラジカルフミニズムとかアンチ宗教保守主義かになろうとしていたんですけど

うそういう正しいアンチフェミとか、正しいルールの中で競い合い高めあう言論とか、そういうのやめました。

これから女性憎悪主義者になります。守るのは法律だけにします。理屈とか高めあうとか正しさとかやめます。私にあるのは女性憎悪ということにします。

あーすっきりした。あっちが何もルール守ってないというか法律も気にしてない、脅迫とか誣告とか名誉棄損とか侮辱とか知ってんのかって動きをするので、なんで私が正しい手法対応しなくちゃいけないんだって思うよ。

ルール守ってる人はえらいなあ。私はおります

死ね」って言われたら「そういうことをおいいでないよ」って諭すひとはえらい。すごい。えらいけどしんどい。もう私はできない。ごめんねもう君たちの仲間じゃない。君たちはこれからも頑張って。

死ね」って言われたら「皆さん!こいつは死ねって言いました!」ってひとのうわさの75日過ぎても言い続けるし、また別の人のふりをして「お前が死ねや」っていいつづけます


私の女性憎悪って明らかに理不尽言動を叩きつけてくる母」から来てることに気づいてしまったんでね。まるで母みたいなことをする奴はみんな敵でみんな憎悪対象よ。一見理不尽に思えるかもしれないけど、お前らの言動が悪いのよ。

2020-08-09

anond:20200722170240

30~40年ぐらい前は男尊女卑ヤバかったからラディカルフミニズムみたいな劇薬必要だったかもしれんけど、今みたいな"そこそこ健康になった"状態で同様に大暴れされても毒にしかならんのよね。

あと旗振り役のフェミニズム大学教授みたいな人たちの意見統一されてないし、同じ人でもダブスタ発言したりするから、”一人一派”みたいなこと言って気に障った何かを批判するバーサーカーになるしかないんだよ。

2020-08-02

緊急避妊薬に対するフェミニストの「転向」を誰か解説してくれ

ツイッターフェミニスト達の活動を見てた人は分かると思うけど、大部分のフェミニストは緊急避妊薬の市販化に否定的どころか批判的だったんだよ

市販化なんかしたら男がコンドームを付けずに女性に緊急避妊薬を飲ませようとする!」って感じでね(まさに「性教育の不足」による「悪用」を危惧していた訳だ)

一部緊急避妊薬の市販化を進めようとするリベラルフェミニストはいたけど、大部分を占めるラディカルフミニストから名誉男性とかミソジニストに媚びてるとかアンチフェミとか散々な言われ様だった

ハッキリ言って、常軌を逸した攻撃性で攻撃してたんだよ

それが、今は何?市販化を進めるべき、どころか、今まで進んで無かったのは男性側のせいってことになって、緊急避妊薬の市販化が認められない現在日本女性にとって地獄だ、ってどの口が言ってんの?

その地獄を作り出してたのはあなた達でしょ?

 

マジで意味が分からいから誰か解説してくれ

まぁ、もう殆ど分かったけどね、そうだね、フェミニストは、女性は、絶対に間違わないし絶対に正しいわ

そりゃこんな事してたらそうなるわ、フェミニスト女性の間違いを指摘する方法なんかこの世には一つも存在しない、自分達の間違いも全部「男のせい」に出来て、自分達はその間違いを指摘する側だった、って事に出来るんだから

良かったですね

おめでとうございます

2020-07-21

脱コルへの違和感

ここ最近日本の脱コル(韓国の脱コル運動についてはよくわからないため、ここでは日本限定した)への違和感最近高まってきているので、ここで整理する。

声を大にして言いたいが、このエントリを書くのは誰のためでも何の妨害でもなく、私のため、私の思索のためである

1. 「男性化」ではないという主張

脱コルを推進する人達一人称は「俺」。短髪にメンズものファッションしか彼女達はこれは男性化ではなく、機能的な格好・他者に媚びない表現方法を選んだだけであると主張する。しかし、ラディカルフミニズムの文脈における「女性性の徹底的な無力化と破壊」は自明に「男性性の入手と強化する」と同義ではないのか?なぜなら女性ではない男性男性ではない女性、と二項対立で論じてきたのがラディフェミからだ。違うとすれば、女性性を破壊した後には何が残るのか?性のないニュートラル自分

2. 脱コル漫画主人公達、たいてい可愛い

脱コル漫画最近いくつか目にする。韓国で脱コルに取り組んでいる人達が書いた漫画日本語訳である。 

えてして、主人公がそこそこモテかわいい設定なのである

これには少々ずっこけた。

モテて、周りの男性から綺麗、可愛いと称される子なんてごく少数。女子の大半はフツーである(当たり前すぎる話だ)。女性の美しさは男性から消費されるだけだ、要らない、美しくなくていい、美しさを追い求めることは男の奴隷となることなのだ、というラディカルな主張のわりにヒロインモテ可愛い子、というおきまりの設定にハテナが浮かぶ。「走っていく女性」が1番反響を呼んだ漫画だと思うが、そこでは1人の可愛いモテそうな女の子メシアの如く女性達を導き闘う。女性を導くリーダー存在として、女性のうち少数しかいない可愛い子を設定していることは、脱コル漫画として自己矛盾を起こしている。漫画の内容としては「美しくなくていい女性」を追い求めているのに、作者も読者も、ヒロインをつとめるのは可愛いくて美しい女性普通である、というお決まり価値観から抜け出せていない。可愛くなく美しくない女性が大半なのに。可愛い子じゃないと、美しくないと画がもたないから?説得力がないから?だとしたら「全ての女性は美しくなくていい」はどこまで説得力があるのか。「不細工」と自称する女性の脱コル漫画もあることは知っているが、あくまでも体験記。ドラマティックな展開の脱コル漫画を2本ほど読んだがどちらも可愛いモテ女子だった。うーん…

脱コルについてもう少し考えていきたい。

2020-06-30

増田の苦悩への一意見

anond:20200629225227

増田テーマが深く、ブコメ100文字では返答しきれないと思ったのでこちらに書く

基本的自分意見を垂れ流すのだが、増田の苦悩を解消する一助になれば幸いだ。

 

自分カテゴリ適用する違和感

まず一見して気になった部分がここ

「人をカテゴリで捉えるな」というコメントも多かった。それから、「リベラル派じゃなくてリベラリズムに従えよ」という文章を書いてくれた増田もあった。

正しいとは思う。ただ、実際に遣るとなると、難しい、というか、無理な気がしている。

社会問題を考える上でよく知らない人間について考える必要があるのはわかる。

ただ、それは情報の質と量にどうしても限界があるからそうなってるんであって、

人をカテゴリで捉えることは偏見差別に繋がるためあるべき姿ではない

 

例えば入れ墨入れてる人間銭湯に入れないのは入れ墨ヤクザマークなので安心して入浴できないからだがこれは差別

しか普段生活でそこまで吟味する時間もないので、あるべき姿ではないものの一律風呂出入り禁止にしてる

これが「入れ墨の人」ではなく「俺の良く知ってる山田」が「俺と山田以外いない野湯」に入るなら問題ないはずだ

こういう高い解像度情報が手に入る状況で人をカテゴリで捉えるのはよくない

 

そういう前提の中で増田社会問題を前に自分内省しているわけだが、増田自身については増田が一番解像度が高いのに

なぜか増田は「男」「リベラル」「ミソジニー」など見知らぬ他人を探るための仮面を被って喋るのだ。そこが一番の違和感

ゾーニングしかし「公」とはどこまで?ネットも?民間組織である赤十字も?コンビニも?どこまでがアウトなのか基準は?私刑では?BLは免罪されるのか、男性を消費する場合は、3次元は?ジャニーズは?objectificationをモノ化と訳すのは誤解を生まないか?元の論文ではobjectificationが全て悪いという話では無かったはずだが、では悪さの基準は?本当に巨乳女性を叩いていないのか、実際に居ると本人がスクショを上げていたが、ルッキズムアニメだけじゃなくジャニーズやBLやドラマ俳優やほぼ全てのテレビ番組女性の好きなかなり色んなモノが該当するのでは?

こうした論点が思いつくにもかかわらずそこから考えないのは増田が「男」というカテゴリに入ってしまっているからだろうか

もし増田が女であればこれらの問題議論に参加できるというのなら、内省の間だけでもそのカテゴリは外した方がいい。そこは誰もいない野湯なんだし

 

増田の悩みを俯瞰できる補助線

「もし増田が女であれば」の仮定を考える上で補助線となる別の増田が、最近ホッテントリに上ってきた

https://anond.hatelabo.jp/20151204005556

 

こっちの増田(以降女増田)ははてブ出会うまでなぜか女叩きのまとめサイト自傷行為のように読みあさっていた

自分からするとなぜわざわざ自ら選んでそんなところを見に行く?と疑問に思うだろうけど、俺から見ると増田も同じに見える

なぜこんな行為をするのかは実感としてはわからないが、

理屈としてわかるのは内面吐露して反省するといいフィードバックを得るなどの経験を積んだのだろうと思う。

増田ブコメにも増田の苦悩した状態好意的に見る者も散見された

 

ところでこれを女増田に置きかえて見てほしいのだが、

女叩きに苦しみ、自分は叩かれるような対象なのだろうかと苦悩する姿を誠実な態度だと賞賛する人間をどう思うか

人だから悩む時期もあるだろうが、それが正しい状態だと言う意見残酷だと俺は思う

増田は早いとこ苦悩する状態を脱してほしい。

 

脱するヒントも女増田の方に書いてある。はてブバランスを取ったそうだ。

はてブもいい加減治安悪い場所だが、マサカリが飛び交う分偏った意見に固まらないっていういい特性は持ってると思う。

ネトウヨミソジニーに偏らず、増田が言うところのリベラルフェミニズムの間違った部分に異を唱えるようなアカウントもいっぱいある

俺は知らないけど他のサービスにもそういうクラスタはあるんだろう。探してみてくれ

ネトウヨミソジニーにならずリベラルフェミニズムの間違いを指摘する道

リベラルならラディカルフミニズムじゃなくリベラルフェミニズムの方に向くべきでは?」というコメントに対する返答も先程とほぼ同様、

このコメントを書いたのは俺だからこのブコメで言いたかたことを補足させてほしい

増田は「現実」というキーワードを用いて「表現の自由 vs 弱者保護」のような対立構造肯定してるけど

でも、現実にそうなのだ。そりゃ、リベラル自身リベラル問題点に言及できるようになればいい、それが理想だ、でも現実は違う、そんな事は出来ない、そんな事をすれば利敵行為すなわち「ネトウヨ」と言う事に成るからだ。

実際にはそれらは対立構造になく、ちゃん自由主義標榜しながら女性弱者保護を訴える思想もあるということを示したかった。

 

こうした男性の悩みにも射程範囲を広げるフェミニズムは、よく「男性男性役割を降りて自由になるべき」という意見を出す

役割から降りた後の責任を取らない意見だと否定されがちだけど、俺はこの意見は好きだ。自由主義精神をよく現わしていると思う

性役割は結局男性女性幸せにしないという思想から発生してるのだけど、この思想増田も共有できるはずだ

 

ところで増田を見ると、「男」の役割に完全に嵌りこんでいるように見える。

それは結局のところ増田が初心に思っていた男女の平等精神に反しているのではないだろうか

一番最初の段でも言ったとおり特別事情もない限り役割のような、カテゴリのようなものはない方があるべき姿なのだ

そこの所に目線を移すと、増田の苦悩も少し減るのではないだろうか

anond:20200629225227

ラディカルフミニズムって、「過激フェミニスト」ではなく「抜本的なフェミニスト」という意味で、1960〜70年代発言力を持った本質主義フェミニストことなんだがな。なので「日本ではラディカルフミニズムが支配的」は全く間違っている。今は日本でも社会構築主義立場に立ったフェミニズムが主流なので。(そうじゃないやつもまあまあいるが、中心的な思想じゃない)

メンズリブとか、フェミニズムの流れから出た男性研究のほうに目配りしてみればいいのでは? 男性の辛さについて話題にしている男性研究者はけっこういる。

anond:20200629225227

リベラリズムに従えよ」増田だけど、俺の本意は「自分主義主張と合わない界隈からは離れれば? 派閥じゃなくて自分主義主張に忠実になろう?」って話だったんだよね。語り口で誤解させちゃったら申し訳ないけど。

で、もしリベラル増田本心からリベラル”やフェミニズムを支持しているならそのまま派閥所属してればいいと思うんだけど、この返答を読む限りだとやっぱり派閥に属するのやめた方がよくない? とは思うよ。

また、現実の話もある。例えばある女性フェミニストの方の主張に疑問を感じたり、リベラリズムに反すると思った場合、それを男性の私が指摘したり疑問を言葉にするのは、正直言って、難しい。

この雰囲気をどう伝えれば良いのか分からない、兎に角、難しい。それによって私がセクシストであり、差別主義者だと言われてしまうのでは無いかという恐れが常に有る。

増田が「社会的強者である自分が口を挟むのは差別主義だ」と本心で思っているから口を挟まない……のではなくて、差別主義者だと思われるのは怖いから口を挟まないって話なんだよね? 派閥抜けた方がよくない?

ここでまた、「またカテゴリで考えている」と言われるだろう、でも、現実にそうなのだ。そりゃ、リベラル自身リベラル問題点言及できるようになればいい、それが理想だ、でも現実は違う、そんな事は出来ない、そんな事をすれば利敵行為すなわち「ネトウヨ」と言う事に成るからだ。

内部批判利敵行為とみなすの率直に言って末期症状から早めに派閥抜けた方がよくない?

リベラルフェミニズムに疑問を感じた事を表に出すことは出来ないし、だから、なるべく考えない様にする。納得してなくても、納得してるふりをする、でも、リベラルである事は続ける。

なんで納得できないのに納得してるふりをしなきゃいけないの? そんなことを強いられる派閥なんてさっさと抜けた方がよくない?

別に増田に“リベラル”な思想を捨てろとは言わんよ。弱者保護尊い思想だと思うから増田がそれを掲げるのはけっこうなことだよ。

でも、その思想を抱えたまま、変な派閥思考を捨てることはできるんじゃない? 同じ思想のやつからネトウヨと罵られようが、うるせえこれが俺の信じる“リベラル”だ、って自分の信じる道を貫き通す道もあるんじゃない?

で、こっから先は、増田の“リベラル”に対する俺からの疑問ね。主義主張の違いだから別に読む必要はないよ。

それに開き直るつもりは無い、「弱者を守る事を優先する」という事は、他の何かと衝突した時、そちらの優先度を下げるという事に成る。それは時には不当な加害になる事も、暴力性を持つ事も、自由制限に繋がる事も、他者を抑圧する事も傷付ける事も、どれもあり得る。それに、そもそも自分の中の「弱者」の基準が正しい保証は無い。「弱者を守っている」つもりで、別の弱者を気付かずに足蹴にしている事も当然あり得る。

もちろん増田もわかった上で書いてるんだろうけど、強い弱いというのはあくま相対的ものからね。たとえば左利きシスジェンダー在日同性愛男性は、左利き在日同性愛者という属性では弱者で、シスジェンダー男性という点では強者だよね。女性差別トランス差別問題ではその人は強者側だけど、民族差別ホモフォビアや右利き中心主義問題では弱者側で、そのとき話題によってポジションが変わってくるわけじゃん。まあ右利きシスジェンダー日本人ヘテロセクシュアル男性である俺みたいなのがいるんだから、当然左利きトランスジェンダー在日レズビアン女性みたいな弱者要素の詰め合わせみたいな人もいるんだろうけど、多くの場合特定の要素において弱者なのであって全方位に弱者な人なんてそうそういないよね。

だとすると、基準は「弱者保護」じゃなくて、やっぱり自由と公正に置かれるべきじゃない? どのような属性の持ち主であっても公正に扱われ、それぞれの自由を最大限に謳歌できる社会が目指されるべきじゃない? リベラリズムの信奉者としてはそう思うけど。

リベラルフェミニズムは前者のリベラル(つまり自由を優先する方)と相性が良く、後者リベラル弱者を優先する方)はラディカルフミニズムと相性が良い(相性がと言うより、仲が良い、と言った方が正確かもしれない)

自分後者が主軸なので、ラディカルフミニズムと協調する事に成る、そうすると必然的表現の自由等より、弱者を守る事を優先する事に成り、女性を消費するようなコンテンツ肯定できない→オタクである自分自身と不調をきたす、という事に成る

でもあいつら弱者保護かいいつつトランスジェンダー差別してるじゃん。

もちろんTERFはあくまでも一部の連中がやってることだからその罪を全体に敷衍するのはよくないんだけどさ、弱者保護というお題目自由とかよりも優先されるみたいな話をしてるから女性弱者なので保護されるべき! 女性専用スペースに男体持ちは入ってくるな!」みたいな論理に飛びついちゃうんじゃないの?

当たり前だけど、自由を重視する俺も、構造弱者存在するってことは公正な自由競争を行う条件が整ってないってことなんだから弱者救済には賛成だよ。でもそれは自由で公正な社会のための地ならしであって、弱者の救済そのもの目的じゃない。あくまでそれは手段で、最終的な目標自由社会の実現(この手段としての弱者救済を否定するリバタリアニズムには明確に反対)。だから弱者側の要求自由や公正を脅かすのならそれに反対する。

自由を優先しない、というのは別にいいんだけど、だったらリベラルって名乗るのやめたらいいんじゃない? リベラリズムは読んで字のごとく自由の実現を重視する主張だよ。自由よりも社会的弱者の救済に重きを置くならソーシャリズムとか名乗れば?

2020-06-29

納得してるふりをしながら「リベラル男性」をやり続ける

anond:20200623194658

↑を書いた後、予想以上の量のコメントを貰ってびっくりした。量も驚いたが、内容も、人によって結構違う内容や態度だったりで、何故か、その事に少し救われた(妙な話だが、敵対的な態度の人も居る事が、むしろしかった)

で、増田でたまに見るブコメ等への返事の追記をやるべきかどうか悩んでいる内に日が過ぎてしまった、ひとまずここに書いておこうと思う。

 

まず、「SNSをやめたほうがいい」「フェミニズムから一旦離れた方が良い」という意見が有ったが、離れるつもりは無い。

何故なのか?と言うのは自分でも良く分からない。単純に意地になって居るのかもしれない。

ただ、一つ思うのは、「終わったものボックス」に入れられるのは嫌だな、という事だ。

私が例えばSNSから離れたり、カウンセリングを受けたりしたら、私の懊悩は「じゃあ解決したね、よかったよかった」になってしまう、そうはなりたくない。(そもそもカウンセリングはそんなに万能ではないとも思う。どちらかと言うと、他人問題を「お終い」にしてしまう為の道具として、便利に使われている印象がある)

それに、基本的に私はリベラルフェミニズムも正しいと思っている。

いくつか疑問に思う部分が有ったとしても、やはり離れる訳にはいかない。

また、離れても無駄だとも思う。既に私はフェミニズム的な視点や捉え方や規範他者から学び、内面化している。

SNSから離れようが、既にそのコピーフェミニスト自分の中にいて、その声からは逃れることは出来ないし、すべきでも無い。

 

「人をカテゴリで捉えるな」というコメントも多かった。それから、「リベラル派じゃなくてリベラリズムに従えよ」という文章を書いてくれた増田もあった。

正しいとは思う。ただ、実際に遣るとなると、難しい、というか、無理な気がしている。

社会問題を扱う限り、会った事も無い人の被害や加害を考えなければならない(そうでなければ、それは「社会」に対する思考ではない)、会った事の無い人について考える時に、「女性」や「男性」や「フェミニスト」や「リベラル」のようなカテゴリは非常に有用だし、それ無しで考えるのは不可能じゃないかと思う。

また、現実の話もある。例えばある女性フェミニストの方の主張に疑問を感じたり、リベラリズムに反すると思った場合、それを男性の私が指摘したり疑問を言葉にするのは、正直言って、難しい。

この雰囲気をどう伝えれば良いのか分からない、兎に角、難しい。それによって私がセクシストであり、差別主義者だと言われてしまうのでは無いかという恐れが常に有る。

これは私に限った事ではなく、私の周囲の人も、女性に限らず、社会弱者当事者の方の言う事に疑問を呈す場合は、かなり慎重に行う。社会非対称性を考えれば当然の事だとも思う。例え多少おかしな部分があったとしても、それを強者である男性が、当事者の口を塞ぐというのは、有ってはならない、と思う。

それからリベラリズムについては、説明がし辛い。昔は自分所謂自由を貴ぶ」という意味でのリベラリストのつもりだったが、今は、(大雑把な表現だが)「弱者を守る」という意味でのリベラルである。今の日本リベラルと名乗る人の大半は後者だと思う。

ただ、彼の言う事は本質を突いている気がする。恐らく、自分は今後者のつもりだが、後者に成り切れておらず、前者の部分が残ってしまっているのだ。

前者の意味でのリベラルは、現在日本ではむしろ所謂ネトウヨ」や「ミソジニー男性」(と、後者リベラルが見做している人達)と相性が良い。

気付いた人は多分居ると思うが、前回の増田で私が書いたフェミニズムへの疑問(ゾーニングの公の範囲や、BL等の免罪等)は、上記の様な、リベラルフェミニズム敵対者が良く主張している事に非常に似ている。そのもののものもある。

恐らく、つまり、私はリベラルを自認しているが、私の中にはネトウヨ的な部分や、ミソジニーも有るのだと思う。

から私は、恐らく正確には、前者と後者、両方のリベラルであり、だから、その矛盾に引き裂かれているんだと思う。

 

ネトウヨ」や「ミソジニー男性」といった言葉選択には怒る人も居るかもしれない、ただ、これは便宜的な呼称だと思って欲しい。

少なくとも現在日本では、後者意味でのリベラルフェミニズム問題点を指摘できるのは、彼らだけだろう、といより、問題点を指摘すれば「ネトウヨ」「ミソジニー」と呼ばれる事に成る

から、私のフェミニズムへの疑問は、「ネトウヨ」「ミソジニー」という事に成らざるを得ない。

ここでまた、「またカテゴリで考えている」と言われるだろう、でも、現実にそうなのだ。そりゃ、リベラル自身リベラル問題点に言及できるようになればいい、それが理想だ、でも現実は違う、そんな事は出来ない、そんな事をすれば利敵行為すなわち「ネトウヨ」と言う事に成るからだ。

リベラルフェミニズムへの疑問や矛盾に悩む私に「SNSから離れた方が良い」と言葉を掛けてくれる人は一杯居た。けれども、「そのような矛盾をこれから解消しよう」と言ってくれる人は一人も居なかった。

(いや、こう言う言い方は不当かもしれない。そもそもリベラル側の人は、そのような矛盾が有るとは思っていないのだろう。だからその解消を求める事自体がお門違いなのだ

 

これまで書いた事について、正直な所、後ろめたさというか、これでいいのだろうか、という迷いが有る。

リベラルフェミニズム矛盾問題点がある、なんて事を書いて、いいのか・・・からない、それ自体間違っている気もするし、「間違っている」と言われる気もする。

ただ、まぁいい、もうこうなったらいっそ、(滅茶苦茶長くなるだろうが)思った事全部書いてしまおう。

 

リベラルならラディカルフミニズムじゃなくリベラルフェミニズムの方に向くべきでは?」というコメントに対する返答も先程とほぼ同様、

リベラルフェミニズムは前者のリベラル(つまり自由を優先する方)と相性が良く、後者リベラル弱者を優先する方)はラディカルフミニズムと相性が良い(相性がと言うより、仲が良い、と言った方が正確かもしれない)

自分後者が主軸なので、ラディカルフミニズムと協調する事に成る、そうすると必然的表現自由等より、弱者を守る事を優先する事に成り、女性を消費するようなコンテンツ肯定できない→オタクである自分自身と不調をきたす、という事に成る

まぁ、日本ではラディカルフミニズムが支配的で、リベラルフェミニズムはあまり広まっていないという事情も有るとは思う。(アカデミズムリベラルフェミニストの有名な人って例えば誰が居るんだろうか)

 

訂正と謝罪をするべき事が有る。

増田で↓のように書いた。

学生時代の苦しみは、一体何だったんだろうか?あの時の加害者の中には女性もいる。彼女弱者で、自分強者である

キラキラした人、美しい女性、充実した人生を送ってそうな人がフェミニストとして、男性糾弾する。

俺は一体何なんだろうか?

これについて、「キラキラしてない、パッとしない女性もいると思い出してほしい」「美人の苦しみを矮小化している」という批判があった。宇野ゆうか氏の下記のページもそれに当たるだろう。

https://yuhka-uno.hatenablog.com/entry/2020/06/28/134939

 

これについては謝罪すべきだと思うのだが、うまく出来る自信が無い、何故かと言うと、↑の部分は指摘された様な意図で書いた訳ではないのだが、

「そういうつもりでは無かった」「誤解を与えてしまった」という謝罪は、正しい謝罪では無い、と言うのは常識になっている。では、他のどのような謝り方が正しいのか、考えてみたが、上手く答えが出なかった。

ただ、ひとまずは元の意図説明してみようと思う。

ただ、それも難しい。この部分は、正直に言うと、自分でも何が言いたいのか分からない、「俺は一体何なんだろうか?」という漠然とした疑問が主題からだ。

ただ、いくつか明言できることは有る。まず一つは、「キラキラしてない、パッとしない女性もいる」という事は、自分も勿論分かっている。この文は「女性フェミニストはみんな、キラキラした人、美しい女性、充実した人生を送ってそうな人である」という意味では無いし、そう意図しても居ない(ただ、そう読み取れる余地を残してしまった事はやはり自分の落ち度だと思う)

女性の中に、「キラキラした人、美しい女性、充実した人生を送ってそうな人」が居る、と言う事を念頭に置いて書いていた。(「女性はみんな~である」と「女性の中に~な人も居る」の違い)

また、「キラキラした人、美しい女性はみんな、充実した人生を送っている」という意味でも書いていない。キラキラした、美しい人にもそれぞれ固有の苦しみは有るし、そもそも女性差別制度的な差別を含むから社会的な美醜に関わらず多くの場合被害は受ける。外見からその人の人生推し量ることはできない(だから宇野ゆうか氏の書いた事は正しいと思う(正しいとか、何目線で言ってるんだという話だけど・・・・))

従って、「キラキラした、美しい、充実した人生を送る人が男性糾弾するのは間違っている」と言いたい訳でも無い。そういった人も女性差別には遭うのだから糾弾するのは正当な権利だ。

ただ、分からない、この感じをどう表現すれば良いのか、この「何なんだろうか?」と言う、分からない感じ、分からないと言う事を、どういう言葉表現すれば伝わるのか。

ミクロに、カテゴリに頼らず個人個人幸福度を比べれば、私より幸福人生を送っている女性は居る、それは確かだと思う、けれど、それで女性差別糾弾をしなくていい事には当然ならないし、私は糾弾を続ける。ただ・・・ダメだ、分からない、どう言えば良いのか、つまり名前が無い、と言えば良いのだろうか、女性人生で被る苦しみの一部は女性差別に起因する、では、私の苦しみは?男性差別?それも違う、分からない、どう言えば良いのか、言葉にできない・・・・・

ただ、そんな私の言語化能力の拙さとは関係無く、訂正と謝罪はするべきだろう。

件の文章は「キラキラしていない、パッとしない女性は居ない」と言う意味や、「キラキラした人、美しい女性は苦しみを抱えていない」という意味では無く、書いた時の事を思い出す限り、「キラキラした、美しい女性」の中でも特に幸せな人を念頭に置いて書いた(だから美人であり、かつ苦しんでいる人はここでは対象に含めて居ないので、安心して欲しい(安心して欲しい、というのも変か・・・・・))、しかし、にも拘らず、そのような解釈余地を残してしまう拙い書き方でした。申し訳ございません。

 

これで上手く出来ているのか、分からない。もっと適切な謝り方が有るんだと思う。

 

色々書いたけど、(まだ、思っている事は全然書き切れて居ない気がするけど)改めて言っておく、疑問を感じることはあるけど、それでも、自分は「リベラル男性」を続ける。

リベラルフェミニズムに疑問を感じた事を表に出すことは出来ないし、だから、なるべく考えない様にする。納得してなくても、納得してるふりをする、でも、リベラルである事は続ける。

自由を何より優先するという意味では無く、弱者を守る事を優先するという意味で、リベラルである事を続ける。

それに開き直るつもりは無い、「弱者を守る事を優先する」という事は、他の何かと衝突した時、そちらの優先度を下げるという事に成る。それは時には不当な加害になる事も、暴力性を持つ事も、自由制限に繋がる事も、他者を抑圧する事も傷付ける事も、どれもあり得る。それに、そもそも自分の中の「弱者」の基準が正しい保証は無い。「弱者を守っている」つもりで、別の弱者を気付かずに足蹴にしている事も当然あり得る。

から、私は、正しいとはとても言えない。むしろ客観的に見れば悪である可能性も有る。

でも、兎も角、自分の見える範囲を見て、考えられる範囲を考えた結果、やっぱり自分リベラルである事を選ぶ。ただ、それが正しいと盲信する事だけは絶対にしない様にしたい。

 

長く書いた。流石にこれは読まれないと思うけど、まぁ、構わない、謝罪部分だけは然るべき人に届けばと思うが、それも望む事しか出来ない。

最後に、この文章を前回の増田と分けた理由は、単純に馬鹿な程長くなってしまったと言うのも有るけど、それだけじゃなく、「本当に元の増田が書いたかからない」ようにするのも良いのではないか、と思ったからだ。

この文章はもしかしたら、元の増田とは別人が、彼を装って書いただけかもしれない、そうだった場合、読んだ人の感想は変わるだろうか?

まぁ、そもそも、こんな長い文章読む人は居ないと思うけど、もし居たら、なるべくどちらとも決め付けずに読んで欲しい。本物か、偽物か、平等に考えてどちらか判断できる根拠あなたは持っていないはずだ、だから本物でも、偽物でも、どちらでもあり得るように読み、考えて欲しい。

 

最後に、前回の増田の様に沢山のコメントを貰えたのは初めてだったので、痛々しいと思いつつ、ブコメを見るだけじゃなく、ツイッターでも検索してしまった。

 そしたら(もしかしたら検索の仕方とか過去ログ有効期限のせいかもしれないけど)最初にこの増田の事をツイートしたのが、おねロリキメセク天皇で笑った。ちょっと、嬉しかった)

2020-06-19

しかブクマ付けてないけど大好きなページを挙げる (3)その他編

前:anond:20200619120030

将棋麻雀

雪解け | 将棋ペンクラブログ

昭和関西棋界の二大巨頭、有吉道夫九段内藤國雄九段の話。峻烈なライバル関係と、歳を重ねてから友情

パレート最適 : 俺がウツボウルフでお前はショーギウルフね

高校生時代ライバル全国大会に都代表で出ることを新聞で知った話。昔同じ立場だった人に置いていかれる話、好きなんだよな。咲-Saki-でいえば穏乃が和の全国優勝でめちゃくちゃ動揺してるとこ。

【麻雀】赤ありと赤なし: 福地誠「現」天鳳名人位blog

…赤ドラと、ギャンブルとして発展した麻雀歴史の話。まあ、麻雀競技にしたい人は少なくとも一発裏ドラ赤ドラくらいは不採用でやってほしいよね。

【麻雀】福地誠presents 坊主マッチ2016 | FRESH LIVE(フレッシュライブ) - ライブ配信サービス

…「負けたら坊主」というルール麻雀をした動画。俺が見たい「他人麻雀」ってのはこういうのなんですよ。

その他

最高裁判所における白熱の議論ーー荒ぶる齋藤悠輔

…多数意見批判する言葉が強すぎて面白い裁判官の話。「齋藤先生と灰皿を投げ合って論争したというのは本当ですか?」「そんなことはしない。六法全書を投げ合ったんだよ

実践するフェミニズム――【悲報】テラケイがラディカルフェミニストとお友だちだった件|兵頭新児|note

牟田和恵をボコボコ批判して、ついでに白饅頭皮肉記事。正直牟田和恵も白饅頭もよく知らないんだけど、フェミニストの主張の構造を解明していく過程がなんか面白い

棋士だけの持つメリーゴーランドの世界 | 将棋ペンクラブログ

吉野家晩酌をする団鬼六エッセイ。出入りする人々との一期一会、死んだ男への追想

そういや増田いね

増田で書いて増田がないのもあれだから、好きな2usersの増田最後に置いて終わりにするね。

綾波レイvsコロ助、ギリギリでコロ助のキャラが勝つ説

2020-06-11

ハリー・ポッタートランスフォビアの方法

JKローリングとTERF

水曜日JKローリングが「TERF戦争」と題した声明ツイートした。ローリングが「月経のある人」というフレーズ揶揄したり、「トランス・アクテヴィズム」が女性を抑圧しているとするなど、トランスフォビックな発言ツイートして論争を呼んだ直後のことだ。


https://courrier.jp/news/archives/201920/


前々からローリングはTERF(トランス排除主義的なラディカル・フェミニスト)とみなされていた。

TERFと呼ばれる人々はトランスフォビックな発言をしたり、トランス女性女性空間(women’s spaces)に属していないと主張したり、ときにはトランスジェンダー実在を認めることは女性の権利を侵害することだとほのめかしたりもする。


TERFの簡単歴史

TERFという呼び名1970年代フェミニズム理論に由来するが、より広く知られるようになったのはネットの発達した2000年代以降のことだ。

1970年代当時、ラディカル・フェミニストサークルは、トランス女性を支持するフェミニストと支持しないフェミニストを分ける言葉必要だという信念を有していた。

フェミニストグループは基本女性オンリーの集まりであり、物理的な意味でも男性とは「別の部屋」を形成していた。ここで物事をやっかいにしたのが「トランス女性」という存在だったのだ。特にラディカル・フェミニストサークルではトランス女性の受け入れについて激論が交わされたそう。

その際に女性空間トランス女性を含めることを反対するフェミニストたちが自称しだしたのが gender critical feminists だ。

初期のジェンダークリティカルフェミニストたちはトランス女性やノンバイナリーの人々を女性空間から締め出す運動を始め、トランスの人々に対して暴力的脅迫を繰り返したりもした。

生物学的な性別(biological sexes)」を重視するローリングのような人々は、こうした半世紀前のラディカル・フェミニストたちの信念を引き継いでいる。ローリングは「”生物学的な性別””は二種類しかない」と自身ブログでたびたたび強調しているが、これも70年代残響ひとつだ(ちなみに彼女のこの発言研究者によって否定されている)。

生物学的な性別」の神聖視に加え、ローリングはもうひとつ1970年代において使われていたジェンダークリティカル論点を繰り出している。すなわち、「トランス女性女性空間に入ることで、シスジェンダー女性安全が脅かされる」というアイディアだ。

彼女はこう述べている。「私はトランス女性安全であってほしいと思っています。同時に、生まれつきの女の子女性たちにおける安全を弱めたくないのです」


TERF的なイデオロギーを持つ人々は性別適合ケア性別適合手術やホルモン療法など)に反対している。単に女性空間からトランス女性排除することだけでなく、トランスジェンダーの人たちからそうしたケアも取り上げようと古くから提唱してきたのだ。

たとえば、マサチューセッツ大学教授ジャニスレイモンドは1979年に著した悪名高い "Transsexual Empire: The Making of the Shemale”(https://wezz-y.com/archives/63653)において、ヘルスケアなどをカットするなどの措置によってトランスジェンダーの人々を「道徳的に根絶すべきだ」と書いている。


こうした反トランス的な感情は、トランスジェンダーの人々にネガティブな影響をおよぼしつづけてきた。アメリカでは、保険会社が何十年にもわたって性別適合ケアを拒絶してきたし、医師たちもトランスやノンバイナリーのひとびとにHRTホルモン補充療法)を提供することを敬遠してきた。そうした状況が変わったのはここ数年のことだ。

2017年まで「性同一性障害」はアメリカDSM精神医学会の精神疾患の診断と統計マニュアル)において精神疾患として分類されてきたが、2018年に削除された。WHO国際疾病分類から「性転換」の項目を撤回している。


ジェンダークリティカルビーストと古き神の再誕

ローリング声明の中で、レイモンドと同様の指摘を行った。彼女トランスジェンダー若者に対して性別適合ケア制限すべき理由として、HRTのあとで「脱移行(detransiton、性別適合ケアを受けたあとに以前の性別に戻ろうとすること)」をしたがる人々が増えている問題をあげている。一方で、性別適合ケアトランスジェンダー若者たちの自殺率うつ病罹患率を下げていることは証明されているのだが。


TERFはトランス女性を「本当の女性」とは考えておらず、トランス男性を「本当の男性」とみなしてはいない。ノンバイナリーの人々の実在も信じていない。

トランス女性女性空間にいれるべきではないのなら、トランス男性についての扱いはローリング的にどうなのか。

彼女はこんな発言をしている。

皮肉なことに、ラディカル・フェミニストトランスジェンダー排除しきってはいません。彼らはトランス男性フェミニズムなかに含めています。なぜなら彼らは女性として生まれたからです」

かなり侮蔑的発言だ。トランス男性女性空間に属している、と断言するのは彼らが「本当の男性」ではないと暗に指摘し、彼らのジェンダーアイデンティティ貶めるようなものだ。

こうしたふるまいは”皮肉なことに”、「生物学的な」理屈でもって女性差別を行うミソジニストの振る舞いと通底している。


また、こうした発言は「自分は誤った性別に”生まれ”てきた」と感じているトランスの人々に、性別適合処置絶対的必要なのだという誤った考えを植え付けることにもつながる。すべてのトランスジェンダーの人が、自分身体性別で快適に過ごすために医学的な処置を受ける必要はない。


近年のアメリカにおいてはフェミニストクィアコミュニティにおいてトランスに対する包摂の動きが高まりつつある。一方で、ローリングの住んでいるイギリスはそうした変化に遅れていると指摘されてもいる。

https://slate.com/human-interest/2019/12/rowling-transphobia-tweet-radical-feminism-discourse.html


保守大国イギリスでは、トランスジェンダーに対する反感が根強い。2000年代に入ってもトランスジェンダーに融和的な法律が制定されようとするとラディカルフミニスト団体が猛烈な抗議をしかけてくるほどだ。「ジェンダークリティシズムの本場」の異名伊達ではない。

イギリスより保守的な政治風土をまとう日本ではどうだろうか。


ラディカル・フェミニズムのものは第二派フェミニズム副産物であるとされる。その流れを汲むジェンダークリティカルフェミニストたちの問題はラディカルであることではなくて、その価値観が50年前から更新されず、社会現実乖離しつつあることだ。

60年代70年代日本フェミニストたちが学生運動同調しきれなかったように、結局オールドで分断的な価値観の行き着く先は古き悪しき家父長制の存続だ。

anond:20200611101015

文化を無くしたら差別がなくなる、文化自体差別を保存しているから、文化を変えないと真の解決はない

っていうのは、昔の社会学者活動家が考えたことなんだよね。

しかしそれは事実だろうか?

ラディカルフミニズムに対する批判から、俺は強い疑義を持っている。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん