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はてなキーワード: クローズドとは

2020-05-24

実は自己中心的傲慢なのか

他人質問する際、「私はこう考えるがどうか?」という具体性のある尋ね方でなければ答えたがらない人が、自分から他人に対しては「どうしたらよいか?」という具体性のない質問しかしない。

自分クローズドクエスチョンをされると途端に回答を避けたがり、決して言質を取らせまいとあれこれ策を弄し、結局ことをあいまいにして何も回答しないが、自分から他人に対してはクローズドクエスチョンイエスかノー以外の回答を許そうとしない上に、その回答を言質として取りいつまでもネチネチと持ち出してくる。

自分他人を当たり前のようにこき下ろし、一切の反抗を許さないが、他人自分こき下ろすことだけはいかなる理由があろうとも絶対に許さず、さらに徹底的な報復を加え、場合によっては社内的に抹殺してくる。

これをもって自己中心的傲慢であると私は表したいところだが、他に何か表現があるだろうか。

こんなに気ままに生きられる人生って楽し…いのかな。

2020-05-17

anond:20200517115154

医療クラスタも、下っ端かどこか外れた人ばかりで

業界の中心にいるような人は少ないしなあ

m3なんかも一応医師しかいない事になってるけど、やっぱ変な人多いし

そもそも専門的な情報交換をするとして、ネット不特定多数とやり取りする必要もないしな

専門家なんてどこでも狭い世界だし同職同士で繋がってるわけで、

公開twitterでやって大量の頭おかし素人に絡まれるよりは、仲間内クローズドな場でやった方が効率いいわな

2020-05-15

2人だけの仕事場って大変だよな

特にクローズド場所で、相手が異性で、かつ魅力的だと大変

最近それを痛感してる

最初に同僚にするなら同性がいいぞ

もしくは年齢差がでかいとか、片方が既婚者とか

コンビニみたいな場所なら大丈夫なんだけどね

2020-04-30

anond:20200430181047

うーむ、職場一部の人実験してはいるらしいんだけど、それぞれの自宅のインターネット環境からできるんだと思う。職場システムはとことんクローズドで、普通の人が使うwebサービスにはほとんどアクセスできないし、勝手に新しいソフトインストールするのもなし。職場パソコンから動画をアップできるようにするのも、外部とやり取りできるメールアドレスを増やすのも本社のお許しと設定変更がないとできない。情報が外部に流出することをとことん恐れて構築してきたシステムから職員とはいえ自宅から簡単アクセスできないし、上司も向こうからこっちを見るのが至難の技なのだ。遅れてるよね。

2020-04-27

anond:20200426200047

そのラジオ番組いたことないけど

クローズド男性トークのつもりかもしれないけど今どきは若い女性も視聴者に混じってるでしょ(だから問題化したんでしょ)

テレビ企画で嫁探しして素人女性と付き合おうとしてた人物が、もう、それいちゃうの?

もう諦めてる既婚鬼嫁持ち落語家あたりならいいけどさ、そういう人物のそういう番組ってことでいいの?

岡村は別の番組風俗出会える女性に期待をかけながら

ゴチで若くて野心ある女性アイドルをひたすらいじってる芸能人てことでいいの?

自虐風味で面白くないというか自分自分結婚できそうというキャラを突き崩していく姿勢こみで、みていて少々痛々しい

コロナに凹む人を元気づける手段がもうそしかないんか、という

まあうつ病がまた再発しそうなくらい風俗にいけないコロナにヘコんでるんで風俗が心の命綱ってことなんだろうけど

うつ病やった人間を励まし役に据えるとこの顛末ってこったなぁ

正直女性がみたら既婚でも未婚でも、オカムラサン可愛そう~というよりうっわ~きしょい!が先に来ちゃうだろ

2020-04-24

anond:20200424121749

自己顕示欲の強い人が目立ちやすくてステロタイプになってしまっているだけで、理解しなくてもいいから構わないでくれって感じのクローズドも少なくないよ。

なんでみんなそんなに他人恋愛に興味あるんだろね。

2020-04-02

承認欲求が満たされない絵師は字書きとコラボしろ

私はしがない字書きだ。ドマイナージャンルで細々と字を書いている。比較男性向けのジャンルだが女性ファンも多く、イベントがあるとサークル参加する人の割合女性の方がかなり多いと思う。

そしてありがたいことに小説もそこそこ読んでもらえるようで、本を出せばそれなりに出る。小説本を出す人も少なくない。匿名記事で時たま見かけるような、「字書きには人権がない」みたいなことを感じたことはあまりない。時々絵師言葉の端々から「あぁ字書きのことを下に見てやがるな」と思うことは全くないとは言わないが、比較的温かい雰囲気の中で書かせてもらっている。

絵師様に挿絵や表紙を依頼しても嫌な顔をされることはあまりないし、光栄なことにコラボをさせてもらうことも時々ある。

そんな中で、私が感じたことをつらつらと書かせてもらいたい。

承認欲求が満たされない絵師は字書きとコラボしろ

これに限る。

コラボをさせてもらう。字書きの私からすれば、自分では逆立ちしたって決して描けない神絵がやってくる。

そりゃもう持てる語彙すべてをフル回転してその感動を伝える。いやだってほら、こんな素晴らしい絵を描いてもらってる。しか自分のために。

自分の話を元に描いてもらった神絵、もしくはその神絵にこれから自分が話を付ける権利を有している。こんなに嬉しいことはない。

テンションも上がる。絵をほめちぎる。なんなら褒めているという感覚はほぼない。自分の心の奥底から湧いてきたこの感動を言葉にしているだけだ。

そしたら、絵師様もとっても喜んでくれる。嬉しい、こんなに褒めてもらえるなんて、と私の書いた感動の言葉に対して感動したと返事が返ってくる。

「こんな細かいところまで見てくださって本当にありがとうございます!」

ラフを投げただけですごく褒めてくれるので筆が乗りました!」

「もらえた言葉があまりにも嬉しくて、家族に報告しちゃいました!」

……まじか?そんなに喜んでもらえるの??嬉しいのは私の方なのに??

ちなみにこれは私個人に限った話ではない。

過去複数絵師と字書きが集まった企画を行った時も、グループDM内では字書き仲間は私と同じように興奮の極みのような感想を送り、絵師はそれに対してこちらが逆に申し訳なくなるくらい、感想ありがとう言葉が返ってくる。

ここで私は気付く。

……もしかして絵師様って普段はそんなに褒められてない……?

こんなに素晴らしい絵を描くのに?

日頃から私たちタイムラインあんなに素敵に彩ってくれるのに?

かに感想くれ!』っていう叫びを書いたお気持ち漫画お気持ちイラストを見かける。

かに私たちも、リプライ欄であのテンションで垂れ流すのはどうかと思うので感動をぐっと閉じ込めてふぁぼりつで済ましてしまうことがある。

コメント欄の半分がびっくりマーク三点リーダーで埋まってしまいそうなので、「可愛い」「素敵」と短い言葉で済ましてしまうことがある。

日頃から交流を持ち、長文リプを送り合っているような関係じゃないと、突然ツイッター上で鼻息荒い感想リプライは送りにくい。字数制限もある。

そうか、絵師様はこんなに絵がうまくて可愛くて最高の作品を生み出すのに、こちらの思いが届いていない。

Twitterという公の場所で絵を投稿している以上、140字以上の感想を貰えることは極端に少ないし、死ぬ気で出した本でも買ってくれる人はいる、直接自分の本を求めてきてくれる人もいる、戦利品報告の中に自分の本はある、……ただ、そこから個別感想を貰えるかと言われれば、実際そう多くはないだろう。

絵を描くたび、イベントに出るたび、「褒めてもらいたくて描いたわけじゃない、私は自分が描きたいから描いたの!」……と、そう自分に言い聞かせて、満たされない承認欲求をなんとか誤魔化してきた人だっているだろう。

そこで、だ。

タイトルに戻ろう。

承認欲求が満たされない絵師は字書きとコラボしろ

そうすれば、私たち字書きはあなたのために全力で話を考えるし、頂いた絵に対しては、持てる力すべてを使ってその感動を伝える。DMというクローズド場所の中で、字数制限もなく、他人の目もない状態で、あなたが私のために描いてくれた絵を全力で絵の良さを伝えていく。私とあなたしかいない場所で、まっすぐ100%あなたへの、あなた作品への言葉を伝えていく。

コラボの仕方だってそんなに難しく考えなくてもいい。

「絵にお話とかつけてもらいたいな~」「お話に絵をつけてもらいたいな~」と何の気なしに言ってみて、乗ってきた人と組んでみるのも一つだ。

良いなと思った字書きの作品に対して「勝手に絵を付けさせてもらっちゃいました」と先に描いてしまってもいい(そんなことされたら字書きは大抵興奮と感動のあまり死ぬがすぐに生き返るので軽率に殺してほしい)

誕生日を迎えた字書きのおめでとうリプやフォロワーと絡む系のタグでこっそり伝えてみてもいい。

「この人に褒めてもらいたいな」そう思える人に、軽率コラボを投げかけてほしい。

しかしたら、「そんなことして迷惑なんじゃ……」と思う心配性な子猫ちゃん絵師いるかもしれない。

安心して。字書きの99.999%は絵師のことが大好きだ。自分じゃ描けない『絵』を生み出せる人に対して、敬意を払っていないわけがない。(敬意を払っていない字書きがいる?そんなものは燃やしてしまえ!)

悲しいことだが、絵描きが字書きを下に見ることはあっても、字書きが絵描きを下に見ることはあまりない……と私は思う。

でも、それを逆手に取ってしまえばいい。絵師以上に褒めてもらえないのが字書きの世界自分の話を好きだと言ってきてくれた人が誰であっても字書きは嬉しい。初対面の人でも。それが絵師さんならな尚更うれしい。簡単に字書きは舞い上がる。

絵師が字書きにコラボを持ちかける(字書きはちゃめちゃに嬉しい)

字書きが一生懸命お話を考え、絵師さんもそれを元に絵を描いてくれる(字書き嬉しい)

絵師さんの絵を字書きが最高潮テンションで褒める(絵師さん嬉しい)

コラボ作品が出来上がる(TLのみんなが嬉しい)

ほら見て。嬉しいと嬉しいことが重なって、ほかの人まで嬉しくなる。これが世界平和。認められた、自分作品を喜んで受け入れてくれる人がいる。そんなプラス感情創作が進む。

創作って一人の戦いだし、やっぱり辛いことだってある。だからこそ、好きな絵やお話を、嬉しい気持ちで創れることってこれ以上ない幸せだと思うんです。

なのでもう一度言います

承認欲求が満たされない絵師は字書きとコラボしろ

2020-03-10

保育士の闇について考える

コロナで休めないというのが話題だ。

保育士に限った話では無い。学校関係者は全体としてそういう問題を抱えている。今回偶然、小中高は休みになったが。

保育士業務を聞いていると、あきらかに大変だ。

しかしながらその中には確実にやめてもいいもの存在する。

日報をいくつ書かせているのか。どうせ手書きなのだろうし。

かに連絡事項は必要だが、メールで済ますことも可能だし、なんなら、なにかあるときだけでいいはずだ。

しか管理者にその脳がない。そして職員も、事務能力には長けていない。なぜなら保育士事務員ではないから。

こう言うと問題があるが、保育士になるまでに最低学歴として養成所、専門学校という選択肢がある。

保育士としては短大大学卒よりも率先力にはなるのかもしれない。

しかし、事務となると別だ。

事務はただでさえ勉強が苦手な人には不向きの職業だ。勉強ができるできないではなく、机やパソコンに一日向き合い、効率よく業務を勧められるかという能力必須だ。

はたして、保育士はそれができるだろうか。しかも、肉体労働と掛け持ちで。

例えばなんでもどんな人でも採用する中小企業も、そういった問題にあたりがちだ。適応適所ではない。ある人でする。

するとなにが起きるかと言えば、業務の非効率化だ。

中小企業場合、外部から優秀な人や経験者が来て改善する場合も多くある。

しかし、保育園クローズドだ。一般事務バリバリやってましたが保育士になります。はレアケースだろう。

これは小中高にも言えることだ。社会人になって、社会人会社勤めの経験がない教師が、子どもに何を教えるというのか…そんな疑問を持っている人は少なくないだろう。

報道されたようないじめなどが教師間で起きるなら、彼らはまだ学生のままだ。子ども子どもを教えている。

最悪の村社会ループ。その末での、現場での悲劇。そして、改善の気配すら見せない働き方での印象の悪化。人が来ない求人

しかし、保育士との掛け持ちにしては大変な事務職だが、事務職員でくくれば求人に人は殺到する。子どもと関わることのできる事務職員。人気殺到になるだろう。

少し予算を出せばいい。保育園側がその少しもつらいなら、保育園無償化などを訴えずある程度金は出すべきかもしれない。

国の保障+月謝でなんとかなる気もする。

保険制度を入れたり、給与取得額を調査して払う月謝をもう少し調整することも不可能ではないだろう。

ただ結局、具体的な改善策にはいたらない。

旧体質を愛する人が居る限り、未来を担う子どもにそれを押し付け社会から

色んな意味で、この問題は詰んでいる。

社会が支えるべきだ。もっともだろう。

しかし支えるために出した金をちょろまかされたら?

業務が何一つ改善されなかったら?

不景気になる。保育園をぶっ壊す!くらいな改革が無い限り、多分金は永遠にでない。

その中で、子どもはどうすればよいのだろうか。

2020-02-29

anond:20200229191528

やなやつ

そうだろうな、がんばらなけりゃよかった

 

おうちゃく

そうじゃねーよ

理屈が合ってこうなってる

そのりくつをまとめるのにって

書くだけでテメーはノウハウを聞けている

からいやなんだだからクローズド掲示板がよかった

人気がないのがよかった

2020-02-24

The Last of Usクリア(若干ネタバレ

語り尽くされていると思うのでゆるく。

ものがたり

おっさん少女ロードムービーですが、おっさん過去子供をなくしており、少女も周囲の人を全て無くしています。この状態に導いたのはなんとキノコ。煙さんが吐くアレです。ともかく街中がキノコ人間だらけになっている。そして例によってキノコに噛まれるとゾンビゲーのようにキノコ人間に早変わり。なのでこの二人の過去結構悲惨だったんですね。キノコに違いない! と早合点した兵士(というかその上司)におっさんの娘は殺されます(この娘はスタート時のプレイアブルキャラで、伏線化するのかと思ったら写真以外に全く登場せず終わります)。

で、その悲惨状態希望の光が灯されます。なんとおっさんが知り合った少女抗体の持ち主だというのです。おっさんは運び屋としてサイコな知り合いたちとやんちゃやらかしながら旅を続けます。途中トラップを仕掛けまくるシャイニングジャック・ニコルソンばりの禿げ上がった人や、ラッパーっぽい兄ちゃんたちと殺し合ったりもします。なぜかといえば、抗体を持つ少女医療機関へと預けるためです。お届け先は荒廃前の世界政府敵対していた『ファイア・フライ』と呼ばれる連中でした。

メッセージ

ところがだんだんおっさんは命を守りたいがあまり殺人鬼化してゆきます。言ってしまえばシェイクスピアとかそういう歌舞劇テーマにある葛藤劇の一種と言えるでしょう。一体何が正しくて何が悪いのかという疑問を常にプレイヤーへと投げかけるわけです。例えば一番安らぐキリンさんのシーン。これは途中で人間がいない都市部で、すっかり緑地化した中心地にてキリンが草をはむというものです。人間がいないからこそ楽園のような光景が繰り広げられるという、チェルノブイリ原発の赤い森をモチーフにした名シーンと言えましょう。こうしたシーンは常に何かを引き換えに何かを手に入れる、という構造の徹底により表現されます。それはゲーム内の1エピソードである鹿肉取引一つにおいても、車を入手する際の貸し借りに関しても理解されることです。主人公おっさんは中盤の後半付近で「生きるためには殺さなくてはならない」と述べます。このような出来事から、「何かを得るためには、引き換えに何かを捨てる」といったテーマが浮かび上がります。この何かをするための対価が強くメッセージとして打ち出される理由は、荒廃後の世界貨幣に変わる価値があるとすればなにか、という疑問が制作側にあったと仮定できます。この仮定に寄って立つならば、それはもう一つのテーマである命の軽重にかかってくると思うわけです。つまり暗に「金なき世界で命より重いものがあるとしてそれはなにか」、あるいは、「命が最も重たいはずなのに殺し合っている」、というメッセージ性を背負っていることになります。そして作中で命は安易取引材料として扱われますアメリカ代表とした世界荒廃物語ブームポストアポカリプスでしたっけ)は結局金に疑問を持つアメリカ人がユートピアどころか、カタルシスであるディストピアを夢見ているようにすら思えて来ますもっとも今作に限っていえば、だいぶ警句的な気もしますが。

追記:完全ネタバレ

ゲームラスト数分になると、少女の中にいる菌が抗体によって抑えられているのではなく、共存していることが知らされます。この菌糸の絡まった脳によって世界中の人々を治療する因子となるか、少女を殺さずに人類を見捨てるか、という選択を迫られたジョエル少女エリーを救い出します。仕組みとしては菌類が発生させる電子連絡手段、クオルモンをヒントにしているはずです。この少女の脳という仕組み自体そもそも共存というテーマで締めくくられており、実は上記で述べた「取捨選択」の答えは小さな少女が持っている、というラストになっています

そして頭蓋を開ける行為パンドラの箱連想させます。やや飛躍しますが、彼女パンドラのツボ(本来は箱ではなくツボ)であったと仮定した場合、災厄の中心にいる女という役割をきっちり演じきっていることになります。生い立ちは不幸で、彼女自身自分身の回り人間はみな死んだと告白します。そして彼女のせいでホスピスファイアフライ結果的に大量殺害されました。彼女は災厄と幸福の鍵を脳内というツボに温存しており、全人類にとっては全く救いにならない生き方ジョエルにより強制させられてしまますもっとジョエルにとっては娘と重なる彼女こそ救いそのものであり、エリーにしてみればジョエルは自らを許容し、許す存在であったに違いありません。事実ラストでこの裏付けは取れます。つまり二人の間には共存というよりむしろ共依存関係存在していることになります

共依存関係の裏側は「弱さ」です。そういえばファイアスフライの女リーダーも疲れ切ったという手記を残し、打算的にエリーを殺そうとしました。ジョエルの弟も当初は保身のあまりエリーを届けようとはしません。モブの連中は自分たちが生きるために他人犠牲など問わない生き方します。全て各人の弱さからもたらされた結果であり、一種超人的な人間であるジョエルもまた、娘を失った空疎記憶から立ち直ることができません。

ゲーム

ドラマでもいいです個人的には。洋ドラでもまあいいかなという。

ゲーム性としては一本道かつクローズドワールドステルスシューターですからプレイ感は他ゲーと似た感じにはなります

難易度中は同タイプゲーム基準にすると難易度イージーくらいなので、撃ちもの苦手でもどうにかなるかと。

序盤はおっさんを隠して仲間に撃たせて弾丸節約もできますし、おっさんの殴りが強いので、殴り続けてるだけでも中盤まで進めることができます。多分映画のようなストーリーに没入できればいいと考えてるからこそこの難易度なんだろうな、という印象ですかね。

サバイバルモードでは緊張感が上がった、もはや別ゲーという声もあるそうですが、ハードモードってもともとそんなもんかと思います

2020-02-23

anond:20200223120153

それは確かに存在するし現に影の意味を何も考えずになんとなく塗ってる奴は多いね写実的には間違っていても何か意図を込めているのであればそれは構わないんだけどね。今回のパネルについては現役のプロ仕事のはずなので意図してやった結果だと思う。クライアントであるJAについては採用している以上はあれをエロいとは認識してなかったんじゃないかな。ただし天井の模様が人の顔に見えると他人から指摘されたら以後は自分も人の顔にしか見えなくなる現象があるように、外部から透けて見えると言われたら不思議と見えてしま可能性はある。一次撤去したのもわからんではない。

俺としては落としどころとしては場所を変えて別のクローズド場所掲示を続行することだと思う。「修正」という妥協案はおすすめしない。クレーマーが味をしめる可能性がある

2020-02-10

anond:20200209222435

元増田です、レスありがとう

国会もそうだろうけれど、建設的な議論は常に難しいよね。

ただ、クローズドしか充実した議論が成立しないのは、今までのパラダイムでしょう?

で、その状況はそのままに、Twitter等のお陰で、"議論の数"自体は飛躍的に増えた。

から議論下手が多いことに起因する社会負荷も増大した。

この現象への対処として、確かに

馬鹿議論に付き合わない」「選ばれし人々がクローズド議論する」

そういう対応になってくる。そのとおりだと思うし、今までそうしてきた。

でも我々は既に、ネット(などのイノベーション)によって前提条件が変わる、ということを体験していて。

運転に例えれば

現状:免許がないと運転できない。

未来妄想AIがどんどん賢くなって運転するから免許要らなくなるかも。

という、いまや、そういう未来妄想するじゃないですか。

それに、不具合がひしめいているからこそ、

連鎖的に生まれ問題バカらしい似非議論蔓延すること)を根本解決するインセンティブが上がっていて。

これまでは局所的だから場当たり的に?対処できていた(exクローズドでやる)ことが、

数量が爆発して一層どうしようもないから、根っこから解決が待たれる状態に入れた。

から、この議論理解力文脈でも、

もし次のパラダイムというものがありえるなら、

それは「バカということがクリティカル差異にならない」、

そんな魔法掛かったツール方法論?が生まれときかもな、と。

バカバカと罵ってみたり、内心イライラしながら黙殺の態度をとるよりは、

そういう妄想をした方が前向きだな、と気付いたんすよ。そういう日記でした。

2020-02-09

anond:20200209180502

知の民主化ってなんやねん。インターネッツに限ったことじゃないやろ。国会議論もそういう建設的な議論になっているか? 違うやろ。

テレビ議論健全か? 違うやろ。健全議論クローズド場所しか起こりえないんだよ。じゃあ民主主義ってなんだよ。

そーいう話だよ。民主主義がなんたるかは日本では浸透していないだけ? エリート主義衆愚政治、これまでさんざん議論されてきた。

インターネット関係ないわ。あなた香川県議会議員ですか?

2020-02-07

anond:20200207104311

「発生する可能性が極端に低いことを想定するのは無能」っていうのはよく言われることだからな…

そしたらクローズド質問だけしてしまうと、発生する可能性が低い事案の把握漏れが起こるだろ。

全部を把握想定出来ないんだからオープンクエスチョン必要性があるわけ。

全部を把握しなくていいやつは、クローズドだけで良いんだと思うよ。

2020-01-27

anond:20200127160617

でも一本道で周辺の地形とかすごい凝っててオブジェクトがあっても立ち入れないみたいなゲームをやると

ゲームの本筋とは関係ないとしてもすげー窮屈に感じる

実態としては今オープンワールドと呼ばれているものノーマル世界

これまでのゲームクローズドワールドだったっていうのが正しい気がしてる

テン年代俺的最強ゲームベスト10

いちゲーオタ中年男性ハートのど真ん中の最奥部に抜けないほど深く突き刺さった「テン年代ゲーム10本をランキング形式で挙げていきます。お付き合いください。

特別賞『Doki Doki Literature Club!(ドキド文芸部!)』(2017/PC

のっけから特別賞」から始めることをお許しあれ。ランキング発表後だと、1位よりもスペッシャルな空気を醸し出してしまいそうで。それを避けたかった。

でも、本作がとくべつな1本であるには違いない。だから悩んだ挙句の……「特別賞」。まんまでごめん。

個人的には『ノベルゲー」って昔からあんまやらないんです。ノベルゲーやる時間あったら小説を読むほうが(たいてい)有益だろう、という長年の思いこみ集積のせい。でも、『Doki Doki Liteature Club』は例外ゲームらしいインタラクティブな要素があるわけじゃないのだけど、小説でもマンガでもアニメでもこの表現絶対不可能

本作の凄さについてはもはや語り尽くされている感があるし、強く深い思い入れを持っている方が世界中にいらっしゃることも存じておりますし、まだプレイしていない方のためにも、内容については何も言いたくない。

でも、これだけは言わせてほしい。

本作は「神は存在を愛している」ってことをギャルゲー/ノベルゲーのガワで見事に顕してみせた一大叙事詩である。ここには生があって、性があって、詩があって、死があって……愛がある。さらには現象学的「彼方」をも開示してみせる。

その(一見破天荒、かつ強烈な内容に憤怒するかもしれない。ショックのあまりマウスを壁に叩きつけるかもしれない。号泣するかもしれない。戦慄するかもしれない。でも最後にはきっと宇宙大の愛に包まれる……絶対

ああ、すっきり。

では、こっから心置きなく2010年代・心のベスト10を発表させて頂きます

10位  『ASTRO BOT Rescue Mission』(2018/PSVR)

「……なんか妙に懐かしいな。子供の頃、お前と行った鵠沼海岸をまざまざと思い出したわ」

ゲームと本の山でとっ散らかった僕の部屋にやってきて、このゲームをしばらく遊んだ君は、いかにも重たいPSVRヘッドギアをつけたまま、そう呟いた。

僕はかなり潔癖症から、君が顔じゅうに汗をたっぷりかいてることがひどく気になって、除菌ティッシュ片手にそれどころじゃなかった。

けどさ、あの頃君と一緒に見つめた空と海の青さに、まさかVR新規アクションゲームの中で出会えるとは夢にも思わなかったよ。

ハタチん時、『スーパーマリオ64』を初めてプレイした時の驚きと、海辺自分の子と君の子が一緒に遊んでいるのをぼんやり眺めてるような、そのうちに自分たちも同じくらい小さな子供に戻って、一緒に無邪気に冒険してるような……切なくて温くて微笑ましい気持ちじわじわこみあげてきた。そのことに、僕は本当に心底驚いたんだよ。またいつでもやりに来てくれ。

9位  『ショベルナイト』(2014/PCほか)

「あー、なんかシャベル持ったナイトのやつでしょ。古き良きアクションゲームへのオマージュに溢れる良質なインディーゲーって感じだよね、え、あれってまだアップデートとかやってんの? なんかsteamセールん時に買って積んでんだけど、ま、そんな面白いならそのうちやるわー」

あなたが『ショベルナイト』をその程度のゲームだと思っているのなら、それは大きな大きな間違いだ。

プレイ済みの方はとっくにご承知と思うが、本作はレトロゲーもオマージュゲーもとっくに越えた、誰も登れない山頂に到達した類い稀な作品であるアイロニーと切り張りだけで作られた、この10年で数えきれないほど溢れ返った凡百のレトロゲームとは、かけ離れた聖域に屹立してゐる。

そして3つの追加アプデ(大胆なアイデアに溢れた全く新規追加シナリオ。今月でようやく完結)によって、本作は10年代下半期にリリースされた『Celeste』や『ホロウナイト』の先駆けとなる、傑作2Dアクションとしてここに完成したのだった。さあ、ショベルを手に彼の地へ赴け。

8位  『Undertale』(2015/PCほか)

このゲームの印象を喩えて言うなら、

久し振りに会って酒でも飲もうものなら、いちいち熱くてしつっこい口論になってしまう、共感嫉妬軽蔑と相いれなさのような感情腑分けするのが難しいくらい綯い交ぜになっている面倒きわまりない幼なじみ、みたいな。

正直、ランキングにはあまり入れたくなかった。が、初プレイ時の衝撃をまざまざと思い出してみると、やっぱり入れないわけにはいかぬと悟った。

もし未プレイだったら、このゲームはできればPCsteam)でやってみてほしいとせつに願う。当方バリバリコンシューマー勢なので、ゲームPC版を薦めることは滅多にない。だが、コンシューマー機ではこのゲームの持つ「鋭利ナイフ」のような「最後の一撃」が半減してしまうだろう。

作者トビー・フォックス氏は、かつての堀井雄二糸井重里系譜に連なる倭人王道シナリオコピーライターと感じる。

確認のために本作の或るルートを進めていた時、初期ドラクエと『MOTHER』と『moon』が携えていた「あの空気」が30年ぶりに匂い立ってくるのを感じて眩暈がした。会えば会うほど凄みを増す狂人のような作品だ。

2020年内に出る(であろう)2作め『DELTARUNE』において、トビー氏は堀井/糸井が書け(書か)なかった領域確信犯的に踏み込んでくるにちがいない。それが半分楽しみで、半分怖くて仕方がない。

7位  『デラシネ』(2018/PSVR)

その山の森の奥には古い洋館があった。

庭は川と繋がっていて、澄んだ水が静かに流れていた。

君は川沿いにしゃがみこんで1輪の花を流していた。

俺は黙って君を見つめていた。

君は俺に気づかない。

俺は木に上ったり、柱の影から君を見守ったり、触れられない手で君の髪を撫でたりしているうちに……君の可愛がってたシェパード犬がこちらにひょこひょこやってきて、ワン、と小さく吠えた。

ああ、なんだかこのゲームやってると批評目線がどんどんぼやけていくのを感じる。まるで透明な死者になってしまったような、奇妙で懐かしい感覚に否応なしに包みこまれるような……。

本作は「VRで描かれた古典的AVGアドベンチャーゲーム)」であると言われている。個人的には、そんな持って回ったような言い回しはしたくない。

VRしか描けない世界情緒に対して、あまり意識的な本作。その手腕はあざといくらいなんだけど、実際に本作をやってみるとあざといどころじゃない。泣くわ。胸の内に熱いものがこみあげてくるわ。

『Deracine』はプレイヤーの原風景をまざまざと蘇らせる。かつて失ってしまった友人を、失ってしまった動物を、失ってしまった思い出を、「ほら」とばかりに目の前に差し出してくる。そのやり口はほとんど暴力的でさえある。

6位  『バウンド 王国の欠片』(2016/PS4/PSVR

もしVR対応しなかったら、知る人ぞ知る良作(怪作)止まりだったであろう本作。

かくいう俺もPS Storeで見つけて何となく買った時は、まさか2010年代ベストに入れることになるとは思わなかった。怪しい仮面被ったバレリナ少女サイケ空間を飛び回ってんなあ……製作者はドラッグでもやってんのか?くらいの。

しかPSVR対応した本作を再度プレイして驚愕した。怪作がまごうことなき傑作に生まれ変わっていたのだ。あるいはコンテンポラリーアート作品としての本質を露にしたとも言える。ああ、VRというハードではこんな事態が起こり得るのか……。

画を作っているサンタモニカスタジオゴッド・オブ・ウォー風ノ旅ビト他)の仕事はいだって凄まじいクオリティでため息が漏れるのだが、VRとの相性は抜群だ。とりわけ今作での仕事白眉と言える。

とにかく、思わず自分少女の頬をつねりたくなるほど美しい。少女が、景色が、色彩が、確実に「もうひとつ世界」(夢、とは言いたくない)を現出させている。

そして本作は本質的な意味で——究極の恋愛ゲーでもある。誰も認めなくても、俺はそう強く感じる。あの少女と過ごした時間を、あの少女が内に秘めていた闇の部屋を、あの少女が戦っていた怪物を、そしてこの狂気と色彩にみちみちた世界日常生活の中で思い出す時、この胸に去来するのは——それは「恋」しか言い様のない儚い感情だ。

5位  『INSIDE』(2016/PCほか)

書き始めるまで、本作がここまで自分内上位に食い込むとは思わなかった。

が、確認のために軽くプレイしてみたら、やっぱりとんでもなかった。

実験施設内部に、そして自分の内側(Inside)に展開するめくるめく不穏な景色ディストピアの先にある、吐き気をもよおさせると同時に、穏やかな安寧に包まれるような、唯一無二のビジョン——を完璧に描ききった本作。

終盤の怒濤の展開と比類なき生命描写インパクトに心奪われるが、本作の真骨頂木々や空や雲や雨、海などの自然情景(それが何者かによって造型されたものであれ)の美しさだと思う。荒んだ世界の中、思わず立ち止まって、天に祈りを捧げたくなるような敬虔心持ちを強く喚起させる。

俺にとって『INSIDE』とは、自己内面に深く潜るための潜水艦、あるいは哲学書のページを繰っても繰っても掴めない、自分世界との乖離自覚するための尖った注射針であり、神なき世界宗教である

灰色にけぶった空の下、雨降るトウモロコシ畑で無心で佇んでいた時のあの安寧と絶望感に、これから先もずっとつきまとわれるだろう。

4位 『スプラトゥーン』(2015/WiiU

人の生には「もっと幸福な時期」というものがたしか存在するようだ。そして、それは必ずしも幼少期だったり青年期だったりする必要はない。

俺にとっては、傍らに愛猫がいてくれて、WiiUと3DSが現役ハードで、仕事から帰ってくると毎日のように今作にあけくれていたこの頃が——生涯でもっと幸福な時期だったと言いきってしまいたい。なぜなら、幼少期や青年期と違って、その記憶ははっきりと想起できるから

そして後から振り返ってみて、その時期がどれほどありがたいものだったか確認し、やるせない気持ちに包まれるのだ。「ああ、やっぱり」と。

プレイ時間は生涯最長となったし、この作品を通じて(自分にしては珍しく)老若男女多くの「オンラインフレンズ」ができた。

が、続編『スプラトゥーン2』は発売日に購入したものの、ろくすっぽプレイしなかった(できなかった)。

その理由は(おおざっぱに書くと)3つ。

ひとつは『2』発売時、先に述べた、俺にとってもっと幸福だった時代が過ぎ去っていたこと(ごく個人的理由だ)。

ふたつめは、初代スプラトゥーンが持っていた、俺を夢中にさせるサムシングが『2』には欠けているように感じられたこと(批評記事ではないので、それについてここでは掘り下げない)。

3つめは、次に挙げる同じく任天堂開発の対戦ゲームの登場である

3位  『ARMS』(2017/Switch

それは35年前に夢見た未来の『パンチアウト!!』だった。そして20年前に夢みた『バーチャロン』と『カスタムロボ』の奇跡的融合であり、同時にそれらとは全く別次元昇華された「理想的格ゲー」であった。

スプラトゥーン』で「共闘」の愉しさを味わった俺に、本作は「見知らぬ相手とサシで戦う」ことの妙味と厳しさをばっちり思い出させてくれた。

そして画面内のキャラをこの手で操る——そんなあまりにも原初的「ゲーム」の喜びが本作には隅々までみちていた。こればかりは「Just do it」(やるっきゃない)。

やがて俺は日々のオンライン対戦では飽き足らず、リアル大会にまで足を運んだ(あっさり敗退してしまったが……)。そんなゲームは、おそらく生涯最初最後だろう。

余談だが、Joy-con特性を生かした「いいね!持ち」による操作こそが本作の革新であると信じているのだが、革新性よりも「合理性」と「勝率」を求める猛者たちには殆ど浸透しなかった。

いいね!持ち」メリットをうまく調整できてさえいれば、本作は『e-sportsゲーム初の従来型コントローラーから離れた(両腕全体を用いた)操作形態を実現していたはずで、それについては至極残念だが、現在開発中であろう『ARMS2』に期待したい。

2位 『Rez infinite』(2016/PSVR

2010年代下半期は、俺にとっては「VRに初めて触れた年代」としていつまでも記憶されることになるだろう。

2017年冬、とにかく『Rez infinite』をプレイしなければならない——そんな義務感でPSVRを勇んで購入した。配線がややこしい機器PS4に繋げ、想像していたよりもさらに重たいヘッドセットを被り、本作をプレイすると——すぐに「ここには未来がある」と思った。いや、正確じゃないな。「未来に至る——今の時間自分」をばっちり感じたと言うべきか。現在可視化され、360度方位に顕在し、俺をユニバーサルに包みこんだ。

AreaXを初めてプレイした時の、重たい身体感覚から自由になり、魂だけが宇宙に放りこまれたような未曾有の感覚は、ゲームなるものと関わってから過去30数年を振り返ってみても、5歳の時に生まれて初めて電子ゲームに触れた時の体験と並ぶ、あるいはそれを越えかねない、空前絶後体験だった。

それは精神開放であり、身体解放だった。言葉遊びに非ず。

これだけ長いこと「ゲーム」なるものを続けてきて、ゲームからそのような感覚を初めて得られたことに深く感動し、ラストではほとんど泣いていたことがつい昨日のように思い出せる。

そして『Rez infinite』の「次の体験」を今か今かと待っている。

1位 『とびだせ どうぶつの森』(2012/3DS

Rez infiniteからまさかの……自分に驚き、何度も自身に問うた。

あれだけ昔からどうぶつの森』嫌いだったお前が。とび森を。テン年代1位に。据えるつもりか? 

お前はそんなにぶつ森好きだったのか? ありがちな中年男性みたいに「しずえ萌え」になったのか? それとも親子くらい歳の離れたフレンドと時々会えるからか? おいおい、かあいこぶってんじゃねーぞ、と。

だが本作を1位にした決定的な理由——それは、テン年代初頭に放たれた今作から仮想世界」における、人間存在理想的な在り方の萌芽をひしと感じたからだ。

一発で脳内に凄まじいヴィジョンを注入した『Rez infinite』と比べると、まるでアリが餌塚に砂糖を運ぶようなゆったりとした足取りだが、本作は確実に世界中ゲームファンに「もうひとつ世界」をキュートな顔つきと口調(しずえ嬢のような……)でじわじわと浸透させ、人々の無意識をしれっと変容させ、もうひとつ生活を愉しませ、ネット接続により文字通り「飛び出させた」。

どうぶつの森』は今年3月に発売する次作『あつまれ どうぶつの森』においてさらなる大きな広がりと変化を見せてくれるだろう。

が、俺は本作をとくべつに、個人的に、偏執的に、限定的に愛しているのだ。

それは故岩田社長が生み出した『3DS』というハードへの偏愛と、ゲーム機では3DSだけが備えた「裸眼立体視」——ARVRを折り合いし、先取りした——唯一無二の機能によって『どうぶつの森』というクローズド世界をまるで飛び出す絵本のごとく彩り、「夢の中で他者の森を訪ねる」という奇妙かつ魅惑的な通信世界を生み出し——

要は、全シリーズを振り返っても今作『とびだせ どうぶつの森』だけが持ち得た、この奇妙で牧歌的神秘的なアトモスフィアに由るものだ。

カフカ『城』や村上春樹世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』主人公のように、俺はある時、この森の中に、夢の中に、村の中に、これからも留まり続けることを選んでいた。

そういうわけで、本作を迷わずテン年代1位に据えたいと思う。

※※※※※※※※※※

長々とお付き合いくださって本当にありがとうございました

余談ですが、最初は「順不同」にしようと考えていたのです。これほど自分にとって大切なゲームたちに順位なんてつけるのは相当失礼な気がして。

でも、敢えてつけてみた。並べてみたら、なんとなく自分重要度みたいなものぼんやり浮かび上がってきたので。

異論提言はもちろん、よかったらあなたテン年代ベスト(5本でも20本でも1本でも)教えて頂けると、いちゲームファンとしてめっぽう嬉しいです。

ああ、10年はDECADE(でっかいど)。

2020-01-24

anond:20200124180602

れいっそパスワードとかかけて、誰にもそれを教えずに、誰からも見られないブログにした方が良くない?

私が一時期書いていたブログほとんど読者がいなかったけど、たった一人だけマメアクセスしてくる人がいて、自分の親とか直接の知り合いなんじゃないかと怖くなってパスワードをかけた。

たぶんパスワードをかけてもかけなくてもアクセス数は変わらないと思うけど、「自分クローズドブログにしたから読者がいないのだ。」と思える方が精神衛生に良いと思う。

2020-01-21

はてブ相互の会

今までにはない新しい完全クローズドはてブ相互ブックマークを行うグループに招待致します。

新着入りする3件からブクマつけます。

詳しくはプロフィールURLをご覧ください。 [2018年稼働中] 100%#相互フォロー #フォロバ

https://twitter.com/sougo_bm

2020-01-02

anond:20200102100202

分散成功してると思うよ、みんな10も20もSlackDiscord所属して楽しんでるやん

オープンウェブ時代が終わってクローズドウェブ時代になったんだよ

2019-12-28

anond:20191228091800

slack は立派なSNSだよ。

運用クローズドで、誰でもどれでも観られるわけじゃないのがツイッターとは異なるだけ。

2019-12-26

anond:20191226165930

多様性を許容できずに閉鎖的なローカルルールで回っていくムラ社会形成・維持しようとする人たちは、べつに思想的にも環境的にも排除はされない。

されないけれども、人も集まらない、寄ってこないでカネが回ってこなくなり、経済的に支持されないマイノリティになるということで、いずれそういうコミュニティ貧すれば鈍するスラムのようになっていく。いや、その例えも不適切だ。現実のよくあるスラムと違い、若者が不在の年寄りだらけの極限地域になるだろうから

仮にそうならないシナリオがあるとしたらムラ思想を支持する資産家の寄付によって維持されるパターンくらいか。いずれにしろ健全民主主義社会ではなくなり、時代を後退していくような状況を目の当たりにすることになるだろう。

今息苦しさを感じているとすれば、そのような未来の見通しを持つ人たちからお節介による言説や干渉不快だ、というあたりが原因だろう。

そもそも、その未来の見通しがどれくらい出来ているかは、その人の見聞の広さに依存するものなので、日本クローズド島国気質のまま発展していけると信じている人ににわかに納得してもらうことは難しい。

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