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2017-10-19

anond:20171019135921

元凶のその複数付き合って平気な男性が、殺されるという発想も凄いですが、

命を絶つなら、むしろ、騙された女性のほうではないでしょうか。

自分彼女だと思い込まされて無中になっていた、本命さんにしたら、

相手を信じられなくなるでしょう。

トロフィー詐欺彼氏だと分かったら、人に寄ったら、女性は本気だったら自殺ちゃうかも。

遊び慣れている、こなれた女性なら、別かもしれませんが。

複数の人と付き合うなんて普通は考えられないじゃないですか常識では。

人の心をもてあそぶ人は、レベルの合う人と、付き合うべきではって思います

「君だけを愛してる💓」て言われて本気にしていたとしたら。

他にも彼女がいるって知ったら❓

から見たら原因不明自殺でも、本当は恋のもつれだったりしないのだろうかって。


私のとても若いころ、自殺したアイドルさんがあって、

スクープ雑誌にむごい写真が載ってて

それは悲恋のようで、

自分も好感を持っていたアイドルさんだったので、

何気なく見せられたもので、記事を読むつもりが

現場写真でした・・・観たくなかった。

その惨さを、わっと思い出したんです。

私が好きだったバンドVoが、以前MC彼女自殺したアイドル)の名前を言ってから

急にそのスクープ画像がちらちらして、気分が悪くなりました。

キツイ、きついなと。

とうぶんそのVoのことが怖いというか、嫌でした。

なので余談で書いてしまってすみません

そのバンドは、飛び降り自殺する少女の出てくるような歌がロマンティックに頻繁にあったので、

さらに怖かったです。

今日多々良川

くもり

涼しい寒いの間の、涼しい寄りの気温

水位は低いと中くらいの間

甲羅干しの亀なし

川岸の木の上にチュウサギ

今日は水位もそこそこあって、サギも立てない・亀も甲羅干しできないくらいだと思ってあきらめて川見てたんだけど、

川岸の木に何気なく目をやったら、木の上に白いものが2つ見えた

よくみたら久しぶりのサギだった

わず二度見してしまった

木の上にサギがいるのなんて初めて見た

ふつう浅い川の中を歩いてるか佇んでるかの2パターンしかたことなかったから、めちゃくちゃ驚きだった

まあ鳥だし飛べるし木の上くらいとまることもあるやろ、と言ってしまえばそうなんだけど

普段地面にしかいないもんだと思ってたのがいきなり木に登ってたら進化論みたような気になるよ

川が深くて立てないからってのはわかるけど、もしかしたら夜寝るときとかも木にいたりするんかなあ

あの白いからだはすげー目立つ気がするけど、捕食者を心配しなくていいか大丈夫なんかな

2017-10-18

[] #39-3「タオナケの正義

学校にたどり着いた頃には俺たちは息も絶え絶え。

特にひと一人抱えて走っていた兄貴の顔色は相当ひどかった。

「ここまで来れば十分だろ」

ありがとう兄貴学校あるのにゴメンね」

抱えていたタオナケを降ろすと、呼吸を調えて酸素供給し、兄貴は何とか脳を稼動させる。

学校……そうだよ、学校あるんだよ。なんで朝からこんな……金を貰おうがボランティアは二度とやらん……」

うわ言を呟きながら、兄貴はよろよろとした足取りで去っていた。


タオナケはというと、ここに来るまで何も言葉を発していない。

トラブルに巻き込まれたのが、よほどショックだったのだろうか。

やれやれ。これにこりたら、あん場所を一人で歩こうとはしないことだな」

俺の何気なく放ったその言葉が、タオナケの琴線に触れた。

「私、疑問なんだけど、何その理屈

タオナケが今日俺たちに初めて投げかけた言葉は朝の挨拶でも、助けてもらったお礼でもなく、怒りの言葉だった。

から気難しいところがあったが、ここまで過剰に反応するのは初めてだったので俺たちは戸惑った。

危機管理をしっかりしろってことだよ」

「私、被害者だけど、私が悪いっていうの!?

「そんなこと言ってないだろ」

「言ってないけど、言ってるようなものでしょ」

「違うってば、タオナケ。巻き込まれたのは気の毒だけど、それはそれとして自衛に努めようって言っているんだよ」

「私は悪くないけど、そんな奴らを気にして自衛しないといけないの? 理不尽わ!

俺たちはタオナケが何で怒っているのか分からなかった。

いや、全く分からないというわけじゃない。

けど全容を理解するための、タオナケの心の根っこにある部分が分からないでいた。

ただワガママを言っているようにしか見えなかったんだ。

「不平不満を言っても事態好転しないよ。個人差はあるけど皆やってることだ。ほら、僕も防犯ブザー持ってる。聴覚が敏感だから防犯ブザー使ったら自滅するけど、そのために唐辛子スプレーも持ってるよ」

「俺は胡椒スプレー。ドッペルも胡椒スプレー持ってるよな?」

「……柚子胡椒スプレー

柚子胡椒胡椒は入ってないよ」

「つまんねえ揚げ足とるなよ、ミミセン」

「もういい、絶交よ!」

金切り声でそう叫ぶと、タオナケは先に教室に行ってしまった。

タオナケの絶交宣言は、今シーズン初だ。

(#39-4へ続く)

2017-10-15

我が家が恥ずかしい気がする

結婚を考えている彼と、何気なく実家話題になり、我が家と彼の実家に違いを感じた。

専業主婦の母は、事あるごとに専業主婦は忙しい、と言っているが、服の洗濯料理以外の家事をしているところをあまりたことがない。

日中時間趣味スマホか昼寝に費やしているのだが、忙しくて手が回らないと言うので、仕事がある父と私がどうにかしなければ、家のことがままならない。

彼の実家ペット動画を見たとき、思わずペットよりも片付いている部屋に見入ってしまった。

我が家が彼の実家と異なる点は、休日の昼食が毎回インスタントなこと、親戚の集まりやお墓まいり、帰省などを面倒くさがり疎遠状態であること、母が車の運転をしたがらず、車が必要場合仕事がある父にすべて頼っていることなど、枚挙に暇がない。

実家に彼を呼んだら、こんな実家で育った私に家庭を任せられない、私もいずれ母のようになるのでは、と思われたらどうしよう、我が家に対して良くない印象を抱くのではないかと思うと心配で、こんな心配をしなければならない我が家が恥ずかしい。

また、なぜ我が家はこうなのか、自分が家庭を持ったらこんなことにはしたくない、とつい悪く思う時がある。

知人にこの話をすることは身内を悪く言うようで気がひけるし、いずれ身内になる可能性がある彼に、身内を悪く言っても困らせるだけだろう。

これは私の思い過ごしなのだろうか。それとも、我が家おかしいのだろうか。

2017-10-12

昨日のねほりんぱほりんで25年間の恋から目が覚めた

昨日のねほりんぱほりん。観た方も多いと思う。

テーマは「元サークルクラッシャー」略して「元サークラ」。

以下、自分語りです。

俺が高校部活の先輩で1歳年上のA美を好きになったのは25年前。

何気なくディタッチとかしてくれるし、噂では「ヤリマン」との事だった。

童貞だった俺は何とかしてA美とエッチして童貞を捨てようとアプローチするがのれんに腕押しだった。

A美には彼氏が居るという噂がある一方で、後輩のB太の童貞を喰ったという噂もあった。

何とかしてA美とエッチがしたかった。

そんなかんだして、A美は高校卒業関係は疎遠になったが、A美の事を忘れることが出来なかった。

ただ、A美は腐女子であることだけは情報を入手していた。コミケに参加していることも入手していた。

俺はA美に逢いたい一心晴海コミケ会場に向かう。晴海に着いた俺は呆然

「何だこの人だらけの会場は」

コミケについて何の予習もしなかった俺は当時でも二十万人は来ているコミケを正直舐めていた。

当然A美とは逢えず。俺はなんとなくセーラームーンエロ同人誌を買って帰宅した。

そして10年。

A美と再会するのはmixi上だった。

A美は結婚し、そして離婚してまた独身になっていた。

俺は何故かそのコミケきっかけに同人活動を初めて同人作家になっていた。

A美はmixi上で俺のサークルスペースに来てくれることを約束した。

コミケサークルスペースでA美を待つ俺。A美に逢えて凄く嬉しかった。

離婚して独身になったが、彼氏は居たが。

それから5年ほど、共通の友人と一緒に遊びに行ったり飲みに行ったりするようになっていた。

ついに15年目にして俺はA美に告白する。

そしてあっさり玉砕する。

それ以降A美とは連絡を取っていない。

で、昨日のねほりんぱほりんを観てふと思ってしまった。

「A美って実はサークルクラッシャーじゃね?」

高校の時もヤリマンだったし、先輩と付き合いつつ、後輩のB太の童貞を奪ってたり。

結婚離婚後もなんやかんやと気持ち翻弄していたし。

そう思ったら、25年(四半世紀)の気持ちが一瞬にして消えた。

残ったのは同人歴25年の古参サークル主としての俺だけだった。

いまだに独身だ。

作中に印象的な曲が出てくる小説アニメゲーム

ブギーポップ

ニュルンベルクのマイスタージンガー

15年前に読んだときyoutubeとかなかったしわざわざきくまでもないとおもって きいたことなかった

youtubeできいたけどそこまで印象に残るもんでもなかった

字面けがかなり印象的

悪の教典

三文オペラモリタート

きいたけど特に何も思わず

ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり

ワルキューレの騎行

タイトルはかっこいい

なんかトムクルーズ映画youtube出てきた気がする

印象的ではあるけど好きになるほどではなかった

らくえんあいかわらずなぼく。の場合

ムーンリバー

最高

単体でも好き

作中で使われたときも、夜道を妹と歩きながら何気なく歌うか口笛吹くかする、っていうシーンも相まって、

マジで最高だった

こんなくだらないエロゲ―で何気ないセンスのよさを見せつけられた感じがして嫉妬した

リズム外して歌ったりしてるからちょっとカラオケとかで歌いにくいのが玉にきずだけど

マジで好き

デジモンウォーゲーム/銀英伝

ボレロ

前者はよくこんなん子供向けの映画に入れたなって思った

ボレロ自体は知ってたけど、そのむずかしさとか奥深さの一端に、昴っていうバレエ漫画で触れて、単純に見えるけどなんかすごいんだなと思った

後者はこないだNHKであった1,2話みて、なんかすげー、まさにスペース「オペラ」って感じしたなあ

エヴァ

第九

忘れてた

かにあれは印象的だった

anond:20171012005306

しか立ち飲みバーって、チャラ目の若者何気なく勧誘する目的なんだとしたら上手い手だな

2017-10-09

伊藤万理華

自分推しアイドルを辞める日が来るなんて想像もしてなかった。この子アイドルだけ、アイドルじゃなきゃダメだって思う子しか好きにならなかったからだと思う。私の目の届く範囲からいなくなることが受け入れられなくて、胸が苦しい。もっと早くに出会っていればだとか、もっと彼女のことを知りたかっただとか、後悔ばかりだ。

伊藤万理華存在を知ったのは何気なくチャンネルを回した先。乃木坂工事中の、高山さんとお出掛けしていた回。第一印象は「個々のパーツはいいけど顔丸すぎない?」だった。本当に失礼極まりない。でも、話す内容、纏う雰囲気、それと瞳に、なぜだかすごく惹かれた。それからライブ映像を漁り、ダンスのキレに魅了されて、昔の写真を見てロングも女の子らしくて可愛いななんて思ったり。あっという間に伊藤万理華の虜になっていた。卒業発表を知るまでも、あっという間だった。血の気が引くってこういうことなんだ。頭がぐらぐらして、みぞおちのあたりがぎゅっと押し付けられているような感覚最近知った私でもこんなにショックなのに、昔から応援してるファンは、もう、どうなっちゃうんだろう。考えただけでみぞおちの重みが増した。

彼女の事がもっと知りたかった。あの引き込まれるような目からどんな風に世界が見えていたのか。独特な世界観センス可愛い笑顔も不満げな顔もそれ以外の表情も、ぜんぶ知りたかった。

どこかで誰かが言っていた「アイドル寿命は短い」という言葉が身に染みた。

2017-10-06

前回までのあらすじ 何気なく規模だけはデカ企業就職した俺は安月給で田舎に飛ばされて経済的危機に陥った

くそっ!生命保険に入るのすらケチってるのに貯金全然増えねえ!」

一人暮らしを始めるのにかかった初期投資を考えればまだまだ赤字だぜ!」

「この状態で車を買えって?車を買わないと仕事にならないから車を買えだって?」

「無茶言ってくださいますなよーーーーー!!!

「どうする……車なんて買ったら……次の転勤でこのど田舎脱出するまでに稼げる貯金がそのまま相殺されて、その後の転勤にかかる費用で最終的には赤字だぜ……」

「何故だ……何故俺はネームバリューだけで箱だけデカ会社に入ってしまったんだ……」

貯金が増えねえ就職意味はあるのか……ワープアだ……まさかワープアだ……」

「箱だけでもデカ会社に入っておけばワープアには流石にならねーと思い込んだ俺を殺しにいくぞ!タイムマシンを用意しろ!」

こうして俺の、タイムマシンづくりが始まった。

次回「20万ぐらいで中古車が欲しいんだけど道が分からんからカーナビ付けたい」

2017-10-05

お母さんが3度目の癌になった

離れた実家に暮らすお母さんが、癌になったらしい。3回目。

1度目は8年くらいまえに大腸がん。親が死ぬかもって初めて思ってすごく悲しかった。

手術が成功して、抗癌剤治療も終わって?また元気になった。

それ以降、親はい死ぬかわからないと思って、たくさん帰ったり、たくさん写真を撮ったり、喜ぶことを出来る限りしてみた。

2年前にまた肺がんになった。リンパにも転移していた。今度は場所的に手術ができないかもとか言っていた気がするけど、手術か抗癌剤治療かで、また完治した。

この時私は結婚したばかりで、やらないつもりだった結婚式を母の希望でこじんまりやることにした。

しかし結果、結婚式きっかけで離婚したのでやってないw)

自分離婚するときはすごくお母さんに心配もかけて、おとなになって初めて喧嘩もして、お母さんから「うまく言えなくてごめんね」ってメールが来たのを覚えてる。

それでもまた前向きに、元気になったと思っていて、通院もずっと定期的にしていたけどまた癌が見つかったらしい。

しか全然私知らなくて、地元にいる姉と何気なくLINEしていたら「そういえば聞いた?」という感じで聞かされた。

今回は、もう完全に手術できないくらい多数肺に転移していて、今日から抗癌剤治療が始まったらしい。

なんで私に言ってくれなかったんだろう、と言ったら、姉が「離れてるし、お母さんもまだ整理がついていないんだと思うよ」と言ってた。

自分もまだ頭の整理がついてない。ビールも飲んじゃってたし。整理もなにも無いんだけど。

泣けてきた。髪は抜けるって。

まじで自分死ぬかもっていう病気を3回やるって身体的な症状0でも精神的に相当つらいと思うんだけど、加えて手術とか、抗癌剤治療とか、いろいろあって、それでもなんか前向きらしいという情報を聞くと、自分ももっと頑張って、何かできることすべてやらないとなと思う。

2017-10-04

転勤で初めて訪れたある地方

近所に引っ越し挨拶に行って菓子折りを渡したら「迷惑です〜」

スーパーで両手に荷物を持ったお年寄りのために扉を押さえてあげたら「迷惑だな」

家の前の歩道雪かきをしていたら通りがかった隣の人に「わぁ、迷惑だね〜」

良かれと思ってしたことでこんなにはっきり迷惑だなんて言われたことなかったし、みんな物腰はしごく柔らかなだけに余計怖くて「大変な土地に来てしまった…」と震えた

その後、役場に諸々の手続きに行った時「迷惑ですけど、こちらの用紙にも記入をお願いします〜」と言われ、初めて何かおかしいと気づき帰宅後に方言検索してようやく謎が解けた

この地方言葉で「迷惑だ」は「(こんなに気を使わせて、迷惑をかけて)ありがたい、申し訳ない」という意味だった

分かってしまえば何ということもない言葉で、数年後にこの地方を去る頃には自分でも何気なく使いこなせるようになっていたが、最初に言われた時の衝撃は忘れられない

2017-10-03

何気なくダーウィンがきたを最初から見ててタイトルうつるところで「生きもの新伝説 」ってかいてあって、

生き物地球紀行とかに比べて新ってことなのかなとはじめてふと思った

Aqoursライブで、μ'sを想い、泣いた。

2014年4月8日

私は声を上げて泣いた。

ラブライブ!2期第1話放送日だった。

この話をする前に、少し私の話をしてもいいだろうか。

私は、「にわかラブライバーだ。

何気なく音ゲーとしてスクフェスを始め、そしてアニメ1期を見て、無闇に感動する、そういう、「にわか」。

あの頃、そういう奴は掃いて捨てるほどいたと思う。

でも、そんな「にわか」にも、ラブライバーの人は優しかった。

2010年から始まっているコンテンツであること、アニメのこと、G'sのこと、中の人ライブのこと、様々なことを詳しく教えてくれた。

その中で、自分も「にわか」で無くなる日が来る、そう信じていた。

しかし。

ある人が見せてくれた3rdライブで、中の人たちの最後挨拶に、私は崩れ落ちた。

あの瞬間以降にハマってしまった。

彼女たちが育ってきた3年間を、応援できなかった。

私は、「にわか」にしかなり得なかったのだ。

そして、今後も、「にわかである事実は動かないと提示されているようだった。

とても悲しい事実だった。

にわかである十字架を背負って、今後生きなければならないという悲しみだった。

でも、だけど。

にわか」が増えなければコンテンツは成長しない。

私がここでラブライブ!に、μ'sにハマったことにも意味はあるのだ。

そう割り切って、今後の公式を、まずはすぐに始まるアニメ二期を、精一杯応援しようと。

そう思って見た、2014年4月6日

私は、声を上げて泣いた。

アニメの中で飛び出した、「卒業」言葉

それは、おしまい意味するもので。

あんまりだ。

応援しようと思った矢先に、そんな言葉を叩きつけられるなんて思っていなかった。

そこからの日々は、公式供給が苦しかった。

解決収束に向かうアニメ劇場版

応援しても、応援しても、提示される「終わり」。

時空関係なしにストーリーが進むスクフェスやG'sを追う方が遥かに楽だった。

そんな中いきなり始まったラブライブ!サンシャイン!!。

「誰?」なんて声が聞こえた。

私自身、「誰?」と思っていた。

私が見たいのは、君たちなんかじゃない。

これからも同じ時空で輝き続けるμ'sが見たいんだ。

私の身勝手な声は当然届かず、

μ'sという光はどんどんと収束してゆく。

スクールアイドルはμ'sだけじゃなくて、みんなのもの

そう、スクリーンから語りかけられた。

説得されているようにも思えた。

動き出した時計の針を止めることはできない。

声を上げて泣いた、アニメ2期から2年。

海外からの早バレでFinalライブ情報を食らった。

私は2年の月日の中で就職していた。残業中だったが、すぐに帰った。

イヤだ、イヤだ。

終わりに向かう全ての公式がイヤだった。

彼女たちの成功奇跡を、軌跡を追わせてもらえなかったことを呪った。

ファイナルライブ以降もその感覚は消えなかった。

スクフェスやG'sが心の支えだったが、彼女たちの口が動き、私たちの知らない言葉を話してくれる経験が起こり得ないというのは、大きなストレスだった。

動く彼女たちを、「終わり」を意識することな応援させてもらえなかったことを、ずっと呪っていた。

自分が知らなかっただけなのに。

勝手だけど、それが感情だった。

声が聞きたい。

歌ってほしい、とまでは言わない。

話す姿が見たい。

それを、応援したい。

Twitterを開いてみると、μ'sで知り合った友人たちが次々に別のコンテンツへ移っていた。

ある者はデレマスへ。

ある者はバンドリへ。

三次元アイドルに行った者もいた。

それでも、1番多いのは、Aqoursだった。

安いオタクどもめ。なんて思っていた。

μ'sを応援しきれなかった悔しさを忘れて、

μ'sの輝きを得る軌跡を知らぬ悔しさを忘れて、

簡単に乗り換えられるなんて。

そう思っていた。確かに思っていた。

だけど、それは後ろめたさのある感情だった。

スクールアイドルはμ'sだけじゃなくて、みんなのもの

スクリーンからのその言葉は、しっかりと胸に焼き付いていた。

そんな中。2017年5月

TwitterAqoursライブの連番者を探している人がいた。

どんな脈絡で行われてるライブなのかも、アニメすら見てない状態だった。

「お願いしたいです」

そう言った。

耳触りのいい動機ならいくらでも語れる。

しかし、実際のところは、

μ'sを応援できない寂しさの発散だった。

Aqours好きな人にも、

μ'sを好きな人にも、

失礼な振る舞いだったと思う。

それからは早かった。

現地参戦。演者と一体になるライブ

冷めた顔で、現地に立つわけには行かない。

CDを買い揃えた。

BDを全巻買った。むろん特装限定版。

G'sの記事まとめ本も買った。

切り替えたことすらない、スクフェスAqoursの方を開いた。

私は、Aqoursにμ'sを「奪われた」と思っていた。

それは、大きな誤りだった。

彼女たちもまた、私たちのように、μ'sの輝きを追い求める人々だった。

その共感からAqoursにハマってゆく中で、

私は一つの違和感を覚えた。

私はμ'sとAqoursは別個のものだと思っていた。

μ'sありきのAqoursだなんて、考えたこともなかった。

それは、中の人たちから互いへの言及がなかったことや、Aqoursファンがμ'sと一緒くたに語らないことが大きな要因だった。

お互いにお互いの話がタブーであるかのような雰囲気

それが、打ち砕かれた日。

2017年9月21日

スクフェス発表会。

μ'sの人が、「ラブライブファミリー」と表現してくれたこと。

公式からクロスオーバーのようなアプリが出ること。

衝撃的な発表だった。

理由のない涙が止まらなかった。

自分の中に生まれ、渦巻き出した感情が、

良いものか悪いものかもわからなかった。

一つだけ明確だったのは、不安感情

伝説と化しているμ'sと、

その輝きを追っていたAqours

双方の物語破壊されてしまう気がしたのだ。

別時空なんだからいいんじゃない

と、割り切れられない。

スクフェスなどのアプリ供給一年強ながら来たから余計に。

だけど、だけど。

2017年9月29日

Aqoursライブの中で。

μ'sが。

口を動かし、喋る姿を、目の当たりにして。

私は、声を上げて泣いた。

2017-10-01

https://anond.hatelabo.jp/20171001105345

その温度差はよくわかる。

例えば保毛尾田保毛男テレビゴールデンタイムに出たのを家族で見ていた時に、父親が息子に何気なく「おい、お前はあんなになるなよ」というのは軽い冗談なんだろうけど、同級生男子ほのか好意を持つ息子にとっては冷水ぶっかけられたようなショックになるからね。

いじめ問題とかでもよく言われるけど、言った側は10年後に「そんなことあったっけ?」くらいに思ってることも、言われた方はそれで人生変わるくらいのトラウマになってたりするからね。

2017-09-30

[]9月29日

○朝食:なし

○昼食:助六寿司

○夕食:飯食ってる場合じゃねえ!

○間食:ポテチ、みたらしだんご

調子

はややー。

仕事は超適当にこなした。

定時で即帰宅してレイジングループプレイしようとしたんだけど、何気なく家電量販店に寄ったら、なんとニンテンドースイッチが売っていた。

こりゃめでてえなあ、と思わず購入。

ソフトはとりあえずパッケージでは、大好きなポケモンシリーズポッ拳を購入。

さらに……

スイッチ

レイジングループ

なんと、Vita版を10分ぐらいしかプレイしていないのに、買っちゃいました。

いやだって新規ハード買ってテンションが上がってたので、その、つい……

そして、ガンガンプレイ中!

まだ、今回のゲームの「仕組み」もわかってないぐらいしかプレイできてないけど、

もう、とにかく面白い

キャラクタ友達になりたい感」というのが、僕の中でケムコADVの魅力なんだけれど、

今回はさら萌えキャラとはまたちょっと違う、言葉選びが難しいけど、

もうあえて言葉を選ばずに書いてしまえば、一夜限りの後腐れない肉体関係を結びたくなる系の可愛いキャラが一人いて、

うおおおおおおお! この子を助けるぞおおおお!!!!! でも一夜限りでよくて付き合いたくはないぞおお!!!!!!

と、わけのわからない熱が滾り始めている。

これは朝までコースになりそうだぜ!

ポッ拳

アミーボを1日5回かざすといいことがあるそうなので、日課にしようかな。

あと、デイリーチャレンジダークライでこなした。

Yボタンを連打しているだけで、まだ何もシステム理解していないので、レイジングループが終わったらプレイしよう。

2017-09-28

汚れてる感じがしないのに汚れてる場所

小鼻

耳の穴

ティッシュタオル何気なく拭くと黄色い汚れがつく)

2017-09-22

先日まで行ってた歯医者、正直あまり良いと思わなかった。

治療についての説明が極端に少なく、毎回食いつくように質問していた。そうしないと全く説明のないまま治療台を倒され歯を削り始めるからだ。不安しょうがなかった。

治療は数ヶ月で終わり、その後大きな不満もないことを思えば腕は悪くないのかもしれない。

だけど、また行きたいとは思えない。

そんな歯医者だったが、今日何気なくネット検索したところ、ユーザーレビューが5件ほどあるページがヒットした。

レビューを読むと、親身になってくれる、治療法をいろいろ提案してくれる、丁寧に説明してくれる……

自分の印象とはまるで真逆の称賛コメントが並んでいた。

どのレビュー2015年のものでそれより昔もそれ以降もない。そして絶賛コメントばかり。

サクラだろうか。

まぁ商売ではあるのだしサクラによるレビューがあるくらいはどうってこともない、

だがしかし真逆の褒め方ってどうなんだ。

盛るどころか嘘じゃないか

信頼できる技術くらいにしておけばいいのに。

2017-09-21

黒歴史

ポスト投函されていた学習塾広告何気なく目にしたら

きっとオタクっぽい生徒が書いたのであろう、

初期の峰倉かずやと、種村有菜を足して2で割ったような

男女5~6人のキャラクターが載っていて

見てるこっちがこっぱずかしくなった

そんな感じの絵が流行ったのは確か2000年代初期

一体いつまでその絵を使い回すんだろう

そして、一体いつまで誰かの黒歴史を公開し続けるのだろう

2017-09-20

anond:20170920093444

本人が何気なく言った一言が誰かに深く刺さることがある

言葉の強さは必ずしも発した人の意図によらない

2017-09-19

イケメンの姉

姉はイケメンだ。かなりぶっとんでるし、ちょっとどうかと思うような行動に走ったりもするけど、総じてイケメン性格姉妹正反対。私は人見知りで、基本的にいつもおどおどしている。今までいろんな局面で何度も姉に助けられてきた。そんな姉への感謝気持ち綴りたい。

まずは小学校入学式のこと。

うちは母が早く亡くなってる。私が5才になる年に喉頭癌でこの世を去った。姉は私より11才上で、私が小学校に入った年にはすでに高校生だった。

そんな姉が、私の入学式に母の代わりとして参加してくれたのだ。その時のスーツ姿がとても素敵だった。人指し指に緑色翡翠指輪をはめていて、それは母の形見だと教えてくれた。入学式の時の写真を見返すと、やはり姉は保護者の中で一人だけ幼げに見える。

姉は高校ではかなり目立っていた。たまに雑誌にも出てた。エルティーンという十代向けのファッション誌で、モデルみたいなことをしてた。私はまだ小学校に入りたてで、そんな姉を芸能人だと思い込んでいた。そのうちテレビにも出るんだと思ってた。その予想はのちに別の形で実現するんだけど、その話はあとに回そう。

姉はふだんはあまりエルティーンを読ませてくれなかった。小学生にはふさわしくないエロい特集が多かったのだ。そんな雑誌にちょくちょく載る姉の姿に、私は幼いながら、妖しい憧れのような感情を抱いていた。

父は土建業を営んでいたが、この頃には経営が苦しくなっていた。それまではずっと絶好調で、姉は何の疑いもなく「うちは金持ちだ」と信じ切っていたらしい。でもそんな幸福時代はあっけなく終り、父は一気に萎れてしまった。母に先立たれて、経営も傾き、悲嘆にくれる日々。父がお酒に溺れ始めたのはこの頃だ。それでも父は姉を私立大学に入れた。娘の教育は疎かにしない、それは母の遺言でもあったそうだ。

二つ目感謝は、このころの話。

当時、私がまだ9才の時。姉が私をあるイベントに連れて行ってくれた。姉の大学友達の中に、ひとりだけ9才の私が混ざるという、かなり無茶な形だった。野外で開催されるテクノパーティ。でもそんな詳細はすべてあとから知ったことで、当時は右も左もわからないまま、姉に連れられて、ただついて行った。そこはまさにカオス空間だった。広大な森林のいたるところで人々が踊り狂っていた。真夜中にトランス状態で踊り狂っている大勢大人たち。あの光景が私の音楽原体験になってしまったのは、なんかちょっとまずい気もしている。

夜、私は姉と並んで芝生に寝転んだ。遠くではドンドンという無機質なテクノビートが鳴っていた。私と姉はふたりで夜空の星を眺めながら話した。その時に姉がとつぜん言ったのだ。

ママはもういないけど、私がお姉ちゃんとお母さんの両方をやるから

後年、姉にこの話をしたら「そんなくさいドラマみたいセリフ言うわけない」と全否定した。でも私は完全に覚えている。ありがとう。あの言葉にどれだけ支えられたかからない。

三つ目は、話自体がかなりぶっとんでる。

私が中2の時、父の会社が潰れた。全てを整理しなければならなくなり、家族は家も失った。私たちアパート引っ越した。父はもはやアル中の一歩手前みたいになっていた。

姉はすでに大学卒業していたが、就職はしていなかった。なんと、カリスマキャバ嬢になっていたのだ。当時の某歓楽街ではかなり有名な存在で、テレビ取材も受けていた(冒頭に書いたテレビ出演の話はこれのことだ。ちなみに姉はこの後にもまた別の形でテレビに出るのだが・・・)。姉は客に媚びないSっぽいキャバ嬢という設定で、何度か深夜番組に出ていた。それはけっこうサマになっていた。

姉は家では父にハッパをかけ、とりあえず一労働者に戻って建築現場で働くことを勧めた。父は最初経営者という立場にこだわり、かたくなに拒んでいたが、やがてしぶしぶ従った。

ここから急展開が訪れた。カリスマキャバ嬢としてのブームが一段落して、父もどうにか社会復帰できたというタイミングで、姉がいきなり海外留学してしまったのだ。なぜこのタイミング?と思ったけど、どうも男絡みのようだった。色恋沙汰なら、もう誰が何を言っても無駄だ。姉の留学先はコスタリカだった。

姉は私に銀行カードを託した。「本当にやばくなったらこお金を使いなさい」と姉は言った。さらにもう一点、「絶対に父には秘密にすること」姉はそれだけ私に言い残して、さっさと異国へ旅立ってしまった。当時、私はまだ中2だった。おいおい、母親の代わりをするって話は?

預金は600万円だった。コンビニATMで残高を見た時、足が震えた。私はこわくなって、すぐにカードを机の引き出しにしまい、鍵をかけた。それは中2の私に背負える額ではなかった。

そのまま中3になり、受験の時期を迎えた。姉がいなくなってからというもの、家の中はめっきり暗くなっていた。父は働いてはいものの、お酒の量がどんどん増えていた。親子の会話もほとんどなくなっていた。学校でも、私の家が落ちぶれたという噂がうっすらと広まっていて、なんとも言えない惨めな気分だった。姉の600万だけが心の支えだった。まだ大丈夫、うちにはこれがある、そう言い聞かせながら日々を送っていた。とかいいながら、カードからお金を引き出す勇気なんてまるでなかった。私は根っからの小心者なのだ大金を前にして、完全に怖気づいていた。どうしても心細くなって、ひとりで布団をかぶって泣く日もあった。勉強にも身が入らず、だんだん授業がちんぷんかんぷんになっていった。高校に受かる気がしなかった。この時期は私の人生いちばんしかった頃かもしれない。

そんなときに、姉が帰ってきた。まるで私の危機を察するみたいに。姉は予告もなく、いきなり家に現れた。あの時、姉を見た瞬間、私の全身にぐわーっと広がった強烈な安堵感が忘れられない。自分いかに姉を頼りにして生きているのか、骨身に染みて分かった。

姉のコスタリカでの日々は、それだけで一冊のルポルタージュが書けるぐらい強烈だった。でも私がここに書くのはちょっと無理だ。筆力が足りなすぎる。姉はコスタリカ日本人恋人暮らしていたのだが、やがてその男と別れて、現地でスペイン人と付き合うことになった。交際から数日後に、ふたりパナマに小旅行に行ったら、国境を渡るバスから彼がいきなり逃亡してしまった。理由はわからない。ともかく姉は一人にされてしまった。それから姉は執拗警察の取り調べを受けたりしつつ、どうにか事なきを得て、家に帰りついた。後日、彼が麻薬組織幹部だということが発覚した。姉はそんなこと何も知らなかった。彼がなぜ逃げたのか、どこに逃げたのか、全てが謎に包まれていた。

そういう話が他にもたくさんあるんだけど、とても書ききれない。とりあえず姉は無事に日本に帰ってきた。そしてコスタリカでのエキサイティングな日々を迫力満点に語ってくれた。私はなんだか自分の悩みがバカらしくなってきた。受験不安だとか、ほんとに小さなことって気がしてきた。姉に相談したら「勉強しろ」と言われた。2秒で話が終わってしまった。銀行カードをいちども使わなかったと言ったら「あんたらしいね」と笑った。姉が相変わらず人差し指翡翠指輪をしていたので、私は「お母さんの指輪だ」と言った。姉はそっけなく「あれウソだよ」と言った。「蛍火の墓を見て、適当でっちあげた」「マジで!?」「うん」私は脱力した。

それから受験勉強に身をいれて、私は無事に第一志望の高校に受かった。姉は父の酒浸り生活も、きびしくたしなめた。父は何だかんだ言いながら、姉には従う。酒の量を控えるようになり、少しずつ生気を取り戻していった。やがて昔の仲間と一緒に、また小さな会社を発足させた。最近土建以外にも手を広げて、高齢鞭打ちながら、建物管理資格勉強なんかをしている。

姉はコスタリカで築いた人脈を駆使して、某国大使館アルバイトをするようになり、そこで能力を見込まれて、正規職員になった。大使館について詳しく知っているわけではないけれど、私は漠然と「超エリート仕事」だと思っていた。姉のイメージとはどうしても結びつかなかった。最初に聞いた時は、女スパイ組織に潜入しているような姿が頭に浮かんでしまった。

姉の最後テレビ出演は、この大使館バラエティ番組取材を受けたときだった。姉は有名な芸人さんにおいしくいじられていた。姉は完全にキャラ変して、シャイで生真面目な妙齢職員を演じていた。「あなた、かなりの箱入り娘でしょ。男性経験も少なそうだな」芸人さんがそんなようなことを言って、姉をからかっていた。姉は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。『かわいぃ~』みたいなテロップが入った。いやいやいや、と私は全力でテレビに向かってつっこんでしまった。

そんな姉も、長く勤めた大使館をやめて、今はスペインバルオーナーマネージャーとしてバリバリ働いている。ほんとはここにお店のサイトリンクを貼って、微力ながら宣伝したいんだけど、それをするには姉の許可を得なくちゃいけない(というか、こんなの宣伝にならないか)。

ちなみに私は普通に高校を出て、短大を出て、今はOLだ。ほんとに波風のない人生。何から何まで姉とは対照的だ。そのうち私にも、めくるめく冒険の日々が訪れるのだろうか。

結局、姉への感謝はたくさんありすぎて、とてもここには書ききれない。何でこんなことを書こうと思ったかというと、このあい何気なく実家で昔のアルバムをめくっていたら、幼い頃の姉の写真を見つけたから。3才ぐらいで、まだ私が生まれる前。姉は母の腕に抱かれていた。泣き出す直前みたいな、絶妙な仏頂面。姉を抱く母の人差し指には、緑色翡翠指輪が光っていた。なんだ、やっぱり形見じゃん。本当だったんだ。きっと照れくさかったんだろう。いかにも姉らしいと思い、うれしくなってしまった。それで姉への気持ちをまとめてみようと思ったんだけど、うまくまとまらなかった。無理もない、姉自身がまとまってないんだから

2017-09-14

インターネット粘着マンから逃げ延びるにはコタツ記事を書くしかない

もしも自分の手足で手に入れた情報を載せてしまえば、インターネットストーカー戦士警察犬のように臭いを嗅ぎつけてくるのだ。

古の時代ネチケットの中に「自分情報をできるだけ載せないようにしろ」という文面があったのを覚えているだろうか。

キチガイにつけいる隙を与える事はキチガイにエサを与えること、キチガイ餓死させ駆逐するためにもエサは出さないようにしましょう。

そういうルールがあったのだ。

長い年月を経て人々は忘れてしまった。

何気なくアップロードした写真から家が特定される可能性を知りながらも「今日ランチはXXで食べたお~~~」と呑気にインスタに足跡アップロードし続ける者達。

彼らが与えたエサを喰らいブクブクとストーキング欲を肥大させてきた狂人の群れ。

その中でまだ個人情報残滓香る記事アップロードするなど狂気の沙汰。

己の生活、信念、哲学、全ての気配を消臭したコタツ記事けが、この暗愚蔓延時代において身を守る闇の魔術から防衛なのだよ。

コタツ記事けが安全なのだ

Iさんについて

職場で知り合ったIさんという女性の話。

うちの職場は繁忙期にデータ入力短期アルバイトを雇っている。期間は3ヶ月で、毎年5人位が採用される。短期雇用なので学生が多いのだが、Iさんはその中のひとりだった。

Iさんは母親日本人で、父親スロバキア人。両親がすぐに離婚してしまったので、父親に関する記憶はまったく無いらしい。

Iさんは18才までスロバキアで過ごし、日本大学に通うために都内移住してきた。東京に住み始めて、今年で4年目を迎えた。

最初にIさんがオフィスに現れた時、僕ら社員の間で軽いどよめきが起こった。Iさんがめちゃくちゃ美人だったからだ。その場から完全に浮きまくっていた。ギャグ漫画の中に、一人だけ画風の違う美少女が混ざっているようだった。しかもIさんはただの美人ではなかった。かなり個性的キャラだったのだ。

Iさんはかなり独特な日本語を話す。最初に聞いた時は、シュール現代詩みたいだと思った。でもわりとすぐに慣れた。それどころか、だんだん好ましく思えてきた。気が付くと、僕はIさんの言葉を渇望するようになっていた。彼女言葉には何とも言えない中毒性があった。

勤務初日、Iさんがデスクに座り、研修資料凝視しながらじっと固まっていた。僕はなんだか心配になって声をかけた。

「どうかしましたか?」

すみません、心が散歩ぎみでした」

散歩ぎみ。初めて聞く言葉だった。Iさんは頬を赤らめて、

「間違えました。そんな日本語は無いです」と言った。

僕は不安になった。彼女業務データ入力である。当然、日本語文章入力する。その独特過ぎる言葉遣いに、一抹の不安をおぼえた。

しかし、それは杞憂だった。Iさんは実に優秀で、業務は素早く、しかも正確だった。飲み込みも早かった。喋る言葉は独特だったが、業務に関しては何の問題もなかった。

ある日、Iさんが突然言った。

「私の髪が短くなったとしたら、どう考えますか?」

僕が答えあぐねていると、彼女はやけに深刻な面持ちで呟いた。

「髪を、切るんだよ....」

なぜかタメ口だった。

数日後、Iさんは肩まであった髪をバッサリ切って、ベリーショートになっていた。僕は褒めるつもりで、「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグに似てますねと言った。Iさんはよくわからないという顔をした。

僕はIさんのおかげで、会社に行くのが楽しくなった。Iさんはなぜか僕を頼りにしてくれて、仕事でわからないことがあると、まず僕に質問してきた。本来、僕はあまりとっつきやすタイプではないはずなのだ。これに関しては、周りの社員不思議がっていた。

休憩時間になると、Iさんは雑誌を読みながら、ミックスナッツばかり食べていた。ある日、僕はIさんに訊いた。

昼ごはんはそれだけですか?」

Iさんは黙って頷いた。それからおもむろに雑誌丸めて、望遠鏡みたいにして僕の顔を覗きこんだ。僕がきょとんとしていると、今度は指で唇をなぞる仕草をしてみせた。「勝手にしやがれ」の真似だと、僕はやっと気付いた。

映画を見たんですか?」

「見ました。確認のためです」

スロバキアにいた頃から、Iさんは日本語勉強していたらしい。日本アニメをたくさん見て、漫画もよく読んでいた。

「どんな漫画を読んでいたんですか?」

「新忍者ハットリ君!」

Iさんはなぜか食いぎみに答えた。律儀に「新」を付けるところが面白いと思った。

日本に来てからは「鶴さん」の番組をよく見ていると言った。「鶴太郎ですか?」と聞いてみたが、どうやら違うようだった。「鶴さん」についてさらにくわしく聞くと「太ってる」「メガネ」「やさしそう」などという特徴を上げた。笑福亭鶴瓶のことかもしれない。

いちばん笑ってしまったのが、父親に関する話だった。Iさんは5歳ぐらいまで、ある男性写真を「これがお父さんだよ」と言われて育った。それは母親による嘘だったのだが、今でも写真には愛着があるからスマホに保存してあるのだという。見せてもらったら、カメラ目線で親指を立てているダイアモンドユカイだった。Iさんの母はレッドウォーリアーズのファンなのかもしれない。それにしても、なんという雑な嘘だろう。父親ダイアモンドユカイなら、Iさんは純粋日本人ということになってしまう。

Iさんは日本語貪欲に学んでいて、気になる言葉があったりすると、すぐにメモを取った。ある時、僕が何気なく使った「善処します」という言葉をやけに気に入って、ことあるごとに「ゼンショシマス」と言うようになった。

「この書類データに移して下さい」

「ゼンショシマス」

「いや、必ずお願いします」

こんなバカな会話を繰り返しているうちに、あっというまに3ヶ月が過ぎた。

僕とIさんはかなりうちとけて、ラインも交換した。しかし、Iさんのバイトが残り一週間という時に、僕は風邪で寝込んでしまった。残念ながら彼女最後の勤務を見届けることができなかった。繁忙期に風邪をひいてしまったのもショックだった。様々な業務が滞り、迷惑をかけてしまうからだ。

風邪は意外と長引いて、結局僕は5日も会社を休んでしまった。6日目に出勤すると、Iさんのデスクはすでに片付けられていた。なんとも寂しい気持ちになった。Iさんは今頃はオーストラリアにいるのかもしれないと、ぼんやり考えたりした。バイトが終わったら、オーストラリアに行ってパラグライダーをやるのだと、嬉しそうに話していたのだ。

課長挨拶に行くと、驚くべき報告を受けた。僕が休んでいる間、Iさんが僕の穴を埋めるために、毎日遅くまで残業をしてくれていたらしい。そのおかげでなんとか納期に間に合い、ピンチを切り抜けることができたという。Iさんは業務に関して、隅々までしっかり把握していて、とても頼りになったそうだ。短期間であそこまで教育するなんて、君も大したものだと、僕は課長に褒められた。どういうわけか、僕の評価が上がってしまった。

その日の夜、感謝を伝えようと思ってラインを開いたら、嘘みたいに絶妙タイミングで、Iさんの方からメッセージが届いた。

オーストラリアにいます

それから続々と写真が送られてきた。海辺街路駅前広場公園。どれも景色ばかりで、Iさん自身写真が一枚もなかった。なぜ自分写真を送ってこないのだろう。やはり変わっている....。気持ちよさそうに羽根を伸ばしている、野生(?)のインコ写真があったので、とりあえず僕はそれを待ち受けにした。

2017-08-31

[]2017/08/30

椅子に座ってパソコンに向かってるだけなのに頭がまわってる感じのめまいがするから病院に行った

めまいってどこだろうと思ってぐぐったら耳鼻科だったので耳鼻科にいった

会社・駅の近くの耳鼻科は評判悪かったから、家の近くの耳鼻科に行った

耳鼻科って駅近とかさかえてるところ以外だとかなり少ないという知識を得た

歯医者は多すぎるくらいたくさんあるのに、なんで耳鼻科は少ないんだろう

閑話休題

患者多くて30分も待たされた

診療開始時間ちょいすぎにいったのに、受付は30分前からやってますとかでたくさん患者たか

もっと早くいけばよかった

聴力検査電話ボックスみたいなのに入ったけど全然防音なってなくて隣の診察室の笑い声とか聞こえて正確な聴力はかれてねーだろこれと思った

あと聴力けんさのピー音を出すとき電話ボックスの外でボタン教えてるんだけど、ボタン押したりはなしたりしてるかちゃかちゃいう音がきこえてきて、なおさらいみねーなと思った

でもそのあとの検査意味あった

何も見えないVRゴーグルつけて、ゆっくり体を後ろに倒したり、体を右に向けたり左に向けたり

それで何がわかるんだろうと思ったけど、あとで教えてもらった

右向くときに瞳がけいれんするみたいにわずかに左側に動いてた

こういう現象がでるのは内耳の水分不足(体重3kgだと一日1.5リットルは飲まないといけないらしい)、睡眠不足が原因らしい

めまいおさえる薬(ツムラ漢方を処方されてびびった)と睡眠の質を上げる薬をもらった

漢方のくささはともかく、粉末の薬がほとんど苦くなくて驚いた

幼児とか小学生低学年くらいのときに飲んでた抗生物質だったかな、白くてつぶが大き目の粉末の薬、すっげー苦くて大嫌いで、かぼちゃとかさつまいもに混ぜてだんごにしてもらったりしてたのに

まあ大人が苦くないって思うのでも子供にとっては苦いってのもあるのかな

病院からクレカ使えなくて札くずさないといけなくて小銭がめっちゃ増えてしまった

病院もモットクレカかえるようになってほしいなあ

スーパーとかブックオフで100円の本かうときすらクレカから、たまに病院いくと不便でしゃーないわ

睡眠不足は、まあ確かにあるのかもなあ・・・

でもかといって早くねたら翌日疲れがとれるわけでもなくなってきたのが、30超えて一気にでてきた気がする

20代はどんなに疲れてても寝たら翌日は元気になってたか体調不良休みたくても休めない健康体がうらめしく思えたくらいだったけど

体力おちてるんだろうなあ

筋トレしなくなったのもあると思う

あーしんど・・・仕事やめたい・・・

ちょっと猫背気味になってるときに背筋を何気なくのばしたタイミングめまい起きやすいみたいだ

2017-08-27

笑って誤魔化すな

小学生の頃から眉毛が濃く太いのが気になり始めた。6年生になると、クラスメイトからロック・リーガイ先生イモトなどあらゆる眉毛の目立つキャラあだ名をつけられた。

いじめられていたわけではない。でも、本気で怒ったり嫌がったりするとコミュニティ空気を悪くする。どんなにからかわれても友達のことは好きだったし、中には好きな男の子もいたので、所謂お笑いいじられキャラ的なポジションなんだと自分に言い聞かせ毎日過ごしていた。

そして小学校卒業中学に上がると、当時のクラスメイトの多くとはほとんど顔を合わせなくなった。眉毛からかう人もいなくなった。私自身も(もう中学校では眉毛のことを言われたくない)と思い、母親相談して少し眉毛を整えてもらった。

高校卒業後、先日小学校時代クラスメイトに会った。わたし眉毛からかっていた一人だった。頭が切れて気立てが良い子だったので、今なら「嫌だった」と言えるかな、と思い、何気なく小学生は素直だから仕方ないけど、本当は地味に効いてたんだよね〜」と話した。

彼女は笑いながら「でもみんなは××(わたし)がブスだという意味で言ってたわけじゃないと思うよ」と言った。

私は悲しかった。みんながどんなつもりで言ってたかなんてどうでもよかった。彼女には私の容姿を貶している自覚が無かった。それは私が笑って場の空気を持とうと自分意思を誤魔化してきたからだと思った。今となってはどうすることが正解だったのか分からないが、私をからかっていた友達の多くは私の眉毛ことなんて覚えていないんだろうな、と思った。

中高とずっと眉毛を気にして生活してきた。多くないおこずかい眉毛サロンにも何度も通った。今も通っている。高校生になって勇気を出して初めて眉毛サロンに行った日のことをはっきりと覚えている。それをかつてのクラスメイト達は知ることもないし、知って欲しくないとも思う。

2017-08-25

https://anond.hatelabo.jp/20170825111527

16+8ということは24画ですね。

財と名声に恵まれる画数です。

姓名判断を気にしていないとのことでしたが、何気なくつけて吉数になるというのは素晴らしい。

ただこの画数は、生死にかかわる事故に巻き込まれることも少なくない数ですのでお気をつけて。

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