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はてなキーワード: 自殺願望とは

2019-01-08

あと50年生きて孤独死するよりかは、まだそれなりに楽しいと思えることがあるうちに死にたくない?

自殺願望とかは一切ないし死ぬの怖いけどだらだら生きてるよりもすぱっと死にたい

じゃあ死ねよって思うけど別に死にたいわけじゃないんだよな〜

宝くじ当たって仕事辞めたらこんな考えもなくなるから世の中お金だな

2018-12-19

自殺衝動

今は表面化してないかもしれないけど、潜在的自殺願望があるのかも?(卑屈になって自分を責める所もあるし)

自殺ダメだよ★

こんなのやっちゃいけないってわかっていた。

でも、ゲームセーブデータの消去するのところにカーソルを合わせてみたり、

動物を抱く時にちょっと指に力を入れようとして寸止めしてみたり、

そういう「取り返しがつかないとわかっていることを本当にやったらどうなるんだろう」と考えてゾクゾクする変な癖が昔からあって、

多分、その感覚に近かったような気がする。

2018-11-28

推し子供でも出来れば、自殺願望みたいな厨二風味はなくなるかもね?

我儘そうだから彼女さんたいへんそう。

2018-11-16

助けてほしい

現実には子供のころに見たようなスーパーヒーローはいない。

よって救われることがない。

わかっている。



毎日毎日死にたい逃げたいって思っていて、

最近なぜか憧れの先輩がお話してくれていたから、

生きていたいって思ってしまっていた。

浅はかだった。

先輩と会えなくなって、

先輩の隣にはこんな陰鬱自分は似つかわしくなかったことを思い出せた。


どうしようもなく毎日逃げたいとしか思えなかった気持ちが、

先輩のおかげで延命されていた自殺願望に飲まれた。



ヒーロー現実になんていない。

誰も助けて何てくれない。




死ぬより逃げろと言ってくれるのは、

無責任責任なんて何一つ取ってくれない人たちばかりだ。



どうしたらいいのかすらもう考えられない。

逃げたい。

死にたい

死にたい

死にたい

死にたい

願わくば助けてほしいし、生きていたい。もう一度やり直したい。



でも自分のいた場所から耐え切れずに逃げ出した自分を、

きっと社会も、親も、友達も、先輩だって

みんな許してはくれない

ならいっそ可哀想な子のまま死んでしまいたい。

誰か助けて

2018-10-27

自殺したってなったら遺族が冷ややかに見られたり何か後腐れよくなかったりするのに、お国のために死んだとなったらたとえ自殺願望を成就させようと誉れ高きことなんだよ? やるべきでしょ戦争 と自殺志願者だけど自殺失敗を考えると躊躇う自分は思う

2018-10-23

心を折られた人間はどう立ち直ればいいのか 追記

答がでないので増田で吐き出してる。

前にホームレスにまで墜ちた人が自助努力で立ち直った人の話が話題になってた。

あの人は本当にすごいと思う。なぜならここまでどん底に堕ちても自力で立ち直れる精神を保っている人は稀だからだ。

元々のメンタルが強い方なのかもしれない、または文面になかっただけで精神的に頼れる親族恋人がいて、見守ってくれていたのかもしれない。

残念ながら大抵の人はこうはならない。心を徹底的にたたき折られて自力で立ち直ることが不可能になる。

僕の知っている限りここまで墜ちてダメになった人がたどるパターンは2つ。自分を責め続けて鬱状態になって自殺願望の塊になる。もしくは責任他者社会なすりつけてに被害妄想の塊になる。精神が荒廃した状態になる。

ここまで墜ちて心を折られた人は、もう自力で立ち直るのが不可能になる。親しい家族親族がいたら彼らに支えてもらって回復を試みることも可能であるが、そこまで墜ちる過程でそういった大切な人間関係自身暴言暴力でぶち壊した人も少なくなく、家族親族も誰も近づこうとしない。

こういった人が生活保護案件になると、「国の金で支えてもらっているのに感謝するどころか周りに悪態つきまくって刹那的に金を使い果たす生活しかできない」というネットでもフルボッコ案件ができあがる。心がある程度正常でないと将来に備えてお金管理して使うということができないのである。そしてそれを注意してくれる家族もいないのである

僕の身内にも後者のケースが一人いる。何度も話し合いをしても被害妄想の塊で、彼自身言動や行動で家族との絆を粉々にして、年老いた両親とあいつの息子はあいつを残して他県に引っ越した。そして彼は現在住む場所もなく軽自動車の中で寝泊まりしてる。

からも何度か仕事を紹介したが、初めて数日で「俺をだました両親やお前に落とし前つけるまで仕事なんてする気にならない」とバックレてもう紹介するのも無理になった。

なんとか彼が通えそうな病院施設への入居を勧めたら激怒されて、それっきり連絡も途絶えた。

何を話しても過去自身の失敗を認めることができず、結局他者や両親に責任なすりつける。

正直彼がどうやって立ち直ったらいいのか見当もつかない。生活保護でも受けたらいいんだろうが、そうしたら彼が大事にしてるあの軽自動車も手放すことになるので申請してないらしい。

あんなボロ車、売っても二束三文しかならないのに。

僕も彼の件があっていろいろな制度を調べたが、どれも当人自発的に動かないと使えないものばかり。

世の中の制度というのは「自分のことは自分解決できる大人」むけに設計されていて、彼のようないいおっさんなのに自分では何もできないクズが使える制度は見当たらない。

精神病院などの強制入院人権侵害に引っかかるのでハードル高い。そりゃ俺や周りの人間素人判断で「精神案件だわ」って思っても、医者の診断なしで入院させることなんて無理筋だろう。だがこういった人間自分精神科に診察すら行ってくれない。心が壊れているのに自分が正常で回りがオカシイと思い込んでいる人間に何ができるのか。

高校時代あんなに活発で面白かったあいつが、あそこまで墜ちて、それをみて僕や両親すら何もできないのが現状である。このままだと万引きなどの軽犯罪を犯して刑務所に入れられるのがベストシナリオなんじゃないかとすら思えてくる。

彼のように心が折れてしまった人はどうやって生きていけばいいのだろうか。答が出ない。

追記:これの末路です

https://anond.hatelabo.jp/20161019074216

2018-10-13

anond:20181013124235

自殺願望男性よりも女性の方が多い(男性2 女性8)

うつ病男性よりも女性の方が多い(男性3 女性7)

自殺未遂男性よりも女性の方が多い(男性2 女性8)

自殺者:女性よりも男性の方が多い(男性7 女性3)

しゃーない

2018-10-07

グロテスク癒し

自分グロテスクもの癒しを感じるようになったのは、過去職場で本当にストレス人物がいて、気分がひどく落ち込んだり身体が痒くなったり精神的に限界と感じてた頃で、正直毎日自殺願望かまたは相手への殺意しかなくて大層辛かった。

まぁどちらも簡単には叶わない事なので、代替的にネットで牛の屠殺とか画像検索して、命を終わらす事を擬似的に体験した気分になれて、それでなんとなく救われていたんだと思う。

何がきっかけだったのか詳しくはないが、今は昔に比べて漫画フィクションの中にも簡単に死が出てくる気がする。それも惨たらしいヤツだ。

この世は需要供給。つまりそれが求められているんだろうなと思う。悲しい事にいつのまにかこの世はとてもストレスが多くなって、老若男女、みんな疲れてそういう癒しを求めているんだろうかと何となく思う。

2018-09-25

「鬱だ、死にたい」と言うキャラの話

「鬱だ」「死にたい」が口癖のキャラって、どうなんだろう。

広い創作世界だ、複数いるかもしれない。でも私が知っているのは、今のところ一人だけ。女性向けアイドル育成ゲームキャラクターだ。こう聞いただけでわかる方もいらっしゃるかもしれない。

言い訳じみた前置きをさせていただくなら、私はそのゲームキャラアンチではない。むしろ好意的な目で見ている方だ。ここで言いたいのは、ちょっとした問題提起、ただそれだけ。それでも、自分の好きなキャラに関する否定的意見を見たくない人は沢山いるだろう。そういう方には、ブラウザバックをおすすめする。

それでは、まず少しだけ、私自身に関する話をさせてほしい。

去年の夏、鬱病だと診断された。

大学の授業に出るのがどうしても怖かったのだ。内容理解課題提出、交友関係にも一切問題は無い。それなのに、何故か教室の扉を開けられなくて、逃げ帰ってしまった。そんなことが何日も何ヶ月も続いた。年度が変わって、心を入れ替えようとしても駄目。授業をサボった日は何をするでもなく、電車上り下りを何往復もしては駅員さんに怒られたりしていた。

どうもおかしいぞと思って病院に行き、診断が下された。いくつか軽度の発達障害も発覚。障害によって出来ないことが、自主性を重んじるバイト大学生活で浮き彫りになり、それを自分怠惰によるものだと誤認していたから——とのことだった。

病気が判明する前もしてからも、私はずっと死にたかった。大学に入るタイミングで始めた人生初のバイトブラックだったこともあり、理不尽に怒鳴られ続けて心は萎縮していた。自分必要の無い存在だと思いながらも、死にたいと思うなんて罪悪だ、親不孝だと考え、そんなに親不孝なら死んだ方がましだと思う、矛盾の真っ只中に居た。

さて、初めの問いを振り返ってみよう。「鬱だ」「死にたい」を口癖にするキャラって——どうなんだろうか。

先程の話は、私だけの個人的エピソードだ。読者のみなさんには全く興味の無い話だと思う。でも、どこかに似たような思いをした人はいるかもしれない。それどころか、実際に死んでしまった人さえも。

彼の口癖が、「憂鬱だ」「帰りたい」ではいけなかったのだろうか。語呂が悪いから?インパクトに欠けるから自殺を本気で考えてしまった人を刺激しかねないワードでありながら、それを使ったのはどうしてなんだろう。

鬱や自殺を描くなと言っているわけではない。それをひとつの題材とすること自体はいいと思う。けれど、某キャラクターのノリは、私にとってはあまりにも軽すぎた。あの台詞が出てくるのは、何もシリアスシーンに限らない。そして、それだけならまだ良かったけれど、舞台版で「鬱だー!」「死にたーい!」というコーレスが行われたと聞いて、ぞっとしてしまったのだ。なんて軽々しくそ言葉を口にするんだろう。日常会話の中、疲れやおふざけでこぼれてしまうならともかく、演出として意図的に叫ばせるなんて。

たかゲーム台詞だろ」と思うだろうか?私自身でさえそう思う。どうして、たかだかゲームひとつ言葉にこうまで狼狽えてしまうのかわからない。同じく自殺願望のある人、あった人の中にも、これを問題にしない人はいるだろう。それでも、不可解で苦しくてたまらないのだ。

そのゲームは私も昔プレイしていて、いくら課金だってしていた。重課金ユーザーランキング報酬で追いつけずやめてしまったけれど、それから情報だけは少しずつ追っている。そんな自分の好きだったゲームが、鬱や自殺を軽く扱ってしまうのは、とても悲しい。

もちろんキャラに罪は無い。問題があるとしたら制作の方だろう。もう少し柔らかな言葉で、彼の台詞を作ってほしかった。そうすれば、内気でネガティブ男子高校生が見せる精一杯の頑張りや笑顔を、心の底から応援できたのに。

それでも、制作に直接苦言を呈したり、貶めるつもりは一切無い。ただ、「死にたい」と「生きたい」、「生きてはいけない」と「死んではいけない」——この矛盾を抱えた人間が、どこかにいるかもしれない。そのことだけ、心の隅に留めていただければ、私は本当に救われます

本当にどうでもいい私事ですが、色んな方々のサポートのおかげで、死にたいと思うことは少なくなっています。鬱になってしまった全ての人が、幸せになれますように。

2018-09-13

北野武って自殺ばっかりしてる

ソナチネの頃からずっと映画自殺してて、一回本当にやらかしたけど、映画自殺願望満たしてるんじゃないかなって思うんだよな。

映画が撮れなくなって、自殺願望を満たす手段がなくなったら最後は本当に自殺するんじゃないかな。分かんないけど。

事務所独立して子分自分を遠ざけるとこなんて、彼のヤクザ映画のものじゃんか。

そんな訳あるかよバカヤロウって話だけどね。

2018-09-06

anond:20180906101053 ベーシックインカム

教育費も無料(高等教育無償じゃないので今後完全無償化して欲しい。税の公正を考えて全員が無償)、 医療無料、十分祝福されてるでしょ

だって食うに困らない 余裕があれば、キリキリもせんし放置もせんでしょ
就業困難者やアウトローや間接自殺希望者や拡大型自殺願望者を出すリスクに比べたら圧倒的に良いので
仕事を調整できない人らは夫婦ともに働かなくていいよ。家族仲良く暮らすとイイ

しかし、すべての大人は汚い、子どもはその汚染からつべきって発想は実に怖いなぁ

生活保護を貰ってでも子どもを作るべきかについて賛成の立場を示すとは進んでるねと書いたのは
いわゆるベーシックインカムからなんだよね
単純作業しかしたがらない人達や、そこそこ収入はあるもの犬猫すら飼うべきではない身勝手な人たちについては、何も申し上げることは無いけど

世の中には社会貢献度が非常に高いにも関わらず、対価が社会的に抑えられている人達や将来の保証殆どなされない人達がいるよね

そういう人達子どもを持つべきではないのか?その権利はないのか?
まぁそんな訳がないよね
じゃあ社会貢献度が高い職業に限って支援すればいいのか?
それもまた子ども有害大人から引き離そうって思想くらいに怖いよね。貢献度の低い職業はなくてもいいの?誰が判断するの?
なら、家族に一律に配ったらいい
ベーシックインカムは誰も働かなくなると強く反対する声もある中、非常に進歩的だ、流石は はてな民

ベーシックインカムの導入実験を行う8カ国
https://www.businessinsider.jp/post-528

2018-09-04

希死念慮の源泉が個人範疇を超える場合対処法が知りたい

小学生の頃から自殺願望希死念慮を抱きもう数十年。

正直、当時の動機努力不足由来の将来悲観や経済苦、働き方への苦痛ーへの対処法や相談先は調べ尽くした。

対処不可能ではないと感じている。寧ろ、追い詰められている方への相談先紹介やちょっとした助言はできると自負する。

しかし、願望も希死念慮も止まらない。

私は世界支配者側に搾取されるために生かされている。そう感じると、逃避と反逆をないまぜにして死にたくなる。

宗教や法で自殺を禁じたり防ごうとするのは、奴隷が減ると社会運営が滞るためだと思う節もある。

もっとも、反逆は生きてこそ為せるかもしれないので生き延びてナンボかもしれないが。

そして、表現規制で年々制限が厳しくなり、エンタメはじめ種々の表現媒体言論表現デモやら団体行動への縛りが厳しくなっている。

物語をこよなく愛するオタクの私は、物語が滅んでいく世界に楽しみを見出せない。

政治家応援し、社会運動にも参画しているが、状況の劇的好転は見込めない。そして今の私個人ではどんなに声をあげても誰の心にも届かない。

どうすれば、自らを奴隷自覚した状況でも、絶望的世相の渦中でも生きる意欲は湧くのでしょうか?

最後

自殺対策に尽力する方々には、先述の奴隷が減る困るといった意図がないことは承知しています当事者幸福自死遺族の負った心身・生活の困難の緩和に手を尽くす関係各位には敬意を表します。

せめて、逝くときは皆様の迷惑にならないよう配慮します。

2018-09-01

anond:20180901174151

夏休みの終わりって

自殺願望

自分は何で生きてるの

お前みたいな嫌世っぽい投稿とか

が各種激増して正直うざいわ

2018-07-31

ネットで後悔している事。

後悔1

昔、とある配信者さんがプライベートブログを書いているから見つけてみろと言われ、色んな検索サイト&色んな検索ワードを使って調べたら見付けてしまい、煽られたと感じていたので、その配信者さんの配信内で晒し引退に追い込んでしまった件。

後悔2

昔、精神病み自殺願望を持つ配信者さんと仲良くなり、ネット上で良く絡んでいた。その内、その配信者さんがリアルで充実するようになり配信も無くなり、もう大丈夫かなと思い自分から絡む事をやめて少し経った頃、行方不明となり、その後、遺体発見される事になった件。

2018-07-09

から愛されたくてしかたがない。

投稿です。

から愛されたことがない。

そして人の愛し方が分からない。

からも誰からも愛されたことがない人間なのだから仕方がないのかもしれない。

そもそも、私が、性同一性障害他者から恋愛対象として見られず、また、女性に惹かれることが多いため、女性として過ごしてる私は、出会いがないからなのか。

私が機能不全家族の出であることがいけないのだろうか。

私が発達障害やBPDの症状を軽度ながら持っていることがいけないのか。

死ねば楽になるのかな?

精神崩壊しそうだ。すでに崩壊してるのかもしれない。

助けて欲しい。


=====

以下は、乱文であるが、私の過去を書かずにはいられなくなったので、ここに書こうと思う。(多少のフィクションは含んでいるが。)

私は男→女の性同一性障害の現役大学生である

日常生活女性として暮らしていて、初対面の人と話したり、ショッピング空港等で元男性と見抜かれることはほぼ無く、また容姿もそこそこいい方であるという自負はある。(ガタイ無駄にいいのはコンプレックスだが。)

幼稚園児のときに母と父が離婚した。その時の母と父の喧嘩記憶していて、私にとっての一緒に暮らしいたこのろの父親像は母親に向かって怒りをぶつけているところと、仕事で疲れて寝ているところしか残っていない。そして、離婚後、親権母親に移った。

そして、仕事に一辺倒になった母からは面倒を見てもらえず、妹と共に子供会保護者祖母に面倒を見てもらっていた。

祖母は優しい人ではあるものの、愛情表現をする人ではなく、また同じ家にいたわけではないので一緒にいる時間は限られいた。

私はこの頃、植物に興味があり図鑑をよく読み漁っていた。また、ピーターラビットシリーズを好んでいたことを記憶している。

小学生に上がったときピアニカの色やランドセルの色が"私の望む色"出なかったことを記憶していている。

小学生2年生になると強迫性障害の症状を起こすようになった。ともかく、家の外のすべての物が不潔に思えた。1度病院に連れて行かれた記憶がある。幸い、小2のうちにだいぶ良くなり日常生活に支障をきたさなレベルには回復した。ただし、潔癖症自体中学生くらいまで強い意識が残った。

また、この頃から学校オカマとヤジされることが増え、友人は決して多いとは言える状況にはなかった。

この頃でも父親とは電話を通して時々話しており、またたまに合うことがあった。(よく上野国立科学博物館鉄博に連れて行ってもらった。)

ただ、一度、ファインディング・ニモに連れて行ってもらった。はじめての映画館で見た映画だったのだか、個人的に楽しめなく、父はそれに対して非常に怒っていたのを記憶している。

また、この頃から母親父親の間で伝言を伝えるような役割となり、お互いの悪口を聞かされ、また経済状況についてと揉め事を聞く立場となっていった。

小3になった時、母親再婚した。

相手子供が3人いたが1人はインフルで亡くなっていた。(ただし、継父に親権はなく未だに継姉・兄と顔を合わせたことはない。)

母はTVを厳しく時間を決める人であったが、継父はそうではなくよく妹や従姉妹テレビを見せていた。それについて、母親と揉めることが多く、私がママっ子であったため母親側についた事により、私は継父から見せてもらえなくなり、次第に顔を合わせるだけで睨まれるようになった。

小4になると母と継父の間に子供が生まれ、何もしない継父と仕事しかしない母の代わりに祖母と私と妹がよく面倒を見ていた。

そして、この頃から、継父と私の関係は更に険悪になり、私が継父から身を隠すように家で過ごすようになった。

幼稚園児のころから高いところから飛び降りたらどうなるのだろう、という気持ちはあったものの、この頃には明確に死にたい、という気持ちがあった。

また、夢の中で継父を刺し殺す・絞め殺す夢を見るようになるようになった。(この夢は大学生1年の頃あたりまで続いた。)

小5になると母親仕事軌道に乗り始め、経済状況は一気に良くなるが、継父との関係は最悪になり、一度私が勉強机の下に逃げたところを継父に顔を蹴り飛ばされたことがあった。(ここらへんの記憶曖昧で正確な時期を覚えてない)

また、私は元々書物を読む子供であったが、学校男子からオカマや(容姿を指して)キツネと呼ばれ、女子から女子の中心グループ犬猿の仲だったため、更に書物を読み漁るようになった。(ハリーポッターを1日の放課後で2冊を読みきる勢いだった。)

小6では学校はだいぶ落ち着いてきたもの、継父との関係は相変わらずだった。

また、妹もこの頃から継父との関係悪化してきており、不登校気味となっていった。

中学では寮生の少人数の学校に入った。これにより、家族とも同級生とも離れることができ、私にとっての人生の転換点てなった出来事であると思う。

ただ、男子野球部に、女子バレー部強制的に入部であり、内心でバレー部に入りたいと思っていたが、叶わぬ願いであった。(幸い丸坊主は避けれた。)

中2になると寮の中で私が最年長となったためリーダーシップを取ることとなった。

完璧主義だったため自他ともに厳しく、今では後輩にもっと優しく接すればよかったなと感じる。

中3では男子として野球することが嫌で地元中学に戻り、そこで小学校の時の数少ない友人と家庭科部をしていた。

またそれ以外については受験勉強をする日々であった。受験に関してはもともと勉強はできていた為もあってか、地域公立高校の2番めに良いところに合格できた。

家での生活はこの頃、継父は単身赴任であったため、実家が一番平和な時期となっていた。(また、妹も私のいた寮にはいった。)

寮で過ごしたことにより、色路学べたおかげもあってか、継父と小学校の時ほどは酷い関係ではなく、お互いに最低限以外の会話をする程度にはなっていた。

高1では理系クラスであったため、いわゆるオタクが多く、私にとって天国のような環境であった。また、寮の時の後輩と文通をよくしていた。(寮は電話メールは基本禁止だったため。)

また、中学生の頃から留学に興味があり、そのための準備をし始めた。

高2で、海外高校に転校し、海外生活が始まった。

高2,3ともそれなりに優秀な成績で学校生活も楽しめたが、学校福音派学校でありLGBTに対して差別を行うというほどではないものの、聖書引用して厳しい態度をとったこと、食事が不味いこと、男子寮で生活すること(アメリカ大学では基本寮生活)にストレスを感じ、アメリカ大学受験はしなかった。

進路は迷ったもの帰国した年度中に大学工学部合格しそこに入学することとなった。(親元にいたくなかったので実家から通えない距離大学のみ受験した。)

大学学業については、アメリカの授業の進度が遅く苦労はしたものの、なんとかついていくことができそこそこの成績を収めることができた。

ただ、1年目に男子寮に入ることとなり、それで精神病み、このままでは学業に支障が出たり自殺しかねないという事で、精神科(ジェンダークリニック)を尋ねた。

また、この頃に同じ性同一性障害彼女遠距離であるができた。(ただし、どちらかというと共依存のほうが近い関係であったと思う。)

B2になるとアパートぐらしに移り、またホルモン注射をするようになったため、見た目も女性的になりつつあったため、精神的に非常に安定するようになった。

学業についても学科の上位1割に入っており、勉強の遅れを鑑みれば非常に良い結果出会ったと思う。

ただ、この頃に彼女との関係共依存に近いものであったこともあり、それが崩壊し分かれることとなった。

大学3年生の現在自己労働力頭脳以外の"人間としての価値"を自分自身で見出だせなくなってしまった。

他大の友人との交流もあり、より良い環境の院に行きたいし、自分のやりたい研究仕事もある。けど、それ以外の人間的な将来について何も想像ができないし、強い希望を持つことができない。

自分自身の事なのに自分だけではにもできない事でつっかかかってしまった。

来年までに戸籍の変更もできるだろう。だいぶ恵まれている方だ。

けど、戸籍を変更したら私は結婚という選択肢を捨てることとなる。(そもそもパートナーなぞできないが)

変更しなければ就活で奇異の目で見られ苦労し、キャリアに影響が出るだろう。

なのにどうしたらいいのか分からない。

ホルモンバランスの崩れのせいもあるのだろうが、また自殺願望が湧いてきてしまう。

薬物への知識も多少あるため合法な乱用の仕方も知っている。そこに逃げてしま可能性が否定しきれない自分が怖い。

精神科・心療内科に行ったところで薬が出るだけだろう。それで一体何になる。

根本解決はできないじゃないか

肉体的快楽に身を任せりゃどうなのかと思ってしまう。

どうしたらいいのか。

助けて欲しい。

2018-07-05

anond:20180705232530

勝手希死念慮妄想するクズ

よしんば自殺願望アリアリだったとしても、周囲がそれを止める理由はない

anond:20180705161530

日本人の中にもイスラム国に感化された人がいないとは断定できない。秋葉原無差別殺人のように、自殺願望を持つ若者テロに走る危険性は捨てきれません。ましてや日本セキュリティ体制脆弱です。海外では空港入管に銃の携行者がいるのは当然だし、外国人には新幹線荷物検査がないなんて信じられないでしょう。観光施設テロ対策もスキだらけで、国を挙げて“さあ、やってくれ”と言わんばかりの惨状です」(青森中央学院大教授大泉光一氏=危機管理論)

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/156900/2

鬱になって真人間になった時の話

anond:20180703210030

これ見て思い出したけど、鬱になって毎日どうやって死のうか考えてた頃があった。

でも私はその頃こそ、世間的に見てまっとうな人間だった気がする。

鬱になる前は、ジャンクフードばかり食べ酒も飲みかなり太っていて、大した収入もないのに一人旅行が好きで通販もよく利用するので常にジリ貧、毎晩3時4時くらいまで起きて夜更かししてた。

ある日鬱を発症した途端、それらをしなくなった。

まず食べなくなった。なのでかなり痩せた。

どこにも行きたくないので休みは部屋に引きこもり、購入意欲もないので何も買わなくなって毎月のカード請求額がいつもの1/3になった。

何もしたくないというか起きていたくないので、仕事から帰るとすぐに寝た。

まり、私は鬱になって体型がマシになり、貯金が増え、規則正しい就寝と起床を行えるようになった。

ただし常に強烈な自殺願望を抱えるというオプション付きで。

鬱が収まった今は体重リバウンドで鬱になるよりも太ったし、散財しまくってカード請求額は4倍になったし、また夜更かし生活をしてる。

痩せて貯金が増えたのはすごく嬉しかった。

でもその嬉しさを天秤にかけると、毎日死にたいと思ってた頃には絶対に戻りたくないという気持ちのが勝る。

あんなに辛い気持ちを常に抱えていなきゃいけないなら、デブ貧乏でいるほうがマシだ。

もちろん鬱にならずにまともな社会人になれればそれが一番良い、というかそれが普通なんだろうけども。

2018-06-30

18歳、大学入学直後に鬱病になった話

皆様こんにちは。初めまして?恐らく最初最後匿名投稿です。

ぶっちゃけ匿名である必要はないのですが、自分ブログに書くのもアレだったのでこちらに書かせていただきました。

時系列としては2年前のものになるのでしょうか。

ある種の過去への清算自身の轍、そして自戒です。

投稿日の都合上休日にお読みいただいている場合、気分を害する可能性があります

週末を幸せに過ごしたい方は閲覧をあまりおめしません。是非今すぐにブラウザのタブを消してください。

本稿の内容を簡単にまとめると、

  • 大学入って2か月で鬱病になった
  • 2か月かけて治した
  • 最近再発しかけて何とか踏みとどまった

という感じです。

大学に入って五月病にかかる話は比較的有名(?)ですが、その極端な一例として参考になれば幸いです。

いや参考になるかすら怪しいですけど。

====

大学生活という悪夢の始まり

簡潔に言うと、大学憧憬を抱き過ぎていました。

少しイキらせてもらうと、私は中学でも高校でも優秀な方でそれなりにレベルの高い大学に進んだつもりでした。

レベルの高い講義が待っているとか、ライバルとの競争とか、そうした熱い何かを過剰に期待してしまっていました。勘違い乙って感じですね。

実際に大学生活を始めて一か月、下記の3点において苦しみました。

いずれも須らく精神に悪影響を及ぼしたと考えています

そもそも、私の勘違いが甚だしかったわけでもあります

民度の低さ

講義が静かじゃないんです。

高校の授業に慣れていたので、正直現実認識することができませんでした。

偏見全開で書くと、インカレテニサーの金髪たちが講義室で常に喋り散らしているわけです。

この時点で温室育ち陰属性の私のキャパティが持たなくなってくるわけです。

まりにも酷過ぎて講師に「注意してくれ」と頼みにいったところ、「それをすると自分の授業評価が下がるから嫌だ」と言うわけです。

何も言うことができませんでした。が、非常勤講師制度上、講師にも多少の理解は示せます

非常勤講師制度ゴミなので早く常勤で雇って差し上げろ。

講師の良し悪しはともかく、凄惨環境だったわけであります

この時点で、大学への希望とかそういったありとあらゆるものが消し飛びました。

受験勉強って何だったんだろうな、とか授業料返して欲しいな、とか。

今となってはどこにでも厄介は存在するという社会の縮図を見れたいい経験だったのでしょう。

当時のドキドキワクワクなキラキラ真面目(笑)一年生にとっては、正しく頑張って登った崖の頂上でチャラチャラウェイに突き落とされたわけです。

参考までに、後期でそいつらは消えていました。

教養課程レベルの低さ

レベルが低すぎてモチベが単調現象

これは途中から解決しましたが、最初の1, 2か月は知ってることしか教えてくれないので本当に虚無。

出席を取るなバカ。という気持ちでいました。

見える現実

授業外で何とかモチベを保とうとするわけです。

ところが優秀 of 優秀、失礼な括りをすると、所謂天才」が相当数いるわけです。

どう頑張っても辿り着けない場所に立っている人が、真横にいる。

向こうさんからしたら私のような劣等はライバル未満です。

当時のプライドが超~高かった私にしては、金属バットで後頭部をガンガン殴られる感覚でした。

井の中の蛙大海では即死

加えて、下記の要因もあったのかもしれません。

急激な体力の低下

18歳の誕生日を境に、体力が指数関数的に低下しました。

その上通時間高校の時の倍になり、かつ混雑電車恐怖症(後にノイローゼ精神科診断が出る)になりと不運が重なり。

もともと循環器系が弱く、睡眠回復が遅い身としては文字通り限界を切り詰めた生活に急変していくわけです。

大学に着いたらもう体力の半分が消し飛んでる的な。

帰りの電車では何度も寝過ごしをしました。週3とかで。

鬱病発症

心が弱いので、他にも色々あった気がしますが、鬱病になりました。

時期的にはゴールデンウイーク明けでしょうか。

主な症状としては以下の通りです。



初期のころ、ただの五月病だと思い、無理に大学に通った結果、体が先に死にました。

まあ食事睡眠が取れないので自明です。

延命治療

それなりに仲の良かった内科医先生受診を受けたら、ほぼ間違いなく鬱病とのこと。

精神科へGo!

そのまんまでした。

薬物治療だけは絶対にしたくなかったので、断固として拒否しました。

ので、具体的な治療は家でぐうたらすることです。

5月の後半数週間はほとんど大学へ行きません(行けません)でした。

単位取得のためとはいえ、事情も聴かず講義資料を回してくれた数少ない友人たちには感謝が絶えません。

この辺では、高校同期とか入学直後に仲良くなった人たちのお世話になりっぱなしでした。圧倒的感謝

生へのしみつき

自殺願望を抑えるのが一番大変でした。

快速電車の通過とか、マンション屋上とか、とても魅力的なんですよ。

魔性、といったところでしょうか。吸い込まれそうで、身を任せてしまいたくなる。

こうなったときはどうしようもないので、音楽アニメなどで無理矢理気を紛らわせたりしていました。

どうしても死にたくなる時は舌を噛む、皮膚をつねるといった自傷行為で替わりとしていました。

今思うと、よく死ななかったな~と思います

当時の環境考察

一つ一つは大した要因ではありませんでしたが、一度にいくつも来たことによって、心と体の容量が不足して、脳が耐えられなくなったのかな、と思います

私の場合典型的ノイローゼでした。

なので?アルバイトに行くこととかへの抵抗感は皆無でした。

職場でもカウンセリング擬きをしてもらったりしながら生き永らえていたみたいなところはあります

場所大事

完治まで

バイト代を全額美味しいご飯に費やしながら生きていました。

テストには頑張って出ました。奇跡的に単位が落ちることはなく……!

あとなんだかんだでサークルには顔を出していたような気がします。

自分でやったこ


3日に1度くらいは夜とかに散歩すると良かったです、無理のない範囲でやるといいのかもしれません。

回復

診断後2週: 自宅療養。

3週目: 週2, 3くらいで再び通い始める。

5週目: 週4くらいで頑張る。ときどきツラい。

8週目: 頑張れるようになる。

およそ2か月でほぼほぼ完治?といったところまで辿り着きました。

医者さん曰く、薬物投与なしではかなり早い方だったらしいです。

この回復速度は特例だと思ってもらえれば幸いです。

後遺症?的な

精神的に、再発の怖さがあります

あとは、未だに満員電車に乗れません。

私の場合は、通学に課金してルートを変更することで乗り切りました。

自分上位互換が世の中に多いことについては、素直に受け入れられたので精進させていただきます

時々ツラくなるけれど……

再発可能

つい先月くらいに、これも色々な事象が重なって鬱的精神状況に追い込まれていました。

人を追い込むと成果が出ると思っている人間ども、地獄に落ちろ。

機密性が高い?話なので具体的には書けませんが、無賃金過労状態であったことには間違いないです。

これは本質情報なのですが、毎日のように進捗を煽ってくるメッセージツールは片っ端からブロックするのが最適解です。

人のことを鑑みずに、仕事押し付け人間は総じて無能です。縁は早めに切って、絶つのが最適です。

ナイフを手に取らなかったことは褒めてほしいところです。

すぐに問題は解消させたものの、テストやその他が重なって押し寄せ、気分的には最悪でした。

とりわけ、家庭環境が複雑化し、家が安息の場ではなくなってしまたことがクリティカルだったように思えます

今回については成人していたということもあり、

の3種の神器を駆使することで何とか乗り越えることができました。

特に友人の某氏にいたっては一月に渡り毎週のようにお酒愚痴に付き合っていただきました。

本当にありがとうございます以上の言葉がありません。

また講義認知していただいた教授に進路とか色々の相談に乗っていただけたことは本当に助かりました。

ただ週5とかでお酒を飲むと身体お酒依存してきます

鬱病よりはアル中の方がマシ、というのが持論なので私は気にせずお酒を飲みますが、お酒に弱い方は本当に気を付けてください。

漬かってから禁酒結構しんどいです。

アドバイス的な何か

もし気が病んでしまっている方がこれを読んでいたら、私のやりかたは絶対参考にしないで下さい。

ただ1つ言えるのは、睡眠をしっかりとって、ツラいとき休みましょう、ということだけです。

あと医療関係者相談するのは早い方がいいです。

良くないものが蝕む前に、助けての旗を上げましょう。

助けは求めなければ来ません。

しかし求めれば来ます

高校生の方へ

万一これを読んでる高校生の方がいたら、ごめんなさい。

希望は捨てないでね。

今の気持ち

猫を愛でたい。

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