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2019-11-14

京大博論を元にした本が東大紀要書評フルボッコされてる件

日本大学特に文系学問に対する風当たりが厳しい昨今、文系学者達は自分たち存在意義を示そうと必死だ。大学で行われている文系研究は、どう役に立つかはともかく、それ自体研究としてちゃんとしたものなんだ!ということは前提となっているし、みんなそう信じている。文系先生達は決してSTAP細胞のようなデタラメをやっているのではないと。

だが、それは本当か? 証拠はあるのか? 最先端研究専門家でさえ評価が難しい。たとえばアインシュタイン一般特殊相対性理論を作ったけど、時代の先を行き過ぎていて正当な評価がされなかったそうで、ノーベル賞は他の業績に対して与えられた。文系研究基本的には同じで、研究の良し悪しを判断できる人は極少数だ。だから、知らないうちにトンデモない研究がはびこっていて、それに社会的評価が伴っていても、ほとんどの人にはわからない。専門家が厳正に評価してくれていることを信じるしかない。

パンドラの箱が開いた

本題に入ろう。最近、1つの書評論文東大言語学研究室発行の紀要に出た。

田中太一日本語は「主体的」な言語か―『認知言語類型原理』について―」『東京大学言語学論集』 41 (2019.9) 295-313

https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=53475&item_no=1&attribute_id=19&file_no=1

書評された本は『認知言語類型原理』(京都大学出版会)。

https://www.amazon.co.jp/dp/4814001177/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_6P9YDbPVN9WJ2

著者は、関西外国語大学 短期大学部 英米語学准教授中野研一郎先生

 

普通書評というのは基本的にほめるものだ。批判はあっても最後ちょっとだけ。しかし、この書評は、冷静な筆致でありながら、酷評酷評、ボロクソ、クソミソ、ケチョンケチョンフルボッコだ。一個もほめてない。批判が当たっているなら、トンデモ本に違いない。

こうすればあなた博士になれる

一番ヤバいのは、この本が博士論文を元にしたものということ! 一応説明しておくと、博士論文とは、最高の学位である博士」の学位を取るために大学院生が何年もかけて書く長大論文で、大雑把に言って本1冊以上の分量がある。もちろん、何でもいいからテキトーに書けばいいわけではない(はずだ)。自分オリジナルで、学術的に価値のあること、つまり、これまで誰も知らなかった知見を新たにもたらして人間知識を拡大するような研究の成果でなければいけない。どの分野でもそうだ。

そして博士論文原稿は、3~5人の審査委員審査する。審査委員は全員、その分野に詳しい大学教員だ。審査は3回くらいある。まずは博士論文の大枠ができた後、本格的な執筆にゴーサインを出すかを決める一次審査、そして論文が大体書けた後、論文大学に提出していいか審査する二次審査最後論文が完成し、大学に提出された後、博士学位を与えるか否かを決める最終審査がある。それぞれ少なくとも1時間はかかる本格的なものだ。ディフェンスと言われる最終審査の口頭試問は、公開で行われる。最後に別室で結果を審議した審査委員が会場に戻ってきて厳かに合格が伝えられると、みんな拍手で心から祝福する。

ミサト:おめでとう!

アスカ:おめでとう!

レイ:おめでとう。

シンジ:僕はここ(アカデミア)にいてもいいんだ!

研究人生のフィナーレではないが、1つのピーである。こうやって研究者の能力お墨付きを与えるのが大学存在意義の大きな一部分だ。

要するに、博士号を取るのはとても大変なのだ日本だと博士号を持っている人は1万人に1人くらいしかいないらしい。日本大学は入るのは難しいのに出るのは簡単だとよく言われるけど、大学院の博士課程はそうではない。入るのも修士課程ほど楽ではないし、文系では入っても博士号を取れない人の方が多いくらいだ。これだけ大変だから博士号はアカデミアでは評価される。大学教員になるなら、博士じゃないとエントリーすることさえほぼほぼ不可能。『認知言語類型論』の中野先生は、フェイスブックを見たところ、以前は高校先生だったみたいだけど、博士号をとってから、50歳を過ぎて関西外国語大学准教授になったようだ。周知の通り、大学終身雇用教員の座をめぐる争いは非常に激しい。博士号がなかったら就職できなかっただろう。

 

博士号はどこの大学でとっても価値は同じ、みたいなことを何度か読んだことがあるけど、あれはデマ。真に受けてはいけない。いい大学博士号ほど高く評価される(Why not?)。中野先生がお持ちの京都大学博士号は、京大が超一流なのと同様、超一流の博士号だ。50歳を過ぎて大学就職できたのも不思議ではない。しかも、中野先生師匠は、日本言語学界の大物中の大物、山梨正明先生だ。『認知言語類型原理』に山梨先生が解題を寄せているから間違いない。この大先生は、「日本代表する理論言語学者の一人」([wikipedia:山梨正明])。中野先生が在学していた頃には、日本語用論学会(2008〜2011)や、日本認知言語学会(2009〜2012)の会長を同時に務めもした大物中の大物だ。ちなみに、山梨大先生2014年度に京大を定年退官して、2015年から中野先生より一足早く関西外国語大学で教鞭をとっている。ちょっとややこしい話だが、博士論文審査が終わる前に京大を定年退官したようで、審査主査ではないが、審査委員には名を連ねている。https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/199376 博士論文を書くのに何年もかかるから、こういうことはよくある。

日本語に主語目的語、態、時制、格、自動詞他動詞はいらない?

さて、超大物お墨付き博士論文(を元にした本)はどんなもんなんだろうか。書評から拾っていこう。2節は専門的な議論でよくわからいかパス。3節「日本語に存在しないとされるものから見ていこう。まず、1節に同書のまとめらしき部分から引用がある。

日本語(やまとことば)」を深層とする日本語において、「形容詞 (adjective)」・「主語 (subject)/目的語 (object)」・「態(voice)」・「時制 (tense)」・「格 (case)」・「他動詞 (transitive verb)/自動詞 (intransitive verb)」といった、従来ア・プリオリに前提とされていた統語・文法カテゴリ妥当していないことも論証した。さらに、「膠着」言語の一つである日本語」においては、その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしていることを論じた。

(『認知言語類型原理』[以下、中野 2017] p. 308、書評論文[以下、田中 2019]p. 295から禁断の孫引き。以下、同書の引用は全て孫引き)

昔、『日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す』[amazon:日本語に主語はいらない]という本が出て、言語学者に酷評されたことがある。金谷武洋日本語に主語はいらない』批判記事一覧 - 誰がログ https://dlit.hatenadiary.com/entry/20071216/1197757579

主語がいらないと言っただけでそうなったのに、『認知言語類型原理』は、ミニマリスト断捨離なんてもんじゃない。主語だけじゃなく、形容詞、態、時制、格、自動詞他動詞も、いらない、何も、捨ててしまおう~♪と謳っているらしい。全部なしで日本語の文法はどうなっているのかというと、「その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしている」ということらしい。

「音象徴」の名の元に蘇る亡霊

これは熊倉千之氏の「音象徴理論に基づいているそうで、熊倉氏は、

膠着語にかんして、「イメージイメージを膠でつけるように、ことばができているのです。ですから、具体的なモノとモノをつなげると、言語(コト) としての「抽象」 性が生まれ、新しいことばが作られるのです (熊倉 2011: 18)と述べた上で、日本語の音素はそれぞれ何らかのイメージを持つという観察を根拠に、やまとことばの「音声と意味」には、ソシュールの説に反して、「恣意的」ではなく、密接な繋がりが感じられる」 (熊倉 2011: 30) と主張している。

(これも田中 2019: 309から禁断の孫引き

熊倉千之 (2011)『日本語の深層〈話者のイマ・ココ〉を生きることば』東京: 筑摩書房.

とのこと。

近代言語学の父、ソシュールの一番有名な恣意性原理否定しているが、それ自体はない話ではない。音象徴が当てはまる例として、ポケモンとか怪獣名前は、音と意味関係が全く恣意的なわけではない、みたいなことが最近よく言われている。ただ音象徴基本的オノマトペ擬音語擬態語)や新たに名前を付けるものについての話、しかあくま傾向性言語全体の「語・語句・節の生成メカニズム」になるようなものとして扱われてはいない。しかし、中野説はそういった主流の音象徴研究とは一線を画する。具体的に見てみると、

「あ/a/」は「空間出来の語基」 として、「い/i/・居」 は「様態化の語基」 として、「う /u/・続」 は「プロセス化の語基」 として、 「音象徴」 により語彙を創発させる機能を担っているのである(中野 2017: 247) 。

知らなかったー、日本語ってすごいですね(棒)。たとえば、「合う・会う」は、「あ/a/」+「う /u/」だから、「(出来)動詞」だそうだ。書評子が、

「「出来」が「プロセス化」すると「合う・会う」になるという説明は到底理解できるものではない」(田中 2019: 309)

と言う通りだ。「あい」(愛とか藍)はどうなるんだろう。中野先生によると、音象徴

日本語(やまとことば)」の同音異義の語の数の多さと、またオノマトペの豊穣さの、母体にもなっている」 (中野 2017:232)

そうだが、書評子は、ここに鋭く矛盾を見て取る。

この主張は、本書の議論を決定的に破綻させるものである。もし「音=意味」という恣意的でない結びつきが存在するならば、同じ音を(同じ順序で)組み合わせれば同じ意味になるはずである同音異義語存在が極少数に限られるならともかく、その数が多いのであれば、日本語の全体を「音象徴」に基づいて分析することが不可能であることは自明である。(田中 2019: 310)

かに。他にも、中野先生は「確かに」・「達する」・「頼みます」・「たった、これだけですか」・「立つ」・「経つ」・「絶つ」・「裁つ」などを例に、

日本語(やまとことば)」では、音部分が同根であれば、「音象徴」に基づき、その意味機能通底している 。 [中略] 「た/ta/」音を語頭とする語は「心的確定(確信)」を基に語彙が生成していることが理解できる。「日本やまとことば」の「た/ta/」音は、「音象徴」において「確信」を「意味」とする「音」なのである。 (中野 2017: 255)

と言っているそうだが、「立つ」とか中野先生自身の例でさえ、どこが確信関係があるのかわからない例もある。この説が無理なのはよく考えてみるまでもない。

そもそも、「音象徴」なんて流行りのタームを中野先生熊倉氏は使っているが、こういう説は「音義説」[wikipedia:音義説]と言うのがより正確だ。近代以前に唱える人がたまにいたけど、今ではググるとわかる通り素人が唱えているだけのものだ。ちなみに、このような形で同書に大きな影響を与えた熊倉千之氏とは、

1980年「『源氏物語』の語りの時間」でカリフォルニア大学バークレー校にてPh.D.取得。ミシガン大学サンフランシスコ州立大学などで日本語・日本文学を教える。1988年帰国後、東京家政学院大学教授1999年金城学院大学教授2007年退職

[wikipedia:熊倉千之]

という人。ウィキペディアでは一応「日本文学者・日本語学者」となってはいるけど、専門はどう見ても文学言語について言語学界とは関係なく自由思索著述をしている人のようだ。そういう独自言語論を唱える文学思想研究者はよくいるけど、普通言語学者はそういうのはまともに相手にしない。『認知言語類型原理』もその類の本だったなら、東大言語学を学ぶ書評子も取り合わなかっただろう。でも、これは京大言語科学講座で博士号をとるために書かれた論文(が元になった本)なのだ

驚愕の主張の数々

他にも同書には、業界震撼の主張が満載みたいだ。是非同書を買って私の代わりに確認してみてほしい。

日本語では論理的命題を表すことができない」(田中 2019: 305)
日本語は英語を含む近代ヨーロッパ標準諸語に翻訳できず、また近代ヨーロッパ標準諸語も日本語に翻訳できない」(中野 2017: 268)
科学数学物理学化学生物学法学経済学歴史学社会学言語学等)」と称せられるものの全ての言説は、日本語で書かれている限り、「日本語(やまとことば)」の論理によって、「客観的であるとする言語論理的根拠を維持できないのである。当然のことながら、この本自体も、日本語で書いている限りはその陥穽から逃れることができない。」 (中野 2017: 268)
日本語の「伝聞」というコミュニケーション様態においては、伝えられる内容は、伝える者によって「主体化」されており、したがって、その「主体化」された内容の真偽判断に関わっては、「権威」が必要となる。伝える者に「権威」が伴っていない場合、伝えられる内容は真と判断されない。」(中野 2017: 16)

しつこいようだが、これで5年前に京大博士号が取れたのだ。

ちなみに、なんで日本語が英語などと違ってこうなってるかと言うと、中野先生によると、日本語は歴史的文字を持たなかったからだそうだ。とはいえ英語だってそうだし、文字で残っている歴史の長さも日本語と同じくらいなんだけど。っていうか、どの言語も昔々は文字がなかっただろ!

ということで、書評の内容は変な言いがかりではないようだ。そもそもこんな空前絶後激辛書評論文大学院生が書くこと自体大きなリスクを伴う。(書評子、いろいろ大丈夫か?)無理なイチャモンをつけるためにそんな危険を冒すわけがないし、出版前に東大で止められるだろう。ま、『認知言語類型原理』は、博士論文審査から本の出版にいたるまで、誰にも止められなかったみたいだけど!

京大STAP細胞はありま~す?」

もう終わりにしよう。書評批判が当たっているなら、こういうことだ。超大物教員指導の元、こんな博士論文が書かれ、専門家達が「厳正な」審査をし、超一流の博士号が授与され、それをテコに大学で職を得た人がいる。これがわかったのは、本が出版されたおかげだ。ちなみにこの本、名もない出版からではなく、京都大学出版会が出している。もちろん、本の出版は著者が勝手にできることではない。本の最後に超大物元指導教員が「解題」を寄せているから、知らなかったはずはない。解題を見てみたところ、基本的にほめていて、特に批判らしい批判はなかった。実はその解題、公開されている博士論文審査結果の要旨とほとんど同じ。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/199376/1/ynink00705.pdf

審査結果からもいくつか引用しておこう。

論文は、個別言語における認知メカニズムの解明によって言語固有の形式文法カテゴリ創発する根源的理由説明を試みた意欲的研究であり、認知言語類型論という新た

2018-09-11

息子の就活

息子が東京大学に入り、現在、4年である。無事に内定を得て、来春から名古屋に帰ってくることになった。

偏差値的な観点から東京大学へ行ったのではあるが、

結局、名古屋本社会社に勤めるのであれば、初めから愛知県内の大学に進学していてくれればと思う。

内定を得た会社も、名古屋市内の複数大学内定を出している。

学んだ学問も、別に名古屋市内の大学にもあるし、それぞれのカリキュラムや授業シラバスをみるとそれほど違いがあるとも思えない。


私の勤め先でも、別に何大を出ようと、内定を出すのは人物本位であり、

偏差値10高かろうが、5低かろうが、正直なところ関係ない。

仕事も、英語ができるとか、コンピュータが強いとか、人受けが良いとかはひとそれぞれであり、大学偏差値によってきまるものではない。


娘は名古屋市内の大学に通う。


息子には仕送り10万×12ヶ月+学費95万=216万、たぶん細々とあるので、250万ぐらい

娘には小遣い月3万×12ヶ月+学費53万=89万、こっちは細々がなく、アルバイトでよく稼いでいる

年間150万以上の差があるが、これを埋める経験学習の違いがあるのか、正直なところ疑問である

アメリカ高校生は、無理に高レベル大学を狙わず、まずは手近で、州民ならば学費が安くなる州立大学へ行くというが、

日本だんだんそうなってくるのではないだろうか。東京関西によほどの魅力がないと、親が子どもを出さないようになると思う。


あと2年もしないうちに、メインの子育ては終わりそうだが、偏差値予備校と塾の良い商売ネタという感じですね。

専門家でもないので、いい加減ですが、いま思えば、偏差値小数点第1位まで出すのは正気の沙汰とは思えない

ざっくり5段階か6段階くらいに分けたら、あとは地域、専門、校風ぐらいで考えるのが、よいと思う。

以上、雑感。


追記

都内勤務が確実な会社から内定ももらったようですが、名古屋に帰るそうです。彼曰く「東京でないとダメというコト、モノ、場所は、ボクにはなかった」だそうです。ちなみに私たち両親はもともと名古屋地元ではないので、名古屋に帰ってくることにまったくこだわりはない。

名古屋に帰るということで、2年間付き合った同じ学部彼女とは、風前の灯火状態らしい。これに関しても、「残念ではあるが、仕方ない」だそうです。

・勤め先で大学はあまり関係ないと書きましたが、いま流行りなのか高校の水準はかなり参考にしているようです。これについては名古屋にて会社(授業員400人くらい)を経営する友人が、尾張地区であれば○○高校以上を採用する方針会社に暗にあると言ってました。けっこう、こういう会社いかもしれませんね。

2016-02-07

Bernieの思い出

バーニー・サンダースアメリカ民主党大統領選挙ヒラリー・クリントン一騎打ちになりそうな昨今、なんか微妙に聞き覚えがあるけどアメリカとか関係ないしって思ってたんだけど、ふと10年前に留学してた時にこの名前を聞いたのを思い出した。そう、日本ではサンダース上院議員って呼ばれるんだけど、アメリカではBernieなのだ。だからフルネームで聞いてようやく記憶から蘇った。そう、Bernieは増田留学していたバーモント州上院議員なのだ

バーモント州

バーモント州アメリカ東海岸田舎だ。どれくらい田舎かというと、Wikipediaを見ると人口的には下から2番目の州で日本最下位鳥取よりもわずかに少ない。中心都市の規模も大体鳥取と同じ。ニューヨークには鉄道で5時間程度……だったと思う。ボストンには1日数便で4人乗りくらいのセスナが飛んでいる。人生で初めて操縦席と客席の間に仕切りがない飛行機に乗ったよ。人がいない州にありがちなコンチネンタルに州が補助だして運行している路線だ。最も近い大都市カナダモントリオールなくらいに北にあるが気候はおだやか。地勢も安定陸塊らしく平べったい丘が延々と続いてるだけ、とかく特徴がないのも鳥取な感じがある。あ、鳥取には砂丘があるか。アメリカにしては白人の占める割合がめちゃ多く、黒人はともかくヒスパニックアジアン全然いない。大和民族が圧倒的な日本田舎とそういう意味でも変わらない。

上院選挙

大学入学した時、ちょうど上院選挙があった。上院選挙があること自体大学内で活動してたBernie支持者たちで知ったのだ。Bernieって書かれた看板を持って話しかけてきた。外国人から投票できないんだよね〜って答えながら話してみたのだが、Bernieは無所属だという。アメリカ政治家と言えば共和党民主党に入ってるものだと思っていた素朴な日本人だったので、意外に思ってた故に増田はBernieのことを覚えてたのだろう。また、なんでBernieがいいのかと問うてみたら、とにかく最高!みたいな返しをされ、ふーんという感じだった。まぁ外国人に話してもね。彼らや対抗馬の支持者たちは、大学の中で自然政治活動をしており、日本若者がまともな政治活動をしてるのを見たことなかったから、とても新鮮だった。大学内で見かける支持者の数はBernieが対抗馬を圧倒していた。もしかしたら大学内では見なかったかもしれないレベルだ。

選挙はいつのまにか終わり、増田は興味がなかったので結果を知らなかった。今、WikipediaでみたらBernieの圧勝だった。

ちょっと分析じみたことを

当時いた大学州立大学で、留学してくる外国人カナダ人でさえ珍しいマイナー大学だった。アメリカ州立大学日本県立大学と違って州民は優遇される。さらに、隣接地域での割引がある。バーモント州ならニューイングランド地方から来たら割引ねって感じだ。だから学生ほとんどが近隣地域人間で、ウィークデイは寮にいるが、週末になると車で実家に帰ったりしていた。まぁ大体の人間がそこまで裕福な感じではなかった。貧困ってほどでもないが、マックとかでバイトして学費稼ぐくらいの感覚だ。そんな感じなので、Bernieの社会主義的な主張は大学生に受けてたのかなと思う、直接聞いてはないので確かめてないが。

さて、Bernie、今回も若者人気でクリントンを圧倒しているらしい。アメリカは他の先進国と違って若者が沢山いる国だ。次の予備選挙は隣のニューハンプシャーなので勝ちそうだし、オバマの時の再来もありそうだ。だが、本選に出たら厳しいとも思う。アメリカマッチョイズムの国だからだ。増田アメリカマッチョさが合わずに帰ってきたぐらいに、アメリカマッチョだった。日本人からすると全米ライフル協会みたいに保守派マッチョほぼイコールに思えてたのだが、どうやらマッチョ保守とある程度相関してはいるが、むしろアメリカ人の心の基礎として政治的な傾向に関係なくアメリカ人に広く遍く浸透しているように思えた。本選に出た時にマッチョ相手なのはほぼ確定してるわけで、その時アメリカ人がどう判断するかというとBernieは厳しく思えるのだ。リベラル人間としては残念だけど。

おわりに

当時も今も日本人は3桁いないだろう。バーニー・サンダース上院議員選挙を(少しでも直接)見た日本人は少ないだろうと思い、身バレしても大丈夫なようにここに記録しておく。しかし、まさかあの時アメリカのド田舎で見かけた人間大統領選を騒がすとは……人生長く生きてると面白いものですね。ご査収ください。

2015-06-15

http://anond.hatelabo.jp/20150615171454

ハーバードって私学だから帝大と比べるなら州立大学じゃないの?

女性入学が認められたのはいからみたいなのはないけど(設立当初からから書いてない?)

ミシガン大学英語サイトをみると1876年最初アフリカ女性入学したって書いてるから

女性ってだけならもっとからだろうし、UCLA1924年女学生団体設立されたみたいな記述あるから

女学生もっとからいたんだろうし。

さらにみるとバージニア大学1890年代後半に何人かの女学生を入れてるって書いてあるな。

2015-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20150329233854

残念ながら、もうだいぶ前から通学制の大学学部)は昼間部も夜間部

フルタイム学生だけのものになる方向で進んでいるんだよね。

毎日18時から授業を受けに行ける社会人なんてものファンタジーになってしまった。

これは仕方がない。

「多くの大学キャンパスライフを楽しむところで、大学勉強するところではないから

なんて揶揄しているつもりでバカ丸出しコメントしている方もいるが、

まあちょっと勉強したらどうだい。

代わりに社会人の受け入れの場として主流になっているのが通信教育

通学制の大学生が約200万人に対して、通信制大学生が約20万人。

それなりに大きな市場であることがわかる。

そして、通信教育課程の学生の9割超が23歳以上だ。

http://www.uce.or.jp/about/status/

ただし、日本通信教育課程はまだ紙ベーステキストでちまちまやっているのが多い。

一方、アメリカではオンライン通信教育が盛んで、世界のどこからでも受講できる。

特に近年は州立大学学位の出るオンライン課程に力を入れている。

(そこを無視してMOOCs革命だなんだと騒ぐ向きの多いことったら!)

それでは ”online degree program” で検索してみよう。

英語さえできればいくらでも学びの場が広がっている。金もあればなお可。

追記:オンライン課程をディプロマミル混同するナイスボケトラバいただきましたが、

  当然ここではaccreditedな課程の話をしてるのよね。

ただ、多くの人が大学に求めるのは、通信教育だけじゃ埋められないものだったりする。

それは実物に触る実習だったり、対面で先生に対して疑問をぶつけることだったり、

先生が出した難題にクラス全体で知恵を共有してチャレンジすることだったり。

擬似的にオンラインで体験できるかもしれないが(まだ)本物とは程遠いもの

ここ、何とかならないものかね。

2012-12-24

http://anond.hatelabo.jp/20121224174651

銃を持ってる警官は容易に犯罪者を射殺できるという空想に基づいたしょうもない意見だな。

映画ドラマのようなヒーローでも期待しているのだろうが、武装警官に今回のような事件を止める力はない。

1999年コロンバイン高校銃乱射事件では通報で呼ばれた2名の保安官がいたが、乱射事件を止められなかった。2007年バージニア工科大学乱射事件では学内警察署があり、24時間パトロールしていたにも関わらず事件を止めることはできなかった。乱射事件のような特殊な犯罪を止めるのはそれに見合った高度な訓練を受け、装備を備えた人員だけで、そんな警察官は州警察でも限られているし、容易に揃えられるようなものではない。

アメリカ州立大学私立大学ではキャンパス内に警察があるが、これは駐車違反とか一般の犯罪対処するもので、凶悪犯罪対処するものではない。そもそも一般の武装警官はそういう火力の高く不特定多数への殺意を示すような犯人対処するような装備も訓練も受けていない。

NRAの提案は、銃器規制を現状維持するために規制以外の対案を提示しているだけだけど、その対案に実効性がないから批判されているわけ。規制に賛成だろうが反対だろうが意味のない対策は支持されない。

2011-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20110516185604

日本人感覚からすると異常なくらい外国人数学力は低い。

フィリピンに限らず北米だって

驚くことに、けっこうな有名大学(日本人がよく語学留学でいく州立大学とかじゃなくて、東部の名門私大とか)だって、分数の足し算引き算が苦手とかがいるらしい

日本だと、たとえば会計が1032円だったとした1000円札と100円玉と1円玉を2枚だしたりするだろう?

釣りが細かくならないように。

そういうのをアメリカでやると、理解されない。

「財布の中の小銭はチップとしてやるからとっとけって意味かな?」

東洋人のおまじないか?」

くらいに思われる。

2011-03-14

ある震災に対する首相演説

日本は未だかつて無いほど過酷な運命に翻弄されている。

自然の驚異は、何のまえぶれもなく、突然私たちを襲ってくる。

また、それに対し私たちは、なすすべも無いように思えてくる。

国民の持つ真の強さは、いかにしてこうした危機を乗り越えるかによって測られる。

先ほど、東北地方で数多くの命が失われた。

ある人は家屋の下敷きに、ある人は火災に巻き込まれ、ある人は津波の濁流に飲み込まれていった。

天国の道は今夜天使で埋め尽くされる。

亡くなった、親や子たち、あるいは私たちにとって大事な人たち。

彼らは皆天使となって天国へ登る。

生き残った私たちは、悲劇を乗り越える力を求められるたびに

毅然と顔を上げ自分たちには無限の強さがあることを思い出す。

今こそ、日本英雄を求めている。困難に挑戦し偉業を成し遂げる英雄を。

私たちは日本英雄を求めて星に手をのばす。

犠牲になった人々に、皆さんに、そして日本にも神のご加護を。

(ケニソン州立大学パイプ爆弾テロの演説からザ・ホワイトハウスNHK))

2010-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20100726021749

そもそも大学に公費投入というのは効率が悪い運営方法じゃん。

税金として吸い上げて、もう一度配分するわけなんだから、一見すると学費が安くても、税金という形で全ての家庭から徴収されてる。

直接企業金持ちから投資寄付を受けられるならそっちのほうがずっといい。

民間から(というと大学は民間じゃないように聞こえてしまうが)研究費、開発費、を得て、施設、設備教育用に還元する。

もしくは用途に縛られない資金(寄付、学債)を教育に使う。

足りない分を授業料から補う。

そういうと、

「金になる研究はとにかく、金にならない研究は国が保護しないと」

と反論がくると思うけど、金にならない基礎研究世界のトップはほぼ私学。

理系の基礎研究から、神学とか哲学とかに至るまでほとんどが私学。

考えてもみれば、金にならない研究を官が主導してうまくいくはずがない。

州立大学って最貧層とか移民とかのための学校みたいなところで、近所の暇なジジババが趣味で通ったりしてるから、日本で言えばFランク私大カルチャースクールを混ぜたようなところ。

むしろ税金DQN啓蒙と再教育に投入すべきなのかもしれない。

東大京大はじめ有名国立大学民営化

新たに中国籍韓国籍朝鮮籍は学費無料大学を作って、親日洗脳

ヤンキーアニオタ、その他世の中にいらなそうな人間は学費無料の以下ry

2010-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20100725221003

うーん、日本は国公立のほうが少ないけど上位は国公立だしな。

日本は安いから国公立に優秀な人材が集まる。

アメリカは学費が安い州立大学に優秀な人材が集まらない。

それはなぜ?

そして、学費が激安なEU圏はランキングに入ってこないのはなぜ?

2009-02-27

国公立大学を考える

アメリカでの公立大学、つまり州立大学歴史を紐解くと、実学を教える専修学校のようなルーツであるらしい。

裸一貫で成り上がれるように学費は安く実学教育

広く教養を高める教育は私立の名門校

そんなものは金持ちの息女が行くところ。

で、日本をみてみると、お金仕事に結びつくところは私立の専門学校企業系の研究所がになって、大学はそれでカバーできないお金と無縁のところばかりやってるようにみえる。

お金儲けに結びつくところは学問として下という風潮があるように感じる。

世界で役立つ知識よりも人間的なレベルアップを目指してるような。

特に国公立は。

貧乏人のために国公立大学は今後も必要だと思うよ。

でもなぁ、貧乏人が成り上がるためにはまずは金になる仕事に就くための教育でしょ?

気軽に芸術学部とかいっちゃうと人生狂っちゃうじゃん。

たしかに、「学問の自由」は大事だと思うよ。

貧乏人は専門学校でもいって手に職といいたいわけではない。

でも、国公立大学スタンスって高学歴ニートを作る土壌にはなってるような気がする。

理学系とか芸術系とか生命科学系は学費を高くして気軽に入れないようにするべき。

そのぶん、才能がある人間への奨学金制度を厚くしてさ。

逆に医学部とかロースクールの学費をぐっと下げる。

2007-02-01

留学に向いてる人とそうでない人

最近アメリカとか海外に留学するのが流行ってるとかそうでないとかいう話も聞いたりして、特に何も考えずに留学しちゃう人とかもいるっぽいので、一応某州立大学留学中の身として留学に向いてる人とそうでない人の違いとかを書いてみる。とりあえず向いてる人は留学考えてみてもいいかもしれませんが、向いてない人は即決で日本大学に行きましょう。ちなみにここでいうアメリカ留学とはアメリカの4年制の大学に行くという意味であって遊びの語学学校に行くという意味じゃないです。そっちだけに行きたい人はお金と暇があれば何も考えずにお好きにどうぞ。

アメリカ留学に向いてる人は・・・

  • 物事をあんまり細かく気にしない人

アメリカ日本は似てるところもたくさんありますが違うところもたくさんあります。違うところを気にせずそういうもんだと受け入れれるくらい心が広い人がいいです。アメリカの場合それなりのレベル大学だとどこでも留学生がいて下手したら20ヶ国くらいの人種が寄り集まってたりしますが、彼らの文化がたとえ理解不能でも否定的にならず、気にせずまったり自分のやるべきことに集中できる人が良いです。

  • やるべきことがちゃんとわかってる人

何事も適当アメリカ人でもtime managementは出来て当たり前のこと。請求書が来てたらちゃんと期限内に払い、書類が必要ならちゃんと記入して出す、といったことを人に言われなくてもちゃんと自分で調べて出来る人じゃないと大学生活やっていくのはキツイです。アメリカ人適当ですが意外に融通が利かない時もあるので、大学の授業料を払い忘れちゃったりした日には即刻追い出されます。

  • それなりに外交的な人

海外生活は分からないことだらけ。人助け無しには生きていけないのでそれなりに外交的で誰とでもしゃべれる人がいいです。別にマイミク1000人いますくらいの外交度じゃなくて普通に人と接することが出来るくらいのコミュニケーション能力があれば問題なし。だから引き篭もりとか論外。

何かと苦労することが多いのでネガティブだとやってけません。

  • 勉強するのが嫌いじゃない人

英語で授業を受けるという事は想像以上にきついです(慣れればそうでもないけど・・・。)ちゃんと日々勉強しとかないとテストで点取れないし、グレードの低空飛行が続けば大学追い出されます。大学勉強する所とはっきり思ってる人じゃないとやってけません。

これらに該当する人は留学してもそれなりに生きていけると思います。


逆に留学に向いてない人は・・・

  • すぐキレる人

何か自分の思い通りにいかないことがあったらすぐにキレちゃう人は何事も適当がモットーのアメリカ人との暮らしでは地獄です。昔留学生仲間ですぐにアメリカ人にキレてた人がいたけどそいつはしばらくしたら消えてました。何事もまったりまったりが一番。

ちょっとへこむことがあったらすぐに俺ダメなんじゃないか・・・とか思っちゃう人はダメです。へこむことなんて日常茶飯事。気分を切り替えていかないとやってけません。

  • とりあえずアメリカに行けば成功できるとか思ってる人

自由や成功とは自分自身が努力して勝ち取るもんです。アメリカンドリームに憧れてとりあえずアメリカ留学すれば無条件でそこには成功が待ってるとか勘違いしてる人には無理。

上の項目に該当する人は、悪い事は言わないからかっこつけて俺ちょっとアメリカ留学してくるからとか言わずおとなしく日本にいた方が身の為です。

 
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