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はてなキーワード: ヒンドゥーとは

2018-01-07

anond:20180107221434

黄色猿が住んでる辺鄙島国って意味ではずっと田舎者扱いでしょう

思想的にはイスラムヒンドゥーアメリカ国内黄色人種差別を放っておいてるような連中に何か言われる筋合いはない

ただ経済的に没落してパワーバランスが変わったせいで殴られる対象になっただけ

日本円が強かったころは外国人技能実習生ことなんてなんも言われなかったんだから

2018-01-05

anond:20180105192742

歴史というか、例えばアステカだのヒンドゥーだのの神様なんかは実際に人を殺して捧げられてる存在なんだよな。

またインドの神々と仏教天部のように同一の神が複数の名を持つというのは歴史によって実際にそうなったわけだ。

それに比べてクトゥルフの生贄だの千の名前だのは単なる設定でしかない。到底同一に語れる存在ではないわな。

2017-12-20

劇団 竹の公演『人形を殺す』を見に行った記録

ちょっと前のハナシになるけど、都内の小劇団の公演を見に行ってきた。

というか、なんかこの2ヶ月、小劇団を観に行くことが多くて。

(いや、そんなマニアみたいに毎日、毎晩ってわけじゃないけど)

キッカケは、

  https://anond.hatelabo.jp/20170925212923

この劇団で。

でもって、出演していたキャスト新宿ゴールデン街バイトしているという情報を聞きつけて、その店を仕事の接待の2次会で使ったのよ。

いろいろと話も聞きたかったし。

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そしたら、その女優さん。

舞台の上の颯爽とした男装イケメンぶりとはまったく違うホニャホニャ~っとした実に気立ての良さそうなお嬢さんで。

思わず「よ~しオジサン太っ腹なところ見せちゃうぞ~!」と彼女の新しい公演のチケットを購入したのが一ヶ月以上前。

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演目は『人形を殺す』(劇団 竹/竹林 林重郎 作)

そして、ちょっと前に劇場に行ってきた。

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例によって記憶を記録に変えるため、ここに自分の感じた印象を残しておくことにする。

随所にその後の聞き取りで得たデータもはさんでいくんで、そこはご参考までに。

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■全体として

いろいろと語りたいことはあるけれど。

まずは。

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      まさかこのオッサンが芝居で爆泣きさせられるとは思わなかった。

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もう、その、なんだ。このイヤな感じに古びてネジれまくった心のどこに、こんな涙が残ってたのか、ってくらい。

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全体のアウトラインとしては。

(もう公演も終わったことだし、ネタバレいいよね?)

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とある一家の主人、フトシの葬儀に彼の隠し子ミツルが訪ねてくるところからストーリーは始まる。

子供世代にあたる長男、長女、後妻の連れ子、隠し子の4人を物語の中心として、彼らの記憶にある父、父の愛人、母、後妻の姿が交錯する。

回想を交えて次第に明らかになっていく機能不全家庭のかたち。

すでにそれぞれの人生を発見、構築して、最後手仕舞いとして葬儀に集まった子供世代が “その後の物語” を交換しあい、そして何を選択するか。

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という感じ。

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安直なプロモーター/宣伝担当者だったら “失われた家族の再生の物語” とか言うところだろうけど。

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これは “再生” じゃない、“自己修復” だ。

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どこからか聖なる光が降り注いで、そして全てが安直に元通りになるんじゃなくて。

命がけで力をあわせ、新しい家族システムとして自己修復していく物語だ。

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機能不全家庭のサバイバーたち、それぞれが心で悲鳴を上げながら過去を振り返り、つながりを模索して、あたらしい動態平衡を獲得する、そんな自己修復過程の身を切るような苦しみを描写し尽くした作品になっている。

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ただ、上に書いたような文芸路線の重たい家族ドラマってだけじゃない。

そこに、キリスト教ヒンドゥー教、アミニズム、シャーマニズムの神々が乱入し、信仰とヒトの関係性が語られ、西武ライオンズの奇跡の優勝が回想され、ときにタブラ4つ打ちテクノに合わせて踊る白装束の群舞とビデオプロジェクションのインサートシーンが交錯し、どこかサイケデリックな、なんというか……

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うん! そうだ! “現代の寓話” だ!

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これまたベタワードだけど、他に形容のしようがない。

(どうしても想像が及ばない人は、ここで、

 “もしも、もしも故・今敏監督が、重た~い家族自己修復ドラマ

  お得意の悪夢タッチケレン味タップリに撮ったら”

 というのを想像してみてください。

 当たらずといえども遠からずのはず)

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うん、これ以上語ってもしょうがない。全体としてはこんな感じ。

「傷ついた人は、傷ついた家族は、成熟とともに修復される……されるのか?」

というのがテーマ

そして俺、爆泣き。

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そして、本公演の劇団である “劇団 竹” の主催者にして劇作家、竹林林重郎氏の作劇術、というかタッチというか、そういうのも、なんとなく見えてきた。

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まず、基本はダイアローグ(1 on 1のトーク)。

モノローグでもポリローグでもなく。

回想シーンのフトシ、サダコその他は隣に聞き手がいるものとしてダイアローグカウントする)

ストーリーライン全体は

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 隠し子ミツルと長女ツグミの対話

 ーーここで父フトシの隠された2重生活と、実の子以上に愛され、

   育まれてきたミツルの姿が明かされる

      ↓

 ツグミと長男シュウタの対話

 ーーいまではヤンママシンママとなったツグミの愛に飢えた幼少期への思いが爆発

      ↓

 シュウタと連れ子ヒデフミの対話

 ーー今となっては過去に見切りをつけ、自身の “家族” を獲得したヒデフミに対して、

   ここでシュウタの最大にして最後の働きかけが大爆発

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という大枠の流れに、回想シーンとして

 ・父フトシと母ノリコの外食

  (後に愛人となるヤスコを含めると3人以上が登場するのはここだけ、だったかな?)

 ・フトシとヤスコの逢瀬

 ・堕胎をうながす継母サダコと反発するツグミ

 ・夢の中でシュウタに、出奔という自分ギリギリの選択を明かす母ノリコ

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といずれも1 on 1。

対話の一方が次の対話に持ち越されるバトンリレー形式で話がすすむ。

(例外はサダコが壁のロザリオを叩きつけるシーンと、ノリコの出奔シーンくらいか)

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というわけでダイアローグ主体の作劇なので。

最後に全兄弟が登場する対話のシーンを見たかった気もするが、そこはビデオ後日談が語られることで代替されている。

というか、前半のツグミ役のキャストのあの演技を見たら、後半まで登場したら、おそらく彼女のメンタルがもたないだろう。

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ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

俺「おおっ! あなたツグミを演じたラムネさん! アレくらい、余裕っすか?」

ラムネさん「んふふ~」

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と、明確な答えは得られず。

ただ、別に彼女のコンディションに配慮したわけではなく、たんに作劇上、そうなっただけらしい。

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余談。

確かなことは。

無軌道な妊娠と出産、自分を一番に思っていた継母を鬱病と自殺に追い込んでしまった(と考えている)彼女が過去を悔いて流す涙。

ツグミの慟哭はそれだけの迫真・魂の演技だった。

余談終わり。

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もう1つ。

ストーリーを裏から支える暗喩のレベルが。

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 気にしなければ流すこともできる。

 気にして、拾い上げるつもりがあればハッキリと分かる。

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というレベルキッチリ統一してあるのが気持ちいい。

(いや、これは俺の思い上がりで、拾い上げてないレベルメタファーがドッサリあるのかもしれないけど)

たとえば。

ミツルツグミが同時に正座をといて、「ここから深い話をしよう」という意図を見せたり、とか。

ヒデフミが現在ではロザリオ製造業に努めていて、毎日キリスト十字架にかけている、つまり、 “完全な棄教者” であることを暗示したり、とか。

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いろいろなレベルで多層的にメッセージが投げかけられてくるのが気持ちいい。

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そして、ストーリーに大きな比重を占めているビデオプロジェクションについて。

冒頭、中間エンディングと(自分が覚えている限りでは)3回、舞台の白壁をスクリーン代わりに、撮影・編集済みのビデオ映像が使われる。

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1回目はオープニングタイトルなので、深い意味はない。多分。

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2回目は、うーむ、解釈に困る。

シヴァヴィシュヌガネーシャブラフマーも出てきた、かな?)とヒンドゥーの神々がサイケデリックビデオコラージュで次々と諸々の事象と一緒にカットバックされる、ある種のイメージビデオ

BGMはタブラ4つ打ちデトロイトっぽいミニマルテクノ

ことなく、今敏っぽい。

無理して考えれば、愛人ヤスコ隠し子ヒデフミの家にあったという、キャラクター人形を並べたデタラメな祭壇から喚起されたイメージの奔流、というところだろうけど。

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というか、ストーリーのキーアイテムがいくつかあって。

1)キリスト教

家族システム自己修復の媒介者、というか見守り人としてのキリスト教の存在と、一般人レベルの、一般人なりの神学論争がたびたび登場する。

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2)多神教シャーマニズム

愛人ヤスコは沖縄のユタ(シャーマン、巫女)の血を引いている、という設定で、ここでキリスト教的な硬い理論体型ではすくい切れないアミニズム、シャーマニズムスピリチュアリズムの象徴として彼女の存在がたびたびクローズアップされる。

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3)フトシ人形

元愛人ヤスコいわく、「死んだフトシの魂が乗り移った人形」。

そもそも隠し子ミツルが「この人形を一緒に火葬してほしい」と持ち込んだところから全てのストーリーが始まっているわけで。

その後は、子供たちの亡き父に代わって踏まれるは、叩きつけられるは、この人形、まさに踏んだり蹴ったり。

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余談。

この人形、終演までよくボロボロにならずにもったよなぁ。

と思ったら、Twitterを見たら劇団の忘年会にまで生き残って参加してるし。

まじで何か乗り移ってね?

余談終わり。

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ビデオプロジェクションの3回目は、エンディング後日談)とスタッフロール

ここで、子供世代が集合して親睦を深める後日談が挿入され、ストーリーに一応の決着がつく。

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と、合計3回のビデオなんだけど。

うーむ、評価に困る。

なんというか、悪くは無いんだけど。

編集も音楽も上手すぎて、なんか、こう、才に疾りすぎているような印象を受けた。

芝居のシーンが不器用な人間たちの不器用なふるまいの話であれば、なおのこと。

逆にいえば、重苦しくなりがちな主題のハシやすめとしては、効果的だった、とも言えるけど。

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ラムネさん「あのビデオなんですけど~」

俺「おお! ラムネさん! ビデオがなんですか?」

ラムネさん「お客さんのアンケートでは、良かった人と、悪かった人が半々くらいだったみたいですよ~」

俺「うーむ、人によって評価はマチマチか。まあ、そんな感じだろうなぁ」

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観劇

で、さてさて。

終演後、もう、あふれる涙をぬぐいながら、挨拶に出ていた竹林氏に突撃インタビューを敢行してみる。

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俺「グスン、あ、あの、最後後日談ビデオなんですけど。やはり、あれは小さな子供たちを舞台に出せないっていう制約があってのことですか?」

(と、最初の軽いジャブのつもりの質問だったんだけど、誤解したらしく)

竹林さん「あ……あれなんですけど……ハッピーエンドってわけじゃ……ないんですよね。

あの子供たちは全員ツグミの子供かもしれないし……。ヒデフミとシュウタが家庭を持つ踏ん切りがついた……とも言えないわけで……。そこはお客さんの判断にゆだねるっていうか……」

.

え? あれ、ハッピーエンドじゃないの?

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   ズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

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そりゃないよ竹林さん! こっちは希望の光に魂が洗われるような涙を流した直後だっていうのに。

と、ともかく、気を取り直して次の質問をする。

俺「と、ともかく、アレです。そうだ! あれ、あれ! あのキャストの4人が白装束で踊るダンスシーン! あの挿入シーンには、やっぱりなにか意味が?」

竹林さん「あ……あのダンスシーンには……特に意味は……ないんですよね……」

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   またまたズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

なんてこったい! 全部インスピレーションというか成り行きまかせかい! なんだよコラ! というか、あんな太っといストーリーを産み出しておいて、なんでそんな慢性自信喪失症みたいな振る舞いしとんねん!?

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ラムネさん「そんなこと、ないですよ~」

俺「おお! ラムネさん! するとあのダンスには深い意味が?」

ラムネさん「1つ1つの振り付けに意味を込めて、竹林さんが決めていったんです~。彼、ダンスができるわけじゃないんで、稽古の一番最初にダンスから始めていって、大変だったんですよ~」

俺「それじゃまた、なんであんなウソを……」

ラムネさん「まあ、あのヒト、照れ屋さんですからね~」

.

うーむ。

いろいろと事情はあるようだ。

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あらためて全体として

というわけで、あらためて全体としては。

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もう、激烈に良かった!

チケット代の倍くらいのモトは取った!

劇団竹、というか竹林林重郎氏は今後も追いかける! 決めた!

という感じ。

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キャストスタッフについて

本来なら、ここでキャストの印象から書くんだけど、先に言っておきたい。

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  こんな気持ちのいい観劇、生まれて初めて!!!

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映画で言うところのプロダクションデザイン、美術のレベルが俺的には空前絶後のハイレベル

舞台というかセットは “そこそこ成功した事業主が建てた一軒家の客間、中央には卓袱台” という固定化された空間なんだけど、まあ、ここの造作が細部まで実にリアル

フトシと妻の外食シーン、ネパール料理屋ではビールが銅製のタンブラーに入っていたりとか、細かいところまで実にリアリティのカタマリ!

サウンドも隅々までハイファイで、SEのキューイング(演劇用語では “ポン出し”だったっけ?)もタイミング完璧!

後ろを見れば、おお! これまでの観劇で初めて卓(コンソール)の収まったコントロールブースがある!!

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今回の劇場、スペース雑遊の設備なのか?

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ラムネさん「いえ~、あのブースは、わざわざ場所を確保して作ったんですよ~」

.

ですよね~。

照明も特段の過剰な演出に走ることなく、的確。

何もしていないかっていうと、そんなことなく、舞台のシーン、ネパール料理屋のシーン、

シュウタが心から祈るシーンと、細かく細かく抑揚をつけている。

ともかく、作品の作家性、キャストもさることながら、舞台全体をバックアップするスタッフの力量が、もう、これまでとまるで違う!!

彼らにはノーベル賞ピューリッツァー賞紫綬褒章を金銀パールをそえて贈りたい。

それくらい気持ちよかった。

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劇場の “SPACE雑遊” もじつにいい。ほどよい温度で静かな空調。

ともかく見過ごされがちな観劇のための空間づくりだけど、ここまでストーリー没入を妨げない総合的な配慮は、うん! 控えめに言ってサイコー

この劇団って、いつもこんなハイレベルな制作陣なのか?

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ラムネさん「いえいえ~、前回までの公演は~」

俺「ふむふむ」

ラムネさん「セクマイ三部作っていって~、小さな民家を舞台にしたり~」

俺「なるほど」

ラムネさん「こんな舞台は初めてなんじゃないかな~」

.

うーむ、俺はひょっとしたこの劇団の大新機軸、大飛躍の場所居合わせたのかもしれない。そうだったら嬉しいな。

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そして、キャストなんだけど、はじめに言っておく。

キャスティング上の軽重はあれど、全員が全員、演技巧者の高能力者ばっかり!

どうなってるんだ!

これ、どうやって集めたの? スカウト? オーディション

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ラムネさん「今回のキャストは~、じつはこれまで仕事をしたことがあるヒトばっかりで~」

俺「なるほど、すでに信頼関係のあるキャストばっかりなのね。アナタも含めて。ということは~、二度と呼ばれないヒトもいたりとか?」

ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

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うむ。ノーコメントなり。

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というわけで。

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■石川雄也(フトシ)

一家のお父さん。酒乱。浮気。全てにおいて、だいたいこの人が悪い。

コピー機の販社を起業して営業のためにキリスト教に入信ってのが痛いくらいにリアル

回想にしか登場しないのに、ほぼ主役。

劇団竹に所属

地味に驚いたのが、ワンカップ半分ならワンカップ半分、ビール1缶ならビール1缶と、アルコールが入った分だけ、確実に立ち振舞いを変えてくる。

上手くいかない事業と美女の誘惑、アルコールへの弱さと、たよりない大黒柱の悲哀を全身で表現。

もっといろんな所で見てみたいと思った。

いやだから見世物小屋の司会とかじゃなくて!

(↑そういう仕事をしていらっしゃるのデス)

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■森川武(シュウタ)

長兄ってツラいよな。

いきなり子供が3人もできた父の辛い立場を理解したのは、このヒトだけ。

そして、彼の祈りのシーンで大事なことが示唆される。

それは、

.

 神はどこにいるのか。

 それは天上界でもオリュンポス山でもない。

 神は祈る心の裡(うち)にこそ顕現する

.

ってこと。

わからんけどね。あくまで俺の解釈)

ツグミの嘆きを受け止める。

そして、ヒデフミの “シンカー投げ” という決別の儀式を見守るだけだったところに、ロザリオのカツーン! という落下(これを偶然か神の啓示か、はたまたシンクロニシティか、どうとらえるかは、それこそ観客にゆだねられている)からの、もう、怒涛の、言いがかかりに近い、というか完全に言いがかりの引き止め工作。

ここに俺は、家族システムが血ダルマになりながら自己修復していく音を確かに聴いた、ような気がする。

そして俺、爆泣き。

劇団竹に所属

こうしてみると、キャスティングも要所々々はプロパーさんで固めているのね。わかる。

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ラムネさん「このヒト、普段は “コボちゃん” って呼ばれているんですよ~」

俺「おお! 言われてみれば確かに似ているwwww」

(このあと、コボコラの話に盛り上がること5分)

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■江花実里(ツグミ

劇団 架空畳に所属。通称ラムネさん。

あれ、おっかしーなー。

つい1ヶ月前に月蝕歌劇団を観たときには颯爽とした美青年明智小五郎(に化けた怪人二十面相)だったんだけどなー。

いま見ているのはチークの乗りも痛々しい元ヤンシンママだよ。

彼女の後悔の号泣からストーリーが本格的に回転し始める。

しかも、そこに至るまで、彼女の感情は3段階に分けて少しずつ前面に出てくる。

最初はミツル人生を聞いたとき。

次に自分人生を振り返った時。

最後に兄シュウタの腕の中で継母のサダコを想って感情を爆発させるとき。

役者ってすっげーな!

でも正直、この時の俺は爆泣きとまでは行かなかった。

でも、それでいいと思う。

この公演が竹林氏が観客の情動に仕掛けるカチ込みだとしたら、彼女は鉄砲玉というか切り込み隊であって。

あるいは、森川ー佐々木ラインという本隊の大規模侵攻の前に敵陣深く潜入する特殊部隊の役割であって。

「さて、この劇団、どんなものか見てやろう」という観客の批評眼をかいくぐってハートの深いところに潜入し、情動の扉をこじ開けて本隊の到着を待つ。

これが彼女のミッション

いや、実に良かった。

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■辻村尚子(ノリコ)

フトシの最初の妻。

夫の浮気のストレスから子供を虐待することを恐れ、みずから出奔。

舞台が2018年の設定なので、旦那事業の立ち上げ期が80年代末。

キャラ作りが、なんというか、トレンディドラマの女優そのもの

なんかW浅野時代の浅野温子が乗り移った感じだった。

彼女が居間のふちに腰かけて靴を履いて家を飛び出すところが2回、描写される。

つまり天丼なんだけど、

なんでだろ、ビデオその他の映像作品だと天丼って、うっとうしいだけなんだけど。

なんか、生身のキャストがやると重く感じるんだよな。

劇団 竹に所属

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■大森華恵(サダコ)

フトシの後妻。

うつ病で自殺。

なんというか、いろいろと痛ましい。

(継子とはいえ)娘への配慮と、大人の知恵と、世間知と、いろんなものに押しつぶされて最後の選択として自殺、か。

この舞台で、壁に掛けられたロザリオは合計3回、床に落下する。

2回はサダコが床にたたきつける。この時はSEのみの描写。

そして1回はシュウタの祈りに呼応して、本当に落下する。

ここでも天丼(繰り返し)が重たい。

なんというか、堅物で悩み事に弱そうな人物像を的確に体現。

クレジットがないからフリーの役者さんか?

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ところで、ストーリーに挿入される白装束ダンス

石川、辻村、森川と3人までは劇団正メンバーなんだけど、彼女だけがゲストにも関わらずダンスに参加。

ダンスシーンについては、べつに拘束期間とか難易度とか、そんなことは関係なく、竹林氏のメッセージにそった人選なのだろう。

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佐々木光弘(ヒデフミ)

子供が十分な子供時代を生きられず、そのままムリヤリ大人になることを要求されたようなアンバランスな感じ。

わかる。

そして、いまでは自分も義父のようにシンカーが投げられることを義兄シュウタに示すため、最後キャッチボールを決別の儀式として実行する。

と、ここで舞台で実際にボールを投げるんだけど。

キャッチャーシュウタは後ろに下がって観客から見えなくなる。

おそらく板に座布団とか、そういうギミックボールを受けているはず。

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ラムネさん「いえいえ~、あのシーンは本当にキャッチボールをしていますよ~」

俺「おいマジですかい?」

ラムネさん「本当に最初はキャッチボールの練習から始めました~」

俺「でも暴投とかしたら、危険じゃないですか?」

ラムネさん「ですから~、危険な場所には、あらかじめスタッフを座らせたりとか~」

うむ、配慮も危険対策もバッチリのもよう。

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空飛ぶ猫☆魂に所属

みなさん、それぞれの所属先劇団の看板または主戦級の役者さんなのよね。

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■森川結美子(ヤスコ

沖縄のユタの血を引く、占いもできるウェイトレス

なんというか、どの女優さんも年の頃もビジュアルも大差はない感じなのに、演技と役作りで、その、あれだ、いかにも浮気相手になりそうなフェロモ~ンなプリップリのツヤッツヤな感じに寄せてくるのがすごい。

ちなみに、ご本人に取材したところ、使われていた占いはネパール伝統の占星術(ピグラム暦、という独自の暦を使うそうだ)にタロットカードを組み合わせた架空のもの、とのこと。

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■山川恭平ミツル

フトシとヤスコの子供(つまり隠し子)。

鉄道会社というカタい職業につき、シュウタ以下の兄弟とは別の、なんというか、まっすぐな人生を歩んできたことをうかがわせる人物造形。

朴訥。

観劇直後は「なんか印象が薄いなぁ」だったんだけど。

それも当然で。

俺も含めた観客は、彼の人物ではなく、彼を通して見せられるミツルヤスコの家庭の様子を見せられていたわけで。

キャラクター人形をでたらめに並べた狂った祭壇。

父フトシのハグ。

彼を通してフトシの別の人格と別の家庭を見せられていた。

この役者さんも、おそらく高能力者。ただ本人が嘆いたり動いたりしないだけで。

.

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んー、こんな感じか。

ともかく、全体としては。

この劇団、劇団 竹、そして主催の竹林林重郎氏は、買いです。

次の公演にも注目して良いです。

自分もそうするし。

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2017-11-08

そうやってキチガイを甘やかしてるからヒンドゥーイスラムに負けちゃうんじゃないですかね

2017-06-14

ヒンドゥーイスラムに股を開いて生きていけばいいと思ってるんじゃないですか

2016-11-11

ポリコレ教の信者的にはどれがより正しいのだろうか




ついでに新年も、ケルトならハロウィン一年区切りだし中国春節みたいに旧暦を重視しているひとたちもいる。ハッピーニューイヤーも辞めるべきでは?

2016-11-07

先進国なるものが一時の夢に過ぎなかったってことだろ

やがて数の力でヒンドゥーイスラムに負けて彼らの時代がくる

2016-03-04

ボタンが上に行く増田困る真子田素間食いに得右岸髱(回文

いつもお世話になってる、はてブアプリ

ブックマークに保存するボタンが右斜め上に行ってしまって、

左利きの私としては、

ちょっと押しにくくなったかなと思うんだけど、

以前のように下にあったとき

両方の手で使っても使い心地は一緒で楽だったのになぁ。

Androidはてブも保存ボタン斜め上を行くのね!!!

電車に乗ってて、

横シート、インド人の人に挟まれるように座られたので、

私、横にずれるから隣同士で座ったら?って

流暢なヒンドゥー語で話せなかったので

ジェスチャーでそれをうったえたの。

なんとか、分かってくれたみたいで

インド人を右に座ってもらったの。

言葉からなくても通じるのねと我ながらビックリしたわ!

東横線あるあるね。

いつぞやの、

ちょちょぎれる、涙そうそう

ハートウォーミングストーリー


今日朝ご飯

サンドイッチしました。

相変わらずの美味しさタマサンド

から元気よ!

デトックスウォーター

オレンジキウイで。

キウイ皮むくのめんどくさかったら、

スプーンでくり抜いちゃってもいいわよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張ろう!

2011-12-24

虐殺器官 リマインダー

一度虐殺器官を読んだ人(=自分)が内容を思い出すためのもの

第一部

 

 死者の国の夢と、そこに現れる死んだ母さん。

 僕は「濡れ仕事屋(ウェットワークス)」として、二〇一〇年代後半に頻発する内戦をおさめるため、「レイヤーワン」を殺してきた。レイヤーワン――罪の多寡とは無関係に、それを殺すことでもっと効率的に争いを終結させられる標的。

 仕事で殺してきた数多くの(時に罪のない)標的のことは少しも心に留まらないのに、プライベートでの、母に対する医療行為打ち切り決断したことで、僕は気を病んでいる。

 仕事で、二人の標的AとBを殺すように命じられ、異国に入る。標的Bについての情報は、上司から与えられているはずなのだが、それが上司意図により隠されている。

 標的Aはその国で虐殺行為を率いていた為に、ぼくの手により暗殺される。

 ぼくは標的Aに、なぜそのようなことをしたのかをきくが、彼はしきりに「わからない」と繰り返す。

 標的Bはすでにそこにはいなかった。

第二部

 仲間のアレックス自殺する。

 彼はしばしば「地獄は頭の中にある」と言っていた。

 ぼくの父も、かつて自殺したのだった。

 家の天井に散った父の血を拭き取ったのは誰なのだろう?

 標的B――ジョン・ポールを追って、僕らは殺しを繰り返してきた。彼は内戦から内戦渡り歩いているようだった。

 だが、ぼくらが暮らすアメリカは、「ドミノ・ピザやペイムービーリピート平和」か支配し、戦火とは無縁だったのだ。

 ペンタゴンに召集される。

 そこで「ジョン・ポールは軍とは無縁の文人学者でいる」、「しかし、彼が関わった国は決まって内戦が起こる」と聞かされる。

 彼は今度、ヨーロッパに入ったらしい。

 ぼくの新たな任務は、チェコで彼を追跡すること。

 死者の国の夢――「死体物質にすぎない、生きた人間も」と母さん。

 幼少時、僕は家の中で母さんの視線を感じ続けて育った。その視線から逃れるために、「濡れ仕事屋」を始めたのだった。

 視線と、認証との類似性。

 ジョン・ポールと関係を持つらしい女、ルツィアと接触する。チェコ語講師をしている彼女の生徒として。

 ルツィアに、「言語進化によって獲得された『器官』である」という話を聞かされる。

 チェコプラハ行方くらませた人間(ジョン・ポールもそうかもしれない)のIDの追跡可能性はゼロらしい。

 9・11のテロとの戦い以後、認証を繰り返さなければ買い物も交通機関を利用することもでしないのに。

 ルツィア曰く、「ジョン・ポールはもともとMIT学者だったが、いつからDARPA研究(ぼくが使う武装、SOPMODを作ったのもDARPA)をするようになった」

 それは上司からは当たられていない情報だ。

 ルツィアの部屋からの帰り、若者におそわれるが返り討ちにする。おそらくは、ジョン・ポールの協力者。

 彼は、指紋と虹彩とで、認証されるIDが異なる。

 サラエボの核クレーター

 IDトレースによれば、かつてジョン・ポールとルツィアが密会していたとき、彼の妻子はサラエボで核に吹き飛ばされた。

 ――彼が関わった国で虐殺が起こるようになったのはそれから

第三部

 死者の国の夢――夢の中のプラハでは、例の虐殺が発生していた。

 その夢でも、母さんが現れる。

「母さんは意識はなかったけど、内蔵は動いていた。そして、ぼくが医療行為の中断を認証した。

 ……母さんが死んだのは、ぼくが認証イエスと言ったときだったんだろうか?」

あなたは、任務での殺しでは「それは政策が決めたことだ、自分が決めたことじゃない」と、責任の重みから逃れられた。

 でも、医療の中断の責任からは逃れられない。あなた自身の決断から

 ……そう思っている。もしくは、中断をする前から私は死んでいたと信じたがっている。

 けれど、本当は、私だけじゃなく、あなたがころしてきたすべての人々が、あなた決断によって死んだ。

 私を殺した罪を背負い込めば、あらゆることが帳消しになると思っているの?」

 夢の虐殺後の静けさとは裏腹に、プラハのあるクラブには、生き生きとした騒々しさが満ちている。

 そのクラブでは、ID認証せずに支払いできる紙幣(みなくなって久しい!)を使うことができる。

 クラブオーナールーシャス曰く、

「プライヴァシー(認証されない)自由と、テロの自由からの恐怖はトレードオフ。自由の選択の問題」

 クラブでの、ルツィアの告白

 

 ジョン・ポールの妻子がサラエボで核の熱で蒸発したとき彼女はジョン・ポール不倫し、セックスを楽しんでいたという罪の告白

 罪悪感の対象が死んでしまうということは、いつか償うことができるという希望を剥奪されること。

 死者は誰も許すことはできない。

 ぼくの告白――もちろん、仕事の部分はルツィアに隠しながら。

「濡れ仕事」で数々の骸を見、中央アジアからワシントンに帰ってくると、母さんは事故で死んでいた。が、彼女心臓は再び動き出した。――危険軍隊へ行ってしまったぼくへの復讐として、ぼくに生き死にを決断させたかたから?

 決断材料を探す為に、母さんのいえ――ぼくの生家でもある――に行く。

 かつてそこでも母さんの視線を絶え間なく感じながら、ぼくは育った。

 見つめられることの安堵は、(認証され続けることの安堵は、)息苦しさの表面にすぎない。

 結局、母さんの残したログは見ずに(ロックがかかっていて、他人が見ることはそもそもできなかった)、ぼくは母さんの「死」を決断する。

 ――母さんの視線の「気圧」から逃れたくて、ぼくは母さんを「殺した」んじゃないのか。

 僕の告白に対してルツィアは、

人間生得的に善ね利他行動を行える。あなたの、お母さんを「殺した」決断も、本能による利他の行動。だからあなたは許されるべき」

 ルツィアとの帰り道、気を失う。

 ジョン・ポールによる電撃を食らって。

 とらえられた僕は、ジョン・ポールと会話をする機会を得る。

 ジョン本人により、虐殺言語の詳細が語られる。

 虐殺言語は、僕の装備を作ったDARPAが協力した研究により生まれ、僕の殺す対象を選ぶのと同じシステムを利用してる。

 ジョンの協力者によってつれていかれた先は、ルーシャスの店。

 ルーシャスは、〈計数されざる者〉という、ポールの協力者集団の一人だったのだ。

 〈計数されざる者〉は認証を嫌う。プライバシー平和トレードオフの関係にあるはずなのに、実際は、認証をすればするほどテロが増加している。

 それは、世界の人々が、自分のことにしか興味がないから。ドミノ・ピザビデオクリップ平和に浸っているから。すぐに手にできるはずの現実に手を伸ばそうとしない奴らばかりだから

 ジョンとルツィアは去る。

 僕はルーシャスに殺されかかる。その寸前のところで、ウィリアムズに助けられる。

四部

 旧印パ国境地区。そこにいるらしいジョンをとらえるように命じられる。

 痛いと「感じる」ことはなくても、痛いと「知覚する」ことはできる。人をためらうことなく殺せても、その殺意自分のことのようには感じない――僕は「濡れ仕事」をこなせるように、DARPAによって、そのように調整されている。

 ――「殺される」前の母さんと同じ、希薄意識だ。僕が「濡れ仕事」をするために必要な、意識希薄さ。

 この殺意は、本当に僕のものなのか、僕が「殺す」前、母さんが本当に「死んで」いたのか、僕にはわからない。


 仲間のウィリアムズとリーランドとともに、インドに入る。

 ジョンを文化顧問として雇った、ヒンドゥー原理主義国、ヒンドゥーインディア。

 その少年少女の兵を、「他人の殺意」で殺しながら、ジョンのもとにたどり着き、彼をとらえる。

 ジョンを輸送する列車

 ジョンは、

「私が行っている「虐殺言語」と、きみが施されている「「他人の殺意」による殺人」は同じだ。どちらも、良心抑制する」と。

 ぼくは、

「あんたには内通者がいるな。政府部内に。僕らの面子か、もっと上のほうだ」

 ぼくらアメリカと同等の技術を持った敵によって、列車が襲われる。ジョンは僕たちによる拘束から逃れる。

 僕たちも敵も、痛みを「知覚」するが、感じない。体の部分が吹き飛ばされても、戦闘は続く。お互い、「ハンバーガーになるまで弾と火薬をたたき込むしかない」。

 リーランドミンチになりながら、死の間際まで、冷静で希薄意識で戦い続けた。

第五部

 インドミンチになったリーランドは、商品と違ってメタヒストリーを持たないから、つなぎ併せて一つにして、棺に納めるだけでも一苦労だった。

 それでも、ミンチにさえならなければ、認証によるメタヒストリーを僕らは持つ。母さんもそうだった。

 母さんのメタヒストリープロテクトされていなければ、僕は母さんを「殺す」か否かの決断を、認証の蓄積によるライフログを手がかりに探すことができた。

 リーランドミンチになった戦いがきっかけで、ジョンとの内通者が発覚する。

 発覚した情報を手がかりに、ヴィクトリア湖へとジョンを追う。そこは、誰も追おうとしない人工筋肉メタヒストリーの行き着く先。

 〈ヴィクトリア湖沿岸産業同盟〉は、人工筋肉利権を得るために、独立しようとしている。

 ジョンはそこの文化顧問だ。

 ジョンがいるはずのゲストハウスにルツィアを見つける。

 ルツィアを探してゲストハウスに入ると、ジョンが待ちかまえていた。

4(物語のコア)

 ジョンは、

虐殺利他も、進化によって得たモジュールという点で同じ。むしろ両立すらできる。生存のための大量虐殺というのもありうる。たとえば、食料を多部族から奪って自部族の仲間を生きながらえさせるためだったり」

 ルツィアは、

あなたは、サラエボの奥さんや子供を失って絶望しているか虐殺言語をばらまいているのね?」

 ジョンは、

「いや、愛する人々を守るためだ」

 ――そうだ。ジョンがいたどの国も虐殺に見回れていたはずなのに、彼の過ごしたアメリカチェコでは、それが起きていない!

5(物語のコア)

ジョンは、

「人々はみたいものしか見ない。だから、いくら認証しても、テロはなくならない。

 ならば、テロで爆発するはずの憎しみがこちら、アメリカチェコといった先進国に向く前に、彼ら同士で憎しみあってもらおう。――そのために、虐殺言語をふりまいた」

 ジョンは、ぼくらの世界へのテロを未然に防ぐため、虐殺の旅を重ねた。

 ルツィアは僕に、ジョンを殺さずに逮捕するように言う。僕らの世界平和は、ジョンによる無数の死者の上に成り立っているのだと、みんなが知るべきだと。

 と、ルツィアがヘッドショットを決められて死ぬ。

 ウィリアムズによって。

「なぜ殺した」と僕。

「妻と子のためだ。彼女らは、この世界虐殺の上に成り立っていることを知らなくていい。

 ドミノ・ピザ認証で受け取る世界くそったれの平和世界を、俺は彼女らのために守る」

 ウィリアムズはジョンを殺したがっているが、僕はルツィアの最後の言葉の通りに、ジョンを生きてアメリカにつれていき、証言の場に立たせたい。

 ジョンとともに、逃げる。

オリジナル

「おまえを逃がせばまた、虐殺言語を振りまくのだろう?」と僕。

「いや、死んだルツィアの望んだ通り、世界真実を知らせよう」

 タンザニア兵と合流しようとするが、それはタンザニア兵になりすました、僕の「濡れ仕事」の仲間だった。

 彼がジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。

エピローグ

 僕のもとに、母さんのライフログ権利譲渡される。

 ……僕は、プロテクトがあるためにライフログを見られなかったのではない。ただ、漠然とした恐怖があって、ライフログの閲覧を申請しなかっただけだ。

 僕は幼いころ、常に母さんに監視ID)されているような気でいたが、母さんのログを読んでみると、必要最低限にしか、僕の存在記述されていない。

 母さんの記録の中に生きていたのは、圧倒的に父、自殺したはずの父だった。

 僕は、ジョンからもらった手帳を元に、虐殺言語を語る。虐殺言語でもって、ルツィアの願い通り、真実を世に知らせるのだ。

 そして、世界にとって危険な、アメリカという火種を、虐殺に突き落とす。

 僕はこの決断を背負う。ジョンがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。

☆改変版

「お前はまた、虐殺言語をばらまくのか?」

 ジョンは、

「いや、私は米国内の後ろ盾を失った。深層構造原理を知られれば、たか言葉だ。応用されるのも時間の問題だろう。マスコミ政府公報で、いくらでも虐殺言語を打ち消せるさ。

 だが、私は〈計数されざる者〉という新たなバックアップを得られた。認証に対して憎悪を抱く、世界的な組織だ。この力を使えば、私たちのすむ「こちら側」を静寂に保つことができる」

「なにをするつもりだ?」

 僕の「濡れ仕事」の仲間が、僕がジョンの答えを聞く前にジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。

エピローグ

 僕はジョンに、「真実」が書かれたテキストファイルを渡されていた。

 それを世界に知らしめ、僕たちが虐殺の上にたっていることをみんなが理解することがルツィアの願いなら、僕はそうするべきなのだろう。

 公聴会で、ぼくはジョンの件で見聞きしたものを語る機会を得る。

 ジョンから渡された「真実」オルタナに浮かべて話そうとする。

 すると、僕が見ずにいた、母さんのライフログオルタナに突きつけられる。――これが、〈計数されざる者〉、ジョンが最後に得た力か。

 幼少の僕は、母さんに監視ID)され続けていたと思っていた。しかし、母さんのライフログには、あまりにも父ばかりがいる。彼の死語ですら。

 それを皮切りに、次々に、アメリカの全議員、いや、オルタナをつけているすべての人々の視界に突きつけられる、真実ログ世界からアメリカ憎悪の数々が向けられているという真実。〈計数されざる者〉のルーシャスは言っていた。プライバシー提供と、テロとのトレードオフの不均衡は、みたいものばかりを見ることによって起こると。認証の中に閉じこもり、ドミノ・ピザビデオクリップ平和の外を知ろうとしないことで起こると。

 ふと、アメリカはもう死んでいるのだと思った。母さんに視線を返せない、父さんのように。憎悪を浴び続け、しかしそれを無視しているアメリカは、死んだ父さんと同じだ。

 ……だが、アメリカ憎悪を向ける小国とて、自分の窮状をしらしめようと騒ぐばかりで、他の小国を知ろうとすらしていないのだ。僕が母さんのログを見ようとしなかったように。

 ジョンが行った、〈計数されざる者〉の力の改変。それは、小国の内部で争いを起こす虐殺言語よりも規模が大きなものだった。互いに無視しあっていたずの、小国小国視線をぶつけ合わせる。そして、小国同士で戦争を起こすことで、「こちら側」の平和を保とうとするものだった。

 ジョンの考えと僕の考えは違う。

 母さんが僕を見ないのは、父さんというすでに存在しない項があるからだ。アメリカから存在しない視線小国が期待するように。

 存在しないものを、存在しないと意識させること。僕にはそれができる。ジョンから得た「真実」の欠片、虐殺言語と、僕のマザータンアメリカで語られる英語によった。

2011-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20110921153515

脱構築ときましたかww

ダメ」の根拠が全部今のパラダイムから検討なんだもん。

宗教の中にいる人に教義を離れた大きな枠組みを検討させるのは簡単じゃないもんだけど。

だって「今のパラダイム」の言葉じゃん「オバサン」てww そりゃ今のパラダイム内でケリついちゃうでしょ。

新しい価値観に移行させたいんなら再構築してみせてから言えよwww

君も言ってるように全部「女子」の亜種。

「オバサン」ではない。

「オバサン」は死の世界、という女子至上教義からミリも踏み出して無いとこで考えてるから

結論は女子至上協議の枠内に収まるに決まってるよ。

マダム」は輸入にちょっと失敗しちゃったせいでギャグだけど"Madame"は「女子」至上主義じゃないんじゃね?

俗に言われてるMademoiselleとの対比からして。

そしてたぶん、「オバサン」でもない。

脱構築せよ」という話に対して

君の一案は「ワタシスタイル」というきわめて既存雑誌メディアの文法やセンスに忠実なもの

からそこから出ろということを再三述べてるからここで1から繰り返さない。

脱構築せよ」だなどと突然言い出したのはお前さんだということはこの際措いてやろうw

要するに既存雑誌メディアの文法を捨てろってこと?

なら「スタイル」だなどと既存雑誌メディア武器を持ち出してくるべきではなかったんですよ。最初から

それにやっぱり「オバサン」も持ってくるべきじゃあなかったな。せめて「失った人」に反駁する感じで解体して定義し直してくんないと。

つってもどうせやらねーんだろうから自分でちょっとだけやってみるけど、「小母さん」の定義辞書によれば「よその年配の女性を親しんで言う語」だ。

で、本来年配の人っていうのは「失った人」というより「手に入れた人」のはずなんだよね。何をって経験とか人生とかを、だけど。

それがごっそり無視されてるというか、価値としてカウントされてないのがアレですよね。

つーても「年寄りをうやまえー」とかじゃなくて、ステレオタイプだけどいわゆる近所のおせっかいおばちゃんのポジとかかつてはあったはずなんだよねっつー。巻き戻しても詮無い話だけど。

あと「よその」とか「親しんで」ってのがすごく嫌な感じに作用してしまっていますね「オバサン」においては。

流行の潮流、渦中から見た「外部のサエない他人」感の強まり方が半端ない。

「毎食そのへんの犬を捕まえる部〇です

「お昼にイルカを採る太地です

ぐらいの人でないなら差なんかない。

日本の中での君の個性や個人差なんてその程度のもんだ。

いやいやwそれは単なる主観による決めつけだからww 根拠が薄弱、つーかもう無根拠の域。

キミ理論だと例えば昼は栄養点滴でしたって人と焼き肉食べて腹はちきれそうって人とに差がないとかになるわけ?ww

住んでるところとか勤め先とかイヌイルカのペアよりはたぶん近いけどさwww

女子しかない超ストリクトスタイルに慣らされて従順な人が

他の多様な可能性に圧力を感じるだの不快だのというのは理屈の通らない話だよ。

今のスタイルに慣らされすぎてる脳の形までそうなっちまってるだけだ。

変化が不安不快というアレ。

え…何を見て「女子」に慣らされてると思ったん?w 「オバサン」ディスってたから反射的にそう思っちゃったん?

慣れてるなら「女子」の万能感がウザいとか言わんでしょ普通

むしろ馴染まないからウザいんだし、出てきたのがオバサンっていうのも事実として「コインの裏っかわ」で意味ねーから意味ねえよって言ったのよ。

反論するなら非コイン裏の「オバサン」をひとかけらでも具体的に提示してからにしな。

からないだろう?

もう骨身に食い込んでてその異様さどころか存在すら自分の目には入らないからだよ。

意味が判らない、と言ったんですよ。何が異様かわからない、ではなくて。というか強いて言えばキミの文章が異様だったわけだけど。

全然違う。

から毛がなくなったら尼か坊主でない限り不便に決まってるし、

安定収入が絶たれたら辛いのは当たり前だ。

これはスタイルから降りる降りないって話じゃあないよね。

探してもそんな不出来な例しか挙げられないのはつまりそういうことだ。

そもそもがスタイルから意図的に降りる降りないの話じゃなかったんじゃね。スタイルから「外れる」とめんどくせえっていう話だったはず。

あと毛髪がないことの「不便」って何だよw 頭で床にモップがけでもするのか?ww 日焼け? 帽子かぶってろ。

「アレな目で見られる」っていう社会的な弊害は「スタイルから外れたせい」だから、不便ていうよりは先述の「同種の恐怖」にカウントですよ。

安定収入が絶たれてつらいってのももっともだ、だがそれだけで「リストラ=もう自殺」とは普通ならない。

敢えてそこをイコールで直結させたんだから意味は汲めよ。

いや、「オバサン」というだけで死の覚悟が必要になるのは「女子」至上教義独自のものだね。

そうでもないんじゃね。「死の覚悟」とか出したのはそちらさんだからこっちはよくわからんけど。いろいろごっちゃにして「死の覚悟」って言ってない?

まず自然摂理として、老いるということはあれこれ出来なくなっていってごく緩慢に死んでくってことだからガチで直面するときは死に近づく覚悟が問答無用で必要なもの

これは本来性別も問わないレベルの話で、女においてはその「老い(始め)」に気づく段階の象徴としてわかりやすく「オバサン」が置かれてるってだけ。

でこれに伴って、かつて出来たことが今出来ないってことで、「出来る」潮流からは外れざるを得なくなる。こっちの方が大半の「女子」には怖いんだと思う。

それこそ死のごとくっていうか、ある意味死そのものよりも怖いだろうな。身を包む「もうおしまいだ」感。グループからさしたる理由もなくハブにされたときのアレ。

これは「女子」至上主義の弊害に数えられなくはない点だけど、至上主義にまでなる前の時点で元々「女子」というものにそういう素地があった。小学生女子から続く素地が。

それが雑誌フレーズとして拾われて振幅してるってのが現状、ではないかな。

「覚悟するくらいしかテがないのが怖い」って書いたけど、厳密には「事前に欲望を整理できなかったタイプの高齢女子がいざ直面しても覚悟できるかどうかわからない、その絶望の可能性が怖い」って感じだわ。

女子至上教は生まれの差別がなく

全員生誕30年も経てば地獄が迫りながら地獄に目をつぶる苦行地獄(君の言葉で言えば全員がん患者

っちゅー教義となってるから

平等進歩的ではあるかもしれないよ。

平等」と「進歩」に関して辞書ひいとけw

あとがん患者地獄に目つぶらないから。比喩取り違えすぎですよ。

「直面したら覚悟するしかない」って言ってるでしょ。

無視なんかできねーの少しずつでも受け入れるしかねーのよ。老いのごとく。

ヒンドゥーの中で被差別階級生まれな人にはメリットだらけだね。

何でチョイスが仏教なの? って聞いてるんですけど。

流石に宗教によって虐げられてる人が宗教捨てる理由は想像つくから

http://anond.hatelabo.jp/20110921141419

「オバサンという消費スタイル」という概念がそもそもパラダイムシフトになってないんスよ。

という話ではあった。

オバサンというチョイスだとこれこれこういう事になるからダメなんじゃね、誰も安らかにオバサンになれねーだろ、という感じ。

ダメ」の根拠が全部今のパラダイムから検討なんだもん。

宗教の中にいる人に教義を離れた大きな枠組みを検討させるのは簡単じゃないもんだけど。

マダムとかギャグジョークの感じでしょ。艶女とか消えたし、消えてなくてもパラダイムシフトではないしね。「女子」の亜種。

ほら、出てくる検討ってこれでしょ。

君も言ってるように全部「女子」の亜種。

「オバサン」ではない。

「オバサン」は死の世界、という女子至上教義からミリも踏み出して無いとこで考えてるから

結論は女子至上教義の枠内に収まるに決まってるよ。

「乗らなかったらメディアのブームに乗れなくなるじゃん」というよりは、「乗らないという選択をスタイル創出という形式で取るとか無理じゃね」的な。

だって例えば「ワタシスタイル」とか試しに言った瞬間にもうなんか臭いっしょ。

脱構築せよ」という話に対して

君の一案は「ワタシスタイル」というきわめて既存雑誌メディアの文法やセンスに忠実なもの

からそこから出ろということを再三述べてるからここで1から繰り返さない。


明らかに同じ土地に居ないし同じもん食ってないっしょw 絶対昼飯かぶらない自信があるぞww

「毎食そのへんの犬を捕まえる部〇です

「お昼にイルカを採る太地です

ぐらいの人でないなら差なんかない。

日本の中での君の個性や個人差なんてその程度のもんだ。

それを「スタイル」がのして均そうとする圧力が不快なのでは?

女子しかない超ストリクトスタイルに慣らされて従順な人が

他の多様な可能性に圧力を感じるだの不快だのというのは理屈の通らない話だよ。

今のスタイルに慣らされすぎてる脳の形までそうなっちまってるだけだ。

変化が不安不快というアレ。

雑誌がいい加減ブームを作り出せなくて売上ヤバくて迷走してるってのはあると思う。

でも全てを「女子」におしこめるどうこうってのは意味が判らないな。

からないだろう?

もう骨身に食い込んでてその異様さどころか存在すら自分の目には入らないからだよ。

>30台以降をずっと目をつぶって生きていくような恐怖の人生が女に与えられている。

>目を開けて降りるには死の覚悟を要する。

いや同種の恐怖はオッサンにもあるんじゃねw

ハゲたら終わり」的なそういう形かな? それとも「リストラ=もう自殺しかない」とかの方向か。

全然違う。

から毛がなくなったら尼か坊主でない限り不便に決まってるし、

安定収入が絶たれたら辛いのは当たり前だ。

これはスタイルから降りる降りないって話じゃあないよね。

探してもそんな不出来な例しか挙げられないのはつまりそういうことだ。


「そこから降りると死にそうな心地がする」のは

女子概念のというよりはスタイルというもの宿命から、幅を拡げれば解決するってもんでもないのでは。

いや、「オバサン」というだけで死の覚悟が必要になるのは「女子」至上教義独自のものだね。

大変厳しい無茶のある教義を誇っている。

その風合いは一信徒である君の発言からもいくらでも拾える、こんな感じ。

オバサンって「失った人」ってことでしょ。

ある意味不治の病と似てる

ガン患者

覚悟するくらいしかテがない

こわい



これは構造で言えば過酷宗教に似ている。

オバサンは死と地獄世界

しか地獄世界が現世に現れる構造になっているから死後の没落で脅すよりある意味えぐい


やめればいいじゃん、で代替も出さんでそれはひどい。「オバサン」は新パラダイムにならへんで。単なるコインの裏っかわ。

君がオバサンに地獄しか見出せないのは

今まだ女子至上教義の観点からしかオバサンを検討できないからだよ。

オバサンがコインのうらっかわなんじゃなくて、君がオバサンを「女子の裏」としてしか見られないだけ。


だいたい言われるまでもなく採用してない人はとっくに採用してない。

そして採用することで幸福になるか、少なくとも不幸にはならない人間はそのパラダイムを捨てない。

これも違う。

命数の尽きた構造から抜け出せない人や

自分にあわないパラダイムに抑圧されて従順な人というのはいくらでもいる。

特に変わり目にはね。

新しいパラダイムどころかその予感にすら怯えて攻撃したりする。


どうでもいいけどヒンドゥー教捨てて仏教に改宗すると何かメリットあんの?

ヒンドゥーの中で被差別階級生まれな人にはメリットだらけだね。


女子至上教は生まれの差別がなく

全員生誕30年も経てば地獄が迫りながら地獄に目をつぶる苦行地獄(君の言葉で言えば全員がん患者

っちゅー教義となってるから

平等進歩的ではあるかもしれないよ。

2010-08-29

英語の時代」とはそういう意味ではない

元増田です。ああ、そういう風に取られるかと思ったので補足。

私が「英語の時代」と言ったのはそういうことではなく、現在先進国人間が誰でもその国の公用語を「国語」として、日常会話から高度な話題に至るまで読み書きできるようなことが英語において起こりうるということはないということです。中国語圏での北京語アラブ圏での古典アラビア語スイスでのフランス語、そういったものの地位に英語が就くことは無理です。その外の世界では英語をしゃべる集団が社会の中に形成されていないし、テレビラジオで聞きかじっていれば身に付くなんてのはヨーロッパゲルマン語圏でもなければ無理。

そして、エリート英語の読み書きを寡占する状態なんてのは続きません。アンデルセン偉人たる所以の一つは、作品を「デンマーク語で」書いたこととされています。当時デンマークでは、上流階級フランス語中流階級ドイツ語を話していてデンマーク語は下層階級言葉のように扱われていたわけです(現代で敢えて近い例をこじつければ、台湾での北京語客家語・台湾語、その他少数民族語の状況ぐらいでしょうか)が、こうした努力によってデンマーク語が独仏語にも劣らない機能を獲得することができたわけです。

英語の支配」とは帝国主義まっさかりの19世紀に世界が逆転することです。そんなことを長く世界が許すはずはないでしょう。そして英語一極支配を肯定している「現地人」はそのうち必ずや顰蹙を買うことにも気づくべきです。

相対的少数派の東アジアアラブ東南アジアの大半なんかの人々だけが英語の支配する世界から取り残されていくと考えるべきです。

http://anond.hatelabo.jp/20100828124034

それだけの人間世界人口に占める比率は決して小さくないどころか非常に大きいわけですが。過半数になりこそしないかもしれないが、大雑把に見て3割は堅いでしょう。

となれば、たとえばアラブが(古典アラビア語東アジア漢文東南アジアマレー語あたりで固まったとしてもこれは「ガラパゴス」とは言えず、むしろ現在経済発展の流れが続くならばEUを上回る経済圏が出現することになる。これは「グローバル化」ではなく世界の「ブロック化」であり、つまり「英語」は「国際語」のうちの最大勢力ではあっても支配言語ではなくなってしまうわけです。要するに英語の影響力は弱まる。

ちなみに現在でもヨーロッパ人は「EU共通語英語よりもむしろフランス語」と意識している人は少なくないし(建前としては全言語共通語)、アラブ圏での古典アラビア語中国での北京語のようなもので、この地域経済発展に伴ってこれらの言語の力が強まりこそすれ弱まることはないはずです。また、ブラックアフリカでもスワヒリ語ズールー語、東南アジアでもマレー語インドネシア語の力が同様に強まるはずです。その方が自分たちの固有の文化(多くの場合言語も)に近いわけで、「近代語」をエリートに独占されずに誰でも学べる形になるわけですから(国民国家の出現と教育制度の整備に伴い、読み書き能力エリートが寡占していた状態の破壊が進んだことを思い出してください)。

日中韓なんかでは確かに「そのような流れは一般化しえない」かもしれないけど、そんな地域は少数派なんだよ。地図帳と統計資料見ようぜ。インドアフリカ人口なめんなよw

http://anond.hatelabo.jp/20100828155450

あなたに言われなくてもその程度の数字は知ってますけどね、日中韓人口もなめんなよということです。こういう物事というのは多数決で決まるものじゃないのでね。

スペイン語フランス語ロシア語ウルドゥー語etc.の「そこそこの努力英語力を得られるインド・ヨーロッパ語族言語を(少なくともエリート層は)日常的に使ってる地域」なんだよ。

残念ながら同じインド・ヨーロッパ語族であっても、ヒンドゥー語やウルドゥー語ペルシャ語英語文化が違いすぎて、もはや英語は「学びやすい言語」とは言えない。「難しいとは言えない言語」程度だ。トルコ語日本語と文法が類似しているというが、日本人トルコ語を理解するためには、イスラム教オスマン朝のことをかなり体で理解しなければ礼儀作法といった文化コードまで含めたレベルでの習得は極めて困難だろう。それと同じ壁が存在する。

あなたも言ったように、高度な英語力を身につけられるのはエリート層にとどまり、それに対する非エリート層の不満は経済発展につれて急激に高まることは容易に想像できる。

2010-08-28

日本人英語オンチであり続けるたった一つの単純な理由

ヨーロッパ人は誰でも英語を話す、それに引き替え日本人は」云々という議論を耳にする。確かに英語が流暢なヨーロッパ人に「どうして英語がしゃべれるの?」と訊いたら、なんでそんなこと訊くのという顔で「学校で習ったから」と答えるのが常だという。これを見て、日本学校英語教育がいかに腐っているかという結論に飛びつく人は少なくない。

確かに日本英語教育旧態依然であり、最近研究成果が反映されていないということはあるかもしれない。しかし、問題はそれだけなのだろうか。ヨーロッパ人が英語を初中等教育の間にかなりのレベルにまで身につけられて、日本人ができないことには根本的な原因が他にあるように思えてならない。

英語話者の言語別習得難易度

以下は、米国外交官が各地の言語ビジネスレベルにまで学ぶのにかかった時間の表である。孫引きご容赦。

分類 学習時間言語
英語と類縁性の高い言語 575-600時限 アフリカーンス語デンマーク語、オランダ語フランス語イタリア語ノルウェー語、ポルトガル語ルーマニア語スペイン語スウェーデン
  750-900時限 ドイツ語インドネシア語マレー語スワヒリ語
言語学的・文化的にはっきりとした違いのある言語 1100時限 アルバニア語、アゼルバイジャン語、ベンガル語ブルガリア語、チェコ語フィンランド語ギリシャ語ヘブライ語ヒンドゥー語、ハンガリー語、アイスランド語、カナダ語、ラトビア語、リトアニア語、マケドニア語、モンゴル語ペルシャ語ポーランド語、ロシア語セルビア語、スロベニア語、タガログ語、タジク語、タミル語テルグ語タイ語トルコ語ウクライナ語、ウルドゥー語ウズベク語、ベトナム語ズールー語
英語母語話者にはかなり難しい言語 2200時限 アラビア語中国語日本語韓国語

出典:http://en.wikibooks.org/wiki/Language_Learning_Difficulty_for_English_Speakers

この表は外交官というかなり限定された人を対象にした調査だが、すくなくとも英語母語話者にとっての言語の難易度の序列としてはだいたい合っているといえるだろう。そして、だいたいこの関係は逆に読み取ることもできて、たとえばオランダ人が英語を学ぶのは日本人よりもずっと簡単だということも言えるであろう。こう言うと「英語話者にとって日本語が難しいのは漢字が難しいからだ」と言われるかもしれないが、文法的に近似していて漢字がほとんど使われない韓国語日本語と同じ分類に属していることから、そこはあまり本質的ではないであろう。

学校での授業時間

一方、学校での授業時間数を考えてみよう。日本学校では年間授業日数は約200日である。毎日1時間英語の授業があったとして、中高6年間での英語の授業時間数は、定期考査や学校行事のことを考えればたかだか1000時限程度である。そしてヨーロッパ学校日本学校に比べて授業時間数が多いことはないだろう。

となると、結局「ヨーロッパ人は学校で習えば英語ができる」云々は

ヨーロッパ人は学校で1000時限ほど勉強すれば英語ビジネスレベルに使えるようになるが、日本人はできない」

ということを主張しているに過ぎないことになるが、これは上の表を見れば何も不思議でないことになる。おそらく、日本人英語を身につけるためには、ヨーロッパ人に比べて2-4倍の時間がかかるのである。

日本でできること

となれば、いったい日本人はどうしたらよいのだろうか。中等教育の1000時限ではとても足りないことははっきりした。あと1000時限ほどの学習が必要である。

この1000時限分、中高6年分を社会に出てから確保するのが絶望的でありしかも遅すぎるのは間違いない。といって、大学で毎日1時限を英語に充てることも無理だ(レジャーランド化したような大学ならともかく、まともな大学生にそんな時間はない)し、もし「日本人も英米の大学に進学すべき」という要求を満たさねばならないとしたらやはりそれでは遅い。

となると小学校の6年間を充てるかということになるが、小学生の読み書き能力が極めて低いということは忘れてはならない。ひらがなやカタカナを学んでいる子供ラテン文字を教えるのは負荷が大きすぎるし、漢字や分数・小数、あるいは都道府県名前といった「一般常識レベルのことを学んでいる子供にさらに負荷をかける余地も少ない。そしてこのくらいの年頃の子供は興味がなければ全く学ばないし、学んだこともすぐ忘れてしまう。実際、小学校の後半ぐらいから2言語ぐらいを学んでいるヨーロッパ人でさえ、「中学から勉強しなくなったドイツ語フランス語は全部忘れちゃって何も覚えていない」という人は珍しくないのだ。英語が特に流暢な語学好きな人だってそうなのだから後は推して知るべしだ。

つまり、日本でできることはほとんどないのだ。香港シンガポールのように屈辱的な歴史的経緯から日常生活英語が溶け込んでいればともかく(それでも香港人シンガポール人全てが英語が流暢なわけでは全くない)、日韓中のように大英帝国の支配を逃れ続けた国民にはそのような機会は全くない。実際、世界的にこの三ヶ国は英語ワースト3と言ってよい(英語が流暢な中国人は多いように見えるが、その多くは移民の2世以降やごく一握りのエリートである。中国人は母数がめちゃくちゃ多いことを忘れてはならない)。

英語の時代」は来ない

以上見たように、英語世界を支配することは結局起こりえない。あるとすれば旧大英帝国米国をたきつけて世界征服戦争を起こしてもらうしかないということだ。

結局「国際英語」の考えの欠陥はここにある。母語話者が自分たちの文化から逃れられない限り、自然言語を異文化圏平和裏に浸透させることは無理だということだ。英語圏文化普遍的で上位にあるものとして強要しない限り、十分な英語力を得られない異文化圏人間を無視して英語支配を正当化することはできない。だからといって「英語帝国主義」に開き直ることはそれ自体恥知らずというものであろう。

やれ英語の時代だ、やれグローバル化だということが近年安易に言われるが、ヨーロッパのような文化的に近縁な地域や旧大英帝国、また米国の勢力圏化にある中南米を除いてそのような流れが一般化しうるのかという検討が全くなされていないのは実に不思議だ。「英語がしゃべれるようになれ」といわれてできるのであれば誰でもそうするであろう。問題は「なぜできないのか」を考えるべきことではないのだろうか。無理なものを無理強いしてもどうしようもないということに早く気づくべきである。

2009-10-23

遅くなってごめん。

http://anond.hatelabo.jp/20091011030744http://anond.hatelabo.jp/20091011033130です

http://anond.hatelabo.jp/20091011140528

気持ち悪い偽善、というのはわかるけれど、この考え方はそもそも他の生命犠牲なしには生きていけないという事実に対して感じてしまった罪悪感を軽減させるためのものでしょう。

もとの罪悪感がないところで服用されると副作用がでちゃう薬のようなものだと思う。

菜食主義者とかに対して、侮蔑を振りまくような人達を想定していた。

個人的に罪悪感を感じてそれを低減させるためにそういう考え方をとっていて、他人を攻撃しない人のことは考えてなかった。

言われてみるとそういう人にはいちいち嫌悪感を感じないかも。

http://anond.hatelabo.jp/20091011203011

横から悪いけど、そんなこと言い出したら、犬や猿を食べる民族だっているわけだからね。特に犬を食べる民族はすぐお隣にいるわけだが、君はそれを否定するわけか?

何でそんなことを自分に言うわけ?意味が理解できない。

だいたい、知能が本当に重要なら、知能が相対的に高いとされる豚や牛よりも、相対的に低いとされる猫を食った方がいいということになる。でも、向こうの連中は「猫を食うのは野蛮人」だと思ってるわけで、そこでもまた破綻してるんだよ。

向こうの連中って誰?色々な意見を一まとめにして矛盾とか言ってもしょうがないよ。

俺からすれば「人道的な屠殺」という偽善の方がよっぽどおぞましい。

要するにこれは西洋風の信仰人間動物を獲って食っても構わないが、同時によき支配者・管理者たるべし、)と、東洋風の信仰植物動物問わず生き物を殺すことは本来は罪である、殺してしか生きられない業の重さをかみしめよ)の対立の問題なわけよ。だから、どっちが正しいなんて決められないし、決めるべきでもない。お互いを尊重して口を挟まないことが重要。でないと、ヒンドゥー教徒が「牛を食うな」とか、ムスリムが「豚を食うな」と言って介入してきてますます収拾がつかなくなるよ。

こっちはちゃんと私の意見への批判だね。

要するにこれは西洋風の信仰人間動物を獲って食っても構わないが、同時によき支配者・管理者たるべし、)と、東洋風の信仰植物動物問わず生き物を殺すことは本来は罪である、殺してしか生きられない業の重さをかみしめよ)の対立の問題なわけよ。

いや自分西洋人ではないんだけど、西洋風の発想と言われてもな。

東洋ってどこの東洋?まず前近代日本は違う。伝統仏教的にも動物植物は区別されてて、そのために(動物を殺さない植物だけ使った)精進料理なんてものができたわけだし、前近代日本では仏教的な発想のせいで肉食は抑制されていたよ。

中国についてはちょっと調べてみないとわからない。インドについては伝統仏教的な考え方のルーツで、基本的に慈悲の対象として想定されるのは動物で、植物は例外的。イスラーム動物愛護的な発想がある(審判の日に、人間に殺された動物自分の殺害の不当性等を、神の前で訴えると言うハディース)が、植物の権利って話は聞かない。

あなたの言う東洋ってのは、あなたの脳内東洋でないかな。

俺からすれば「人道的な屠殺」という偽善の方がよっぽどおぞましい。

何がおぞましいのかよくわからない。西洋的だから?

罪を自覚すると言いながら、動物苦痛を低減させることさえ厭う、自称「罪の意識」の方がおぞましい。一種の自慰行為だよね。

他人を見下すための「罪の意識」って何の役に立つの?

だから、どっちが正しいなんて決められないし、決めるべきでもない。お互いを尊重して口を挟まないことが重要

でないと、ヒンドゥー教徒が「牛を食うな」とか、ムスリムが「豚を食うな」と言って介入してきてますます収拾がつかなくなるよ。

西洋東洋の対立って話自体があなたの妄想だし、現実的にお互いに口を挟まないなんて事は不可能。

ヒンドゥーが聖なる動物について「牛を食うな」はともかく、ムスリムがただの宗教禁忌に過ぎない「豚を食うな」を押し付けてくるなんてわけがないじゃん。

http://anond.hatelabo.jp/20091011163548

ベジタリアンがアウトともセーフとも言ってないよ。ベジタリアンにはその反論は無効だと言ってるだけで。

http://anond.hatelabo.jp/20091011203305

個人的にはベジタリアン叩きの方ばっかりよく見るんだが。

http://anond.hatelabo.jp/20091011204130

自分を含むたいていの人にとって、DNAかどうかってあまり関係ないと思う。

人間と区別できない社会精神を持った宇宙人と遭遇したとして、その宇宙人が遺伝を担う物質DNAが使われてなかったとしても、その宇宙人を犬やネコより人間扱いするだろうさ。

http://anond.hatelabo.jp/20091011205224

血縁淘汰は別に近い種に価値を置くものじゃない。だから”DNA”の知恵とは関係ないよ。

親子が50パーセント血縁ってのは、子のDNAと親ののDNAが50パーセント一致するって意味じゃない。

2009-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20090325210507

つーか、日本経済が衰退してるから英語学んで、景気の良い海外で働こうという方向は正しいのでは?

そういう動機なら、イマドキ英語なんかやってないで中国語ヒンドゥー語でもやっといた方がよっぽどいいと思うけど…。

2009-03-10

とあるインド人の教育

目に留まったコラムがあったので急ぎ訳してみた。かなり意訳しているので英語を読まれる方は原文にあたられたい。

   「一人一人が自律した社会を手にするための唯一の道(としての教育)」

     (It is the only way to have an empowered society)

                        寄稿者―ヌズハト・フサイン(著者はナショナル・ブック・トラストディレクター

 私の曾祖母はおそらく教育を受けていません。彼女には四人の娘がいましたが、息子はみな早くに世を去り、土地も一切ありませんでした。当時は、土地と息子を「社会的な安全の担保(social security)」とみなす固定観念が世間に広まっていましたから、曾祖母夫婦としては、それがないのを気にしていたに違いありません。彼女が確固とした先見の明を持っていた人なのか、それとも深い絶望から決意を固めたのか、私にはよくわかりません。でも彼女は娘を学校に通わせ、仕事に就かせました。それは今では極めて普通のことですが、彼女の時代には革命的で、周りから馬鹿にされるようなことだったのです(注1)。

 曾祖母の信念の力は、彼女自律する力を与えただけでなく、三人の娘を含む九人の子全員に教育を受けさせねばならない、という考えを祖母に植えつけました。祖母自身は、8年生まで進学しました。それが、アムローハ(Amroha)の町で、当時女性が到達できる最高学年だったのです。それでも、彼女の学びへの情熱を育むには十分なものでした。それは本当の意味教育を受けたということです。祖母は本を読み、ラジオを聞き、テレビを見ました。おそらく、彼女がしたことは、曾祖母の手で蒔かれた真の自律の種を根づかせた、ということなのでしょう。

 次の世代、彼女の娘(つまり私の母)が、私に教育を受けさせるのは、過去と比べて容易でした。今の私にしてもそうです。昔、私がインド警察職に就くにあたって、家族の反応はどうだったのかと聞かれたことがあります(注2)。この質問は固定観念にとらわれたものです。私はこう答えました。「家族は僕に教育を受けさせ、僕を支え、UPSC試験を受けさせ、合格させてくれたよ」と(注3)。事実祖母は、私がインド警察職に通ったと聞いて、その道に進むようにと背中を押してくれました。私は、この話をするにあたって、教育を大切にする家庭に生まれた自分が、とても幸運だったと認めざるをえません。あのような質問をされるまで、私は家の外の、また別の現実に向かいあわずにすんだのです。しかし、今日ここで書きたいのはそのことではありません。私が取り上げたいのは、とても基本的な問題です。教育とは何か、教育を受けたとは何を意味するのか、というものです。

 教育とは何でしょう。

 こう言っておいて何ですが、まずは、教育を受けたということが何を意味しないか、ということから考えてみましょう。教育を受けたということは、免許学位を集めるかたわら、現状に疑問を差し挟まないようにする姿勢を学ぶのではありません。また、個々人の偏見から抜け出さないようにする姿勢を学ぶのでもありません。私にとって、本当の教育とは、人を研鑽自律の道(the path of evolution and empowerment)へと送り出すものです。私たちはたくさんの科目を勉強しますが、時が経つにつれて大体は忘れてしまいます。しかし学んだ後に残るもの、残るべきものが重要なのです。それは、今までの到達点から更に先へと進もうとする態度(the need to stretch the boundaries)、新しいことを試みながら勘所をきちんと押さえようとする態度(the need to try and find equilibrium)です。例えば、良くバランスの取れた人(a well-rounded personality)と聞けば、XやYやZの専門を学んだ人というのではなく、ある種の心構えと教養を持った人を思いうかべるでしょう。

 最後に強調します。教育がなすべきことは、私たちが持っている学びへの情熱に火をつけることです。ええ、貧乏の重みで足がぐらついているときに、教育のような問題について考えるのは難しいです。貧困に立ち向かうのにお金が必要なのは言うまでもありません。ですがその上で、金銭的な支援は常に仕事(work)と結びついていなければなりません。そうでなかったら、それは自尊心をむしばみ、ひいては単に大勢の依存者を生みだすだけになってしまうことでしょう。ただし、お金仕事を結びつけることが重要なのと同じように、教育で心を豊かにすることもまた必要なのです。ですから、教育は実際に私たちの能力を伸ばし、自律した社会を作り出すのです。それは、正しいことと間違っていることとを区別できる人と社会です。教育は、私たちが持っている想像力を刺激します。私の場合、教育は先へつながる機会への扉を開いてくれました。教育搾取に対するセーフティ・ネットです。教育をうけた男/女は、より良い生活を送るため、より良い市民であろうと努めるために、学んだ成果を生かすことができるでしょう。見聞を広めた人は、広めたぶん難しい問題に取り組んでいくことでしょう。そして彼らは、子どもたちがより良い機会を得られるよう取り計らうことでしょう。そう、かつて私の曾祖母がそうしたように。

出典:インド新聞『ザ・ヒンドゥー(The Hindu)』2009年3月9日

http://www.thehindu.com/mp/2009/03/09/stories/2009030950160100.htm

注1

 述べられている時代も教育史的背景も調べられていないので、過去教育事情を推し量る参考までに識字率データを挙げる。

 それぞれの調査に制約や統計の取り方の特徴があるようであるが、ここでは全て無視して数字を並べる。その上、元データにも当たっていない孫引きである。詳しくは以下のurlから参照した表1の注記を見よ。一例を挙げれば、1981年に、調査対象者の年齢の下限が5歳以上から7歳以上へ変更されたとのことである。つまり、以下に挙げる識字率はどれも15歳以上の総成人人口に対する割合ではないことにも注意せよ。

 赤井 ひさ子、「独立インド初等教育及び初等教員養成」、『東海大学福岡短期大学紀要』、9号、2007年、p. 3. によれば、識字率自体は、1951年は18%、1971年は34%、1991年は52%、2001年は65%と報告されている。女性識字率はそれぞれ9%、22%、39%、57%で、男女間格差も大きい(小数点以下は四捨五入した)。

http://www.pub.ftokai-u.ac.jp/bulletin/2007/2007akai.pdfpdf注意)

注2

 簡単に言えば、インド警察職は、インド行政職などと並ぶいわゆるエリート公務員である。

 いつの話かわからないので、その背景も不詳であるが、おそらく以下のような近年の事情からおぼろげに想像されるようなものなのではないだろうかと推測する。

http://www.hinduonnet.com/fline/fl2324/stories/20061215002503300.htm

http://www.hinduonnet.com/fline/fl2519/stories/20080926251908700.htm

http://www.hinduonnet.com/fline/fl1908/19080210.htm

注3

 簡単に言えば、UPSC試験は、いわゆる難関の公務員試験である。

http://www.upsc.gov.in/general/historic.htm

2008-11-12

http://anond.hatelabo.jp/20081110235852

あんまり気にしなくて大丈夫

むしろその韓国人キリスト教観の方が心配。

(韓)>でも敬虔なクリスチャンには、「イスラーム(?)が汚れの象徴の豚をキリストの聖女(主人公ジャンヌの生まれ変わり)に食わせようとしている」と映る。

手元にある「豚料理大全」にはフレンチの技法もイッパイ、なぜだろうねw

フランス人レビ記や申命記の戒律(コシェルってヤツね)を嫌い、

創世記にある神のありがたい言葉wを採用してる。

なのでイスラームはぜーんぜん関係ない。

以下、聖書はJSS版からの引用。新共同訳は探すのが面倒でね、すまん。

(旧約聖書)>

Gen 1:27 神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

Gen 1:28 神はまた、彼らを祝福し、このように神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」

(韓)>ほかにもサブタイトルにいくつか性やら麻薬連想させるものがあってアウト。

いやいや、そもそも聖書記述が「性的恥辱を感じました」そのものだから。

ここでまた創世記第3章7節のありがたいお言葉

(旧約聖書)>

Gen 3:6 そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。

Gen 3:7 このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。

(韓)>イブ=ジャンヌ=まろん(主人公)という設定も完全にレッドゾーンらしい。

(韓)>仏教の考えである輪廻転生がなぜか使われていたりする。

(韓)>「これはクリスチャンぶち切れるよ」とのこと。

まあ確かに魂の継承輪廻という概念キリスト教からみれば「異端」だけど

(少なくともプロテスタントカトリックロシア正教ギリシャ正教はそうだろう)、

reincarnation や karma という言葉が一般的なくらいに神秘思想も知られているよ?

グノーシス思想ならばむしろ連中のほうが詳しい)

そもそも輪廻仏教思想じゃなく、元はヴェーダから来たヒンドゥー思想

種村輪廻ヒンドゥー的でも仏教的でもないけどさw

(韓)>たぶんイブは誘惑に負けてリンゴを食べた者なのに…。ってことかな?

イブが食したのが「リンゴ」であるという記述聖書のどこにも書いてないw

確かにヨーロッパで「知恵の樹の実」は伝統的にリンゴだとされているけど、

創世記の最初の舞台メソポタミア周辺の気候はリンゴ栽培にあんまり向いてないんだもの。

ヨーロッパ醸造された幻想のひとつだ。

(旧約聖書JSS)>

Gen 3:1 さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」

Gen 3:2 女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。

Gen 3:3 しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ。』と仰せになりました。」

Gen 3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。

Gen 3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

ココはむしろ神自身がウソツキだったことを糾弾したくなる。

蛇の言ったことの方が事実だったんだから。

下の引用に至っては神の狂いっぷりがキモいくらいでw

神が自分を「われわれ」と呼んでいることにも注目!

これは多神教時代の名残の消しそこないで、「唯一神」の自己否定(w)が旧約聖書に載っている。

神の呼称のひとつ「エル」に複数形「エロヒム」が存在する理由でもあるw

(旧約聖書JSS)>

Gen 3:22 神である主は仰せられた。「見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。今、彼が、手を伸ばし、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きないように。」

Gen 3:23 そこで神である主は、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。

Gen 3:24 こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。

(韓)>ほかにも、(まあこれはこじつけ見たいにも思えるんだけど。)ロザリオの形がハーケンクロイツに見えるコマがあったり、

うん、こじつけ

スワスティカは「調和」「秩序」のシンボルとして十字架よりはるかに長い歴史を持つ。

キリスト教自身でスワスティカを変形十字架として使ってた例がある(コレ重要w)。

ここ数十年の反ナチという刷り込み、思想制御、言論統制の方が私には恐いね。

(韓)>それと韓国人が「子供の頃フランス人女の子ジャンヌダルクってあだ名を付けてからかったら、

(韓)>その女の子の父親がマジ切れして殺されかけた」ってゆってた。

日本人韓国に行って、韓国人に「ヒデヨシ」と呼ばれ続けたら俺も怒るw

これはジャンヌうんぬんが問題なわけじゃないぞ。

名前を無視されること、名前を尊重されないこと」を侮辱と感じただけジャマイカ

宗教概念すら「小道具」にして遊び倒せる下地が日本にあることはむしろ誇るべきことだと思うがね。

2008-06-24

キリスト教はなんで牛や豚食うの?

ふと思ったんだが、仏教イスラムヒンドゥーでは豚や牛を食っちゃいけなかったりするが、

キリスト教って、そういう食に関するタブーってない気が。

なんで?

2007-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20071125000355

自分たちが食わないから国あげてさわぎやすいだけだろ。

牛なんてヒンドゥーでは神様級の扱いなんだぜ。

インドが国力のばしたらオージービーフも糾弾されるのかな?

イラク国債発言力増したらポークも糾弾されるのかな?

とすると4つ足はだめということになってニワトリだけということになる。

2007-11-11

はてなブックマークで「あとで読むタグをつける白痴白痴

はてなブックマークで「あとで読むタグをつける)の部分が限定用法なら、当たり前のことですね。黒い犬は犬、と同じことです。文法の授業はこれで終わりです、おいおい泣くなよ、先生だって悲しくなっちゃうだろ、おい…、やめろよ…、絶対に押すなよ…ウワー!押すなって言っただろこの野郎ぶっ転ばすぞ!

いやね俺、怒り狂ってるの。教育者として怒鳴りつけたいの。なに君のはてなブックマークページは。タグクラウド(笑)の「あとで読む」、文字でかすぎだろお前。おかしくない?さてはお前脳の出来が可哀想な奴だろお前?お前「いつか英語勉強しよう」とか学生のころから10年くらい思い続けてるだろお前、いやそれは俺もお前も同じでなんとも不甲斐ないんだけどよっ。お前。けどお前、俺は8年にわたるラヴのおかげで中国語ちゃんとやったから、おお雷が鳴り出したな、ちゃんとやったから、正直いまウハウハだぜ。会社はそんな儲かってるわけじゃないけどよぉ、お前、中国語ニュアンスまで伝えられる奴なんて中小にゃ普通いねぇからよぉ、お前、給料あげてくれっつったら言い値よ言い値。ビビル。正直ビビル。こんなんでいいんですかっつぅくらいビビル。ほんと国立の教師とかマジやめていい、語学教えてるならもう高速で、引き受け手あるからさ、転職先探すのもいいぜ。アリだぜ。検討しとけや。すまんこれ中国語だけかもしらん。ヒンドゥー語を教えてる奴はそのまま研究してるほうがいいかもしらん。

はてブの話だよ。ボケナスがぁ。お前俺が調子乗ってるからって持ち上げんじゃねぇよお前、俺しゃべっちゃうんだからよぉ。んでな結論から言うと、「あとで読むタグ、言ってみりゃ「 http://b.hatena.ne.jp/otsune/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%a7%e8%aa%ad%e3%82%80/ 」みてぇなもんだよ、お、さすがナントカ族の、ゾッキーの統領は、こいつぁーエレーや、ねえな「あとで読む」がよォ。お前、じゃあお前。お前だお前馬鹿。おまえばか。おまえばかだろう。こち亀。おまえ、「 http://b.hatena.ne.jp/HOWAHOWA/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%a7%e8%aa%ad%e3%82%80/ 」にちょっとアクセスしてみろや。もちろんHOWAHOWAはお前のidに書き直すんだよお前。とか書いたらお前、b:id:HOWAHOWAって居るんじゃねぇかと思ってためしにアドレス欄に貼っちまったじゃねぇかよ。居なかったよ、安心しやがりまくれ、ダボがぁ。

どうだった?

え?馬鹿お前、ちゃんと言ったろうがよ、

、「 http://b.hatena.ne.jp/HOWAHOWA/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%a7%e8%aa%ad%e3%82%80/ 」にちょっとアクセスしてみろや。もちろんHOWAHOWAはお前のidに書き直すんだよお前。

ってよ。これだからChineseもEnglishもできねぇ奴はアイターだぜ。ところでお前さては「English」タグも膨らみまくってるだろ、お前そのブックマークしたサイトとかエントリーとかに「あとで読む」がセットでタグしてあったらお前、それお前、やべぇよwwwwwwwwwwww典型的だよwwwwwwwwwww

「English あとで読む」キリッ

だっておwwwwwwwwwwwwwwww読まないくせによく言うおwwwwwwwwwwwwこいつぁーヤヴェーぜっ……………(笑)自己啓発エントリブックマーカーの匂いがするゼェーっっっ!!!!!!

眠い寝る

 
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