はてなキーワード: 禁忌とは
子供を消費財、投資財、生産財としてみなすというアプローチの研究はあるよ。
子育てをすることで子供が可愛い、精神的な充足を得る、というときその子供は消費財となる。
今は子供以外の選択肢が多く、また、子育てのコストも上がっているので消費財としてのメリットがない。
複数世代同居をすることで将来的な生活の面倒を見てもらうという点において子供は投資財と言える。
子供が将来自分の面倒見てくれるなんて期待することすら害悪とされる現代において子供は投資財たり得ないし、子供のメンタリティもそうなっていない。
育ててもらったらどこかで実家を捨てて独立してしまうか、スネをかじって依存し続けるかくらいしか自分と家庭の関係性を見出していない。
つまり社会的に子供を投資財とすることは禁忌であり、誰も考えてはいけないことになってしまった
近代化によってもはや成立していない。
これは例えば子供を産んで育てたら将来農業の手伝いを期待する、というものだ。成立しないことは自明だろ。
つまり今や子供を生むメリットというのは、消費財としてのメリットしか無いことになる。
子育てが金持ちの道楽になりつつあるというのはつまりこういうことやね。
###追記
なんか盛り上がっててびっくりした。ちょっとだけ反応することにする。
ソース出せというやつはググれば出てくるよ。
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/1998/000060/199800030A/199800030A0007.pdf
これとかいいんじゃないの。あとの細かいところは別として触りだけ見ればいいと思う。
子供を消費財として見ることは云々という人、これは親目線の話であって社会的なモラルの話じゃないし、消費財という言葉に脊髄反射していないか?
客観的な指標で分析すると消費財として子育てを楽しめる人(精神的に、経済的に、社会的に、色々あるだろう)以外に子供を持つメリットがない、ということは結構説得力があると思っている。
アイドルの熱愛報道が出るとはてブみたいなお行儀の良い界隈では「そもそも恋愛禁止なんて人権侵害」「プライバシーは」みたいな意見が上位だけど現実はファンがこんな感じなのよね。
なにわ男子、全員が文春に目をつけられてるって事を分かってる上で普通に会っちゃってる所が1番ダメなんだよ
付き合ってる人がいるのは構わないけど「今だけは会うの控えよう」とか1ミリも思わないのかな、凄すぎる
いち人間の色恋沙汰について、叱れとも話し合えとも思わないけど、これだけ続くと、なにわ男子にとって熱愛報道って重要度高くないし、気にも止めてないんだなって悲しくなりますねぇ。
もうちょい仕事真面目にやるとかできひんの?AV女やら同業者やら手出して
仕事配慮より女との欲を優先か なんでこいつらが優遇されてKPが干されたん?表向きもうちょい我慢しろや
仕事ナメてんのか
デビューして間もないなにわ男子毎月女と撮られてるけどこれまで全く撮られてないHey!Say!JUMPもセクゾもまじですごいな、、、、なにわって一番性欲ないホモキャラなのに一番オスなのきつい
なにわ男子 あの可愛いって感じの雰囲気で売ってるアイドルのくせしてどいつもこいつも恋愛欲と性欲ゴリゴリの人ばっかりなのにデビュー曲が初心LOVEなの何の冗談?すぎる
普通に考えて、8月9月11月で立て続けの熱愛とかなにわ男子が初だろWW何回も言ってるけど、恋愛は自由。でもお前たちは女より第1にファンの事を考えろバレずにやれだから熱愛男子とか呼ばれるんだよ高橋に関して流出沢山して西畑と長尾が撮られてるから気をつけようってならなかったの?
やっぱりしんどいからあえて検索避けはせずに書くけどさ、1回目、2回目、3回目ときて、なにわ男子、どんどん呆れられてるのわかってる?
なんかもう、誰が好き?って聞かれた時になにわ男子!って言うのすら恥ずかしくなってきたよ。誇れないよ。
こんなアイドルグループは嫌だ!って大喜利があったら「一ヶ月ごとに熱愛出す売り出し中のキラキラ系アイドルグループ(笑)」堂々優勝出来るよ。
「プロ意識が低い」「アイドルの自覚が足りない」と叩かれまくってるんだけど恋愛していて会うな撮られるなとかどう考えてもムリじゃない?(リモートってコト…?)
元増田の言い方だと転生じゃなくて転移のことを言っているのだと思うのでそう解釈した上で↓
その地域の言語もルールも禁忌も知らず、その世界で必要とされている能力も大幅に欠けていて、頼れる人もおらず、免疫もコロンブス到来時の新大陸人より更にないだろうし、できることが何かあったとしてもそれすらわからない。
地球の先進国の服なんて着てたら真っ先に強盗に遭うか騙されて、靴も含めて身ぐるみ剥がされ、運良く殺されなかったとしても裸で放置されて死ぬ。
何故モンスターと戦うとかいう話が出るのか、理解に苦しむ。常識的に考えたらまずは逃げるか隠れるの二択だろうに。
ご都合主義なチート能力がなくても、ご都合主義的に人間の居住地域の近くに出現して、ご都合主義的な出会いがあってたまたま慈悲深く余裕のある人に助けられ、ご都合主義的に異世界の数々の病原体を克服し、ご都合主義的に禁忌に触れず……等、山ほどご都合主義が必要。
ご都合主義は大前提だから、どうするかを考えるにはどれだけご都合な前提があるのか分からないと。
良く分らずに放り込まれたら得られる情報を元に賭に出るしかないけど、初手で自死する方が楽かもしれない。
面白いことは書けないな。
したくてもできないから。
Twitterでバズったエントリからここを知って増田を始めた2021。出だしは好調で3日に1本はホッテントリを出したのにその後スランプが続いた。食欲も落ち、仕事への精彩を欠き、イライラが募った。
そしてついに「はてなブックマークのアカウントを3つ作ってそれで自分の投稿をブクマして注目に押し出す」という禁忌に手を出してしまった。
その投稿は注目エントリに上がり、他のブクマも集まって人気エントリとなった。その日は久々にアメリカ産だが高めのすき焼き肉を買い妻と娘と楽しい時間を過ごした。
しかし、後からもう一度見たらブックマークが3つとも使えなくなっていた。匿名ダイアリーの方は問題なかった。
新しいアドレスでブックマークアカウントを作ることも考えたが、またバンされたら嫌だなというのと純粋に自分の力で勝負して勝ってのし上がりたいという気持ちがあり辞めた。
「私はあなたとあなたの作品を信頼しています。だからこの表現には何も指摘を入れません」
そういう仕事をしてえよな。
本当にそれが校正者としての正しい姿勢だろうか。校正者は「間違いを正す」存在ではなく、「間違いの可能性がある部分を指摘する」だけの存在じゃなかろうか。
当該部分を直すかどうかは筆者が決める。デスクが決める。編集部が決める。その判断を校正者は担わない、自分はそう考えながら校正の仕事をしている。
元増田の投稿をうんうんと頷きながら読んだ。でもどうしてもここだけが気になった。
この間『プロフェッショナル 仕事の流儀』の大西寿男さんの回で、「(校正は)報われない仕事だ」と嘆くのを観た。正直、そう思う。
良いフィードバックなんてまずもらえない。間違いがあったときだけ一斉送信での連絡が届く。
指摘される=自分自身を否定される、ではないはずなのに、それを担う校正者は何かと悪者にされがちだ。
筆者や編集者にそう認識されていると感じることは少ないけれど、校正者も「良いものをつくりたい」という同じ目標を心にもっている。
先輩校正者から、校正段階の記事で、あるテニスプレイヤーの写真が反転していたことがあった、という話を聞いたことがある。
もともとその選手が左利きだという知識があって、写真を見て校正時に気がついたそうだ。
今ではスマートフォンの写真は左右反転になることも多いし、そんなことどうだっていいじゃないかと感じる人もいると思う。
それでも写真の反転は基本的には禁忌とされることだ。自分はその話を聞いたとき、夢のある仕事だ!と本当に感動した。
校正・校閲は、今日知ったこと、ずっと前に少し聞いただけのこと、何の役にも立たないと思っていたこと、それらのすべてが無駄にならない仕事だと思う。
わからないことでも「これって本当に正しいのかな?」と検索するだけでも違ってくる。
公式で「徒歩10分」の表記を見ても、GoogleMapできちんと確認する元増田は絶対に良い校正者だ。
自分もYouTubeで鳥の鳴き声を調べたり、何十年前のその日が本当に雨だったかどうかを気象庁のHPで調べたりしてる。
「冥福をお祈りする」との表記があれば、その故人が仏教を信仰していたかどうか、できる限り確かめたり……
まあこういうのは、校閲の“楽しい部分”なんだろうけどさ。あとのほとんどは元増田の言うように“シャーペンの先っぽで一字一字ゲラの文字をぷちぷち押さえたりするだけの仕事”だったりするけど。
とにかく、AIに取って代わられるその日が来るまで、このへんてこな仕事を楽しみたいよ。誰にも求められてないと感じる日があっても、意味のない仕事だと嘲笑されることがあっても、校正の仕事がこの世界にずっとあるといいな。
オタク差別なんてなくなったのに、40代以上の世代が依然オタクバッシングをしてくるという話
2010年代以降なくなったのは、アニメやアイドルオタクへの差別でしょう
むしろ、鉄オタ、とりわけ撮り鉄への差別は入れ替わりに激しさを増してる
キモくて周りに迷惑をかけているのだから当然だと思われてるがその認知が差別そのものなのだ
キモくて迷惑をかける存在(と思われてるもの)は差別されるのだ
40代以上にはアニメ/アイドルオタクがキモくて迷惑をかける存在という意識が残ってるので依然バッシングをするのだ
かつて宅八郎というベタっとした長髪で眼鏡をかけて紙袋とマジックハンドをもってアイドルを追い掛け回す、オタクのカリカチュアとしての存在があった
連続幼女誘拐殺害というおよそ許されざる禁忌をおかした宮崎勤から端を発したオタクイメージの象徴……80-90年代にはオタクは今の撮り鉄同様、(実態はどうあれ)気持ち悪くて迷惑をかける存在だったのだ
しかし00年代の中川翔子の登場からオタク趣味を公言するアイドルなどが増え始め、2010年代以降は世代交代が進むにつれオタク趣味がキモくて周りに迷惑をかけるイメージが徐々になくなっていった
2020年に宅八郎が亡くなったことは、キモくて迷惑をかけるオタクが消滅した象徴であるかのような出来事であった
しかし宮崎勤の事件や宅八郎のムーブメントがあまりにも強烈だったゆえ、それを知る40代以上はいまだに「キモくて迷惑をかける」存在としてのオタクの悪いイメージが消えていない それだけの話だ
90-00年代頃までは根暗な趣味のひとつではあったが、今ほど悪いイメージはなかったと思う
宅八郎のようなカリカチュア化された存在はいないが、迷惑行為の動画拡散という10年代以降のネットムーブメントにより急速にイメージが悪化していく