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はてなキーワード: 創作性とは

2018-09-11

ばすてき権

anond:20180910232722

俺も素人だし、貰ったPDF増田の元記事矯めつ眇めつしてみても、イマイチしっくりこない。状況はかなり錯綜しているようにみえる。ばすてきの著作人格権は誰のものか。

典型的製作委員会タイプアニメの例を参考にすると、

アニメ3DCG著作人格権は、ヤオヨロズに属する」という解釈妥当っぽい。

通常、制作会社勝手に続編を作るなどという事態問題にならないのは、製作委員会がおカネを出さないと作れないからだ。しかし、たつき監督はこの点でイレギュラーだった。やってのけてしまった。著作人格権保有者は好きに続編を作れるので、誰も咎めることはできない。

他方、吉崎観音さんを原作としてみるとアニメ本編、3DCGも、ばすてきもみな二次的著作物だ。

それなら過去判例を参考にする限り、改変をコントロールする権利吉崎観音さんにあるようにみえる。製作委員会サイドの吉崎観音さんが著作人格権保有者なら、彼の許諾無しで、ばすてきを出すことは許されない。

二次的著作物は... (中略)... 原著作物の創作性依拠しないものはあり得ないとみることも可能であることから、両者を区別しないで、いずれも原著作物の創作性依拠しているものとみなすことにしたものと考えるのが合理的である

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/著作


どちらの解釈が正しいのか判らない。ただ人格権行使条項問題の核ではないと思う。

もしも、ばすてきを作ったのが「制作会社以外だったなら」例えば製作委員会以下の別の組織が作ったなら、事前に著作人格権行使条項ーーばすてきを作ってもいいよ契約、これを明記させておくことは必要だ。そうしないと人格権保持者の一存で一方的にばすてきを取り下げさせることができてしまう。しかし実際には制作会社自身が作ってしまったので、

となる。どちらでも問題はない。


ばすてきの法的問題は、著作財産権公衆送信権にあると思う。

ナイーブに考えると、製作委員会との契約で、けものフレンズに関わる全コンテンツ委員会の許諾なしでアップすることは出来ないはずだ。だからたつき監督のばすてきYoutubeアップロード違法だと解釈できる。

ただ、そこに黙示の合意があったなら話は違ってくる。たつき監督の目がキランと光って吉崎さんが冷や汗、というシーンがあったと思う。これを黙示の合意と取ることも可能かもしれない。

または、増田の説の"財産権バージョン"ーーヤオヨロズに対して「本編アニメは」勝手に公開してはダメだよ、などと限定してしまっていたなら、これは合法ということになる。著作契約がここまで込み入っている以上、このようなミスが起こってもおかしくないと俺も思う。専門家を雇うカネをケチったということはないと思うけど、そこまで気が回らないほど人員スケジュールタイトだった、ってのはありそうだ。

うう〜ん、部外者からではやはり多くは判らないので、やっぱり憶測なっちゃうね。ただ増田や別増田のお陰で俺自身著作理解更新したと思う。それはありがとうと言いたい。一応の解釈を持つことができたので、この件に関してはスッキリした気持ちで二期を待てるようになったのも良かった。

ただ、何故たつき監督が二期に乗らなかったか元増田のまとめを読んでもやはり釈然としない。増田が言ったように、著作問題はカネで解決することが可能だ。二期では、ばすてきのようなことはやりません、とか、アップする前に許可取ります、ではどうしてダメだったのか。

2018-09-09

anond:20180909201811

追記・一部間違い。そう、アニメ全体が二次的著作物だったね。

大きく間違ってるというほどかな。

なるほど俺は、「二次的著作物自体著作権でどう保護されるか」を問題にしてるのかと思ったが、

増田が気にしてるのは、ばすてきアニメで加えられた創作性などはどうでもよく「二次的著作物著作財産権ヤオヨロズが持っているのではないか」ってとこか。

ところで増田のいうところの共有著作権著作財産権のことか? それなら問題ないが、

共有著作権の一切をヤオヨロズ側が有すべきでない、という意味ならその理解タブン間違っているとおもう。

p26 ③制作委託型(著作権者:制作委託者) に

なんら 契約がなされなければ一般原則に乗っ取って著作権者 にもなりますが,通常は制作委託者との間に結ばれる 制作請負契約により,著作権制作委託者に移転する こととなります。なお,移転が行われたとしても,ア ニメ制作会社は著作者として著作者人格権を有するこ とになりますから制作委託者は著作者人格権につい ての権利処理(例えば不行使条項を設ける)が必要に なってきます

p27 ④製作委員会型(著作権者:製作委員会への参加者) の下部の図にも、アニメ制作会社も著作権であるように描かれてる。

共有の意味に関しては同意だ。

anond:20180909175426

完全に誤りというほどではなくね? 共有著作権についても把握できているしおおむね良いと思う。

誤解があるとすれば二次的著作物自体著作権でどのように保護されるかという点か。

二次的著作物は、その性質上、ある面からみれば、原著作物の創作性依拠しそれを引き継ぐ要素(部分)と、二次的著作物著作者独自創作性のみが発揮されている要素(部分)との双方を常に有するものであることは、当然のことというべきであるにもかかわらず、著作権法が上記のように上記両要素(部分)を区別することな規定しているのは、一つには、上記両者を区別することが現実には困難又は不可能なことが多く、この区別要求することになれば権利関係が著しく不安定にならざるを得ないこと、一つには、二次的著作物である以上、厳格にいえば、それを形成する要素(部分)で原著作物の創作性依拠しないものはあり得ないとみることも可能であることから、両者を区別しないで、いずれも原著作物の創作性依拠しているものとみなすことにしたものと考えるのが合理的である

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/著作物

共有著作権者が二次的著作物の利用に関して契約で許していれば問題ないし、そうでなくとも黙示の合意があったらよい、とも判例には書かれてる。増田の言ってる「3Dモデルの買い取り契約」というのは「著作者人格権の不行使条項」のことだと思うが、共有著作権になっている時点でこれは問題ないとおもう。もし問題ならCDジャケットかばちゃんを描くことさえもできなくなってしまうだろう。いや、それも権利者間での権利割り当ての契約がどうなっているかに依るか。

ところでリンクPDF説明からわかったんだけど、共有著作権者がばすてきに対してできることはせいぜい差し止めだけみたいだ。利益は発生してないわけだし。そうするとやっぱりヤオヨロズが二期で避けたかったのはばすてきのようなもの自由に作れなくなる状況だったのか…

2018-09-06

ロゴ著作権保護されない

https://www.syouhyou-touroku.or.jp/shouhyou-touroku-no-kotsu/rogo-tyosakuken-deha-hujyuubun/

「いわゆるデザイン書体文字字体を基礎として,これにデザインを施したものであるところ,文字は万人共有の文化的財産ともいうべきものであり,また,本来的には情報伝達という実用機能を有するものであるから文字字体を基礎として含むデザイン書体表現形態著作権としての保護を与えるべき創作性を認めることは,一般的には困難であると考えられる」。(東京高等裁判所平成8年1月25日判決平成6年(ネ)第1470号)

著作権法で示す著作物定義である思想又は感情創作的表現したもの」(著作権法第2条第1項第1号)に該当しないので、ロゴ著作権保護されないと判断しているのです。

以上のことから、たとえ飾り文字創作文字でも、文字だけのロゴ著作権は認められにくいと言わなければなりません。

ロゴ著作権保護されないらしい。

なので、商標登録して保護しましょうという話。

という事は、ロゴ商標としての利用でなければ、自由利用ということになるな?

商標は同一区分で自他商品識別機能ないし出所表示機能を発揮している様態でないと効果がない。

例えば商品の箱にロゴを貼り付けると商標としての利用になるので無許可では違法ということになる。

一方で雑誌書籍内で商標登録されたロゴ掲載し紹介したところで商標としての機能を持っていない。つまり自由利用ということになる。

2018-08-02

MMD界隈とVRChat界隈の対立について

MMD界隈とVRChat界隈が穏やかでない。

MMD界隈の人がMMD用に配布している3Dモデルデータ(通常人型をしている)やモーションデータ(通常、3Dモデルダンスさせるためのデータ)がVRChatのアバターVRChat内でのプレイヤーの外見)へ流用される問題が起きている。

ググってもらうのが一番早いのだが、MMDというのはMikuMikuDanceの略で動画作成用のフリーソフト名称である名前の通り、要は初音ミクが歌って踊る動画をだれでも作れるという代物だ。この「初音ミク」は好きなキャラに置き換えることができる。いわゆる二次創作3DキャラMMDではモデルという)が歌い踊るところがみられるわけだ。どうせ伝わらないけど、これをVRで観るとほんとすごい。

最近音楽動画が「作曲者」「演奏者」「歌い手」の分業でなされるように、MMDも「モデル」「モーション」などと分業されている。モデルを作った人は自分が作ったモデルが踊っているところが見たいのでそれを(しばしば条件つきで)公開する。

この「公開されている」データVRChatに無許可転用される問題が相次いでいる。VRChatでは「アバターワールド」というものがあり、誰かがそれをアップロードすればすべてのユーザーがそのアバター使用することができる。つまり「誰か」が無許可アバターを含むアバターワールドアップロードすれば、無許可アバターはあっという間に大人数のアバターとして使用される。VRChatでは「記念撮影」のようなことが可能で、それをSNSアップロードしてはだれかがモデル製作者に通報するというイタチごっこが続いている。

なお、この騒動で「二次創作」と「二次的著作物」を混同している向きが非常に多いが全くの別物である。以下でも区別して論じるので留意されたい。

ここで、MMD界隈では多種多様モデルが公開されている点が肝要であるMMDモデルほとんどは二次創作だと思っているが、念のためここで

という風にモデルを分類してみる。

①については議論余地なく濫用する側が悪いだろう(ただし二次的著作物権利著作者も有する点は注意が必要である)。おそらく問題になってくるのは②と③の場合

著作権法は親告罪なので「権利は与えないけど訴えることもしないよ」と表明することができる。②の場合がそれで、モデラー二次創作であるところのモデル頒布することができるが、その権利を主張することはできない※。だからといって私は「二次創作者は文句を言うな」と言いたいわけではない。法的な権利こそなくとも、自分が汗水垂らして拵えたモノ(3Dモデル)を他人が我が物で勝手に使うことが面白いけがない。私もモノづくり屋の端くれとして心中察するに余る。

特にMMD側の人は「自分の作ったモデルを知らないオッサンが着て女子会をしている」状況に生理的嫌悪感を抱いているようにも見える。想い入れがあるからこそ二次創作をするのだろうからからなくもない。

なお、二次創作物に対しても著作者は当然に権利を持っているので、モデル製作者の権利を問わず二次創作物の使用原著作者の権利を冒している可能性が高いことはVRChat界隈においてもっと周知されるべきだろう。逆に「原作者権利が!」と言いすぎるとMMD界隈は自らの首を絞めることになる。MMDでの著作物の取り扱いにおいて、今までかなりグレーな運用がなされてきたのはもはや公然事実であろう。

ここで残念なことに一定数のVRChat界隈の人が「法的権利もないのに吠えるな」と開き直ってヘイトを買っているのを見かける。逆に、存在しない法的権利を主張してヘイトを撒き散らしているMMD側の人もあるようで、おそらくこの辺りがこの問題本質だろう。互いに法的拘束力がないということは、つまりモラル問題である。お互いに尊重あいたいところである

③が非常に微妙である。ひょっとすると「MMDの中だけだから」ということで特別お目こぼしをいただいているパターンもあるだろう。だがVRChatではセクハラまがいや疑似性交などもできてしまう。原作者がこのことに気づきMMD界隈もろとも焼き尽くす可能性がある。②にしても同じである。「いやーそれはちょっとマズいんでやっぱモデル公開とかやめてもらえますかね?」となりかねない。

そしてもう和解の時は逸してしまたかもしれない。詳細は伏せるがMMDモデルデータ達はすでに世界中にばら撒かれてしまった。日本人オタク同士ですら分かり合えないのに、どこかの知らない外国人日本同人文化機微を察しろという方が無理筋である。大変残念なことにMMD界隈の人がひっそりと営んでいたパーティーは終わりの刻を迎えつつあるかもしれないのだ。

非常に厳しい状況になってはしまったが、諸問題円満解決を祈るばかりである

二次創作原作著作権法上の「複製、翻案、変形、脚色(以下、翻案等とする)」であり、それらの権利原作者が「占有」すると著作権法に明記されている。つまり翻案等には原作者の許諾が必要であり「原作者文句言ってこないから、これは俺の著作物」とはならない。

2018-06-16

anond:20180616095137

 法律の話をしたいのなら『個人的認識』ではなくて法律裁判例を調べるといいですよ。これを基準にして考えないと『世間的』とか『時代』とか意味がないですし危険です。もし自分でも画像を貼るなら『世間的には完全にOK』だからではなくて法的根拠を持ってやるべきだと思います

その上で当該記事を見てみました。よかったら参考にしてください。

論点著作権法上の引用32条)に当たるかどうか。

前提:引用要件重要なのは主従関係必要性区分性・出所の表示。

チェックした記事https://sakihuwahuwa.hatenablog.com/entry/gotoubun41

結論出所の明示以外は基準合致しているように見える。

主従関係

 ・明らかに自己感想が主となる著作物である

 ・画像単独で鑑賞が可能とするには、十分小さいので問題無い。

  藤田嗣治絵画複製事件http://kida.biz/law/court601017ne2293.html

 <参考>

 ・増田の『絵が無いなら見ない』というのは『絵がなければ理解しにくい』という意味なら、それこそ引用必要性があるとなる。絵を見せるのが専らの目的となっている場合引用にならないが、その判断あくま要件合致しているかどうかが基準

必要性

 ・感想対象となる人物及びシーンを引用している。

 ・漫画文章と絵が一体なものであるので、セリフとともに絵を引用するのは合理的である

  脱ゴーマニズム宣言事件地裁判決http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/663/013663_hanrei.pdf

 <参考>

 ・引用画像の分量に明確な基準を示した判例はない。主従関係などの要件を満たしているなら『引用必要最小限度のものであることまで要求されるものではない。』としている。(脱ゴー裁判

 ・ただし id:nyaaat さんのコメントのように20〜30行という弁護士見解は目安として合理的だと思う。しかいくら本文が多くても『あらすじ』など創作性が無い文章では『自己著作物が主』とは言えないのでダメ

 ・増田は4000字に一枚というが、主従関係必要性文字数よりも意味を重視する判断が多い。脱ゴー判決文(第三 当裁判所の判断/4 原告カット採録被告書籍の読者に対して与える効果)などでも、分量より意味必要性)を重視しているのは明らか。

出所の明示(48条)・明瞭区分

・各画像、文末などには表示が無い。

タイトルに『作品名』がある。作品名でも表示とすることができるが、タイトル記載があることが『明示』と見なせるのかの問題がある。

タイトル記載があるから明らかという考えは、認められる可能性もゼロでは無い。しかし脱ゴー裁判では『カットの欄外に出典が表示 』されていることを明瞭区分性の根拠の一つとしており文中での表示が望ましいと思う。

<参考>ちなみに初期のヒドデ氏なんかがやってた、漫画コマの切り抜きは、引用要件に全く当たらないので単なる無断転載。今回の記事とは問題が別。

以上

余談:ちなみに自分も『ぺたぺた画像貼り感想ブログ』を書いてます画像引用の詳しい記事を書いているのでよかったら参考にしてください。でも、自分も『初期のヒドデ氏』みたいな転載や『あらすじコピペブログ』を無くしたいと思って書いています。そういう意味で考え方は近いと思うのですが。

http://kato19.blogspot.com/2015/05/cyosakukenanime.html

追記

感想対象となる人物画像からOKってのは広すぎでは。』kido_ari さん

 脱ゴー判決文の『4 原告カット採録被告書籍の読者に対して与える効果/(四) その他の採録箇所/(1) カット1』には 『原告漫画の特徴に関する記述理解を助けるものである 』と記載があります

 感想批評)を読むにあたり、言及する登場人物文字だけで記載するより、参考資料として画像を合わせて提示したほうが明確になります意味は少し違いますが、そういう点で判決文の『理解の助けになる』と同じ文脈理解できると解釈しました。(もちろん否定する判例があれば別ですが私には見つかりませんでした)

 また同『8 原告の主張について』にある『一般著作物引用は、右1で示した引用要件を充たす限りにおいて、引用著作物の著者が必要と考える範囲で行うことができるものであり』との記載があります。これは地裁判決ですが参考になると思います。(これを明確に否定する判例を知っていれば教えていただけると幸いです)

2018-06-12

パソコンiPadがほしいのだ

パソコンは7万から9万の間くらいてで8世代i5のやつ

iPadならiPad Pro10.5インチApple pencilつけて

何がしたいってわけでもないけど持ってるパソコンタブレット陳腐化して起動するのが億劫になり始めてきたから新調したい

パソコンとある程度幸せになれるのはわかってるんだけど最近iPhoneばっかり使っててパソコン使う機会がめっきり減っているので買ったとしても本当に使うのか心配

iPad選ぶと今までパソコンでやってた作業を全て置き換える事は出来なさそうなので[例えば円盤メディアが絡む作業とか)結局ポンコツパソコンをまだ使わないといけない

妻は「おしごと頑張ってるし、好きなの買っていいんじゃない?」と言ってくれているが自分必要としているものがはっきりしないので踏ん切りがつかない

Switch をもう一台買って妻と一緒に遊ぶという選択肢もあるのだがそれはそれで創作性が全くないのでちょっと納得いかない

早く決めたいんだけどなぁ

2017-10-02

anond:20171002002200

私は世間一般クリエイターと言われる職種KADOKAWA人間仕事で話をした事もある。

内容には概ね同意するけれど、

「内容」そのものを縛ろうとするのじゃなくて、「事前確認」の方向性で収めようとするなんて珍しいと思います

ここだけ欺瞞を感じる。

事前確認必要なんていうのは、「要するに内容のリジェクト覚悟しておいてね?」って事であって、クリエイター企業関係が労使として対等ではない以上(これは当然)、

普通に内容に制限をかけるためのものと捉えるのが妥当だと思う。

この辺りははっきり言って言外の意味を滲ませた「大人語」でしかないのに、それを意図的にか知らないが文面だけで優しさかのように語るのはちょっと可笑しいでしょう。

ちなみにカドカワ企業体質は知らないけれど、過去に関わった人たちからは、「自分達の望むものクリエイターに描かせたい」という強い意志を感じたよ。

カドカワ人間全員がそうとは思わんけど、そういう人間を許容する企業風土なのは事実

それが悪いかどうかは別の話として。

クリエイター尊重してるかは知らんけど、それはクリエイター創作性尊重してる事と同義ではない。金払いは良いだろうしね。

2017-09-26

TeXWord

なる議論があるらしい。

学生Word論文を書いて来たら、それだけで不合格推定が働くという研究者の方もいらっしゃった(さすがに理不尽だと思う)。

私自身は出身学部バリバリ文系で、職業も数式と無縁の類なので、Wordの方が圧倒的に使う頻度が高い。

だが、最近趣味数学をやるようになって、TeXにも触れるようになった。

それで何となくTeX派の言いたいことも分かってきた(そもそもWordTeXを同じ土俵比較するのがおかしいという批判は一旦措く)。

ぶっちゃけて言えば、TeXでできることのほとんどは、Word2010でもう出来てしまう。

そのためTeX派の主張・反論はかなり苦しく、感情的ものが多いのだが、なぜそこまでTeX固執するかと言うと、TeXの方が楽しいからではないか

いくらショボい文書を作るにも、TeXだと様々な問題が生じ、それをググって解決する。そして出力される美しい文書

この過程が非常に楽しく、無味乾燥になりがちな文書作成作業創作性を帯びてくる。

出来上がった作品は眺めているだけで楽しい

はいえ数式のない文書すらTeXで作るという人はさすがに意地を張りすぎだと思う。

今後もTeXとともに数学勉強していきたい。

2017-02-25

Google翻訳オープンソースプロジェクトに使うのはダメなのか?

免責: これは法律専門家によるアドバイスではありません。この情報にしたがって行動した結果に対して責任を負うことはできません。

最近プログラマの間で

Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェア(OSS)の翻訳に突っ込んではいけませんという話」

http://blog.goo.ne.jp/ikunya/e/37e5a52e10ab26fcbd4f7ff867e9eace

が、話題になってますね。

Ubuntu翻訳プロジェクトで発生したトラブルの話です。

この話では、「もちろん、利用規約的に問題なければWeb翻訳の結果をOSS翻訳に突っ込んでも*ライセンス的には*問題ありません。」という追記がされてます

ですが、プログラマの間で単にWeb翻訳OSSに使ってはいけないんだという認識が広まってるように見えます個人的には、この認識が広まってしまうのはいやだなと感じたのでこの文を書いています

どういう話かというと、自分個人で開発しているオープンソースソフトウェア(OSS)のドキュメントの日英訳をするにあたってGoogle翻訳を利用するか検討して権利まわりの情報をしらべた結果、これは白に近いグレーだろうという判断したので下訳に使ったという話です。(日英両方についてのドキュメント自体も、オープンソースライセンスで公開しています)

注意書き

念のため言っておきますが、これは元記事問題になっている人を擁護するようなものではありません。翻訳コミュニティの人たちが自分たちのものにグレーなものを入れたくないと思うのは当然でしょうし、権利問題以外にも翻訳クオリティやその他の問題行動の話もあります

コミュニティ思想にそぐわない人が、そのコミュニティの中で作業していくのは難しいでしょう。

Google翻訳利用規約について

もとの記事のとおり、Excite翻訳利用規約には私的利用を超えた利用についての禁止が明記されています。こういった明確に禁止されているものについての話はここではしません。

ここでは、Google翻訳に焦点を当てた話をします。Google翻訳利用規約はどうか?というと、Google利用規約については翻訳結果の利用についての記載がありません。

https://www.google.com/intl/ja/policies/terms/

記載がないということは、使用してよいのか?使用してはいけないのか?いったいどちらなのでしょうか?

GPLコンパイラの例

機械翻訳権利問題と似た構造の話に、GPLGNU一般公衆ライセンス)で許諾されたコンパイラによってコンパイルした結果の利用があります

GPLの本文には、GPLプログラムの出力結果自体GPLのものを含む場合にのみその出力結果にGPL適用されることについての記述がありますが、GPLのものを含まない出力結果についてどういう許諾がされているか記載はありません。

これについては、コンパイラによるコンパイル結果に対して、コンパイラ著作者はなんら権利を持たないと考えるのが一般的です。

GNU自体もそういう見解を持っています

https://www.gnu.org/licenses/gpl-faq.ja.html#GPLOutput

著作権法は人々があなたプログラムとかれらのデータを使って作った出力結果の利用に関して、あなたに何の発言権も与えていません。

コンパイラ機械翻訳ツールとの違いが、対象が人工の言語であるか、自然言語かので違いしかないと考えるならば、Google翻訳の結果をOSSに利用することも問題ないということになります

ウィキメディア財団見解

ウィキメディア財団法務チームは、Google翻訳した文書ウィキペディア内での利用についての見解を公開しています

https://meta.wikimedia.org/wiki/Wikilegal/Copyright_for_Google_Translations

これはアメリカ法律に基づく話ですが、CC-BY-SA 3.0やそれに類似するライセンスコンテンツGoogle翻訳翻訳してウィキペディア使用してもGoogle著作権侵害する可能性はとても低い(very unlikely)と結論づけています

要点をまとめると以下の通りです。

ウィキメディア財団見解には含まれていませんがアメリカ法律でいえば、さらにもう一つ「フェアユース」にあたるのではという話があります。これはGoogle自体がよく知っている話かもしれません。

Oracle vs GoogleJava API訴訟

これはAndroidAPIJavaAPIが流用されていることについて、OracleGoogle訴訟したものです。

これについて、Java APIについての著作権が認められたものの、Androidでの使用は「フェアユース」に該当するとGoogleは主張し、カリフォルニア州サンフランシスコ地裁では著作権使用料支払いの対象にはならないという判決が下っています

(この裁判自体はまだ続いているようです)

フェアユース」というのは、アメリカ著作権法上の概念で、以下の4要素を判断指針として考えて公正な利用と認められれば、著作権侵害とはしないと考えるものです。

Google翻訳結果のOSSでの利用をこれに当てはめると

ということになり、4つの要素どれをとっても、フェアユースであると認めることに対して有利に働きます。これは、AndroidJava APIの流用と比べても、さらにフェアな利用であるように見えます

さて、ここまではアメリカ法律での話でした。

(ちなみにGoogle利用規約には、「カリフォルニア州抵触法を除き、本規約または本サービスに起因するまたは関連するいかなる紛争に関しても、アメリカ合衆国カリフォルニア州法律適用されます。」と書かれています)

文化庁見解

今度は日本法律に基づく話です。

著作権情報センターサイトに、 コンピュータ創作物についての文化庁報告書記載されています

http://www.cric.or.jp/db/report/h5_11_2/h5_11_2_main.html

この報告書は、機械翻訳ユーザー機械翻訳システム使用するために行う原文の編集や出力の編集創作的寄与となりうることを認めている一方で、機械翻訳開発者翻訳物の著作者になるということについては否定的です。

なお、原文解析等のプログラム作成者及び汎用的な辞書データベース作成者は、一般的翻訳物の作成の精度、正確度等を高めることに寄与することとなるが、特定翻訳物の作成自体にかかわっているわけではないので、その著作者とはなり得ないと考えられる。

これは平成5年とかなり昔に書かれた報告書であり、それから機械翻訳技術は大幅に進歩しましたが、創造個性表現を目指して作られているもので無い機械翻訳であれば、やはり翻訳の結果の利用について問題がないようにみえます

これにしたがえば、単純に文章をそのまま機械翻訳に投げ入れた出力結果は、原文の著作者著作物機械翻訳に投げ入れる前や後に十分な編集をしていれば、加えてその編集した人間二次著作物になるということになりそうです。

白に近いグレー

これまで、どうしてGoogle翻訳の結果をOSSに使うことが白に近いと言っているか説明してきました。

では、どうしてグレーなのかというと、新しい種類の権利問題なので判例がないからです。実際に訴えられたら負けました、ということもまったくありえない話ではないでしょう。

グレーなものを作ることの良し悪し

だいたい、ここまでが話したいことの半分です。ここからはグレーなものの良し悪しの話をします。

著作権などの権利問題についてグレーなことをやっているOSSというのはそれほど珍しいわけではありません。

有名なところでいうと、Monoが思いつきますAndroidDalvikJavaAPIを真似したものであるのと同じように、MonoMicrosoft.NETフレームワークを真似しています。つまりMonoについても訴訟リスクはあっただろうということです。

しかし、OracleGoogle対立したのとは対照的な道をMonoはたどります

2016年Monoプロジェクト運営していたXamarin社は、そのMicrosoft自身によって買収されました。権利的にグレーだったMonoMicrosoft公認プロジェクトになったというわけです。

権利的にグレーだからといって、プロジェクトとして失敗に終わるわけではありません。

Ubuntu日本語化プロジェクトでの良し悪し

すこし元の記事に話をもどします。冒頭にも書いた通り、Ubuntu日本語化プロジェクトに対してWeb翻訳の結果を突っ込むという行為は、批判されるべきだと思っています

まずは質の問題です。現在Google翻訳などは、UI翻訳に向いていません。UIほとんどは、意味合い文脈依存する単語や短文です。UI翻訳は、実際にその機能を動かしながら、動作にあった訳語を割り当てていくべきです。

Google翻訳などを使って一括で、訳語を割り当てても良いUI翻訳はできません。

UIにとっての良い訳については、元記事のいくやさんがとても良い話を書いています: https://github.com/ikunya/howtotranslatelibo/blob/master/howtotranslatelibo.md#ふさわしい翻訳の考え方 )

次に、白に近かろうがリスクのあるものを入れることになるということです。Ubuntu日本語化ローカライズであれば、すでに多くのユーザー使用しているでしょうし、そういうものについてリスクのあるものを後から入れることになります

そういったことを独断で黙ってやるというのは、歓迎されたものではありません。少なくとも、コミュニティに対して事前に方針を聞いたりすべきだったでしょう。

まりクオリティが低い上にリスクのあることを黙ってやったわけで、もちろん批判されるべきでしょう。

自分場合

はいえ、OSSには個々の事情があります。次は自分場合の話をしてみます

まずは質の話です。

自分プロジェクト場合Google翻訳を使ったのはドキュメントです。日本語で書いたドキュメントをあたらしいGoogle翻訳に入れてみたところ、そこそこのクオリティ翻訳が出力されており、自分ゼロから翻訳するよりも、原文を翻訳やす修正したり結果に対して修正を加えていったほうが質と速さの両面でよいと判断したので、Google翻訳使用しました。

次にリスクの話です。

OSS企業権利問題訴訟されるということはめったにありません。OSS公益性の高いものなので、むやみに訴えれば社会からの反感を買いますし、ほとんどの場合は訴えても大した金になりません。

訴えられるとすれば、そのOSSが十分に儲かっている場合です。もしOSS大金が儲かったらGoogleから訴えられてしまう!どうしよう!と考えるのは、宝くじに当たったら強盗におそわれてしまう!どうしよう!と考えるのに似ています

まず宝くじは当たらないですし、宝くじが当たったらそのお金対策を行えば良いだけの話です。

実際Linuxでは、特許周りの対策としてOpen Invention Network(OIN)を設立していますLinuxなどソフトウェアに対して特許を主張しないことに同意した企業から特許を買収して、そういった企業に対してロイヤルティー・フリーで許諾を行っている会社です。

これによって、Linux関連のソフトウェアに対して訴訟をしてきた、いわゆる「パテント・トロール」に対して訴訟をやり返すなどの対抗手段を得ているわけです。

別の視点でのリスク

それにOSSにまた別の角度のリスクがあります

権利問題訴訟されたことによって失敗に終わったOSSというのはほとんどありません。多くのOSSは、作者が飽きたり、面倒な作業うんざりしたり、誰にも使われなかったり、競合に勝てなかったりしたことで、フェードアウトしていきます

そういったこともまた、OSSリスクなわけです。

結局のところ、自分場合Google翻訳をつかったところで、Googleにも、自分にも、ユーザーにも、世間にも不利益はなく、むしろドキュメントの質は上がって、Google翻訳改善するためのデータを得られます

わずかなリスクを避けるために、時間を割いた上、質を落とすというのはくだらないですし、そんなことに時間を使うくらいならコードを書いていたいものです。

Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェアで使うべきか、そうではないか

結局、Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェアで使うべきか、そうではないか?というのは個別の話でしかなく、ひとまとめにWeb翻訳の結果をオープンソースソフトウェア翻訳にいれてはいけないとか、使うべきとかそう簡単には言えません。

質が悪いしリスクがあるのであれば単純に禁止で済む話ですが、機械翻訳が向上して、質が良いがリスクのある例が増えると話はさらにややこしくなります

OSS翻訳者コミュニティ機械翻訳の利用についてそのプロジェクトで使って良いか方針を定めてやっていくしかなく、後からコミュニティに入っていくような人が機械翻訳を使いたい場合コミュニティ方針確認した上でやっていくしかないんだろうなあと思うところです。

2017-01-30

AV俳優業や風俗を極力合法化するべき

以下の記事に寄せられたコメント(ブコメではない)を読んだ。苦々しい思いがあふれた。

不振のAV業界で彼女たちに起こっていること | ファッション・トレンド | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

これだけ記事が丁寧かつ慎重に時代の流れを書いているにもかかわらず、

旧来の「常識」による善悪に囚われて、賤業と決めつけたい人ばかり。

彼らは逆の発想ができない。

そうやって卑しめているから、AV業界いつまでも性的搾取だとか

人権蔑ろにされるような後ろ暗い状況でありつづける。

実質的な性風俗産業は世界のどの国にもある(多分)。

宗教的な要因で、到底、公式には是認できない国もある一方で、

日本はそういう保守的な風潮ひいては性への価値観を転換し、プラス方向へ合理化できる可能性がある国。

しかも、その下地は整いつつある。

 

色々書き連ねたい気持ちはあるけども、めんどくさくなった。

以下、メモ書きだけ。重複も多いし読まなくていいよ。

 

禁酒法 大麻合法化 マフィアから正規へ 市場制御下に、品質改善

スタンフォード監獄実験 後ろめたさがある人(囚人俳優)が(看守・業界人に)支配搾取される構造

すべてをオープン公式にすれば 親公認

性への意識価値観すら変わる未来 野放図に堕落してはいかない、また別の倫理へ オランダ

アイドルとの類似 価値観多様化 職業尊厳をもてるようにすることが環境健全化につながる

表現者として 一部の尖ったエロ同人にみられる思想性に類似 表現の自由

小説音楽のようにジャンル自体が高尚と認知されれば、その内部で下卑た表現一種思想表現として抑圧されない

漫画アニメ社会的地位の向上 いまその位置にあるのが同人アイドル 次の位置にあるのがAV(創作性の高まり)

2017-01-28

http://anond.hatelabo.jp/20170128014009

乙武洋匡山本一郎創作小説を出しているよ。

多少なりとも創作性があるから、書いたのがゴーストじゃなけりゃ作家を名乗ってもいいわけだ。

2016-12-03

はてな大好きBuzzFeed!お前も「グレー」だろ死ね

DeNA叩いて、株が急上昇有のBuzzFeedさんも、グレーな画像引用してPV稼ぎに励んでますよ。

https://www.buzzfeed.com/daves4/ko-no-26-mai-no-shashin-wo-mi-re-ba-a-na-ta-ha-jibun-no-sonz?utm_term=.rkqPkQY3E#.ahgG8QxYq

なんの創作性もない画像引用記事

https://www.buzzfeed.com/bfjapan/hide-and-seek-champions-jp?utm_term=.qx3ZXPMgj#.xgndvKA3B

これは今年の3月にバズったものを、なぜか時間差でアップ

http://buzzmag.jp/archives/51669

http://corobuzz.com/archives/60261

元ネタはこれかな?

http://www.boredpanda.com/funny-kids-playing-hide-and-seek/

https://www.buzzfeed.com/bfjapan/room-diy?utm_term=.lbgAagkGn#.tcPZjVBGD

これなんて、どこのiem○?

ネットなんて、もうずっと腐っている。

でも、今回の騒動をキッカケに、少しはきれいになってほしい。

2016-06-12

俺がアニメ映画を挙げる

名作駄作問題作など問わず、なんとなくみんなに見てほしいものを挙げていく。

この映画の話で盛り上がりたいって感じのノリで。

TVシリーズ劇場版とかもあるので単体で見て面白いかとかもあまり気にしてないので御承知を。

老人Z (1991年) 80分

寝たきり老人・高沢喜十郎はある日突然最新型介護ロボット「Z-001号機」のモニターに選ばれ、ボランティアで介護を行っていた看護学校生の晴子はお役御免となるが、介護ロボットに全てを世話される喜十郎をかわいそうに思い、彼の救出を決意する。ところが介護ロボットが暴走をし始めて……。

という高齢化社会を痛烈に批判したSF作品……かと思いきや、作品自体は完全なるコメディで、見ていて超楽しい

大友克洋メカニックデザイン江口寿史キャラクターデザインという豪華なコンビで、作画的にも沖浦啓之、今敏、黄瀬和哉井上俊之鶴巻和哉、本田雄、森本晃司大友克洋中澤一登松本憲生……と挙げきれないほど有名なアニメーターが参加していて、クレジットだけで作画オタクはご飯3杯は余裕である

江口寿史によるキャラクターがとてもよく、まず主人公の晴子がめちゃくちゃかわいい。そして元気な老人たちの存在感、さらには晴子の友達の絶妙なブサイクさ。

80分という時間も絶妙で、気軽に見てほしい。社会問題を扱いながらも妙に心が温まる不思議な作品。

東京ゴッドファーザーズ2003年) 92分

いわずと知れた夭折の天才・今敏監督作品。彼の監督したアニメ映画は4つしかなく、1日あれば容易くファンを名乗れるのですぐツタヤで借りてファンになりましょう。

彼の映画はどれもが90分前後という上映時間でありながら、非常に濃い。

その中でも東京ゴッドファーザーズは視聴後の多幸感にかけてはピカイチで、一番エンターテインメントとしてわかりやすい作品と言えるかもしれない。

次々と転がり込む御都合主義のような幸運。これが気持ちいいのだ。

メインキャストを務める江守徹、梅垣義明岡本綾といったメンツも、非常にいい仕事をしている。

毎年クリスマスにはこれをテレビ放送しましょう。

マインド・ゲーム (2004年) 103分

近年では四畳半神話大系ピンポンなどの監督で有名な湯浅政明の初監督作品。初監督でありながら、文化庁メディア芸術祭ハウルの動く城イノセンススチームボーイをおさえて大賞を手にした。

何よりすごいのは映像で、イマジネーションに溢れたその映像はどんな言葉よりも説得力がある。

後に著作・四畳半神話大系が湯浅監督によってアニメ化されることになる森見登美彦氏も、「迫力でちょっと怖がった」そうである

最初はその独特な世界に戸惑うかもしれないが、終盤の脱出シーンを見ればもはや何も文句は言えまい。

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

説明不要のうる星やつら劇場版。押井守監督の最高傑作として名前が挙がることも多い。

映画としての評価は大変に高いが、これがうる星やつらなのかといわれると、別の何かなのかもしれないという感じがしてくる。

お祭りのわちゃわちゃの中に、不意に違和感を感じさせるものが入ってきて異世界に入り込んでしまったようになる。そういう描写がたまらなく好きである

意味がなさそうでありそうな、哲学的な長セリフも本作の特徴で、言葉にできない不思議な魅力が詰まっている。

特にCV:千葉繁メガネの語りは必聴である

コクリコ坂から (2011年) 91分

宮崎吾朗の才能を信じてもいいかもしれない、と感じさせてくれた一作。ジブリファンも本人もどうしても宮崎駿の影を追ってしまわざるを得ない環境の中、よくこれを作った。

そもそも脚本に宮崎駿が参加しているし、プロデューサー鈴木敏夫だし、どう考えても往年のジブリ作品の系統として作られたのは間違いない。

おそらくは宮崎吾朗が制作を完全に仕切っていたわけではないのだろう。しかし、映画の端々には宮崎吾朗の味が感じ取れる気がするのでこの映画は何かすごい好きである

カルチェラタンの描写には明らかに押井守の影響が感じ取れるしね。

『ローニャ』国際エミー賞子どもアニメーション部門受賞おめでとうございます。

ねらわれた学園 (2012年) 106分

眉村卓の小説『ねらわれた学園』を原作としたほぼオリジナルアニメ

原作のSFっぽい感じは薄まっているが、逆に薄めたことでSF的な部分がわかりにくくなった。

あいうら』『灰と幻想のグリムガル』でおなじみの監督:中村亮介キャラデザ細居美恵子コンビと言えば映像目的だけで見たくなる人もいるだろう。

ふとももに注目せよ。まずはそれだけでいい。

健康的なフェティシズムに溢れたキャラクターと美麗な映像を堪能あれ。

ガラスの花と壊す世界 (2016年) 67分

ポニーキャニオンが開催したアニメ化大賞という賞で大賞を受賞した『D.backup』を原案にしたオリジナルアニメ

原案の拡張性ある世界観と、(おそらくは)予算的にギリギリだった1時間という枠と、とにかくキャラクターのかわいさを押し出したいポニーキャニオンと、映像の美しさを追求したい石浜真史監督とが相乗効果を生んだような生んでいないような作品。

序盤はありがちな魔法少女的なSF作品かと思うかもしれないが、終盤には急展開が続き、頭が追いつかない。

それもそのはず、脚本の志茂文彦によれば、映画の後半部分はほとんどコンテ段階で監督が構成したものらしいのだ。

序盤の丁寧な世界観説明と比べて、終盤がややこしいのは、監督がセリフに落とさず映像に込めた部分が多かったからなのである

さらに、後のトークイベントでは、コンテにすら描かれず、スタッフにしか伝えられていない裏設定が大量にあることが明かされ、「偏差値70のアニメ」との烙印が押された。

宇宙ショーへようこそ (2010年) 136分

監督:舛成孝二、脚本:倉田英之キャラデザ石浜真史という『R・O・D』トリオで制作された劇場アニメ

舛成・倉田は『かみちゅ!』というTVアニメを手掛けていて、劇場公開に合わせてNHKBSでかみちゅ!が再放送されたりBDが発売されたりした。

黒沢ともよの声優デビュー作品でもある。当時はまだ子役であった。

夏休みの子供向け映画といった趣であったが、子供に136分は明らかに長すぎる。ある程度のアニメファンならばこの尺は耐えられるし、楽しめるだろうと思われる。

作画がぶっ飛び過ぎていて、作画的にはスペースダンディ劇場版とでもいうべきレベルである

そして、主人公の少女の健康的なエロさがなんとなくにじみ出ていて、制作者はロリコンなのか?という疑惑が湧いてこないこともない。

海外の映画祭に出品されたりして、結構アニプレックスが期待していたのが窺えるが、やはりなかなか商業的には上手くいかなかったようだ。

上映時間の長さや、超新星爆発についての描写などの細かい部分を除けば、十分に面白い作品であるといえる。

涼宮ハルヒの消失 (2010年) 162分

3時間弱。長い。が、しかし、エンドレスエイトを経験したファンの不安を一掃するほどの高クオリティアニメ化された作品である

それまでの京アニの集大成といってもいい。内容については特に言うことはない。

たまこラブストーリー2014年) 83分

けいおん!で注目された山田尚子監督によるオリジナルTVアニメたまこまーけっと』の劇場版

たまこまーけっと』ではいまいちヒットせず微妙な評価に留まっていたが、これが公開されるとたちまち好評となり、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門では新人賞を受賞した。

TVシリーズは、舞台となる「うさぎ商店街」の絶妙で温かな空気感を楽しむ作品であったが、本作ではわかりやすくラブストーリーにしたことで、デートムービーとしても見られる非常に間口の広い作品となった。

どちらの方が良かったとかではなく、単なる魅力の伝わりやすさの違いである。

とはいえ『たまこラブストーリー』は卓越した作品であり、山田尚子の代表作として語り継がれるのは間違いないと思われる。

サカサマのパテマ (2013年) 99分

イヴの時間』などで知られる吉浦康裕監督作品。彼の作品の特徴は何といっても「発想」にあると思う。

独特の間も特徴ではあるが、基本的に彼の作品はある「ギミック」が作品の根本となっていることが多い。

なので、下手に前情報を入れて見に行くよりは、何も知らずに見て新鮮な驚きを感じた方が良い。

この作品もあるギミックが重要なのでそこを面白いと思うかどうか、そこが評価の分かれ目である

Wake Up, Girls!劇場版 青春の影Beyond the Bottom (2015年) 54分/53分

つい先日無期限の休養を発表したヤマカンこと山本寛監督の、いわずと知れたアイドルアニメである

彼についての悪評やバッシングは絶えないが、個人的には彼の作品は好きである

この『Wake Up, Girls!』というシリーズは、まずTVシリーズの前日譚として『七人のアイドル』という中編映画があり、続いてTVシリーズ全12話、そして続劇場版の中編2作といった流れである

TVシリーズ放映時は緊迫したスケジュールによる作画の乱れで物議を醸したが(BDでは修正された)、続劇場版(特に前篇)では非常によく動く。

このまま彼がアニメ制作の現場に戻らないとすれば本作が彼の遺作となってしまうが、遺作の呼び名に恥じない出来の作品であるということは声高に主張したい。

ハイパーリンク」と称してキャラクター中の人パーソナリティや実際の出来事を反映する手法の効果は、続劇場版で見事に結実した。

アニメ創作性と現実の偶然性が合わさってとても気持ちの良いサクセスストーリーになっているのだ。

後篇の『Beyond the Bottom』は田中秀和による同名の主題歌も相まって、非常に神々しい輝きを放っている。

神前暁も「これを超える曲をこの先作るのは大変」と太鼓判を打った。

劇場版美少女戦士セーラームーンR (1993年) 60分

アニメ界の王子、イクニこと幾原邦彦が初めて監督を務めた劇場作品である

この時点から彼の演劇的な作品づくりの手法は発揮されている。

庵野秀明映画館で本作を3度も観たらしく、緒方恵美が演じた衛の少年時代の声を聴いて『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ役に抜擢したというのは有名な話である

少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録 (1999年) 85分

同じく幾原邦彦監督作品である少女革命ウテナ』の劇場版

TVシリーズ再構成ではなく、全く新しい解釈で制作されたオリジナル作品

作画的な制約もあったTVシリーズと比べ、かなり大胆に脚色され、より過激となった映像美はまさに唯一無二。

突き抜けすぎて、終盤の車のところでは何が何だか分からなくなってポカンとしてしまう人も少なくないという。

「王子」こと及川光博ゲスト声優として出演しているのもポイント

映画ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー・・・ですか!? (2010年) 71分

京騒戯画』『血界戦線』などで知られる東映アニメーション出身の気鋭の演出家松本理恵の監督デビュー作品。当時25歳。

『ハトプリ』はプリキュアシリーズでも人気の高い作品のひとつだが、この劇場版も非常に人気が高い。

パリを舞台にしていて、OPでのスタッフクレジットが背景に溶け込んでいる演出の時点で何かが違うぞと感じさせる。

メインキャラクターTVシリーズでの成長・感情の変化をきちんと物語に取り入れつつ、本作オリジナルキャラクターであるオリヴィエサラマンダー伯爵の切ない関係を描き、多くの視聴者の胸を打った。

アイカツ! ミュージックアワード みんなで賞をもらっちゃいまSHOW! (2015年) 56分

劇場版アイカツ!』でなくてなぜこれを挙げるのか、疑問にお思いだろう。

というのも、私は熱心な『アイカツ!フリークで、アイカツ!を見始めたのなら劇場版アイカツ!を見るのはもはや自然な流れで、あえて挙げることではないという認識でいるからだ。

ということで、あえてアイカツ!を見る入り口として薦めるのであれば、CGステージをかき集めたこれが良いだろうと思い、挙げた次第である

アイカツ!の楽曲のジャンルの幅広さ、CGステージでの綿密に練られたカメラワーク、そしてアイカツ!という作品世界の持つ空気感を少しでも感じてくれれば後は言うことはない。

劇場版 カードキャプターさくら 封印されたカード (2000年) 82分

少女向けアニメ最高傑作との呼び声も高い『カードキャプターさくら』、その集大成となる第2弾劇場作品。

ラストシーンでは年齢性別問わず多くのお友達をキュン死させ、多くの大きなお友達はそのままゾンビとなった。

セルアニメの末期に生まれた大傑作である

劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王 ENTEI (2000年) 70分

ポケモンの映画といえばミュウツーの逆襲だったり水の都の護神を挙げる人が多いが、私はこの作品を挙げる。

70分という短さに詰め込まれた「家族愛」というテーマは、子供よりもむしろ親の方に深く響いたことだろう。

当時劇場で見てリザードンに興奮した子供たちも、今改めてみればまた別の感動を味わうに違いないはず。

楽しいムーミン一家 ムーミン谷の彗星 (1992年) 62分

テレビアニメ楽しいムーミン一家』の劇場版であるが、本作はテレビアニメの前日譚となるエピソード映画化である

楽しいムーミン一家』はもっと語られていい傑作アニメであり、本作ももっと多くの人に知られて欲しい。(旧ムーミンファンには申し訳ないが……)

子安武人演じるスナフキンによるシュールな悪口が聴けるのもこの作品。

白鳥英美子さんの主題歌もとてもいい。

劇場版銀河鉄道999 (1979年) 129分

いわずと知れた名作『ルパン三世 カリオストロの城』と同じ1979年に公開されたアニメ映画である

実はこの年の邦画の配給収入で1位を獲得している。

70年代を生きたアニメファンにとっては有名も有名だが、今では知名度カリオストロよりも低くなってしまっていて、金曜ロードショー恐るべしといった感じである

エンディング流れるゴダイゴのあの有名な主題歌を聴いた時、あなたはきっと涙を流しているはず。

劇場版エースをねらえ! (1979年) 88分

90分弱に詰め込まれた圧倒的な熱量!THE出崎統

世界はもっと出崎統を評価せよ。

BD・DVDがプレミア化し、配信・レンタルでも見られなかった傑作が、ようやく今年BDの再発売によって見やすくなった。

7月22日発売です。

2016-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20160505004033

料理やれよ料理

創作性がありながら日常生活の役にも立つので、時間無駄したという罪悪感に苛まれることもない

料理教室通って奥様方と友だちになったり或いは自分主催したりで人脈を作れる

ブログに手頃な価格帯の調理道具のアフィ貼れば儲かるぞ

本出したり、増田ブランドキッチンツールプロデュースを目指しつつ

まずはクックパッド互助会を結成することからはじめよう

2016-04-23

秋元康男性がこうあって欲しい女子を描き出す天才である

おニャン子の頃から同じで天才だと思う。

創作表現なので女性蔑視という視点議論には違和感を感じる。男性が、もしかわいい同級生の子がこんな事を考えていてくれたらいいなという歌を、アイドルに歌わせるのだから、そりゃ大量の男性ファンになるにきまっているし、それを彼の手法創作性批判とは筋違いだろう。(女性蔑視事態根深い単に日本国文化のもの現代的な問題で、彼のせいじゃないだろう)

ところで、同じアイドルを作るのでもつんくの作る歌詞方向性が違うので、これまた面白い

2016-01-19

芸能界ってやっぱりヤクザだよね

SMAP騒動、盛り上がってるね。

いや、盛り下がってるのかな?


でね、私思うんですよ。

相変わらず日本芸能界は「創作性」よりも「人間関係」を重視するんだなーって。


もう21世紀なのに相変わらずヤクザっぽい商売なんだなーって。


どう思うよ。正直嫌じゃない?

だってさ、芸能って本来はとってもクリエイティブ芸術性や娯楽性に溢れたものなのに、そこが重視されないのってどうなのよ。「御家騒動」とか「圧力」とかイマドキ流行らないよねー

でもさ、だからといってジャニーズ不買運動を起こすとかそういうことをしても誰も幸せにならないと思うの。



じゃあどうすればいいかって?

忘れなければ良いんじゃないかな。日本人はすぐ忘れちゃうからさー覚えとくって重要だと思うの。

「昔、SMAPで解散騒動があって、なんとも言えない会見があったよね」ってちゃんとみんな覚えておこうよ。

そして、もし今度こんなことが他のグループであった時は、ファンの声をすぐ届けて後押しをしてあげようよ。



そんなことをジャニオタの友人を眺めながら思いました。


おしまい

2015-12-27

拷問AVの件

少し前に拷問AVがどうのとかTwitter話題になっていた。そんなに多くのツイートを追いかけたわけではないのだけど思うところはたくさんあった。

だいたい落ち着いたところだと思うので、ずっと考えてたことをまとめて書いてみようと思う。

自分DMMアダルトビデオ特に拘束、SM系の動画を手当たり次第見ることが以前はあった。話題になっていた拷問系?はそんなに見てないかも。まあ、最近はそういう欲求がほとんどないので、全然見ないけど。

見ると言っても大抵無料サンプルのみで、何故なら、…単に集中力が持たないからである。そんな感じなのでこの話題についてあまり詳しくはないと先に言っておく。

ちなみにxvideosで見ていたことも少しだけあったが、著作権問題が気になりすぎてやめた。その点、DMM動画なら安心だ。無料サンプルばかりで正直申し訳ないとは思っている。

Twitterでの例の話題で気になったのは、アダルトビデオでの行為大手メーカーなら当然フィクションでありそんなことは当たり前で、ばかばかしい指摘だ、というような反応が割とあったことだ。

しか自分も見ているときはもちろんフェイであると思って見ていたし、俳優の方々を本気で心配したことは一度もなかった。というか、妙にノリのいい音楽アニメ声のあからさまに演技!という感じのものしか見たことがないので、正直あまり実感がない。趣味に合わないものは徹底的に見ないわけだし。

しか労働環境はどうなのかという視点で考えると、劣悪なところは結構多いのではないかと思えた。

しろこんな世の中で、一般的職場でさえ驚くほど劣悪なところがあったりするのに、アダルトビデオ業界というオープンになりにくいところで劣悪な現場全然ないとかそんなことがあり得るだろうか。

もちろん、優良なメーカーもあるだろう。それに一応審査があるはずで、映像倫理機構とかその他複数あるらしい。ちょっと調べただけでは詳しく分からなかった。あまり過激な内容であれば多分審査の段階で弾かれると思われる。

(ただし自主制作のものだと審査があるわけでもなく、本物の拷問まがいの行為動画がある可能性がある。そこまでいかなくとも、酷いものはあると思う。)

自分メーカーとか全然詳しくないのだけど、色々工夫して映像を作っているという話は聞く。大抵は模型やらなにやらを使って創意工夫のもとで拷問というフィクションを生み出しているのだと思う。

ただ審査があるとは言っても作品を見ただけでは実際の労働環境までは分からないわけで、特にアダルトビデオ性質素人だとか盗撮だとか本物のレイプ映像だとか、たとえ実際にはフェイクであっても創作性とは別のところが重要視される分野であることを考えると、そこらへんがホラー映画などとはちょっと事情が違うというか、これって大丈夫なのか、と思ってしまポイントである

過去に起きた事件というのも、本当に大丈夫なのかと考えてしまう一因である。また知的障害者などが被害にあっているという情報もあり、そういうのも気になるところ。

もちろん、そういった問題があるからといってすべてのメーカーがそうだというわけではないし、色眼鏡で見られやす業界であることを考えると、極端なところを取り上げて騒ぐとみんな潰れてしまうのではという懸念理解はできる。

ただ本当に、いかに興奮できるか、抜けるか、という実用性が重視されるものであり、過激になりやすオープンにしにくい、しかも粘膜に直接異物が触れるなど相当にハイリスク性質を考えると、映画ドラマその他の映像作品とはやっぱり事情が違う、フィクションから大丈夫だと安心できないなと自分は思った。

予算だって決して多くはないだろうし。


こんなのフェイクに決まっているしいちいち騒ぐほどのことではない、映画殺人シーンがいかにリアルであっても騒ぐ奴いないだろうというのは確かにそうなのだが、映画には訓練されたスタントマンCG精巧なセットを作り上げる美術スタッフ存在すること、莫大な予算時間がかけられているということを我々は知っているし、

それによってリアル残酷映像安心して見ていられるのだと思う(まあ映画撮影だって問題は多くあったりすると思うんだけど)。

どうやってリアル映像を作っているか俳優がどのような努力をしたかなどが詳細に語られることも多い。

アダルトビデオ最近はどうやって映像作りをしているか語られることも割とあるとは思うのだが(メイキング映像とか)、その性質を考えると制作現場もっともっとオープンにされるべきだし、それをアピールしていく必要があるんではないか。

表現するものが何であれ、というかどんな仕事であれ、労働環境改善されるべきだし、どのような対策をとっているかなど具体的なことがもっと必要なのだと思う。危険を伴うなら尚更だ。

劣悪なメーカーが、努力している優良なメーカーの足を引っ張っているというツイートを見かけたけど、たしかに現状そんな感じなのだと思う。

また過激表現を守りたいのであれば、アダルトビデオ安心して見るために劣悪な労働環境をなくそうという声を積極的に上げなければならんのではないか。

観測範囲にはなかっただけで、そういう声も結構あったのかもしれないが、自分ほとんど見なかった。異常者扱いされることへの反発の方が多かったように思う。


しかにこんなのを見るなんて信じられない、醜悪だという声は結構な数あり、正直内容を考えると仕方がないと思う。

見ない人には慣れなどというものはまったくない分野であり、見る人だけが見るもの一般的理解は得にくい。

から興味ないならほっとけということではなく、表現は守られるべきだからこそ労働環境は厳しく問われるべきで、オープンになりにくいからこそ野暮な指摘は重要なんではないか。

「これは表現であり創作物である」ということをしつこいくらいにやっていく必要があると思う。

あんまり健全だと興奮できないという声は結構あると思うのだが、制作現場にまでそれを求めてどうするというか、そういう声を聞く必要はないだろうと。

労働者が死にそうになりながら作った製品でなければ満足できませんとか言われても。

俳優危険おかしていることをアピールして作品価値を高めるというやり方もあるけど、程度によるかな。

あと当たり前だけど性教育必要人間の身体の正しい知識、他人の身体の扱い方が浸透してなさすぎる、幻想が溢れすぎていると思う。現実的な前提あってのフィクションでしょう。


と、まあこんなところ。もっと現場の声を聞きながら現状とか問題点とか表現についてとか考えてる人はいると思うので、そういう人の話を聞きたいかなあ。

2015-11-12

おそ松さんは、記号化と清潔感によって二次創作人気を得ているのでは

おそ松さん腐女子二次創作界隈で人気だ。

その理由は、記号化と清潔感にあるように思う。

記号化の巧みさ

『わかりやす萌え記号』ではなく「要素」としての記号だ。

そもそもが、かなりの振れ幅のある表現を、一つに収斂させて示すことが、記号だ。

普段余り意識することはないが、夜空に浮かぶお月様を「月」という字形表現することが、記号化だ。

「こういう描き方をすれば、こういう意味を持つ/こういう表現をしようとしている」という共通基盤整備が、記号化と言える。

まり白血病の薄幸の美少女」というのは、ドラマヒロイン記号と言える。

ホラー映画に出てくる「キャンプ場でセックスするカップル」も惨殺対象者記号だ。

おそ松さんでは、キャラクター記号化と、シチュエーション記号化が、とても巧みだと感じる。

キャラクター記号

イヤミやハタ坊等、そもそもおそ松くんキャラクターは、ガッシリと記号化されている。

例えば「3本出っ歯」「おフランス帰り」「ザンス」等を外さなければ、まあイヤミに見える。

名前もそもそもが「イヤミ」だし、どうキャラクターを崩そうと、イヤミ以外の何者にもならない。

(「1本出っ歯」「オカッパ」「頭に日本国旗」「ダジョー」のハタ坊にしても、同様である

これはとても二次創作向きだと言える。

上手でも下手でも、そのキャラクターに見える。

まり、外見を簡単に描き分け出来る良く似たキャラクター群というのは、強い。

  1. テーマカラーは赤、デフォルト「おそ松」
  2. テーマカラーは青、目つきの鋭い「カラ松」
  3. テーマカラーは緑、への字口でくせ毛の無い「チョロ松」
  4. テーマカラーは紫、半目で猫背の「一松」
  5. テーマカラーは黄、笑った顔でくせ毛が一本「十四松」
  6. テーマカラーピンク、口の小さなトド松」

戦隊モノが「ちびっ子に描きやすく造型されている」のと同じ理由で、この記号化は成功しているといえる。

シチュエーション記号

シチュエーションとは状況設定のことで、例えば「壁ドン」がある。

動作ではなく「壁ドン」という記号によって、状況設定表現している。

(わかりにくければ、少女漫画において結婚式エンドがハッピーエンド表現、で理解して問題ない)

キャラクターに焦点を合わせると、シチュエーションとは、キャラクターとその他との関係性だ。

「キリッと格好つける」は、キャラクター性格記号化だ。

「キリッと格好つけるが、無視される」までで、キャラクターシチュエーション記号化と言える。

戦隊物で例えれば、「レッドは天然熱血」「ブルークール二枚目」「ピンク可愛い」などが、性格記号化。

ブラックは孤高の一匹狼ゆえにレッドとウマがあわないが仲間思いで、ホワイト破局後も幸せを祝福できる男」が、シチュエーション記号化だ。

読んで解るだろうが、判りやすシチュエーション関係性を限定するので、ハッキリしたキャラクターほど動かしにくいという難しさがある。

そうすると、関係性毎に切り離されているキャラクターというのは、強い。

  1. ザ・ニートリーダーダメ人間。弟思いの「おそ松」
  2. 格好つけて発言しては無視される。不憫な境遇「カラ松」
  3. ただ一人の常識人危機感はあるが空回り。ツッコミ役の「チョロ松」
  4. 皮肉屋で自虐的根暗無気力。でも寂しがりやで兄弟についていく「一松」
  5. 笑顔のままで卍固め常軌を逸したムードメーカー。素直で天真爛漫な「十四松」
  6. 甘え上手で世渡り上手。腹黒でドライだが、夜中トイレに一人で行けない「トド松」

基本的にすべてのキャラクターが「他の兄弟に対して」の「状況設定記号」になっている。

(これに、一松はカラ松の絡みに耐えられないとか、チョロ松は女性が絡むとポンコツ、みたいな個別関係性が付く)

全てを劇中の言動で見せなければならないという条件がつく中で、この状況設定記号化に成功しているのは、見事だ。

記号化の効果

テトリスブロックの様に記号化が巧みなら、ブロックを積み上げて自分だけの形にするのは、容易で面白い

その記号の形が想像力を刺激するなら、「こういう絡みでこういうネタを」と組み上げる作業(妄想)がはかどる。

腐女子による二次創作想像し難いなら、一本アニメ脚本を書くことを想像してみれば良い。脚本の書きやすさだ)

作品の「要素」が巧みなら、それを組み上げる作業は、それ自体楽しい時間になる。

清潔感

記号化の巧みさは、直接には「お話の作りやすさ」に繋がるだけで、腐女子人気とイコールではない。

もちろん、そのシチュエーション想像力を刺激するなら、人気には繋がるが、それだけではない。

嫌悪感を抱かせるものが画面に現れないということは、とても重要だ。

ポップンミュージックを思い出すような、パステル調でカラフルな画面。

競馬のパック酒やもつ煮込みを画面に描きながら、あくまでもサラッとした爽やかな絵面。

声優の演技や声質も、無理をして取り繕ったものではなく、心地良い声がテンポよく流れていく。

握手する相手の爪の間に垢が溜まっているのが見えるような汚らわしさとは無縁の、清涼感ある下品さ。

テレビから流れるのは、安定感のある箱庭の中でワチャワチャと可愛く動きまわるニートな六つ子の日常だ。

これは一言で言えば、清潔感だろう。

一定ラインクオリティがあり、愛でるのに不足のない可愛らしさがあり、聞いて心地良い声優が演技をする。

まり腐女子に愛されやすい外面をしていると言っていいと思う。

単なる声優人気だけではなく、総合的に演出された清潔感だ。

まとめ

清潔感のある画面で、観て不快でなく愛されやすい外面を持っていることが、視聴の安心に繋がり

劇中に描かれるやり取りが、ブロック化された関係性を持っていることが、創作性を刺激し

可愛らしい男の子達が、ワチャワチャと絡み続ける群像劇は、腐女子熱狂させる。

これを狙いつつギャグとして作品にしているので、恐ろしいほど練り込まれアニメだと思う。

付記

見ていない人に説明すると、おそ松さんとは、TIGER&BUNNY忍たま乱太郎を掛けて、ゆるゆり銀魂の逆数で累乗して声優を足した感じだ。

異論は認める。むしろ異論が聞きたい。

腐女子からみる「おそ松さん」人気の理由~声優は“入口”にすぎない~ - だれも知らない

声優腐女子の入口なだけでなく、作品品質を支え続ける土台になっていると思う。

また、創作活動は『飢え』だというが、それも少し足りない気がする。

『飢え』とは、「もっとここを掘り下げて欲しいのに!」「これだけじゃ足りない!」という渇きだと思うが、

おそ松さん場合は、「あえて描かないスキマ」というよりも、「創作やす記号化」が巧みなのだと思う。

『ファンからいいように解釈できる行間たっぷりととられていること』というところが、非常に重要なのだと思う。

第一話のネタのように外見をしっかり描いてしまえば、想像余地が無い。つるんとした記号化されたキャラクターならタップリある。

その上で、キャラクター同士の絡みを想像力で補い続けなくても、不遇なカラ松のような記号化されたシチュエーションをそっと差し出してくる。

エンディングテーマも含めて、相当練りに練ってぶつけてきている気がする。

(第一話が「掴み」ではなく振り切った「媚び」であって、その揺り戻しが2話以降からあざとさを消している気がする)

2015-09-08

本当に佐野氏のエンブレム著作権的にアウトじゃないのかの論考

深津氏の文章を読んで、本当に佐野氏のロゴ著作権的にアウトじゃないか

疑問に思ったのでベルギー弁護士の人がやろうとしていた

ことを代わりにやってみた。

著作権侵害が成立するには

1.依拠

2.類似性

3.利用行為を行ったか

の3つをすべて満たす必要があるらしいので、順番に検討してみようと思う。

なお、著作権侵害が成立する要件については、こちら

(http://www.saegusa-pat.co.jp/copyright/cr_02_3.htm

を参考にした。


1.依拠

はつまりパクった経路が確認できるかをベルギー側が

証明する必要があり、Pinterestの閲覧の有無が争点になると思う。

当然ベルギーデザイナーPinterest自分ロゴ登録しているし

佐野氏もPinterest登録していたことが確認されている。

これによって佐野氏がベルギー側のロゴを見たということには充分妥当性があるように思う。

ここで佐野氏が実際にそのページをみたかどうかの証明必要ないし(もちろん証拠があればそれに越したことはないが)、

佐野氏がもし仮に、見ていないと発言しても、忘れたと発言しても依拠性が覆されることはない。



2.類似性

まず佐野氏のロゴベルギー側のロゴ類似している部分を列挙してみる。

類似点 ベルギー側のデザインの要素

・中心の縦の棒のパーツ

・左上と右下におかれたパーツ

・3つのパーツにより切り抜かれた円の形を視覚的に感得できること

・パーツの組み合わせにより『T』と『L』の合字が視覚的に感得できること

以上の4つではないかと思う。

(1)判例判断基準

判例では、他人著作物表現形式上本質的な特徴を直接感得できるかが判例判断基準となるようだ。

ここでは、"表現形式上の特徴"が争点となる。

9分割による"モジュール"による展開性や"書体"などは、

"構造的な特徴"となり、デザイン本質的な特徴ではない。

もし仮にまったく別のデザインなのに、モジュール展開性が

可能だったり、たまたま『T』の書体が一緒だとしてもそれは

構造的な特徴(つまりアイデアのこと)として処理され、

類似性があるとは認められないのと同じ。



(2)表現共通性

これは一目しただけで、類似していることが認められるのではないかと思う。

相違点はベルギーデザイナーデザインが外側に黒丸で囲んであり、

モノクロ(2色構成)で構成されているのに対し、佐野氏の、エンブレム

外側の黒丸に対する円がなく、4色構成であり、右上に赤い丸があることの

いであるが、これらの違いはベルギーロゴが土台にあってはじめて

成り立つものであり、ベルギーロゴ本質的な特徴であることが理解できる。

まりベルギーデザインが土台にないと、佐野氏のデザインはまず

構成できないことに着目したい。




(3)創作的部分の共通性

ここではベルギーロゴ創作的か、一般的かが問われる。

日本側は、幾何学的模様による構成は、どこにでもあると

主張していて立証は難しいように思える。

しかベルギーロゴが『T』と『L』の合字であることに

着目してみたい。

ベルギーロゴの着想の出発点は『T』と『L』の合字部分

である

それに対し、佐野氏のロゴの出発点は『T』のフォントである

原案を見てもそれは明らかである


佐野氏の案を出発点にすると、どうしてもロゴの右下にあった

パーツ(≒△)は右上にこないといけない。佐野氏の原案でも

右上に△があり、右下に△を入れる論理的必然性がなく、

ここに飛躍的がある。

ベルギーロゴには元々、『T』と『L』の合字であるという

出発点となっているため、飛躍的な超越はない。ここにベルギー

ロゴ創作性が認められる。

おそらく佐野氏は『L』の合字部分に気付かなかったのではないか。

ベルギー側のデザインが『T』のみのロゴだと思い込んだのである

日本人には一見なにも問題ないように思われる。しかし『T』の

右下にパーツを入れることは欧米では一般的ではないのである

まり佐野氏のロゴは、『T』としては非常に不自然な形状をして

いることになる。この不自然さこそ、一般的でないことの証明であり

創作性を保有しているということになる。

さて佐野氏はどこから、右下に三角(≒△)のパーツを配置する

という着想を得たのだろうか。


3利用行為を行ったかどうか

あきらかに五輪エンブレムとして利用すれば利用行為を行ったことになる。

佐野氏がエンブレムを取り下げたために、ベルギー側も告訴を取り下げるしかなかった。




おそらく以上のことをベルギー側は証明しようとしていたので

はないかと思われる。

これを読んでもみんな(深津氏や山本一郎氏を含む)は、佐野氏は

エンブレムをパクッてないということになるのだろうか、聞いてみたいところである

ついでに以前の自分記事

http://anond.hatelabo.jp/touch/20150903190148


よろしくどうぞ

2015-09-05

東京五輪エンブレム問題は関わる人すべてが滑稽にみえ

1000人の完全なる素人に「”T”という文字からデザインを作ってみて!」ってお願いしたら、少なくとも10人くらいは「ベルギー劇場ロゴ」みたいなデザインをすると思うんだよね。

から、あのカタチに主張できるような創作性はないと思うのに、営利目的か知らんが訴訟までやる気のベルギー劇場は滑稽なクレーマーしか見えない。

単なるクレーマーであるベルギー劇場に躍らされて、正義を振りかざしたつもりになってる2ch民たちも滑稽

四苦八苦エンブレムを取り下げた佐野氏も滑稽

エンブレムの選定に携わった偉い人たちも言い訳に追われてる感じが滑稽

仮にもベルギー欧州の国だから無意識的に強く意識ちゃうんだろうなー。

ベルギーではなく「アジアの国の劇場ロゴ酷似してる」だったら、2ch民たちも動かないと思うと人種差別(今回は逆差別?)の根深さを感じる。

2015-09-02

刀剣乱舞二次創作でのタブー及びヘイト創作問題について

現在刀剣乱舞内におけるヘイト創作問題になっています

どういうことが問題なのか、何が問題になっているのか、そういったことを

出来るだけ簡単にわかやす解説したつもりです。

はじめに

今回これを作成するにあたった経緯として、刀剣乱舞二次創作の1つである

ヘイト創作】の【タグ付け/住み分け問題】なのですが、それ以前に

まりにも「何故これがだめなの?」「これの何が問題なの?」という方が多く見受けられましたので作成しました。

もっとこれより詳しい内容についてはご自身ピクシブ百科辞典やこれらに関するまとめなどを検索して調べてください。

二次創作とは?

二次創作とは”1つの作品”を元にして作られらた新しい作品です。

※ここでは【刀剣乱舞というゲームを元にして作られた作品(イラスト漫画小説ゲーム、グッズなど)】が二次創作と呼ばれるものになります

基本的二次創作は【違法】です。しかし【悪意や作者への損害がない場合】は黙認されることがあります

→何故か?

     ファン活動の一環であると黙認されていたり、ファン活動が盛り上がれば作品宣伝にもなるからです。

    物によっては【作者や公式によっては二次創作をあらかじめ許可している場合】もあります

     ただし【作者や公式がやめろと言えば直ちに二次創作の公開をやめなければなりません】

なので、二次創作をやる時は【作者や公式不快になったり、被害を受けるような内容はやめましょう】

※作者や公式作品があっての二次創作です。敬意の念を忘れずに。

刀剣乱舞での二次創作について

違法ってことは刀剣乱舞二次創作ってしちゃだめなの?■

→答えは【いいえ】です

 刀剣乱舞では【条件付きで二次創作をすることが許されています

刀剣乱舞二次創作をする上での条件って何?■

 1.創作性があること

 2.直接販売であること

 3.販売数量の総累計数が200個以内であること

 4.売上予定額が小規模(10万円以下)であること

 5.その他、絶対的禁止事項に該当しないこと

                       (nitro+ 著作物転載ガイドラインより抜粋)

今回は【5.その他、絶対的禁止事項に該当しないこと】について説明します。

※他の詳しい条件に付いては【nitro+ 著作物転載ガイドライン】をお読みください。

→【5.その他、絶対的禁止事項に該当しないこと】ってどんな内容?

 1.弊社、弊社製品または弊社キャラクターイメージを著しく損なわないこと

 2.利用する作品著作者ないし弊社の社会的な信用、評価を損なわないこと

 3.公序良俗に反しないこと

 4.他者権利侵害する、または侵害のおそれがないこと

 5.弊社の公式製品かのような誤解を招くおそれがないこと

                              (nitro+ 著作物転載ガイドラインより抜粋)

この5つを【守っていれば二次創作をすることが許されます

しかしこれを【破ってしまえば二次創作自体全面的禁止される恐れがあります

次は刀剣乱舞ヘイト創作問題についてです

ヘイト創作って?■

→箇条書きで説明するとこうなります

1.愛情表現ではなくアンチ思考や見下し、または面白半分や流行に乗ったなどの安易理由

  版権キャラクター実在の人物に暴行虐待侮辱(ぶじょく)、誹謗(ひぼう)中傷などを行う

2.二次創作した作品の設定上、都合のいいキャラクター改悪利用し”汚れ役“のように扱う

  もしくは、他キャラクター(主に自分最愛キャラ/推しキャラ)の引き立て役に使う

3.特定キャラクターに対し、作中で一方的なお説教断罪見せしめなどを行い、貶める(おとしめる)

                               (参考:ピクシブ百科事典/ヘイト創作)

ヘイト創作の何が問題なの?■

ヘイト創作】の問題点は【ニトロプラスが出した条件、絶対的禁止事項】に引っかかるのです。

1つめにある【弊社、弊社製品または弊社キャラクターイメージを著しく損なわないこと】とは

まりニトロプラス刀剣乱舞、または刀剣男士のイメージを壊したり傷つけたりしないこと】という意味なので

ヘイト創作の【二次創作した作品の設定上、都合のいいキャラクター改悪利用し”汚れ役“のように扱う】

もしくは【他キャラクター(主に自分最愛キャラ/推しキャラ)の引き立て役に使う】は刀剣男士のイメージ

壊したり傷つけたりしているので完全にアウトです。

もちろん、隠れてそういった二次創作を楽しむ分には構いません。(人の嗜好はそれぞれです)

しかし以前からヘイト創作に分類されるような小説ランキングに数多くランクインし、ヘイト創作ランキングが埋まってしまう時もありました。

現在はいろんな方のお声かけにより以前より隠れてくださる方が増えてきています

ランキングに乗るってことは人気があるってことじゃないの?いいじゃん別に!■

それが素直に喜べません。確かに人気があるのはいいことではあるのですが

ランキングというものは載ればその作品必然的もっと多くの人の目につくようになります

しかしそれがヘイト創作であれば【他のジャンルの方や、刀剣乱舞を始めようと思っている方にどういったイメージを与えるか】です。

【あそこのジャンル版権キャラクター暴行虐待侮辱誹謗中傷をし、”汚れ役“をさせるために公式とかけ離れたものにする】

汚れ役には一方的なお説教断罪見せしめを行ってキャラクターを貶める】

【それがランキングに乗るほど流行っている、あのジャンルの人はこういうもの好きな人しかいないんだ】

刀剣乱舞刀剣男士にこういうことをしても大丈夫なんだ、これが公式なのか】

【やだな、こんなゲームなのか。始めるのやめておこうっと】

極端に見えます事実、こういった誤解を招くことになり、結果的に人が離れてジャンルが衰退してしまうことになります

更にいえば公式に見つかってしまえば勿論二次創作全面的禁止もありえます

ですので、刀剣乱舞の存続のためにも【隠れて二次創作ヘイト創作を行っていただきたい】というのが一番のお願いであます

■つまりデメリットは何?■

挙げられるものとしては

公式からの【二次創作全面的禁止

・上でも書いたように【刀剣乱舞のファン全てがマナーの悪い集団】というレッテルが張られる

・【元となった作品(刀剣乱舞)やキャラクター(刀剣男士)ごと避けらる】 など

※これに関しては最悪の場合刀剣男士を描いた絵師さんにも迷惑がかかる恐れがあります

これらを回避するために【二次創作について】や【ガイドライン】は絶対に読んで内容を把握し

十分に注意を払ってファン活動をせねばならないのです。

ヘイト創作?そんなつもりじゃなかった、そういう意図はなかった■

投稿者の方々からすればそうなのかもしれませんが、上記に箇条書きした通り

やはり版権キャラクターを酷い目に合わせる、特定キャラクターを都合のいいように”汚れ役“にするということに対し

不快に思われる方】や【刀剣男士や刀剣乱舞のものに悪いイメージを抱く方】はいます

投稿者の方々がどれだけ刀剣男士に愛情をもっていようとも、そういう意図がなかったとしても

第三者から見て、それを見ただけで読み取るというのは非常に難しいことなのです。

■じゃあヘイト創作は無くなった方がいいの?■

それについての答えは【いいえ】です。かと言って【タグ付けや住み分けはしなくていい、安易刀剣男士を酷くあつかっても良いわけではない】です。

そういう性癖萌え属性があるのも理解しております文句を言うつもりはありませんし、言う権利はありません。

(個人の嗜好に関しては口出ししないのがマナーですから)

ただそういった作品は【ニトロプラス刀剣乱舞刀剣男士たちのイメージを壊したり傷つけている】

【最悪の場合刀剣乱舞二次創作全面禁止になる可能性がある】ということだけは【絶対に忘れないでください】

ヘイト創作とはそういうリスクもある二次創作なのです。

■では今後はどうしたらいい?■

それについては以下のそれぞれのマナーについてを参考にしてください

作者の方へ

検索避けを徹底する(キャプションタグ題名原作名やキャラ名などを入れない)

・1ページ目に注意書き、あるいは念のために2ページめにワンクッション入れる

 (本当によろしいですか?注意書きは読まれましたか?などの再度の確認など)

・内容が非常に過激である、もしくは苦情や批判などを絶対に受け付けないのであれば

 マイピク限定個人サイトでの公開も考えておく

 (Pixiv個人サイトなどではなく、多くの利用者がいます嫌なら見るなというのは個人サイトやマイピク限定時にしか使えません)

読者の方へ

タグコメント欄代わりに使わず、【コメント欄を使いましょう】

・(キャラ名)ざまぁ、(キャラ名)制裁希望などの【貶(けな)しが含まれタグは、投稿物自体マイナスイメージを与えてしまう恐れがあります

 (作者さんがタグいじりを望んでいても同様です)

タグ欄とコメント欄に関しては【タグ欄とコメント欄の使い方を考えてみませんか?】などのマナー投稿文があるのでそちらも参考にしてください

注意する方へ

・作者に【メッセージ送信】にて【客観的、冷静かつ礼儀正しい文面で、なるべく一回だけで個別に説得してください】

・また【自分不愉快に感じたかヘイト創作だ】【ヘイト創作は悪。だから排除するのは二次創作を守る上で必要正義である】など

 このような考えにはなっていませんか?ヘイト創作ではと思った時は【一度その作品を見るのを止めて、考える時間をとる】と良いと思われます

他にも色々と注意する点はあるのですが、それぞれ簡単にまとめさせていただきました

もっと詳しく知っておきたいという方は【ピクシブ百科事典ヘイト創作記事】をご覧になってください

最後

ここまで読んでくださりありがとうございます

今後とも刀剣乱舞というジャンル繁栄及びに皆様と楽しくファン活動ができることを願って

                                             09/02 04:18 相模国審神者

抜粋、参考にさせていただいたページ/記事

・これだけは知っとけ!c著作権(http://chosakuken-kouza.com/kihon/nijitekichosakubutu.html)

nitro+ 著作物転載ガイドライン(http://www.nitroplus.co.jp/license/)

 (ニトロプラスニトロプラス キラル作品に関連した同人グッズ、コスプレ痛車フィギュア等の二次著作物について)

 (A.非営利的な二次創作活動におけるガイドライン)

ピクシブ百科事典/ヘイト創作(http://dic.pixiv.net/a/%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%88%E5%89%B5%E4%BD%9C)

2015-01-21

東方Projectの推進力と散開する燃料タンク

僕の出会った妙な切なさについて書きます

東方Projectについては今さら触れる必要もないかと思われるのでざっくり。

同人界隈での活動の場として、ジャンルとして、東方存在しています。その昔かなりの肥大化があったようで、ネットワーク外部性とでもいいましょうか、東方文脈は参入者によって様々に強化されていったので、そのあたりの勢いは強かったのです。なんたら2.0という死語もありますけれども、まあそんな感じで、ラフ物語創作性を残して語られるわけで、つまり東方とはそういうコンテンツだったのです。ここまで読んで意味分からんと思ったらそっ閉じでお願いします。ご閲覧ありがとうございました。

同人をやる人の想像力というのはわりとチープなもんです。好きという気持ちだけでやってる人間が大多数だから、そう言ってもいいでしょう。感性的肉体的な表現というのは、具体性があるから替えが効くものです。どのキャラクター性交させるかという目的で、欲望が噴出しては地を肥やし山を作っている。だから、要はなんでもよかったんです。東方じゃなくても、架空女の子が沢山居て、セックスがあって、ラブコメがあって、キャラ萌えがあって、自分の手の届かない性器に刺激を与えうるものであれば、それは同人として多くの消費を呼ぶわけです。特に、不完全な物語解釈という体の良い言葉で包んだ自己設定が許される場所

それで本題ですが。何年も前から東方一本で表現をしていた同人作家が、あっさり艦これに乗り換えていたときの切なさとは一体なんなのでしょうかね。そうやって空になった燃料タンクは、片端から外れて落ちていくのだとしたら、一体ロケットとは。コンテンツとは。

2015-01-02

Natural Color Phantasm Vol.08 『Kanon~残された者のために祈りを』

■その1。

 発端は、とあるまんが家と喫茶店で打ち合わせている時だった。お互い、ヘビーな美少女ゲーマーだったので、自然最近ゲームの話になったのだけど、『Kanon』の話になった途端、そのまんが家は激昂し、強硬に『Kanon』を否定したのだ。激昂の理由は後述するけど、普段は温厚なそのまんが家を激昂させた、『Kanon』というゲームはどんなゲームなんだろうか……という興味が(本人には悪いが)沸いたし、何よりも、巷では大人気のはずなのに、筆者の周辺でプレイした人が、まるでいなかったのも気になっていた。

 『Kanon』というゲームが、恋愛ゲームに興味の薄い人間にとって、敷居が高いのは確かだ。コアなファンは多いのに、その面白さはプレイしていない人には、なかなか伝わって来ない。実際、雑誌の紹介記事を読んでも、「今泉伸二のまんがより泣ける!」程度しかからないし(すまん、古いギャグで)、何より、雑誌ごとに扱いの大きさが極端に違っていた。しかも、筆者は『MOON.』も『ONE輝く季節へ~』もプレイしていなかったので尚更だ。

 ……さて、ゲームプレイしての印象だけども、音楽を含めた演出面は素晴らしいし、シナリオも読んでいて引き込まれる力は十分にある。そういう意味では良質の作品なのかも知れない。でも、正直言って、全体にバランスが悪すぎる……というか、凡庸な部分と突出した部分の落差が激しすぎるのだ。

 まず、シナリオに関して、引き込まれつつも、違和感を感じていた。何故なら、どのシナリオ不条理が剥き出しの状態で、そこにあるからだ。この物語での不条理とは、主に[祈り]と[奇蹟]にまつわる部分で、物語の根幹を成す部分なのだけど、物語形成する要素としての世界観や、恋愛に至る過程といった場所での論理がどれもこれも飛躍し過ぎている。それは、意図的なのかも知れないが、結果、説明不足に陥っている場所が大量に存在するのはどんなものか……と思っていた。

 ……更に本質的問題として、エロゲーとしては全く成立していないのだ。これについてはもう論外としか言いようがないし、ゲームとして見た場合、『Kanon』は、整合性というものが全く欠けていた。

 しかし……そんな欠点ゴロゴロしているにも関わらず、筆者の評価は悪くない。悪くないどころか、個人的には極めて面白かったのだ。じゃあ、何で面白かったのか……それが最大の問題だった。

 話は逸れるが、物語を構築する要素というのは、ウラジミール・プロップの「26のカード」以降、現在では分析され、かなり法則化されている。更に、近代化に伴って、スピリチュアル曖昧だった物語要素は、更に表層的な記号解体され、方程式を組むように商品を作ることができるようになったし、記号の選択と方程式の組み方さえ間違えなければ、ユーザーを「泣き」や「萌え」の状態に導くのも、割と簡単にできる。実際、ほとんどのおたく向けヒット商品作品はそういう計算の上で作られている。逆に、ヒットしない商品のヒットしない理由とは、作り手の創作性……悪く言えば、偏執的なこだわりがノイズになってしまったケースが大半だったりする。

 そして、全ての事象が表層的な記号へ分解されていくこの状況が、この連載で何度も書いてきた[オブジェクト嗜好]の正体で、別の場所では[ポストモダン]と呼ばれていた状況だったのだ。

■その2。

 商品として成立させるために、計算によって整合性を高めると、計算できない要素はノイズとして排除されてしまう。例えば、スピリチュアル物語要素の代表である[奇蹟]は、近年は「陳腐もの」として、扱うことを避ける傾向にある。

 何故なら、ロボットならいざ知らず、人の生死に関する[奇蹟]は極めて不条理で、論理的な説明が困難だからだ。確かに、『To Heart』でも、いくつかの[奇蹟]は存在したが、論理的に説明できる程度に抑え、逸脱することを防いでいた。これは、日常性の維持=普遍性を、物語世界の根幹に据えていたからだろう。

 ところが、『Kanon』の場合は、[奇蹟]を、物語世界の根幹に据えてしまった。作り手が日常から逸脱してしまうことを覚悟していたかどうかは分からない。しかし、『Kanon』は表層的な設定よりも、ドラマトゥルギー的な主義主張が先に立っている作品で、キャラクター記号性で、その綻びを強引に追補していた。それでも、原初的物語要素……スピリチュアルな展開、に対する思い入れが強すぎて、全体のバランスが崩れることは食い止められなかった。

 これではどう見ても、物語として完結させるのは困難で、ああ、このまま破綻したまま終わるのかな……と思いきや、[奇蹟]によって力づくで完結させてしまったのだ。これはとても希有なことだと思う。

 だけども、同時にこの作品は、表層的にも、「泣き」や「萌え」という要素を達成して、商品としても成立している。いわば、作品が二重構造になっており、そのことが先に述べた敷居の高さの原因になっているのだろう。しかし、記号の組み合わせにも、緻密な計算や、意図的ものが、いまいち感じられないのだ。

 肝心の文章のものにしてもそうだ。シナリオ構成自体は随所で破綻しているにも関わらず、文章が独特のリズム感と情念を持っていて、物語に引き込まれしまう。キャラクター描写ストーリー展開で、同じパターンを反復している箇所も多く、もちろん、ある程度の計算は感じさせるのだけど、全体としては緻密な計算より、感覚を優先したように見える。こういう文章を昔、読んだことがあるな……と思ったら、思い出した。平井和正小説……それも、『幻魔大戦』や『地球樹の女神』あたりの感覚に近い。

 平井和正は、自身の紡ぐ物語を「言霊が降りてくる」と表現していたが、それが結果として、[天然の美]となっていた。単純に比べるには抵抗はあるが、『Kanon』についても同じことが言えるだろう。そして、計算だけでは超えられなかった、魔術めいた部分が、このゲームの最大の魅力なのだと思った。

 更に、私見ではあるが、ファンの心性も似た傾向があるように思う。これは、どちらにも共通するのだが、作り手はいざ知らず、ユーザー側が全員、[ポストモダン]という状況を肯定している訳ではない。その状況に戸惑ったり、諦観していたりする人々も存在する。そして、そんな最先端から取り残された人々の存在に思いを馳せなければ見えないものも、また存在するのだ。

 本誌(カラフルピュアガール)の若い読者は、最先端の絵柄で上手いという理由だけで美少女ゲームを買うかも知れないが、そういう人には、『Kanon』が売れる理由は多分、分からないだろう。

 絵描きにしてもそうだけど、[作り手]と呼ばれる人々は、常に最先端を追い続ける義務感を持っている。そういう人々が、立ち止まることを肯定してしまうような作品否定するのは、無理もない。冒頭の出来事の原因もまた、そういうことだったし、筆者も、順調に本業だけ続けていれば=最先端を追いかけていれば、こういう視点は持たなかったろう。けれども、筆者にとっては、最先端の行き着くところは[ポストモダン]という名の絶望だったのだ……。

 しかし、今回のプレイでの教訓は、[真・善・美]が最先端の中にあるとは限らない、ということだ。問題は、突き進むにしても、立ち止まるにしても、そこで何を成すか、想像力限界を拡げることができるかどうか、なのだと思う。

■複雑な気分の総括。

 真琴シナリオプレイしていたら、ネームに詰まったかかしあさひろが遊びに来た。そして、後半の反復する連鎖コンボのような展開を見ながら「ああ、こりゃルネッサンスだな」と言った。おそらく、タイトルから何か連想して言ったのだろう。

 しかし、これは面白い発言だ。エヴァ以降、完結しない物語が当たり前になり、影響を受けた若い世代は、技術至上主義ビジュアル志向に走り、物語という概念すら放棄しかねないという状況……そんな、進化による閉塞から逃れるための、前近代への回帰として考えると、『Kanon』という、無謀極まりない物語は、微妙な可能性を秘めていると思う。まあ、それは別の閉塞なのかも知れないけど……。

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