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2018-10-11

anond:20181011170826

それ海女さんと無関係だよな

http://otapol.jp/2015/08/post-3610_2.html

その昼間たかしとか言う馬鹿記事はメグ論争の記事の中でも本当にカスオブカスだと思ったよ

東京遊郭で栄えた街だから東京で働く女性エロ扱いOK並の無関係さだ

2018-09-28

路地ガールズバーで働いてきた話

当然ながら、人で賑わう街には昼の顔と夜の顔がある。六本木銀座のような地ですらそれは変わらない。

私は、キャリアカウンセラーを目指しているごく一般的な女だ。レズビアンだけど。

今は学費稼ぎと、「ナイトワークという仕事経験してみたい」という気持ちナイトワークをあれこれ探してみている。現在進行形で。

その時ふと見つけたのが、地元からもほど遠くない場所ガールズバー求人

その門を叩いてみたときの、悲しさと温かさを忘れないうちに書き留めておこうと思う。

水商売についての求人はなんだってだいたい嘘だ。ショットバーですら蓋を開けてみたら「研修期間は時給950円ね」がザラだ。

その中で今回見つけたガールズバーの時給は2000円だった。

今回も、そうは言っても1500円が良いところだろうと決めてかかった。あとはドリンクバックとかそんなもんだろうと思っていた。

それでもドリンクバックで稼げばいいし金銭感覚狂いすぎてもなと思ったので今後そこで働く気満々で応募した。

ママからの返事はものすごく可愛かった。絵文字が散りばめられていた。どうやら日本の方ではないらしく日本語が微妙に間違っていたが、すごく可愛かったのだ。

私はママ絶対会ってみたいと思った。

そして、当日私はママに会いたさ半分、お金欲しさ半分で店に向かった。

普段は通りすらしない道だった。大通りから一本外れるだけでガラッと様相が変わる。

大通りパチンコ屋やゲーセン居酒屋が並んでいて歩く人々もヤンキーじみていたりするので、決して治安がいいとは言えない。

けれど、それよりもっとアンダーグラウンドなのだ

それは本当にスナックというのか?というような、ボーイがキャッチに出ているスナック熟女パブ。謎のクラブ。あと、普通に美味しそうな多国籍料理店。そんなものが立ち並ぶ。

まりにも似たようなネオンが多くて、私はキョロキョロしながら店を探す。すれ違いざまに男の人と目が合う。見られている。普段、女一人で歩く場所ではないだろう。鶯谷とはまた違う雰囲気

そしてやっと探し当てた目当てのお店。ガラス張りのドアから内装が外から見える、可愛い

ドアを開けると、カウンターに若くて綺麗なお姉さんが一人いた。

私は、「今日面接なのですが…」と告げると気さくに話してくれて、ママが他の店もやってるから面接はそっちでやるよ、連れてくね、と対応してくれた。そして親切にも連れて行ってママに紹介までしてくれた。

ようやく会えたママは、メールの文面通り優しくて可愛らしかった。やはり外国籍の方だった。

簡単なことを聞かれて答えて、「ま、とりあえず働いていくでしょ?やってみなきゃわからないもんね!」と体験入店を快諾してくれて、おまけに「後でご飯作ってそっち行くからね」とまで言ってくれた。

私は温かさに心から安堵した。

優しすぎてもしや本入店したら豹変するのか?と不安になったので、面接にずっと付き添ってくれていた女の子に帰り道で普段からあんな感じなんですか?と聞いてみた。娘のように扱ってくれるそう。毎回賄いは何がいいかと聞いてくれるらしい。

本当に温かいママのようだった。

バーまで着くと、女の子は呼び込みをしていた他店のボーイさんと話し込んで、私にふと鍵を預けてコンビニに駆けていった。

当然ながら体験入店の私はそんな大層なものを預けられて困惑した。それを見かねたボーイが立ち尽くす私に話しかけてくれた。

「行っちゃったね」

「うーん…どうしよう、鍵預けられちゃいました…私初日なんですけどね!?

「そりゃもう開けていいってことじゃない?いや、ダメって言ったら俺が怒ってあげるよ、初日女の子にそんなもん預けて開けるななんてかわいそうだろ!って」

ボーイさんは他店なのに、というかもはや客を店に呼ぶ呼ばないのライバルだろうに女の子にも私にも優しく接してくれてなんだか泣きそうになった。ボーイさんに背中を押されて私はバーの鍵を開け女の子の帰りを待っていた。私が金を持ち逃げでもしたらどうするつもりなんだよ、と思いながら待っていた。

帰ってきた女の子に聞いたら、話しかけてくれた彼は別に知り合いでもなんでもないけれど、よく顔を合わせるボーイでたまたま煙草を奢ってくれたそう。

その不思議関係も、私にとっては初めて見る世界だった。

その後は制服に着替えて普通にオープン作業をした。なんでも適当適当に置いといてー、適当に机拭いてー、そんな感じの緩さ。女の子煙草に火をつけちゃったので吸っていた。

緩さが快適だった。不潔ではないのに、カッチリもしすぎていない。本当に過ごしやすい。

後ほどもう一人女の子が来て、営業時間が始まったので私達は外に出てお店のアピールをしていた。

それも真面目ではなくて、他愛もない会話をしたり、ふざけたり、何も辛くない。

あたし達は客選ぶからね、と言って、通る人みんなに声をかけるでもなく立っている。目が合った人にどうですか、と言うだけ言ってみる、みたいな感じ。

ここはこれでいいのだなと思った。緩さがなんとも心地よかった。

だが、一人で残されるとだんだん何か物悲しくなって、自分大安売りしている気分になった。まるで安い遊郭の窓から外に声をかける遊女みたいなイメージ遊郭のある時代に生きていないかあくまイメージだけれど。

この言葉女の子たちや働いている人を貶す意図はなくて、単に自分がそう感じたというだけである。現に女の子は呼び込みなんてろくにやってない。そういうシステムから外に立っているだけで早く引っ込みたいと漏らしていた。

だけれど私は店というより雰囲気に引っ張られやすいので、この歓楽街自分が一体化して、裏道の住人になってしまうような、そんな感覚を覚えてしまった。

そこで働く女の子が安い女なのではない。単に自分マインド問題であって、当然道に立っているガールズバー女の子は全員が安っぽい女の子ではない。安売りしている子もいるにはいるだろうと思う。けれど言いたいのは働く人云々ではなくて、いかんせん治安が悪いので、私がこの地に居座ったらその治安の悪さに染まる気がするというだけの、自分の弱さの話。

ここに一線を引いて、この行為や街と自分関係ないのよと思える人、本当に自分を安売りしている人、仕方なくいる人、様々いると思うけれど、少なくとも私と一緒に立っていた女の子や他店のボーイが惨めに見えたりはしなかった。

途中で罵声を浴びせながら歩くおじさんが突然ボーイを突き飛ばして歩いていった。私は驚愕したが、ボーイは笑って服を直していた。一緒に店前に立っていた女の子も「やば!」と言うだけで笑っていた。よくあることなのだろう。

この事態を笑ってあしらえる彼や女の子が本当に強く見えた。

お客さんが来てからは楽しく働いた。お酒も貰って、酒に強いので飲んだ。さして上手くもないカラオケ披露すると、女の子拍手してくれて、お客さんは手拍子と、加えて二杯もドリンクを入れてくれた。乾杯は数え切れないほどしてくれた。少し面倒くさい話をするが、私のさして面白くない話や相槌にも反応してくれる優しいお客さんだった。

そのお客さんが帰ったあと、私もほどなくしてあがりになった。

ママにどうだったかと聞かれて、私は純粋に楽しかったですと伝えた。これは本心である。本当に楽しく過ごさせてもらった。少なくとも前に少しだけ勤めたキャバクラよりは遥かにしかった。

日当を貰ったが、厚生費マイナス以外は本当に2000円の時給だった。

弁当も食べさせてくれた。とても美味しくて笑ってしまった。

最後まで優しいママで、お店に空きが出ていたらシフト入れてあげるから連絡ちょうだいねと言って、笑顔で見送ってくれた。

帰り道、雑に散りばめられたタイルの道にハイヒールをつっかけて転びそうになるたび、ピンサロキャバクラのボーイさんが「大丈夫?」と声をかけてくれた。「気をつけてね」とも言ってくれた。自分の店に勤めている嬢でもない私に。

夜の歓楽街は泣きそうになるほど優しかった。誰も私にセクハラしたり、スカウトしたり、まして罵ったりなんてしなかった。純粋心配言葉をかけてくれた。

朝の品川駅闊歩するサラリーマンならまずかけてくれない言葉をたくさんかけてもらった。

あの裏道に行くことはもうないだろう。

私はあの街では生きられないと悟った。あの街で過ごしてしまったら、環境に左右されてしまやすい私ではすぐに街の色に染まって、身も心も安い女になってしまうと思った。彼らのように、一線を引いて自分と街を結びつけず働くことが私にはできない。

それでも、その裏道に夜の世界の温かさがあったことは一生忘れたくない。昼の世界で感じられない温もりに包まれて、思い出すたびに今でも泣きそうだ。

朝の満員電車では訳もなく肘鉄を喰らい足を蹴られ何もしていないのに舌打ちをされ、職場では若いからと見下されて飲み会では下ネタを振られ辛い思いをして帰ることが当たり前だった私には、その温情がたとえ下心であろうと何であろうと、言葉にできないほど心に響いた。

からここに書き留めたかった。

記憶からなくなる前に書き留めておきたかった。

さようなら歓楽街、愛しく優しいネオン街。

足を踏み入れなければ見えなかった景色を見せてくれて、どうもありがとう

私は絶対に忘れない。

2018-08-24

東京23区ガチオススメ孤独スポット

東京孤独スポット12選(https://www.momotoyuin.com/entry/Loneliness/tokyo)というのを読んだので、俺の知ってる東京23区内のガチ孤独スポットを紹介。西側のことはよく知らないので東側メインで。他人がたくさんいてかえって孤独を感じるとかはなしで。

荒川河口・江東区

https://goo.gl/maps/muEXPJFfxsn

ここは本当に人がいない。南砂町駅から荒川まで行って川沿いを歩いていくしかないのだが、その途中も全然人がいない。そもそも脇道も何もないし、先に付いたところで何もない。そしてどこにも行けなくて戻るしかない。

近くに新砂運動場があるがここもお薦め浄水場の中を通っていかないといけないが途中の道には何もない。というか歩いている人がいない。新砂運動場と荒川河口は地図上は近いけど、直接はいけない。夢の島公園も近くに見えるけど直接いけない。全部遠回り。

荒川グラウンド千住新橋西側南岸の川寄り

https://goo.gl/maps/EA4XUYFeHnL2

日が暮れてから歩くと本気で怖い。とても暗いし誰もいないし、誰かいたらいたでかえって怖い。

隅田川の白髭橋と桜橋の間の台東区

https://goo.gl/maps/2utCKdTdcBo

桜橋から北に上り中学校を超えたあたりから殺伐とし始めて、昼間から人がほとんどいない。川沿いのDIY住民らしき人はいるけどほかは全然。きれいに整備されているのに人がいない。なお白髭橋から北側は急に人がたくさんいる明るい場所になります

若洲海浜公園東側

https://goo.gl/maps/3WgG5rHT7Jx

若洲公園キャンプ場には休日にもなればバーベキュー釣り人で無茶苦茶人が多い。だが若洲海浜公園東側には来る人があまりいない。何もないから。トイレはあるけど。

早い時間にいけば東京ゲートブリッジを歩いて渡れます。渡っても降りられないので、そのまま戻ってくるだけだけど。暑いときに渡るとほかに人がいなくて超孤独しかも風が強くて死が近い。

葛西臨海公園の東の端の方の海沿い

https://goo.gl/maps/ue6FZu67tF72

葛西臨海公園休日にもなると人がかなり多い。でも多いのは主に西側で、東側は少ない。木がある園内ではなく、水辺沿いをずっと歩いていくと人がほぼいない。航空写真にした方が分かりやすいかも。

ちなみにここから強引に首都高速湾岸線の下をくぐって反対側に抜けるのは楽しい。ただし道なき道みたいな感じなので入ったらいけない場所かもしれん。湾岸線の横の舞浜大橋は歩いて渡れるのでディズニーにいけますよ。なお先の若洲海浜公園葛西臨海公園ディズニー火山とかバッチリ見えます

豊海ふ頭

https://goo.gl/maps/XEMppfMtczM2

どうせ行くなら人の多い晴海ふ頭じゃなく豊海ふ頭へ。こちらは倉庫ばかりで歩いている人はほとんどいない。人が働いていない時間ならなお一層人がいない。トラックばかりでかつ歩道なんてものはないので歩行は注意して。レインボーブリッジなどの夜景のほか、晴海側のオリンピック村工事も見られます

国立科学博物館附属自然教育園

https://goo.gl/maps/v5VCywvWmB42

川沿い海沿いばかりになってきたので毛色の変わったところで。人が少ない日にうまく当たればラッキー。奥の方に行くと、都心にいながら山で遭難した気分が味わえます公園で言えば、浜離宮恩賜庭園タイミングがよければ人が少ない。特に海側。

かに

品川ふ頭、東陽町須崎遊郭があったあたりから東西線車庫の北側にかけて(https://goo.gl/maps/jibhFwVdpBv)とか。

2018-07-24

エロい夢みた

でっかい遊郭娼館?みたいなところで、指名受けたらラブホみたいな部屋に入って時間制限(何も言わなかったらどんどん延長されていくシステム)で遊ぶっていう夢。

自分女の子のほうだったけどエロシーンはなかった。

でもなんか廊下沿いの他の部屋でヤってるのはなぜか分かってて、ドキドキしながら指定の部屋まで客と歩いてた。

廊下の外が庭じゃなくて京都川床みたいになってて、古風なのか近未来なのかわからん感じで余計に興奮を増してた。

2018-07-16

anond:20180716144845

遊郭って、粋な格好とか面白トーク要求されるんじゃなかったっけ

太宰が遊郭通ってたら女にモテるようになったとか書いてて

モテてーと思って風俗通ってるけど全然モテない

考えると太宰は元々モテるけど女に免疫なかったやつが経験積んで覚醒したただけで

俺が自信つけても何の意味もないのであった

2018-07-01

anond:20180701061412

売春をそんな楽な仕事だと思ってるのがよくわからない

江戸時代遊郭では売春のためにこそ「知力」を鍛えさせられた女性もいると言うし。

そうでなくても体力は必要だし

なにしろやる内容からしてもとめられる精神力が半端じゃないだろと。

普通に出来てる人はほんとすごい人達だと思うよ。他のトラバ介護労働かにも耐えられるに違いないって言われていたりもするわけだし。

2018-05-04

1+1+1は2だと思う

Vtuberの登場で、やっぱり顔はいいに越したことはない、って証明されたよね」

 わたしたちコメダ珈琲新宿御苑前店で一服していた。いとうは爪で髪を掻きつつ続けた。

ドゥルーズは『千のプラトー』で顔は記号だけど同時に身体でもあるから政治的ものだ、って言ったわけじゃない? で、顔の美醜を問うのはポリティカルインコレクトだってことになった。けどこれは、まさに悪しき民主主義だよね。アリストテレスは『二コマコス倫理学』で、少なくとも顔の醜くないことを幸福の条件に挙げてるけど、古代ギリシャから現代までに民主主義記号化してるんだよね」

 他人がきけば白眼視するようなことを言う。そうした話ができるだけの知性を見積もられていることは心地いいが、いつもわたしがきき役だ。

 いとうは神経質そうな険のある顔をしているが、ひとによっては美人とみるだろう。わたし彼女の顔をみるたび、坂口安吾の『白痴』に書かれている、狂人の「風采堂々たる好男子で……常に万巻の読書疲れたような憂わしげな顔をしている」という描写を思い出す。

「ひとの顔をじっとみないでよ。たいぼくちゃん、繊細そうにみえて、そういうところ図太いよね」

 いとうは愁眉を寄せた。

「――お待たせ」

 倫理わたしたちに声をかける。黒のカットソーで、シースルーレースが首周りから両腕を覆う洒落た服だ。それを着こなすだけの顔立ちをしていた。アップにした髪型が、服と調和している。彼女ほど顔立ちが整っていると、髪はまとめた方が素の魅力を出せていいのだろう。

 倫理をみると、ときどき冷たくて薄い靄のような感情かられる。

「遅い」

「ごめん。バルトで『ラブレス』みてた」

セックスするとネコミミのとれるマンガ? 女子ゼロいいよね」

 わたしがいうと、倫理は苦笑した。

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作。失踪した息子を探す離婚協定中の両親のはなし。郊外舞台なんだけど、途中から延々と廃墟の場面になって、それがいいんだ」

証券って忙しい?」

 いとうが尋ねる。遅刻への当てこすりではなく、ただ気になっただけだろう。

営業そうかもしれないけど、ディーリングは定休が決まってるからそうでもないよ。うちは外資リテール部門がないしね」

 待っているあいだ、何をはなしていたか尋ねられる。いとうが説明すると、倫理は笑った。

「たしかにダナ・ハラウェイのサイボーグフェミニズムはそういう論旨だね。ただそこまでいくと、むしろチャンの『顔の美醜について』みたいに、みる側の感情操作する方が自然な気もするな。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の〈情調オルガン〉みたいにね」

 倫理はいとうのはなしをすぐ理解して、気の利いた返しをした。そのことに体内が熱くなるような感覚をおぼえた。

 店を出て、新宿御苑沿いに新宿駅に向けて歩く。二人が話しているため、わたしはその後ろをついていく形になった。他意はないとわかっていても疎外感をおぼえる。

「でも、Vtuberアンドロイドでもただのキャラクターでもないでしょ。だからナマモノと同じようにあつかわなきゃいけないわけだし」

 そう口を挟む。いとうは歩きつつふり向いた。

カントは『純粋理性批判』で対象物自体として存在していて、人間はそれを超越論的主観性において認識するのみだといった。で、ハイデガーは『存在と時間』で、そうした直観主観性にすぎないと批判して、現象学でもって実存存在者を存在させると定義しなおした。存在論的にいえば、ヴァーチャルYouTuberという架空人格存在する、あるいは存在しないというどちらの立場も幼稚すぎる。他人人格ですら、無条件に存在するとはいえないんだから。まあ、未成熟なひとは自分理想像を押しつけることで、他人人格所与のものとしてあつかうけどね。そういうひとが勝手に本人を代弁して、ナマモノダメだとか言いだすわけ」

常識範疇なら、そういう代弁もいいと思うけどね。二次エロとか。ただ本人がナマモノを解禁してるのに頑なにナマモノ禁止するひととかは、そういう主観論に陥ってるんだろうね」

「だからVtuberについていえば、Vtuberとしてした百合営業に〈中の人〉が触発されて、それがまたVtuberとしての百合営業につながるというような、循環的な重層性があるわけじゃない。実在非実在二元論じゃないでしょ。ウンベルト・エーコの『ヌメロ・ゼロ』もそういうことを主題にしてるわけでしょ? 『存在と時間』では記号をただ指示するものでなく、それ自体がもろもろの記号構造を暗示するものとしているけどね。でも、常識範疇ってなに?」

 いとうは苛立たしげに髪を掻いた。

Vtuber自然人としてあつかうとして、どうして身体属人性を与える方向にいくかなぁ……、それなら自然人の身体人格とは別個のものとする方向にいくべきでしょ。天与のものである身体人格と同一視して自然権を認めるのは、明らかに不合理じゃん。だからグレゴリーマンキューも皮肉で〈身長税〉を提唱したりするわけでしょ。……、え? マンキューくらい専門外でも知っておきなよ」

 議論めいてきて、倫理の口調も熱をおびてきた。自然わたしは無言になる。

そもそもVtuber著作物と見なした方が簡単じゃない? 〈中の人〉はVtuber演者としての著作隣接権もつわけ。二次エロには著作隣接権著作人格権に準用して対応すればいい」

「ちがうね。マッピングで体をリアルタイムに同期させてるVtuberはVRよりARの方が近い。もちろんARみたいに空間認知人格投射するわけじゃないけど、運動感覚でも同じことがいえるでしょ」

身体人格から分離するのが進歩的なのはわかったけど、テクノオプティミズムすぎるよ。こんなことをいうと、イーガンSFに出てくる保守主義者みたいかな。けど一般論として、エロが一部のひとに不快感を与えるのは事実でしょ? 前から思ってたけど、自分に関わることだとすぐ感情的になるくせに、他人には正論を押しつけるよね」

自分に関わることな感情的になるのは当りまえじゃない? 正論を曲げる理由はないよ。倫理こそ、他人配慮してるようだけど、等しく他人を見下してるだけでしょ? あと、テクノオプティミストでけっこう。わたし原発推進派だし」

 感情露出して落ちついたのか、いとうは息を吐いた。

倫理のいうこともわかるよ。でも、制作者の意見もないのに他人規制しようとするのはただの自治厨だと思うな。そういうファンは決まって創作をしない側だよね。創作ができないから、その代わりに自分ルールを考えて、それをコミュニティ強制しようとすることで存在を主張しようとするんだ。まあ、そういうファンはどこのコミュニティにもいるから、無視する以上のことはできないんだけどね」

 いいながら、いとうは自分言葉でふたたびイライラしてきたようだった。いとうは神経過敏だ。紙やすりのようだと思う。

 いとうが自家中毒めいて、自分言葉で気分を荒立てているのを察したらしく、倫理は優しくいった。

自分他人のあつかいに差があるのは当然だけど、いとうの場合、それが甚だしいってことをいったつもりだったんだけどな。あんたみたいなディスコミュニケーション女にもわかるようにいってあげると、誰もがあんたみたいにコテハン擬人化されて喜ぶ人間ばかりじゃないってことだよ」

「なるほど…」

「あ。いまのでわかるんだ」

「いとうの見方個人主義的すぎるよ。後期ヴィトゲンシュタイン言語ゲームも、そういう分析哲学に対する批判としてあるわけでしょ?」

 それから、しばらく誰も話さなかった。黙々と歩く。倫理雰囲気を変えるようにいった。

「そういえば、たいぼくってウケるんだよ。前に泊まりにいったとき料理をつくったんだけどね。カレーにするつもりで牛筋を煮込んでおいておいたら、朝にたいぼくがコンソメスープだと思って飲んでたんだよ」

 いとうは爆笑した。

「たいぼくって本当に生活力ないよねー」

 倫理に囃す。「それにしても、あんマメだよね。よっ、家父長制」

 倫理は本気で不快そうな顔をしたが、いとうは気づかなかった。

都庁って変なデザインだよね。すくなくとも都の庁舎じゃないでしょ」

 遠景に都庁みえて、なんとなくいう。

「いや、あれは自生する秩序の象徴から都市役所としてふさわしい建築だよ。エッフェル塔と同じ」

 わたしが疑問に思っていると、倫理解説した。

ロラン・バルトの『エッフェル塔』だよ。『あらゆる時代、あらゆる映像、あらゆる意味に通じる純粋表徴であり、拘束のない隠喩』ってね。具体的にどういうことかは、ルイ・マルの『地下鉄のザジ』をみればいいよ。『地下鉄のザジ』ではエッフェル塔の内外から鉄塔の無機質な幾何学模様が無限に顔をもつところが撮影されているから。『地下鉄のザジ』の原作者が『文体練習』のレーモン・クノーっていえば、わかりやすいかな」

 なんとなくおもしろくなく黙っていると、いとうがいった。

「でも、そういう意味をもたないことを意図した無機質なデザインなのに、結果として都市ランドマークになってるのは皮肉だよね。そうそう、ケヴィン・リンチは『都市イメージ』で都市認知地図における主体を〈パス〉、〈エッジ〉、〈ディストリクト〉、〈ノード〉、〈ランドマーク〉の五つに分類したけど、これはプロファイリングのGCT犯罪地理探索モデル)に利用されているんだよ。〈犯人の標的捜索行動は居住地から離れるにつれて犯行に及ぶ確率が単調減少する〉、〈居住地の近隣に犯行の行われない地域存在する〉、という二つの仮説のもとで距離独立変数とする距離減衰関数を導出するんだ。もちろん、それだとただ犯行地点の二次元的な分布の平均を求めるだけだから、ここに認知地図を当てはめるわけ。たとえばエッジに近づくと距離が縮小するとかね。平山夢明の『独白するユニバーサル横メルカトル』は、これを種本にしているんだよ」

 往来でプロファイリング平山夢明について語るいとうは完全に異常者だった。

「そういう自生する秩序の象徴をもそのうちに組みこむのが、自生する秩序なんじゃないの?」

 倫理皮肉げにいった。

そもそも新宿のもの意味をもたない記号都市なんだよ。大政奉還前は飯盛女のいる宿場戦前遊郭戦後闇市復興期は赤線地帯。七一年京王プラザ建設を皮切りに七〇年代高層ビル建設されて、九一年都庁移転するまで、ここは周縁だったんだよ。都庁にふさわしい場所でしょ? ちなみに、いわゆる〈新宿二丁目〉は二丁目の北側だけで、二丁目と三丁目は御苑大通りで隔てられてて、歩行者天国地下道もそこで途切れている。で、ご存じのとおり二丁目は都市から外れて住宅街モザイクになってる。つまり、二丁目は周縁の周縁ってわけ」

 そこまでいって、倫理は表情に翳を落とした。

「まあ、これは殊能将之が『キマイラの新しい城』で六本木についていったことを、新宿転用しただけなんだけどね。〈キマイラの新しい城〉っていうのは復元された古城と同時に、六本木ヒルズのことも指してるんだ」

「いいじゃん。ロラン・バルトによれば日本のものが『記号帝国』らしいし」

殊能将之って『波よ聞いてくれ』に引用されてたよね」

 倫理は頷いた。

「『黒い仏』だね。柔むげさんがさ、いつか『殊能将之読書日記』に感動してたじゃん。わたしはそれがわかるんだよね」

 歩きながら、倫理Kindleの端末を開いた。

「『殊能将之読書日記』ではフリッツ・ライバー長編への見方が顕著かな。殊能将之は〈ほとんどエロゲーの世界〉とか腐しながら読んでいるんだけどね……。その皮肉さがわかりやすいのが『A Spectre Is Haunting Texas』だよ。殊能将之は『幽霊テキサスに取り憑く』と訳しているけどね。月周回軌道ステーションまれ主人公が、第三次世界大戦後のアメリカにきたら〈テキサス国〉になってたってはなし。日本でいうと〈「第3次世界戦後大阪日本支配するようになった時代大阪人は全員きんきらきんの漫才師ルックで、『なんでやねん』『そんなアホな』などとしゃべっている」みたいな設定〉ってこと。テキサス国の首都テキサステキサスダラスで、街にはケネディ暗殺を記念した黄金モニュメントが建ってるの。教科書倉庫の窓から突きだす銃身とオープンカーのシャーシのやつ。で、テキサス国の政権交代大統領暗殺でおこなうのが慣例なの。爆笑じゃない? で、まあギャグ小説なんだけど〈A nation nurtured on cowboy tales and the illusion of eternal righteousness perpetual victory. カウボーイ神話永遠に正しくつねに勝利しつづけるという幻想に養われた国。〉とか書いてあって、痛烈にアメリカ批判しているわけ。だからアメリカでは出版できなくて、タイトルだけイギリス英語の〈spectre〉の綴りになってるんだけどね。ちなみに日記には追記があって、このタイトルは『共産党宣言』の〈ヨーロッパ共産主義という亡霊が徘徊している〉のパロディだと教えられたからってタイトルの仮訳を訂正してるんだけどね。教えたのは中村融なんだけど」

 倫理はひと息ついた。

世界にこういう視座をもっているひとは生きるのが辛いよね。そういうひとを理解してしまうひともね。ナボコフの『ロリータ』もそういうはなしだよね。嫌味で文学趣味スイス人が、延々とアメリカ呪いながら一人の少女を愛するはなし。柔むげさんは、そういうところに感じたんじゃないかな。で、わたしもそういうひとたちに片足を踏みこんでいるからそれがわかるんだよね。だからわたしは『程』では灯が好き」

「あ。そこにつながるんだ」

 まったく予期しない展開だったためにおどろいた。が、いとうは思うところがあったらしく、無言で前を見つめていた。

 新宿駅みえてくる。

「そういえばたいぼくちゃんお酒買った?」

キリンをまとめ買いしておいたけど。あ、あとポテチカップラーメンも買っておいた」

 そういうと、いとうは爆笑した。

大学生じゃん」

 倫理も苦笑しながら言う。

「ここの成城石井ワインチーズを買っていこう。あ、でも、それならクラッカースモークサーモンハムを買っていって、ムースをつくった方がいいな。素材の味が出るから、いいものじゃないとおいしくないんだよね」

 買物をしてからJRのコンコース階に移動する。倫理カードで決済して、わたしお金を使うことはなかった。

「ごめんね。一応、ホストなのに」

 いとうは笑って「出世払いにしなよ」といった。

 倫理は微笑していった。

「それにたいぼくちゃんからモラトリアムの気配をもらってるところがあるからね。わたしも……、わたしたちもこうして社会人鋳型にはまってるけど、それが仮初めのものだってことを思い出させてくれる」

 コンコースでは大勢のひとが行き来していた。天井からは各路線を案内する表示板が大量に下がっている。これらの記号が指示するものなかにわたしたちのいく先もあるのだな、と思った。

2018-02-04

恵方巻なんてコンビニ業界最近つくった風習から気に入らない、というのが最初

ちなみにこれは嘘で、最低でも100年前からある。全国に広まったのが最近なだけ。

また丸かぶりをしないだけで巻き寿司節分に食べる家庭も多かった。

次に、恵方巻遊郭風習海苔巻きは男根見立ているか下品、という理屈否定する人が出てきた。

明らかに恵方巻が気に入らないか理由を後付けで探した」という感じだが、これも遊郭風習だったという根拠はあっても男根見立てたという根拠はなかったので微妙に定着せず。

それで去年あたりから恵方巻の大量廃棄の問題が報じられるようになって、恵方巻アンチが飛びついたというわけ。

2018-01-15

時代劇戦時中までが舞台ドラマなどで

食い詰めた庶民が娘を遊郭に売るなんていう事が当たり前に描写されているわけなんだが、

当時同一国民とされていた他民族の人が同様の扱いをされていた件についてだけシビアな人がいるのはどうしてなんだぜ?

ネイティブ日本人貧乏人もひどいもんだったはずなんだが。

2017-10-25

anond:20171024205956

江戸時代昭和一桁年代とかなんかは、直ぐに子供は働かされたりしたし。

昭和初期とかには、貧農の娘は遊郭に売られたんだぜ。

だって洗濯機なかったんだぜ。

トイレは、くみ取り式、ガスでは無くて、炭火で焚いていた。

  

女性社会進出出来るようになったのは、教育のお陰だ。

最近は、ルンバ食洗機乾燥機が新種の三種の神器と言われる。

科学技術家電メーカーの開発のお陰だ。

  

 

不登校とか、20年ぐらい続いている問題ではあるが、

過去日本に比べたら、幸せな状況では無いのかな。

思考実験云々よりも、歴史から学ぶべきでは無いのかな。

  

2017-10-13

anond:20171013184649

メンヘラが多いしね、

あと風俗街はだいたい元赤線とか元遊郭、投げ込み寺が近くにある

霊と出会可能性が高いのかもしれない

2017-09-05

連邦遊郭は似てる

見せて貰おうか。遊郭軍のモビルスーツの性能とやらを

2017-09-04

東京は忙しい

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170904/k10011126601000.html

元禄地震が来れば街には傾奇者が溢れ遊郭に通い人形浄瑠璃熱狂するようになる。

北の核ミサイルが炸裂すれば一転サイバーパンク世界になる。

2017-08-28

https://anond.hatelabo.jp/20170828174526

なるほどなあ

思っているからこそそれっぽい態度は出せない、か

言われてみるとなかなか深いな

俺は割と古来の遊郭文化とかも好きだし、幸薄い女のストーリー妄想するのも好きだし、なにぶん風俗行ってる当時は女に不自由していたわけだから嬢はありがたかったし、嬢は嬢として趣を感じて好きだったんだよな

日々の食事感謝するような面はあった

うーむ、難しいな

2017-05-13

詐話師吉田清治の亡霊

従軍売春婦問題国連委員会日韓合意見直し勧告したそうだが、従軍売春婦慰安婦ともいう)は詐話師吉田清治が金のためにでっち上げた嘘なんだろ?

なんでそんな嘘話が原因で日本がとやかく言われなきゃいけないんだ!

韓国北朝鮮中国が作り上げたでっちあげをまだ国連は信じているのか?

当時の日本朝鮮も貧しくて、日本なら遊郭朝鮮ならキーセンに娘が身売りされたことがあった。

日本軍が人さらいをしたことなんて無くて、キーセン借金のカタに娘を連れて行ったのだ。

非難されるべきは詐話師吉田清治記事を連載して世界を惑わした朝日新聞朝鮮キーセン経営者じゃないのか?

当時のキーセン経営者が今どこで何をやっているか知らないが。

2017-04-26

童貞ソープで捨てた

今まで25年間の人生彼女ができたことがない。

一生懸命恋愛しようとした。オシャレの勉強もした。女子が好きそうなカフェも探した。一生懸命LINEのやりとりしたりして、頑張ってアタックした。デートにこぎつけた人もいた。

なけなしの勇気を振り絞って告白もした。だけど、どの人もダメだった。自分恋人として、異性として見てもらえなかった。

そんなこんなで童貞のまま25になった。

このまま死んでしまうんじゃないか。誰にも求められないまま、誰かと愛し合う喜びを知らないまま、死んでしまうんじゃないか。そんな気がした。一人ぼっち未来が見えて、苦しかった。

友人に童貞であることを話した。そうしたら、風俗童貞を捨てることを勧められた。とりあえず、一回女の子身体を知ることは悪いことじゃないと思う、と言われた。

ものは試しだ。もうこの際、体裁なんて気にしていられない。ともかく、愛し合う喜びを、バーチャル恋愛ごっこでもいいから知りたいと思った。

Google検索して出てきたソープに予約の電話を入れた。年上のお姉さんを指名して、当日をまった。怖かったけど、決めたことだからやりきろうと思った。

当日。東京の某所で待ち合わせて、車でドライバーさんにピックアップしてもらって、吉原遊郭に行った。

お店に入って、お金を払って、アンケートを書いて、自分名前が呼ばれるのをまった。

名前を呼ばれて、部屋に行った。

風呂場にベッドがついたような不思議空間だった。

自己紹介をして、自分童貞であることを、風俗が初めてであることを伝えた。そうしたら、リードしてくれた。どうしたらよいのか、一から丁寧に教えてもらった。

自分で服を脱ぐように言われて脱いだら、今度は、お姉さんの服を脱がせるように言われた。

恐る恐る、お姉さんに触れた。まるでガラス細工に触るかのように。ゆっくり、丁寧に、一枚一枚脱がせた。

下着姿になった。アダルト雑誌の表紙とかでしか見たことがない女性の下着姿。それが目の前にあることが信じられなかった。下着もとってほしいと言われた。

恐る恐る、ブラを外した。パンツも恐る恐る下げた。

お姉さんが裸になった。

美しい、と思った。不思議と興奮はしなかった。ただ、美しいと感じた。女性身体ってこんなにきれいだったんだって思った。

胸のふくらみも身体のクビレも、局部の花びらも、脚の曲線も、全部が美しくて、愛おしかった。

気がついたら、ベッドでお互い横になって思わず抱きしめあっていた。

キスをした。その優しい微笑みが愛おしくてキスをした。女の人の唇ってこんなに柔らかかったんだって思った。

身体をなでるように触った。胸の膨らみも初めて触った。やわらかくて、すぐにとろけてしまいそうだった。

いい匂いがした。星野源は「くびすじのにおいがパンのよう」と歌ったが、そんな感じだった。甘い、優しい香りだった。

胸をしゃぶった。ガラス細工のように繊細なこの女性乱暴にしてはいけない、と思った。だから、愛おしむようにしゃぶった。

気持ちよさそうに喘いでくれた。お芝居だったのかもしれないけれど、それでも嬉しかった。

お姉さんは僕の息子に触ってくれた。こんなクソ童貞局部なんて大した価値もないだろうに、まるで子どもを愛おしむ母のように優しく触ってくれた。

僕の息子をしゃぶってくれた。舌触りでわかる。本当に、大切にしてくれた。とても気持ちがよかった。

お姉さんの局部も見せてもらった。初めてみる女性の花びら。

綺麗だった。全てを包み込むような、そんな感じがした。

「指をいれてみて」と言った。入れてみたら、中は暖かかった。ここに僕の息子が入るのかと思うと不思議だった。

お姉さんは「舐めてみてほしい」と言ってくれた。やり方がよくわからいから、恐る恐るだったけど、舐めてみた。舌使いは下手くそだったろうけど、できるだけ丁寧に、目の前の人を愛おしむように、花びらが痛くならないように一生懸命舐めた。

「優しくしてくれて嬉しい」と言ってくれた。

僕の息子が勃起して固くなっていたので、「中に入れてみる?」とお姉さんは言った。

本当はそのままの衝動に駆られていれたい気持ちでいっぱいだったけど、星野源が「セックスするときはちゃんとゴムつけろ」って言ってたから、ちゃんとゴムをつけた。

恐る恐るいれた。お姉さんが花びらの奥に導いてくれた。

暖かかった。包まれているような幸せな感じがあった。

腰を一生懸命動かしたけど、うまくいかなかったから、お姉さんに動いてもらうことにした。

すごく興奮した。気持ちよかった。一人でしごいていたのなんて、比にならないくらい心地よかった。

動きながら、キスをした。胸のふくらみもなでた。愛し合うってこういうことなだって実感がもてた。

今までずっと空っぽだった心が満たされた気がした。

興奮が最高潮に達して、イッた。お姉さんの中に(いや、厳密にはゴムの中にだけど)僕の白いカルピスが出てきた。

イッたあとにお姉さんが察してか、キュって締め付けてくれた。僕の息子のカルピスを求めるかのように。

カルピスが出終わった時、お姉さんの外に出た。

「たくさん出たね。興奮してくれたんだね。ありがとう。」と言ってくれた。

またキスをした。バーチャル恋愛なのはわかっている。わかっているけれど、目の前の人が愛おしくてキスをした。

「ありがとう」と僕も言った。

その後も、あんなことやそんなことをしながら、イチャイチャしてすごした。愛し合って、お互いを愛おしんだ。

そして時間が来た。お別れの時間だ。

終わってほしくなかった。こんなにも愛しあった人と離れてしまうのが苦しかった。

手を繋いで出口にむかった。

「初めての体験に私を選んでくれてありがとう。優しくしてくれてありがとう。」とお姉さんはいってくれた。

「僕の初めてになってくれてありがとう」と僕は言った。

そして別れた。

自分人生で一番濃密な100分だったかもしれない。こんなにも愛おしい気持ちになったのは初めてだと思う。

バーチャル恋愛ごっこなのはわかっている。だけど、間違いなく愛し合っていた。求めあっていた。本当の恋人と求め合うのはこんな感じなのかなと思った。

そうして、僕の100分間は終わった。

そして日常へと帰った。

これからどうしたらよいのか、わからない。だけど、一度でも「愛し合う」という経験をしたことは無駄じゃないと思った。

世の中の童貞諸君。一度、体験するのは悪くないと思いますよ。僕はバーチャル恋愛ごっこであっても、「愛し合う」という行為尊いものだと思った。

今は恋がしたい。バーチャルものじゃなくて、本当の恋。そうして、本当に好きな人と肌を重ねたいと思った。

できるかな。できたらいいな。

2016-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20161201044807

映画遊郭リンエピソードカットされたのは、予算と尺の都合でプロデューサーから説得されたからで、監督は当初リンエピソードも含めた原作丸丸の絵コンテを作って、全部映画にする気まんまんだったんだけどな

今後、売上げと評判が伸びればカットされた部分もアニメ化されるんじゃないの

http://anond.hatelabo.jp/20161128234150

絶賛の大半がすず一家を、あの時代の「普通」にしちゃてて気持ち悪い。

すずはかなり変わってるし。原作でも周到な狡さで悲惨さを隠蔽しちゃってるけど。

娘を居場所も顔も知らない家に住所の紙きれ一枚持たせて嫁がせるとか。

初対面、結婚式初夜のお努め、翌朝から家事炊事。

顔も知らない結婚相手は都合よくも、すずを好きで初恋の男より細身でイケメン

から処女なのに初めてあった男と抵抗もなく性交してる女性なら気味悪さや抵抗を感じても普通のはずが

なんとなくスルーされるようになってる。

ごつい初恋男よりブサメンでムキムキなんて方が可能性あったろうに。それだと陰惨になるから

優男なんだろう。すずは大ラッキーなわけで。

すずって名前のせいで連想しちゃった金子みすずなんか親に言われて結婚させられ

夫は浪費に浮気淋病みすず感染させ、彼女から詩作自由も奪った。

耐えられなくて離婚したが、淋病に苦しみ27歳で自殺してる。

当時の結婚は、そう甘くない。

舅姑ご近所はいい人ばかり。

あんなにラッキーな例は「普通」じゃないわな。

アニメの方は夫の元カノ遊郭に行ったリンも描かれてないっていうし。

そりゃ綺麗過ぎで、ますます普通」じゃない。

http://anond.hatelabo.jp/20161130122313

2016-11-30

この無数に重なり合う世界の片隅に。

終盤唐突差しまれる、被爆したとおぼしき、右手がずたずたになって、左手少女と繋いで焼け野原を歩く女性

これは、すずだ、と。

これは、本当の、すずだ。

すずさんは、広島で、子供かばって、被爆したのだ。

普通に、当然のように、そう思った。

始めに言っておくんだけど、多分こういう解釈はあちこちで出てて、多分「原作読めば分かるけど、それはこうだよ」って否定されてると思う。実際、原作を読めばそれだけで氷解する、阿呆みたいな、とんちんかんな、暴走妄想なのだと思う。

別にそれでいい。

ただの、原作未読で、映画も一回しか見てない僕のモウソウだ。「トトロで、サツキとメイは実は死んでました」のたぐいの話だ。

ただ、僕には、そう見えてしまった、ということをメモっておきたかった。

終盤に唐突に現れる、焼け野原を歩く女性は、すずだ、と思った。

本当のすず。

現実のすず。

今、そうであるすず。

じゃあ今までのは全部夢だったのかな。すずの妄想だったのかな。彼女はとても夢見がちで、どこかぼんやりしているのだ。

でも、思い返すと、すずが妊娠したんじゃないか?ってなった時、医者から出てくる様子が映されたのみで、どうなったか結論が何も出てこない。

勘違いだったのか?

食べ過ぎとかか?

生理不順か?

それとも……流産した?

それは、劇中では語られてない。まるで、触れてはいけないことのように、一切触れられない。

世界はこの時、分岐していたのではないか

流産した世界と。

無事に月を重ね、広島に帰って出産し、育て、そして……そして原爆に遭い、子供かばい、右手を失い、ほどなく死に、ウジに、ハエたかられる世界と。

たとえば、お義父さんがすずと晴美を米軍機の銃撃からかばったあとに、ばったり倒れたまま起き上がらないシーンがある。直後、徹夜してたために爆睡しちゃったのだ、と笑い話になる。

たとえば、すずが海と軍艦を絵に描いてると、憲兵に目をつけられ、手帳は取り上げられ、家まで押しかけられて家族皆が詰問される。直後、このすずさんが間諜って、そんなあほな!と笑い話になる。

シリアスになると、直後にお笑いオチになる。

本当の未来は違ったのではないか。あの時、お義父さんは米軍機の銃撃で死んでいたのではないか憲兵に目をつけられたすずは、そのまま連行拷問の末、獄死したのではないか

そうなった未来をすずは、棄却し、そうでない未来選択し直していたのではないか

どうやって?

そりゃあ、右手で。

すずの想像力の源、生きる力、癒やしの力、生み出す力で。

から、晴美の事故を、やり直せなかった。一緒に右手を失ったから。もう、左手でいがんだ世界しか描けなくなったから。

から原爆も。

でも、じゃあ、あれは、一体なんなのか。原爆焼け野原で、「本当のすず」が連れていた少女は。その子と「すず」が出会い、引き取るのは。

どうともしようがない。合理的な上手い説明など思いつかない。ただ、いくつか思うのは、もう世界線というか、時空は入り乱れてるように思う。原爆エネルギーなのか、なんなのか。

すずは幻想右手を取り戻して、いがんだ左手風景は消えて、そして鬼いちゃんは南方で毛むくじゃらの化物になり、ワニの嫁さんをもらって、過去の人さらいとなって、すずと周作を出会わせる。

貧しい生家から裕福な家に奉公に出され、奉公から出奔し、草津の家で座敷童になり、遊郭に拾われ、遊女となった、(そして「今」は空襲で死んでしまった)ひとりぼっちのりんの隣に、すずの幻想右手は、自分の姿を描き入れる。

ならば、もうひとつ世界の流れの、原爆惨禍に遭ったすずは、そうならなかった世界の流れのすずに、自分の娘を託すぐらいの事は出来たのではないだろうか、と僕は思うんだ。

その程度の奇跡は、起こせてもいいんじゃないかと思うんだ。

2016-11-20

北條リン物語

映画この世界の片隅に」を見てきた。

私はこの原作である漫画が不朽の名作であると思っていて、それを2時間の間口の広い映画として結実させた片渕監督は素晴らしいし、

映画は大変な傑作であるなと思いながらも、原作ファンとしてやはりどうしても白木リン物語割愛されていることが残念に思う。

そして、こちらのブログを読んで、ユリイカを買ってきて読んだ。

ユリイカこの世界の片隅に感想 【片渕監督の込めた「すず」という少女への愛】

http://www.club-typhoon.com/archives/8332896.html

短く綴られた理由にとともに

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「そこをつくらないと話にならないよ」って文句を言う人が出てきて、また続編をつくれるかもしれない(笑)

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という一文があった。

そうか、そうであれば存分に、めんどくさい原作ファンとして「話にならない!」と言わせてもらおうと思う。

以下、原作映画ネタバレどころか個人的妄想まで含まれるので、未読・未見の方は読まないことをお勧めします。

*****

すずは、絵を描く人である

基本的にはおおらかで、健やかな人であるけれど、少しぼんやり天然なところがある人として描かれている。

たぶん絵を描く人には同意してもらえると思うけど、絵を描くのが好きな人の一部は、現実自意識の間に透明のキャンバスというかレイヤーを持っていて、現実をそのレイヤーを通して見ているようなところがある。

それがない人と比べてほんのわずタイムラグがあったり、レイヤーおかしな働きのせいで見えている世界が違ったりすることがある。

ただ、それは彼女現実直視できないということではない、表には出さないがむしろ人一倍繊細に世界を感じる感受性を備えているのである。そのことは波のうさぎや白木リンとのエピソードなど、随所に現れていると思う。

そして、この物語の影の主役「白木リン」。

ほんの少し運命が違えば(具体的には周作の母が足を悪くしなければ)「北條リン」であったかもしれない女性である

周作はどうやら上官の付き合いで遊郭にあがりリン出会い、そして良い仲になった。ただ、おそらく身請けのための支度金の問題や、親族の反対にあい、そうこうしているうちに母が足を痛めたために、家に女の働き手がどうしても必要になった。そこで周作は「幼い頃出会ったあの女性であれば」と無茶を言ったのだと思われる。半分以上、探し出せなければそれでよい、という気持ちもあったのではないか

それがすずに対し後ろめたい北條家の秘密であり、何も知らずそれを受け入れるすずに対する周作の姉、径子の苛立ちの原因でもあっただろう。

径子は、おそらくそ性格からしてこうした企みに反対だったのだろうと思う。(映画の径子は本当に良かった)

結局のところ、原作においてその秘密はバレるのだが、すずは「代用品」であったことをただ心にしまう。

それはのちに明らかになる、すずにも水原に対して秘めた思いがあったことと対となっている。

けっきょくそれは周作とすずの初めての喧嘩、という形でお互いに秘密をかくしながら本音晒すという場面に行き着く。

それまでのすずはどこかまわりへの遠慮や壁を感じさせるところがあったが、それ以降、すずはリンに(周作がどうやらリンの嫁入りのために準備した)リンドウの茶碗を渡すまでに強くなる。この場面、そしてそのあとの桜の中のすずとリンは本当に美しい。

その後のリンとすずの交流は微笑ましくも緊張を孕んだもので、戦火が激しくなってくる状況と相まって本当に言葉にならない。家と家族をめぐる問答など、これらの場面はやはり2時間映画に収めるにはあまりに複雑で美しくも悲しく、どうやっても難しかったと思う。

ただここにこそ、この物語の奥深い、それでもこの世界の片隅に生きていかねばならない悲喜こもごもの、この物語の核があったのではないか

舞台である戦時の状況はより深刻になってゆき、やがて大きな悲劇がおきる。

映画はそこにフォーカスをあてて、話をわかりやすく整理している。それはおそらく興行として正しく、そして映画から原作へというルートを大きく開いているのだろう。それはおそらく、成功している。

ただやはり、原作読了したあとに、北條リン水原すずだったかもしれない「もしも」を思いつつ再読した時に感じた、大きな驚きと感動につながっている部分、それが映画にないことが、私はやはり残念でならない。

エンドロール原作に近しいコマ形式の紹介はあったし、おそらくそれは「ゼイタク」な話なんだろう。

ただ、私はやはり「この世界の片隅に」には白木リンエピソード必要で、文字どおりそれがないと「話にならない」と思う。

私はこの作品が大好きで、映画も素晴らしかった。この素晴らしい作品が、この世界にあってくれて良かった。

ただ、やはりこの作品映画から触れた人は、原作も是非読むべきだと思う。ぜひ、リンさんの強さと美しさに触れて欲しい。

まりですね、第二回クラウドファンディングまだっすか?

2016-11-18

匿名からこそ書ける『この世界の片隅にチェックポイント

この映画日常アニメとしても評価されており、確かにそうと言える。

ほんわかした笑いの連続劇場空気は温かいし。戦時中舞台にしているというのに、声を出して笑える映画だ。

その一方で暮らし様式や知恵、戦艦飛行機、情勢、草、花、木、鳥、全てにおいてリアルに描かれている。

このアニメアニメだと思えないほどリアルだと感じられるのは、このせいである。

そういえば、8月公開の「君の名は。」でもこの問題については言われていた。

背景をリアルにすることで、実写を見る感覚に近づく話だ。

そこで気付いたのだ。

君の名は。」と「この世界の片隅に」の共通点を。

まずタイトルが変なとこで終わっているね。そんなことはどうでもいいんだ。

君の名は。話題になったのは音楽の使い方だった。これが凄く似ているんだ。

RADWIMPSコトリンゴ音楽で話を進める力を持つ。この世界の片隅に挿入歌も数曲あるので音響よろしいとこで見るとよろしい。

また「その日」にどうやって進むのかという焦燥感なども同じポイントだ。

ここまではツイッターにでも書けることだ。

問題はここから

君の名は。」で一番話題になったのは、なんだった?

RADWIMPS

リアル風景描写

展開?

うん、違うよね。

そうだね、おっぱいだね。

君の名は。公開当日は「おっぱい」でツイッター感想反響スレが埋まっていたほどだった。

三葉のおっぱいのシーンCMで見るたび、諸君はドキドキしたであろう。

おっぱいで感動させ、おっぱいで笑わせる。すごいおっぱい映画だったんだ。

更に追い打ちをかけるのが口噛み酒。これは新海監督の確信犯だ。酷い男だ。

え、なんでおっぱいの話をしてるのかって?

決まってるじゃないか

この世界の片隅に』のおっぱいシーンはみんな見るべきだろ…………!!!!!!

超真面目なアニメの中に数秒入り込む全裸シーン。大画面で見る横乳に、「あれ、どうして、こんなシーンが入ってるの…!?」と混乱すること間違いなしだ。

そのおっぱい主人公のすずさんのものでは無いんだけど(すずさん、あんなに乳なさそうだし)、これまた入浴しているすずさんに、おっぱいがかぶさっている絵というのが最高。

●RECがたくさんつきそうなシーンがあるのだ。

しかアニメ界でも尊敬される監督と、有能アニメ会社MAPPA」の作画でそれを見ることが出来る。

おっぱいあんまり、という稀有あなたにも薦めたいのだが、予告を見ていただいたら分かるとおりキスシーンがある。

もっというと「初夜シーン」がある。「事後」もある。

しかしこれがまた、真面目に丁寧に品よく作られていて、子供が見ても「?」となる具合。しか大人が見たら「うぉぉおおお」となる演出になっている。

さらにはNTR!?というシーンもアリ、しかも超作画で超セクシー。生々しくて、あの絵柄で(!)ドキドキするのだ。

主人公すずが「この子はもうまったく…」といったぼんやりした子なのだが、時々女の顔になる。その時の色気具合ったらありゃしない。

隙だらけの色気というのか…なんなのか。声も良いよね、リアルで…。

しか主人公を取り合うのが、二人とも最高レベルイケメンボイスを作っている細谷さんと小野Dなのだから、色気出しすぎてて男女ともにドキドキしてしまう。

さておっぱいの話に戻るけど、バスケシーンの三葉はノーブラである。流石にキャミソールくらいは着ているものと推測できる。

終戦前の庶民というと、ブラジャーはまだ無かった。乳バンドかいうのはあったようだけど、それもパッドがついているようなものではなく、帯だったようだ(暮らしの手帖より)

まり、「この世界の片隅に」で出てくる主人公すず(18歳~)、遊郭女性や、気の強い義理のお姉さん、近所の奥さん、妹といった魅力あふれる女性たちは、みんなノーブラということにになる。ちなみにロリまで出てくる。

いかがだろうか。この世界の片隅にを見に行かなければならない理由は、以上にある。

こんなことあの真面目な映画で長々文章にできるアカウントブログ存在する気配が無いのだが、正直みんな思っていることを代弁したまでだ。

後悔は無い。

ごめんなさい。

2016-11-16

この世界の片隅に」がとてもエロいネタバレ注意。

注意。

ネタバレです。せっかくのパズルの答えを書いちゃう無粋な事です。さらに、それが正解かどうかも怪しいです。





映画観て、原作読んで、一つ思った事がある。

あれ?これってエロくないか?

状況証拠としては、ちょっと不穏なぐらいにエロいぞ。

いきなりの嫁入り。ばあちゃんから性教育

そして初夜。すずさん緊張してるけど、周作から「昔会ったことがある」と言われて少し安心

きちんと事を済ます

いやほんと、ちゃんと出来てしまものなのね。女子コミュニティの中で、予習していたからなのかな。

そしてそれなりの感慨を持って朝を迎えるすずさん…なのだが、その余韻を楽しむ間もなく家事をこなさねばならぬ。

その辺のリアル感がエロい

で、6月防空壕での、いちゃいちゃキスへ。初夜2月だったので、まあその位の時間が経った。

すずさん、かなり慣れた感じ。初夜の頃の「義務を果たさねば」というのと違って、楽しそう。

数を重ねてきたんだな。

ちょっと自信を持ちだしたすずさんの成長がエロい

で、9月に入って、順調に妊娠きた!と思ったら間違い。生理不順。

遊郭リンさんとの対話子供を産むことについて、女同士だから出来る会話。

男子を産む義務」とか「遊女という職業観」とか、男が決めた世界から隔絶した世界

である周作も男である以上入っていけない世界

それなのに、この二人、同じ男と肉体関係があるわけで。エロいことになってる。

そして、そのことに気づいてしまうすずさん。

子供も出来ないということも重なってか、SEXに心が入らない。

いやもうなんか、生々しいことが描かれている。

そして12月例のアレ

幼馴染の水原がくる。

映画で観ると、この幼馴染感による心理攻撃特に痛い。

出す側も、それを受ける周作側も。

すずさんの心の中心と関係を結んでいるのはどっちだ?という攻撃

肉体関係を結んでいるのは夫である周作だけど、それも最近結べているかどうか…。

ただ、この攻撃心、嫉妬心って、本人達意識的にやってるわけでもなく、無意識で出てきてる感じがする。

男らしい強い身体を持つ水原と、運動音痴の周作というコントラストもある。

まあ、当のすずさん自身は、そこにあまり気づいてなさそうというのが、またなんともね。

さあそして、例のシーン。周作がすずさんを水原に貸し出す。

同情、共感嫉妬マウントを取る…いろんな感情無意識下の周作にはあるんだろうけど、

しかしたらマッチョ水原となら、すずさん妊娠できるんじゃないか?自分は雄としてはあまり強くないし。

もしそうなったらすずさんの苦しみも減らせるんじゃないか…などという感情なのか建前なのかなにかとてもぐちゃぐちゃしたもの

一方すずさんは逆に、もし水原とそうなっても子供が出来ないか問題ないと夫が思っているんじゃないかと。物扱いされるのかと。

この辺、3人の思惑や計算がどれほどあったのかわからないけど、結局水原プラトニックのまますずさんの心に刻まれ選択をする。

でも本当にそれで良かったのだろうか。すずさんの中心に存在できたかもよ。

エロいさらにここにリンさんを絡めると、感情はぐちゃぐちゃだ。




と、まあ、このようにとてもエロいんだけど、お気づきになられただろうか?

基本的女性としての日常である。ただ日常であった事だ。

そういう意味で、とてもエロい

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