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2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-16

母親虐待されて医学部入試を強いられて母親を殺したっていう女性

これから病院可能性がいくらでもある不健康一般人の一人として

全然同情する気になれないんだけど…

殺すだけならともかく、自殺に見せかけるしつこい工作

殺害後もTwitterでは楽しそうに競馬に行き、交流し、平然とドラマ感想を書き連ねる罪悪感の欠如、

大学病院看護師として働き始めていたという境遇にも関わらずその行動に疑問を持たない倫理観の無さ。

こういう様子を見ていると虐待についてもどこまで本当だったかと疑いたくなる。

少なくとも父親が健在で、離婚していた訳でもなく、十分な収入があった事は事実なんだよね。

比較として挙がっていた尊属殺人違憲判決女性自首しています

執行猶予がついたのは被害者悪辣さと加害者悲惨境遇だけでなく、

最悪な環境だったにも関わらず自首する人間性を有していた事で再犯可能性は低く悪質性がないと判断されたから。

そこへ行くと自殺に見せかける工作をしているこの犯人はとても悪質、今回たまたま発覚したからいいものの、発覚しなかったらと思うと恐ろしい。

そう考えると再犯可能性は十分にある。

なるほど確かに母親極悪非道だったのだろう、だけどこの犯人もその母親教育を受け継いで見事にそっくりの性根の人間に育った訳だ。

当事者にとっては不幸だろうが、でもそれって外野から見たら関係ないんだよね。どんな事情があろうが被害を受ける側にとっては知った事じゃない。

こんな悪質な犯人が、たかだか10年程度の刑期でシャバに出てきて、他の仕事ならまだしもよりによって看護師になる可能性があると思うと怖いんだが…

この調子だと気に入らない患者を殺して隠蔽しかねないじゃん。

2021-02-21

負の性欲なるものがそれほどまでに強い欲求なら、マネタイズ可能だろう

キモくて金のないおっさんという負債が、魅力的な未利用資源の山になる可能性がある

例えばコロッセオライオンと戦わせてみたらどうだろう

極悪非道ミサンドリー女たちがこぞって金を払う可能性がある

セーフティーネットとして機能しないだろうか?

2021-02-18

国民6人が北朝鮮に拘束されているのに…韓国政府、「外国人拘禁反対

https://news.yahoo.co.jp/articles/2b40ac0c1c2a1cdd402c5a5b4057bfb1c3d36bc3

カナダが主導して米国が支持する「政治的目的による外国人拘禁に反対するイニシアチブ」に韓国は参加しなかった。カナダ外務省は今月15日(現地時間)、58カ国と欧州連合EU)が参加する「国家関係における恣意的拘禁に反対する宣言」を発足した。国際連帯を通じて外国人拘禁政治的手段として利用する一部国家の「人質外交」の慣行を根絶しようというのが趣旨だ。トニー・ブリンケン米国長官はこの日、映像メッセージで「(外国人恣意的拘禁は)非常に多くの国家悪用する極悪非道行為」とし「人間交渉カードではない」と強調した。

だが、カナダが公開した署名国に韓国はなかった。外交部の崔英森(チェ・ヨンサム)報道官は16日の会見で「韓国政府は参加要請を受けなかったのか」という質問に対して「それについて認知してきたし、今でも認知している。今後、国際社会議論の動向を注視していく予定」と回答するにとどまった。

外交界では、韓国政府中国北朝鮮意識して参加しなかったとみる。今回の宣言中国ターゲットにしていたのは事実だ。2018年、カナダファーウェイ(華為)の孟晩舟副会長逮捕すると、中国カナダ国籍者の2人をスパイ容疑で起訴して現在まで拘禁している。在カナダ中国大使館の報道官声明を出して「中国は今回の宣言に非常に大きな不満と強い反対を表わし、これをカナダ側に伝えた」と明らかにした。

これに関連し、韓国政府が韓中関係考慮したとしても、今回の宣言普遍的価値である人権問題と直結するという点で不参加は適切ではないという批判が出ている。韓国国民恣意的拘禁被害も絶えない。北朝鮮だけで韓国国籍者が6人拘禁されている状態だ。最近イラン韓国船員を抑留したこと政治的目的拘禁とみることができる。在外国民保護を主要外交目標に設定した文在寅ムン・ジェイン政府が今回の宣言に参加しないのは自己矛盾とみることができる。

経済社会研究外交安保センターの申範チョル(シン・ボムチョル)センター長は「自由主義陣営に属し、自由主義恩恵を受けて成長してきた国がこのような態度を示せば、民主主義原則を支持する他の国から疎外されかねない」と話した。

一方、16日、鄭義溶(チョン・ウィヨン)外交部長官は就任後初めて中国王毅国務委員外交部長電話会談を行った。中国外交部の発表によると、王部長は「開放・包容・地域協力を支持し、イデオロギー陣営を分けることに反対する」と話した。これは米国が主導する日米豪印戦略対話(QUAD=クアッド)に韓国が参加することを警戒する発言と読むことができる。

さすが、韓国人権先進国だけある。

それに比べて日本は、右へ倣えとばかりに欧米に流されるばかり。情けない限りだね。

2020-12-16

来週推し死ぬらしい

今週か来週、アニメ推し死ぬらしい。

歳をとると重い話が読めなくなるというのは”マジ”で、前は好きとしか思わなかった「推しの不幸」がめちゃくちゃ重く胃にのしかかる。

不幸になった推しのことを思うと眠れなくなり、仕事が手につかなくなり、リアルでの忙しさとない交ぜになって漠然とした不安となり頭を回りまくる。

めちゃくちゃしょうもない悩みである。すごい思う。だから前のジャンルアニメではないけど推しがとんでもなく酷い最期を迎える)は離れ、SNSもやめた。しか家族アニメを見まくる人間なので見てしまった。そしてまた新たな推しができてしまった。

激重シリアスは今も昔も好きなので正直推し死ぬというネタバレを見たときは大喜びしたのだが、後から悲しさもやってきた。暗い話を見ると落ち込む、でも暗い話が好きだから見てしまう。見ると幸せだけど後から辛くなる、そしてまた欲しくなって見てしまう。麻薬である

死とはあまり関わりのない世界で暮らす、死にそうにないキャラクター死ぬのが好きだ。このキャラクター普通に過ごしていれば生きていたのに、怖い世界に自ら首を突っ込んでしまったために死んでしまう。すごいツボだ。でも可哀想である

自身ホラー映画をよく見るので、そこに由来する性癖なのかもしれない。一般人が偶然呪いに首を突っ込んだせいでヤバい目に遭うのはホラーあるあるだ。

死因は他殺らしく、その殺す方のキャラクター結構好きだ。やる方もやられる方も好きなら、怒りも沸かないし悲しくもならないんじゃないかと思ったけど普通に悲しい。殺されたことに怒りは沸かないけど死んでしまたことに悲しみが湧く。どうして殺しちゃうんですか…?あんなに仲良さそうだったのに…

ネタバレ文章しか読んでいないので情景は想像しかないが、多分主人公の目の前で死ぬと思う。

このバトルが終わって、主人公がこのキャラクターのことを速攻で忘れちゃったら滅茶苦茶悲しい…忘れないとは思うが…一生覚えていて欲しいし死ぬ部分の回想シーン600回ぐらい流して欲しい。多分流れる主人公身の回りで誰かがピンチになるたびに流れると思う。全て妄想です。

アニメを見る機会があまりなく、偶然にも「主人公世界を改変して今まで死んだ人を生きかえらせる」というオチ作品しかほとんど見たことがないので永遠の死に慣れていない。すごいビビってしまう。

不幸なキャラクターは生きてこれから幸せになれると思い込んでいたので、不幸なまま死ぬことに怯えている。本当に死ぬのか?嘘かもしれない。オープニングで楽しそうにしてるもん…

この漫画はおそらくハッピーエンドで終わると思うのだが、味方(?)キャラクターが死んでいるのにハッピー雰囲気で終わると思うとちょっと怖くてドキドキしてしまう。「人が死んでるのにハッピーエンドにすな〜!」とかではなくて、慣れていないゆえ普通に悲しい…というだけです。物語的にそうせざるを得ないのはすごいわかるし全然ハッピーエンドでいいのだが、悲しい…。スターウォーズみたいに最後半透明で笑いながら端にいたりして欲しいです。やっぱりいなくていい

推しの死は家族もろともなので、空っぽの家だけが残ると思うとまたかわいそう。まどかマギカ巴マミが好きなのだが、3話の後空っぽの家に訪ねるあのシーンみたいになるんだと思うと悲しい。多分葬式もやらないしお墓も立てられない。死体も残らないの?かわいそう…

このアニメに出てくるキャラクター、どんなにシリアスな感じでもちょっとくらいはギャグシーンあるのにこのキャラクターは(思いつく限り)ない。極悪非道な敵キャラクターですらお茶目サッカーしてたのにこのキャラクターだけない。もっとしょうもないギャグとかやってくれ。一緒にサッカーしろ

死亡シーンはおそらく番組オチ部分に持ってこられると予想してるのですが、無残に殺されて主人公絶句した後に主人公がノリノリでダンスする軽快なエンディングが入ると思うと滅茶苦茶笑っちゃった。ダンスすな

2020-12-05

婚活うまく行かない系ブッサイクな女子の所感

自分のような超絶ブサイク女子とか身長150cmの男とかが必死婚活頑張っても誰から相手にされずに

最後は後悔と劣等感に苛まれながら一人で野垂れ死んでもポリコレに言えることって「貴方が胸を張って寂しい独り身生活を遅れる社会を目指そう!」であって

ただ醜いだけで全ての異性に差別されてる存在であっても「あなた差別する異性の認識を改めさせよう!」にはならないんだよね

企業身長容姿採用可否を決めることは不当な差別であっても、結婚相手として全ての異性が個人として特定属性人間相手しなかったとしてもそれを咎めるのは原理的にどうしようもないし

なんなら有能/無能という判断だって脳という機関先天的な性能が大部分を占めてて、それによって苦しんでる奴らは決してポリコレの救済にはならない

必死に頑張ってもパートナーを得たいなんてちっぽけな望みすら叶わない人間なんて世間で騒がれてる大抵の弱者なんかよりよっぽど無様で哀れな人生だろうに、

偉そうに正しい顔してる奴だってブスはブスだからという理由恋愛生殖では相手にしないし、先天的IQの低さによる無能人間関係や雇用からは全力で差別する

人間なんて肌の色や性別だけでなく脳の性能の差、容姿の差、全てにおいて差はあって、

結局ポリコレ救ってるもの極々々一部の極悪非道白人社会から奴隷を救済してやろうなんて酒の肴になりそうな体の良い物語存在する存在だけ

こんなもん、動物愛護なんていう見た目が可愛い生き物だけ気持ちよくなるために救うアレと同じようなもんだろ

結局あなた達の存在が出てきたところで世界の苦しみの総量は全く変わってないのでは?

少なくとも自分を救わない正しさなんて自分には何の意味がないと思うから傾倒する意味なんてないよなーって

偉そうに『ルッキズムがー!』とか言ってる奴見る度に「ああ、そんなこと言ってる貴方ですら私みたいなブスは絶対相手にしないんだろうなぁ、勿論ブスだからという理由で」って考えちゃう

『正しさ』にすら見放されてる存在

辛いなぁ、婚活

2020-10-30

炎の武器ってあるじゃん

炎の剣とかさ

S Fだとライトセーバーとかもある意味炎ではあるんだけど(これ言うと煩い人が出てくるんだけども)

ポピュラーなので強そうに思うじゃん炎の武器

 

どうもね現実だとちょっとそうじゃないらしい

切断しても炎で切断面を焼いちゃうので止血効果も同時に与えちゃう

炎の武器必要以上に加害を与えないで相手戦闘力を奪う武器って立ち位置なっちゃうんだと(実際にライトセーバーは手足切り落としても切断面が焼けているので出血死しないようになってる)

 

そうすると本当の殺意全開の強い炎の武器ってのは火炎放射器のような広範囲の炎を噴射するのが目的武器なっちゃうんだと

炎の剣とかそういう斬撃系で広範囲に火炎放射できない武器は実は人道的で活人剣に寄り添ってる方の武器

炎を噴射するだけの派手な武器の方が相手を殺し尽くすのを目的とした強力凶悪極悪非道武器になるんだと

 

そういうわけでファンタジーで出てくる一般的な炎の剣はポピュラーだけど武器としてはショボいカテゴリーになるんだって

2020-10-26

セブン量は少ないし商売の仕方も極悪非道カスだけど

味は結構美味しいから困る

それでも最近なすぎて買わないが

2020-10-19

舞台面白いけど現場が辛い…

声優オタクをずっとやっていて、去年までは主にライブトーク系の声優さんイベントに通いまくっていた。

しかし今年はコロナの影響でこれらのイベントほとんど行けず、その代わりに舞台にたくさん行くこととなった。

きっかけはコロナ直前の1月に観た舞台

当時推していた声優さん目当てに10公演全通し、面白くて、その舞台に出ていて気になった別の子が出る舞台2月も8回通った。

コロナで一旦途絶えたが、9月以降、ライブ系のイベントはまだほとんどがオンラインの中、舞台は実演が再開し、またちょこちょこ舞台を見に行った。

9月には1月に見た舞台の続編があり、今度は流石にコロナが怖いので全通とは行かなかったが、7公演見て世界観にどっぷりとハマった。

10月にも、9月舞台で気になった子を目当てに、2回ほど舞台を見に行った。

 

舞台の良さは、表現は難しいけど、何回も見て世界観にどっぷりとつかることの一体感個人的には感じる。

ライブは、良い音楽や会場と一体となった盛り上がりが楽しいが、どちらかというその場限りで、かつ一回一回でものすごく体力を消費する。

舞台は一回一回で得られる満足感は良いライブほどではないと感じるが、何回も見て、たくさんある登場人物の特徴、世界観等を理解し、ストーリー理解度を高め、謎への疑問や考察等を深める。

こういったじっくりと楽しめる点が面白いと感じる。

どっぷりとつかるので、舞台が終わった後の損失感、舞台ロスが非常に強く、しかしそのロスがなんとも気持ちいい、そういった楽しさだ。

 

長年声優オタクとしてライブ等のイベントに年間5〜60回通っていたけど、少々そういったイベントにも飽きてきていたので、これから声優さんが出る出ないに関わらず舞台を主現場にして行こうかな〜となんとなく確信してきているところだ。

しかし、どうしても現場が辛いなと思う出来事があり、迷っている。

 

今年計27回舞台を見たが、そのうち3回、座席の座り方で文句なり注意を受けた。

 

1回目は1月舞台の開演前。

この会場はパイプ椅子のため、2時間座り続けるのがとても辛く、脱いだ上着をクッションがわりとして敷いて座っていたら、後ろの席の男性に見えなくなるから勘弁してくれと言われた。

私は身長が180cmぐらいあり、座高もそこそこ高い。

しかも会場はフラット。ただでさえ後ろだと見えにくいのにさらにクッションで高くなったら見えにくいだろうなと思い、その場はそれに従った。

お尻が痛すぎて、観劇中は何度も姿勢をずらさざるを得なかったが。

多分私の座高が低かったら同じことをしても何も言われなかっただろう。

現に他の座席でクッションを敷いている女性を見かけた。

 

2回目は9月舞台の上演中。

3階の通路席で見ていたのだが、会場のスタッフ女性に横から、『前のめりでの観劇はやめろ』(正確な文言は当然これではないが、見せられた自分の印象としてはこれ)という旨が書かれたシートを見せられ、そこで集中していた観劇ストップし、以降集中して観劇できなくなってしまった。

自分姿勢は、前のめりかなんなのかは知らないが、確かに背もたれから背が離れて、腕に顎を乗せる形で見てしまっていた。

しかしこれには理由があって、3階席は座席前後の幅がめちゃくちゃ狭く、自分くらいの身長人間が背もたれに背をぴったりつけているとエコノミー症候群になるくらい苦しかたからだ。

普段こんな姿勢で見たことはなく、現に同じ会場の1階席で見たときは、座席幅がゆったりとしていたため、普通に前のめりにはならなかった。

また俺の隣(とは言ってもコロナ禍なので1席は空いていたが)のお兄ちゃんも同じような格好で見ていた(しかし俺と違って通路席ではなかったので、スタッフのお姉さんが見せようとしていたシートに気づかずそのまま観劇を続けていたが)。

前のめりで見るなという注意を聞いたのはその会場が初めてで、前のめりってなんやねん、それが一体どんな迷惑になるんだと思って、『舞台 前のめり』でググって上の方のページをいくつか見てみたら、そこには、この表現は適切ではないかもしれないが、俺には地獄しかと思えない光景が広がっていた。

前のめりは後ろの席の人を見えにくくする行為であり、音を立てたり、前の席を蹴ったり、録音録画したりするのと変わらない、いや、それらと違って実際に行われる頻度という意味ではそれらよりももっと怨嗟対象になりやすい、舞台観劇上の極悪非道マナー違反だったのだ。

前のめりする人に対する怨嗟怨嗟怨嗟の声を見た時は驚きとともに、寒気がした。

舞台界隈、怖え〜。某◯◯マス警察も可愛く見えるぐらいの地獄現場だな。』

前のめりの何が悪いんだなんて軽々しく口にしようものなら、完全に犯罪者糾弾されて、打首獄門晒し首にされかねない勢いだ。

個人的には前のめりだろうがなかろうが、座席の傾斜や前の人との座高差で見えるか見えないか決まるんじゃないかと思ったが、そんな疑問を口にしてスタッフに口答えでもしたら、それだけで迷惑な客、クレーマー客と認定されちゃうんだろうな…

実際今回の席も、後ろに座席は全くなく(客がいないのではなく席がない)、斜め後ろに席はあったが、斜め方向に見ても見える先は会場の壁であり、ステージを見るのを妨げることはあり得ない。

そんな理性的反論でも、「うぜ~。前のめり禁止は会場のルールなんだよ。従えないんだったら出て行け。」って思われるんだろうな…

なんだかな…

 

3回目、そしてこの文章を書くきっかけになった出来事が起こったのは10月の舞台の上演中。

その舞台を見る初めての回だったので、どんな舞台なのかなという気持ち観劇していた。

幸い今回は1階の前の方のゆったりした席だったため、前のめりの心配はない。

背もたれにぴったり背中をつけてじっくりと座って見ていた。

舞台を見始めて序盤、ステージ演者全員で歌うところがあり、この歌が非常に自分にハマり、「おっ、もしかたらこ舞台結構楽しめるかも」、と思った矢先だった。

『変な姿勢で見るのやめてくれません?』

突然暗闇の中、後ろの女性から言われ、一瞬なんのことやら理解できなかったが、自分のせいでステージが見えづらくなっているから頭を下げろと言われたということは理解し、頭を下げた。

自分はその時、前のめりにはなっていなかったが、席にかなり深く座っていたので、見ているときは気づかなかったが、頭がちょっと出ている状態だったと思う。

ただ、別に座席から腰を浮かせていたわけでも、背伸びをしていたわけでもない。

その劇場規定されている規則を一切破っていなくても、後ろの人が背が低くて、その人が見えづらくなったら、それだけで迷惑行為なのだ

そして迷惑行為をする奴ならば、被害者立場で、相手が同じ立場舞台を楽しもうとしているという事情など一切汲む必要なく、”正義の鉄槌”を振りかざして悪を退治できるのだ。

その舞台は、もうそれ以降まともに集中して見ることが出来なかった。

なんか俺悪いことしたのか?くそー、ふざけやがって、折角楽しく見ていたのに、今度なんか言われたら反論してやる、とか舞台の内容とは一切関係ない思いが頭の中を駆けずり回り続け、舞台の内容に集中するどころではなかった。

舞台が終わった今になっても、言われた言葉トラウマになって、思い出しただけでもイライライライラしてしまう(その気持ちちょっとは落ち着くかなと思ってこの文章を書いてはいるのだが)。

 

この3回の経験で、なんとなく悟ってしまった。

舞台現場では、背が高いこと、座高が高いことはそれだけで迷惑行為である。」

ということに。

背が低ければ座席間隔が狭くても前のめりになることはない。

背が低い、または後ろの人の背が高ければ、全く同じ姿勢で見ていても、変な姿勢で見ないでくれと後ろから正義”の鉄槌を振り下ろされることはない。

背が高くて、後ろの人を見えづらくしてしまえば、劇場規則に何ら違反はしていなくても、それは舞台現場では迷惑行為なのだ

これは長く声優現場に通っていた自分にはかなりショックだった。

声優さんライブトーク等のイベントでも、当然座席構造や前の人の身長によって、ステージが全く見えないまたは見えづらくなることはある。

私は身長は高い方ではあるが、それでも突出して高いわけではないので、前に背が同じくらいの人がいてステージが見えづらくなったなんてことはしょっちゅうある。

それでも前の人にしゃがめと言ったことなんてないし、私に限らず、背が高くて見えないからと言って前の人をどかそうとした人なんて声優現場では見たことがない。

当たり前であり、前の人は自分と同じ立場で、抽選の結果その席を獲得しており、その人の身長には何の罪もなく、そのようなことをする資格は誰にもないからだ。

しかし、舞台現場では、見えづらくしさえすればそれは迷惑行為として排除することが出来てしまうのだ。

ただ単にゆったりと座ってじっくりと見ているだけでも。

声優さんライブ現場でも迷惑行為と呼ばれるものはある。

輝度ペンライトを使ったり、曲の良い所でイエッタイガーと叫んだり、曲と関係なく声を出したり、周りにぶつかるのを気にせずに手足を動かしたり、オルスタで前の人間を無理やりはがして前に行ったり、ステージペンライトを投げたり、等々。

これらのどれが真に迷惑行為であるかどうかとかはどうでもいい。

言いたいことは、これらの行為は、それを行っているものが自らの意思に従って行っていることであり、それがゆえにその人自身意思でやめることが出来るということだ。

でも、背が高いことをやめるなんてのは不可能だ。

背が高いから、後ろの人に邪魔にならないように沈んで見ろというのも、2時間という観劇の間続けるのは困難であり、そもそも同じお金を払っている同じ立場の客として、背が高いということだけでそのような不利を強いられる謂れはない。

ただ、べき論とか筋論してはそうであると思うが、実際の舞台現場では、背が高いことを迷惑行為としてぶったたいても問題ないという状況になっているのだろう。

3回目のようなことを言われたのはその1回だけであるが、前のめりに関する怨嗟の声を見るにつけ、それを行った女性が少数派とはとても思えない。

少なくとも舞台現場では一定数いる可能性が高いと認識しておく必要があるんだと思う。

 

舞台にはまるきっかけとなった1月舞台の続編が、恐らく来年あり、それは絶対に見に行きたい。

その他にも、コロナのせいで今年できなかった舞台来年いくつか予定されており、それらも見に行きたいなと考えている。

でも、正直上に書いた経験により、私の心の中には舞台現場は怖いという認識が出来てしまっている。

私の身長来年縮むことはないので、私が舞台を見に行けば、それだけでステージペンライトを投げたり、周りの人を押しのけたりという迷惑行為をしているということにされてしまう。

今まで2~300回は行った声優現場で、迷惑行為いやだな~と思うことはあっても、自分自身迷惑行為当事者となることは全くなかったのに、舞台現場では、見に行っただけで、迷惑行為野郎とされてしまう。

本当それを考えるだけでも憂鬱だし、今度後ろからなんか言われたら言い返してやろうか?、とか舞台の内容とは全く関係ないことを頭の中で考えてしまっていること自体が嫌だ。

一応来年も前向きに舞台を見に行きたいなとは思っているが、少しでも嫌な経験をしたらぽっきりと折れてしまうかも...

折角舞台という楽しい現場を新たに見つけたと思っていたのに、本当に残念だ。

2020-07-16

anond:20200715185016

この手の人は、これは正義の為の言い分で、利益誘導じゃないって言うからなぁ…結局あるのは党派性だけ。

お前らの核は極悪非道だが、我々のは綺麗な核兵器みたいな左翼伝統は生きている。

2020-07-10

ぶっちゃけ香港問題って中国側の方が正しくない?

前提として、民主主義は万能で絶対正義体制ではないし、アメリカ中国だってどちらが正しいとかではなくただ違うだけ

中国極悪非道共通敵みたいな観点で描いてる記事は多いが、それは本当に正しいのか?

100年以上前の話とはいえイギリス香港統治するきっかけとなったアヘン戦争やらアロー戦争時のイギリスの主張の方がよっぽどめちゃくちゃで、

それにしたって100年後中国香港返還されたのも最初から決まってたことだし、

単にイギリス統治時代民主主義自由経済的発展っていう飴を香港人に与えまくったせいで

一時的一般市民にとってはどう考えても中国よりイギリス統治の方がましっていう状況になってしまっただけで、そら一市民として望むのは俺が香港人だったとしても中国からの開放・独立だろうけど、それも一種ポジショントークしかないよね。

それこそ道理として通ってるかって言われると微妙だと思うんだけどどうかねぇ。経済的依存しまくってる中国問題日本がわざわざ首突っ込む意味も俺にはよくわかんねえや。

こういっちゃアレあれだけど、経緯的には完全に内政干渉やん。

皆が好きだった香港が終わったっていうのはその通りで、ただ幸いにも基本アメリカイギリス日本民主主義体制がある先進国は大体は香港人の味方だし、

「嫌なら出ていけばいい、でも私達はあなた達を暖かく迎え入れます」 日本人として言えるのはこれしかないのでは。

2020-05-25

anond:20200525121544

誹謗中傷する奴はみんな自分なりに相手極悪非道だと思ってるよ。

自分なりに」ってのがミソだな。

誹謗中傷は良くないっていうけど、

原因を作ったのはどっちだ?って話だと思うんだよね。

どんなに極悪非道相手に対しても誹謗中傷は良くない・・・とは思えないんだ。

弱者強者と戦ううえで、誹謗中傷戦術は許される局面が必ずあるはず。

2020-05-24

anond:20200524030341

星を取るために安倍政権を叩いているわけではない。極悪非道政権を叩いているだけだ。

2020-01-31

大問3

次の文章を読み、後の問いに答えよ。


 ①魚を与えるより魚の釣り方を教えようとか、貰うより教わろうとか、そういう話がありますね。教わってできる人ならそれでいいんでしょうが、②教わる気が無いとか、教わっても実践しようがないとか、今すぐ魚を食べないと死ぬとか、世の中には、日本だけでも、そういう人が、少なくともあなた想像している10万倍はいるんですよ。

 「やれ」といわれましても、できないし、やりたくもないんですよ。まれに意を決してやりかけても、あまりのできなさに心身が③ヒヘイするんですよ。

 「1回でできなくて当たり前、何回もやれ」といわれましても、ヒヘイから回復に5年かかりましたし、再びヒヘイするのに1ヶ月もかかりませんでしたよ。これを既に何回も繰り返してるんですよ。

 「あなたには向いてない」といわれましても、今更何をとしかいえませんよ。

 「甘えてんじゃねーぞ」といわれましても、あなた身体障害者に同じこと言いますか?あ、言うの。④あしらわせてください。御加護のあらんことを。

 ここで「じゃあ死ねよ」と言ってくる人は信用できます。「私にはどうすることもできないのでせめてお祈り申し上げます」も正直でいいですね。悪い気はしません。なのでさっき実践しました。

 「○○に相談してみては?」といってくるあなたあなたこそ私の敵です。そんなこというくらいならあなたが○○を私の目の前に寄越せばいいじゃないですか。もしくは私を洗脳でもして強制的に動かせばいいでしょう。なんで私に自発的にさせようとするんですか。私がそんなことできるわけないとわかっているでしょう?あなたは御自身極悪非道いじめっ子であることを強く御自覚なさるべきですよ。⑤私はあなたのオナペットじゃないんです

 他人事だと思って読んでいるでしょう。それとも⑥自戒を込め」てますか?いずれにせよ、私は今あなたについて話しています

 流し読みしないでくださいねあなたのことですよ。

 そう、あなたです。

増田イアリ『遺書草稿類聚』所収「ええから魚」より抜粋


問1. 傍線部①について、どのような主旨の話か簡潔に述べよ。

問2. 傍線部②で述べられている3つの比喩「教わる気が無い」「教わっても実践しようがない」「今すぐ魚を食べないと死ぬ」について、それぞれ具体例を複数示せ。

問3. 傍線部③について、「ヒヘイ」を漢字で記せ。

問4. 傍線部④において、「あしらう」はどのような意味で使われているか。簡潔に述べよ。

問5. 傍線部⑤について、「私」が「オナペット」という語を用いて訴える理由を200字以内で述べよ。

問6. 傍線部⑥について、カギ括弧が用いられている理由を簡潔に述べよ。

問7.「私」と「あなた」の立場を入れ替えて読み元の文と比較したのち、「私」の問題点について500字以内で論じよ。

問8. 作者が試験問題の形をとって書いた理由を、「作者の気持ち」という語を用いて150字以内で述べよ。


(配点非公表

2020-01-15

レイマニがどんだけ極悪非道か言ったら殺されるの?

日本メディアでもソレイマニが殺害されたことばっかり強調されるけどさ

レイマニがどんだけ極悪非道人間かは報道されないよね

ブクマではアメリカ攻撃絶対正義じゃないとまで言いきってた

狭い業界から俺の専門は明らかにしないけど、ソレイマニってやつははてな民がひっくり返るほどの極悪人だぞ

反政府デモ参加者女子供関係なく虐殺してる

しかヒズボラ支援して基地大使館の襲撃命令まで出したと言われてる

そもそもイスラム国家の基本構造なんだが、国家としては善良なイスラムアピールしつつ、イスラム半グレ的な武装組織支援してテロを仕掛けてくる

トランプ第三次世界大戦を引き起こそうとしてるみたいな陰謀論跋扈してるけど

現実イスラム諸国卑怯テロで徹底的に欧米諸国攻撃し続けてるというのが事の本質

これって言ったら殺されてしまうんか?

2020-01-06

レイマニは虐殺を行ったアサド支援してた極悪非道の男……

いや、なら殺すべきはアサドじゃないの?

2019-10-31

anond:20191030201112

水に流してもらいやすい死に方とそうでない死に方はあるよーだ。私見では、

  X:大きなものに向かって死ぬか否か

  Y:あっさり死ぬか否か

の二軸くらいが評価ポイントではないかと思う。自分より大きな存在と向き合って、あっさりと死ぬ(殺される)人間は同情され、罪も流されやすい。インスタ映えならぬ「死に栄え」だ。一方で、矮小存在と向き合って、生きぎたなく死ぬ(殺される)人間はむしろ怒りを買い、罪が見逃されにくい。死に栄えしないというわけだ。

たとえば源平の頃で言うと、頼朝とそれが差し向けた大軍対峙しあっさり打たれた義経は「判官びいき」でずっと持ち上げられる典型的な前者の例だが、戦力的には優位だったのに頼朝軍に敗戦し逃げまどい最後は泥田にはまって切腹することにも失敗した木曽義仲後者典型で、あんまり評判よろしくない。人間的には、なんか義仲の方がいい人っぽいのに。

あるいは戦国で言えば、さんざん無茶苦茶をやった織田信長典型的パワハラ上司だが、最後大軍に攻められあっさり死んだ(つまり前者)ってことで、なんかいい人だったような語られ方をされやすい。逆に、その被害者だったが、天下を握れる立場に近づきながらも敗戦し逃げまどって最後は土民に討たれて死んだ明智光秀は、すごい有能で常識人だったみたいなのに、「三日天下」といつまでたっても嘲笑対象となっており、後者典型である


したがって、アベくんが死んで水に流されるかどうかは、今彼のやってることが極悪非道であるかはたまた救国の英雄であるかには全くかかわらず、単に「死に際が栄えるかどうか」によるんじゃないかな。たとえば彼のせいで日本が今後勝ち目のない戦争突入した時、最前線で真っ先に華々しく散ったりしたら、「まぁ、馬鹿だけどしゃーねーか。馬鹿だけど。」くらいの扱いで済むと思うが、彼のせいで追い詰められた一狂人に腹を刺され、さりとてすぐには死なずうだうだとして半年後くらいに最期を迎えたら、歴史上は刺した方が英雄扱いになるんじゃないかな。

2019-10-21

ASKAといえばギフハブ・・・の其の後。

僕が「GitHub」を「悪の組織」と言いましたのは、申し訳ありません。撤回させていただきます

僕の言いたかったのは、

「悪のチーム」

と、いうことでした。

GitHub」に参加して、そのスキル悪用したプログラマたちがいたということです。

僕への「盗聴」「盗撮」は、チーム体制を敷いた「極悪非道のものでした。

なぜ、そんなチームができたかは、僕は分かっていますので、そのことに関してはスルーします。

もうすっかり特定できていますし、相手特定された事を知っています

僕を「統合失調症」と、紐付けるために、やや強引な記事を書かれていますが、

あのように、ネットでは、一度記事を書いてしまうと、その削除には労力が必要です。

https://www.fellows.tokyo/blog/?id=1547

高校インターハイ出場経験もあるASKAさんが、

東京北区剣道大会一般男子60歳以上の部に出場し、優勝を果たしたそうです。

おめでとうございます

2019-07-18

こういう時だからこそ言っておく

最初に、京都アニメーション関係者の皆様にお見舞いを申し上げる。皆様のどなたにも、こんな目に遭ってよい理由はなかった。亡くなられた方々には哀悼の意を表する。癒しがたい傷を負われた方々や深く傷つかれた方々に、心からお見舞いを言いたい。今現在、痛く、辛い思いをしていらっしゃることだろう。あなたは一人ではない。多くの人があなたを気遣っていることが、少しでもあなたの支えになることを願う。そして今生死の境をさまよっていらっしゃる方々に、匿名ながら応援気持ちをお伝えしたい。どうか生き延びてほしい。

だが、こういう時だからこそ、以下の点は言っておかねばならないだろう。

今回の犯人――状況からみて病院搬送され警察事情聴取を受けている男が放火犯本人であるという前提の下で話を進めるが、他の多くの事件においてこのような前提を置くことは危険であることをご承知おき願いたい――が憎むべき罪を犯したこと、その罪は厳正に裁かれるべきこと、この点にはなんら疑いはない。個人的には、どこかで火災に遭って焼け死ねばいいのにとは思う。しかし、それはそれとして、彼を死刑にすべきではない

死刑撤廃するべきだ。たとえそれがどのような憎むべき極悪非道人物であっても、死刑に処されるべきではない。理由第一は、冤罪危険性だ。今回はたまたまかなり高い確率真犯人であろう人物が捕まったが、一家四人が惨殺され放火された別の事件では、おそらく真犯人ではないであろう人物死刑判決を受け、現在再審請求である。人が人を裁く以上間違いはどこにでも存在する。間違った人が首を吊られるなどということはあってよいはずがなく、誤判ゼロにすることが不可能である以上、冤罪処刑することを防ぐためには死刑撤廃しなければならない。

理由の第二は、それが真相の究明に繋がらない場合も往々にしてあるからだ。中には改悛して洗いざらい吐いて刑場に向かう死刑囚もいようが、どうせ死刑なのだからとすべてを投げ出して語るべきことを語らず処刑される者もいる。仮釈放のない終身刑にでもしておけば、数十年後に重い口を開くことがあるかもしれない。被害者がどうして殺されたのか、本当の理由を知ろうと思うのなら死刑にせず生かしておいた方がよい。

理由の第三。死刑過激犯罪者を焚きつける可能性がある。オウム真理教幹部集団処刑したのには開いた口が塞がらなかった。そんなに「国家権力処刑された尊師幹部たち」という物語演出して、オウムの残党に彼らを神格化してほしかったのだろうか。死刑になりたかたか子供大勢殺したのだと言い放った死刑囚がいた。彼らのような人物は、刑務所死ぬまで惨めに生かしておくべきだっただろう。世の中を恨み、せめて大きな衝撃を与えてから死んでやろうと目論む者――ひょっとしたら、今回の放火犯もそういう動機を持っていたのかもしれない――に、死刑制度は大きな誘因を与えてしまう。彼らを英雄殉教者にすべきではない。

理由の第四。欧州連合スイスノルウェーといった主要な先進国死刑撤廃し、日本に強く死刑廃止を求めている。彼らは死刑をその国の人権感覚の証と信じており、そして彼らの主張に同調する国は増えている。これが鯨食のようなそれぞれの国の伝統文化の話ならば妥協する理由はどこにもないが、別に絞首刑日本の伝統というわけでもなし、欧州諸国、ひいては国際社会から人権侵害と糾弾されるリスクを抱えてまで維持すべきものでもなかろう。我々は中国北朝鮮サウジアラビアではなく、ドイツフランススウェーデンと同じ側に立つべきだ。

そして、彼の行為社会を統制するための口実にしてはならない。彼のやったようなことは事実上防ぎようがなかった。多少の安全対策死ぬ人数は減らせたかもしれない。だが、セキュリティをどれだけ強化したところで、悪意をもった攻撃100%防ぐことは不可能である

犯罪防止の名の下で行われる様々な施策は、往々にして我々の自由プライバシー対立する。もちろんそのような行為をすべて否定するわけではない。軍用銃器を保持する自由制限されても仕方があるまい。だが、衆目を引く犯罪が起きる度にそれに応じた対策を採っていたら、我々の社会は生きるには窮屈になるはずだ。

新幹線の車内で凶悪事件が置きたことがあった。だからといって新幹線に乗る度にいちいち持ち物検査を受ける必要があるとなったら、ずいぶん窮屈で面倒だろう。包丁を使った通り魔事件が置きたとして、包丁の購入にいちいち面倒な手続き必要になったとしたら、料理をする人は困るだろう。我々は秋葉原執拗に職質をかけられ荷物を開示させられる屈辱ならよく知っているはずである。そのような社会に我々は生きたくない。

犯罪を犯す「法的な」「道徳的な」自由はどこにもない。そのようなものは認められるべきではない。だが「物理的な」自由、つまりやろうと思えば犯罪を犯せる環境制限しようとすることには、慎重になるべきだ。

犯罪者は「事後に」厳しく罰せられるべきだ。強く非難され、その行為の報いを受けるべきだ。だが、「事前に」規制しようとするなら、それは無関係の者の自由をどこかで奪ってしまう。

包丁を屋外で振り回し無辜市民を傷つける行為を「システム的に」抑止しようと思ったら、新居で料理道具を揃えようとするのに、あるいはふと思い立って台所に立つのにさぞや苦労するだろう。ガソリン簡単に購入し持ち運べるのはおかしい、という主張もあったが、なぜ一人の悪人のために農機具を使用する人たちの利便性が損なわれなければならないのだろうか? そのような統制が行き着く先は中国のような監視社会だ。なんの統制もなくてよいとは言わないが――なんといっても私は日本の厳しい銃規制や航空業界の厳密な安全規則から恩恵を受けているので――我々平凡な庶民自由プライバシーが徐々に奪われていくことには警戒したほうがよい。

今回の事件犯人は、相応の報いを受けるべきだ。だが彼は死刑に処されるべきではないし、彼の行為を元にして自由社会に統制が加えられるべきでもない。

私たちオタク自由に、幸福に生きていけるのは、自由プライバシー尊重された社会においてだけだ。中国オタクが種々の不自由に耐えている姿を羨ましいとは思えない。我々の社会監視社会にしてはならない。究極的には、自由安全優越するのだから

追記

ということで、これが死刑廃止からの回答です> anond:20190719044907

追記

1番は今回当てはまらないし2番は真相究明が済めばやっていいってことになるし3番はこの犯人信者なんていないので実質的に4番の海外から同調圧力だけってことか。まあええんちゃう

1番は「どう考えても無実だったり10%しか疑わしくなかったり50%しか真犯人じゃなさそうな人が吊るされないためには99.99999%真犯人なやつも吊るすべきじゃない」って話やで。

感謝。きっと普段から「きちんと考えている人」なんだろう。やはり、たとえ誰であっても人の手で人の命を奪うのはよくない。

個人的にはそこまで原理的な死刑反対論者ではなく、100%真犯人である人だけが処刑されるなら死刑制度存置を支持する。でも全知全能の神じゃなくて人間裁判する以上どこまで行っても100%はありえず99.99999%にしかならないので(今回の被疑者だってそうだよ!)、その0.00001%が残っているうちは殺すべきではない。そして全知全能の神の存在実証されない以上死刑廃止すべき。

人が死ぬのは話が違う

過去に何作ったかじゃないんだよ

これからの数十年を奪ったんだよ

ありえん

極悪非道

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