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2017-10-28

仮面ライダークウガを見てモヤモヤした

アマゾンプライム平成ライダーの原点にして頂点と賞賛されるクウガを一気見したのだが、よく出来ているのだが、なんだか素直に受け入れがたい作風だった。

仮面ライダークウガを大雑把に説明すると、古代ベルトの力でクウガに変身する主人公グロンギという怪人たちを倒す物語である

このグロンギというのがゲームで人を殺す極悪非道の怪人なのだが、どうもモチーフは放映当時問題になっていた少年犯罪モチーフにしていると感じられる。

ゲーム感覚で人を殺すのもそうだし、現代若者モデルにしたような服装や喋り方のキャラクターもいるし、ラスボス少年の姿をしている。

しかし彼らを「何を考えてるかわからない怪人」「ゲーム感覚人殺しをする化物」として毎回クウガに爆殺させる描写は、少年犯罪テーマにするには短絡的すぎないか?と思ってしまう。

現実には少年法によって裁かれない少年たちがいる。そんな彼らに鉄槌を下す存在としての仮面ライダー死刑が出来ないなら私刑にすればいいと言う思想なのだろうか?

はいえ、劇中では「グロンギを倒す主人公も、そのことに苦悩を抱いている」という描写がされるが、

これでは「体罰をする方も苦しいんだから体罰を受け入れろ」という理不尽理屈と一緒ではないか

それに加え、いかにも製作者の「最近の若者は」という思想キャラに代弁させたような箇所も見受けられ、正直現代感性では受け入れられないだろうなという事もあった。

まあもう十年前の作品からと言えばそうなんだろうけど、

何だか最近ネットありがちな歪んだ正義感空気を見た気がして、ちょっとゲンナリしてしまった。

2017-09-19

anond:20170919034307

いや、不倫したってそんな大したもんじゃないだろって思っていて、

大したものじゃないのに、された方は世間から不倫という極悪非道犯罪を犯された被害者と見なされているのに違和感を覚えて、

被害者加害者を訴えて勝つべきという運命を背負わされて、

した方もされた方も、大したものじゃないことで人生を振り回されているのを見るのがいたたまれないのかもしれない。

2017-09-17

https://anond.hatelabo.jp/20170917142837

それも現代人の偏った感覚やな。

同性愛なんて100年ほど前はイギリスでも有罪だったわけだし、

コンピュータ原理発明したチューリング同性愛有罪判決自殺した映画最近あったよね)

キリスト教だって今になったら進化論矛盾するけど、なんだかんだ時代と共にいい感じに融合してきてる。

イスラムだって元は平和宗教で、色んな流派があって服装自由な所も多いし、

本当に悪いルールなら、時代とともに変わっていくのでゆっくり待てばいいと思う。

たかオウム真理教のように洗脳されて苦しんでるイスラム教徒しかいなくて

どこもかしこ改宗禁止で厳格で極悪非道イスラム教しかないという論調に聞こえるけど、

俺の知り合いのイスラム教徒キリスト教徒かと同じようにもっと普通」の考えをしてるし、

きちんと理由があって心から真面目に信仰してる人も多いと思うよ。

同性愛の抑圧だとか、棄教したい人が多いとか、服装自由が無いと困るとか

たかも困ってる人ばかりに聞こえるけど、それ全部レアケースだと思うし、

そこは時代によって変わっていくんじゃないだろうか。

から、焦らず日本人感覚差別だと決めつけて法律で介入せず、待てばいいと思う。

2017-09-01

新宿寸借詐欺に遭いかけた

昨日の午後、某百貨店下りエレベーターにて、車椅子に乗った男性からの困ったような視線を感じた。

振り向くと、彼は”電話お願い手帳”なる濃青色カバーのよれよれな手帳を鞄から取り出して開き、「私は言葉や耳が不自由です、手を貸してください」との旨が書かれたページを震える指(麻痺ゆえ?)で差してみせてきた。

私は、きっと彼が降りる階になったら知らせてほしいのだろうと思い、「1階ですか?」と尋ねた。それが運の尽きだった…

彼は、「いや、地下1階で降りる」と言い、続けて「車椅子サポートをお願いできますか?」と頼んできた。本当は1階で降り別の百貨店に行こうと思っていたのに、急ぎの用もないしサポートといってもせいぜい改札口までだろうと楽観視し快諾した自分の愚かさよ…

地下1階でエレベーターを降りると、彼は都庁都庁前駅?(どちらだったか忘れた)に行きたいので大江戸線新宿西口駅から電車に乗りたいと言った。そこから西口駅へはかなりの距離があるように思えたが、彼の指差しや案内板に従って車椅子を只管押していった。

道中で彼は、

・喉が枯れているので手帳掲載五十音表でコミュニケーションをとっていること(と述べつつも聴き取れる程度の発話は可能であるこちらの発声理解している模様)

ネットカフェに通い慣れている様子で、その料金体系について、また今日も手持ちが少ないが行こうとしていること(この発言や彼のにおい、荷物の多さからしても浮浪者だったのではないか帰宅してから思った…彼の車椅子はひどく重くて僅かな傾斜も本当に辛かった)

・喉が乾いたとき飲み物を買いたいが、お金が足りない時は(サポートを?)頼んだ人にいつも借りていること(ここで私は漸くたかられるのではないかとの不安を覚え始めた)

今日肌寒いですね、といった世間話(同じ内容を何度も繰り返し話していたため、知的障害もつのではないかと推測した)

・家へは大江戸線練馬駅経由か西武新宿線で帰ること、またそれらの終電時間について(これはあまり覚えていない)

などを五十音表、声を入り交ぜて伝えてきた。

ところが随分近づいたところで彼は西口駅への案内板を無視し、地上の小田急百貨店の前あたりに出るエレベーターに乗るよう促してきた。ここで私の中の不信感が増幅した。

態々地上に出たからには西口周辺に用があるのかと思いきやなんとガード下の奥、歌舞伎町方面を指差したのだ。なら何故今まで遠回りさせたのか。おい。都庁はどうした。もうこんな奇妙な役目今すぐ放棄してしまいたいと思ったが、移動も儘ならない(はずの)人をこんな人混みの中で一人にするのも気が引ける…横断歩道を渡ってガード下へと進んでいる時、彼はコーヒーを飲みたいと言った。ネカフェ勝手に好きなだけ飲んでくれと思ったが、ぺぺ前のマック付近で彼は止まった。ここでコーヒーを注文するという。(そういえばこの辺りでは手帳五十音表は全く使っていなかった)

先程の発言を踏まえ、お金はあるんですか?と訊くと、あなたお金ないんですか?と訊き返された。ここで私は本日一番のハッキリした声で「ありません!」と答えた。本当はいつもより持っていたのだが。

するとどうだろう、序盤で彼が持ちますよと言い、車椅子に引っ掛けて握り締められていた私の傘をスッと外して、じゃあもういいですと手渡しすんなり私を解放するではないか守銭奴に生まれて、良かった!!!!!!!!!

ここで彼は金目当てにすぎなかったことが窺えるが、馬鹿真骨頂の私は最後まで「お気をつけて!」と別れの挨拶をし、彼のその後の動向を警戒しつつ三丁目方面へ歩きだした。

恐怖心のせいか記憶が定かでない部分も多々あるが、これが全容だ。

中高生活をミッションスクールで送り育まれ隣人愛の心が見事に仇となった出来事であった。貴重な若い時期の多大なる時間無駄と重大な腰痛を被った。無論私の無知が最大の原因であるのだが。寸借詐欺の名さえ、帰宅して自分と似た事例をネットツイッターで片っ端から検索するまで知らなかったのだ。

7月中旬ツイッター話題になったらしいある方の寸借詐欺被害に関するTogetterを読むと、状況や男性様相まで酷似していて衝撃を受けた。これを昨日出かける前までに知りたかったものだ……

から考えれば彼の発言不審な点だらけであるし、見返りを求めるわけではないが私が車椅子を延々押したことに対してお礼の言葉の一つもなかったこと(私の記憶が正しければ、だが)、そもそも最初会った時は一人でいたがそこまでどのようにして来たのか?などと突っ込みどころは枚挙に暇がないが、多くのハンディキャップを抱えている(ように見えた)彼を見捨てるのは良心が痛む上、一度相手のペースに乗せられてしまった際の恐怖感は言葉説明し難いものがある。ハンディキャップを負っているとはい相手男性であるから万が一手を挙げられたらどうなるかわからなかったのも逆らえなかった一因に挙げられる。とにかく冷静な判断能力を完全に欠いていた。恐ろしいことだ。

恐怖は不信感へ、そして帰宅後には自分間抜けさへの落胆、やがて詐欺行為への怒りに変わり、こんな時間になっても一向に腹の虫がおさまらないので、もしまた同じような人物に遭遇したら警察に突き出すことを堅く決心したが、果たして警察官はどのあたりから相手にしてくれるのだろうか?金銭被害なしに、金の無心を仄めかされたと言っても取り合ってはくれないのだろうか…

なお、彼の持っていた、NTTによる”電話お願い手帳”は私が調べたところ公共施設に置いてあり誰もが自由に持ち帰れるかのようにも捉えられる記述があった。彼が本当に障害者であったのか否かはもう分からないが、私は初めに彼の手帳の表紙にある”NTTグループ”の文字を見て、信頼できる機関の発行する手帳を持っている、と少し警戒心を緩めてしまったところがある。もっと他に配布の仕方はないのだろうか????????完全なる悪用、と断言はしないが、思えばこれを持っていれば、かなり乱暴な言い方になってしまうが誰もが耳や言葉不自由な人を装えそうなものである。そのためスマホアプリ版という誰もが扱い得る形で存在していることにも一抹の不安を感じてしまう。悪質な事案を防ぐため、ヘルプマークマタニティマークのようにせめて対人で受け渡してほしいもである

私のように騙されやす自覚のある人は十分に気をつけてほしいが、それよりもこのように人の良心に漬け込む至極卑劣極悪非道犯罪可及的速やかに滅びることを祈る。

2017-08-13

旭日旗を社章に用いるブラック企業

社員には長時間労働を強いて、下請け販売店に無理なノルマを課して発行部数の水増しや押し売りをさせ、

貧しい学生には前借金で拘束して強制労働をさせ、高校球児炎天下見世物にして金儲けする、

未だに旭日旗を社章に用いるような時代錯誤の、極悪非道会社があるらしい。

2017-05-18

あなたのことはそれほどじゃあないけどさ

殺人=絶対悪なのか?

ちがうだろう?

不倫=絶対悪なのか?

ちがうだろう?

不倫するなら別れてからしろ

そうできるなら誰だってそうするだろう?

家族』は

『嫌いになった』なんて理由で別れられないんだよ。

そんぐらいわかれ。

『嫌いな家族』と『愛のない家』で

誰とも抱き合うどころか

手も触れず

誰のぬくもりも感じもせず

優しさにも思いやりにも触れず

牢獄のような毎日の中

いわゆる不倫といわれる行為をすることは

そんなに汚いものを見るような目で見られなければいけないのか?

老々介護の末に犯す殺人

極悪非道なのか?

美化はしないが

ぬくぬくとした温かい家庭の中から

批判されるのは全くもって心外だ。

2017-03-17

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである

しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。


1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。

村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。

ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。

しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!

これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。


2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。


3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。


4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。


5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。


さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから



……

………

…………

……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。




6.特殊性

それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-02-03

オタクの俺を守ってくれたヤンキー

ヤンキーDQNはよく漫画ドラマなどで正義存在として描かれる。

ヤンキーの時点で、どう考えたってただの悪者しかなく、それを正義存在として扱って美談とするのは、ちゃんちゃらおかしい。

という論調ネット上、特にはてなにおいては顕著だろう。

学生時代真面目に過ごしてきた奴にとって、ヤンキー存在など邪魔しかなかったろう。恨みも相当あると思う。

俺も学生時代スクールカースト底辺非モテキモオタ層にいたので、散々ヤンキーイジメられた。

なのでヤンキーに対する恨みは相当ある。ただし、一人を除いて。

俺の通った中学は、2つの小学校に挟まれているために、その中学入学するということは2つの小学校統合されたような感覚になる。

俺の通っていた小学校は真面目な生徒ばかりの、いたって普通学校だったが、何故か向こうの小学校は荒れていることで有名で、ヤンキー揃いの学校だった。

ということは、もちろん中学なんか荒れも荒れていて、地元じゃ忌み嫌われているような中学校だった。

それが嫌で、わざわざ遠い中学に変更する奴がいるくらいだ。

どれくらい荒れてるかって、中学校毎日パトカーが来る。そこに通う俺も何があったのかまでは知らないが、とにかく毎日から夕方まで学校前にパトカーが停まっている。教師パトカー理由を問い詰めても一切答えない。

授業中も、どこかしらガシャーン!と窓が割れる音が学校中に鳴り響いているのに教師はそれを無視して平然と授業を続け、生徒たちは誰も授業なんか聞いちゃいない。

机に足を乗せて無駄口くっちゃべってるのに教師はそれを一切注意せず、

ヤンキーたちが教師に向かって「つまんねーぞ!」「てめー教師資格ねーんだよ、死ねよ!」と野次飛ばしてはゲラゲラ笑い転げているのに、一切反応せず無表情で授業を続ける。「24ページの5行目は誰に読んでもらおうかな…じゃあ、安部!」みたいに、教師が生徒を指すということも一切しない。

ただ淡々教科書を読み、黒板に説明を書く。誰も見ちゃいないのに。

チャイムが鳴れば「じゃあここまで」とだけ言ってさっさと帰っていく。

もはや、この教師人間ではなく、感情の無いロボットなのではないかと思うほどだ。

どの教科の教師も皆この調子だ。

日中ずっとこんな環境なので、ああ、俺の学生生活は最悪だな…としか思えなかった。

それなのに教師たちは揃って「このクラスは素直だし、みんなちゃんと言うこと聞いてくれるから最高だな!この学校始まって以来の良いクラスだ」とか言う。バカなの?死ぬの?

まあ、授業中ガラス割れる音が頻繁に鳴り響く学校なので、他のクラスは授業中は勝手教室を抜け出し、校内の至るところで暴れているのだ。

授業中、教室から生徒が抜け出さないのはうちのクラスくらいらしい。

(俺は目撃したことは無いが、授業中に校内を歩けばいろんなとこでセックスしてる生徒を見るという。

休み時間ともなれば、廊下教室、いろんなところで人目も憚らずベロチューしてる男女がいっぱいいた。

ロチュー程度じゃ教師も見てみぬふりだ。)

もう、中学校じゃなくて動物園。チンパン動物園

下校時なんか、ヤンキーたちが学校の近くのスーパーコンビニ中古車屋に展示された車、なんなら一般住宅に停まっている車に投石して歩く。どんだけガラス割るの好きなんだ。猿かよ。

毎日学校に周辺住民やお店から激怒電話があったようだ。学校側が賠償をどうしてるのかは知らない。

もちろん、周辺のお店の万引き被害も相当なものだろう。

投石で捕まる奴はいなかったが、万引きがバレてさっきまで学校にいたのに急にいなくなる奴がけっこういた。

あ、それで毎日学校パトカー停まってたのか?

信じられない人もいるだろうが、その中学校に通っていた俺にとっては紛れもない事実だ。田舎じゃよくある話だと思う。

そんな学校だ。とにかくヤンキーであればあるほど地位が高く、

こっちの真面目な小学校の生徒で、小学校時代は俺と仲良くしていた奴等も感化されてどんどんヤンキー化していき、俺をいじめるようになった。

女子の間ではヤンキーと付き合うことがステータスである。こっちの真面目小学校出身の真面目女子たちも、ヤンキー男子を次々渡り歩くヤリマンと化した。スクールカーストから蹴落とされまいと必死だったんだろう。

小学校ときは優しかった真面目女子たちでさえ、俺を蔑むようになった。

お前ら、あれだぞ。今で言えば、広瀬すずみたいな、男の言うことをなんでも聞いてくれそうな、いかにも童貞が憧れるタイプの清楚な童顔美少女ほど残酷だぞ。清楚な見た目して中身は酷いぞ。そういう女ほどDQNしか眼中が無いぞ。まだギャルっぽい女のほうが可愛げあるぞ。

まあ、とにかく中学入学するなり今までの平和だった環境が激変。えげつないほどイジメられまくった。

この当時のイジメられ体験談他人に話せば、「よく自殺しなかったね」と言われる。それくらい壮絶を極めた。

俺と仲良くしてくれる奴なんて、一緒にイジメられてるカースト底辺のどうしようもない男たちだけだ。

そんな壮絶な環境を、カースト底辺男子たちでどうにか耐えてサバイブし、中学2年生になる。

中2になると、クラス替えがあった。このクラス替えが俺たちカースト底辺の壮絶な環境またまた激変させる。

正義ヤンキー大西の登場である

大西というヤンキー男が俺と同じクラスになった。

大西はこの学年のカースト頂点である女子の大半が大西に憧れ(大西彼女ともなればこの学校で一番偉いと言っても過言ではない)、同級生なのにも関わらずヤンキーたちは「大西くん」と呼ぶ。おそらく、呼び捨てしたらブッ殺されると思ってるんだろう。

上級からは、くん付けこそされないものの、恐れられていた。下の学年の連中を好きなようにコキ使うくせに、大西だけは一切手を出されない。

とにかくヤンキーから恐れられていて、地元ヤンキー大西名前を知らない奴はいないと聞く。

この大西、なぜか俺たちカースト底辺のどうしようもない男子生徒が呼び捨てするのを許した。

同級生ヤンキーが「大西くん」と呼ばなければならないのに、俺たちは平然と「大西」と呼び捨てした。この爽快感たるや!

俺たちカースト底辺クラスの隅っこでコソコソしてると、大西が「何話してるの?」と笑顔で入ってくる。

最初こそ俺たちもビビったが、あまりにも笑顔なので恐怖感がない。

当時は「アニメを見ている」と言うだけで迫害される時代だったが、俺たちがハマっているアニメの話をすれば「俺も見てみたい!」とか言う。DVDを貸せば、「俺もハマっちゃって続き気になるから、次も貸して!」とか言う。なにこの大西かわいい。もちろんDVDも返してくれる。

俺たちのくだらないオナニー談義にも参加して、一緒にゲラゲラ笑う。

大西、ぜんぜん怖くないじゃん。

ヤンキーたちは一体大西の何に怖がっているんだ?

そんな調子から、俺たちも大西!と気軽に会話していた。

もちろんそれをヤンキーが黙って見ている訳はない。大西のいないところで、「テメーラ大西くんナメてんだろ、チョーシ乗ってんじゃねーぞ」と突っかかってきた。

ああ、また地獄のようなイジメが始まるんだなあ、と諦めかけた瞬間、

大西がすかさず現れ「俺の友達になんか用あんのか?」と言い放つ。

それ以来、あの地獄のようなイジメピタッと治まったのだ。

これを正義ヤンキーと言わずしてどうする!

このときの救われた感は一生忘れられない。

大西のおかげで中学2年生期は平和に過ごせたのだった。

俺らカースト底辺と仲良くすれば大西とお近づきになれると思ったのか、それまで散々俺らをゴキブリどころか汚物のように蔑んでいた女たちが掌返して「こんど一緒に遊ぼうよ!」とかほざいてきたが、こちとら腸煮えくり返ってるもんでガン無視ですよ。喜んでお断りさせていただきます。(大西が裏で俺らと仲良くするよう指示した説を唱える人もいるかと思いますが、それは絶対に無いですー女が腹黒いだけですー)

教師が中3になったらまたクラス替えするとほのめかしだして、大西に守られた平和がまた覆されるとヒヤヒヤしたが、無事クラスそのままで中3へ進級。

大西のお陰で、2年3年は無事に過ごせたのだった。

ということは、中1の頃は俺と大西は別クラスだったが、もちろん大西クラスだけはカースト底辺弱者いじめることは無かったみたいで、

とにかく大西弱者に優しい(というか対等に接する)ので、俺らだけではなくカースト底辺の連中は大西を怖がる素振りは無かった。

ただ、俺らが平和に過ごせた中2中3期でも他のクラスではイジメがあったようだ。大西が本気を出せば全クラスイジメを無くすことができたと思う。それが惜しい。

大西がここまでヤンキーに恐れられているということは、何を仕出かしているのかは知らないが、おそらく本当に極悪非道、稀代のワルなんだろう。

ただ、大西は俺ら弱者には一切そういう面を見せなかった。

弱きには手を出さず。そういう信念があったと思うし、

普段ヤンキーの中にいる時は気張っていなければならないぶん、俺たちの前では気を緩められたのだろう。束の間の休息のようなものだと思う。

そのへんのヤンキーが俺らと仲良くすれば舐められるだろうし、カースト頂点にしか出来ないことだ。

そんな大西のお陰で平和に過ごせた中学卒業

中学卒業式大西沖縄成人式並みのド派手な紋付き袴で現れ、教師に参加を阻止され式の最中ずっと職員室に監禁されていた。特効服で来たヤンキー連中も一緒に監禁。)

大西も同じ高校に来ればこんな都合の良いことはなかったが、

やっぱり田舎のワルらしく、大西中学卒業後、進学もせず職にも就かず、フラフラ遊んでいるようだった。

俺はカースト底辺らしく、また高校ヤンキーイジメられるようになった。

イジメられるのが日常になったある日、街中で偶然遊び歩いている大西に会った。

「おお!久しぶり!またイジメられたりしてないか?」と聞いてきた大西に、

俺をいじめてきて一番嫌いなリーダー各の名前を伝えた。

大西が「そうなのか。わかった」と言って別れた次の日、そのリーダー各が学校を休んだ。というか、そのまま3日ほど学校に来なかった。久しぶりに学校に来たなと思いきや、顔がパンパンに腫れていて、「階段から転げ落ちた」という。

そう、みなさんの想像通り、大西は俺と別れた後、ヤツを呼び出すとボコボコにし、

ちょっとここでは書けない鬼畜所業をして差し上げたらしい。(便器で…川で…ああ恐ろしい恐ろしい

大西は何をやったかを俺には一切教えてこなかったが、

階段から転げ落ちたのは嘘で、大西にやられたと専らの噂になっていた。

奴はすっかりリーダーの座を奪われ、大人しくなってしまった。

やっぱり大西極悪非道の大キチガイですわ!

それ以来は大西とは会っていない。大人になった今、大西は何をしているのだろうか?

大西の今を知る同級生は一人もいない。

2016-12-29

本音を表に出せる社会理想

もっと本音を堂々と表に出せる社会になって欲しい。

ゲイレズキモいし、黒人キモいし、不細工とブスは不快から死んでほしいし、鬱病は甘えだし、知的障害者社会ゴミだし、低所得者は100パー努力不足だし、低学歴負け組だし、生活保護受給者例外なくゴミだし、虐めは虐められる奴が弱いのが悪いし、犯罪は巻き込まれるほうが100パー悪い。

でも、そんなことをリアルで言ったら血も涙もない極悪非道ヒューマン扱いをされる。

本当は、みんなも同じことを思ってるくせに。自分の心の邪悪な部分を見せられている気がして不快になるんだろうな。

2016-11-24

容疑者とされる側が極悪非道に見えるケースでも「疑わしきは罰せず」と言えないのがはてなー限界

所詮ファッションで言ってるってことがよくわかる。

2016-10-01

[]カミュ異邦人

読んでてかなり興奮したのでメモ

あらすじ

1. 第一

(1) 主人公ムルソーは、母が死んだ翌日にナンパした女を抱いちゃうような変な男。

(2) そんなムルソーはある日「太陽がまぶしかたから」という理由アラブ人拳銃で殺してしまう。

 ※ここで重要なのはムルソーに罪を犯したという意識がないことだ。なぜならアラブ人を殺したのは「太陽のせい」だからだ。

2. 第二部

(3) ムルソー殺人罪起訴されるが、彼を救おうと弁護士牧師がやってくる。

(4) 弁護士は「心証をよくするために嘘を付け」と言い、牧師は「罪を認めて神の救済を受けろ」と言う。

(5) しかムルソーは、嘘を付くのは嫌だし、そもそも自分は罪人ではない、と言って、いずれの救済も拒否する。

(6) 始まった裁判では、ムルソーの「太陽がまぶしかたから殺した」という言い分を誰も理解できず、経験則に従って彼の行為理屈付けられていく。

(7) その結果、ムルソー極悪非道殺人鬼ということになり、死刑判決が下される。

(8) 社会法廷から宗教キリスト教からも「異邦人」とされた彼は、死刑を待つ獄中で生きる意味を問う。

(9) 結果、このような自分排除せず「優しい無関心」を示す自然存在に気が付き、幸福を得る。

感想

第一部で描かれる殺人の経緯が、検察官裁判官による経験則に基づく認定により、全く異なる事実関係に作り替えられてしまうのが見どころ。

ここでムルソーは味方のはずの弁護士にまで「刑を軽くしたければ黙っていろ」と言われ、ものすごい疎外感を感じることになる。

社会ルール自分を合わせられないことで悲劇に陥るのはカフカの『変身』や『城』と似ている。

ただムルソーラスト幸福を得る点で、カフカと異なる模様。ただ何でこういう違いが出て来るのか、という点になるとまだよく分からない。

ちなみにネット感想で、ムルソー行為正当防衛、過剰防衛が成立するのではないか、との意見が見られた。

しかし、被害者アラビア人は匕首を構えただけである上、ムルソーに対して攻撃する意思もあったかどうかよく分からないので、正当防衛ないし過剰防衛は成立しないのでは、と思った。

2016-05-08

嫌いな人間に嫌ってもらえない悲しさ

こっちは本当に嫌っている。はっきり「嫌い」とは言えない状況なのだが、その分そっけない対応をしている

普通はこのような態度を示せば、相手もこっちが嫌っていることを察しお互い関わらなくなるだろう。人間関係とはそういうものだ。

だが、残念なことに相手はこっちが自分を嫌ってるということに全く気付いてないらしい。そのため相手は凄まじく馴れ馴れしい口調で話しかけてくる。辛い。

こっちが嫌いな理由簡単に言うと相手に悪意のない図々しい所業を散々されたからだ。だが相手は悪意がない、自覚がないので全く気にしてないしというか覚えていない。それとなく指摘したら「気にしすぎだ」と笑いながら言われた。それはしでかした側が言う資格のある台詞ではないと思うのだが…

あと強い言葉で叱っても何故か全く堪えない。鋼の心臓の持ち主なのだ。むしろ欲しいそのメンタル反省もしないのですぐ同じことをやらかすのだが。

しかもこの場合何より厄介なのはこっちが逆に罪悪感に苛まれる点なのだ相手あんなに自分に話しかけてきてくれるのに、自分はそれを疎ましく思うなんて極悪非道人間なのではないか自分はそんな人を責める資格のある人間なのか、過ちくらい誰もがやることなのに…と。

なのでたまに別にそんな嫌わなくてもいいか…と思い直すが、また何かしらしでかしてくれるので元に戻る。

頼むから早く嫌ってくれ、そしてお互い最低限のことしかさないような間柄になりたい。

2016-05-02

[]第三回「悪魔天使百合

超常的な力を使いこなすも、その力を私利私欲のためにしか使わずさらには他人を困らせるのが大好きな自己中心最低最悪な、悪人女の子と、

どんなことも大らかな気持ちで受け入れる仏のような心を持ち、優しく誰から天使のようだと呼ばれる、善人の女の子

悪人の子極悪非道なイタズラや嫌がらせを受けながらも、善人の女の子はそれを受け入れつつも、叱るときは叱り、

かつ互いに依存することなく、程よい距離感を保っていたが、いつしかその2人の関係が終わる事になるとき彼女達の本音垣間見える場合

悪人女の子平野綾

善人の女の子赤崎千夏で決まりです!

みんなのキャスティングお待ちしてまーす!

2016-01-09

法律勉強をすると割に初期で教わることだけど

http://anond.hatelabo.jp/20160108192312

現代国家の最高規範憲法規定されるけれど、それを凌駕するのは革命って話。

もちろん暴力込みな。

まあナザレの小倅やヒジャズヒゲジジイ並のトークをかませる奴がいるならその限りではないが。

イスラム国も今では極悪非道人非人集団のように扱われてるけれど、

元増田みたいな浅慮のバカうまい具合に束ねて、

北朝鮮成功したんだかどうか知らんが超小型核兵器のようなものをうまくこしらえて、

ロンメルも舌を巻くような戦略家を擁して見事、既存権力による国家暴力装置凌駕するような攻撃成功したあかつきには、

イスラム法既存国家憲法よりもイケてる最高規範として君臨することになるな。

結局は暴力暴力シーソーゲームにすぎないわけよ。

長野らへんで石油が湧き出てたら、ひょっとすると今頃古事記教育勅語が欽定教科書として全世界に配布されてたかも知らん。

規則なんてみんな渋々守ってるだけなんだな。

規則自分から守る奴は、守って自分利益があるやつだけ。

その利益から疎外された元増田みたいな奴らが増えれば、当然テロ行為への肯定態度に後ろめたさが薄れてくる奴も増えてくる。

既存秩序内ではこれを『社会不安』と呼び習わすな。

元増田マイノリティであれば反社会勢力として警察権力駆逐されるわけだが、

マジョリティになれば市民の怒りが各地で沸き起こり、それに呼応した反乱軍民衆熱狂的な支持の渦の中で権力豚どもを屠ったのだ!

ってなレジェンドが成立するという仕組みなわけだ。

ここでマイノリティ保護とか言い出すと、既存権力体制反骨精神おもしろバトルなんて話もできなかないけど、

もう3時だしそろそろ眠いんでこの辺で。

結論としては、元増田みたいなスクラップアンドビルド願望って歴史上腐るほど繰り返されてきたことだよねって話。

千年王国の終末思想とか悪人正機説末法思想とかな。


そして後世の人はそれを、戦争前夜と呼んだってオチ

ちゃんちゃん

追記

Waspkissing

元増田もこの増田も親は元気か?結婚はしてるか?子供はいるか?しぶしぶルールを守ってる、というのはどういう根拠があってそう言い切るんだ?お前ら自分のことしか考えてないんじゃないか?

は。言ってる意味がわかんないんだけど。

ルールというのは家族という原初社会構成単位でまず構築されるはずだから私は家族問題があった、という指摘かな。

こういうことを平気で言えてその言説に何らの疑問を持ちえていないところから察するに、

お前は私が前述した「規則自分から守る奴は、守って自分利益があるやつだけ」の一員であるようだが。

たとえばお前、部落民生活想像したことがあるか?

お前らがぬくぬくと生きる社会から完全に疎外迫害されてる一派だな。

そういう部落の家庭での親や子どもが、お前らの生きる社会ルールを守ることを、しぶしぶではなく、

親が元気であったり結婚して子どもがいればそれは当然に正しいという教育をするとでも思うのか?

どういう根拠があってそう言い切るんだ?

2015-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20150915031714

在日という言葉自体には悪い意味はない。

アメリカ人!」というようなもので、

はいアメリカ人ですが何か?」ってだけです。

アメリカ人」という言葉に、

極悪非道という中傷が含まれているなら、

極悪非道は、あなたでしょ、ってことです。

2015-09-04

無知馬鹿イケメン邪悪存在なのか?

http://anond.hatelabo.jp/20150903161632

これ読んで自分は心が冷たくなった。

その問題自分達の間違った常識によって起きているということに気づかない、気付けない人がいる。

その間違った常識はどうやってその人にもたらされたのだろうか?

それは生まれや、育った環境によるところが大きいのではないだろうか?

いまは性差別について世の中の常識が変わりつつある過渡期といえる。

それを知らない、理解できない人も多くいる。

確かに古い間違った常識を基に差別的な言動をする人は後を絶たない。

マイノリティ達は常にそういった人々の古い常識に殴られてきたのだろう。

だけど新しい正しい常識を基に、その無知無頓着イケメンを切り捨てることは、

古い常識排斥されてきたマイノリティ達にとっては正しいことなのだろうか?

イケメン積極的マイノリティ達をヘイト対象にしたり、排斥するような人だったのだろうか?

ただ単に古い常識からアップデートできずに戸惑っているだけだったんじゃないだろうか?

そのイケメンの内心はどうかわからないが、イケメンといえども人間であり限界がある。

かつての私もイケメンだったが古い常識しかもたず、無意識差別的な言動をしていたのだろう。

当然はてなみたいな場所で叩かれた。イケメンのくせに非常識なやつだと叩かれた。

イケメンというだけで品行方正清廉潔白な完璧超人でなければ許されない。そんな空気が確かにあった。

雨の日に河原で捨てられていた子猫に傘を差しさなかった私は、極悪非道な腹黒野郎烙印を押された。

一方、猫に傘を差し出したイケメンヤンキー不器用なだけで実は優しいとクラスの人気者になり、

つのまにか悪の組織を裏で操る存在にまでなっていたイケメン(私)を殴り倒し学園に平和が訪れた。

こういう話を読むたびに思い出して砂を噛むような気持ちになる。

2015-08-21

朝鮮国防委員会政策日本首相の「戦後70周年談話」を非難

平壌8月19一発朝鮮中央通信朝鮮民主主義人民共和国国防委員会政策局は19日、次のような内容のスポークスマン談話を発表した。

去る14日、日本首相安倍が「太平洋戦争敗戦70年談話」ということを発表した。

これに先立ち、日本首相官邸で行われた閣僚会議のでは安倍のが「談話」を政府公式立場で決定したとする。

日本敗戦70年と関連した阿部の「談話」は当然、我々人民アジア人民永遠に散って負けない甚大な被害苦痛を与えた血なまぐさい罪の過去痛切な反省と石膏の大罪で一貫されるべきだったのだろう。

しかし、安倍の「談話」が発表されるやいなや、内外の憎しみと怒りを醸し出している。

それは「談話」の内容が日本の罪科を必死回避してむやみに上書き捨てどのように一つ軍国主義の亡霊をキャッチアップはヒュンシムに満ちていたかである

阿部は、まず「談話」で、19世紀西洋諸国植民地支配の余波がアジアにもが黙って世界的な経済恐慌が発生して大きな打撃を受けた中で、日本大勢に沿って「力の行使」に、これを克服する目的で「戦争への道に出た。」というふうに、日本海外侵略が避けられない選択のようだが合理化して出た。

また、「どのような行為侵略に該当かに対しては、歴史家たちの論のに任せなければならない。」は、とんでもない詭弁で2年前、「侵略定義は決まっていない。」とマウスピース妄言が不変の立場であることを二もなく公開した。

これは過去の罪を認めないという露骨な宣言や相違ない。

阿部厚顔無恥にも「日本人口の80%が戦後世代として、それらに謝罪を続ける宿命を消してはならない。」とマウスピースでありながら過去歴史に対する謝罪がよりはないことを公の場でジュウェチョ待機もした。

それに歴史歪曲国策として定め、過去の罪を美化するために総力を傾けている真意がどこにあるかを自ら明らかに見えた。

人類被害を与えた前の犯罪には時効がありえない。

罪に満ちた過去反省は決してしてもされてなくてもされているいたずら距離ではない。

オマンバンジャた安倍は、過去をオムルチョクしてしまって、まるで日本敗戦した後は、「平和国家」として "不全の誓い」を堅持してきてどのような紛争にも反対し、「法の支配尊重」してくるもの国際社会で「自己責任"を多きリョクソルまくっ。

それとともに、今後もその何が "積極的平和主義」と「国際協調主義」の旗を持って、世界平和安全積極的に貢献するという饒舌を並べた。

開始から最後まで終始に犯した罪を隠蔽、縮小、回避した阿部の「談話」は、私たちの自主権尊厳国際的定義人類良心の正面挑戦である

今、世界日本代表する阿部のみすぼらしい姿を介して、昨日の日のファッショ日本今日日本反動破廉恥しガントゥクししつこくスロプギこれにないサムライアクジョンの集合体に過ぎないことを改めて実感しながら驚愕と怒りに値を震えている。

日本国内でも「謝罪を全く言及していない欺瞞的な内容」、「引用の形で言及して首相の考えを埋めておいた談話 "、"歴史認識を変えようとする意図」という不満と非難の声が激しく響き出ており第3国でも「日本の罪科を認めた村山談話で完全に後退した言語的しゃれ」に酷評した。

しまいにたらアメリカですら「不十分であるリンゴ」という評が注ぎ込まれ傀儡さえ過去侵略植民地支配のための真の謝罪反省の代わりに "外交的捜査責任回避のみ没頭した談話」と非難のであろう。

談話」を発表した阿部は、敗戦国首長としてジトスグリーンみすぼらしい姿ではなく、まるで貝をもたげ舌をペロペロながら毒を洗い流す日本産蛇のままであった。

かつて日帝によって無言できない悲惨な人的、物的、精神被害を受けた朝鮮人民の怒りは抑えられないほど恐ろしく急増している。

なぜ国の野蛮人たちが私たちの国の秘法的な強みと40余年間の中世的な植民地統治期間犯した永遠大罪は、そのときに行っても消すことができてもガーリー泣くこともできない。

いくら歳月が流れ山川が変わるといっても、この地に住んでいるどのように誰100万人の無実の命を屠殺て840万人を強制連行して殺人的な奴隷労働強要し、20万人の恋人若い女性日本軍性奴隷にした特大型半人類犯罪を忘れだろうか。

私たち民族の悠久五千年の歴史伝統はもちろん、朝鮮言葉と文字、朝鮮人の姓と名も抹殺しようとするあくどい朝鮮民族抹殺政策も、檀君朝鮮の基折れ合図秀麗山河のあちこちを包んで通って鉄杭を打ち込みた想像外の罪も、私たちの国の標準的時間さえ奪わして流れる歳月さえ、日本のものと、作成した邪悪な策動も古今東西に類例がない最も野蛮で非道ものであった。

日本が犯した反人類的な犯罪シルク私たちの国でだけでなく、東北一帯と管内を含む広大な中国大陸をはじめとするアジアのあちこちで敢行された。

いたるところで千秋の1つを残した前代未聞のチョンインゴンノする罪を謝罪するどころか、むしろ歴史のラクヨプ中上書きてしまおうと、あらゆる権謀術数にぶら下がっ阿部は狡猾成果好戦性が血統的に遺伝され極右反動思想政治信条に体質化一現代サムライの典型である

振り返ってみると、阿部が再侵略主に疾走する軍国主義馬車の御者座を占めてすぐくっついたもの第二次世界大戦後、そのいくつかの武力的な脅威や使用もできません。軍隊を使えば持つことができなくなった戦犯国、敗戦国としての法的地位権を全面否定する憲法改正であった。

同時に「周辺有事法」、「有事関連法 "、"テロ対策特別措置法」などをはじめ、海外派兵のための法律的基盤を築き、その実現のために空母打撃団による海洋進出、最新鋭の戦略空手段にによる作戦領域の拡大、「国際平和支援」の名分による世界進出など、国際的支配権軍国主義侵略策動を絶えず拡大してきた。

過去何世紀も前、朝鮮半島ユーラシアの広大な大陸を使い果たしてしまった」東方盟主」として君臨すると轟音デドン軍国主義日本は、今日戦争国家の復活に換装がされて形式上の「非核3原則」さえも吐いてしまって核武装化をしようとする程度分別を失っている。

特に日本の再侵略策動はわが共和国大陸侵略の前哨基地に必ず乗って座って野心でより少ないララにあらわれている。

日本反動層は、「予測することができない核で武装した北朝鮮の脅威」を唱えて去る4月に新しい「日米防衛協力指針」を操作して出して "<集団的自衛権>発動"を通じた朝鮮半島有事の際の介入の名分軍事的条件もすでに完備して置いた。

罪に満ちた過去の延長である人類的反平和的な70年の歴史を「平和繁栄のために貢献」として美化した安倍の「談話」こそ軍国主義日本極悪非道なヒュンチェを表わした毒気中傷である

軍国主義日本は大きく誤算している。

敗戦の奥さんは、敗戦踏襲インポートものだ。

安倍が罪に満ちた過去日本侵略社で痛切な教訓を検索どころか「大東亜共栄圏」の昔の妄想にとらわれているほど順番れそうは歴史の墓である

私たち軍隊人民は、百年の宿敵日本反動に千百倍の血の代価を代を継いで、必ず無条件受け入れられるべきである

千秋万台を置いてでも、日本から必ず謝罪と賠償はもちろん、犯した罪の代価をどのように受け止める行く時間証明見えるだろう。

過去現在を透けてくれ将来を明らかにしてくれる灯りとした。

不適切過去から現在の誤りを是正して、新しい出発をハルジュル知るべきである

今のように全敗局、戦犯として人類に計り知れない不幸と苦痛を挙げるかぶせ犯罪について謝罪と賠償をすべき国家義務を履行していない唯一無二の国で残っているほど、日本特有の狡猾性のまま回避と兔に歴史過去を消しリリョゴ手品をつかうほど70年前にあった惨敗よりも数倍よりすさまじい血の代価を払うことになるだろう。

狡猾にも、米国では、過去の罪について贖罪の真似をすることオムルチョクしてしまって、私たち民族アジア人民の前では、責任回避することがオグランことなんてそもそも捨てること。

いくらアメリカにぶら下げても、日本政治的には小人の国であり、経済的には、膨らんだ泡が消え始めた没落の国である

人類の警告を無視した場合落日の境遇から絶対に逃れることができないということを心に留めてなければならない。

この惑星永遠に消えて下る悪夢のような空をあわないば安倍朝鮮人民と人類の前にひざまずいて犯した永遠大罪について無条件に謝罪してソングンヒ賠償するものと罪の過去を繰り返さないという実践意志を示さなければならない。

世界に向けた再侵略の毒を洗い流す軍国主義安倍日本精神を弁えなければならない。

それ破滅へと疾走する日本を救うことができる最善の方策である

軍国主義である安倍日本は、この厳粛な警告の前に熟慮しなければであろう。

主体104(2015)年8月19日

平壌(終わり)

2015-08-12

第二次世界大戦におけるソ連所業

おもしろtogetterまとめがはてブにあがっていた。

http://togetter.com/li/859344

ふむ。まあ対日については言いたいように言わせておけばいいと思う。我々の祖先はかつて枢軸国として世界大戦引き起こしたのはまぎれもない事実だし、ソ連宣戦布告をしないままに攻め込んできたなど極めてどうでもいい。パールハーバーの方が100倍酷い。

 

だがしかしヨーロッパ戦線においてソ連があの当時何をしたのか、それだけはみんな正確に知っておいてもらいたいので増田に書く事にした。

ポーランド人はいまだにロシアを恨んでいる

第二次世界大戦において最も甚大な被害を受けた国の一つがポーランドだ。

まり近現代史に興味が無い人はよくソ連がWW2当初より連合国側だったと誤解してるが誤りだ。アメリカイギリスフランスのようにナチス毅然と立ち向かった「純・連合国」と比べるとソ連の狡猾さ、言い換えれば卑怯さが際立つ。

 

ポーランド世界大戦勃発直後にソ連ドイツ分割占領され、その一年後には有名なカティンの森事件が起こる。ソ連ポーランド兵士将校を1万人も虐殺して埋めた悪名高い事件である。WW2で各国がやらかした「残虐さ」でいえばドイツが独走で1位確定であり、2位は原爆落したアメリカ(落したこと自体批判する意図は無い。ただ残虐さは否定できまい)、3位はソ連じゃねーかって俺は思ってる。「悪い順」ならナチスドイツ日本のワンツーでもいいし我が国侵略正当化するつもは一切無いが、しかし残虐さで言えばこいつらがトップ3である。それは譲れない。捕虜1万人も殺して埋めるとか旧日本軍も真っ青ですわ。南京?ねーよ。寝言は寝て言え。

 

ようするにWW2初期はドイツソ連はタッグを組んで欧州荒らしていたわけ。何が戦勝国側だよって話。ただ、すぐに仲違いしてソ連もvsドイツを宣告する。

 

で、その後ソ連ポーランドに対して決定的に非道いことをやらかす。

ワルシャワ蜂起だ。

 

1944年夏にソ連ドイツが治めるワルシャワ(ポーランド首都)へと侵攻する。そしてワルシャワ市民レジスタンス(ドイツに反抗していたポーランド亡命政府を支持する市民ゲリラみたいなもの)へ向けて、ナチスドイツへの反抗を促したのだ。「我々が外から攻めるから君達は中から攻めろ」とね。それを信じたワルシャワ市民は全力を挙げて蜂起する。

 

しかソ連ドイツの反撃を食らってあっさりと侵攻を諦めた挙げ句自分達はもうワルシャワに攻めこまないという情報すらも中のポーランドレジスタンス側に伝えなかった。装備で圧倒的に劣る市民兵士落ち目であったとはいナチス正規軍単独太刀打ちできるはずもなく、ワルシャワ都市ごと完全に崩壊。実に20万人もの市民が装備の整ったナチスドイツ虐殺され、炎で真っ赤に染まるワルシャワの空ををソ連赤軍ワルシャワ郊外傍観していたという。ひでえ。

 

その後、ナチスドイツイギリス等の連合国側に押され瓦解したタイミングを見計らって、ソ連赤軍はがら空きのワルシャワに侵攻し無血占拠。火事場泥棒挙げ句ポーランドレジスタンスを静粛し、当時イギリス亡命していたポーランド亡命政府無視し、ソ連の息のかかった傀儡政権を立ち上げる始末。ひでえ。

 

ポーランド国民ソ連への悪感情をよそ目にまんまと東ヨーロッパ陣営に引き入れる事に成功したのだ。

 

何なのこの鬼畜っぷり。ひどいでしょ?終わってるでしょ?あんだけポーランドにひどいことしておいて、戦後子分にするなんて凄過ぎますわ。

 

WW2を学ぼうとすると、どうしても日本当事者だし、さら極悪非道代名詞ナチスに目がいきがちだけど、ソ連も相当糞なんです。こんだけひどい立ち回りしておきながら、戦後戦勝国としてアメリカとため張るぐらいの大国として君臨したソ連ある意味凄い。感心する。

 

そしてそんなソ連を頑張って何十年も押さえ込んできたアメリカはやっぱり偉い。

アメリカ地球警察を気取っていなかったら、今頃世界地図全然違ってたはず。

からみんなもっと感謝の意をこめてお盆マックハンバーガー食べよう。

2015-07-25

少年少女愛者(ロリコンショタコン)はどのようにして生きればよいのか

まれながらにして少年少女を愛する者たちがいる。しか少年少女を愛するということは罪なのだ判断力がない子供たちを騙し自分の欲を満たそうとする極悪非道のやつら、それが少年少女愛者なのだ

私は中学生少年愛である社会は私のことを人間のクズだとか社会の敵だというがそれに対し何ら反抗する気はないしそんなこと言われなくてもわかっている。

私は社会自己批判を強いられ少年愛という反社会的思考から転向するか我が人生から愛をなくすかの二択を迫られた。だがそのような選択はできるのだろうか。

古代ギリシアプラトンという哲学者がいた。かつてプラトンイデア論とそこからプラトニックラブというもの提唱した。プラトニックラブは現代でもたびたび使われる言葉である意味は違っている。これは純潔だとかそういう下らないことを言っているものではなく美のイデアの崇拝を説いているのだ。つまり肉体的精神的を問わず少年一人一人に固執する一般的な愛ではなく少年個人は美のイデアの陰にすぎないとしイデアのものに恋をせよと説いているのである。これは現代少年少女愛者の悩みを解決するものではなかろうか。これが現実に可能であれば、少年少女愛者の苦しみと少年少女への危害はなくなるだろう。

プラトンは我々に第三の選択肢提示していたのだ。

2015-07-15

14歳少年愛者が適当にかく

僕は少年愛者だ。そして、少年だ。

同性愛は罪であり、病的であり、障害である、と考えている人は今現在少数であるしか同性愛は長い屈辱歴史を歩んできた。いわれなき迫害。苦悩。絶望。彼ら同性愛者は今まで社会の鉄鎖に縛られてきたのである。だがそれも過去の話となった。彼らは鉄鎖を打ち砕き自らを解放した。それは至極当然のことである。彼らは異性愛者と何ら変わりのない一人の人間なのだ。彼らには何も罪はないのだ。彼らが社会で堂々と生きていける、

僕はこの事を一人の人間として祝福したい。

では、少年愛者はどうか?彼らもまた絶望歴史を歩んできたのである。そしてそれは今現在も同様にであるしかし、僕はこのことに対して異議を申し立てる気は毛頭ない。なぜならそれが真実からである。一人の少年愛者として断言する。少年愛とは罪なのだ

同性愛少年愛の違いとは何か。この現状の差は何なのか。それは被害者存在である同性愛場合ゲイ同士で恋をし、愛し合うというのは真っ当なことである。そこに被害者という存在はない。だが少年愛は違う。少年は幼きゆえに正常な判断をすることができない。それにつけ込み利用する極悪非道犯罪者少年愛である、というのが社会一般の考えである。この実情を知った時、僕は絶望に満ち溢れた。社会は僕を生まれながらにして拒絶していたのだ。

 僕だって一人の人間だ。恋もすれば愛し合いたいという欲求もある。普通の人のように生きたい。恋い焦がれるものと共に人生を歩みたい。だがそれは叶わぬ夢である。もし愛というものが相手を幸せにしたいというものだとしたら僕は少年を愛してはならないのだ。愛するが故に愛してはならないのだ。少年から見ても社会から見ても僕は罪人なのだ

 

2015-05-04

復讐心原動力の人

V for Vendettaという死ぬほど有名なアメコミ作品がある。

主人公のVは復讐心で生きている。

最終的に復讐を達成して死ぬ

で、最近V for Vendettaの映画版をみて思ったんだけど復讐心原動力の人って復讐をし終わったら人生目標を失うんじゃないかな。

筒井康隆小説で「我が良き狼」という超絶名作があって、これは文字通りの好敵手、なんていうかアンパンマンバイキンマンみたいな感じでお互いで存在意義を維持しているみたいな関係小説があって、マジで泣けるんだけど、これを読んでも思ったことでもある。

「我が良き狼」の場合別に敵として描かれる狼の方がそんなに極悪非道じゃないからこそ感情移入できちゃうからちょっと話がぶれるんだけど、V for Vendettaみたいない復讐する相手が極悪非道の度合いが高ければ高いほどその復讐を終えた後の虚無感というか、生きる意味喪失ってのがすさまじいのではないかな。

それってでもお前を殺して俺も死ぬ的な相打ちを前提にしているのかもしれないんだけど人って目標がなくなったくらいで死なねえだろうなと思う。

なんとなく、もぬけのから状態で半分呆けた状態でなんとなく生きてしまうのかな。

そこで思ったのは、復讐心原動力として生きてる人って、復讐した瞬間に死ぬべきで、もしもそこで死ねないのならまた復讐心を生み出すために自分から沼に飛び込むしかないのではないかな。

なんか、悲しいなと思う。

2015-05-02

自分と嫁さんが溺れて、どちらか一方しかからないとしたら

当然、自分が生き残るに決まってるじゃないか、と答えたら、

会社女子社員から冷酷だ、心に闇がある人だ、と言われた。

でもさ、考えてみなよ?

それで嫁さんが助かったとして、その後の嫁さんの人生幸せだろうか?

ダンナ犠牲にして自分けが助かったと、自責の念に駆られ、親類や周りからもそう思われてるんじゃないかと過剰に自分を責め、

しかしたら実際にそういう風に後ろ指を指されているかもしれない。

専業主婦だとしたら経済的にも厳しい状況に置かれる。

少なくとも、全てを受け止めて忘れさせてくれるような次のパートナーが見つからない限り、

一生この負い目を背負いながら生きていかなきゃならない。

そんな人生を嫁さんに押し付けるくらいなら、俺が嫁さんを殺して生き残った極悪非道ダンナというレッテルを背負って一生生きていく。

って説明したら、カッコいい!だって

女の子ってば単純で可愛い

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