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はてなキーワード: 古代ギリシャとは

2021-05-07

anond:20210507174808

XAを、くさ、にするのは古代ギリシャ語の発音です。

XAは、英語だと、ざ、です。

2021-05-02

旧帝大以外で女装ハッテンする奴は全員○ね!

女装を伴う性交渉古代ギリシャ戦国時代から続く上流階級の高尚な文化なの

況やGmarch以下の(高卒や中卒も勿論含める!)生物学的に劣等なゴミ共が女装ハッテンするのはその由緒ある歴史を傷つける、冒涜行為に値する。

賎民女装ハッテンの界隈に入るなど来世でも早いわ

一人でぼくのぴこでシコって寝てろ

2021-04-14

大乗仏教小乗仏教って全く別なのに同じみたいに扱われてるよね

ガンダムエヴァンゲリオンぐらい違うでしょ。

エヴァンゲリオンオタクは「うわああああああああああああああああアスカあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」とか突然叫びだすけど、ガンダムオタク職場で「当たらなければどうということはない」「バックアップが無ければ即死だった」「見せてもらおうか〇〇大学卒の実力とやらを」とか新入社員に絡み始めてうぜーって思われる。

カトリックプロテスタントは……モルモン教馬鹿にする割にはやってること一緒だと気づいてない馬鹿って所で大差ないな。

イスラム教はよくわかんねーけどゾロアスター教一種だと思う。

つうか古代ギリシャ神とかエジプト神話とか崇めてる奴ってなんでいなくなったの?

日本神道人間神が増えすぎてクソつまんねえのになぜか人気あるよね。

2021-04-09

モダンとかポストモダンかいうの馬鹿じゃないの。

2021年とか年で言えばいいのに。

着るものでも思想でも芸術でも、すぐに変わるんだから

地域性もあるから古代ギリシャ哲学」みたいに、「2021年東京哲学」とか言えば範囲が明確でいい。

範囲を広げたければ「2010年代日本芸術」と言ってもいいわけで、ポストとかモダンかいう時々刻々と変化する名前で呼ぶのは変。

2021-03-24

anond:20210323153614

同性愛が苦手」でもいいと思う。

ただ一方で、文章読むとその原因は「価値観としてそう教えられてきたから」という点に帰結しているように見えた。

もっと言うと「保守的価値観」といってもいいかもしれない。

その点では、「教えられた価値観に束縛されない、もっと自由人生を歩むといい」と思う。

あなたの教えられた価値観なんて、絶対的な真理とは言えない、移ろいの中の途中経過のものしかないと思う。

同性愛について歴史を通して見るてみると、日本では中世から近世まで同性愛は今ほどのタブーではなかった事実が厳然としてある。(稚児とか衆道とか)

海外に目を転じても、古代ギリシャでは「少年愛義務」だったりする。プラトン著作とか読むとわかるけど。

同性愛タブーになったのは、キリスト教禁忌とし、かつ西洋文化支配的になったからに過ぎないとも言える。(イスラム教でも禁忌か)

日本価値観に絞って考えたとして、ここ百年やそこらの「俄か」の価値観に縛られる必要ない、と言っても言い過ぎではないと思う。

価値観なんて、もっと多面的に考えればいいんじゃないのかな。

2021-03-11

anond:20210311074632

逆じゃね。

教養はあればそれでいい」という考え方が日本の後進性じゃね。

正直、「教養はあればそれでいい」なんて古代ギリシャから一切アップデートされてない価値観だと思う。

教養本業関係なくてもいいと思うけど、何かしらのアウトプットとして世に出し社会を良くするためにあるという考えに変えないと。

2021-03-04

言語とは精神病発言の主たる要因である

私が毎日使っている言語は、一種記号である

五感で得た情報を司り、言語という枠を使って漠然としたイメージ表現する一種記号である

言語は想起のための指標である。それは経験知識の曳き手であって、イメージリアリティではない。

 書くことは、他者とのコミュニケーション可能であることを前提に、ラベル付けされた一連の記号を用いて、他者に対して主張や理性を主張する方法の一つである

 口頭での主張は、私たちが獲得した仮説推論の致命的な能力と、類似点を見つける病気悪用して、メディアミーム感染させる一種ツールである

インターネットを通じて他人イメージを乗っ取ることを意図して書かれている。この思索は、言語というナンセンス方法を使っているので破綻している。

       自由幸福は、自分の手に負えないもの無視することで得られる。


 これは古代ギリシャ哲学者エピクテテスの発言です。これは権威的な重み付けのための引用であり、特に意味はありません。

松井秀喜がこのストイック哲学者と似たようなことを言っていたので、歴史的にも理解できる考え方だと思いました。

言語の美点は、話し手意図した通りに「もっともらしい」もの人間に刷り込むことができることである。ある公理を真理として刷り込み、恐怖や扇動によってその絶対性を刷り込む行為は、様々な組織の中で日常的に見られる。

 そもそも言語誕生は、人間による宗教の獲得と不可分である人間はある時点で、言語を通じて空想力、理性、類似性を見出す能力を獲得し、自分ではどうしようもないことを生活の中に内在化させてきた。

それは例えば、お金権威などの暴力一種であったり、感情という人間状態一種であったりする。

すぐには永続させることのできない現象が、言語という記号を使って他者と共有されるようになったのである

それだけでなく、活版印刷インターネット技術革新によって、言語は時空を超えて広く、長く保存されるようになりました。

それと引き換えに、宗教絶対性を広めることで、言語習得デメリットである上記のような制御不能事象を打ち消そうとする試みがなされたのである

上記記述には何の根拠も示せないので、適当な本やネット上の類似情報相互参照して、ご自身結論否定判断にお任せすることにします。

エピステーム

 精神病についての深い考察は、ミシェル・フーコーの著書をお読みください。エピステームという重要概念提唱されています

エピステーメとは、ギリシャ語で「知識」を意味する言葉をもとにフーコー造語した言葉である簡単に言えば、私たち認識形成される知識の枠組みを指す。私たちの知覚は、私たち経験から直接、媒介されずに得られるものではありません。私たち経験はすべて、私たちが持っているある認知的枠組みに適用されたとき知識となるのです。

 そもそも精神病」という名前を使うのはよくありません。何と言っていいのかわからない。ラ・ラ・ラ・ラ・ラ。なんだっけ?

インゲニヤトー

 1213世紀ヨーロッパでは、労働組合倫理規定により技術開発が停滞していましたが、後のルネサンス期の15世紀には、相次ぐ戦争対応するために様々な技術が開発されました。この時の新技術はインゲニウムと呼ばれていました。その技術を開発したのがインゲニウム・トーである。インゲニウムは、今日エンジニア語源です。レオナルド・ダ・ヴィンチもインジニアトールの一人でした。

 レオナルドの写本の中で最も有名なのは、アトランティコ写本とマドリッド写本である。彼はすべてのもの描写するために、フォトリアリスティックな絵を必要としていました。言語のような一対一の記号ではなく、より具体的なイメージを捉える方法必要だったのだと思います

 ピクトリアルジオメトリという幾何学技法がありますガスパール・モンジュによって確立され、産業革命期にエコール・ポリテクニークで教えられました。ルネサンスの数世紀後には、主に軍事目的であったが、イコノグラフィーが導入された。

2021-02-15

anond:20210215132030

古代ギリシャスパルタが似た感じだと思うけど、最終的には滅びてるよね。

2021-02-11

anond:20210210163728

音楽史17世紀から始まる

  ← そういう嘘を言ってはいけません。

まずはまともな音楽史の本を見ましょう。古代ギリシャからまり、実際の譜例は中世あたりから出て来ます

グレゴリオ聖歌に触れない音楽史の本など無いし、だいたいはヒルガルド・フォン・ビンゲンあたりから個人名が出て来ます。そして中世音楽は14世紀マショーで最盛期を迎え、15世紀デュファイルネサンス音楽が始まりフランドル楽派が栄え、オケゲムジョスカンらが活躍し、16世紀にかけてルネサンス音楽が大繁栄します。

17世紀に始まるのはバロック音楽ですよ。

2021-02-10

音楽史17世紀から始まるのは何故なんだぜ?

音楽ってすげえ原始的芸術で、

たぶん言葉が生まれるより前から人類は歌ってたと思うんだけど、

それなのに音楽史の説明がだいたい17世紀から始まるのはどうしてだろう。

いやもちろん音楽自体は連綿と続いてきているんだろうけど、古代中世のことはほとんど語られないよな。

ちょっと詳しい説明でもせいぜいルネサンス以降じゃん。

絵画しろ彫刻しろ詩にしろ小説しろ演劇しろ

その芸術歴史を書こうと思ったら、

だいたい古代ギリシャか古代ローマか古代中国から始まるし、

その当時の代表作がいまでも知られていたりするよな。

でも、音楽でそういう「古典」の位置にいるのはバッハヘンデルで、彼らは17世紀に生まれ人物だ。

バッハなんて、あんな貫禄のある顔をしておいて、松尾芭蕉近松門左衛門より年下なんだぜ。

なんで音楽だけこんなに新しいんだろ?

2021-02-07

anond:20210206223117

ぶっちゃけ民衆はアホで扇動者に煽られて騒ぐのなんて古代ギリシャからわかってる今更過ぎることであって、政治家ってのはそのアホどもの機嫌を伺ってうまいこということが一番求められている能力なんだろうなぁ

SNSなんかで機嫌のトレンドがころころ変わる現在じゃ、それにアジャストできないおじいちゃんはやっぱり政界を去るのはやむを得ないじゃないか

まあ、森さんはこれを最後仕事にと思ってロハでやってるらしいけど飛ぶ鳥後を濁しちゃった感だね

2021-01-22

神様信仰することのアホらしさ

タイトルで強烈な文言を述べたが、私個人神様信仰していない。私は神様ではなく自分幸福をもたらしてくれる縁や尊敬できる偉人信仰している。

私の家系日蓮宗であるが、それを意識することはほとんどない。葬式や父の実家仏壇を拝むときだけだ。クリスマス初詣もするし、お守りを持つこともある。

このような態度は無宗教と呼ばれ、日本人の多くはこれに分類される。中にはこれを宗教的態度の欠如である批判する人もいる。私が小学四年生の時の担任教師はこれをおかしいと非難した。

しかし、私はこのような「無宗教」が日本で起こったことや、無宗教の人が宗教恩恵にあずかれるのはおかしいことではないと思っている。

日本人宗教観は、この世には沢山の神様がいるという宗教である。この世のあらゆる事物にはそれぞれの神様が宿り、神様達の動きによりこの世界因果関係が決定されると考えた。それぞれの神様人間と同じく感情を持つものとして考えられ、祭祀信仰はその神様のご機嫌をとることに近かった。この宗教的態度は外国から仏教儒家思想キリスト教などが入ってきても変わらなかった。

このような宗教的態度が生まれた背景を和辻哲郎のエセー「風土」は日本(および東アジア)の雑多な生態系災害の多さに求めた。日本人古来より抗いがたい災害に見舞われ、それに耐える忍耐力を養った。そしてその気象条件は同時に命の恵みも与え、我が国植物動物の息吹があまねく見受けられるのである

こうした環境日本人精神を作り、その精神から人格を持つ沢山の神様を生み出したのである。これは自然環境が変わらぬ現在でも同じであり、欧米中東のような一神教的な絶対神日本征服できないのはこのような理由がある。一神教の神は、多神教神の国の一部として取り込まれるのだから

遠藤周作小説沈黙」では、日本に伝来したキリスト教の教えが日本根付かず改変されていることを元宣教師フェレイラが嘆くシーンがあるが、それは上の風土を考えれば当たり前のことなである

一方でキリスト教イスラム教などの一神教誕生したのは、砂漠の国中東からである。そこは日本とは全く異なる生命の息吹が皆無の殺意の大地である。そのような状況から砂漠の民のヒューマニズムへの関心はとりわけ高く、それが人間の味方である絶対唯一神への信仰を生み出した。

それがヨーロッパに入り浸透したのは、ヨーロッパ民族合理的従順だったかであるヨーロッパ生態系が単調で、人間からすれば自然は全部「役に立つ」ものだった。そこから古代ギリシャローマ代表される科学合理的思考がこの地で起こり、それはヒューマニズムに満ちた一神教を受け入れたのだ。

ここで、あらゆる神や宗教を吸収する多神教の国日本一神教が人々を統べる欧米中東差異が分かる。そして、これが日本無宗教を受容する態度と非難する態度の違いを生み出すのだ。

一神教宗教観は日本無宗教非難するが、それは無宗教神様信仰しないからだ。一神教の神は世界創造者で裁定者で救済者なのである。それを信仰することが彼らの人間として生きることの証なのだ。故に無宗教非人間的な態度であり、シリアルキラー同類存在なのだ。先の私の小学校先生無宗教人間として無節操な態度と考え、非道徳の理由無宗教に求めたのだ。

その上で私は一神教宗教家の方々の私の宗教観への批判反論したい。私が信仰しているのは神を持たない宗教であると。

先ほど私は日本宗教観ではこの世の事物にはそれぞれ神様がいると述べたが、それはあくまでいるだけであり信仰する神ではない。物事因果を神の所業と考えているが、それを起こす神が気まぐれでそれが沢山いる以上もうどうしようもないのだ。もしこれが人だったら早々と見限るような神々は沢山いるのだ。神は人を選ぶのだろうが、人間も神を選ぶのである

私も以前は神は正しいメッセージを授けてくださると思っていたが、いつまでたっても授けてくださらない。それは当たり前のことであり、雑多な風土に宿る神が雑多なメッセージ以上の何かを発信することは出来ないのだ。日本土地では裁定者たる神はいないのである。「沈黙」でも、主人公の前に裁定者は最後まで表れなかった。裁定者は日本という沼地で溺死したのだ。故に主人公は生きるという決意で生き延びたのだ。

沈黙」では神を心のなかで生きる存在と最終的に結論付けたが、私はその神の存在意義は最初から否定した方が楽なように思えるし、そちらが神様にとってもありがたいであろうと思う。そうでないと私は神様に対する「たかり」になってしま申し訳なさで死んでしまいそうだ。

何か危機に陥ったときにかつては祭祀加持祈祷に頼っていたであろうが、科学時代においては科学の方が日常生活では「烏合の衆」よりかは帰依出来る。

今のコロナ禍でも、精神的基盤を補強する役割以外では、神頼みよりも衛生的処置医療措置の方が遥かに大事なことはすぐに分かる。

では私は何を宗教に求めているかというと、私の心と世界とのコミュニケーションである。世の中には理不尽なことは沢山ある。そんなとき世界沈黙し私を嘲笑しているように錯覚することがある。

だが、それは私が世界とのコンタクト放棄しているかである世界は私を嘲笑していない、語りかける励ましの言葉はある。私がそれに気付くとき、私は心を開き癒されるのだ。その回路を開くことが私の宗教的態度である。私が信仰しているのはそうしたものである

私は長々とここまで語ったが、私は他人宗教的態度を否定するつもりは毛頭ない。私には私の納得する宗教的態度があり、それを大切にしている。故に他人にはここで語ったことに対抗しうるだけの宗教的態度があると考えられる。私はそれを侵すつもりはないし、相互不干渉を守りたいと思う。自分の守りたいものと同じように他人の守りたいものは守りたいのだ。

私の記事は以上だ。

2021-01-08

anond:20210108104753

なのに、政治が分からない人がみんなで集まって「政治を行う人」を決めるって圧倒的におかしいでしょ。

おかしいが政治が分かる人のみが集まって政治を行う人を決めると

母集団バイアスがかかって民意の反映ができなくなる。

理想としては国民全員が政治が分かる人であるべきだが、古代ギリシャとかならともかく現代ではそれは不可能だ。

 

そこで個人的に良いとおもっているのが、ランダムサンプリングをして

サンプリング対象になった人に対して政治が分かるように勉強させてから投票するという方式

 

この方法なら副作用として選挙カー撤廃もできる。

2020-11-17

anond:20201117220911

昆虫食って古代ギリシャ時代くらいからあるわけだけども、拾ってきた廃棄弁当も似たような食文化だとでも言いたいの?正気かよ

2020-11-04

古代ギリシャにおいて音楽数学的に理解された

まり美を論理的表現するものだった、その伝統が今でも生きている。

から欧米ミュージシャン政治的立場を表明することに躊躇がないんだと思う。

政治言葉だし論理から

一方アジアにおける音楽はずっと、雰囲気を醸し出すものであって、白黒は決して付けない。

日本において音楽家が政治的発言をすることが忌避されがちなのはそういうところなんじゃないかな。

それぞれの在り方に優劣はないけど、まぁ、近代以降のアジア音楽ヨーロッパ発明された平均律を便利に使っていて、それは「文化の盗用」だとも言える。

2020-10-28

anond:20201028002727

神話にも思えるほど昔の話って三大始祖からエクリプス古代ギリシャ後期ぐらい)とかで、

戦国時代ぐらいがセントサイモンとかで、

明治大正のたいへんな時代リボーとかで、

高度成長期伝説セクレタリアトで、

シンザンとかそのあとだと思ってた。

 

ナリタブライアンも見たことはないけど子供のころ、

法事たまたまついてたTVでたぶんエルコンドルパサーが勝ったシーンを見た人間感覚

2020-08-13

anond:20200813021204

俺は逆に男は「恋」とか「愛」みたいな概念をかなり限定して使いがちだと思う

セックスを伴わないと「恋」とか「愛」とは言えないという制限無意識に働かせてる男が多いから男同士に関しては「友情しか許せなくなるんだろう。

これはホモフォビアを前提としていると短絡されることがあるが、より正確には性嫌悪的な資質が男の文化(本能ではなく)にあることを示唆するものだと考えたい。

古代ギリシャ男色カトリック禁欲も表れ方が違うだけで性嫌悪的な文化根付いている。

2020-07-08

anond:20200708105423

私は音楽が好きなので楽器を勧めたいが、

あなた人間に興味の比重が偏っているようなので、

音楽」ではなく、「音楽をやっている人」に執着してしまいそうで怖い。

クラシック音楽とかどうだろうか。

名だたる音楽家は全て死んでいるので。

古代ギリシャ哲学とかどうだろうか。

ソクラテスプラトンアリストテレスもみな死んでいるので。

2020-06-09

小児性愛(ショタコン)という深刻な病を持つ" 女 "たち

小児性愛=男性 、という図式ばかりフィーチャーされがちだが、実は小児性愛問題男性に限ったものではない。

しろ、隠れた小児性愛問題は「女性」の側にこそ潜んでいる。

男性若いアイドルばかり追いかけまわしていると思っているようだが、実は女性もまた、若い男性アイドルを追いかけまわしている。

例を挙げると、ジャニーズJr神木隆之介羽生結弦・・・etc (実際にはキリがない、というのもこの世には「男児」の水着イメージDVDなるものもあるからだ。)

彼らがまだうぶな少年だったあの頃、あのあどけない笑顔を性欲丸出しでおっかけていたおばさん達の表情を自分を決して忘れない。自分の息子を見つめる母親のような顔で彼らを応援するが、常識的に考えて"赤の他人"であるはずの男児あんなに大挙して群がるはずがない。あの頃の自分は詰めが甘かった。

なぜ将棋藤井聡太に若き日の羽生結弦ほど女性ファンが集まらないのだろう。単に将棋に興味がないだけだと思っていたが、しかし奴らはフィギュアスケートルールすらほとんど知らないのだ。(もちろんマナーも)

はなはだ疑問である

彼女たちは自分の汚らわしい性欲に過ぎないものを、まるで母性であるかのように"正当化"するのだ。

まるでどこかのクリスチャンみたいではないか

そういえばこの間も、ある成人女性小学生男子との淫行逮捕された事件があったが、普通に考えてあれは立派な"虐待"だ。

アホなネット民たちは「うらやまけしからん」などと笑い話で済ませていたが、本来もの分別のない小学生に性行為強要した場合精神医学的に考えてどんな傷害(トラウマ)を残すかわかったもんじゃない。

世の中には一定数の"ショタコン"女がいるわけだが、もし自分に小さい息子がいたとして、そんな奴らが大勢いる保育園子供を預けるわけにはいかない。ここは安全男性に預けたいところだが、どういうわけかどの保育園潜在的ショタコン欲求を持つ女性保育士ばかりが大勢を占め、未だ男性排除される流れになっている。(われわれは一体どこに愛する息子を預けたらいいんだ!)

自分は昔、母親風呂に入っていた時に、母親ペニスを触られたことがある。あの時の母親はただ笑っていたが、今考えると鳥肌が立つような不快体験だった。あれ以来母親憎悪するようになり、自分母親を徹底して忌避するようになった。自分はその時のことを誰にも何も言わなかったが、言えば性的虐待件数としてカウントされたのだろうか?また、同じような経験をした男性は、潜在的にどれほどいるのだろう。性的ものであれ、お受験教育的なものであれ、それは等しく"虐待"ではないのか。

(考えてみれば、母親恋人関係のような息子がたびたびテレビ報道されるが、あれも考えてみれば母親の"支配下"におかれ、もはや抵抗する気力を失った(無気力な)憐れな息子に違いない)

現実妄想のつかないのはむしろ女性の方で、彼女たちはむしろ現実男児に加害をなす恐れがあるのではないか、という問題をここに提起しておく。

「成人男性幼女」の構図ばかりを心配していたら、気が付いたら女がショタを苦しめていたではないか

願わくば彼女たちが、主にショタドールなどの現実人間ではない架空の"物体"や、または腐女子のような高度な妄想技術を磨いてその危険かつ屈折した性欲を日常的に解消してくれればいいのだが……。

(追記)

どうせ興味ないだろうけど自分の子時代の話をもう少しだけするが、自分母親のせいで異性との付き合い方が分からなくなったと言っても過言ではない。小学校4年生のとき女子からバレンタインチョコをもらい、その日母親に隠していたが、いつの間にか鞄を漁ったのかすぐに食卓の上に置かれていた。

中学卒業式の夜、学ランの第二ボタンがないことを上目遣いのいやらしい目で家の暗い廊下で問い詰められた。

高校生になっても通学の自転車を漕いでいると母親が車で自分を見つけ、「誰と話してたの?」と頓珍漢な詰問にあう。

学校女子に話しかけられてもどうせ深い付き合いになれないし、女友達になるにしてもそんなものが成立するとも思えない。

しかしこの頃から自分母親と、学校女子というものが、同じ「女」であることを強く感じ始める。

同級生女子もまた、男子という人間に対して同じ女同士の友達とは違う対応を明確にとり始めるわけだが、その下心のようなものがどうも見え透いて自分でもなぜか分からないが拒絶反応が起こり始めた。

どうにも自分母親と、目の前で気さくに声をかけてくれる女子の猫なで声が頭の中で共鳴し、嫌な思い出を引き出すのだ。

それ以来自分女性と深い付き合いができていない。

これは一体誰の責任なのだろうか?俺の心の問題なのか?俺の心が女性侵入を許せばただちに問題解決して、今頃、子供を作り幸せにやっていたのだろうか?分からない。しかしそんなあっさり心の問題解決してしまえるような奴が子供幸せにできるとも思えない。俺の精神の成長を止めたのは誰だ?俺か?俺だけなのか?あいつ(母親)は関係ないのか?猫なで声で接してきた同級生女子関係ないのか?じゃあ人間が一人で成長できるなら他人なんか要らないな。相変わらず都会のワンルームアパート孤独にこんな匿名記事愚痴を吐き出すしかできない。

ミソジニーなんて言葉があるが、どうせモテない奴の僻みだろなどと世間はいうが、女性嫌いになるのはいろんなパターンがある。自分場合はそれだった。一般的なこととして当てはまらない、統計的マイノリティだ、だからこれとこれは別の話だというのかもしれない。

じゃあフェミニズムって一体何のためにあるんだ?

フェミニズムとは一人一人が固有の体験において様々な問題について打ち明けることのできる思想だったんじゃないのか。

では俺の場合は何に当てはまるのだろうか。俺は男性だ。男性のためのフェミニズムってあるのか?少なくとも自分は知らない。少なくとも多くのフェミニストはそんなものは無いと言うだろう。

自分がもし、女に産まれてきたとしよう。そうすると多分、今度は自分父親性的虐待をされていたんじゃないかと思えてくる。多分99%そうだろう。パソコン履歴に「ロリコン 動画」などと検索するような奴だ。おまけに頭もものすごく悪い。まったく自分は男に産まれてきてよかった。じゃなきゃ今頃、風呂場で体中をまさぐられていたことを、今でも時折思い出しては発狂していただろう。いや、しかしこれも仮定の話に過ぎない。というのもそれを想像している自分あくまで男だからだ。あん父親性的虐待されてる自分なんてゾッとする。多分訴訟沙汰になっていたかもしれない。でもどうだろう、それでも女の子だった場合自分は、それでも無理やりにでもその時自分愛情を感じていたのだと心を誤魔化し続けていたのかもしれない。

もしそんな自分がいたとしたら、男がいうところの論理的思考なんてできないまま大人になり、ひょっとするとメンヘラになるか過激フェミニスト気取るか高いところから飛び降りていたかもしれん。男にモテてもモテなくても多分まともな人間関係が保てなかっただろうな。(この場合父親によって男性嫌いになっていることになっているが、もちろん母親との母娘関係においてまた別の問題が生じ、異性関係に支障をきたしたことだろう。あの母親はそういうやつだ。みんなは俺の両親については何も知らないかもしれないが、俺は"よく知っている"。奴らはそういう人間だ。どうせ互いの見た目(ルッキズム)だけで何も考えず結婚したのだあの馬鹿どもは。)

しかし今現在である自分にとっての問題は、結局未だ母親によって受けたトラウマが癒せず、女性というもの理解できず、成熟した精神というものの内在しない二次元アニメキャラしか興奮できないということだ。

特に幼女のような見た目のキャラか、どっかで献血ポスターになってそうなありえないくらい異常に発達した巨乳の童顔キャラかだ。自分もまた父親とまったく同じ種類の性的快楽を感じているのだろうが、それが自分に向けられた性欲ではなく、男同士で連れションしている感覚で、そこには男同士の明確な暗黙ルールに基づいているためにこいつは全く自分とは別の人間だと安心できるのだ。五感精神もすべてが何一つこいつに同調しない。

自分がもし、古代ギリシャスパルタのような男だけの社会で厳しく育てられていたらすべては解決したのだろうか。

昭和価値観マッチョホモソーシャルな奴らと共につるみ、「女なんて適当にあしらって子供だけ産ませときゃいいんだよ」とアドバイスされ、それに付き従い悪く言えば適当だが、良く言えば寛容な心で 結婚出産 までのコースをサクッと潜り抜け、子供も5人ぐらいサクッと産ませて国家安泰って感じでよかったのだろうか。しかし今は何もかもがセンシティブだ。(コロナでわかったことは、一人の人間の命が昔に比べて遥かに重すぎるということか。)

自分現実の女に興味がない。本当に電車での痴漢冤罪が怖い。そんなに男が嫌いなら、男の前に姿を現さないでほしい。

願ったりだ。そんな人間も当然のようにいる。しかしそれでももし、男だとか女だとかレッテル貼らずに一人の人間として対等に向き合う覚悟があるのなら、話ぐらいは聞いてやる。そしてそういう奴の言うことは、大抵「もっともだ」と自分は頷くだろう。

全ての問題は、男も女も、異性にしろ同性にしろ互いをモノとしてしか見てないところに原因があるような気がしている。


皆さんが考えているだろうことは自分もなんとなく想像がつく。

まり自分が様々な問題混同しているように見えるのだろう。確かにそのことについて自分も常に考えている。

しか被害者とはそういうものだ。論理性などない。自分感情をまとめることな自分一人で到底できない。

あらゆる問題混同したまま巻き込み、感情だけで片付く問題ではもちろんないが、論理だけで片付くとも到底思えない。

また、論理感情を上手く整理できる人間がいるとも思えない。すべての問題は置き去りにされたまま勝手に次のステージに進む。いつだって冷静なふりをしている人間は次のゲームに乗り遅れる。ここから心臓でここからが肺だとか、冷静にメスを入れることのできる奴だけがぶって問題を"上"から片付けようとするが、現役のスポーツ選手にとっての実感はどれも等しく見分けがつかないほど連動しているってことだ。皆様は自分こそが上手に魚や牛を捌けるとマウントを取り合っているようだが、今自分ポジションはそのまな板の上の魚や牛で、あなた達が捌こうとしているものは実は"人間"で、そしてそのまな板の上の"人間"は自分なのだあなた方は私の身体の中身を知っているようでいて知らない。もちろん私にもわからない。私にわかものは私が知っているものすべてであり、それを経験しているのは私だけなのだから。当然私はカウンセリングにも行ったし、いろんな人の話も聞いた。しかし結局誰にも共感できない心の構造を持っているのだ。なぜなら「この私」の経験は「この私」だけのものであり、経験していないものそもそも共感などできないのだから

からこそ私は二次元女の子性的に愛する。あるいは精神が未熟な「ショタ」や「ロリ」や「犬」や「猫」に同情するし、共感する。

なので自分が男だからという理由だけで「ショタ」の立場だけに立つなどと勝手ミスリーディングはしないでほしい。

ロリ」の苦しみは「この私」の苦しみだし、「犬」「猫」の苦しみも「この私」の苦しみだ。

ぶっちゃけると、男だろうが女だろうが、ショタだろうがロリだろうが犬だろうが豚だろうが誰が何に性欲を感じるかなんてもはやどうでもいい。等しく等価だ。性欲はただの性欲であって基本的に汚らわしいものだ。

そして現実の生き物に迷惑かけたくないから、自分二次元に逃げた。

そしていつか大量の幼女ドール巨乳ドールを専用の部屋に集めて飾ってやる。

白人黒人問題にせよ、どこからが白でどこまでが黒か奴らに分かっているとも思えない。

各々が各々の定義を持ち出して、勝手に"冷静に"まとめようとするが、どうせまた数十年後に奴らは同じような原因でデモをするだろう。

そもそも論理性だとか合理性だとか、そんなもの現実にどこまで通用するか、またそのようなもの合意もあるようでいて実は無い。なぜならそんなもの感情的な動物と化してしまったものには理解できないからだ。

何が問題かと言えば多分今日SNS的なもの全てだ。

(またまた追記)

ちょっとした軽い気持ちでこの文章を書き始めた自分だったが、結構数稼げたんじゃないかと思う。

君たちはこの文章ちゃんと読んでいるのか?それとも部分的自分が反応するところにだけ反応しているだけなんじゃないのか?しかし実際のところ、多分そういう読み方しかできないような構造が出来上がっているのだろうなとも思う。

どうやら君たちのいうところ、自分は何らかの「被害者」のようだ。なので言わせてもらうが、自分のような「被害者」は実はどこにでも潜んでおり、たまたま自分が上手く言葉説明できたに過ぎない。目に見えない自分のことを、どこまで真実を言っているのかわからいかもしれない。しかし今回の黒人デモにおいて思うのは、発端となった殺害された黒人も、案外"不注意"だったのかもしれん。というのも奴が問題を起こさなければ(例え正しかろうが間違っていようが)このような全米を巻き込んだことにはならず、平穏暮らしコロナに対する犠牲者の数をいたずらに増やさなくても済んだのかもしれない。

自分がもし黙って何も投稿せずにいたら、ひょっとすると「ショタ」の問題などそもそもどこにも存在していなかったのかもしれない。

被害者」は1人もどこにも存在せず、「ロリ」だけが被害を受けていることになっていたかもしれない。などと考えるのはただの自惚れかもしれん。しかし実際会ったことのないやつらに同情されても、結局同情という言葉けが一人歩きするだけで、自分情動に何のリアクションも起こさないのだ。この記事はただの自分メモ帳みたいなものだ。ひょっとすると、本当は何の虐待も受けていなかったのかもしれない。すべては俺の誇大妄想で、あの時の自分母親彼女なりに自分に尽くそうと不器用に振る舞っただけだったのかもしれない。戦争体験者の証言もそうだが、いつも当事者体験が一体どんなものだったかからない。お前は「被害を受けたのだ」とレッテル貼られても、それでどうしろというのだ。金は動くが心は何も変わらない。

しかし冒頭を読み返すと女を煽ってるような気がする。奴らにも辛い経験が当然あったわけで申し訳ないと思うが、しかしいずれにせよ人間はそれを「乗り越え」ねばならんのだ。(これでまとめた感を作ってみました)

(またまた追記追記)

しかしこの文章から人々は一体何を読み取るのだろうか?

このような追記追記を重ね、よくわからんただの歪なだけの文章を取り出して、それこそお前の精神構造を表しており、お前という人間の真理(心理)の一側面を表しているだなどとなんと精神科医とかはほざきそうなもんだが、ここまで書いてみて、君たちを鏡のように使ってみても、全然自分という人間がわからない。自分母親けが自分に影響を与えていて、それだけで自分構成しているとも到底思えない。とはいえ自分結構いろいろなことも経験してきたからだ。

どんな根拠をもってして、自分は何の被害を誰に訴えればいいのだろう?その正当性は何なんだろう。

2020-06-01

いまの日本はどう考えても働きすぎ

そもそも週5で8時間労働の時点で働きすぎなのに、それに追加で残業だの休日出勤だのがあって最悪

自分時間の少なさで言ったら江戸時代はおろか縄文時代にも負けてるんじゃねえか

あと気が滅入るような仕事が多すぎる これは日本っていうか現代問題だけどな 一日中パソコンに向かってカタカタやって頭使ってたらそりゃあ嫌にもなる

みんなで野に出て木の実を取るとか畑を耕すのがイヤになって自殺する奴がいるかということ まあいるかも知れんけど、少ないだろ多分

だいたい日本なんて一応先進国なんだから国際的にいえば貴族みたいなもんなはずなんだよ 古代ギリシャの人らなんて奴隷に働かせて自分らは悠々哲学なんかをやってたわけで、国全体で悠々やってないとヘンなくらいだ

いや、途上国奴隷にするのを正当化してるわけじゃないよ でも、奴隷労働の上にたつ人間奴隷労働をしてるってのは救いがないじゃない せめて憎たらしい敵がどこかにいなくちゃ

まあ日本富裕層とかそういうやつらはそれこそ貴族的に暮らしてんのかもしれんけどな

やっぱりここは暴力だ 暴力しかないですよ

2020-05-27

プロ(の)レス(バト)ラー

レスバトルっていつの時代からあったんだろうな?

少なくとも古代ギリシャでは当時最も賢い奴らがレス番付の上位を競っていたらしいが

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