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2021-05-13

anond:20210513113759

ブチギレてるのかわからんけど日本語下手すぎやろ

日本ポスト、赤信号、一時停止標識赤色じゃない。」って主張してるわけじゃないぞ

国際照明委員会定義世界共通定義じゃないんだから当然だよなw

 

赤色」という定義世間一般でしようとしたら全体で明確な合意が取れないし、定義裁定出来る人もいないか定義ができないというのが正しくなる

定義するためには定義を決定する場所権限が無いといけないんだから当然だよな

2021-05-02

野球が嫌い

2021-04-29

著作権にも登記簿必要だと思う

売られているグッズには必ず著作権表示をつけないといけないくらい徹底されているのに、

積極的に売られなくなった作品著作権権利者にすら省みられなくなってしまう。

権利者の所在が分からなくなった著作物孤児著作物というけれど、

そういったものが産まれ根本的な原因は著作権という権利が無形式主義に基づく権利

まりその著作物が生まれたら自動的自然発生する権利であるからなんだよな。

企業解散、もしくは権利者の死亡で上手く著作権譲渡されなかった著作権本来消滅するのだけれど、

本当に譲渡されなかったかどうかを確かめる術はあまりにも少ない。

権利者が生きているのか死んでいるのかすらわからないこともある。

そういった理由で宙に浮いたまま誰が著作権を持っているのか分からなくなってしまった孤児著作物が世の中にはたくさんある。

 

日本を含めたいくつかの国には一応裁定制度という「ちゃんと探したけれど権利者がどこにいるのかわからなかったらつかってもいいよ」という仕組みがあるけれど

利用された例はまだ多くない(ファミコンミニジャンプに収録された北斗の拳とかヤマジュンパーフェクトのような使用例はあるんだけど)しその上

裁定制度根拠ベルヌ条約途上国向けの附属書に書かれている強制許諾という仕組みなのでそもそも先進国では条約違反なのではないかという声すらあるという。

 

著作権がどうなっているのか、

孤児著作物を減らすにはそういう風にして誰がどの版権を持っているかという情報を公にしていくしかないと思うんだよなあ・・・

もちろん無形式主義は維持しつつ、著作権著作者の手から離れたり著作者以外に利用されたりする時には登記義務づけるようにして

それが正しく行われず権利者が分からなくなったら強制的にパブリックドメインにするというのは何か問題あるかな

2021-04-09

anond:20210409090536

出川とか島田紳助の何を知ってるの?

全部客観的想像による仮定だろ?

低俗な人って吐き捨てるような人種

他人裁定しようなんて烏滸がましいぞ。

自分だけは正しいと思ってるの?

自分のこと棚に上げてるの?

正義感振りかざして悦に浸りたいならtwitterでやれよ。

2021-03-15

ビットコイン実体経済関係を考える

anond:20210314125208

考えるって言ったって妄想垂れ流すだけだけど

ビットコイン実体経済における源泉は電力だ。これは盛んに言われてるとおり。電力の他にGPU等のコンピュータリソースもあるけど、こっちは消費するもんじゃないし、ビットコイン単価と連携するのは電力の方。

したがって、ビットコインの高騰は電気料金の上昇圧になっていく可能性が高い。

一方、発電側を考えると、従来の大規模発電所に対して、太陽光や風力などのいわゆる再生可能エネルギーが脚光を浴びているわけだが、こういった発電は規模も小さいものが多く、人里離れたところに作らざるを得ない場合が多いので、送電コストや損失が大きな問題になることがある。

そこで、こういった小規模電力は基本的送電せず、現地でビットコインマイニングをすればよいのではないか、と考えている人は既にたくさんいそうで、これを突き詰めていくと、マイニングによる利益送電利益を上回るならマイニングして、そうではないなら送電に回すのが効率的になる。

この方式確立すれば、ビットコイン相場裁定が働くようになるので、売電市場ビットコイン相場が連動して、価格が安定するのが本来

現状はビットコインいかにも高すぎるが、こういった類の理路でやがて落ち着いていくのではないか

しかし、これだと再生可能エネルギーは作れば作っただけ熱として再放出されるだけで救われないね

2021-02-17

anond:20210217185557

ひこみゅはしね それが国の裁定 だから もういなくなる いらないだろ じっさいおたくなんて おれがおたくから そうおもう。

2021-01-22

神様信仰することのアホらしさ

タイトルで強烈な文言を述べたが、私個人神様信仰していない。私は神様ではなく自分幸福をもたらしてくれる縁や尊敬できる偉人信仰している。

私の家系日蓮宗であるが、それを意識することはほとんどない。葬式や父の実家仏壇を拝むときだけだ。クリスマス初詣もするし、お守りを持つこともある。

このような態度は無宗教と呼ばれ、日本人の多くはこれに分類される。中にはこれを宗教的態度の欠如である批判する人もいる。私が小学四年生の時の担任教師はこれをおかしいと非難した。

しかし、私はこのような「無宗教」が日本で起こったことや、無宗教の人が宗教恩恵にあずかれるのはおかしいことではないと思っている。

日本人宗教観は、この世には沢山の神様がいるという宗教である。この世のあらゆる事物にはそれぞれの神様が宿り、神様達の動きによりこの世界因果関係が決定されると考えた。それぞれの神様人間と同じく感情を持つものとして考えられ、祭祀信仰はその神様のご機嫌をとることに近かった。この宗教的態度は外国から仏教儒家思想キリスト教などが入ってきても変わらなかった。

このような宗教的態度が生まれた背景を和辻哲郎のエセー「風土」は日本(および東アジア)の雑多な生態系災害の多さに求めた。日本人古来より抗いがたい災害に見舞われ、それに耐える忍耐力を養った。そしてその気象条件は同時に命の恵みも与え、我が国植物動物の息吹があまねく見受けられるのである

こうした環境日本人精神を作り、その精神から人格を持つ沢山の神様を生み出したのである。これは自然環境が変わらぬ現在でも同じであり、欧米中東のような一神教的な絶対神日本征服できないのはこのような理由がある。一神教の神は、多神教神の国の一部として取り込まれるのだから

遠藤周作小説沈黙」では、日本に伝来したキリスト教の教えが日本根付かず改変されていることを元宣教師フェレイラが嘆くシーンがあるが、それは上の風土を考えれば当たり前のことなである

一方でキリスト教イスラム教などの一神教誕生したのは、砂漠の国中東からである。そこは日本とは全く異なる生命の息吹が皆無の殺意の大地である。そのような状況から砂漠の民のヒューマニズムへの関心はとりわけ高く、それが人間の味方である絶対唯一神への信仰を生み出した。

それがヨーロッパに入り浸透したのは、ヨーロッパ民族合理的従順だったかであるヨーロッパ生態系が単調で、人間からすれば自然は全部「役に立つ」ものだった。そこから古代ギリシャローマ代表される科学合理的思考がこの地で起こり、それはヒューマニズムに満ちた一神教を受け入れたのだ。

ここで、あらゆる神や宗教を吸収する多神教の国日本一神教が人々を統べる欧米中東差異が分かる。そして、これが日本無宗教を受容する態度と非難する態度の違いを生み出すのだ。

一神教宗教観は日本無宗教非難するが、それは無宗教神様信仰しないからだ。一神教の神は世界創造者で裁定者で救済者なのである。それを信仰することが彼らの人間として生きることの証なのだ。故に無宗教非人間的な態度であり、シリアルキラー同類存在なのだ。先の私の小学校先生無宗教人間として無節操な態度と考え、非道徳の理由無宗教に求めたのだ。

その上で私は一神教宗教家の方々の私の宗教観への批判反論したい。私が信仰しているのは神を持たない宗教であると。

先ほど私は日本宗教観ではこの世の事物にはそれぞれ神様がいると述べたが、それはあくまでいるだけであり信仰する神ではない。物事因果を神の所業と考えているが、それを起こす神が気まぐれでそれが沢山いる以上もうどうしようもないのだ。もしこれが人だったら早々と見限るような神々は沢山いるのだ。神は人を選ぶのだろうが、人間も神を選ぶのである

私も以前は神は正しいメッセージを授けてくださると思っていたが、いつまでたっても授けてくださらない。それは当たり前のことであり、雑多な風土に宿る神が雑多なメッセージ以上の何かを発信することは出来ないのだ。日本土地では裁定者たる神はいないのである。「沈黙」でも、主人公の前に裁定者は最後まで表れなかった。裁定者は日本という沼地で溺死したのだ。故に主人公は生きるという決意で生き延びたのだ。

沈黙」では神を心のなかで生きる存在と最終的に結論付けたが、私はその神の存在意義は最初から否定した方が楽なように思えるし、そちらが神様にとってもありがたいであろうと思う。そうでないと私は神様に対する「たかり」になってしま申し訳なさで死んでしまいそうだ。

何か危機に陥ったときにかつては祭祀加持祈祷に頼っていたであろうが、科学時代においては科学の方が日常生活では「烏合の衆」よりかは帰依出来る。

今のコロナ禍でも、精神的基盤を補強する役割以外では、神頼みよりも衛生的処置医療措置の方が遥かに大事なことはすぐに分かる。

では私は何を宗教に求めているかというと、私の心と世界とのコミュニケーションである。世の中には理不尽なことは沢山ある。そんなとき世界沈黙し私を嘲笑しているように錯覚することがある。

だが、それは私が世界とのコンタクト放棄しているかである世界は私を嘲笑していない、語りかける励ましの言葉はある。私がそれに気付くとき、私は心を開き癒されるのだ。その回路を開くことが私の宗教的態度である。私が信仰しているのはそうしたものである

私は長々とここまで語ったが、私は他人宗教的態度を否定するつもりは毛頭ない。私には私の納得する宗教的態度があり、それを大切にしている。故に他人にはここで語ったことに対抗しうるだけの宗教的態度があると考えられる。私はそれを侵すつもりはないし、相互不干渉を守りたいと思う。自分の守りたいものと同じように他人の守りたいものは守りたいのだ。

私の記事は以上だ。

2021-01-16

マックス・フェルスタッペンワールドチャンピオンになれない理由

フェルスタッペンの父ヨスが、ハミルトンと同じマシンマックスを乗せることを世界中が望んでいるという記事を拝見したので、個人的見解を述べさせてもらいます

結論から言いますが、たとえW11にマックスを乗せて直接争わせたとしても、彼がハミルトンに勝てなかった可能性が極めて高かったと考えられます。それは、レッドブルハイレーキマシンからメルセデスのローレーキマシンに乗り換えることで、異なる挙動マシンへの対応時間がかかるという意味ではなく、ドライバー個人ドライビング総合的なスキルが、ハミルトンに遠く及ばないという意味です。

まず第一に、フェルスタッペンシーズンを通して、ドライビング一定の波があります。近年のレースで例を挙げるなら、2018年メキシコGP2019年オーストリアGP、そして同年のドイツハンガリーブラジルのように、あるレースでは支配的、ないしそれに準ずるレースペースで走れても、2018年中国GP、同年のモナコなど、別のあるレースでは、自らのミスで取れるべきポイント、または優勝すらも取りこぼしています。一方のハミルトンは、自らのミスポイントを取り損ねたレースは、選手権行方が確定した後のものであれば、2019年ブラジルGP、そうでないものでは、2020年ロシアGPなどですが、さらにもう1つ直近のミスを列挙するためには、なんと2016年スペインGP、実に4年以上もの時間を遡ることになります。1ポイント差でチャンピオンが決まることもある選手権では、これほど走りの一貫性に差があっては、対決させる前から敗北は確定しているようなものです。

第二に、これは同じ世代の期待の若手ルクレールにも言えることなのですが、フェルスタッペン他者との接触や、際どいバトルが非常に多いドライバーです。デビューイヤーと比べると改善され続けてきてはいるのですが、それでも多すぎますし、第一理由と関わってくるのですが、それでポイントを取りこぼす場面が見られます

具体的な例を2つ挙げてみましょう。1つ目は、2018年ブラジルGP記憶に新しい、周回遅れのオコンとの接触で優勝を失ったあのレースです。多くの視聴者はフェルスタッペン一方的被害者だと考えているでしょうが、実際にはそうではありません。リプレイをよく見てもらえればすぐに分かるのですが、フェルスタッペンはオコンにスペースをほとんど残していません。オコンはフェルスタッペンと並んでターン2に侵入した際、イン側の縁石の内側に設けられたソーセージ状の縁石ギリギリまで寄せていますが、互いのタイヤサイドウォール同士ではなく、互いのタイヤの接地面同士が接触していますルールでは、バトルの際車1台分のスペースを残すことになっていますから、もしスペースを残していてそれでも接触したのなら、互いのサイドウォール同士が接触するはずで、今回は互いのタイヤの接地面同士ですから、どちらかがスペースを残していなくて接触したことになります。そしてオコンは目一杯イン側に寄せているわけですから、スペースを残さなかった犯人は当然フェルスタッペンとなります。フェルスタッペンは、自らの「だろう運転」で、優勝を失ったのです。勿論、オコンは周回遅れですから、周回を取り戻す際にはノーリスク、ノーバトルで追い抜かなければなりません。レース中に科せられる罰則のうち、失格の次に重い10秒のストップアンドゴーペナルティが科せられたこからもそれが分かりますしかし、インシデントに対する裁定根拠相手いくら非難したところで、目前だった優勝は絶対に返ってきません。したがって、自分は出来るだけのことをして接触を避けながら走行しなければならないのですが、この時のフェルスタッペンにはそれが出来ていませんでした。同年アメリカGPの、ハミルトンとフェルスタッペンの終盤のバトルを見れば、その技術リスクを見極める力の差は明らかです。ハミルトンはフェルスタッペンとのバトルの際、もし自分が強引に抜きにいけばどんなリスクを伴うか、非常によく理解していました。接触を避けるために常に細心の注意を払っており、レース後のインタビューでフェルスタッペンにスペースを与えすぎてしまったと話していたこからもそれが分かります。もし接触すれば、タイトル争いの終盤で痛すぎるポイントの取りこぼしがあること、つまりタイトルを争っていないフェルスタッペンと、争っている自分が、それぞれ何をどれくらい失うのかということを、よく分かっていました。これがハミルトンとフェルスタッペンの差なのです。

もう1つの例が、2019年メキシコGPです。辛辣評価になりますが、トップチームトップカテゴリーに在籍しているドライバーにあるまじきミスが目立ちました。まず予選での黄旗無視。これは非常に危険行為です。もしマーシャルコース上に出ていたらと考えると、3グリッド降格で済んでラッキーだったと考えるべきでしょう。そしてこのほんのささいなミスが決勝で大きく響いたことは、周知の事実です。スタートでは繰り上がりでフロントローを獲得した直線の非常に速いフェラーリに前を塞がれ、ターン1、2では一緒に並んでコーナーに侵入したハミルトンと軽い接触があり、互いにマシンコントロールを失ってシケインショートカットしながら通過。これによりフェルスタッペンは、アルボン、ボッタス、ハミルトン、そしてマクラーレンの2台にすら前に行かれて8番手まで後退してしまます。そしてさらに悪いことに、スタジアムセクションでボッタスを強引に抜いた際に接触によりタイヤパンクし、最後尾まで後退し万事休す。ハードタイヤに交換した後は、6番手まで追い上げるのが精一杯でした。このレース所謂3強チームは全車完走していますから事実上最後フィニッシュです。レッドブルはここ数年メキシコで非常に競争力のあるシャシーを持っていたこと、ホンダPUもその設計上高地シャシー同様非常に競争力があったことを考えれば、この結果がいかにチームの期待を下回っているか想像するのは容易です。まず、予選中の初歩的なミスが、スタートでの混乱と接触を招きました。黄旗無視によるグリッド降格が無く、ポールポジションからスタート出来ていれば、ターン1までの長いストレートフェラーリの脅威に晒された可能性は否定できないものの、最初シケイントップで通過することは、4番グリッドからスタートして同じことをするよりも遥かに簡単だったでしょう。それどころか、4番グリッドスタートハミルトンとの接触を招き、8番手という順位を彼に与えます。そして失った順位を取り返そうとボッタスに仕掛けた際には、さら接触し、パンクしたタイヤで1周してからピットインを余儀なくされるという最悪の事態を招いてしまます。予選のたった1つのミスが、次々と別のミス連鎖的に、とりわけ接触を招いているのが分かると思いますし、ボッタスとのインシデントに至っては全く不要接触だったと思いますレースペースは最速なのはほとんど間違いないのですから、直線まで待ってパワフルなホンダPUを使って安全に抜けば良かったのです。これは後付けの理論ではありません。フェルスタッペンがボッタスを抜いたのが4周目のスタジアムセクションで、残り周回数は67周もありましたから、オープニングラップのツケを払う余裕は十分にありました。しかし「自分相手がそれぞれ何をどれくらい失うのか」を見誤ったばかりに、そのチャンスすら失ったのです。今のF1競争が非常に激しいので、ほんの僅かなミスにつけこまれますし、ここまで幾重にもミスが重なれば、勝ちようがありません。ハミルトンが同じ立場であれば、間違いなく直線まで待ってからオーバーテイクを仕掛けたでしょう。

これで、フェルスタッペンが将来的に良いマシンを手に入れた場合にも、タイトル獲得の望みは薄い理由説明できたと思います。確かに彼の走りは活気があり、見ているものを熱くさせる、一番見ていて面白い走りをするドライバーです。フェルスタッペンの走りに見惚れてファンになる気持ちが凄くよく分かります。一方のハミルトンは、リスクを最小限に抑えた、悪く言えばとにかく目立たない走りをするドライバーです。フェアですが、隙が無いだけにその分派手さも無く、見ていてあまり楽しい走りをするタイプではないでしょう。しかしながら、これはあくまで見ている側の視点です。ドライバーは、熱い走りをするドライバーと呼ばれるためにF1で走っているわけではありません。シーズンが終わった後に、その年のワールドチャンピオンと呼ばれるために走っています。フェルスタッペンタイトルを取れないのは、メルセデスが圧倒的に速いマシンを持っているからというだけではないのです。彼が正しいドライビングが出来るようにならなければ、近いようで遠いタイトルへの苦難の道のりは続くでしょう。

2021-01-09

ニコニコ動画で有名な某F1解説動画、内容いい加減過ぎ問題

ニコニコF1タグで恐らく最大手のあのF1解説動画動画の内容が目に余るほどにお粗末。「解説」って言っときながら何の根拠もない自分見解述べるだけとか、事実と異なるどころか真逆の事すら書き始めてて、もうほんといい加減にしてほしいんだわ。見なきゃ良いとかそういう問題じゃなくて、こっちがいくら意味不明批判してる人間理屈立てて説明してもキリないんだよね。ぶっちゃけ日本国内で不当な批判してる人間、この人の解説動画F1Gate.comに毒されてる説マジで普通にあると思うよ。というかこの人がF1Gate.comみたいなアフィもどきの怪しいサイト斜め読みして動画作ってる可能性大。「この動画情報真実とは限りません」とか情報を1本の動画にまとめて発信する側の人間として失格な言い訳やめて、ちゃんとチームが出してるデブリーフをしてる動画とか、FIA.comのスチュワード裁定が書かれてる文書読んでから作る気にはならないの?自分感情抜きにしてインシデントのもの論理的評価する地頭とか持ってないの?はっきり言ってゴ○。無知視聴者ボイロで釣るだけの商売は楽でいいねえ。

さすがに批判コメだけだとただのアンチと同レベルから特に酷かった「解説」をいくつかピックアップしてみた。御本人が見つけた時に、是非参考にしていただきたい。できる頭があったらあそこまで酷くならないと思うけど。

2019年カナダGPベッテルの5秒のタイムペナルティに対して「個人的に厳しすぎる」と言い添える→これは「解説」ではない。これはあなた感想でしょ。優勝をペナルティで奪われたベッテル可哀想くらいにしか思ってないのが丸分かり。厳しすぎると思うのであれば、せめてその根拠くらい示すべきでは?100歩譲って示したとしても、コース復帰時のベッテル幅寄せが無ければハミルトンは前に出ていたことが、インシデントが発生する直前のタイムギャップなどから認められたから、スチュワードタイムペナルティを科したのであって、車両から送られてくるテレメトリーリプレイから得られる証拠を覆せるだけの根拠なんて、示せるわけないのはほとんど分かりきったことだけど、もし厳しすぎると思うならせめて根拠くらい示さないといけないのでは?ペナルティレース結果に直接影響を及ぼした時に、よくこのタイプ意見をよく見かけるけど、スチュワードは科したペナルティレース結果に介入するかは一切考慮しないのは周知の事実。少々話が外れるが、2018年中国GPで、上位2台がピットエントリーを通過してからSC宣言された時のボッタスとベッテルの「下位ドライバーが有利になった」という批判に対して、故チャーリー・ホワイティング氏が「安全管理が我々の仕事で、結果管理ではない(要約)」と反論していることからも見てとれる。SCが出たタイミングが下位ドライバーに有利に働いたのは文字通り結果論であり、どのタイミング宣言すればドライバー平等かなど、考慮するはずがない。これはペナルティを科す際も全く同じ。違反行為の重大さに応じて罰則を科すのであって、レース結果にどう影響するかも考慮してペナルティを科してしまったら、それこそ同じ違反行為に同じペナルティが科されなくなってしまい、この手の文句を言う人間がよくほざいてる「スチュワード一貫性が無い」状態になってしまうが、それを分かってて書いているのか?曲がりなりにも「解説動画」でしょ?誰もあなた感想なんて求めてないよ。

2018年ドイツGPハミルトンピットエントリー侵入後の区分線またぎについて「ペナルティは無かったようです」→これ特に酷かった。FIA.comに、このハミルトンの一連のインシデントについての裁定が書かれた文書があり、そこには「Decision:A Reprimand.(1st reprimand of the current season)」つまり、「処分:勧告処分(現在シーズンで1回目の勧告処分)」と書かれている。つまり最初に言った事実と異なるどころか真逆の事が書かれている。ペナルティは科されていないと解説しているのに、実際には勧告処分という罰則がきちんと科されている。ふざけてるのか?ぶっちゃけこの1点だけ取り上げても、いか適当動画を作っているかよく分かる。いくらなんでもこれは「真実とは限らない」じゃ通らないでしょ。こちらで確認した限りでは、この件についてなんの訂正削除謝罪も見てないんだけど、どういう神経してるの?もう少し自分発言責任つべきでは?

2020年ロシアGPハミルトンペナルティに対する無線の内容、表彰台での態度を槍玉に上げる→ハミルトン絡みのどいひーな解説多いと思わなくもない今日この頃。この人もしかしてハミルトン嫌いなだけなんじゃ?と思ってみたり。一応2018年シーズンからレース解説は全部見てるんだけど、おかしなこと言ってる時は大体いつもハミルトンが絡んでる。まあいいや。まず無線について、というか表彰台の態度もそうだけど、相手人間でしょ?ステアリングを握り続けた手やヘルメットが当たり続けた頭には跡がつくほどの負荷がかかるし、時に3リットルもの汗をかく。精神的にも肉体的にも疲れ果てた状態で、それでも紳士的に振る舞えというのは、この人だけに限らずあの時にハミルトン叩いてた連中も含めて、一体何様なの?と問いたい。一流のドライバー人間なのだから、時には頭に血が昇るし、悪態をつく時もあるに決まってるでしょ。2019年オーストリアGPライコネン中指立て批判した?あれ国際放送だとモザイク入れないといけないくら下品行為なんだけど、どうせライコネンはそういうキャラからとか言って笑ってたんでしょ?2018年ブラジルGP表彰式でのフェルスタッペンの態度は?批判した?どうせしてないでしょ?オコンにぶつかられて可哀想みたいなしょうもない感情論に流されてたんじゃない?これらの行為ハミルトン行為も、どちらも同じ「お行儀の悪い」行為なのに、片方は批判して、もう片方はしない、そんな人間他人の振る舞いを批判する権利なんか無いよ。ハミルトン叩いてる不特定多数の連中もそうだけど、単にハミルトンの態度が気にくわないか批判しているに過ぎない。もし、その態度や発言不適切と言いたいのなら、それを決めるのはスポンサーやチーム、またはスチュワードなどであって、少なくともあなたでは絶対にない。不適切であれば正されることは、ムジェロハミルトンが着ていたTシャツの一件が証明している。最も、あなた自分品位を下げることを厭わず気にくわないドライバーを叩きたいのなら、好きにすればいいと思う。

粗探しでもこれだけ出てきた上に、レース解説の方は各1回ずつしか見てなくて、F話本編の方は全く確認していないので、2019年イギリスGPのボッタスのタイヤ戦略を「ミス」と評価していた所など、戦略を雑に解説しているところなどをもっと細かく探せばいくらでも見つかると思う。視聴者が1日でも早くあの動画卒業することを祈ってる。てか、主が下調べしてから動画作れるようになれば済む話でしょ?いつになったら出来るの?あと、ホンダとかフェラーリとかのファン突撃されたときのために言っとくけど、こっちはハミルトン信者でもファンでもないからね。あしからず

2020-12-19

anond:20201215120649

町議を支持している人の本流はフェミニスト

フェミニスト目標女性が得られる利益を最大にすることなので姿勢は一貫している。

利益を最大にする方法が場面によって変わるため主張も合わせて変えているだけ。

速断が女性に有利に働くなら速断するよう主張する。

法の裁定を待つことが有利に働くなら裁定を待つよう主張する。

2020-12-07

群馬県みどり市議会で「除名」された議員はその後知事裁定だったか何かで不当とみなされて復帰したけど

あれは一応当選したということは民意に支持されたのであって・・みたいなコメントが有った記憶がある。

でも「住民投票での失職」だとそれも民意なわけで、ではなぜ当選したのかと思ってしまう。

2020-11-26

anond:20201126001237

さっきの婚活女子もそうだったけどリスケ問題じゃナインだよ

一目でなし裁定、すぐ帰るわけにもいかから1時間って区切ってんだよな

さっきの婚活女子お見合いしたらどうだろうか

2020-11-15

anond:20201115055219

カッコいいは醜い、醜いは美しい

人間善悪裁定する能力をもたない

あるように思えるのはすべてごっこ遊び

2020-11-09

anond:20200728112958

村人が行動せざるをえない情報意図的改ざんして流したのは大きな罪でしょう

(罪の定義が村人が村人の行動に対しての裁量範囲内だったとして)

しろその少年が村人が行動する動作が見たいという欲求を満たすために不必要実態のない情報を使って行動させ

その行動がコストに見合ったリスクとリターンを得るべくして構成されていたのに完全に虚実としてコストのみ消費させる

村に対し損害を成すことであるのにその支払いを求めなかった事は村人たちの善意でしょう

団地の非常ベルを鳴らすと非日常的な状態が展開するので楽しいから押すのは非常ボタンを設置している団地の責任ではないですよね

オオカミ少年問題事実の伴わない物語を口走るいわゆる「嘘」発言することが楽しかったわけではなく

狼がこようがこまいが狼対策で行動をする村人たちの姿 そのコストを浪費する姿を見ることが楽しかたことが問題です


他の何かの行動で問題行動を回避し満足感を得るように行動を制限させるべきは親の仕事で彼の行動を制限したり教育してその警報部分を触らせないようにする必要があったのは監督者の責任ですが

監督者が愉快犯教育していないことが悪いという言い方もおそらくできますが この物語で大切なのはこれを教訓として特定読み手特定の知見を得てもらうためです

それは無邪気に嘘をつくような若年者に おまえに罰がくだるぞという教育方法自分デメリットしか物事価値をはかれない相手に 嘘はよくないという事柄を伝えるためです

監督者の責任で嘘をつくことが 自分を育ててくれて保護してくれてる相手に損害を与え申し訳ない思いをし それは自分自身の損失よりさらに大きい反省をする感受性のある相手にならば監督者の責任を問う物語になっていたでしょう



あと余談ですが「嘘」というのが「ただの言葉の羅列でつかいどころによる何か」みたいな定義にされているでしょうか

現状まだ発生していないことに対するものすべてを嘘といえば嘘になるかと思いますが それは「予定」となにが違うのでしょうか 「約束」は嘘に「まだなっていない」だけで嘘と呼んではいけないのでしょうか

現実になる可能性の低い見込みのものを敢えて または情報を伝達された人がおおよそ予想するであろう事を反映しない結果に至ることをしっていて 情報を伝達することがおおよそ「嘘」の類でしょう

それならば手品も嘘になりますし ぜったい行くといっておいていけない可能性があるけどする約束は嘘になるでしょうか

結果当事者となる人が先に予定していたものと異なる結果になった時点のことを嘘といって その可能性を排除するために事前に失敗の予測を「嘘(の可能性)」として認識するのではないでしょうか

すると今日の夜「狼がきた」という嘘(狼が来るのは明日の夜)でその発生時点から行動して有効対策が打ち終わる時点までにおいて狼が来なかったら「嘘」で行動を終了して撤退するはずです

しかし翌日狼が来たら「誤差1日で予言が的中した」と言えなくはないですが言う意味はありません むしろ対策行動にでるタイミングをずらしたというのはフェイントをかけた形になり意図的侵害行為でしょう

少年が正常な精神状態でなかった場合狼がみえしまっていた可能性があったとしてもその少年を「管理」や「治療」することがなかったことが村人の善意だったのかもしれませんし またその行動を制限しなかったことが「少年が行動したかたことの自由制限した」ことでもないので良心ではあるでしょう

どう考えても少年無知による楽しみとそれが楽しかったとしても支払うべきコストには見合わないことを知らなかったことが問題でしょう

無知は罪だったこと その無知による他者へ行動を要求する傲慢さは支払いをもとめられること この構造理解してもらうために少年という悪が罰を受けるという説明的な物語になるのは合理的でしょう

少年はすこしも救われるべきではないし発言する前からそれが事実とはことなることを情報として発信することには大きく問題があることを知ってもらう必要はあります

少年自分だけは助かるなどという選択肢はありません 一人で生きていけるなら少年は嘘をつく旅に出て一人で暮らしてもいいはずです 少年は村人をつかってあそびたい 村人の中に居て共に生きていくうえで問題行動をしたいという破壊的な問題要素そのもです

嘘をついても反省すれば許されるという許容が村といった自治形成する組織適用されるものか 村とはどんな組織か 教育とは何か を「嘘ついたら死ぬぞ」でしか知見を得られない知識レベルの人に教えることはできません

オオカミ少年は死んで当然でした

嘘が許される社会形成について教育について話を書くのであれば かなう可能性のない自己責任約束を行いそれが守れなかったときに後悔と反省を踏まえ自己犠牲により対象となる包括組織に報いるべきでしょう

そんなのはジャンプヒーロー漫画でしょっちょうやってるので、オオカミ少年を小難しい大人の話にぼかして問題である嘘(ついてる時点ですでに破綻しているので社会的に裁定が下される時点で罪で悪)をなにかしらいい話にフィーチャーする必要もないでしょう

シンプルに「嘘ついたら死ぬストーリーの単純で明快な話を ごちゃごちゃと手を加えて意味の解らない話にするならもうむしろ少年以外でもなんでもいい話です

おそらく元増田が混ぜ込みたい「嘘とは範囲がひろくていいウソわるいウソ(罪とされるされないの差のあるものがある)」は、嘘という名前になっている時点で「嘘(害悪)」です。

根拠がない警報を鳴らし続けることが特訓になるとして、そのコスト無駄に支払わせる決議権がなんの同意もなしに唐突少年などにふりそそぐものでしょうか 社会崩壊してます

嘘は嘘です 失敗した予定は失敗した理由を挙げて次回に反省をして改善をしていくことで 嘘≠失敗 ではない履歴にのこせます

狼がきていないけれども 狼が来たぞと警報をだしてみた もしきてたらすごいことなので というのは 記録して反省してどうすべきか考えれば「狼がきていない時の状態でも緊急体制をとっておく」でしょうか

いつでも対応できることでしょうか そのコストを払えるだけの村の収益を大きくすることでしょうか そんなビジョンの話はまた別です この童話は「当事者責任をとる」がそんな漢字を知らない子供にもわかるようにしたものです

それを言い伝えるほうの大人がいい年して情報の扱い方もわからず達成できなかった事象についてなんでも嘘といったり改善できる過去の失敗を嘘といったり語彙が足りないことには嘆かざるをえないでしょう

2020-10-29

anond:20201029083026

ただ単純に「禁止」つまり例外なく絶対的禁止」した場合裁定である例えば主催とか公式とかもその規則に縛られちゃうわけよ。

原則禁止」ってのは「一般には禁止なんだけど、なにか不都合があったり追い詰められたりするときのために、公式側は手のひらを返す余地を残しておくよ」という意味表現なのだ

2020-10-03

急募レスジャッジAI

あらゆるコミュニティで延々と

「俺の方が正しい」「いや、私の方が正しい」という平行線の水掛け論が繰り返されている

なぜこうなるのかというと1つは「人類の愚かさ」これを解決するにはあと200世紀はかかるだろう。

もう1つは客観的裁定の不在。

溺れてしまうほどに水掛け論が繰り返される原因としてどちらも自分が正しいと思っている

あるいは、うすうす間違いに気が付いていても相手疲弊させればうやむやにできることを知っているからだ。

そういうわけで客観的裁定を下して結論を出すAIを至急支給してほしい。

2020-10-02

anond:20201001124407

それって否定する声をひろってばかりいるってことじゃないの?

1000人中800人が否定から意見が少ないので800人側採用しますとか多数決とかそういう裁定を持ち込む必要なくない?

シェアが1000としてユーザーが80くらいしか獲得できなかったらシェアで割った存在感自己評価しなくても80の意見と120の可能性へのアプローチをしていけばよくない?

800も否定的な意見があるからそれを採用しないといけないとかいう謎ルール否定的な声を拾わなくてはなにかについて平等じゃないとかそれでお客気どりとかおかしいとおもうのだけれども

なんで否定的な意見無視しないの?

2020-09-29

[] #88-12「マスダの法則

≪ 前

我ながら、何とも支離滅裂な夢を見た。

夢とは得てしてそういうものだが、寝覚めの悪さは否定できない。

思考速度が鈍り、倦怠感は体全体にのしかかる。

この気だるさは低血圧けが原因じゃない。

昨日の疲労冷凍諸君エナジードリンクが体に残っているからだ。

“あの時”に限りなく近い、最悪の状態

だが、それは理想状態ともいえた。

「あー……そうだ、これこれ、この感じ」

まとわりつく不快感に、かえって笑みがこぼれた。

自分の体が、自分の思っていた通りの状態になっている。

それが絶不調という形であれ、目論見どおりであることには変わりない。


これが俺の法則において重要な部分だ。

課題レポートのように掲げるならば『バロメーターバイオリズム因果関係相互作用』といったところだろうか。

まあ、これは超個人的な究明でしかないので、ここでは“マスダメーター”だとか“マスダイズム”とでも呼ぼう。

このマスダメーターは調子の良し悪しを指標する、いわば基準値のようなものだ。

大まかに身体」・「精神」・「神経」などに分類しているが、これらは相互作用している。

今の俺が正にそうだな。

疲れているのに重たい料理を食べたから消化不良を起こし、その消化不良とエナジードリンク睡眠不足に繋がる。

それぞれの要素が絡み合って今朝の不調に繋がり、その不調が更なる不調を生む。

これがバイオリズム……じゃなくて、マスダイズムにも悪影響を及ぼす。

マスダイズムとは、個人的に「何となく気になること」や「何となくやっていること」を概念的に纏めたものだ。

俺が毎日やっている、テレビチャンネルと音量を10にするというのもコレに含まれる。

とはいえ、これ自体パフォーマンスに大きく影響しない。

気になっても引きずらないし、やらなかったとしても後悔に値しない、そんな些細なものだ。

一瞬、体の中を通過していくだけ。

しかし、マスダメーターが不調だと、この“通過”が円滑に行えなくなる。

どうでもいいことを必要以上に気にしたり、悪い方に考えたりする。

占いを信じてもいないのに、やたらと気にしていたのも、そのせいだろう。

やらなくてもいいことに対して成功・失敗の二元論で判定してしまう。

あの時、俺が「しまった」と思ったのも、それが原因だ。

それに悩んだところで、不調で思考も働かなかったのだから、納得のいく結果・結論なんて出てくるわけがない。

そうして最初に抱えていた不調を解消できないまま不平不満が重なり、負の連鎖へと繋がる悪循環が生まれたってわけだ。

噛み砕いていうなら「調子の悪い人間が何かをやれば、それは悪い結果になりやすい。そして悪い結果を出してしまった人間は、更に調子が悪くなる」みたいな話さ。

そして、結果というものは、結果を出した人間というもの他者にも影響を及ぼす。

それが授業中にやたらと名指しされる因果へと繋がったってわけだ。

…………

法則さえ解明されれば、後はこっちのものだ。

要点さえ抑えておけば、テスト赤点をとることはない。

本質理解は、運命裁定権を意のままにするんだ。

まり俺の思うまま、この日は最悪だったってこと。

「心ここにあらずといった感じだな」

5時限目、シマウマ先生の声が教室内に鳴り響く。

「そんなに悠々としているとは、私の話を聞くまでもなく解答できるというアピール……そう解釈してよろしいかな?」

ボーっとしていたので主語は聞き逃してしまったが、その言葉が誰を指しているかは明白だった。

もちろん、授業の内容は頭に入っていないので答えられるわけがない。

これから俺は的外れな解答をして、先生に嫌味たっぷり説教を聞かされるのだろう。

しかし気負いはなかった。

馬面教師の宣告と共に、俺は“答え合わせ”を終えていたのだから

その事実をかみ締めながら、俺は自分の口元を左手で覆い隠す。

それは感情が表に出すぎた時、思わずやってしまう癖だった。

この癖を仲の良いクラスメートは知っているが、いま俺の口元がどのような感情を表しているか、そこまでは分からないに違いない。

だが、それでいい。

この法則と同じで、これは個人的で、誰も共感しなくていいことだ。

からこそ、せめて自分が納得できる結論を求めなきゃいけない。

それこそが俺の、俺による、俺のための法則と、その証明なんだ。

(#88-おわり)

2020-09-23

15年前に飲酒運転で捕まった競馬騎手の話

ある競馬騎手がいた。

その騎手は、2005年飲酒運転交番に突っ込む事故を起こした。

その事案に対してJRAが下した裁定は「4か月間の騎乗停止」だった。2020年では考えられないくらいの軽い裁定だ。

だが、その軽い裁定は、10年以上後に素晴らしい結果を導いた。

その騎手は、オジュウチョウサンという障害レースレジェンド誕生させたのだ。

そう、その騎手名前は、石神深一

今みたいに飲酒運転に厳しい世の中だったら、この名コンビは生まれていない。この事実もっと知られておくべきだろう。

2020-09-04

これからAIもっとも期待していること

ずばり裁判官としての役割に尽きる。

人種差別問題にしてもいじめ問題にしても、当事者同士が罪を認定して裁きを下し合うことが諸悪の根源だという確信がある。

なにか揉め事が起きたら、すべての解決AIに委ねる。

罪も罰もAI裁定すれば、すべて公平な世の中になる。

要するにすべてを決定できる神が存在する世界必要だということ。

これ以外に力を持った人間支配される世の中から脱する方法はない。断言しても良い。

2020-08-03

卓をするのに疲れてしまった。

TRPGCoCクトゥルフ神話TRPG) CoCTRPGの中の一つとして捉えます。下記の内容はCoCプレイしている人間のことになります

※「自分(筆者)がこう感じているからこうしろ」という意見押し付け目的ではありません、「このような考えの人間もいるんだ」という一つの考えの形として捉えて頂ければ…。

文章推敲しておらず、一発書きです。ご了承の上読む方はお読みください。

 

 

卓をすることに疲れてしまった、KPとしてもPLとしてもだ。

精神的に摩耗している時に無理をしてやるものではないと改めて感じた。

吐き出しておかないとまた同じことを繰り返してしまうように感じるので、匿名ダイアリーとして此処に記しておく。

 

 

精神的に疲弊したと感じる要因は幾つも在る。

 

 

①KPとしての負担・日程調整 (KP)

シナリオを読み込み、部屋の準備をし、日程調整をして卓を実施、卓中には裁定や卓の進行を担い、実際に卓が終わった後には片づけをする。

複数卓を管理するとなれば、それを何個も掛け持ちする形となる。

実際、自分には到底複数の卓をマネジメントするスキルは無いと感じていたので、自身がKPをする卓の数はかなりセーブしてきた。

まり積極的にPL募集を掛けず、月に数回、KPができればいいかなと言ったその程度だった。

KP未経験でPLに専念と言うプレイヤーが周囲に多いため、KPにかかる上記負担を「わかりたくてもわかれない」人が多かった。

KPが「大変」といったところで、経験していない人には想像するための材料すらない。

 

 

例えば日程調整であれば、予定日程もしくは表等を作成し、合う日程を決定、時間帯を決定。もしも決まらなければ延期、どれくらいまでになら次の予定がわかるか尋ねる。

ただ伝助などのツールを使って作成するだけではないか。合うところを決定事項として下しているだけではないか

そう思う人もいるだろう。しかし、合った時は確かにそうだが、「合わなかったとき」の精神的な負担はかなり大きいように個人的には感じる。

卓の日取りが確定すれば準備はいつまで、Characterシートの提出もいつまでと逆算もできるのだが(準備してから日程を合わせる場合もあるけども)、それができないとなると全体的なスケジュールの把握すら難しいものとなってしまう。

見通しが立たないがゆえに、有耶無耶になって結局1年以上放置されてしまった卓もあった。今も、その卓の参加希望から連絡はない。

連絡を取ろうとしても、ふらりとかわされたり忘れ去られていたり、連絡がとれなくなったりと、打つ手がなかった。

修羅の参加希望者のために日程をかなり後ろ倒しにすることになりほかの方の日程も分らないため、結局いつから開始できるかが有耶無耶のものもあった。

そうして「卓をしよう」という約束自体が風化し、誰も何も発することなメッセージけが残り続ける。

悲しくなった。

参加希望者は卓をしたいのではなかったのだろうか。自分は何のために準備をしていたのだろうか。

「やる」「やらない」すらわからないことを何年も気にかけ続けるのは、もう嫌になってしまった。

 

 

他にも、裁定に関しても悩むことがあった。

何かをPLから提案されたとき、KPは常識だけではなく(常識、といってもあくまで『自分』にとっての常識なのでこれを過信するのは危険)、ゲームバランス提案を受け入れた場合の状況の変化等も加味して判断を下さなければならないと自分は考えている。

提案を常に飲むことはできないのだが、なるべく取り入れられるようにしてきた。それでも受け入れられないときは、説明できる限りの理由を話した。

KP経験者ならわかるのかもしれないが、ゲームバランス提案を両立させる匙加減と言うのは非常に難しい、と思う。

だが、中には「提案を受け入れられなかった」という事実だけで機嫌を損ねてしまうPLも少なくはない。

直接不平不満を唱えなくとも、RP他人に当たったり、荒々しくふるまったり無言になったりされると、卓内の空気自体が悪くなってしまう。

提案を捌くのが怖くなり、提案をされるたびに「却下したら不機嫌になるだろうか」と肝を冷やすようになってしまった。とてもではないが、楽しめない。

 

 

KPもまた、卓を囲む仲間である。敵ではなく、共に進んでいく仲間なのだと。

負担を一人で背負い込み、一人で恐怖しているなかで、自分は何のために卓をしているのかがわからなくなってしまった。

 

 

②身内卓と言う環境

身内卓という閉じた環境の為、同じ人と何度も卓を繰り返していくことになる。

だんだんと、「なあなあ」な雰囲気が作られて行き、何でも許されるような環境が作られて行ってしまう。

連絡無視遅刻、無断欠席、ダブルライド音信不通失踪

何度も繰り返されると、もう信頼すらできなくなってしまう。

事前に何もなく、急にとなるとこちらはどのようにすればいいのかわからない。何もできない。

 

 

プレイ傾向の不一致

これはPL同士やKPとの相性だと思うのだが、プレイ傾向の不一致でもやもやすることも多かった。

NPCの扱いや探索の方針目的などが摺合せされないまま、ばらばらな方向に物語が進んでいく。

自分PCはこういう傾向があり、こうだからこうする」と伝えても、向こうからの発信がなければどうすることもできない。

「こうしたいがどうだろうか」と相談しても「はい」「それでいいです」で終わってしまい、本当にそれでいいのか不安になってしまう。

PL視点PC視点が混ざり、「NPCはこの卓のみで終わりだがPL同士の関わりは続くのでPC同士だけを信頼したい」「NPCはKPが管理するので信用できない」と言われたときはどのようにすればいいのか悩んでしまった。

自分の傾向と会う人間プレイすればいいじゃないか、と思われるかもしれない。

しかプレイ傾向は一緒に遊んでみるまで分からないし、自分の傾向を把握している人は多くはない。

から自分の傾向に合う人と一緒に遊ぶ、というのは考えている以上にハードルの高いことなのだと自分は思う。

 

 

恐らく、まだ言語化できていない理由もあるだろう。

これからひとつ趣味として、入れ込みすぎることなく付き合っていきたい。

2020-07-27

anond:20200726114447

清潔であることと清潔感があることは違う

因果が逆転してる

多少の魅力を感じてるから、清潔「感」があると感じるんだよ

清潔にしてても魅力を感じなければ、清潔「感」は感じない

たんに清潔であるという客観的事実があるだけ


極論をいえば、潔癖症気味の人が所構わず消毒して回ってるのをみて

人類の9割が魅力を感じるか?ってこと

清潔=清潔感がある=魅力があるとなるのは3割くらいだろう

甘め裁定

2020-07-19

anond:20200718001048

ナンバーツーの系譜に名を連ねる渡辺明が、次代のナンバーワンの台頭によって久々に注目されている。

長年の将棋ファン的には、歴史必然というか、ついに渡辺明にもこのときが来たな、という感想を持つ。

将棋界というのは不思議なところで、いつの次代も絶対的ナンバーワンが存在する。

圧倒的な棋力で他の棋士を寄せ付けず、2、30年君臨し、次代のナンバーワンに禅譲する。

次代のナンバーワンはデビュー時点で文字通りのトップレベルの棋力を備え(*1)、また2、30年棋界に君臨する。

"常勝将軍"木村義雄(*2)、"巨星"大山康晴(*3)、"棋界の太陽"中原誠(*4)、"永世七冠"羽生善治、そしておそらくは藤井聡太だ。

ナンバーワンがいるならナンバーツーもいる。

中には全盛期にナンバーワンに勝てなかっただけみたいな棋士もいる。

ナンバーツーに誰を入れるかは2ch将棋板でも議論になるところだが、升田幸三(*5)、米長邦雄(*6)、谷川浩司(*7)、渡辺明は間違いない。

これに加藤一二三(*8)、佐藤康光(*9)、森内俊之(*10)あたりを入れるか、あるいはもっと色々な棋士が含まれるか、そもそもナンバーツーと言えるほど絶対的棋士谷川だけ、2番手集団で十分、以下略

絶対的ナンバーワンには必然的に記録がついてくる。

印象的なエピソードが数多あっても、決して色褪せない圧倒的な数字には及ばない。

逆に言うと、ナンバーツーも記憶には残る。

しろ万年2位の悲喜こもごもにこそ、心動かされるのが人の性ではなかろうか。

俺はそういうエピソードが好きだ。

木村義雄名人に糞と言い放った升田幸三。そのくせ陣屋事件引き起こし升田幸三。(*11)

大山いじめられ続け(と中原にまで言われる)、大山が衰えてやっと短い全盛期を迎え、中原と互角にやりあい名人も奪った加藤一二三。(*12)

二十歳そこそこの森下卓に頭を下げてまで自らの将棋を鍛え直し、49歳にして中原を下し名人位についた米長(*13)。

7番勝負最中阪神大震災被災し、関西将棋ファンの期待を一身に背負った王将戦羽生六冠王の挑戦を退けた谷川(*14)。

羽生と初代永世竜王をかけて戦い、棋界初の三連敗四連勝で竜王を守りきった渡辺明(*15)。

そして藤井聡太の初戴冠において、カメラを背負う側となった渡辺明

渡辺明は常々、記憶より記録に残る棋士になりたいと語る。

何より重要なのはタイトル獲得数、と語る。

一方で、羽生さんは本当にすごい、と語る。

自身ナンバーワンに連なる存在でないことを自覚し、自分羽生藤井聡太の間の棋士だ、と、悟ったようなことを語る。

そして、あまり語ってはいないが、名人に対するこだわりは絶対にあると思う。

渡辺明棋士の割にまともっぽい人だ。

三浦冤罪事件を起こしたクソ野郎だ。

ただまあ棋士なんて常識が無い人間ばかりなので、それはそれでいいんじゃないですかね。

渡辺明が悲願の名人を獲り、そして藤井聡太の挑戦を受けたりしたら、クッソ盛り上がるだろうな。

脚注

1. デビュー時点でトップレベル

谷川渡辺明プロ入直後の成績は中原羽生藤井聡太と比べると劣る。当時のトップレベルから少し(渡辺明大分?)落ちるようだ。

2. 木村義雄

名人8期(現役晩年まで名人しかタイトルが無かった)、十四世名人

十三名人関根金次郎の弟子。十二世名人小野五平や坂田(阪田)三吉から指導を受けたらしい。

3. 大山康晴

タイトル通算80期、十五世名人、他に永世称号4つ。

木見金治郎九段門下。

本文では中原デビュー後すぐにトップ棋士の座を譲った風に書いているが、中原誠に勝てなかっただけで他の棋士には変わらず勝ちまくっていた。

中原デビュー後の10年間は大山中原時代と言っていいだろう。

4. 中原誠

タイトル通算64期、十六世名人、他に永世称号4つ。

高柳敏夫名誉九段門下。

5. 升田幸三

タイトル通算7期、実力制第四代名人

木見金治郎九段門下、大山兄弟子。

6. 米長邦雄

タイトル通算19期、永世棋聖、。

佐瀬勇次名誉九段門下。膝に扇子を突き立て肘を乗せるスタイル木村王位ら一部の佐瀬門下に受け継がれている。

7. 谷川浩司

タイトル通算27期、十七世名人資格保持者。

8. 加藤一二三

タイトル通算8期。

永世称号が無いのに、何故か実力制第六代名人とは呼ばれない。

9. 佐藤康光

タイトル通算13期、永世棋聖資格保持者。現将棋連盟会長

10. 森内俊之

タイトル通算12期、十八世名人資格保持者、永世名人(名人通算5期)を羽生より先にとった。

11. 陣屋事件

第1期王将戦(木村義雄名人対升田)は升田の4勝1敗で王将獲得となったが、第6局が木村名人の香落ちで行われることになっていた。

当時の王将戦はそういう難しい規則だった。

升田は対局場である陣屋旅館まで来るも結局対局を拒否し、大騒動に発展する。

真相不明。升田は自身の子供のころからの夢「名人香車を引いて勝つ」と名人侮辱するかのような香落ち対局の間で葛藤し、このような行為に至ったのではないかとか言われている。

棋士総会より一任された木村義雄裁定により、升田の処分はお咎め無しとなった。

ちなみに大山王将(名人)との第5期王将戦では升田は香落ち上手も指して勝った(http://www.ne.jp/asahi/yaston/shogi/osyo/osyosen/05/osyo05.htm)。

12. 加藤一二三名人

翌年21歳の谷川に奪取された(史上最年少名人)。谷川によると、「加藤先生には申し訳ないが、名人中原先生であって欲しかった」。

13. 米長名人

名人就位式で「来年あいつ(羽生)が獲りに来る」と予言し、翌年本当に羽生に奪取された。

14. 谷川王将

翌年羽生は六冠を保持したまま再び挑戦者に名乗りを上げ、さすがの谷川もついに土俵を割る。寝癖の七冠王誕生時にカメラを背負った。

15. 第21期竜王戦七番勝負

当時渡辺明竜王連続4期、羽生通算6期であった。羽生が卓越した大局観を見せつけた第1局、渡辺明が激戦を制した第4局、第7局が名高い。

でも渡辺明は他タイトルは挑戦もろくにできないまま永世竜王になったため、当時の将棋ファン評価微妙な感じだったように思う。

その他

ナンバーワンの系譜なんてホントのところは偶然の産物しかないと思うし、当たり前だが将棋神様はいないし選ばれた人間けが名人になれる訳じゃないと思うけど、現実にそういうことが起きると人間はなんか運命的なものを感じて面白がるよね、ってだけの話。

2020-07-09

災害の時、一番大切な事が新聞に書いてない

行政対応で、何人が助かったの?

さっき新聞斜め読みしてた。

130万に避難指示

死者60人!

1000棟浸水

森羅万象を操れる神じゃないし、被害0はあり得ないのはわかるじゃん。

道歩いてても死ぬし。

どれだけ助かって、どれだけ助からなかったが大切なんじゃない?

実は何の成果もあがってないのか、数万人を助けてるのか、死者増やしてるのか。

そういう裁定を下すのも報道仕事じゃないんかな。

情報編集や整理で何かしらの価値判断は入るし、それ自体悪くないと思う。

でも対応の不備を問うなら、万全な対応だったらどれだけ助けられたかも知らなきゃいけないよね。

と思うニートであった。

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