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はてなキーワード: 邦画とは

2018-07-13

anond:20180713025020

邦画とかドラマってクソみたいな言動多いけど、あまり叩かれない印象がある。

2018-06-28

“ホンモノの家族”ってなんだ?

「ホンモノの親なら子供を見捨てない」

「ホンモノの親になることに憧れていたんでしょう?」

カンヌで最高の賞(パルムドール)を約20年ぶりに獲得した邦画万引き家族」では、警察によってこんな言葉が次々と主人公たちに投げかけられる。つまり主人公たちが身を寄せ合って創り上げた家族は、血縁関係を持たないゆえに“ニセモノ”であり、紐帯根底に打算的なものを含んでいるから、ちょっとした圧力ですぐに瓦解するのは当然、というわけだ。

杓子定規主人公たちを攻め立てる警察はとても憎たらしく描かれており、観客は「お前ら警察が一体何を知っているんだ」とイラッとさせられる。だが、一方で我々は日常生活において、“ホンモノの家族”という思い込みに囚われている。

実は、現代のわれわれが当たり前に持つ家族イメージ像は近代的な産物だ。例えば、E・バダンテールの著作母性という神話」では、1718世紀フランスにおいて、子供の大半が産まれてすぐに里子に出され乳母に育てられる風潮があったことが示され、“母性愛”という概念人類史において常に家族間に君臨してきたわけではないことが明らかにされる。統計によれば、同時代に毎年パリ洗礼を受ける新生児2万人のうち、約7千人が捨て子であった。日本でも一昔前の農村を思い出せば分かるだろう。子供は「小さな大人」であり、安価労働力に過ぎなかったのだ。

歴史を遡ると、「血縁関係があるのだから自分犠牲にしてでも、親は無償の愛を子供に授けて当然」という考え方は、ここ100~200年特有理念に過ぎない。ざっくばらんに言ってしまえば、家族という概念が「血の繋がりを契機として、様々な世代が身を寄せ合って互いに助け合うべき存在から、「血が繋がっている以上は、無償の愛で繋がり合うべき存在」へと変化したのである

言うまでもなく、現代に生きる以上、誰だって愛のない親より慈愛に満ちた親になりたいし、子供をこき使う親など御免こうむりたい。しかし、「打算抜きで、無償の愛で繋がり合う家族こそがホンモノだ」というとき、我々は家族に対して、実際にはありえそうもない“完璧さ”を要求している。

完璧さを家族要求する社会は、その基準を満たさない親を徹底的に許さない。さいきん東京目黒で起きた5歳女児虐待死に対する、社会のいささかヒステリックじみた反応は、その証左と言えるだろう。もちろん、こうした社会過剰反応で救われる子供もいるし、未然に防がれる悲劇もある。

しかし、そうした社会は同時に、血縁関係によって成り立っている家族こそを“ホンモノ”とするがゆえに「血の繋がった親が実の子供に愛を抱かないはずがない。なぜなら、親は無条件に子供を愛する存在からだ」という循環論法的な前提に立っている。残念ながら、これが近代特有の“神話であることは、すでに述べたとおりだ。先に挙げた目黒事件でも、日本特有親権の強さが問題になったが、「ホンモノの家族」への神聖視と親権の強さは無関係でないはずだ。

万引き家族」でもやはり、虐待から逃れニセモノの家族の元で幸せ時間を送っていた子供は、最終的に虐待を行っていた実親のもとへと返される。ホンモノの親は、ニセモノの親と違って“愛”を持っているはずだ、という社会思い込みが、結果として子供を再び悲劇に追いやるのである

さら悲劇なのは、親役を担っていた2人(リリー・フランキー安藤サクラ)だ。彼らは事あるごとに「血が繋がってないからこそ、逆に絆が強いんだ」と述べるのだが、その実“お父さん”“お母さん”と呼ばれることに固執している。一見すると「ホンモノの家族」という社会通念から自由であるように見えて、やはり彼らもまた近代家族に与えた役割を引き受けることから逃れられていない。

したがって、リリー・フランキー演じるニセの父親子供を裏切って逃げようとした理由も、血縁関係が両者の間にないことに求められる。ホンモノの父親なら子供を裏切るはずがないのだから。こうして、彼は「お父さん」と呼ばれることを諦め、単なる「おじさん」であることを自ら認めるに至る。

ニセモノは決してホンモノになれず、ホンモノにはいささかの弱さも認められない。仮にその弱さがどうしようもない貧困に由来するものだとしても、この息苦しい社会において弱さはニセモノの証なのだ

別に打算的だったっていいじゃない。弱い一面があったっていいじゃない。ホンモノ、ニセモノどっちだっていいじゃない。そこに幸せがあればさ。

2018-06-19

万引き家族、まぁまぁ面白かった

始まる前の予告でも邦画はいくつか紹介されてたけど

今の邦画って20歳前後若者ターゲットっぽくて始めての恋愛とかはじめて人を好きになりましたとかそういうのばっかなんだな

それかアイドルSF学芸会

万引き家族学芸会でもなかったし画面もアート的な美しさがあってそれだけでも素晴らしいと思えたしお話ちゃん大人向けで鑑賞に耐える映画だった

個人的にはもう少しそれぞれのキャラクター歴史が欲しかったなと思ったけどまぁでも現実はこんなもんかな

フィクションではもちろんないし現実トレースしてるわけでもない、その隙間に演出があって思いや意図が見え隠れしてる映画、そんなところが見てて楽しかった

パンフレットもすごく良くて(おもに写真が)800円は安いなと思った

2018-06-16

アンチ安倍柳下毅一郎山形浩生忠告華麗にスルー

かつての相棒が真っ当な忠告をしてもダンマリ。それどころか他のリプライには揶揄混じりで返す有様。

こんなにあからさまに「安倍政権批判したいだけ」という姿勢を隠さないとは。

これで町山が安倍政権批判をしたら嬉々としてリツイートするんだろうね。

しかし、映画秘宝グループ老害化が著しい。

親玉海外ニュースで得た情報を得意げに横流しして小銭稼ぎ。

映画ばっかり見てきたカルチャー野郎がなぜか自尊心肥大させてあれにもこれにも口を出す。

まぁ、柳下馬鹿の一つ覚えで邦画を腐して小銭稼ぎしている浅ましいやつだから、今さら堕落したわけではないか

2018-06-15

邦画ってさ

ほとんどが2時間ドラマでいいじゃんってのばっかりな

anond:20180615153830

対バンとかで、気にも留めてなかったバンド

いきなりハマる人もいるし。



今の立ち位置で、たくさん売れてる方がこんどアニメ主題歌とか

みたので、ご本人はそういうベクトルがおありなのあどうかは知らないのですが



アニメのほうがふつう邦画などより(対外国などには)売れてるようだし

最近思いもよらなかったような方向から、いろんなアプローチがあるんだなって思いました。

海外も良く声優を有名俳優女優&売り出し中の歌手があてるんで

そんなものなのかな。




良いとか悪いとかじゃなくて、そのジャンルもいくんですかみたいな。

2018-06-09

万引き家族平成東京物語

万引き家族を見てきた。

カンヌパルムドールを受賞するのも納得の完成度で、芸術性、メッセージ性、エンタメ性を兼ね備えた邦画史上に残る作品なのは間違いない。

リリー・フランキーだしどうせお涙頂戴の感動ポルノだろうなんていう懸念は見事に粉砕された。

テーマ家族の絆の相対化と解体と再構築という、小津安二郎東京物語に通じるものであり、舞台戦後間もない時期から平成の終わりの今に移すとこうなるという感じだった。(ちなみに、山田洋次監督東京物語リメイクした東京家族という映画があるが、あれは小津安二郎がせっかく相対化した「家族」を再び戦前の古い価値観に巻き戻してリメイクするという糞以外の何物でもなかった。)

ただ、東京物語では血のつながらない人たちが自然につながっていたのに対して、本作は血のつながらない人たちが一緒に暮らしていくことがいかに困難かを描写しており、現代日本の息苦しさを批判しているともとれる。そこが日本批判を許さない人たちからは「反日的」に思われるのだろう。

また、本作で繰り返し描写される「貧困」の風景リアリティを持ってしまっているのが平成30年の日本現実であり、是枝監督は当然そこは意識的に作って、こんなのでいいんですかという疑問を投げかけていることも間違いないだろうし、そこも「反日的」だという愚にもつかない批判の的になっているのだろう。

とにかく、あえて言葉にする必要もないくらいの傑作なので、ためらいなく映画館へいくべき作品。事前にどれだけハードル上げまくっても軽々とその上を行く大傑作。

2018-06-07

anond:20180607100421

バラで発表すると、先に降板発表した特定声優とか事務所在日だとかパヨクだとか攻撃され、降り遅れた声優とか事務所ヘイトアニメに協力してるレイシストだって攻撃受けるからでしょ。何にしても、ヘイトスピーチに対抗するのって、業界全体で足並み揃えないと無理。

あと、事務所中国企業がどうこうというより、今のアニメ制作中韓がっつり噛んでる(エンドロール見たらすぐわかる)し、コンテンツの主要マーケットアジア圏なんだからそもそも圧力以前の問題で、協力企業顧客を両方敵に回すようなことはさすがに無理ってことかと。

百田映画化されてるのにって言われてるけど、邦画みたいに制作国内だけマーケット国内だけってコンテンツならまだレイシストも生き残れるんじゃないのかな?

2018-06-02

字幕吹替も好きだから両方の良いところと悪いところ紹介する

しがない洋画オタクです。海外ドラマも観ます

anond:20180531140806 を読んだんだけれど、字幕版も吹替版も好きだからどっちかが貶されているととても悲しいし

どちらかというとアンチが多めに見える吹替の良さも知ってもらいたいから両方のメリデメを書いてみる。

意訳しすぎ問題ジョーク翻訳が難しい問題キャラ改変などのリスクなどはどちらにもある(翻訳されている以上すべて改変されているし)ので触れません。

字幕版のここがいい!

オリジナル音声が聞ける

言わずもがな俳優息遣いや細かいトーンの変化なども感じ取れる。

字幕吹替には反映されない訛りや特徴的な言い回しがあったりして、キャラクターの背景がわかることも。

例:

オーシャンズ12

ジュリア・ロバーツモノマネをするために南部訛りで話すんだ!というシーンがある。

ジュリア・ロバーツ演じるキャラクターがジュリア・ロバーツの真似をするのが最高)

スターウォーズ

ジャー・ジャー・ビンクス黒人っぽい話し方が特徴的で、字幕吹替の口調も個性的になってる。

(これに関しては人種差別観点での批判もあるけど割愛

必要最低限の情報を与えてくれる

基本的に原文の情報を漏らさず字幕に含めることは不可能で、取捨選択をしなければいけない。

それによってストーリーがわからなくなってしまったら本末転倒なので、物語理解必要情報は必ず字幕に含まれている。

ミステリーなど情報量の多い作品だと、うっかり聞き漏らすことも在り得るが

字幕によって最初から情報が限られていれば取りこぼすリスクは減る。

ちらっとだけ映る手紙看板字幕が表示されて、それが重要情報だった……という流れに覚えがある人も多いと思う。

字幕がない状態だと目にとまったかな?と思うぐらい雑多な画面だったり、筆記体の字が結構ぐちゃぐちゃだったりするので

字幕があることで意識すべき情報だよ!って明示してくれるのはありがたい。

字幕版のここは残念

情報量が少ない

セリフに含まれ情報量は、どう考えても「原文>吹替字幕」になる。

ただこれは前述した通りメリットもあるので作品に合うかどうかと観る側の好みです。

特にテンポの良い映画複数人が同時にしゃべるようなシーンだと露骨に差がでてくる。

例:

CSI科学捜査班」

字幕だと化学物質名前がバシバシ削られているので、吹替で見たほうが詳しくなれる。

フレンズ

ゲラー兄妹がケンカするときに、字幕だと「モニカブランコを壊した」ことしかからないけど

吹替だと「モニカブランコを壊したのを、親には台風のせいだと嘘をついた」ことまでわかる場面がある。

視線移動が手間

特に3D/4D上映だと視線移動は結構コスト、というか普通に目が疲れたりする。

アクション映画とかスピード感ある映像だと文字なんて読んでる暇ねえ!ってなるわけで、

意訳・誤訳で有名な戸田奈津子はそういった映画テンポよく短いセリフでまとめるところが評価されていた(よね?)

吹替版のここがいい!

よりオリジナルに近い情報量とテンポ

前述してるから説明不要かな。

特にメインの会話の裏側で流れているテレビラジオの音声、細かな掛け合いまですべて翻訳されてるのは強い。

世界観をより深く理解できる。

また、キャラクター性や感情表現文化背景に強く紐付いているか

例えば同じ「感じ悪い喋り方」だとしてもやっぱり日本人が演技する方が日本人に伝わりやすい。

その点では情報量の話含めて「吹替のほうがオリジナル演出意図に近い」と言い方もできると思う。

画面全体がじっくり見れる

字幕を読む必要がないぶん、画面の他の部分を見ることができる。

例:

シャッターアイランド

ミステリー作品俳優目線仕草など細かい部分にまでヒントが含まれているので、それらを見逃さないよう

配給会社吹替版を推奨するようなキャンペーン実施していた。

画面見てなくても大体話がわかる

ゴールデンタイムテレビ放送で吹替採用される理由はこれ。ながら見可能

映画オタクからって毎回全身全霊で視聴してるわけじゃないからね。

吹替版のここは残念

稀によくクソみたいなことになる

どれだけ良い部分があっても一発ですべてをぶち壊すことができる最凶の厄災。

例:

X-MEN:フューチャー&パスト

22歳の若さアカデミー主演女優賞を受賞したあのジェニファー・ローレンス剛力彩芽て。

ちなみに他の作品ではジェニファー・ローレンスの声は牛田裕子水樹奈々があてることが多い。

ハンガー・ゲームの奈々様、めっちゃ水樹奈々って感じで好き。

プロメテウス

剛力彩芽て。

鑑賞中にオリジナル差異認知できない

字幕なら「あ、今音声では○○って言ったのに字幕に入ってないな」というのが検知できるんだけど

吹替ではオリジナル情報が皆無なので違いがあったとしても認識できない。

最後

翻訳する人、演技する人の実力次第でクオリティは変化するので、糞字幕も糞吹替存在する。

から作品によって合う方を観ればいいし、好きな映画なら両方観た方が2倍お得だよ。

自分海外ドラマはほぼ必ず吹替版で観るんだけど、

声優の演技によってよりキャラクターがより魅力的になってると思うものもあるし

逆にステレオタイプ化されちゃって勿体無いなあと感じるものもある。本当ケースバイケース。

何度も見返すような場合は「日本語吹替英語字幕」が両方のいいとこ取りでオススメ

ちなみに邦画日本語字幕で見ると、細かい言い回しの特徴や漢字表記に気付けて面白いよ!

2018-05-29

anond:20180529101715

昔の刑事ドラマとかだと

電話越しの相手カットを逐一入れるのが面倒で

かつ、受話器越しの声の再現

視聴者テレビの音質や機材の都合上難しかたか

話の受け手の反応のみを見て視聴者がだいたい理解できるよう

わざと長回しにして説明&演技過多気味にしていた

 

それが今はデジタル編集

簡単相手がわ表現もできるのに

演技&演出だけは昭和から技術が止まってるものから

くどい演出になってしまってんだろう

 

このお決まり演出に限らず、日本邦画邦ドラ界は

テレビカメラマイク編集機材などに比べて

無形の演出や演技の技術進歩が大幅に遅れてる節がある

いまだにメソッド演技の一つすら見られない状況は異常であると言うしか・・・

2018-05-21

anond:20180521032121

邦画ドラマってだいたいこれ

とりあえず醜く叫んで感情のある演技ぶるっていう

邦画の俺が嫌いなとこ

男1「台詞ボソボソ…ボソボソ…」

女「ボソ…」

男2「ボソボソ…」

俺「何言ってるかわかんねえ音量上げよ」

男2「てめえふざっけんなよオォオオオオオ」

ボッカー!!

男1「ああああああァァァァ!!!

ドターン!!

女「止めてぇエェェェェエ」

シャーン!!バーン!ガダーン!!

俺「うるっせえええええ!!!!!」

なろう系作品って邦画の悪癖を煮詰めたような演出するよな

特に独白が酷いのなんの

 

例えば最初転生して自分が骸骨になってたり

スキルを身に着けてたりするけど

その説明を全部独白で済ませてしま

 

「ん? これは○○スキルレベル99で・・・あのモンスター属性が」とか

せめてそういうのはヨイショする仲間に解説させればいいのに

全部自分の頭で自己完結しようとする

完全なるコミュニケーション不全、オタクと言うのは作品内ですらコミュ障

 

まるで邦画キャラ自分の心情を

ペラペラペラペラ泣き叫びながら喋ったり

酷いとき独り言で状況説明するようなもんで

演出としては最悪の部類なんだが

もはや日本においてだれもこれを咎めようとしない

駿以後のオタク文化権威ある賞取れる作品ってなんかあったっけ? ああ 無かったか

まさか見下してた邦画パルムドール取るとは

 

君の名は をリメイクしてもらおうぜw

2018-05-15

劇場版コナン興行収入の一位とかとるから映画のクソ広告が減らない

劇場版コナンっつうかコナンを初めてまともに観たんだが、ひたすら説明ゼリフと固有名詞けがダラダラと続くだけで、キャラクターちょっとした仕草作画的な高度なテクニックも見られず、それどころかテレビ放映と変わらないクオリティで、おおよそ「演出」と呼べるようなものも見当たらないもの唖然とした。会話がメインの割に会話劇が頭脳戦やプライド駆け引きでもなくマウンティング合戦というあたりもオタクじみてて本当気持ち悪い。最後の、あの連絡先を記した紙を渡す手をはたいた後のセリフが最たる例。あんなもん、手はたいて睨んだ顔のアップで終わりでいいのに、全部セリフで言わせる。こんなん映画観る必要すらない。

この「全部セリフで言わせる」みたいな姿勢こそ、ツイッターとかで美大出たんだかなんだかしんねーオタク達がギャーギャー騒ぐ洋画邦画のクソポスターと全く同じものじゃん。つまりセリフ説明する方がかえってややこしいことすら、大して上手くもない言い回しと何も面白くもないユーモアでダラダラ説明しようとするところ。こんなんが一位だからクソ広告もなくなんねーよ。クソ広告嫌いならコナンが一位とってる状況込みでdisれよ。わかったツラしてんじゃねーよ。

あとアニメで力入れてるはずのアクションシーンの芝居も下手くそすぎ。最後の爆破シーンはコナンアムロも一体どこからどこに飛び移ったんだよ。何で銃乱射したんだよ。重力的にとか物理的に無理とかそういう何の芸もないツッコミ以前の問題。どっからどこにたどり着いたかもわからないのに最後生きてるだけでハッピーエンドとかバカじゃねーのか。

誰に向けてるのかもハッキリしてないんだよな。だからクソ広告と本当一緒。「日本」とか「この国」みたいなのが字面として躍ってればいいっていうのもそれもそのままそう。ひたすらコナンに集約されてる。

2018-05-13

禁止用語を入れてる映画ないですか?

フルメタルジャケット見てると、日本映画は「おまんこ」とか劇中で言わなくない?割れ目が〜とかですら見たことない。

大衆最適化された結果なんだろうけど、ヌルすぎやしませんか?

私は邦画応援したいです。

2018-05-06

なぜ日本ではインフィニティ・ウォーがコナンに敗北したのか

それは"映画"という娯楽の、日本での立ち位置のせいだと思う

最近邦画ってテレビでやったドラマアニメの続きを映画館で流すやつばっかりじゃん?

DVDは買わないが映画代ぐらいは出すってぐらいのファンから集金するための仕組みとして使われてる

そのせいで全く知らない作品映画館で初めて見るっていう習慣がなくなってしまったんじゃないか

知ってる作品・馴染みのあるキャラクターの晴れ舞台としての映画しか知らないから、聞いたこともないアメコミヒーローなんか見向きもされないんだろう

それもこれも、新規IPというリスクを避け、テレビですでに人気があって数字が見込める作品しか作らない、テレビ局主導の製作委員会方式が悪い


>>追記

反論としてあげられるのが2年も前の君の名はシンゴジ・この世界の片隅にしかないっていうのが語るに落ちてるよな

そもそもゴジラ新規IPじゃないし

自分で言ってて気づかないんだろうか

もはや滑稽で笑える

2018-05-04

anond:20180502205027

どっちも予告編だけだけど見てみた。

演技が自然かは首肯出来なかったけど、面白そうな映画だと感じた。

是枝裕和は、まあ、たしかリアリズムに対して一定の考えを持ってる監督だと思う。

アリスのままで、は、明日の記憶アメリカ版だろうか。

ところでエリンギは硬くてそこまで食味は良くないと思うのだけど、持ち上げられてる理由が分からない。

また、ナメクジ寄生虫が多く、生食するのは非常に危険である。最悪の場合神経系を害し、日常生活が困難となり、死に至る危険性がある。

前衛寄りでもいいから、もう少し我々の普段日常に近い会話が撮影されてる映画はないものだろうか。乞い願いたい。

なお、対象邦画でお願いしたい。

お返事をありがとう

2018-05-02

anond:20180502201317

邦画が良いのか洋画でも良いのかちゃん自分要求を述べろクソザコエリンギ

邦画なら「歩いても歩いても」、洋画なら「アリスのままで」でも観てろクソ雑魚ナメクジ

2018-04-13

そろそろアニメは過剰表現世界から離れた方が良いのでは?

過剰な表現っつうのはさ

要は藤原竜也みたいなあ゛あ゛あ゛あ゛系舞台俳優

邦ドラ邦画で酷い過剰演技して

外国嘲笑されるようなもんだけど

 

アニメマンガと比べて

動きで表現できる情報が多いのに

なぜマンガ表現をそのまま取り入れてしまうのだろう

 

わざわざギャグシーンでデフォルメ顔にならずとも

キャラクター声優感情を演技させればいいわけだし

この前バズった規律、礼、着席みたいなしょうもないシーンに作画枚数を割くより

表情や演技に力を入れるべきだろう

 

わざわざキンキン声の声優を使って幼さを表現しなくても良い

なんならジブリ程度の声優でも、

画の力があれば十分「表現」と言うのは可能なのだ

そしてジブリを見るようなB層でも、十分裏に隠された

繊細な演技を見出してくれるもの

 

日本リアルではハイコンテクストの国と言われているはずが

フィクションではローコンテクスト表現がまかり通りすぎている

それを大人も嬉々として受け入れている

結果として生まれるのは、過剰な表現でないと内容を理解できないアスペ崩れか?

 

漫画と違って、「動き」という

情報量の王ともいえる概念を持つアニメ

バカげたアイドル声優無駄演出、過剰演技や配色など

情報を異常に盛り込むのはいい加減やめるべきだ

2018-03-26

ゴリラは強く優しい

ゴリラ日常系アニメを作れば大ヒット間違い無し

落ち窪んでる実写邦画ゴリラ映画を作れば興収1兆億円でドッカンドッカンおおもうけ

ゴリラ ゴリラ ゴリラ 燃えるアクション 弾ける筋肉

ゴリラゴリラ高収入

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