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はてなキーワード: 悪趣味とは

2021-07-24

anond:20210724112533

おまえへの反論

(1)北尾氏は当時インタビュー現場にいた人間

よって、何も知らない第3者のお前が語る主張の方が偏りよろしく主観的である

北尾氏は自業自得といってるし、「小山田圭吾村上清は悪くない」とは結論づけてないだろ笑)

(2)26年前の過去記憶を辿って推測するしかないのは当然であり、

良い解釈もなにも拡散される内容と自己記憶イメージ乖離があるから本音を語ってるだけ。

「M氏」と表現するのは、炎上攻撃が続く中で芸能人でもない名前公表することは控えておこうという

プライバシーへの最低限のマナーとか配慮かもね。(悪意持って都合よく切り取り攻撃される恐れもあるからね)

デビルマン」については、理性と冷静さを失ったお前らのような身勝手独りよがり怨念が、

あのデーモン達のように小山田に集中砲火を浴びせているこの惨劇を例えているんだろ。

迫害されてる?は?デビルマン読めよ。

(3)お前は当時のライターじゃないだろ?そしてその界隈にすらいないだろ?北尾氏以上に村上氏の何が語れるの?

あと、拡散されている「孤立無援のブログ」については、確かに切り取りと巧妙な順番の入れ替えによって

悪意ある印象のミスリードが行われているのは明らか。北尾氏を批判する前にまずそこ認めろよ。

(どうせお前もあのブログに乗せられて被害妄想膨らませて叩いてたんだろ?)

(4)「既成事実化」って単語ばっか使ってうるさいけど、適切じゃないから使うのやめろ。

北尾氏の内容は、状況を見てあの記事が書かれた経緯を「推測」しているだけ。

事実化しようとしてねーよ。(どっちが印象操作してんだよ)

美化してるというよりも、書き手にそういう意図があったのだろうとプロ視点解釈してるだけだろ。

実際に北尾氏のブログが出る前から、原文読んだ勢からもそういう意見あったし、自分も同じように捉えていた。

(5)はぁ、、しょうもな。村上はいじめられていた側だよね?

この「いじめ紀行」ってのは、いじめられていた側の視点からまれ企画なんだよ。

当時もいじめはアウトだし、「いじめ自慢」なんか小山田サイドからしたら断られるはずなのに(現に最初は渋っていた)

許可した背景には、村上氏なりの強いコンセプトがあった。それを小山田も受け取ったからあの記事ができた。

いじめ紀行」の冒頭でも、世間はいじめは悪と言いつつ綺麗事ばかりで、

世の中からいじめが無くなることはないというようなことが書いてるだろ。

から村上氏なりの視点いじめ問題を紐解くきっかけを模索していたんだろ?

いじめっ子といじめられっ子の対談」という手法は見る角度によっては悪趣味で間違っていたし、

いじめエンターテイメントだと自虐的表現しながらも、決していじめ肯定しているような企画ではないんだよ。

当時の鬱屈した社会の中で、未熟なライターデビュー記事であの小山田圭吾過激だけどかつて誰もやっていなかったことを企画して実現しようとしていた。

その熱い思いに小山田も動かされた。結果的に考えが甘く、いじめられっ子との対談企画も失敗したわけだが、

2人がやろうとしていた実験的試みは、露悪的だけどほんの少しだけ社会に風穴を開けるきっかけになったのかもしれない

(今は違う形で穴をあけてるが、、)

そういったものライター目線で振り返れば宝石と例えてるだけ。お前のサブカル偏見単純化するな。

(6)当時を知る北尾氏の証言と推測が出てきてくれたおかげで、一部だけど冷静な意見もでてはきていて、

少しは全国民が共有してしまった「鬼畜いじめ妄想」を止めるような方向へ進んだようにも見える。

が、同時にいまだお前のように被害者を傷つけたーとか妄想を繰り広げ、拡散助長するようなバッシングを続けるやつもいて、

逆に独りよがりお気持ち正義マンあぶり出してくれたのかもしれない。悪態ついているブコメとか見るとよくわかるよ。

北尾氏には感謝しか言いようがない。ある意味北尾から村上氏へバトン

このアンフェア建設的じゃない状況から早く脱して前に進めということ。

おまえはどうしても小山田鬼畜にしたくてしょうが無いんだろうけどね。

ヒステリック自分お気持ちぶつけて、こういうの垂れ流してる方が二次被害です。

anond:20210723120118

そもそも切り抜き元は「悪趣味系」じゃなくて「悪趣味な切り抜き」だって事がわかってるし

戦勝国からOK」みたいなアホみたいな擁護無理筋だと思う

というか一から十まで根本仮定狂ってる文章で焚きつけは無理だと思う

anond:20210724115147

俺はおじさんだからおまえの煽りも「まあいいや」って感じだけど、女性相手不安煽るようなこと言うのはもうやめとけよ。

おまえの悪趣味煽りは1ミリ面白くないガキっぽいものだし、本当にクソだと思う。

いじめ紀行を再読して考えたこと 02-90年代には許されていた?

いじめ紀行を再読して考えたこと 02-90年代には許されていた?

2021年07月31日 夕方公開終了

取材&文=北尾修一(百万年書房

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※本原稿は、小山田圭吾氏が過去に行ったとされるいじめ暴力行為擁護するものではありません。

前回、書き洩らしていたことがありました。

小山田圭吾さんが「いじめ紀行 小山田圭吾の回」(雑誌Quick Japan』vol.3)はじめ、さまざまな雑誌記事内で語っているいじめ暴力行為。これが事実だとするならば、オリンピックパラリンピックの開閉会式クリエイティブ小山田圭吾さんが一旦引き受けたのは、自分にとって俄かには信じがたい行為です。

これは、もちろんこの記事大前提です。

ちゃん調査せずにオファーした大会組織委員会もうかつすぎますが、それを引き受けた小山田圭吾さんは、「うかつ」という言葉では括りきれないかと(小山田さん……一体どうしてしまったんですか……と)。

そう思っている筆者が書いている原稿だという点を踏まえた上で、ここから先が前回の続きです。

====

実は私は問題記事いじめ紀行 小山田圭吾の回」(雑誌Quick Japan』vol.3)を、刊行直後の26年前に読んだきり、これまで一度も読み返したことがありませんでした。

で、さら脱力する話で恐縮ですが、私の手元には現在、『Quick Japan』vol.3がありません。

なので、この原稿を書くにあたって、みなさんと同じく、記事こちら(「孤立無援のブログ」)で再読しました。

で、このブログを読んで、自分記憶とのギャップに、まず驚きました。

「……え。こんな酷い内容の記事だったっけ?」

というのが、最初の率直な感想です。

前回書いたとおり、自分の中では、あの記事は(自身も壮絶ないじめサバイバーである)M氏が、雑誌ロッキング・オン・ジャパン1994年1月号で小山田圭吾さんがいじめ加害者だったと発言しているのを発見し、自分の中のサバイバー生還者)としての記憶駆動し、以下のような切実な問題意識を持って立ち上げた企画だったと記憶されていたからです。

いじめについて新しい角度から考える、自分しか書けない記事が作れないか

いじめ絶対悪とみんな口では言うけれど、それなのに、なぜ世の中からいじめはなくならないのか?

そもそも自分は本当に《いじめられて》いたのか?

ところが、上記の「孤立無援のブログ」で確認する限り、そんな企画意図はみじんも感じられない。露悪的で、読んだ誰もが気分の悪くなるような内容になっています

※「孤立無縁のブログ」は、当該記事編集を施した上で紹介しているので、実際の記事を読むと少し印象が違うのかもしれませんが、まあでも、きっと内容の大筋は変わらないと思うので、ここでは細部に拘泥せずに話を進めます

これはどう読んでも「加害者いじめ自慢」もしくは「いじめエンターテインメントだと推奨する記事」にしか思えない。

当時の自分は、これをスルーするほど感覚が狂っていたのだろうか……?

ただ、ここで正直に言うと、どうも何かが引っかかるんです。

ちょっといくらなんでも、何かおかしくないか。このブログ自分記憶が、あまりにも違いすぎるぞ」と。

90年代悪趣味鬼畜ブームで、そのど真ん中におまえはいたわけだから、この記事の酷さに気付かないほど感覚麻痺していただけだろ!」という全員から突っ込み、実は「90年代悪趣味鬼畜ブームで~」という括り方自体にもいろいろ言いたいことはあるのですが、そちらは本筋ではないので今は置いておくとして。

もちろん当時の自分感覚は、現在と違っていたと思います

当時の自分が「やべー、笑えるー」という軽薄なノリで、小山田さんのいじめエピソード面白がっていた可能性、高いです。

ただですね、正直に話を進めたいので、できれば最後まで聞いてほしいのですが、それでも自分の中では完全には納得できない部分が残るわけです。

「いや、自分は昔から行方正ではないし、行儀の悪い冗談だって好きだし、その可能性がゼロだとは言いません。ただ、それにしても、いくらなんでも、さすがにこの原稿は度が過ぎている。ここまで酷いと当時の自分も引いたはずだし、そもそもほとんどの読者から非難轟々になると思うんだけど……」と。

ここから、いろいろな考えが頭をよぎりました。

●誰か雑誌Quick Japan』vol.4のお便りコーナーを調査してくれないでしょうか。当時の『Quick Japan編集長A氏は、賛否両論どちらの感想無作為掲載していたから、次号のお便りコーナーを見れば、この記事がどれくらいの比率賛否両論で受け止められていたか、おおよその目安が分かるはず。私の記憶ではこの記事、読者から非難轟々だった記憶はそんなにないのです。これが自分記憶いかどうかを、まずは確かめたい。

●もちろん、当時の雑誌Quick Japan』読者が(鍵括弧付きの)「90年代悪趣味鬼畜ブーム」に乗っていた人たちばかりで、そのバイアスがかかっている可能性はあります。vol.4のお便りコーナーに否定的意見が少なかったとしても、だからといって、この記事が当時の社会規範OKだったということには、当然ながらなりません。

●ただ、自分は悲しいほど記憶力が悪いので取材当日のことを覚えていないのですが、少なくとも取材現場自分が「小山田さんって酷い人だなあ」と思った記憶はないんですね。

●で、先ほどの繰り返しになりますが、同じように、発売当時にリアルタイムで「いじめ紀行 小山田圭吾の回」を読んだ時に、「気分が悪い記事だなあ」と思った記憶もないんです。

ものすごく良い記事でも、ものすごく酷い記事でも、度を越したものは読むといつまでも覚えているので、そう考えると、この記事はおそらく当時の自分にとって「(企画としてはセンセーショナルだけれど)テキストとしては可も不可もない、それほど刺さらないものだった」という可能性が高いんです。

と、頭がぐるぐるしたのですが、何にせよ記事現物を読む手段がないので、腑に落ちない気分だけが残って、それを解消する手段がない。

一番ありそうな線としては、M氏が最初に話してくれた企画コンセプトだけが記憶に残っていて、それと実際の記事が私の頭の中で差し替えられてしまった。だから、実際に掲載された記事はもともとこんな酷い内容だった、ということ。

かにその可能性は高いですが、でも、ここまで酷いと覚えているはずだけどなあ……というモヤモヤした気分。

ちなみに、後にライターから編集者に転身したM氏にとって、いじめサバイバーという経験は間違いなく「作品を作るとき武器」になっていて、それが後に押見修造志乃ちゃんは自分の名前が言えない』という傑作マンガ(M氏が編集担当)に結実したりするわけですが。

まだこのライター時代のM氏は「武器」の使い方を知らなかったということなのかなあ。どう読んでも、これじゃ企画意図が伝わるわけがない。というか、90年代だろうが2021年だろうが、こんな記事が許されるわけがない。100%ダメに決まってるじゃないか。M氏だけじゃなく、編集長A氏もよくこんな原稿掲載したなあ。

と、ここまで書いたのが、ちょうど一昨日。

この原稿、ここから一気に転調します。

昨日の午前中、もう何年も会っていない旧い知人から、弊社宛にいきなり郵便物が届きました。

封を開けると、なんと今一番読みたいと思っていた「いじめ紀行 小山田圭吾の回」のコピーと、旧い友人から手紙

私信なので一部だけ引用しますが、手紙には以下のような文言がありました。

「この問題鬼畜的要素の固有名詞カットアップして短文化し、あたか鬼畜に仕立てあげ脚色されたもの。作ったやつは誰か?  これは調べあげた方がいい。」

自分も罠にハマるところだった。バックナンバー引っ張り出して読んで良かった。」

…………え。どういうこと?

私は蛍光ペンを持ちつつ、「孤立無援のブログ」で紹介された部分をマーキングしながら、送られてきた記事コピーを読み進めました。

※本テキストの末尾にその画像を添付しています。「孤立無援のブログ」は、2006年11月15日から2021年7月18日までのあいだで合計4回、「いじめ紀行 小山田圭吾の回」紹介記事を公開しています緑色のマーカーが「2006年11月15日公開 小山田圭吾における人間研究」、ピンクのマーカーが「2012年8月12日公開 小山田圭吾いじめ次世代に語り継ぐ」、青色のマーカーが「2021年7月18日公開 小山田圭吾障害児の母親からもらった年賀状雑誌さらして爆笑する」です。各記事で重複して紹介されている箇所は初出記事のマーカーとなっています。「2012年9月18日公開 小山田圭吾ダウン症」は、既出の紹介記事と重複する部分の引用しかなかったので、マーカーを付けた箇所はありません。

マーカーを引きながら読み進めるにつれ、やばい、動悸が早くなってきた。

だんだんモヤモヤの正体が目の前に……。

引っ張る気はないので、さっさとネタをばらします。

この「孤立無援のブログ」の「いじめ紀行」記事の紹介の仕方が、ものすごく奇妙なんです。

いわゆる普通意味での「記事の要約」になっていない。

記事テキストのものは改変していないのですが、マーカーでチェックしながら読むと、意図的にエピソードの順番を入れ替えたり、小山田さんの発言の一部を削除したり、記事本文の途中で注釈内のエピソード挿入し、それに続けてまた別の場所記事本文につなげたり……よく言えば「繊細な編集が施されている」ですが、悪く言えば「元記事文脈恣意的に歪めている」。

ただ、それらのカットアップとつなぎがあまりに巧く、スムーズに読めるので、普通に読んだらまったく気にならない(私みたいにマーカーを引きながら照合しないと気付かない)。

このブログ運営者、素人じゃない。

私と同じ職業の人だと直感しました。

映画動画編集インタビュー構成をやったことがある人にとっては常識ですが、元のエピソード(素材)が同じでも、順番を入れ替え、意図を持って構成し、文脈をつけて並べるだけで、受け手にまったく別の印象を与えることは可能なんですよね。

で、ここから先に進む前に、あらためて強調しておきます。この後、読む人によっては「おまえは小山田圭吾擁護するつもりか!」といきり立つようなことを書きますが、繰り返します。まったく擁護していません。

「※本原稿は、小山田圭吾氏が過去に行ったとされるいじめ暴力行為擁護するものではありません。」この文章を再度ご確認の上、先へお進みください。


たとえばM氏が原稿冒頭で書いている「まえがき」、ここは「孤立無援のブログから丸ごと削除されています

【「いじめ紀行 小山田圭吾の回」まえがき:part1】

僕(筆者注:M氏のこと)は『月刊ブラシ』というミニコミ編集している。

インタビュー中心の雑誌で、二二の時に創刊して、もう二年が過ぎた。今までにインタビューしたのは、爆弾製造青年、五年間顔を合わせたことのない隣人、日本語学校の生徒、駆け出しの探偵、等々。特に決まったジャンルとかはないので、今は閃いたことを全部やるようにしている。

インタビューをしてると、相手が「マンガみたいな現実」を語ってくれる時がある。例えば、爆弾製造青年高校の時に友達から「不良にからまれから爆弾作ってくれ」って言われたりとか、「探偵学校に潜入する時は用務員のフリをする」とか、そんな話にはメチャクチャシビレる。

M氏は「マンガみたいな現実」が好きだと自己紹介し、その「マンガみたいな現実」の具体例をいくつか挙げた後、そのひとつとして「そんな僕にとって、“いじめ”って、昔から凄く気になる世界だった」と、「孤立無援のブログ」にUPされている部分(以下参照)につなげているんです。

【「いじめ紀行 小山田圭吾の回」まえがき:part2】

そんな僕にとって、”いじめ”って、昔からすごく気になる世界だった。例えば

*ある学級では”いじめる会”なるものが発足していた。この会は新聞を発行していた。あいつ(クラスいじめられている男の子)とあいつ(クラスいじめられている女の子)はデキている、といった記事教室中に配布していた。

とか、

*髪を洗わなくていじめられていた少年がいた。確かに彼の髪は油っぽかった。誰かが彼の髪にライターで点火した。一瞬だが鮮やかに燃えた。

といった話を聞くと、”いじめってエンターテイメント!?”とか思ってドキドキする。

だって細部までアイデア豊富で、なんだかスプラッター映画みたいだ。(あの『葬式ごっこ』もその一例だ)

 僕自身学生時代傍観者で、人がいじめられるのを笑ってみていた。短期間だがいじめられたことはあるからいじめられっ子に感情移入する事は出来る。でも、いじめスプラッターには、イージーヒューマニズムをぶっ飛ばすポジティヴさを感じる。小学校の時にコンパスの尖った方で背中を刺されたのも、今となってはいエンターテイメントだ。「ディティール賞」って感じだ。どうせいじめはなくならないんだし。

M氏がいじめサバイバーだと知っている私がこの原稿を読むと、最後段落を書いているときのM氏の気持ち想像するだけで胸が詰まるのですが、それはともかくとして。

この「part1」は、いじめとは関係のない内容なので、「孤立無援のブログ」が削除した理由はもちろん分かります。ただ、この「part1」があるのとないのとでは、「part2」を読んだ時の印象がずいぶん変わると思いませんか?

まり、この「いじめ紀行 小山田圭吾の回」は、意図を持って構成が練られた、全体で22pにわたる長編読み物(=起伏のあるストーリー)なのですが、「孤立無援のブログ」はその文脈無視し、煽情的語句情報)だけを切り取った上で、読んだ人の気分が悪くなるように意図的に並べ替えた上で公開しているものなんです。

たとえるなら、「ビジネス書はたくさん読むけど、小説や詩は生まれから一度も読んだことがない人が作るまとめ記事」みたいなものです。

以下、私が記事コピーと「孤立無援のブログ」を照合して気付いた点を列挙します。

いじめられていた人として「学年を超えて有名」だったと記事の中で紹介されている西河原さん(仮名)の、以下の証言が「孤立無援のブログからは削除されています。「(筆者注:小山田さんからは)消しゴムを隠される程度のいじめしか受けていない。」(『QJ』vol.3 本文55p)

●「この対談、読み物としては絶対面白ものになるだろうし、僕も読むけど、自分がやるとなると……(苦笑)」(『QJ』vol.3 本文55p)という一文が「孤立無援のブログからは削除されています

当初の小山田さんは、この企画に引き気味です。今回の報道で多用された「いじめ自慢記事」というレッテルに、少し疑問が湧いてきませんか?

●「小山田さんによれば、当時いじめられてた人は二人いた。」(『QJ』vol.3 本文55p)という一文が「孤立無援のブログからは削除されています

かい点ですが、「いじめてた人」ではなく「いじめられてた人」という表現が気になります。というのは、後述しますが、この二人のうちのひとり沢田君(仮名)と小山田圭吾さんの関係を、当事者ではない第三者が「いじめ被害者」「いじめ加害者」と決めつけていいのか、再読して私にはかなり疑問だったからです。

で、元記事では、最初にその沢田君のエピソードが語られます

●「肉体的にいじめてたっていうのは、小学生くらいで、もう中高ぐらいになると、いじめはしないんだけど……どっちかって言うと仲良かったっていう感じで。いじめっていうよりも、僕は沢田ファンなっちゃってたから。」(『QJ』vol.3 本文57p)という発言が「孤立無援のブログからは削除されています

高校時代沢田君と小山田さんがずっと隣の席だったこと。小山田さんはクラス友達がいなかったので、お互いアウトサイダー同士で沢田君とは仲が良かったという発言が、「孤立無援のブログからは削除されています(『QJ』vol.3 本文58p)。

●今回、特に酷い性虐待 Permalink | 記事への反応(1) | 08:45

2021年アニメ3話くらいまで見た

嘘だ。新作アニメはほぼ見ていない。だんだん新作を見るのが重くなってきた。

そうやって再放送ばかり見て、見ている夏新番原作既読と続編ばかりに。

これが老化か。

ゲッターロボ アーク

一見ている新作かつ非続編アニメとはいえ原作既読だし、原作漫画自体が続編として描かれたものだ。

監督川越淳ヒーローアクションに関しては信頼できる。それが『マジンカイザーSKL』でも、『アンパンマン』でも。かつて『新ゲッターロボ』がアレだったのは原作しか(もしくは原作者すら)描ききれないゲッター意思に手を出したからで、原作に沿っている今回は問題ないはず。

他のメインスタッフにも俺でさえ名前を知っている人がいる。脚本早川正は近年のダイナミックロボのリメイク企画でよく見る名前だ。キャラデ・総作監本橋秀之も30年前に『虚無戦史MIROKU』と『魔獣戦線』のOVA版でキャラ作監をやっていたらしく、原作絵がアニメ再現されている。

どうやら馬鹿天才が集まってこのアニメはできているらしい。

アニオリも良いところがある。キャラ描写に厚みも出るし、コンビニオニギリとコーラ価値も上がっている。特に説明もなく入れた過去作要素の説明を回想で差し込むのも良い。漫画ゲッターロボサーガ』が入手困難な現在過去作要素の補完はご新規様に優しい。しか真ゲッターが発進していくシーンの隼人ちゃんと当時の絵柄に寄せていた。この仕事は本当に、本当にすばらしい。

微妙だと思うアニオリもある。道場の名札。単なる背景ネタとはいえ解釈違いが過ぎる。将造がクソ田舎のボロ道場に通うようなタマか?竜馬の側もシャブ極道兵器免許皆伝を認めないだろう。慎一も魔獣になる前だと空手なんかやりそうにない。

ゲッター戦闘用語でハジとは死のことだ」のくだり、アニメだと柔らかすぎる。今死なせてやった方が親切感が薄く、地獄を見せてくれなさそう。

先々の不安も大きい。アニメで『ゲッターロボサーガ』全てを説明するには永劫の時が流れてしまう。どこまでアニオリで設定説明を補完していけるのだろうか?説明係と思しきサンドイッチが一番怖いくんの出番はどこまで増やせる?

現状のアニオリは過去作の説明や本編描写の隙間を埋める形で挿入されている。しか原作の外側に手を出したら?具体的には完全完結を謳い、原作最終回のその先を描いてしまったら?そんな心配が拭えない。宇宙で『虚無戦記ごっこなんかやられたら興醒めだ。そんな二次創作幻冬舎アンソロでたくさんだ。テレビでまでやってほしくない。では地球での戦いの続きは?それを直接描いていいのは石川賢ただ一人だろう。

どうしても最終回の先をやるなら、マジンガーZとガラダブラMK01の対決にしてほしい。

この企画自体に胡散臭さも感じている。シリーズ作品をいきなり最終作からアニメにするやつがあるか?

企画が通った理由についてバンナムグループの共有フリー素材という説がある。こんなものネット民下衆の勘繰りしかないが、近年のスパロボOVA世界最後の日』が酷使されて飽きられている点、序盤のやられ役に過ぎないD2超合金魂化されGX-100までのカウントダウンに組み込まれている点が、無駄説得力を持たせている。

アニメに関わってないから当然だが、バンナムグループ以外は足並みがまるで揃わない。双葉社が『アーク』の新装版を出したのは5年も前のことらしい(一昨年くらいだと思っていた)。それはもう本屋に無いし、また刷ってる様子もない。

アーク原作本は絶版。そこに至るまでをまとめた『ゲッターロボサーガ』もまた絶版電子配信はebookjapanだけ。こんなに新規ファンに優しくないアニメ企画があるか?ゲッター線を浴びようキャンペーンにも、わしはゲッターサーガ全巻A5サイズ刊行たかったんじゃ!だのに、5年前の既刊B6サイズ3冊セット10名様プレゼントごまかしおって!という想いしかない。出版がその体たらくからアニメが頑張って内容補完する必要がより出てくる。しかカーターマクドナルがなぜアンドロメダ流国に与しているか、『アーク』という話の枠の中で、その衝撃を柔らげることな説明できるのだろうか。

それにしてもebookjapanの電子版以外に原作双葉社の『サーガ』版)に触れる方法がない現状はあまりに厳しい。元双葉社中島かずき氏はYouTube動画ゲッターロボトーク』で本にまとめることで中古を含め長く市場流通すると言っていたが、さすがに20年も経つと中古でも流通在庫は無くなっていく。しかも今回のアニメ化で『サーガ』はプレ値転売まで横行する始末。俺の観測範囲では『アーク新装版の時点でさえ『サーガ』よりもサンデーコミックス版やキャプテンコミックス版の方が在庫が見付けやすく、値段も安かった。しかしそっちではダメだ。『アーク』に繋がる内容は『サーガ』にしかまとまっていないし、『真』に至っては単行本が『サーガしかない。

とはいえ、もう中島氏のようなやべーファンがいないであろう今の双葉社に『サーガ』と『アーク』計15巻をA5判で全部刷れと言うのは無理な話だろう。『石川賢マンガ大全』が出ただけ良しとするしかない。

マンガといえば、エンディングに使われているマンガは画風の統一を狙ってか、90年代後半の描き下ろしや読切を使っているけれど、絵柄は違えど竜馬が例のリボルバー散弾銃を選ぶところや、ヤクザに刺されるとこを使えば、拓馬との血の繋がりを感じさせることができたんじゃなかろうか。もったいない。実にもったいない。やっぱり続編をいきなりアニメ化したのには無理があるよこれ。原作にあった積み重ねが何一つないんだから

予算スケジュールも潤沢とは言い難そうであるキャラの見た目は褒めたが、動きはかなり物足りない。CGメカもテカテカでダサいしかも新早乙女研のゲッターは全てD2統一されてしまった。この調子ゲッター軍団艦隊はどうなるのだろうか。全ゲッターCGモデルを作ったら制作費がかさんで製作委員会問題になる。じゃあまた同じ形にするのか?それとも手描き?

このアニメJAM Projectというユニットが分からなくなった。

彼らの熱血アニソン風の歌詞は熱血要素が薄かったりウェットな要素を内包していた番組内容と乖離して、アニソンとして破綻することがあった。ただJAM商売だし、ライブや大当たり中の盛り上がりを優先して、わざと番組内容を無視しているんだろうと納得もしていた。

ところが今回は違った。『DRAGON 2021』は既存曲のアレンジバージョンなのに、この番組エンディングになった瞬間に明らかにゲッターの宿敵の歌となり、それを踏まえると『Bloodlines』もやはり敵側の視点に立った歌にしか聞こえなくなる。衝撃的だった。彼らは他タイトル主題歌イメージを180度塗り替えた上に、番組主題歌を現生地人類絶滅を願う異種族の歌として書くことができる人達だったのか。そんな深夜アニメライクな悪趣味をするユニットというイメージはなかったのだが……それとも全ては偶然?

いや、やはりこれは意図的だろう。だって時代を超えて」「牙」未来のため」だぞ。鬼だろ。

オリンピックゲーム音楽ドラクエ と NieR な時点でなにも良くない

早速、海外ニュースになってる

At tonight’s opener, the organizers used the music of Koichi Sugiyama, a notoriously homophobic and ultranationalist Japanese composer—despite warnings that it might go over very badly.

(今夜の開会式では、主催者からの警告にもかかわらず、ホモフォビアで超国粋主義者作曲家として知られる すぎやまこういち氏 の音楽が使われた。) 

 

He’s denied the Nanjing Massacre by Japanese troops in the late 1930s. He has stated that the Korean women who were working as sexual slaves to the Japanese empire were actually happy-go-lucky prostitutes. He’s a misogynist who does not believe in the equality of the sexes, and a homophobe who doesn’t believe children should be taught about homosexuality or that LGBTQ people should receive government support as “they don’t produce children.”

(彼は1930年代後半の日本軍による南京大虐殺否定している。日帝性奴隷として働いていた朝鮮人女性は、実は幸せ売春婦だったと発言している。彼は男女の平等を信じないミソジニストであり、同性愛について子供たちに教えるべきではない・LGBTQの人々は "子供を生まない "ので政府支援を受けるべきだとはないと考える、ホモフォビアである。)

 

The Tokyo 2020 Olympics were supposed to be a showcase of all that’s good about Japan. But through carelessness, greed, and incompetence, it keeps showing that Japan is run by an ossified elite who lack an understanding of basic human rights, tolerance, and common sense.”

(2020年東京オリンピックは、日本の良いところをすべて見せてくれるはずだった。しかし、不注意、強欲、無能によって、日本基本的人権や寛容さ、常識理解していない骨抜きのエリートによって運営されていることを示し続けている。)

 

[The Daily Beast] A Notoriously Hateful Japanese Composer’s Music Just Opened the Tokyo Olympics

https://www.thedailybeast.com/music-of-koichi-sugiyama-the-notoriously-hateful-japanese-composer-opens-tokyo-olympics-in-latest-gaffe?source=articles&via=rss

 

ドラクエ海外知名度が低過ぎて今は無名の人がぽつりぽつり呟く程度で済んでる

海外フォーラムでなんか言ってるのも今のところ日本人っぽいのしかいない

 

あと全体のクオリティが低過ぎなのも救いの要素

なにせ、worst って入れると "worst olympics" 、"worst ceremony"、"worst olympics ceremony" って

オリンピック関連のサジェストが出てくるレベルから

 

FOXは割とばっさりいってる

 

This looks like the rehearsal! Hard to watch !

(これはリハーサルのようですね!見てて辛いです!)

 

[FOX SPORTS] ‘Like attending a funeral’: Fans slamworst ever’ Opening Ceremony

https://www.foxsports.com.au/tokyo-olympics-2021/tokyo-2020-olympics-opening-ceremony-reaction-covid19-coronavirus-news-social-media/news-story/bbc05cf5d1e5ac930bb839a9104891fd

 

 

But in another – especially considering the controversy behind the Games and the toll they are taking on Japan and the world – this lackluster ceremony is a huge letdown. What's the point of all the risk, all the testing and quarantining and masks, if this is the best emotion and spectacle we can muster?

(しかし、大会の背景にある論争や、大会日本世界に与えている影響を考えると、このつまらない式典は大きな失望です。これが私たちが集めることができる最高の感情光景(スペクタル)であるならば、すべてのリスク、すべてのテスト隔離マスクに何の意味があるのでしょうか?)

 

[USA TODAY] Review: The Tokyo Olympics opening ceremony was more of a whimper than a bang

http://www.usatoday.com/story/entertainment/tv/2021/07/23/olympics-opening-ceremony-review-2021-whimper-not-bang-tokyo/8067253002/

  

でも低温のまま(誰も興味がない状態のまま)どこかの団体が抗議を入れると思うよ。すぎやん起用に

 

NieR も倫理的に十分ヤバいけど NieR は誰も触れないのかもな

▼ NieR

 → NieR はドラッグ オン ドラグーン シリーズ世界を共有している悪趣味な厨二ゲーム

 

 

 

日本コンテンツ業界倫理観が終わりすぎ

 

anond:20210724045627 anond:20210724064212 anond:20210724073847 anond:20210724074810 anond:20210724091625 anond:20210724171841

anond:20210723231745

DODはやってないんだよなー。

いくら世界観繋がってるとはいえ別のタイトルなんだからいいんじゃね?

まあニーアが悪趣味なのはまあその通りだし、そもそも疫病きっかけに世界滅ぶ話なのにええんか?とは思うけどね。

スクエニになってからドラクエしょーもない。エニックスだけ独立してって思ってたけど

オリンピックがすべての解だったな

スクエニ倫理観はどーしょもない・・・

 

ドラクエ 

 → すぎやまこういち氏の「LGBT非生産的」「南京虐殺はなかった」これどう子どもたちに説明するの?

  

 

▼ NieR

 → NieR はドラッグ オン ドラグーン シリーズ世界を共有している悪趣味な厨二ゲーム

 

 

DODに触れなくても近親相姦要など悪趣味ですけどねNieR

 

おまけ:

獣姦 (DOD3:公式設定でウタウタイ使徒性的関係を持っている。使徒は鳩)

2021-07-23

anond:20210723220840

東京タワー🗼は通じるんだよな?

 

NieR はドラッグ オン ドラグーン シリーズ世界を共有している

 

・・・とか悪趣味オンパレードだぞ

つかDODに触れなくても悪趣味ですけどねNieR

 

おまけ:

獣姦 (DOD3:公式設定でウタウタイ使徒性的関係を持っている。使徒は鳩)

雑誌映画秘宝』の記憶(56)

 元ラーメンズ小林賢太郎が、過去に行ったお笑いコント公演の中でナチスによるユダヤ人虐殺ジョークネタにした事が発覚し、この情報海外にも拡散してサイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)の知るところとなり、東京五輪閉会式総合演出担当を解任されましたね。

 小山田圭吾障害者虐待世間一般に広く認知された結果、小山田東京五輪閉会式音楽担当を辞任した際には、一部の人間が「90年代には、悪趣味鬼畜カルチャー存在を許されていた、時代の空気存在して云々」と小山田擁護し、それに対して町山智浩は「小山田圭吾悪趣味鬼畜系とは無関係(だから自分[町山智浩]たちには責任は無い)」と反駁しました。

 では、今回の小林賢太郎の件については、どうでしょうか?

 ラーメンズ悪趣味鬼畜系ではないと思いますが、間違い無くサブカル領域に属する芸能人です。また、今回問題視された90年代半ば当時の彼らの芸風が、当時の、いや、今もサブカル界隈に根強く蔓延る「不謹慎なことを言う/するのがオモシロイ/カッコイイ」と云う風潮の下に成立していたことも明らかでしょう。そして、この風潮を作り出すことには、旧体制映画秘宝』界隈も関与していたと言えます。たとえば『キネマ旬報』の編集部を襲撃して同誌の編集部員に暴力をはたらいたことを、町山智浩パイ投げ事件などと称して矮小化して面白おかしく笑い話扱いしていますが、アレは「言論の自由を脅かす暴力事件」以外の何物でもありません。しかし、サブカル界隈の身内贔屓の体質は、町山智浩の仕出かしたことに対して真摯批判反省を行うことを忌避する道を選びました。昔からサブカル業界人は身内贔屓が大好きで、これは松江哲明性的強要搾取ダンマリを決め込んだのを見ても判るように、今も変わりません。

 ラーメンズお笑いコントの中でナチスユダヤ人迫害虐殺ジョークネタしたことに関して、擁護として「米国サウスパーク英国モンティ・パイソンジョークネタにしているのに、何故、彼我に批判の差が有るのか?」と言う人もいましたが、個人的には、連合国側の人間枢軸国側の人間では、それをジョークネタにする資格に差が有るのではないかと思います。何か死傷者を伴うような事件があって、それをジョークネタにするのは、被害者親族が言うならまだしも、加害者親族が言ったらアウトになるのと同じです。

 一般的な傾向として多くの日本人は、自分たちが枢軸国側であったこと、戦時中にはナチス政権ドイツ同盟国だったことについて、自覚が稀薄だと私は思います。だからナチスドイツポップカルチャーの一部として、エンターテイメントとして、カジュアルに消費するのだと思います

 さて、エンターテイメントとしてナチスドイツの残虐行為を楽しむといえば、長年に渡って率先してそれを実行し続けてきた人間が、旧体制映画秘宝』に1名いますナチス強制収容所ネタエクスプロイテーション映画が大好きと公言し、自ら「所長」と名乗ってそれらの作品の"素晴らしさ"を布教している、赤毛入れ墨だらけのオジサンが1名。そう、高橋ヨシキです。高橋は、間違い無く、悪趣味鬼畜系の範疇に属する人間です。高橋ヨシキによる布教活動は、日本において「ナチスドイツによるユダヤ人迫害虐殺を、カジュアルに楽しんで消費しても許されるのだ」と云う風潮を作ることに寄与し続けてきました。

 もちろん、高橋ヨシキ存在布教活動が、ラーメンズを生み出した訳ではないでしょう(ラーメンズネタ公表よりも、高橋ヨシキ布教活動開始の方が時期的に後だと考えられますし、世間的に認知されたのも、ラーメンズの方が高橋ヨシキよりも先でしょうから)。しかし、ラーメンズネタ世間に発表されてしまった後、長年に渡ってそれが見過ごされたのは、観客である一般人たちの中に「コントネタなのだから(批判するのはおかしい)」「たかフィクションネタに何をマジになってるの?」と云う間違った考えや言い訳の口実が存在たからです。これは、ナチスドイツによるユダヤ人迫害虐殺と云う出来事が"エンターテイメントコンテンツ"として、誤った"市民権"を獲得していたからでしょう。そして、高橋ヨシキによる「ナチス強制収容所エクスプロイテーション映画は素晴らしい!」という布教活動は当に、その誤った"市民権"を獲得するための活動でした。だから、次のようには言えると思います

 「高橋ヨシキによる『ナチス強制収容所エクスプロイテーション映画は素晴らしい!』と唱える布教活動は、ラーメンズネタの"誕生"には影響を与えなかったかもしれないが"生存"には影響を与えたであろう。したがって、その点については、高橋ヨシキ及び彼に同調した人間責任が有る」と。仮に時代の空気と呼ぶべき何かが有ったとしても、それは勝手に生まれたのではなく、それを意図的に作り出した人間がいるのです。この場合、それを作り出した人間の一人は、間違い無く高橋ヨシキです。

 SWCの人たちも驚愕するのではないでしょうか。21世紀日本で、ナチスドイツによるユダヤ人迫害虐殺ネタにしたエクスプロイテーション映画を「面白い!素晴らしい!」と公言賞賛し、他人にも観るように推奨活動している人間存在して、しかも堂々とメディアに登場し続けていると知ったら。誰か英語が得意な人がいたら、高橋ヨシキがしていることをSWCに報告すると良いかもしれませんね。もしもそうなった時、町山智浩SWCに対して「悪趣味鬼畜カルチャーをやっていたのは、電通ホイチョイフジテレビに対する対抗心が有ったから」と弁明できるのでしょうか。見ものです。

 それと、SWCといえば思い出しましたが、長年に渡る町山ウォッチャーならばご存知のとおり、過去町山智浩自身他人に対して「オマエのことSWC通報しといたからな」と言ったことがありました。その矛先が自分の近しい人間に向けられた時、町山智浩はどうするでしょうか。

 この投稿は以上です。

2021-07-22

お前らも加害者なんだぞ!(小山田問題に関して)

まず、最初に彼の語ったいじめ(と言うより暴力行為)は決して許されるものでは無いと言う事を申しておく。その前提の上で、一個人意見を述べたい。

この問題に関して調べていくと、90年代鬼畜カルチャーという文言をよく見かける。私は現在30歳で当時の空気感がわからないが、鬼畜カルチャーに関しての個人感想を述べたい。

当時のお利口で軽薄でゴージャスな成金文化へのアンチテーゼみたいなものだったのだろうか。綺麗なメッキを剥がした下のグロテスク現実を暴くという大義名文の下、弱者を痛めつける事をコンテンツ化し面白がり消費していたのだろう。消費する事が強者であるバブル文化の中で、それに乗り切れなかったものが、強くあろうとしてもがいた結果なのかとも感じた。

そんな時代の空気感の中で、メインのカルチャーに馴染めなく、自意識過剰な斜に構えた者たちへの娯楽として供給された文章が、例の案件だったのではないか

小山田氏の語った行為は許さない事だが、当時の消費者が求めていた娯楽を提供したと言う点では、彼は仕事をこなしたと言えると私は思う。その内容はいいかいかを置いておいて。

何度も述べるが、私は小山田氏の語った行為に関して擁護はしないし、許されない事だと思っている。だが、当時の時代の空気を考えると加害者は彼や出版社で無く、鬼畜カルチャー面白がってた人達にもある。当時の空気感無視せず、そこを社会全体で追及し、反省するべきではないか

現在の彼に対する私刑ともいえるネットリンチを見てて思う事がある。これは90年代悪趣味カルチャーと地続きではないかと。

意気揚々いじめダメだと語り、彼に退任を求めてた姿は、次第に彼への攻撃コンテンツ化し、エンターテイメントとして消費しているように感じた。集団いじめ本質は、誰かが理由を作りその理由を元にターゲットを決め、皆で面白おかし攻撃する。現在私刑リンチは、皆が非難している小山田氏の加虐行為と被らないかと私は思うのだ。

鬼畜カルチャーがメッキの下に隠された加虐性コンテンツ化し供給するものだと仮定すれば、現在私刑カルチャー加虐性にメッキを塗りたくり正義感のラベルの下で楽しんでいるように思える。

上記の点を踏まえ、私は個人個人自己加虐性を認め、90年代鬼畜カルチャーを総括し、負の連鎖を断ち切る必要性を感じている。

日本ポップカルチャーが今まで「良識」を嘲笑ってきた帰結

小山田ラーメンズの件で「90年代サブカルが~」って言うけど、いやいやそんな90年代限定された話じゃないでしょう。

日本ポップカルチャーなんて70年代以降はずっと「反良識」で動いていて、健全もの優等生ものあざ笑う方向で進んできたでしょ。

ビートたけしからしてそうだし、とんねるずダウンタウンもそうでしょ。

悪趣味ブーム鬼畜系もその系譜しかないわけでさ。さらに言えばそれを受け継いたのが2ch文化でしょ。

もう50年ぐらい日本はそれでやってきているのに「90年代サブカル」だけしっぽ切りに使うなんて感心しませんなぁ。

ずっと良識中指立てることを基本スタンスにしてきた連中が今の日本文化の重鎮なんだからオリンピック開会式がこうなっちゃうのも当然よ。

小山田とき、妙に口が重い同業者が多かったけど、日本文化人なんてみんな「反良識」でならしてきたから痛くない腹なんてないのよ。

良識に寄り添って良い子ちゃんでやってきたスターなんて日本はいないのよ。

ある意味日本戦後文化がなんだったのかの総括だよね。今の惨状って。

anond:20210722133711

日本イノベーションってどこに美味しそうな餌がないかー、ないかー、這いずりまくる悪趣味人形戯曲w

90年代サブカル悪趣味ブームネットに受け継がれてるっての

小山田の件から燃え移って加藤純一が炎上してるってのが体現してて面白い

日本ポップカルチャーいかに「反良識」で動いていたかという総括

小山田ラーメンズの件で「90年代サブカルが~」って言うけど、いやいやそんな90年代限定された話じゃないでしょう。

日本ポップカルチャーなんて70年代以降はずっと「反良識」で動いていて、健全もの優等生ものあざ笑う方向で進んできたでしょ。

ビートたけしからしてそうだし、とんねるずダウンタウンもそうでしょ。

悪趣味ブーム鬼畜系もその系譜しかないわけでさ。さらに言えばそれを受け継いたのが2ch文化でしょ。

もう50年ぐらい日本はそれでやってきているのに「90年代サブカル」だけしっぽ切りに使うなんて感心しませんなぁ。

ずっと良識中指立てることを基本スタンスにしてきた連中が今の日本文化の重鎮なんだからオリンピック開会式がこうなっちゃうのも当然よ。

良識に寄り添って良い子ちゃんでやってきたスターなんて日本はいないのよ。

ある意味日本戦後文化がなんだったのかの総括だよね。今の惨状って。

2021-07-21

サブカル悪趣味鬼畜カルチャー

っていうものにわかスポットライトが当たったけど、

大人計画舞台のきわどい内容ってこの系譜にあったりするの?

anond:20210721101937

村崎百郎場合は「精神疾患罹患者の苦しみをビジネスとして喰い物にしてきた人間が、その報いを受けて悲惨最期を遂げる」と云う悪趣味エンターテイメントを、自らの命と引き換えに提供したのだから身体を張ったと言えるかもしれませんね。もっとも、村崎百郎精神疾患に関しては、ビジネス上の(もしも本物の精神疾患罹患者や関係者から差別的だと抗議を受けた時に「精神疾患罹患者の当事者が書いているので差別ではない」と言い訳するための)フェイク、ギミックだったのではないかと云う疑惑を抱いています。まあ、死ね官軍なので真相は闇の中ですが。

こんな事件があったんだね。

鬼畜系とは何か、応報とは何か、いろいろ考えちゃうね。

はてな界隈でも似たようなことがあったけど、難しい問題だね。

anond:20210720231250

村崎百郎

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B4%8E%E7%99%BE%E9%83%8E

2010年7月23日午後5時頃、村崎は読者を名乗る32歳の男性東京都練馬区羽沢の自宅で48ヶ所を滅多刺しにされ殺害された[2][16]。自ら警察通報して逮捕された容疑者精神病により通院中で[17]、精神鑑定の結果、統合失調症と診断され不起訴となった[18]。

悲惨最期というのは、殺人事件で、しかも結局犯人病気が原因で不起訴になってしまったのか。

いくら生前のご本人の言動弱者を虐げるものがあったとしても、命を落としてなお犯人が罪にすら問われないのは無情だとも感じられる。

でも、法律専門家が不起訴だと判定したことから、どうしようもないことだったんだろうね。

マンガ家森園みるくが激白、“鬼畜ライター村崎百郎刺殺事件真実! 憑依、幽体離脱、魔術訓練… 死は予見されていた!?(インタビュー

https://www.excite.co.jp/news/article/Tocana_201709_post_14564/

精力的な創作活動を続ける森園氏だが、今年「めちゃコミック」をはじめとする電子書籍サイトより配信が開始した漫画『私の夫はある日突然殺された』が各方面話題沸騰中だ。村崎氏の死に関する実録エッセイである同書によると、彼は生まれつき“電波”を受信する特異な霊体質だったが、小学5年生の夏休みに海で溺れかけた際に宇宙の始まりを目撃し、その神秘体験を通して身体侵入した何者かのメッセージを受け取り始めた。この“何者か”こそ、鬼畜活動邁進する使命を授けた存在なのだという。そして、なんと村崎氏は、自身の死さえ予知していたというのだ!

――森園先生よろしくお願いいたします。早速ですが、村崎さんは本当に死を予知していたのですか?

森園みるく氏(以下、森園)  主人は、殺された年に何度か「俺は精神病者に殺されるから、ごめんね」と言っていましたね。そして、「世界は終わるが、それは俺にとっての世界で、他の人にとっての世界は終わらない」と謎めいたことも……。特に脅迫状がきたり、前兆があった訳ではないのだけど、予知通りに2010年7月23日に、私が食事に出掛けている間に殺されたんです(※)。しかも、主人が最後仕事で使っていたPCがありまして、そこには<ミズの中からさざ波を立てて移動しながら浮かび上がる十字架イエス像>という文章が残されていました。

※ 村崎氏は、読者を名乗る32歳の男に自宅で48カ所を刺された。容疑者は自ら警察通報して逮捕されたが、精神鑑定の結果「統合失調症」と診断され不起訴となった。

精神鑑定の結果不起訴になった犯人殺人事件という、難しい題材ではあるけど、遺族の手で漫画化されたのか。

被害者自分運命を感じ取っていたのは凄い。

漫画を通じて多くの人にいろいろなことを考えさせるのだろう。

anond:20210721151956

今でも大して変わってないやん

陽キャ」「リア充」なんかに嫉妬してるオタクネット悪趣味・露悪万歳やるの

オシャレやモテ電通文化に対する怒りがなんで、知的障害の子供にウンコを食わせてオナニーさせてバックドロップすることや、

患者が苦しんでうめき声をあげて死んでいくことを笑うことに繋がるんですかね。

オシャレやモテ電通文化に対して何のダメージも与えられてないのに何がカウンターなんだろうね。

オシャレやモテ電通文化が羨ましいけどその地位に行けないから、

障害者や死期の迫る病人など自分より下位の弱者を探しては笑いものにしてストレス解消してただけにしか見えんのですけどね。

雑誌映画秘宝』の記憶(54)

 この投稿では、町山智浩の言う「90年代当時の社会状況や、悪趣味系・鬼畜カルチャーに携わっていた自分たち(町山智浩根本敬村崎百郎ら)の想いを知らない人間が、悪趣味系・鬼畜系を批判するな!」と云う主張に対する、私の批判を述べます

 おそらく町山智浩は「自分は、小山田圭吾のしたことを擁護するつもりは無い」と言うでしょうし、その点に関しては実際そうなのだと思います

 にも関わらず町山智浩の言うことは、爆笑問題太田とほぼ同じです。要するに「当時のことを知らない人間/外野人間は、口を挟むな!」と云う論法です。

 ならば私は、90年代当時すでに物心ついていた世代年寄りなので、遠慮なく批判できますね。

 まずは再度、町山智浩tweetから引用します。

引用ここから

悪趣味カルチャー80年代のオシャレやモテ電通文化に対する怒り

カーディガン肩にかけ、ポロシャツの襟を立ててテニススキーしてホイチョイの『ヤレる店』読んでナンパして人を『ちゃん付けで呼ぶ』奴らにゲロ死体嫌がらせたかった

・それは電通フジテレビでセゾンでトレンディ一言でいえばSuntoryThinkingAboutTheEarthビール的なオシャレでバブル偽善的で反吐が出るようなクソ文化への反抗だった

根本敬村崎百郎が『日本下品どん底に突き落としてやりたい』と心の底から叫ばねばならないほど1990年頃の日本は抑圧的なオシャレと健全さと明るさと偽善ファシズム支配されていた

引用ここまで=

 では批判を開始します。概ね次の4点について述べます

<1> 町山智浩らが90年代当時に何を考えていようが、被害者被害を与えたことは正当化されない。

<2> 町山智浩らは負担他者押し付けている。

<3> 結局、町山智浩は「時代のせい」を言い訳責任から逃れようとしている。

<4> 小山田圭吾事件と同じく、町山智浩事件も「終わってしまった過去の話」ではなく「継続中の現在の話」である

 町山智浩tweetで言っていることは所詮70年代モンド映画が、残酷事件事故の場面を餌にして下衆な観客たちから小銭をカッ剥ぐ目的で作られたエクスプロイテーション映画であることを誤魔化す為に、何か博士っぽい進行役が出てきて「この映画は、様々な社会問題について考える機会を、観客の皆様に提供し、これらの社会問題を解決する一助となるために制作されました」とか、オープニングやエンディングカメラに向かって語るのと同じです。つまり、単なる正当化ポーズです。

 仮に町山智浩根本敬村崎百郎らが何か高邁な意識を持っていたのが本当だとしても、それは町山らの被害者には全く意味がありません。被害者と云うのは、死体晒し者にされた死者と遺族や、電波系と名付けられて笑い者にされた精神疾患罹患者などです。ホイチョイ電通フジテレビ嫌がらせしたいという町山らの欲望と云うか自己満足のために、なんで彼らが踏み台として利用されなきゃいけないんですか?それを正当化し得る道理なんて、90年代も今も有りませんよ。

 それとも、町山智浩らにコンテンツとして喰い物にされた人たちが「高邁な思想の為だから喜んで晒し者になります」「私たちを利用してくれてありがとう」と言ったとでも?

 ここでは、高橋ヨシキの妻(※当時)の胸を揉んだ話の時と全く同じく「実際の負担押し付けられている人間の本人の意思」が無視され、無かったことにされるという蛮行が行われているのです。

 百万歩譲って、町山智浩らによる悪趣味カルチャーによる電通ホイチョイフジテレビに対する嫌がらせ正当化し得るものだとして、ならば町山智浩らは自分たち身体精神犠牲にすれば済んだ話じゃないですか。死体嫌がらせしたいなら、自分死体になるなり、電波系嫌がらせしたいなら、自分が本物の精神疾患になるなり、自分犠牲にすれば良かったじゃないですか。町山智浩は、コンビニに勤務する低賃金労働者に対して、自己犠牲精神窃盗犯を救済しろと偉そうに説教するくせに、本人が負担を引き受けることを嫌う卑怯者ですね。

 村崎百郎場合は「精神疾患罹患者の苦しみをビジネスとして喰い物にしてきた人間が、その報いを受けて悲惨最期を遂げる」と云う悪趣味エンターテイメントを、自らの命と引き換えに提供したのだから身体を張ったと言えるかもしれませんね。もっとも、村崎百郎精神疾患に関しては、ビジネス上の(もしも本物の精神疾患罹患者や関係者から差別的だと抗議を受けた時に「精神疾患罹患者の当事者が書いているので差別ではない」と言い訳するための)フェイク、ギミックだったのではないかと云う疑惑を抱いています。まあ、死ね官軍なので真相は闇の中ですが。

 さて、町山智浩は一連のtweetの中で盛んに80年代90年代は云々と繰り返しています。ここから窺えるのは、自分(町山智浩)たちが過去に仕出かした乱暴な振る舞いは「時代のせい」「そういう時代だったから仕方が無い」と云う、自分勝手な言い訳姿勢です。この言い訳は、本当に格好悪いですね。町山智浩時代のせいにしていますが、それは「周囲に流されていただけで、自分(町山智浩)には主体性が無かった」と言っているも同然だと思うのですが、仮にも自他共に文化人と認める人間がそれを言って恥ずかしくないのでしょうか?

 更に言うならば、町山智浩が盛んに90年代は云々と繰り返しているのは「自分悪趣味カルチャー的なヤンチャ行為をしていたのは昔のことで、今は違う」と印象付けると云う意図も含むものと推察されますしかし、端的に言えば、それは虚偽です。

 では、町山智浩は何故そのような虚偽を言うのでしょうか?

 学生時代小山田圭吾障害者に対して行った暴力行為を伴う虐待が「終わってしまった過去の話」ではなく「継続している現在の話」として受け止められているのは何故か?それは、小山田圭吾が、大人になってからも悪びれることなく笑いながら面白エピソードや自慢話のようにインタビューで語っていたこと、そして、インタビューが行われた後、ファンから被害者謝罪や償いをした方が良い」と云う批判忠告を受けても無視し続け、長年に渡って被害者に対する謝罪も償いも一切してこなかったからです。

 この点について、町山智浩小山田圭吾と全く同じです。町山智浩も、自分がした悪行について、説明せず、被害者に対する謝罪や償いをせずに逃げ続けています。だから町山智浩は恐れているのです。町山自身がしてきたことも小山田圭吾のように「終わっていない、継続している現在の話」として批判されることを。

 以下、引用します。

引用ここから

町山智浩高橋ヨシキ君の前のカミさんがすごいオッパイ大きかったんだけど、ヨシキ君が「俺、町山さん大好きだから、うちの嫁の乳揉んでいいですから」って揉ましてくれたから、俺、揉んだよ!「キスしていいですから」とか言うからキスもして。

(吉田豪インタビュー人間コク宝」吉田豪x町山智浩、ただし単行本には未収録、雑誌『BREAK Max』に掲載、前編は2011年12 月号、後編は2012年1月号)

引用ここまで=

 悪びれもせずに饒舌に語っています。この件に関しては、町山智浩小山田圭吾と全くの同類です。

 ここで町山智浩質問

 これは西暦何年の出来事か?これも時代社会のせいにするのか?

 町山智浩高橋ヨシキの妻(※当時)にした事は"本物"の悪趣味なのか?電通的・ホイチョイ的な文化に対するアンチテーゼとして、正当化可能ものであるか?

 町山智浩高橋ヨシキの妻(※当時)にしたことは、大手広告代理店宴会芸として新入社員らに対して行われるパワハラセクハラ本質的に何が違うのか?

 町山智浩は、被害者に対して謝罪や償いを行う意思は有るのか?何か具体的な行動をしたのか?

 この投稿は以上です。

anond:20210720130625

悪趣味系のムーブメントって、本来隠すべき議論を表に出すんじゃないよって概念だと思うけど、インターネットの普及で、特に2ちゃんねるによって駆逐されたと思う

下世話な雑音掲示板スタンダードになった現在自分たち文化の一派って言い続けているのは、単なるパトロン探しパラサイトだと思う

2021-07-20

90年代悪趣味鬼畜系がまかり通っててやばかったっつーけど、2020年代ヘイト本本屋に並んでてやばい

雑誌映画秘宝』の記憶(53)

 まず町山智浩の一連のtweet(投稿no.52で引用したもの)による主な主張を、総合的に解釈します。

解釈ここから

(1) 90年代には、確かに悪趣味カルチャー鬼畜カルチャー存在した。

(2) と言うか、町山智浩自身悪趣味鬼畜をやっていたと云う自覚が有る。

(3) 小山田圭吾村上清を含めたQuick Japan(以下QJ)のいずれも、悪趣味系でもなければ鬼畜系でもないと町山智浩は考えている。

解釈ここまで=

 動機に関する話や「当時を知らない人間悪趣味系・鬼畜系を批判するな」と云う町山の主張に対する私の批判は、別の投稿で述べます

 (1)と(2)に関しては、私は個人的異論は無いです。

 問題は(3)です。

 今回の小山田圭吾炎上に関する報道の動きや、著名人らの反応などを追っていらっしゃる方々はご存知だと思いますが「90年代には、悪趣味カルチャー鬼畜カルチャーが持て囃されていたと云う、時代の空気存在して云々」と言い始めたのは、小山田批判する側の人間ではなく、小山田擁護しよう乃至は小山田に加えられる攻撃を弱めようと意図した側の人間です。

 だから町山智浩責任(例えば「小山田のような人間を生み出したのは悪趣味系・鬼畜系の奴らだ!」と糾弾されるような事態)を避けたいが為に「小山田圭吾QJは"本物"の『悪趣味系・鬼畜系』ではない。したがって、小山田らが仕出かしたこと(イジメ)に関して、90年代当時に"本物"の悪趣味鬼畜カルチャー担い手であった自分(町山智浩)たちには責任が無い」と主張したいのでしょう。

 確かに責任に関して言えば、小山田圭吾らがしたこと責任は、小山田自身が取るべきであることに異存ありません。本人が仕出かしたこと責任を、本人以外に押し付けるべきではありません。

 しかし、それとは別の話として、です。この「彼らは"本物"である自分たちとは違う」と云う類いの主張は、例えば、少数派のベラマッチョ過激派宗教原理主義者による無差別殺傷テロ事件等に対して、非信徒・異教徒を含む社会全体との折り合いを付けつつ、慎ましく平和的に共存しているような多数派のベラマッチョ穏健主義者が批判する時に言ったと云うようなケースならば、私も耳を傾けると思います

 しかし、町山智浩ら"本物"の悪趣味系・鬼畜系は、小山田圭吾らと何が違って、実際のところ何をしているのでしょうか?

 高橋ヨシキが「オレ、町山さんのことが大好きだから」と言って妻(※当時)の肉体を差し出し、町山智浩が喜んで彼女の胸を揉み、それを吉田豪とのインタビュー面白おかし武勇伝っぽく語り、オトモダチの『映画秘宝』界隈は口を噤んでいると云うのが"本物"の実態です。

 これ、"本物(町山智浩高橋ヨシキ)"と"紛い物(小山田圭吾)"の間に何か本質的な差が有りますか?

 例えば、性犯罪者が「アイツは『本物』じゃない!アイツは被害者を殺したが、オレは殺していない!せいぜい殴っただけだ!」と言ったとしたら、量刑判断する司法の場で言うならまだしも、一般社会で言えば「目くそ鼻くそ」と思う人の方が多数派ではないでしょうか?

 雑な語りで自分が携わっていたカルチャーを論じられたくない気持ちは分かりますが、小山田圭吾とは無関係に、町山智浩たち自身が「悪趣味系・鬼畜系の奴らはロクなもんじゃねえな」と云うイメージ世間に広めてしまった張本人なのです。

 再度言いますが、小山田圭吾批判している人たちは、そもそも小山田悪趣味系・鬼畜系に該当するか否かを問題にしていません。また、小山田圭吾が非悪趣味系・非鬼畜系のクズであるからといって、町山智浩ら"本物"の悪趣味系・鬼畜系が小山田とは違って悪いことをしていないと云うことの証明にはなりません。

 この投稿は以上です。

フィクションを真に受けた人たちによってキャンセルされる時代

コーネリアスの件で問題とされているクイックジャパンが発行されていた当時は、「電波系」の根本敬村崎百郎、「完全自殺マニュアル鶴見済活躍していた時代で、サブカルチャーカウンターカルチャー)として悪趣味世界観が消費される時代だった。


町山智浩

悪趣味カルチャー80年代のオシャレやモテ電通文化に対する怒りだった。カーディガン肩にかけ、ポロシャツの襟を立ててテニススキーしてホイチョイの「ヤレる店」読んでナンパして人を「ちゃん付けで呼ぶ」奴らにゲロ死体嫌がらせたかった。当時を知らない人にはわからないだろうけど。

https://twitter.com/TomoMachi/status/1417347576521629706


橘玲

私は傍観者でしたが、「自分も壊れているし、君も壊れているし、社会世界)も壊れているんだよ」というメッセージなのかなと思いました。

https://twitter.com/ak_tch/status/1417418603620491271


いま批判している人は、この時代を知らない若い人か、知っていたがそういうもの忌避していた人か、知っていてあえて無視しているのだと思う。


当時の自分クイックジャパンを読んでいたのだが、twitterで紙面のキャプチャを一通り読んで感じたのは、あのときの空気感だった。

小山田圭吾に関しては「あー言ってるな」と。

時代の空気をキャッチアップして、わざと露悪的な表現悪趣味を前面に押し出しているなと感じてた。

これはそういう時代性の発露であって、本当に起きたことなのかは定かではない。

個人的にはフィクション、もしくは一部が本当でも誇張されたものだと受け取っていた。

当時の表現がそうだったというだけ。

ノンフィクションですら描く人の主観が入ってフィクション化していく。

これが本当のことなのかどうかなんて当事者でなければ分からないわけだ。

雑誌映画秘宝』の記憶(52)【※末尾に追記有り】

 どうやら町山智浩予防線を張り始めたようですので、町山が後で都合よく削除や改変することを防止するために、現時点(2021/07/20-18/05)のtweetを残しておきます

引用ここから

引用01】

悪趣味カルチャー80年代のオシャレやモテ電通文化に対する怒りだった。カーディガン肩にかけ、ポロシャツの襟を立ててテニススキーしてホイチョイの「ヤレる店」読んでナンパして人を「ちゃん付けで呼ぶ」奴らにゲロ死体嫌がらせたかった。当時を知らない人にはわからないだろうけど。

(投稿年月日:午後01時56分・2021年07月20日)

引用02】

90年代悪趣味鬼畜やってたのはお前だろう」と言われたら「はい、そうです」としか言えないが、それは電通フジテレビでセゾンでトレンディ一言でいえばSuntoryThinkingAboutTheEarthビール的なオシャレでバブル偽善的で反吐が出るようなクソ文化への反抗だったんだけど、わかんねえだろうな。

(投稿年月日:午後02時08分・2021年07月20日)

引用03】

根本敬村崎百郎が「日本下品どん底に突き落としてやりたい」と心の底から叫ばねばならないほど1990年頃の日本は抑圧的なオシャレと健全さと明るさと偽善ファシズム支配されていた。それを知らない人が悪趣味鬼畜カルチャー批判しないでほしい。

(投稿年月日:午後02時17分・2021年07月20日)

引用04】

あと、QJ悪趣味でも鬼畜系でもなんでもない。全然関係ない。QJは赤田氏が創刊した頃からよく知ってるし、問題の号の担当村上清くんもよく知ってるけど、悪趣味系でも鬼畜系でもないぜ。

(投稿年月日:午後02時27分・2021年07月20日)

引用05】

悪趣味鬼畜カルチャーの内部にいた者としてはっきり言いますが、クイックジャパンという雑誌小山田圭吾という人も鬼畜悪趣味カルチャーには直接関係ないです。

(投稿年月日:午後02時30分・2021年07日20日)

引用06】

悪趣味鬼畜カルチャーにはそれ自体問題があるとしても、小山田圭吾クイックジャパンとは関係ないです。アニメファンでなかった宮崎勤からオタクバッシングが起こったようなものです。

(投稿年月日:午後02時37分・2021年07月20日)

引用07】

小山田圭吾のしたこととクイックジャパン記事悪趣味鬼畜カルチャーとどう関係あるんですか? QJってまったくそういう雑誌じゃなかったですよ。

(投稿年月日:午後02時39分・2021年07月20日)

引用ここまで=

 この投稿は、とりあえず記録優先のものです。私の考えは別に述べます

【※2021/07/20追記

私の投稿(51):13時06分、町山智浩引用その1のtweet:13時56分。

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