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はてなキーワード: ノンポリとは

2017-11-08

anond:20171108192156

冷戦崩壊して左翼疑問符がついて、

小林よしのりとかかわぐちかいじあたりが出てきて

小泉純一郎が出てきて

ネット人口増加に伴い、ノンポリ主義だったネット2ch政治色が出てきて

さら韓国が後押ししてくれて

学校とかテレビって左寄りな上オタクって見下されるから自動的右傾化して

って感じだと思う

2017-10-06

anond:20171006114552

議席の為にノンポリ宣言して希望の党鞍替えした政治屋と違って、行動と中身が一致してる。そこだけはマシ

2017-10-04

国会議員タグ付けを誰かにやってほしい

今回の選挙はかつて無いほどに混沌としている。なので党を超えて立候補者がどんな人物なのかを一覧で知りたい。

与党野党自民公明希望・立憲・維新共産社民などではなくもっと細かく立候補者を選別出来ないか

リベラル保守極右極左・元民主・元共産・元維新スキャンダル・元検事・元弁護士ノンポリタカ派ハト派改憲派反原発原発推進などなど

今回で言えば・鞍替え泥舟からの逃走者・筋を通した無所属・どこにも入れなかった無所属、なんてタグ付けしてくれれば分かりやすい。

少し前までの民進党なんてそれこそ色んなタグが入りそうだけど、今回の立憲民主党が出来たおかげで綺麗に別れているかも知れない。

ある程度細かく分別出来れば、党の政策矛盾している立候補者が浮き彫りになると思うんだけど。

2017-10-03

本当にリセットしたいなら政治家を皆殺しにするべきだろ

ノンポリこそが真のリセット

2017-09-29

どんなイデオロギーでも多数を占めると暴力的に少数を抑圧する

よってノンポリこそが正しく強い生き方

ふと思ったけど、自民希望共産も嫌!

だったら投票しない!でもいいけど、それじゃあ何の意味も無いもんね。

今ある党から選ばなきゃいけないからなぁ。

ノンポリは毎回選挙に悩む。

2017-09-27

anond:20170927185650

具体的な政策方針は言ってねーからなあのオバハン。

「あえて」のノンポリ風を装ってはいるが、どの議連に出入してるかとか動静を見てりゃ普通にネオリベだし普通に極右と親密だよ。

2017-09-23

https://anond.hatelabo.jp/20170922203005

ブコメの連中も含めてバカにしてるけれど他国に比べて日本シェルター普及率は異常過ぎる低さだから

もちろんそれだけ日本平和だったことの証明なのだけれど、

自民公約を受けて実際助成金が始まった時、予想外の受容の多さにお前らは驚くだろう。

それだけ日本人北朝鮮の恐怖におびえているし、日本平和でなくなった証拠になるのだ。

過剰反応だ!という人間案の定出てくるだろうが、

その過剰反応の土台になったのが戦後左派が総力を尽くして行った反戦平和教育であるというのも皮肉ものだ。

平和こそ至上で無上だという意識日本深層心理に浸透しているから、

軍事のニオイがするものには条件反射的な拒否感が出てくるのだ。


日本サイレントマジョリティは、確かに対話で何とかして欲しいと思っているはずだ。

威勢の良い核武装論や先制攻撃論はウヨク専売特許で、穏健ノンポリ日本人ほとんど支持していない。

だが北朝鮮を脅威と見なさないのもサヨク専売特許で、

穏健ノンポリサヨクが想定する以上の不安と恐怖を抱えている。

これがシェルター問題顕在化することになるだろう。

2017-08-17

公務員現役リーマンの考える日本再生プラン

私は今の日本が嫌いだ。リーマンショック以前はアメリカよりも大嫌いだった。しかしそれでも世界3番目の大国。この国がしっかりしなければ、先進国の足並みをそろえて衰退への道に歯止めを掛けることはできない。そこで、私なりの「日本再生プラン」を考えてみた。

①「ウルトラ資本主義から社会主義」へ

まず必要なことは資本至上主義発想の解体だ。良く言われているように、今の日本の諸問題資本主義暴走にあって、それに歯止めをかけるものがない。これは良く言えば一時期のアメリカ匹敵する経済構造を支えていた。

しかし今の日本では、資本主義国家の味方というわけではない。むしろ弊害が増えていて、公務員でも資本主義嫌悪する人も多い。そんな彼らからすれば「資本主義カースト上位」もモンスター思想家と同じくらい嫌悪すべき存在で、結果的資本主義を活かしたプランが嫌われる傾向がある。

かつて大きな資本主義必要だったのは日本社会のものが未熟だったからでもあるが、今の日本社会成熟している。要するに社会主義的な考え方が導入・実践されており、たとえば高度な社会保障が持続化できるようになっている。

欧米各国で広まっている社会主義運動の流れを艦みて、日本はこの際、もう資本主義拡張を諦めるべきではないか勇気ある行動で示してほしい。資本主義社会社畜思想もどうみても同じ側の存在であることは明白だ。旧来型の資本主義思想ときっぱり決別し、社会主義との共生への道を示すことを鮮明にすれば、国民は「日本は変わったな」と評価するはずだ。

②「烏合の衆から多様性」へ

日本国民はまとまりがなく「烏合の衆」とされていた。もともとが学生運動崩壊後にノンポリごった煮になった国民なので、内心極左だった人もいれば極右もいる。その節操なさが日本国民の強みとも言われていたこともある。

ところが実際には、平成ポスト好景気になった時に、これがネックになった。景気回復問題、そして国民の荒れなど、是非が左右できっぱり分かれるテーマに直面した時に、はっきりと決断できなかった。妥協すれば国民失望するし、一方をとればもう一方を失う。派閥抗争も激化した。

日本は当初、第二次世界大戦敗戦の際にアメリカなどの西側諸国同盟を組んでいたが、韓国が反発し、戦前問題ではアメリカ人も躊躇するような過激思想が台頭し、2000年代の対中接近路線で一気に友好関係破綻した。そうしたら、西側諸国との協調関係崩壊したのである

なので日本国民烏合の衆である必要性はない。現状では、なんだかんだで一致団結すべき困難が続いているので、ネトウヨ新自由主義エリートたちが敵ということがわかりきっているのなら、日本国民がすべきは内部にある彼らを忖度することではなく、むしろ追放することではないか

村田蓮舫がかつて述べた「私は多様性象徴」という言葉にあるように。多様性こそが今の日本社会必要ことなである日本社会の敵が右翼カラー全体主義に陥る中、日本国民が示すべきは寛容な多様性主義である。そのために、まず右派なんか追い出したほうがいい。

日本社会のもとに集まるべきは、新自由主義エリートでも右派思想でもない人であり、インテリであり、社会主義になびく人ではないか烏合の衆を脱し、多様性国民に生まれ変わることも、日本の再起のために必要なことである在特会みたいな小物右派をさっさと追放しろ

過去・現状が「ポスト藩閥社会ポスト帝国主義」なら未来は「最先端民主主義国家」を目指せ

かつて日本は藩閥社会(江戸時代エリート末裔)、帝国主義(天皇制シンパ)という大きな権威を抱える国家で彼らの末裔総理大臣になったりした。現在も「日本2677年の歴史であることから現状も帝国主義であると思い込んでいる人が多いが、それは間違いだと思う。日本の現状はどちらかといえばポスト帝国主義国家、つまりそれをブランドにしているに過ぎないのだ。

実際、本当の安倍政権の最大の支持者である藩閥主義者帝国主義者東京への搾取で裏切られ、選挙左翼系が彼らを乗っ取る光景ももう当たり前だ。地方創生天皇制問題を見ても、美しい伝統民意を圧殺してぶち壊しているようにしか見えない。形は残っても中身は残っていない。

藩閥主義者帝国主義者安倍政権を支持しないが、高齢者なら左翼若者極左大衆なら中道となると、残るは中道でも左翼でもない「右翼」というポジションである経済面では、エコカーコンパクトカーや安い車を作っても日本人の車離れは改善せず、公共交通の混雑は市場競争弊害でむしろ激化するが、政治はちっとも進歩しないのだ。

そこで日本社会がすべきことは、安倍政権が見限った藩閥主義者帝国主義者の受け皿になりつつ、歴代政権放置し続けている諸問題(たとえば都市問題経済問題など)に取り組むことである。ついでに共和制移行も検討してしまえばいい。なぜこれができないのか、不思議でならないよ。

今の持つ層と昔の持つ層と持たない層できっぱり考えが割れる傾向はアメリカを筆頭に共和制先進国では当たり前になっているが、日本場合アメリカのような進んだ政治もなければ果てしなく富裕層排出するような最高クラス経済もない。「量産型化」したロボット国民存在があまりに多いので、現役勝ち組と元勝ち組負け組割れない。

現状維持はいずれ衰退する

これら私の掲げる方向転換を日本国民実施してくれる可能性はたぶんないだろう。だが、それくらい思い切った変化がなければいけない。あれほど圧倒的な勢いで経済成長できた日本が、わずか四半世紀で好景気終了後に凋落がとまらないのは、国家現状維持以外の何もできずにいることに国民失望しているからだ。

復興出直しをするなら、今だ。それができないなら、ほんとうに売国するしかない。

2017-08-16

8月15日に思い出す出来事

8月15日になると思い出すことがある。

昔、飲み屋で仲良くなった人がいた。それはそれは、とても優しく、気持ちのいい方で。

そんな人に一度、終戦記念日反戦集会に誘われたことがある。

もともと私の実家ノンポリというのか、なんというのか。

家族間で政治の話はしない、という教育方針があって、

幼いころから親は、子供の私にさえも選挙で誰に投票したのか絶対教えてくれなかった。

理由は聞かなかったけれど、そういうものだと思って育ってきた。

そんな私が、初めて足を踏み入れた「反戦集会」は

ひとりひとり思いの丈をマイクを使ってみんなに伝える、というイベントだった。

反戦集会といっても、いろんな価値観の方が集まっていたようで、

戦争反対」だけでなく、「○○(政治家)は辞めろ」とか「発電は全部風力にすべき」とか「資本主義限界だ」とか主張する人も多くいた。

なかなかにカルチャーショックが大きかった。

まず反戦って反与党なの?反戦って反原発なの?反戦って反資本主義なの?

もっとも衝撃が大きかったのは、反原発を訴えた人の主張で、

要は、

政府原発安全だと言っていたのに、結局ドカーンと爆発した。

今でも福島では放射能が垂れ流しで人も住めない。だからあれほど言ったのに。ざまあみろ。」

ということだった。

その主張に対して、会場では拍手が起こり、歓声が上がった。

正直、ついていけないな、と思った。当然、そういう主張もあっていいし、否定はしないけど、私の考えと違うな、と強く感じた。

「実際に被災して、まだ家に帰れていない人たちが、こういう主張を聞いたら、どう思うのかな。」

そう考えると、その場にいるのが辛かった。

政治について深く考えることを棚上げし続けてきた自分が初めて感じた衝撃。

結局、誘ってくれた飲み友に丁重な断りを入れ、途中で帰ってきた。

飲み友はその日以来、私に対して政治的な話を一切しなくなった。

だけど、やっぱり優しく、良い方なので、今でも仲がいい。

きっと考え方が違う私の意向配慮してくれているのだと思う。(いつもありがとう。)

から8月15日になると毎年思う。

あーあ、みんな幸せになるといいのになー。

不良は、どっちかと言うと中流になれなかった保守だろう

暴力+思想左翼

暴力+馬鹿ネトウヨ

最近は色々言葉や使い方が揺れているから誤解されやすいけれど、古い意味での保守ネトウヨは違う。

保守志向自体本来は「現状容認」がベースになるから、ある程度成熟した社会下では

生活が安定してるノンポリ層は保守親和性が高くはなる。だが、保守的右翼というわけでもないし、

そもそも右翼極右Alt-Rightネトウヨだったりもする。

「このままで良くね?」と考える旧来型消極保守中産階級からすら、落ちこぼれ人達も当然いる。

彼らは、グローバル化とか女性進出自分たちが「このままで良くね?」な中産階級から追い出された、と考え

闘争」という手段をとって、「地位」の回復を求めるわけだ。

「戦う保守」みたいな言い方をし出したのが、Alt-Rightとかネトウヨとかそんな感じに言われてる一群。

まぁここで「その地位グローバらなくても(または女性社会進出らなくても)無かったんじゃないですか?」という疑問もあったりはするが、

そこは、Alt-Right的なものの、また別の側面の分析、例えば愛国心空洞化・または架空理想の「国」への幻想としての郷愁とか

そういう暗い未来ぽい話になったりもするのでちょっと置いておいて。

本来であれば「資本主義的な競争からこぼれ落ちた層」のだから労働運動方面に行ってもよさそうなものなのだが、

そうならないあたり、こぼれ落ちた理由はお察しという感じもするし、

それだけ「労働運動」というものが無力化しちゃったんだなぁという情けない気持ちにもなるわけだが。

いやー、資本主義ってほんとこわいっすね。

https://anond.hatelabo.jp/20170816012916

https://anond.hatelabo.jp/20170816012629

左翼と不良には言及するのに、大多数を占めてた

ノンポリについて言及がないのも、オタクってほんと心底拗らせてるな。

キモ

2017-08-15

日本人政治に対する姿勢

安倍政権与野党や各政治家非難する意見記事はよく見かけるが、特定政党政治家を支持したり賞賛したりそれを促すものは中々見られない。

それは今の日本人が今の日本政党政治家に期待していないのか、それとも議会制民主主義それ自体に期待してない別の政治思想持つ者やアナーキストが多いのか、非難だけはするノンポリが多いのか。

2017-08-08

学生ノンポリぶりに怒っているって?

また現実逃避が酷くなったのかww

奥田愛基三宅洋平はいいぞ

2017-07-28

https://anond.hatelabo.jp/20170728052758

民進は新自由主義としては自民よりさら過激。だから企業資金需要なしに政府財政均衡を狙おうとして、派手に景気を落とした。

また、これだけ景気を落としたとさんざん非難されてる消費税について、党主選で、3人とも消費税増税を言い出しやがった。

あれでさらに民進よりまし、、、、ということで民進の支持をさらに落としたし、因縁つけみたいな批判かばう気は無くなったが、それが自民安倍を完全に暴走させた。

これだけ不祥事が連発してるのに、民進が完全にダメから、開き直る始末。

そこにさっそうと小池が!

ノンポリでも民進の過激新自由主義自民汚職まがいと開き直りに比べたらノンポリのイーブンでもまだまし。ぐらいの立ち位置だろうね。

2017-07-26

ニセ科学批判ネトウヨが結び付けられるようになったことについて

 最近、ニセ科批判とネトウヨの結びつき、みたいなのについてツイッターでよく見るので、思うところを書いてみることにする。

 先に、俺の立場について書いておくと、もともとニセ科学批判クラスタにいる(た)人間である。以下、いろいろと書き連ねたような事情もあって、最近はニセ科学批判クラスタを批判的に言及することが多くなってきたが、やっぱり世界科学だろう、という思いは変らない。

 余談だが、ニセ科学批判クラスタを批判する人、というのがニセ科学勢力とか、トンデモ勢力というのは意外に成り立たない。そういう連中を自分積極的フォローしてないというのもあるかもしれないが、その手合いはまず自分たちに批判的な人がいることについて詳しく言及すること自体不都合なので、あんまり触れないのではないかとも思う。クラスタの言説に詳しく触れながら批判する人というのは、何だかんだいって「ニセ科学は嫌い」寄りの人間が多いようだ。

 あらかじめ書いておくと、自分見解は、「ニセ科学批判とネトウヨ本来、つながらない」であるしかし、そう言い出す人がけっこういる、というのも理解できないではない。まして、「またネトウヨ連呼厨ガァー!」などと言い出す気にはなれない。なので、どうしてそう思われるようになってしまったのか、といういくつかの自分の思っている理由について書いてみようと思う。

 なお、あくま自分観測範囲ベースなので、それ以上のエビデンス統計的根拠はない。ほしかったら基盤Bでも持って出直してきたら調べてやらんでもない。

 あと、話は基本的ツイッター世界が中心である

3.11以後の動き

 ニセ科学批判とウヨの親和性、という問題が語られるようになったのは、やっぱり3.11以後が決定的である。いちおう、3.11以降について、特に放射能デマをめぐる後始末についていうなら、ニセ科学批判派がおおむね正しかった(細かいとこで間違いや軽口があったのは否定しない)というのは間違いないので、これはどんどん認めていくべきである。そして、その上で、致命的なレッテルを引き寄せる結果となったことについてもそろそろ考えるべきだと思う。

 3.11直後にデマ批判をする人が、今となってはかなり信じがたい形で「ウヨ」と手を結んでいたのは確かだ。これはひとえに、デマの流布をほっておくことが人権問題になりかねない状況だったことによる。一例としては、ゴリゴリ左派左巻健男石井孝明をRTしていたことがあるくらいである。それは、個人的にそこはRTしなくてよかったんじゃないかと思うツイートだったが(別にどうしてもしなきゃいけないRTでもなかった)、しかし当時はそれでも連帯できるところは連帯しないといけない事情だったのも確か。とはいえ、そのRTを見てニセ科学批判派の中にいる自分でも嫌悪感を覚えたので、その外にいて、かつ左派寄りの人がどうとらえたか想像に難くない。

 元々、デマ批判を発信していた人には政治的には左派が多く、その中には、事態が落ち着いた今は左派クラスタのなかへと帰っていった人も少なくない。今となっては、「福島差別」について関心が高いアカウントというのの少なから割合がただのウヨアカウントであり、人権問題危機感を抱いて近づいてきたというよりは単に「ダシにしにきた」ことも明らかになりつつあるのだから、この時期のことについては、ちゃんと後処理をしておくべきではないかと思う。一方で、安易にウヨレッテルを張った側も、そのレッテルについて再検討する必要がある。

多層的な「ニセ科学批判者」

 ニセ科学批判というのは多層的に発信される。最初の発信者、つまり、積極的に資料をあたったり文献をあたって、情報を発信していた人はもちろんいるにしろ、その人たちの話がどう広まっていったかといえば、メディアが広めた場合ももちろんあろうが、ツイッターなどネットではそれを再発信する人によって広まったわけだ。この人たちの中にも濃度がいろいろあって、「なんとなくRTした人」「そういう話を見たら積極的にRTする人」「RTして、自分でもそれをベース意見をいったりする人」「それがさらにバズって積極的ニセ科学情報を集める人」とまあ、いろいろだ。

 こうなると、ニセ科学批判クラスタといっても、もともとの「ニセ科学批判派」の声は流通する情報割合的にはごくわずかということになる。

 俺がやばいと思う層は、じつはこの水増しされた部分であるデマ批判が機能したのはこの部分あってこそなので、水増しという言い方は語弊があるのかもしれないが、しかし、ネトウヨニセ科学批判がむすびつけて論じられることに責任があるのはこの層ではないかとも思う。

 この層、とひとくちにいっても、いくつかある。

(1)善意悪用して、自分イデオロギーをのっける層

 まあこれは文字通りの「ウヨ」層だ。前述の石井孝明とか、池田信夫なんてのもそうだろう。この亜種(1A)としては、ウヨというよりは「左派が憎い」というイデオロギーをかぶせていくケースもある。佐々木俊尚とか、伊藤剛あたりがそうだろうか。そうそう、伊藤剛と昔仲良し今は犬猿の仲唐沢俊一も忘れてはいけない。君たちお仲間だよおめでとう。あるいは、こうやって膨らんだ層を客層にあてこんだ「御用文化人」というケースも亜種(1B)の一つだろう。いちえふの作者なんてのはそうだと思う。最初はけっこうまじめな信念を持って作業員のルポを始めたんじゃないかなー、とは思うのだが。

(2)人を叩くのが好きな層

 言っちゃあ何だが、科学正義であるしかも、ある程度実証が積み重なれば、相対化しようがない正義だ。本当は正義とか正しさなんて一ミリも興味はないのかもしれないが、とにかく人を叩く根拠がほしいならず者にとって、こんな都合のいいものはない。しかも、人権問題としての問題意識までくっついている。人権なんて一ミリも興味がないのかもしれないが、以下同文。

 正義暴走がデンデンという人はネットによく転がっているが、あまりこの点には言及しない、どころかこの正義だけは振りかざすのが大好きだったりもする。彼らの心情は、よくわからない。

(3)理系としての選民思想の持ち主

 一昔前のメディアに流れる文章には、理系に対する嘲笑偏見がいりまじったものというのが結構あった。それを見た理系人が、お前ら哲学で作った飛行機に乗れるのかよ、というような反発を持つのは想像に難くない。俺も昔はそうだったし。それは仕方ないところもあると思う。

 ところが、ネット理系研究者がどっぷりつかっていたり、エンジニアがどっぷりつかっていたりする場なので、そういう人が意外にマスをもてる世界である。それはいいことでもあるんだけど、結果、「理系カルト」のようなものが出来てしまうという面もある。その結果、「文系」をバカにするようなアカウントが出来上がる。昔、科学ネタアニメ談義が話が合うという理由高専生や理系大学生をけっこうフォローしていたのだが、どうもこういう方向に流れていく人が多く、非難がましいツイートが増えた結果リムられたりリムったりブロックされたりが増えた残念な記憶もある。

 これらの人が、放射能デマ批判、さらにはより広いニセ科学批判に群がったわけだ。どれもこれもあまり近づきたくないタイプである

 しかし、本来意味でのウヨはこの中では(1)か、せいぜい(1A)までに限られる。それが全体のうちどれくらいの割合を占めるかというと、あんまり高くないと思われる。おそらく、悪印象のかなりの部分は(2)(3)に起因しているのではないか。(2)と(3)は、本来的にはウヨ思想とは関係がない。しかし(2)はそもそもモラルを欠いている層で、ネットイナゴといわれる集団に近い。そういう人が、ネトウヨ思想親和性を持つのはまあ時間問題である。(3)は正直因果関係を断定しづらいのだが、確かに自分観測範囲では重なる人が多い。理系でもウヨ色の薄い人は理系絶対主義みたいなところには陥らない、みたいな雑な印象がある。

 そうすると、本来関係のない「ウヨ」と「ニセ科学批判」がセットで観測されるということが大量発生する。しかも、(2)(3)は人間性として最悪の、できればブロックしておきたいタイプだ。どこをどういじっても、ニセ科学批判がいい印象を持たれる展開がない。しかも、こういうアカウントに限って、やけにRTされる数が多く、ダメな方向にネットへ広がっていく。

 (この部分追記)「冷笑系」と呼ばれるような集団がともかなり重なっている、というのもいくつかの反応で見かけた。これはもっともだと思う。特に(1A)や(3)あたり。

 後出しじゃんけん承知で言うと、推敲前は言及していたのだけど、定義にやかましい人の怒りが二乗になりそうなのと、話がとりとめもなくなったのでなんとなく端折ってしまった。けれど、ニセ科学批判との関係について考える場合には、「いわゆるネトウヨ」より重要カテゴリーかもしれない。

こじらせびとたちの罪

 ネトウヨ定義というのは曖昧である。むしろ、厳密に定義したところで境界線附近人間大手をふって歩き出すだけなので、ある程度曖昧でいいと思う。ライトノベル定義みたいなものだ。物語シリーズラノベかとか三毛猫ホームズラノベかと言ってる分には意味もあろうが、そこにかこつけて「聖書はラノベでは」とか言い出す奴はつまみ出せばよい。

 しかし、世の中には問題児がいる。自分たちはつまらない理由ネトウヨ扱いされた、だからネトウヨを名乗ってトンチキなことを言い募ってやる!と言わんばかりの連中である。いまどき子供ももう少ししつけられていると思うのだが、そんないい大人がネットにはたくさんいる。被害者意識をこじらせているとしかいいようがない。本人はネトウヨ認定したほうが悪いと思い込んでいるのかもしれないが、申し訳ないが狂人の真似だと言い張って東大路通を走る人間京大生でなければ狂人である京大生でも狂人かもしれない。

 菊池誠氏があんなふうになったのは、一つのきっかけはここにあると思う。しかし、年齢的にも知性的にも社会的立場的にも、責任能力を逃れられる人ではなかろう。自分の不始末は自分でつけていただきたい。きっかけのもう一つの原因(と俺が思ってること)は、次の項で述べる。

 ジャンルは違うけれど、所謂キモくて金のないおっさん」を名乗りたがるネット住民、についても似たようなことが言える。

フィードバックはめぐる

 ツイッターにはRTとかふぁぼという機能がある。ふぁぼはまあいいとして(最近はこれもTLに流れてくるようになったが)、RTは誰が何をRTはしたかが、ある程度分かる。

 RTの基準は人によっていろいろだろうが、まあ第ゼロ近似としては「それに共感するんですね」だろう。直後のツイートで批判的に言及でもしておかないと、そう思われないほうがおかしい、と思う。

 ここでめんどくさいのは、「それに共感するんですね」の「それ」はツイート文章のものであるツイートしてる本人であるか、である。直感的には、前者だろう。後者は雑な見方に映る。ただ、発言属人的に見ない、というのはけっこうなことに見えるが、発言主と合わせて文意判断しない、ただの無責任な態度となることもある。見てる側が、いつも「こいつはどうしようもない奴だな」と認識していれば、それをRTする方も同類とみなされることもある。そんなのおかしい、という人もいようが、そういうものだ。

 さてここで上のニセ科学批判情報の発信の話になる。発信者する側も、自分が発信した情報を受けて賛同し、意見を述べたり非難したりするツイート自分のRTという形で放流するということをよくやる。別に発信者じゃなくてもやると思うからニセ科学批判に集まった人も、さらにそれをやるわけだ。

 ところが、その放流元が「札付き」であった場合、それを「ニセ科学批判に賛同してくれた」という文脈だけで読んでくれる人は、あんまりいない。ごくふつうアカウントなら、はいはい賛同者だね、ということになる。ところがそうじゃない場合問題だ。そりゃあ、ツイート単体ではいいことを言ってるように見えたりするかもしれない。でもそれを、みんな属人的に見ないでくれるだろうな、というのはおめでたい

 でもまあ、そういうことが一度や二度あった、というだけなら、まあどうということもないかもしれない。しかし、これを長く繰り返し続けていくとどうなるか。

 「お前はそういうやつなのか」で離れる人というのは離れられる側にとっても、分かりやすいし素直だ。だが、「お前のRTうぜえわ」で離れる人も出てくる。離れられた側は、もしかしたらなんだか事故にあったつもりになるかもしれない。自分はただ「賛同できるツイートを流しただけなのに」、と。

 それもそうかもしれない。でもそれが繰り返されるうちに、クラスタ自体が、濃縮されてだんだん汚染されていく。そして、やり取りをする相手というのは、本人も気づかないうちに影響を与えていく。フィードバックされちゃうのだ。

 2012年か2013年くらいまでは、きくまこ先生もそこまで変ではなかったが、その後加速するようにヘンな発言が連発されていくのは、こんな感じだったのではないかと考えている。

 ニセ科学批判そのものを凶器として振り回す層というのが出来た結果、その印象がネットイナゴ、あるいはネトウヨと非常に近いものになってしまう。あとは災害が広がるのみだ。子宮がんワクチン水素水、EM菌。本来ならネトウヨと関連付けられる要素なんてないものも、そのスジのアカウントが言及してはバズる、という光景は、「そこ」がイニシアチブを握っている、と認識されることになる。そうなれば、ウヨに批判的な人は近寄りがたくなる。もちろん、もともと発信元として活動していたような人は、自分左派であろうと発信を続けるだろう。でもそこまで中心にいない人は、距離を置くか、あるいはニセ科学批判派の語り口に疑問を持つようになる。

そして深まる左右対立

 このような先鋭化の過程で、本来なら近しいところにいるはずの、歴史修正主義批判や、反知性主義批判(本来意味も、日本独自派生した意味もどっちも含まれる)との溝が深まっていくことになる。めんどくさいことに、これらの集団原発や巨大科学のようなものには批判的で、甚だしい場合放射能デマに一定の親和性がある人もいたりするので、頭が痛い。

 よく、ニセ科学批判クラスタはこれらのニセ社会科学・ニセ人文科学問題には無関心だと言われる。発信する側については実際には必ずしもそうではないアカウントも多いのだが、群がっている層については確かに無関心…… どころか敵意を持っている人が少なくない。理系人が多いので馴染みが薄いし慎重な態度でいる…… というのはなくはないのだろうが、どうもそれだけで済まないところがある。歴史問題法律あたりに目をつけて観察していると、「馴染みが薄いからかかわらない」ではなく嬉々としてトンデモさんを引っ張ってきて何かつぶやいている、という光景を目にして頭を抱えることになる。

 「Aを批判しているのにBを批判しないのはなぜか」はほっといてくれというのは分からないでもない。ただ、それは本当にたまたまのこともあれば、党派性を後ろに秘めてみて見ぬふりをする場合もあるので、けっこう一概には言いにくい論点である状況証拠次第によっては、判断材料として持ちたくなる疑問であるのは確かだ。また、別にこういう「疑問」はニセ科学批判クラスタけが受けるものではなく、左派いちゃもんのように昔から言い立てられてきたことでもあるので、やはり状況しだいでこう問いたくなるのも当然だろう。

 しかしその結果、溝はますます深くなるのである

 こんなことが続いていくうちに、ニセ科学批判クラスタは「身内」に甘い、というような見方もされてくる。そんなことないよ、と言いたいところだが、最近たまにはてブあたりに上がってくるニセ科学批判批判へのブクマコメントなど見ると、妙にニセ科学批判サイドへの批判を矮小化しようとする「ニセ科学批判者」のコメントが見受けられたりして「ああこの人もかあ」という気分になってくる。

経済をめぐる対立

 先日ツイッター問題になっていたのは、これのようだ。mika_berry氏というツイッタラーリフレニセ科学批判とネトウヨのつながりについて言い始めてそれにニセ科学批判派やネトウヨ定義が気になるタイプが反発して少し炎上のようになったらしい。

 経済には明るくないので、具体的なところには踏み込まない。が、ニセ科学批判クラスタ、あるいはもしかしたら理系クラスタまで枠を広げてもいいのかもしれないが、けっこうな割合がいわゆる「リフレ」に近づいたのは確かにそうだなと思う。

 ただしここも距離の違いはけっこうあって、単に「反緊縮」に近づいた人もいれば、はっきり「リフレ」に近づいた人もいる。俺も反緊縮については多分同意すべきなんだろうな、と思う。

 なぜこういう動きが起きたかは分からない。単に、時代的に緊縮はもういい、という風潮だったのかもしれない。反緊縮は数字勘定してイメージやすい「ロジカル」なものからという、もっともらしい理由がつけられるのかもしれない。それはわからないのだが、しかしこの「リフレに近づいた側」の少なからぬ人が、その後決定的にウヨに近づいていくことになる。

 これも理由は分からない。反緊縮には賛同する、という程度の人は、あまりそっちへ動かなかったからだ。アベノミクスなるものがあったからといって、他の論点がいっぱいあるのだから、ウヨに近づく理由にはならないのである。むしろ経済で結果を継続して出せるように安定させるためにこそ、おかしな動きは徹底的に批判すべき、と思うのだが、なぜかそうならない人というのがいた。ニセ科学批判クラスタの外にもそういう人がやはり「なぜか」いて、新たな集団を作るようになる。リフレ経済的に豊かになることを期待するクラスタ、というよりは「政権を応援しマスコミを憎み野党のアラ探しをする」クラスタとなる。経済には明るくないのでよくわからないのだが、アベノミクスのような政策はほっとくだけだと企業が潤うだけだと聞く。こういう人が「再分配を求めるべき」「企業給料をあげよ」というような動きをしたという話を寡聞にして聞かない。本当に経済大事だと思っていたのか、いまいちよくわからないところがある。

おわりに

 昔ながらのニセ科学批判は、党派性から距離を置いているつもりの人が多い。これは「左派が多い」という、上で書いた話とも別に矛盾しない。もちろん、ノンポリもいる。俺だって党派がかるのは大嫌いだ。

 それはいいんだけど、そうありたいと思うこととか、自分たちはそうだと思い込むことは、あんまり何かを担保してくれることではない。

 ここ10年くらいのインターネット歴史は、ノンポリ政治的な層、特にウヨに振り回される歴史だった。

 1970年ごろの学生運動だって、多くは本質的にはノンポリだったという話はよく聞く。でも、左翼運動の迷走についての責任を問われないかといえば、そんなことはないだろう。

 俺が思うのは要するにそういうことだ。ニセ科学批判=ネトウヨというくくりは、なるほど雑だ。だけど、それを一笑に付せる無邪気さは、ちょっと俺には持てない。

(追記しました→https://anond.hatelabo.jp/20170802040735

2017-07-24

https://anond.hatelabo.jp/20170724110058

「これまでのあんたの所業のせい」「右翼という誇りに頼るな」といっていいのか。

問題もっと根深いと思う。

たとえば他国存在するような「ネット義務教育」がなぜ日本では障害認定を受けた児童しかできないのか。

ネットに歪んだ知識であっても知識をばらまきまくるウヨクによって再教育されているのは止められないのか。

外れた子の再生産になってるんじゃないかというところから

ネトウヨオルト右もパヨクSJW勢も単にリテラシーが低すぎるのが問題

わざわざ義務教育なんぞでカバーしてやらずとも、肝心の若者たち

案外冷静なので、昨今の醜態晒しまくる両者を見てドン引きしてる。

フェイニュースで稼いでた奴が「俺はノンポリ、アフィで儲かるから嘘を流した。」と嘲笑したのが象徴的。

このドン引きして俯瞰で両者を嘲笑する行為が、再生産の抑止に繋がってくると思うけどね。

今が過渡期で、是々非々ニュートラルな奴が増えてくると思う。

2017-07-01

なんていうかさー秋葉原のヤメロコールさー

なんであの連中はいつもいつもまたいつも一辺倒のことしかのたまうことできないんだろ

んで、じゃあ代替どうするのってなると「」だろ?

別に俺は右でも左でもないし、だからと言ってノンポリかというとそうではないけどさ

から見ててもなんというかバイアス掛かりすぎというか

2017-06-23

政治犯収容所って

鉄格子のついた窓しか明かりのない暗く湿った独房で、収容された政治犯が「私はノンポリです。私はノンポリです」ってブツブツ呟きながら頭を壁に打ち付けてるんでしょ。

2017-06-04

右傾化の息の根を止めるなら鉄道趣味秋葉系弾圧せよ

2011年アニメ魔法少女まどか☆マギカ」に次のような描写がある。

敵の魔女攻撃を受けた魔法少女は死後に魔女となって復活した。魔女魔法少女を襲う敵だ。そこで魔法少女はその魔女を殺しにかかる。では魔法少女の亡霊は…?

そして、このような亡くなった魔法少女魔女化を引き起こしているのが宇宙人仕業だとわかり、魔法少女魔女になった魔法少女のためにも宇宙人を殺すことを決意する。

各地でサブカルチャー方面から右傾化が起きている。今までの所謂ネット原住民空間における安倍旋風問題に加えて今度は何故かサブカルという本来無関係なはずの方面から右傾化が始まり、今までサブカルチャー依存していた左派が動揺している。

そして最近調査では、ネット原住民空間特に2ちゃんねるでは左傾化が始まっており、鉄道趣味秋葉系がメインの右派人材供給源と化しているという報告がある。ネット右翼保守シンパはそれに気づいていない。2000年代とは右派供給源が変わっていることは明白だ。

さらに隠れ右派跋扈している可能性は、いまや日本鉄道趣味秋葉系界隈であればどこでも可能性がある。積極的右派活動はしないまでも、ひとつ間違えば左派でいうアニメオタクの例のように先鋭戦力化することもありうるのだ。

そこで「魔法少女まどか☆マギカ」の様相を呈する。

右派右翼跋扈するネット原住民攻撃するのなら、宇宙人魔女化した魔法少女魔法少女殺害したように、なぜ鉄道趣味秋葉系弾圧しないのか?

タイトルやこの文章はもちろん逆説的な意味である鉄道趣味秋葉系弾圧しても、ごく一部のウヨネトウヨを倒すだけで、ほとんどの被害者一般人ノンポリ左翼になってしまうからである

この冷静な判断がどうして日本左翼界隈ではできないのかを問いたいと思う。

魔法少女まどか☆マギカ」では疑心暗鬼かられた人間が、ついには仲間まで信用できなくなり、無実の人間同士が殺し合い、強い魔法能力を身につけた魔女も敵として魔法少女殺害される。そしてついには仲間の崩壊を招いた。

これと似た状況になりつつある。2011年人間の心の醜さを描いたアニメ魔法少女まどか☆マギカ」は見事である

はじめから望んで犯罪組織に入る人がいないように、人間ウヨネトウヨとして生まれるのではない。どこかで憎しみや愚かさを抱いた時、ウヨネトウヨになるのだ。ウヨネトウヨを倒して気勢を上げれば、その肉親は憎しみから娯楽や文化を殺すことを誓う。この連鎖はおそらくとどまることを知らないだろう。教育界隈や、警察界隈の腐敗がゆとりさとり世代暴力団暴走族という妖怪のような集団を生んだように、右派狩りさらなる過激右派を生むと思われる。

ひょっとしたら魔法実在していて、この動きをほくそ笑んでいるのかも知れない。

2017-05-22

サヨクもっと内ゲバするべき

ネトウヨだって日本会議系のキチガイとか幸福の科学系のキチガイとかと喧嘩してるわけですよ。あんなのとみんな同じと思われたくないし。

  

一方ではてサは反基地基地外みたいなのとちょっとでも意見が合えば仲良しクネクネ、そのくせ同人物がイカレた発言してても批判しないから一緒くたにイカレポンチ扱いされてることも多く、稀に喧嘩してるのは基地外VS基地外みたいな端から見てなにやってんだかわからない案件で、誤解を解くって方面にはあん意味ない。

  

ネトウヨと違って数が少なくて手が回らないんだろうなとも思うけど、今サヨクが戦うべき相手ネトウヨでも自民党でもなくサヨクなんじゃないか煽り抜きで考えてる。左のイカレと闘うことでノンポリの支持を受けるポテンシャルは高いと思うんだよね。右も結構そうしたマッチポンプもどきで読者を獲得してたりするしね。

  

天皇陛下関連でサヨクウヨクが入れ替わってる云々の騒ぎでこの辺は確信にかわったわ。がんばれサヨク

2017-05-16

鉄道おじ(greatchina2)批判支援しま

http://anond.hatelabo.jp/20170528071247

鉄道おじのSNS活動初期はおもに娯楽色が払拭されていた社会ネタ投稿されていた。書き込みほとんどが、ニュース情報社会問題関連であった。

団塊ジュニアネトウヨ世代賢者イメージ社会ネタによる影響はあまりにも大きかった。だが、娯楽色が装飾し、「社会ありき」ではなくなったのが2014年独身化以降だ。その時あったのが、アフィカス出版ブームだった。リーマンショック東日本大震災で職がなくなった人間が夢を求めて出版社に売り込みをかけるようになり、ライトノベルが往年の携帯小説のように金太郎飴化した。最終的にええじゃないか状態になってしまった。

原因は出版ブームに乗った人間の台頭である政治に怒らずに人間性が没落した腹いせで、もっとサブカルの街である東京副都心秋葉原で、成り上がり作家広告があちこちに掲載された。中には億単位ロイヤルティを稼いだ人もいた。結果的に、今の鉄道おじはどうなったか

社会ネタを取り上げることをやめ娯楽ネタだらけになった。露悪趣味を巡ってはあ度々炎上した。新聞話題記事にすら影響せず、観光列車だの宝くじだのギャンブルだの不良趣味のダシになるようなネタばかりになった。ネガティブな内容の記事はみな「自身小中学生時代の不良経験」ばかりだ。

ところで最大の課題は、鉄道おじはこれまで娯楽論に対し偏った書き込みしかなかったことではないか。ずっとサブカルありきで、今は鉄道ありきだが、それだけが社会ではない。学問も、選挙戦争社会だが、それらの要素は、昔も今もほとんど皆無だ。

社会性は大人象徴である。そのことは普通は「誰にでもあること」だ。しかし、鉄道おじだけ、社会記事は1ミリSNSにはみ出さず、外の当たり前を受け入れない。俺様仕様に変換したオートバイフェチ鉄道ネタが僅かにあるだけ。これは時代に合わない、負のモンロー主義である

近いうち鉄道おじはサブカルマンセーや低質漫画・粗悪小説迷惑競争のまとめ関連で炎上するだろう。

もしこれが炎上すれば、鉄道おじの趣味SNSが壊滅するのではないかと思う。趣味ネタ投稿を辞めさせて子供から完全に身を引くには時間がかかるかもしれないが、炎上は迅速に可能だ。もし炎上しなくても彼が活動を休止すれば「社会が復活」することになる。

そして問題は、過去鉄道オートバイ以外の情報が全く鉄道おじに入ってきていないことではないか社会復帰後のことを考えれば、鉄道おじから最も近い乗り物が自転車自動車だった。鉄道オートバイ趣味や娯楽よりもはるかにずっと至近距離だ。なのに社会論が一発屋的に話題になったくらいしかなかった。

こればかりは娯楽論ではない。韓国北朝鮮とか、経済物質の富裕に対する精神貧困とかも含めてのことだ。ありのまま社会が彼にあれば、一時的ネタとして以外に異なる社会日常化する。しかしこの感覚が、鉄道おじの脳内に反映されないのである

いまこそ、鉄道おじの「炎上」が必要ではないかと思う。鉄道おじとシンパネットヤンキーサブカルオタクの慣れ合い問題や、自公政権迷惑施設無視した鉄道ageとか、そういうみっともないことが続くたびに、いっそ「炎上して機能を停止されて」ほしいと強く願うものである

閉ざされた露悪消費や娯楽ネタ中心の慣れ合いのムラをを壊せば、過剰に外の影響を受けた別の社会(娯楽色が払拭されたいまどきのテレビドラマアニメ漫画ゲームや急進思想などなど)も一気に流入することができる。

それは、痛々しくて息苦しい密閉されたようなムラからネットユーザー解放される幸せもつながるし、もし鉄道おじと関係悪化しても趣味レベルとは異なる社会パイプを維持し続けることができるわけで、子供臭さや人間性の低さのもとの好奇心による露悪感情抑制できるのだ。

鉄道マンセーネトウヨヘイト、そして宝くじ当選金の食いつぶしで貧乏人ごっこする余裕があったら、次の選挙民進党だの公明党だの自民党でも安倍アンチ投票すればいいんだよ。本当に鉄道おじは、速やかに人格性を隅から隅まで非難されるべきだと私は強く願う。露悪や鉄道趣味右派冷笑、ノンポリマンセーなんていらない。

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